読切小説
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図鑑世界童話全集「さるかにばなし」
 昔々、ある砂浜で、西の国からやってきた海藻の精(フロウケルプ)と蟹の精(キャンサー)の子供が日向ぼっこをしながらおにぎりを食べておりました。
「このお米って食べ物、おいしいね」
「うん、おいしい」
 2人とも傍から見ると感情表現が解りにくいですが、ジパングのおにぎりをとても気に入ったようです。
 その時、近くの海辺の村に住む人間の男の子が砂浜を通りかかりました。猿のようにするすると木に登る事が得意な男の子で、村の友達からは「木猿」という名前で呼ばれています。しかし、今はその得意な木登りをする元気もないようです。
「ああ、腹減ったなあ」
 すると、それを聞いた蟹の精は得意の横歩きで木猿の所に駆け寄り、手にしていたおにぎりを差し出しました。
「あの、木猿さん。よかったらこれ、食べて」
「え、いいの?」
 蟹の精が小さくこくりと頷くと、木猿はよっぽどお腹が空いていたのか、おにぎりを勢いよく平らげていきます。
「おいしい?」
「ああ。もしかして、君が作ったのか?」
 蟹の精が再びこくりと頷くと、その頬がほんのりと赤く染まり、蟹の脚が嬉しそうにピクピクと動きました。それは目の前の木猿にも解らないくらい小さな変化でしたが、蟹の精とよく一緒に遊んでいる海藻の精は気付いていました。
(もしかしてあの子、木猿の事を)

「ああ、うまかった。しかし、こんなうまい物貰って何もお返ししないのは悪いなあ」
 そう言うと、木猿は自分の懐の中を探ります。
「そんな。お礼とかいいから」
「ありゃ。これだけしかないや」
 そう言って木猿が手を開くと、そこには小さな柿の種が1つだけありました。
「さすがにこんな物貰ってもなあ」
 木猿は苦笑いしましたが、蟹の精は小さく首を横に振って言いました。
「この種を植えたら、木になる。柿の木になったら、おいしい柿いっぱい食べられる」
「柿の種を植えるって、それ何年かかるんだよ」
「何年かかってでも、柿の木にする」
 そう呟く蟹の精の決意はとても硬い物でした。

「あいつ、あんなに柿が好きだったんだなあ」
 木猿さんは帰りながらそう呟きましたが、蟹の精は少し違う事を考えているようです。
「木猿さんに……もらった……種……」
 柿の種をうっとりとした目で眺めながら呟き、踊るように脚を動かす蟹の精のお股からは、小さな泡がいくつもプクプクと吐き出されておりました。




 それから、蟹の精は高い丘の上に柿の種を植え、大事に育てました。日の当たる丘の上まで毎日桶いっぱいの水をせっせと運んで与えたり、海で魚や貝を捕まえては、半分を食べずに残しておいて肥料にしたりします。嵐の日にはまだ出てきたばかりの小さな芽が飛ばされないようにと、ひと晩じゅう寝ずに付きっ切りで守り続けた事もありました。
(まるで、柿の木を木猿との子供だと思っているみたい)
 海藻の精はそんな蟹の精の様子を微笑ましく見守っておりました。

 そうするうちに何年もの月日が過ぎ、小さな柿の種は大きな木になって、とうとう立派な実をたくさんつけました。小さな子供だった蟹の精も脱皮を繰り返して大きく育ち、その胸も大きく膨らんできました。その変化は傍から見ると解りにくいですが、蟹の精が目をつぶって木猿がするすると木に登っていく手を思い浮かべながら、自らの手で胸を探ってみると、確かにそこには柿の種を貰った頃には無かった柔らかい膨らみが存在するのです。
 しかし、蟹の精は最近になってようやく、1つ大きな問題がある事に気が付きました。
「登れない……」
 下半身が蟹になっている彼女の身体では、横に走る事は得意でも、木に登る事は苦手だったのです。蟹の精が柿の実を見上げながらどうすればいいか考えておりますと、海藻の精がやってきて言いました。
「待ってて。今助っ人を呼んでくるから」

 海藻の精が戻ってくるのを待つ間、蟹の精は赤く立派になった柿の実を見上げながら呟きました。
「この柿を持って行ったら、木猿さん喜ぶかなあ」
 蟹の精はおにぎりをあげた時のように木猿が彼女の一生懸命育てた柿の実を嬉しそうに頬張る姿を想像します。すると、蟹の精の下腹がジンと熱くなり、プクプクと小さな泡がたくさん出てきて、同時に毎日触っている胸の方もムズムズしてきました。蟹の脚がそわそわと落ち着きなく動き、両手で思わず自分の身体をまさぐります。
「んっ。木猿さん。木猿さん……」
 その時でした。
「おや。蟹さんじゃないか。そこで何してんだ?」
 さっきまで蟹さんが思い浮かべていた木猿本人が柿の木の前を通りかかりました。蟹の精が大人の身体に近づいているように、木猿もその声は低くなり、ごつごつしてきた身体にひげや毛が生えてきて、本物の猿のようにたくましい男に成長していました。
「ひっ。な、なんでもないよ」
 蟹の精の体が思わずびくりと跳ね、慌てて誤魔化すのでした。
「?」

「へえ。あの時の種を本当にここまで立派な木にしたのか。俺もあの時の事はすっかり忘れていたのに」
「忘れてた……?」
 木猿は感心するように言いましたが、蟹の精が小さな声で悲しそうに呟くのは聞こえていませんでした。
「でも、私の脚では登れないの」
「それならまさしく俺の出番って奴だな」
「取ってきてくれるの?」
「ああ。なんてったって木登りは俺の得意技だからな」
 そう言うが早いか木猿はするすると柿の木に登っていきます。柿の精はそれを見上げながら目を潤ませておりました。
「おお、これはうまそうな柿だなあ。どれ。ひと口と」
 木猿は近くに生っていた柿の実を1つ手に取ると、勢いよく平らげていきます。どうやら気に入ったようです。その時、蟹の精が木の下から聞きました。
「おいしい?」
 これがおにぎりを貰った時のような小さな子供のままでしたら、木猿もおいしいと素直に答えていたでしょう。しかし、蟹の精を友達の1人としか思っていなかったあの頃と違い、木猿も蟹の精の事を女の子として、自分の嫁にしたい相手として意識してしまっていました。蟹の精の柿の木の前にやってきたのも、遠くから蟹の精の姿が見えたからだったのです。
 そして、この年頃の男の子によくある話と言いますか、彼は蟹の精に対して素直に気持ちを伝える事が難しくなっていました。心にない言葉を口にしてしまいます。
「ま、まあまあだな」
「まあまあ……?」
 今度は木猿にも蟹の精が悲しそうな顔をするのがはっきりとわかりました。
「ほ、ほら。お前も柿の実が食いたいんだろ。やるよ」
 そう言うと木猿は蟹の精の目の前に柿の実を1つ落としました。まだ熟していない緑色の硬い実を。
「ひぐっ、そんな」
 蟹の精は目に涙をいっぱい浮かべます。
「ちゃんと柿の実を落としてやったぞ。じゃあな」
 それだけ言うと木猿はするすると木から降り、そそくさと逃げるように走り去っていきました。

「助っ人、連れてきた」
 それからしばらく経って、海藻の精はようやく雀蜂(ホーネット)を連れて戻ってきました。しかし、蟹の精はうつむいたまま何も言いません。海藻の精はすぐに異変を察知しました。
「どうしたの?」
「う、ううっ、うわあああああああああん」
 すると、蟹の精は関を切ったように泣き出してしまいました。
「どうしたの? 何かあった? 泣いてるだけじゃ解らないよ」
 海藻の精と雀蜂はなんとか蟹の精から話を聞き出そうとしましたが、泣きじゃくるばかりで話になりません。2人が困り果てたその時、どこからか声が聞こえてきました。
『私がずっと見ていたよ』
 2人が慌てて辺りを見回すと、声は近くの道端に置かれた石像から聞こえてきていました。西の国からの交易品に混じって運ばれてきた、ガーゴイルと呼ばれる悪魔像の妖です。

 石像からすっかり話を聞いた雀蜂は怒って言いました。
「木猿の奴、いくらツンデレだからってやりすぎだ」
 彼女もだいぶ前から蟹の精と木猿のお互いへの気持ちに気付いていたようです。
「酷いよ。この子、木猿から貰った種だからって、木猿との子供みたいなものだって、ずっと大事に育ててきたのに」
 海藻の精も蟹の精と抱き合ってわんわんと泣き出します。それを見た雀蜂は静かに、しかしはっきりと怒りのこもった声で言いました。
「こうなったらお仕置きだ」
 すると、その言葉に石像も答えました。
『ああ。あの坊やにはお灸をすえてやらなきゃな』




 それから蟹の精と海藻の精と雀蜂は、夕方になって石像が動けるようになるのを待った後、4人で木猿の家に向かいました。途中で綿花の精(バロメッツ)の所を通りかかると、話を聞いた綿花の精も汁気たっぷりな果実を分けてくれました。
 木猿の家に付くと、ちょうど木猿もその家族も出払っていました。
「よし。今のうちに仕掛けるぞ」
 雀蜂は綿花の精から貰った果実を囲炉裏の炭の間に隠すと、自分は押し入れの中に隠れます。蟹の精と海藻の精は玄関のそばの茂みに、石像の精は屋根の上に飛びあがってそこに隠れました。
 しばらくすると、木猿ががっくりとうなだれながら帰ってきました。
「ああ。明日になったらあの娘に謝らないと。……いや、その前に何と声をかけたらいいのか」
 そう言いながら囲炉裏の火を焚く木猿は、その火の中で綿花の精の果実が転がっているのになかなか気付きませんでした。よっぽど気落ちしていたのでしょう。ようやく気付いた時には、囲炉裏の火はだいぶ大きくなっていました。
「ん? なんだこれ」
 そう言って木猿が火ばさみで綿花の精の果実をつついたその時です。火であぶられた果実が勢いよくぱちんと弾け、中で煮えたぎっていた汁が木猿の顔に降りかかりました。
「あちちちち」
 木猿は薬箱を取り出そうと思って押し入れに駆け寄ります。すると、押し入れの中で槍を構えていた雀蜂が飛び出してきました。
「やあっ!」
 木猿は雀蜂の槍の先で肩を刺され、毒の力で紫色にはれ上がります。
「ひいっ、たたた助けて」
 彼はふらふらになりながらもなんとか逃げだそうと玄関へ走り、戸を開けて外に飛び出そうとします。その時です。
「逃がさない」
 海藻の精が茂みの中から海藻を伸ばし、木猿の足首を掴みました。彼はその場にすっ転んでしまいます。
「今だ!」
 雀蜂が叫ぶと同時に、石像が屋根の上から落ちてきて、木猿の両手首を掴み、地面に押さえつけてしまいました。その重さはすさまじく、木猿の腕は地面に縫い付けられてしまったかのように動きません。雀蜂の毒が回ってきたこともあって動けなくなった木猿を石像と海藻の精が仰向けにひっくり返しました。
「いてててて。なんなんだいったい」
 何が起きたのかよく理解できていなかった木猿でしたが、茂みの中に隠れていた蟹の精が身体からたくさんの泡を吐き出しながら自分のそばに歩み寄ってくると、ようやく事態を理解して顔を真っ青にしてしまいました。
「お、お前は」
 木猿は慌てて抵抗しますが、手も足もがっちり掴まれてびくともしません。蟹の精はこれまで何度も脱皮を繰り返す中ですっかり大きくなったはさみを振るい、木猿の着ている服をズタズタに切り裂きました。
「木猿さん。私の柿、おいしくなかった?」
「そ、それは……」
 木猿がこの期に及んでもまだ言いよどんでいると、蟹の精は裸になった木猿の身体に泡をたっぷりと塗りつけてきました。煮えたぎった汁を被った火傷の痕も、毒の槍で刺された肩の紫色になった痛々しい腫れも、転んだ時に顔に付いた泥も、綺麗に消えていきます。
「私、木猿さんに美味しく食べてもらいたくて、おにぎりをあげた時みたいに笑っておいしいって言ってほしくて、頑張って柿の木を育てた。それでも、美味しくなかった?」
 いつもは大人しい蟹の精も、涙を浮かべながらまくしたてます。すると、木猿の重い口がゆっくりと開きました。
「……いし、かった」
「え?」
「おいしかったよ!」
 木猿はそう叫ぶと、今度は彼の方が涙を浮かべながら続けました。
「俺がやった種を大事に育ててくれた事が解って、とても嬉しかった。そして、それなのに柿の種を渡した事すら覚えていなかった自分が情けなくなった」
「いいの。私は貴方が柿を美味しく食べてくれたら、それでいい」
 そう言って泡で木猿の身体を洗い続けていた蟹の精は、そこである事に気付きました。
「すごい。大きくなってる」
 嬉しそうに呟きながら潤んだ瞳で自分のまらを見つめる蟹の精の姿を見ると、さすがの木猿も意を決して本当の気持ちを伝えました。
「ああ。好きなおなごに裸で迫られて、泡で優しく擦られていたら、勃っちまった」
「好き……私を……?」
「そうだ。ずっと言えなかったけど、君の事が好きだ」
 それを聞くや否や、蟹の精はまだ地面に押さえつけられている木猿の身体に跨ると、彼の硬くそそり立ったまらを泡でぬるぬるになったほとで一気に咥えました。
「うおっ!?」
「木猿さん。木猿さん」
 蟹の精はうわ言のように呟きながら腰を激しく上下させます。石像と海藻の精が木猿を抑えつけていた手を放すと、蟹の精は彼を力強く抱きしめてますます激しく腰を動かしました。木猿の方も精一杯の力で抱き返します。すると、海藻の精が木猿と抱き合う蟹の精を更に後ろから抱きしめて言いました。
「この娘が貴方のために育てたのは、柿の木だけじゃない」
 そして、海藻の精は蟹の精の胸を後ろから揉みしだいていきました。蟹の精の口から押し殺したような喘ぎ声が漏れます。
「あううっ」
「この娘、毎日貴方の名前を呼びながら、こうやって自分の胸を揉んでいた」
「そんな。知ってたの……?」
「ほら、貴方も、触ってあげて」
 そう言うと、海藻の精は木猿の手首を掴み、蟹の精の胸に押し付けます。小さいながらも確かな柔らかさが彼の手に伝わりました。
「すげ。この娘の胸、こんなになってたんだ」
「私の胸、木猿さんに、触られて、想像と、全然、違っ、ああっ」
 蟹の精の上半身が木猿と海藻の精に挟まれた格好でびくりと跳ね、蟹の脚が嬉しそうにそわそわと動いて、まらを咥えたほとが泡を出して滑りを良くしながらきゅっと締め付けます。
「そんなに締められたら、もう」
「木猿さん。また、ちょうだい。今度は、木猿さんの、本当の、子供の、種を」
 ただでさえずっと想いを秘めてきた(蟹の精以外の周囲の者達には一目瞭然でしたが)所に、まらを泡だらけのほとでしゃぶられて限界が迫っていた物を、言葉でも「貴方の子供を産みたい」と告げられた木猿の頭は、本能のままに子種を注ぎ込む事しか考えられなくなっていきました。
「そんな事、言われたら、うっ!」
「ああっ、出てる」
 木猿の腰が勢いよく蟹の精のほとに押し付けられると、彼のまらが勢いよく弾けて蟹の精の胎に多くの子種をぶちまけました。2人は硬く抱き合ったまま互いにびくびくと震え、何も言わずに絶頂が治まるのを待ちます。そして、しばらくして木猿が名残惜しそうにゆっくりと腰を引き、すっかり縮んだまらが零れ落ちてくると、蟹の精は嬉しそうに言いました。
「すごい。また、木猿さんが、いっぱい種をくれた……」
「ああ。今度は、俺も、忘れない」




「それにしても、よくここまで大きくなるまで育てたなあ」
 翌日、木猿は蟹の精と一緒に彼女が育てた柿の木の前に戻ってくると、感心したように言いました。蟹の精の頬がほんのりと赤く染まります。
「私だけの力じゃない。木猿さんがくれた種が、良い物だったから」
 そして、彼女は嬉しそうに自分のお腹を擦りながら言いました。
「こっちに貰った種も、良い物だった」
 なんと、木猿が初めて蟹の精の胎にばらまいた種は、早くも新しい蟹の卵として芽吹き始めているのでした。何年も交わり続けてもなかなか子供が出来ない者も多い妖にとっては、非常に珍しい事です。
「と、とにかく腹が減ったし腹ごしらえをしないとな」
 木猿は顔を赤くしながら言うと、ひと晩じゅうの激しい交わりによる疲れも感じさせない動きでするすると木に登っていきました。その時です。
「ややっ! あの小僧、できる!」
 偶然にも家来を連れたお侍さんが近くを通りかかり、木猿の木登りの技に目を見張りました。お侍さんは柿の木の下でおいしそうに柿の実を食べる木猿と蟹の精の所へ行くと、木猿にこう告げます。
「おぬし、この国の忍として働いてみないか?」
 なんと、そのお侍さんは木猿達の住む国で1番偉いお殿様だったのです。



 こうして忍者となった木猿は、木登りの技を更に鍛えて山の中で木から木へと飛び移り、敵の目を欺いて敵の動きを探ったり味方の動きを伝えたりして戦で活躍し、やがて「猿飛」という名で称えられるようになりました。
 そして毎年柿の実が生る季節になると、猿飛が柿の木の下で蟹の奥さんや子供達と一緒に柿をおいしそうに食べる姿が見られたそうです。
19/04/22 21:04更新 / bean

■作者メッセージ
「素直になれない小学生の男の子が好きな女の子に意地悪してしまい、帰りの会でクラスの女子達にフルボッコ」なイメージで書きました。

それとこのお話はフィクションです。下柘植ノ木猿さんとは関係ありません。

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