TRAP
ジパングのとある町を夜の闇が覆った頃に、そのクノイチはまるで蝶のように黒い空を舞っていた。
そして彼女は目下の道を行く1人の男を目にしてしまったのだった。
彼女はその日、四方を深い森と高い山に囲まれた小さな村にいた。紫の着物に紅色の襟や袖の淵、丈の短いその着物を留める帯は後ろ側で大きな蝶結びを作っていた。長い髪を束ねる髪飾りは蝶を象り、手足には手甲と具足をつけている。
首に巻かれた長い布は、仕事の時は顔を隠すためにある。だが、今はその役目を果たす必要はなく、猫のように大きな吊り気味な目と少しふっくらした唇を持つきれいとも、可愛いともいえる顔は白昼の下にさらされていた。
そんな彼女に声をかける者がいた。
「七蝶」
七蝶(ななちよ)というのが掛けられた方の名前だ。七蝶は振り向いて相手の名を呼んだ。
「あ、蜂月(ほうづき)。どうかしたの?」
彼女は蜂月。七蝶の幼馴染である。黄色と黒の着物に六角形の形の髪飾り、着物と同じく黄と黒の横縞のニーソックスと前腕まである手袋をしている。
生意気っぽさのあるその顔は、今は拗ねた表情を浮かべている。
「どうかしたの?じゃない。水臭いじゃないか、暗殺任務が決まったってのに私に何も言わないなんて」
「ああ…ごめん。別に報告する必要もないと思って…」
「はぁ?酷い…親友だと思ってたのに…私より先に暗殺任務は受けるし、報告はくれないし、私泣くぅ…」
蜂月はとうとういじけて人差し指をツンツンし始めた。
「ごめんごめん…任務の帰りに前言ってた団子屋でみたらし買ってくるから…」
「え?ホント?!わーい、ごっそさんでーす!」
七蝶は心の底から彼女は単純なんだと思った。
「ねぇねぇ、そんでさ、標的はどんな奴なの?」
「表向きにはいい人で通ってる。昨日たまたま見て…惚れた////」
彼女は思い出したのか、少し赤くなって微笑みながら言った。
「あー、いいなーいいなー!私だっていい男捕まえてやるんだから…!」
「うん、じゃあまたね」
「おう、またな」
そうしてまた何気なく過ごせば、陽は勝手に落ちていくのである。
さてそうして陽も沈んだ宵の刻が彼女たちのステージの幕開けである。
七蝶は以前にも諜報の任務で来ていたその町の中を駆け抜けていた。速きこと風の如し、物音一つ立てず颯爽と飛ぶように走る姿はとても美しい。
彼女はある家の屋根に音もなく降り立った。屋敷、というほども大きくはないがそこそこの家だ。
「ここが…彼の家…」
彼女の声からは期待と興奮が感じられた。右手を胸の前で甲を表に向けて握りしめ、その胸を締め付けるような『切なさ』と『緊張』という感情を抑えようとしていた。
どこからどう入ったか知らないが、それから彼女は屋根裏に潜り込んでいた。板を1枚ずらして様子を伺うと、明かりはなく、その『彼』は寝ているようだった。
慣れた様子で静かに廊下に下りると、頭に入っている見取り図の通りに進み、彼の寝室にたどり着いた。自分の影が映り込まないよう、姿勢を低くして障子に手を掛け少し開けて中を覗き見た。が、そこには敷かれた布団だけがあり、お目当ての彼の姿はなかった。
〔ここじゃない…?出かけている様子もない…他の部屋かしら…〕
七蝶は天井裏に再び忍び込み、虱潰しに部屋を確かめていった。だが家のどこにも彼の姿を見受けることはできなかったのである。彼の草履は確かに玄関に置いてあるので出かけていることはない。
七蝶は考えた、出かけてはいない、だが家のどこの部屋にもいない、それは即ちどういうことになるのか。
〔隠し部屋があるのかしら…〕
彼女は多々ある可能性の中からその考えを導き出した。なぜ彼女がそう思ったのかは後に語るとして、彼女は次の行動に移った。
七蝶は注意深く、暗い家の中を捜索していったのである。月明かりのおかげで全く視界を奪われているわけではないが、人間の視力ではまず細かなことには気づけないだろう。だが、彼女の視力はそんな暗中において板の木目を見分けることは容易だった。
〔これは…〕
客間、書斎と調べていき、ついに寝室において彼女はそれを見つけた。柱には日中でも目を凝らさなければわからないような細い切れ目が2本入っていた。
その切れ目と切れ目の間の部分を前後左右に動かそうと力を加えれば、押しこむように力を加えたときにその部分は軽く動き、その今乗っている隣の畳がわずかに浮き上がった。畳を持ち上げるとその下には地下へと向かう階段がある。
一段ずつ注意を払い下へ下へと降りていくと、目前に通路が伸びていた。奥の方に灯の明かりが見え、七蝶はひんやりと冷たくなった板の上を音を立てないよう進む。
と、彼女の踏んだ一枚の板がガクンっと凹んだ。彼女は後ろへ跳びのくが、その場には、いや、その通路には一定間隔で床から柱のようなものが伸びてくる仕掛けがあり、その柱には札が仕込まれていた。
「しまっ―!」
七蝶は思わす声を挙げた。札からは光の棒のようなものが発射され彼女に突き刺さっている。刺さっていると言っても痛みは感じない、ただ四肢は完全に自由を奪われてしまっている。
「うっ―」
首の後ろに何かが突き刺さる感覚を最後に、彼女の意識はそこで一旦途切れてしまうのだ。
次に意識を取り戻した時、七蝶は一瞬状況を飲み込めずに狼狽した。2本の行燈が灯を明々と灯すその間に、微笑みを浮かべた彼が腕を組んで堂々と立っているのだ。
「おや、思ったよりお早いお目覚めやねぇ。まぁ待ちぼうけを食らうよりはええかな」
「あ…あなた…」
爽やかな声でそう言う彼は、ショートの黒髪でシルエットの丸い髪型をしている。眉は少々短めで、平均よりも少し高い身長で程よく筋肉の付いているであろう体つきだった。草色に黄檗(きわだ)色の草のような模様の着物に杜若(かきつばた)色に橙の線が入った帯を締め、褐色の羽織を着ていた。見た目は正に人のよさそうな好青年といった雰囲気だ。
「ちゃんと会うんは初めてやなぁ。初めまして、園崎尋之丞(そのざき じんのすけ)や、よろしゅうな。…いうてもあんさんはもう、僕の名前もう知ってるやろ?」
「っ!」
七蝶は尋之丞の言葉に明白に反応を示した。
彼は腕を組んだまま人の良さそうな話し方をするが、七蝶はその奥に只者ではないような気配を感じていた。そして変わらぬ態度で尋之丞は続けた。
「驚く必要はあらへんやろ。あんさんも知っての通り、僕は裏の方が多い人間や。気づいてないとでも思ってはった?」
「…うすうす思ってはいたけど…わざわざ私のためにあんな罠張ってくれたのかしら…?」
「まさかぁ〜」
尋之丞は右手の平を横に向けてパタパタと仰いだ。
「こっちの世界でおると、敵を作らん方が難儀やからなぁ」
「…護身用ってわけ。でも私は運が悪かったけど、あの板を踏まないと働かないあの仕掛けじゃ、それじゃあ確実性に欠けるわね」
七蝶は嫌味っぽく言った。
「ご忠告おおきに。けどなぁ、仕掛けを動かすんはあの板だけやあらへんで」
「あら…他にもいくつかあるのかしら…?」
「とゆうか、あのあんさんが踏んだ板の床から先みんなそうや」
と、尋之丞はあっけらかんとした様子で言った。
「えっ?!あの板から全部?」
「そうや」
「じゃああなたはどうやってあの先に行くのよ?」
「なにゆうてんの、もともとあの先になんか行かへんのに」
「どういうことっ!?」
「あんさんが開けたんはハズレの方。ホンマの隠し部屋と抜け道は、あんさんが押した柱をもっかい手前に引き戻したら開く仕組みや。ざんねんやね〜」
七蝶は「はっ…」と言って呆れてものも言えない様子だった。
「あ、せや。いつまでもあんさんて呼ぶんもなんやな。名前、教えてくれへんかな?」
「…七蝶よ、偽名だけど」
「いや、お揃いやねぇ。僕のも偽名。お互い言霊使われたら敵んもんなぁ」
言霊とは、文字通り言葉の魂である。呪術の一つであり、物や人の本来の名前を知り、命令することによって操る術である。もし真の名前を知られて『○○、秘密を話せ』とでも言われれば抗うことはできない。
「それで、七蝶ちゃんは何しに来たんかな?ここ数日くらい僕んことも嗅ぎまわってくれたみたいやけど…」
「…暗殺よ、あなたの」
「さよか。で、誰に頼まれたんかなぁ?」
尋之丞は七蝶に近寄り、顔をグイッと近づけた。
「誰でもないわ、私が決めたことよ…」
「意味わからんで?僕が君に恨み買うことはないはずやけどなぁ?」
「当り前よ…だって私が奪うのはあなたの命じゃなくて心だもの…」
「心…ああ、そう言うこと…そらそうやわな、魔物はいまは人は殺さんのやったなぁ」
「そういうことだから…この枷、外してくれないかしら?」
「それは無理やなぁ」
そう言いながら彼は組んでいた手を腰に当てた。
「どうして?」
「当然やろ。自分が僕のことを嗅ぎまわってたゆうことは、それなりに秘密も知られとるわけやし。事と次第によったら始末が必要や、こっちは自分を『やられへん』理由はあらへんしな」
七蝶は尋之丞が腰の後ろから取り出した短刀を見て狼狽した。
「そ、そんな…私はあなたに不利になるようなことは…!」
「そんなん分からへんわ」
彼女は身動ぎ逃れようとするが、枷はガチャガチャと音を立てるだけだ。
「まぁそう慌てなさんなや…」
尋之丞は短刀を納め、振り向いて元の位置まで戻ると何かを手にして立ち上がって七蝶を見た。手にしていたのは木の箱の上に指の二関節分程の長さの線香が立てられたものだ。そしてその線香の先に火をつけた。
「この線香が尽きるまでに自分が果ててまわへんかったら自由にしたる、けどそれまでに果ててしもたら終わりや」
「果てるって―あンッ!」
尋之丞は七蝶の胸の先を指で突いた。彼女は思わず艶やかな声を漏らした。
「まぁ頑張りや」
そう言うと彼は七蝶の帯を解いてその場に捨てると、着物を開(はだ)けさせた。
「やッ、あンッ…待って…」
「無理や、もう線香に火は着いてもうてるからなぁ」
尋之丞は七蝶の胸を掴んで揉みしだき、首筋に舌を這わせた。彼女の体は後ろに退がり逃れようとするが、冷たい壁がそれを許さない。枷と鎖の軋みと七蝶の荒い息遣いの混じった淫靡な喘ぎ声だけがその部屋に響き渡った。
「あッ…ンッ…はッ、うッ…あッ…あンッ…やッ…」
尋之丞の指が動くのに合わせその豊満で形のいい胸は変形し、足は無意識に内股になり、尻尾はくねくねとうねった。
どのくらい経っただろうか、見れば線香は三分の一が灰に変わっていた。一しきり揉んだところで、尋之丞は手をはなした。だが当然終わったわけではなく、その手は彼女の股間に巻かれた白い褌に向かっていた。結び目を解いて取り去ったその布の陰部に当たっていた場所にはかすかに粘性を持った液体がシミを作っていた。
「ぁうッ、あッ、そこダメェ…やッ、んッ―」
「ビショビショやねぇ、こんなんで持つんかなぁ?」
「だってぇ…ぁあンッッ―」
尋之丞の左手の中指が彼女の陰核に触れ、右手が尻尾の付け根をクニクニと握ると、彼女から一際大きな声が挙がった。敏感な箇所を一度に責められ、思わず体が跳ねてしまう。
「へぇ、やっぱりこの辺は他より感じるんやね」
この状況に不釣り合いなほどの爽やかな笑みを彼は浮かべて言った。七蝶は前のめりになって必死にその快感に耐えているが、小刻みに体が震えるように跳ねている。
「ンッ、そこばっかりッ、はッ、ダメッ…!」
この言葉の意図は「敏感な場所はだめ」ということなのだが、尋之丞はそれを知っていながらにして次のように返した。
「なんや、他のとこもイジって欲しいなんて、いやらしいなぁ」
「なっ、違―ンッ!」
否定しようとした途端に、今しがた陰核を弄んでいた指が膣腔へと進入してくる。それどころか、続いて人差し指も挿入された。
「やぅッ、ダメッ、それダメェッ―!」
『それ』とは、七蝶の陰部に当てられた左手の親指が陰核をコリコリと弄び、人差し指は膣の入り口から少し入った腹側を引っ掻く様に刺激し、中指が奥の子宮口をくすぐるように蠢くこの責め方のことだ。
大きな快感に彼女は拳を握りしめ、歯を食いしばり耐え続けていた。秘部からは漏らしてしまったかと見間違うほどの愛液が足を伝って垂れ流れ、腰はビクビクと反射的に動き、足には力など満足に入れられてはいない。体中汗ばみ、髪の毛はしっとりと頬や首筋に張り付いていた。
〔ダメ、ダメダメダメダメっ―!!! もう我慢できないッ―!〕
七蝶はもう自制など効かないほどまでに膨れ上がった、この絶頂へ誘う快感に屈しようとしていた。
あとどれほど耐えねばならないのか、そう思って線香に今まで思った事のないほどの懇願を込めて視線を向けた。すると、あともう爪の先ほどの長さしかない。彼女はやっと訪れる解放に安堵を感じた。
「やッ、ダメッ、やッ、あッ、イッちゃ―イィッッ―――!!!!!」
彼女の下腹部や膝はガクガクと激しく痙攣し、体は大きく仰け反った。目からは大粒の涙が流れ落ち、口からはだらしなく涎が漏れ、肩で大きく息をしながら線香がすべて燃え尽きているのを確認した。
「ハァッ…ハァッ……ハァ…ハァ…」
時折唾を飲み込みながら彼女は荒い呼吸をして、力なく枷にぶら下げられていた。足は小刻みに震え、立つ力などない。そんな七蝶に尋之丞は信じられない言葉を放った。
尋之丞は振り向いて離れると懐から取り出した手拭いで左手にネッチョリと付いた愛液を拭った。
「いやぁ、残念やったな。もうイってしもたかぁ」
目の前の男が笑顔で言ったその、残念という単語の念が微塵も感じられないその発言に七蝶は疲弊した声で反論した。
「何言ってるのよ…もう全部燃え尽きてるじゃない…!」
「はぁ?まだこんなに残ってんで?」
尋之丞は箱の上部の板を持ち、いとも簡単にその板を外す。すると中にはまだ半分近くも残った線香が煙を上げていた。
七蝶は目を疑い、そして尋之丞を睨んだ。
「こ、こんなの卑怯じゃない!」
「卑怯?別に僕はなんも嘘はついてへんやないの。『この線香が尽きるまでに』ていうたけど、だれも線香が板の上にしかないとは言うてへんよ」
尋之丞は腰の後ろから短刀を抜き、ゆっくり七蝶に近づいていく。
「やだっ…お願いっ…やめてっ…」
尋之丞は右手に持った短刀を左側に大きく振りかぶった。
「いやぁぁッ――!!!!!」
七蝶の恐怖に染まった悲鳴が挙がった。次の瞬間、彼女の体は床にヘタれこむように座り、石壁にもたれていた。
だが、彼が振り抜いた短刀の刃は七蝶ではなく、七蝶の腕を拘束している枷の鎖を驚くべき切れ味で断ち切った。それによって彼女は支えを失い、前述のとおりの体勢となったのである。
「は…はっ…はぅ…」
彼女は口から空気の抜けるような声を出していた。
「なーんてな、ウソウソ、冗談やん。…ってあれ?」
七蝶は目を虚ろにして気絶していた。
「あれ〜、やりすぎてもうたかぁ…?」
七蝶は体から伝わる違和感と暖かさに目を覚ました。
「ん………、ここは…」
「おや、お早いお目覚めやな、七蝶ちゃん」
「尋之丞さん………えッ!!?」
彼女は飛び起き、そして体の無事を確認した。七蝶は見知らぬ着物を着て、布団に寝かされていた。手甲と具足がなく、気づけば髪も解かれている。着ている着物は藍色に白い格子模様の入った女性に着させるにしては大きなものだった。
「いや〜、すまんなぁ。そんなに怖かった?僕の演技」
「…演技?」
部屋の七蝶からして足の方にある壁にもたれ、左隣の障子を少し開けてキセルを吸う尋之丞の一言に彼女はきょとんとした。
「最近僕の事嗅ぎまわってくれとったからなぁ、ちょっと懲らしめたろう思うてな」
「ちょっと…?」
七蝶はどこから取り出したのかわからないクナイを尋之丞目掛けて投擲した。クナイは頭を左に傾けた尋之丞の右肩の上の壁に突き刺さった。
「危ないやない、なにしはんの…」
「ちょっとどころか、本当に殺されるかと思ったわよ…ホントに怖かったんだからッ!…あとちゃんと外すように投げたから避けなくても平気よ…」
七蝶は涙声で言った。
「いや、軌道はわかっとったけど、一応な。まぁあとホントに怖かった言うんはそうやろうなぁ。なんせ…」
というと彼はキセルを咥え息を吸うと、煙を障子の外に向けて吐いた。
「…自分気ぃ失うんと一緒に漏らしてたもんなぁ」
「はぁっ!?う、嘘!」
「ふふん、ほんま♪」
とたんに彼女は真っ赤な顔を俯けてプルプル震えだし、そして跳ねるように立ち上がったかと思えばクナイや手裏剣を尋之丞向かって乱投した。
「おっと〜」
尋之丞は袖から取り出したクナイでいくつか弾き落とした。
「危ないやないの、今度はほんまに何ぼか僕に当たるんあったで?」
「ホントに一回くたばっちゃえっ!!」
そう言うと何蝶は布団の上に体育座りした。
「もう…なんなのよ…」
「まぁまんまと誘いに乗ってもたんが悪いわなぁ」
と尋之丞は笑いがら言った。その言葉を聞いて七蝶が反応した。
「なによ、誘いって。…まさか、もしかして私が来ること見越してたのッ!?」
「あったりまえやん。自分、調べとったんやから知ってるやろ?僕が忍やってことくらい」
そう、尋之丞は裏では名の通った忍であった。
「ええ…」
「悪いけど、僕17のころからこの稼業してもう7年目やで?それで自分の事に気付かへん訳も、普段あんなに易々と人を家の中に入れるわけないやん」
「なぁ〜〜〜!」
七蝶は布団を頭までスッポリ被ってしまった。
「何よ!こっちは生まれたときから忍やってんのよッ!なんで7年しかしてない尋之丞さんなんかが私より上手(うわて)なのよッ、納得できないぃッ!」
七蝶の普段の落ち着きと静かさからは想像もできない態度だった。
「まぁ場数はそっちが上やろうけどね。でも僕の方が一回一回が濃いんちゃう?」
「そんなぁ〜…」
尋之丞は布団に包まって落ち込む七蝶に歩み寄り、その掛布団を剥がした。
「布団でせっかくの可愛い顔隠さんといてぇや」
「…え?」
さらっと言われた確信的な発言。
「夜を飛び回る七蝶ちゃんめっちゃきれいやったし、こうして顔見たらえげつないほど可愛いねんから」
「え…なに…どういうこと!?」
「まさか、ただ七蝶ちゃんにお灸据えるためなんかに家に誘い込んだなんて思ってないわな?」
そういうと尋之丞は七蝶の背中と頭に手を回して胡坐の上に彼女の上体を乗せると、覆いかぶさるように身を屈めて唇を奪った。
「…尋之丞さん…」
「半年前に初めて自分の事見かけてから、ずっと気になっててん。んでこの前の晩に自分に見つかるように歩いてみたら大当たりや」
そう言うと尋之丞は二カッと笑った。
「じゃぁ、私…もう最初からあなたの罠にはまってたっていうの…?」
「そうやなぁ。でも罠みたいにひどいもんやった?」
「…そうねぇ…まだわからないから、これからはっきりさせてくれると嬉しいなぁ」
「ええよ、まかしとき…」
そういうと尋之丞は七蝶に再び口付けして、彼女の着物の帯を解いてその綺麗な体を露わにした。そして自分の帯も解き、七蝶の入っている掛布団の中に自分の体も入れた。
七蝶の上に覆いかぶさると、唇を離した。
「ほな…目一杯可愛がったるわ…」
「んッ…」
尋之丞は七蝶の首筋に口を当てて軽く吸いついた。そして彼女の足が彼の腰を掴んだ。
まだまだ2人の夜は長い。
そして彼女は目下の道を行く1人の男を目にしてしまったのだった。
彼女はその日、四方を深い森と高い山に囲まれた小さな村にいた。紫の着物に紅色の襟や袖の淵、丈の短いその着物を留める帯は後ろ側で大きな蝶結びを作っていた。長い髪を束ねる髪飾りは蝶を象り、手足には手甲と具足をつけている。
首に巻かれた長い布は、仕事の時は顔を隠すためにある。だが、今はその役目を果たす必要はなく、猫のように大きな吊り気味な目と少しふっくらした唇を持つきれいとも、可愛いともいえる顔は白昼の下にさらされていた。
そんな彼女に声をかける者がいた。
「七蝶」
七蝶(ななちよ)というのが掛けられた方の名前だ。七蝶は振り向いて相手の名を呼んだ。
「あ、蜂月(ほうづき)。どうかしたの?」
彼女は蜂月。七蝶の幼馴染である。黄色と黒の着物に六角形の形の髪飾り、着物と同じく黄と黒の横縞のニーソックスと前腕まである手袋をしている。
生意気っぽさのあるその顔は、今は拗ねた表情を浮かべている。
「どうかしたの?じゃない。水臭いじゃないか、暗殺任務が決まったってのに私に何も言わないなんて」
「ああ…ごめん。別に報告する必要もないと思って…」
「はぁ?酷い…親友だと思ってたのに…私より先に暗殺任務は受けるし、報告はくれないし、私泣くぅ…」
蜂月はとうとういじけて人差し指をツンツンし始めた。
「ごめんごめん…任務の帰りに前言ってた団子屋でみたらし買ってくるから…」
「え?ホント?!わーい、ごっそさんでーす!」
七蝶は心の底から彼女は単純なんだと思った。
「ねぇねぇ、そんでさ、標的はどんな奴なの?」
「表向きにはいい人で通ってる。昨日たまたま見て…惚れた////」
彼女は思い出したのか、少し赤くなって微笑みながら言った。
「あー、いいなーいいなー!私だっていい男捕まえてやるんだから…!」
「うん、じゃあまたね」
「おう、またな」
そうしてまた何気なく過ごせば、陽は勝手に落ちていくのである。
さてそうして陽も沈んだ宵の刻が彼女たちのステージの幕開けである。
七蝶は以前にも諜報の任務で来ていたその町の中を駆け抜けていた。速きこと風の如し、物音一つ立てず颯爽と飛ぶように走る姿はとても美しい。
彼女はある家の屋根に音もなく降り立った。屋敷、というほども大きくはないがそこそこの家だ。
「ここが…彼の家…」
彼女の声からは期待と興奮が感じられた。右手を胸の前で甲を表に向けて握りしめ、その胸を締め付けるような『切なさ』と『緊張』という感情を抑えようとしていた。
どこからどう入ったか知らないが、それから彼女は屋根裏に潜り込んでいた。板を1枚ずらして様子を伺うと、明かりはなく、その『彼』は寝ているようだった。
慣れた様子で静かに廊下に下りると、頭に入っている見取り図の通りに進み、彼の寝室にたどり着いた。自分の影が映り込まないよう、姿勢を低くして障子に手を掛け少し開けて中を覗き見た。が、そこには敷かれた布団だけがあり、お目当ての彼の姿はなかった。
〔ここじゃない…?出かけている様子もない…他の部屋かしら…〕
七蝶は天井裏に再び忍び込み、虱潰しに部屋を確かめていった。だが家のどこにも彼の姿を見受けることはできなかったのである。彼の草履は確かに玄関に置いてあるので出かけていることはない。
七蝶は考えた、出かけてはいない、だが家のどこの部屋にもいない、それは即ちどういうことになるのか。
〔隠し部屋があるのかしら…〕
彼女は多々ある可能性の中からその考えを導き出した。なぜ彼女がそう思ったのかは後に語るとして、彼女は次の行動に移った。
七蝶は注意深く、暗い家の中を捜索していったのである。月明かりのおかげで全く視界を奪われているわけではないが、人間の視力ではまず細かなことには気づけないだろう。だが、彼女の視力はそんな暗中において板の木目を見分けることは容易だった。
〔これは…〕
客間、書斎と調べていき、ついに寝室において彼女はそれを見つけた。柱には日中でも目を凝らさなければわからないような細い切れ目が2本入っていた。
その切れ目と切れ目の間の部分を前後左右に動かそうと力を加えれば、押しこむように力を加えたときにその部分は軽く動き、その今乗っている隣の畳がわずかに浮き上がった。畳を持ち上げるとその下には地下へと向かう階段がある。
一段ずつ注意を払い下へ下へと降りていくと、目前に通路が伸びていた。奥の方に灯の明かりが見え、七蝶はひんやりと冷たくなった板の上を音を立てないよう進む。
と、彼女の踏んだ一枚の板がガクンっと凹んだ。彼女は後ろへ跳びのくが、その場には、いや、その通路には一定間隔で床から柱のようなものが伸びてくる仕掛けがあり、その柱には札が仕込まれていた。
「しまっ―!」
七蝶は思わす声を挙げた。札からは光の棒のようなものが発射され彼女に突き刺さっている。刺さっていると言っても痛みは感じない、ただ四肢は完全に自由を奪われてしまっている。
「うっ―」
首の後ろに何かが突き刺さる感覚を最後に、彼女の意識はそこで一旦途切れてしまうのだ。
次に意識を取り戻した時、七蝶は一瞬状況を飲み込めずに狼狽した。2本の行燈が灯を明々と灯すその間に、微笑みを浮かべた彼が腕を組んで堂々と立っているのだ。
「おや、思ったよりお早いお目覚めやねぇ。まぁ待ちぼうけを食らうよりはええかな」
「あ…あなた…」
爽やかな声でそう言う彼は、ショートの黒髪でシルエットの丸い髪型をしている。眉は少々短めで、平均よりも少し高い身長で程よく筋肉の付いているであろう体つきだった。草色に黄檗(きわだ)色の草のような模様の着物に杜若(かきつばた)色に橙の線が入った帯を締め、褐色の羽織を着ていた。見た目は正に人のよさそうな好青年といった雰囲気だ。
「ちゃんと会うんは初めてやなぁ。初めまして、園崎尋之丞(そのざき じんのすけ)や、よろしゅうな。…いうてもあんさんはもう、僕の名前もう知ってるやろ?」
「っ!」
七蝶は尋之丞の言葉に明白に反応を示した。
彼は腕を組んだまま人の良さそうな話し方をするが、七蝶はその奥に只者ではないような気配を感じていた。そして変わらぬ態度で尋之丞は続けた。
「驚く必要はあらへんやろ。あんさんも知っての通り、僕は裏の方が多い人間や。気づいてないとでも思ってはった?」
「…うすうす思ってはいたけど…わざわざ私のためにあんな罠張ってくれたのかしら…?」
「まさかぁ〜」
尋之丞は右手の平を横に向けてパタパタと仰いだ。
「こっちの世界でおると、敵を作らん方が難儀やからなぁ」
「…護身用ってわけ。でも私は運が悪かったけど、あの板を踏まないと働かないあの仕掛けじゃ、それじゃあ確実性に欠けるわね」
七蝶は嫌味っぽく言った。
「ご忠告おおきに。けどなぁ、仕掛けを動かすんはあの板だけやあらへんで」
「あら…他にもいくつかあるのかしら…?」
「とゆうか、あのあんさんが踏んだ板の床から先みんなそうや」
と、尋之丞はあっけらかんとした様子で言った。
「えっ?!あの板から全部?」
「そうや」
「じゃああなたはどうやってあの先に行くのよ?」
「なにゆうてんの、もともとあの先になんか行かへんのに」
「どういうことっ!?」
「あんさんが開けたんはハズレの方。ホンマの隠し部屋と抜け道は、あんさんが押した柱をもっかい手前に引き戻したら開く仕組みや。ざんねんやね〜」
七蝶は「はっ…」と言って呆れてものも言えない様子だった。
「あ、せや。いつまでもあんさんて呼ぶんもなんやな。名前、教えてくれへんかな?」
「…七蝶よ、偽名だけど」
「いや、お揃いやねぇ。僕のも偽名。お互い言霊使われたら敵んもんなぁ」
言霊とは、文字通り言葉の魂である。呪術の一つであり、物や人の本来の名前を知り、命令することによって操る術である。もし真の名前を知られて『○○、秘密を話せ』とでも言われれば抗うことはできない。
「それで、七蝶ちゃんは何しに来たんかな?ここ数日くらい僕んことも嗅ぎまわってくれたみたいやけど…」
「…暗殺よ、あなたの」
「さよか。で、誰に頼まれたんかなぁ?」
尋之丞は七蝶に近寄り、顔をグイッと近づけた。
「誰でもないわ、私が決めたことよ…」
「意味わからんで?僕が君に恨み買うことはないはずやけどなぁ?」
「当り前よ…だって私が奪うのはあなたの命じゃなくて心だもの…」
「心…ああ、そう言うこと…そらそうやわな、魔物はいまは人は殺さんのやったなぁ」
「そういうことだから…この枷、外してくれないかしら?」
「それは無理やなぁ」
そう言いながら彼は組んでいた手を腰に当てた。
「どうして?」
「当然やろ。自分が僕のことを嗅ぎまわってたゆうことは、それなりに秘密も知られとるわけやし。事と次第によったら始末が必要や、こっちは自分を『やられへん』理由はあらへんしな」
七蝶は尋之丞が腰の後ろから取り出した短刀を見て狼狽した。
「そ、そんな…私はあなたに不利になるようなことは…!」
「そんなん分からへんわ」
彼女は身動ぎ逃れようとするが、枷はガチャガチャと音を立てるだけだ。
「まぁそう慌てなさんなや…」
尋之丞は短刀を納め、振り向いて元の位置まで戻ると何かを手にして立ち上がって七蝶を見た。手にしていたのは木の箱の上に指の二関節分程の長さの線香が立てられたものだ。そしてその線香の先に火をつけた。
「この線香が尽きるまでに自分が果ててまわへんかったら自由にしたる、けどそれまでに果ててしもたら終わりや」
「果てるって―あンッ!」
尋之丞は七蝶の胸の先を指で突いた。彼女は思わず艶やかな声を漏らした。
「まぁ頑張りや」
そう言うと彼は七蝶の帯を解いてその場に捨てると、着物を開(はだ)けさせた。
「やッ、あンッ…待って…」
「無理や、もう線香に火は着いてもうてるからなぁ」
尋之丞は七蝶の胸を掴んで揉みしだき、首筋に舌を這わせた。彼女の体は後ろに退がり逃れようとするが、冷たい壁がそれを許さない。枷と鎖の軋みと七蝶の荒い息遣いの混じった淫靡な喘ぎ声だけがその部屋に響き渡った。
「あッ…ンッ…はッ、うッ…あッ…あンッ…やッ…」
尋之丞の指が動くのに合わせその豊満で形のいい胸は変形し、足は無意識に内股になり、尻尾はくねくねとうねった。
どのくらい経っただろうか、見れば線香は三分の一が灰に変わっていた。一しきり揉んだところで、尋之丞は手をはなした。だが当然終わったわけではなく、その手は彼女の股間に巻かれた白い褌に向かっていた。結び目を解いて取り去ったその布の陰部に当たっていた場所にはかすかに粘性を持った液体がシミを作っていた。
「ぁうッ、あッ、そこダメェ…やッ、んッ―」
「ビショビショやねぇ、こんなんで持つんかなぁ?」
「だってぇ…ぁあンッッ―」
尋之丞の左手の中指が彼女の陰核に触れ、右手が尻尾の付け根をクニクニと握ると、彼女から一際大きな声が挙がった。敏感な箇所を一度に責められ、思わず体が跳ねてしまう。
「へぇ、やっぱりこの辺は他より感じるんやね」
この状況に不釣り合いなほどの爽やかな笑みを彼は浮かべて言った。七蝶は前のめりになって必死にその快感に耐えているが、小刻みに体が震えるように跳ねている。
「ンッ、そこばっかりッ、はッ、ダメッ…!」
この言葉の意図は「敏感な場所はだめ」ということなのだが、尋之丞はそれを知っていながらにして次のように返した。
「なんや、他のとこもイジって欲しいなんて、いやらしいなぁ」
「なっ、違―ンッ!」
否定しようとした途端に、今しがた陰核を弄んでいた指が膣腔へと進入してくる。それどころか、続いて人差し指も挿入された。
「やぅッ、ダメッ、それダメェッ―!」
『それ』とは、七蝶の陰部に当てられた左手の親指が陰核をコリコリと弄び、人差し指は膣の入り口から少し入った腹側を引っ掻く様に刺激し、中指が奥の子宮口をくすぐるように蠢くこの責め方のことだ。
大きな快感に彼女は拳を握りしめ、歯を食いしばり耐え続けていた。秘部からは漏らしてしまったかと見間違うほどの愛液が足を伝って垂れ流れ、腰はビクビクと反射的に動き、足には力など満足に入れられてはいない。体中汗ばみ、髪の毛はしっとりと頬や首筋に張り付いていた。
〔ダメ、ダメダメダメダメっ―!!! もう我慢できないッ―!〕
七蝶はもう自制など効かないほどまでに膨れ上がった、この絶頂へ誘う快感に屈しようとしていた。
あとどれほど耐えねばならないのか、そう思って線香に今まで思った事のないほどの懇願を込めて視線を向けた。すると、あともう爪の先ほどの長さしかない。彼女はやっと訪れる解放に安堵を感じた。
「やッ、ダメッ、やッ、あッ、イッちゃ―イィッッ―――!!!!!」
彼女の下腹部や膝はガクガクと激しく痙攣し、体は大きく仰け反った。目からは大粒の涙が流れ落ち、口からはだらしなく涎が漏れ、肩で大きく息をしながら線香がすべて燃え尽きているのを確認した。
「ハァッ…ハァッ……ハァ…ハァ…」
時折唾を飲み込みながら彼女は荒い呼吸をして、力なく枷にぶら下げられていた。足は小刻みに震え、立つ力などない。そんな七蝶に尋之丞は信じられない言葉を放った。
尋之丞は振り向いて離れると懐から取り出した手拭いで左手にネッチョリと付いた愛液を拭った。
「いやぁ、残念やったな。もうイってしもたかぁ」
目の前の男が笑顔で言ったその、残念という単語の念が微塵も感じられないその発言に七蝶は疲弊した声で反論した。
「何言ってるのよ…もう全部燃え尽きてるじゃない…!」
「はぁ?まだこんなに残ってんで?」
尋之丞は箱の上部の板を持ち、いとも簡単にその板を外す。すると中にはまだ半分近くも残った線香が煙を上げていた。
七蝶は目を疑い、そして尋之丞を睨んだ。
「こ、こんなの卑怯じゃない!」
「卑怯?別に僕はなんも嘘はついてへんやないの。『この線香が尽きるまでに』ていうたけど、だれも線香が板の上にしかないとは言うてへんよ」
尋之丞は腰の後ろから短刀を抜き、ゆっくり七蝶に近づいていく。
「やだっ…お願いっ…やめてっ…」
尋之丞は右手に持った短刀を左側に大きく振りかぶった。
「いやぁぁッ――!!!!!」
七蝶の恐怖に染まった悲鳴が挙がった。次の瞬間、彼女の体は床にヘタれこむように座り、石壁にもたれていた。
だが、彼が振り抜いた短刀の刃は七蝶ではなく、七蝶の腕を拘束している枷の鎖を驚くべき切れ味で断ち切った。それによって彼女は支えを失い、前述のとおりの体勢となったのである。
「は…はっ…はぅ…」
彼女は口から空気の抜けるような声を出していた。
「なーんてな、ウソウソ、冗談やん。…ってあれ?」
七蝶は目を虚ろにして気絶していた。
「あれ〜、やりすぎてもうたかぁ…?」
七蝶は体から伝わる違和感と暖かさに目を覚ました。
「ん………、ここは…」
「おや、お早いお目覚めやな、七蝶ちゃん」
「尋之丞さん………えッ!!?」
彼女は飛び起き、そして体の無事を確認した。七蝶は見知らぬ着物を着て、布団に寝かされていた。手甲と具足がなく、気づけば髪も解かれている。着ている着物は藍色に白い格子模様の入った女性に着させるにしては大きなものだった。
「いや〜、すまんなぁ。そんなに怖かった?僕の演技」
「…演技?」
部屋の七蝶からして足の方にある壁にもたれ、左隣の障子を少し開けてキセルを吸う尋之丞の一言に彼女はきょとんとした。
「最近僕の事嗅ぎまわってくれとったからなぁ、ちょっと懲らしめたろう思うてな」
「ちょっと…?」
七蝶はどこから取り出したのかわからないクナイを尋之丞目掛けて投擲した。クナイは頭を左に傾けた尋之丞の右肩の上の壁に突き刺さった。
「危ないやない、なにしはんの…」
「ちょっとどころか、本当に殺されるかと思ったわよ…ホントに怖かったんだからッ!…あとちゃんと外すように投げたから避けなくても平気よ…」
七蝶は涙声で言った。
「いや、軌道はわかっとったけど、一応な。まぁあとホントに怖かった言うんはそうやろうなぁ。なんせ…」
というと彼はキセルを咥え息を吸うと、煙を障子の外に向けて吐いた。
「…自分気ぃ失うんと一緒に漏らしてたもんなぁ」
「はぁっ!?う、嘘!」
「ふふん、ほんま♪」
とたんに彼女は真っ赤な顔を俯けてプルプル震えだし、そして跳ねるように立ち上がったかと思えばクナイや手裏剣を尋之丞向かって乱投した。
「おっと〜」
尋之丞は袖から取り出したクナイでいくつか弾き落とした。
「危ないやないの、今度はほんまに何ぼか僕に当たるんあったで?」
「ホントに一回くたばっちゃえっ!!」
そう言うと何蝶は布団の上に体育座りした。
「もう…なんなのよ…」
「まぁまんまと誘いに乗ってもたんが悪いわなぁ」
と尋之丞は笑いがら言った。その言葉を聞いて七蝶が反応した。
「なによ、誘いって。…まさか、もしかして私が来ること見越してたのッ!?」
「あったりまえやん。自分、調べとったんやから知ってるやろ?僕が忍やってことくらい」
そう、尋之丞は裏では名の通った忍であった。
「ええ…」
「悪いけど、僕17のころからこの稼業してもう7年目やで?それで自分の事に気付かへん訳も、普段あんなに易々と人を家の中に入れるわけないやん」
「なぁ〜〜〜!」
七蝶は布団を頭までスッポリ被ってしまった。
「何よ!こっちは生まれたときから忍やってんのよッ!なんで7年しかしてない尋之丞さんなんかが私より上手(うわて)なのよッ、納得できないぃッ!」
七蝶の普段の落ち着きと静かさからは想像もできない態度だった。
「まぁ場数はそっちが上やろうけどね。でも僕の方が一回一回が濃いんちゃう?」
「そんなぁ〜…」
尋之丞は布団に包まって落ち込む七蝶に歩み寄り、その掛布団を剥がした。
「布団でせっかくの可愛い顔隠さんといてぇや」
「…え?」
さらっと言われた確信的な発言。
「夜を飛び回る七蝶ちゃんめっちゃきれいやったし、こうして顔見たらえげつないほど可愛いねんから」
「え…なに…どういうこと!?」
「まさか、ただ七蝶ちゃんにお灸据えるためなんかに家に誘い込んだなんて思ってないわな?」
そういうと尋之丞は七蝶の背中と頭に手を回して胡坐の上に彼女の上体を乗せると、覆いかぶさるように身を屈めて唇を奪った。
「…尋之丞さん…」
「半年前に初めて自分の事見かけてから、ずっと気になっててん。んでこの前の晩に自分に見つかるように歩いてみたら大当たりや」
そう言うと尋之丞は二カッと笑った。
「じゃぁ、私…もう最初からあなたの罠にはまってたっていうの…?」
「そうやなぁ。でも罠みたいにひどいもんやった?」
「…そうねぇ…まだわからないから、これからはっきりさせてくれると嬉しいなぁ」
「ええよ、まかしとき…」
そういうと尋之丞は七蝶に再び口付けして、彼女の着物の帯を解いてその綺麗な体を露わにした。そして自分の帯も解き、七蝶の入っている掛布団の中に自分の体も入れた。
七蝶の上に覆いかぶさると、唇を離した。
「ほな…目一杯可愛がったるわ…」
「んッ…」
尋之丞は七蝶の首筋に口を当てて軽く吸いついた。そして彼女の足が彼の腰を掴んだ。
まだまだ2人の夜は長い。
12/03/07 01:39更新 / アバロンU世