これより先、拷問室
反吐が出そうだった。 拷問室は屋敷の地下にある。吸血鬼の尋問に頻繁に使われるが、願わくば彼はこんな所で仕事はしたくなかった。 薄暗く、湿っぽく、臭い。 相手をより追い詰めるためにこのような環境にしていると彼の主は言っていたが、毎度追い詰められているのは自身であるように彼は感じていた。 食事の後に来ると、その不快感は倍になる。彼はこみ上げる吐き気を堪え、眉間にしわを寄せる。 これもすべて、目の前にいる女のせいなのだ。 彼の視線に気づき、女が不敵な笑みを浮かべる。 「くくくくっ…どうした人間。怖気づいたか?」 彼の目の前には、生まれたままの姿で人の字に縛られた女がいた。 大きくはないが形の整った胸が、ゆっくりと上下している。 肩にかかる位の短い金髪。蝋燭の灯りに照らされたその肌は雪のように白く、唇は血のように赤い。瞳はまるでルビーのように紅く、嘲りに歪んだ口元からは鋭い牙が覗く。 彼女もまた、吸血鬼だった。 「このように縛りあげ、下らぬ玩具を使わなければ妾に近づけぬのだからな…。無理もない」 玩具。彼は近くの机の上に置かれた蝋燭に目を向けた。 『陽光の灯』 こんな弱々しい光にもかかわらず、吸血鬼にとっては陽の光と同じなのだという。これもまた、彼の主が考え出した物だった。 そのまま視線を横に滑らせる。綺麗に並べられた拷問道具の一つに、彼は目をとめた。 真水の入った美しい銀の器に大きな刷毛が入っていた。聞く所によるとこれはどこぞの国で洗礼の時に使われる物だというが、まさか拷問部屋に置いておくとは。確かに吸血鬼は真水に弱いというが…。 蝋燭の光を受け、器が鈍い輝きを放つ。 彼はおもむろにそれを手に取った。 「…なんだ、それは…。ま、まさか!それを…!」 彼はちらっと彼女を見、それから手元の器に視線を落とした。 そして… |
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