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後篇


   いいのかなぁ〜?ケ・イ・フ・ちゃぁ〜ん♪」
 そんな声が洞穴に響くと、藁の山から何かが飛び出してきた。そしてその飛び出してきたものは、面倒なことに、俺の顔に何か、ぼよんっ、ととんでもなく柔らかいものをぶつけてきたのだった。
「!? あ、姉貴……っ!!」
 そう、俺に豊満な胸をぶつけて抱き付いてきたのは、俺の姉貴その人であった。俺よりも身長が高く、俺よりも強く、俺よりも女の体をしている姉貴は、もうそれはそれはアッチの実力も半端ではないのだった。
 だが、基本的にヤり過ぎて頭がどうにかなってしまっているらしく、余りミノタウロスらしい感じではないのが特徴だ。特に、今藁の中に潜り込んでまで出歯亀に徹していたところを見れば判るが、かなりの変り種。
「姉貴って……もう、いつも言ってるじゃない。ケイフは、女の子らしく、『お姉ちゃん』って呼ばなきゃ、駄目って」
「馬っ鹿、寧ろそっちの方が恥ずかしいっつうの! ていうか、何時の間にあんなトコに隠れてたんだよっ」
「ん〜? ケイフちゃんが珍しく可愛い男の子連れ込む……ちょっと前かな?」
 それを聞いて、凄まじく嫌な予感がしたことは否めない。
「じゃあ……なんで、あんなトコに隠れてたんだ……っ?」
「ん〜? ……だって、ケイフちゃんが森であの男の子を口説いてたから、お姉ちゃんが見守ってあげようと思って〜」
「余計なお世話だっっっ!!」
 洞穴が微かに崩れるほどの大声で姉貴に叫んでやる。姉貴はこの大音量にも関わらず、自分のペースを一切乱さないのだ。そして終いには俺を見上げてこんなことを言い始める。
「……でもぉ、結局、ケイフちゃん、逃がしちゃったじゃない。惜しかったなぁ。あの子、私のお眼鏡に適ってたんだよ?」
 姉貴には特殊能力がある。それは、男の夜の実力を見ただけで推し量れることだ。俺は皮肉を込めてこう言ってやる。
「へぇへぇ。流石、ボケるまでヤってる姉貴は、男の下半身を見る目があるよ、全く」

 ガスンッ

 すると、突然天地が真っ逆さまになる。頭が地面に叩き付けられて、角が地面に刺さったのを感じた瞬間にやっと気付く。……姉貴の一瞬の怒りによって、自分が投げ飛ばされたことを。
「いてっ!?」
「ケイフちゃん、ヒドーイ。お姉ちゃん、そんな売淫な女じゃないもーん。ちゃんと男の人には尽くすタイプだもん」
 そんなことを言っているが、俺は知っている。姉貴の性欲に付いて行けなかった男達が、姉貴に空の彼方まで投げ飛ばされていることを。
 ていうか、それよりも、だ。
「……姉貴、元に戻してくれ」
 頭の角が地面に突き刺さり、天地が逆転したままなのだ。そして抜こうにも自分の力では抜けない。頭に血が上っていくのが判る。だが天地逆様の姉はすっかり機嫌を損ねてしまったようで、組んだ腕に胸を乗せてそっぽを向く。
「知らないっ。そうやって頭でも冷やしてるといいの」
「余計血が上るわっ」
 すると姉貴は打って変わって真面目な表情に変わって、地面に近い俺の顔に近付く。膝を曲げる姉貴の股間が目に入り、其処にある使い慣らされた女性器が目に入る。
「……でもね、ケイフちゃん。男の子を手に入れたいときは、ちゃーんと此処を使わなきゃいけないのよ?」
 そう言って、姉貴は自分の割れ目を二本の指で開いてみせる。微かな垢と尿の臭いがする中、その中身はといえば、肉の襞が連なっているのだった。
「……で、でも……彼奴は、やっちゃ駄目なんだよ……話聞いてただろ? 姉貴も」
「うん。…酷い話だったね。私なら、絶対あんな可愛い子、捨てたりしないのに。」
「……いや、其処じゃなくて」
「判ってるよぉ〜。   でもね、そんなの、私達に関係あるの?」
 そう問われる意味が、俺にはよく判らなかったりした。だが、姉貴のマ〇コから視線を天地逆に下げていくと、其処には緩みきった笑顔……ではなく、ミノタウロスとしての鋭い眼光を照らす姉貴の顔があった。
「……ケイフちゃん。貴女の男運が悪いのはね、他でも無い、貴女自身の所為なのよ?」
「え?」
「いつもそう。貴女は口では無理矢理だの、レ〇プだのと言ってるけど、結局貴女が求めているのは、健全過ぎる、男女のお堅いお付き合いなの」
 はぁ、と憂鬱そうな溜息を吐いた姉貴は、胸が重たそうに腰を上げる。俺の前に突き出されていたマ〇コのほうは高く舞い上がり足の間に閉じられた。
「前だって、外で男の子を捕まえて、いざ挿入、となってから他の魔物が邪魔してきたくらいで貴女は無視もせず、続けなかったじゃない。……結局ブチ切れて暴れて、男の子には逃げられちゃったし」
「う……あんまその時の話しないで」
 頭が痛くなるのは、情けなさからか、それとも頭に血が上っているからか。どちらにせよ、これ以上姉貴の説教を聞くのは勘弁だ。俺は必死に地面を押し上げるが、角が何時までたっても抜ける気配が無い。これは…姉貴は俺を只単に投げ飛ばしただけじゃなく、動けないように地面に突き刺したのだ!
「うぅ……あ、姉貴っ!? どういうつもりだっ。抜けねぇじゃねぇか……!?」
「当たり前よ。抜けないようにしたもん」
「ぐぬぬぬ……!!」
「まだ駄目。お姉ちゃんの話は終わってないもん」
 俺の足掻きを絶対に楽しんでいる姉貴は、そう言ってから話を続ける。
「今回の事だってそう。あの男の子がインキュバスで、ヤったら狂っちゃうからって何? 私達はそんな難しいこと考えてヤる種族だっけ?」
「し、知るかっ。そんなこと……!」
「……ズバリ言うけど、ケイフちゃん。貴女、優しすぎるよ」
「………」
「貴女、男の子が困ってる顔してると、切なくなるでしょ」
 そんなことはない。けれど、嬉しくなる自分は、何処か納得言っていないのは事実だった。だが姉貴はそう心の中で否定した筈の私にこう続けた。
「確かに気分がいい。けど何か違う気がする。そうでしょ?」
「………」
「……だんまりかぁ。まぁいいわ」
 そう溜息を吐くと、姉貴は俺に背を向けた。筋肉で引き締まったお尻が俺に向けられる。

「――お姉ちゃんが一つ、良い事教えたげる。」
「……?」
「あの森で、あの男の子に目を付けていたのは、何もケイフちゃんだけじゃないんだよ?」
 そう語る姉貴の言葉を、俺が理解するには少し時間が掛かった。
「? どういう……   っ!」
「良い子ね。直ぐに判ったんだ? ……あの男の子はサキュバスに気に入られるくらいの吟遊詩人。しかも、エッチな気分にさせるのが上手。本人にその気が無くても、あの森に住むイケないピクシーちゃん達やイケない事を覚えちゃったフェアリーちゃん達、引いてはあの才能だからリャナンシーちゃんからもかなり熱い視線で見られてたのよ? まぁ、ケイフちゃんが凄い剣幕で怒鳴り込んだお蔭で、ケイフちゃんが口説く時には皆泣いて逃げていったから、気付かなかっただろうケド」
「!! あ、姉貴……」
 俺はその話を聞いて、咄嗟にこう尋ねてしまった。
「彼奴、何処に向かって行ったっ!?」
 すると姉貴は俺を見て、ふふんと笑った。
「きっと関係ないよ? あの子達、あの後必死に彼を探してたし。仮にあの男の子が森に行かなかったとしても、この近くでもう捕まってるかも……?」
「くっ」
 俺は込み上げてくる不思議な感情のまま、この腕に力を込める。なんだったら、角がへし折れても構わない。それ位の意気込みで、地面を押し上げる。

   うおりゃあぁぁぁっ!!!」



――――――――――



 走り去っていく妹の影を目線で送り出した後、地面を見る。あれだけ硬い岩盤にあれだけの力を込めて突き刺したのに、今ではその岩盤が裏返ってしまっている。私は、おかしくて笑ってしまった。
「ふふふ。ホントに面白い子だね」
 そして、一つ言い忘れていたことを思い出し、代わりに今口に出すのだった。
「……実は、私も目を付けてた一人なんだけどなぁ……?」
 まぁ、今回は愛する妹に譲るとしますか……なんてね。



――――――――――



 解放された小生は、心の中にわだかまりを生じつつ草原を歩く。気の所為か、小生を迎える風が強い。帽子が風に飛ばされぬように手で押さえる。帽子の縁がごうごうと鳴る風の力で変形し、小生の視界を何度か奪う。
 手に持つ弦が震え始める。手元に其れを確認した後、目の前を塞いでいた帽子の縁がぷいっと剥がれる。
 その時、目の前には信じられない光景が広がっていた。
「……おや?」

    キャッキャッ

 姦しい声。風を細切れにする羽音。目で確認した後、耳でそれを感知する。小生の目の前には、景色を覆い隠す数ほどの小さく可愛らしい少女達が宙で大舞踏会を演じていた。
「オニーサン、みーつけた♪」
「? 小生を探していたのですか?」
 そう尋ねると、彼女達はクスクスと笑って誤魔化すのだ。
「……オニーサンの琴の音、素敵だね」
「すっごいよなー」
 顔の直ぐ前に飛んできたのは、純情そうで可愛らしいフェアリー種と、小憎たらしそうで可愛らしいピクシー種。その二人を筆頭に、数々飛来する同種の彼女達が小生の琴を褒めてくれる。
「うんっ。どうやって弾いてるのー?」
「なんでそんなに上手く成れるんだー?」
「もっと聞かせて、聞かせて?」
「なー、いいだろー?」
 終いには周囲からせがまれてしまい、小生は困ってしまう。だが、彼女達からのリクエストを断る謂れは無い。
「承知致しました。こんな若輩者の音で良ければ」
「わー」
 途端に周囲が色めき立つ。なんだか、大舞台で演奏するみたいだ。小生は周りを取り囲む大観衆に心躍らせながら、弦に指を沿わせる。

 ♪……〜♪……♪

 大草原の空気を巻き込みながら空に動く雲をも取り込む。そうして描いたキャンパスに、小生の感じた歓喜を描き込む。そうして心に情景を描き続ける小生の指は、踊り狂うのだった。
「ふぅ……」
 次第に周囲から溜息が漏れる。小生の音は、どうやら彼女達の心に響いたようだ。
 だが、この度は少々勝手が違った。何やら、演奏中の小生の背や腕に、体を擦り付ける者が現われ始めたのだ。何かに取り付かれたかのように。

 ……♪…〜♪…♪………

「――あふぅ……ん」
「……?」
 最初はじゃれ付いて来ているだけだと思っていた。可愛らしいと考えて、構わず演奏を続ける。

 …〜♪……♪……〜♪…

「はぁ、はぁ……すごい……っ」
「あぁ……何か、スゲー……アソコが……むずむずする……っ」
 やがて周囲から甘い吐息が聞こえ始めた。それに気付いた瞬間から、小生の体にはもう既に無数の妖精達が纏わり付いているのに気付いた。よく見てみれば、その多くがその恥部を小生の着物に擦り付け、体の熱を吐き出していたのだった。…鼻を通る匂いは、何処か甘い花蜜を思い起こさせる。
   オニー、サン……ッ♪」
 小生が身の危険を感じ始めた頃、耳元で先程のフェアリーが甘い声を吐きつける。
「オニーサンの“えんそー”でぇ……すっごく、えっちな気分になっちゃった………♪……責任、取ってくれるよね………?」
「せ、責任っ? しょ、小生の……演奏で???」
 何故小生の演奏で? 疑念が絶えなかったが、この様子では、どうやら小生は別の脅威にぶち当たったようだ。だが、どうやら先程のミノタウロス――ケイフと違って、彼女達には話が通じないようだ。小生の声など耳にも届かない様子で情欲に身を任し、自慰に耽っている。

   っ!?」
 やがて、反対側の耳に生暖かい感触が広がる。驚いて首を振ると、どうやら小生の耳を一舐めしたらしいピクシーが振り離され、驚いた表情をしながら、小悪魔のように笑んできたのだった。
「キャッ。……ふふん、吃驚しちゃった? でも、オニーサンが悪いんだよぉ……? 俺達をこんな気分にさせたの……わ♪」

 カチャカチャ

 やがて下半身に異常が起こる。なんと彼女達が小生のズボンのホックを外し始めたのだ。小生は思わず琴を弾くことを中断し、彼女達を捕まえて下半身から離す。
「!?こ、こらっ。冗談が過ぎます!」
「あぁん♪」
 だが引き離しても引き離しても彼女達は小生のズボンを取り去ろうとする。小生も怒るに怒れず、只困惑して抵抗するだけだったが、次第に周囲の空気が変わってきたのだった。
「んん、変なオニーサンだね。オニーサンも、こういうこと好きなんでしょ?」
「だって、ほら。オニーサンの此処は正直に手を上げてるよぉ……?」
 そう言ってピクシーが愛しそうに頬ずりしたのは、小生の股間の隆起だった。小生は慌てて彼女を抓んで引き離すが、その途端彼女は頬を赤らめながらほくそ笑んだ。

「もう、強情だなぁ。なら…こっちもその気でいこっかな?」

 その言葉を聞いた瞬間だった。小生がピクシーを掴んでいた腕が、急に動かなくなる。終いには足がふらつき、その場に倒れこんでしまった。
   ふふふ。皆が力を合わせれば、オニーサンを玩具にも出来るんだよぉ?」
「そうそう。い〜……っぱい、遊んでね♪ オニーサン?」
 耳元をペチャペチャと舐められながらそう囁かれる。正直に言えば、もう小生の色欲も音を挙げそうになっている。とうとう抵抗できずに、小生の逸物は彼女達の笑顔の前に曝されることとなった。
   っ!?」
「へぇ〜。こんなの隠してたんだぁ。オニーサンも隅に置けないなぁ。」
「これ、すっごくシてるオチ〇チンだよぉ? オニーサン、モテモテなんだぁ♪」
「あれ? これ何?」
 そう疑問の声を挙げたフェアリーが一人居た。彼女は小生の上着を取り払い、小生の胸に赤々と輝く紋章を指差していた。
「ん? 最近のお洒落じゃないの?」
「へぇ〜。オニーサン、カッコイイねぇ」
「そんなのいいから……サ。早く、挿れようよぉ。誰から行くぅ?」
「私っ。オニーサンを最初に見付けたの、私だもん!」
「なんでだよ、俺が先だっ」
「なんでー? 私が最初にオチ〇チン触ったもーん」
 そうやって、小生の性器の周りで口々に言い争う彼女達。我先に手を出そうと小生のに触れる柔らかな指と体は、今まで封じてきた小生の欲望を蘇らせる寸前だった。
「んじゃあ、皆でオニーサンをイかせて、一番えっちなお汁を集められた人が、先にしよっ?」
「そうだね♪」
 どうやら話が纏まったらしい。しかし、どっちにしろ、このままされては小生の封印が弾け飛んでしまい、狂い死ぬ羽目になる。必死にもがこうとするが、言う事を聞かない体では、どうすることも出来ない。
「ふふ、ずっと我慢してたんだね? オニーサンの、すっごく蒸れてる……」
「我慢なんかしなくていいからな。勢いよく、頼むぜ?」
 口々にそういわれ、小生の逸物の皮が下ろされ、其処に柔らかい感触が絡みつく・

「……アリシア」
 狂い死ぬ覚悟を決めた時、不意に口を突いて出たのは   嘗て愛した女性の名だった。

「こぉぉぉのぉぉぉ   っっっ」

 そんな、時だった。



   クソチビ共ぉぉぉぉー!!!」



「っ!?」
 草原を駆け巡る咆哮が、風を追いたて、小生の上を通り過ぎる。その勢いに、小生を犯そうとしていた妖精達は小生の竿に必死に掴まるが、結局吹き飛ばされてしまうのだった。
「キャー」
「うわー」
 やる気の無い悲鳴。だが小生の体は動くようになっていたのだった。慌ててズボンの中に充血した逸物を仕舞いこみ、立ち上がる。目の前には、赤い顔で小生を睨む、ミノタウロスの姿があった。
   ケイフさん?」
 思わず口に出す。その途端、彼女ははっと我に帰り、小生に背中を向けるのだった。
「っ! ……な、何やってんだよ。んなとこでよぉ」
 声がなんだかイラついているように感じられる。小生は自分が情けないと思うままにこう返す。
「ははは……琴を聴きたいとせがまれて弾いたら、何時の間にかこんなことに……」
「何時の間にか、じゃねぇっ。テメェは、ヤっちゃ駄目な体なんだから、ちゃんと気を付けてろよっ!」

 ああ、やっと気付いた。彼女は怒っているんじゃない。小生の身を、本気で案じてくれているのだ。
「すみません」
「っ。謝られても……な」
 暫く沈黙が流れ、自然に口を開いたのはケイフさんの方からだった。
「なぁ、ほ、ホントに……ヤっちゃ駄目なのか?」
「はい?」
「……ほ、ホントは……ちょっとくらいなら、いいんじゃねぇのか、な……っ?」
 そう語る彼女の声が、最後の方は小さすぎてよく聞こえなかった。だが、何が言いたいのかは判るし、こう返答も出来る。
「ちょっとも、無理ですね。…射精する事が駄目なのです」
「……それ、生殺しじゃねぇか……」
「ええ、そうですね」
 生殺し。実に的確な言い回しだ。小生が、あの人の興味から外れた時と、なんら変わらない。
    愛しい人を、ずっと抱けないのには。
「……そういえばケイフさんは、何故此処に?」
「(ギクッ)……べ、別に。さ、散歩だよ」
「……そうですか」
 追い掛けて来た訳じゃない。当然だ、何を期待しているんだ、小生は。……何故、寂しいと思った。
 小生は、あの人の興味から外れた後、あの人が他の男に抱かれているのを見ることしかなかった。若しかすれば、小生が嫉妬でもして彼女を無理矢理にでも抱いてしまえばよかったかもしれない。もっと小生が、“愛”というものに貪欲になってしまえば、失わずに済んだかも知れないのだ。
 では、今はどうなのだ? 彼女は小生を追い掛けて来た訳ではない。だが、いま向けている背中が、妙に愛おしい。嘗て、誰かに抱いたような感情。それは無論、あの人とは別の女性で、魔物でもない。その女性は、あの人以外では、一番小生の心を満たしうる存在だった気がする。小生はその惜しい感情を、目の前の彼女に同じように抱いているのに気付いたのだ。
「………」
 小生が、もっと“愛”に貪欲になれば、大切な人を失わずに……。その言葉が、何度も頭を過ぎる。気付けば、小生はケイフさんの背を抱き締めていた。
   っ!?」
 ミノタウロスだが、彼女はまだ小生よりも小さい。その体を包み込んでしまう感情にいたる。彼女は突然の事に困惑したようだが、振り払わないまま体を硬くするのだった。
「……」
「……   
「……な、なんだよぅ。行き成り……っ?」
 弱弱しく、震えるような声で小生に意図を尋ねるケイフさん。だが、小生にも自分の意図が判らなかった。
「……判らない」
「はぁ?」
 小生はケイフさんから離れる。少し驚いたように振舞う彼女だったが、小生は琴を手に取り、今の自分の感情を探るのだった。

 ♪………

「………」
 判らない。自分の気持ちが。現に、なぞる指が全く動かないのだ。
 小生は彼女が欲しいのか? いや、インキュバスとして、男として求めている? それとも、只の友愛か?

 ……何故、どれも否定出来る。   何故……?

 そう苦心する小生に、ケイフさんが声を掛けてくれるのだった。
   あのさ」
「……?」
「……俺は、考えるのとか、苦手で……よく判んないんだけどサ……」
 彼女は上手く動かない口で必死に考えを伝えようとしてくれる。
「正直、お前にそんだけ愛されてたサキュバスの女は、幸せだったと思うぜ? だから……いい加減、お前も荷物降ろして……自分の幸せ、探したらどうだ?」
「………」
 彼女はそういった後、顔を真っ赤にして、また後ろを向いては気不味そうに頭を掻くのだった。
「い、いや……別に要らねぇならいいんだけどよぉ……?」
   そうか」
 小生は閃いた。小生が何を求めたか。その途端、小生の指は正解を導き出した達成感から自然に踊り始めるのだった。

 …〜♪…〜♪……♪…

「うおっ。突然、なんだよっ?」
「判ったのです」
「な、なにが?」
 小生は戸惑う彼女に向かって、琴を弾き鳴らしながら、心の中の言葉を告げる。
「……小生は、いや、俺は   



――――――――――



 それから暫くして、ケイフの姿は自身の巣の中にあった。
   チキショー。又失敗しちまった」
 そうぼやきながら藁の上でゴロゴロとしている。その目は不機嫌そうに尖っていた。その傍では彼女の姉が干し肉を頬張りつつ、彼女に苦言を呈す。
「ケイフちゃん、この前のお姉ちゃんの忠告、忘れちゃったの?」
「知るかっ」
 そう吐き捨てて藁の山に顔を埋める。その様子を見て、姉も溜息を吐いた。
「今日も男の子狩るの失敗したんでしょー? だ・か・らぁ、その道のプロであるお姉ちゃんが、ですねぇ」
「うっせぇ、馬鹿乳」
「(ブチン)………」
 その言葉に姉がゆっくりと立ち上がり、藁の山からケイフの体を持ち上げる。
 バサァッ
「!? うわわわっ!? な、何しやがるぅっ!?」
「お姉ちゃんは馬鹿乳じゃないもんっ。どっちかっていうと、爆乳だもんっ」
「どっちでも良くねっ?」
「良くないっ。馬鹿乳っていうのは、成長する限度も判んない馬鹿なお乳ってことで、爆乳は、世界が誕生した様を見事に言い表した哲学芸術的なお乳だもんっ」
「無駄にスケールでけぇっ!? てか、離せぇっ」
 そう言いながらじたばたと暴れるケイフに、姉もすっかり呆れ顔であった。
「ふぅ。……どうせ、あの子を待ってるんでしょ?」
「っ!!?」
 その言葉で、直ぐに赤くなるケイフ。その反応を楽しんでいる様子の姉は、ニヤニヤとこう言い連ねるのだ。
「あの子とどう上手く行ったかは知らないけどぉ……。お姉ちゃん的には、きっと何処かで誰かに(性的な意味で)食べられちゃってると思うけどなぁ……?」
「うぅ……」
 しょんぼりと耳を垂れ下げるケイフ。最近男を虐めるより妹を弄ぶ事に味を占めた姉は、続けてこう言ってみるのだ。
「あ、若しかしたら、ケイフちゃんの事、忘れちゃってるかもね。他の女の子とデキちゃって、一人だけ幸せになっているかもよぉ〜?」
「! そ、そんなこと」
「もう、健気なんだから。ミノタウロスらしくない。どうせ、今日だって態と逃がしたんでしょ?」
「……うっせぇ」
 蚊の鳴くような声で強がるケイフ。姉は悉く溜息を吐く。
「――あれからもう一ヶ月は過ぎたよ? ケイフちゃん。きっと、あの子は何処かで幸せに成ってるって。だから、貴方もそろそろ相手を決めて……」
「し、知るかっ。姉貴にそんなの、決められたくねぇ……。そ、それに……俺にはゼルしか……!」
 相変わらずそう強がって見せるが、姉の目から見て、そろそろ限界だと言う事は感じられた。不安に押しつぶされる一歩手前の乙女の姿は、彼女にも見るに耐えない。お蔭で最近は妹に気が引けて男漁りも自粛しているところであった。
「……はぁ。ホント、いい加減に……   
 そう溜息を吐こうとする姉だったが、ふと何かが外から聞こえてきたのに耳を持ち上げる。

 ………♪

「あれ? ハニービーの大群でも、近くを通ってるのかなぁ?」
「………」
 だが二人の耳に聞こえてくる“雑音”は、ドンドン近付いてくる。

 ………♪……〜♪

「???」
「……あ」
 その時、ケイフの耳が此処一ヶ月の中で一番力強く持ち上がる。それを確認した姉の視界は、次の瞬間天地逆様になるのだった。
   あれ?」
 ガスンッ
 暫く姉は自分の置かれた状況が判らなかった。何故か矢鱈と頭が痛い。時に角の違和感ったらないのだ。頭に血が上っている感覚は、必ずしも気持ちよいものではなかった。
「……ケイフちゃーん」
 何時の間にか天井に足が着けるようになったらしい妹に、助けを求める。だがその妹は既に何処か遠い所を見詰めているようだった。
   っ」
 ダンッ
 やがて、妹は姉を置いて、猪突猛進に走り去っていってしまった。残された姉はキョトンとしながら其れを見送って   最後に一つ、笑顔を零した。


「……私達の中にも、ああいう子がいても、良いのかもね   


――――――――――


 後に、サキュバスに囚われていたこの吟遊詩人は、伴侶と共に琴神ゼルとして、世に知られる事となる。



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【メモ-人物】
“お姉ちゃん”-1

ケイフのお姉ちゃん。ミノタウロスとしてかなりのやり手だが、やりすぎてちょっと頭が花畑牧場。そんな彼女に名前はない。
馬鹿乳っていうと頭から地面に叩きつけられるか、みぞおちに重いのを一発ご馳走してくれる。

持ち前のおっぱ…フェロモンで恋人には困らないが、長持ちしない人は皆お空の彼方に砲丸投げの要領で投げ飛ばしてしまうので、長続きしていない。

何故か知らないが、この後ゼル達について回っている姿がある。

09/12/25 23:56 Vutur

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