連載小説
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1-1 次元越着
  



 彼の耳には、コォォ…コォォ…と言う籠った自分の息遣いが聞こえていた。
 彼の目の前のモニタには、緑色のデジタル文字と半円のゲージやメーターが表示され、外の景色と思わしき黒い空間を流れる無数の光が映し出されていた。

「定時通信…2230(ふたふたさんまる)…こちらUGMF−X38、応答どうぞ…」

 彼は左手側のボタンを押して言った。

『通信確認。報告せよ…』

「デルタ宙域航行中、座標X15、Y98、Z74…リンケージイオン濃度、正常…マキシマエンジン臨界…現在出力48パーセント…システムグリーン、異常なし」

『了解、依然テスト航行を続行せよ』

「了解…」

 他愛もない言葉で通信は終了した。
 今彼がいるのは只っ広い宇宙空間を進む小型宇宙航行挺『UGMF-X38グリントPT』のコックピットだ。PTはプロトタイプ、つまりは試作機ということ。
 彼はその新型航行挺のテストパイロットだ。軍事利用ひいては要人船護衛に用いられるであろうその機体のデータ収集のため、今は長距離航行試験の真っ只中なのである。
 かれこれもう6時間以上の航行をしている。パイロットである彼も大したものだった。

 機体の外見は、一見すると窓などなく、上から見れば白いラインの入った三角形に近い形をした鉄の塊である。後方には薄い長方形の形の光量子ブースターが四基設置され、スムーズな運動性能を実現するために小型スラスターが74箇所に設置されている。また、コックピットに外部映像を映すために前後左右に二か所ずつ高解像度カメラが設置され、二か所からの撮影によって遠近感の付いた映像を撮影できる。
 外部装甲はスペースデブリや隕石片にも耐えられる素材が使われ、防御面では優れている。攻撃用として、発射後一定時間で分子崩壊する特殊弾頭を用いた160ミリ口径機銃二基、左右スタビライザー上には三連装ホーミングミサイルが各一基ずつ搭載されている。
 その他レーダー等も高品質高スペック、またコックピット後ろの扉一枚隔てて簡易式トイレと小さなコンテナがあり、これはPTならではである。

 レーダーに反応があった。表示では小さな隕石群だ。

「前方に隕石群…回避困難時での兵装使用許可を申請…」

『申請確認…承諾、使用を許可する』

「了解」

 彼が駆るウィンディアPTは隕石群に突入した。彼の巧みな操縦技術と機体の運動性能が相まってか、滑らかに隕石の間を通り抜けていく。さらにマルチロックオンからのミサイル攻撃で回避が難しい隕石を破壊した。その破片が機体に当たったことを表面センサーが感知し、ダメージと箇所をモニタに映し出していたが、これといった影響はほとんどない。

「隕石群を突破、機体損傷率0.94パーセント…航行を継続―(ピピピッ…ピピピッ)

 隕石群を抜けたと思った瞬間、センサーが異常な反応を検知し、アラームがメットのスピーカーを通して鳴った。

『どうした?!』

「…センサーが異常なエネルギー反応を感知! …なんだ、あれはッ―!?」
 彼は正面のカメラ映像に映る巨大な光の刻印を目の当たりにした。
「前方に謎のマークがッ―吸い寄せられるッ?! くそッ、機体反転ッ―、高速離脱ッ―、出力最大ッ―!!」
 光量子ブースターが眩しく輝き、引力から逃れようとする。だが機体は確実に光の刻印に近づいていた。そしてとうとう力の均衡は崩れ、機体は回転しながら刻印に飲み込まれた。
「ぐぁああああぁぁぁッ―」


 飲み込まれたと思った瞬間、彼は体にG(ジー)を、重力を感じた。そして混乱した頭を目の前の現実だけに向けた。モニタはノイズを少々混じらせながらも、外部の雲と空、高度を表し、騒音が聞こえていた。

〔高度が落ちているッ―?! 重力下光量子スタビライザーはッ…?!〕
「くそッ、システムがダウンか!―だったら両舷1、2、6、25、29、32、37番スラスター噴射ッ!」
 彼が挙げたスラスターは全て前方に向けて付いたものだった。彼はこれらを用いて落下速度を少しでも軽減しようと考えたのである。
〔140…130…120ッ…〕
「今だッ!」
 彼は操縦桿を一気に引き下げた。機体前方のスラスターが噴射し、機体は垂直方向に上向いた。そして激しい衝撃が機体と彼を襲ったのである。


「うっ…うぐっ…」
 目を覚ますと、コックピットは暗闇、無音だった。体の節々に痛みが走り、しばらく体を動かせなかった。
 やっと体が動くようになり、ヘルメットに内蔵されたLEDライトを点灯させた。最初に気づいたのはヘルメットのウインドーが破損していたことだ。顔の痛みはその破片で切ったらしい。
 コックピット内はどうやら目立った損傷はないようだったので、彼は一まず安堵した。
「…メイン動力が落ちたか…」
 彼は右操縦桿の下に収められていたキーボードを引き出していろいろ試した。だが反応はなく、思わずため息をついた。
 彼はシートベルトを外し、コックピットの座席後ろの扉を手動で開き中へ入った。やはり重力化らしく、床に物が散乱していた。その中にスペアのヘルメットを見つけ、無事だと確認すると今着けているヘルメットを取った。
 茶色のショートシャギーが一瞬なびき、すぐスペアのヘルメットを被った。
 コックピット上のハッチをこれまた手動で開けると、機体の上に出た。機体は土を被り、地表に鎮座していた。

 彼はメットの左側のボタンを押した。ウィンドーにディスプレイが表示された。
「重力は0.8G…大気濃度は地球より酸素が少し多い程度…有害物質はなし、か…」
 ディスプレイを非表示にしてウィンドウを開けると、清々しく澄んだ空気が流れ込んだ。
「フォートシックス、応答せよ…こちら機動部隊第四隊トーマ・フェンデル少尉、フォートシックス、応答せよッ…」
 通信を試みては見たものの、スピーカーからはノイズ音が聞こえてくるばかりだった。
「だめか…に、してもここはどこだ…」
〔草木…緑がある、ということは水もあるな…だが、あの宙域付近でこんな星があるとは聞いていない…やはり、『飛ばされた』か…〕

 トーマはコックピット後ろのコンテナから装備一式を取り出し、パイロットスーツのウエストの留め具にホルスターを着けた。装備は9ミリ口径自動小銃、7ミリ口径サブマシンガン、ナイフ、スコープカメラの以上4つである。
 トーマは地上へ降り立った。0.8と地球よりも重力が少ないためか、やや体が軽い。
〔誰か来る…?!〕
 誰かが近づいてくる気配を感じて、トーマは近くの茂みへ身を隠した。そして彼は近づいてきた者を見て、困惑した。
〔…なんだっ?!〕
 緑色の鱗をまとった手足、腰あたりから延びる尻尾、側頭部の鰭。顔などこそ肌色をして人に似通っているものの、明らかに人とは思えない。そしてそのあとから来た者にも彼は驚かされた。
 上半身は人間の女性だが、下半身が明らかに馬に酷似している。

「………」
 鱗を持った方が何かを喋っている、そのようにトーマには見えた。そして下半身が馬の方も返事をして、機体を興味深そうに見ている。
 トーマは茂みから飛び出し、サブマシンガンを構えた。
「動くなッ!」
「!」
 鱗を持った奴が腰に携えていた剣を抜き、驚くべき速さでトーマに近づき剣を振るった。
「くっ―!」
 剣はサブマシンガンで咄嗟にガードしたが、銃が弾き飛ばされてしまった。後続の攻撃を躱したトーマはナイフを抜き、反撃して相手の腕の鱗に傷をつけた。
 次の太刀筋を見切ったトーマは手首を掴んで捻りあげると、そのまま背負い投げで投げ倒し、馬乗りになり左腕で相手の顎を抑え、ナイフを相手の喉元に構えた。
「ぐっ…貴様ッ…何のつもりだッ?!」
「ッ?!」
 トーマは言語が共通であることに驚いた。
「お前たち、俺の言葉がわかるのか?!」
「何をおかしなことを言うかッ…」
「話が通じるなら重畳…拘束を解いてから襲い掛かってくる意思はあるか?」
「…貴様が何もしなければなッ…!」
「分かった…」
 トーマは彼女の上から退いてナイフをしまった。
「貴様は何者だ、人間。盗賊か?」
「盗賊?いや俺は…待て、今『人間』と言ったか?!」
「ああ、そうだが?」
「ここには俺と同じ、人間がいるのか?!」
「何を言ってる?さっきからおかしな事ばかり言うな…」
 トーマは混乱していた。同じ言葉を話す奇怪な生物と、自分と同じ人間がこの星にいるという事実に。
「…あなた、これはあなたの物かしら?」
 ここで下半身が馬になった方が口を出してきた。ウィンディアが気になるようだ。
「ああ、俺が乗ってきたものだ…」
「乗ってきた?じゃあ、これは乗り物なの?」
「ああ、小型の宇宙航行挺だ」
「…ねぇ、詳しく話してもらえるかしら?私たちの仲間に人間もいるから、案内するわ」
「見ず知らずの奴らにおいそれと付いていくと思うか?」
 確かに罠の可能性は十二分にある。それは当然の反応だった。
「その時は煮るなり焼くなり好きにして構わないわ」
「…分かった」

 トーマは二人に付いて行くことにした。少し高い崖を上るとその上に道があり、その道の脇で男が一人石の上に座っていた。
「二人とも、どうだった…って、そっちの兜みたいなの被ってるのは?」
 兜、メットの事だろう。
「見に行った先で会ったんだ。変な奴でな、言葉がわかるのか、とか、人間がいるのか、とかおかしなこと言うんだ」
「それに、空から落ちてきたのは彼の乗り物だそうよ?」
「乗り物?!空でも飛んでたってのか?」
「いいえ、宇宙だそうよ」
「宇宙?!」
 男はとても驚いた様子だった。トーマは男の服が、中世の民衆のようで気になった。
「ひとまず、話を聞こうと思って連れて来たのよ」
「そうか…じゃあ、話してくれるか?えっと…」
「トーマだ。トーマ・フェンデル」
「そうか、俺はノルヴィ・リックマンだ。よろしく、トーマ」
 ノルヴィは握手を求めて手を差し出した。トーマはそれに答えたと同時に、習慣も共通の可能性が高いと認識していた。
「私はミラ・チルッチ。彼女は…」
「トレアだ。貴公はなかなか腕が立つらしいな?」
 ミラはケンタウロス、トレアはリザードマンだ。
「ま、自己紹介も終わったところで、話してもらおうか?」

 トーマは自分の出身や、身分、どういう経緯でここに居るのか、を話した。そして、3人からもここについての情報を得たが、それはどれもトーマの常識には当てはまらなかった。
 一つはこの星が『地球』と呼ばれているということ。そして世界には『魔物』がいるということ。その魔物を巡って、親魔物派、反魔物派に分かれているということ。さらにこの星では『魔法』が使えるということだ。

「にわかには信じがたいが…」
 トーマは腕を組んで、考え込んだ。
「それはこっちも同じよ。まさか魔法のない世界があって、宇宙を生活の場においているなんて…」
 3人も難しい顔をしてる。
「だが、近年俺のいた世界の科学者が、平行世界の可能性を強く示唆するようになっていた。それに実際こうしているんだ、受け止めるしかないだろう…」
「ま、そういうこと。…で、トーマはこれからどうすんだ?」
「出来れば元の世界に変える方法を探したいが…」
「確か、トーマは魔法陣を見たと言ったわね?」
 ミラが口を開いた。
「あれが魔法陣というのかはわからんが、恐らくな」
「もしそれが魔法なら、空間転移の魔法よ。空間転移の魔法は、普通に考えれば術者から遠くても平面位置で100キロ内の所が入口、もしくは出口が開く限界よ」
「つまり、俺がこっちに出てきたところから半径100キロあたりを探せば、運が良ければ術者に会えるということか…」
「それに、空間転移はかなりの高等魔術なの。それだけの技を使える魔術師はほとんどが町に研究所を置いて、遠出もすることも少ないわ」
「ならその範囲の町を探せばいいんだな?」
「ええ、望みはあるわ」

 トーマは早速落ちていた時の角度と方角、機体が落ちてから進んだであろう距離を測定した。
 結果、機体の今止まっている場所から、西に19キロの場所に出口が開いたと仮定できた。
「そうなると…ちょうど、俺たちの向かう方角だな。ただ、町がいくつもあるから、そこを全部当たってみないことにはな」
「ならトーマにとっては好都合ね。魔導師を探す間の生活場所がいるなら、私たちが用意できるわ。それにいくらか手も貸せるでしょうし」
「どうする?」
 3人はもう答えを知っているかのような顔で返答を待った。答えはもちろん、
「頼めるか?」
「ああ、もちろん!」
 ノルヴィは快く受け入れた。ほかの二人も無言だが、笑顔で頷いた。
「と、なるとまずは服装だな。その何とかスーツじゃ目立ちすぎるだろ?」
「ああ、そうだな」
 確かにこの世界でトーマのパイロットスーツは少々目を引く特異な格好だ。
「町の外で待っててくれれば、俺の服を貸してやるよ。大体背格好も同じくらいだからな」
「すまない、助かる」
「なんにせよ、まず町へ行かないと話にならないからな、行こう」


 トーマはこうして、最初の町『ベネール』に向かったのだった。


12/08/25 04:09更新 / アバロンU世
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■作者メッセージ
さわりです。

宇宙には空気がない。
つまり音も発生しないので、宇宙空間と大気圏内の差異を、外部センサでの衝突の判断と騒音があるかというところでつけたつもりです。

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