囚われの夜顔 〜企み〜
「はあッ!」
「てあッ!」
『キンッ―』金属同士の衝突音。そして木から離れ落ちた木の葉が真っ二つに斬り裂かれた。
『カッカッ―』木と木の当たる音。黒く長い髪の男が下駄を履いた足で、太い木の枝の上に立った。
「くっ…龍の目がこれほどとは…」
「あまり僕を嘗めない方がいい、今は己の誇示じゃなく警告として言えるようになった。
…君は西の方で有名な殺し屋だろ?」
「ああ、ご存じとはね。嬉しいよ。
…なら知ってるよな、みんな首落とされて死んでるってのはよおぉっ!」
殺し屋は投げナイフを龍瞳に向かって二本投げたが、それは彼の身体のどこにも当たるような軌道ではなかった。ナイフは一直線に彼の首の両脇に向かって飛んでいた。
龍瞳が避ける動作をしないと見るや、殺し屋はにやりと笑った。
そしてナイフが彼の首の真横を通り過ぎる寸前に龍瞳は後ろへ跳び、ほぼ直立で真下へ着地した。
ナイフは当然そのまま飛び続け、龍瞳の後ろの木の枝の両脇を通り過ぎた。
その瞬間、枝は真一文字に切り落とされた。一見すると何も枝には触れてないが、実際は違う。
「貴様…寸前で気付いてかわしたというのか?!」
「いや、君がナイフを投げた時に分かったよ。ナイフとナイフの間に糸が張られているのがね…」
「馬鹿なッ!髪の毛ほどの透明な糸だぞ、見えるわけが―」
「見えるんだよ、僕には」
「ならば、なぜすぐに避けない?」
「すると君は次の手を打とうとするだろ?
寸前まで避けない方が、君は油断して対応が遅くなる」
「…そうか…だったらこんな話してんじゃなかったなあぁっ!」
殺し屋はナイフを抜くと龍瞳に向かって襲いかかった。しかし、依然として不動のままの龍瞳の寸前で、殺し屋は一瞬動きを止め倒れた。
「貴…様…な、にを…」
「『封じ』の呪札さ。上手く引っかかってくれて助かったよ」
「く…そ…」
「ふぅ…」
(殺し屋の撃退。
この依頼請けたはいいが…依頼主が分からないのが気になるな…)
この依頼を請けたのは先日のことだ。いつもの様に酒場へ行くと、入れ違いでフード付きのマントを来て、フードを深く被った人物に擦れ違った。
特に気にもしないで酒場へ入り、いつものように「依頼はないか?」と店主へ訊いた。
「ああ、龍のダンナ…今し方あったところですよ。ほら、今ダンナが擦れ違った方がその依頼主なんですけれどね?
それが妙なんですよ、顔も見せず声も発しねぇで依頼内容を書いたメモだけ残して、報酬の金だけ置いて行っちまったんでさぁ」
「そう、確かに妙だな…で、どんな依頼なんだ?」
「メモには明日の昼、ここから北西に二キロの森にいる殺し屋の撃退。報酬は金貨5枚
…これだけだ」
「そうか。まぁ請けてみるよ」
「そうですか?じゃあくれぐれも…」
「ああ」
そして今に至るのだ。殺し屋は何者かに『龍瞳を倒せばその辺りで名が挙げられる』とふきこまれていたらしい。
龍瞳は気絶した殺し屋を縄で縛り手近な木へ結びつけ、そのまま森を駆け抜け、町へと戻った。そして保安の詰め所へ立ち寄り殺し屋の回収を頼んだ。
龍瞳はその足で酒場へ立ち寄り依頼料を受け取った。
「どうでした?」
「まぁ、それなりに名の通った殺し屋みたいだったからいい腕だったけどね。 ただ…殺し屋もそこに嗾(けしか)けた奴の顔は見ていないらしい…」
「そうですか…
まあ、何にしても依頼をこなしたんだから依頼料をどうぞ」
「ああ。ありがと」
「それじゃお気を付けて」
龍瞳は店主に見送られて店の外に出た。少し歩いたところで男に呼び止められた。
「龍瞳さんですね?」
「…ええ、そうですが…?」
「少しこちらへいらして頂けませんか?」
「…分かりました」
龍瞳はその口髭を生やした男を少しじっと見つめてから承諾した。外見は白髪は殆ど無いが、目尻には小じわもあり雰囲気としては四十は越えているだろうと見受けられた。
その男の後に付いて行くと、あまり人気のない路地裏に着いた。
「さて、龍瞳さん。依頼を頼みたいのですが…」
「その前に、まだ名前を伺っていません。それに依頼ならギルドに依頼を出せばいいでしょう?」
「失礼。私はジパング本土、火ノ国より参りました策科(サクシナ)と申します。
この依頼…火ノ国に大きく関わることですので、公に出すわけには行かないのです」
「…何故僕に?」
「あなたのお噂はかねがね…相当の腕が立つとか。調べさせていただきましたが、然るべき所にあったなら相当の位になられていてもおかしくはない」
策科は鼻の下に生やした立派な口髭を指で撫でながら言った。
「お膳立てはそのくらいにして、依頼っていうのは?」
「…ここでも誰かに訊かれかねません…ここでは、と言うべきですね。
ですので、本国へ出向いては頂けませんか?」
「海を渡って欲しい、と?」
「はい。突然のお願いで申し訳ありませんが、なにも今すぐとは言いません。ですが何分急を要するので…」
「わかりました。依頼を請けさせていただきます」
「誠ですか?!ああ、有り難いことこの上ありませんっ」
策科は笑みを浮かべて、喜びの意を表した。
「ですが、明日の晩まではせめて待っていただきたい。準備が色々」
「ええ、ええ、構いませんとも。明日の昼には船を用意させておきますので、港までいらしてくださいますか?」
「ではそこで合流で良いんですね?」
「はい」
「分かりました。じゃあ、今日はここで」
「はい、それでは」
龍瞳は策科と別れた後、町をでた。そして、魅月尾の家に向かった。
「龍瞳様、いらっしゃい」
「魅月尾、突然だけど明日ジパングの火ノ国に行くことになったよ」
龍瞳は下駄を脱ぎながら言った。
「そう、依頼で?」
「ああ、それも火ノ国に関わることだそうだから詳しくは言えないみたいだ。だから、まだ内容は知らされていないけど…」
龍瞳はいつもの一番東側の部屋に向かい、魅月尾はその後を付いていった。
「では、いつもとは訳が違うという事ね?」
「みたいだ。僕はこれからケンブランへ行く。今夜はここに泊まって明後日そのまま海を渡るよ」
「ケンブランへ?」
部屋に入る時に龍瞳は、そう聞き返した魅月尾を横目で見つめ頷いた。
「そう、夕飯はどうするの?」
「こっちで食べるよ。で、彼女はいる?」
「ええ、そこに」
龍瞳は北側の障子を開けて縁側に出た。
「フィラ」
彼はそう誰かの名を呼んだ。すると柵の向こうに人影が現れた。それは灰色の髪の毛と体毛があり、鋭い爪と黄色く輝く目をもち、そして特徴的な耳と尾があった。胸と腰回りには布きれを巻いている。
「何かようか?」
ワーウルフのフィラは『十六夜の銀狼』のメンバーで、彼らとの連絡役として幟狼が寄越したのだ。「なにかあったフィラに伝言を頼んでくれ、会う場所か用件を短くな」だそうだ。
ちなみに、十六夜の銀狼はその五分の二がワーウルフだ。元からの者もいれば、元人間という者もいるらしい。殆どが幟狼に負かされ、ボスと認めている。残りの少数は幟狼の仲間の連れだ。
「フィラ、近くに人の気配はあるか?」
「いや、それを聞くなら魅月尾に訊く方がいい。匂いならしていない」
「そうか…フィラ、幟狼に『ケンブラン、西の喫茶店、三時』そう伝えてくれ」
「『ケンブラン、西の喫茶店、三時』だな?」
「ああ」
「わかった」
フィラはそう言って森へ消えた。
「僕も行くよ」
「はい…じゃぁ…その、今夜は…」
「…分かってるよ」
魅月尾は顔を赤くし、龍瞳は彼女の頭を撫でた。
龍瞳がケンブランのカフェに入ると、そこには既に幟狼が席についてコーヒーを飲んでいた。
「おう、こっちじゃ」
「一ヶ月ぶりだな、幟狼」
「そうだな。で、どんな用なんだ?」
「明日のジパングに行くことになったんだけど、幾つか用事を頼みたくてな」
「用事?」
「ああ、詳しくはここに書いてある」
龍瞳はそう言うと一枚の小さな長方形の紙を取り出した。そこには大きめの字で文字が書かれていて、そこには次の通りに書かれていた。
『写真を渡
して白い
紙を貰う
十枚に部
分けして
後はマン
トのすそ
に隠して
確認する』
「…これが用事、か?」
「ああ、渡すのはやっと字の読めるようになった子供だ。始まりから左の道を下って、右に曲がったらいい」
龍瞳はそう言いながら瞬きを二回した。
「それだけか?」
「ああ。つまらないことで呼び出して悪かったな」
「いいや…」
「それじゃあ、そろそろ行くよ」
「ああ」
「ただいま〜」
「龍瞳様…夕食の準備は出来てるけど…」
龍瞳を出迎えた魅月尾はそう言って、廊下に上がって部屋に向かおうとする龍瞳の後ろから抱きついた。
「魅月尾?」
「…我慢できない………ね?」
「…わかったよ、しょうがないな…君は」
二人は部屋に入ると互いの着物の帯に手をかけ、帯を解き服を脱いだ。
「あぁンッ…」
龍瞳が、抱きしめた魅月尾の背中を指でそっとスゥーとなぞった。それに応えるように魅月尾の尻尾がピンッとなり、無意識に背中が仰け反る。
龍瞳は左手で魅月尾の頭を引き寄せキスをすると、右手の中指で彼女の秘部を愛撫する。
「んッ…んンッ…んッ…んッ」
魅月尾は頭を左手で押さえられているため、腰を少ししか引けずその愛撫から逃れる術はない。刺激されるたびに足の力が抜けていき、周りの筋肉がビクンッと動く。
クチュクチュと音が大きくなり、足はガクガクで、魅月尾は自分で立っているのが困難になった。彼女は龍瞳を強く抱きしめ、支えにしていた。
「んん〜っ!…ンッ…んんッ、んふぅ〜ッ、んッ、んンッ〜〜!」
ついにくぐもった声を悲鳴を上げ、彼女は大きく震えた。そして、するすると滑る用にその場に座り込んだ。
「はぁ…ハァ…」
「まだ終わりじゃないだろ?」
魅月尾はムッとしたように龍瞳を見上げ、彼の腰を抱きしめて押し倒した。
「うわっ!」
「…当たり前じゃないっ」
魅月尾はそう言うと龍瞳のズボンを下ろし、男根を握って亀頭を口に含んだ。
「うあっ…!」
亀頭を魅月尾の下が這い、手が上下にそれを扱く。亀頭冠を舌先がなめ回し、亀頭を吸い上げた。
魅月尾は口からそれを離し、男根の尿道の筋に沿って下を這わせる。そしてほっぺの真っ赤な顔を龍瞳の顔に近づけ、自分の秘部に男根を挿入した。
「あぁンッ…」
その途端、龍瞳は魅月尾を押し返して正常位の格好になった。そして龍瞳は有無を言わせず腰をピストン運動させ、魅月尾の膣の腹側を龍瞳の男根が刺激する。
「あんッ!あッ!やぁッ!ダメッ!激しッ…!」
「…その方が、好きなんだろ?」
魅月尾はその言葉に何回も頷き、龍瞳は彼女の胸にしゃぶり付いた。
「あぁンッ!あッ!ンあッ!イッちゃう、イッちゃうぅッ!」
魅月尾は背中を丸めて腹筋を振るわせ、膣を波をつけて締めた。
「じゃあ…僕の番…うッ!」
尿道を駆け抜け、精がたっぷりと注がれた。魅月尾はそれを感じて、幸せそうな笑みを浮かべつつもぼぅっとした表情を浮かべた。
「…どれくらいで帰れそうなの?」
「さぁ…内容を聞かないと…」
龍瞳の腕に抱かれて魅月尾は寂しそうに訊いた。布団の中で魅月尾の足と尻尾が龍瞳に絡まる。
「なるべく早く帰ってきてね…」
「ああ、わかってるよ」
「…帰ってきたら…今日より激しく…ね」
「…たぶん、どうしたって優しくは無理だろうからね」
龍瞳は苦笑いしながらそう言い、やがて夜は更けていった。
翌日の昼、龍瞳は馴染みの店で魔具を買い揃えて港町までの五キロの道の途中にいた。
やがて前方に海と港町が見始め、船が何隻が停泊しているのが分かった。港町は、やはり活気があり物資の積み込みや荷下ろしが盛んに行われているようだった。
幾つかある桟橋には帆を畳んだ大型船、中型船が停泊していて、ほかにも湿ドックには何隻かの船が入渠していて、貨物の積み込みや整備か行われていた。
「龍瞳殿」
「あ、策科さん」
「船はもう一時間ほどで出られます。船の中でお待ちになられてください」
「はい」
その時龍瞳はふと積み込み作業をしている方を見た。丁度長方形の木箱が積み込まれるところだった。
(ん…?)
箱の中から白い布のような物が蓋に挟まれてはみ出している。
「あれは反物ですか?」
「ん…ああ、ええそうです。珍しい反物が手に入ったもので…」
「…そうですか」
「では案内します。これ、客人を案内して差し上げろ」
策科は近くにいた部下にそう命じ、龍瞳は船室へと通された。ベッドと窓があるだけのシンプルな部屋だ、龍瞳は早速ベッドに寝そべった。
ベッドの横にある窓から空をぼぅっと眺めていた。すると、船が揺れ始め波の音が近くなったような気がした。
窓から見える景色はすこしずつ動き、船が出渠した事が分かった。コンコンッとドアがノックされた。
「策科ですが、船が出港いたしました。火ノ国には一日で着ける予定です」
「分かりました」
「では」
船の上で一泊し、翌日の昼頃にジパングの港に着いた。
見慣れているのはあの町がジパングと西洋の文化が混じっているからでも、仕事で訪れていたからでもない。実は龍瞳の出身がこのジパングだからなのである。
生まれはこの火ノ国で、四歳から隣の水ノ国で二年間を過ごして海を渡り今の町に住むことになる。彼の両親と親類はジパングの各国に散らばって住んでいるのだ。
龍瞳は船から降り、一度周りを見渡した。こちらでも港はやはり活気がある。
「龍瞳殿、こちらへ」
龍瞳は策科と共に馬車に乗り、港町を出発した。そして揺られること一時間、龍瞳は城下町に到着したのだ。
馬車は城下町へ入ると大通りを進み、大きな屋敷の前で停まった。そこは策科の屋敷だった。
「策科さん、あなたは一体?」
「ここでなら良いでしょう…
私は火ノ国第十代国王補佐、大臣 策科である」
「…その大臣が僕に依頼ですか?」
「ええ、まぁ中へ…」
策科に続いて龍瞳は門をくぐった。石畳の上を歩き屋敷の中へ入った龍瞳はある一室へ通された。
「さて…」
策科はそう言って振り返った。それを合図にするかのように突然部屋の三方向の襖が勢いよく開き、そこには大勢の刀を持った策科の部下と思しき男たちがおり、後ろの縁側と庭にも部下たちが刀を持っている。つまり、龍瞳は取り囲まれたのだ。
「…どういうことです?」
「龍の目…か。大層な名を貰ったな…君の力は見せて頂いたよ、あの殺し屋との一戦でな」
「あの殺し屋はあなたが…?」
「そう、君の力を見せて貰うための…そう、デモンストレーションというのだったか?
さすがだよ、噂に似合うものだった。しかし君とてこの人数を相手にするのは骨が折れるだろう。それに、たとえこの人数を相手に勝てたとしても君は私に逆らえんのだよ…」
策科は口角を上げてそう言った。
「どういうことだ…?」
「調べは付いている。君はある女の元へ頻繁に通っているな…森の中の家へ」
「っ!」
「知っているぞ…君のその人間離れした力は彼女のせいだろう、ん?」
「………」
「妖狐、か………彼女は今…このジパングの火ノ国にいるのだよ」
「なにっ!?」
「信じられんという顔だな…無理もない。
彼女は昨日、君が出かけた後で外出したところをご招待したのだ…少々手荒だったがな」
「彼女は今どうしているっ!?」
策科の後ろから額が綺麗に装飾された丸い鏡が部下によって運ばれてきた。
「コレを見たまえ」
「なっ…!」
その鏡は周りの風景を映すことをやめ、全く別の物を映し出していた。
「魅月尾っ!」
「そうか、彼女はミヅキオというのか…」
鏡の中には石造りの部屋、恐らく牢かどこかだろう。そこに鎖で両腕を広げて壁に足の着く高さに吊され、前のめり気味でぐったりしている魅月尾が映されていた。
そして思った。昨日出港の前に目にした箱から出ていた白い布。それは今魅月尾が来ている夜顔の模様の一部だったのだと。
「魅月尾に何をしたっ…!?」
「体には何も…ただ、心の方に少しね…」
「なんだと…」
「彼女にね…少し幻を見せているんだよ。君が目の前でズタズタになって死ぬところをね…!」
「貴様ぁっ…!」
「するとねぇ、彼女は悲鳴を上げて涙を流したよ。その時は一回だけ、幻だと気づけたがね…
これを続けると彼女はどうなるか、想像は付くだろう」
もしもそのようなことを魅月尾に続けた場合、人間と大差ない精神世界は崩壊を起こすのは目に見えた。
つまり、今人質は彼女の心なのだ。身体は生きていても心が死んでしまうほど悲しく残酷なことはない。
「…それで…僕に何をさせようって言うんだ…」
「…なぁに、簡単だよ。第十代国王を殺してくれればいいのだ」
「なにっ!」
「そうしてくれれば、次の国王は私の身内から出ることになるのだ。つまり、この国は私のものも同然。
どのような手段を使ってくれても構わんがね、下手なことはしないことだ。監視を付けている故、君が何かしようものなら彼女がどうなるか…分かっているな?」
(僕に選択の余地はない訳か…くそ…)
「…わかった」
「そうかね!では付いてくるがいい、殺す相手を見ておきたいだろう?」
「………」
龍瞳は数人の男に囲まれながら策科の後を付いていった。
馬車に乗り、城下町を進んで到着したのは火ノ国の城だった。高くそびえるジパング様式の外観の赤い屋根の城。高い城壁と大勢の警備兵が城を囲み、中で何か起きようものなら飛んで駆けつけるだろう。
龍瞳と策科たちは城の門へと進み、門番に策科が話しかけた。
「これ、王に面会を申し入れる」
「分かりました、策科様。王は今玉座に御座います」
「ふむ、ご苦労」
大きな城門に設けられた扉が開けられ、策科と龍瞳は中へ入った。石段を登り城の中へはいると、そこは壁が赤く、同じく赤く丸い支柱が幾つも天井を支えていた。
城の通路は人が横に二十人並んでも余裕そうなほど広く、通路の奥に螺旋階段が姿を現した。
螺旋階段は一階層ごとに踊り場があり、東西に通路が延びていた。
玉座はその最上階にあり、階にして十階上へ登らなければならなかった。龍瞳と策科はその階段を最上階まで上り、通路を東へ進んだ。
その通路は壁に彫刻が為され、天井と床には複雑な模様が描かれていた。
「国王様」
「おお、策科ではないか!」
国王の姿を見て龍瞳は驚いた。まだ子供だ、見た目にして十二、三の子供が玉座に堂々と座っている。
髪の毛は長く少し茶色気を帯びていて、紫に縁取られた赤い服と烏帽子の様な冠を被っている。まだ顔に幼さが残っているが、その言葉使いと態度は王族らしく堂々としていた。
「この度の大陸への渡航、ご苦労であった。して、成果は?」
「はい、いつもと同じく…」
「そうか。それは良かった。して、策科よ。そちらの者は?」
「こちらの者は向こうで名のある剣士でございます。こちらに『仕事』でくるというので船に同乗させまして、是非国王様にご紹介したいと連れて参った次第に御座います」
「あ…初めてお目にかかります、僕は龍瞳。大陸でギルドを生業にしている者です」
「そうですか。火ノ国の王がこのような幼少の身で驚いているでしょう?
ははは…図星のようですね。ですが、前国王である父の側で国の治め方は学んだつもりですから、ご心配なく」
「い、いえ…心配などしてはいません。少し驚いただけで…ご無礼を」
「よいのです。
して策科、これからも貿易と外交はそなたに一任します。今日はこれだけであるなら下がってよろしい。
龍瞳殿、またお会いできる事をたのしみにしています」
「あ、有り難う御座います…」
「では国王様、我々はこれにて」
「ええ」
龍瞳と策科は玉座の間をあとにした。
「…ずいぶん信頼されているようだな…」
「だからこそ、好都合なのだ…」
(…こいつっ…)
「龍瞳よ、期限は今日から三日の間だ。それ以上は彼女の事は保証しない」
「わかった…」
「ならば、用意した宿で休みつつ策を練るがいい」
龍瞳は馬車で宿に送られた。
龍瞳は部屋に入って壁に寄り掛かって頭を抱えていた。見張りが一人同室している。
(くそっ…なんでこうなる………あんな少年を、しかも国王である彼を殺せだと…だが、やらなければ魅月尾は…)
苦悩の中で、龍瞳は大きく深呼吸をした。そして、こんな時のための策を自分に思い出させた。
(そうだ…僕には…)
龍瞳は窓から外を見た。外には見張りが三人いて、廊下に五人、室内に一人いる。廊下の五人の内の一人と部屋の一人は定刻で交代する手筈のようだった。一人にでも何かすれば絶対に気付かれる。彼はこの状況で何をしようと言うのか。
龍瞳は静かに見張りを睨んだ。
「てあッ!」
『キンッ―』金属同士の衝突音。そして木から離れ落ちた木の葉が真っ二つに斬り裂かれた。
『カッカッ―』木と木の当たる音。黒く長い髪の男が下駄を履いた足で、太い木の枝の上に立った。
「くっ…龍の目がこれほどとは…」
「あまり僕を嘗めない方がいい、今は己の誇示じゃなく警告として言えるようになった。
…君は西の方で有名な殺し屋だろ?」
「ああ、ご存じとはね。嬉しいよ。
…なら知ってるよな、みんな首落とされて死んでるってのはよおぉっ!」
殺し屋は投げナイフを龍瞳に向かって二本投げたが、それは彼の身体のどこにも当たるような軌道ではなかった。ナイフは一直線に彼の首の両脇に向かって飛んでいた。
龍瞳が避ける動作をしないと見るや、殺し屋はにやりと笑った。
そしてナイフが彼の首の真横を通り過ぎる寸前に龍瞳は後ろへ跳び、ほぼ直立で真下へ着地した。
ナイフは当然そのまま飛び続け、龍瞳の後ろの木の枝の両脇を通り過ぎた。
その瞬間、枝は真一文字に切り落とされた。一見すると何も枝には触れてないが、実際は違う。
「貴様…寸前で気付いてかわしたというのか?!」
「いや、君がナイフを投げた時に分かったよ。ナイフとナイフの間に糸が張られているのがね…」
「馬鹿なッ!髪の毛ほどの透明な糸だぞ、見えるわけが―」
「見えるんだよ、僕には」
「ならば、なぜすぐに避けない?」
「すると君は次の手を打とうとするだろ?
寸前まで避けない方が、君は油断して対応が遅くなる」
「…そうか…だったらこんな話してんじゃなかったなあぁっ!」
殺し屋はナイフを抜くと龍瞳に向かって襲いかかった。しかし、依然として不動のままの龍瞳の寸前で、殺し屋は一瞬動きを止め倒れた。
「貴…様…な、にを…」
「『封じ』の呪札さ。上手く引っかかってくれて助かったよ」
「く…そ…」
「ふぅ…」
(殺し屋の撃退。
この依頼請けたはいいが…依頼主が分からないのが気になるな…)
この依頼を請けたのは先日のことだ。いつもの様に酒場へ行くと、入れ違いでフード付きのマントを来て、フードを深く被った人物に擦れ違った。
特に気にもしないで酒場へ入り、いつものように「依頼はないか?」と店主へ訊いた。
「ああ、龍のダンナ…今し方あったところですよ。ほら、今ダンナが擦れ違った方がその依頼主なんですけれどね?
それが妙なんですよ、顔も見せず声も発しねぇで依頼内容を書いたメモだけ残して、報酬の金だけ置いて行っちまったんでさぁ」
「そう、確かに妙だな…で、どんな依頼なんだ?」
「メモには明日の昼、ここから北西に二キロの森にいる殺し屋の撃退。報酬は金貨5枚
…これだけだ」
「そうか。まぁ請けてみるよ」
「そうですか?じゃあくれぐれも…」
「ああ」
そして今に至るのだ。殺し屋は何者かに『龍瞳を倒せばその辺りで名が挙げられる』とふきこまれていたらしい。
龍瞳は気絶した殺し屋を縄で縛り手近な木へ結びつけ、そのまま森を駆け抜け、町へと戻った。そして保安の詰め所へ立ち寄り殺し屋の回収を頼んだ。
龍瞳はその足で酒場へ立ち寄り依頼料を受け取った。
「どうでした?」
「まぁ、それなりに名の通った殺し屋みたいだったからいい腕だったけどね。 ただ…殺し屋もそこに嗾(けしか)けた奴の顔は見ていないらしい…」
「そうですか…
まあ、何にしても依頼をこなしたんだから依頼料をどうぞ」
「ああ。ありがと」
「それじゃお気を付けて」
龍瞳は店主に見送られて店の外に出た。少し歩いたところで男に呼び止められた。
「龍瞳さんですね?」
「…ええ、そうですが…?」
「少しこちらへいらして頂けませんか?」
「…分かりました」
龍瞳はその口髭を生やした男を少しじっと見つめてから承諾した。外見は白髪は殆ど無いが、目尻には小じわもあり雰囲気としては四十は越えているだろうと見受けられた。
その男の後に付いて行くと、あまり人気のない路地裏に着いた。
「さて、龍瞳さん。依頼を頼みたいのですが…」
「その前に、まだ名前を伺っていません。それに依頼ならギルドに依頼を出せばいいでしょう?」
「失礼。私はジパング本土、火ノ国より参りました策科(サクシナ)と申します。
この依頼…火ノ国に大きく関わることですので、公に出すわけには行かないのです」
「…何故僕に?」
「あなたのお噂はかねがね…相当の腕が立つとか。調べさせていただきましたが、然るべき所にあったなら相当の位になられていてもおかしくはない」
策科は鼻の下に生やした立派な口髭を指で撫でながら言った。
「お膳立てはそのくらいにして、依頼っていうのは?」
「…ここでも誰かに訊かれかねません…ここでは、と言うべきですね。
ですので、本国へ出向いては頂けませんか?」
「海を渡って欲しい、と?」
「はい。突然のお願いで申し訳ありませんが、なにも今すぐとは言いません。ですが何分急を要するので…」
「わかりました。依頼を請けさせていただきます」
「誠ですか?!ああ、有り難いことこの上ありませんっ」
策科は笑みを浮かべて、喜びの意を表した。
「ですが、明日の晩まではせめて待っていただきたい。準備が色々」
「ええ、ええ、構いませんとも。明日の昼には船を用意させておきますので、港までいらしてくださいますか?」
「ではそこで合流で良いんですね?」
「はい」
「分かりました。じゃあ、今日はここで」
「はい、それでは」
龍瞳は策科と別れた後、町をでた。そして、魅月尾の家に向かった。
「龍瞳様、いらっしゃい」
「魅月尾、突然だけど明日ジパングの火ノ国に行くことになったよ」
龍瞳は下駄を脱ぎながら言った。
「そう、依頼で?」
「ああ、それも火ノ国に関わることだそうだから詳しくは言えないみたいだ。だから、まだ内容は知らされていないけど…」
龍瞳はいつもの一番東側の部屋に向かい、魅月尾はその後を付いていった。
「では、いつもとは訳が違うという事ね?」
「みたいだ。僕はこれからケンブランへ行く。今夜はここに泊まって明後日そのまま海を渡るよ」
「ケンブランへ?」
部屋に入る時に龍瞳は、そう聞き返した魅月尾を横目で見つめ頷いた。
「そう、夕飯はどうするの?」
「こっちで食べるよ。で、彼女はいる?」
「ええ、そこに」
龍瞳は北側の障子を開けて縁側に出た。
「フィラ」
彼はそう誰かの名を呼んだ。すると柵の向こうに人影が現れた。それは灰色の髪の毛と体毛があり、鋭い爪と黄色く輝く目をもち、そして特徴的な耳と尾があった。胸と腰回りには布きれを巻いている。
「何かようか?」
ワーウルフのフィラは『十六夜の銀狼』のメンバーで、彼らとの連絡役として幟狼が寄越したのだ。「なにかあったフィラに伝言を頼んでくれ、会う場所か用件を短くな」だそうだ。
ちなみに、十六夜の銀狼はその五分の二がワーウルフだ。元からの者もいれば、元人間という者もいるらしい。殆どが幟狼に負かされ、ボスと認めている。残りの少数は幟狼の仲間の連れだ。
「フィラ、近くに人の気配はあるか?」
「いや、それを聞くなら魅月尾に訊く方がいい。匂いならしていない」
「そうか…フィラ、幟狼に『ケンブラン、西の喫茶店、三時』そう伝えてくれ」
「『ケンブラン、西の喫茶店、三時』だな?」
「ああ」
「わかった」
フィラはそう言って森へ消えた。
「僕も行くよ」
「はい…じゃぁ…その、今夜は…」
「…分かってるよ」
魅月尾は顔を赤くし、龍瞳は彼女の頭を撫でた。
龍瞳がケンブランのカフェに入ると、そこには既に幟狼が席についてコーヒーを飲んでいた。
「おう、こっちじゃ」
「一ヶ月ぶりだな、幟狼」
「そうだな。で、どんな用なんだ?」
「明日のジパングに行くことになったんだけど、幾つか用事を頼みたくてな」
「用事?」
「ああ、詳しくはここに書いてある」
龍瞳はそう言うと一枚の小さな長方形の紙を取り出した。そこには大きめの字で文字が書かれていて、そこには次の通りに書かれていた。
『写真を渡
して白い
紙を貰う
十枚に部
分けして
後はマン
トのすそ
に隠して
確認する』
「…これが用事、か?」
「ああ、渡すのはやっと字の読めるようになった子供だ。始まりから左の道を下って、右に曲がったらいい」
龍瞳はそう言いながら瞬きを二回した。
「それだけか?」
「ああ。つまらないことで呼び出して悪かったな」
「いいや…」
「それじゃあ、そろそろ行くよ」
「ああ」
「ただいま〜」
「龍瞳様…夕食の準備は出来てるけど…」
龍瞳を出迎えた魅月尾はそう言って、廊下に上がって部屋に向かおうとする龍瞳の後ろから抱きついた。
「魅月尾?」
「…我慢できない………ね?」
「…わかったよ、しょうがないな…君は」
二人は部屋に入ると互いの着物の帯に手をかけ、帯を解き服を脱いだ。
「あぁンッ…」
龍瞳が、抱きしめた魅月尾の背中を指でそっとスゥーとなぞった。それに応えるように魅月尾の尻尾がピンッとなり、無意識に背中が仰け反る。
龍瞳は左手で魅月尾の頭を引き寄せキスをすると、右手の中指で彼女の秘部を愛撫する。
「んッ…んンッ…んッ…んッ」
魅月尾は頭を左手で押さえられているため、腰を少ししか引けずその愛撫から逃れる術はない。刺激されるたびに足の力が抜けていき、周りの筋肉がビクンッと動く。
クチュクチュと音が大きくなり、足はガクガクで、魅月尾は自分で立っているのが困難になった。彼女は龍瞳を強く抱きしめ、支えにしていた。
「んん〜っ!…ンッ…んんッ、んふぅ〜ッ、んッ、んンッ〜〜!」
ついにくぐもった声を悲鳴を上げ、彼女は大きく震えた。そして、するすると滑る用にその場に座り込んだ。
「はぁ…ハァ…」
「まだ終わりじゃないだろ?」
魅月尾はムッとしたように龍瞳を見上げ、彼の腰を抱きしめて押し倒した。
「うわっ!」
「…当たり前じゃないっ」
魅月尾はそう言うと龍瞳のズボンを下ろし、男根を握って亀頭を口に含んだ。
「うあっ…!」
亀頭を魅月尾の下が這い、手が上下にそれを扱く。亀頭冠を舌先がなめ回し、亀頭を吸い上げた。
魅月尾は口からそれを離し、男根の尿道の筋に沿って下を這わせる。そしてほっぺの真っ赤な顔を龍瞳の顔に近づけ、自分の秘部に男根を挿入した。
「あぁンッ…」
その途端、龍瞳は魅月尾を押し返して正常位の格好になった。そして龍瞳は有無を言わせず腰をピストン運動させ、魅月尾の膣の腹側を龍瞳の男根が刺激する。
「あんッ!あッ!やぁッ!ダメッ!激しッ…!」
「…その方が、好きなんだろ?」
魅月尾はその言葉に何回も頷き、龍瞳は彼女の胸にしゃぶり付いた。
「あぁンッ!あッ!ンあッ!イッちゃう、イッちゃうぅッ!」
魅月尾は背中を丸めて腹筋を振るわせ、膣を波をつけて締めた。
「じゃあ…僕の番…うッ!」
尿道を駆け抜け、精がたっぷりと注がれた。魅月尾はそれを感じて、幸せそうな笑みを浮かべつつもぼぅっとした表情を浮かべた。
「…どれくらいで帰れそうなの?」
「さぁ…内容を聞かないと…」
龍瞳の腕に抱かれて魅月尾は寂しそうに訊いた。布団の中で魅月尾の足と尻尾が龍瞳に絡まる。
「なるべく早く帰ってきてね…」
「ああ、わかってるよ」
「…帰ってきたら…今日より激しく…ね」
「…たぶん、どうしたって優しくは無理だろうからね」
龍瞳は苦笑いしながらそう言い、やがて夜は更けていった。
翌日の昼、龍瞳は馴染みの店で魔具を買い揃えて港町までの五キロの道の途中にいた。
やがて前方に海と港町が見始め、船が何隻が停泊しているのが分かった。港町は、やはり活気があり物資の積み込みや荷下ろしが盛んに行われているようだった。
幾つかある桟橋には帆を畳んだ大型船、中型船が停泊していて、ほかにも湿ドックには何隻かの船が入渠していて、貨物の積み込みや整備か行われていた。
「龍瞳殿」
「あ、策科さん」
「船はもう一時間ほどで出られます。船の中でお待ちになられてください」
「はい」
その時龍瞳はふと積み込み作業をしている方を見た。丁度長方形の木箱が積み込まれるところだった。
(ん…?)
箱の中から白い布のような物が蓋に挟まれてはみ出している。
「あれは反物ですか?」
「ん…ああ、ええそうです。珍しい反物が手に入ったもので…」
「…そうですか」
「では案内します。これ、客人を案内して差し上げろ」
策科は近くにいた部下にそう命じ、龍瞳は船室へと通された。ベッドと窓があるだけのシンプルな部屋だ、龍瞳は早速ベッドに寝そべった。
ベッドの横にある窓から空をぼぅっと眺めていた。すると、船が揺れ始め波の音が近くなったような気がした。
窓から見える景色はすこしずつ動き、船が出渠した事が分かった。コンコンッとドアがノックされた。
「策科ですが、船が出港いたしました。火ノ国には一日で着ける予定です」
「分かりました」
「では」
船の上で一泊し、翌日の昼頃にジパングの港に着いた。
見慣れているのはあの町がジパングと西洋の文化が混じっているからでも、仕事で訪れていたからでもない。実は龍瞳の出身がこのジパングだからなのである。
生まれはこの火ノ国で、四歳から隣の水ノ国で二年間を過ごして海を渡り今の町に住むことになる。彼の両親と親類はジパングの各国に散らばって住んでいるのだ。
龍瞳は船から降り、一度周りを見渡した。こちらでも港はやはり活気がある。
「龍瞳殿、こちらへ」
龍瞳は策科と共に馬車に乗り、港町を出発した。そして揺られること一時間、龍瞳は城下町に到着したのだ。
馬車は城下町へ入ると大通りを進み、大きな屋敷の前で停まった。そこは策科の屋敷だった。
「策科さん、あなたは一体?」
「ここでなら良いでしょう…
私は火ノ国第十代国王補佐、大臣 策科である」
「…その大臣が僕に依頼ですか?」
「ええ、まぁ中へ…」
策科に続いて龍瞳は門をくぐった。石畳の上を歩き屋敷の中へ入った龍瞳はある一室へ通された。
「さて…」
策科はそう言って振り返った。それを合図にするかのように突然部屋の三方向の襖が勢いよく開き、そこには大勢の刀を持った策科の部下と思しき男たちがおり、後ろの縁側と庭にも部下たちが刀を持っている。つまり、龍瞳は取り囲まれたのだ。
「…どういうことです?」
「龍の目…か。大層な名を貰ったな…君の力は見せて頂いたよ、あの殺し屋との一戦でな」
「あの殺し屋はあなたが…?」
「そう、君の力を見せて貰うための…そう、デモンストレーションというのだったか?
さすがだよ、噂に似合うものだった。しかし君とてこの人数を相手にするのは骨が折れるだろう。それに、たとえこの人数を相手に勝てたとしても君は私に逆らえんのだよ…」
策科は口角を上げてそう言った。
「どういうことだ…?」
「調べは付いている。君はある女の元へ頻繁に通っているな…森の中の家へ」
「っ!」
「知っているぞ…君のその人間離れした力は彼女のせいだろう、ん?」
「………」
「妖狐、か………彼女は今…このジパングの火ノ国にいるのだよ」
「なにっ!?」
「信じられんという顔だな…無理もない。
彼女は昨日、君が出かけた後で外出したところをご招待したのだ…少々手荒だったがな」
「彼女は今どうしているっ!?」
策科の後ろから額が綺麗に装飾された丸い鏡が部下によって運ばれてきた。
「コレを見たまえ」
「なっ…!」
その鏡は周りの風景を映すことをやめ、全く別の物を映し出していた。
「魅月尾っ!」
「そうか、彼女はミヅキオというのか…」
鏡の中には石造りの部屋、恐らく牢かどこかだろう。そこに鎖で両腕を広げて壁に足の着く高さに吊され、前のめり気味でぐったりしている魅月尾が映されていた。
そして思った。昨日出港の前に目にした箱から出ていた白い布。それは今魅月尾が来ている夜顔の模様の一部だったのだと。
「魅月尾に何をしたっ…!?」
「体には何も…ただ、心の方に少しね…」
「なんだと…」
「彼女にね…少し幻を見せているんだよ。君が目の前でズタズタになって死ぬところをね…!」
「貴様ぁっ…!」
「するとねぇ、彼女は悲鳴を上げて涙を流したよ。その時は一回だけ、幻だと気づけたがね…
これを続けると彼女はどうなるか、想像は付くだろう」
もしもそのようなことを魅月尾に続けた場合、人間と大差ない精神世界は崩壊を起こすのは目に見えた。
つまり、今人質は彼女の心なのだ。身体は生きていても心が死んでしまうほど悲しく残酷なことはない。
「…それで…僕に何をさせようって言うんだ…」
「…なぁに、簡単だよ。第十代国王を殺してくれればいいのだ」
「なにっ!」
「そうしてくれれば、次の国王は私の身内から出ることになるのだ。つまり、この国は私のものも同然。
どのような手段を使ってくれても構わんがね、下手なことはしないことだ。監視を付けている故、君が何かしようものなら彼女がどうなるか…分かっているな?」
(僕に選択の余地はない訳か…くそ…)
「…わかった」
「そうかね!では付いてくるがいい、殺す相手を見ておきたいだろう?」
「………」
龍瞳は数人の男に囲まれながら策科の後を付いていった。
馬車に乗り、城下町を進んで到着したのは火ノ国の城だった。高くそびえるジパング様式の外観の赤い屋根の城。高い城壁と大勢の警備兵が城を囲み、中で何か起きようものなら飛んで駆けつけるだろう。
龍瞳と策科たちは城の門へと進み、門番に策科が話しかけた。
「これ、王に面会を申し入れる」
「分かりました、策科様。王は今玉座に御座います」
「ふむ、ご苦労」
大きな城門に設けられた扉が開けられ、策科と龍瞳は中へ入った。石段を登り城の中へはいると、そこは壁が赤く、同じく赤く丸い支柱が幾つも天井を支えていた。
城の通路は人が横に二十人並んでも余裕そうなほど広く、通路の奥に螺旋階段が姿を現した。
螺旋階段は一階層ごとに踊り場があり、東西に通路が延びていた。
玉座はその最上階にあり、階にして十階上へ登らなければならなかった。龍瞳と策科はその階段を最上階まで上り、通路を東へ進んだ。
その通路は壁に彫刻が為され、天井と床には複雑な模様が描かれていた。
「国王様」
「おお、策科ではないか!」
国王の姿を見て龍瞳は驚いた。まだ子供だ、見た目にして十二、三の子供が玉座に堂々と座っている。
髪の毛は長く少し茶色気を帯びていて、紫に縁取られた赤い服と烏帽子の様な冠を被っている。まだ顔に幼さが残っているが、その言葉使いと態度は王族らしく堂々としていた。
「この度の大陸への渡航、ご苦労であった。して、成果は?」
「はい、いつもと同じく…」
「そうか。それは良かった。して、策科よ。そちらの者は?」
「こちらの者は向こうで名のある剣士でございます。こちらに『仕事』でくるというので船に同乗させまして、是非国王様にご紹介したいと連れて参った次第に御座います」
「あ…初めてお目にかかります、僕は龍瞳。大陸でギルドを生業にしている者です」
「そうですか。火ノ国の王がこのような幼少の身で驚いているでしょう?
ははは…図星のようですね。ですが、前国王である父の側で国の治め方は学んだつもりですから、ご心配なく」
「い、いえ…心配などしてはいません。少し驚いただけで…ご無礼を」
「よいのです。
して策科、これからも貿易と外交はそなたに一任します。今日はこれだけであるなら下がってよろしい。
龍瞳殿、またお会いできる事をたのしみにしています」
「あ、有り難う御座います…」
「では国王様、我々はこれにて」
「ええ」
龍瞳と策科は玉座の間をあとにした。
「…ずいぶん信頼されているようだな…」
「だからこそ、好都合なのだ…」
(…こいつっ…)
「龍瞳よ、期限は今日から三日の間だ。それ以上は彼女の事は保証しない」
「わかった…」
「ならば、用意した宿で休みつつ策を練るがいい」
龍瞳は馬車で宿に送られた。
龍瞳は部屋に入って壁に寄り掛かって頭を抱えていた。見張りが一人同室している。
(くそっ…なんでこうなる………あんな少年を、しかも国王である彼を殺せだと…だが、やらなければ魅月尾は…)
苦悩の中で、龍瞳は大きく深呼吸をした。そして、こんな時のための策を自分に思い出させた。
(そうだ…僕には…)
龍瞳は窓から外を見た。外には見張りが三人いて、廊下に五人、室内に一人いる。廊下の五人の内の一人と部屋の一人は定刻で交代する手筈のようだった。一人にでも何かすれば絶対に気付かれる。彼はこの状況で何をしようと言うのか。
龍瞳は静かに見張りを睨んだ。
10/12/09 19:03更新 / アバロンU世
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