連載小説
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親と嫉妬と己の義と
 湖畔の淵の木々の枝から、鳥の群が飛び立った。青空は広く澄んで、透明度の高い水が鏡のごとくその景色を反転させていた。その風景にふさわしい気品ある屋敷も堂々とその身を湖畔に写し、なんとも美しかった。
 その湖畔に波紋が二つ。
 龍瞳と幟狼が投げ入れた釣り針と浮きのせいだ。竹竿の先に釣り糸が付いているだけというシンプルなもので、脇には水と魚の入った入れ物があった。
「長閑だなぁ」

「だなぁ」

「この国が狙われてるなんて思えねぇなぁ」

「思えないなぁ」
 二人は地面に腰を下ろしてアグラをかき、片手で竿を持ちもう片手で頬杖をついて遠くをぼぉーっと見つめた。ここにいると、『この国も世界も平和だ』などという勘違いを抱きそうになる。ちなみに、この屋敷の主はただいま留守中だ。
「なによ、二人とも」
 様子を見に来た魅月尾が呆れて言う。
「ここにいる時くらい良いじゃない?」

「…そうだな」

「あ、そろそろ来るよ」

「えっ?」
 と龍瞳が言った瞬間、浮きが沈んで竿がしなった。
「来たかっ―」
 龍瞳は竿を引き、魚は逃げようとする。すると力を緩め魚を泳がせて、魚の力が弱まったと見るやあっという間に引き上げた。
 宙を舞った影は予想以上の大きさ、一目でメーター越えレベルなのが分かる。
「でかいなっ!」

「大物、大物っ」
 幟狼は驚き、魅月尾はニカッと笑った。
「どうやら感知領域の常時展開、出来るようになってきたみたいだな」

「ええ。今はまだ障害物があると解りにくいけど、外で警戒する分には問題ないわ」

「そうか。で、一時的な方は?」

「範囲は半径…だいたい一キロくらいかしらね…」
 魅月尾は目を閉じて、感覚を研ぎ澄ませた。もしその感知魔法を視覚化できたなら、その様子は彼女を中心とした半球体がどんどんと広がっていくのだろう。すると、その球体の中に何かが進入した。
「あら…?」

「どうした?」
 目を開けて魅月尾は口走った。龍瞳の方を向くと「誰か来るわ」と告げた。
「馬車に乗ってたみたい。龍瞳様に似た、感覚…というかなにかを二人に感じたわ。あと、一人は本当に知らない人」

「客人か…出迎えにでも行くか」
 幟狼はそう言って釣り針を水から揚げ、龍瞳はすべての魚を湖に帰した。



 玄関に行くと外から馬の足音が聞こえた。暫くして扉が開き、二人の門番とあと三人の男女が現れた。
「…っ!」
 一番反応したのは、龍瞳だった。
「と、父さんっ!?母さん!?」
 微笑みを浮かべた男性と少し鋭い龍瞳似の目をした女性。二人を見た龍瞳の口から出た関係性を聞いて、魅月尾と幟狼は少し驚いてもう一度見つめた。

「龍…」
 と言葉を切りだしたのは父親だった。眼鏡の奥ににこやかな目を覗かせ、前髪を上げてはいるが龍瞳と似たような髪型だった。着ている物も龍瞳と似ている。傍らの母親は三つ編みで、服装は西洋風。白いワンピースに茶色い革のベストとブーツを履いていた。
「今回は国王様の役に立てたようだな?
 だが…」
 次の瞬間、龍瞳は彼の突然の手刀を左腕で防いでいた。
「それはたまたま運が良かっただけだ。
 いつまでも家を継がずにギルドなんてやってるからこんな事になってしまうんだ、解っているのか?」
 口調と表情こそ穏やかだが、その行動は穏やかさとはかけ離れていた。
「…解ってるさ、父さん。それでも僕は…」

「あなた、あまり人前でそういうことは良くないわ」

「…そうだね、失礼」

「龍にい!」
 父親が詫びた後、一人の少女が龍瞳を呼んだ。黒髪で右側の髪の毛を上げて髪留めで留めたショートヘア、抑えめの色の花柄の着物を着ていた。
「瑚湖(ココ)…か?」

「うん。久しぶり、龍にい」

「そっか、久しぶりだなぁ瑚湖、大きくなったな」

「龍にい、大変だったねぇ」

「まぁ正確に言えばこれからもっと大変になりそうだけどね」

「そうなんだ。あのね、国王様が『今日は泊まっていってください』って」

「そうか。なら久しぶりにみんなのことも聞いておこうかな」

「うん」

「あ、紹介するよ。僕の友人の幟狼と乎弥、それから…」

「魅月尾です。よろしく」
 魅月尾を龍瞳の父は少し睨んだ。
「君が魅月尾さんか…」

「ええ。そうですけど…」

「此度の事では、君も大変だったようだね?」

「あ、はい…」

「君が人質に取られたとか?」

「…何が言いたいんだ、父さんっ」

 龍瞳は一歩前に出て、睨み返した。しかし魅月尾は彼の腕を掴み、振り向いた龍瞳に首を振った。
「お父様、此度の事で私が人質に取られたのは私の油断の招いた事。そのことで龍瞳様が抗えない状況に陥ったことも、また然り」

「魅月尾…」

「申し訳ございませんでした」
 魅月尾は淡々と頭を下げた。
「おい…」
 龍瞳は戸惑った。彼の父は笑顔を浮かべたままこう言った。
「いや、君を責めている訳じゃない。ただ、君を取り戻し、また王も狙わないという選択を出来なかった我が息子が情けないだけだよ」

「………」
 龍瞳は何も言うことが出来なかった。彼自身、いくら身体能力が魔物並に跳ね上がったとはいえ、別の拭えきれない無力感を感じていた。
「親父殿よぉ…」

「幟狼君…だねぇ、何かな?」

「あんたなら、どうしてたってんだ?」

「僕なら…かい?そうだねぇ…まず自分を死んだことにする。部下の前かどこかで崖からでも落ちて死んだと思わせ、そして魅月尾さんを始末に向かった奴の後を追い、救い出した後に捕らえて国軍に突き出す。
 龍の身体能力を僕が持っていたなら、可能だと思うがね」

「…確かに」
 幟狼は納得させられ、一瞬眉間にシワを寄せた。
「もう、おじさんも難しい話はその辺にしてよ。今日は久しぶりに龍にいと会えてたくさんお話したいんだから…いこ、龍にい」

「え、おい…」
 龍瞳は瑚湖に引っ張られて奥に消えた。その時、魅月尾の口から「あ…」という声が漏れたが、誰の耳にも聞こえることはなかった。


 龍瞳と瑚湖は中庭の青空の下でお茶とお菓子を食べながら、積もった話をしていた。
「で、まぁそれが幟狼との初めての顔合わせだったんだ」

「へぇ、なんかすごい偶然だね」

「…偶然、ねぇ…」

「っていうかさ、なんか幟狼さんと会った時なんか無かったの?」

「何かって?」

「だから〜ほら、『ビビッときた』とか『何かを感じた』とかとか」
 瑚湖は興味津々に聞いた。
「ん〜、あったといえばあったかな…」

「どんな風にどんな風に!?」

「なんつーか、存在感…気配を強く感じたというか…そんな感じ」

「凄い凄いっ、なんか感動」

「な〜に言ってんのさ」
 瑚湖は久しぶりに会えたのが余程嬉しいらしく、ずっとニコニコと笑って龍瞳に話を聞いていた。一方の龍瞳もまんざらでもなかった。彼もやけにテンションの高い瑚湖に半ば呆れながらも、どこか嬉しげだった。
「ほら、あんこ付いてるぞ」
 龍瞳は瑚湖の口元に付いたあんこを指で拭った。瑚湖はその後少し恥ずかしそうに、とても嬉しそうに「ヘヘ…」と笑った。
 その様子を偶々通りかかった魅月尾と幟狼が見ていた。幟狼が魅月尾をふと見ると、彼女の眉間に薄いシワ。
「くく…」
 幟狼はその様子が少しおかしくなって、少し吹き出した。
「どうかしたの?」

「…いや、なんでもねぇ…くくく…」

「?」


 その日、瑚湖は一日中龍瞳にベッタリだった。それが魅月尾にとってあまり面白くないことは当然だっただろう。
 だが、久しぶりの再会を邪魔するのも腰が引け、もどかしい一日となってしまった。
 その気を紛らわせるために魅月尾は龍瞳の母親と行動を共にし、思いがけず昔の龍瞳の話を聞くことが出来た。
「龍はね、幼い時は泣き虫だったのよ」

「え、龍瞳様がですか?とてもそんな風には…」

「でもホントなのよ。昔はよく近所の子たちに泣かされてたわ…
 だけどね、龍が泣かないようになった切っ掛けになる出来事があったの」

「どんなことなんです?」

「まぁ翠蓮に会ったならたぶん少しは想像できると思うけど、あの子は昔から少し男勝りな子でね。龍が泣かされたら、庇ってその子たちと喧嘩しては相手を負かして帰ってくるの。
 でもある日ね、二人が一緒にいる時に翠蓮が仕返しに遭ったのよ。聞いたところによれば相手は木の棒とか武器を持ってたらしくて、さすがにそれじゃあ勝てないわ。相手は男の子だしね?」

「それで、どうなったんですか?」

「翠蓮は龍を逃がそうとして、龍の目の前で一回殴られたらしいの。で、翠蓮の話だと龍は少し立ち尽くしてたらしいんだけど、その後どうしたと思う?」

「どうしたんですか?」
 龍瞳の母は、少し嬉そうに頬笑んだ。
「『お姉ちゃんに手を出すなっ』って叫んで、相手に素手で向かって行ったっていうのよ。で、相手の木の棒を奪い取ってお互いボッコボコ…」

「うわ…」

「でもね、帰ってきた龍の目には涙の跡なんてどこにもなかったわ。それに今でも覚えてるわ……龍の、その時の顔…」

「…どんな顔、だったんですか?」

「…ふふっ………なんていうのかなぁ……男の顔、かな」

「男の顔、ですか…じゃあそれからですか?翠蓮さんの『癖』は…」

「いいえ、龍が生まれた時からよ」

「………」

(筋金入りなんだ…)

「それに瑚湖ちゃんもご執心なのよ」

「えっ…」

「あら〜、失言だったかしら?」

「い、いえ…」
 とは言ったものの内心今まで抱いたことの無いような感情があった。魅月尾は龍瞳が気になってしょうがなく、少しソワソワしているのでそれは龍瞳の母にも丸分かりだった。


 夕飯の時間、このときも龍瞳と瑚湖は一緒だった。しかし龍瞳はふと魅月尾の態度、様子がいつもと少し違うことに気づいた。
「魅月尾、どうかしたのか?」

「え?どうもしないわよ…?」

「…そうか」
 と答え、龍瞳はまた瑚湖と話し始めた。魅月尾はやはり少し不機嫌そうに食事を終わらせた。
「…ごちそうさまでした」

 龍瞳の両親は一室を借り、瑚湖は魅月尾の部屋で寝ることになった。客観的に見ればこれはなんとも…気まずい組み合わせ、である。
「じゃ、お休み。二人とも」

「おやすみ、龍にい」

「おやすみなさい」
 ところが、龍瞳は全く気にもせず二人の部屋の戸を閉めて自室へ入った。
「………」
 魅月尾はどうして良いのか分からず、黙り込むしかなかった。

 しかし、意外にも瑚湖がその沈黙を破ってくれた。
「龍にい、かっこいいよねぇ」

「え、うん…そうね…
 すごく素敵な人…」

「龍にいってね、昔から優しくってみんなから慕われてたんだよ。わたしももちろん大好きなんだ…」

「そうなんだ…」
 平静を装ってそう言っては見たものの、動揺を隠せる訳もなかった。それを知って知らずか瑚湖はこう続けた。
「龍にいもわたしのこと『大好きだよ』って言ってくれるの」

「えっ―」
 魅月尾は一瞬、ほんの一瞬言葉を無くした。
「でもね。でも、龍にいの『大好き』って…わたしの大好きとちがうんだ…

 わたしね、龍にいに助けてもらったことがあるの。盗賊にさらわれたんだ、蓮ねえと一緒に…」
 蓮ねえ。翠蓮のことだとすぐに分かった。そして魅月尾は翠蓮から聞いた話を思い出した。盗賊にさらわれて、怒りに満ちた龍瞳が助けに来たという話…
(あの一緒にさらわれた女の子って…瑚湖ちゃんのことだったんだ…)
 
「聞いたよ、龍瞳様が助けに来たんでしょ?
 翠蓮さんは『まるで別人だった』って言ってたけど…」

「うん。たしかに別人みたいだったけど、それはちゃんと龍にいだった。
 でね、その時なの。大好きの意味が変わったのって…」

「瑚湖ちゃん…」

「でもね、龍にいの大好きは前のままなんだ。
 だから魅月尾さんが羨ましいのっ。二人の『大好き』って同じだから」
 瑚湖は笑って魅月尾の方を向いた。
「………」

「だから、今日くらい龍にい借りたってバチ当たらないよね?」

「…うん。むしろ私が罰当たりかも………」

「ううん、だって好きな人が別の女性(ひと)と楽しそうにしててヤキモチ妬くのって自然だと思う」

「えっ、ヤキモチ…?」
 魅月尾は自分の気持ちがヤキモチだったと分かって少し驚いた。そしてこれがヤキモチなんだと分かって、少し嬉しくなった。
「そう。だってバレバレなんだもん。
 …それでも龍にい気づかないからビックリ………そこがまた良いんだけど…」

「うふふ…そうね」



 そんな話をしていた彼女らが眠る頃、龍瞳は一人外に出ていた。まるで黒い布にあいた穴に外の光が差し込んでいるような、そんな星空を彼は湖の畔で見上げた。
「はぁ…」とひとつのため息が彼の口から漏れ出た。

「何だよ父さん、説教なら今は勘弁してもらいたいけど?」
 龍瞳がそう言うと、彼の後ろの壁の角から父が姿を現した。
「さすがに気配は分かるようになったか…安心しろ、説教しに来たんじゃない。
 …魅月尾さんのことだ」

「………」
 龍瞳はその次の父親の話の内容がなんなのかを推測することさえ出来なかった。
「なかなか、良い子じゃないか」

「えっ…」
 龍瞳は父親の口から出た言葉に一瞬耳を疑った。
「驚くことは無いだろう?
 お前が愛している女だ。これでも私はお前が良い者と悪い者を見分けることは出来ると思っている」
 父は龍と同じく湖の淵まで歩み寄った。
「いいや、出来てねぇよ。だからこうして此処にいる…」

「いいや、出来ていたからこそ幟狼くんたちも此処にいる。そして国王陛下も魅月尾さんも生きている」

「………」
 龍瞳は父の言葉に笑みを零した。
「まあ良い策を思いつきはしなかったようだが?」

「………」
 眉間に皺が寄った。
「ところで、幟狼くんはなかなか見所のある子だね。さすがは長なだけあって、己の義を強く持っている」

「ああ。幟狼はそう言う男さ…」

「龍…お前の義は何だ?」
 父は息子を見てそう問う。
「…僕の義…僕の義は…」
 そこまで言って、龍は左にいた父に向きこう言った。

「…守ること

 少なくとも…僕が大切だと思っている人だけは…絶対に守り抜く。守ってみせる…」

「何をしても、どうなっても、か?」
 この父の問いに龍瞳は「ああ」とだけ答えた。
 父は少し目を閉じていたが、屋敷に向かって歩き出した。
「やはり…まだ分かっていない。未熟だな…」

「え?」

「それがお前の『義』だというなら、それは大きな勘違いだ…」

「……どういうことだよ…」
 龍瞳には訳が分からなかった。
「龍、どういう事かは自分で気づかなければ意味がない。
 それから、魅月尾さんがお前に『さま』をつけて呼んでいると、いつまでも進展はないぞ?」
 父は立ち止まり、振り向いて言った。
「…お節介だな…」
 流動は苦笑いをしながら言った。
「そうか…
 それから…やはり姓は明かしていないのか?」

「ああ。僕はまだ…家業を継ぐ気はない」
 龍瞳が目をそらしてそう言うと、父はそのまま無言で屋敷へ入っていった。



「じゃあね、龍にい。元気でね…」

「ああ。またその内会いに行くよ。みんなにもよろしく」

「うん」
 瑚湖がまず馬車に乗り込み、その後から両親も乗り込んだ。
「龍、たまには連絡しなさいよ?」

「わかってるよ、母さん」

「魅月尾さん、龍をお願いね」

「はい」

「幟狼君、息子とをよろしくたのむよ」

「はい…え?娘?娘………あ〜、はい。任せてください」
 魅月尾はその会話を聞いて、瑚湖の顔を見た。すると、瑚湖は笑顔で返し、魅月尾は顔を赤くした。 
 やがて馬車の戸が閉まり進み出すと、やがて影は小さくなった。

 屋敷に戻ろうとした時、龍瞳が魅月尾を呼び止めた。
「…なぁ魅月尾…」

「…なんです、龍瞳様」

「あ〜、その『様』っていうの付けずに呼んでくれるか?」

「え?」

「その方が…なんていうか、近いから…かな」

「はい、えっと…龍瞳…」

「…行くか、魅月尾」

「…はい」





 〜八日後〜
 カモメが四人の頭上を飛び交い、マストに止まっては羽を休めた。潮風が肌を撫で、水平線には大陸の淵が見えていた。
 昨日、四人は軟禁の期日を終えた。そして子暁の用意した船で、貿易品とともに大陸に帰る事になったのである。出発したのが夕方であったために船上で一泊をすることになり、あと一時間半ほどで大陸の大地を踏むことが出来る。
「龍瞳、一旦自宅に寄る?」
 さて、音声が無いので誰の言葉か分からないだろうが、今のセリフは魅月尾の言葉である。
 魅月尾が龍瞳に様を付けずに呼ぶようになってから、少し口調は変わった。というよりは相応しくなったのだ。しかし、振る舞いや他に対する丁寧さは変わらなかった。
 凶暴だと思われがちの妖狐であっても、その性格にはやはり個人差というものがある。稲荷との決定的な違いは、『誘う』か『行く』かの違いだろう。
「ああ。あと色々寄りたいところもあるんだ」

「分かったわ。二人はどうするの?」

「俺たちはそのまま仲間のところへ戻る」

「そうか。
 …昨日の子暁の話、だな?」

「はい」


 子暁は港に向かう馬車の中、龍瞳たちに判明したことを幾つか話していた。
「…二週間前、あなた方に駆逐していただいた者たちの事ですが、彼らは全員金で雇われた傭兵でした。武器は彼らの持ってきた物もありましたが、あの『50ミリ口径砲』だけは雇い主が所定していた場所に秘密裏に輸入された物だったようです…」

「輸入…?そうか、やっぱり。
 で雇い主ってのは?」

「彼らの雇い主は、策科でした」

「何だって?」

「しかし、策科意外にも雇い主はいるようです」

「つまり、グルがいると?」

「はい。複数人いる、と今我々は考えていますが彼らの目的が何なのか、つかめていません」

「じゃあ、そのグルってのが誰なのか、分かり次第連絡して欲しいと?」

「ええ、それもありますが…。気を付けてください、おそらく策科の事は他の者にも伝わっているでしょうし、あなた方のこともまた。共犯がこのジパングの島だけとは限りません、大陸でも何らかの工作、襲撃を受ける可能性は十分にあります」

 子暁はそう言って俯いた。龍瞳は子暁の方に手を置いて、
「大丈夫さ、僕たちは。心配してくれるのは嬉しいけど、子暁がそんな顔してるのは良くない。
 この面子なら、怪我はしても死にはしないって。な?」
 と子暁に言った。
 子暁は四人を見回して、安心したような呆れたようなため息を吐いた。
「そうですね。すみませんでした」
 そして、馬車は港の見える海岸沿いの道を駆けたのである。


 幟狼は船のヘリにもたれかかって、
「仲間たちにも出来るだけ協力してもらう。何か分かったら二人にも伝えるから」
 と言うとニヤッと笑った。


 やがて船は大陸の港に停泊した。
 幟狼たちとは港の出口で分かれ、龍瞳と魅月尾は町に立ち寄った。
 相変わらずの活気、見慣れた風景ではあった。しかし、立った二週間でも十分懐かしく感じた。
「まず、家に行こう」

「ええ」
 家に入ると龍瞳は自分の服と札のストック、何巻かの巻物と少々の日用品を風呂敷に詰めた。そして他の物を別の風呂敷に詰め、「よし」と言った。掛けてあった羽織を纏うと龍瞳はその緑と藍の風呂敷を担ぎ、魅月尾を連れ家を後にした。

 次に彼が向かったのは万屋、日用品を売買している店だ。
「すまない、これを買い取ってもらいたいんだけど」
 品物を整理していた店主に藍色の風呂敷を差し出した。
「では中身を拝見させていただきます
 ………なかなか状態もいいですねぇ。ではこれでいかがでしょう?」
 店主は懐から銀貨十枚が束になった物を八つ取り出した。
「十分だ、ありがとう」
 銀貨を受け取り龍瞳は万屋を出ると、今度はあの酒場に向かった。

 酒場に入ると、店主が龍瞳に気づき驚いて声を掛けた。
「ダンナぁ!
 久しく顔を見せないからどうしたのかと思いましたよっ」

「ああ、ちょっとな。えっと…」
 龍瞳は店内を見回し始めた。そして、誰かを見つけると、近寄って話しかけた。
「大家さん」
 その男性を龍瞳はそう呼んだ。
「なんだ、龍瞳さんじゃないか。どうした?」

「実は、借り家を出るんで手続きをしようと思って」

「そうかい。じゃ、この解約書に名前か花押を記入してくれ」
 パッと取り出した一枚の紙に龍瞳は崩した字で『龍』の一文字を書いた。
「まぁ、どこに行くかは知らねぇが、達者でやれよ」

「ああ。といってもたまに此処には顔を出すだろうけど…」

「なんだ、ダンナぁ。町を出るんですかい?」

「ああ。まあここは今まで通り贔屓(ひいき)にさせてもらうけどな」

「承知しました。今依頼が幾つかあるんで、またいらしてくだせぇ」

「そうするよ」

 龍瞳は酒場の外に出た。
「龍瞳、町を出るの?」

「ああ。魅月尾、また隣の部屋使わせてもらって良いか?」

「…はいっ」
 魅月尾はとても嬉しそうに笑って返事をした。

 二人は町を出ると、龍瞳が荷物から一巻の巻物を取り出した。
 巻物にはびっしりと文字が書かれており、一まとまりと思える文章らしき物の間に円とその中に獣の名前が書かれていた。
「“警鐘 狼煙 千里眼  飛ぶ者よ、大空舞いて厄を教えよ”」
 呪文を唱えた龍瞳は『鳥』の字の上に右手を押し当てた。手を離すと文字が巻物から浮き上がったかと思うと立体的に膨れ上がり、鷹くらいの大きさの鳥の形になり数回羽ばたいた。

「式神ね?」

「ああ。母さんに譲ってもらったんだ」

「でも、式神ってそうあるものじゃないでしょ?それも七種類も…」

「まぁ、色々あるんだよ」
 龍瞳はそう言うと、荷物の入った風呂敷をその鳥に持たせて飛ばした。鳥は三倍もある大きさの荷物を軽々持ち上げ飛んでいった。それを見送ると、龍瞳は魅月尾を見てにっこりと笑った。
「行こうか」

「うん」



 魅月尾の家まではあともう少し道を行き、森を抜けるだけというところに二人はいた。何も言葉は交わしてはいなかったが、二人ともどこか楽しげであり嬉しげな雰囲気だった。
 その時、魅月尾がハッとして立ち止まり、回りを警戒した。
「っ!
 囲まれているのか?!」

「ええ。道の両側、感知範囲ギリギリに四、五人ずつ…ごめんなさい、木に紛れて分からなかった」

「大丈夫、凌げる人数だか―」
 言葉を遮り銃声が響いた。放たれたと思しき銃弾を一瞬視覚に捉え、反射的に魅月尾を庇って伏せた。そしてゆっくりと低い体勢へと起きあがり、回りを睨んだ。
「…前言撤回、結構マズい…」
 龍瞳は気づいた。いや、気づかないことはなかった。弾速が明らかに違った、明らかに策科の銃弾よりも早かった。今の動体視力でも捉えるのは困難なほどに。
「………、こっちだっ!」
 龍瞳は魅月尾の手を引いて森の中に逃げ込んだ。
「えぇいっ!」

「ぐあっ―」
「あがっ―」
 龍瞳は視界に捉えた、その手に銃を持った二人を脇差し『貴太夫(きだゆう)』による素早い太刀筋でその銃を持った腕を斬りつけ、二人の間を駆け抜けた。

「散って逃げよう、平気だな?」

「ええ」
 二人は二手に分かれた。
 龍瞳は木の上に跳び登り、枝を飛び移りながら逃げた。隙を見つけては持ってきた呪札を飛ばし、二人の足を止めた。ギリギリ避けられるほどの弾速だが、装弾数が四発と少ない事が幸いだった。
 一方魅月尾は変化を解き、魔物の姿となって逃げまわった。妖狐だけあって、本当に狐のようなしなやかで素早い動きで銃弾を避けていた。森の木々は彼女の盾となり、敵方にとっての壁となった。

 ガチャッ…

 龍瞳は貴太夫で辺りの裸になった木の枝を斬り落とし、追っ手の足を止めた。その上で札を投げ、完全に動きを止めた。
 魅月尾も狐火を出し、追っ手に向けて飛ばした。目前まで来た狐火は激しい光を伴って弾け消えた。
「うわっ―」
「くっ―」

ジャララララ…

 視覚を奪うことに成功した魅月尾は一瞬動きを止めた。
 魅月尾の方を見た龍瞳は、彼女の奥に彼女を狙う男を見つけた。そして、その手に持った武器を。
(あれはっ―)
 円状に銃身の付けられた三脚に乗った武器、連なった銃弾が側面から垂れている。
「魅月尾っ―!」
 声に反応し、その男の方向を向いた魅月尾だったが、一瞬後に放たれた銃弾は数十発。弾速もとても早く、避けられなかった。

「きゃっ―!」
 魅月尾は突如突き飛ばされ、その目に見たのは龍瞳の体を銃弾が貫き、血飛沫が散る光景だった。
 その場に倒れる龍瞳。血が池のように流れ出ていた。

「龍瞳…龍瞳ぉーーっ!」

 悲痛な叫びを上げ魅月尾は龍瞳の体にすがり付いたが、彼女をまた凶器の銃口が狙っていた。


10/12/10 16:51更新 / アバロンU世
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■作者メッセージ
更新の間隔が長くなってしまいました。
父さん、ウチのもこんなだったらなぁ…

あと今回はシリアスに、悲劇チックにしてみました。

まぁ乞うご期待って事で、楽しんで頂けたら嬉しいです。

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