図鑑世界童話全集「三枚の蛇の葉」
昔、1人の貧しい男がいました。その男には共に生きるべき家族や友人もなく、行くべき場所もありませんでした。その頃彼が暮らす人間の国の王様は、隣の国と戦争中だったので、男は王様の軍隊の志願兵になることにしました。
そうして戦場に出る事になった男がある時、野営地で自分の身の上を隊長に話したところ、その女隊長は彼にこう言いました。
「私もお前と同じクチだ。家族も帰る場所もなく、ここにしか自分がいるべき場所を見つけられないからしかたなく戦場にいる。だが、そんなひとりぼっちの者同士でも、一緒にいればひとりぼっちではなくなる。帰るべき場所を作れる。そう思わないか?」
こうして2人は恋仲となり、戦争が終わったら結婚して一緒に暮らすという約束をしました。もう俺は独りじゃない。男は生まれて初めて自分の将来という物に希望を持つ事ができました。
しかし、その希望はいとも簡単に崩れ去ってしまいました。
「私達の祖国が荒らされるのを許すな!」
隊長が隊の先頭に立ってそう叫んだとき、敵の魔法使いが放った大きな火の玉が彼女を襲ったのです。
男にとって共に生きるべき相手、自分の帰るべき場所を共に作ってくれるはずだった女性は、彼の目の前で全身を焼かれて黒焦げになり、慌てて助け起こそうとした男の腕の中でひとしずくの涙を流したかと思うと、そのまま動かなくなってしまいました。
それからの事は、彼ははっきりと覚えていません。
男は気が付けば生き残った隊の仲間を引き連れ、敵の兵士を斬り、その後ろから隊長を炎の魔法で攻撃した魔法使いを斬り、その魔法使いに炎の魔法を使うよう命じた敵の隊長を斬り捨てていました。彼の前でたくさんの敵が死に、彼の後ろでたくさんの味方が死にました。
そして気が付けば彼は祖国に凱旋して英雄と称えられ、王様から勲章を与えられていました。
王様が男に与えようとしている褒美は、勲章だけではありませんでした。王様にはとても美しい娘がおり、戦争で英雄となった男を王女様と結婚させようと考えたのです。
しかし、そこで1つ大きな問題が発生します。王女様はとても美しいだけではなく、とても重い病に侵されており、医者の話ではこの先どれだけ持つかも解らないとのことでした。そして、その王女様は自分の結婚相手になろうとする男に、とても難しい条件を突き付けていたのです。
「私がこの世でどれほど素敵な相手と結婚したところで、この命がすぐにでも尽きてしまうのでは意味がありません。だから私と結婚してくださるのでしたら、私がお墓に入る時に一緒に付いてきて頂く事をお願いいたします」
要は生き埋めになれと言っているのです。今まで王様が娘の結婚相手にしようとした男達も、これには皆恐れをなして逃げていきました。
「お前は何を約束しようとしているのか知っているのか?」
王様は何度も娘を説得しようとしますが、王女様は首を縦に振りません。新しく英雄になった男もこれには逃げ出すだろう。誰もがそう思いましたが、男は王女様の出した条件を呑むと言いました。王女様の美しさにとても惹かれていたから――ではありません。
(隊長と一緒に生きられないのなら、後の人生は何の役に立つ? どうせ俺にはもう他に帰る場所は無いんだ)
男はそう考えていたのです。
それから程なくして王女様は病状が悪化し、自分の夫になった男とは1度も同じベッドに入る事すらなく息を引き取りました。約束通り王子となった男が王女様と共にお墓に入るという話になった時、王様はもし怖くなったのなら逃げ出しても大目に見てやると王子に言いました。
というよりむしろ、王様としては最初からそれが狙いだったのです。自分より先に死んでしまう娘に代わり、国民から慕われるような者を自分の後継者に付ける事で自分の権威を強くする事が。しかし、王様にとって計算外な事に、王子は愛する隊長のいないこの世に未練などありませんでした。王女様の遺体が王家の柩を納める部屋に入れられる日が来ると、王子は一緒に部屋に入り、外からドアにかんぬきがかけられました。部屋の中には王女様の柩と王子の他には、テーブルの上に4本のろうそくと4つのパンと4本のワインがあるだけ。これが尽きれば飢え死にするほかありません。
そして王子の食べる物も付きかけてきたその時、王女様の遺体の傍に1匹の蛇がやってきて噛み付こうとしました。
成り行きとはいえ王子は王女様の夫としての務めを最期まで果たそうと、蛇を剣で3つに裂きました。
そしてその死骸を見た王子は自分が1人の兵士として戦争で戦っていた頃、行軍中に大きな蛇が出て大騒ぎになった時の事を思い出しました。どうにか大蛇を仕留めた彼が事の次第を女隊長に報告すると、彼女はこう返してきたのです。
――で、味は?
隊長は以前、戦場で味方と引き離されて飲まず食わずでさ迷い、湖のほとりで白い蛇を食べて飢えをしのいだことがあったそうです。
――私とキスしたら獣の味がするかもな。
そう冗談めかして言われたのを王子は思い出しました。
彼はしばしの間迷った後試しに蛇の死骸をひと口かじってみましたが、どうにか飲み込む事はできたもののどうしてもそれ以上食べる気にはなれませんでした。やはり自分と隊長はもう同じ世界にいられないのだ。そう突き付けられたような気がした王子の目に、涙があふれてきます。
「ううっ、ううう……」
その時、真っ暗な部屋の隅の方から、何者かがすすり泣く声が聞こえてきました。
「誰だ!?」
王子がろうそくを向けてみると、なんとそこに黒い衣装を身にまとった女の人が陰鬱な顔をして立っていました。その肌は真っ白で、生きて立っているのが不思議に思えてくるほどに生気を感じられません。彼は知りませんでしたが、これはバンシーというアンデッドの魔物娘でした。
「お前は誰だ? どうやってここに入ってきた?」
バンシーは王子の言葉に何も答えず、悲しそうな顔で涙を流しながら、3つに引き裂かれた蛇の死骸を見下ろしました。そして懐から3枚の葉っぱを取り出し、蛇の死骸を並べてその上に重ねます。すると、不思議な事に蛇の死骸がぴったりとくっつき、かじり取られた所はそのままにした状態で再び生きて動き出したのです。
「一体何が……?」
驚いた王子が再び顔を上げると、バンシーの姿は影も形も見えなくなっていました。
彼は葉っぱを拾い上げると、試しに1枚を死んだ王女様の口の上に、2枚を閉じられたまぶたの上に載せてみました。するとどうでしょう。青ざめた身体がゆっくりと起き上がり、真っ赤になった目を開いて王女様はワイトとして蘇ったのです。
王女様が生き返ったという報せはすぐに父親である王様の元に届き、王様は自ら柩の部屋にやってきて扉を開けました。
「これで悲しい事は皆終わったのだ。これからは婿殿と仲良くこの国を治めていってくれ」
そう言って王様は大笑いします。しかし、ワイトになった王女様は夫にして王子になった男と夫婦として暮らしていくつもりはありませんでした。王子が話を聞いてみると、王女様には幼い頃から心に決めた人が他にいたというのです。
「その人は下級の騎士としてこのお城に出入りしていた人でしたが、私がその人に気がある事を知ったお父様は、彼を前線送りにしたのです。彼の部隊は味方と引き離されてろくな補給も得られず、そのまま1日と持たずに戦死してしまったと聞いています。私をお父様の都合の良い相手と結婚させるのに邪魔だからと、お父様はあの人を見殺しにしたのです」
すると、それを聞いた王様は苦々しい顔で言いました。
「あれはこの国のために必要だったことだ。お前ときたら自分の立場も自覚せずに身分の低い男と添い遂げるやら、結婚相手を自分が死ぬときに一緒に生き埋めにさせるやら、勝手な事ばかり言いおって」
「この国のために必要な事? お姉様を隣の国の王子に嫁がせた時も、その隣の国と戦争になり、むこうでお姉様が裏切り者として処刑される事になった時も、お父様はそう仰ったじゃないですか。そして私が病に倒れれば、代わりの後継者を仕立て上げるために形だけの結婚をさせようとする。勝手な事を仰るのはどっちですか」
「では、貴女が仰ったあの条件は?」
王子が尋ねると、王女様は申し訳なさそうな顔をして言いました。
「貴方には本当に大変な目に遭わせてしまいました。ああ言えば相手から断るだろうと思っていたのです。まさか本当に条件を呑んでくださる方が出るなどとは」
そして、ワイトになった王女様は王様に向き合って言い放ちます。
「もうお父様の好き勝手にはさせません。私は自分の結婚したい人と結婚します。そのためにお墓を掘り返さなくてはならないとしても。今の私にはそれだけの力があるのです」
その日の夕方、王子だった男はお墓の前に立っていました。墓標には彼が結婚するはずだった女隊長の名前が刻まれています。
「貴女が俺の目の前からいなくなって、思いがけず他の居場所を与えられて、他の女の人と結婚してはみましたが、そこでも本当にその場所に立っているべき人は俺ではありませんでした。そして他の女性の墓に入る事になって、結局は貴女の事を忘れられないという事をますます思い知るだけでした。どうか今からでも、貴女の墓に一緒に入れてください」
そして男は墓石を背もたれにするようにして寄りかかって座ると、震える手で腰の短刀を抜き出し、自らの喉元に付きつけます。どこからか女の人がすすり泣く声が聞こえたような気がしました。
しばらくすると日が沈み、墓地にチラチラと雪が降ってきました。それは女隊長のお墓に寄りかかる男の上にも落ちましたが、男の温かさで溶ける事はありません。彼は喉からたくさんの血を流してこと切れていたからです。
すると、お墓の暗がりの中から、いつぞやのバンシーが姿を現しました。互いに愛し合いながらも死によって無残にも引き離された男女を想い、その不憫さに涙を流します。その涙が頬を流れます。そしてその涙が女隊長の墓石の上に落ちた時、突然お墓の上に大きな青白い火の玉が上がりました。それは次第に美しい女の人の上半身のような形を取ります。バンシーが死の女神「ヘル」から授けられた加護の力により、女隊長の魂がウィル・オ・ウィスプとして蘇ったのです。
ウィル・オ・ウィスプになった女隊長が男の遺体へと愛おしそうに手を添えると、彼の体から彼女と同じく青白い炎のようになった魂が抜け出してきました。隊長はその魂を愛おしそうに抱え、冷たい檻のような物で包み込んでいきます。
「これで私達はずっと一緒。もうひとりぼっちじゃない。誰も傷つけなくていい」
愛する男とようやく1つになれた女隊長はそのまま真っ暗な空へと浮かび上がっていき、バンシーはそんな「ふたり」の姿をいつまでも見上げながら嬉しそうに涙を流します。その周りでは同じように戦争によって愛する人と引き離された者達が、魔物娘やその夫となってお墓から這い出しておりました。時を同じくしてこの国と戦争をしていた隣の国では、戦争のために愛する妻を断頭台にかけなければならなかった事に苦しみ続けてきた王子の元にデュラハンの予告状が届いていたそうです。
こうして2つの国はワイトの王女様が支配する大きな不死者の国となり、今では住人たちが愛する人達を引き裂くことも自分達が引き裂かれる事も無く楽しく暮らしています。王女様の父親である王様がどこへ行ったかは誰も知りません。この王様が若い頃に彼を暗殺者の刃から庇って死んだ側近の男がスケルトンとなって帰ってきたのですが、彼もとい彼女だけは王様の行方を知っているという噂です。
そうして戦場に出る事になった男がある時、野営地で自分の身の上を隊長に話したところ、その女隊長は彼にこう言いました。
「私もお前と同じクチだ。家族も帰る場所もなく、ここにしか自分がいるべき場所を見つけられないからしかたなく戦場にいる。だが、そんなひとりぼっちの者同士でも、一緒にいればひとりぼっちではなくなる。帰るべき場所を作れる。そう思わないか?」
こうして2人は恋仲となり、戦争が終わったら結婚して一緒に暮らすという約束をしました。もう俺は独りじゃない。男は生まれて初めて自分の将来という物に希望を持つ事ができました。
しかし、その希望はいとも簡単に崩れ去ってしまいました。
「私達の祖国が荒らされるのを許すな!」
隊長が隊の先頭に立ってそう叫んだとき、敵の魔法使いが放った大きな火の玉が彼女を襲ったのです。
男にとって共に生きるべき相手、自分の帰るべき場所を共に作ってくれるはずだった女性は、彼の目の前で全身を焼かれて黒焦げになり、慌てて助け起こそうとした男の腕の中でひとしずくの涙を流したかと思うと、そのまま動かなくなってしまいました。
それからの事は、彼ははっきりと覚えていません。
男は気が付けば生き残った隊の仲間を引き連れ、敵の兵士を斬り、その後ろから隊長を炎の魔法で攻撃した魔法使いを斬り、その魔法使いに炎の魔法を使うよう命じた敵の隊長を斬り捨てていました。彼の前でたくさんの敵が死に、彼の後ろでたくさんの味方が死にました。
そして気が付けば彼は祖国に凱旋して英雄と称えられ、王様から勲章を与えられていました。
王様が男に与えようとしている褒美は、勲章だけではありませんでした。王様にはとても美しい娘がおり、戦争で英雄となった男を王女様と結婚させようと考えたのです。
しかし、そこで1つ大きな問題が発生します。王女様はとても美しいだけではなく、とても重い病に侵されており、医者の話ではこの先どれだけ持つかも解らないとのことでした。そして、その王女様は自分の結婚相手になろうとする男に、とても難しい条件を突き付けていたのです。
「私がこの世でどれほど素敵な相手と結婚したところで、この命がすぐにでも尽きてしまうのでは意味がありません。だから私と結婚してくださるのでしたら、私がお墓に入る時に一緒に付いてきて頂く事をお願いいたします」
要は生き埋めになれと言っているのです。今まで王様が娘の結婚相手にしようとした男達も、これには皆恐れをなして逃げていきました。
「お前は何を約束しようとしているのか知っているのか?」
王様は何度も娘を説得しようとしますが、王女様は首を縦に振りません。新しく英雄になった男もこれには逃げ出すだろう。誰もがそう思いましたが、男は王女様の出した条件を呑むと言いました。王女様の美しさにとても惹かれていたから――ではありません。
(隊長と一緒に生きられないのなら、後の人生は何の役に立つ? どうせ俺にはもう他に帰る場所は無いんだ)
男はそう考えていたのです。
それから程なくして王女様は病状が悪化し、自分の夫になった男とは1度も同じベッドに入る事すらなく息を引き取りました。約束通り王子となった男が王女様と共にお墓に入るという話になった時、王様はもし怖くなったのなら逃げ出しても大目に見てやると王子に言いました。
というよりむしろ、王様としては最初からそれが狙いだったのです。自分より先に死んでしまう娘に代わり、国民から慕われるような者を自分の後継者に付ける事で自分の権威を強くする事が。しかし、王様にとって計算外な事に、王子は愛する隊長のいないこの世に未練などありませんでした。王女様の遺体が王家の柩を納める部屋に入れられる日が来ると、王子は一緒に部屋に入り、外からドアにかんぬきがかけられました。部屋の中には王女様の柩と王子の他には、テーブルの上に4本のろうそくと4つのパンと4本のワインがあるだけ。これが尽きれば飢え死にするほかありません。
そして王子の食べる物も付きかけてきたその時、王女様の遺体の傍に1匹の蛇がやってきて噛み付こうとしました。
成り行きとはいえ王子は王女様の夫としての務めを最期まで果たそうと、蛇を剣で3つに裂きました。
そしてその死骸を見た王子は自分が1人の兵士として戦争で戦っていた頃、行軍中に大きな蛇が出て大騒ぎになった時の事を思い出しました。どうにか大蛇を仕留めた彼が事の次第を女隊長に報告すると、彼女はこう返してきたのです。
――で、味は?
隊長は以前、戦場で味方と引き離されて飲まず食わずでさ迷い、湖のほとりで白い蛇を食べて飢えをしのいだことがあったそうです。
――私とキスしたら獣の味がするかもな。
そう冗談めかして言われたのを王子は思い出しました。
彼はしばしの間迷った後試しに蛇の死骸をひと口かじってみましたが、どうにか飲み込む事はできたもののどうしてもそれ以上食べる気にはなれませんでした。やはり自分と隊長はもう同じ世界にいられないのだ。そう突き付けられたような気がした王子の目に、涙があふれてきます。
「ううっ、ううう……」
その時、真っ暗な部屋の隅の方から、何者かがすすり泣く声が聞こえてきました。
「誰だ!?」
王子がろうそくを向けてみると、なんとそこに黒い衣装を身にまとった女の人が陰鬱な顔をして立っていました。その肌は真っ白で、生きて立っているのが不思議に思えてくるほどに生気を感じられません。彼は知りませんでしたが、これはバンシーというアンデッドの魔物娘でした。
「お前は誰だ? どうやってここに入ってきた?」
バンシーは王子の言葉に何も答えず、悲しそうな顔で涙を流しながら、3つに引き裂かれた蛇の死骸を見下ろしました。そして懐から3枚の葉っぱを取り出し、蛇の死骸を並べてその上に重ねます。すると、不思議な事に蛇の死骸がぴったりとくっつき、かじり取られた所はそのままにした状態で再び生きて動き出したのです。
「一体何が……?」
驚いた王子が再び顔を上げると、バンシーの姿は影も形も見えなくなっていました。
彼は葉っぱを拾い上げると、試しに1枚を死んだ王女様の口の上に、2枚を閉じられたまぶたの上に載せてみました。するとどうでしょう。青ざめた身体がゆっくりと起き上がり、真っ赤になった目を開いて王女様はワイトとして蘇ったのです。
王女様が生き返ったという報せはすぐに父親である王様の元に届き、王様は自ら柩の部屋にやってきて扉を開けました。
「これで悲しい事は皆終わったのだ。これからは婿殿と仲良くこの国を治めていってくれ」
そう言って王様は大笑いします。しかし、ワイトになった王女様は夫にして王子になった男と夫婦として暮らしていくつもりはありませんでした。王子が話を聞いてみると、王女様には幼い頃から心に決めた人が他にいたというのです。
「その人は下級の騎士としてこのお城に出入りしていた人でしたが、私がその人に気がある事を知ったお父様は、彼を前線送りにしたのです。彼の部隊は味方と引き離されてろくな補給も得られず、そのまま1日と持たずに戦死してしまったと聞いています。私をお父様の都合の良い相手と結婚させるのに邪魔だからと、お父様はあの人を見殺しにしたのです」
すると、それを聞いた王様は苦々しい顔で言いました。
「あれはこの国のために必要だったことだ。お前ときたら自分の立場も自覚せずに身分の低い男と添い遂げるやら、結婚相手を自分が死ぬときに一緒に生き埋めにさせるやら、勝手な事ばかり言いおって」
「この国のために必要な事? お姉様を隣の国の王子に嫁がせた時も、その隣の国と戦争になり、むこうでお姉様が裏切り者として処刑される事になった時も、お父様はそう仰ったじゃないですか。そして私が病に倒れれば、代わりの後継者を仕立て上げるために形だけの結婚をさせようとする。勝手な事を仰るのはどっちですか」
「では、貴女が仰ったあの条件は?」
王子が尋ねると、王女様は申し訳なさそうな顔をして言いました。
「貴方には本当に大変な目に遭わせてしまいました。ああ言えば相手から断るだろうと思っていたのです。まさか本当に条件を呑んでくださる方が出るなどとは」
そして、ワイトになった王女様は王様に向き合って言い放ちます。
「もうお父様の好き勝手にはさせません。私は自分の結婚したい人と結婚します。そのためにお墓を掘り返さなくてはならないとしても。今の私にはそれだけの力があるのです」
その日の夕方、王子だった男はお墓の前に立っていました。墓標には彼が結婚するはずだった女隊長の名前が刻まれています。
「貴女が俺の目の前からいなくなって、思いがけず他の居場所を与えられて、他の女の人と結婚してはみましたが、そこでも本当にその場所に立っているべき人は俺ではありませんでした。そして他の女性の墓に入る事になって、結局は貴女の事を忘れられないという事をますます思い知るだけでした。どうか今からでも、貴女の墓に一緒に入れてください」
そして男は墓石を背もたれにするようにして寄りかかって座ると、震える手で腰の短刀を抜き出し、自らの喉元に付きつけます。どこからか女の人がすすり泣く声が聞こえたような気がしました。
しばらくすると日が沈み、墓地にチラチラと雪が降ってきました。それは女隊長のお墓に寄りかかる男の上にも落ちましたが、男の温かさで溶ける事はありません。彼は喉からたくさんの血を流してこと切れていたからです。
すると、お墓の暗がりの中から、いつぞやのバンシーが姿を現しました。互いに愛し合いながらも死によって無残にも引き離された男女を想い、その不憫さに涙を流します。その涙が頬を流れます。そしてその涙が女隊長の墓石の上に落ちた時、突然お墓の上に大きな青白い火の玉が上がりました。それは次第に美しい女の人の上半身のような形を取ります。バンシーが死の女神「ヘル」から授けられた加護の力により、女隊長の魂がウィル・オ・ウィスプとして蘇ったのです。
ウィル・オ・ウィスプになった女隊長が男の遺体へと愛おしそうに手を添えると、彼の体から彼女と同じく青白い炎のようになった魂が抜け出してきました。隊長はその魂を愛おしそうに抱え、冷たい檻のような物で包み込んでいきます。
「これで私達はずっと一緒。もうひとりぼっちじゃない。誰も傷つけなくていい」
愛する男とようやく1つになれた女隊長はそのまま真っ暗な空へと浮かび上がっていき、バンシーはそんな「ふたり」の姿をいつまでも見上げながら嬉しそうに涙を流します。その周りでは同じように戦争によって愛する人と引き離された者達が、魔物娘やその夫となってお墓から這い出しておりました。時を同じくしてこの国と戦争をしていた隣の国では、戦争のために愛する妻を断頭台にかけなければならなかった事に苦しみ続けてきた王子の元にデュラハンの予告状が届いていたそうです。
こうして2つの国はワイトの王女様が支配する大きな不死者の国となり、今では住人たちが愛する人達を引き裂くことも自分達が引き裂かれる事も無く楽しく暮らしています。王女様の父親である王様がどこへ行ったかは誰も知りません。この王様が若い頃に彼を暗殺者の刃から庇って死んだ側近の男がスケルトンとなって帰ってきたのですが、彼もとい彼女だけは王様の行方を知っているという噂です。
18/12/30 20:06更新 / bean