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第一章:渡り鳥と魔物と人の街〜前篇〜
どこまでも青く、深く広がる雲ひとつ無い空。
風になびく草原の間を縫うように整地された、簡素な道路。
時々聞こえてくる小鳥の囀りと、草原を撫でる風のおとくらいしかしないのどかな場所である。
ピクニックやお昼寝には絶好であるだろう草原に、
今日は似つかわしく無い逃走劇が繰り広げられているのだった。


「はぁ…はぁ…ッ!…くっそ、なんで、どうしてこんな事にッ!?」


「うおらあああぁぁああああッ!待ちやがれメインディッシュウウウウウウッ!」


一部の旅人や行商等の荷物を運ぶ荷馬車くらいしか通らない簡素な道路を、
一人の銀髪の少年と、運動では無く発情によって鼻息を荒く、赤ら顔になった亜麻色の長髪のミノタウロスが、派手な土煙を巻き起こしながら駆け抜けていく。
発情したミノタロウロスは、大きな蹄や元々の身体能力もあるだろうが、
極限まで姿勢を低くし少年を追う姿は鉄砲玉のようにも見える速さである。
しかし一方の少年も、黒衣の旅装で様々な装備を身につけているのにもかかわらず、
地面スレスレまで体を倒して風の如く疾走している。

事の始まりは非常に簡単かつ単純な事であった。
それは数分前、道路の傍の草原で少年が鼻歌を歌いながら歩いているときであった。


「今日は昼頃に天気が悪くなるかと思ったけれど、風の流れが変わったお陰で雨雲が流れて助かった。この調子なら夕方頃には街に着けるかな…?」


少年の名はシェイラファ。
出生云々は全く明らかになっていないが、自称傭兵の我流の魔術や剣術を扱う魔剣士である。
立ち寄った街や国で、行商隊の護衛、魔物の討伐の依頼等を少しづつこなすことで地道に路銀を稼いで来たため、自分の腕にはそれなりの自信を持っている。


oO(ただ夕方頃は宿が無くなりやすいんだよね。それに着いたら着いたで出来るだけ早く何か依頼を受けないと、路銀を食いつぶしかねない…)


若干お人よしな所がある彼は、この前立ち寄った街で浮浪者に金を恵んだら、
それに食いついて同じように金を求める他の浮浪者に、金をあらかたくれてしまったのだ。
おかげで今は路銀が悲しい事になっている。少し彼は切羽詰まっていた。
旅人にとって金は本当に命の次に大事な物である、それに思考を奪われていた少年は気付かなかった、自分の進路に倒れていた、裸の男に。


「…まぁ、向こうに着けばどうにかnうおわぁッ!?」


目の前に裸で倒れていた男に躓いた少年はバランスを崩し、大きく前のめりに転んでしまう。
鈍った思考に突然の事態に少年の反応は追いつかず、草原に顔面を叩きつける事になるはずだった。…が、顔面の落下地点は草には似つかわしく無い、肉の上であった。


「…あれ、痛くない…?」


咄嗟に目を瞑ってしまった少年が感じた肉の感触。
大きくむちむちした柔らかい、かといって手応えが無いわけでもない絶妙なバランスを誇る中々よろしい物である。
少し匂いを嗅いでみると、日の光をたっぷり吸った草の匂いでは無く、
いかにも生き物らしい獣臭い匂いを感じ取った。


「…なんだ、コレ?」


少年がそう呟き、両手で自身の体を起こしてみると、
そこに寝転がっていたのは裸のミノタウロスの女であった。
亜麻色のボサボサの頭髪を持つ頭部から雄々しく生える2本の角、そして牛耳。赤胴色の肌に筋肉で引き締まった身体に似つかわしくない丸出しの乳、大きな蹄を持つ牛の下半身に尻尾。
数多に存在する魔物娘の中でも凶暴な種に入る危険な魔物であった。


「…これ、ミノタウロスッ!?まさかこんな所に出るだなんて…じゃあ、今僕が躓いたのは…?」


いくら男性の精を食らう魔物娘とて、何時でも裸な訳ではない。
彼女たちが裸になるのは主に『食事』の時である。
魔物娘にとって激しく身体を使う食事と言えば、性行為に他ならない。
そして今此処にいるミノタウロスが裸という事は、男性を襲ったということなのだ。
少年が恐る恐る躓いた足元を見ると、真っ裸の華奢な体つきの男が横たわっている。傍にズタズタにされた衣服が転がっていることからミノタウロスに襲われたのは明白、若干白目を向いて時折痙攣する男の姿は凄まじい憐みを感じさせる。
ミノタウロスへ振り返ると、獣毛に覆われた股間からは白濁した液体が漏れだしている。彼女が目を覚ませば次は少年の番だろう。


「…き、気付かれないようにしないとまずい…干物にされてたまるか…!」


一応娼館で女を抱いた経験はあるものの、こんな野原で襲われたのではこれから旅を続けられるかも怪しい。気付かれないように立ち上がろうとしたその矢先であった。


「…ッ…ん…あ…」


「…こんなのって、アリ…?」

女性のような、ほんの少しの甘さが入った声と共に、
眠っていたハズのミノタウロスの身体がピクンと脈動し、鈍い動作で動き出す。
先ほど少年がでかい乳に向かってダイブした為に目が覚めてしまったようだ。
鈍い目覚めを迎えたミノタウロスの耳がパタパタと動き、鼻は周囲の空気を吸い込む事で、さっきの男とは違う、別の男が間近に存在する事をおぼろげながら察知した。


「とにかく、早く逃げないと…ッ!」


少年が逃走しようとミノタウロスに背中を向けて走り出す。
…たまたま、左腕に赤いアームバッグをしていた事も忘れて。
その行動により発生する音、空気と匂いの流れを察知したミノタウロスの、あやふやな疑惑は確信に変わり、一気に彼女を目覚めさせた。

目をカッと一気に見開き、碧眼の瞳で少年の後ろ姿を捉えた彼女が見た物は、
少年が左腕にしている赤いアームバッグであった。ミノタウロス種は赤い物を見ると興奮する性質がある。もはや説明の必要は無い。
先ほど男を犯したばかりだというのに、ミノタウロスは興奮した。
ヤったばっかりなのに興奮した。
とっても興奮した。


「おいゴルァそこのアンタァッ!あたしを誘っときながら逃げるなんて、良い度胸じゃないか…濡れてきちまったよおおッ!!」

股から精液と混じった蜜を滴らせ、振り切れんばかりに耳と尻尾を振り、
傍に落ちていた自分のケープと胸当てとズボンをひったくるように拾った彼女ははじき出されたように少年を追う。

無駄に長くなったが、これが事の次第である。




「ああもう、いい加減しつこいッ!女をヤるのはいいけど、ヤられる趣味は無いんだよッ!」


さっきから速度を落とすことなく走る少年は段々見えてきた街の入り口の門までの距離を測りながら悪態をつく。自由気ままな旅を楽しみたい少年にとって、こういう凶暴な魔物は天敵にも等しい存在である。


「何言ってんだよおおぉッ!あたしの股を濡らすくらいに誘って来たのはあんたじゃねええかああッ!あんな事とかこんな事とかしてやるから大人しくしろおおおおおッ!」


しかしそんな簡単な事で諦めるミノタウロスでは無い。
それどころか少年を捕まえた時にどんなプレイをするかでゴーストでもないのに妄想にひたり、それを実現しようと意気込んで更にスピードを早める。

門までだいぶ距離が近づいたが、同様に相手も近づいて来ている。
少年は当初は逃げきる事で対処しようと思っていたが、
ここまで来ると相手は街の内部でも構わず突っ込む可能性が高い。
少年の描く対処法は不本意の武力行使に切り替わっていた

oO(このままじゃ門の検閲をぶち破ってしまう、他人に魔法は使いたくないけど、ヤられるのは癪だし仕方ない…!)

少年は走りながら脳内で魔法陣をイメージし、右手の上に少しづつ顕現させていく。
使用する魔法は衝撃魔法。作成した魔法陣を中心に幾重にも閉鎖空間を構築し、そこで中心部の魔法陣から放出される魔力を反転、凝縮。衝撃波に変換し閉鎖空間を解いて任意の方向に放つ簡単な魔法である。
狙うは血気盛んなミノタウロスの頭部。威力を調節して脳を揺さぶり軽い脳振盪を誘発して気絶させるのだ。
しかし失敗すれば真っ向からミノタウロスの突進を受け止めることになる。
それは犯される云々以前に身体に凄まじいダメージが来る事になり、最悪死ぬ可能性もある。
…が、このまま検閲に突っ込んでさらなる厄介事に巻き込まれるのは少年的に不服である。故に実行するしかない


「1…2…さんッ!」


数を数えてタイミングをはかった少年は、前に踏み出した右足を軸に身体を反転させ、ミノタウロスと向きあう形になる。


「待ってろよおおおお今すぐ可愛がってやるからなあぁぁぁッ!!」


発情してるせいもあってミノタウロスは少年の意図が読み取れない。
ただ好都合とみて少年を抱きしめようと両手を伸ばす。
しかしそれを待ち受けていたかのように、少年は右手の魔法陣を彼女の顔面に突き付ける。それでようやく罠と彼女の脳内は認識するが、彼は間髪入れずに魔法を発動し、彼女の顔面に叩きつける。


「だから、ヤられる趣味は無いッ!!」


その言葉と共に閉鎖空間は彼女の顔面に向かって解かれ、放たれた衝撃波は彼女の脳を大きく揺さぶり、彼女の意識を削り取った。
意識を奪う程度まで威力を弱めた衝撃波であったが、此処で一つ誤算が生じた


「…あれ?止まらnゲフゥッ!?」


意識を失ったとはいえ、彼女の身体は慣性に従って殆どスピードを落とさなかったのだ。
衝撃波の威力も弱過ぎて、彼女の突進の威力を殺せなかった。
しかし少年は反転し右足で踏ん張った事もあってだいぶ減速していた。
その為意識を失ったミノタウロスの巨体は、減速した少年にモロにぶち当たる。
全く想定していなかった事態な上に、彼女の右肘が見事に少年の鳩尾を直撃した。
高速で移動していたミノタウロスの肘打ちが鳩尾に決まるのだ、
少年もまた痛みに意識を刈り取られ、意識が薄れていく。


「…こんな、ことなら…もっと…威力、を…」


そこまで呟いて少年の意識は限界を超えて断ち切れる。

それから数秒後、そこには高速で近づいてくる物体があるとの事で混乱していた門で検閲を受けていた何処とも知れぬ行商人の荷車と衝突し、馬鹿みたいに
宙を舞う一人の人間と、一人の魔物娘がいるのだった。
11/03/19 06:45更新 / ざ・ひよこまん
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■作者メッセージ
初作品故のグダグダ展開で申し訳ありません。
当初は読み切りの予定が予想外に長くなったため、連載にしました。
一応構想はあるので第一章くらいは終わらせられると思います…

どうか、生温かい目で見ていただければ幸いです。

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