私が来たA
転校生と遅刻した生徒。
自分は大した読書量なんて持っていないが、それでもこの組み合わせは小説や漫画で王道だということくらいは知っている。道角でぶつかって、互いに罵声を浴びせかけたあと、教室で再開して『なんでお前(あなた)がここに!?』となるアレである。
これから『転校生』と出会う『遅刻した生徒』の自分の場合、そもそも登校中に接触はなかったし、自転車に乗っていたので道角でぶつかろうものなら恋どころか治療費や慰謝料が生じ、罵声どころか警察が飛んでくること請け合いだ。
そんな現実的な問題は生じるものの、それぞれのキャスティングとしては中々ではなかろうか。
『遅刻した生徒』は魔物娘の彼女持ち、そして『転校生』は魔物娘の分身
ときている。
中々にエキサイティン。
つまり『これから何かが起こる』というよりは、『もう既に何かが起こっている』わけで…。
今夜ナニかが控えている自分としては、ナニごとも起こらないのを願うばかりである。
…無理だろうか。
…無理だろうなぁ。
…無理だな。
以上、遅刻した際にありがちな思考世界への逃避。
職員室からのろのろと歩いていたが、とうとう教室に着いてしまった。
まぁ、しょうがない。休まないと決めたのは、自分だ。
思考世界に別れを告げ、教室のドアを静かに開ける。
冷たい視線は見たくないので、下を向いて、そそくさと自分の席へ。
前回の席替えで勝ち取った、最後列の端というベストプレイスに荷物を置いたところで、おかしなことに気がついた。
…音が、しない。
何、なんなの?みんな微動だにせず自分を凝視してるの?自分は見る人全てが動きを止める物凄い完成度の芸術作品級の美しさだったりするの?
…違いますよね。
事実を確認するために、顔を上げてーー
『おはよう』
不意に、静寂が破られた。
『随分と面白いことをするのね、あなた』
顔をあげると、そこには…
『どうしたの?私が挨拶したのだから、あなたは最上級の挨拶を返すべきではないかしら』
見る人全てが動きを止めるであろう、物凄い完成度の芸術作品級の美しさ
をもつ生き物がいた。
なんっだこれ…。
教室で中央に位置する机に腰掛けているそれは、その死人じみた白さの肌と対照的な、血のように紅い唇に手を当てて、妖艶に微笑んでいた。
瞳にはストリーと同じ、深紅と呼べそうな赤色が宿っており、唇からは見間違えようもない鋭い牙が覗いている。
ひとまとめにして無造作に垂らされた、腰ほどにまであるその髪は、窓からの日光に反射して黄金に輝いていた。
ストリーとは違って、羽や尻尾などと言った強烈な人間との違いはないものの、明らかに彼女は人間ではない。
…コスプレなどはもってのほか。
魔物娘が、そこにいた。
『ほら…見惚れてないで、挨拶なさい?』
再度挨拶を求める魔物。
その言葉でハッと現実に帰る。
…なるほど、挨拶ね。うん、大事。
『……というか、他のみんなは?』
でも、挨拶よりも大事なことってあると思うんですよ。具体的には状況確認とか。ストリーがいないのはわかるが、さすがにクラスみんながいないというのは訳がわからない。教室の真ん中で机に座るほどの大胆な行動…そりゃ他人の目があつまたらさすがにできないでしょう。そして、なんで僕たちは空き教室で二人きりの密会を開いてるんでしょうか…。
『え?』
自分の言葉にキョトンとした顔になる魔物。…ちょっと、その「この人、質問を理解してるの?」みたいな顔やめて。
『体育の授業があるって言って出て行ったわよ?』
『………え?』
言葉の理解に5秒。現実の理解に5秒。たっぷりと10秒ほどの時間をかけて、衝撃の真実と対面する。
『やっべえ…何も持ってきてねぇ』
鞄を確認するまでもない。体操服一式を家に置いてきてしまった。
マジか…。家を出る際にバタバタしていたとはいえ、これはさすがに擁護できない…。
『ふふっあははははっ』
膝から崩れ落ちて絶望感を噛み締めていると、頭上から高らかな笑い声が響いてきた。…おのれ、人の不幸を笑うとは。いや、立場が違えば多分自分も笑ってますけどね。遅刻してきて用意一式忘れるとかマジ笑い話。
『ふふふ、貸そうか?私の』
ひとしきり笑い終わると、魔物は鞄から体操服を取り出した。
『女の子の体操服とかって興奮するんでしょう?』
『いや、何その斜め上解決法…。ねぇよ、ねぇ。それに、そういうのは女の子が着て初めて価値を帯びるんだ。未使用だと価値はない』
『あら、そう?残念…』
渋々といった体で体操服をしまう彼女。なんで自分は初対面の女子に使用済み体操服の魅力を熱弁してるんでしょうか…。どんな罰ゲームなのこれ。
『…で、体操服もあるのに、なんで教室にいるの?えっと、転校生さんは』
そういえば、まだ名前を聞いてなかった。
『ヴァイアよ。ヴァイア・ハート。覚えなさい。教室にいるのは、そうね……転校生でまだ校内の移動がままならないからよ』
『いや、その理由絶対今考えたでしょ…』
今の質問にシンキングタイムは必要ない。
『まあ、いいじゃない。それより迷子のレディがいるのよ。エスコートしたらどうなの?』
『…はぁ?』
『そうすれば、体育の授業を誤魔化せるし、迷子の私は救われる。いい案だとは思わない?』
……何その案。すごくいいじゃん。天才かよ。
『というか、しなさい。挨拶を無視した罰よ』
ああ、そういえば…。
…罰なら、しょうがない。
『わかった。ただし…』
『ん?』
『保健室以外でな』
保険はかけよう。保健室だけに。
自分は大した読書量なんて持っていないが、それでもこの組み合わせは小説や漫画で王道だということくらいは知っている。道角でぶつかって、互いに罵声を浴びせかけたあと、教室で再開して『なんでお前(あなた)がここに!?』となるアレである。
これから『転校生』と出会う『遅刻した生徒』の自分の場合、そもそも登校中に接触はなかったし、自転車に乗っていたので道角でぶつかろうものなら恋どころか治療費や慰謝料が生じ、罵声どころか警察が飛んでくること請け合いだ。
そんな現実的な問題は生じるものの、それぞれのキャスティングとしては中々ではなかろうか。
『遅刻した生徒』は魔物娘の彼女持ち、そして『転校生』は魔物娘の分身
ときている。
中々にエキサイティン。
つまり『これから何かが起こる』というよりは、『もう既に何かが起こっている』わけで…。
今夜ナニかが控えている自分としては、ナニごとも起こらないのを願うばかりである。
…無理だろうか。
…無理だろうなぁ。
…無理だな。
以上、遅刻した際にありがちな思考世界への逃避。
職員室からのろのろと歩いていたが、とうとう教室に着いてしまった。
まぁ、しょうがない。休まないと決めたのは、自分だ。
思考世界に別れを告げ、教室のドアを静かに開ける。
冷たい視線は見たくないので、下を向いて、そそくさと自分の席へ。
前回の席替えで勝ち取った、最後列の端というベストプレイスに荷物を置いたところで、おかしなことに気がついた。
…音が、しない。
何、なんなの?みんな微動だにせず自分を凝視してるの?自分は見る人全てが動きを止める物凄い完成度の芸術作品級の美しさだったりするの?
…違いますよね。
事実を確認するために、顔を上げてーー
『おはよう』
不意に、静寂が破られた。
『随分と面白いことをするのね、あなた』
顔をあげると、そこには…
『どうしたの?私が挨拶したのだから、あなたは最上級の挨拶を返すべきではないかしら』
見る人全てが動きを止めるであろう、物凄い完成度の芸術作品級の美しさ
をもつ生き物がいた。
なんっだこれ…。
教室で中央に位置する机に腰掛けているそれは、その死人じみた白さの肌と対照的な、血のように紅い唇に手を当てて、妖艶に微笑んでいた。
瞳にはストリーと同じ、深紅と呼べそうな赤色が宿っており、唇からは見間違えようもない鋭い牙が覗いている。
ひとまとめにして無造作に垂らされた、腰ほどにまであるその髪は、窓からの日光に反射して黄金に輝いていた。
ストリーとは違って、羽や尻尾などと言った強烈な人間との違いはないものの、明らかに彼女は人間ではない。
…コスプレなどはもってのほか。
魔物娘が、そこにいた。
『ほら…見惚れてないで、挨拶なさい?』
再度挨拶を求める魔物。
その言葉でハッと現実に帰る。
…なるほど、挨拶ね。うん、大事。
『……というか、他のみんなは?』
でも、挨拶よりも大事なことってあると思うんですよ。具体的には状況確認とか。ストリーがいないのはわかるが、さすがにクラスみんながいないというのは訳がわからない。教室の真ん中で机に座るほどの大胆な行動…そりゃ他人の目があつまたらさすがにできないでしょう。そして、なんで僕たちは空き教室で二人きりの密会を開いてるんでしょうか…。
『え?』
自分の言葉にキョトンとした顔になる魔物。…ちょっと、その「この人、質問を理解してるの?」みたいな顔やめて。
『体育の授業があるって言って出て行ったわよ?』
『………え?』
言葉の理解に5秒。現実の理解に5秒。たっぷりと10秒ほどの時間をかけて、衝撃の真実と対面する。
『やっべえ…何も持ってきてねぇ』
鞄を確認するまでもない。体操服一式を家に置いてきてしまった。
マジか…。家を出る際にバタバタしていたとはいえ、これはさすがに擁護できない…。
『ふふっあははははっ』
膝から崩れ落ちて絶望感を噛み締めていると、頭上から高らかな笑い声が響いてきた。…おのれ、人の不幸を笑うとは。いや、立場が違えば多分自分も笑ってますけどね。遅刻してきて用意一式忘れるとかマジ笑い話。
『ふふふ、貸そうか?私の』
ひとしきり笑い終わると、魔物は鞄から体操服を取り出した。
『女の子の体操服とかって興奮するんでしょう?』
『いや、何その斜め上解決法…。ねぇよ、ねぇ。それに、そういうのは女の子が着て初めて価値を帯びるんだ。未使用だと価値はない』
『あら、そう?残念…』
渋々といった体で体操服をしまう彼女。なんで自分は初対面の女子に使用済み体操服の魅力を熱弁してるんでしょうか…。どんな罰ゲームなのこれ。
『…で、体操服もあるのに、なんで教室にいるの?えっと、転校生さんは』
そういえば、まだ名前を聞いてなかった。
『ヴァイアよ。ヴァイア・ハート。覚えなさい。教室にいるのは、そうね……転校生でまだ校内の移動がままならないからよ』
『いや、その理由絶対今考えたでしょ…』
今の質問にシンキングタイムは必要ない。
『まあ、いいじゃない。それより迷子のレディがいるのよ。エスコートしたらどうなの?』
『…はぁ?』
『そうすれば、体育の授業を誤魔化せるし、迷子の私は救われる。いい案だとは思わない?』
……何その案。すごくいいじゃん。天才かよ。
『というか、しなさい。挨拶を無視した罰よ』
ああ、そういえば…。
…罰なら、しょうがない。
『わかった。ただし…』
『ん?』
『保健室以外でな』
保険はかけよう。保健室だけに。
16/05/23 02:03更新 / 島眠
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