序章〜社畜、異世界へ行く〜
「君、来週から部署異動だから。引越し準備とか早めにね」
「・・・あぁ、はい」
ある会社の一室で、上司に呼び出された男性社員がめちゃくちゃなことを言い渡されていた。
社員はやつれ気味で、目元にはクマ、目の色は死んでいた。スーツはよれよれで髪もハリもツヤもない。明らかに疲労の色が見えているとかいうのじゃなくて、最近いつ寝たの君、というか家に帰ってるのレベルである。
「あ、明日の朝は〇〇社との定例だから、資料作っといて」
「・・・明日の朝ですか」
「うん。頼んだよ。データは里沙くんに机に置いとくように指示したから」
サラリと上司は言うが、すでに時刻は定時前。上司本人はすでに帰り支度を始めようとすらしている。
普通ならパワハラなりなんなりで文句を言う内容だが、社員はふぅと一息吐いて自分の席に戻っていった。
その彼の席の前に、おどおどした様子の女性社員が、山ほどの書類とともに待っていた。
「あ、あの、先輩・・・」
「・・・それ、明日の定例用ですか？」
「そ、そうなんですけど・・・こ、この量・・・」
「・・・あぁ、はい。いつも通りですから。ありがとうございます」
「あ、あの・・・お、お手伝いを・・・」
「・・・いや、大丈夫です」
彼は女性社員の言葉にぴしゃりと断りを入れて自分のパソコンに向き合った。それにさらにおどおどする女性社員に、別社員が声をかけた。
（里沙ちゃん、里沙ちゃん、やめときな）
（で、でも、あの量をまとめるなんて無理が・・・）
（普通はあんな量無理だけど、あいつ一人でやるとなんとかなっちまうから。逆に手伝うと効率下がっちまうから、やめとけ）
結構近くで言われてるひそひそ話も聞かず、彼はパソコンに向かってすでに作業を始めていた。画面を見る目は死んでおり、もうそれしか見えず周りのことは我関せずになっていた。
（あいつもバカ正直にやっちまうもんだから、あのハゲに全部任されちまうんだよ。しかも文句も言わねーからよ。ほっときゃいいんだ）
別社員はひらひらと手を振りながら自分の席に戻り、女性社員はしばらく悩んだ後に「ご、ごめんなさい・・・」と言いつつ去る。
脳天気な上司の「おつかれー」をBGMに、彼は黙々とPCのキーボードを叩き続ける。
彼は社畜であった。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
夜も更けて、すでに午前2時。
一人会社に残る彼がパソコンのキーボードを叩き、ふぅと一息ついた。
（・・・これでなんとかできただろう・・・）
2.3度、ちゃんとファイルが保存できていることを確認して、今度はケータイのメールを立ち上げる
（・・・『また引っ越し。車と人貸して。来週日曜、一人一万だす』・・・と）
一通のメールを送ったあと、彼はパソコンを切って机の引き出しから買い置いてあったカップ麺を引っ張り出し、給湯室に向かった。
（仮眠室、開いてるかな・・・閉まってたら床で寝るか・・・6時くらいに起きて朝飯買って食って最終チェックかな・・・）
彼は私生活はポンコツであった。
引っ越しと言われて、安い引っ越し会社を見積もるなりなんなりはする気はさらさらなく（時間もないのだが）、昔からの友人に頼ってテキトーにやる。あとあとの手続きはイエスマンで済ます。罰金だのなんだの勝手につけられても気づかない。
食生活のバランスなど知ったことではない。食えりゃいい、腹にたまればいい、エネルギーになればいい。急ぎならウィダーなゼリーを頬張り、ゆっくり食べるならカップ麺かコンビニ弁当と言う始末。
極めつけは睡眠とか風呂等は全く気にしない。貫徹・社泊なんのその。たまに同僚に注意されてやっと近くのスーパー銭湯に行ったりするズボラっぷり。いやもうズボラを越えて現代に適応してないと言われる恐れすらある。
しかし不思議にも心身ともに健康ラインはギリギリ維持、本人の仕事には問題ないため、改善の余地を見せやしない。それに調子づいて上司が無茶苦茶に仕事を回してしまうために余計に生活が乱れている。
現に今、仮眠室に鍵がかかっているのを確認した彼は、カップ麺を食べ終えた後に自分のデスク前にゴロリと横になった。
「・・・おやすみ・・・」
目を瞑り、誰に言うわけでもなくポツリと音を漏らすとすぐに彼の意識は深く沈みこんで行く。
『・・・おやすみなさい』
誰かからの返事など、耳に届かずに。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
『・・・！！！』
『・・・！？』
『・・・？』
ふと、彼の耳に話し声が聞こえた。
（・・・？）
目を瞑ったまま、寝ぼけた頭に徐々に内容が入ってくる。
『・・・じゃーかーらー・・・じゃろ！？なん・・・』
『・・・をなんとか・・・ますぅぅぅ』
『・・・でもー・・・いしー？』
（・・・うるさいな）
早めに来た社員だろうか、自分が寝坊したのだろうかと思った彼は、頭付近に置いておいた時計に手を伸ばそうとした。
『ぷにっ』
（・・・？）
すると、想定していたのと違う、柔らかで、温かい感触が手に当たった。
「ふへっ！？」
（・・・なんだこれ）
『モミモミ』
「んっ」
（・・・柔らかいな）
『モミモミ・・・コリッ』
「あっ・・・あっ・・・」
（・・・？なんかやわらか硬い部分がある？）
『コリコリコリッ』
「んあああっ❤」
「な、な、な、何をしているのですかーーーーーーッ！！？」
大きく響いた声に、びっくりして意識を急覚醒させた彼の目に飛び込んで来たのは・・・
「えへへぇ❤おにーさんのス・ケ・ベ❤」
「・・・？？？」
にまにまと笑う幼女と、その幼女の胸を鷲掴みにしている、自分の手だった。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
会社の床で寝ていたら、気づけば豪勢なベットで寝ながら幼女の胸を揉み、別の幼女に頭をぶん殴られて床に正座させられた彼の頭は、？マークで埋め尽くされていた。
「ま、ま、ま、マーリィ！勝手に誘惑しちゃダメです！ダメなんです！！」
「えー、マーリィ、何もしてないしー？おにーさんが欲望に負けてマーリィの可愛いお胸を揉んで来ただけだしー？あぁ、やはり我々ファミリアの肉体はロリコンを虜にする理想美を持ってるのねー♪」
「まだロリコンになってないし私がするしこの人は貴女のものじゃないしーーー！！！」
自分の前でやいやい言い争うのは、片やまるで魔女のようなショートボブのメカクレ幼女、そしてもう片方は魔法少女のようなツインテールっ子で、非日常ここに極まれりな服装に、さらに彼の混乱は増すばかりであった。
「・・・あの」
「せん・・・おにー様は少し黙ってて！！！」
「あぁ、はい・・・」
「わー、ひどーい。サリアってばおにーさんの発言すら遮ってかわいそー。ねー、おにーさん？」
「・・・あぁ、はい」
「ぐぬぬぬ・・・」
「・・・お主ら全員黙れ」
その時。幼女二人がびくりと身を震わし、ゆっくりと声の主を見た。それにつられて、彼も視線を向ける。
彼の真正面で椅子に座るのは、山羊のツノらしいものをかぶり、ドクロの髪飾りで髪を片方に束ね、手に持った鎌で床をトントンと突く幼女である。
ただし、眼光は鋭く、彼を睨み、大変不機嫌そうである。それを踏まえると、鎌で床を突いているのは貧乏ゆすりのような、イライラを表している仕草のように見える。
「・・・サリア」
「ひゃいっ！？」
「別世界にお前を派遣した際の儂の言葉を言うてみぃ」
「・・・さ、『サバト活性化のために優秀なロリコンを見つけ出し、骨抜きにしてこい』、ですぅ・・・」
「そうじゃな・・・儂は、優秀な、ロリコンを、見つけ出せ、と言うたな・・・そ、れ、で？？？」
山羊ツノ幼女の目がくわっと見開き、ビシィッと鎌の柄で彼を指し示した。その際にドスッと鎌の刃が彼の股の間の床に刺さった。
「魔力適正E、健康指数C-、ロリコン適正なしの童貞三十路過ぎが？どーして優秀なロリコンとして連れてこられてるんじゃぁのぉぅ！？しかも『ロリコンにはこれからするからとりあえず彼をここで働かせて欲しい』？？？アホか！？ここは職業安定所じゃないんじゃぞ！！？」
「そこをなんとかお願いしますぅぅぅ！！！」
怒り爆発の叫びに対し、魔女っ子は山羊ツノ幼女に土下座でお願いしている。魔法少女っ子はそれに対してやれやれと肩をすくめている。
「サリア、いい加減認めたらぁ？自分のロリボディに自信がないからって、変幻魔術でニンゲンの20代の女性に化けて別世界に行ったらロリコンが見つけられなかったんでしょう？」
「ちがぁぁぁう！！！私そこまでポンコツじゃないもん！！！マーリィは黙ってて！！！」
「儂との会話中にマーリィと話すとはいい度胸じゃな、サリア？」
「ひぃっ！？ごごご、ごめんなさいぃぃぃ！」
怒ったり、泣いたり、土下座したりと忙しい魔女っ子と、ケラケラわらう魔法少女、険悪オーラを纏う山羊ツノ幼女を見ていた彼は・・・
「・・・あの、すいません」
「・・・なんじゃ、ニンゲン」
「・・・もしかして、ここが新しい部署ですか？」
「・・・はぁ？？？」
凄まじい、勘違いをした。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
「・・・自分は、本部二課の・・・」
「いやちょっと待つんじゃ」
「あぁ、はい・・・」
魔王城、サバトの直轄を担うバフォメットのパルンは混乱していた。
別世界から人間を連れてくること自体は珍しくない。別世界の人間は時に素晴らしい知識や優秀な能力を持っていたりするので、人材としても夫としても重宝されることが多いためだ。今や様々な種が別世界に転移して夫探しの出張をしている。
その異世界に連れてこられた男性は大概、『ここはどこだ！？』とか『魔物だと！？』とか『うっはwwwありえねぇwww』とか言うリアクションをするものだ。
それがいきなり『ここが新しい部署ですか？』とかいうなんかもうよくわかんない発言をされたら混乱もする。
（ちょ、ちょ、サリア、サリア）
（はい、パルン様）
（なんなん、あいつ？なんなん？？）
（あぁいう人なんです。全部仕事に結びつける人なんです。可哀想な人なんです）
（いやいやいや、余計お前が連れてきた理由がわからんのだけど？？？）
ひそひそとパルンと魔女のサリアが話すと、ファミリアのマーリィがニコニコ笑いながら話しかけた。
「おにーさん、おにーさん」
「・・・はい？」
「おにーさん『ホンブニカ』ってとこから来たの？なにしてるところ？」
「・・・特に、面白いことはなにも」
「ふーん・・・どれくらいしてるの？」
「・・・どれくらい？・・・連勤数ですか？そろそろ20でしょうか」
『ピシッ』
瞬間、場の空気が凍った。
「・・・あ、すいません。年数ですか？今年で6年目に」
「お、おにーさん待って、待って？おにーさんのとこって、あれ、ほら、『ニチヨウビ』とかあるんでしょ？その日は休んでの、20・・・だよね？」
「いえ、上司からの依頼で二週間休日出勤ですが」
「待って待って待って、マーリィの理解追いつかない。なんでそんなけろっとしてるの？？？」
「けろっと？・・・あぁ、久しぶりにベットで寝たからでしょうか？」
「うっ・・・」
『なんで平然と答えるの？』を聞いたつもりなのに『なんで元気なの？』と捉えられた上に重いヘビーブローを食らって、マーリィは顔を覆って膝をついてしまった。パルンが視線をそらせば、サリアが『あぁ・・・』と言わんばかりの香ばしい顔をしている。
「・・・あの〜じゃの？」
「・・・はい？」
「ひとつ聞くが、食事はちゃんととっておったんじゃよな？」
「・・・えぇ、それはもちろん」
「じゃ、じゃよな〜！いやちょっと不安に思っただけじゃ。ちなみに昨日はなにを食べたんじゃ？」
「朝にカ○リーメイト、夜にカップラーメンを」
『ガッターーーン！！！』
瞬間、パルンは勢いよく椅子から崩れ落ち、うつ伏せになって『あたしの知ってるごはんと違う・・・』と呟いた。マーリィがハッとして見ると、サリアが『聞かなきゃよかったのに』と言いたげな顔をして死んだ目になっていた。
「・・・ちなみに一昨日はなにを食べたんじゃ・・・？」
「・・・一昨日・・・夕方に牛丼か何かを食べたかと」
「・・・ねぇ、お昼は？」
「基本業務が忙しくて昼食は抜いてます」
「この人おかしいよぉ・・・なんですごい普通のこと言うみたいに言うの？おかしいよぉ・・・」
「パルン様、口調が素になってます。のじゃろりカリスマ言葉になってないです」
サリアが死んだ目のままパルンに言うと、ハッとした顔でパルンはサリアを見た。
（サリア・・・お前まさか・・・）
（この人の魔力と健康指数が底辺レベルなのは全て、激しい業務のせいです。健康を維持するために、魔力が勝手に肉体補助に回されてるんです。だから、これを改善すれば、心身健康、魔力旺盛、頼れるかっこいい理想のお兄様になること間違いなしです）
（貴様っ、そこまで見越して・・・！？）
（あとほんとにこの人見てると私がなんとかしてあげなきゃと思うんですよ本当にこのままだと死ぬと思うんですよどうかお願いします）
（お前ダメ亭主に引っかかる系の思考じゃぞそれ）
「ねぇ、マーリィが子守唄歌ってあげるからもっと寝よ？ねぇ、起きたら暖かいスープ用意してあげるから」
「・・・いや、昨晩仕上げた書類の最終チェックがまだ・・・」
「それぐらいマーリィがやってあげるがらぁぁぁぁ！！！」
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
この後。
彼はいろんな状況で他の魔物娘泣かせたり、
母性持ち魔物娘に「私が育てるっっっ！！！」とか言われたり、
魔王様の旦那と面識があったり、
なんやかんやあったりするかもしれない。
（続く・・・かも）
17/09/18 23:52更新 / みきりお
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