図鑑世界童話全集「猟師とおかみさん」
昔々、ある所に貧しい猟師とおかみさんがおりました。2人はあまりにもお金がないので、夜に自分たちが横になるのがやっとの、家と呼べるかも怪しいような小さく粗末な小屋で暮らしておりました。
ある日、猟師が山へ狩りに出かけますと、前日に仕掛けておいた罠に馬の下半身を持つ魔物娘がかかっておりました。この娘はとても臆病そうな様子でぶるぶる震えており、猟師が近づいてくるのを見るとこう叫びました。
「食べないでください!」
「食べないよ」
猟師は馬の魔物娘の様子があまりにもかわいそうなので思わずそう言い返し、魔物娘に嵌まっていた罠を外してあげました。
「ありがとうございます。お礼として私にできることがありましたら、なんでも仰ってください」
「お礼なんかいいから、また罠にかからないように気をつけて帰るんだよ」
そう言って猟師は馬の魔物娘を山に帰してあげました。
その日の夜、猟師がおかみさんにこの事を話しますと、おかみさんはこう言いました。
「あんたバカだね。こういう時のお礼って言ったら、凄い宝をもらえるとか願い事を叶えてもらえるとかそういうのがお約束じゃないか。『この家をもう少しまともに暮らせる大きさにしてほしい』くらい言ってもよかったのに」
翌朝、目を覚ました猟師がいつものように山に出かけていきますと、昨日馬の魔物娘を助けたところにその娘が立っておりました。ついでに猟師の頭の上ではなぜかまっ黄色の空に緑色の雲が流れておりましたが、なぜか彼はその奇妙な光景を気に留める様子はありません。
「うちのかみさんからこう言われたんだが」
と、猟師が昨夜のことを馬の魔物娘に話しますと、娘は言いました。
「それでは家に帰ってみてください。奥様が仰ったとおりになっているはずです」
猟師が家に帰ってみると、さっきまで夫婦が横になる場所しかない小屋のあった場所に、小さいとはいえまともに生活できそうな大きさの家が建っていました。そばにはそれなりの大きさの菜園まであります。
「願いが叶ってよかったじゃないか」
猟師はおかみさんに言いましたが、おかみさんはそれに納得していない様子でした。
「どうせ願いを叶えてもらえるんだったら、もっと大きい石造りの家が良かったな。ねえ、馬の所にもう1回行ってきてそう頼んでみてよ」
「贅沢言うなよ。そう何度も叶えてくれるわけないだろ」
「だめもとで良いから行ってきなって」
おかみさんに押し切られ、猟師は渋々と再び山に行きました。
「……というわけなんだが、さすがに無理だよな」
猟師が言うと、馬の魔物娘はにっこりと笑って言いました。
「それでは家に帰ってみてください。奥様が仰ったとおりになっているはずです」
猟師が家に帰ってみると、さっきまで小さな家があった場所に、大きな石造りのお城が建っておりました。おかみさんと一緒に入ってみると、大理石を敷いた大広間があり、天井からは水晶のシャンデリアが下がり、金でできた椅子やテーブルが並べてあります。
猟師は大喜びしましたが、おかみさんはうかない顔をしておりました。
「どうした? 願いが叶ったんだ。もっとうれしそうにしていたっていいだろう?」
「よく考えてみたら、家だけでかくてもそれを維持するだけのお金も人もなければ宝の持ち腐れにしかならないよ。馬に頼んで私を貴族にしてもらえないかな」
「さすがにそれは無理があるだろう」
「さっきもそう言っていたけどこうして叶えてもらったじゃないか。また行ってきてよ」
おかみさんに押し切られ、猟師は渋々と再び山に行きました。
「……というわけなんだが、さすがに無理だよな」
猟師が言うと、馬の魔物娘はにっこりと笑って言いました。
「それでは家に帰ってみてください。奥様が仰ったとおりになっているはずです」
猟師が家に帰ってみると、大きな石造りのお城でたくさんの使用人がてきぱきと働き、豪華なドレスを着たおかみさんがあれこれと指示を出しておりました。
「なあ。もうこれで満足だろ。もう俺疲れたよ」
しかし、これでもおかみさんは満足していませんでした。
「ねえ。今度は王様になりたいって頼んでみてよ」
「はあ? 王様? 俺にそんなのが務まるわけじゃないか。俺が知っていることといったら、山で獣を捕まえる方法くらいだぞ」
「あんたがなれとは言ってないよ。私が女王になるんだ。ほら、行ってきな」
「……というわけなんだが、さすがに無理だよな」
猟師が言うと、馬の魔物娘は答えました。
「……ちょっと厳しいかもしれませんが、なんとかします」
「難しいなら無理しなくてもいいんだぞ? かみさんがそういっただけで、元々俺は反対なんだから」
「まあそうおっしゃらずに、家に戻ってみてください」
猟師が家に帰ってみると、大きな石造りのお城が更に大きくなっており、頑丈な壁がぐるりと取り囲んでいて、そこを屈強そうな兵士達が守っておりました。中に入ると、さっきよりも更に豪華なドレスを着たおかみさんが頭に金の大きな王冠を載せております。傍には何人もの侍女が控えておりました。
「なかなか立派に務めているじゃないか。女王陛下ばんざーいってか。ははっ」
もうどうコメントしていいか解らなくなってきた猟師がそう言うと、おかみさんはまだ満足していない様子で言いました。
「王様がこんな贅沢な生活をしているなら、神様はもっとすごいんじゃないかな。神様みたいな生活がしたいって頼んでみてよ」
「おいおい。今度は何言いだすんだよ。あの馬でもさすがにそれは無理だと言うだろ。今までの願いも取り消されるかもしれんぞ」
「いいからお行き。これは女王命令だよ」
こうして再び渋々と敷地を出た猟師ですが、そこで彼はようやく、山道の様子がおかしい事に気づきました。
紫色の空に真っ赤な雲が流れており、すれ違う人々も首が真後ろを向いていたり、死んだはずの人がいると思って話しかけたら「テキストがまだない」としか答えてくれなかったりと不思議な光景ばかりが続きます。
それでも馬の魔物娘の所まで歩いていくと、娘は真っ青な顔で嫌な汗をだらだらと流していました。
「おい。大丈夫か」
「はい。平気……です」
「どう見てもそうは思えんぞ」
「それよりも、奥様がまた何か願いを仰ったんじゃないですか?」
馬の魔物娘の様子に、猟師はおかみさんの言っていたことを伝えるのを躊躇しましたが、結局話してしまいました。ところが、娘は却ってほっとした様子で答えました。
「なあんだ。深刻そうな顔で仰るから何かと思えば。私がどうこうするまでもなく、おふたりは最初から神様も羨ましがりそうな家に住んでいたじゃないですか」
そこで猟師は目を覚まし、がばっと寝床から身体を起こしました。辺りを見回すと、最初にいた2人が横になる場所しかない粗末な小屋に戻っています。
「……夢か」
ここでようやく、猟師は事実を悟りました。
「そりゃそうだよな。いきなりうちがでっかい城になっていたり、山の中が変な景色になっていたり、そんなのが現実に起こるわけないよな」
そして彼は苦笑いしながら小屋の外を見ましたが、そこで再び違和感を覚えました。満月の晩のはずなのに妙に外が暗く、空気もやけにどんよりしているのです。
その時、何かがいきなり猟師の身体に覆いかぶさり、彼を床に押さえつけてきます。それはさっきまで隣で寝ていたはずのおかみさんでした。
「おい。どうしたんだ」
おかみさんは妙に荒い息を吐きながら答えます。
「さっき夢の中で黒い翼をもった天使が舞い降りてきたと思ったらね、大きな家もお金も権力も急に欲しく無くなったんだよ。それよりもあんたが欲しい。あんたの精子が欲しくて、さっきから身体が疼いて疼いて止まらないんだよ」
おかみさんは猟師に馬乗りになったまま、夫の服を剥ぎ取っていきます。その頭にはダークプリーストの角が、腰には黒い羽根と尻尾が生え、耳はピンと尖っておりました。
こうして猟師とおかみさんは、堕落した神の教団の信者であったナイトメアの手により、万魔殿へと導かれたのでした。そして2人はそれからずっと、夫婦が交わるのに必要なスペースだけのシンプルな住処で交わり続け、これには堕落神様も羨ましがったとかいなかったとか。
・編者あとがき
「堕落した神の教団」に属する魔物娘といえばダークプリーストやダークエンジェル、ダークヴァルキリーなどが有名ですが、それ以外の種族の魔物娘にも教団の信者は存在しています。また、そうした信者の場合でも堕落神の加護により、ダークプリーストと同様に万魔殿への出入りや他の夫婦を万魔殿へ導く事は可能とされているそうです。
ある日、猟師が山へ狩りに出かけますと、前日に仕掛けておいた罠に馬の下半身を持つ魔物娘がかかっておりました。この娘はとても臆病そうな様子でぶるぶる震えており、猟師が近づいてくるのを見るとこう叫びました。
「食べないでください!」
「食べないよ」
猟師は馬の魔物娘の様子があまりにもかわいそうなので思わずそう言い返し、魔物娘に嵌まっていた罠を外してあげました。
「ありがとうございます。お礼として私にできることがありましたら、なんでも仰ってください」
「お礼なんかいいから、また罠にかからないように気をつけて帰るんだよ」
そう言って猟師は馬の魔物娘を山に帰してあげました。
その日の夜、猟師がおかみさんにこの事を話しますと、おかみさんはこう言いました。
「あんたバカだね。こういう時のお礼って言ったら、凄い宝をもらえるとか願い事を叶えてもらえるとかそういうのがお約束じゃないか。『この家をもう少しまともに暮らせる大きさにしてほしい』くらい言ってもよかったのに」
翌朝、目を覚ました猟師がいつものように山に出かけていきますと、昨日馬の魔物娘を助けたところにその娘が立っておりました。ついでに猟師の頭の上ではなぜかまっ黄色の空に緑色の雲が流れておりましたが、なぜか彼はその奇妙な光景を気に留める様子はありません。
「うちのかみさんからこう言われたんだが」
と、猟師が昨夜のことを馬の魔物娘に話しますと、娘は言いました。
「それでは家に帰ってみてください。奥様が仰ったとおりになっているはずです」
猟師が家に帰ってみると、さっきまで夫婦が横になる場所しかない小屋のあった場所に、小さいとはいえまともに生活できそうな大きさの家が建っていました。そばにはそれなりの大きさの菜園まであります。
「願いが叶ってよかったじゃないか」
猟師はおかみさんに言いましたが、おかみさんはそれに納得していない様子でした。
「どうせ願いを叶えてもらえるんだったら、もっと大きい石造りの家が良かったな。ねえ、馬の所にもう1回行ってきてそう頼んでみてよ」
「贅沢言うなよ。そう何度も叶えてくれるわけないだろ」
「だめもとで良いから行ってきなって」
おかみさんに押し切られ、猟師は渋々と再び山に行きました。
「……というわけなんだが、さすがに無理だよな」
猟師が言うと、馬の魔物娘はにっこりと笑って言いました。
「それでは家に帰ってみてください。奥様が仰ったとおりになっているはずです」
猟師が家に帰ってみると、さっきまで小さな家があった場所に、大きな石造りのお城が建っておりました。おかみさんと一緒に入ってみると、大理石を敷いた大広間があり、天井からは水晶のシャンデリアが下がり、金でできた椅子やテーブルが並べてあります。
猟師は大喜びしましたが、おかみさんはうかない顔をしておりました。
「どうした? 願いが叶ったんだ。もっとうれしそうにしていたっていいだろう?」
「よく考えてみたら、家だけでかくてもそれを維持するだけのお金も人もなければ宝の持ち腐れにしかならないよ。馬に頼んで私を貴族にしてもらえないかな」
「さすがにそれは無理があるだろう」
「さっきもそう言っていたけどこうして叶えてもらったじゃないか。また行ってきてよ」
おかみさんに押し切られ、猟師は渋々と再び山に行きました。
「……というわけなんだが、さすがに無理だよな」
猟師が言うと、馬の魔物娘はにっこりと笑って言いました。
「それでは家に帰ってみてください。奥様が仰ったとおりになっているはずです」
猟師が家に帰ってみると、大きな石造りのお城でたくさんの使用人がてきぱきと働き、豪華なドレスを着たおかみさんがあれこれと指示を出しておりました。
「なあ。もうこれで満足だろ。もう俺疲れたよ」
しかし、これでもおかみさんは満足していませんでした。
「ねえ。今度は王様になりたいって頼んでみてよ」
「はあ? 王様? 俺にそんなのが務まるわけじゃないか。俺が知っていることといったら、山で獣を捕まえる方法くらいだぞ」
「あんたがなれとは言ってないよ。私が女王になるんだ。ほら、行ってきな」
「……というわけなんだが、さすがに無理だよな」
猟師が言うと、馬の魔物娘は答えました。
「……ちょっと厳しいかもしれませんが、なんとかします」
「難しいなら無理しなくてもいいんだぞ? かみさんがそういっただけで、元々俺は反対なんだから」
「まあそうおっしゃらずに、家に戻ってみてください」
猟師が家に帰ってみると、大きな石造りのお城が更に大きくなっており、頑丈な壁がぐるりと取り囲んでいて、そこを屈強そうな兵士達が守っておりました。中に入ると、さっきよりも更に豪華なドレスを着たおかみさんが頭に金の大きな王冠を載せております。傍には何人もの侍女が控えておりました。
「なかなか立派に務めているじゃないか。女王陛下ばんざーいってか。ははっ」
もうどうコメントしていいか解らなくなってきた猟師がそう言うと、おかみさんはまだ満足していない様子で言いました。
「王様がこんな贅沢な生活をしているなら、神様はもっとすごいんじゃないかな。神様みたいな生活がしたいって頼んでみてよ」
「おいおい。今度は何言いだすんだよ。あの馬でもさすがにそれは無理だと言うだろ。今までの願いも取り消されるかもしれんぞ」
「いいからお行き。これは女王命令だよ」
こうして再び渋々と敷地を出た猟師ですが、そこで彼はようやく、山道の様子がおかしい事に気づきました。
紫色の空に真っ赤な雲が流れており、すれ違う人々も首が真後ろを向いていたり、死んだはずの人がいると思って話しかけたら「テキストがまだない」としか答えてくれなかったりと不思議な光景ばかりが続きます。
それでも馬の魔物娘の所まで歩いていくと、娘は真っ青な顔で嫌な汗をだらだらと流していました。
「おい。大丈夫か」
「はい。平気……です」
「どう見てもそうは思えんぞ」
「それよりも、奥様がまた何か願いを仰ったんじゃないですか?」
馬の魔物娘の様子に、猟師はおかみさんの言っていたことを伝えるのを躊躇しましたが、結局話してしまいました。ところが、娘は却ってほっとした様子で答えました。
「なあんだ。深刻そうな顔で仰るから何かと思えば。私がどうこうするまでもなく、おふたりは最初から神様も羨ましがりそうな家に住んでいたじゃないですか」
そこで猟師は目を覚まし、がばっと寝床から身体を起こしました。辺りを見回すと、最初にいた2人が横になる場所しかない粗末な小屋に戻っています。
「……夢か」
ここでようやく、猟師は事実を悟りました。
「そりゃそうだよな。いきなりうちがでっかい城になっていたり、山の中が変な景色になっていたり、そんなのが現実に起こるわけないよな」
そして彼は苦笑いしながら小屋の外を見ましたが、そこで再び違和感を覚えました。満月の晩のはずなのに妙に外が暗く、空気もやけにどんよりしているのです。
その時、何かがいきなり猟師の身体に覆いかぶさり、彼を床に押さえつけてきます。それはさっきまで隣で寝ていたはずのおかみさんでした。
「おい。どうしたんだ」
おかみさんは妙に荒い息を吐きながら答えます。
「さっき夢の中で黒い翼をもった天使が舞い降りてきたと思ったらね、大きな家もお金も権力も急に欲しく無くなったんだよ。それよりもあんたが欲しい。あんたの精子が欲しくて、さっきから身体が疼いて疼いて止まらないんだよ」
おかみさんは猟師に馬乗りになったまま、夫の服を剥ぎ取っていきます。その頭にはダークプリーストの角が、腰には黒い羽根と尻尾が生え、耳はピンと尖っておりました。
こうして猟師とおかみさんは、堕落した神の教団の信者であったナイトメアの手により、万魔殿へと導かれたのでした。そして2人はそれからずっと、夫婦が交わるのに必要なスペースだけのシンプルな住処で交わり続け、これには堕落神様も羨ましがったとかいなかったとか。
・編者あとがき
「堕落した神の教団」に属する魔物娘といえばダークプリーストやダークエンジェル、ダークヴァルキリーなどが有名ですが、それ以外の種族の魔物娘にも教団の信者は存在しています。また、そうした信者の場合でも堕落神の加護により、ダークプリーストと同様に万魔殿への出入りや他の夫婦を万魔殿へ導く事は可能とされているそうです。
18/04/11 21:36更新 / bean