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図鑑世界童話全集「かぐや姫」
 昔々、ジパングのある小さな国に、竹やぶで取ってきた竹で色々な物を作って生計を立てているおじいさんとおばあさんがおりました。2人は流行り病で息子夫婦を亡くし、彼らが遺したかわいらしい孫娘を我が子のように育てておりました。
 おじいさんが竹を取りに行くのに付いてきた孫娘が遊んでいると、それだけで竹やぶの中が光り輝いて見えるという事で、ある偉いお坊さんがこの孫娘に「なよ竹のかぐや姫」と名前を付けました。
 おじいさんの作った物をかぐや姫がおばあさんに代わって市に売りに行くようになると、かぐや姫の美しさは国じゅうの評判となり、彼女を一目見ようと集まってきた人々がおじいさんの竹細工を買っていくので、以前は貧しかった彼らの暮らし向きも豊かなものになっていきました。




 ところでジパングでは「夜這い」という慣習があり、男の人が女の人の家に夜中に遊びに行って(色々な意味で)仲良くなったりするのですが、かぐや姫が結婚できる年頃になると、国じゅうの男の人達がぜひ自分の奥さんになって欲しいとひっきりなしに押しかけてくるようになりました。しかし、どういうわけかかぐや姫はどれだけかっこいい人やお金持ちの人がやってきても首を縦に振りません。
 この国の役人でも特に身分の高く容姿も優れた5人の人達が特に何度断っても諦めずに求婚にやってくるのを見ると、かぐや姫は彼らにこう言いました。
「これから私が申し上げる宝物を持ってきてくださった方を私の旦那様にいたしましょう」
 そしてかぐや姫は石つくりの皇子(みこ)には「仏の御石の鉢」、倉持の皇子には「蓬莱の玉の枝」、阿部の御主人(みうし)には「火鼠の衣」、大伴御行(おおとものみゆき)には「竜の首の珠」、石上麻呂足(いそのかみのまろたり)には「烏の子安貝」を持ってくるように言いました。どれも遠い国の宝物や書物の記述でしか見たことのない宝物ばかりです。
 自分のような身分の低い家の者と結婚するのにこのような難しい品を要求されるのでは割に合わないと思って彼らも諦めるだろう、というのがかぐや姫の狙いでしたが、姫の予想に反し、5人ともなんとしても言われた宝物を手にしてかぐや姫と結婚するのだと息巻いていました。

 まず石つくりの皇子ですが、彼が要求された「仏の御石の鉢」というのはある神様が作り出した世界に1つしかないという特別な鉢で、見た目は灰色の石で出来たみすぼらしい鉢でしかないはずなのに青白い神秘的な光を放っているという噂でした。
「所詮相手は貧しい竹取の家に生まれた娘。それらしい形の鉢をそれらしく包んで持っていけば言いくるめられるだろう」
 そう考えた石つくりの皇子は「仏の御石の鉢を探しに行く」と嘘をついてしばらく身を隠し、そこらの廃寺に忍び込んで拾ってきた粗末な石の鉢を綺麗な綿で包んで持ってきました。当然かぐや姫はこう指摘します。
「はて。これが本当に仏の御石の鉢でしたら、神秘的な光を放っているはずですが」
 すると石つくりの皇子はこう言い繕いました。
「かぐや姫があまりにも美しく輝いているので、この鉢も自分が見劣りすると恥ずかしがっているのです」
 その時、部屋の襖が勢いよく開いたかと思うと、1人の白蛇が非常に怒った様子で入ってきました。
「旦那様。私という者がありながら他の女に手を出そうとなさるとは」
 石つくりの皇子は慌てて首を横に振りました。
「知らん。お前のような者と結婚した覚えはない。それどころか指1本触れた覚えも無いぞ」
「何をおっしゃいます。廃寺をねぐらにしていた私の元に夜這いしに来てくださったではありませんか」
「お、俺は石の鉢を取りに行っただけだ」
 実際、彼は鉢を盗みに入った時に白蛇が寝ている横を素通りしただけでした。しかし、白蛇は聞く耳を持ちません。
「お戯れを。貴方のようなお金持ちの方が何の変哲もない石の鉢など拾って何の得がありましょう。私には解っています。あれは私の元に来てくださるための口実だったのでしょう?」
 白蛇という魔物娘はジパングに住む妖の中でもこれと決めた男の人に対しては特に執念深いところがあります。加えて、この白蛇は非常に思い込みの激しいところがありました。
 石つくりの皇子と白蛇のやり取りを見て、かぐや姫は彼に言いました。
「これほどまでに美しく熱心に追いかけてきてくださるような奥方様がいらっしゃるとは。私のような下賤な者の入る隙間などありませんね」
「かぐや姫、待ってください! どうか私の話を聞いてください」
「では、ごきげんよう」
 かぐや姫は白蛇の方に微笑んで手を振ると、石つくりの皇子が喚く声を無視して静かに去っていきます。その後ろで、青白い光を放つ鉢を持ってくるはずだった男は自身が青白い魔力の炎に焼かれました。

 次に倉持の皇子ですが、彼が要求された「蓬莱の玉の枝」というのは東の海に存在すると噂される幻の島にあるという植物で、枝は黄金、根は白金、実は宝石で出来ているという代物です。
 植物どころかそれがあるという島そのものが本当に存在するのか、そして存在するとしてもどうすれば行けるのか誰にも解りません。
 どうすればいいのか悩んでいると、倉持の皇子の家にある商人がやってきて言いました。
「私には腕のいい職人達のつてがあります。私が申し上げる金額を払ってくださるのでしたら、すぐにでも精巧な玉の枝の偽物を彼らに作らせましょう」
 それを聞いた倉持の皇子は大喜びしましたが、この商人が人間に化けた刑部狸だと気づくのが遅すぎました。この刑部狸が3年かけてようやく完成した玉の枝を「持参金」として持ってくる頃には、倉持の皇子が持っていた家も土地も財産も、それどころか彼の貞操までもが刑部狸の物になってしまっていました。

 次に阿部の御主人ですが、彼は自分が要求された「火鼠の衣」について遠い異国の地で手に入る物らしいという事しか知らなかったので部下達に命じました。
「『火鼠の衣』についてどんな物か調べて手に入れろ。どれだけの大金が必要になろうが金に糸目は付けん」
 しばらくして、部下の1人が帰ってきてこう報告しました。
「方々で聞いて回ったのですが、『火鼠の衣』というのは金を積んで手に入る物ではありません。霧の大陸に住み拳法を得意とする火鼠という魔物に試合を挑み、勝利してその実力を認められた者にだけ与えられる物だそうです。それも噂では与えられた人間が他の者に譲る事も難しいのだとか」
 それを聞いた阿部の御主人は自ら険しい海を越えて霧の大陸に渡り、1から拳法を学んで火鼠に戦いを挑みました。もちろんそれは生易しい道ではありませんでしたが、かぐや姫から条件を言い渡されて3年もの月日が過ぎた頃、ようやく彼は火鼠との何十何百もの激しい戦いの末に勝利を手にしました。
「かぐや姫と結婚するためにそこまでしてくださるような情熱的な方なら、きっとあの娘を幸せにしてくださるだろう」
 噂を聞いた竹取のおじいさんとおばあさんは大喜びしましたが、阿部の御主人は火鼠と何度も拳を交わすうちに当初の目的を忘れて彼女と意気投合し、火鼠と結婚して夫婦で拳の道を究める事を決意してしまいます。これにはおじいさんとおばあさんもがっくりと肩を落とし、かぐや姫だけは嬉しそうな顔で2人の門出を祝う和歌(編注:これはジパングの言葉で31文字で綴られる短い詩の事です)を詠みました。

 次に大伴御行ですが、彼が要求された「竜の首の珠」というのはドラゴニアという遠い国で「ドラゴンオーブ」という名前で土産物として売られている宝珠でした。
 土産物として売られている事からも解る通り現地ではそれほど珍しい品ではないのですが、大伴がいるのはそこから遠く離れたジパング。容易に手に入る物ではありません。
「なんとしても竜の首の珠を手に入れろ。持ってきた奴には望むままに好きな褒美を与えてやる」
 大伴御行はそう言って部下達を送り出しましたが、大半の者は「なぜ竹取の家の娘なんぞとの結婚にそこまでせにゃならんのだ」とぼやき、出かけたふりをして主人から姿を隠してしまいました。
 そうとは知らない大伴がかぐや姫との新居として立派な御殿を建てさせて部下の吉報を今か今かと待っておりますと、彼の命令に真面目に従った数少ない部下の1人が宝珠を携えて戻ってきました。
「龍を祀っている社に奉納されていた物をこっそり忍び込んで失敬して参りました」
「おお、ついに手に入ったか。よくやった」
 大伴は部下を褒めちぎります。そして彼が宝珠を手にした時、突然辺りの空を分厚い暗雲が覆いました。雲の隙間から龍が舞い降りてきます。それは大伴の部下が宝珠を盗み出した社の龍でした。龍は震えながら空を見上げる大伴と彼の手に納まる無色に透き通った宝珠を目に留めると、嬉しそうに彼に飛び掛かりました。
「坊や、良い子だ。ねんねしな!」
 実はこの「竜の首の珠」は竜の魔物が夫との交わりで生じた魔力を込めて色を付けた物を身に付ける事で2人が既婚者である事の証にするという代物であり、まだ色の付いていない透明な宝珠を独身の男性が持つことは竜の魔物に対して求婚に応じる事を意味するのでした。
 それでも龍は本来積極的に男の人を襲ったりしない温厚な種族なのですが、長年に渡って夫となってくれる相手が見つからずにすっかり飢えていたこの龍は色男である大伴が結婚してくれると思った事で半狂乱になり、「おなごの白無垢(編注:これはジパングの結婚式で新婦が着る晴れ着です)の下着が欲しいならくれてやる!」等と意味不明な事を喚きながら大伴を押し倒します。
 彼は逃げようともがきましたが長い身体を巻き付けてくる高位の魔物に逆らえるはずもなく、男日照りで乾いた龍の身体を新鮮な精で潤すことになりました。

 最後に石上麻呂足ですが、彼が要求された「烏の子安貝」というのは安産祈願に効き目のあるというお守りで、カラステングという魔物娘の住処にあると言われています。
 こう言われると今までの宝物と比べて簡単そうにも聞こえますが、カラステングというのは普段山に籠って修行をし、発情期になると自分達から人里に降りてきて夫探しをするので彼女達の夫でない限りこの魔物娘がどこに住んでいるのかよく知られていません。
 石上も今までの男たちのように部下に方々を調べさせ、とある山奥にカラステングの巣があるという噂を聞きつけた石上は自らその山へと分け入っていきました。
 ところが、そこに巣を構えているのはカラステングではなく異国からやってきたブラックハーピィというよく似た魔物娘でした。しかもこの種族は鳥の妖の中でもとりわけ凶暴で、発情期でなくても気に入った男性がいればすぐさま巣に連れ去ってしまうという習性があります。
 石上は山の中腹でブラックハーピィの群れにさらわれ、その後彼が人里に姿を見せる事はありませんでした。




 こうしてかぐや姫は求婚者達の誰とも結婚しなかった訳ですが、竹取のおじいさんがかぐや姫に尋ねました。
「かぐや姫よ、どうしてそんなに殿方との結婚を拒むのだ。顔も身分も素晴らしい方達ばかりだったじゃないか。わしもばあさんもこの先何年生きられるのか解らないし、あの世に行く前にお前の晴れ姿を見せて安心させてくれんか」
 すると、それを聞いたかぐや姫は大声でわっと泣きだしました。
「ごめんなさいおじいさん。でもこの理由だけは申し上げる事が出来ません。もし私がこのような事をする理由が世間に知られれば、私は人からも妖からも同じ世に住む者ではないもの、それこそ月からでも来たもののように見られるかもしれないのです」
 謎めいた言葉におじいさんは戸惑いましたが、あまりにも悲しそうに泣きじゃくるのでそれ以上追求する事が出来ませんでした。

 それからしばらく経った頃、かぐや姫の住む国で最も偉いお殿様がかぐや姫の噂を聞きつけ、ぜひとも自分の妻に迎えたいと使者を送ってきました。
 かぐや姫はもちろんこれもすげなく断ろうとしたわけですが、「これは本来なら貴女のような身分の方に漏らせば最悪首を切られてしまう事なのですが」と前置きして使者がある事をかぐや姫に伝えると、彼女はしばらく考えこみ、こう言いました。
「いきなり結婚の話をお受けするわけには参りませんが、文を交わす事からでよろしいなら考えましょう」

 不思議な事に、そこからは今までどのような男の人との結婚も拒んでいた事が嘘のようにとんとん拍子に話が進み、1年も経たないうちにかぐや姫はお殿様の奥方として迎え入れられました。
 お殿様はよほど夫として誠実で素晴らしい方なのだろうと人々はしきりに噂しましたが、実際にはお殿様との結婚生活は決して良い事ばかりではなく、女の恰好をさせられた稚児が人目をはばかるようにしてお殿様の寝室に入っていくのを女中やかぐや姫本人が目撃したこともあれば、お殿様がいきなり影武者を立てて半年以上もどこかに姿を消し、男の赤ん坊を連れて帰ってきてその赤ん坊をかぐや姫の産んだ子供という事にするというとんでもない事を言い出した事さえありました。
 しかし、かぐや姫はそれにも悲しそうな顔を見せる事はあっても表立って不平を口にする事は一切せず、それどころかお殿様が連れてきた赤ん坊を本当に我が子のように思い、夫の跡取りとして大切に育てました。




 ところでジパングでは家を継ぐのは家主の長男とされており、娘が跡取りとして認められるのは非常に難しい事と言われているのですが、お殿様の跡取りである例の子供を出産したのはお殿様自身であるという事はかぐや姫を含むごく限られた者だけしか知る事を許されない秘密でした。




・編者あとがき
 魔物娘を人間から見て「不思議な存在」として語る民話は国を問わず世界中に数多く存在しますが、この話では男性との結婚を拒むかぐや姫とその男性達に積極的に求婚する魔物娘達との対比を通じて、人間も時に魔物娘から見て「不思議な存在」になり得るという事が示されており、この事を話の主軸に置いた童話は世界中を見ても非常に珍しいものであります。
 ジパングでは魔物が人間を食い殺す存在だった時代から人間の言葉を理解し、人間社会と何らかの形で関わりを持つ魔物(ジパングでは「妖」と呼ばれます)も少なからず存在しており、そうした風土がこのような童話を生み出す背景にあると考えられます。

 また、様々な種族の魔物娘が人間の男性と次々に結ばれていくこの話はジパングでは子供達に人気の高い童話の1つでもあり、寺子屋と呼ばれる学校で子供達に読み書きを教えるのに使われる教本にもこの話が採用されている事が多いようです。
17/12/28 23:30更新 / bean

■作者メッセージ
「最後まで読んだけど結局なぜかぐや姫がお殿様と結婚したのか解らなかった」という方がもしいらっしゃいましたら、このSSに付けられているタグをもう1度見直してみる事をお勧めします。

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