休日〜衣服の購入〜
(〜♪)
遠くから聞こえる鼻歌に、男がのそりとベットから起き上がる。崩れた寝巻きで部屋を出て、愛する妻が待つ食卓へと足を運んだ。
「ダーリンおはよう❤今日は特製サンドイッチよ〜❤」
「おはよう、今日も美人だな」
裸エプロンの妻の頬に軽くキスをすると、椅子に座って新聞を広げる。きょとんとした妻はすぐに、夫の態度にぷぅと頬を膨らませる。
「なによぅ、朝のイチャラブディープキスはぁ?」
「あん?あー、悪い。今日は待ってくれ。用事があるんだ。朝から激しくしたら約束に遅れちまう」
「ちぇ・・・帰ってきたら相手してよね!泣いちゃうぞ!」
「おいおいやめてくれ。俺が困っちまうよ」
パラパラと新聞をめくって斜め読みした彼は、それとは別に、『旦那様宛』と書かれたビニール袋をビリビリと破き、中にあった雑誌を広げた。
「あ、ダーリン。はいコーヒー」
「おっ、サンキュー」
「今日はいい豆が入ったって言ってたわ」
「うん、いい香りだ・・・さぁて・・・ズズズ・・・
ぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!???」
コーヒーを一口含んだ後、すぐさま盛大にコーヒーを吹きこぼした。
「だっ、ダーリン!?」
「げっへげほ・・・悪い!ちょっと大急ぎで出かけてくる!!!」
「えっ、ちょ!?」
「あ、美味いコーヒーだから帰ってきたら飲む!いいか、捨てるなよ!!もったいない!!」
ドタバタと急に服を着替えて出かけて行った旦那を、妻はきょとんと見送り、先ほど読まれていたコーヒーまみれの雑誌がばさりと音を立てて落ちた。
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『本日の運気の向いている種族はラミア種です。旦那様がいらっしゃる方は、今夜は激しく、情熱的に求めると良いでしょう。まだ旦那様がいらっしゃらない方は、今日は甘く接してみましょう。意中の方とより深く、心を通わせる機会が生まれることでしょう』
朝の朝食風景。
今時骨董品レベルのブラウン管テレビの中で、ニュースキャスターの白澤が微笑む。そのニュースのオマケ占いを見たメルディアが満面の笑みを浮かべる。
「あらあらまぁまぁ!夫ではなく我が子でもいいのでしょうか?」
「なんじゃお主、占いなぞ信じるタチではなかろう。しかもサバト主導ではないこんなチャチなものを」
「でも最近のは恋愛方向は当たるそうですよ。さっきのキャスターが魔物知識と風水知識を掛け合わせて予測するそうで」
「ふーん・・・でもマーリィ、霧の大陸のフースイってあんまり信用してないなー・・・おにーさんはどう思う?❤」
「・・・ひとつよろしいですか?」
カチャリと、朝食を食べていた箸を置き、黒田が首を傾げた。
「・・・何故、私の部屋で皆さん朝食を?」
「我が子を見守るためですよ❤」
「お前の監視じゃ」
「おにーさんの様子見!」
「マーリィが失礼なことをしないかと・・・あっも、もちろん、おにー様のことが心配で!」
メルディア・パルン・マーリィ・サリアの発言を聞き、(一体自分の何を見張るのだろうか?)と疑問に思う、黒田であった。
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「今日は非番じゃ。よってお前を外に連れ出す」
朝食が終わり、どうしようかとボーッとしてたところでパルンの声が響き、黒田はキョトンとした。
「・・・なぜ、です?」
「お前絶対休日寝て過ごすとか無為に過ごすとか絶対そうじゃろ絶対」
「・・・出勤要請の電話を待つ必要は?」
「休日は休日なの!!!」
「パルン様とサリアの予想ドンピシャじゃん・・・」
「危なかった・・・これ、おにー様、ずっと電話前で生活する姿が浮かびます・・・」
「善は急げ、と言いますから、寝間着からお洋服に着替えてしまいましょうね〜」
言うより先にメルディアはニコニコ笑いながらクローゼットに向かい、ガチャリと扉を開いた。
「こらメルディア!お主、プライベートスペースをずかずか荒らすでないぞ!いくらこやつでも服を勝手に出されては・・・」
「・・・・・・我が子よ」
パルンが叱責する声すら無視し、メルディアは笑顔を顔に貼り付けたまま、ギギギと音を鳴らしながら黒田を見た。
「・・・母が見たところ、スーツとワイシャツと無地の白Tシャツしかないのですが、私服はどこに?」
メルディアのセリフにギョッとしたロリ三人が、黒田を見た。
「・・・私服、ですか・・・このスウェット以外は特にないです」
自分が今着ている、昨日の夜から着ている、メルディアが寝間着と称した服を指差す黒田に、他四名がずるずると脱力した。
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「いらっしゃいませ。ヒト専門服取扱店、ウニムラにようこs」
『成人男性が私服として着る服をください』
店員の営業スマイルトークに被せる勢いで、四人の魔物娘が掛け声もなしにセリフを合わせる。なお、四人の真ん中にはキョトン顔をした黒田がスウェット姿で持ち上げられていた。(メルディアの尻尾による簀巻きと言うべきか)
「は、はい。かしこまりました・・・え、えーと、お客様が着られる服でしょうか?」
「・・・あぁ、はい」
「ではサイズを測りますので、こちらへ・・・」
店員のインキュバスに連れていかれた黒田を見送り、四人は深いため息を吐いた。
「私、我が子の私生活を甘く見ていました」
「あやつ、元の世界でサンダル・スウェットで普段過ごしてたんじゃな・・・ダサいとか言う問題じゃないぞ」
「『着替える手間が少なくて動きやすいですから』って言ってたよね・・・だからって同じ色・同じデザインのスウェット3着着回すのはどーなの、おにーさん・・・」
「・・・やっぱりおにー様は私が管理しないとダメになってしまう・・・」
各々が朝っぱらからSAN値を削られ、『オシャレ服なんていらない』と言わんばかりの黒田を無理やり引きずってきたのだ。
ここでサラッと、今彼女たち+私生活ダメ男がいる場所の紹介をしよう。
場所は魔王城の城下町。エリアとしては4つに分けられている。
魔物娘や人間の住民区。一戸建てやアパート、マンションと幅広くあり、出逢いの場も多い。
住民区直近の労働区。様々な会社・職場の集合体であり、昼間の活気の場。魔王城内職場とは別のもの。あとオフィスラブ好きの聖地。
次に娯楽区。公園からカジノまで、老若男女問わず種族のるつぼで遊べる区画。なおラブホテル密集地で、夜も賑わいを絶やさない。年齢制限?魔物娘にそんなもんない。
最後に、食料・衣服・消耗品・etc…が集まる商業区。特に中央にある『ヨツコシデパート』は、別世界から来た商売根性逞しい刑部狸の夫婦が立ち上げた超大型ショッピングモール。仕入れの難しい別世界の製品を中心に扱い、特に別世界から来たばかりの人間からは絶大なる人気を誇る。ちなみにデパート付近の店は魔物娘にしか作れないものが多く、住み分けされている。
いきなりアラクネの衣服店などに行くとトラブルの元になるので、現在彼女らはこのヨツコシデパートの中にいる。
以上、メタい解説終わり。
「とにかく今日はこのデパート内を案内するのが目的とする・・・紹介して、あやつ単独で来るか怪しいが、少しでも興味を引かせるものを見つかるとよいのじゃが」
「・・・パルン様ー。ひとついいですかー?」
「ん?なんじゃ、マーリィ」
サラッと『子供幼児服(人型魔物兼用)』を持ってきて鏡の前で体に当ててるマーリィが、パルンを見ずに続けた。
「ここまで来る道中、おにーさん全く魔物娘に動じなかったですよねー・・・なんででしょーね?」
「それはお主・・・ん〜?」
『黒田だから』と言いそうになったパルンも、首をかしげる。
黒田は確かに仕事が絡むと周りの真人間(に近い魔物娘)の胃をキリキリ言わせる非常識を持つ男だが、そんな男でも、メルディアのようなラミア種や、虫系の魔物娘に会っても全く動じないかったことに気づいたのだ。
普通ならば、驚くは当たり前、中には自分がどこに来たのか分からなくなり、パニックになる者すらいるのに、黒田は平然と、動じずに、挨拶やコミュニケーションをはかっている。初めて会った時も『自分は異動先に来た』と勝手に思っていたし、『寝てる間にテレポートされた』事実について全く言及しなかった。
「・・・サリア?何か知っとるか?」
「いえ・・・職場のおにー様しか知らなかったので・・・職場にはもちろん他に魔物娘はいなかったですし・・・」
「・・・おにーさんの『私生活』って、どんなんだったんだろーね?」
三人の間で、黒田の頭の中の『常識』を疑う空気が漂い始めた・・・
そんなロリ三人が首を傾げている間に、さらっとメルディアは一抜けて、黒田と店員のもとに近づいていった。
「どうです?我が子に合いそうな服はありますか?」
「・・・あのー、お客様、非常に申し上げにくいのですが・・・」
「・・・はい?」
メジャーを持った店員は、手元のメジャーを見て、黒田を見て、じっとりと訝しむ目で、メルディアを見た。
「・・・当店で扱っている『幸せ太りされた男性』をターゲットにした服では、最小のSサイズですら余ってしまう胴回りなんですが・・・一体どういう食生活を・・・?」
瞬間、メルディアがよろめいて近くの衣装棚に頭をぶつけ、店員が「お客様!?」と慌てふためき、その横で無地灰色の地味なパーカーを手にとってじっと見つめる黒田のカオスな状況を遠目で見て、ロリ三人は再度、深い溜息を吐いた。
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「・・・たまにはゆったりした服も楽でいいですね」
結局、多少ダボっとしても違和感のないパーカーや、足首まで隠せる長めのGパンなどを買い込み、着替えて感想を述べる黒田に対して、他四人は精神的ダメージからぐったりしていた。
「細すぎてサイズが合わないってなに・・・?」
「Vネック着せると骨が見えるってどーゆーこと・・・?」
「足首・・・ガリガリ・・・店員の目・・・うっ、頭が・・・」
「我が子よ、よく似合ってますよ。でももうちょっと太ればさらに似合うのでしっかり食べましょうね?ね?私と約束してください?ね?」
ロリ三人組は頭を抱えてベンチで暗いオーラを纏い、メルディアは半泣きで黒田の肩を軽く揺すっている。当の黒田は頭に?マークを浮かべながら「・・・あぁ、はい?」と理解してんだかしてないんだか多分してないんだろうなと思える返事を返していた。
・・・この時、ロリ三人組がダウンしていなければ。
・・・この時、メルディアが黒田の身体を気にしてなければ。
・・・この時。お昼時でなければ。
「とりあえず、時間もいい頃合いですから、お昼を食べましょう?あ、好き嫌いは許しませんよ」
「・・・とくに好き嫌いはしない方だと思います」
「まぁそれは感心!では、好きなものはなんですか?ここにはいろんなお店がありますから、我が子の好きなものを探しましょう」
「・・・いえ、特には」
「あら?好きなものですよ?どんなものでもいいのです。『子供の頃好きだった食事』は?」
新たな『地雷』を踏むことはなかったろうに。
「・・・すいません、小さい頃から食に興味がなくて・・・特にこれといって好き嫌いを意識して食べたことがないもので・・・」
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黒田曰く。
小学生の頃に、母親は知らない男と共にどこかへいって帰ってこなかった。
父親は料理ができず、レトルトで幼い黒田の腹を満たさせた。本人は酒に溺れていた。
中学生の頃に、父親が交通事故で亡くなった。飲酒運転だったと聞いている。
祖父母の元に預けられたが、祖父母は貧しく、種類に富んだ食事は出なかった。一杯ずつの白米と味噌汁、煮干しやらなんやらの小さな一品が日常だった。
原因は祖父だった。彼はギャンブラーだった。ただし、基本負けていた。
その資金は家計から祖父が掠め取ったものだったので、補填のために祖母が働いていた。
高校生の頃に祖父が亡くなっても、家計はまだ貧しいままだった。高校生卒業すぐから、黒田はバイトに入った。
祖母は料理をする暇すら内職に当て、黒田はコンビニバイトでバイト代と残った弁当をもらっていた。
美味しくないレトルト。
腹にたまらぬ菜食。
味気ないコンビニ飯。
結果、彼が高校までに食べた食事で『好きな食べ物』がインプットされることがなかった。
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黒田は、話せ、と言われた。
好きなものがないなんてありえない。
一体どういうことなんだ。
幼い頃からの事情を聞かせてほしい。
目の前の女性が信じられないものを見る目でガクガクと肩を揺さぶりながら尋ねるものだから、正直に答えたのだ。
その結果。
「バカァァァァァァ!!!なんで特大級の原子爆弾地雷を掘り返してジャンプして踏み抜くのよバカァァァァァァ!!!」
「私たち止めたじゃないですか!!!絶対やばいって!!!涙腺壊れるんだからやめてって言ったじゃないですか!!!」
「おぇ、おぇぇぇぇぇぇ・・・」
「だってありえないでしょう!!?子供が好き嫌い覚えないレベルのご飯しか与えないヒトの家庭があるなんて思わないでしょう!!?なにが主神の導きですか!!?神ってやっぱりクソでしょ!!?魔物の生態系の方がよっぽどマトモじゃないの!!?」
目の前の女性たちがてんやわんやの大騒ぎを始めるもんだから眉をひそめて立ち尽くすしかなかった。
まず真っ先にパルンが壊れた。
話を聞き終わった瞬間に四つん這いになって大声をあげて泣き始めた。今やその両目から涙を洪水のごとく流すだけには飽き足らず、嗚咽を漏らしている。
サリアはパルンの背中をさすってはいるが、両目から涙をボロボロと流し「なんでですか!!!なんで聞いたんですか!!!」と答えを聞き続けていた。
マーリィはメルディアをポカポカ叩きながら「バカァァァァァァ!!!」と泣き叫んでいる。話を聞き始めた直後は真っ青、中盤では顔を泣き顔に歪めながら耳を塞いだり顔を覆ったりし、最後には泣き顔のままメルディアにドロップキックをかまして、一番騒がしかった。
メルディアは『発狂』が正しくピッタリくる状態だった。さっきまではニコニコと笑いを絶やさぬ落ち着いた雰囲気だったのに、今では黒田の頭をよしよしと撫でながら、人間社会と神に対する罵詈雑言を吐いていた。黒田からは表情が見えないが、周りに集まった野次馬のドン引きから察するに、なかなかヤバい表情なのだろう。
・・・ちなみに、ここデパートです。
野次馬は集まるわ、警備員がどうしようかあわあわしてるわ、もう大混乱。一部の客はどうやら然るべき場所に連絡したらしく・・・
「魔王城下都市内で騒ぎを起こすとはいい度胸だ!痛い目にあいたくなければ大人しく・・・なにやってるんだお前ら!!?」
駆けつけたリュグレスがビックリし、黒田がメルディアに撫でられながら「・・・なにが起きてるんでしょうか?」と尋ね、とりあえずメルディアがぶん殴られたのはこの後のお話。
17/11/13 01:52更新 / みきりお
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