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ノーマルはおあずけ |
夢ごこちのまま朝日を認識し、自分が寝ていたことを理解する。
直前まで深く眠っていたのか頭の回転が鈍く、思考がまとまらない。 昨晩は外で夕飯を食べた。最近外で食べることが無かったからよく覚えている。 雨の中自分の部屋に帰ってきて、そこで……。 綺麗な、あの人が倒れていて、ちょっと迷ったけど助けたら気持ちよくて……。 昨晩の快感が身体に残っているような気がして、寝ぼけた頭で昨晩の感覚を求め四肢を伸ばす。 肺に溜まった空気が喉を抜けて音を出す。 そこではっきりと事態の異常性を認識して、がばりと身を起こした。 昨日のあの人はどうなった? 部屋の外で気絶したはずが部屋で寝ている。 誰かが部屋で解放してくれた? そもそも昨晩のアレは現実だったのか? 状況を確認しようと眼鏡を探す。 枕元にたたまれたそれをかけ、自分以外の誰かが介抱してくれた可能性を検討する。 外した眼鏡はいつも適当に置くか、かけたまま寝てしまうからだ。 まずは顔を洗って、玄関周りと外を確認しよう。 そう思い洗面所に向かう。 昨日出かけたときに持っていた鞄と、買った本が机の上に置かれていた。 いつも置く場所ではない。 やはり誰かが入ったんだな、と確信しつつ洗面所の扉を開けると、洗面所も浴室も電気がついていた。 つけっぱなしで出かけたらしい。勿体ないことを、と思いつつ浴室の明かりを消す。 途端に「きゃっ」という女の人の声が浴室から響き、心臓が跳ねた。 恐る恐る浴室の方を向くと、浴室の扉がくの字に開いて声の正体が現れた。 「だんなさまぁ、お掃除中ですよぅ。消さないでくださいな」 昨晩の彼女だった。固まる僕をそのままに、僕の手を取って両手を添えた。 温かい手の、ふっくらとした感触。 「驚かせてごめんなさいねぇ。ちょっとお風呂に垢が溜まっているみたいだったから。 せっかく入るなら、綺麗な方が良いでしょう?」 首をかしげるようなしぐさ。 もともとの艶っぽさとは違うかわいらしさが垣間見えて、頬が熱を持っていく。 添えられた手のぬくもりと柔らかさに、心拍数が上がったまま落ち着かない。 「あの……、綺麗にしてもらえるのはありがたいんですが、その、あなたは……?」 緊張で思考が停滞し、口が勝手に動く。もっと具体的に、名前やいきさつを聞かなければならないのに。 「あら、あたしったら自己紹介もまだだったわねぇ。あたしね、しずくって言うの。春雨しずく(はるさめ―)よ。よろしくねぇ」 おっとりとした独特のペースで名前を告げられる。 その言葉の切れないうちに目を合わせて笑みを向けられると、ますます思考ができなくなってしまう。 「ぼ、僕は、あ、いや、私は、海野(うみの)です。海野、優之(やすゆき)。よろしく……」 赤面した顔を背けて何とか言えたが、よろしく、に至っては喉が鳴ったような声しか出ていなかったと思う。 一瞬の沈黙の後、彼女が動いたことを感じたときには、彼女は僕の胸に顔を寄せていた。 おなかには彼女の大きくやわらかいところがあたって、甘くてやわらかいせっけんのような匂いがした。 「だんなさま、たくさんドキドキしてます。うれしい、です。 だんなさまに助けてもらえたあたしは、幸せものです。最初に精をいただいたときには、きらわれてしまったかと思いました」 最初との言葉に、はじめて会った時のことを思い出す。 「あ、あの時はごめんなさい。謝らなくちゃと思ってました。急に突飛ばしたりして」 「謝らないといけないのはこっちのほうですよぉ。いきなり口を吸われて驚かれたのでしょう? あたしたちは声をかけてくれた男の人を夫にするんです。声をかけてくれたのがうれしくって、ついはしたないことを」 なんだか言葉の端々におかしな単語が並んでいる。 さっきは精とか言ってて、今度は夫とは。 目先の心地よさに心を奪われそうになっていたが、だんだんと冷静な思考ができるようになってきた。 「あの、すみません、ちょっと、言ってることがわからないです。精とか、夫とか。 私はあなたに傘とタオルを貸しましたけど、それで夫ってどういうことですか」 そう問いかけると、彼女は僕から離れて、くつくつと笑った。 「あたしったら、肝心なことを言ってなかったわねぇ、ごめんなさい。驚かないで、聴いてほしいんだけどね、あたし、人間じゃないんです。 ぬれおなご、っていう、魔物なんです」 彼女は言った。僕は困惑して動けない。 「実際に見てもらった方が早いかしら」と言うと彼女は身体を震わせる。 すると彼女の浴衣にシミが現れ、みるみるうちに広がっていく。 顔や手は青みがかり、青磁そのものの色に変わった。なにより、彼女の浴衣からしみ出した液体が水たまりを作るのを見て、人間ではないと確信した。 「驚かれましたよねぇ。あたしたち魔物は、別な世界からやってきたんです。すてきなだんなさまが待っててくれるって、世界を超えて」 うつむき気味で、声に恐れを含んでいた。 「あたしはしあわせものです。すてきなだんなさまに出会えたんですもの」 影を払うように笑って言った。僕はあっけにとられたまま固まっていたが、やがて冷静になり、まずは話を聴くことにした。 僕は頭がおかしくなってしまったのかもしれない。前職を辞め、再就職まで時間もかかった。 歳のことや諸々の行き詰まり感があったから、気づかない間におかしくなってしまったのだろう。 「とりあえず、話を聞かせてもらってもいいかな。これからどうするか考えたいし」 そう、これからどうするかを考えなければ。今の会社に迷惑をかけてしまうが、きちんと医者に診てもらおう。触れるほどの幻覚では、即刻入院かもしれない。 「だんなさまと居られるんですね。あたし、とってもうれしいです」 胃の縮こまっている僕をよそに、彼女は言った。 それにしても、だんなさまって…、意味わかって言っているんだろうか。 ※ ※ ※ 寝床の隅に転がっていたクッションを置き、座るよう促す。僕はその足でコーヒーをいれ、丸テーブルに置いた。 途中、彼女の通った後を足裏で触ってみたが、濡れはいなかった。 「牛乳入ってるのは私のやつ。君は、砂糖とかミルクはいれる?」 彼女はコーヒーを知らないのか、なんと答えればいいのかわかっていない様子だった。 後で分かったが、彼女は料理を勉強したことはあっても知っているだけで、実際に食べたことはなかったのだ。 人間の食事はサプリみたいなもので、食べなくても支障はないらしい。 朝食のグラノーラに牛乳をいれながら、水の入ったコップを差し出す。 「水、置いとくから。コーヒー合わなかったらそれ飲んでね。君の食べ物はこのあと買いに行こう。お店で売っていればいいけど」 僕は彼女と丸テーブルをはさんで座り、朝食をほおばる。今後のことを考えると食欲は少なく、咀嚼がいつもより長い。 今気づいたが、幻覚に飲み物を出したりしてかなりの重症だ。こういう時は脳外科にでも行けばいいのだろうか。黙々と食べる僕に、彼女が口を開いた。 「だんなさま、あのぉ、あたしたちの栄養はね」 沈黙のあとということもあって、僕は彼女に注目してスプーンを止めた。口内のものを急いで飲み込む。 少し間をおいて、彼女は言った。 「あたしたち魔物の栄養はねぇ、決まったひとの精なの。あたしの場合はだんなさまの、ね」 また出てきた。さっきから精を求めているが、何のことかわからない。 「あのさ、その精ってやつなんだけど、もしかして命とかそういうやつ? 最近スペースバンパイアばっかり観てたからなぁ。影響してるのかな」 「そ、そんな恐ろしいことしませんよぉ。決まったひとの精っていったじゃありませんか。命をとってしまったら、そのあとどこから栄養をとればいいんですか」 ひどく慌てた様子の彼女に、僕も動揺してしまう。 「ご、ごめん。魔物って聞くとどうしてもさ、その、良いイメージはね。映画の観すぎだったよ、うん。ごめん」 慌てた顔もかわいいな、と思っていると彼女は続けた。 「あたしたち魔物はね、決まったひとの精でないと生きられないんです。決まったひとができるまでは、他の精でも生きるのびることはできるの。 でも、相手が決まったらだめね。一度だんなさまの精を受けたら、とても食べられたものじゃないわ」 だからぁ、と言いながら彼女が僕の隣に移動する。 「だんなさまにはぁ、まいにち元気に過ごしてもらうことが、あたしの元気につながるんですよぉ」 艶っぽい声を間近で耳に流し込まれる。 もともと彼女の異形さへの驚きは少なかったが、その異形さが魅力に変わってきている気がした。 形はほぼ人間だし、美人で胸もおおきくてやわらかい。 僕は淫らな考えを払うため、彼女から離れて言った。 「で、でも私なんか務まらないと思うよ、体力ないしさ。見ての通り、精力にあふれてるって感じじゃないでしょ」 「だんなさま、思い違いは困りますよぅ。量とか回数じゃないんです。心から愛し合っている、だんなさまの精がほしいんです」 まだ朝だってのに、妖しい内容になってきた。彼女の言ってる精って、間違いなくアレのことだ。 そう思った瞬間、昨晩の快感を思い出して股間が反応してしまう。 陰部に一切触れずにあれだけの快感が引き出されるなら、一線を超えたときの快楽はどれほどのものだろう。 「だんなさまはあたしに傘を貸してくださいました。だんなさまになるひとだけが、そうするんですよぉ」 彼女はしなだれかかる。 「ぼ、僕は、他の人と一緒にいるなんてできないよ。一人の方が気楽だし。き、汚いところもあるし。弱いところとか、見られたくないし」 「どんな人にだって、弱いところも汚いところもありますよぅ。怖がらないでくださいな、あたしはあの人たちとは違って、けしてだんなさまを裏切ったりしませんから」 ……あの人たち? なぜ知っている? 胸の中が刺すように痛む。 「今、なんて言ったかな。なんで、知っている?」 固い声で問いかける。 顔に出ているのだろう、彼女は恐れを含んだ顔で言った。 「あ、あのね、精にはいろんな情報がつまってるの。感情を揺さぶるできごとのことは、特に、強く。 はじめて精をいただいたとき、辛い記憶が流れ込んできて……。たすけたいと思ったの。だいじな、だんなさまだから」 胸の中がじくじくと痛んで、黒く冷たいものがあふれる。 彼女の温かい声が耳に入っているはずなのに、芯から冷えたように震えが止まらない。 「ごめん、一人にしてくれ」 「だんなさま、これからはあたしがいますよぅ。つらいことは半分で、うれしいことはたくさんです。一人で、抱え込まないで……」 彼女が僕の肩に手を置いた。その手をつかんで言った。 「君が見た中には入っていたか? あの女も同じことを言った。信じて、その結果がご覧のありさまさ。田舎に引っ込んで、死ぬまで生きるだけ。 これ以上、僕から何を取ろうってんだ。あんたの欲しがってる精ってやつかな?」 彼女の身体が青みを増し、両目からは涙がこぼれている。 「あたしは魔物で、人間とはちがうの。だんなさまと居られれば、それだけでしあわせなの。お願い、もう一度だけ、あたしを、信じて」 僕はつかんだ手を離した。 「……一人にしてくれ」 「だんなさま……」 「一人に、してくれ」 彼女は何も言わず、部屋を出て行った。 玄関のドアが閉まる音がして、僕の目から黒いものが溢れた。手で触ってみるとなんてことはない、ただの涙だった。 震える身体を押えるように縮めて、あふれるそれが止まるまで、そうしていた。 ※ ※ ※ 朝を迎え、仕事に向かう。 僕の心中とは裏腹に、しばらく快晴が続くそうだ。 タイムカードを入れる。PCを立ち上げて、設計図の続きを書く。 線と線を結んで立体を作り、組み合わせる。 いつも通りの日常。週末のことは夢だったんじゃないかと思える。 設計したパーツが届き、検証する。 定時後のチャイムが何度か鳴り、タイムカードをきる。 火曜日、水曜日……、毎日が過ぎていく。金曜日、顧客との打ち合わせ。 「今回は無理な納期でお願いしてしまってすみません。助かりましたよ」 「いえ、そんな。仕事ですから」 そう言って、用意したパーツを渡す。 「いやいやご謙遜を。そういえば、アビスコーポレーションってご存知です?」 「いえ、初耳ですね」 「あそこの子会社とうちで仕事することになって、社長も急に決めるもんだから、人手が足りなくなってしまって」 聞いたことはないが、子会社で先方と仕事をするなら結構な規模なのだろう。 「そうなんですか、振り回されては大変でしたね」 労うつもりで言ったが、彼は顔をゆるませる。 「いやぁ、でも、社長には感謝してるんですよ。私、その子会社の娘と結婚することになりまして。 仕事でお互い遅くなって送ったら……、送り狼に」 「それは、おめでとうございます」 なるほど、顔もゆるむわけだ。 彼ほど仕事ができるなら、一緒に仕事をこなして関係が出来ることもあるのだろう。 「はは、仕事中に個人的なことで、すみませんね。つい嬉しくって」 「いえいえ、なによりですよ」 脱線を戻し、打ち合わせを進める。 今後の予定を一通り確認して、その場でまとめる。 「それでは、直近のこの件、打ち合わせ通りお願いします。また連絡しますね」 彼は立ち上がり、僕も席を立つ。鞄に資料を入れながら彼は言った。 「そういえば海野さん、変なこと聞くんですがね」 「何でしょう?」 何か躊躇しているように、恐る恐るといった雰囲気で言う。 「魔物って、ご存知ですか?」 心臓が跳ねる。彼女の顔が、身体のやわらかさが、蘇ってくる。 「……聞いたことは、ありますね」 嘘だ。僕は彼女のことを知っている。彼女に触れ、だんなさまと……。 「そうでしたか。いや、変なことをきいてすみませんね。都市伝説っていうんですか。なんでも、人に化けて男を探してるって話ですよ」 身体が青く変わって、水たまりを作るしずくさん。 「それがみんな、とびきりの美女ばかりで。これと決めた男と生涯をともにすると」 だんなさま、と嬉しそうに言うしずくさん。 「というのも、決めた男といないと死んでしまうんだったかな。……海野さん? 具合でも悪いんですか」 動揺が隠せない。 顔に出ていたのだろう、彼にも伝わってしまっている。 「いえ、すみません。最近、残業で遅かったからかな」 「身体には気を付けてくださいよ。私としても、海野さんがいなくなってしまうと困る」 彼を玄関まで送る。 細い線のような、弱い雨が降っていた。急いで机に戻り、打ち合わせた内容を確認する。 しずくさんの顔。微笑み、ぷっくりとした唇、鈴を転がしたような声、独特な話し方。 しずくさんのことで頭がいっぱいになり、仕事が手に付かない。 定時のチャイムが鳴る。 わき目もふらず、軽く挨拶をしてタイムカードをきる。 しずくさんに会わなくては。離れてどれくらい生きられるのだろう。 精が必要だと言っていた、部屋の前で倒れていたのは精がなくなったからか? とにかく、しずくさんには、消えて欲しくない。彼女のような女性には、きっといい人がいるはずだ。 そして彼女は幸福な生涯を送って……。僕のような抜け殻には……。 「しずくさんを探す。探し出して、他をあたってもらう。しずくさんには、それが、いいんだ」 はっきりと口に出す。そうしないと、きっと言えなくなる。 ※ ※ ※ 彼女にはじめて会ったガソリンスタンド。 雨が降っている。あのときより弱いが、9月も終わりに近づいて冷たくなっている。 街灯の下の人影、おぼろげなそれは間違いなく彼女のものだ。 車を停め、口に出して確認する。 「しずくさんには他の男をあたってもらう。僕にはもったいない娘だから。 クソ、そうじゃない。とにかく、良い人のところに行ってもらう。それで、いいだろう」 降りて、濡れるままにゆっくりと近づく。 なんと声をかければいいのだろう。あれだけ慕ってくれたのに、むげに追い出したくせに。 さっき確認したのに、頭がからっぽになる。 それでも、歩みは止められない。 彼女は魔物であることを隠そうともせず、青磁そのものの身体を街灯の下においていた。 僕を見て嬉しそうな顔をしたあと、すぐに目を伏せてしまった。 彼女は本当に美しい。青磁の美術品が温かさを宿してたたずんでいる。 彼女がいるだけで、灰色の雲に覆われた雨降る駐車場も絵画になる。 そうだ、言わなくちゃ。こんな素敵な女性は、僕にはもったいないんだ。 「待ってたって、変わらないよ。僕の記憶を見たろう。僕はもう、だめなんだよ」 口を開いてすぐ、頭が熱くなり両目から感情がこぼれる。 「あんたに好かれるような男じゃないんだ、みじめでなさけなくて、終わってるんだよ」 彼女のとなりにいるべきなのは、強くて、優しい男だ。 「だから、お願いだから、僕を、僕を嫌いになって。……もっと、もっと良い人のところに、行って、幸せになって、ください」 嗚咽がこみあげて、言葉が切れる。 ぼやけた視界を彼女に向けたまま、思いを告げる。 ひとつ、言い残している。でも、これは言えない。 彼女が僕に寄って、胸に暖かくやわらかい感触が広がる。そしてあのきれいな声で、はっきりと告げる。 「あたしはね、だんなさまが、好きなの。あたしはこのまま、消えてしまっても良かった。 だんなさまといられないなら、生きていても仕方ないもの。でも、来てくれた。そんなだんなさまと生きて、もっと知りたいの。 あたしの事も知ってほしい。あたしもだんなさまと一緒よぅ。これでも、とがったところとか、いろんなところがあるんだから」 彼女は手を伸ばし、僕の涙をぬぐう。 胸がいっぱいになるような、そんな笑みが視界に広がる。 涙は彼女の指に吸い込まれ、消えた。 いたずらっぽく笑って彼女が言う。 「だんなさまの言葉で聴きたいの、涙に混じってた、ひとつ、言ってないこと」 僕は、嗚咽混じりに胸の内をぶちまける。 「ぼ、僕はっ、あなたがっ、好きです。しずくさんが、大好きです。心から、愛して、ます。 僕と、一緒に、ずっと一緒に、居てください。僕の全部を、あげるからっ。しずくさんがいないと、生きて、いけないです」 両手でしずくさんを抱きしめる。もう二度と離さないように、心のキズにあてがうように。 頭の中がしずくさんでいっぱいになる。 花の様な微笑み、温かさ、やわらかさ、声。 しずくさんは僕の胸に耳を寄せ、言った。 「あたしもだんなさまが好き、だいすき。あたしのすべてをあげる。だんなさまと、ずっと、ずぅっと、一緒にいる」 僕はしずくさんを抱きしめたまま、涙が止まるまでそうしていた。 ※ ※ ※ 二人で僕の家に帰る。 しずくさんはびしょぬれの服を脱がし、整えてハンガーにかけてくれた。 僕は部屋着に着替え、夕飯の支度をしようと冷蔵庫を開ける。 「だんなさまぁ、あたしがやりますよぅ。だんなさまはお風呂で温まってくださいな」 いつの間にか、お湯張りが始まっている。 「身体を洗っているあいだに、お湯が張れますからねぇ。ささ、入って入って」 しずくさんは嬉しそうに僕の両肩をつかみ、風呂場に向かわせる。 「ゆっくりつかって、お身体清めてくださいねぇ。腕によりをかけたお夕飯にしますから」 支度を任せて風呂に入る。 あの雰囲気からすると、今夜は……。想像して股間に熱が集まると、そんな自分に苦笑した。 言われた通りゆっくりと身体を温め、きれいに清める。 風呂から上がると、台所の方から夕飯が出来たと声をかけてくれた。 さっそく着替えて向かうと、テーブルの上には白飯と卵スープ、豆腐ステーキが湯気を浮かべて並んでいた。 「おお、本格的だね。おいしそうだ」 「冷蔵庫にあるだけで作りましたから、ちょっと品数が足りませんよぉ」 しずくさんはそう言ったけど、僕が作る夕飯はもっとわびしいものだったから素直に感謝を伝えた。 しずくさんも喜んでくれ、明日は一緒に買い物に行くことになった。 「いただきます……って、しずくさんの分は?」 茶碗も箸も僕の分しか並んでいない。 「あたしはほら、魔物ですから。ご飯は、ね?」 頬を染めて床にのの字を書く。つられて僕も赤くなり言った。 「で、でもなんか変な感じ。食べてるのをただ見られるって」 「そうですねぇ、今はレシピのままにしか作れませんから、少し頂いて、お好みに合わせられるようにしましょうか」 そんなやり取りをして、明日の買い物リストにしずくさんの食器が加わる。 「だんなさまのために、おいしいご飯を作りますねぇ。ふふっ」 袖で口を隠して笑う姿に、僕も顔がほころんでしまう。 いつも以上に食べて、満腹で食器を片づける。 「だんなさまぁ、あたしに任せてくださいよぅ」 しずくさんを制して言う。 「いや、僕が洗うよ、いいんだ。一緒に生きるって、そういうことじゃないかな、大げさかもしれないけど」 「大げさだなんて、そんなことないですよぉ。うれしいです。それならあたしは、お布団用意しておきますねぇ」 しずくさんは部屋に戻りながら言った。 顔は見えなかったが、声に艶を含んでいた。 僕は食器を洗いながらも、この後のことで頭が一杯になってしまった。 ※ ※ ※ 部屋に戻ると、しずくさんは僕の布団に座って膝を左に流していた。腿をなでていたが、上気した顔で僕を見るとにこりと笑った。 「お待ちしておりました。だんなさま、こちらに」 そう言って、右隣に手を添える。 「う、うん」 声がうまく出ない。 横に座ったは良いが、顔が熱くしずくさんの方を見ることができない。 正座した自分の膝を見ていると、しずくさんが僕の肩に手を添えてしなだれかかった。 しずくさんは僕の左耳に顔を寄せ、そっとつぶやく。 「だんなさま、あたしは魔物です。だんなさまの精がなによりのごちそう。この身で受け止めるのは、なによりのよろこびなんです。ふしだらなあたしは、お嫌でしょうか」 しずくさんが僕の手に自分の手を重ねた。洗い物で冷えた手に、温かいものがしみ込んでいく。 「そ、そんな、嫌なわけないよ。僕こそ、その、こういうこと、したことから。だから、その、いろいろ教えてもらいたい。頑張るから」 「だんなさまはほんとうにまじめです、あたしはしあわせものですよぉ。ほんとうに、すてきなだんなさま……」 しずくさんが僕の眼鏡を外して、頬を両手で優しく包んでくれた。 やわらかくて、じんわりとした温かさがしみ込んでくる。 しずくさんの顔が大きくなって、視界いっぱいに広がる。思わず目をつぶると、まもなく唇に瑞々しい感触。 ついばむようなキスを顔中にふりまかれて、唇がふれたところからしびれるような快感が身体中に広がる。 再び唇が重なると、舌が唇を割って入ってくる。引っ込んでいた舌はあっさりと絡めとられ、包まれる。 根元から先までゆっくりと扱かれながら、唾液腺に刺激が与えられる。 しずくさんにすすってもらえると思うと沢山出したいのだがうまくいかない。 舌を扱かれながら根元をつつかれ、やがて溜まったそれをすすり出す。 僕から出たものがしずくさんに取り込まれていく感覚に陶然としながら、頭の中がうれしいという感情でいっぱいになる。 そのうちにしずくさんの舌がゆっくりと離れていき、名残惜しそうに唇を舐めて離れた。 ゆっくりと目をあけると、目の前にしずくさんの顔があった。 「あたしも、うれしいですよぉ。あまくて、おいしくて。うれしいって、たしかに伝わりました」 思いが伝わった喜びで、僕は蕩けた顔になる。快感で溶けた頭で口を動かす。 「しずくさん、すきです。だいすき、すき……」 しずくさんを精いっぱい抱きながら何度も繰り返すと、そのままゆっくりと仰向けに寝かせてくれた。 しずくさんの浴衣が溶けてなくなり、たくさんの粘液となって流れ手足も形をなくす。 間もなく僕は、しずくさんに全身を包まれた。 「だんなさまはあたしが包みますから、お部屋着は脱いでしまいましょうねぇ」 両腕を粘液に導かれ、バンザイの形になる。 背中の下にも粘液は入り込んでいて、僕の身体を浮かせて器用に脱がしてくれた。 「だんなさまのここ、苦しそうですねぇ。はやく脱がしてあげないと、かわいそうですよぉ」 いたずらっぽく笑って股間をなでると、快感が走って腰が浮き上がってしまう。 その隙にすばやく脱がされ、固くなった僕の陰茎がはずみで腹に当たる。 固くなった陰茎は粘液のなかでビクビクと震え、透明な汁を漏らす。 「あっあっ、しずくさん、汚れちゃうよ」 胸の上の彼女をつかみ、慌てて引きはがそうとする。 しかし粘液が指の間に入り込み、恋人つなぎのような形にすると、ふたたびバンザイの姿勢にされてしまった。 胸の上から熱を含んだ声が聴こえる。 「汚れるなんてとんでもないですよぅ。だんなさまはぁ、お口の汁も透明なおつゆも、とってもおいしくってぇ、お精子そそいでほしくて、がまんできなくなっちゃいます。 だんなさま、ほんとうに、良いのですね。あたし、だんなさまのはじめてがほしくって、とまらなくなっちゃいますよぅ」 熱に浮かされたように、熱い吐息を僕の胸に吐きかけながら、蕩けた顔のしずくさんが言った。 「いいよ、ぼくのはじめても、なにもかも、ぜんぶあげる。だから、しずくさんのぜんぶ、ぼくにちょうだい」 首が少し辛かったけど、しずくさんの目をしっかり見て告げる。 しずくさんは両の目じりに涙を浮かべながら、笑顔を満開にさせて答えてくれた。 陰茎はこれ以上ないほど固くなり、亀頭はパンパンに膨らんでいる。睾丸のなかでぐるぐると動く感覚がして、急ピッチで精子を生産しているのがわかる。 僕を作っている細胞のすべてが、しずくさんのために働いている。 「だんなさまぁ、たしかに、伝わっていますよぅ。だんなさまのぜんぶが、あたしのためにがんばってくれているんですねぇ。うれしい。とっても、とってもうれしいです」 涙声でつぶやき、胸に顔をうずめながら続けた。 「だんなさまに、あたしのぜんぶをあげます。わすれられない、はじめてにしましょうねぇ」 全身を包むしずくさんの粘液が温かさを増し、ふわふわと浮いているような感覚を覚える。 静かに目を閉じて、しずくさんにすべてを任せた。 唇にしずくさんの唇の感触が伝わってきた。2、3度短くキスをして、舌が入り僕の舌を絡めとる。 頭のてっぺんまでしずくさんに包まれ、浮遊感はいっそう大きくなった。 一瞬おぼれてしまうのではないかとも思ったが、少しも息苦しさは感じなかったので目は開けなかった。 両耳を覆う粘液がグニグニと動いて揉みこんでくる。 細く形作られた粘液が耳の入り口をくるくるとなでて、すこしずつ、穴の中に入ってくる。 粘液が耳穴の壁をくまなく舐めると、涙が出るほど気持ちがいい。 特に敏感な耳奥をぬめる粘液で擦られると、頭の中を直接舐められているような気持ちになる。 全身がびくり、びくりと震え、そのたびに尿道を透明な汁が通ってあふれた。 「だんなさまぁ、お耳の奥のあたしをつかって、声がきこえるようにしますねぇ。それからぁ……」 しずくさんの声が聴こえたかと思うと、耳の奥に吐息がかけられ、入口に抜けていく。 そのたびに背筋をゾクゾクとした感覚が走って陰茎がビクつき、汁をこぼす。 口を閉じていられなくなり、だらしなく開けたままで情けない声が漏れる。 「ふふっ、だんなさまはぁ、お耳の穴でかんじちゃうんですねぇ。もっと、もっとたくさん、感じてくださいねぇ」 しずくさんの声が響く。数回吹きかけてもらい、刺激を堪能する。 おなかの粘液がゆっくりと動き始め、へその穴のまわりをくるくると撫でる。 動きはそのままに、一部がゆっくりと胸に向かって進む。 途中で二つに分かれ、それぞれが乳首のまわりをくるくると回る。 「だんなさま、おとこのかたでも、乳首はちゃぁんと感じるんですよぉ」 回っていた粘液がくるくると内側に移動して、乳首を刺激しはじめる。 大きな声が止まらなくなり、抑えることができない。 乳首が粘液を押し返すように固くなり、ピンと張ってしまう。 撫でるような動きから、ぷりっとした感触で挟むような動きに変わる。 まるで両方の乳首を唇でついばまれ、吸われているような感覚。 刺激はそのまま陰茎の震えとなり、透明な汁が絶え間なく、だらだらと漏れ出る。 陰茎を刺激する快感しか知らない僕は、質の違う快感に翻弄され放しだった。 「だんなさまのおちんちん、ぱんぱんで、びくびくとまらないですねぇ。でも、つらくはないでしょう? おつゆのかたちで、すこしずつ、すこぅしずつだしてるんですよぅ。 だんなさまにはきもちいいことだけ、かんじてほしいんですから。ほらぁ、がまんしないで、声だしちゃってくださいねぇ。だんなさまの声、もっとききたいんです」 あえぎ声が止まらない。 耳の奥から入口に向かって吐息が流れ、ひきつった声が出る。 へそのしわをくすぐって胸にかけて撫でられると、力が抜けて深く低い声が長く漏れる。 両乳首が交互に吸われ、涙と声が止まらなくなる。 睾丸をぬるい粘液に包まれ、中のぐるぐるにあわせてゆるく揉みこまれる。 精子の増産を助けるような、優しいマッサージ。 それに答えるように、透明な汁が、開き放しになった尿道口からとめどなくあふれ続けている。 「だんなさまぁ、そのままたかく、たかぁく浮かんでいきましょうねぇ。あんしんしてください、あたしがぴったりくっついているんですから。なぁんにもこわいこと、ないんですよぉ」 彼女が言うと、睾丸のマッサージが一気に複雑な動きに変わる。決して中身の邪魔はしない、繊細で刺激的な動き。 圧迫感も違和感もない。 まるで粘液と睾丸との境目がなくなって、睾丸のなかを直にかき混ぜられる、しずくさんが精子作りに参加しているような動き。 プルプルの固形物のように濃縮された精液は睾丸の奥に蓄積され、新たに作られた精子もかき混ぜられてそこに加わる。 激しく運動する精子が集められ、睾丸全体にムズムズした感覚が生まれて際限なく強くなっていく。 自慰を覚える前の欲求の高まりを思い出す。 あの頃よりも身体が大きくなって成熟した分、より多くの欲求がすばやく溜まっていってしまう。 それに加えて、耳奥を擦り吐息をかけられ、おなかをやわらかく撫で、乳首をついばまれる。 代わる代わる刺激が与えられて、そのたびに声をあげ、欲求を溜めこみながらふわりふわりと浮かんでいく。 飛んで行ってしまうような浮遊感は恐怖を覚えそうなものだが、しずくさんに包まれている安心感がそれを消し去った。 「だんなさまぁ、とってもきもちよさそうです。お顔がどろどろにとけて、とってもすてきですよぉ。そのまま、たかい、たかぁいしましょうねぇ」 一か所ずつ与えられていた刺激が同時に加えられ、膨大な快感が頭の芯に流し込まれた。 耳が、おなかが、乳首が、睾丸が気持ちイイ。 尿道を通る透明な汁が、開いたままの尿道口を細かく震わせて気持ちイイ。 浮遊感が一気に高まり、睾丸に溜めこまれた欲求ごと意識が飛ぶ。 喉を鳴らすような声を上げて肺の中身を空にしながら、視界は真っ白に塗りつぶされた。 ※ ※ ※ ぼうっとした頭で、視界に映るしずくさんの顔を認識する。 いつのまに寝てしまっていたのだろうか。 身体を動かそうとすると、しずくさんの声が聴こえた。 「だんなさまぁ、とってもすてきでしたよぉ。びくん、びくんさせて、精のなかには”きもちいい”しかはいってなくって。あたしのだんなさま、いとしい、いとしいだんなさま……」 しずくさんの熱い吐息が耳を撫でる。 途端に、ねっとりとした蜜のような切なさが睾丸から全身に広がって、それぞれの場所ではじけた。 大の字に開かれた両足に流れ、つま先ではじけて思わずぴんっと伸びる。 両乳首ではじけ、ついばむ粘膜を押し返すほど固く勃起する。 両手ではじけ、布団を握りしめてどっと汗が噴き出す。 陰茎を通って尿道口ではじけると、竿全体が大きく震えて透明な汁をまき散らす。 思いきりのけぞって、うめき声さえ上げられない。 しびれるような快感が続き、ゆるゆると収まる。しかし睾丸の甘い切なさはねっとり渦巻いて鎮まる気配がない。 「おどろかれましたよねぇ……。だんなさまはぁ、まだ一度も、お射精されてないんですよぉ。 たまたまのなかは、とっても、とぉっても濃い、かたまりみたいなお精子でぱんっぱんになってるのぉ。それをひといきにだしちゃうとね、おちんちん、痛くしちゃうからぁ……」 そう言うと、僕のお尻の中からうごめく感覚がした。 「ゆっくりゆっくり、イけるように、あたしがお射精、あんないしますねぇ。だいじょうぶですよぅ、気をおやりになっているあいだに、とろとろにしておきましたからぁ」 しずくさんの言葉に淫らな単語が混ざる。 お尻に意識を向けると、穴を大きく開いて粘液が入りこんでいた。 粘液が肛門をゆっくりと通過して、淡い快感に思わず引き締めてしまう。 すかさず別な粘液が穴のしわを伸ばして潤滑液を塗りたくり、丁寧に揉みほぐす。 戸惑ったのは一瞬で、初めての快感をむさぼるように味わう。 奥に入っていく粘液におなかを満たされる充足感を覚えながら、夢中になって肛門を引き絞め、弛めて。 「夢中ですねぇ、うれしいです。だんなさまがお尻に夢中になっててくれたからぁ、おちんちんのおくまで、すんなり入れましたよぉ」 しずくさん言ったのと同時に、睾丸でどろどろに渦巻いていたものが、じわじわと移動をはじめる。 「わかりますよね、だんなさまぁ。いま、たまたまのなかのぷりぷりお精子をぉ、あたしがすこしずつ、すこぉしずつ、ごあんないしてるんですよぉ」 その言葉通り、睾丸に凝縮されていた甘いうずきがおなか全体に広がって、その中をむずむずした感覚がゆっくり移動する。 やがて甘いうずきとむずむずが混ざり、身体全体に拡散していく。 すこしずつ移動していたそれは、途中で止まり動かなくなった。 「だんなさまのお精子、半分まで来ましたよぉ。ここでいちど、まぜまぜしましょうねぇ」 僕がお尻を締め、弛める動きに合わせてお尻の中の粘液が動き出す。 指くらいの太さのものがおなか側の壁を撫でまわし、なにかを探し当てて止まった。 「だんなさまぁ、しっかりまぜまぜして、りっぱな精液にしましょうねぇ。ちょっとだけ、がまん、がまんですよぅ」 優しく言い聞かせるように言って、僕の頭を撫でてくれた。 そのまま、お尻の中のしずくさんがゆっくりと動き出す。 「まずは、お尻のほうから、まぜまぜ……」 指ほどの粘液が動き出し、探し当てた部分をなぞるように圧迫する。 途端に陰茎の根元がかっと熱くなって、甘いうずきがぐるぐると対流をはじめた。 ぐつぐつと煮えたぎるマグマが解放を求めてうごめいている。 僕は叫び声を上げたが、口内をしずくさんに満たされていて声は出ない。 お尻のこりこりが気持ちイイ。涙があふれて止まらない。 ずっとそこをマッサージしていて欲しい。でも、おなかが熱くてたまらない。 陰茎の根元が苦しい。うずきが解放を求めて暴れている。 「だんなさま、もうすこし、もうすこぉしのがまんですよぉ。まぜまぜしてるところ、おちんちんの奥からまぜまぜして、精液、できあがりですからねぇ」 お尻のなかからグニグニと押されるだけだったそれが、直接もみくちゃにされる。 揉まれるだけで泣くほど気持ちイイかたまりが、ぶるぶると震える。 陰茎の根元がますます熱くなる。 こりこりした部分から大量のマグマが生まれて、おなかに流し込まれる。 おなか全体がマグマの対流に翻弄されている。 対流する熱を逃がそうと、全身がビクンビクンと動いて止めることができない。 口も閉じられず、しずくさんによだれを吸われるままになる。 「だんなさまのぷりぷりお精子、りっぱな精液になりましたよぉ。がまんできて、えらいえらいですねぇ。 ごほうびに、さいっこうにきもちイイお射精、しましょうねぇ。やきついてきえない、極上お射精、しましょうねぇ」 しずくさんが頭を撫でている。 耳のなかに、ひと際熱い吐息と溶けきった声が流し込まれる。 「だんなさまのぜんぶ、いただきますよぉ。ぜぇんぶ、あたしのなかでうけとめますからねぇ。 こんどは、きをやったりしませんよぉ。あたまのなかからっぽにして、きもちイイだけを、かんじてくださいねぇ」 全身が溶けてしまったように、力が入らない。それでもなんとか薄目をあける。 視界に飛び込んできたのは、僕の射精を心待ちにしてはばからない淫らな笑みだった。 胸が幸福でいっぱいになり、熱くて甘いうずきが出口に向かって流れだした。 普段の射精とはまったく違う、こぼれるような、ゆっくりとした射精。 陰茎全体があわせてわずかに震え、黄色みがかった粘液がドクドクと流れ出る。 いつもは数瞬で終わってしまう射精の快感が延々と続き、頭が気持ちイイでいっぱいになる。 涙は先ほどから止まらず、しずくさんが嬉しくてたまらないといった様子で頭を撫でてくれる。 おなかの中で対流していたマグマが流れていく。 射精が始まってどれほどの時間がたったのかは分からないが、何時間も射精しているのではないかと錯覚するほどに長い。 それでもすこしずつ少なくなっていき、ゆるゆると収まっていく。あとには心地よい温かさだけが残っていた。 大量に射精すると決まって陰茎が痛くなるが、今は全く痛みがなく、大きいまま萎える気配もない。 慈しむように繊細な手つきで僕の頭を撫でながら、しずくさんがつぶやく。 「だんなさまぁ、あたし、精がこんなにおいしいなんてしりませんでしたよぉ。 だんなさまなしでは、あたしはもう生きていけません。 ずっと、ずぅっといっしょにいましょうねぇ。いとしい、いとしいあたしのだんなさま。 ああ、だんなさま、あいしてますよぅだんなさま……」 やわらかくて温かい愛の言葉が頭の中に繰り返し響く。 全身を弛緩させ、心は満足感や多幸感で満ちたまま、僕は眠りに落ちていった。 |