図鑑世界童話全集「聖女の子」
ある大きな森の中に、3歳くらいのとても小さな女の子がいました。その服装はとてもみすぼらしく、肌も髪もボロボロで、この子の家族らしき者も見当たりません。ただはぐれてしまっただけならまだいい方で、死んでしまったか、この子を育てられなくなって森の中に置き去りにしてしまったのかもしれません。そんな状態では女の子も普通ならばすぐに死んでしまう事でしょうが、とても運のいい事に、ある聖女様が女の子のいる場所を偶然通りかかりました。
「かわいそうに。私の住むところに連れて行って、私があなたのお母さんとして面倒を見てあげましょう」
そして聖女様は天界にあるお城に女の子を連れて行きました。お城での生活はまさに夢のようで、食事は砂糖菓子と甘いミルク。毎日金色に輝くドレスを着せてもらえる上に、可愛らしい天使さん達が遊んでくれました。
そうして聖女様に拾われた少女が13歳になったある日、聖女様は少女を呼んでこう言いました。
「私の娘よ。私は長い間旅に出なくてはなりません。だからこのお城に13枚ある特別な扉の鍵をあなたに預けましょう。そのうち12の扉は中にある物を好きなだけ見て貰ってかまいません。しかし、この最後の小さな鍵の扉だけは、決して開けてはなりませんよ。そうしないとあなたに大変な不幸が訪れるでしょう」
少女は聖女様の言いつけに従うと約束しました。
そして聖女様が旅に出ていなくなると、少女は遊び友達の天使さん達と一緒に、12の扉を開けてその中を見て回りました。どの部屋の中もとても美しい上にとても広く、少女は天使さん達と一緒に走り回って楽しく遊びます。しかし、やがてそれにも飽きてくると、少女は最後の小さい鍵の扉の向こうに何があるのか気になってきました。
「この小さい鍵の扉の向こうがどうなっているか、誰か知らない?」
少女が天使さん達に聞いてみると、みんな揃って首を横に振りました。
「もしかして、開けてみる気じゃないでしょうね? だめよ。そんな事をしたらあなたに大変な不幸が訪れるって、聖女様が言っていたのを忘れたの?」
その場で最もお姉さんの天使さんが少女に釘を刺しましたが、少女の心の中では、開けてはいけない扉を開けてみたいという気持ちが日に日に強くなっていきました。
そんなある日、偶然にも天使さん達全員がそれぞれの用事で出払って、少女がお城の中で1人だけになりました。
(今こっそりあの扉を開けてみても、誰も気づかないんじゃないかしら)
少女の心の中でそんな囁きが聞こえます。気が付けば少女は小さな鍵を手に最後の扉に向かい、鍵穴に鍵を差し込んでいました。
少女が扉を開けてみると、中はとても狭く、小さなテーブルの上に1冊の大きな本が載せられているだけでした。テーブルに近づいてよく見ると、その本は表紙に金箔が張られています。少女は本に何が書かれているのかが気になり、金箔の張られた表紙をそっとめくってみました。
「――はっ! 私は何を?」
それからしばらく経ち、少女は小さな鍵の扉の前の床で目を覚ましました。目の前の部屋の中で起きた出来事を思い出そうとしますが、どういうわけか思い出そうとすると頭が痛くなってよく思い出せません。その時、聖女様がお城に帰ってきて、大声で少女を呼び、少女に預けた鍵束を返すように言いました。
聖女様は鍵束を受け取ると、少女に聞きます。
「13番目の扉は開けていないでしょうね?」
「はい。開けていません」
「本当に?」
聖女様はやけにねっとりとした声で聞きながら、少女の胸に右手を当てました。少女は約束を破った事に気付かれないかとドキドキしていたので、その音がばれるのではないかと気が気ではありません。それだけではなく、聖女様に胸を触られた時、なぜか少女の服の下で胸の先がいつになく敏感になっていました。本人にもよく解らない不思議なゾクゾクとしたむず痒い感じが少女の身体を走り、喉の奥で「んっ」と変な声が漏れてしまいます。
そんな少女の反応に気付いてか気付かずにか、聖女様は再び続けます。
「もう1度聞くけど、本当に13番目の扉は開けていないでしょうね?」
「はい。開けていません」
少女が再び同じ答えを繰り返すと、聖女様は今度は少女の手を取りました。すると、本の表紙に張られていた金箔が指先に付いていました。
「最後にもう1度だけ聞くわ。本当に13番目の扉は開けていないでしょうね?」
「はい。開けていません」
すると、聖女様はいつになく冷たい声で言い放ちました。
「あなたはもう、このお城に住み続ける事はできませんよ」
そこで、少女はふっと気を失ってしまいました。
少女が再び目を覚ますと、そこは真っ暗な森の中でした。自分が取り返しのつかない事をしてしまったと気付いた少女は、大声を上げて泣き出しそうになりましたが、そこで少女は自分がまったく声を出せなくなっている事に気付きました。これも聖女様の罰なのでしょうか。
木の実や野イチゴなどでどうにか飢えを凌ぎ、夜は木のうろに身を隠して何日も森の中をさ迷った少女は、ある小さな村にたどり着きました。村の人達は何を言ってもひと言も返さない少女を不審に思っていましたが、ボロボロの服を着て行く当ても無さそうな様子に気付くと、村と森の境目にある何年も使われていない粗末な小屋に住むことを許しました。
それからまたしばらく経ったある日の事。少女と同じくらいか少し小さい男の子が森で道に迷い、少女の住む小屋にたどり着きました。森の中をさ迷い続ける大変さを知っていた少女は、少年をなんとか助けたいと思い、喋る事のできない状態ながらもなんとかして少年に食べ物を与え、小屋のベッドの上でひと晩休めるようにしてあげました。
その日の夜中、床(ゆか)の上で眠っていた少女は、ふと少年の様子が気になり、ベッドの近くに寄りました。少年が安らかな寝息を立てていることを確認して微笑みます。その時、少女は少年のズボンが妙に盛り上がっている事に気付きました。天界のお城に住んでいる間、男性とは一切会うことのない生活をしていた少女は、男性の身体の仕組みをよく知りません。あのズボンの下で何が起きているのだろう。そんな好奇心が少女の頭をよぎりました。
(いやいやだめよ。勝手にズボンを脱がすなんて)
慌てて少女は首を横に振ります。その時、不思議な事に、今までどうしても思い出せなかった、13番目の扉の中での記憶が少女の頭の中に蘇りました。金箔の張られた本に書かれていた物。裸の男の人と女の人が抱き合い、苦しそうで、しかしそれ以上にどこか気持ち良さそうな表情を浮かべている絵が。
(そういえば、あの本に描かれていた男の人って、お股に変な棒みたいな物が付いていたわ。あの本には確か、「おちんちん」って書いてあったかしら)
おちんちん、と声を出せない少女の口が動きます。彼女はベッドの上に横たわる少年の、盛り上がったズボンに目を向けました。その下に、絵で見た男の人のお股に付いていた物と同じ物が隠れている想像が浮かんできます。
「はあ、はあ……」
いつの間にか少女の身体は火が付いたように熱くなっていました。全身が汗だくになって目が血走り、息は荒くなり、エプロンドレスのスカートの中ではお腹の下の方から甘い痺れが広がってパンツが湿り気を帯びていきます。彼女は自分が何をしているのかも解らなくなり、その手が少年のズボンに伸びていきました。
「昨日は助けてくれてどうもありがとう」
翌朝。村の人達に道を尋ねるため、村の真ん中へと歩いていく少年を見送りながら、少女の心の中は罪悪感で押し潰されそうになっていました。少年の姿が完全に見えなくなると小屋の中に駆け込み、ベッドに突っ伏して、声にならない泣き声を喉の奥で上げながら涙を流し続けます。
少年は昨夜は相当疲れていたようで、幸いと言うべきか途中で目を覚ます事は無く、自分が何をされたのか気付いていないようでした。しかし、だからといって少女の心が晴れるわけではありません。
――小さな鍵の扉だけは、決して開けてはなりませんよ。そうしないとあなたに大変な不幸が訪れるでしょう
聖女様の言葉が少女の頭に甦りました。
(聖女様の言いつけを破ったことで、私の心は悪魔に変わってしまったんだわ。だから聖女様や天使さんとは一緒に暮らせなくなってしまったのね)
その日、少女は自分の心の中に巣くっている悪魔を追い出さなければならないと決意しました。しかし、毎晩ベッドの上で眠ろうとすると、少女の心の中の悪魔は「またあの男の子に会いたい。あの夜みたいに男の子に跨って気持ちのいい事をしたい」と囁きかけてきます。その度に少女の決意は天界のお城で食べた砂糖菓子のように脆く崩れ去り、悪魔の囁きに抗えなくなっていました。そしてあの夜の記憶をたどり、少年のおちんちんの代わりにしようとするかのように自分の指をパンツの中に差し入れているのです。
そこから更にしばらくの月日が経った頃、少女の身体に異変が起きました。妙に身体がだるくて眠くなったり、食欲が無くなったり、食べ物の匂いで気分が悪くなったりするようになったのです。何か他人に知られてはいけないことが起こっているような気がした少女は自分の身に起きた事をひた隠しにしようとしましたが、お腹が大きくなってくるとさすがに隠せなくなってしまいます。村はたいへんな騒ぎになりました。この村の人達は主神教団の信者の中でも考えが古く、女性が結婚した男性以外の相手の子供を身ごもった場合、最悪死刑になってもおかしくなかったのです。村の人達は少女にお腹の子供の父親は誰かと問い詰めますが、声を出せない少女は何も答えられません。
少女はとうとう牢屋に入れられて裁判を開かれ、火あぶりにされる事が決まってしまいました。
火あぶりにされる前の日の夜、少女が牢屋で声を出せずに涙を流していると、どこからか聖女様の声が聞こえてきました。
――あなたが開けてはいけない扉を開けた事を告白するならば、その牢屋から出してあげましょう。
しかし、少女は未だにあの小さな鍵の扉を開けた事を聖女様に告白する覚悟はできておらず、黙って首を横に振るだけでした。
翌日、少女は村の真ん中の広場で地面に突き刺した太い杭に縛られ、村人達がその足元に薪を積み上げて、少女を火あぶりにする準備が進められていきます。
少女は大きくなった自分のお腹を見下ろして考えました。
(聖女様の言いつけを破り、心が悪魔になってしまった私は殺されても仕方のないのかもしれない。でも、どこから来たのか解らないけど、この子まで死なせるのはかわいそうだわ。ああ、今からでも聖女様に懺悔したい。私の罪を認めて、このお腹の子供だけでも助けて下さるようにお願いしたい)
その時、聖女様が少女にかけていた封印が解けました。少女は大きな声で叫びます。
「たしかにいたしました、聖女様。私は開けてはならないと言われていた、13番目の扉を開けてしまいました」
驚いて見上げる村人たちの前で、少女は更に続けます。
「それだけではありません。私は結婚したい相手ができるまで大事に守るようにと、小さい頃にお風呂で聖女様から教えられていたお股の扉を自ら開き、名前も知らない男の子のおちんちんを相手の許しも得ずに勝手に差し込みました。そして、眠っていて何が起きているのか気付いてすらいない男の子の上で腰を振り、お腹の中に温かい物が流れてくる感触を楽しみました」
「まっ。やっと喋ったと思ったらなんてこと言うのあの子」
村の大人たちは顔を真っ赤にして、慌てて子供達の耳を塞ごうとしたり、火あぶりの準備を急いで進めようとします。――というか少女を火あぶりにする所を子供に見せるのはいいのでしょうか。そして少女の足元の薪に火が付いたその時、それまで晴れ渡っていた空が急に曇りだし、大雨が降ってきて火をかき消してしまいました。
少女や村人達が慌てて空を見上げると、分厚い雨雲の間からひと筋の光が差し込み、聖女様がコウモリに似た真っ白な翼を広げて舞い降りてきます。その後ろからはジパングに住む龍という魔物や、少女が天界のお城に住んでいた時――もっと正確に言えば天界にあるように思いこまされていたけど実は魔界のど真ん中にあったお城に住んでいた時に遊んでくれた真っ黒な翼の天使さん達に、他にも空を飛ぶ力を持つ様々な姿の魔物娘達が地上に降りてきました。
そして村人達が次々に魔物娘に襲われていく中、魔王様の娘で堕落した神の教団に手を貸してくださっている聖女様が少女に告げました。
「あなたの罪は開けてはいけないと言われた13番目の扉を開けた事でも、眠っている男の子を犯した事でもありません。自分の欲望に背を向け、無かったことにしようとした事です。さあ。自分の心の中の悪魔を解放するのです」
そう言って、聖女様は縛られている少女の額に口付けをしました。少女の身体の中で魔力が溢れ出し、彼女を杭に縛り付けていた縄が弾け飛びます。色は違いますが聖女様と同じような形をしたコウモリのような翼とヤギのような角、先がハート型になった尻尾が少女の身体から飛び出しました。また、聖女様は少女の額に口付けをした時、ただ少女に魔力を注いで魔物娘に変化させるだけでなく、白澤という魔物娘の力を参考にして編み出した魔法を使い、あの少年の居場所を少女の頭の中に直接伝えました。そのため、お腹の大きなサキュバスとなった少女は、そのまま空へと一直線に飛び去って行きました。
こうして、少女は少年と再会し、聖女様に懺悔したのと同じように、あの夜に行った狼藉を正直に話して謝りました。すると少年は、実はあの夜に途中で目を覚まして必死に眠ったふりをしていた事、少年も少女と別れてからあの夜に少女からされた事を忘れられず、また同じことをされたいという気持ちに戸惑いながら毎晩のようにベッドの上でおちんちんを慰めていたことを少女に話しました。少女はそんな少年を再び押し倒し、その後彼と結婚して、インキュバスのかわいい赤ちゃんを出産しました。
・編者あとがき
このお話しはこの本に集められた童話の中でも、更に言えば私達がこの本を執筆するために調査した様々な土地に伝わる童話・民話の中でも特に変わった伝えられ方をしているお話しです。
このお話しは堕落した神の教団の中でも変わった考えを持つというある宗派に伝わるお話しなのですが、その宗派の信者にはダークプリーストだけでなくラタトスクなども多く、彼女達は人化の術を使って主神教団の勢力下の土地へと密かに潜り込み、その土地で異性への欲情をひた隠しにして抑え込もうとしている聖職者を見つけると、吟遊詩人や主神教団の聖職者等のふりをして彼らに近づいてこのお話しを吹き込み、堕落した神の教団への改宗を促すのだそうです。
「かわいそうに。私の住むところに連れて行って、私があなたのお母さんとして面倒を見てあげましょう」
そして聖女様は天界にあるお城に女の子を連れて行きました。お城での生活はまさに夢のようで、食事は砂糖菓子と甘いミルク。毎日金色に輝くドレスを着せてもらえる上に、可愛らしい天使さん達が遊んでくれました。
そうして聖女様に拾われた少女が13歳になったある日、聖女様は少女を呼んでこう言いました。
「私の娘よ。私は長い間旅に出なくてはなりません。だからこのお城に13枚ある特別な扉の鍵をあなたに預けましょう。そのうち12の扉は中にある物を好きなだけ見て貰ってかまいません。しかし、この最後の小さな鍵の扉だけは、決して開けてはなりませんよ。そうしないとあなたに大変な不幸が訪れるでしょう」
少女は聖女様の言いつけに従うと約束しました。
そして聖女様が旅に出ていなくなると、少女は遊び友達の天使さん達と一緒に、12の扉を開けてその中を見て回りました。どの部屋の中もとても美しい上にとても広く、少女は天使さん達と一緒に走り回って楽しく遊びます。しかし、やがてそれにも飽きてくると、少女は最後の小さい鍵の扉の向こうに何があるのか気になってきました。
「この小さい鍵の扉の向こうがどうなっているか、誰か知らない?」
少女が天使さん達に聞いてみると、みんな揃って首を横に振りました。
「もしかして、開けてみる気じゃないでしょうね? だめよ。そんな事をしたらあなたに大変な不幸が訪れるって、聖女様が言っていたのを忘れたの?」
その場で最もお姉さんの天使さんが少女に釘を刺しましたが、少女の心の中では、開けてはいけない扉を開けてみたいという気持ちが日に日に強くなっていきました。
そんなある日、偶然にも天使さん達全員がそれぞれの用事で出払って、少女がお城の中で1人だけになりました。
(今こっそりあの扉を開けてみても、誰も気づかないんじゃないかしら)
少女の心の中でそんな囁きが聞こえます。気が付けば少女は小さな鍵を手に最後の扉に向かい、鍵穴に鍵を差し込んでいました。
少女が扉を開けてみると、中はとても狭く、小さなテーブルの上に1冊の大きな本が載せられているだけでした。テーブルに近づいてよく見ると、その本は表紙に金箔が張られています。少女は本に何が書かれているのかが気になり、金箔の張られた表紙をそっとめくってみました。
「――はっ! 私は何を?」
それからしばらく経ち、少女は小さな鍵の扉の前の床で目を覚ましました。目の前の部屋の中で起きた出来事を思い出そうとしますが、どういうわけか思い出そうとすると頭が痛くなってよく思い出せません。その時、聖女様がお城に帰ってきて、大声で少女を呼び、少女に預けた鍵束を返すように言いました。
聖女様は鍵束を受け取ると、少女に聞きます。
「13番目の扉は開けていないでしょうね?」
「はい。開けていません」
「本当に?」
聖女様はやけにねっとりとした声で聞きながら、少女の胸に右手を当てました。少女は約束を破った事に気付かれないかとドキドキしていたので、その音がばれるのではないかと気が気ではありません。それだけではなく、聖女様に胸を触られた時、なぜか少女の服の下で胸の先がいつになく敏感になっていました。本人にもよく解らない不思議なゾクゾクとしたむず痒い感じが少女の身体を走り、喉の奥で「んっ」と変な声が漏れてしまいます。
そんな少女の反応に気付いてか気付かずにか、聖女様は再び続けます。
「もう1度聞くけど、本当に13番目の扉は開けていないでしょうね?」
「はい。開けていません」
少女が再び同じ答えを繰り返すと、聖女様は今度は少女の手を取りました。すると、本の表紙に張られていた金箔が指先に付いていました。
「最後にもう1度だけ聞くわ。本当に13番目の扉は開けていないでしょうね?」
「はい。開けていません」
すると、聖女様はいつになく冷たい声で言い放ちました。
「あなたはもう、このお城に住み続ける事はできませんよ」
そこで、少女はふっと気を失ってしまいました。
少女が再び目を覚ますと、そこは真っ暗な森の中でした。自分が取り返しのつかない事をしてしまったと気付いた少女は、大声を上げて泣き出しそうになりましたが、そこで少女は自分がまったく声を出せなくなっている事に気付きました。これも聖女様の罰なのでしょうか。
木の実や野イチゴなどでどうにか飢えを凌ぎ、夜は木のうろに身を隠して何日も森の中をさ迷った少女は、ある小さな村にたどり着きました。村の人達は何を言ってもひと言も返さない少女を不審に思っていましたが、ボロボロの服を着て行く当ても無さそうな様子に気付くと、村と森の境目にある何年も使われていない粗末な小屋に住むことを許しました。
それからまたしばらく経ったある日の事。少女と同じくらいか少し小さい男の子が森で道に迷い、少女の住む小屋にたどり着きました。森の中をさ迷い続ける大変さを知っていた少女は、少年をなんとか助けたいと思い、喋る事のできない状態ながらもなんとかして少年に食べ物を与え、小屋のベッドの上でひと晩休めるようにしてあげました。
その日の夜中、床(ゆか)の上で眠っていた少女は、ふと少年の様子が気になり、ベッドの近くに寄りました。少年が安らかな寝息を立てていることを確認して微笑みます。その時、少女は少年のズボンが妙に盛り上がっている事に気付きました。天界のお城に住んでいる間、男性とは一切会うことのない生活をしていた少女は、男性の身体の仕組みをよく知りません。あのズボンの下で何が起きているのだろう。そんな好奇心が少女の頭をよぎりました。
(いやいやだめよ。勝手にズボンを脱がすなんて)
慌てて少女は首を横に振ります。その時、不思議な事に、今までどうしても思い出せなかった、13番目の扉の中での記憶が少女の頭の中に蘇りました。金箔の張られた本に書かれていた物。裸の男の人と女の人が抱き合い、苦しそうで、しかしそれ以上にどこか気持ち良さそうな表情を浮かべている絵が。
(そういえば、あの本に描かれていた男の人って、お股に変な棒みたいな物が付いていたわ。あの本には確か、「おちんちん」って書いてあったかしら)
おちんちん、と声を出せない少女の口が動きます。彼女はベッドの上に横たわる少年の、盛り上がったズボンに目を向けました。その下に、絵で見た男の人のお股に付いていた物と同じ物が隠れている想像が浮かんできます。
「はあ、はあ……」
いつの間にか少女の身体は火が付いたように熱くなっていました。全身が汗だくになって目が血走り、息は荒くなり、エプロンドレスのスカートの中ではお腹の下の方から甘い痺れが広がってパンツが湿り気を帯びていきます。彼女は自分が何をしているのかも解らなくなり、その手が少年のズボンに伸びていきました。
「昨日は助けてくれてどうもありがとう」
翌朝。村の人達に道を尋ねるため、村の真ん中へと歩いていく少年を見送りながら、少女の心の中は罪悪感で押し潰されそうになっていました。少年の姿が完全に見えなくなると小屋の中に駆け込み、ベッドに突っ伏して、声にならない泣き声を喉の奥で上げながら涙を流し続けます。
少年は昨夜は相当疲れていたようで、幸いと言うべきか途中で目を覚ます事は無く、自分が何をされたのか気付いていないようでした。しかし、だからといって少女の心が晴れるわけではありません。
――小さな鍵の扉だけは、決して開けてはなりませんよ。そうしないとあなたに大変な不幸が訪れるでしょう
聖女様の言葉が少女の頭に甦りました。
(聖女様の言いつけを破ったことで、私の心は悪魔に変わってしまったんだわ。だから聖女様や天使さんとは一緒に暮らせなくなってしまったのね)
その日、少女は自分の心の中に巣くっている悪魔を追い出さなければならないと決意しました。しかし、毎晩ベッドの上で眠ろうとすると、少女の心の中の悪魔は「またあの男の子に会いたい。あの夜みたいに男の子に跨って気持ちのいい事をしたい」と囁きかけてきます。その度に少女の決意は天界のお城で食べた砂糖菓子のように脆く崩れ去り、悪魔の囁きに抗えなくなっていました。そしてあの夜の記憶をたどり、少年のおちんちんの代わりにしようとするかのように自分の指をパンツの中に差し入れているのです。
そこから更にしばらくの月日が経った頃、少女の身体に異変が起きました。妙に身体がだるくて眠くなったり、食欲が無くなったり、食べ物の匂いで気分が悪くなったりするようになったのです。何か他人に知られてはいけないことが起こっているような気がした少女は自分の身に起きた事をひた隠しにしようとしましたが、お腹が大きくなってくるとさすがに隠せなくなってしまいます。村はたいへんな騒ぎになりました。この村の人達は主神教団の信者の中でも考えが古く、女性が結婚した男性以外の相手の子供を身ごもった場合、最悪死刑になってもおかしくなかったのです。村の人達は少女にお腹の子供の父親は誰かと問い詰めますが、声を出せない少女は何も答えられません。
少女はとうとう牢屋に入れられて裁判を開かれ、火あぶりにされる事が決まってしまいました。
火あぶりにされる前の日の夜、少女が牢屋で声を出せずに涙を流していると、どこからか聖女様の声が聞こえてきました。
――あなたが開けてはいけない扉を開けた事を告白するならば、その牢屋から出してあげましょう。
しかし、少女は未だにあの小さな鍵の扉を開けた事を聖女様に告白する覚悟はできておらず、黙って首を横に振るだけでした。
翌日、少女は村の真ん中の広場で地面に突き刺した太い杭に縛られ、村人達がその足元に薪を積み上げて、少女を火あぶりにする準備が進められていきます。
少女は大きくなった自分のお腹を見下ろして考えました。
(聖女様の言いつけを破り、心が悪魔になってしまった私は殺されても仕方のないのかもしれない。でも、どこから来たのか解らないけど、この子まで死なせるのはかわいそうだわ。ああ、今からでも聖女様に懺悔したい。私の罪を認めて、このお腹の子供だけでも助けて下さるようにお願いしたい)
その時、聖女様が少女にかけていた封印が解けました。少女は大きな声で叫びます。
「たしかにいたしました、聖女様。私は開けてはならないと言われていた、13番目の扉を開けてしまいました」
驚いて見上げる村人たちの前で、少女は更に続けます。
「それだけではありません。私は結婚したい相手ができるまで大事に守るようにと、小さい頃にお風呂で聖女様から教えられていたお股の扉を自ら開き、名前も知らない男の子のおちんちんを相手の許しも得ずに勝手に差し込みました。そして、眠っていて何が起きているのか気付いてすらいない男の子の上で腰を振り、お腹の中に温かい物が流れてくる感触を楽しみました」
「まっ。やっと喋ったと思ったらなんてこと言うのあの子」
村の大人たちは顔を真っ赤にして、慌てて子供達の耳を塞ごうとしたり、火あぶりの準備を急いで進めようとします。――というか少女を火あぶりにする所を子供に見せるのはいいのでしょうか。そして少女の足元の薪に火が付いたその時、それまで晴れ渡っていた空が急に曇りだし、大雨が降ってきて火をかき消してしまいました。
少女や村人達が慌てて空を見上げると、分厚い雨雲の間からひと筋の光が差し込み、聖女様がコウモリに似た真っ白な翼を広げて舞い降りてきます。その後ろからはジパングに住む龍という魔物や、少女が天界のお城に住んでいた時――もっと正確に言えば天界にあるように思いこまされていたけど実は魔界のど真ん中にあったお城に住んでいた時に遊んでくれた真っ黒な翼の天使さん達に、他にも空を飛ぶ力を持つ様々な姿の魔物娘達が地上に降りてきました。
そして村人達が次々に魔物娘に襲われていく中、魔王様の娘で堕落した神の教団に手を貸してくださっている聖女様が少女に告げました。
「あなたの罪は開けてはいけないと言われた13番目の扉を開けた事でも、眠っている男の子を犯した事でもありません。自分の欲望に背を向け、無かったことにしようとした事です。さあ。自分の心の中の悪魔を解放するのです」
そう言って、聖女様は縛られている少女の額に口付けをしました。少女の身体の中で魔力が溢れ出し、彼女を杭に縛り付けていた縄が弾け飛びます。色は違いますが聖女様と同じような形をしたコウモリのような翼とヤギのような角、先がハート型になった尻尾が少女の身体から飛び出しました。また、聖女様は少女の額に口付けをした時、ただ少女に魔力を注いで魔物娘に変化させるだけでなく、白澤という魔物娘の力を参考にして編み出した魔法を使い、あの少年の居場所を少女の頭の中に直接伝えました。そのため、お腹の大きなサキュバスとなった少女は、そのまま空へと一直線に飛び去って行きました。
こうして、少女は少年と再会し、聖女様に懺悔したのと同じように、あの夜に行った狼藉を正直に話して謝りました。すると少年は、実はあの夜に途中で目を覚まして必死に眠ったふりをしていた事、少年も少女と別れてからあの夜に少女からされた事を忘れられず、また同じことをされたいという気持ちに戸惑いながら毎晩のようにベッドの上でおちんちんを慰めていたことを少女に話しました。少女はそんな少年を再び押し倒し、その後彼と結婚して、インキュバスのかわいい赤ちゃんを出産しました。
・編者あとがき
このお話しはこの本に集められた童話の中でも、更に言えば私達がこの本を執筆するために調査した様々な土地に伝わる童話・民話の中でも特に変わった伝えられ方をしているお話しです。
このお話しは堕落した神の教団の中でも変わった考えを持つというある宗派に伝わるお話しなのですが、その宗派の信者にはダークプリーストだけでなくラタトスクなども多く、彼女達は人化の術を使って主神教団の勢力下の土地へと密かに潜り込み、その土地で異性への欲情をひた隠しにして抑え込もうとしている聖職者を見つけると、吟遊詩人や主神教団の聖職者等のふりをして彼らに近づいてこのお話しを吹き込み、堕落した神の教団への改宗を促すのだそうです。
18/07/09 20:04更新 / bean