図鑑世界童話全集「飯食わぬ嫁」
昔々、ある農村に乱暴な男がおりました。この村ではジパングの農村によくある話として、夜中に未婚の男が未婚の女の家に遊びに行く「夜這い」という慣習があるのですが、この男は相手の女の気持ちを考えずに振る舞うので女達の間で悪い噂が広まり、とうとうどこの家に夜這いしに行っても門前払いを受けるようになってしまいました。
それを見かねた村の相談役の男はある日、この乱暴者の男を柴刈りに誘うと、人目に付かない山の奥まで来たところで話を切り出しました。
「いい加減自分の都合ばかりじゃなくて、相手のおなごの気持ちを考える事を覚えろ。夜這いはかわつるみ(編注:こちらの国の言葉でいうオナニーの事ではないかと考えられます)とはわけが違うんだ」
ところが、どこの家からも門前払いを受けてへそを曲げてしまっていた男は心にもない事を口にしてしまいます。
「ふん。嫁を貰(もろ)うたらその分米が減るのが早(はよ)うなる。米を1粒も口にせんようなおなごでもおらん限り、俺は結婚する気にはならん」
それを聞いた相談役の男は慌てふためきます。
「何を言うか。米は山の神様がくださった綺麗な川の水が育んだ物じゃ。それを独り占めしようなど、山の神様の前でめったなことを言うもんでねえ。今に罰が当たるぞ」
しかし、乱暴者の男は聞く耳を持ちませんでした。
その日の夜、乱暴者の男が囲炉裏の前に座って独りで自分を慰めておりますと、突然家の戸を叩く音がしました。
「はて。こんな時間に誰じゃろうか」
慌てて袴を履きなおした男が戸を開けると、そこに見たこともないような美しい娘が立っておりました。
「私は行く場所もなく困り果てている者です。米を1粒も口にしないと約束しますので、この家に置いて頂けないでしょうか」
「なんと。まさか米を1粒も口にせんおなごが本当におったとは」
そして男が娘を家に入れると、娘は男の寝床に上がってするすると着物を脱ぎ始めます。
「私にはこのような事しかできませんが、せめてものお礼をさせてください」
その娘との交合は男が今まで経験したどんな女との交わりよりも素晴らしい物でした。そのほとの中では虫の卵のような大きさをしたひだが、男のまらを絶妙な具合で撫でてきます。そして男にとって何より嬉しい事に、男がどれだけ激しく攻めても文句を言うどころか、気持ち良さそうによがって娘の方からもっともっととせがんでくるのです。男は堪らずに子種を娘の胎の中に何度も何度もばらまきました。
娘は夜だけではなく昼間も男にとって最高の嫁でした。毎日男が畑仕事や柴刈りに出かけている間にお嫁さんは家の中を綺麗に掃除し、見たこともないような立派な反物を織り着物を縫います。それを市の日に持っていくといつも高値で売れるのです。
それよりも男にとって嬉しいのは、毎日お嫁さんが彼の好みに絶妙に合った食事を作ってくれる事です。そして、お嫁さんはこの家に来た時に言ったとおり、自分は食事を1口も口に入れる事無く、男がうまそうにそれを平らげるのを嬉しそうににこにこと眺めているのでした。本当に食べなくていいのかと男が聞くこともありましたが、いつも同じ答えが返ってきます。
「そういう約束ですから」
蓄えてある米が減ることなく、市の日のたびに大金が入ってくるので男の家はみるみるうちに裕福になっていきました。
しかし、こうして男の元にお嫁さんが来てから1年程が経った春の時期からでしょうか。男の家で奇妙な事が起こるようになりました。何日かに1回くらいの頻度で、蓄えておいた米や味噌が急にごっそり減っているのです。
これはおかしいと思った男はある日、働きに出ていくふりをして天井裏に隠れて様子を伺ってみる事にしました。すると、男がいなくなったと思ったお嫁さんが米と味噌を大量に持ち出し、山のようなおにぎりと川のような味噌汁を作りました。若い働き盛りの男が何人もで食べるような量です。そして驚くべきことに、それを1人で全部平らげてしまいました。
「まだ足りない」
お嫁さんがそう呟いた時、その足元を何匹かのネズミが走りました。おにぎりの残ったご飯粒を狙って集まってきたのです。すると、お嫁さんが物凄い勢いでネズミの後を追いかけて走ります。男の場所からはそれ以上は見えませんでしたが、肉が潰れて骨が砕け、血が滴るような音が部屋の隅から聞こえてきました。
(あいつ、ネズミまで食ったのか。飯を食わんと言っておったから前々からおかしいとは思っていたが、よもや恐ろしい化け物だったとは)
それから男がお嫁さんに気付かれないように隙を見て天井裏から降り、夕方になっていつものように仕事を終えたふりをして家の外から入っていくと、お嫁さんもいつもと変わらないふりをして夕飯の支度をしていました。男はどうやって別れ話を切り出そうか必死に考えておりましたが、うまい飯と床上手なお嫁さんの誘惑には勝てず、彼は気付けばズルズルといつものようにお嫁さんの隣で眠りこけてしまいました。
それからどれくらいの時間が経ったでしょうか。男は妙な寝苦しさで目を覚ました。手足が何かに引っ張られていて全く動かず、更には体の上に何か重い物がのしかかっていて荒い息が聞こえています。ゆっくり目を開けると、そこにあるのは男が昼間に見たものよりも更に驚くべき光景でした。
仰向けの状態で縛られた男の上にお嫁さんが馬乗りになっていたのですが、その腰から下が巨大な蜘蛛になっていたのです。
「まだ足りない。まだ足りない」
お嫁さんはそう何度も繰り返しながら、血走った目で男を見下ろしています。顔にある口とは別に、下半身の蜘蛛の方にも8本あるうち短い2本の脚の間に大きな口がぽっかりと開き、だらだらと涎を垂らしていました。そしてその蜘蛛の口は縛られている男の方へじりじりと近づいてくるのです。
(俺はあのネズミみたいに食われてしまうのか)
男は慌ててもがきましたが、手足がきつく固定されているので全く動きません。しかも口にも糸のような物を噛まされているようで、叫び声も上げることができませんでした。
「まだ足りない」
そう言いながらお嫁さんは蜘蛛の口で男の腰にかじりつき、男は激しい痛みを予感してぎゅっと目をかたく閉じました。しかし、そんな彼を襲ったのは痛みとは全く違う感覚でした。男のまらを温かくぬめった感触と激しい快感が包み込んだのです。
(待てよ。この感触、覚えがあるぞ)
それは、男が毎晩のように激しく犯しているお嫁さんのほとの感触でした。
「まだ足りない。まだ足りない」
そう何度も呟きながら、お嫁さんは何度も激しく腰の蜘蛛を上下させました。蜘蛛の口――ではなくほとの内側がいつもより激しくまらに絡みつき、圧倒的な快感を伴って男から精を絞り出そうとします。
(うっ、くそっ、出る!)
「んー、んーっ!」
男は縛られた口から呻き声を漏らすと、いつになく早く絶頂に達してしまいました。お嫁さんの胎の中に勢いよく精液が噴き出します。
しかし、お嫁さんはそれに気づいていないかのように、尚も激しく腰を動かしました。
「まだ足りない。まだ足りない」
(そんな。出たばかりで敏感なのに)
「んっ、んーっ!」
男は慌ててもがきますが、既にお嫁さんの名器の虜となっている男のまらは彼の意思を無視して早くも再び精を吐き出す構えに入ろうとします。こうして男は何度も精を絞り出され、朝日が昇る頃にはその圧倒的な快感にいつのまにか白目をむいて気絶しているのでした。
それからしばらく経ち、男が再び目を覚ますと、手足を縛られている事もなく普通に起き上がることができました。
「夢……だったのか?」
男はそう呟きましたが、手首と足首がやけにヒリヒリとしていて、腰の辺りがだるい上に妙にべたべたしていることに気が付きました。夢ではありません。その時、お嫁さんの声が聞こえてきました。
「旦那様。お風呂の準備ができました」
温かい風呂に浸かってべたべたした腰を洗いながら、男は昨晩の事を思い出しました。「まだ足りない」と何度もうわ言のように繰り返しながら血走った目でこちらを見下ろしている、蜘蛛の化け物になったお嫁さんの姿を。男のまらは凄まじい快感に包まれていましたが、それとは反対に心臓は凍るようでした。
「俺も今まで女と寝屋を共にするときは、いつもあんな顔になっていたんじゃろうか」
男は湯船の中で呟きます。
――いい加減自分の都合ばかりじゃなくて、相手のおなごの気持ちを考える事を覚えろ。
あの時相談役の男に言われた言葉の意味が、ようやく解ったような気がしました。
そして風呂から出た男が今に戻ってみると、ちゃぶ台の上におにぎりと味噌汁が置いてありました。
「うん。やっぱり、相変わらずあいつが作る飯はうまい」
離縁を切り出そうなどと考えるのは間違いだった。あいつの正体が何であろうと、逃げずにあいつと向き合うべきだ。そう思いながらおにぎりを口にして味噌汁を啜り、お椀の横に置いてあった小さな紙を何気なくひっくり返した男はそこで思わず手を止めてしまいます。
その小さな紙には、長い3本の線と短い1本の線が引いてありました。これは「三行半」と言って、離婚の意思を示す物です(編注:これは実際には夫が妻に対して書き、妻から了承を貰う必要があるそうです)。
男は慌てて味噌汁のお椀を放り出し、お嫁さんを大声で何度も呼びました。外に出てみると、お嫁さんは山へ続く道を既にだいぶ遠くまで進んでいました。男は大声でお嫁さんに呼びかけます。それに気づいたお嫁さんも昨夜のように腰から下を大きな蜘蛛に変え、物凄い速さで山道を登っていきます。それはジョロウグモという妖の姿でした。
「旦那様。お許しください」
そう言って涙を流しながら、ジョロウグモのお嫁さんは山の中を走ります。そして彼女が浅い川を渡ろうとした時、涙で滲んだ視界に鋭い物が映りました。それは川辺に生える菖蒲の葉っぱだったのですが、気が動転していたジョロウグモには今にも刺さりそうな鋭い剣に見えました。
「嫌あっ!」
「どうした!? 何があった?」
ジョロウグモは今の状況を忘れ、追い付いてきた男に縋りつくように抱き着きました。そうして暫くの間震えていたジョロウグモですが、震えが治まってくると自分がしている事に気付き、男の腕を振り払おうとします。しかし、男はジョロウグモの腕を離そうとしませんでした。
「離してください。私は貴方の所に来た時に申し上げた約束を破り、旦那様の米に手を付け、眠っている旦那様に狼藉を働いてしまいました。もう置いて頂く資格がありません」
それでも男はジョロウグモを離しません。
「何故離してくださらないのですか。米を1粒も口にせんようなおなごにならないと、貴方のお嫁にはなれないのに」
「……お前、もしかして俺が山の中で言っていた事を聞いていたのか」
「はい。私は元々、この山の森に住む蜘蛛の妖なのです」
男はあの時の事を深く反省しました。何気なく口に付いた心に無い言葉が、巡り廻って大切な人を傷つけることになったからです。男はジョロウグモの腕を掴んだまま彼女の前に回り、その唇に口づけをします。
「やめてください。もう私は旦那様の嫁ではいられません。最近、突然妙に妖力が枯れるようになって、そうなったらすぐに精を補給せずにはいられなくなるのです。あの家に戻ったら、また旦那様の米に手を出してしまいます」
「いいか。俺は身勝手な男だ。お前が約束を破ろうが、俺の嫁でいられないと言われようが、どれだけの米を食われようが、俺はお前を全力で引き留める。そして、俺の気が済むまで何度でもお前を犯す」
そう言うと、男は空いている方の手で袴を下ろしました。その下から現れたまらが勢いよく天を指します。妖であるジョロウグモはその気になれば男の手を強引に振りほどくことができますが、その目は自らを貫こうとするまらに釘付けになり、顔を真っ赤にして動かなくなってしまいました。そんなジョロウグモの下半身の蜘蛛の口に、男はそそり立ったまらを一気に差し込みます。その口は既にダラダラと涎を垂らしており、男のまらをすんなりと受け入れてしまいました。
「そんな、あああっ!」
ジョロウグモの艶のある喘ぎ声が山の中に響きました。男の動きは一見すると今まで自分勝手にお嫁さんを犯していた時と同じように見えましたが、実際にはだいぶ違います。今までの数えきれない睦言や、何より昨夜のジョロウグモの狼藉の時の動きで覚えた彼女の弱いところを的確に探り、そこを緩急をつけて的確に攻め立てるのです。
「ああっ、駄目っ! そんなこと、されたら、胎の中が、切なく……」
ジョロウグモのほとの中はいつにも増して男のまらにきゅっきゅっと激しく絡みつき、蜘蛛の脚が嬉しそうにそわそわと動きました。男の方もたちまち腰から痺れるような感覚がせりあがってきます。
「出る!」
男は腰を蜘蛛の口に勢いよく押し付けると、その中におびただしい量の精をばらまきました。蜘蛛の口がおいしそうにごくごくと飲み干していくのを感じます。
「ああああああっ!」
ジョロウグモはいっそう大きな喘ぎ声を出し、涙を流しながら絶頂しました。
「こんな事、されたら、余計に、旦那様から、離れられなく、なって、しまいます」
そう言ってジョロウグモが肩で息をしながら男を抱きしめると、男も涙を流しながらジョロウグモを抱き返しました。
「俺もだ。あんなにうまいおにぎりも味噌汁も、お前がいなくなると思ったとたんに食う気を失くしてしまった。お前がたくさん米を食うなら俺はそれ以上に働いて稼ぐ。だから頼む。いなくなるなんて言わないでくれ」
それからしばらくの間かたく抱き合ったまま動かなくなっていた2人ですが、やがて名残惜しそうに身体を離すと、ジョロウグモは穏やかな顔で川辺の菖蒲を見て言いました。
「さっきはこの葉が恐ろしく見えたのですが、今思えば山の神様が私を思いとどまらせようとしてくださったような気がします」
そして男とジョロウグモは仲良く腕を組んで山を下りて行ったのですが、2人は村の人達が広場に集まっているのに気付きました。
「そういえば今日は端午の節句の祭りの日だったな」
2人も広場に行ってみると、そこでは村の人達が餅つきをしていました。男も早速参加して自慢の力で杵をふるい、餅つきを手伝います。そして2人は村の人達と一緒に、仲良くよもぎ餅を食べました。すると、男の目から涙がぽろぽろと零れ落ちます。
「どうしました旦那様。まさか餅を喉に詰まらせたのでは」
男は首を横に振りました。
「仲良く一緒に飯を食べるのが、こんなに嬉しい事だったなんて。俺はなんと大切な事を忘れていたんだ」
それから、男は村のお医者様の所にジョロウグモを連れて行き、彼女の身体に起きた異変に付いて相談しました。
「わしの専門はあくまで人間だ。だから、妖の病についてはよく知らないんだが、話を聞いた限りだと人間で言うアレかもしれんな」
「何という病ですか。どうすれば治りますか。高い薬が要るなら、どれだけかかることになっても必ず金を工面します。だからお願いします。うちの嫁を助けてください」
すると、お医者様はただひと言こう答えました。
「食べづわりじゃ」
そして春も終わりかけ夏に入るかという頃、ジョロウグモは元気な卵をたくさん産みました。その卵からは元気でかわいい子蜘蛛がたくさん生まれ、男の家からは毎日夕方になると、男が美しい妻や可愛い娘達と一緒に囲炉裏を囲んで夕飯を食べながら笑う、楽しそうな声が聞こえてくるようになりました。そしてもちろん夜更けになると、夫婦で仲睦まじく愛を語りあう声や物音が聞こえてきたそうです。
そんなわけでジパングでは今でも、端午の節句の日に菖蒲を軒下に吊るしたり風呂に浮かべたりすると、子宝に恵まれたり子供が健やかに育つと言われているそうです。そのため端午の節句の日を「子どもの日」と呼ぶ人も多いのだとか。
・編者あとがき
ジパングでは先代の魔王様の時代から、人間と婚姻を結び子を成した魔物が存在するという伝承が伝わっており、この話もそうした伝承の1つです。当時の文献に書かれた話では現在の話とは途中からの展開が異なっており、「嫁がジョロウグモだと知った男が一方的に離縁を言い渡そうとしたところ、ジョロウグモが『お前の体に卵を産み付けて子供達の糧にしてやる』と言って男を山に連れ去ろうとする」という内容になっています。また、現在伝わっている話でも地域によって様々なバリエーションがあり、代表的なものとしては「嫁の正体がジョロウグモではなくぬらりひょんで、仲間の魔物娘をたくさん呼んで宴会を開き男の家の食糧を食べつくしてしまうが、その後集まってきた妖の力によって男の家が前よりも繁栄する」「ジョロウグモの正体を知られた嫁が妖術で小さな蜘蛛に化けて天井に隠れてしまうが、朝勃ちした男の姿に誘われて降りてきたため『朝の蜘蛛は縁起がいい』『朝の蜘蛛を潰してはいけない』と伝えられるようになる」といったものが存在します。
それを見かねた村の相談役の男はある日、この乱暴者の男を柴刈りに誘うと、人目に付かない山の奥まで来たところで話を切り出しました。
「いい加減自分の都合ばかりじゃなくて、相手のおなごの気持ちを考える事を覚えろ。夜這いはかわつるみ(編注:こちらの国の言葉でいうオナニーの事ではないかと考えられます)とはわけが違うんだ」
ところが、どこの家からも門前払いを受けてへそを曲げてしまっていた男は心にもない事を口にしてしまいます。
「ふん。嫁を貰(もろ)うたらその分米が減るのが早(はよ)うなる。米を1粒も口にせんようなおなごでもおらん限り、俺は結婚する気にはならん」
それを聞いた相談役の男は慌てふためきます。
「何を言うか。米は山の神様がくださった綺麗な川の水が育んだ物じゃ。それを独り占めしようなど、山の神様の前でめったなことを言うもんでねえ。今に罰が当たるぞ」
しかし、乱暴者の男は聞く耳を持ちませんでした。
その日の夜、乱暴者の男が囲炉裏の前に座って独りで自分を慰めておりますと、突然家の戸を叩く音がしました。
「はて。こんな時間に誰じゃろうか」
慌てて袴を履きなおした男が戸を開けると、そこに見たこともないような美しい娘が立っておりました。
「私は行く場所もなく困り果てている者です。米を1粒も口にしないと約束しますので、この家に置いて頂けないでしょうか」
「なんと。まさか米を1粒も口にせんおなごが本当におったとは」
そして男が娘を家に入れると、娘は男の寝床に上がってするすると着物を脱ぎ始めます。
「私にはこのような事しかできませんが、せめてものお礼をさせてください」
その娘との交合は男が今まで経験したどんな女との交わりよりも素晴らしい物でした。そのほとの中では虫の卵のような大きさをしたひだが、男のまらを絶妙な具合で撫でてきます。そして男にとって何より嬉しい事に、男がどれだけ激しく攻めても文句を言うどころか、気持ち良さそうによがって娘の方からもっともっととせがんでくるのです。男は堪らずに子種を娘の胎の中に何度も何度もばらまきました。
娘は夜だけではなく昼間も男にとって最高の嫁でした。毎日男が畑仕事や柴刈りに出かけている間にお嫁さんは家の中を綺麗に掃除し、見たこともないような立派な反物を織り着物を縫います。それを市の日に持っていくといつも高値で売れるのです。
それよりも男にとって嬉しいのは、毎日お嫁さんが彼の好みに絶妙に合った食事を作ってくれる事です。そして、お嫁さんはこの家に来た時に言ったとおり、自分は食事を1口も口に入れる事無く、男がうまそうにそれを平らげるのを嬉しそうににこにこと眺めているのでした。本当に食べなくていいのかと男が聞くこともありましたが、いつも同じ答えが返ってきます。
「そういう約束ですから」
蓄えてある米が減ることなく、市の日のたびに大金が入ってくるので男の家はみるみるうちに裕福になっていきました。
しかし、こうして男の元にお嫁さんが来てから1年程が経った春の時期からでしょうか。男の家で奇妙な事が起こるようになりました。何日かに1回くらいの頻度で、蓄えておいた米や味噌が急にごっそり減っているのです。
これはおかしいと思った男はある日、働きに出ていくふりをして天井裏に隠れて様子を伺ってみる事にしました。すると、男がいなくなったと思ったお嫁さんが米と味噌を大量に持ち出し、山のようなおにぎりと川のような味噌汁を作りました。若い働き盛りの男が何人もで食べるような量です。そして驚くべきことに、それを1人で全部平らげてしまいました。
「まだ足りない」
お嫁さんがそう呟いた時、その足元を何匹かのネズミが走りました。おにぎりの残ったご飯粒を狙って集まってきたのです。すると、お嫁さんが物凄い勢いでネズミの後を追いかけて走ります。男の場所からはそれ以上は見えませんでしたが、肉が潰れて骨が砕け、血が滴るような音が部屋の隅から聞こえてきました。
(あいつ、ネズミまで食ったのか。飯を食わんと言っておったから前々からおかしいとは思っていたが、よもや恐ろしい化け物だったとは)
それから男がお嫁さんに気付かれないように隙を見て天井裏から降り、夕方になっていつものように仕事を終えたふりをして家の外から入っていくと、お嫁さんもいつもと変わらないふりをして夕飯の支度をしていました。男はどうやって別れ話を切り出そうか必死に考えておりましたが、うまい飯と床上手なお嫁さんの誘惑には勝てず、彼は気付けばズルズルといつものようにお嫁さんの隣で眠りこけてしまいました。
それからどれくらいの時間が経ったでしょうか。男は妙な寝苦しさで目を覚ました。手足が何かに引っ張られていて全く動かず、更には体の上に何か重い物がのしかかっていて荒い息が聞こえています。ゆっくり目を開けると、そこにあるのは男が昼間に見たものよりも更に驚くべき光景でした。
仰向けの状態で縛られた男の上にお嫁さんが馬乗りになっていたのですが、その腰から下が巨大な蜘蛛になっていたのです。
「まだ足りない。まだ足りない」
お嫁さんはそう何度も繰り返しながら、血走った目で男を見下ろしています。顔にある口とは別に、下半身の蜘蛛の方にも8本あるうち短い2本の脚の間に大きな口がぽっかりと開き、だらだらと涎を垂らしていました。そしてその蜘蛛の口は縛られている男の方へじりじりと近づいてくるのです。
(俺はあのネズミみたいに食われてしまうのか)
男は慌ててもがきましたが、手足がきつく固定されているので全く動きません。しかも口にも糸のような物を噛まされているようで、叫び声も上げることができませんでした。
「まだ足りない」
そう言いながらお嫁さんは蜘蛛の口で男の腰にかじりつき、男は激しい痛みを予感してぎゅっと目をかたく閉じました。しかし、そんな彼を襲ったのは痛みとは全く違う感覚でした。男のまらを温かくぬめった感触と激しい快感が包み込んだのです。
(待てよ。この感触、覚えがあるぞ)
それは、男が毎晩のように激しく犯しているお嫁さんのほとの感触でした。
「まだ足りない。まだ足りない」
そう何度も呟きながら、お嫁さんは何度も激しく腰の蜘蛛を上下させました。蜘蛛の口――ではなくほとの内側がいつもより激しくまらに絡みつき、圧倒的な快感を伴って男から精を絞り出そうとします。
(うっ、くそっ、出る!)
「んー、んーっ!」
男は縛られた口から呻き声を漏らすと、いつになく早く絶頂に達してしまいました。お嫁さんの胎の中に勢いよく精液が噴き出します。
しかし、お嫁さんはそれに気づいていないかのように、尚も激しく腰を動かしました。
「まだ足りない。まだ足りない」
(そんな。出たばかりで敏感なのに)
「んっ、んーっ!」
男は慌ててもがきますが、既にお嫁さんの名器の虜となっている男のまらは彼の意思を無視して早くも再び精を吐き出す構えに入ろうとします。こうして男は何度も精を絞り出され、朝日が昇る頃にはその圧倒的な快感にいつのまにか白目をむいて気絶しているのでした。
それからしばらく経ち、男が再び目を覚ますと、手足を縛られている事もなく普通に起き上がることができました。
「夢……だったのか?」
男はそう呟きましたが、手首と足首がやけにヒリヒリとしていて、腰の辺りがだるい上に妙にべたべたしていることに気が付きました。夢ではありません。その時、お嫁さんの声が聞こえてきました。
「旦那様。お風呂の準備ができました」
温かい風呂に浸かってべたべたした腰を洗いながら、男は昨晩の事を思い出しました。「まだ足りない」と何度もうわ言のように繰り返しながら血走った目でこちらを見下ろしている、蜘蛛の化け物になったお嫁さんの姿を。男のまらは凄まじい快感に包まれていましたが、それとは反対に心臓は凍るようでした。
「俺も今まで女と寝屋を共にするときは、いつもあんな顔になっていたんじゃろうか」
男は湯船の中で呟きます。
――いい加減自分の都合ばかりじゃなくて、相手のおなごの気持ちを考える事を覚えろ。
あの時相談役の男に言われた言葉の意味が、ようやく解ったような気がしました。
そして風呂から出た男が今に戻ってみると、ちゃぶ台の上におにぎりと味噌汁が置いてありました。
「うん。やっぱり、相変わらずあいつが作る飯はうまい」
離縁を切り出そうなどと考えるのは間違いだった。あいつの正体が何であろうと、逃げずにあいつと向き合うべきだ。そう思いながらおにぎりを口にして味噌汁を啜り、お椀の横に置いてあった小さな紙を何気なくひっくり返した男はそこで思わず手を止めてしまいます。
その小さな紙には、長い3本の線と短い1本の線が引いてありました。これは「三行半」と言って、離婚の意思を示す物です(編注:これは実際には夫が妻に対して書き、妻から了承を貰う必要があるそうです)。
男は慌てて味噌汁のお椀を放り出し、お嫁さんを大声で何度も呼びました。外に出てみると、お嫁さんは山へ続く道を既にだいぶ遠くまで進んでいました。男は大声でお嫁さんに呼びかけます。それに気づいたお嫁さんも昨夜のように腰から下を大きな蜘蛛に変え、物凄い速さで山道を登っていきます。それはジョロウグモという妖の姿でした。
「旦那様。お許しください」
そう言って涙を流しながら、ジョロウグモのお嫁さんは山の中を走ります。そして彼女が浅い川を渡ろうとした時、涙で滲んだ視界に鋭い物が映りました。それは川辺に生える菖蒲の葉っぱだったのですが、気が動転していたジョロウグモには今にも刺さりそうな鋭い剣に見えました。
「嫌あっ!」
「どうした!? 何があった?」
ジョロウグモは今の状況を忘れ、追い付いてきた男に縋りつくように抱き着きました。そうして暫くの間震えていたジョロウグモですが、震えが治まってくると自分がしている事に気付き、男の腕を振り払おうとします。しかし、男はジョロウグモの腕を離そうとしませんでした。
「離してください。私は貴方の所に来た時に申し上げた約束を破り、旦那様の米に手を付け、眠っている旦那様に狼藉を働いてしまいました。もう置いて頂く資格がありません」
それでも男はジョロウグモを離しません。
「何故離してくださらないのですか。米を1粒も口にせんようなおなごにならないと、貴方のお嫁にはなれないのに」
「……お前、もしかして俺が山の中で言っていた事を聞いていたのか」
「はい。私は元々、この山の森に住む蜘蛛の妖なのです」
男はあの時の事を深く反省しました。何気なく口に付いた心に無い言葉が、巡り廻って大切な人を傷つけることになったからです。男はジョロウグモの腕を掴んだまま彼女の前に回り、その唇に口づけをします。
「やめてください。もう私は旦那様の嫁ではいられません。最近、突然妙に妖力が枯れるようになって、そうなったらすぐに精を補給せずにはいられなくなるのです。あの家に戻ったら、また旦那様の米に手を出してしまいます」
「いいか。俺は身勝手な男だ。お前が約束を破ろうが、俺の嫁でいられないと言われようが、どれだけの米を食われようが、俺はお前を全力で引き留める。そして、俺の気が済むまで何度でもお前を犯す」
そう言うと、男は空いている方の手で袴を下ろしました。その下から現れたまらが勢いよく天を指します。妖であるジョロウグモはその気になれば男の手を強引に振りほどくことができますが、その目は自らを貫こうとするまらに釘付けになり、顔を真っ赤にして動かなくなってしまいました。そんなジョロウグモの下半身の蜘蛛の口に、男はそそり立ったまらを一気に差し込みます。その口は既にダラダラと涎を垂らしており、男のまらをすんなりと受け入れてしまいました。
「そんな、あああっ!」
ジョロウグモの艶のある喘ぎ声が山の中に響きました。男の動きは一見すると今まで自分勝手にお嫁さんを犯していた時と同じように見えましたが、実際にはだいぶ違います。今までの数えきれない睦言や、何より昨夜のジョロウグモの狼藉の時の動きで覚えた彼女の弱いところを的確に探り、そこを緩急をつけて的確に攻め立てるのです。
「ああっ、駄目っ! そんなこと、されたら、胎の中が、切なく……」
ジョロウグモのほとの中はいつにも増して男のまらにきゅっきゅっと激しく絡みつき、蜘蛛の脚が嬉しそうにそわそわと動きました。男の方もたちまち腰から痺れるような感覚がせりあがってきます。
「出る!」
男は腰を蜘蛛の口に勢いよく押し付けると、その中におびただしい量の精をばらまきました。蜘蛛の口がおいしそうにごくごくと飲み干していくのを感じます。
「ああああああっ!」
ジョロウグモはいっそう大きな喘ぎ声を出し、涙を流しながら絶頂しました。
「こんな事、されたら、余計に、旦那様から、離れられなく、なって、しまいます」
そう言ってジョロウグモが肩で息をしながら男を抱きしめると、男も涙を流しながらジョロウグモを抱き返しました。
「俺もだ。あんなにうまいおにぎりも味噌汁も、お前がいなくなると思ったとたんに食う気を失くしてしまった。お前がたくさん米を食うなら俺はそれ以上に働いて稼ぐ。だから頼む。いなくなるなんて言わないでくれ」
それからしばらくの間かたく抱き合ったまま動かなくなっていた2人ですが、やがて名残惜しそうに身体を離すと、ジョロウグモは穏やかな顔で川辺の菖蒲を見て言いました。
「さっきはこの葉が恐ろしく見えたのですが、今思えば山の神様が私を思いとどまらせようとしてくださったような気がします」
そして男とジョロウグモは仲良く腕を組んで山を下りて行ったのですが、2人は村の人達が広場に集まっているのに気付きました。
「そういえば今日は端午の節句の祭りの日だったな」
2人も広場に行ってみると、そこでは村の人達が餅つきをしていました。男も早速参加して自慢の力で杵をふるい、餅つきを手伝います。そして2人は村の人達と一緒に、仲良くよもぎ餅を食べました。すると、男の目から涙がぽろぽろと零れ落ちます。
「どうしました旦那様。まさか餅を喉に詰まらせたのでは」
男は首を横に振りました。
「仲良く一緒に飯を食べるのが、こんなに嬉しい事だったなんて。俺はなんと大切な事を忘れていたんだ」
それから、男は村のお医者様の所にジョロウグモを連れて行き、彼女の身体に起きた異変に付いて相談しました。
「わしの専門はあくまで人間だ。だから、妖の病についてはよく知らないんだが、話を聞いた限りだと人間で言うアレかもしれんな」
「何という病ですか。どうすれば治りますか。高い薬が要るなら、どれだけかかることになっても必ず金を工面します。だからお願いします。うちの嫁を助けてください」
すると、お医者様はただひと言こう答えました。
「食べづわりじゃ」
そして春も終わりかけ夏に入るかという頃、ジョロウグモは元気な卵をたくさん産みました。その卵からは元気でかわいい子蜘蛛がたくさん生まれ、男の家からは毎日夕方になると、男が美しい妻や可愛い娘達と一緒に囲炉裏を囲んで夕飯を食べながら笑う、楽しそうな声が聞こえてくるようになりました。そしてもちろん夜更けになると、夫婦で仲睦まじく愛を語りあう声や物音が聞こえてきたそうです。
そんなわけでジパングでは今でも、端午の節句の日に菖蒲を軒下に吊るしたり風呂に浮かべたりすると、子宝に恵まれたり子供が健やかに育つと言われているそうです。そのため端午の節句の日を「子どもの日」と呼ぶ人も多いのだとか。
・編者あとがき
ジパングでは先代の魔王様の時代から、人間と婚姻を結び子を成した魔物が存在するという伝承が伝わっており、この話もそうした伝承の1つです。当時の文献に書かれた話では現在の話とは途中からの展開が異なっており、「嫁がジョロウグモだと知った男が一方的に離縁を言い渡そうとしたところ、ジョロウグモが『お前の体に卵を産み付けて子供達の糧にしてやる』と言って男を山に連れ去ろうとする」という内容になっています。また、現在伝わっている話でも地域によって様々なバリエーションがあり、代表的なものとしては「嫁の正体がジョロウグモではなくぬらりひょんで、仲間の魔物娘をたくさん呼んで宴会を開き男の家の食糧を食べつくしてしまうが、その後集まってきた妖の力によって男の家が前よりも繁栄する」「ジョロウグモの正体を知られた嫁が妖術で小さな蜘蛛に化けて天井に隠れてしまうが、朝勃ちした男の姿に誘われて降りてきたため『朝の蜘蛛は縁起がいい』『朝の蜘蛛を潰してはいけない』と伝えられるようになる」といったものが存在します。
18/05/05 00:32更新 / bean