連載小説
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前編
戦争とは外交のひとつである。
戦争とは巨大な消費市場である。
なるほど、よく言ったものだ。

いわゆる『教会の教え』を盲信している反魔物勢力の彼らからすれば、
この街で起きている出来事などは想像すら出来ないだろう。
そこははるか以前から魔の者と人間が共存しているのが当たり前であり、
隣人の魔物と井戸端会議をしている等とは日常なのである。

山を二つ越えると大海原が、という山間の街で最近の話題といえば
近年反魔物勢となった隣国といつ戦を行うかというものだった。

「よう、化け狸」
どこからどう見ても普通の人間──ジパング寄りの顔をしてはいるが
背後からでも充分わかるほどの相当な美女に向かって男はそう呼びかけた。
「どうした、規格外」
大通りで突然狸呼ばわりされても眉ひとつ動かさず、
自らの後ろに立つその男に向かって女は言い返す。
「儲け話がある。聞かないか?」
「聞かいでか」

まあ飯でも食いながら、と男は女を近くの飯屋に招き入れ
適当な食卓に着く。
「言いだしっぺだからな、奢るぜ」
「たぬきそば、揚げ玉大盛で」
緑茶を二つ差し入れた給仕の娘が
品書きを出すより先に注文を入れる女。
男もそれに続く。
「じゃあ俺はカツ丼」
かしこまりました、と娘が厨房へ向かうと男は女に向き直り、
懐から一通の書簡を開く。

「これは?」
「見ればわかる」
言われるまま書簡に目を通す彼女の顔つきが
文を追う毎に険しいものになってゆく。
「──戦か」
「手っ取り早く言うとそうだ、理解が早くて助かる」
熱い茶を啜りながら大仰に頷き答える男。
「商いの中身は?」
身を乗り出す美女。
しかし間の悪い事にそこには今しがた置かれたたぬきそば。
「あ──‥」
腕が丼に当たり、その拍子で中身がこぼれる。
「あぁ、もったいない」
3割ほど食卓と床に撒かれたそばを恨めしげに眺める女。
先ほどの給仕が掃除用具を持って来る。

「すみませんね、連れの粗相を片付けさせてしまって」
雑巾で食卓を拭きながら男は給仕に詫びを入れた。
「申し訳ない」と女も続ける。
「それで、私には何を商わせたいんだ?
物か、人駆か?食料か?」
すっかり冷めてしまったそばを啜りながら男に問う。
「任せる」

「‥は?」
戦ともなればそれこそありとあらゆる物事が入用になる。
ともなればどこを突いても儲けになるというのは重々解っているからこそ、
相変わらずこの男が思っている事はよく判らない。
まるで今回は儲け話を振るだけ振って自分は参加しない、
と言っているかのように思える。
「おいおい、長考は損だろうが」
飯を頬張る男の声で我にかえる。
「今回はそうさな、俺のお前さんに対する最後の試験みたいなもんさ」
そう、この男は私の商い事一切を教えた張本人でもあり兄貴分。
そして、私の密かな想い人。
12/02/12 15:27更新 / 市川 真夜
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■作者メッセージ
ちなみに彼女は零してしまったたぬきそばでは物足りず、
田楽とおでんを食していったそうです。

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