Blue Rain-ぬれおなごさん夫婦の場合-
しとしと、灰色の雲が重く垂れさがって、ゆるい雨を吐き出している。店内の蛍光灯を反射させて、明るく光っているガラス越しには見えづらいけれど、確かに雨は降っている。
まあいいかと、私には少し重い荷物を持ちあげて、店の自動ドアをくぐろうとして、雨具を持っていないことに気づく。
ああ、また傘を持ってくるのを忘れでしまった。私の悪い癖。
常に体を湿らせている私に、普通傘なんて必要ないから、つい忘れてしまう。
別段雨の中を歩いて帰っても問題ないのだろうけれど、あの人が口酸っぱく、雨の日は傘をさせといっていることを思い出し、そのまま帰るのをためらってしまう。
屋外で傘もささずにびしょぬれになっているのは、不審がられてしまうから、だって。それが私たちの相手探しの方法になっているのにね。
傘を買おうかどうかちょっと逡巡して、やめた。別に大したことはない。こんな雨くらい。あの人も許してくれるはず。
自動ドアを開けると、雨の日特有のむっとした空気が流れ込んでくる。
うっとうしい空気に目を細めつつ、店の前の大きな交差点を見やる。
急な雨降りだったからだろう、上着を傘代わりに、必死に横断歩道を走りぬける人の姿もちらほら。
そんな様子をぼんやり眺めていると、あの人と出会った日が脳裏に浮かんできた。
土砂降りの雨の中、人通りの少ない道にぼんやり立ちつくす。まれに目の前を通り過ぎていく人も、不審そうに私の姿を見ては。そそくさと逃げるように歩いていく。
それでも、私はじーっとそこに立ち続ける。笑顔を顔に張り付けて。
少しだけ雨足が弱くなってきたときだったろうか、一人の男の人が、遠くのほうから歩いてきた。
ちょっと顔を向けて、何時もの笑みを見せる。ちょっと諦念も含みながら。どうせこの人も逃げて行くんだろう、なんて。
けれど、その人は、つかつかとこちらに歩み寄ってきた。驚いてちょっと笑顔が崩れたかもしれない。
その人は、頭をかきながら、私の前に青い傘を差し出した。
これ、使ってください。
・・・あなたは?
いえ、大丈夫ですから。
でも・・・。
気にしないでください。本当に。
じゃ、と、笑いながら去っていく男の人。決めた。この人にしよう。この人なら、きっとうまくやっていける。いいや、絶対。
笑顔を引っ込め、ぐっと唇を結ぶ。さあ、これからが勝負だ。
決意を込めた目と足を、彼の走って行ったほうへ向けた――――
そういえば、あのときもこれくらいの雨だったっけ。
今思えば、結構なんでもない出会いだった。けれど、私には分かったのだ。その人が、一生添い遂げるに足る人物だと。事実、今とても幸せだ。魔物のカンは、研ぎ澄まされた日本刀より鋭いのだと、胸を張って言える。
そんな事を思いながら、ぼんやりと雨を眺めていた視界の端に、見慣れた人影がうつる。
交差点の向こうからとぼとぼ歩いてくるその人は、今思い浮かべていたあの人自身で。
何もかもがあの時の状況と同じで。私はクスリと笑みを漏らした。
青い傘の下、私とあの人が歩いていく。
・・・雨が降りそうなときは、傘持ってけっていったろ。
ごめんなさい、あなた。・・・ふふっ。でも、傘を持ってかなくてよかったわ。
・・・なんでだよ。
あなたが、こうしてきてくださいましたから。
なんて言われて、恥ずかしそうに頭をかくその人は、やっぱりあの時と変わらない様子で。
私にはあるかどうかわからない心臓のあたりが、なんだかあったかくなった気がした。
まあいいかと、私には少し重い荷物を持ちあげて、店の自動ドアをくぐろうとして、雨具を持っていないことに気づく。
ああ、また傘を持ってくるのを忘れでしまった。私の悪い癖。
常に体を湿らせている私に、普通傘なんて必要ないから、つい忘れてしまう。
別段雨の中を歩いて帰っても問題ないのだろうけれど、あの人が口酸っぱく、雨の日は傘をさせといっていることを思い出し、そのまま帰るのをためらってしまう。
屋外で傘もささずにびしょぬれになっているのは、不審がられてしまうから、だって。それが私たちの相手探しの方法になっているのにね。
傘を買おうかどうかちょっと逡巡して、やめた。別に大したことはない。こんな雨くらい。あの人も許してくれるはず。
自動ドアを開けると、雨の日特有のむっとした空気が流れ込んでくる。
うっとうしい空気に目を細めつつ、店の前の大きな交差点を見やる。
急な雨降りだったからだろう、上着を傘代わりに、必死に横断歩道を走りぬける人の姿もちらほら。
そんな様子をぼんやり眺めていると、あの人と出会った日が脳裏に浮かんできた。
土砂降りの雨の中、人通りの少ない道にぼんやり立ちつくす。まれに目の前を通り過ぎていく人も、不審そうに私の姿を見ては。そそくさと逃げるように歩いていく。
それでも、私はじーっとそこに立ち続ける。笑顔を顔に張り付けて。
少しだけ雨足が弱くなってきたときだったろうか、一人の男の人が、遠くのほうから歩いてきた。
ちょっと顔を向けて、何時もの笑みを見せる。ちょっと諦念も含みながら。どうせこの人も逃げて行くんだろう、なんて。
けれど、その人は、つかつかとこちらに歩み寄ってきた。驚いてちょっと笑顔が崩れたかもしれない。
その人は、頭をかきながら、私の前に青い傘を差し出した。
これ、使ってください。
・・・あなたは?
いえ、大丈夫ですから。
でも・・・。
気にしないでください。本当に。
じゃ、と、笑いながら去っていく男の人。決めた。この人にしよう。この人なら、きっとうまくやっていける。いいや、絶対。
笑顔を引っ込め、ぐっと唇を結ぶ。さあ、これからが勝負だ。
決意を込めた目と足を、彼の走って行ったほうへ向けた――――
そういえば、あのときもこれくらいの雨だったっけ。
今思えば、結構なんでもない出会いだった。けれど、私には分かったのだ。その人が、一生添い遂げるに足る人物だと。事実、今とても幸せだ。魔物のカンは、研ぎ澄まされた日本刀より鋭いのだと、胸を張って言える。
そんな事を思いながら、ぼんやりと雨を眺めていた視界の端に、見慣れた人影がうつる。
交差点の向こうからとぼとぼ歩いてくるその人は、今思い浮かべていたあの人自身で。
何もかもがあの時の状況と同じで。私はクスリと笑みを漏らした。
青い傘の下、私とあの人が歩いていく。
・・・雨が降りそうなときは、傘持ってけっていったろ。
ごめんなさい、あなた。・・・ふふっ。でも、傘を持ってかなくてよかったわ。
・・・なんでだよ。
あなたが、こうしてきてくださいましたから。
なんて言われて、恥ずかしそうに頭をかくその人は、やっぱりあの時と変わらない様子で。
私にはあるかどうかわからない心臓のあたりが、なんだかあったかくなった気がした。
11/11/07 00:08更新 / akaituti
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