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余話 |
「ういー、やっと終わったぜー」
無意味に思えるほどダラダラと長い閉幕式を、やっとの思いで終えたエルロイが背筋を老けこませて呟く。その横では時間が経ってもご機嫌なチェルニーの姿があった。 二人は観客に冷やかされながら、大会の受付に足を運んでいる所だった。大会の賞金は受付で受け取ることになっている。随分と不用心ではあるが、其処等辺の適当加減はもう既に慣れている頃であった。 チェルニーは軽く小躍りしながらエルロイに告げる。 「ああ。今回の貴様は珍しく良く頑張った方だぞ? 誉めてやろう」 「……あんがとよ」 目をしらーっと細めるエルロイ。途端にしおらしくなるチェルニー。 「あ……後、その」 「ん?」 「……優勝賞金もそうだが……こ、今回の事はッ、私達にとって、とても有意義だったと思うのだがッ」 何が脳裏に横切ったのか、チェルニーの顔が赤くなって伏せる。この大会を振り返れば、エルロイは男 参加した魔物は総じて魅力的であり、性技に富んでいた。事実として、彼女達はエルロイを本気で喜ばせてきたのだ。丁寧に、入念に。時には背徳をも煽った。 並みの男なら靡いている。そもそも、チェルニーは見た目こそ花も恥じらい自ら命を絶たんが程の美麗さを誇るが……性格に難がある。 素直ではない。可愛い性格と取られるかは、実際かなり人を選ぶ。チェルニー自身ですら、自分のこの性分だけは何とかしたいと願いながらも、一生付き合わなければならないという覚悟の前に嘆いていたのだった。 けれど、エルロイは選ぶ相手を間違えなかったのだ。幾多の誘惑に靡かず、今も傍に居てくれている 彼の想いを知ることが出来た。これは有意義と言葉にする以上の価値があった。正直優勝賞金などどうでもよくなっている自分に気付いて、とても晴々しく感じているチェルニーだった。 「有意義、ねぇ。ま、そりゃあ、お前の大切さが身に染みて判った気もするけどよ」 「ああ。私もエルロイの事が大好きだぞっ」 「ぶっ」とエルロイが噴き出す。曲解の果て、何気無く放たれた直球に不覚ながらときめいた自分を嘲笑した、と言う事にする。 気を取り直してチェルニーに向く。 「なっ……あ、あのなぁ、こういうトコでそういうのは……」 「なんだ。試合中は散々観客の前で言ってくれた癖に」 彼女はそっぽを向いてしまう。エルロイも苦笑するが、やがて躊躇いがちに口を開く。 「お、俺も 「あ、ほら、エルロイ。あそこで優勝賞金が貰えるんだな?」 「………」 「ん? なんだ、浮かない顔して」 「……いや、なんでもねぇ」 今度はエルロイが頬を染める。チェルニーが首を傾げるまま、自棄になった風にエルロイは受付に向かう。人間の女性はエルロイの顔を見て、にこりと笑った。 「エルロイ選手。優勝おめでとうございます」 彼女がそう語りかけると、エルロイは気恥ずかしそうにする。チェルニーの表情に殺気が籠る。 無言の圧力。エルロイ、一転涙目になる。 「………」 「あ、あの。早く優勝賞金を頂きたいのですがあわわわわ……っ」 すると受付の女性は怪訝に眉を下げた。 「優勝賞金でしたら、もう御受渡しを済ませていらっしゃいますよ」 「えっ?」 二人が口をぽかんと開け広げる。当然、此処で二人は受け取っていない。状況が把握出来ない中、受付の女性は続ける。 「セコンド登録されているヴァーチャー様がお二方よりも早くにいらっしゃいまして、賞金をお受け取りになられました。ですので、賞金は其方でお受け取り下さい」 「なーっ!?」 二人にとっては寝耳に水である。ヴァーチャーがセコンド登録され続けていた点もそうだが、だからといってあっさりと渡してしまう受付も受付だ。 二人は一気に肩の辺りにずっしりと錘が乗った気分がしながら、共通してこう言う。 「あの野郎……どういうつもりか知らねぇが」 「随分と舐めた真似をしてくれるではないか……っ」 「取っちめてやるっ」 「付き合うぞっ、エルロイ」 二人がそう頷き合う。しかし其処である点に気付くのだ。 「 「さぁ? いつも向こうから接触してくるから……普段何処に居るかなんて見当が付かんなぁ」 「そうかぁ」 「………」 「………」 (や、やられた……っ!!) 大会に優勝した副賞として、大会開幕中選手が宿泊していたラブホテルの無料券を渡されたエルロイ達。結局、死に物狂いで探したヴァーチャーは見付からず、疲労だけが募った体をベッドに投げ出したのだった。 「あー、見つからねぇ。あの野郎、とんだペテン師だぜ。この様子じゃあとっとと国外に逃亡したに決まってる」 「全くだ。私達に近付いてきた理由がやっと判った」 「くそ、路銀も尽きちまっているし、暫くこのホテルの無料ご休憩券で生きていくしかねぇな」 そう虚ろに呟きながら数枚の券を頭上に掲げるエルロイ。ふと、顔に影が差す。 「ん? 体重を乗せた口付け。エルロイに覆い被さり、チェルニーは頭を浮かせて微笑んだ。 「約束」 「……ああ」 エルロイはくすっと笑う。 「おいおい、風呂入らねぇのか」 「ああ、私も女だ。 億劫に返事をしながら顔を沈める。暫しの水音。 「んっ、はぁ……ちゃんと、決めたのだ……私は、エルロイの為なら、サキュバスになってもいい……」 「お前は……お前でいいんだぜ?」 「判っている。その……」 キスを中断し、エルロイの胸に顔を埋めるチェルニー。 「エッ、エルロイはッ……どの女よりも、私を選んでくれた……! だ、だからだなッ、その……け、けじめとして……これからもッ、す、好きな時に……ッ」 好きな時に“して”もいい 「や、約束する……何されても、拒まない。もう、怖くなんかない……だから、一杯可愛がって……くれ」 「……そりゃ、最高のご褒美だな」 チェルニーの決意にはエルロイも満悦だった。胸元で恥ずかしがる少女にそっと腕を回す。 「頑張った甲斐があったぜ。 それに対し、少女は瞳を潤ませて小さく頷く。 「うん…… 「ん」 「好き」 「俺も」 「私も好きよ」 「ああ……知ってる」 「嬉しい。私の気持ち、判ってくれてたのね」 「何を馬鹿な事を……俺達、一緒にこうしている仲じゃねぇか……」 「そんな……出会って間もないのに」 「そうだよな。お互い、出会ってからこんな関係になるとは…… 其処でふと、チェルニーの顔が曇る。途端エルロイを疑念の瞳で見据えるのだ。 「……ん? ちょっと待て、エルロイ。貴様、一体誰と話してる?」 「は? 誰って、お前と…… エルロイは唐突に感じた何かの気配に、首を横に傾けてみる。任意に形を変えるウォーターベッドの隆起に、何やら褐色の肌らしきものが見えた。 それが一体何なのか注視していると、それが突然チェルニーを押しのけて、代わりにエルロイにのしかかったのだった。 「キャッ」 ウォーターベッドに潜んでいたのは女だった。それも、褐色の肌に艶を持たせる、ボンデージを着込んだダークエルフの姿。 「おわっ、なんだテメェ!? なんでこんなトコに!?」 間近に迫る彼女の顔を見詰め、エルロイは確信する。今日決勝で戦ったダークエルフ、ヘザーその人が自分にのしかかっている。気の所為か、返される視線は誘うように熱っぽい。 「こんばんは、エルロイ君」 「ちょ……!」 ヘザーはエルロイの問いに答える事はなく、代わりに先ほどまでチェルニーと交わされていたその唇を強引に奪い去る。エルロイは目を丸くして動きを止めた。 「……ちゅッ、ん……くちっ」 「 「キ、キサマーッ!!」 チェルニーの凄まじい怒号が放たれる。今まさに甘い時間を過ごそうとしていた矢先、突然現れた邪魔者に自分の彼氏の唇が奪われれば、絶叫以外のモノはない。 だが、それでもお構いなしに続くヘザーの蹂躙。唇が離されると上体を反り上げてヘザーは息を荒げる。 「はぁ、はぁ……言ったでしょ? 君を私のペットにしてあげるって」 「だ、だからって、何を!?」 「いいから離れろッッ。この売女め!」 ヘザーをエルロイから引き剥がす。ベッドに投げ出された乱入者は透かさずチェルニーを睨む。 「今の今まで傍に居てくれた彼氏と“して”あげなかった癖に、今更彼女面するの? 流石、貴女達みたいに利口ぶってる子の根性って、ふてぶてしいわね」 「ふてぶてしいのは貴様だっ。人が折角……っ、折角ぅ……っ!!」 天敵の出現に、目にやるせない涙を浮かべ、無垢な少女は全身の毛を逆立たせて獣の様に威嚇を始める。ヘザーは手の甲を口元に寄せて薄ら笑いを浮かべてその獣と目線で火花を散らせるのだった。 そしてそんな状況に限って、誘われるように現れる者も居る。その瞬間、エルロイははっきりと眩暈を憶えるのだった。 ガチャンッ ガチャガチャッ ……バギンッ 何やら部屋の扉からそんな物音と不吉な破壊音が響く。 バァンと勢いよく扉が開いた。 「 「ヴァーチャー!? テ、テメェ……!」 其処には、二人が昼間駆けずり回って探しても見付けられなかったヴァーチャーの姿があった。 優勝賞金の件に関して問いただそうとエルロイが床に立つ。其処でふと、この部屋の入口には鍵を掛けておいた筈だった事を思い出す。 「か、鍵は一体っ」 「ん? 鍵……掛っていたっけ?」 「………」 見れば、扉の金具が変形してしまっている。どうやら鍵など元から関係なかったようだ。 「って、そんな事よりテメェ、俺等の賞金を何処に」 ガサガサッ そう言って詰め寄るエルロイだったが、その途端風呂場から何かの気配が蠢く。 ガランッ ……ビタァンッ 「 何か大きいものが地面に叩きつけられたような音。続いて湿り気を帯びる風呂場の床に、同じようにぬめっとしたものを擦り合わせる音が部屋に響く。 やがて姿を現したのはマイクを握り締めるエキドナ 「やぁ、皆様。ごきげんよう」 「アンタ、何処から入って来てんだっ!?」 「え、と。お風呂場の換気口を通って入ってきました」 「まともに訪ねてこいよお前等ッ。ていうか、何しに来たんだよ!」 「お祝いに決まってるじゃないですか。はい、お酒」 そう飄々と告げて大量の酒瓶を部屋にぶちまけるルゼ。 「相手の迷惑を考えて祝え……って、これ持ってよく換気口伝って来れたな。結構あんぞ」 「愛の力です」 「その要素、何処にも見当たらないですけど?」 「エロスのパゥワーです」 「ていうか、マイクを何時まで握ってんだよ。大会終わってるだろうが」 「気に入っちゃったんです。困った時には欠かせませんから」 「何に困った時!?」 すっかり邪魔者のペースに嵌っていっている事に気付くエルロイ。はっきりと彼等にお帰り頂こうかと口を開こうとするが、ポンとヴァーチャーに肩を叩かれる。 「取り敢えず、午後茶買ってこいや」 「帰れ、お前等」 エルロイが必死に声を張り上げている間にも、ベッドの上ではキャットファイトが続いていた。 「エルロイは私のものだッ! 貴様には渡さんッッ」 「あぁら? 何を勘違いしてるか知らないけれど、貴方の様な救いようのない馬鹿女と釣り合う男なんて、この世の中には居ないのよぉ?」 「なんだとぉぉッ!?」 「ああ、神様……この俺にどうか、まともな人達だけと関係を築かせて下さい」 彼女との甘い時間。その幻想が容赦なく打ち砕かれ、消え去っていく。その現実を前に、エルロイはそう神に祈らざるを得なかった。 だが神に祈ろうとも結果は変わらず、ヴァーチャーとルゼ、二人の顔はまるでエルロイにとっては悪魔の笑みでしかないのだった。 「男を巡る女の戦い……これは武闘会よりも楽しめそうやな♪」 「うふふ、バルフォッフ選手も隅に置けませんね。私に内緒で3(ピー)なんて」 「ルゼさん、(ピー)の付け処が全く無意味ですぜ」 エルロイが跪くのも無視して部屋の奥に進んでいくヴァーチャーとルゼ。慌てて二人を引きとめるエルロイだったが、「あぁ」と情けない声とともに容赦なく振りほどかれる。歴戦らしい二人(の悪ノリ)を止めようなど、彼には到底不可能であった。 ベッドの上でもぞもぞと蠢く二人に対し、ルゼの持ってきた酒を掲げてみせるヴァーチャー。 「おーい。お祝持って来たから一緒に呑もうやー、御盛んな方々」 其処でエルロイは思い出す。甘い時間を邪魔された事で頭が一杯だったが、そもそもヘザーとこの二人を会わせる訳にはいかないのだ。元々ごたごたしている状況が、さらにごたつく事必至だった。 今は幸い、丁度ヴァーチャー達には見えないらしい。ウォーターベッドの隆起で、大会を脅かしたあの犯人の姿が。 (あら? この声は……) チェルニーを押さえつけ、ヘザーは頭を擡げる。だが彼女の顔を見ても、ヴァーチャーとルゼは何故か平然としていた。 エルロイは変に思いながらも慌てて二人の前に立ち塞がる。 「ちょ、ちょっと待ってくれよ!? この女は俺の部屋に忍び込んでいただけで……」 「 「ヘザーさん。お疲れ様でした」 「え?」 エルロイは我が耳を疑った。あろうことか、大会運営としてヘザーを敵視していたヴァーチャー達が、打って変わって親しげに話し掛けているのだ。それに対してヘザーもチェルニーから離した手を振ってみせる。チェルニーも呆気に取られてしまっていた。 「あら、お二方こそお疲れでしょう? 終わったばかりなのに」 「いやいや……血の臭いも消えた頃に伺おうかと思ったんやけど、ルゼさんが彼氏と予定があるんやとさ。ま、俺もやけどね」 「すみません。だって、ダーリンとのデートなんて……実に百年振りですからぁ……」 頬を染めて、蛇だけにクネクネと惚気るルゼ。ヴァーチャーはほのぼのと笑う。 「そりゃ、外せないね。ルゼさんの御主人って、確か英雄に名前を連ねていましたよね?」 「はい……煉獄帝コゥトスとは私のダーリンの事ですぅ〜」 「強そうな二つ名ですねぇ。煉獄といえば、火使いかな? 手合わせしてもらいたいと思ったけど、やめとこ」 「あら。“テンシ様”は火が苦手なの?」 「おっと、迂闊に弱点を口走ってしまった。忘れてくれ。後、俺のヴァーチャーって名前は天使と関係はない。そこまで図々しくはないよ」 不愉快だ、と言わんばかりに拗ねるヴァーチャーに、ヘザーがくすりと笑む。 すっかり目の前で繰り広げられる妙に穏やかな空気に拍子抜けしてしまったエルロイ達。一先ず呼吸を落ち着かせて発言する。 「き、貴様等、知り合いなのか?」 「うん?」 後から来た三人が顔を見合わせる。 「う〜ん、と言うより……グル?」 「グルッ!?」 ヴァーチャーがそう頭の中から探し宛てた言葉に、エルロイ達は声を合わせる。 「そうねぇ。一番的確な言葉じゃないかしら」 「私達、別に親しくも何ともないですしね。正直、一週間前に会ったばかりですから」 「あら、二週間前じゃなかった?」 「俺とヘザーが初めて会ったのが二週間前。俺とルゼさんが会ったのが一週間前やな」 「因みに私とヘザーさんがこうして言葉を交わすのは初めてですね」 「そうねぇ」 「ちょ、ちょっと待ってくれっ。と言う事は…… 自由に話し始める三人を遮って、エルロイがそう纏める。三人はためらいもなく頷いた。 「そうやな」 「そうですね」 「そうねぇ」 「……うえぇぇっ!?」 驚嘆。 チェルニーは耳をしょんぼりと下げ、ベッドで小さくなり始める。 「じゃ、じゃあ、私達、口封じにぃっ!? がたがた……ッ」 「そんな事しないわよ。私達の目的は、飽くまで一つなんだから」 ヘザーがぐいっとチェルニーを引き寄せて、子供を宥めるように囁く。それは妙に手慣れているようにも見えた。 チェルニーが聞き返す。 「一つ?」 「そう。私達が欲しい物は……自由……よ」 「自由?」 その会話を聞いて、ルゼが困惑する。 「え? 私は、ダーリンと結婚式をあげたいから、その準備資金にと思って……」 「俺は金もそうやけど、暇潰しに宰相を誘き出して晒し者にしようと思って」 「………」 「全然、一つじゃないのだが?」 「……利害は一致してるのよ」 眉をぴくぴくと動かして語るヘザー。口答えしたら何をされたか判ったものではないので、チェルニーもそれで納得しておくことにした。 部屋の床に酒とお菓子と桁違いの量を誇るちくわを並べ、彼等は座して話す。 「マイテミシアの宰相は子供を攫って奴隷として金持ちに売っていた。俗に言う奴隷ビジネスやな。別に善人ぶるつもりはないけれど、暇やから潰そうかと思っていた頃やったんや。そんな時、偶々俺は人身売買の現場を見付けた。その時売られかけていたのが……」 「私よ」 コップに注がれたワインをグイッと飲み干してからヘザーが名乗る。 「私はヴァーチャーに助けられた。けれど、私を売ろうとした奴隷商は私のほかにも奴隷を持っている。まだ小さな子供も、その中に居たわ」 エルロイ達は少し顔を俯かせる。予想外に現実に迫った話を聞かされてショックを受けたのだ。 「私は助かったけれど、まだ私以外にも売り物にされている娘達がいる。私一人助かるのは……素直に喜べなくて」 ヘザーは苦痛に顔を顰める。その先は気を利かせてヴァーチャーが改めて語り始めた。 「やからヘザーは俺に依頼した。『この国全ての奴隷を開放して欲しい』と。やけど、それは無理やと言った。当然、気紛れに助けたような奴の願いを聞き届ける余裕はない。そしたらヘザーは『私と一緒に釜の飯を食べた奴隷達だけでもいい』と言った。それやったらやりようはある。女衒の元締めはこの国の宰相や。其奴に取り入れば内部から崩壊させる切欠が作れるし、序でにちょっとぐらいの奴隷なら解放させられるかもしれない」 ルゼも二人の馴れ初めは知らないらしく、興味深く聞き入っていた。ヴァーチャーは思い浮かべた物語の情景をそのまま口にするかのように、エルロイ達に語り聞かせ続ける。 「やけど、ヘザーは金を持っていなかった。依頼である以上、金は頂く主義でね。仕方ないから後払いと言う事で、作戦を変更してこの大会を利用してやろうと思った訳」 「どうやって?」 「 ちくわをエルロイに向けて自信たっぷりに言い放つヴァーチャー。その目は万物を悟っているかのように嘯いていた。 「奴隷を金で解放する。これならリスクも無ければ解放後の奴隷達に危機が及ぶ事もない。一人の奴隷をえこひいきして解放するんやないし、女衒も喜んで奴隷を解放する。誰もが納得する解放の仕方や」 豪快にちくわを齧り、口をもぐもぐさせながら説教するように語り続ける。 「でかい商談を持ちかけた俺の名前は一気に女衒の間に広がり、何れ元締めにも顔が利くようになるやろう。そうすれば、上手く取り入れられる。……奴隷の解放は、直接奴隷商人としての看板も立てうる。そういう計算や」 「じゃあ、爆弾や爆破の話は?」 エルロイが尋ねると、ヴァーチャーはちくわを飲み下し、ルゼとヘザーを一瞥した後、チェルニーに鋭い瞳を向ける。 「チェルニー。確か試合前、俺等の話がおかしい、とか言っていたな?」 「あ、ああ」 「正直、焦ったよ。実は結構墓穴を掘ってたんやよ、俺達」 「え!?」 チェルニー達より、寧ろルゼとヘザーが驚く。二人に自覚はなかったのだと察すると、ヴァーチャーも目を糸の様に細めた。 「優勝賞金目当てで会場に爆弾を仕掛けたのなら、態々そのカードを捨ててまで犯人が大会に参加する必要はないやろ? 最初から『会場に爆弾を仕掛けた。在り処を教えて欲しければ、金を用意しろ』でいい筈や。金が目的やのに『中止しろ』って脅して、本当に中止されたらどうするんや? って話になるやろう」 言われればそうである。チェルニーは考え直す。確か、あの時のヴァーチャーの脅迫状は“大会の中止”を促す内容であった。 「それに、実はルゼさんが口を滑らせていたし」 「え!? 私ですかっ」 「やっぱ気付いていませんでしたか」 ヴァーチャーの溜息が響く。 「ルゼさんは『ヴァーチャーは開会式典中に爆破があったから急遽呼ばれた』って言っていたけど……それやったら、俺はなんで開会式が始まる前にエルロイ達を誘い出す準備が出来たんや?」 「 ルゼが思わず叫び、蛇体を揺らす。エルロイ達も顔を合わせて「そういえば」と呟く。 「開会式直後に呼ばれて一晩の内に手際よく、何処に居るかも判らないエルロイ達を探し出して、その日に泊まる宿まで調べて、上手い具合に誘い出せる記事を載せた新聞を刷って、それを特定の客に出すように宿と交渉するなんざ、どう考えても無理。予選は省けたけど、エルロイ達が大会に参加するには書類やら適性検査があるし」 ヴァーチャーは爆破後に呼ばれたにも関わらず、爆破前に既に準備を整えていた事になる。大いに矛盾を孕んでいることはこの場の誰にでも理解できた。ただ一人、チェルニーだけがぼんやりとした表情を保っていたが。 「? 出来ないのか?」 「いや、確実に無理やろ」 「と、兎に角……審判の話は嘘だったって事だよな」 「私、嘘は吐いていませんよ」 「え?」 話を整理しようとしていた所に放たれた一言。エルロイは眉間に皺を寄せてポカンとしてしまう。 「じゃあ、爆破があった事が嘘?」 混乱の最中に確かめるように言い放った一言。それをヴァーチャーが否定する。 「俺等は、嘘は吐いていないけど、敢えて誤解を生むように話したかっただけ。爆破直後に俺が招かれたのは事実。ただし、俺は爆破がある事も知っていたし、ルゼさんとは話も付けてあったから運営に招かれる事は予測済み。爆破以前から、エルロイ達を巻き込むことは計画として組み込んでいたんや。ルゼさんは墓穴を掘るまいとして、ついつい矛盾が生じる“事実”を口にしただけや。『爆破後にヴァーチャーは運営に招かれた』『エルロイ達が来たのはヴァーチャーが仕向けた』という、二つの事実を」 「あうう……すみませんでした」 「構いませんよ。このバカップルも気付きませんでしたし。あ、此処でいうバカップルっていうのは周りも考えずにイチャつく腹立つカップルの事じゃなく、総じて頭の悪い男女って事やから」 「いちいち限定するな。余計腹立つわ」 「そうだぞッ。頭が悪いのはエルロイだけだ!」 「お前に言われたくねぇよッッ」 「なんだと!? それはどう言う意味だ!?」 そうやってやいのやいのと言い争い始めるカップルに、犯人側の三人は呆れてしまう。 「そうやってイチャつく所は……もうこの際、只のバカでいいよ、君等」 「ホント。馬鹿なペットは可愛いというけれど、馬鹿な女は救えないわ。女は何時だって理知的でないと」 「でも結局は仲良き事は良い事です。私もダーリンと……(ぽっ)」 「……此処にも居たわ」 暫くして落ち着いた様子の二人。チェルニーはさっきまでの甘いムードも何処へやら、すっかり機嫌を損ねた表情で話を進める。 「しかし、爆弾で脅すにしろ、それだったら『宰相の悪事を公表しろ』と脅しても良かったのではないか?」 ヴァーチャーとヘザーは“宰相(奴隷商人の元締め)の悪事を暴く”と“奴隷解放”という似た目的の為に動いている。なら、爆弾と言うカードをそのまま目的の達成に切れば良かったのではないか、という事だ。 この提案にはヴァーチャーも舌を巻く。時偶にチェルニーは冴えている。エルロイの幸運をもたらしうる片鱗こそこの部分だろうと考えながら、彼女の言葉に「甘い」と口を開く。 「其処。じゃあ何故俺はルゼさんを味方にしたのか?」 「運営に招かれる為だろ」 「いいや。それやったらエルロイ達を必要とする意味もない。そのまま運営を脅していいなりにさせれば済んでしまう事やろう? しかしそれじゃあ奴隷を全員解放すると決まった訳じゃなければ、解放後の奴隷に危害が加わらないとは限らない。いや、そうなる前に、若しかしたら宰相は証拠を消すために奴隷を全員殺すかもしれない。そうなったら居た堪れないやろう? あんまり穏やかじゃないやな。因みに言えば、運営に招かれんかった場合、俺自身が大会に出場して優勝するのもアリやけど、そのお金で奴隷を買ったとしても、金の出所は知れているから俺の名前が広がるかは微妙。買い手としての名を広げるには、資産がどれぐらいあるのか“過剰に”考えさせる事が重要や。それじゃあ俺が宰相に取り入るハッタリが使えなくなってしまう」 ヴァーチャーの淀みない説明にエルロイ達は絶句するが、続けて語る。 「まぁ、そもそも爆弾というカードを持っていたのは俺等じゃないしな」 「はぁ? お前等が脅したんじゃないの?」 「ああ、あの脅迫状を出したのは宰相や」 二人の頭上に無数の「?」が浮かぶ。 「……ごめん、もう一回最初から言ってくれる?」 「ぜんぶひらがなでなら」 「余計判らなくなる!?」 此処でヴァーチャーは一旦ワインで口を潤す。 「とにかく そのはなしは いいじゃないか」 「ふつうに しゃべれ」 「ゴブゴブゴブー!」 「此処は人間にとっての普通でお願いします」 巫山戯きって満足したのか、一転、真面目な表情で語るヴァーチャー。 「宰相が爆弾を仕掛けた目的は、大会の優勝賞金を払いたくないからや。どうやら裏金を作りたかったらしい。やから大会を中止しろと運営に脅しを掛けた。まぁ、やり口は色々あった筈やが、相手だって必ずしも最良の一手を打つ訳じゃない。傑作なのは、爆弾なんか仕掛けた所為で勝手に自分の悪事を曝すことになっていたってことや。文字通り自爆って奴?」 「どうして相手の目的と手段が判ったんだ?」 「ヘザーを買おうとした相手は宰相やった。と言っても、取引現場に居たのはその手先やけどな。事故で死んじゃったけど、どうせ宰相自身は顔も知らん下っ端。やから俺が其奴になりすまし、宰相にヘザーを引き渡す」 「え?」 「勿論、体を売る為じゃないわ。ヴァーチャーがね、私を宰相に引き渡す際にちょっとした細工を、ね」 「ハッタリ程度に、ルーン魔術を教えてやったんよ。それを目の前で見せる。そして宰相にそれがどう言う事か教えてやる。(ルーン使いを含む)紋章師には触れるなってのはよくいわれているからな」 体を密着させるのだから、無理に犯そうともすればどういう手を使ってルーンを刻まれるか判らない。容易に体を重ねる危険性は認識させられた、ということだ。 「まぁ後はヘザーが自由に動けるようテキトーに唆すだけ。我ながら滅茶苦茶なハッタリやったけどな」 「まぁ、確かに危なかったりはしたのだけどね。でも籠から出るには飼い主に噛みつかなきゃいけないんでしょ?」 ヘザーは唐突にエルロイに微笑みかける。ふと試合中に氷漬けにされた事を思い出し、ヴァーチャーのハッタリは最早ハッタリではなくなっていた事に気付く。ヘザーは試合の時、鞭を介してエルロイにルーンを刻み込んできたのだから、実際に触れられるだけでどんな目に遭うかは判ったものではなかった。 ヴァーチャーが呑気に付け足す。 「ていうか、ホントにルーンの才能あったしな。都合が良かった。まさかたった二週間でアレだけ実践的なルーンを扱えるまでになるとは」 「あら、ありがと。でもダークエルフは皆、魔王様の魔力を受け入れているから、ある程度魔力の扱い自体には不自由しないのよ」 「成程。魔に魅せられれば、そうなるか。でも一瞬でルーンを刻むなんて神業、誰にでも出来るものじゃない。間違いなくそれは才能や」 自棄に納得したように頷くヴァーチャー。チェルニーが気に入らなさそうにそっぽを向く。エルロイがそれに気付き、ヴァーチャーに目で閑話休題を促す。 「ああ、まぁ。宰相の目的が判ったから、俺が運営に加わって上手く大会を開催させるように誘導する必要が出来た訳。その為にルゼさんに接触して、言葉巧みに抱き込んだって訳なんやけど……」 ワインを注いで、次々と飲み干していくヴァーチャー。どうやら機嫌がいいらしい。そんな彼の言葉にルゼがポゥっと遠くに目を遣るのだった。 「………」 「ん? どうしたんですか、ルゼさん」 「なんだか、ダーリン以外の男の人に“接触”されて、言葉巧みに“抱き込まれた”んだって思うと……ダーリンに申し訳ない気持ちと一緒に変な気分になってきちゃいまして……はぁ、はぁ 「うん。それ、含む意味が違うね」 「万年発情蛇女」 ヘザーがニコニコと微笑んで放つ毒。ルゼは蛇体を不機嫌に振り、彼女に身を乗り出す。 「人を変態みたいに言わないで下さいッ。私はまだダーリンと出会ってから数百年しか発情していませんっ」 「……所構わず発情しっぱなしの人を、貴方は変態とはいわないの?」 「変態という名の淑女ですッ」 「酔っているの?」 ルゼの目はすでに座っていた。そう宣言してから、床にバタンと突っ伏すのだった。腕を枕に気分良く瞼を閉じる彼女に、ヴァーチャーは丁寧に声を掛ける。 「あ〜あ。彼氏とのデートはどうするつもりですか?」 「ヴァーチャーさん……暫く経ったら起こしてくだしあ〜」 「……古今東西、蛇は酒に弱いな」 呆れ笑うヴァーチャー。エルロイ達もすっかり場の空気に飲み込まれ、穏やかに笑ってしまっていた。 「酔っぱらって待ち合わせに来る女が男に歓迎されるとは思えんな」 「全くだ」 「飲むかい。遠慮せずに飲んだ方がいい」 「おう」 ヴァーチャーに促され、エルロイの乾いたコップに赤が注がれようとする。だがその役目は自分にあるべきとばかりにチェルニーが酒瓶を奪う。 「さぁ、エルロイ。今夜は特別に私が酌をしてやろう。飲まんとやってられんッ」 「あ、ああ」 トクトク、とカップが酒で満たされていく。ヴァーチャーは一人物思いにその様を見詰めながら自身の酒を一口。ヘザーを一瞥する。ヘザーも彼を見返すと、コクリと頷いた。 「エルロイ」 ヴァーチャーがそう声を掛けた時、丁度酌が止まる。二人は彼に向く。 「俺がこの件にお前達を巻き込んだのはな。……訳を話せば、優勝賞金を諦めてくれると思ったからや」 コップを地面に置く。絨毯の柔らかい感触にコップの中の紅は頼りなく揺れた。 「でも、諦めないと今此処でいうのなら……返してもいい。只、少しだけ待って欲しいんや。それを言う為に、今日は来た。空気を読まずは重々承知の上で、や」 「お前」 「その辺の返事を聞かせて欲しい。いや、確かに甘い考えやとは思う。やけど、君等の様な渡り鳥は金よりも絆の方が似合うと思うんや。やからこそ大会で優勝した意味は金以外のものやと誘導していた所もある。お互いが得をするには 「判ってるよ。俺等は金なんていらねぇ」 ヴァーチャーが話し終える前にエルロイは言い放った。 「俺は金とかそんなもんの為に大会に参加しようと思ったんじゃねぇ。ましてや名誉もへったくれもない。只、チェルニーに出ろって言われたからだ。最初は面倒にしか思ってなかったけど、途中からはチェルニーとの絆がどんだけ強ぇか証明する為に優勝してぇと思ったんだ。……お前が誘導したかどうかは考えないようにする。けれど、これだけは確かなんだ」 「エルロイ……」 それを聞くとヴァーチャーは不安が消え去ったかのように清々しい笑顔を見せる。 「そうかッ。それならそれでいいんや」 一瞬その瞳に鈍い光を湛えるが、誰も気付く者は居ない。 エルロイとチェルニーも酒を片手に平和そうに笑いあっていた。それをヘザーが何の気もなしに視線を送る。ルゼはすやすやと眠りの中に落ちていた。 「なぁ、最後に一つ、訊いていいか?」 ぶつぶつ何か呟きながらベッドに埋まるチェルニーの傍で、エルロイはそう目を伏せる。ヴァーチャーは眠ってしまったヘザーに毛布を掛けてやりながら返事する。 「なんや?」 「あの子を、ローパーにしたのは……お前の指図か?」 「違う」 ヴァーチャーは即答した。 「じゃあ、誰があの子をローパーにしたんだよ」 「ヘザーや。言ったやろう? ヘザーは宰相の側に付いていたんや。勝ち上がっていくお前を此処で蹴落としておこうと、宰相が策を巡らせたんや。 一瞬示した殺意の笑み。視界の脇でそれを垣間見たエルロイは冷や汗を落とす。 「そうか……其奴に遭ったら、一発殴ってやろう」 「今頃牢獄やよ。何せ、自分一人では何も出来ないクズやからな。部下がいなきゃ、あっという間に捕まったやろう」 「……自分一人で、か」 エルロイはほくほく顔になる。 「俺もチェルニーがいなかったら、何も出来ない野郎だったんだろうな。チェルニーが居てくれたから優勝も出来たし……」 「あーはいはい。惚気話は聞き飽きたわ。チラシの裏にでも語ってろ」 「意味が判らん」 ヴァーチャーはにっと笑う。 「自棄にあのローパーの事を気にするな。そんなに人間の魔物化がセンセーショナルか?」 「いや。あの子が誰かの意思によって人間として生きられなくなったのなら、犯人はどんな気持ちだったんだろうなって思ってよ」 「どんな気持ちやったと思う?」 まるで答えのない問いをして、見当違いの返答を期待するかのような言い方だった。エルロイは、毛布に包まれ目を閉じるヘザーを一瞥して答えた。 「……一人ぼっちでやるのは、スゲー、辛かったと思う。傍に居てやりたかった」 「一緒に罪を背負う、て事か? カッコイイな、お兄さん」 「茶化すな、ハゲ」 「なっ……ハゲてへんわっ!」 ヴァーチャーは目を剥いて言い放つと、一転ヘザーに囁く。 「良かったな、ヘザー。愛しのエルロイ君は判ってくれてるよ〜?」 「おいおい、寝てる奴に何話し掛けてんだよ」 「あれ? 寝てんの?」 「いや、お前が毛布を掛けたんじゃねぇか」 ヘザーの耳がピクピクと動く。ヴァーチャーはそれを見て、笑いを必死で堪える。 「 夜は更け 「なぁ、黙って出てきたけど、良かったのか?」 整備された林道を歩く二人の物影。黎明は彼等の姿を映す。一人は白い男であり、扇を開いて口元を隠している。もう一人、男を引っ張るように連れているのはエルフであった。 「いいのだ! あのヘザーとかいうダークエルフと一緒にいるなど、耐えられん!」 「そうかもしれねぇけど、何もこんな朝早くから出なくても。ふわぁ……」 男が眠たそうに欠伸をする。エルフに叩き起こされた被害者らしい。 「どうせあの男もド変態審判も昨日の内に帰ったではないか! 挨拶も何も、あんな売女に挨拶などする必要はない。そんな事より、彼奴、エルロイに!」 「……キス、されたな」 「そうだっ。一緒にいれば『行く宛がないの。一緒に連れて行って』とか何とか言い出すに決まっているっ。そうなれば……エ、エルロイと……“する”機会が……」 目に涙を溜めて必死に主張する。エルロイもそれを聞いて急に表情を神妙にする。 「それは拙いッ!? 早く遠くへ!」 「遠く? 例えば何処に?」 「兎に角、遠くだっ。奴に追い着かれない所に…… 思わず返事をしたが、今の声は此処には居ない筈の人物のものである事に気付くエルロイ。声のした方に首を向けると、其処には黎明の微かな光に反射する双眸があった。 「誰に……追い着かれないように、ですって?」 「出たァァァァッ」 木々の間に絶叫が走った。 数歩後ずさるエルロイ達に、口角を鋭く引き上げるヘザーは鞭を打ち鳴らしながら歩み寄る。 「言ったでしょ? エルロイ君。貴方を私の永遠のペットにしてあげるって」 「エルロイは私の物だっ。誰が貴様のペットになんかに」 「あら? 貴方も私のペットなのよ。ペットのモノは、私のモノでもある」 「どうしてそうなったのだ!?」 「兎に角、逃げるぞッ」 エルロイはチェルニーの腕を取り、林道を掛け出す。それを目の当たりにしたヘザーはにやっと不敵に笑った。 「あら、追い駆けっこ? 仕方ないわね……」 そう語ると、光でルーンを象る。試合の時に見せたルーンを再び体の中に取り込むと、暗がりの中でその体が淡く光るのだった。 「 地面を蹴り出す。 ピシィンッ 鞭が撓る刹那、エルロイ達の傍にある木から凄まじい音が響き、痛々しい音と共にその幹を地面に叩きつける。気付けば、エルロイの頬に赤い線が刻まれていた。一気に二人の顔から血の気が失せる。 「エ、エルロイ!」 「うわ、マジで怒ってる! いやぁぁ止めてぇぇ」 「許してほしい? 許してほしいんだったら、ご主人様に示すべき態度があるんじゃないの?」 「ひぃぃ、ゴメンなさい! どうか、どうかお許しを」 「そうやって許しを請いながら、私の靴の裏が擦り切れるほど舐めれば許してあげるッ」 「舌の方が先に擦り切れるわッ」 ピシィンッ 「おひゃぁッ!? すみません生意気言いました許してください」 「うぅ……折角エルロイと二人きりになれたのに……これからって時にぃ……ッ」 チェルニーが泣きながら境遇を嘆く。エルロイは容赦なくヘザーの鞭の集中攻撃を受けていた。 「そうね、靴を舐めろだなんてペット初心者のエルロイ君には難しかったわね。さぁ、エルロイ君。なら私の前に跪いてみっともなく自分を慰めなさい。年頃の男の子なのだから、得意でしょう? 出来たらご褒美に目一杯踏んであげるからッ」 ドビシィッ ←痛恨の一撃 「ぬあぁぁぁぁ ……こうして、この林の朝は悲鳴によって告げられるのであった。 |
【メモ-人物】
“ルピーニエ” 不運フラグ立ちまくりのうら若い町娘。 踊りが趣味で、エルロイ達と同じく舞踏会と武闘会を間違えた口だが、ヴァーチャー曰く「エルロイ達は誤解するように差し向けたから判るが、彼女は天然で来ちゃった」との事。 女性だった為、男目当ての魔物達が興味を示さず棄権してしまい、何もしないまま準決勝まで進出するという何とも言えないことになる。しかも準決勝進出した所為で厄介な相手とみなされてローパーにされちゃう可哀そうな子。 ED化したエルロイと対峙した際は、自分の触手を咥えてボタボタと粘液を垂らしながらみっともなくセルフ、という萌えを見せてくれた。 「当店ではお触手の方、セルフサービスと(ry」 09/12/25 23:59 Vutur |