おわり(もしくは はじまり)
[1階 新アトリエ]
「良い話をしたはずなんだがなぁ…。その後すぐに彼女に押し倒された」
「おい笑うなよ!俺だって予想外だったんだ…。明らかにここは泣きシーンだろ?それが死体の絵の前でベッドシーンとか…止めもしたさ!」
「でも思えば極限状態で来たワケだからな。さすがの俺の絵も荒ぶる神を止めることはできなかったってことだ。…後にも先にも、彼女のあんな状態はあの時だけだよ。ホントホント」
「いやいや、けどな?御褒美ですよ?潤んだ瞳で微笑んで、首に腕をまわしてくるんだぜ?俺にどうしろと?」
「お姫様だっこでベッドルーム?お前はそうした?…ご立派」
「え?それじゃあ彼女は堕天使(ダークエンジェル)だろうって?」
「…」
「……」
「なぁ、俺の説教はそんなにダメダメだったか?だいぶ自信が失くなってきたぞ…」
「…重要なのはそこじゃない。そうだろ?」
「まぁ確かにちょっと黒っぽいが、あの後光見たろ?それにブーケの花はあいつが笑って一瞬で咲かせたものを即席で使うし、喧嘩して機嫌が悪いとどんな快晴でもあっという間に曇りになるんだぞ?むしろ力が強くなってるぞ」
「あぁ、絵は万魔殿(パンデモニウム)で描くんだがな。あそこは時間が止まる。それが2年で400組のからくりさ!ケッケッケ!」
「…でも、どんな姿だろうとさ、アイツはアイツ。俺の天使様さ」
「おい、なんだその憎たらしい笑みは。だっ、わーらーうーなっつーの」
「つーか明らかに向こう終わってるぞ!お茶すすりながら聞き耳立ててるぞ!なんかカワイイって聞こえるぞ!」
「おおいジジィ、ラスト一枚だ。とっとと終わらせるぞ!」
「ニヤケ顔をやめろ!王様らしい表情でもしたらどうだ!!」
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ランプ一つの部屋の中。俺の両肩に手がかけられた。
「…悪いな、初めてなのに俺が下になっちまって」
俺にまたがるアンジェに声をかける。
「ううん…大丈夫。私がしてあげたいの」
虚ろな目で彼女は言う。甘い吐息が、普段の彼女の香りとは異なる匂いが俺の鼻をくすぐった。すでに滅茶苦茶にキスをされていたので口の周りは互いの唾液でべとべとで、舌にはまだ彼女の唾液の味が残っていた。
「それに、初めてだけど…うまくできる気がする」
ランプの光に浮かぶ彼女の笑みが、どこか別人のように見える。
片腕がない俺は一般的な体勢で『する』事ができない。試してみたのだが、体格差を考慮しても腕一本ではバランスが悪い。
…片腕で人は支えられない。自分一人では十分なのに。
「…」
ふいに彼女は俺の肩にかけていた手を外し、脇の下へ滑り込ませた。
「カルロ、抱きしめて。ぎゅっとよ」
「…え?あぁ、こうか?」
俺は左腕を彼女の背中にまわす。背中の傷を避け、少し強めに彼女を抱きよせる。不意に彼女が、左の翼を大きく広げた。そのまま俺の無き右腕を覆うように背中へまわす。丁度、羽で抱かれるような形になった。
「ねぇカルロ、ぴったりよ?私たち」
彼女は俺の胸に顔をうずめたまま言った。
「片方と片方。併せればぴったりよ。一人でダメなら、二人で支えあえばいいわ」
…そういやもう心が読めるのか。
ふふふっ、と彼女が笑った。
長いことそうして抱き合っていると、彼女が静かに口を開いた。
「…カルロ」
彼女の心が流れ込んでくる。それは彼女が今一番望んでいること。だが、どうにもそいつはこっぱずかしい。それを隠すためにふいと顔をそむけてみせた。
「もう!ここは『…アンジェ』で見つめあったあと、熱烈なキスをするところでしょう?」
いかに愛しているとしても、そんなこっぱずかしいことはできん。
「あ、『愛してる』て言ってくれた!うれしいなぁ」
「いや…」
そのニヤニヤ笑いをやめろ!
「そっかー、恥ずかしいんだ」
「そうじゃなくて…」
いやまぁ、恥ずかしくもあるが。
「でも大丈夫よ?それもこれも全部わかるから」
「…なんかずるいな。そんなのアリか?」
「ふふっ、当たり前よ。だって私は…」
―てんしなのだから―
俺に口づけをしながら、笑顔で彼女はそう言った。
天使の微笑みだ。そう思った。
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[1階 新アトリエ横「アンジェの作業室」]
「『…やっぱり、言ったはおかしいよな?』ですよその後。ホントにかわいいんだから、もう。結局彼って本音を口にするのが恥ずかしいんですよね」
ゴルァーソコ!セキララトークシテンジャネー!!
「あらあら、怒られちゃった。え?大丈夫ですよ。彼はあちらが終わるまで絶対に動きませんから」
「さて、もうすぐ終わりのようですし、今度は奥様があちらでモデルになっていただきます。えぇ、二人バラバラですが、後日旦那様のポーズと合わせた見本をお送りしますので。」
「ドレスの方は旦那様のものと合わせて5日後に試着となります。いえいえ、或る程度人形で代用できますが、試着は早い段階に必要なんです。下着も当日こちらでご用意しますので」
「え?…ふふふっ、ご存知ですか?オーロラって実は天使が作るんですよ?」
「…さぁ、ホントかどうかはできてのお楽しみです。その時は今度は奥様が旦那様との馴れ初めを話してくださいね。」
「え?だってとてもロマンチックですわ。一緒に長い旅をして、いろんな国を回って、苦楽を共にした人と結ばれるなんて」
「最後は人間とエキドナが王様とお妃様ですよ?ふふふっ、本当におとぎ話みたい。一日じゃ足りなさそう」
「…」
「…いえ、身に余る光栄。ありがとうございます、女王陛下」
オラ、コンドハテメーガアッチダゾオッサン!ニヤケンナ!ワ-ラ-ウ-ナ-!
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「…どうしてこうなった……」
太陽が地平線から顔をのぞかせる頃、カルロが頭を抱えていた。
「正気じゃないだろ、死体の絵がある場所で『ヤる』なんて…」
「…ごめんなさい、我慢できなくて……」
「ん〜〜〜〜?」
―いや謝る必要はないというか、むしろその点はご褒美ですというか。てかそんな上目づかいはやめろというか。あぁ、どう言ってやるべきか…―
…なんだか面白い。彼の心の声が、会った頃よりもはっきりと聞こえる。
嬉しい。今なら天にも昇れそう。
私が望んでいたこと。それは彼と一つになることだった。一つになることで、彼の揺るがぬ『自信』が私を埋めてくれるような気がしたのだ。
なんて自分勝手。そんなことのために人を押し倒すなんて、かつての私には考えられない行い。頭ではそうわかっていながらも、どうにもならない体が嫌だった。きっと彼は拒絶するだろうと思った。
でも彼は受け入れてくれた。その手で抱きしめ、愛していると言ってくれた。
天使の微笑みだ、と言ってくれた。
私のことを、天使、と言ってくれた。
嬉しかった。
ううん、今も嬉しい。
彼と出会えたこと、一緒に暮らしたこと、今こうして一緒にいること。
体も心も、彼で満たされていた。
彼と一緒に生きてゆく。それができたら、もっと、もっと嬉しい。
「だめだ、売ろう。全部売ろう。売らなきゃだめだ」
その言葉と共に、夜のことが彼の中で生々しくよみがえる。
…恥ずかしいのね。
「当たり前だっ!」
「ね、カルロ。私の絵だけは残して」
「やだ。どうせ出ていかないだろ?餞別中止」
「じゃあ私が町の教会でお仕事をして、そのお金で買うわ」
「却下。第一、何をする気だ?神に誓って言うが、教会はケチだぞ?」
何をするのか?
天使は、天使である私は何ができるのか?
勇者を見出し、福音を授けるのか?力を使い、『魔物』を滅ぼすのか?
いや、きっとそれは違うのだ。彼が、この世界が私に教えてくれた、私にできること。
「…愛する人と共に生きる人達を祝福したい」
「…出来る事を見つけたのは結構だが、他人を祝福して食えるなら苦労は…」
がばっと彼が起き上がる。
色々な言葉が稲妻のように彼の中を駆け巡る。
―教会、教会画家、天使が二人を祝福、絵を見ると思いだしてしまう…―
そこで彼が私を見た。
―恋人、愛しい人とすごした時間…―
滅茶苦茶だった言葉が、整然と並んだ。ニンマリと彼が笑った。
意味を理解して、私も思わず笑った。
「アンジェ君、このアイディアをどう思うね」
「私とカルロを一番初めにするなら、もっと良いと思うわ」
「…それもそうか。よし、早速教会の絵を納品して準備にかかろう」
「待って、ドレスはいらないわ。私が作る」
私は『もう一人の私』を指さす。
「あれ、着てみたいの」
「…出来るのか?」
「天使は織物が得意なの。『夜の帳』は私達の自信作よ?」
―…ここは笑うべきなのか?―
「ふふふ、確かめてみたくない?」
「…上等」
すっくと立ち上がった彼が、くしゃっと私の頭を撫でた。
外からは鳥のさえずりが聞こえる。部屋に差し込む陽の光。
きっと今日も、いい天気。
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La azucena blanca
〜二人の門出に、天使の祝福を〜
・―知る人ぞ知る穴場、こっそり教えます― 式場手配
・―特別な日を天使のドレスで― オーダーメイドドレス制作
・―かけがえのない『この日』を永遠に…― 記念絵画制作
片羽の天使が目印。静かな森で皆様をお待ちしております。
詳しくはお近くの教会まで。
スパーニエ王国 教会画家 カルロス-A-ネラブルツ
アンジェ-M-ネラブルツ
10/07/03 00:31更新 / 八木
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