連載小説
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1-3 「犬猿」=「二人の魔導師」
「私がエヴァニッチ・ボレーノだ」

 男はそう言った。
「私はミラと言います」
「俺はトーマだ」
「トレアだ」
「よろしく、三人とも」
 エヴァニッチは物腰の丁寧な男のようだ。
「用件は何かな?何か訊ねたいことがあるそうだが…立ち話もなんだ、応接室でお茶でも飲みながらどうだね?」
「はい、いただきます」

 3人の通された応接室には高そうなソファーとテーブルが置かれていた。トーマとトレアはソファーに座った。ミラは相変わらず立ったままだ。
 エヴァニッチもソファーに座ると、ドアを開けて入ってきたモノがいた。
「なッ!?」
 トーマは思わず声を挙げた。
「スケルトンか」
 そう、ワゴンを押したスケルトンが部屋に入ってきたのである。その上には紅茶の入っているであろうポットと人数分のカップがあった。
「その通り。私は『ネクロマンサー』でね、スケルトンを使役しているのさ。そちらの彼…トーマ君だったかな、スケルトンを見るのは初めてのようだね」
「え、ああ…まあ…」
 トーマは少し濁すような返事をした。
「ところで、ネクロマンサーというのは?」
 彼は隣に座っているトレアに小声で訊いた。
「ネクロマンサーとは…」
 トレアに小声で訊いたつもりであったが、エヴァニッチにも聞こえていたらしく彼が説明を始めた。
「要は『死体を自分の配下として使役する』術である『ネクロマンシー』を使う魔導師の事だ」
「死体を?!」
 トーマは驚いた。
「なに、別に墓を荒らしてなんてことはしないよ。人によるがね。基本的には生前にそういう契約をしておくのさ、『死後、その遺体をネクロマンシーによって使役することを承諾する』といった内容のね。
 私は人間の白骨遺体に魔力が宿って誕生する、あのスケルトンたちを使役している。彼女たちは『生まれたて』こそ、本能のままに行動するので色々大変だが、一旦手懐けてしまえば時折あの体を維持するための魔力を与えるだけでよく働いてくれるよ」
 トーマは説明を聞くと、感心したような困惑したような表情をしていた。それも然り、誰とてこうなるだろう。
「ところで、本題の君たちの要件だが。なにか私に訊きたいことがあるとか?」
「ええ。昨日の事なのだけど、時空間魔法を使用したりしなかったかしら?」
 ミラが質問した。
「時空間魔法を?」
 エヴァニッチは片方の眉をピクリと動かした。
「なぜそんなことを?」
 彼がそう聞き返すと、トーマは、
「すまないが、あまり詳しくは…」
と言った。当然だ、「異世界から来ました」などと言えるはずがない。
「そうか、何か事情がおありのようだ。質問に答えるなら、君たちも承知の通り私はネクロマンサーだ。ネクロマンシー以外の魔術も多少なら使えるが、時空間魔法のような高等魔術は私には扱えんよ」
「そう…ですか」
 トーマは少し残念そうに言った。
「お役に立てず申し訳ない」
「いえ、お気になされるな」
 トレアは申し訳なさそうなエヴァニッチにそう返した。
「じゃあ次はカウルスの所に行ってみるか…」
 トーマが何気なくそう言った時だった。エヴァニッチの表情が変わった。
「カウルス? カウルス・オルディンの事か?」
「ええ、ご存じなので?」
 ミラが訊ねると、彼は「ええ」と言った。
「知ってるも何も、あのアホ天パと私は昔ともに魔導師の道を目指した仲間でしたが、今じゃ顔も合わせませんよ。あいつはまるで力技ばかりで、ろくなもんじゃないですね。でもまぁ、もしかしたら何かアホのような失敗で偶然時空間魔法を発動したっておかしくはないかもしれませんが」
 カウルスを『アホ天パ』と罵るあたり、3人はエヴァニッチとカウルスとはあまり仲が良いとは思えなかった。
 3人を玄関まで見送ったエヴァニッチは、最後に冗談交じりに「カウルスの乙魔法の巻き添えにならないようお気をつけて」と言った。

 先ほど来た道を戻り、噴水広場を過ぎて西側に延びる道を進んだ。さっきとは打って変わって、道の舗装は所々崩れている。さらに建物はかなり庶民的なものになっていた。
「ここは東側と比べるとかなり荒れたな…」
「庶民区画だからしょうがないでしょうね。でも、治安は悪くないみたいよ」
 ミラが言った事にトーマは疑問を抱いた。
「なんで分かるんだ?ミラもトレアも、昨日俺と一緒に来たのが最初だろ?」
「わかるわよ」
「治安のいい町と悪い町は空気が違う。人も楽しそうにしているからな」
「そんなもんか…」
 トーマは気にしたこともなかった。というより、元の世界では、人々は淡々と同じ日常をつまらなく繰り返すだけ。
 確かに活気はあるし、街中に出ればそれと似たものを感じたかもしれない。だがトーマがそれを感じる機会などなかったのだ。
「ここだな」
 3人が立ち止まったのは5階建ての建物の前だ。屋敷というよりも西洋の古いアパートのような感じで、塀などはない。
 トレアは建物の扉を間を空けながら数回ノックした。だが、まったく反応はない。
「…いないのか?」
 そう言いながら彼女は何気なくノブを回すと、ガチャリという音を伴って開いた。
「おい、入るぞ?」
 居るのかもわからない家主に向かって一応伺いを立ててみるが、やはり反応はない。
 トーマとトレアが入った後から大きな蹄を音をさせてミラが入った。それに少しトーマは驚いたような素振りを見せたが、トレアは構うこともなく奥に進んだ。
 ある部屋のドアを開けると、先に大きな空間が広がっていた。
「やけに広い部屋だな」
 トレアが見回しながら言った。
「右二部屋…と上に4階分の壁と天井をぶち抜いて一つの部屋にしているみたいだな。何をする部屋だ?」
「魔術の試験場じゃないかしら…」
 ミラが顎に手をやりながら言った。
「壁も天井も対魔術防壁が張られてるし、たぶんそうだと思うわ。…あら?」
「どうした、ミラ」
「上に魔力を感じたわ。たぶん彼よ」
「わかった」

 玄関に戻って階段を上りかけたとき、トーマは後ろを振り返った。
「どうした、ミラ。来ないのか?」
 ミラが階段を上ってこない。
「行かない、というより行くことができないのよ」
「どうしてだ?」
「ミラにはこの階段は奥行きが狭すぎるんだ」
「奥行き?」
「私は下半身が馬でしょ?馬はある程度の奥行きのある階段じゃないと登れないのよ」
「そうなのか」
「私はここで待ってるから、二人に任せるわ」
「わかった」
 なにやらケンタウロスなりの苦労が分かったところで、二人は上階に上がって行った。そして4階の一室に彼を発見した。
「んあ?んだお前ら?」
 少々口の悪いこの男。髪の毛はクルンクルンのぼっさぼさ、着ている服は少々だらしなく着崩されている。一重で少し潰れたような細い怠そうな目に角ばった輪郭、魔導師よりも戦士っぽい顔だ。
「失礼、一応声はかけたのだが返事がないので勝手に入らせてもらった。怪しいものではない、少々訊ねたいことがあるだけだ」
「そうか、いや、研究に取り掛かると周りの事が見えなくなっちまうのが悪い癖でな」
「改めてだが、貴殿がカウルス・オルディンか?」
「そうだ、俺がカウルスだ」
「私はトレア、こっちはトーマだ」
「よろしく」
「おう、よろしく。まぁ適当にかけてくれ」
 カルウスはそう言って先ほどまで掛けていた椅子に座りなおした。そして二人も手近な椅子に座った。トーマがふと見ると、椅子だけでなく他の家具や本にもうっすらと埃が溜まっていた。掃除などほとんどしていないのだろう。
「んで?訊きたいことってのは?」
「先日の事だが、時空間魔法を発動したりはしなかったか?」
 トーマが訊いた。
「時空間魔法?いんや、わりぃけど俺はそんなもんは使えねぇよ。俺はパペッターでね」
「ほう、パペッターか」
「…なんだ、パペッターってのは?」
 パペッター。全く聞き馴染みのない言葉だった。
「パペッターてなぁ『人形使い』のことだ。魔物にすりゃあ『ゴーレム』を使うやつもその一派になるが、俺は魔力でその躯体を作って動かす『式使い』ってのだ。だから、俺はそんな魔術は使えねぇの」
「そうか…」
 トーマは俯いてそう言った。
「エヴァニッチも違うらしいし、この町には―」
「エヴァニッチぃ?!」
「ん、どうした?」
 彼の名前を口に出した途端、カウルスは眉間にしわを寄せた。
「俺の前であの陰険ロングヘアの名前を言うな、胸糞が悪くなるッ」

 二人は1階に戻って、ミラと合流した。
「どうだったの?」
「いや…彼も違った。恐らくこの町にはいないだろう…」
「そう…残念だったわね」
 三人は外に出ると宿に向かって歩き始めた。
「にしても…」
 少ししたところでトレアが話し始めた。
「あの二人、互いを毛嫌いしているようだな」
「ああ、そうだな。何かあったんだろう」
「けど、あまり他人の事情を詮索するのは良くないわよ、二人とも」
「心配するな、そんなつもりはない」
 そう話していると、すぐに噴水広場に戻ってきた。メインストリートに入り、西側の路地へ入ってしばらくすると宿が見えてきた。中へ入り、上へあがろうとした時だ。
「どこに行くんだ?」
 トーマが階段を素通りしたミラに言った。
「さっきも言ったでしょ?その階段の幅じゃ奥行きが狭すぎるの。こっちにケンタウロス種用の階段があるのよ」
 トーマはミラの後に付いて一回の廊下の奥に進むと、そこにはもう一つ階段があった。
「ああ、なるほど」
 一見して彼は納得した。階段一段一段の奥行きの幅が広いうえ、少し上に向かって傾斜が緩くついている。
「このくらいないと私たちは登れないのよ」
「難儀なことだな」
「ええ、少しね」
 二階の部屋に戻ったトーマはベッドの上に寝転がった。
〔この町にはいない…か〕
 彼は落胆したため息をついた。そして少し、ほんの少し焦燥が彼の心に芽生えた。いつまでこの世界にいるのか、いつまでもこの世界で暮らさなければならないのか。そんな考えが彼の脳裏をよぎった。
 ベッドから起き上がり部屋を出てすぐ右側の部屋のドアをノックした。
「俺だ」
「あら、トーマ。入って」
 トーマがドアを開けて中に入ると、中にいたのはミラ一人だ。
「ん?トレアはどうした?」
「彼女なら今ノルヴィに報告に行ったわ。何か用かしら?」
「いや、用という程でもないんだが。…次の町にはいつ発つんだ?」
「やっぱり焦るわよね…」
「いや、そういう訳じゃないが…」
 トーマは狼狽した、ミラのまるで心を見透かしたような発言に。
「いいのよ、それが普通だもの。私も、たぶん知らない土地や国や世界にいきなり放り出されたら正直焦ると思うわ。まぁ座って」
 トーマはミラが足を折りたたんで座っている傍のベッドに腰を掛けた。
「あなたはこっちの世界に何の前触れもなく呼ばれてしまった。だから、あなたの世界に残してきた人や、やらなければならなかったこともあると思うわ。だけど、急いたところで必ずしもいい結果が出るとは限らないし、悪い結果を招くこともある。
 今は目の前にあることを一つ一つ解決していくことよ。それが今にしかいられない私たちにできることだと、私は思うわ」
 トーマはそこまで聞き終わると、息を漏らしながら微笑んだ。
「そうだな…その通りだったよ。焦ったところで、だな。俺には残してきた人や俺を待ってる人もいない。ゆっくり進むとするよ」
「ふふ、今のところここを立つのは四日後の予定よ。もう今日はゆっくりしたら?」
「ああ、そうするよ」
 そう言ってトーマは部屋に戻った。


 それから数時間後、もうとっくに日も暮れてノルヴィも戻り、夕飯を食べて4人が眠りについているころ。
 町の外に出ていく人影があった。手元には橙に光るランプがあり、その者の体と夜の道を照らしていた。明かりに照らされたその人物、それはカウルス・オルディンだ。
 彼は町から少し離れたところで、地面をランプで照らし何かを探している。
「何か良さげな媒体はねぇもんかねぇ…」
 と言いながら、辺りの石を注意深くルーペを使いながら品定めしていった。すると、彼は一つの石を見つけた。
「んだ、この石…」
 カウルスはその意思を広い観察した。
 表面は黒く光沢があり、表面には小さな穴が無数に空いていて、手のひらサイズの見た目の割に重さがある。
「珍しい石だな…試してみるか…」
 その石を懐に仕舞い込み彼は町への道を戻った。
   
12/06/11 01:58更新 / アバロンU世
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■作者メッセージ
カウルス は 珍しい石 を ひろった。

何かが起きるフラグ が 立った。

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