狼の長
「よっ、はっ、とっ、てぁっ！」
寒空の下で、一人の男が木偶に向かって刀を振っていた。切り口は見事に綺麗で、それは男の腕と刀の切れ味が一級品であることを示していた。男はこの寒さのなかでも春先に着るような厚さの着物を着ていた。
「龍瞳様、そろそろお昼が出来ますけど？」
「ん、ああ。今行くよ」
そこは魅月尾の家の庭だった。囲いの中といえどもそこの広さは剣を十二分に振れる程で、練習場所としてはもってこいだった。
龍瞳は刀を納め縁側に歩み寄り、石段の上で下駄を脱いだ。そして、縁側へ上がり部屋の中へ入った。
部屋の中は七輪によって暖められていて快適だった。その部屋の真ん中に置かれた円卓の上においしそうな昼食が置かれていて、白ご飯とみそ汁、鮭の切り身がおいしそうに湯気を立てていた。
龍瞳はその前に座ると箸を手に持った。
「どう？」
「おいしいよ、相変わらずね。
…あれ？味噌変えた？」
「わかった？結構おいしいでしょ？」
「ああ」
魅月尾は三本目の尾が生えた頃から、少し言葉使いが変わりだした。それに伴うように積極的になってもきたのだ。しかし基本的な性格、つまりは献身的な所や丁寧さは変わっていない。なので龍瞳からすれば距離がもっと近くなったという感覚だった。
龍瞳は早々と食べ終わり、再び外の寒空の元へと出ていった。下駄を履いて再び庭に降りた龍瞳は、庭の地面の上に一枚の札を叩き付けるように置いた。
すると斬られて真っ二つとなった木偶の地面に落ちた片割れが天から糸に吊されているかのようにピクピクと動き、もう一方に上に乗ると切れ目がじわじわと無くなり元通りになった。
「よし、と」
龍瞳は愛刀の柄に手を掛け、庭に五本立っている木偶の中央に立って息をふぅーっ、と長く吐いた。
「ッ！」
抜刀すると同時に目前の木偶を輝く刃が右上がりの一文字に斬り裂き、左斜め前に身体を向けながら両手に柄を持って左上から刀を振り下ろした。
そこから刃を返し左隣の木偶を右下から袈裟斬りにし、左隣へ一つ飛ばした木偶を左手を離しながら斬り、残った木偶を両手持ちで左下から斬り上げた。
「―！」
食器を片づけていた魅月尾が、張り巡らせていた探知魔法の領域内に何かが入ってきたことに気付いた。
「っ―！？」
そして龍瞳も木偶を全て切り倒し気を抜き掛けた時、魅月尾の魔力によって強化された聴覚が風を切る何かの音を捕らえた。
龍瞳は後ろを振り返るとともに飛んできたそれを刀で切り落とした。そして次の瞬間には茂みの中から何者かが飛び出し、攻撃を仕掛けてきた。
「はあぁっ！」
高い声、少女のものだ。そしてその少女まだ宙にいる間に黒い小刀のような物で龍瞳に二度も攻撃を仕掛けたのである。
その二撃を龍瞳は刀で受け流し、後ろに下がった。少女が着地して止まっていたのはほんの僅かな、まさに瞬間だった。小刀を逆手から順手に持ち替えた彼女は下がる龍瞳に追撃を加えたが、彼はその追撃を左へ払った。
少女はその小回りの利く武器で素早く反撃したが、龍瞳は彼女の思いがけないような速さで脇差しを抜き彼女の首元で止めた。しかし、彼女も左手でもう一本同じ武器を逆手で持ち彼の半身の胸に当てようとしていた。
「そこまでっ！」
茂みの中から男の声が届き、それと同じく魅月尾が縁側に姿を現した。少女は跳び退いて武器を納めた。
「今の勝負、続けていたならカヤ、君の負けだ」
鉄柵の向こうで眼鏡を掛けた男が、眼鏡のブリッジを中指で上げて位置を直しながら言った。先程の制止の声も彼だ。
「なんでさっ？
私だってクナイをあいつの胸に―」
「悪いけど、彼の言うとおりだよ」
龍瞳は刀を収めながら言って、着物の襟を掴んで広げて見せた。そこには黒光りする鎧が仕込まれていた。
「なっ…だけどあんな物が」
「カヤよぉ、あれは俺のエモノと同じ素材だぜ？お前のクナイじゃ無理だ」
「何だって？！
じゃああいつはそれを着けたままあんなに動いてたって言うの？」
（でもあれがなければあの男は相打ちには持ち込めていた…
…いや、違う…あれがなければもっと違う対処をしていた…？）
赤い髪の少女は信じられないと言うように手振りした。
「そうさ、何せ彼の側には彼女が居るんだからねぇ」
その魅月尾は三人を見て、考える素振りを見せることなく結界を解いた。
「不思議ね？結界を張っていたはずだけど…」
「私の身体、服、武器にはある程度の結界なら通り抜けられる『印』が施されてる。もう少し結界が強力だったら通り抜けられなかった」
少女が魅月尾に説明している間に二人の男は鉄柵を跳び越えて庭に入っていた。
「ここのことは少しの魔物しか知らないはずだけれど？
見たところあなたも人のようだし」
「はい。ここのことはその魔物の方に聞きました」
と眼鏡の男がそう言った時だった。
「たのむっ！！」
赤髪の少女が突然地に手を付いた。
「さっきの無礼は…その許してくれ。
でもっ、ここならっ…ここなら何とかしてくれるって…」
少女の必死の物言いに魅月尾と歩み寄っていた龍瞳は顔を見合わせた。
龍瞳は縁側に腰掛け、魅月尾も隣に正座した。
「話を聞きましょう」
魅月尾がそう言うと少女は顔を上げた。そして眼鏡の男が口を開いた。
「…我らの長を、助ける手助けをお願いしたいのです」
「分かったわ。上がってきてください、詳しいことは中で」
魅月尾は三人を自室に案内した。そして、ソファーに座ると変化を解いた。龍瞳はソファーに肘掛けに腰掛けた。
三人はその部屋の床に正座して座っていた。
「長を助けてほしい…
説明して貰えるかしら？」
「まず、それには我々が何者かを明かさなければならないでしょう。
我々は…『十六夜の銀狼』と名乗っています」
「十六夜の銀狼？！…義賊のか？」
「はい。私は晶孝（シャウコウ）、この子は乎弥（カヤ）」
「俺はボルトス」
晶孝は黒髪でショートヘアの少し面長の男だ。藍色のコート、中には深緑のＹシャツを着ていた。
乎弥は赤髪の少女だ。細い黒のハーフパンツに長袖の濃い赤紫の服を着ていた、腰にはクナイと小型の弓を携えいた。
ボルトスは大柄な背の高い男で、金色の短髪の髪が逆立っていた。肌の色は少し黒かった。
「その長が誰かに捕まったの？今まで上手く逃げおおせていたのに？」
魅月尾は背凭れに凭れながら言った。
「…私の…せいなんだ…」
乎弥は俯いてそう言った。
「…一週間前、私たちはある貴族の屋敷に忍び込びました。ですが、罠にはまり逃走を余儀なくされたのです。
その逃走の最中、乎弥が罠にかかって危うく捕まりそうになってしまったのです。ボスは…」
「ボスは…私を庇って追っ手を足止めしてくれました…
だけど、ボスがどんなに強くても…罠の張り巡らされた中では、数の多さには敵いませんでした…
ボスはみんなに逃げろと命令して、その命令通りに私たちは逃げました」
「ボスが捕まったことは保安や、殆どの人達には公開されてません」
「なぜ？」
龍瞳は疑問に思った。
「そいつぁ、その貴族の野郎が利用しようと考えてるからだ。奴らは麻薬や劇物を横流ししてる上に、その地域じゃ魔物も一応人権が与えられてるにも関わらず捕まえてきた魔物達を奴隷にして他国へ売ってやがるんだ…
魅月尾の眉がピクッと動いた。
「そこで、捕まえたボスをその犯人に仕立て上げ…最後にゃ殺す気だ…
それで奴らは疑いの目を免れるどころか、『薬の売人を討った英雄』になっちまう」
乎弥はそれを聞いていたが、やがて肩が震えだした。握りしめた手の甲に透明な雫がポタポタと落ちた。
「…お願い…ボスを…ボスを助けて…」
「…今回の依頼はあなた達のボスの開放ね？」
「…はい」
魅月尾はスクッと立ち上がった。
「いいわ、その依頼受けましょう」
（…魅月尾怒ってるな…ま、当然か）
「それと、私的目的として魔物達を救えるだけ救いますっ！」
「…やっぱそうじゃないとね」
「…ありがとうっ…！」
乎弥は頭を深々と下げた。
「あの…」
乎弥たちと龍瞳は同じ部屋にいた。沈黙が続く中、密かに乎弥が龍瞳に話しかけた。
「ん？なに？」
「さっき私が奇襲を仕掛けた時、刀を止めたのはどうしてですか？」
「え？…ああ、あれ」
「まさか、私が子供だからなんて言わないですよね？」
「まぁちょっとはね…けど、殺す気じゃなかったのは最初の矢で分かったよ。
軌道が僕を外すトコを通ってたし…まぁ一応落としたけど」
「それだけですか？」
「あとはまぁそこで止めててもコレがあるから死んではないし、ね」
龍瞳はコンコンと胸の鎧を叩いた。
「………」
乎弥は龍瞳の顔を見つめた。
「…どうしたの？何か変かな？」
「あ、いえ…どこかで見たような気が…」
「そう？」
港から西に約１００キロ。ハウラント領南東の町ケンブラン。
その郊外にある貴族の屋敷の地下にある牢屋の中に鎖に繋がれ、青白い長い髪を垂らした傷だらけの若い男が上半身裸で囚われていた。
そこに降りてきた一人の中年ほどの男、髪の毛には白髪が交じっている。
「私の屋敷に忍び込み、無事で帰れると思ったのかね？」
その男は牢屋に顔を近づけて言った。
「………」
「…まぁいい。三日後の朝には君は…大悪党として絶命しているのだからな…フッフハハハハハ…」
男はそうあざ笑うとまた上へと戻っていった。
「悪ぃな…テメェら…」
男はそこにいない者達に向かってそう言った。
（流石に…今度ばっかしゃ終いかもしれねぇわ…）
ひんやりとした牢獄の中で、男は見えるはずのない天を仰いだ。
乎弥たちの馬車でほぼ丸一日移動し、龍瞳と魅月尾はケンブランへ降り立っていた。そのケンブランの北方の山を見れば、その小高い山の中腹当たりに町を見下ろすように建つ大きな屋敷。
「あれがステンリン伯爵の家ね」
「ああ。あそこの地下にボスが囚われている」
「忍び込むのは今夜ね。みんな少し休みましょう」
「魅月尾さんの言うとおりです。今夜七時、町の北側の門に集まりましょう」
「ああ」
五人はそこでひとまず解散となった。
「…店でも見て回ろっか？」
「…そうね、焦っても時間が早く過ぎる訳じゃないし」
龍瞳と魅月尾は三人を見送って商店街の方へ歩いていった。
（ボス…）
「うぁ！」
しょんぼりとしている乎弥の頭をボルトスは撫でた。突然の事に乎弥は驚いて声を上げた。
「そうしょげんなって。自分を責めたってしゃぁねぇぞ？」
「…だけど…」
「そうですよ。ボスは我々の事を優先して、被害を小さくするために残ったんです。君のせいじゃない」
晶孝も乎弥を慰めた。
「…私、自分が情けないんだ…ボスが捕まったのは私がドジしたからだし…
それに、二人にもこんなに…」
「…乎弥…
アホゥ！気にすんな。俺にしろ晶孝にしろボスにゃ負い目を感じることが無いわけじゃねぇんだ。
けどボスぁな、んなこと全然気にも止めてねぇんだからよぉ」
「そう、だから私たちが笑って迎えに行くんですよ？」
「晶孝ぅ…バカトスぅ…」
二人の顔を続けて見つめ、乎弥は俯いて涙を堪えた。
「お、おい、んなとこで泣くなよっ！
つか、おいっ、誰がバカトスじゃ！」
「あはは、ぴったりじゃないですか」
晶孝は笑顔で言った。
「テメェもぶっ飛ばすぞ？」
ボルトスは目を細くして晶孝を睨んだ。
「ふふ…ゴメン、二人とも。私、もう大丈夫」
乎弥は涙を拭った。晶孝とボルトスは乎弥を見て安心したように微笑んだ。
辺りもすっかり暗くなった。
「全員揃ってるな？」
「ああ、行こうぜ」
北門を出た五人は森を駆け抜けて、高い塀に囲まれたステンリン伯爵邸の近くの茂みに身を隠した。
「どう入る？」
龍瞳は誰にともなく訊ねた。見たところ、塀をよじ登るのは無理がありそうだ。それに塀の上には槍の様に鋭い柵が張り巡らされ、登れたとしても入るのは困難だった。
また門には１０人ほどの兵士が立ち、戦いになれば応援が寄越されるのは必死だった。
「龍瞳様、私に任せて…」
「魅月尾…無理するな」
「…はい」
魅月尾は笑顔で振り向いた。彼女は悠然と歩み出ると、当然敵の兵士に見つかった。
「なんだ、貴様？」
「ここをステンリン伯爵邸と分かっているのだろうな？」
魅月尾は一言も発せずに兵士達へ向けて左掌を向けた。
「妖術 狐火」
彼女の背後から二筋の蒼い炎が走り、兵士達は堪らず退いた。
「龍瞳様、今です！」
乎弥たちはその炎に挟まれ作られた道を通って屋敷の中に入った。龍瞳は魅月尾の元で立ち止まった。
「魅月尾はっ？」
「私はここで足止めします」
「わかった。一人で平気だよな？」
「ええ」
「危なくなったら逃げろ」
「…はい」
龍瞳も三人を追って屋敷へ入っていった。
「くそぉ、魔術師か…！」
「少し違うわね…」
魅月尾は変化を解いた。月明かりを背に三本の尾が揺れている。
「魔物かっ？！」
「…戦うのはあまり得意じゃないけれど…」
魅月尾は両腕を左右に広げた。青白い火の玉が五つ彼女の背後に現れた。
「お相手するわ…！」
屋敷へ侵入した四人は広い廊下を進んでいた。
「いたぞぉっ！」
「ちっ、追っ手か…」
「前からもだ…」
四人は廊下の中で挟まれてしまった。前後の敵は２、３０人ずつに見受けられた。
「晶孝さん、ボルトスさん、後ろの敵をお願いできますか？」
龍瞳進むべき方向の敵を睨みながら言った。
「ええ、任せてください」
「足止めくらい軽ぃぜ」
「乎弥ちゃん、牢屋の場所分かる？」
「はい」
「それじゃあ…」
龍瞳は柄を握った。
（抜刀術…）
「裂嵐！（さくらん）」
龍瞳は立った一蹴りで１０メートルあった間合いを抜刀しながら詰め、瞬く間に五太刀ほど振った。
刀の攻撃は敵に対してそれほどの致命傷を与えることはなかった。だがそれはこの技の本腰が斬る事ではなく、それによって怯んだ敵に放つ強力な『蹴り』だからである。
龍瞳が斬りつけた前列の兵士を蹴り飛ばすと、当然その後ろの兵士も同じく倒された。
「乎弥ちゃん！」
「はいっ！」
龍瞳と乎弥は敵を三歩足らずで跳び越え、廊下を目的地の方へ再び駆けだした。
「くそ、追えーっ！」
兵士達はその後を追っていった。
「さすがですね」
「ああ。
さてと、ボスはあの二人に任せて俺たちはこいつらを相手してやるか…」
ボルトスと晶孝は自分の武器を取りだした。ボルトスは手に黒光りする手甲を着け、晶孝はコートの中ならトンファーを取り出して構えた。
「俺の武器（エモノ）は強ぇぞ？」
「かかってきなさい。遊んであげますよ？」
洋風の館に不釣り合いな下駄の音。黒く長いポニーテールと赤いショートヘアが牢への入り口へ向かって疾走していた。
「牢への入り口は？」
「この渡り廊下の向こうです」
「前に敵は？」
「たしか監守が三人」
「わかった」
龍瞳は長い渡り廊下の途中で立ち止まり後ろを振り返った。
「龍瞳さん？」
「僕はここで敵を足止めするよ。それとこれ」
龍瞳は乎弥に三枚の札を渡した。
「これは解錠の呪を書いた札だ。使えると思うよ」
「ありがとうございます」
「うん」
龍瞳は後ろを気にして振り返った。
「追いついてきたみたいだ…行って」
「はい」
乎弥は牢へ向かって走っていった。
「一人で相手する気か？」
追いついてきた兵士が剣を向けて言った。
「お前達は僕一人で十分だよ。この向こうには行かせない」
「ナメやがって」
「後悔させてやる」
「さぁ？それはどっちかな…」
龍瞳は柄を握った。
乎弥は壁の影に隠れて牢へ続く階段の様子を伺った。警備が二人立っていて、残る一人は地下にいるらしい。
乎弥は吹き矢を取り出し、警備の一人に狙いを定めて放った。
「うっ…」
その兵士は即効性の睡眠薬によって倒れ込んだ。
「どうした？！」
もう一人は倒れた兵士に気を取られ、その間に乎弥は音もなく近づき紐を兵士の首に回し一瞬強く絞めた。
たとえ少女の力でも瞬間的な力は十分ある。頸動脈の血流が一瞬止まることで、兵士は気絶した。
地下への階段をゆっくりと下りて様子を見ると、三つの牢屋の前に一人の兵士が立っていた。乎弥は最後の吹き矢の矢で兵士を眠らせた。
（なんだ…？）
牢の中の男はその音に気付き、乎弥は一番奥の牢屋の前に走り寄った。
「…ボス…！」
牢の中で鎖で繋がれた男は顔を上げた。目尻の下がった目とそれと対照的に眉尻の少し上がった細めの眉。鍛えられた体には無数の大小の傷があった。
「乎弥…乎弥かっ！？」
「助けに来ましたよ、ボス」
乎弥は笑顔でそう言ったが、目尻には涙を溜めていた。
「…今外しますね」
乎弥は龍瞳から貰った札を南京錠に貼り付けた。バチッと放電したようになると、カチャリと南京錠は外れてその場に落ちた。
牢屋の中へ入り、手に繋がれた鎖の手錠にも札を貼り鍵を外した。
男は手首をさすって、乎弥を見つめた。
「…ぅぅぅ…ボスゥ！」
乎弥は思わず男に抱きついた。
「うわっ…おいおい…」
男は驚き、そしてフッと微笑んだ。
「心配掛けたな…ここにはお前一人で？」
「ううん、晶孝とボルトスもいるよ。あとウチの奴じゃないけどあと二人」
「…銀狼のメンバーじゃないのか？」
「あ、うん…だけど信用できる人達だから」
「わかった」
「それより早く逃げよう」
乎弥は彼の手を引っ張った。
「ああ、それもそうだが。武器も取り返さないと…」
「うん」
二人は地下から上がってくるとその階段の右側の部屋に入った。
「おっ、ドンピシャだったな…」
中には木箱や絹袋などが置かれていて、その中に彼の探す武器もあった。それは柄の両端に刀身の付いた『両剣』という武器だ。
彼はそれを持つと渡り廊下の方へ向かった。
「龍瞳さん！」
「乎弥ちゃん、上手くいったんだね？」
龍瞳は兵士を本当に自分より後ろに進ませることなく留めていた。そして龍瞳と彼の目があった。
「あっ…」
「ん…？」
「あなたは…」
「前に…会ってるよな…？」
二人はそう言って驚き合った。龍瞳は思い出したように振り返ると刀を上段に構えた。
「何はともあれ、ここを出ないとね…」
龍瞳は刀に魔力を込め、一気に振り下ろした。
「大雅白刃！（たいがはくじん）」
魔力によって生成された白い斬撃は床と天井を斬り裂き、兵士達は圧で吹き飛ばされた。
「…やるねぇ」
「今の内だ、行こう」
三人は晶孝とボルトスの居るところまで戻ってきた。その時丁度、二人は最後の兵士を一人ずつ殴り飛ばしたところだった。
「ボス！」
二人は三人に気付き、駆け寄ってきて男の前に並んだ。
「悪いな、ドジっちまった…」
「無事で何よりですよ」
「…ほんとです。さぁ、行きましょう」
「ああ、チョイ待ち」
「どうしたんですか？龍瞳さん」
「ん？まあ用事。
四人は早く外に」
龍瞳はそう言うと一人二階へ上がっていった。
「ええい。俗物如きに何をしておるか！早く打ち倒せぃ！」
二階の一室で苛つきを募らせる白髪混じりの中年の男。窓の外を見て、魔物に苦戦する兵士達を睨んでいた。
「うっ」
「がぁっ」
「なんだ？！」
部屋の外から聞こえた声に男は単発式の銃を取り出した。そして部屋の戸が開くと同時に引き金を引いたが、弾は見事に避けられて侵入してきた者に殴られ気絶した。
侵入者は龍瞳、彼は「さてと…」といって部屋を物色し始めた。
「くそっ、このっ！」
剣をさらりとかわして、後方に綺麗に宙返りを二度決めた魅月尾は狐火を兵士にぶつけた。
「ぐあっ」
「あら？
どうやら上手くいったみたいね？」
魅月尾は出てきた四人を見てそう言った。
「はい」
「へぇ、妖狐か」
「龍瞳様は？」
「用事があるといって二階へ…」
「んふふ、そう」
魅月尾はそう笑った。
「用も済んだし行きましょう、と言いたいけれど私戦いに向いていないから何人かしか倒せてないのよ。
ほら、まだ五人居るわよ？」
「だったら、ここは俺に任せてくれ。ちょっとしたウォーミングアップだ」
男は両剣を頭上で回転させてから構えた。そして素早い動きで敵に近づき、流れるように兵士の間を移動しながら切り倒した。
「ちゃんと急所は外したからな」
男は血を払った。
「流石ね。じゃあ行きましょう」
「え、龍瞳さんは？」
「もう来るわ」
その時二階の窓を割って龍瞳が飛び出してきて着地した。
「ね？」
６人は町まで駆け下りた。
寒空の下で、一人の男が木偶に向かって刀を振っていた。切り口は見事に綺麗で、それは男の腕と刀の切れ味が一級品であることを示していた。男はこの寒さのなかでも春先に着るような厚さの着物を着ていた。
「龍瞳様、そろそろお昼が出来ますけど？」
「ん、ああ。今行くよ」
そこは魅月尾の家の庭だった。囲いの中といえどもそこの広さは剣を十二分に振れる程で、練習場所としてはもってこいだった。
龍瞳は刀を納め縁側に歩み寄り、石段の上で下駄を脱いだ。そして、縁側へ上がり部屋の中へ入った。
部屋の中は七輪によって暖められていて快適だった。その部屋の真ん中に置かれた円卓の上においしそうな昼食が置かれていて、白ご飯とみそ汁、鮭の切り身がおいしそうに湯気を立てていた。
龍瞳はその前に座ると箸を手に持った。
「どう？」
「おいしいよ、相変わらずね。
…あれ？味噌変えた？」
「わかった？結構おいしいでしょ？」
「ああ」
魅月尾は三本目の尾が生えた頃から、少し言葉使いが変わりだした。それに伴うように積極的になってもきたのだ。しかし基本的な性格、つまりは献身的な所や丁寧さは変わっていない。なので龍瞳からすれば距離がもっと近くなったという感覚だった。
龍瞳は早々と食べ終わり、再び外の寒空の元へと出ていった。下駄を履いて再び庭に降りた龍瞳は、庭の地面の上に一枚の札を叩き付けるように置いた。
すると斬られて真っ二つとなった木偶の地面に落ちた片割れが天から糸に吊されているかのようにピクピクと動き、もう一方に上に乗ると切れ目がじわじわと無くなり元通りになった。
「よし、と」
龍瞳は愛刀の柄に手を掛け、庭に五本立っている木偶の中央に立って息をふぅーっ、と長く吐いた。
「ッ！」
抜刀すると同時に目前の木偶を輝く刃が右上がりの一文字に斬り裂き、左斜め前に身体を向けながら両手に柄を持って左上から刀を振り下ろした。
そこから刃を返し左隣の木偶を右下から袈裟斬りにし、左隣へ一つ飛ばした木偶を左手を離しながら斬り、残った木偶を両手持ちで左下から斬り上げた。
「―！」
食器を片づけていた魅月尾が、張り巡らせていた探知魔法の領域内に何かが入ってきたことに気付いた。
「っ―！？」
そして龍瞳も木偶を全て切り倒し気を抜き掛けた時、魅月尾の魔力によって強化された聴覚が風を切る何かの音を捕らえた。
龍瞳は後ろを振り返るとともに飛んできたそれを刀で切り落とした。そして次の瞬間には茂みの中から何者かが飛び出し、攻撃を仕掛けてきた。
「はあぁっ！」
高い声、少女のものだ。そしてその少女まだ宙にいる間に黒い小刀のような物で龍瞳に二度も攻撃を仕掛けたのである。
その二撃を龍瞳は刀で受け流し、後ろに下がった。少女が着地して止まっていたのはほんの僅かな、まさに瞬間だった。小刀を逆手から順手に持ち替えた彼女は下がる龍瞳に追撃を加えたが、彼はその追撃を左へ払った。
少女はその小回りの利く武器で素早く反撃したが、龍瞳は彼女の思いがけないような速さで脇差しを抜き彼女の首元で止めた。しかし、彼女も左手でもう一本同じ武器を逆手で持ち彼の半身の胸に当てようとしていた。
「そこまでっ！」
茂みの中から男の声が届き、それと同じく魅月尾が縁側に姿を現した。少女は跳び退いて武器を納めた。
「今の勝負、続けていたならカヤ、君の負けだ」
鉄柵の向こうで眼鏡を掛けた男が、眼鏡のブリッジを中指で上げて位置を直しながら言った。先程の制止の声も彼だ。
「なんでさっ？
私だってクナイをあいつの胸に―」
「悪いけど、彼の言うとおりだよ」
龍瞳は刀を収めながら言って、着物の襟を掴んで広げて見せた。そこには黒光りする鎧が仕込まれていた。
「なっ…だけどあんな物が」
「カヤよぉ、あれは俺のエモノと同じ素材だぜ？お前のクナイじゃ無理だ」
「何だって？！
じゃああいつはそれを着けたままあんなに動いてたって言うの？」
（でもあれがなければあの男は相打ちには持ち込めていた…
…いや、違う…あれがなければもっと違う対処をしていた…？）
赤い髪の少女は信じられないと言うように手振りした。
「そうさ、何せ彼の側には彼女が居るんだからねぇ」
その魅月尾は三人を見て、考える素振りを見せることなく結界を解いた。
「不思議ね？結界を張っていたはずだけど…」
「私の身体、服、武器にはある程度の結界なら通り抜けられる『印』が施されてる。もう少し結界が強力だったら通り抜けられなかった」
少女が魅月尾に説明している間に二人の男は鉄柵を跳び越えて庭に入っていた。
「ここのことは少しの魔物しか知らないはずだけれど？
見たところあなたも人のようだし」
「はい。ここのことはその魔物の方に聞きました」
と眼鏡の男がそう言った時だった。
「たのむっ！！」
赤髪の少女が突然地に手を付いた。
「さっきの無礼は…その許してくれ。
でもっ、ここならっ…ここなら何とかしてくれるって…」
少女の必死の物言いに魅月尾と歩み寄っていた龍瞳は顔を見合わせた。
龍瞳は縁側に腰掛け、魅月尾も隣に正座した。
「話を聞きましょう」
魅月尾がそう言うと少女は顔を上げた。そして眼鏡の男が口を開いた。
「…我らの長を、助ける手助けをお願いしたいのです」
「分かったわ。上がってきてください、詳しいことは中で」
魅月尾は三人を自室に案内した。そして、ソファーに座ると変化を解いた。龍瞳はソファーに肘掛けに腰掛けた。
三人はその部屋の床に正座して座っていた。
「長を助けてほしい…
説明して貰えるかしら？」
「まず、それには我々が何者かを明かさなければならないでしょう。
我々は…『十六夜の銀狼』と名乗っています」
「十六夜の銀狼？！…義賊のか？」
「はい。私は晶孝（シャウコウ）、この子は乎弥（カヤ）」
「俺はボルトス」
晶孝は黒髪でショートヘアの少し面長の男だ。藍色のコート、中には深緑のＹシャツを着ていた。
乎弥は赤髪の少女だ。細い黒のハーフパンツに長袖の濃い赤紫の服を着ていた、腰にはクナイと小型の弓を携えいた。
ボルトスは大柄な背の高い男で、金色の短髪の髪が逆立っていた。肌の色は少し黒かった。
「その長が誰かに捕まったの？今まで上手く逃げおおせていたのに？」
魅月尾は背凭れに凭れながら言った。
「…私の…せいなんだ…」
乎弥は俯いてそう言った。
「…一週間前、私たちはある貴族の屋敷に忍び込びました。ですが、罠にはまり逃走を余儀なくされたのです。
その逃走の最中、乎弥が罠にかかって危うく捕まりそうになってしまったのです。ボスは…」
「ボスは…私を庇って追っ手を足止めしてくれました…
だけど、ボスがどんなに強くても…罠の張り巡らされた中では、数の多さには敵いませんでした…
ボスはみんなに逃げろと命令して、その命令通りに私たちは逃げました」
「ボスが捕まったことは保安や、殆どの人達には公開されてません」
「なぜ？」
龍瞳は疑問に思った。
「そいつぁ、その貴族の野郎が利用しようと考えてるからだ。奴らは麻薬や劇物を横流ししてる上に、その地域じゃ魔物も一応人権が与えられてるにも関わらず捕まえてきた魔物達を奴隷にして他国へ売ってやがるんだ…
魅月尾の眉がピクッと動いた。
「そこで、捕まえたボスをその犯人に仕立て上げ…最後にゃ殺す気だ…
それで奴らは疑いの目を免れるどころか、『薬の売人を討った英雄』になっちまう」
乎弥はそれを聞いていたが、やがて肩が震えだした。握りしめた手の甲に透明な雫がポタポタと落ちた。
「…お願い…ボスを…ボスを助けて…」
「…今回の依頼はあなた達のボスの開放ね？」
「…はい」
魅月尾はスクッと立ち上がった。
「いいわ、その依頼受けましょう」
（…魅月尾怒ってるな…ま、当然か）
「それと、私的目的として魔物達を救えるだけ救いますっ！」
「…やっぱそうじゃないとね」
「…ありがとうっ…！」
乎弥は頭を深々と下げた。
「あの…」
乎弥たちと龍瞳は同じ部屋にいた。沈黙が続く中、密かに乎弥が龍瞳に話しかけた。
「ん？なに？」
「さっき私が奇襲を仕掛けた時、刀を止めたのはどうしてですか？」
「え？…ああ、あれ」
「まさか、私が子供だからなんて言わないですよね？」
「まぁちょっとはね…けど、殺す気じゃなかったのは最初の矢で分かったよ。
軌道が僕を外すトコを通ってたし…まぁ一応落としたけど」
「それだけですか？」
「あとはまぁそこで止めててもコレがあるから死んではないし、ね」
龍瞳はコンコンと胸の鎧を叩いた。
「………」
乎弥は龍瞳の顔を見つめた。
「…どうしたの？何か変かな？」
「あ、いえ…どこかで見たような気が…」
「そう？」
港から西に約１００キロ。ハウラント領南東の町ケンブラン。
その郊外にある貴族の屋敷の地下にある牢屋の中に鎖に繋がれ、青白い長い髪を垂らした傷だらけの若い男が上半身裸で囚われていた。
そこに降りてきた一人の中年ほどの男、髪の毛には白髪が交じっている。
「私の屋敷に忍び込み、無事で帰れると思ったのかね？」
その男は牢屋に顔を近づけて言った。
「………」
「…まぁいい。三日後の朝には君は…大悪党として絶命しているのだからな…フッフハハハハハ…」
男はそうあざ笑うとまた上へと戻っていった。
「悪ぃな…テメェら…」
男はそこにいない者達に向かってそう言った。
（流石に…今度ばっかしゃ終いかもしれねぇわ…）
ひんやりとした牢獄の中で、男は見えるはずのない天を仰いだ。
乎弥たちの馬車でほぼ丸一日移動し、龍瞳と魅月尾はケンブランへ降り立っていた。そのケンブランの北方の山を見れば、その小高い山の中腹当たりに町を見下ろすように建つ大きな屋敷。
「あれがステンリン伯爵の家ね」
「ああ。あそこの地下にボスが囚われている」
「忍び込むのは今夜ね。みんな少し休みましょう」
「魅月尾さんの言うとおりです。今夜七時、町の北側の門に集まりましょう」
「ああ」
五人はそこでひとまず解散となった。
「…店でも見て回ろっか？」
「…そうね、焦っても時間が早く過ぎる訳じゃないし」
龍瞳と魅月尾は三人を見送って商店街の方へ歩いていった。
（ボス…）
「うぁ！」
しょんぼりとしている乎弥の頭をボルトスは撫でた。突然の事に乎弥は驚いて声を上げた。
「そうしょげんなって。自分を責めたってしゃぁねぇぞ？」
「…だけど…」
「そうですよ。ボスは我々の事を優先して、被害を小さくするために残ったんです。君のせいじゃない」
晶孝も乎弥を慰めた。
「…私、自分が情けないんだ…ボスが捕まったのは私がドジしたからだし…
それに、二人にもこんなに…」
「…乎弥…
アホゥ！気にすんな。俺にしろ晶孝にしろボスにゃ負い目を感じることが無いわけじゃねぇんだ。
けどボスぁな、んなこと全然気にも止めてねぇんだからよぉ」
「そう、だから私たちが笑って迎えに行くんですよ？」
「晶孝ぅ…バカトスぅ…」
二人の顔を続けて見つめ、乎弥は俯いて涙を堪えた。
「お、おい、んなとこで泣くなよっ！
つか、おいっ、誰がバカトスじゃ！」
「あはは、ぴったりじゃないですか」
晶孝は笑顔で言った。
「テメェもぶっ飛ばすぞ？」
ボルトスは目を細くして晶孝を睨んだ。
「ふふ…ゴメン、二人とも。私、もう大丈夫」
乎弥は涙を拭った。晶孝とボルトスは乎弥を見て安心したように微笑んだ。
辺りもすっかり暗くなった。
「全員揃ってるな？」
「ああ、行こうぜ」
北門を出た五人は森を駆け抜けて、高い塀に囲まれたステンリン伯爵邸の近くの茂みに身を隠した。
「どう入る？」
龍瞳は誰にともなく訊ねた。見たところ、塀をよじ登るのは無理がありそうだ。それに塀の上には槍の様に鋭い柵が張り巡らされ、登れたとしても入るのは困難だった。
また門には１０人ほどの兵士が立ち、戦いになれば応援が寄越されるのは必死だった。
「龍瞳様、私に任せて…」
「魅月尾…無理するな」
「…はい」
魅月尾は笑顔で振り向いた。彼女は悠然と歩み出ると、当然敵の兵士に見つかった。
「なんだ、貴様？」
「ここをステンリン伯爵邸と分かっているのだろうな？」
魅月尾は一言も発せずに兵士達へ向けて左掌を向けた。
「妖術 狐火」
彼女の背後から二筋の蒼い炎が走り、兵士達は堪らず退いた。
「龍瞳様、今です！」
乎弥たちはその炎に挟まれ作られた道を通って屋敷の中に入った。龍瞳は魅月尾の元で立ち止まった。
「魅月尾はっ？」
「私はここで足止めします」
「わかった。一人で平気だよな？」
「ええ」
「危なくなったら逃げろ」
「…はい」
龍瞳も三人を追って屋敷へ入っていった。
「くそぉ、魔術師か…！」
「少し違うわね…」
魅月尾は変化を解いた。月明かりを背に三本の尾が揺れている。
「魔物かっ？！」
「…戦うのはあまり得意じゃないけれど…」
魅月尾は両腕を左右に広げた。青白い火の玉が五つ彼女の背後に現れた。
「お相手するわ…！」
屋敷へ侵入した四人は広い廊下を進んでいた。
「いたぞぉっ！」
「ちっ、追っ手か…」
「前からもだ…」
四人は廊下の中で挟まれてしまった。前後の敵は２、３０人ずつに見受けられた。
「晶孝さん、ボルトスさん、後ろの敵をお願いできますか？」
龍瞳進むべき方向の敵を睨みながら言った。
「ええ、任せてください」
「足止めくらい軽ぃぜ」
「乎弥ちゃん、牢屋の場所分かる？」
「はい」
「それじゃあ…」
龍瞳は柄を握った。
（抜刀術…）
「裂嵐！（さくらん）」
龍瞳は立った一蹴りで１０メートルあった間合いを抜刀しながら詰め、瞬く間に五太刀ほど振った。
刀の攻撃は敵に対してそれほどの致命傷を与えることはなかった。だがそれはこの技の本腰が斬る事ではなく、それによって怯んだ敵に放つ強力な『蹴り』だからである。
龍瞳が斬りつけた前列の兵士を蹴り飛ばすと、当然その後ろの兵士も同じく倒された。
「乎弥ちゃん！」
「はいっ！」
龍瞳と乎弥は敵を三歩足らずで跳び越え、廊下を目的地の方へ再び駆けだした。
「くそ、追えーっ！」
兵士達はその後を追っていった。
「さすがですね」
「ああ。
さてと、ボスはあの二人に任せて俺たちはこいつらを相手してやるか…」
ボルトスと晶孝は自分の武器を取りだした。ボルトスは手に黒光りする手甲を着け、晶孝はコートの中ならトンファーを取り出して構えた。
「俺の武器（エモノ）は強ぇぞ？」
「かかってきなさい。遊んであげますよ？」
洋風の館に不釣り合いな下駄の音。黒く長いポニーテールと赤いショートヘアが牢への入り口へ向かって疾走していた。
「牢への入り口は？」
「この渡り廊下の向こうです」
「前に敵は？」
「たしか監守が三人」
「わかった」
龍瞳は長い渡り廊下の途中で立ち止まり後ろを振り返った。
「龍瞳さん？」
「僕はここで敵を足止めするよ。それとこれ」
龍瞳は乎弥に三枚の札を渡した。
「これは解錠の呪を書いた札だ。使えると思うよ」
「ありがとうございます」
「うん」
龍瞳は後ろを気にして振り返った。
「追いついてきたみたいだ…行って」
「はい」
乎弥は牢へ向かって走っていった。
「一人で相手する気か？」
追いついてきた兵士が剣を向けて言った。
「お前達は僕一人で十分だよ。この向こうには行かせない」
「ナメやがって」
「後悔させてやる」
「さぁ？それはどっちかな…」
龍瞳は柄を握った。
乎弥は壁の影に隠れて牢へ続く階段の様子を伺った。警備が二人立っていて、残る一人は地下にいるらしい。
乎弥は吹き矢を取り出し、警備の一人に狙いを定めて放った。
「うっ…」
その兵士は即効性の睡眠薬によって倒れ込んだ。
「どうした？！」
もう一人は倒れた兵士に気を取られ、その間に乎弥は音もなく近づき紐を兵士の首に回し一瞬強く絞めた。
たとえ少女の力でも瞬間的な力は十分ある。頸動脈の血流が一瞬止まることで、兵士は気絶した。
地下への階段をゆっくりと下りて様子を見ると、三つの牢屋の前に一人の兵士が立っていた。乎弥は最後の吹き矢の矢で兵士を眠らせた。
（なんだ…？）
牢の中の男はその音に気付き、乎弥は一番奥の牢屋の前に走り寄った。
「…ボス…！」
牢の中で鎖で繋がれた男は顔を上げた。目尻の下がった目とそれと対照的に眉尻の少し上がった細めの眉。鍛えられた体には無数の大小の傷があった。
「乎弥…乎弥かっ！？」
「助けに来ましたよ、ボス」
乎弥は笑顔でそう言ったが、目尻には涙を溜めていた。
「…今外しますね」
乎弥は龍瞳から貰った札を南京錠に貼り付けた。バチッと放電したようになると、カチャリと南京錠は外れてその場に落ちた。
牢屋の中へ入り、手に繋がれた鎖の手錠にも札を貼り鍵を外した。
男は手首をさすって、乎弥を見つめた。
「…ぅぅぅ…ボスゥ！」
乎弥は思わず男に抱きついた。
「うわっ…おいおい…」
男は驚き、そしてフッと微笑んだ。
「心配掛けたな…ここにはお前一人で？」
「ううん、晶孝とボルトスもいるよ。あとウチの奴じゃないけどあと二人」
「…銀狼のメンバーじゃないのか？」
「あ、うん…だけど信用できる人達だから」
「わかった」
「それより早く逃げよう」
乎弥は彼の手を引っ張った。
「ああ、それもそうだが。武器も取り返さないと…」
「うん」
二人は地下から上がってくるとその階段の右側の部屋に入った。
「おっ、ドンピシャだったな…」
中には木箱や絹袋などが置かれていて、その中に彼の探す武器もあった。それは柄の両端に刀身の付いた『両剣』という武器だ。
彼はそれを持つと渡り廊下の方へ向かった。
「龍瞳さん！」
「乎弥ちゃん、上手くいったんだね？」
龍瞳は兵士を本当に自分より後ろに進ませることなく留めていた。そして龍瞳と彼の目があった。
「あっ…」
「ん…？」
「あなたは…」
「前に…会ってるよな…？」
二人はそう言って驚き合った。龍瞳は思い出したように振り返ると刀を上段に構えた。
「何はともあれ、ここを出ないとね…」
龍瞳は刀に魔力を込め、一気に振り下ろした。
「大雅白刃！（たいがはくじん）」
魔力によって生成された白い斬撃は床と天井を斬り裂き、兵士達は圧で吹き飛ばされた。
「…やるねぇ」
「今の内だ、行こう」
三人は晶孝とボルトスの居るところまで戻ってきた。その時丁度、二人は最後の兵士を一人ずつ殴り飛ばしたところだった。
「ボス！」
二人は三人に気付き、駆け寄ってきて男の前に並んだ。
「悪いな、ドジっちまった…」
「無事で何よりですよ」
「…ほんとです。さぁ、行きましょう」
「ああ、チョイ待ち」
「どうしたんですか？龍瞳さん」
「ん？まあ用事。
四人は早く外に」
龍瞳はそう言うと一人二階へ上がっていった。
「ええい。俗物如きに何をしておるか！早く打ち倒せぃ！」
二階の一室で苛つきを募らせる白髪混じりの中年の男。窓の外を見て、魔物に苦戦する兵士達を睨んでいた。
「うっ」
「がぁっ」
「なんだ？！」
部屋の外から聞こえた声に男は単発式の銃を取り出した。そして部屋の戸が開くと同時に引き金を引いたが、弾は見事に避けられて侵入してきた者に殴られ気絶した。
侵入者は龍瞳、彼は「さてと…」といって部屋を物色し始めた。
「くそっ、このっ！」
剣をさらりとかわして、後方に綺麗に宙返りを二度決めた魅月尾は狐火を兵士にぶつけた。
「ぐあっ」
「あら？
どうやら上手くいったみたいね？」
魅月尾は出てきた四人を見てそう言った。
「はい」
「へぇ、妖狐か」
「龍瞳様は？」
「用事があるといって二階へ…」
「んふふ、そう」
魅月尾はそう笑った。
「用も済んだし行きましょう、と言いたいけれど私戦いに向いていないから何人かしか倒せてないのよ。
ほら、まだ五人居るわよ？」
「だったら、ここは俺に任せてくれ。ちょっとしたウォーミングアップだ」
男は両剣を頭上で回転させてから構えた。そして素早い動きで敵に近づき、流れるように兵士の間を移動しながら切り倒した。
「ちゃんと急所は外したからな」
男は血を払った。
「流石ね。じゃあ行きましょう」
「え、龍瞳さんは？」
「もう来るわ」
その時二階の窓を割って龍瞳が飛び出してきて着地した。
「ね？」
６人は町まで駆け下りた。
10/06/19 02:46更新 / アバロンⅡ世
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