僕をダークプリーストにしてください
「ノエルさん。お願いがあります。僕を貴女と同じ、ダークプリーストにしてください」
「あなたを……ですか?」
窓が全て暗幕に閉ざされ、唯一覆いが掛けられていない天窓から差し込む陽光と祭壇に置かれた燭台の蝋燭のみが内部を照らし出す礼拝堂の中。同年代の子達から「エリー」と呼ばれているその子供の頼みに、ダークプリーストのノエルはたじろいだ。
堕落した神の教団の中でも一部宗派では、主神教団と同様に週に1度安息日を定め、その日は万魔殿に籠っていない信徒達にも労働を休んで伴侶と1日中交わったり、教会で異性との出会いを求める願いや享楽と堕落に満ちた日々への感謝を堕落神に捧げる礼拝を行う事を推奨している。
特にいくつかの宗派では礼拝の後、教会に集まった者達が帰った後も礼拝堂に残っていれば、他に人の目が無い状況でシスターに相談事をする事ができるよう取り計らわれている。そういう時には人払いをして窓の暗幕と戸口の鍵を閉じ、相談の内容が外部に漏れないように配慮する事になっていた。ちなみに相談希望者が複数人いる場合には話し合って(あるいは教会ごとの慣例に従って)対応を決めている。
礼拝には伴侶のいない者達にとっての出会いの場や、他人には話しづらい恋や性の悩みを人知れず聖職者に相談できる機会を提供する意味合いもあった。
そうした宗派に属するある小さな教会では、今日も1人の子供がノエルに相談事をしようと礼拝が終わった後も残っていた。だが自分をダークプリーストにしてほしいという相談、というより依頼はノエルにとって今まで受けてきた相談の中でもとびきり意外性のある内容であった。
といっても、こうした頼みを受ける事自体はこれが初めてではない。
ノエルの赴任している教会のある村は8年も前からの親魔物領であり、正式な信徒はまだ少なくともそれ以外で堕落神の信仰に感化される者はぽつぽつと存在している。
人間の女性で自らダークプリーストになる事を望む者が現れる事もたまにあり、実際ノエルはほんの1週間前にも1人の女性を自分と同じ道へと導いたばかりだ。
しかし、今回は少々事情が異なる。
今ノエルに自分を魔物化させるよう頼んできたエリー、本名エリオットは小柄でまだ子供っぽさの残る体つきにおかっぱ頭という風貌だが、れっきとした男性なのだ。
「とりあえず詳しいわけをお聞きしてもよろしいでしょうか」
ノエルがそう切り出すと、エリオットは話し辛そうにしばし俯いたが、意を決してその口を開いた。
「僕、前からずっと好きだった人がいるんです。でも、この前その人が女の人とその……仲良くしている所を見てしまって」
「なるほど。話は大体わかりました」
エリオットの話をそこまで聞いたノエルは大体の事情を察した。エリオットが好意を寄せる相手というのは、おそらく男性なのだろうと。魔物娘の価値観では浮気は最も忌むべき物の一つだが、女性の伴侶を持つ男性が互いの合意を前提として他の女性とも結ばれることに関してはその限りではない。エリオットもそういう立場を望んでいるのだろうか。
(そういえば、アルプという特殊な魔物娘が存在すると噂に聞いたことがありますね)
人間の男性は「精」と呼ばれる生命エネルギーを精製する力を持っており、現在の魔物娘はこれを糧とする。そして男性が魔物娘との交わりを繰り返すと、その体は精の精製能力が強化された「インキュバス」に変化するのが通常である。しかし、「女性になりたい」「男性と結ばれたい」といった想いが強い男性の場合、女性が魔物娘と交わった場合と同様に精やその精製能力を失い、アルプというサキュバスになってしまうのだという。
考えてみれば、ダークプリーストもサキュバスの一種。噂が正しければ自分にも同じ事が可能であったとしてもおかしくはない。ノエルはそう結論付けた。
(それに、来る者は拒まずというのも堕落神様の教え。やり方が解らないからとここで諦めるよりは思いつく方法を試してみる方が、堕落神の思し召しに添えるでしょう)
「解りました。しかし、今から私が行う事によって貴方が確実にダークプリーストになれるという保障はありませんし、もしかしたら貴方にとって苦痛に感じる事もあるかもしれません。その時はいつでも仰ってください」
自分はあくまで想い人と結ばれるための手助けをする立場だけに、相手の快楽を一番に考える。ノエルが人間の女性を同族に変える時に最も心がけていた事であり、それは今回も同様であった。
(とは言ったものの、具体的にはどうすればいいのでしょうか)
噂の通りなら、人間の女性をダークプリーストに変えた時と理屈は同じはず。相手の肉体が持つ精を吐き出させ、代わりに魔物娘の魔力を与える。だったらやり方も同じものから試した方がいいだろう。
「ちょっと失礼しますね」
一言断ると、ノエルはエリオットの前にしゃがんでズボンの腰に手をかけ、下着ごと一気にずり下ろした。「あっ」という小さな悲鳴と共に、彼の男性器がノエルの眼前に顕わになる。エリオットは女性が相手では起たないのではないかとノエルは少し心配していたが、ソレはひくひくと震えながら健気に頭を持ち上げており、どうやら取り越し苦労だったようだ。
(それにこの精の香り。やっぱり女の人とは全然違いますね)
早くも鼻腔を刺激する精の香りにノエルが思わずすんすんと鼻をひくつかせながらしばし陶酔していると、エリオットは顔を真っ赤にしながら消えそうな声で抗議した。
「ちょ、あんまり嗅がないでください」
「おっと、すみません。それじゃ、早速始めますね」
そう言うが早いか、ノエルは歯を立てないように気を付けながらも、エリオットの小柄な体型と比べると少し大きめに見える逸物にぱくりと食いついた。実はノエルは今まで人間の女性をダークプリーストに変える時には、極力手や尻尾での愛撫に留めるようにしていたのだが――やはりそれ以上の行為は相手も想いを寄せる男性に取っておきたいだろうという考えがあったし、実際ノエル自身もそういう事は自分が伴侶にしたいと思える相手と初めて行いたいと考えていた――そこは魔物娘の中でも積極的な堕落と欲望の解放を唱え、快楽のルーンをその身に刻むダークプリーストのこと。エリオットの精を嗅覚で感じた時から、その理性は脆くも崩れ始めていた。
「ふふっ、ろうれすか。ひもひいいれひょう」
「あ。いや、喋らないで」
エリオットの悶える声に僅かな嗜虐心も感じながら、ノエルは上目づかいで彼の表情を伺う。魔物娘の本能がなせる業か、ノエルは初めて行うフェラでありながら早くもエリオットを快楽の頂へと導きつつあった。
「待って。もう、出ちゃう……」
「ひやれふか?ひやならひゃめてもひいんれふよ?」
嫌なら止めてもいい。ノエルの意地悪な言葉に、エリオットはまるで彼の性器から顔を離す事を拒むように、反射的に両手でノエルの頭を掴んだ。そしてズボンを下ろした時と同じようにエリオットが小さな悲鳴を上げ、ノエルの頭を掴む手に更に力が籠ったかと思うと、どぷっという音が聞こえてきそうな勢いでおもむろに射精が始まった。
(ああ、すごい。量も、濃さも、熱さも、勢いも、粘り気も、頭に突き抜ける生臭いこの香りも、全部が想像以上)
エリオットの陰茎が舌の上で跳ねながら、喉の奥に叩きつけるように精液を吐きだしていく。人間ならえずいたり気道に精液が入って咽たりしてもおかしくなさそうな所だが、ノエルは頭の中まで快感で真っ白に染まったまま、苦も無く精液を嚥下していった。長い射精がようやく収まってからも、ノエルは尿道に残った分まで飲み尽くさんばかりに吸い上げ、ちゅぽんと音がしそうな勢いで口を離す。
それから2人はお互い熱に浮かされた表情でほう、と息を吐いた。エリオットは放心したように呟く。
「何これ。自分でするのと、全然違う」
(やっぱり、エリオットは自分でしたことがあったんですね)
女性になりたいと願いながらも、男性にしかない器官がもたらす快楽の誘惑に負けて自慰に耽るエリオットの姿が想像に浮かび、ノエルは口の端が釣り上がるのを感じた。ついでに吸い上げきれずに口から垂れる精液を右手の人差し指で拭い、ちろちろと煽情的な音をわざと立てながらなめとっていく。
その姿を見て自分の失言に気づいたのか、エリオットは気恥ずかし気に顔を背けた。
(さて、女性の方と同じなら早ければそろそろ変化があってもいいのですが)
そう思いながら、ノエルはエリオットの体を観察する。ダークプリーストの大きな特徴である尻尾――は正面からではよく解らないが角や羽が生えてくる様子はまだ見られない。先ほど精を盛大に吐き出した男性器も消失する様子は見られず、むしろまだ出し足りないと言わんばかりにぴくりぴくりと震えながら再び頭を天井に向け始めていた。
(これは、もっともっと精を吐き出させる必要がありそうですね)
冷静な判断が5分、更なる行為への口実を得た歓喜が9割5分くらいの思考でそう考えると、ノエルはエリオットの名前を呼んだ。そして自分の方を向いた彼に見せつけるように修道服のスリットに手を入れ、自らの下半身を覆う下着をゆっくりと下ろしていく。
空気に触れた女性器の冷たい感覚に、そこが既に充分に濡れている事をノエルは悟った。
「さあ、本番はここからですよ。エリオットにはさっきの精液をもっともっと吐きだしてもらいます」
「そ、それで僕はダークプリーストになれるんですか?」
「はい。これはエリオットが男の子であるという証。エリオットがこれを出し切った時、本当に女の子になりたいと思っていたならば、貴方の体はダークプリーストに変わるはずです」
本当の所を言えばノエル自身にも確証があるわけでは無かったが、彼女は断言した。
ノエルはエリオットを下半身裸の状態で礼拝堂の椅子に仰向けで寝転がらせると、屹立する物の上に陣取るように跨った。ただでさえ部屋が薄暗い上に、ノエルの修道服の前掛け部分が邪魔になっていて、互いの下腹部は全く見えない状態になっているが、ノエルは左手を愛液のしたたる自身の秘所へと正確に添えて開きつつ、右手でエリオットの陰茎を摘んだ。その先端を自分の膣口に合わせるような形でゆっくりと腰を下ろしていく。つぷり、と粘膜がかすかに触れ合うとそれだけでノエルの全身に快感が走った。エリオットの表情にも同様に快楽の色が一瞬現れたが、その感覚に戸惑いを隠しきれない様子だった。
「えっ? な、何?」
「怖がらなくてもいいですよ。こうすれば、体の中の『男の子』をさっきよりもたくさん吐きだせるはずです」
そこからノエルは意を決し、腰を一気に落とした。今度は体の中が大きく裂かれるような感触と、鋭い痛みが彼女を襲う。
「つっ……うう」
「ノエルさん、どうしたんですか?」
「大丈夫、大丈夫です」
不安そうな顔でこちらを覗きこむエリオットを安心させようと、ノエルはうわ言のように繰り返しながら、右手をそっと差し出してエリオットの髪に触れた。実際、魔物娘の特性からか痛みは長くノエルを苛み続ける事も無くすぐに引き、目の前の可愛らしい少年と交われた喜びの感情がそれを押し流していく。
むしろ痛みに驚いて体の動きを止めた事と反射的に膣が収縮したことで、ノエルには膣内に咥え込んだエリオットの肉棒のわずかな脈動がはっきりと感じ取れた。
(ああ、エリオットの鼓動が私の体の中に響いてる。本当にエリオットと1つになったんですね)
ノエルはうっとりとした表情で、腰を上下に動かし始めた。静かな礼拝堂に、2人の喘ぎ声と淫らな水音が広がる。
「ノエル、さん、そんな、はげし」
さっき思いっ切り射精したばかりとはいえ相手は人間の子供で、加えてこれが初体験。エリオットの表情と肉棒の感触から、ノエルは彼が早くも再び射精感を覚えるのを感じ取った。エリオットは苦し気にしながらも、どうにか言葉を絞り出す。
「ノエルさん……また、出ます。抜いて、ください」
その言葉にノエルは微笑み、腰の動きを速くする。
「そんな。中で、出したら、赤ちゃん、できちゃうって」
親魔物領な上に堕落神の信徒の影響も大きいこの村では、望まない魔物との性交渉を少しでも避けられるようにする意味もあり、人間の子供たちに対しても反魔物領では考えられないほどオープンな性教育が行われている。声変りが終わりきっていない年頃のエリオットでも、自分達が今行っている事がもたらしうる結果については充分な知識があった。
ノエルはそんなエリオットと繋がった体勢のまま、上半身を屈めて唇を彼の耳に近づけ、情欲の籠った声で囁く。
「構いません。赤ちゃんができたら……んっ、責任っ、取ります。だから、私のナカに、たくさん、ください」
それは最早、愛しい雄への懇願であった。その言葉が引き金になったかのように、ノエルの膣内でエリオットの射精が始まる。
「あ、ああ、熱い。……まだ、出てる」
待ち望んでいた物が子宮に叩きつけられる感触に、ノエルの意識も絶頂へと押し上げられた。口で精液を受け止めた時よりも更に膨大な快感がノエルを襲う。長い射精が収まった後も、2人ともしばらく動くことすらままならずに荒い息を吐いていた。しかしそこは人間と魔物の差か、ノエルの方がいち早く立ち直って上半身を起こす。そして自らの下腹部をさすり、エリオットの精が体中に染み渡っていく感触を楽しんだ。
「ふふっ、いっぱい出ましたね」
(それにしても、こんな立派なおちんちんももう無くなってしまうと思うと、エリオットには悪いけどちょっと名残惜しい気もしますね……おや?)
立て続けに2度も射精してぐったりしているにもかかわらず、ノエルの予想に反し、エリオットの体がダークプリーストに変化する様子は一向に見られなかった。ノエルの処女を奪い、未だに彼女の膣内に留まっている陰茎も、消失するどころか再び硬さを持ち始めでいる。
エリオットもノエルの様子に気づいたのか、不安そうな目で彼女の顔を見上げた。ノエルは慌てて取り繕う。
「だ、大丈夫ですエリオット。もっと、もっとたくさん精を吐きだせば、きっとダークプリーストになれるはずです」
この言葉は弁解か、それともこれからの行為への口実か。それはノエル自身にもよく解らなかった。
窓を覆う暗幕の向こうから聞こえてくる、目を覚ました鳥たちの声をぼんやりと聞きながら、長椅子の上でノエルは気だるそうに目を開けた。辺りにはむせ返りそうな性の匂いが充満し、それを吸い込むだけでもノエルの頭はくらくらする。天井を見上げれば天窓から朝の光が目に入り、祭壇を見ればそこに置かれた燭台の蝋燭はとっくに燃え尽きていた。
それから彼女は自分と互いに一糸まとわぬ状態で抱き合ったまま眠る少年の、安らかな寝顔を見て微笑んだ。
「こうして顔だけ見ていると女の子みたいなのに、あんなに立派な物を持っているなんて」
ノエルは自分の胸中にエリオットへの愛おしさが広がっていくのを感じ、その感情を抱きしめるかのように再びゆっくりと目を閉じた。――それからようやく頭が覚醒し始め、彼女は真っ青な顔で再び目を開いた。
(そうでした。私はエリオットをダークプリーストに変えてさしあげるはずでしたのに)
エリスは昨日の記憶を必死に辿った。騎乗位で互いの初めてを捧げた後、もっと密着した体勢でと対面座位で1回、エリオットも自分で動いてみたいだろうと正常位で1回、それからエリオットの欲望のままに犯されてみたくなって、長椅子の背もたれに手を付いた状態での立ちバックで1回した所までは覚えている。だがそこから先の記憶は曖昧になっており、魔物娘の本能に従い、1匹の雌としてひたすらに目の前の雄を求めていた事しか思い出せない。
そしてエリオットの頭を見ると未だに角が生えている様子はなく、ノエルのお腹には眠っている間に再び硬くなり始めたエリオットのモノが当たっていた。
ノエルがエリオットを抱きしめた体制のまま硬直していると、そうこうしている間にエリオットも目を覚ました。
「んぅ、ノエルさん?……あ」
彼も寝ぼけた表情で目を開き、そこから先ほどのノエルと同じように頭が覚醒して昨日の顛末を思い出しているのが見て取れた。
2人はお互い気まずそうな表情で体を離し、床に散らばった服を拾い集める余裕さえなく全裸のまま長椅子の両端に離れて座る。それからエリオットも自分の体を見下ろして落胆した。
「も、もしかしたらやり方が間違っていたのかもしれません。私も詳しい方に聞いてみたり自分で調べたりしてみます」
ノエルはこうなった原因が解らないという口調を装ったが、心の中では既に見当を付けていた。彼女はエリオットをダークプリーストに変えてあげるどころか、魔物娘として自分の雄にしたい、エリオットから雄としての欲望をぶつけられたいという衝動に駆られていた。それが無意識にエリオットの魔物化を抑え込んでしまったのかもしれない。彼女はそう考えていた。
(エリオットには好きな男の人がいたはずなのに。私はエリオットがその人と結ばれるための手助けをしてあげるはずでしたのに)
欲望のままに男を求める事は、ダークプリーストである自分にとって何よりも優先される本分だ。だが、それは相手の雄として雌を求める欲望を肯定し、引き出した上でのこと。少なくともノエルはそう考えていた。彼女が罪悪感を覚えたその時、エリオットはゆっくりと話を切りだした。
「前からずっと好きだった人がいる……って言いましたよね?」
エリオットも自分がダークプリーストになれなかった原因がノエルにあると気づいたのだろうか。そう考えたノエルは、だったら非難の言葉でも何でも受ける覚悟を決め、エリオットの方へと顔を上げた。だが、続くエリオットの言葉は、彼女の予想とは大きく異なっていた。
「あれってノエルさんの事だったんです」
そう言うとエリオットは顔を真っ赤にしながらも、どこか憑き物が落ちたように清々しげな表情をした。
(あれ? でもエリオットが好きな人って男の人では……)
そう考えたノエルは、彼がそのような事は一言も口にしていなかった事に気づいた。好きな人が女性と『仲良く』していたと言っていたのを聞いて、勝手に早合点していただけだ。しかし、そうなると彼が言っていた事は何の話だったのか。ここまで考えた時、ノエルは自分がちょうど1つ前の安息日に、好きな男の子にアプローチする踏ん切りがつかないという少女の相談を受け、彼女がダークプリーストになれば積極的になれるのではないかと提案したのを思い出した。
「もしかして、先週の事を見ていたのですか」
ノエルが切りだすと、エリオットはばつが悪そうな顔をして話し始めた。
先週、礼拝の後に忘れ物をした事に気づいたエリオットは慌てて礼拝堂に引き返したが、礼拝堂は今と同じように締め切られ、扉や窓には鍵がかけられていたのだという。もう片づけをして聖職者用の宿舎に戻ったのかとエリオットが考えた時、礼拝堂の中から女性の苦しむような声が聞こえてきたのだそうだ。礼拝後の相談が行われている間は他の者は干渉しない事が村の不文律になっている事は知っていたが、中で何かトラブルが起きているのではないかと気になった彼は慌てて中の様子を伺える場所を探し、ちょうど窓の一つにかかっている暗幕がずれて隙間ができている事に気づいた。そこから覗きこんだ彼の目に飛び込んできたのは、一糸まとわぬ姿になった少女をノエルが愛撫している姿だったのだ。
「その時、僕はあの娘を羨ましいと思っていました。僕も貴女から同じ事をされたいって、僕も女の子になったらあんな風に愛して貰えるんじゃないかって、そう思ったんです」
エリオットの話を聞いたノエルは彼の隣に座りなおし、そっとその肩を抱いた。
「確かに、私は今までに何度か女の人にそういう事をしてきました。それは相手の方を幸せにしたいと思っての行動ですし、そういう意味では相手の方を愛していたのかもしれません。しかし、貴方が考えている意味とは違います。私がそういう意味で愛しいと思ったのはエリオット、貴方だけです」
「ノエルさん、去年の夏の事を覚えていますか」
しばらくの間無言で抱き合っていた2人だったが、エリオットはいきなり話を切り出した。
「去年の夏、ですか」
エリオットが語るところによると、その日同年代の子供たちに川へと誘われたエリオットは、大きな岩の上から川に飛び込むという度胸試しを持ちかけられたが、エリオットだけは足がすくんで飛び込むことが出来なかった。
元々その中性的な容姿や気弱な性格から、他の子供たちに「エリー」という女性のようなあだ名で呼ばれるなどのからかいを受けていたエリオットだったが、この日は「魔物もお前みたいなやつは相手にしないだろう」だの「その内女になるんじゃないか」だのと更に酷い言葉をぶつけられ、言い返す事もできなかった。
エリオットが自分をふがいなく思いながら家路についていると、ノエルが教会の前を掃いている所に遭遇し、彼女の姿を目に止めた瞬間に思わず泣きだしてしまったのだという。
(そうでした。確かあの時、私はエリオットをこの礼拝堂の椅子に座らせた後、泣きじゃくる彼を宥めながらどうにか話を聞いたんでしたね)
そして、ノエルはその時に自分がエリオットに言った言葉を思い出した。
『いいですか? 魔物の中には大人の男性でも敵わないほどの力で夫を守ろうとする種族もいますし、それどころか女性が狩りをして男性が家を守るという種族もいると聞きます。個人個人の話ならなおさら、どんな男性を伴侶にしたいかなんて1つに決まっているはずがありません。それにエリオットは教会の掃除をよく手伝ってくれますし、村の大人達からも貴方が小さな子供達の世話をよくしてくれたりするから助かると聞きます。エリオットが大きくなったら、貴方のお嫁さんになりたいという人だってきっと現れます。川に飛び込めないから何ですか。そんな事でエリオットが自分を否定していたら、未来のお嫁さんがかわいそうですよ』
「あの時、僕は思ったんです。他の人がどう思おうと、僕はノエルさんにとっての理想の相手になりたいって」
この時、ノエルは自分がなぜあれほどに、エリオットを否定する言葉に対してむきになっていたのかを悟った。
(もしかしたらあの頃から既に、私もエリオットに惹かれていたのかもしれませんね)
ノエルが女性を愛していると勘違いし、自分が男性である事を捨てようとしたエリオットと、完遂できなかったとはいえ、それでもエリオットの希望を叶えたいという気持ちを抱いたノエル。結局のところ、2人は掛け違えたボタンだったのだ。だが、それも正された。ノエルはそっと自分の両手をエリオットの頬に添え、顔をこちらに向かせる。
「私にとって理想の男性ならもういます。今、私の目の前に」
2人は唇を重ねる。それはエリオットをダークプリーストに変える儀式の終わりと、新しい夫婦による愛の営みの始まりを告げる合図になった。
数年後、ノエルのいる教会ではもう一人、風変わりなシスターがいるとして話題を集めていた。
そのシスターは堕落した神の教団の一般的な修道服とは異なり、主神教団のそれに近い体のラインを覆い隠すような服をいつも身に付け、ダークプリーストの大きな特徴である角や羽、尻尾を見せる事も無かった。
だが決して禁欲的というわけでもなく、むしろ村の男たちが猥談をしている所に進んで加わり、却って男たちを委縮させてしまう場面さえあった。
その美貌も最近2人目の子供を身籠ったというノエルに負けず劣らずと評されるほどであったが、このシスターにはある奇妙な噂が流れており、その影響かは定かではないが村の男たちでこのシスターに言い寄ろうとする者はいなかった。
なんでもそのシスター・エリーに本気で惚れた男は、不思議な事にダークプリーストになってしまうのだという。
「あなたを……ですか?」
窓が全て暗幕に閉ざされ、唯一覆いが掛けられていない天窓から差し込む陽光と祭壇に置かれた燭台の蝋燭のみが内部を照らし出す礼拝堂の中。同年代の子達から「エリー」と呼ばれているその子供の頼みに、ダークプリーストのノエルはたじろいだ。
堕落した神の教団の中でも一部宗派では、主神教団と同様に週に1度安息日を定め、その日は万魔殿に籠っていない信徒達にも労働を休んで伴侶と1日中交わったり、教会で異性との出会いを求める願いや享楽と堕落に満ちた日々への感謝を堕落神に捧げる礼拝を行う事を推奨している。
特にいくつかの宗派では礼拝の後、教会に集まった者達が帰った後も礼拝堂に残っていれば、他に人の目が無い状況でシスターに相談事をする事ができるよう取り計らわれている。そういう時には人払いをして窓の暗幕と戸口の鍵を閉じ、相談の内容が外部に漏れないように配慮する事になっていた。ちなみに相談希望者が複数人いる場合には話し合って(あるいは教会ごとの慣例に従って)対応を決めている。
礼拝には伴侶のいない者達にとっての出会いの場や、他人には話しづらい恋や性の悩みを人知れず聖職者に相談できる機会を提供する意味合いもあった。
そうした宗派に属するある小さな教会では、今日も1人の子供がノエルに相談事をしようと礼拝が終わった後も残っていた。だが自分をダークプリーストにしてほしいという相談、というより依頼はノエルにとって今まで受けてきた相談の中でもとびきり意外性のある内容であった。
といっても、こうした頼みを受ける事自体はこれが初めてではない。
ノエルの赴任している教会のある村は8年も前からの親魔物領であり、正式な信徒はまだ少なくともそれ以外で堕落神の信仰に感化される者はぽつぽつと存在している。
人間の女性で自らダークプリーストになる事を望む者が現れる事もたまにあり、実際ノエルはほんの1週間前にも1人の女性を自分と同じ道へと導いたばかりだ。
しかし、今回は少々事情が異なる。
今ノエルに自分を魔物化させるよう頼んできたエリー、本名エリオットは小柄でまだ子供っぽさの残る体つきにおかっぱ頭という風貌だが、れっきとした男性なのだ。
「とりあえず詳しいわけをお聞きしてもよろしいでしょうか」
ノエルがそう切り出すと、エリオットは話し辛そうにしばし俯いたが、意を決してその口を開いた。
「僕、前からずっと好きだった人がいるんです。でも、この前その人が女の人とその……仲良くしている所を見てしまって」
「なるほど。話は大体わかりました」
エリオットの話をそこまで聞いたノエルは大体の事情を察した。エリオットが好意を寄せる相手というのは、おそらく男性なのだろうと。魔物娘の価値観では浮気は最も忌むべき物の一つだが、女性の伴侶を持つ男性が互いの合意を前提として他の女性とも結ばれることに関してはその限りではない。エリオットもそういう立場を望んでいるのだろうか。
(そういえば、アルプという特殊な魔物娘が存在すると噂に聞いたことがありますね)
人間の男性は「精」と呼ばれる生命エネルギーを精製する力を持っており、現在の魔物娘はこれを糧とする。そして男性が魔物娘との交わりを繰り返すと、その体は精の精製能力が強化された「インキュバス」に変化するのが通常である。しかし、「女性になりたい」「男性と結ばれたい」といった想いが強い男性の場合、女性が魔物娘と交わった場合と同様に精やその精製能力を失い、アルプというサキュバスになってしまうのだという。
考えてみれば、ダークプリーストもサキュバスの一種。噂が正しければ自分にも同じ事が可能であったとしてもおかしくはない。ノエルはそう結論付けた。
(それに、来る者は拒まずというのも堕落神様の教え。やり方が解らないからとここで諦めるよりは思いつく方法を試してみる方が、堕落神の思し召しに添えるでしょう)
「解りました。しかし、今から私が行う事によって貴方が確実にダークプリーストになれるという保障はありませんし、もしかしたら貴方にとって苦痛に感じる事もあるかもしれません。その時はいつでも仰ってください」
自分はあくまで想い人と結ばれるための手助けをする立場だけに、相手の快楽を一番に考える。ノエルが人間の女性を同族に変える時に最も心がけていた事であり、それは今回も同様であった。
(とは言ったものの、具体的にはどうすればいいのでしょうか)
噂の通りなら、人間の女性をダークプリーストに変えた時と理屈は同じはず。相手の肉体が持つ精を吐き出させ、代わりに魔物娘の魔力を与える。だったらやり方も同じものから試した方がいいだろう。
「ちょっと失礼しますね」
一言断ると、ノエルはエリオットの前にしゃがんでズボンの腰に手をかけ、下着ごと一気にずり下ろした。「あっ」という小さな悲鳴と共に、彼の男性器がノエルの眼前に顕わになる。エリオットは女性が相手では起たないのではないかとノエルは少し心配していたが、ソレはひくひくと震えながら健気に頭を持ち上げており、どうやら取り越し苦労だったようだ。
(それにこの精の香り。やっぱり女の人とは全然違いますね)
早くも鼻腔を刺激する精の香りにノエルが思わずすんすんと鼻をひくつかせながらしばし陶酔していると、エリオットは顔を真っ赤にしながら消えそうな声で抗議した。
「ちょ、あんまり嗅がないでください」
「おっと、すみません。それじゃ、早速始めますね」
そう言うが早いか、ノエルは歯を立てないように気を付けながらも、エリオットの小柄な体型と比べると少し大きめに見える逸物にぱくりと食いついた。実はノエルは今まで人間の女性をダークプリーストに変える時には、極力手や尻尾での愛撫に留めるようにしていたのだが――やはりそれ以上の行為は相手も想いを寄せる男性に取っておきたいだろうという考えがあったし、実際ノエル自身もそういう事は自分が伴侶にしたいと思える相手と初めて行いたいと考えていた――そこは魔物娘の中でも積極的な堕落と欲望の解放を唱え、快楽のルーンをその身に刻むダークプリーストのこと。エリオットの精を嗅覚で感じた時から、その理性は脆くも崩れ始めていた。
「ふふっ、ろうれすか。ひもひいいれひょう」
「あ。いや、喋らないで」
エリオットの悶える声に僅かな嗜虐心も感じながら、ノエルは上目づかいで彼の表情を伺う。魔物娘の本能がなせる業か、ノエルは初めて行うフェラでありながら早くもエリオットを快楽の頂へと導きつつあった。
「待って。もう、出ちゃう……」
「ひやれふか?ひやならひゃめてもひいんれふよ?」
嫌なら止めてもいい。ノエルの意地悪な言葉に、エリオットはまるで彼の性器から顔を離す事を拒むように、反射的に両手でノエルの頭を掴んだ。そしてズボンを下ろした時と同じようにエリオットが小さな悲鳴を上げ、ノエルの頭を掴む手に更に力が籠ったかと思うと、どぷっという音が聞こえてきそうな勢いでおもむろに射精が始まった。
(ああ、すごい。量も、濃さも、熱さも、勢いも、粘り気も、頭に突き抜ける生臭いこの香りも、全部が想像以上)
エリオットの陰茎が舌の上で跳ねながら、喉の奥に叩きつけるように精液を吐きだしていく。人間ならえずいたり気道に精液が入って咽たりしてもおかしくなさそうな所だが、ノエルは頭の中まで快感で真っ白に染まったまま、苦も無く精液を嚥下していった。長い射精がようやく収まってからも、ノエルは尿道に残った分まで飲み尽くさんばかりに吸い上げ、ちゅぽんと音がしそうな勢いで口を離す。
それから2人はお互い熱に浮かされた表情でほう、と息を吐いた。エリオットは放心したように呟く。
「何これ。自分でするのと、全然違う」
(やっぱり、エリオットは自分でしたことがあったんですね)
女性になりたいと願いながらも、男性にしかない器官がもたらす快楽の誘惑に負けて自慰に耽るエリオットの姿が想像に浮かび、ノエルは口の端が釣り上がるのを感じた。ついでに吸い上げきれずに口から垂れる精液を右手の人差し指で拭い、ちろちろと煽情的な音をわざと立てながらなめとっていく。
その姿を見て自分の失言に気づいたのか、エリオットは気恥ずかし気に顔を背けた。
(さて、女性の方と同じなら早ければそろそろ変化があってもいいのですが)
そう思いながら、ノエルはエリオットの体を観察する。ダークプリーストの大きな特徴である尻尾――は正面からではよく解らないが角や羽が生えてくる様子はまだ見られない。先ほど精を盛大に吐き出した男性器も消失する様子は見られず、むしろまだ出し足りないと言わんばかりにぴくりぴくりと震えながら再び頭を天井に向け始めていた。
(これは、もっともっと精を吐き出させる必要がありそうですね)
冷静な判断が5分、更なる行為への口実を得た歓喜が9割5分くらいの思考でそう考えると、ノエルはエリオットの名前を呼んだ。そして自分の方を向いた彼に見せつけるように修道服のスリットに手を入れ、自らの下半身を覆う下着をゆっくりと下ろしていく。
空気に触れた女性器の冷たい感覚に、そこが既に充分に濡れている事をノエルは悟った。
「さあ、本番はここからですよ。エリオットにはさっきの精液をもっともっと吐きだしてもらいます」
「そ、それで僕はダークプリーストになれるんですか?」
「はい。これはエリオットが男の子であるという証。エリオットがこれを出し切った時、本当に女の子になりたいと思っていたならば、貴方の体はダークプリーストに変わるはずです」
本当の所を言えばノエル自身にも確証があるわけでは無かったが、彼女は断言した。
ノエルはエリオットを下半身裸の状態で礼拝堂の椅子に仰向けで寝転がらせると、屹立する物の上に陣取るように跨った。ただでさえ部屋が薄暗い上に、ノエルの修道服の前掛け部分が邪魔になっていて、互いの下腹部は全く見えない状態になっているが、ノエルは左手を愛液のしたたる自身の秘所へと正確に添えて開きつつ、右手でエリオットの陰茎を摘んだ。その先端を自分の膣口に合わせるような形でゆっくりと腰を下ろしていく。つぷり、と粘膜がかすかに触れ合うとそれだけでノエルの全身に快感が走った。エリオットの表情にも同様に快楽の色が一瞬現れたが、その感覚に戸惑いを隠しきれない様子だった。
「えっ? な、何?」
「怖がらなくてもいいですよ。こうすれば、体の中の『男の子』をさっきよりもたくさん吐きだせるはずです」
そこからノエルは意を決し、腰を一気に落とした。今度は体の中が大きく裂かれるような感触と、鋭い痛みが彼女を襲う。
「つっ……うう」
「ノエルさん、どうしたんですか?」
「大丈夫、大丈夫です」
不安そうな顔でこちらを覗きこむエリオットを安心させようと、ノエルはうわ言のように繰り返しながら、右手をそっと差し出してエリオットの髪に触れた。実際、魔物娘の特性からか痛みは長くノエルを苛み続ける事も無くすぐに引き、目の前の可愛らしい少年と交われた喜びの感情がそれを押し流していく。
むしろ痛みに驚いて体の動きを止めた事と反射的に膣が収縮したことで、ノエルには膣内に咥え込んだエリオットの肉棒のわずかな脈動がはっきりと感じ取れた。
(ああ、エリオットの鼓動が私の体の中に響いてる。本当にエリオットと1つになったんですね)
ノエルはうっとりとした表情で、腰を上下に動かし始めた。静かな礼拝堂に、2人の喘ぎ声と淫らな水音が広がる。
「ノエル、さん、そんな、はげし」
さっき思いっ切り射精したばかりとはいえ相手は人間の子供で、加えてこれが初体験。エリオットの表情と肉棒の感触から、ノエルは彼が早くも再び射精感を覚えるのを感じ取った。エリオットは苦し気にしながらも、どうにか言葉を絞り出す。
「ノエルさん……また、出ます。抜いて、ください」
その言葉にノエルは微笑み、腰の動きを速くする。
「そんな。中で、出したら、赤ちゃん、できちゃうって」
親魔物領な上に堕落神の信徒の影響も大きいこの村では、望まない魔物との性交渉を少しでも避けられるようにする意味もあり、人間の子供たちに対しても反魔物領では考えられないほどオープンな性教育が行われている。声変りが終わりきっていない年頃のエリオットでも、自分達が今行っている事がもたらしうる結果については充分な知識があった。
ノエルはそんなエリオットと繋がった体勢のまま、上半身を屈めて唇を彼の耳に近づけ、情欲の籠った声で囁く。
「構いません。赤ちゃんができたら……んっ、責任っ、取ります。だから、私のナカに、たくさん、ください」
それは最早、愛しい雄への懇願であった。その言葉が引き金になったかのように、ノエルの膣内でエリオットの射精が始まる。
「あ、ああ、熱い。……まだ、出てる」
待ち望んでいた物が子宮に叩きつけられる感触に、ノエルの意識も絶頂へと押し上げられた。口で精液を受け止めた時よりも更に膨大な快感がノエルを襲う。長い射精が収まった後も、2人ともしばらく動くことすらままならずに荒い息を吐いていた。しかしそこは人間と魔物の差か、ノエルの方がいち早く立ち直って上半身を起こす。そして自らの下腹部をさすり、エリオットの精が体中に染み渡っていく感触を楽しんだ。
「ふふっ、いっぱい出ましたね」
(それにしても、こんな立派なおちんちんももう無くなってしまうと思うと、エリオットには悪いけどちょっと名残惜しい気もしますね……おや?)
立て続けに2度も射精してぐったりしているにもかかわらず、ノエルの予想に反し、エリオットの体がダークプリーストに変化する様子は一向に見られなかった。ノエルの処女を奪い、未だに彼女の膣内に留まっている陰茎も、消失するどころか再び硬さを持ち始めでいる。
エリオットもノエルの様子に気づいたのか、不安そうな目で彼女の顔を見上げた。ノエルは慌てて取り繕う。
「だ、大丈夫ですエリオット。もっと、もっとたくさん精を吐きだせば、きっとダークプリーストになれるはずです」
この言葉は弁解か、それともこれからの行為への口実か。それはノエル自身にもよく解らなかった。
窓を覆う暗幕の向こうから聞こえてくる、目を覚ました鳥たちの声をぼんやりと聞きながら、長椅子の上でノエルは気だるそうに目を開けた。辺りにはむせ返りそうな性の匂いが充満し、それを吸い込むだけでもノエルの頭はくらくらする。天井を見上げれば天窓から朝の光が目に入り、祭壇を見ればそこに置かれた燭台の蝋燭はとっくに燃え尽きていた。
それから彼女は自分と互いに一糸まとわぬ状態で抱き合ったまま眠る少年の、安らかな寝顔を見て微笑んだ。
「こうして顔だけ見ていると女の子みたいなのに、あんなに立派な物を持っているなんて」
ノエルは自分の胸中にエリオットへの愛おしさが広がっていくのを感じ、その感情を抱きしめるかのように再びゆっくりと目を閉じた。――それからようやく頭が覚醒し始め、彼女は真っ青な顔で再び目を開いた。
(そうでした。私はエリオットをダークプリーストに変えてさしあげるはずでしたのに)
エリスは昨日の記憶を必死に辿った。騎乗位で互いの初めてを捧げた後、もっと密着した体勢でと対面座位で1回、エリオットも自分で動いてみたいだろうと正常位で1回、それからエリオットの欲望のままに犯されてみたくなって、長椅子の背もたれに手を付いた状態での立ちバックで1回した所までは覚えている。だがそこから先の記憶は曖昧になっており、魔物娘の本能に従い、1匹の雌としてひたすらに目の前の雄を求めていた事しか思い出せない。
そしてエリオットの頭を見ると未だに角が生えている様子はなく、ノエルのお腹には眠っている間に再び硬くなり始めたエリオットのモノが当たっていた。
ノエルがエリオットを抱きしめた体制のまま硬直していると、そうこうしている間にエリオットも目を覚ました。
「んぅ、ノエルさん?……あ」
彼も寝ぼけた表情で目を開き、そこから先ほどのノエルと同じように頭が覚醒して昨日の顛末を思い出しているのが見て取れた。
2人はお互い気まずそうな表情で体を離し、床に散らばった服を拾い集める余裕さえなく全裸のまま長椅子の両端に離れて座る。それからエリオットも自分の体を見下ろして落胆した。
「も、もしかしたらやり方が間違っていたのかもしれません。私も詳しい方に聞いてみたり自分で調べたりしてみます」
ノエルはこうなった原因が解らないという口調を装ったが、心の中では既に見当を付けていた。彼女はエリオットをダークプリーストに変えてあげるどころか、魔物娘として自分の雄にしたい、エリオットから雄としての欲望をぶつけられたいという衝動に駆られていた。それが無意識にエリオットの魔物化を抑え込んでしまったのかもしれない。彼女はそう考えていた。
(エリオットには好きな男の人がいたはずなのに。私はエリオットがその人と結ばれるための手助けをしてあげるはずでしたのに)
欲望のままに男を求める事は、ダークプリーストである自分にとって何よりも優先される本分だ。だが、それは相手の雄として雌を求める欲望を肯定し、引き出した上でのこと。少なくともノエルはそう考えていた。彼女が罪悪感を覚えたその時、エリオットはゆっくりと話を切りだした。
「前からずっと好きだった人がいる……って言いましたよね?」
エリオットも自分がダークプリーストになれなかった原因がノエルにあると気づいたのだろうか。そう考えたノエルは、だったら非難の言葉でも何でも受ける覚悟を決め、エリオットの方へと顔を上げた。だが、続くエリオットの言葉は、彼女の予想とは大きく異なっていた。
「あれってノエルさんの事だったんです」
そう言うとエリオットは顔を真っ赤にしながらも、どこか憑き物が落ちたように清々しげな表情をした。
(あれ? でもエリオットが好きな人って男の人では……)
そう考えたノエルは、彼がそのような事は一言も口にしていなかった事に気づいた。好きな人が女性と『仲良く』していたと言っていたのを聞いて、勝手に早合点していただけだ。しかし、そうなると彼が言っていた事は何の話だったのか。ここまで考えた時、ノエルは自分がちょうど1つ前の安息日に、好きな男の子にアプローチする踏ん切りがつかないという少女の相談を受け、彼女がダークプリーストになれば積極的になれるのではないかと提案したのを思い出した。
「もしかして、先週の事を見ていたのですか」
ノエルが切りだすと、エリオットはばつが悪そうな顔をして話し始めた。
先週、礼拝の後に忘れ物をした事に気づいたエリオットは慌てて礼拝堂に引き返したが、礼拝堂は今と同じように締め切られ、扉や窓には鍵がかけられていたのだという。もう片づけをして聖職者用の宿舎に戻ったのかとエリオットが考えた時、礼拝堂の中から女性の苦しむような声が聞こえてきたのだそうだ。礼拝後の相談が行われている間は他の者は干渉しない事が村の不文律になっている事は知っていたが、中で何かトラブルが起きているのではないかと気になった彼は慌てて中の様子を伺える場所を探し、ちょうど窓の一つにかかっている暗幕がずれて隙間ができている事に気づいた。そこから覗きこんだ彼の目に飛び込んできたのは、一糸まとわぬ姿になった少女をノエルが愛撫している姿だったのだ。
「その時、僕はあの娘を羨ましいと思っていました。僕も貴女から同じ事をされたいって、僕も女の子になったらあんな風に愛して貰えるんじゃないかって、そう思ったんです」
エリオットの話を聞いたノエルは彼の隣に座りなおし、そっとその肩を抱いた。
「確かに、私は今までに何度か女の人にそういう事をしてきました。それは相手の方を幸せにしたいと思っての行動ですし、そういう意味では相手の方を愛していたのかもしれません。しかし、貴方が考えている意味とは違います。私がそういう意味で愛しいと思ったのはエリオット、貴方だけです」
「ノエルさん、去年の夏の事を覚えていますか」
しばらくの間無言で抱き合っていた2人だったが、エリオットはいきなり話を切り出した。
「去年の夏、ですか」
エリオットが語るところによると、その日同年代の子供たちに川へと誘われたエリオットは、大きな岩の上から川に飛び込むという度胸試しを持ちかけられたが、エリオットだけは足がすくんで飛び込むことが出来なかった。
元々その中性的な容姿や気弱な性格から、他の子供たちに「エリー」という女性のようなあだ名で呼ばれるなどのからかいを受けていたエリオットだったが、この日は「魔物もお前みたいなやつは相手にしないだろう」だの「その内女になるんじゃないか」だのと更に酷い言葉をぶつけられ、言い返す事もできなかった。
エリオットが自分をふがいなく思いながら家路についていると、ノエルが教会の前を掃いている所に遭遇し、彼女の姿を目に止めた瞬間に思わず泣きだしてしまったのだという。
(そうでした。確かあの時、私はエリオットをこの礼拝堂の椅子に座らせた後、泣きじゃくる彼を宥めながらどうにか話を聞いたんでしたね)
そして、ノエルはその時に自分がエリオットに言った言葉を思い出した。
『いいですか? 魔物の中には大人の男性でも敵わないほどの力で夫を守ろうとする種族もいますし、それどころか女性が狩りをして男性が家を守るという種族もいると聞きます。個人個人の話ならなおさら、どんな男性を伴侶にしたいかなんて1つに決まっているはずがありません。それにエリオットは教会の掃除をよく手伝ってくれますし、村の大人達からも貴方が小さな子供達の世話をよくしてくれたりするから助かると聞きます。エリオットが大きくなったら、貴方のお嫁さんになりたいという人だってきっと現れます。川に飛び込めないから何ですか。そんな事でエリオットが自分を否定していたら、未来のお嫁さんがかわいそうですよ』
「あの時、僕は思ったんです。他の人がどう思おうと、僕はノエルさんにとっての理想の相手になりたいって」
この時、ノエルは自分がなぜあれほどに、エリオットを否定する言葉に対してむきになっていたのかを悟った。
(もしかしたらあの頃から既に、私もエリオットに惹かれていたのかもしれませんね)
ノエルが女性を愛していると勘違いし、自分が男性である事を捨てようとしたエリオットと、完遂できなかったとはいえ、それでもエリオットの希望を叶えたいという気持ちを抱いたノエル。結局のところ、2人は掛け違えたボタンだったのだ。だが、それも正された。ノエルはそっと自分の両手をエリオットの頬に添え、顔をこちらに向かせる。
「私にとって理想の男性ならもういます。今、私の目の前に」
2人は唇を重ねる。それはエリオットをダークプリーストに変える儀式の終わりと、新しい夫婦による愛の営みの始まりを告げる合図になった。
数年後、ノエルのいる教会ではもう一人、風変わりなシスターがいるとして話題を集めていた。
そのシスターは堕落した神の教団の一般的な修道服とは異なり、主神教団のそれに近い体のラインを覆い隠すような服をいつも身に付け、ダークプリーストの大きな特徴である角や羽、尻尾を見せる事も無かった。
だが決して禁欲的というわけでもなく、むしろ村の男たちが猥談をしている所に進んで加わり、却って男たちを委縮させてしまう場面さえあった。
その美貌も最近2人目の子供を身籠ったというノエルに負けず劣らずと評されるほどであったが、このシスターにはある奇妙な噂が流れており、その影響かは定かではないが村の男たちでこのシスターに言い寄ろうとする者はいなかった。
なんでもそのシスター・エリーに本気で惚れた男は、不思議な事にダークプリーストになってしまうのだという。
17/05/23 13:37更新 / bean