連載小説
[TOP][目次]
後編
「課題は簡単。可能な限り儲けてこい」

彼はそう言ったものの、流石に私一人では物事全てに
目を通す事は無理がある。
かといって別の商人を入れようものなら儲けが目減りする。
さて、どうしたものか。

今までに培った人脈や縁故を存分に使ってはみたものの、
こうしてみると私の周囲には荒くれ事に強い者が居ないことに気付く。
もともと戦う事を好んでいないからというのはきっと言い訳だろう。
彼には鬼や竜等の友人が少なくないと聞いている。

「葉月さん、米の仕入れについてですけど‥どうしたんですか?」
葉月──私の名前を呼ぶ彼女もまた魔の者で、女郎蜘蛛の葵さんだ。
彼女には衣料と食料を任せたのだけど、ああそうか米か。
「去年は不作でしたから全体的に高騰していますね、
多少古いお米でも構わないので予定分を注文してください。
‥私たちが食べる訳ではありませんし」

まぁ、と目を丸くした後にクスリと微笑んだ葵さんは続けた。
「そのような言い回し、燐兄様に似てると言われていますよ」
何ということだ、あの男に似ているとは──。
確かに長いこと共に商売をしてきたが、売り口調も手法も
全て自前で用意してきたつもりだったのだが‥
結局はそんな所まであの男から学習してしまったのかも知れない。
「葵さん、今のはとても手厳しいお言葉でした」
「あら、まぁ」

「燐に伝えておきます。『葵さんはまた黒くなられた』と」
「おお、こわい」
こういう商売抜きの他愛も無い会話は難しい。
難しいが、損得を勘定しないで良いのは喜ばしい。



数ヵ月後。
先の戦で私達が加担した軍勢は磐石の備えとあって
快勝とはいかないまでも充分な勝利を得たと聞いている。
勝国の戦後処理はいたって簡単であり、
貸し付けた金子や物資の類も充分な儲けを含んで
手元に還ってきた。
これを一旦現金化してみると、
概算ではあるが相当な額を稼ぎ出したことになる。

次回あの男──燐に会う時が待ち遠しい。
その後も着々と儲け話を引き出しては稼ぎ、儲け、
私の立ち居地で手に入らない物は無いと思える所まで行き着いた。
しかし、一向にあの男が現れる気配が無い。
人を使い調べさせたところ、彼は相当前からこの地を離れ
海の向こうへと行ったそうだ。

一国すらも買える金銭があった所で男一人囲えないとは
種族としての沽券に関わる。
私はその財産と地位を親しい友人と後継者に委ね、
立ち寄った港で船を買い、船員を札ビラで引っぱたき、
かの地をよく知る者を船内に引き込み、
単身異国の地へと向かっていた。

種族の才とあの男仕込みの商いならば
見知らぬ土地でも成功してみせる。
あの男はそうそう死ぬことは無いのだろうから、
あの男を手中に収めるまでは私は死んでたまるものか。
12/02/13 03:36更新 / 市川 真夜
戻る 次へ

■作者メッセージ
ほどなくしてこの港町から出た一隻の船が大陸に付く頃、
それと入れ違いに一人の男が大陸から骨休めにと
山間のあの街に向かっていったということです。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33