0-0 新しい出発
スプル山脈の足元に構えられた村、ノースビレッジ。スプル山を越えて大陸の北側へと赴く者たちにとっての玄関口であり、北側から来た者たちの休息の場だ。
その村から南の街道への出口に、トーマとトレアの2人は姿を現した。
「なんだ、私たちが一番早かったのか」
「みたいだな」
2人は辺りを見回して言うと、そして近くの石垣の上に腰を下ろした。
そんなトーマの腰の後ろに、気になる物がある。1本の剣だ。1本の1メートルにも満たない程の長さの剣が、高周波ナイフと並んで革のベルトに納められていた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1時間ほど前、トーマら一行は宿を出ると別行動に移った。
そしてトーマとトレアはまず武器防具を売る店に寄った。
「珍しいな、お前がこういう店に来るのは」
とトレアがガード類を物色するトーマに言った。
「ああ。ただこれからは今のままじゃ戦えないからな…」
「どういうことだ?」
「こんなナイフじゃまともに剣を受けられないし、銃じゃ相手を殺しかねない。それに防具があるとないとじゃ大違いだからな」
と言いながら、彼は手に取ったガントレットを試着し、手首を動かすなどして調子を確かめた。
だが合わなかったのか、それを外すとまた別のを取って腕に付けた。
それを2、3度繰り返し、納得のいくものを見つけたのか、彼は剣が幾つも掛けられた壁に移動した。
「しかし、そうは言うが、防具はともかくとしてお前は剣での戦いなどほとんどないだろう?」
壁から剣を取る彼にトレアは問いかけた。
「たしかにな。でもこっちにはいいコーチが2人も付いてるじゃないか」
トーマはそう言いながら剣を戻し、別の剣を手に取る。
「誰のことだ?」
「お前とノルヴィだ。それ以外に誰かいるか?」
「な、私もか!?…いや、確かに武器の扱いに関してはお前よりは上手いだろうが、恐らくノルヴィには敵わないだろう…」
「そうか?」
トーマはそう話す最中も剣を選別していた。だが、なかなか思うようなものが見つからないようだ。
「ん〜…どうしたもんか…」
彼は呻きながら頭を掻いた。
「どんな物がいいんだ?」
「軽量で扱いやすいものがいいな。ただそれなりに強度も欲しい…」
「そうだな…」
彼女は腕を組んで剣の種類や形を見ながら「これなんかどうだ?」と言って、1本の剣を手に取った。
それは長さ60センチほど、剣身が45センチ程度、剣幅は5センチほどの物だった。
柄は刃側に少し反っていて、鍔は極端に小さく、鞘から抜いてみると片刃になっていた。
「そうだな、確かにそれほど重くもないし、短めで扱いやすそうだな…ただ、強度はどんなもんだろう…」
彼がそういうと、奥のカウンターにいた店主の男が2人に声を掛けた。
「ああ、そいつはそれなりだけど業物だよ、大剣と競り合ってもそうは折れないくらいの強度は保障する」
その店長の一言で、トーマはその剣と先ほど選んだガントレットを購入した。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
2人が村出口に着いて数分経った頃、ノルヴィとミラ、フィムがやってきた。
ノルヴィとフィムは背中にテントや食料などの荷物を背負っている。
「あら、待たせてしまったかしら?」
「いや、私たちも数分前に着いた頃だ。そっちはしっかり物資も調達してきたみたいだな」
トレアが言うと、ノルヴィは荷物を下ろして一息ついた。
「ああ、なんたって全部放って来ちゃったしね。あ〜重いわ…」
彼はいつものようにぼやいて、疲れた様子を見せた。無論、これは疲れた「フリ」だ。
「ノルヴィ、もうそんな演技する必要ないだろう」
トレアがそう言うと、ノルヴィはきょとんとした顔を浮かべたかと思うと、苦笑を浮かべた。
「あははは…いやぁ、ついねぇ。半分癖みたいなもんだから気にしないでよ」
するとミラは、そう言いながら頭を掻く彼を見つめながら、物哀しげな表情を浮かべた。
(癖になるほど…ずっと…)
ノルヴィはそんなミラの顔に気付き、先ほどから思っていたことに話題を移した。
「そういやトーマ、その剣どったの?」
「ああ、これか?買ったんだよ。これからの戦いには必要だと思ってな」
話しながらトーマは剣の柄に手を掛けた。
「そうね、今までの装備じゃこの先不安多いわ」
「せやな、まぁそう思って俺らもいろいろ仕入れてきたわけや」
フィムはそう言いながら荷物をポンポンと叩いた。
よく見ると、ミラの弓もデザインが変わっていた。以前はただの複合弓だったが、今携えているものを見ると両端から30センチを鉄板が覆っている。
さらにはミラはガードを身に着け、ノルヴィは上着の下にガードを、フィムは薄い手甲と具足をつけていた。
「んで、ここに俺らとそっち2人が揃ったっちゅうことは、あとはあのキャスとフィアの2人だけか」
「そうね。でももうそろそろ戻るはずよ」
そう言ったミラが見上げた空に遠く、黒い影が1つ見えた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
宿を出て別れてからすぐ、フィアはキャスの箒に同乗しある場所へ向かおうとしていた。
「わわ、わっ…」
「どうしたのさ?」
「浮いてるっ…飛んでるっ…」
ただ、その乗っている様たるや、見事なへっぴり腰。
キャスの体に必死にしがみついて、顔を背中に押し付け下を見ないようギュッと目を瞑っている。
「あのさぁ…フィアは宇宙を飛んでたんでしょ?なんでそんなに怖がってんのさ?」
キャスは呆れ顔で言った。
「だって…こんな体むき出しで飛ぶことなんてないしぃ…乗ってるのこんな細い箒だしぃ…」
確かに、宇宙艇と箒では安心感には大きく差があることは明白である。
「大丈夫だよ、そんな簡単に折れたりしないし、ちゃんと掴まってれば落ちないから。ほら、行くよ」
「えっ、ちょっ、きゃあああぁぁぁぁッ―!」
その悲鳴を耳にして、トーマ達が先行きを案じたのは言うまでもないだろう。
村の西を流れる川を北上し、やがて渓谷が見えてきた。
辺りはスプル山脈と同じ薄い青紫がかった地面に変わり、植物も数えるほどしか目に留まらない。
そんな渓谷の上を、目的の場所を探しながら飛んでいるとそれはあった。
ほぼ平らと言ってよい地形の一箇所が、ひどく乱れている。大小様々に砕けた岩と、抉られた地面。そして鋼鉄色の物体が半分瓦礫に埋もれて鎮座していた。
「あれ?」
「うん、間違いない」
キャスは高度を落とし、少し浮いた状態でその鉄塊の傍にホバリングして留まった。フィアが箒から降りると彼女も着陸し、箒を消した。
鉄塊は上から見た形だと、少し縦長なひし形から小さく翼のような三角形が飛び出たような形で、上面にはラダーが一対ついている。
「これが宇宙艇…」
キャスは興味深そうに眺めている。
「そ。UGMF−23Aスワロウ。ウチの組織が戦闘中に鹵獲してた環太平洋連合の旧型よ。まぁいろいろいじったりはしてるけど…」
(そう…私はこれで…)
甦るのはつい数日前のことのような、事実一カ月以上前の記憶。
新型戦闘機の起動実験があるという情報を、反政府勢力は入手していた。そして、そのパイロットがトーマだということが分かったとき、フィアは自らその実験への襲撃を志願したのだ。
拠点である廃棄コロニーを飛び立ち、数時間後には小惑星帯についていた。レーダーに感知される範囲内であっても、極秘ルートから入手した規格外のステルス装置を搭載しているため簡単には気付かれない。
そして潜伏しているとトーマの機体がレーダーに映り、小惑星帯に突入してきた。
彼の駆る機体の見事な動きに緊張しながらも奇襲の体勢を取ったその時、突如巨大な紋様が現れ吸い込まれた。
フィアは機体の上に登った。そしてコックピットのハッチを開け、中に入りシートに座る。
「さてと…」
呟いた彼女は、着陸の衝撃で内装が剥がれ、コードが剥き出しになったボロボロのコックピットの中で起動ボタンに目を向ける。どうやら壊れていないことを確認し、そのボタンを押す。
モニターが点灯するが、その内いくつかはブラックアウトしたままだ。
次にエンジンを起動させるため、いくつかのスイッチを押していく。そして最後のボタンを押したとき、1つのモニターにエラーコードが表示された。
「やっぱダメか…」
フィアは少々落胆すると、シートの下のケースを取り出した。それを持ってコックピットから出ると、そのまま機体の上でケースを開ける。
それはいわゆるライフルケースだ。また外側にいくつか小さなケースのようなポケットが付いていて、まずそれらから確認していく。
ポケットケースの中には通常弾、特殊弾頭、手榴弾類、試験管状のスプレー缶に入った薬などなどが納められていた。一通り見ていくが、どうやら不具合はないようだ。
彼女は種類の違う弾を1発ずつ取り出し、そのままメインのスペースを開ける。中にはハンドガンとアサルトライフル、それぞれの補助装備とマガジンが3つずつ入っていた。
フィアはハンドガンを手に取ると、慣れた手つきで分解していく。それらに破損がないか確かめつつ組み立て直し、弾を1発マグに込めるとグリップの中に挿入した。
スライドを引き弾を薬室に装填すると、両手で構え10メートルほど離れた小石を狙って発砲する。発射された弾丸は小石の右上に1センチほど逸れたが、誤差は許容範囲内で文句はない。
次に同じようにアサルトライフルも分解、再構成を行い、マグに弾を込め装着しコッキングして狙いを定めトリガーを引いた。これも誤差は微々たるもので、要するにどちらの銃も正常だった。
彼女は2つの銃をケースに戻し、ベルトを肩から斜めにかけた。
機体から飛び降りると、キャスが機体の陰からひょっこりと顔を覗かせる。
「あ、もう済んだ?」
「うん」
「そっか。じゃあ戻ろう」
キャスは箒を出すと、フィアを後ろに乗せて離陸し、川を南下し村への帰路についた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
キャスとフィアもトーマ達に合流し、全員集合と相成った。
「フィア、どうだった?」
トーマが訊ねた。
「武器は異常ないわ。でもやっぱり機体はダメね、動力回路がいかれてた」
「そうか…」
「ふぅ…」
キャスを見ると、彼女は腹のあたりを擦っていた。
「キャス、どないしたんや?」
「え?ああ…フィアが飛んでる間中ずっと締めつけてくるもんだからきつくって…」
「ぁぅ…」
フィアはバツが悪そうに唸った。
「うっふふ…まぁしょうがないわ」
「そうだよ。…それで、ミラ、俺たちはどこへ向かうんだ?」
ミラはバッグから地図を取り出して広げた。
「ここよ、アルシュフォード領の中心都市『カイメル』」
「今いるのがここ…ということは、かなり遠いな…」
トーマが呟いたように、直線距離にして850キロ。さらに道のりに山あり、渓谷あり、魔物多発地域あり、と一筋縄ではいかない様子。
「まあ途中に町もあることやし、そこまで不自由はせぇへんやろ」
「そうだな。ただフィアにとっては初めての経験ばかりだろうから、何かあれば言ってくれ。私たちがサポートしよう」
「ありがとう、トレア」
フィアがお礼を言いながら笑むと、それに返す様にトレアも微笑み、和やかな空気が流れた。
「それじゃ…そろそろ行こう」
そして彼らは新しく始まりの一歩を踏み出したのである。
ここから始まるのは元軍人にリザードマン、元反政府組織員、元騎士団員にケンタウロス、大泥棒に魔女、こんな7人の約4カ月間の物語である。
その村から南の街道への出口に、トーマとトレアの2人は姿を現した。
「なんだ、私たちが一番早かったのか」
「みたいだな」
2人は辺りを見回して言うと、そして近くの石垣の上に腰を下ろした。
そんなトーマの腰の後ろに、気になる物がある。1本の剣だ。1本の1メートルにも満たない程の長さの剣が、高周波ナイフと並んで革のベルトに納められていた。
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1時間ほど前、トーマら一行は宿を出ると別行動に移った。
そしてトーマとトレアはまず武器防具を売る店に寄った。
「珍しいな、お前がこういう店に来るのは」
とトレアがガード類を物色するトーマに言った。
「ああ。ただこれからは今のままじゃ戦えないからな…」
「どういうことだ?」
「こんなナイフじゃまともに剣を受けられないし、銃じゃ相手を殺しかねない。それに防具があるとないとじゃ大違いだからな」
と言いながら、彼は手に取ったガントレットを試着し、手首を動かすなどして調子を確かめた。
だが合わなかったのか、それを外すとまた別のを取って腕に付けた。
それを2、3度繰り返し、納得のいくものを見つけたのか、彼は剣が幾つも掛けられた壁に移動した。
「しかし、そうは言うが、防具はともかくとしてお前は剣での戦いなどほとんどないだろう?」
壁から剣を取る彼にトレアは問いかけた。
「たしかにな。でもこっちにはいいコーチが2人も付いてるじゃないか」
トーマはそう言いながら剣を戻し、別の剣を手に取る。
「誰のことだ?」
「お前とノルヴィだ。それ以外に誰かいるか?」
「な、私もか!?…いや、確かに武器の扱いに関してはお前よりは上手いだろうが、恐らくノルヴィには敵わないだろう…」
「そうか?」
トーマはそう話す最中も剣を選別していた。だが、なかなか思うようなものが見つからないようだ。
「ん〜…どうしたもんか…」
彼は呻きながら頭を掻いた。
「どんな物がいいんだ?」
「軽量で扱いやすいものがいいな。ただそれなりに強度も欲しい…」
「そうだな…」
彼女は腕を組んで剣の種類や形を見ながら「これなんかどうだ?」と言って、1本の剣を手に取った。
それは長さ60センチほど、剣身が45センチ程度、剣幅は5センチほどの物だった。
柄は刃側に少し反っていて、鍔は極端に小さく、鞘から抜いてみると片刃になっていた。
「そうだな、確かにそれほど重くもないし、短めで扱いやすそうだな…ただ、強度はどんなもんだろう…」
彼がそういうと、奥のカウンターにいた店主の男が2人に声を掛けた。
「ああ、そいつはそれなりだけど業物だよ、大剣と競り合ってもそうは折れないくらいの強度は保障する」
その店長の一言で、トーマはその剣と先ほど選んだガントレットを購入した。
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2人が村出口に着いて数分経った頃、ノルヴィとミラ、フィムがやってきた。
ノルヴィとフィムは背中にテントや食料などの荷物を背負っている。
「あら、待たせてしまったかしら?」
「いや、私たちも数分前に着いた頃だ。そっちはしっかり物資も調達してきたみたいだな」
トレアが言うと、ノルヴィは荷物を下ろして一息ついた。
「ああ、なんたって全部放って来ちゃったしね。あ〜重いわ…」
彼はいつものようにぼやいて、疲れた様子を見せた。無論、これは疲れた「フリ」だ。
「ノルヴィ、もうそんな演技する必要ないだろう」
トレアがそう言うと、ノルヴィはきょとんとした顔を浮かべたかと思うと、苦笑を浮かべた。
「あははは…いやぁ、ついねぇ。半分癖みたいなもんだから気にしないでよ」
するとミラは、そう言いながら頭を掻く彼を見つめながら、物哀しげな表情を浮かべた。
(癖になるほど…ずっと…)
ノルヴィはそんなミラの顔に気付き、先ほどから思っていたことに話題を移した。
「そういやトーマ、その剣どったの?」
「ああ、これか?買ったんだよ。これからの戦いには必要だと思ってな」
話しながらトーマは剣の柄に手を掛けた。
「そうね、今までの装備じゃこの先不安多いわ」
「せやな、まぁそう思って俺らもいろいろ仕入れてきたわけや」
フィムはそう言いながら荷物をポンポンと叩いた。
よく見ると、ミラの弓もデザインが変わっていた。以前はただの複合弓だったが、今携えているものを見ると両端から30センチを鉄板が覆っている。
さらにはミラはガードを身に着け、ノルヴィは上着の下にガードを、フィムは薄い手甲と具足をつけていた。
「んで、ここに俺らとそっち2人が揃ったっちゅうことは、あとはあのキャスとフィアの2人だけか」
「そうね。でももうそろそろ戻るはずよ」
そう言ったミラが見上げた空に遠く、黒い影が1つ見えた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
宿を出て別れてからすぐ、フィアはキャスの箒に同乗しある場所へ向かおうとしていた。
「わわ、わっ…」
「どうしたのさ?」
「浮いてるっ…飛んでるっ…」
ただ、その乗っている様たるや、見事なへっぴり腰。
キャスの体に必死にしがみついて、顔を背中に押し付け下を見ないようギュッと目を瞑っている。
「あのさぁ…フィアは宇宙を飛んでたんでしょ?なんでそんなに怖がってんのさ?」
キャスは呆れ顔で言った。
「だって…こんな体むき出しで飛ぶことなんてないしぃ…乗ってるのこんな細い箒だしぃ…」
確かに、宇宙艇と箒では安心感には大きく差があることは明白である。
「大丈夫だよ、そんな簡単に折れたりしないし、ちゃんと掴まってれば落ちないから。ほら、行くよ」
「えっ、ちょっ、きゃあああぁぁぁぁッ―!」
その悲鳴を耳にして、トーマ達が先行きを案じたのは言うまでもないだろう。
村の西を流れる川を北上し、やがて渓谷が見えてきた。
辺りはスプル山脈と同じ薄い青紫がかった地面に変わり、植物も数えるほどしか目に留まらない。
そんな渓谷の上を、目的の場所を探しながら飛んでいるとそれはあった。
ほぼ平らと言ってよい地形の一箇所が、ひどく乱れている。大小様々に砕けた岩と、抉られた地面。そして鋼鉄色の物体が半分瓦礫に埋もれて鎮座していた。
「あれ?」
「うん、間違いない」
キャスは高度を落とし、少し浮いた状態でその鉄塊の傍にホバリングして留まった。フィアが箒から降りると彼女も着陸し、箒を消した。
鉄塊は上から見た形だと、少し縦長なひし形から小さく翼のような三角形が飛び出たような形で、上面にはラダーが一対ついている。
「これが宇宙艇…」
キャスは興味深そうに眺めている。
「そ。UGMF−23Aスワロウ。ウチの組織が戦闘中に鹵獲してた環太平洋連合の旧型よ。まぁいろいろいじったりはしてるけど…」
(そう…私はこれで…)
甦るのはつい数日前のことのような、事実一カ月以上前の記憶。
新型戦闘機の起動実験があるという情報を、反政府勢力は入手していた。そして、そのパイロットがトーマだということが分かったとき、フィアは自らその実験への襲撃を志願したのだ。
拠点である廃棄コロニーを飛び立ち、数時間後には小惑星帯についていた。レーダーに感知される範囲内であっても、極秘ルートから入手した規格外のステルス装置を搭載しているため簡単には気付かれない。
そして潜伏しているとトーマの機体がレーダーに映り、小惑星帯に突入してきた。
彼の駆る機体の見事な動きに緊張しながらも奇襲の体勢を取ったその時、突如巨大な紋様が現れ吸い込まれた。
フィアは機体の上に登った。そしてコックピットのハッチを開け、中に入りシートに座る。
「さてと…」
呟いた彼女は、着陸の衝撃で内装が剥がれ、コードが剥き出しになったボロボロのコックピットの中で起動ボタンに目を向ける。どうやら壊れていないことを確認し、そのボタンを押す。
モニターが点灯するが、その内いくつかはブラックアウトしたままだ。
次にエンジンを起動させるため、いくつかのスイッチを押していく。そして最後のボタンを押したとき、1つのモニターにエラーコードが表示された。
「やっぱダメか…」
フィアは少々落胆すると、シートの下のケースを取り出した。それを持ってコックピットから出ると、そのまま機体の上でケースを開ける。
それはいわゆるライフルケースだ。また外側にいくつか小さなケースのようなポケットが付いていて、まずそれらから確認していく。
ポケットケースの中には通常弾、特殊弾頭、手榴弾類、試験管状のスプレー缶に入った薬などなどが納められていた。一通り見ていくが、どうやら不具合はないようだ。
彼女は種類の違う弾を1発ずつ取り出し、そのままメインのスペースを開ける。中にはハンドガンとアサルトライフル、それぞれの補助装備とマガジンが3つずつ入っていた。
フィアはハンドガンを手に取ると、慣れた手つきで分解していく。それらに破損がないか確かめつつ組み立て直し、弾を1発マグに込めるとグリップの中に挿入した。
スライドを引き弾を薬室に装填すると、両手で構え10メートルほど離れた小石を狙って発砲する。発射された弾丸は小石の右上に1センチほど逸れたが、誤差は許容範囲内で文句はない。
次に同じようにアサルトライフルも分解、再構成を行い、マグに弾を込め装着しコッキングして狙いを定めトリガーを引いた。これも誤差は微々たるもので、要するにどちらの銃も正常だった。
彼女は2つの銃をケースに戻し、ベルトを肩から斜めにかけた。
機体から飛び降りると、キャスが機体の陰からひょっこりと顔を覗かせる。
「あ、もう済んだ?」
「うん」
「そっか。じゃあ戻ろう」
キャスは箒を出すと、フィアを後ろに乗せて離陸し、川を南下し村への帰路についた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
キャスとフィアもトーマ達に合流し、全員集合と相成った。
「フィア、どうだった?」
トーマが訊ねた。
「武器は異常ないわ。でもやっぱり機体はダメね、動力回路がいかれてた」
「そうか…」
「ふぅ…」
キャスを見ると、彼女は腹のあたりを擦っていた。
「キャス、どないしたんや?」
「え?ああ…フィアが飛んでる間中ずっと締めつけてくるもんだからきつくって…」
「ぁぅ…」
フィアはバツが悪そうに唸った。
「うっふふ…まぁしょうがないわ」
「そうだよ。…それで、ミラ、俺たちはどこへ向かうんだ?」
ミラはバッグから地図を取り出して広げた。
「ここよ、アルシュフォード領の中心都市『カイメル』」
「今いるのがここ…ということは、かなり遠いな…」
トーマが呟いたように、直線距離にして850キロ。さらに道のりに山あり、渓谷あり、魔物多発地域あり、と一筋縄ではいかない様子。
「まあ途中に町もあることやし、そこまで不自由はせぇへんやろ」
「そうだな。ただフィアにとっては初めての経験ばかりだろうから、何かあれば言ってくれ。私たちがサポートしよう」
「ありがとう、トレア」
フィアがお礼を言いながら笑むと、それに返す様にトレアも微笑み、和やかな空気が流れた。
「それじゃ…そろそろ行こう」
そして彼らは新しく始まりの一歩を踏み出したのである。
ここから始まるのは元軍人にリザードマン、元反政府組織員、元騎士団員にケンタウロス、大泥棒に魔女、こんな7人の約4カ月間の物語である。
12/09/17 05:04更新 / アバロンU世
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