読切小説
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とある会社次期社長の話

「…で?
 あなたたちは何をやっているんですか?」

 日が沈みかけた午後18時。
 田舎に帰ってきた俺の実家の前には、大勢の油臭いおじさんたちが10人、座り込んでいた。

「坊ちゃん!
 会社を、会社を継いでくれよ!」

「だから!俺は叔父がいない以上は会社を継がないって言ってるだろ!?
 相続放棄の手続きは進めているんだよ!
 そして、今まで呼び捨てだったくせに坊ちゃんと呼ぶのをやめろ!気持ち悪い!」

 6年前から「会社を継がない」とずっと同じことを口にしているが、彼らは「冗談」「いつか考えが変わる」と言って聞きもしない。
 
 実家に帰る前、親戚たちには相続放棄の意思表示を内容証明郵便で郵送している。
 家庭裁判所に相続放棄申述書もその時一緒に郵送している。
 一人暮らしを始めて最初にやったことは、相続放棄の手続きの仕方を弁護士に相談したことだった。
 意思表示書も相続放棄申述書も、父が死ぬ前に前もって準備していた。
 …今回は父が「実は死んでいなかった」という大ボケかましてくれたので、後で家庭裁判所に連絡しなければならない。
 意思表示書は…そのままでいいか。
 
「坊ちゃん!
 あなたの叔父は、自分から去ったんです!
 自分にとって都合よく解釈するのはやめてください!」

「その言葉そっくりそのまま返すよ!
 お前たちがいじめ嫌がらせをした証拠は動画に撮ってしっかり残っているんだよ!
 6年も前に出て行った人間の机に『二度と戻ってくるな』だなんて落書きする奴がいるかよ!?
 そして、お前らが落書きしたのは会社の備品だぞ!?何を考えている!?」

 長年続いた叔父へのいやがらせ、誹謗中傷、叔父はそれが原因で辞めたのだ。
 証拠はもちろん残っている…いや、他でもない彼らが残している。
 
「これはお父さんの意思ですよ!坊ちゃん!」

「父はそんなこと一言でもいったのかよ!?
 身内を会社から追い出す社長がどこに居るんだ!?
 会社の備品への落書きを許す社長がどこにいるんだ!?」

「だから、それがあなたのお父さんの意思なのです!
 坊ちゃん!」
 
「そうか!? そうなのか!?
 だったら尚更関係ないな!
 俺が慕っているのは会社でも父でもなく、叔父さんだけだ!
 叔父さんの居ない会社に未練はねえよ!残念だったな!」

「あなたは、私たちを養わなければならないんです!
 坊ちゃんがそれを認めるまで、私たちはここから動く気はありません!」

 おっさんたちは立ち上がり、俺を取り囲む。

「お願いです!ぼっちゃん!」

「お願いです、ぼっちゃん!」

 …無能で、怠け者で、性格の醜悪な、40を超えて独身のおっさんたちが、物欲しそうな目でこっちに詰め寄ってくる。
 ホラーだ。
 
「ふざけんじゃねえよ!
 俺より20年以上生きてるとは思えない、40そこらの大の大人がみっともないんだよ!
 さっさと転職活動始めろ!」

 俺は、実家が契約していた警備会社に通じる非常ボタンを鳴らした。
 夜の真っ暗闇な田舎の住宅街に、大音量の警報が鳴り響いた。

 ――――

 俺の名前は長野悠人。
 大手の商社に内定を決め、卒論に勤しむ22歳である。

 30年前。
 父は、父にとっての弟…俺にとっての叔父にあたる人間とともに会社を立ち上げた。
 こじんまりとした工房で作られていた手織り織物を、デパートだけではなく商社やショッピングモールにも卸そうという、2人で酔っ払った勢いで初めた事業らしい。
 父は社長として事務と営業をこなし、叔父は工房主として生産業務と並行して昔ながらの技術の発展と継承を行った。
 2人の努力によって織物は売れた。
 当時では珍しかったネット販売を行ったり、まだYouTuberという名前が無かった頃の動画投稿者によってパジャマの宣伝をしてもらったりと、新しいことを率先して行っていた。
 リーマンショックの時も震災の時も赤字にはならず、会社は小さいながらも安定した経営を続けていた。

「僕も、お父さんみたいな社長になる!」
 
 そして俺は、会社を継いで社長になるための勉強という名目で子供の頃からタダ働きさせられていた。
 おかげで部活もできなかったし、友達とも遊びにいけなかった。
 小中高の間、両親と共に過ごす時間よりも、叔父と共に仕事をする時間の方が長かった。
 それが会社のためであり、従業員のためだから…子供の頃の俺は純粋にそれを信じていた。

 一方で、社長から大切にされているはずの従業員たちは徐々におかしくなっていった。
 平成時代、「現場で働いている人間たちこそ至高!」「事件は会議室ではなく現場で起こっている」「やられたらやり返す!倍返しだ!」というテレビ番組が氾濫していたからだろうか?
 こんなにも稼いでいるのに、会社は儲かっているはずなのに、従業員たちは給料が上がらないのは社長のせいだなどと主張するようになった。
 そんなに高い給料が欲しかったら大企業にでも転職すればよかったのに、彼らはそうしなかった。自分が変わることを拒みながら、父や叔父に対して酷く当たるようになった。
 そして、それはやがて仕事態度にも反映されるようになり、とても大人の社会人とは思えないほどいい加減な仕事をするようになった。
 例えを挙げるならば…仕事でミスをしても「自分に出来ることはないから」と何のフォローもしなかったり、どんなに仕事を抱えていても、定時で帰るようになった。
 そして、その皺寄せを正社員ですらない俺に押し付けるようになった。

「それって、君の感想だよね?」
「これも社長になるための勉強だよ」
「給料を上げてくれれば、俺も頑張るんだけどなぁー」

 俺が中学生の時点で現場作業の全てが出来るようになってからは、「自分より歳上のくせに、現場作業しかしないし、出来ない。それでいてミスもする」従業員たちに怒りしか抱けなかった。
 俺の「いつか会社を継いで皆を引っ張る」という『義務感』が、「なぜ、こんな怠け者たちのために自分が苦労しなければならないのか」という『憎しみ』へと変わるのに、それほど時間は掛からなかった。

 
 6年前、叔父が会社を辞めた。
 従業員たちからのいじめ嫌がらせにより、会社に愛想が尽きてしまったのだ。

 確かに、叔父の政治観には疑問に思うことはあった。
 特に叔父のSNSアカウントを見た時は、普段は物静かな叔父がネットの世界ではこんなにも口汚いのかとドン引きしてしまった。
 しかし、それは職場のトップに立ち、世の中の酸いも甘いも味わったからこそ身につけた感性だ。
 現場作業をやっているだけで、自分の予定を自分で立てたこともなければ、「どう動けば効率よく作業出来るか」を考えたこともない、帳簿と睨めっこしてお金のやりくりをしたこともない人間たちには分からないものだ。
 
 しかし、「政治観が違う」ただその一点は、ロスジェネ世代の従業員たちにはどうしても受け入れられなかったらしい。
 元々態度が悪かった従業員たちは、親でも殺されたかのような激しい敵意を叔父に向けた。
 
 靴に小石を入れるなど毎日続く嫌がらせ、連絡用ホワイトボードに悪口を書き込む誹謗中傷、田舎社会にフェイクニュースを流し親戚をも巻き込んだ。
 彼らはネットで政治家を叩くノリで、個人を攻撃していたのだ。
 
「自分だけが犯人じゃない」
「他にもやっている奴はいる」
「あいつだって、きっとやっている」
 
 俺が従業員に問い詰めてもはぐらかされるばかりで、叔父は日に日にやつれていった。
 俺は、会社にカメラを仕掛けて従業員たちの犯行現場を抑えそれを公開したのだが、それを咎めたのは他でもない父と叔父だった。
 
「気持ちは分かるし、叔父への仕打ちは許されるものではない。
 しかし、上に立つ人間として、従業員は大切にしなければならない。
 こんな警察ごっこの私刑じみたことをしてはいけない」

 父は、従業員側についた。
 従業員たちは、自分たちの政治思想こそが社長の思想だとますます増長した。

「ユータ君、もういいんだよ。
 今までありがとうな」

 叔父は、俺に一言だけ残し、どこかへと消えていった。

「こんな会社、誰が継ぐもんか!」
 
 当時高校生であった俺は今までの不満を爆発させて、叔父が戻らない限りは会社を継がないことを宣言した。
 良識の残っていた従業員たちも、叔父がいない会社に先行きはないと退職していった。
 
 会社に残ったのは、もういい歳した大人でありながら現場作業以外しないし出来ない、派遣やパートならともかく正社員としては落第点な従業員たちだ。
 
 ここからは、後から知ったことだが…
 叔父は不要だと言っていた従業員たちは、叔父から技術を継承出来ていなかったらしい。
 納期遅れが多発するようになり、ノウハウがなくなって販売出来なくなった商品もあるそうだ。
 父が行った対応は、「売れる製品に絞って生産をする」というものだ。
 特に会社の一番の売れ筋商品であるブラウスやパジャマの受注と生産数を増やし、女性向けワンピースやストールなど女性向け製品の生産を減らす、あるいは生産をやめることを打ち立てた。
 しかし、会社の一番の売れ筋商品であるパジャマは、大手企業が「着る医療機器」のキャッチコピーを掲げた強大な対抗製品を生み出している。
 シェアを奪われるのも時間の問題であった。
 そして、叔父がいない以上は新しい商品の開発が出来ない、出来るはずがない。
 この会社には未来が見えなかった。

 昨日、父は死んだと連絡が入った。
 …正直、悲しくはなかった。
 父と過ごした時間よりも叔父と過ごした時間の方が有意義で楽しかった。

 せめて花だけでも添えに行こうと、新幹線とバスを乗り継いで4時間かけて実家に帰ってきたのだが…
 父親は健在であり、改めて会社を告げと突きつけられたのだ。

 
 ――――――――


 父はこの状況でも、俺が会社を継いでくれと口にしており、何を言っても無駄だった。
 何も考えずに現場作業だけ打ち込んでいればいいと考えているロスジェネ世代の人間たちからしたら、間違いなく理想的な社長だろう。

 …父は社長としては全く問題はない。むしろ優れているくらいだ。
 金はなく、従業員はみんな無能で怠け者、体力もないおっさんたち。銀行や客からの信頼もない。
 叔父が去ってからの6年間、手に持った弱小のカードだけをやりくりして、会社を潰さずに続けているのだ。
 だが、俺はこんな苦労をするつもりはない。
 叔父の居ない会社が、この先やっていけるはずがない。

 終始黙って俯いているだけで何も言わない母親に、俺は警備員呼び出し代である2万円を叩きつけた。
 一見大人しいこの女が、田舎のネットワークと掲示板にデマを流して、叔父が離婚するきっかけを作ったことを知っている。
 さっきから何も言わず、しかし俺に話しかけてもらいたそうに被害者ヅラしているが、コイツが一番の悪だ。
 言葉を交わす気にもなれなかった。

 俺は「今までお世話になりました!さようなら!」と誰にも伝えるわけでもなく声をかけて、家の扉を閉めた。
 
 …観光地のない田舎にホテルがあるわけがない。
 バスもとっくに終電を迎えている。
 少し離れたところにあるラブホに泊まるしかなかった。


 ――――――――


「叔父さん!?」
 
 町外れのラブホの受付には、なんと叔父がいた。
 格好からして客ではなく従業員のようだ。

「ユータくん!?
 大学はどうしたんだい!?」

「そういう叔父さんこそ……
 いや、まあ、俺のことは後で証明書郵便で届くから…」

「内容証明郵便!?
 ちょ、ちょ…少し、お茶でもしようか!」

 俺は叔父さんに事務所に連れて行かれた。
 
 …父とは違って、俺のことを考えてくれる人だ。
 ネットの中では確かに過激な人かもしれないが、身内には優しくて、行動で誠意を見せてくれる人だ。
 
 ――――

「…えー、4時間かけて実家に帰ってきたのに、
 訃報は嘘だった、と…」

「まあ、そんなところです」

「あの馬鹿が…
 そんなことをしたら、本当に訃報が届いた時も嘘かと疑わなければならなくなるというのに」

「大丈夫です。
 本当に父が死んだとしても、父の葬儀に出るつもりはありません」

「ユータ君は、そこまでお父さんのことを憎んでいたんだね…」

 叔父は、俺の話を真剣に聞いてくれている。
 それだけでどれだけありがたいことか。

「頼むよ、俺の兄を憎まないでくれ。
 確かにあいつらはどうしようもないクズだけども、企業体力がない中で雇った従業員だから選り好みが出来なかったんだ。
 そして、社長ならばいかなる従業員も守る必要があるし、『仕事態度が悪い』程度では辞めさせることは出来ない。
 ユータ君の父さんは何も悪くない」

「…父にとって俺は、守るべき人間ではなかったというとことですね。
 俺は息子なのに」

「あ、いや、それは…
 …君が長年不満を溜め込んでいたのは、悪かった。
 今思えば、未成年である君をあそこまで働かせたのは大変問題があったよ」

「俺は幼少期から働かされていたことに関しては、全く不満はないですよ。
 自分が大企業から内定をもらったのも、幼い頃から父や叔父さんから色々教わって社会を経験したおかげです」

「そ、そうなのかい?」
 
「俺は、父にとってあの従業員たちより下に見られていることが気に入らないんですよ。
 叔父さんよりも技術も知識も格段に劣るし、
 40歳を超えて職人を名乗っているくせに言われたこと『すら』まともに出来ないし、
 叔父さんがいなくなった6年を込みにしても作品数は遥かに少ないくせに、自分の方が織物に詳しいと思い込んでいるし、
 もう叔父さんがいなくなって6年も経ってるのに、未だに叔父さんの机と連絡板に悪口を書き込み続けているし、
 織物と全く関係ない田舎町の掲示板を荒らしているなんてなんの根拠もないデマを流すし、
 『社長を尊敬している』などと口にする割には、社長の『いじめ嫌がらせをやめろ』という言葉を受け付けないし、
 一連の騒動で叔父さん以外の人間もお客様も離れていったのに『人が少なくなってむしろ良かった』と超絶自分に都合よく解釈するし、
 単に自分が嫌いなだけの政治家やらコンテンツやらを大口開けて貶して、それを指摘されたら迷うことなく創業者と会社の名前を盾にするし、
 そんな『鬼畜にも劣るクズ』よりも、父にとって俺は下だということに呆れと怒りを抱いているんですよ」

「…ユータ君?
 なんか別件の恨みと混同してないかい?」

 この作品はフィクションであり、実在の事柄とは何の関係もありません。

「失礼…
 とにかく、小中高のタダ働きに関しては、俺は全く恨んでいません」

「…そ、そうか…
 ああ!そうだ!
 俺は今、あの従業員たちに復讐を計画していてな…」

「このラブホで、ですか?」

「いや…まあ…そうだな。
 …ユータくん、今から説明することは秘密にして欲しい」

「はい?」
 
 叔父は立ち上がり、事務所の奥の扉を開けた。

 …ラブホテルの奥は、俺の実家によく似た工房だった。
 200Vの電源や工業ゴミはどうしてるんだとか、申請している事業と全く違うことをして法律的に大丈夫なのかとは思うが…

 そして、そこで働いていたのは…女性たちだった。
 …頭に角が生えている女性も居れば、年端のいかない女の子もいる、肌の色が青い女性もいれば、下半身が異形の女性もいる。
 そんな女性たちが、実家にあるような織り機を扱っている。
 彼女らは…

「魔物娘…ってやつですか?」

 魔物娘。
 つい最近現れて、世間を騒がせている存在である。
 
「ああ、そうだ。
 俺は今、この子達に織物を教えている」

「小さい女の子も居ますよ!?
 なにやってるんですか!?」
 
「ち、違う!
 彼女たちは皆成人だ!」

「そんなアホな…」

 余談だが、その小さい女の子こと魔女マリアちゃんの実年齢は48歳である。

「ここだけの話…僕が前勤めていた会社、あの会社の従業員たちは、かなり頻繁にデリヘルを利用しているんだよ。
 あいつらは貯金をほとんどせず、給料のほとんどを下半身弄りに費やしているんだ」

「知ってます。
 当時高校生の俺に、デリヘルの割引券を現金で買えと脅迫してきたので」

「…そこまで腐ってたのか、あいつらは…」

 金がない世の中が悪いから結婚出来ないなどと言っていたが、あいつらの場合は単純に40歳を超えても風俗に通い続けて貯金ができていないだけなのだ。

「まあ、俺の計画はそんな風俗通いの心理をついたものだ。
 魔物娘の虜にして、魔物娘のこと以外考えられなくしてしまおうってわけさ」

「話が分かりません。
 何故、彼女らの虜にすることが叔父さんの復讐になるんですか?
 そこから魔物娘たちに織物を教えることに繋がるんですか?」

 なお、叔父さんは聞き上手ではあるが話下手な人である。
 現場一筋と言っても、事務作業に製品開発、生産技術的な仕事が出来る人だ。
 同じ作業を言われるがままにただただ繰り返しているだけで職人を名乗っている連中とは違うのだ。

 
「ここからは私が説明するわ」

 ふと、事務所に人が入ってきた。
 年齢は…20代後半くらいだろうか?
 …その頭には、獣の耳が生え、お尻には、たぬきを思わせる大きな尻尾が付いていた。

「紹介しよう。
 私の妻のカナタだ」

「どうも初めまして、ユータくん。
 旦那からはしょっちゅうあなたの話を聞いていたわ」

「どうも、はじめまして」

 母のせいで離婚した叔父が再婚できたようでなによりだ。

「私たちの作戦は、ズバリ『ヒモ旦那大作戦』」

 作戦名ダサっ…

「あなたの叔父さんには、ここにいる娘たちに織物技術を教えてもらっているの。
 どの会社でもこの技術を使っても構わないし、なんなら祖国に持ち帰って広めてもらっても構わないという条件付きでね」
 
「ここの娘たちはすごいぞ。
 2年もすればあいつらと同等かそれ以上に仕事が出来るようになった」

「神の手以上ですか?」

「神の手?」

「うちの身内ネタだよ。
 …そう、彼女らは『神の手』以上の技量に加えて将来性を持っているんだ」

 
 神の手とは、8年前にとある従業員(当時33歳)が起こした事件である。
「この作業は神の手を持つ俺しか出来ないんだ!」と、とある製品の一工程を独占していた。
 しかし、あまりにも邪魔で目障りだったので、当時中学生だった俺は、その工程を見様見真似で再現し、手順書として作業方法を形に残したのだ。
 正社員でもない当時中学生の俺によって『神の手』の価値は廃れたのだ。
 そして、その従業員にとっての後輩が手順書を見ながら作業に取り掛かろうとしたところ、「努力賞、と言ったところかな!」と言って俺の書いた手順書を破り捨てたのだ。
 人の苦労を平然と破り捨てる醜さと、自分の楽とプライドのために他の世代へ迷惑をかけるロスジェネ世代のクソっぷりを、俺は8年経った今でもなお引きずっている。
 

「そして、いざ従業員がこのホテルに現れたら…
 指名された嬢と、魔物娘にすり替えちゃうの。
 もちろん、本来呼ばれていた嬢には3倍のお金を積んで口封じをお願いしているわ。
 そして…魔物娘としての快楽を存分に味わってもらうの。
 そして、『ここから呼べば安くなるから』と、個人的な名刺を渡してリピート指名を募るわけね」

 客の引き抜きだ…営業妨害だ…
 まあ風俗業自体がグレーゾーンみたいなものだし、いいか。
 
「私たちの力と魅力にかかれば、おじさんたちを虜にするくらい容易いわ。
 そして、同棲しちゃうの」

「風俗嬢と同棲なんて、いくらロクデナシの独身中年男性であっても出来ないのでは…」

「出来たわよ?
 生ハメセックスを許して破瓜の血を見せてあげたら、割とあっという間に同棲まで持ち込めたわ」

「ええ…」

 魔物娘も大概だが、誘われるがままに本番行為をするなんて、何を考えているんだあいつらは…
 
「で、今はまだ何人かと同棲できたところで止まっているんだけど…
 仕事に行きたくない面倒くさいなどと口にした時に、言ってもらうのよ。
『私が代わりに会社に行ってあげる』とね。
 最終的には、従業員全員を魔物娘と入れ替えてしまおうという魂胆よ」

 …確かにあいつらなら、「会社に行かなくていい理由」が出来たら、間違いなく喰らいつくだろう。
 しかし…
 
「魔物娘の負担が大きくないですか?
 従業員たちは皆、40歳超えの中学生以下の無能で怠け者で醜悪なおっさんですよ?
 あんな連中と結婚したいだなんて思う女の子なんているんですか?」

「酷い言い方だけど、さっきから話を聞いている限り否定できないわね…
 でも、そこは大丈夫よ。
 魔物娘の中には、ロクデナシの男を養いたいという娘もいれば、ロクデナシを更生させたいという娘もいるのよ」

「彼女らの生活費や教育費用は?
 ここにある織り機も、決して安くはなかったでしょう?」

「お金は全部私が出してるわ。
 一応、この国の文化を学ぶという名目で、私の故郷から少しばかりの補助金も出ているわね」

「カナタさんの金銭負担が大きすぎませんか?」

「これは私の目的でもあるんだけど…
 あなたのお父さんの会社を魔物娘の日本進出の足掛かりにしたいのよ。
 だから、私はお金を惜しまないわ」

「そこまでお金があるのならば、そんな回りくどいことせずにお金で客も社員も買い取ればいいのではないですか?」

「駄目なのよ。
 そんな強硬手段を取ってしまったら、人間たちから反感を買ってしまうわ。
 やっていることは、一応『侵略』だからね。
 『従業員のせいで会社を乗っ取られた』というストーリーが必要なのよ」
 
 なるほど。
 聞きたいことは他にもあるしツッコミ所も多いが、『叔父なりの復讐』と『魔物娘の侵略』の意図はだいたい理解した。

「…叔父さん。
 自分に何か手伝えることはありますか?」

「いや、それは大丈夫だよ。
 せっかくいい大学に入っていい企業に内定をもらったんだ。
 無理に僕の復讐に関わって、自分の経歴を汚すようなことはしなくていいんだ」

 …この人は両親とは違って、俺のことをとても考えてくれている。
 それだけでもどれだけありがたいことか。

「…叔父さんが戻ってきて、アイツらが会社から去るのならば、話は別です。
 俺は会社を継ぎます」

「ユータ君、気持ちはありがたいが…
 …今のユータ君には会社を継いでもらうわけにはいかないな」

 叔父の口からは、意外な言葉が出てきた。
 俺は、叔父とずっと一緒に働いていたのに。
 
「それは、どういうことですか?」
 
「…そうだね。
 社員教育に使うお金は、大企業と中小企業とじゃ段違いだし、大企業でしか得られない経験もたくさんあるんだ。
 会社を継ぐにしても、しばらくは内定先の会社で働くべきだよ。
 その経験はきっと社長になる上で役に立つから」

 …ああ、それなら納得だ。

「あ、じゃあ私からお願いがあるんだけど、良いかしら?」

「お願い?」

「魔物娘のうちの一人を、家に連れて帰って欲しいの」

 叔父の後ろで作業していた魔物娘の一部が、一斉にこちらに歩み寄ってきた。

「はじめまして、ユータさん!
 私は魔女のマリア!
 本業は薬学だけど、ものの試しに織物もやってみようと思ったの!」

「初めまして、ユータさん。
 私はアラクネのエレオノーラ。
 蜘蛛の糸を染めたり織ったりする技術に興味があってやってきたの」

「あの…!初めまして!
 私はキキーモラのミカです!
 …その、ご主人様を服を編んだり直せるようになったら素敵だなって思って、やってきました!
 もしよろしければ、あなたの側で家政婦として…」

「ちょ…ストップストップ!
 ユータくんの相手はもう決まっているから!」

 カナタさんは自分に詰め寄る魔物娘たちを押し退けた。
 …俺に紹介する相手は決まってたんだな。

「リサちゃーん!」

「はいはーい!」

 リサと呼ばれた女性は、操作していたノートパソコンを閉じてこちらに向かってきた。
 …肌が青い。目の色がなんかおかしい。
 羽と尻尾?が生えている。
 まるで悪魔のような女性だった。
 スーツを着込んでいるがかなりキツキツであり、豊満なボディラインがはっきり浮き出ている。

「初めまして、デーモンのリサです。
 よろしくね?」

「ど、どうも…」

 魔物娘の生態は知っている。ネットで見たことがある。
 一緒に住めということは、つまり嫁にしろという意味なのだろうが…

「彼女と一緒に暮らして、日本の社会を教えてあげて欲しいの。
 そうね…最低でも3年くらいかしら。
 あ、入社した商社がブラック企業だったらすぐに逃げてきてもいいからね?」

「は、はぁ…
 いきなり一人が抜けることになりますけど、
 そちらのお仕事は大丈夫なのですか?」

「大丈夫よ。
 もとより、儲けが目当てでやっている会社ではないからね」

「叔父さんは?」

「もちろん大丈夫だ。
 ただ…夜は覚悟したほうがいいかもな…」

 …ネットで見た魔物娘の生態は、本当であるようだ。

「今日は夜遅いし、このホテルに泊まっていくといい」

「ふふふ…魔物娘とホテルで2人だなんて。
 何も起きないほうが無理があるわね?」

 …いや、出会ってすぐの異性に、そういうことはしないだろう。
 ……しないよな?


 ――――――
 ――――――

 その後。
 大学卒業後、俺は商社勤めを5年経験した。

 リサとは上手くいっている。
「会社を辞めても私が養ってあげる」という悪魔の囁きに屈することはなかった。
 しかし…それはそれとして彼女には魂を捧げてしまい、二度と逆らえなくなってしまった。
 まあ、彼女は(布団の上以外では)俺の意思を尊重してくれているのだが…
 
 入社した会社では、嫌なこともあれば、いい事もあった。
 ウザい上司に腹が立つこともあれば、尊敬できる良い上司にも巡り会えた。
 
 叔父が俺に会社を継がせたくないという理由も理解出来た。
「自分は出来たのだから相手もこのくらい出来るだろう」という『奢り』があった。
 利益や実績といった数字や理論を盾に、少数派の感情に寄り添うことなく意見や反論を一方的にねじ伏せてしまった。
 結果、客先を怒らせてしまい、長年準備してきた事業を危うく不意にしかねるところだった。
  
 その分、成功で取り返した。
 失いかけた事業はなんとか周囲に頭を下げまくって取り返してきた。
 たとえ相手が100%悪かったとしても、時には頭を下げなければならないことを身を沁みて学んだ。
 仕返しは「更なる儲けの機会を、そいつだけ声をかけず参加させない」という形で行った。

 外国の会社相手に大口の契約も取ってきた。
 外国語のイントネーションやら外国のマナーを重箱の隅を続くかのように指摘され、「え?お前らそんなことでマウント取ってくるのかよ?」と何度もブチ切れそうになったが、愚直に訂正していったら「誠意のある相手」として認められた。
 その辺、人間に対して100%友好的な魔物娘は良いものだが…
 リサからは「外国人含めた人間とのお付き合いと、魔物娘とのお付き合いを、同じテーブルの上で語るのはやめようね?」と強く釘を刺された。
 
 出向先の工場では問題解決と現場改善を行い、1年間で売上を2倍にすることができた。
 俺は父と叔父さんから教わったことを実践しただけである。理屈と実績さえしっかり示せばたとえ歳下であろうが外部の人間であろうが話を聞いてくれて動いてくれる従業員の有り難さを実感した。
 
 ここまで実績を残せば十分だろうと思った俺は、リサと相談して会社を退職することを決めた。
 まだ辞意は上司には伝えていない。その前に実家の様子をこの目で確認する必要があった。
 
 28歳になった俺は、リサとともに故郷に戻ってきた。

 実家は完全に魔物娘に乗っ取られていた。
 30代の人間男性と、魔物娘たちが、イチャイチャしながら働いていた。
 叔父を追い出したおっさんたちは皆会社を辞め、新しく出来た嫁と共に引きこもっているらしい。
 男性たちは魔物娘を目当てに入社したそうだが、見た感じとても真面目に働いているようだった。

 すっかり年老いて髪も白くなった父は…まだ社長をやっていた。
 話を聞くに、現場作業は従業員の言いなりで事務作業も丸投げ状態であり、名前と印鑑を勝手に使われて責任だけを背負わされている『お飾り社長』だそうだ。
 唯一の救いは、魔物娘たちはロスジェネのおっさん達とは違って、自分たちだけが儲けようだの楽しようだの腹黒い考えは一切持っていないことだった。
 ただ、最近は大きなお金や責任が動く商談も増えてきたらしく、お飾り社長では難しくなってきたそうだ。
 
「あとは、よろしく頼む」

「まだ今の勤め先を辞めてねえよ。
 引き継ぎも何もやってないんだ。
 もう少し待て」

 俺以外の人間にはどんな対応をしているのか知らないが…お飾り社長なのも納得な父親だ。
 
 そして、母は不機嫌そうにダンマリしている。私は被害者ですみたいな顔をして、しかし俺に話しかけてもらいたそうにしている。
 話しかけるわけがない。

「ねえ、ユータ。
 この会社、継ぎたいと思う?」

「おっさんたちが出ていって叔父さんが戻ってくるなら会社を継ぐ。
 俺は10年前からずっと同じこと言い続けてるぜ」

「おかえり、ユータ君。
 勤め先じゃ大活躍だそうじゃないか」

「叔父さん!カナタさん!
 お久しぶりです!」

 ようやく叔父が出迎えてくれた。
 叔母である刑部狸のカナタさんも一緒だ。
 …「叔母さん」と呼んだらキレられるのでカナタさんは名前呼びである。
 
 叔父は父とは対照的に若返っているように見える。
 55歳を越えてなお毎日充実した日々を過ごしているようだ。

「君を迎え入れる準備は出来ているよ。
 ただ、中小企業の社長よりも大企業の社員をやった方が収入は圧倒的に良いと思うし、
 逆に仕事は今よりかなり大変になると思うけど、そこは大丈夫かい?」

「もちろん平気ですよ!
 任せてください!」

 嫌な思い出も多々ある…むしろおっさん達のせいで嫌な思い出の方が圧倒的に多いくらいだ。
 しかし、生まれ故郷を捨てることは出来なかった。

 給料が少ないなら、これから会社を大きくしていったら良いだけだ。
 あの無能で怠け者で醜悪なおっさん達はもう居ない。
 これからは魔物娘との仕事もある、日本ではまだ公になっていない未知の分野だ。
 この会社の将来が楽しみで仕方なかった。

「そしてユータ君…
 あなたにお願いがあるんだけど…」

「はい? 俺にですか?」

「まあ、見たら分かるわ」
 
 カナタさんはスマホを弄り、誰かにメッセージを送った。
 …しばらくすると、ドタバタと3人の魔物娘が駆けつけてきた。

「お久しぶりですユータさん、魔女のマリアです!
 私は今、魔女の秘薬を織物の塗料にする研究をしているの!
 研究がうまくいけば七色に光る着物とか作れるようになるの!
 その…幼い女の子との禁断の快楽を味わいたいなら、ぜひ私を愛人に!」

「お久しぶりね、ユータさん。
 アラクネのエレオノーラよ。
 その…アラクネの糸を使った新製品の開発なんてどうかしら? ここの織り機と私の糸は相性悪いみたいだけど…その、頑張るから!
 あ、夜も頑張るわよ。 ぐるぐる巻きにしてあげる!」

「あの…!キキーモラのミカです!
 FP3級に合格してFP2級を勉強中です!
 あなたの側で秘書として働きたいです!
 …その、お望みであれば、夜も…」

 多様な魔物娘が押しかけてきて、グイグイ俺に迫ってくる。
 カナタさんはそれを見て大きくため息をついた。
 
「カナタさん?
 彼女らは一体どうしたんですか?」

「彼女らはね、最初はダメ男でもヒモ男でも養っていいとは言ってはいたんだけど…
 嫌になっちゃったんだって」

「4年前に施行された法律のおかげで開示請求のハードルが下がったんだけど、その年だけで3回も開示請求されるおっさん達って何ですか!?
 しかも、会社のネット環境を使って!」

「それが問題のある政治家とか、過激なインフルエンサーとかならまだ理解出来たのだけど、相手はただの小説家さんと、同業の織物職人さんだったのよね…
 ユータさんの叔父さんの時とは違って顔も名前も分からない相手に、『お前の作品が気に入らない』という理由で5年間も粘着していたらしいのよ」

「それが1人だけがやったとかなら分かる…いや、わかっちゃダメなんですけど、ログからして複数の従業員がやっていたみたいなんですよ…
 もちろん従業員全員がそんなことをしているわけではない…と思いたいんですけど、犯人が名乗り出ない以上は従業員全員が関わっていたという可能性も否定できないので…」

「うわぁ…」

 どんなに最悪の事態を想定しても、その上を行くのがアイツらだ。

「…この件に関しては、犯人が最後まで名乗り出なかったから、社長を被害者の元へ連れ出して謝罪させたことで決着をつけたわ。
 賠償金は従業員たちのボーナスから差し引くことになったわね。
 連帯責任よ」

 カナタさんは母を睨みつけながら言った。
 母は申し訳なさそうに身を縮めている。
 …おそらくこいつが主犯だ。
 しかし証拠はなく、従業員たちもコイツの口車に乗って絡んでしまった…という認識でいいだろう。
 反省してますアピールをしながら同じ過ちを繰り返し、それでいながら社長の隣に居座るなんてどういう神経しているんだ?
 こんな奴らの老後の面倒を見なければならないなんて、コレは一体なんの罰ゲームだ?

「ま、この件はそれでおしまいなんだけど…
 この子達は『こんなクズな男たちを更生できる気がしない』『ユータさんの愛人がいい』って言い出して聞かないの」

「良かったわねユータ。
 重婚しても愛人を作っても、私は大丈夫よ?」

 リサは微笑みながら俺にそう告げた。

「いや、重婚も愛人もしないよ!?
 リサ1人満足させるだけでもクタクタだよ!
 4人とか絶対無理!」

「お願いですユータさん!
 社長になるんでしょ!?」

「それ社長関係ねえよ!
 なんとか別のおっさんを雇い入れるって形で妥協出来ないか!?」

「あ、おっさんは思想というか考え方が合わないからもういいわ。
 せめて20代がいいわね」
 
「無理だよ!?
 こんな田舎の小さい企業に入社してくる若い男なんていねえよ!」

「そ、そこは数少ない20代でインキュバスにもなったユータさんが…!」

「言って俺だってもう28のいい歳したおっさんだよ!?
 アラサーだよ!?」

「あ、ユータは24の時にインキュバスになって肉体の老化が止まってるからまだイケるわよ?」

「そ、そうなのか…?」

「ねえ!ユータさん!」

 魔女のマリアちゃんが、俺の手を手に取り、股の間に挟んだ。

「ねえ、ユータさん?」

 アラクネのエレオノーラさんが、俺の顔に胸を押し付けてくる。

「お願いです、ユータさん…、
 いえ、次期社長さん」

 キキーモラのミカさんが、俺の腕を胸に挟んだ。

 旦那が3人の女性に挟まれているというのに、リサは微笑ましげに見つめている。

「もらっちゃいなさいよ?
 男でしょ?」

 …そんな。
 そんな、美人な女の子に囲まれて、いいえと言える男がこの世に存在するわけがないだろう。

「………
 やってやろうじゃねえかー!」

 夕方の田舎町に、男の叫び声が響き渡った。

26/01/02 14:13更新 / 網走の塀

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