読切小説
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とある工房長の話

 俺含めて人が2人しかいない、定時過ぎの田舎街の工房にて。

 工房長である俺は、勤怠と備品の管理を行っていた。

「…先輩、新しい勤怠のシステムが完成しました。
 次からこのwebカメラにバーコードかざせば打刻の代わりになるっす。
 工房長が30分かけている報告作業がコレで一瞬で終わりますし、アイツらの『ズル』もなくなりますね」

「ありがとう…本当にありがとう。
 君には感謝してもし足りないね」

 彼の名前はナガト。
 中途採用の入社2ヶ月目、年齢は28歳。
 髪を染め、電子タバコをふかし、山道を走るわけでもないのに3ドアのオフロード軽自動車に乗っている。
 
 しかし、実際は工房の従業員の中で誰よりも真面目で、正義感の強い男である。
 自分の担当でもないことにも積極的に手を貸してくれるし、俺の『残業』にも協力してくれる。
 頭の悪い俺にも親切丁寧に教えてくれるし、倫理に反しない程度の無法や脱法は許容する寛容さがある。
 言葉遣いは悪いが…まあ、彼は大卒エリート様だ。
 俺みたいな田舎の中小企業の冴えないおっさんなど見下されて当然だろう。
 世の中そういうものだ。
 その程度でいちいち目くじら立てていたら生きていけない。
 
 そしてナガト君は『やる気がない』と見做した人間には本当に容赦がなく、『自分が楽をするためにズルをする人間』『他人を口酸っぱく批判するくせに、自分にはとことん甘い人間』を特に嫌っている。
 まあ、最近の動画を見るに、若い子って結構自己責任論者なところがあるからな…
 
 そして、俺もびっくりするくらいの有能である。
 国立の工業大を卒業して、日本人の誰もが知る大企業に勤めていたのだが、とある理由から退職して「こんな会社」にやってきたのだ。
 学歴の無駄遣いにもほどがある。
 

「あ、備品購入の一覧、納品書がない分のリストアップしておいたっすよ」

「ありがとう。
 …やっばり全部アイツか。
 何度言っても納品書を捨てるんだよな。
 集計が面倒だからこっちに渡せって言ってるのに」

「自分が苦労するのは親の仇のごとく全力で被害者ヅラするくせに、他人に迷惑をかけることは笑って済ませようとするっすよね?
 アレで40歳ってマジすか?」

「…いや。
 確か、今年で42歳だったはずだ」
 
「へー!
 誇り高い織物職人は、織物以外のことにはとことん無能で無関心なんですね!
 よほど織物を愛しているんでしょうかね!?」

「いや…どうだろう…
 原料の値上げや織物の新市場の回覧板を回しても、全く見ずに印鑑を押してるんだよな…
 社長からの『元工房長の技術を再現しろ』という命令も、ずっと『忙しい』と言って無視してるし…」

「ファー!w
 俺、アイツが残業しているとこ見たことがないんすけど!?
 どう考えてもサビ残してでもやり遂げるべき課題っすよね!?
 結婚して家庭を持っているとかならともかく、40代の現場作業員の独身男性が『忙しい』ってなんすか!?
 そりゃ40になっても結婚出来ないわけですわ!」

「ほんと、笑っちゃうよね…」

 ナガト君それはやめて、独身の俺にも刺さる。
 
 定時後の職場あるある、『そこに居ない人間の悪口で盛り上がる』。
 これは別に田舎民だから陰湿だからとかは関係ない、全国共通の文化のはずだ。


「…ま、そのおかげでこっちの計画は進むわけだし、良しとしようよ」

「そうっすね!
 あ、そろそろ時間ですよ」

「そうだね…
 今日も残業頑張っちゃうか!」

「ういっす!」

 俺は、立ち上がり、声を上げた。

「みんなー!
 おいでー!」

「「「「はーい!」」」」

 何も入っていないはずの押入れから、ぞろぞろと女の子達が出てきた。

 彼女らは、頭にツノが生えていたり、背中に羽が生えていたり、悪魔の尻尾が生えていたりした。

「「「「今日もよろしくお願いしまーす!」」」」

 彼女らは、まずは散らかった工房内の掃除から取り掛かった。

 …こういう時間って、本当に無駄だよね。
 だから5S活動って大事なんだ。

 俺は出社前に買ったエナドリをn
 【侵食】
 俺は出社前に買ったエナドリをナガト君に譲り、愛する嫁が作ってくれたおむすびをつまみ、魔法瓶に入った温かいお茶を飲んで、サービス残業に取り掛かった。
 
 
 ――――――


 俺の名前は山寺ダイキ。39歳。
 田舎の織物工房で工房長をやっている。
 
 先輩のように、『三次元の推しは持たない』という子供のような言い訳をする気はないが、
 先輩と同じように、女性にステキと言ってもらえるような強みが俺にはない。
 
 しょせん俺は田舎暮らしの低収入独身おじさんだ。

 趣味は野球観戦と動画視聴。
 お腹周りが気になるため、時間を見つけてはジムに通っている。
 ニコニコ動画のプレミアム会員10年目だ。
 30超えた大人が婚活やジム通いなどせず、貯金もせず、ぶくぶくと腹を出しながらスマホゲームにお金をじゃぶじゃぶ使うよりは、ニコニコ動画の淫夢動画を見てニコニコしている俺はまだ健全な方だ…
 …そう思いたい。
 

 6年前、前の工房長が、会社から追い出された。
 
 前の工房長は、工房の誰よりも織物に詳しく、そして数も質も早さも誰よりも優れていた人間だった。
 口下手で頑固なところはあるが、それでも優しく真面目で、慣れない事務作業も丁寧にこなしていた人だった。
 なにより、前の工房長は社長の弟でもあった。
 
 しかし、部下たる先輩たちは、工房長のことが個人的に気に入らなかったのだろう。
 ある日を境に、まるで親でも殺されたかのような、激しい敵意を工房長に向けるようになった。
 工房長がそんな仕打ちを受ける理由は分からなかった。
 理由を問いただしても日によって変わる。
 おそらく、先輩たちも何故工房長を嫌っていたのか分からないのかもしれないし、単に皆でよってたかって虐めるのが面白かっただけなのかもしれない。
 毎日続いたいじめ嫌がらせにより、工房長も日に日にやつれていった。
 大事が起きる前に工房長が会社を辞めていったのは賢明だったと思う。

 
 後継の工房長に指名されたのは、先輩たちよりも後輩であるはずの俺だった。

 普通なら、後輩よりも織物に知見があって技術にも詳しい人間が、管理職に志願するものだろう。
 志願がなくとも任命されるものだろう。

 しかし…

「自分が現場やった方が早いから」
「真面目なあなたなら出来る」
「これからよろしく頼むよ」

 しかし、「経験のある人が工房長をやるべきだ」という俺の意見は、『悪意がたっぷり籠った拍手』により、かき消された。
 俺は工房長という役目を押し付けられた。
 
 その後は、当然というか、予想していた通りというか…
 先輩たちは工房長という立場に立った俺を支えることはなく、いい加減に働き、怠け、その責任だけを俺に押し付けるようになった。
 彼らの主張する「働き方改革」とは、単に仕事を怠け、その皺寄せを上司に押し付けることだった。
 
 俺の方が管理職で上司という立場なのに、何故か先輩たちは『自分たちの方が先輩だから偉い』という認識を崩さない。
 どんなに理屈をつけて説明しても、先輩たちは俺の指示に全然従ってくれない。
 
「じゃ、あとはよろしく頼む」
「頼んだぞ、工房長」
「上が馬鹿だと、下が苦労するわ」
 
 先輩達は、ドラマ『相◯』に出てくる「特◯係」、あるいは「半◯直樹」を気取っているようだった。
 彼らは杉◯右京や半◯直樹と同じように、無能な上司に苦しめられている、誇り高き仕事人間だと思い込んでいるようだ。
 彼らの中身はトリ◯・ザ・捜◯…いや、ドラ◯もんのの◯太より酷かった。

 彼らは少しでも不都合があると全力で俺を非難するくせに、自分では一切何もしようとしない。
 自分が病欠で休んだ時に至っては、指示を出す人間が居ないからと日常の仕事すらせずスマホを弄っていたらしい。
 
 『あれをすれば工房はよくなるのに』『こうすれば良いのに』そう口にするが、自分では一切何もしない。
 挙句、SNSで拾ってきたであろう『ぼくのかんがえたさいきょうのはたらきかた』を主張し、具体的な運用を問い詰めると『それを考えるのがお前の仕事』と投げる。
 当然受け入れられるわけがないので無視すれば、『独裁者』だの『クソ上司』だの言われる。

 
 その上、先輩たちは現場作業しかしない、出来ない、しようとしない。
 その現場作業ですら、仕事上のミスを反省せず、同じ過ちを繰り返す始末だった。
 前工房長の技術を引き継いでいなかったことが判明し、そのせいで作れなくなった製品もあれば、作業速度がやたらと遅くなった工程も出てきた。
 
 特にこの前起きたトラブルなんかは最悪だった。
「服」と間違えて「端切れ」を梱包、客先に送りつけていたのだ。
 お客様からしたら、「製品」を注文したら「ゴミ」が届いたようなものだ。
 無礼なんてレベルじゃない。
 しかし、あいつらは再発防止などは一切考えず、後始末とその責任を全て俺に被せてきた。
 
「上司が無茶苦茶な予定を組むのが悪い」
「上司は俺たちのキャパシティを把握しない」
「自己責任だろ? 俺にまで責任を押し付けるな」
 
 じゃあお前が予定を立てろ、それを皆と共有しろと言ったら、それは出来ないと断られる。
 どうしろと?


「努力が足りないんじゃないのかい?」
 
 社長に逆パワハラを訴えても、まともに取り合ってくれなかった。

「理由はどうあれ、人の上に立ったんだ。
 そのくらい実力で跳ね除けてもらわないと困るよ。
 君たちが僕の弟を追い出してまで進んだ道だし、文句は言わないで欲しいな」

「嫌なら辞めてもいいんだよ。
 あの人たちはどうせ…次の上司を作り上げるだけだ」
 
 社長は自分の弟が会社を辞めたことで、会社に愛想が尽きているようにも見えた。
 それでもちゃんと『社長』をやってくれるだけでも、感謝するしかなかった。

 
 6年間、俺はずっと孤独だった。
 誰も俺を助けない。
 毎日エナドリを飲んで遅くまで工房に残る日々。
 こんな小さな会社で当然残業代なんて降りるわけがない、請求できるわけがない。
 
 確かに俺は、良い上司ではない。
 学歴は高卒。
 物覚えもさほどよくない。
 計算なんて電卓無しでは出来ない。
 パソコンもブラインドタッチは出来ないし、ワードもエクセルも未だにおっかなびっくりである。
 メモ帳もこれで5冊目だ、自分の学力学歴に対して覚えなければならないもののレベルが高すぎる。
 
 しかし、だからって、いくらなんでもこれはあんまりだろう?
 なんであの人たちは、ネットで政治家を攻撃するノリで、自分の手で作り上げた上司を攻撃してくるんだ?

 
 …しかし、俺に会社を辞める勇気はなかった。
 40歳近くにもなって「管理職が嫌になって逃げ出してきました」では、どこの会社でも雇ってもらえないだろう。
 この地獄に耐える以外なかった。
 
 唯一の救いは、両親が介護の必要もなくぽっくり死んだために、親の貯金と持ち家を手に入れたことだった。
 親の老後やら介護やらで頭を悩ませる人が大勢いる中で、この点だけは自分は幸福だったと思う。

 …親の死を悲しまないどころか前向きに捉えるあたり、俺もクソ従業員のことを馬鹿に出来ないロスジェネ世代の老害なんだと実感した。
 悲しかった。
 

 ――――
 

 3ヶ月前、急に転機が訪れた。
 俺しか居ない夜の工房に、社長の弟である元工房長がやってきたのだ。

 元工房長は、魔物娘という異業の存在を味方につけていた。
 そして、こう言った。

「彼女たちの力を借りて、クソ従業員たちの手からこの工房を取り戻す」

 …俺は、元工房長に力を貸すことを選んだ。
 
 そしてこれが、毎週金曜日に行われる俺のサービス残業の始まりだった。

 さらにその1ヶ月後には、『エルフの尻を追いかけてきた』という実にふざけた理由で、ナガト君が入社してきた。
 俺たちの計画にも、一切の疑問を抱かず協力してくれるようになった。

「魔物娘と一緒に暮らして一緒に働くためなら、給料が安かろうが気にしません!
 いくらでもサビ残してやるっすよ!」

 彼は非常に頼もしかった。
 
 ――――
 

 そんなわけで、俺たちは毎週金曜日、彼女らが工房で働く環境を作るための仕事をするようになった。

「ここでどうだろうか?
 織り機は動かせるかな?」

「うーん、私にはちょっと高すぎるかしら…」

「私にはちょっと高さが足りないな…」

 現在は、目線の高いアラクネとケンタウロスが工房で働けるように、織り機を載せる架台の製作を行なっている。
 今日が完成予定日だ。

 自分は設計も組立も出来ず、なにかと行き当たりばったりだったが、ナガト君が3次元CADで設計してくれるようになってから作業効率は一気に上がった。

 自分が作ったのはハーピィ用の手先作業の補助器だけだが、魔物娘向けの補助器や備品置き場は全部ナガト君が設計して作ってくれた。
 
「ここのレバー操作すれば、織り機がある程度上下しますよ」

 ケンタウロスが架台横にあるレバーを上に持ち上げてみると、架台は低くなり、織り機はアラクネの目線にフィットする。
 今度はレバーを下に下に繰り返し引いてみると、架台は上へ上へと高くなっていった。
 
「おお!?
 なんだこれは!?」

「『からくり』っすよ。
 電気も空圧も使わない、構造だけで上下する仕組みっす」

「修理や点検が必要にならないのかい?」

「年に一度、この部分のここだけ交換すればいいっす。
 やり方はラミネートして残しておきますね。
 『年に一度の部品の交換だけ』忘れなければ絶対に安全っす」

「ありがとうね!ナガトさん!」

「ありがとう、ナガト君!」

 アラクネとケンタウロスは抱きつこうとするも、ナガト君は2人の抱擁をすっと避けた。
 
「ねえねえ!
 私もこれ作りたい!」

 ゴブリンの女の子が、ナガト君に寄りかかろうとした…が、ナガト君はこれまた避けた。

「むぅ…ナガト君のいけずぅ…
 この『からくり』って、人間社会のどこで学べるの?」

「一応、セミナーというか講習会が某所で定期的に開かれてるっすけど……アレはおすすめ出来ないっすよ。
 金にも人手にも余裕のある大企業が、老人や女性でも平等に働ける環境を作るっていうのが目的なんで。
 金も人手もない中小企業には、得るものは何もないっすね。
 実際、この会社の先輩たちも何度か参加してるみたいっすけど…
 …先輩、あいつら何も作ってないっすよね? 何しに行ったんすか?」

「俺は出張行ってこい講習受けてこいとか一言も言ってないのに、あいつらは勝手に出張しているんだ…
 セミナーの結果を受けてアレが欲しいコレが欲しい言ってくるんだが、効果を主張するばかりで、細かい費用や予定立て、設置場所すらも『それを考えるのがお前の仕事』とか言って押し付けてくるんだよ…
 セミナーに参加する時間すらない俺にそんなこと出来るわけがないのに、『俺のせいで講習を受けた意味がなかった』とか言ってくるし…」

「ファー!w
 あいつららしいっすね!w」

 なお、「ラズベリーパイ」やら「生成AI」やらのセミナーも全部同じ結果であった。
 講習には行くなと意味がないと何度言っても、俺ではなく社長の方に許可をもらっては勝手に出張に行き、そして同じ結果を繰り返すのだ。
 織物職人が生成AIの講習なんて行ったところで一体何の役に立つというのか。
 …しかし、ナガト君がラズベリーパイと生成AIを用いて「名札をかざすだけのタイムカードシステム」を作ってくれた。
 彼は「値段はおよそいくらかかるか」「費用対効果はどのくらいか」「他所に委託した際の値段の相場はいくらくらいか」を俺にちゃんと明示した上で、製品を組み立て、動作確認まで、全部一人でこなしたのだ。
 …正直、頭が上がらない。

「講習に行く意味がないなら、『からくり』ってどこで教わればいいんですか?」

「俺が教えるんで、気軽に声をかけてくださいっす。
 あ、図面は2次元と3次元双方で残してるし、材料は商社込みで全てリスト化してるっす。
 これの通り作れば、今回と全く同じものが10万円ほどで作れますよ。
 あ、今回アルミフレームは在庫を使ったっすけど、次回からははミ◯ミから買うのがおすすめっす」

「商社から買うのかい?
 ホームセンターで買って、自分で切り分けた方が安くならないかい?」

「フレームを自分で切る手間と比べたら許容範囲っすよ。
 業者に切ってもらった方が断面も綺麗っすし、経費計算も楽っすからね」

 言って、ナガト君は組み立てた架台の写真を撮り、何かを印刷してラミネートした。
 紙には交換部品の品目と部品の交換方法が書かれている。

「これで2人とも織物の勉強が出来るようになるっすね」

 アラクネとケンタウロスは近づこうとするも、ナガト君は2人をすっと避け…
 …隣に立っていたエルフの尻を触った。

「んっ!? この…!
 …時間と場所を弁えなさいよ!」

 エルフは、ナガトに強烈な肘鉄を喰らわせた。
 ナガト君は悶絶し、ゴブリンに介抱される。
 エルフのその言い方、『時間と場所を弁えればお触りOK』とでも言いたいのかい?
 嫉妬しちゃうな…

 なお、ナガト君とこのエルフの2人は夫婦である。
 意外なことに、見た目チャラ男であるナガト君はエルフ以外の魔物娘には一切手を出してない。

 崩れ落ちたナガト君にゴブリンと魔女が彼の下半身に手を出そうとしたが、彼は軽くいなした。
 
「…いやー、ごめんね、ちょっと無理っすわ。
 いくら合法とはいえ、魔物娘とはいえ、見た目が幼い女の子に手を出すような人間にはなれないっす」

 ファミリアのヒモになっているおっさんがこの会社に居ると知ったら、果たして彼はなんと思うことやら。

「工房長さん。
 昔の書類をまとめて、スキャンしてデータ化しておきましたよ」

「工房長さん。
 備品の購入先でもっと安い商社をリストアップしておいたわ。
 次からここで買うといいわよ」

 デーモンとラミアが、僕が前からやりたかった事務作業をやってくれた。
 本当にありがたい。
 
「ありがとう、
 …さて、今日はこんなものかな」
 
 時刻は午後9時50分。
 4時間のサービス残業は終了だ。

 自分にとっては慣れた時間だが、魔物娘たちにとっては違う。
 早く帰らせなければ。

「はーい、みんな後片付けしようねー」

「工房長ー!
 大変でーす!」

 ゴブリンが声を上げた。
 …見知らぬ男の子が、ゴブリンに手を引かれて俺の前に引き出された。

「あ、あ…」

 異業の女の子が働いているところが窓かどこかから目に入ってしまい、気になって不法侵入でもしたのだろうか?

 不法侵入は悪いことだが、こっちは国籍すら持たない女の子を働かせるというもっとヤバいことをしているからな…
 
「あらあらあらあら。
 覗きはイケナイわねー」

「おやおやおやおや。
 私たちの姿が気になるのは、致し方ないだろうが…」

 アラクネとケンタウロスが男の子ににじりよる。
 体格が違いすぎる異業の女性を前に男の子はすっかり怯えてしまった。
 いけないと思った俺は、すかさず間に割って入った。

「今日のところは帰ろっか。
 もしこのお姉さんたちと仲良くしたいのなら、来週の金曜日に遊びに来てね。
 その時は、玄関のインターホンを鳴らしてくれると嬉しいな」

 男の子は、俺の問いかけに黙って頷いた。
 ……さて、この子をどうするかだが…

「うふふふふ」
「くすくす…」

 ラミアがペロリと舌なめずりをし、ゴブリンがニヤニヤしている。

 魔物娘たちに任せるのはあまりにも怖すぎる。
 未成年への行為は、この国では相手が男であっても重罪だ。
 ナガト君に押し付けるわけにもいかない。
 俺が車で家に送り届けるしかなかった。

「先輩、後片付けと戸締りは任せて欲しいっす。
 どうせあと5分ほどで終わるっすよ」

「ああ、よろしく頼むよ。
 それじゃ、みんなお疲れ様」

「「「お疲れ様でしたー」」」」

 俺はナガト君に工房のスペアキーを渡し、男の子を自分の車に乗せた。
 

 …男の子は、自分の住所を口にした後、終始何も言わなかった。
 せめて、「不法侵入してごめんなさい」「家まで送ってくれてありがとう」くらいは聞きたかったな。
 まあ…最近の若者なんてそんなものか。
 
 
―――

 
「疲れた…」

 時刻は午後10時30分。

 一人で住むには不相応な平屋に俺は帰ってきた。
 親はいない、家族はいない、招くような友人もいない。
 だが、家の照明の電気はついている。

 いつもならコンビニ飯で済ませるのだが、今日は違う。
 俺は手ぶらだ。
 何故だ?
 自分でもわからない。
 疲れているのだろうか。

「ただいまー」

「おかえりなさい、旦那様」

 家に帰ると、愛する嫁がいた。
 彼女の名前はキリエ。
 俺には不相応なほど美しく、気配りも出来て、夜もすごくて…
 …あれ?

「お仕事お疲れ様だね。
 もう遅いから、軽いご飯にしようか?
 少なめのご飯とお味噌汁でいいかい?」

「ああ、ありがとう…」

 俺はキリエに促されるまま居間へと上がる。
 部屋は一足早く暖房の電源がつけられていたのか、とても暖かかった。

 食卓に座ると、茶碗7分目の雑穀米と減塩梅干し、温かい味噌汁、そして温かいお茶が出される。
 お茶が、味噌汁が、仕事で冷たくなった身体に染み渡る。

「今日もお仕事お疲れ様じゃったな。
 …明日は流石に出社せんやろう?」

「…今日、あいつらが特注品の工程を一個飛ばして不良品を作り上げたから、それの修繕をしなければならないんだ。
 だいたい8時間ほどで終わるから、月曜日までにそれをやらないと…」

「ばかものが!
 何故、今日の残業前に言わなかったのじゃ!?
 今日の定時後に少しでも進めればよかったではないか!」

 カナデは急に声を荒げる。
 お茶を少し吹き出してしまった。

「ナガト君がせっかく残って教えてくれるんだ、遠慮させるわけにもいかないだろう…
 それに、今回は客から材料から模様まで指定の入った特注品で、さらにその修繕ともなれば、ナガト君や魔物娘に振るには難しすぎる。
 今はまだ、俺の手で修繕するしかないんだ」

「なんとまあ…
 その不良品を作り上げた人間は、何と言っていたのじゃ?」

「『ごめんなさい、次からは気をつけます』ってね…
 同じ失敗はこれで3回目だし、俺だけでなく社長からも始末書を書くように迫られたんだけど、『月曜日に書きます』って言って、口や表情では謝罪を漂わせながらも残業はせずにきっちり定時で帰って行ったよ…
 あの様子じゃ、始末書も書かずにはぐらかすだろうな…」

「な!?
 残業が正義だとワシは絶対思わんが、他人に明確に迷惑をかけた時くらいはしっかり残業すべきじゃろう!?
 どういう神経をしとるんじゃ!?」

「俺が知ったことじゃないよ…
 その人に限った話じゃない、ナガト君以外の従業員はだいたいあんな感じの人間だよ…」

「イカれているのか…?
 そりゃあ、40歳を超えても結婚が出来ぬわけじゃ…」

「少なくとも、俺の会社の従業員はそんなものだよ…
 いちいち目くじら立ててたらキリないよ」

 後から知ったことだが、その社員はその後自分が職場で失敗したことをデリヘル嬢に慰めてもらうためにラブホへ向かったらしい。
 これで俺より1歳歳上の40歳というのだから、酷い話だ。

「…まあ、今日のところは早く休むが良い。
 明日はワシもちょっくらお主の職場に遊びにいくとしようぞ」

「いや、部外者を工房に入れるわけには…」

「『明日、ワシは工房に遊びに行くぞ、旦那様』」

 カナデの声が、急に怖みを帯びたものに変わる。

「あ、あぁ…」

 俺は、カナデの気迫に押されて、了承してしまった。

―――
 
―――

 その後。
 元工房長によって織物技術を仕込まれた魔物娘たちが、従業員を掌握していった。
 ある者は偶然を装って出会い、ある者はデリヘル嬢を装って出会った。
 
 俺とナガト君は、その後も魔物娘たちが働ける環境を整えて行った。
 体格や指先にハンデを抱える魔物娘のために作業台や作業治具を作り、作業手順書を作り、5Sを徹底していった。

 従業員たちは一人、また一人と、工房から消えて行った。
 
 その中で、魔物娘と頑なにくっつかなかった従業員が一人居たが、ある日突然、退職代行を使って自分から退職していった。

「ワシは何もしておらんよ?」

 俺は何も聞いていないのに、カナデはそう答えた。
 
 …そうか。
 なら、別にいいか。
 退職代行を使って何の引き継ぎもなく消える人間は卑怯だと思っていたが、実際に突然いなくなったところで何も困らなかった。
 もとより彼の怠けの分は俺が負担していたからだ。

―――

 半年後。
 
 魔物娘たちは、全ての従業員を掌握した。
 
 ある人間は、自分の娘ほどの見た目の女の子に養われることを選び、
 ある人間は、肉欲に溺れ続ける爛れた日々を送り、
 ある人間は、家も戸籍も何もかも魔物娘に売り払い、嫁の故郷へと消えていった。

 もう、こそこそする必要もない。
 魔物娘たちは朝から堂々と出社することになった。

 …ただ、1人だけ。
 魔物娘と共に暮らしながらも、会社に来ようとする従業員がいた。
 同じミスを繰り返して不良品を生み出しながら始末書を書くことを拒んだあの40歳である。
 なんとかして先輩としての意地を見せたかったのだろう。
 
 そんな彼に対して、ナガト君と魔物娘たちは容赦が無かった。

「その年齢まで何やってたんですか?」(魔女)
 
「40歳を越えても、まだ現場作業しかできないんですか?
 その現場作業も、入社1年にも満たない女の子たちに作業速度でも品質でも抜かされてますけど?」(エルフ)
 
「いい歳した大人の言い訳なんて聞きたくない。
 仕事で挽回したらどうだ?」(ケンタウロス)
 
「え? 俺がやってみろって?
 …ハイ、出来たっすよ。
 そりゃあ、毎日工房に残って作業手順書を作ってすからね。
 …え?手順書を見ないで仕事してみろって?
 嫌ですよ。
 先輩こそ、偉そうなこと言いながら何度も同じ過ちを繰り返して、再発防止も何もしませんでしたよね?
 先輩こそ手順書を見ながら作業する必要があるんじゃないんですか?w」(ナガト君)

「工房長さんとナガトさんがとってもわかりやすい作業手順書を作ってくださったんですよ。
 事務だけやっていればいい? 現場仕事だけやっていればいい?
 そんなものは誰が決めたんです?
 決められた作業に固執する必要はどこにもありませんよ」(キキーモラ)

「借りたものはきちんと元の場所に戻してくれない?
 5Sってわかる? 言ってみて?
 製造業に携わる人間にとっては常識でしょ?」(ゴブリン)
 
「ファー!w
 おっと失礼しました。
 でも先輩、5Sの外部講習受けてるっすよね?
 それも2回も、出張報告書は残してるっすよね?
 本業ほったらかして、会社からお金を出してもらってまで参加した外部講習で、何も身につけなかったんすか?
 もう講習には行かせてもらえませんね?w」(ナガト君)
 
「織り機の修理ぐらい、わざわざ業者を呼ばずとも中を見たら分かるっすよね?w
 大学で機械工学学んだろって? 関係ないっすよ、自分の仕事道具の構造や特徴を把握するのは当然のことっすよね?
 先輩は、自分が20年以上触っている仕事道具の構造とか特徴とか把握してないんすか?w」(ナガト君)
 
「…あ、そもそも織物に興味がなかったんですわね?
 それは失礼しました。
 誇り高い織物職人を名乗るくせに、織物には無関心なのですね」(アラクネ)
 
「おじさんはロスジェネって言われる世代よね?
 でも結局、努力をしなかった結果がこれなんじゃないの?
 40歳にもなっても若者気取りで、何の役職を担わず責任も背負っていないことに危機感とか抱かなかったの?」(ラミア)
 
「もう一度聞いて良いですか?
 その年齢まで、一体何をしていたんですか?
 40を超えて独身で、気に入らない人間には誹謗中傷……
 仕事態度も最低、他人の足を引っ張てもヘラヘラするばかり…
 ……かわいそうですね?」(魔女)

「ファー!w」(ナガト君)
 

 …ナガト君はともかく、魔物娘は普通こんなこと言わないんじゃないか?
 彼は魔物娘に対し、どれだけの無礼を働いたんだ?

「この人は、今はもういない前の工房長の連絡版に『くたばれ』『2度と戻ってくるな』と書きこんだ現場を、魔物娘に目撃されたんすよ。
 6年前に消えた人の連絡板に未だに悪口を書き込むなんて、何考えているんでしょうね?」

 ナガト君がそっと教えてくれた。
 元工房長は、彼女らにとって織物を教えた先生でもある。
 それは…仕方ないな。
 
 
 その後、彼は社長に泣きついたようだが…

「君は、僕の弟を追い出して、自分の後輩を役に立たないといびっておきながら…
 いざ自分がいびられる立場に立ったら、僕に泣きつくのかい?」

 社長は魔物娘に会社を乗っ取られているにも関わらず、我関せずを貫いていた。
 先輩たちが織物への興味関心を持たないのと同じように、社長も会社の経営への熱意情熱を失っているのだ。
 
「訴えるなら訴えてもいいけど、君も仕事を失うよ。
 それだけじゃない、君は美しいお嫁さんを手放すことになるよ?」

「訴えるのならばせめて、次の仕事が見つかってからにしたらどうだい?
 今の人手不足の世の中ならきっといいお仕事が見つかるはずだ。
 転職活動、がんばってね」

 社長のあまりにも投げやりの態度を見た彼はその日のうちに居なくなり、魔物娘と入れ替わった。
 
 ――
 
 従業員がいなくなったということは、元工房長もとい社長の弟が戻ってくるということだ。
 これで俺もこの役目から解放される……

 ……いや、俺も追い出される側の人間だろう?

 俺だってもう40才で、無理をする体力も、新しい知識を身につけられる脳みそもない。
 元工房長やナガト君のような大した学歴も知識も経験もない。

 俺も魔物娘にヒモになるのか?
 いや、無理だ、俺には誰ともくっつかなかったじゃないか。
 あてがわれなかったじゃないか。

 あれ、なんで俺には魔物娘がくっつかなかったんだっけ?
 
 …あ、そうだ。
 俺には『嫁』が居るんだった。
 
 …あれ、でも俺は40にもなっても独身で。
 親も親戚もいないひとりぼっちで…

 あれ?

「魔物娘たちも、ナガト君も、お主を嫌う理由はどこにもありゃせん。
 6年間、あのクソ従業員たちを抑えて、ずっと工房を守っていたのじゃろう?」

 キリエが背後から俺を抱き寄せた。
 
 …それは、義務感とは名ばかりの惰性であり思考停止だ。
 別に褒められるようなことでもない。
 今回の追放劇も、自分は言われたことをやっただけだ。

「『言われたことを言われた通りやってくれる人間』がどれだけありがたいのか、今のおぬしなら痛いほど分かるじゃろう?」

 …それは、そうだ。

「魔物娘とその旦那しかおらん会社だ。
 仕事終わりの時間なら、サカっても誰も文句は言わんじゃろう…?」
 
 キリエは俺の唇に唇を重ねてきた。

「先輩、職場でこんなことするなんて大胆っすねぇ!」

 すぐ近くからナガト君の声が聞こえる。

「ちょっと、時間と場所を……
 いや、もういいよね…いいのよね…?」

「ちょっと! こんなところでおっ始めるくらいなら、私も混ぜてよ!?
 ロリはお断り!? 知らないよ、犯す!
 いや、みんなで犯せ!」

「帰る!
 おうち帰る!
 旦那の晩御飯作らなきゃ!」

 なんだか賑やかな声があちこちから聞こえる。
 俺がキリエから意識を外したのが不満だったのか、キリエが俺の頬を両手で挟んで視線を自分の顔面へと向けさせる。

「家以外のところでするのも、悪くはないのぉ!」

 キリエは、そう言って俺を壁に押し倒し、俺の作業着をかちゃかちゃと脱がしてきた。
 

 ――
 

「この会社は、『修繕課』という新しい部署を発足することになったよ」

 社長の弟たる元工房長が復職して1週間後。
 僕は、元工房長…いや、工房長に呼び出された。

「今の日本には、和服や和織物の修繕を受け付けてくれるところは少ないんだ。
 販売元が廃業しているところも多いからね。
 僕も仕事を失っている間、何度も修繕の依頼を受けたくらいだ」

 確かに、俺も修繕の依頼なら何度か受けたことはある。
 しかし、それは「特例の仕事」であり、本来の仕事ではない。
 工房長はそれを「日常の仕事」にしようというのだ。

「この会社の織物は、糸や顔料の特徴から織物の修繕とは相性が良いんだ。
 その中でも君は、修繕の技術と経験がずば抜けているよね。
 その理由は…アレだけど…」

 修繕が得意になったのは、クソ従業員たちが頻繁に不良品を作っていたから、その修繕をずっとやっていたからである。
 
「君には修繕の技術だけでなく、工房長になった経験もある。
 後継者不在のクリーニング店を土地ごと買い取るという話が上がっているんだ、いずれこの工房とは別の作業場所を用意しよう。
 工房長の時とは違って、今度は僕も力を貸す。
 どうだろう、『課長』の役割を引き受けてもらえないだろうか?」

「…わかりました。
 努力を尽くします」

 …管理職から解放されたと思ったのに、また管理職か。
 俺には確かに修繕する技術はあるが、管理職ともなれば自分の技術が高ければ良いというものではない。

 ナガト君には作業手順書の作り方は教わっているが、自分でも作れるだろうか?
 修繕なんて持ち込まれたもの次第だ、手順書など簡単には作れないだろう。
 …いや、そういう思い込みを捨てろと、言われていたじゃないか…
 ……誰からだっけ?

 そして、自分が課長ということは、部下もいるということだ。
 自分の仕事だけではない、他人の仕事もしっかり監督しなければならない。
 残業はしてくれなくても構わないから、最低限の指示を聞いてくれる部下だとありがたいな。
 
 修繕の市場価値なんて分からない、ひょっとしたら今後は営業もやらされるのかもしれない。
 
 ……果たして、うまく出来るだろうか?
 
「よかったのうダイキ。
 お主の活躍が評価されたのじゃよ」

 キリエが、俺の背後からすっと現れる。

「工房長よ。
 その新しい部署の運営には、ワシも協力するぞ?
 その代わり、ワシの妹達の雇用を融通してもらう」

「構わないよ。
 魔物娘の雇用やらお金のやり取りは僕も分からないから、君に任せよう。
 僕の兄…社長に対しては僕から言っておくよ」

「ふむ!
 期待に応えてみせようぞ!」

 あれ?
 カナデに妹なんて居たっけ?
 それより、なぜカナデが会社にいるんだ?

 …まあ、いいか。
 カナデと共に働けるのだ。
 悪いことなど、何もない。

「ダイキ、これからは職場でも一緒じゃな、
 ともに頑張ろうかのぅ!」

「ああ。
 これからも、よろしく頼むよ」

 言って、俺はキリエの手を取り、事務所を後にした。


 
 
「…ダイキ君、明らかにキリエさんから洗脳されてるよね…
 いくらキリエさんに悪意は無いとはいえ、魔物娘ってやっぱりちょっと恐ろしいな…」

 去り際に、工房長が何か独り言を呟いていたような気がしたが、うまく聞き取れなかった。
26/02/19 18:10更新 / 網走の塀

■作者メッセージ

 バフォ様から「お主は…その年齢まで、一体何をしておったんじゃ…?」って、
セル編でミスターサタンを目撃したベジータのように真顔でドン引きされてみたい。

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