連載小説
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1-4 初任務
 トーマがこの世界にやってきて3日目の朝。ノルヴィはいつも通りメインストリートへ仕事に出向いた後、トーマはトレア、ミラの二人を連れ添いギルドカウンターに来ていた。
 まだ朝ということもあってか、来ている者は少なかった。
 3人は受付の横にある掲示板をチェックし、依頼の内容を一通り見た。すると、依頼人の欄に聞いたことのある名前を見つけた。
「これはカウルスからの依頼か?」
「内容は…魔術実験の助手…とあるわね」
「そんなのも依頼できるんだな…報酬は…10万リーゼか」
 リーゼはこの町のある国の通貨単位だ。普通、一つの依頼の報酬は並みで2万リーゼから5万リーゼの間が相場、となればこの額はかなり高額だ。
 追加情報だが、1リーゼは1円と同価値である。
「相場の2倍以上ね。それだけ危険を伴うということかしら…」
「実験の助手だからな…失敗する可能性もあるということだろう」
「だがこれなら武器も使うこともないだろうし、対魔法防壁…だったか?そのくらいの安全策は期待してもいいんじゃないか?」
 ミラもトレアも「それもそうか」と賛同し、この依頼を受けることにした。
「では、こちらが詳しい内容になります」
 カウンターで女から1枚の紙を渡された。そこには詳しい内容が載っている。はずだったのだが、書かれていたのは場所と「来た時に話す」ということだけだった。
「…どこが詳しいんだか…」
 トーマは呆れてこめかみを掻いた。
「でもそう書いてある以上しょうがないわ」
「場所はカウルスの家だな、行くぞ」
「ああ」

 カウルスの家に到着し、ノックをして中に入ろうとした。だが、昨日と同じく反応はない。
 昨日と同じようにドアを押せば、やはり鍵はかかっておらず軋んだ音を立てながら開いた。
〔あの男に防犯という観念はないのか?〕
とトーマは思いながら中に入った。
 その時奥からカウルスが顔を出した。
「なんか用か?」
「いや、ギルドの仕事で来たんだが…」
 トーマがそう言うとカウルスは「おー、そうかそうかッ!」といかにも嬉しそうにトーマの肩をバシバシと叩いた。彼はとても迷惑を被った顔をしたが、カウルスに気にする様子もない。
「とりあえずこっちだ。準備は終わってるからすぐにでも始められるぞ」
 三人は昨日見た大きな部屋に招かれた。改めて説明すると、上4階分、横にその部屋を含め3部屋分の天井と壁を打ち抜いて部屋を作っている。壁には幾つも同じ模様が点々と記されていた。これが昨日ミラが言っていた「対魔法結界」の陣だ。
「で、私たちはこれから何をすればいいんだ?」
 トレアが訊くと、カウルスはニヤニヤしながら部屋の真ん中に移動した。
「簡単だ。お前たちには…」
 そう言いながら3枚の紙を床に置いて、胸の前で合掌した。するとその3枚からそれぞれ青い色の下半身が逆さ円錐の形をした一つ目の人型の物体が姿を現した。
「こいつらと戦ってもらう」
「なっ?!」
「なんだと?!」
「大丈夫だ、戦うっつってもこいつらはお前らの命を狙いに行くわけじゃねぇ。ただこいつらの動きやなんかを見たいわけだ」
 とカウルスは言ったが、下手にぶつかれば大けが必至という外見をしている。
 青みを帯びた甲冑を着たようなそれは、四本指の手をして腰から下が前述のとおり円錐を逆さに向けた形だ。躯体は地面より20センチほど浮いており、一面一面が三角形の縦長な八面体の形の頭部に一つ赤い目玉のような箇所が怪しく光っており、躯体は2メートルは優に超えている。
「こいつらは俺の式でな、新しい具象陣を使って出してるんだが、まだ詳しいことがわかってねぇ。計算通りならいい動きをしてくれるんだが、それは『動くちゃんとした標的』相手に確認しねぇとな」
「…で、こっちの武器は?」
 トレアが訊いた。
「ん?おめぇ(トレア)は腰の剣があるし、あんた(ミラ)は背中の弓でいいじゃねぇか。んでおめぇ(トーマ)は…まぁ何とかしろ」
「…ずいぶんいい加減だな…」
 トーマが小声で言うと、ミラはくすくすと笑った。
「とりあえずこいつらの具現化時間は20分間に設定してある。勝敗とかは関係ねぇから」
「わかった…」
「んじゃ始めっか」

 3体の式は三方に分かれてトーマたちに迫った。
「来たわよ」
「取り囲む気だな」
 その通り。3体は3人を取り囲みゆっくりと周回した。
「二人とも、目を離すな…」
 トレアはそういいながら剣を抜き、正面に構えた。
 3体は同時にそれぞれに襲い掛かった。トレアは剣で、ミラは前足で防ぎ、トーマは左へ跳び退いた。
「くッ…」
 トレアの口から声が漏れた。剣がギシギシと軋んでいて、式の力の強さを物語っていた。
 彼女は剣で防いでいた式の拳を、剣を傾け自分の右側に落とした。そして式の腕を2歩3歩踏んで跳び、空中で1回転しながら式の背中を切りつけた。剣と式の体が触れると激しい金属音が響いたが、着地したトレアがその箇所を確認すると軽く傷が付いただけで、目立ったダメージは見受けられない。
「ちッ…これは骨が折れそうだな…」

 ミラは式と一定の距離を取っていた。その手は弓を構え、狙いを定めている。
 式は上へ飛び上がり、円錐形の下半身を彼女に向けながら落下してきた。ミラは駆け足で避けながら矢を放ったが、高速回転している円錐部に弾かれ効果はなく、元居た場所の床は砂煙を立て陥没していた。
「…手ごわいわね…」
 大きく振りかぶって放たれた式の拳撃をミラの後ろ脚の蹴撃が受け止めた。蹄鉄と拳がぶつかり、激しい金属音が響いた。
「てあッ!」
 拳を弾いた後ろ足が床を踏みしめたのは一瞬だった。再び放たれた蹴撃は式を弾き飛ばした。
「避けてッ!」
 ミラはトレアにそう叫び、トレアと対峙する式に目掛けて矢を射た。それもただの矢ではなく、ミラの魔力を帯びて威力を大幅に増した矢だ。
 トレアは真後ろから迫る矢を真上に飛んで避け、空中で後方に宙返りして着地した。
 放たれた矢は式の頭の中心を穿ち、赤い玉の破片と石の破片が散った。
「まずは一体ね…」
「ミラッ!!」
「なっ―!」
 ミラがトレアの声に背後を振り向くと、大きく腕を振り上げた式が迫っていた。
「させるかぁッ!」
 トレアはミラの脇をかすめるように抜け、腰の位置にまで引き構えていた剣を赤い玉に向かって突き放った。
「これで…二体だッ…!」
 式は仰向けに倒れ、そして消滅した。ミラに頭を穿たれた式も、いつの間にか消滅していた。

 残るはトーマが対峙している一体のみとなったが、そうそう容易くはいかなかった。
 2体の式を倒してすぐ、トレアとミラはトーマに加勢した。トーマはトレアからダガーナイフを受け取り、三人で連携しながら最後の1体に隙を作らせるために動いていた。
 だがこの1体の動きは、明らかに他の2体と一線を描く動きをしていた。そして、パワーもスピードも桁が違った。
「こいつ、明らかに他のとは違うぞッ!?」
「トーマ、隙を作ればこちらの勝ちだッ!」
「二人とも、そいつを引き付けて!
 魔術付きの矢で動きを止めるわ、ただし私が力を溜めて魔術を付加するまで三十秒こらえて!」
「分かった、任せろッ!」
 トーマとトレアは攻撃を掻い潜って、式の足元を抜けて躯体を切りつけつつ背後に回り込んだ。
 式は腕をまっすぐに伸ばし、左回りに体ごと回転した。手刀が床に触れ、対魔法結界が施されているにも関わらず床がえぐれた。
「なっ…これは…」
「当たったら終わりだな…」
 二人は改めてこの式の危険性を認識しなおした。だがそんな事実を知ってもなお、攻撃を怯むことなく掻い潜り続けた。
 そしてミラの準備が整い、式に狙いを定めた。張りつめ震える弓の弦にかけた指が弾かれた。
 弓の切っ先が式に触れた瞬間、魔法陣の出現とともに式の動きが止まった。
「今だッ!」
 トーマは動けなくなった式の体を駆け上り、ダガーナイフを頭の核に突き立てた。
 だが、ナイフは核を破壊することはおろか、触れることすらも叶ってはいなかった。
「な…に…ッ」
「そいつは他のやつよりいい媒体、核を使ってるからな。そうそうやられねぇぞ。まぁあと1分だ」
 カウルスはそう言った。
 トーマは全力を込めてナイフを突き立てるが全く歯が立たず、ついにはナイフの刀身はその過大な負荷に耐え兼ねて折れ彼の顔を掠めて後方に弾き飛ばされた。トーマの右頬に血が滲んだ。
「くッ…それならッ!」
 トーマは腰の後ろに携えていたナイフを取り出し、柄の人差し指に当たる場所のボタンを押した。そしてそれを再び核に目掛けて突き刺した。
 今度は核に届き、球体には刀身の中ほどまで突き刺さったが媒体となっている石には届かなかった。
「もう一息ッ…」
「ダメよッ、魔術が切れるわッ!」
「退け、トーマ!」
「くっ…」
 トーマが引いた瞬間、式にかかった魔術が解け動き出した。
「さて、そろそろタイムアップだ…あと〜…10…9…8…」
 カウルスがカウントダウンを始めた。3人は攻撃を食らわないように気を付け、時間が立つのを待った。
「3…2…1…はい終わり〜」
「ふぅ…これで依頼完了か…」
 トーマがそう言った時だった。
「おい…なんでだッ?!」
「カウルス…どうした?」
「式が…魔術が解除されないッ!」
 カウルスのその言葉にトーマは振り向いた。その目の前には、まだ青い光を淡く放ちその場に立つカウルスの式の姿があった。
「どうなってるッ!?」
「分からない…だが、媒体を…石を破壊すれば解けるはずだッ…」
「無茶を言う…!」
「だけど、やらなければだめなんでしょ?」
「しょうがないッ…トレアッ、ミラッ、もう一度動きを止めるぞッ!今度はさっきの半分の時間でいいッ!」

 ここから後半戦が始まった。
 カウルスの魔術は媒体となる『石』がなければ発動することはできない。そして、彼はもう石も陣を描いた紙を持っていない。つまりカウルスは直接的に援護できないということだ。しかしながら、彼にもできることはあった。
「俺は魔法陣の解除を試してみる」
「わかったわ。なるべく急いで」
「ああ」
 カウルスは魔術の媒体の一つである魔法陣を解体する作業を開始した。
 魔法陣はむやみに傷つけてしまえばいいというものでもない。それが魔法が暴走している場合なら尚更だ。順序通りに陣の文字、図形を消さなければ、また予想にしていない事態を引き起こす可能性は十二分にありえた。
 トーマとトレアは再び式を引き付けていた。繰り出される手刀による薙ぎ払いと突き、そして胴体ごと回転してくる攻撃まであり、どれも食らえば確実にただでは済まない。
〔威力はどれも高い…が、攻撃パターンと予備動作は分かった…!〕
 トーマもトレアも攻撃パターンはこれまでの交戦で読んでいた。そして先ほどよりも短い時間でミラが矢を放った。
〔これで…!〕
 矢は…外れた。いや、正確には避けられたのだ。
 そう、その時そこにいた4人は思った、「学習している」と。
「マズいわ…もうこいつに弓矢は効かない…」
「くそっ…」
「万策尽きたか…」
 トーマたちは攻撃を避けて、避けて、避けまくった。当たれば死ぬ、そんなギリギリの環境だった。
 時折反撃を仕掛けるが、それらは全く効果がなかった。

 式の攻撃を寸でのところで掻い潜り続けているが、3人は攻撃の精度と速さが増しているのを感じていた。
 連続した攻撃の中で、手刀での突きをトーマは間一髪で躱した。だが、彼に流れに乗った追撃が迫った。
 それは今までにない攻撃パターンだった。
「トーマッ!」
 体勢を崩していた彼はすぐに反応して回避行動を取ることができなかった。
〔避けきれないッ…!〕
 トーマはその足に力を込めながらも覚悟を決めたときだった。

「リーナッ、ジュアンッ!」

 どこからともなく現れたそれは、式の攻撃に蹴りを放って軌道を逸らせ、トーマの回避行動を援護した。
「なんだッ?」
「スケルトン…?!」
 式に対峙するのは2体のスケルトンだ。一人は左目が長い前髪に覆われ、もう一人は右目が覆われている。その姿を、トーマたちは依然にも見ていた。
「全く…何をやっているんだ、カウルス」
 ドアの方を見るとそこには杖を構えたエヴァニッチが立っていた。
「エヴァニッチ…ちっ、この陰険ロン毛、何しにきやがった…」
「何をしにとは、こんな異質な魔力の流れをさせておいて何をいうんだか、このアホ天パ」
 目を合わして早々、二人は悠長にも言い争いを始めた。
「喧嘩なら後でしていただこう」
 トレアは二人を宥めた。
「おっと、これは失敬」
「エヴァニッチ、こいつの動きを止められるか?!」
「どのくらいだね?」
 彼はトーマに質問を返した。
「10秒だ、10秒でいい!」
「容易いことだ。リーナ、ジュアン」
「ハイ…主人様…」
 エヴァニッチが名を言うと、2体のスケルトンは抑揚もなく返事をした。
 リーナとジュアンは二手に分かれ式を両側からはさみこむようにすると、攻撃を仕掛けた。
 だが式の手刀が二人の体を砕き、骨が辺りに散乱した。
「やはりスケルトンの脆い体ではッ…」
 トレアは苦い顔をした。だが、エヴァニッチは「フッ…」と笑った。
「これが定石なのだよ」
 彼はそういうと指を弾いた。すると彼女たちの骨が空中で式をぐるりと囲む円陣に並んだ。
「ホールドだ…」
 式は急に動きを止められた。トーマは「今だ」と式の正面に回り、上着の下から銃を取り出した。
「これでッ…!」
 トーマは狙いを定め、引き金を3回引いた。
 1発目は式の頭部に当たって弾かれ、2発目も同じく狙いから外れた。そして3発目が狙い通り「ナイフの柄頭」に命中する。その衝撃でナイフは押し込まれ、核である石を破壊した。
「…はぁ…はぁ…これで、終わりか…」
 式が消滅し始めるとともに、スケルトンたちはその体を再生し、トーマとトレアはその場に座り込んだ。
12/08/07 04:00更新 / アバロンU世
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■作者メッセージ
今回はバトル回でした。

またフラグを立てる予定なので、楽しみにしていただきたいです。

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