スマホにはロックをかけましょう!
「……ここに俺のスマホがあるんだよな?」
俺、豊田光延(とよだみつのぶ)は一軒のアパートへと足を踏み入れようとしていた。
事の発端は一日前、スマートフォンを落としてしまったことから始まった。
初めて落としてしまった事に気がついたのはその日の夜、自宅をいくら探しても見つからなかったときである。
自分のおおざっぱな性格故に、最初ポケットになかったときは自宅に忘れてきたものだと思っていた。実際そうだったことが過去何度かあったし。
誰かが拾ったという期待を胸に、公衆電話からかけても一切出なかった。だが、不幸中の幸いか、位置情報サービスをONにしてあった。そして自宅のPCから追跡した所、なんと反応があった。
それに、その反応のあった場所は自宅から近いものの、少なくとも此処最近は一度も足を踏み入れていない場所からであった。その場所をストリートビューで確認すると、一軒のアパートと重なった。これらの事実から導き出される可能性は、
@誰かが自分のスマホを拾得したということ
Aそれを警察に届けておらず、まだ所持しているということ
Bそしてその習得した人物はこのアパート若しくは近辺に住んでいるということ
の3つであった。その後スマホの充電が切れたのか反応は途切れてしまったが、最後の位置情報も同じ場所であったため、現在も同じ場所にある可能性が高いだろう。しかし、拾ったなら何らかのアクションを起こしてくれてもいいのに、こちらからいくらかけても出なかったのは不思議で仕方ない。
そしてもう一つ気がかりなことがある。個人情報?あぁそれを分ければ二つか。
スマホなので個人情報、すなわち家族、友人その他の電話番号、メールアドレスが収録されてるのは言わずもがなである。ロック解除の時、いちいち入力するのが面倒くさかったので、パスコードロックをかけないでいたせいで、スマホを拾った人間には全て開示されてしまう。
この世は人の赤の他人のスマホを詮索するような悪人は少数であろうと信じている。だが、もし、拾った人物が腹黒く、それが何らかの犯罪に利用されれば多くの人が多大な迷惑を被ることになるだろう。
更に不幸なことに手帳タイプのスマホケースのポケットにはIC乗車券に学生証という大事な身分証明書が入っている。
それに加え、自己流の暗号化がなされているとはいえ、メモ帳Appにはパスワードの控えが記されている。
そう解読はされないだろうがアラン・チューリングのような天才に拾われる可能性も無きにしもあらずだ。少々面倒くさかったがパスワードを変えることで一応解決したが。
だが、これらはぶっちゃけどうでも良い(全くもって良くないが)。一番肝心なのは中の『画像フォルダ』である。
リア充の方々なら友達や家族、恋人との思い出写真、可愛らしいペットや動物の写真を保存しておく場所であるが、自分の場合はその限りでない。
俺の場合は画像フォルダには俺のありとあらゆるフェチが細かく分類され、保存されているのである。
視聴していたアニメタイトルや「眼鏡っ娘」「メイド」、といったメジャーなフェチから「筋肉娘」や「モンスター娘」といったニッチなフェチにまで細かく分類されている。
これを見られるのはとてもたまったもんじゃない。俺が今迄家族にも秘密にしていた性癖を全く見ず知らずの他人に知られるのである。
パスコードロックをかけておけば良かったと本気で思った原因の殆どはこちらである。
遠隔操作でロックをかけたのが夜になってからで、少なくとも半日は見られた可能性がある。
ただ、警察に届けられるのを待てば、互いに顔を合わせずに済むのであるが、警察での手続きは色々と面倒くさいし、落とし物が見つからなかった友人の先例もあるので警察はあまり当てにしないことにした。
それに、自身で安否を確かめた所まで来た以上、自身で解決せねばならんとの謎のポリシーがあったため、羞恥心をかきすてて、自ら取り戻そうと決心したのだった。
「……よし、覚悟完了。いくぞ」
まず、一部屋目、恐る恐るインターホンを押す。
「はい、どちら様でしょうか?」
暫くの沈黙の後ドア越しに聞こえたのは女性の声。声色からすると40代位だろうか。
「夜分遅くにすみません、あのー私、豊田光延と申します。突然ですが最近、スマートフォンを拾得されませんでしたか?」
「いえ、知りませんね。」
「そうですか。ありがとうございます。突然お邪魔してすみませんでした。」
一軒目はシロだった。だが、まだ可能性はある。俺は落ち込むこともなく直ぐ様隣の部屋のインターホンを押したのだった。
「拾ってません」
「知らないです」
「知りませんね〜見つかるといいですね」
留守も含めて、いずれの部屋もシロだった。俺は素っ気ない返答が多かったことや、電気が点きっぱなし故に居留守を使われているのではないかという憶測から鬱屈した気分になっていく。残す所最後の一部屋。ここになければ諦めて警察を頼るしかなくなる。それか留守中の人が忙しくて警察に届けるのを期待しなくてはならなくなる。
最後の期待を込めて俺はインターホンを押した。
「はぁーい」
今度は艶めかしい女性の声だった。こんな声の持ち主ならきっと美人に違いないとスマホとは別方向の期待に胸を躍らせた。その直後、戸を開けて出てきたのはその期待の遥か上を行く美しい女性だった。
黒のリブ生地でオフショルダーのセーターと紺色のジーンズから浮き出るスラリとしたボディラインは雑誌モデルのそれよりも整ってるものだった。それに加え眼鏡がよく似合う知的な風貌とプラチナブロンドの長髪。
控えめに言っても俺のどストライクの容姿だった。
「あの〜どうしました〜?」
「あ……あの、夜分遅くにすみません。ぼk…私、豊田光延と申します。突然ですが最近、スマートフォンを拾得されませんでしたか?あ……えっと……位置情報サービスを使って調べたらこの辺りから反応があって……」
その美しさに一瞬固まってしまったが、 本題を思い出し、ぎこちない口調で質問した。
「スマートフォン……?あっ!そいえば昨日拾ったんだったわ!ごめんなさいね〜明日警察に届けようと思ってた所だったの」
「そうですか。良かったです。拾って下さり、本当にありがとうございました。」
「こちらこそわざわざ足を運ばせちゃってごめんなさいね〜お詫びしたいからちょっと上がってもらえないかしら?」
「……へ!?」
突然のお誘いに一瞬固まる俺。お礼をしなければならないのはこちらのはずであるのに逆にもてなしてもらうなんて、余りにも虫が良すぎる話ではないか。
「い……いやいや、お礼をしなければならないのはこっちの方ですよ!」
「いいのよ。拾って直ぐに届けなかった私の落ち度も有るし、連絡の1つも入れないであなたを不安にさせちゃったから……」
「いや、電話番号の1つも書かれてなかったから仕方ないと思いますよ。それに固定電話持ってませんし……」
一応、遠隔操作を行った時にスマホの画面上に俺の下宿の電話番号を表示させたが、恐らく確認する前にバッテリー切れになってしまったのだろう。
「お願い!償いの1つでもしないと気がすまないのよ!だから……ね?お願い!」
「わかりました……少しだけお言葉に甘えて……」
「良かった!……さっ、どうぞ♪」
顔前で手を合わせ、お願いをされては断ろうにもできなかった。
そして穴歌混じりで部屋へと案内する彼女へとついて行った。
こういうのは普通もてなされる側の気分が良くなるものだ。しかし、何故か見ず知らずの他人をもてなす彼女の方が上機嫌な様子だった。とはいうもの、自分も申し訳ないと思う半面、とびっきりの美人にもてなされるという願ってもない好機に心躍らせていたのが半分だった。
「さっどうぞどうぞ♪」
通された部屋はホコリ一つなく、フローリングも机も光沢を放っていた。本棚食器棚はじめ、部屋中が整然と整理されており、余分なものは何一つなかった。機材を持ち込めばそのままグラビアか何かの撮影に使えそうな感じだった。
彼女は俺をダイニングチェアに座らせると、キッチンからティーセットを運び、俺の前にカップを置くと彼女はテーブルを挟んで反対側に座った。
「あの、そういえばお名前まだ伺ってませんよね。」
「あぁごめんごめん忘れてたわ。私、映里奈(エリナ)・ユーティライネンよ。エリナでいいわよ。よろしくね、みっくん♪」
「みっくんて……まぁいっか。北欧の出身ですか?」
「えぇ、でも育ちはここだから、日本語しかしゃべれないわよ。」
「そうなんですか。ところで……」
「あっ!スマホスマホ!はいこれ!」
彼女はテーブルの端に重ねられていたファション雑誌の上に置いてあったそれを手渡した。受け取ったそれは紛れもなく自分のスマホだった。
「おお!これですこれです!いやぁ〜本当にありがとうございました。良かった。カード類も全部無事みたいだ」
バッテリーは完全に切れていたが、カード類も全て無事だった。
俺は彼女の出したハーブティーをすすりつつ、持参したモバイルバッテリーを繋ぎ電源をいれた。すると、遠隔操作で設定したパスコードの入力を要求され、入力するといつも見慣れたホーム画面が出た。見たところ、触った形跡はなかった。
「あの……中身はどこまで見ました?」
「可愛らしいホーム画面ね。」
「なっ……!?」
「いやいや、ホーム画面を見ただけよ。バッテリーも残り少なかったし、次見たときにはもう電池切れちゃったし。」
「そうですか……ならよかった。」
「何?見られたら困るものでもあったのかしら?」
「いや……別に……」
俺はしらばっくれながらカップ内のハーブティーを飲み干した。
美味しかったはずのハーブティーの味がしなくなっていた。
ホーム画面の壁紙はエロくは無いものの、メイドさんを描いたイラストを採用しており、私はオタクですと言わんばかりのものである。
だが、彼女は「可愛い」の一言で受け流してくれた。
それ以外のエッチなイラストや漫画が見られている不安もあったが、さっきの台詞と俺に対する態度から見ていないだろうと胸をなでおろした。
そもそも俺にそんな趣味があると知ったなら、大概の女性は冷ややかな対応で済ませ、こんなにもてなしてくれる訳無いだろう。
緊張が解けた所で体も安心しきったのかお腹の虫が鳴ってしまった。
良い話題と言わんばかりに彼女が切り出してきた。
「君、一人暮らし?」
「はい、下宿暮らしです。」
「ご飯はもう食べてきたの?」
「いえ、帰ってから食べる予定です。」
「そう。ちょうど良かった。今日は食べてって。いっぱい作っちゃったから。」
「えぇ!そんなの悪いですよ。拾って頂いた上にお食事までご馳走になるなんて。お茶だけで十分ですって!」
「いいのいいの!今日友達が来る予定だったんだけど急用で来れなくなって!このままだといっぱい余っちゃいそうだから。ね?お願い!私に協力して!?」
「はぁーそれでは頂いていきます……」
彼女は顔を前のめりにして上目遣いにお願いをしてきた。
スマホを落としただけでご馳走まで振る舞ってもらえる、世の中こんなに都合が良ければ今頃落とし文のようにわざと落とすことが流行するだろう。そう思いつつ、口先では遠慮していたが、心中では期待で心躍らせていた。
「ちょっと準備するから、待っててね」
そう言うと何故かキッチンではなく寝室と思しき奥の部屋へと行ってしまった。俺は首を傾げたが、そういえばさっきからキッチンの方からとても芳ばしい味噌の香りがする。どこかで身の覚えのある香りだがもしかして……
「おまたせー」
「一体何を……うわっ!」
彼女の行動は予想の斜め上を行くものだった。なんと黒のワンピースに白のエプロン……彼女はエプロンドレス、つまりメイドの姿で現れたのだ。
「何ですか!?それ!?」
「ふふー、私、コスプレが趣味なのよ。紅茶の時にやっとけばよかったわ」
「だからって見ず知らずの人にそんなことします!?」
「あら?メイドさんはお好きでないかしら?」
「まぁ……別に……」
「ふーん?あの壁紙で?」
「その話はもう良いですよね!?」
ただでさえ直視できない、非の打ち所がないメガネ美人だというのにメイド服を着られてしまっては更に目のやりどころに困る。あまり見ていると変な妄想が掻き立てられ、血液が海綿体に集中してまともに動けなくなってしまうだろう。
だがその姿は「尊い」の一言に尽きるものであり、見ておかないと勿体無い気もした。
視線を逸らす派と凝視する派の俺が頭のなかでドンパチした結果、ちょっと彼女に視線を向ける、次の瞬間には視線を逸らす。これを50回/分くらいのペースでしてしまっていた。
夕飯については殆ど完成していたようだった。彼女は鍋の中身をどんぶりによそうとそれを二人分こちらに持ってきた。
「というわけで、はい、ご主人様♡私が腕によりをかけて作った料理でございます。」
「ご主人様って……あなたって人は……えっ!?」
俺は彼女の料理に目を疑った。熱々の湯気ともに鍋から立ち込める芳ばしい味噌の香り、味噌料理特有の赤茶色のスープ、その色に染まった中太の麺、その上に乗り彩るねぎや鶏肉、生卵、それは俺の大好物「味噌煮込みうどん」だった。
「な……なんでこれを……」
「私、いろんな地域の郷土料理に挑戦しているの。今日は愛知県の味噌煮込みうどんにしてみたけど、あまり好きじゃない?」
「好きも何も……俺の大好物ですよ!」
「そう、凄い偶然ね♪私たち気が合うのかもしれないわね」
そう言いながら彼女はメイド姿のまま、机を挟んで俺の対面に座った。
そういえば身内以外の女性と食事するなんて初めてだった。
それに、彼女に気を取られすぎて、自身の空腹に気が付かなかった。
しかし、この大好物を出されたことにより五感が一気に刺激され、今や、目の前のうどんにしか注意が向かなくなっていた。
「どうぞ召し上がれ♡」
「じゃ、遠慮なく、頂きます!」
ここまで来たからには食べないほうが失礼にあたる。俺は早速目の前の味噌煮込みうどんの汁をレンゲに取り、一口すすった。
―――――うまい。
味噌煮込みうどん特有の土鍋を使ってはいないもののその味は紛れもなく“本物”だった。
独特のとろみとともにじわり、じわりと口内に八丁味噌のとろけるようななめらかな旨味が広がっていった。
我が家のものはおろか、飲食店にも匹敵するそのクオリティに舌鼓を打った。
さて、麺の方はどうだろうか。まず、一本を箸でつまみ、すする。
おお、なんということだ。こちらも正真正銘“本物”だった。
歯で噛み切ろうとすると非力ながらわずかに歯を押し返そうとする、「もちっ」とした感触が伝わった。そして煮込むことによって八丁味噌の味が麺に浸透し、なめらかな旨味を引き出していた。
また、卵と絡めることによって、とろっとした風味を加えたまた違った旨味を堪能できる味となった。
そして、飲み込むとつるんとした喉越しが一種の快楽となって伝わった。
鶏肉は程よく煮込まれていた為に、火の通っていない生のところも無ければ、固い部分もなかった。こちらも汁の旨味が浸透し、ぷりっとした食感と相まって食べてしまうのも惜しい具材となった。
そしてネギはピリリッとした辛さが汁の旨味によって抑えられているものの、それがアクセントとなり、具材の味の幅を広げていた。
素っ気ない味わいのしいたけも、素朴でまろやかな味になっていた。
一言でいうなら「美味しい」であった。もしかすると、地元の名店を超える美味しさかもしれない。
最近、中々実家に帰省できず、この味が恋しくなっていた矢先であったので、この味を久々に味わえた喜びも相まって、俺は恍惚状態になっていた。
「そんな顔されると、私まで嬉しくなっちゃうわ」
俺は彼女の声で、はっと我に返った。あまりの美味さに周りが見えなくなることって本当にあるのだと驚きあきれていた。
「おかわり、いっぱいあるから、どんどん食べてね♪あとおひたしも食べてね」
「あっ、是非ともいただきます!」
ふと彼女の食べる様子を見ていみると、左手で銀の長髪をかき上げ、眼鏡を曇らせながらうどんを啜っていた。当然、メイド服のままである。
その姿に可愛いとか、萌えるという以前に、吹き出しそうになってしまった。
ラーメンをすするエルフとか、パフェを堪能する織田信長とか、まるで現代×異世界・異時代物のファンタジーの一場面にありそうな光景に思えたからだ。
結局、俺は3杯、彼女は2杯平らげてしまった。お腹の方も非常に満足している。
「ごちそうさまでした。いやぁ〜とっても美味しかったです。」
「お粗末さま♪私こそ助かったわ。」
「こんな美味しい料理を作れるなら、貴女の旦那さんになる人はとっても幸せでしょうね。」
口が滑った。ついつい自分の欲望がコンタミネーションした称賛の言葉を送ってしまった。
自分なんかがこんな料理を毎日振る舞ってもらえるなんて、夢のような話だ。
「ふふふ。お世辞でもうれしいわ♪」
彼女はその真意に気づかなかったようだった。しかし、逆に左手を頬に当てながらの愛嬌に溢れた笑みでこちらが悩殺されてしまった。
「あの……トイレ借りてもいいですか?」
「えぇ、廊下出て右よ。」
俺はそそくさとトイレに向かった。純粋に尿意を感じたのもあるが、この真意は自身を落ち着かせるためであった。
味噌煮込みうどんを完食してから、再び彼女のことしか考えられなくなっていた。
眼鏡っ娘でスマートな体型、プラチナブロンドの長髪美人。そしてメイド服がよく似合うコスプレ趣味の持ち主、更には手料理も美味しいと、映里奈さんはまさしく自分の理想の権化であった。
そんな彼女にときめくなというのは、シュワちゃんにステゴロで勝利しろと同じくらいの無理難題だった。
それに、初対面というのに家に上がらせてもらった上に手料理までもご馳走してもらったのだ。チャンスが無いという方がおかしい。
きっとこの後連絡先を交換して、お誘いを受けて、一緒にご飯食べたり、お買い物したり、映画見たりするデートをするんだろうなぁ。そしてお互い雰囲気が良くなったところでキスをして……それからその雰囲気のままホテルに行ってセッk……
いや、突然初対面の相手にコスプレを披露するような彼女だ。もしかしたらこれら全部すっとばして、この後、メイド服のまま、めちゃくちゃセックs……フヒヒ……
ベチン!
っと、俺は便座に腰掛けながら自分の両頬をひっぱたいた。今の俺、多分凄くキモい笑顔だったに違いない。
発想が童貞すぎるだろう。彼女の素性も全く分かってないというのに、関係を持つのは危険だろう。夢を見させるだけ見させておいて金を貢がせたら捨てるタイプの悪女かもしれない。もしくは一種の美人局―――――。
そもそも、あんな美人がモテないわけないし、俺のような何の取り柄もない男に惚れるわけ無いだろう。とにかく良からぬ可能性も考えておくべきだ。
俺は、先程までの彼女との一時と、先の妄想により、海綿体に集結していた血液を分散させるべく、トイレで落ち着こうとした。
一先ず、平生な心で彼女の所へ戻るために、いつものように、スマホを取り出し、何気なくLINEをチェックした。
……あれ?
LINEを開いた時、俺は異変に気がついた。それは母とのトークにあった。
◯月×日(昨日)
<今度帰ってきた時、
好きなもの作ってあげ
るから 19:22
<リクエストしてね。19:23
じゃあ俺の一番の
大好物で >
既読
19:25
<味噌煮込みうどん
でいい? 19:29
それでお願い>
既読
19:30
<了解(スタンプ)
19:32
こんなやり取りした覚えはない。そもそも、時間帯からして俺がスマホを落としたのを気がつく前であった。
この時間帯にスマホに触ったと考えられる一人しか居ない。そう、映里奈・ユーティライネン、彼女のみである。
しかも、このやりとりからして、彼女の用意していた夕飯が自分の大好物と一致したのは単なる偶然ではなかったことが明白である。何の目的があったかは知らないが、彼女への甘い期待が減退していくのを感じ、憤怒がこみ上げてきた。
俺はトイレを飛び出すと、居間に戻り、声を荒げて彼女に問いただした。
「ちょっと!どういうことですか!?頼んでも居ないのに代筆をするなんて!……ってあれ?」
だが肝心の彼女が見当たらない。隣室で着替えているのだろうか。けれども隣からも物音1つせず、それどころか彼女の気配すら消えているようだった。
「どこ行ったんだ……?」
辺りを見回したその時だった。
「ねぇ……好きなの……?」
「ひっ…………!」
突然、右の耳元で妖艶な女性の囁き声がし、背筋がゾクゾクと快楽にも似た寒気が走った。
それと同時に、俺は後ろからあすなろ抱きされていることに気がついた。
「な……何のことですか……映里奈さん?」
「好きなんでしょ?……メイドさん?」
その声に反応しながら俺は恐る恐る、顔を右へ傾けた。
俺を抱きすくめていたのは紛れもなく映里奈であった。まるで幽霊のように突然、俺の後ろに現れたのである。
ほのかに香る彼女の甘い匂いと背中に押し付けられた胸がじわりじわりと俺の理性を奪っていった。それをぐっと堪え、険しい声で彼女へ質した。
「……見たんですね?俺のスマホ」
「ごめんなさいね……嘘ついちゃった」
「どこまで見たんですか?」
「うーん。『写真』は全部見たかな?それとLINEとWebブラウザの履歴と◯indle……ぐらいかな?」
「見てほしくない所ばっかりじゃないですか……!」
彼女の口調に反省や罪悪感の色は微塵にも感じられなかった。むしろ、こちらをからかっているようだ。
「でも、私はみっくんのこと全然軽蔑したりしないわ。むしろ運命感じちゃったもの……」
「運命……?」
「そう、運命。私の事絶対好きになってくれる人とめぐり逢えた運命を…………ね?」
「な……何を根拠に!?」
彼女は俺を支点にくるりとポールダンスのように180度、俺の背中から回って正面に立った。
「例えば……その中、眼鏡っ娘のイラスト画像が専用フォルダには231枚、他のも含めると全部で547枚あったわ。みっくんが眼鏡フェチなのよーくわかったわ……だから、きっと眼鏡かけてる私の事きっと気に入ってくれると思ったんだけど……ね?」
彼女は俺の顎に手を添え、自分の目線と俺の目線を揃えた。彼女は妖艶な笑みを浮かべていた。俺は直ぐ様目線を反らしたが、それに合わせて彼女も顔を動かしてきた。
「それだけじゃないわ。メイドさんの画像が全部で459枚、バニーガールが273枚、軍服、ミリタリーが215枚……」
「……」
画像の正確な枚数は数えたことはないが、おおよそその程度の枚数だった。
「それに、筋肉娘やスポーツ少女のイラストが全部で232枚。それでもって私は……ほら!」
「ちょっ!うひゃあ!」
突然彼女は俺の右手を取ると、ワンピースではなくセパレートタイプだったメイド服の間にその手を突っ込ませ、腹を撫でさせた。俺は素っ頓狂な叫び声を上げてしまった。
「ほら、少し凸凹してるでしょ?私、こう見えて、武術を嗜んでいたから、筋肉には自信があるの。お姉様や妹たちと比べて、女らしくないってコンプレックス感じることもあったけど、あなたみたいな人がいるってわかって嬉しかったのよ」
「あわわわ……っとりゃ!」
俺は咄嗟に後ろに飛び退き、後ろのソファにへばりついた。こんな風にエロいシチュエーションに遭遇できたらと男諸君なら一度はあるだろう。
だが実際自分がそんな目に遭遇すると、喜びよりも恐怖のほうがずっと大きい。
俺は尻もちを付くようにその場に座り込んでしまった。
「ホント何なんですか!?そう言って、俺を誑かすつもりですか!?」
「ふぅん……?私の事……まだ好きじゃないのね?」
「そういう問題じゃないです!何なんですかこれは!?」
「だったら……まだ誰にも魅せたことの無い、とっておきの私をみせてあげようかな?」
「はい……!?」
きょとんとしている俺を他所に、彼女はその場で俯くと自身を抱きすくめるような姿勢で立ち止まった。
「ん……うん……んあぁ……」
まるで快楽によがるような甘い嬌声をあげた。すると彼女の足元に赤色の魔法陣のような文様が出現し、彼女は赤黒いオーラのうな光に包まれた。それと同時に風の無いのに彼女のメイド服はたなびき、銀髪が逆立たった。
唖然としながらそれを見ていると背中のあたりが膨れ上がり、バサッと空気を切り裂く音とともに、1対のコウモリのような雪のように純白な翼が出現し、にょろりとスペードマークのような形状の先端を持つ純白の尻尾が伸びてきた。
頭にはヤギのように太い漆黒の角が1対生え、耳もエルフのように尖った形状に変形し、眼鏡越しの瞳は赤く輝いていた。
「ふふふ……どうかしら?」
「あ……悪魔…………!?」
「ブッブー、25点」
「じゃあ何だ!?……!!まさか……サキュバス!!」
「うーん、50点」
「なら、あんたは一体……」
「正解は……淫魔、つまりサキュバスの中でも、魔王をお母様にもち、より強い力を持つ種族のリリムよ。自分で言うのも何だけど」
「魔王の……娘……だと!?」
「そう。私は魔王の第515女、エリナ。それが本当の私」
そう言うと彼女はファッションモデルのように腰を艶かしく、くねらせながらゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
俺はというとその信じがたい光景に脳の処理が追いつかず、身体もまともに動かせない状態だった。
「ななな何でこっちの世界に?」
「うーん、偶然こっちへの入り口が見かったんたんだけど、いきなりどっと雪崩込むのは危険だってことで、私たちが斥候としておくられてきたの。」
「目的は……まさかこの世界の男の精液を根こそぎ……!!」
「ううん。それだけはないから安心して。大昔はそうだったけど、お母様が世界を変えちゃった大丈夫よ♪」
「えっ……!?それってどういう……?」
「私の目的は、この世界をみんなが愛し合える素敵な世界に変えること、それから素敵な旦那さんをゲットすること……それだけだから♡」
「ひい!」
俺は混乱のあまり、両腕を伸ばし、顔を背けて拒絶するようなポーズを取ってしまった。
「何?私の事嫌い?それともスマホ覗かれたのそんなに嫌だった?」
ちらっと彼女の顔を見ると、もの悲しげな表情を浮かべていた。
「いや……ちょっと、これが現実なんてとっても受け入れられなくて……混乱してる…………それに……」
「それに?」
「本当に俺なんかでいいのかって、」
「じゃあ聞くけど、みっくんは私を初めて見た時、なんて思ったの?」
「か……かわいい人だなぁ……って……それで……」
「じゃあ決まり♡」
「〜〜〜!?」
混乱していたために本音を言ってしまったのが間違いだっか。言葉に詰まって全部言い終わる前に彼女は俺の唇を自らの唇で塞いできたのだった。
あっという間に彼女の舌が俺の口内を侵蝕し、俺の舌に絡めてきた。
彼女の手が俺の耳を抑え、くちゃくちゃと口内をかき回す音が直接脳内へとこだました。
2〜3分はあろうかという長い口づけの後エリナは漸く唇を離した。俺はその未体験の快楽ゆえに力んでいた体から、力が抜けてしまった。
「ふふふ……蕩けた顔してて……可愛い……」
力が抜け、口から混ざりあった唾液を垂らしている俺を他所に、彼女はご満悦な様子だ。
「ここでやってもいいけど、折角だからベッド行きましょ♡」
そう言うとエリナは、ご自慢の筋肉の力で俺をお姫様抱っこで抱えあげてしまった。そしてそのまま俺をベッドに横たえると俺の服を一気に脱がし始めた。
抵抗しようにもまだ力が入らない。
彼女は俺をバンザイの格好をさせると、俺の服を一気に脱がし、下半身もベルトを取るとパンツごと脱がしてしまった。
「あぁん♡やっぱり生で見るおちんぽって凄い……」
淫魔に襲われているという喜ばしいんだか、恐ろしいんだか分からないときにも俺の愚息は強くいきり立っていた。そのそそり立つ男性器を初めて目にした彼女は宝石を眺めるかのようにうっとりしていた。
あぁ何と情けない。例え眼の前にいるのが自分の好みをこれでもかと寄せ集めたような絶世の美女とはいえ、襲われていることに変わりないのだから。
「あぁっ!もう我慢出来ない!」
そう言うとエリナは着ていたメイド服を頭からすっぽりと脱ぎ捨てた。
そのままでも良かったのに、と心の片隅で思ってしまう自分に呆れつつ、全裸になった彼女に目をやると、そこには所々発達した筋肉で凹凸が付きながらも、くびれや胸の盛り上がりなど、女性の艶めかしさを両立させた美しい身体があった。
今はこんな風に感心している場合ではないのだが。
「もう、犯しちゃうから!」
「えっ、ちょっ……っぁあああ!!!」
エリナは服を脱ぎ捨てた直後に、俺の下半身へと腰を寄せると俺の一物へと一気に腰を降ろしてきた。
こうして、俺の童貞は呆気なく奪われてしまった。
「あん♡SEXっこんなにも気持ちいいのね!」
「ぐはぁっ!!」
初めてのSEXで彼女はすっかり興奮しきっているようで、激しく腰を振っている。
その鍛え上げられたであろう腹筋や大殿筋、大腿四頭筋から生み出されるその暴力的なグラインドで、俺はまともに言葉を繋ぐこともできなかった。
「ねぇみっくんは気持ちいい?」
「あっ……うっ……あぁ!!」
ご丁寧にPC筋も徹底的に鍛え上げているのだろう。彼女の膣は強く紐を引いた巾着袋の口のようにきゅうきゅうと俺の愚息を締め付けた。
そして膣内の軟襞がみちみちと密着し、絡みついてくる感覚が俺を襲った。
襲いかかる未経験の、至上の快楽で俺は女のようにひたすら喘ぐことしかできなかった。
「う〜ん喘いじゃって、可愛い♡ちゅう〜」
「んーっ!」
『可愛い』の一言に興奮を覚えたのと同時に、彼女が再び唇を重ねてきた。先程のファーストキス同様に、されども激しく、俺の口内をかき回した。
下半身から容赦なくせり上がってくる快楽に加え、ねちゃねちゃと直接脳内にこだまするような水音で俺の頭は快楽で塗りつぶされていった。
「っぷはっ……あぁ……もうダメ……イキ……そう……」
彼女が唇を離すと同時に俺は押し寄せる快楽に抗い、なんとか言葉をつないだ。
だが、エロ漫画の如く、素直に限界に近づいたことを言うべきではなかったと後悔させられることとなる。
「ダメ♡」
「!?」
エリナは自慢のPC筋で膣を狭め、俺の肉棒をキツく締め上げた。
「キミの口から言ってくれないと……イヤだなー」
「えっ……あがが……何をっ……うぐあっ!」
肉棒に柔肉がねちっこく絡まり、快楽を増幅させているのは相も変わらずだが、キツく締め上げているために、射精したくてもできなかった。
閾値を超えてもなお蓄積される暴力的な快楽を前に俺は苦痛で苦しみように悶ていた。
「私のことどう思ってるか……って、キミの口からしっかりと……ね♡」
「あぁー!おぉ……ぐあぁあ……」
これは正しい答えを言わないとダメなやつだ。そうしないといつまでもこのままかもしれない……。
滅茶苦茶になった頭の片隅で悟った俺はあの時の気持ちを素直にぶつけてみる。
「一目……惚れでした……あうぅ……」
「よろしい♡」
そう言うと彼女は膣の締め付けを緩めた。肉棒にかかっていた圧が一気に弱まったことで、俺の肉棒から壊れた蛇口のように白濁が吹き出した。
「あぁっ!……ぐぉああああああ!!!」
「はぁあああああ!!出てるうう〜!いっぱい出てるぅ〜!」
あまりの気持ちよさに目の前が真っ白になった。こんなの精通した頃以来だっただろうか。蓄えられ、せき止められた欲望が快楽が解き放たれることで生み出されす無限大の快楽――
その止めどない快楽と共に、俺は彼女の膣内へと大量の精液を解き放っていた。びゅくびゅくと脈動する俺のペニス。それに合わせるかのように彼女の膣も俺の白濁を残さず吸い取るかのようにひくひくと脈動しているのがペニスを通じて伝わってきた。
「もう……ムリ……」
「凄い……精液って……あったかくて……ベトベトで……」
恐らくこの世に生を受けて初めて味わったであろう快楽に俺の身体がついていける訳なく、彼女の喜悦の声を聞きながらそのまま意識を手放してしまった。
………………
……………
…………
………
……
…
「へぇ……こちらの世界と繋がるんですか……」
「そうよ。要するに私はその事前準備で来た斥候の一員ってわけ」
目を覚ますと俺はエリナの腕の中に抱かれていた。当然お互い全裸というTHE事後の絵面の状態である。
角、翼、尻尾が生えたままであり、どうやら本当に彼女は人間ではないようだ。
そのまま二回戦……!ということにはならずに済んだ。
布団の中でお互いに生まれたままの体を寄せ合いながら、彼女は自分のいた世界の話をしてくれた。
彼女の母親は世界を大きく変えた魔王であるということ。
『魔物娘』と呼ばれるこちらの言葉で言う『モンスター娘』が生息していること。
その魔物娘は絞り殺したり浮気したりしない、永遠に男性を愛してくれる存在であること。
等々魔物娘という存在に加え、
『教団』と呼ばれる敵対勢力との抗争に先行きが見えてきて、新たなる世界を開拓しにこちらの世界との出入り口を切り開く予定であること。
その目的はこちらの世界から不幸な人々をなくすこと。
その下準備のためにエリナ含む魔物娘が送り込まれ、潜伏していること。
というあちら側の情勢についても教えてくれた。
地球の歴史が大きく変わるかもしれない驚天動地の自体というよりも、俺は街中にモンスター娘が溢れかえるかもしれないという、願っても叶いそうになかった願望が実現されつつあることに、興奮と感動を覚えた。
それと魔物娘の性質上、もうエリナにハメられた時点で自分と彼女が切っても切れない関係になったということもこの時初めて知った。
「で、どうする、みっくん?続き、する?」
エリナはベッド脇に外したあった眼鏡を装着し、俺を誘ってきた。
俺が眼鏡フェチであることを知ってるが故の誘惑手段である。
体内全ての精液を吐き出したかのような射精感を味わったはずだったが、予想外に俺の息子は元気になっていた。
「今度は……優しく……お願いします……」
「よし♡」
この先世界はどう変わるのだろうか。
本当に世界中から不幸な人々がいなくなるのだろうか。
大きく変わるかもしれない世界に思いを馳せつつ、俺はエリナへと体を寄せるのであった。
………
……
…
あぁそれと今回の一件で得た教訓を言い忘れた。
みんなも気をつけたほうがいい。スマホにロックをかけないと、自分の性癖がバレて、それに漬け込んだ誘惑をして来るかもしれない。
魔物娘が来た世界ではこんなことがきっと何件も起こるだろう……
俺、豊田光延(とよだみつのぶ)は一軒のアパートへと足を踏み入れようとしていた。
事の発端は一日前、スマートフォンを落としてしまったことから始まった。
初めて落としてしまった事に気がついたのはその日の夜、自宅をいくら探しても見つからなかったときである。
自分のおおざっぱな性格故に、最初ポケットになかったときは自宅に忘れてきたものだと思っていた。実際そうだったことが過去何度かあったし。
誰かが拾ったという期待を胸に、公衆電話からかけても一切出なかった。だが、不幸中の幸いか、位置情報サービスをONにしてあった。そして自宅のPCから追跡した所、なんと反応があった。
それに、その反応のあった場所は自宅から近いものの、少なくとも此処最近は一度も足を踏み入れていない場所からであった。その場所をストリートビューで確認すると、一軒のアパートと重なった。これらの事実から導き出される可能性は、
@誰かが自分のスマホを拾得したということ
Aそれを警察に届けておらず、まだ所持しているということ
Bそしてその習得した人物はこのアパート若しくは近辺に住んでいるということ
の3つであった。その後スマホの充電が切れたのか反応は途切れてしまったが、最後の位置情報も同じ場所であったため、現在も同じ場所にある可能性が高いだろう。しかし、拾ったなら何らかのアクションを起こしてくれてもいいのに、こちらからいくらかけても出なかったのは不思議で仕方ない。
そしてもう一つ気がかりなことがある。個人情報?あぁそれを分ければ二つか。
スマホなので個人情報、すなわち家族、友人その他の電話番号、メールアドレスが収録されてるのは言わずもがなである。ロック解除の時、いちいち入力するのが面倒くさかったので、パスコードロックをかけないでいたせいで、スマホを拾った人間には全て開示されてしまう。
この世は人の赤の他人のスマホを詮索するような悪人は少数であろうと信じている。だが、もし、拾った人物が腹黒く、それが何らかの犯罪に利用されれば多くの人が多大な迷惑を被ることになるだろう。
更に不幸なことに手帳タイプのスマホケースのポケットにはIC乗車券に学生証という大事な身分証明書が入っている。
それに加え、自己流の暗号化がなされているとはいえ、メモ帳Appにはパスワードの控えが記されている。
そう解読はされないだろうがアラン・チューリングのような天才に拾われる可能性も無きにしもあらずだ。少々面倒くさかったがパスワードを変えることで一応解決したが。
だが、これらはぶっちゃけどうでも良い(全くもって良くないが)。一番肝心なのは中の『画像フォルダ』である。
リア充の方々なら友達や家族、恋人との思い出写真、可愛らしいペットや動物の写真を保存しておく場所であるが、自分の場合はその限りでない。
俺の場合は画像フォルダには俺のありとあらゆるフェチが細かく分類され、保存されているのである。
視聴していたアニメタイトルや「眼鏡っ娘」「メイド」、といったメジャーなフェチから「筋肉娘」や「モンスター娘」といったニッチなフェチにまで細かく分類されている。
これを見られるのはとてもたまったもんじゃない。俺が今迄家族にも秘密にしていた性癖を全く見ず知らずの他人に知られるのである。
パスコードロックをかけておけば良かったと本気で思った原因の殆どはこちらである。
遠隔操作でロックをかけたのが夜になってからで、少なくとも半日は見られた可能性がある。
ただ、警察に届けられるのを待てば、互いに顔を合わせずに済むのであるが、警察での手続きは色々と面倒くさいし、落とし物が見つからなかった友人の先例もあるので警察はあまり当てにしないことにした。
それに、自身で安否を確かめた所まで来た以上、自身で解決せねばならんとの謎のポリシーがあったため、羞恥心をかきすてて、自ら取り戻そうと決心したのだった。
「……よし、覚悟完了。いくぞ」
まず、一部屋目、恐る恐るインターホンを押す。
「はい、どちら様でしょうか?」
暫くの沈黙の後ドア越しに聞こえたのは女性の声。声色からすると40代位だろうか。
「夜分遅くにすみません、あのー私、豊田光延と申します。突然ですが最近、スマートフォンを拾得されませんでしたか?」
「いえ、知りませんね。」
「そうですか。ありがとうございます。突然お邪魔してすみませんでした。」
一軒目はシロだった。だが、まだ可能性はある。俺は落ち込むこともなく直ぐ様隣の部屋のインターホンを押したのだった。
「拾ってません」
「知らないです」
「知りませんね〜見つかるといいですね」
留守も含めて、いずれの部屋もシロだった。俺は素っ気ない返答が多かったことや、電気が点きっぱなし故に居留守を使われているのではないかという憶測から鬱屈した気分になっていく。残す所最後の一部屋。ここになければ諦めて警察を頼るしかなくなる。それか留守中の人が忙しくて警察に届けるのを期待しなくてはならなくなる。
最後の期待を込めて俺はインターホンを押した。
「はぁーい」
今度は艶めかしい女性の声だった。こんな声の持ち主ならきっと美人に違いないとスマホとは別方向の期待に胸を躍らせた。その直後、戸を開けて出てきたのはその期待の遥か上を行く美しい女性だった。
黒のリブ生地でオフショルダーのセーターと紺色のジーンズから浮き出るスラリとしたボディラインは雑誌モデルのそれよりも整ってるものだった。それに加え眼鏡がよく似合う知的な風貌とプラチナブロンドの長髪。
控えめに言っても俺のどストライクの容姿だった。
「あの〜どうしました〜?」
「あ……あの、夜分遅くにすみません。ぼk…私、豊田光延と申します。突然ですが最近、スマートフォンを拾得されませんでしたか?あ……えっと……位置情報サービスを使って調べたらこの辺りから反応があって……」
その美しさに一瞬固まってしまったが、 本題を思い出し、ぎこちない口調で質問した。
「スマートフォン……?あっ!そいえば昨日拾ったんだったわ!ごめんなさいね〜明日警察に届けようと思ってた所だったの」
「そうですか。良かったです。拾って下さり、本当にありがとうございました。」
「こちらこそわざわざ足を運ばせちゃってごめんなさいね〜お詫びしたいからちょっと上がってもらえないかしら?」
「……へ!?」
突然のお誘いに一瞬固まる俺。お礼をしなければならないのはこちらのはずであるのに逆にもてなしてもらうなんて、余りにも虫が良すぎる話ではないか。
「い……いやいや、お礼をしなければならないのはこっちの方ですよ!」
「いいのよ。拾って直ぐに届けなかった私の落ち度も有るし、連絡の1つも入れないであなたを不安にさせちゃったから……」
「いや、電話番号の1つも書かれてなかったから仕方ないと思いますよ。それに固定電話持ってませんし……」
一応、遠隔操作を行った時にスマホの画面上に俺の下宿の電話番号を表示させたが、恐らく確認する前にバッテリー切れになってしまったのだろう。
「お願い!償いの1つでもしないと気がすまないのよ!だから……ね?お願い!」
「わかりました……少しだけお言葉に甘えて……」
「良かった!……さっ、どうぞ♪」
顔前で手を合わせ、お願いをされては断ろうにもできなかった。
そして穴歌混じりで部屋へと案内する彼女へとついて行った。
こういうのは普通もてなされる側の気分が良くなるものだ。しかし、何故か見ず知らずの他人をもてなす彼女の方が上機嫌な様子だった。とはいうもの、自分も申し訳ないと思う半面、とびっきりの美人にもてなされるという願ってもない好機に心躍らせていたのが半分だった。
「さっどうぞどうぞ♪」
通された部屋はホコリ一つなく、フローリングも机も光沢を放っていた。本棚食器棚はじめ、部屋中が整然と整理されており、余分なものは何一つなかった。機材を持ち込めばそのままグラビアか何かの撮影に使えそうな感じだった。
彼女は俺をダイニングチェアに座らせると、キッチンからティーセットを運び、俺の前にカップを置くと彼女はテーブルを挟んで反対側に座った。
「あの、そういえばお名前まだ伺ってませんよね。」
「あぁごめんごめん忘れてたわ。私、映里奈(エリナ)・ユーティライネンよ。エリナでいいわよ。よろしくね、みっくん♪」
「みっくんて……まぁいっか。北欧の出身ですか?」
「えぇ、でも育ちはここだから、日本語しかしゃべれないわよ。」
「そうなんですか。ところで……」
「あっ!スマホスマホ!はいこれ!」
彼女はテーブルの端に重ねられていたファション雑誌の上に置いてあったそれを手渡した。受け取ったそれは紛れもなく自分のスマホだった。
「おお!これですこれです!いやぁ〜本当にありがとうございました。良かった。カード類も全部無事みたいだ」
バッテリーは完全に切れていたが、カード類も全て無事だった。
俺は彼女の出したハーブティーをすすりつつ、持参したモバイルバッテリーを繋ぎ電源をいれた。すると、遠隔操作で設定したパスコードの入力を要求され、入力するといつも見慣れたホーム画面が出た。見たところ、触った形跡はなかった。
「あの……中身はどこまで見ました?」
「可愛らしいホーム画面ね。」
「なっ……!?」
「いやいや、ホーム画面を見ただけよ。バッテリーも残り少なかったし、次見たときにはもう電池切れちゃったし。」
「そうですか……ならよかった。」
「何?見られたら困るものでもあったのかしら?」
「いや……別に……」
俺はしらばっくれながらカップ内のハーブティーを飲み干した。
美味しかったはずのハーブティーの味がしなくなっていた。
ホーム画面の壁紙はエロくは無いものの、メイドさんを描いたイラストを採用しており、私はオタクですと言わんばかりのものである。
だが、彼女は「可愛い」の一言で受け流してくれた。
それ以外のエッチなイラストや漫画が見られている不安もあったが、さっきの台詞と俺に対する態度から見ていないだろうと胸をなでおろした。
そもそも俺にそんな趣味があると知ったなら、大概の女性は冷ややかな対応で済ませ、こんなにもてなしてくれる訳無いだろう。
緊張が解けた所で体も安心しきったのかお腹の虫が鳴ってしまった。
良い話題と言わんばかりに彼女が切り出してきた。
「君、一人暮らし?」
「はい、下宿暮らしです。」
「ご飯はもう食べてきたの?」
「いえ、帰ってから食べる予定です。」
「そう。ちょうど良かった。今日は食べてって。いっぱい作っちゃったから。」
「えぇ!そんなの悪いですよ。拾って頂いた上にお食事までご馳走になるなんて。お茶だけで十分ですって!」
「いいのいいの!今日友達が来る予定だったんだけど急用で来れなくなって!このままだといっぱい余っちゃいそうだから。ね?お願い!私に協力して!?」
「はぁーそれでは頂いていきます……」
彼女は顔を前のめりにして上目遣いにお願いをしてきた。
スマホを落としただけでご馳走まで振る舞ってもらえる、世の中こんなに都合が良ければ今頃落とし文のようにわざと落とすことが流行するだろう。そう思いつつ、口先では遠慮していたが、心中では期待で心躍らせていた。
「ちょっと準備するから、待っててね」
そう言うと何故かキッチンではなく寝室と思しき奥の部屋へと行ってしまった。俺は首を傾げたが、そういえばさっきからキッチンの方からとても芳ばしい味噌の香りがする。どこかで身の覚えのある香りだがもしかして……
「おまたせー」
「一体何を……うわっ!」
彼女の行動は予想の斜め上を行くものだった。なんと黒のワンピースに白のエプロン……彼女はエプロンドレス、つまりメイドの姿で現れたのだ。
「何ですか!?それ!?」
「ふふー、私、コスプレが趣味なのよ。紅茶の時にやっとけばよかったわ」
「だからって見ず知らずの人にそんなことします!?」
「あら?メイドさんはお好きでないかしら?」
「まぁ……別に……」
「ふーん?あの壁紙で?」
「その話はもう良いですよね!?」
ただでさえ直視できない、非の打ち所がないメガネ美人だというのにメイド服を着られてしまっては更に目のやりどころに困る。あまり見ていると変な妄想が掻き立てられ、血液が海綿体に集中してまともに動けなくなってしまうだろう。
だがその姿は「尊い」の一言に尽きるものであり、見ておかないと勿体無い気もした。
視線を逸らす派と凝視する派の俺が頭のなかでドンパチした結果、ちょっと彼女に視線を向ける、次の瞬間には視線を逸らす。これを50回/分くらいのペースでしてしまっていた。
夕飯については殆ど完成していたようだった。彼女は鍋の中身をどんぶりによそうとそれを二人分こちらに持ってきた。
「というわけで、はい、ご主人様♡私が腕によりをかけて作った料理でございます。」
「ご主人様って……あなたって人は……えっ!?」
俺は彼女の料理に目を疑った。熱々の湯気ともに鍋から立ち込める芳ばしい味噌の香り、味噌料理特有の赤茶色のスープ、その色に染まった中太の麺、その上に乗り彩るねぎや鶏肉、生卵、それは俺の大好物「味噌煮込みうどん」だった。
「な……なんでこれを……」
「私、いろんな地域の郷土料理に挑戦しているの。今日は愛知県の味噌煮込みうどんにしてみたけど、あまり好きじゃない?」
「好きも何も……俺の大好物ですよ!」
「そう、凄い偶然ね♪私たち気が合うのかもしれないわね」
そう言いながら彼女はメイド姿のまま、机を挟んで俺の対面に座った。
そういえば身内以外の女性と食事するなんて初めてだった。
それに、彼女に気を取られすぎて、自身の空腹に気が付かなかった。
しかし、この大好物を出されたことにより五感が一気に刺激され、今や、目の前のうどんにしか注意が向かなくなっていた。
「どうぞ召し上がれ♡」
「じゃ、遠慮なく、頂きます!」
ここまで来たからには食べないほうが失礼にあたる。俺は早速目の前の味噌煮込みうどんの汁をレンゲに取り、一口すすった。
―――――うまい。
味噌煮込みうどん特有の土鍋を使ってはいないもののその味は紛れもなく“本物”だった。
独特のとろみとともにじわり、じわりと口内に八丁味噌のとろけるようななめらかな旨味が広がっていった。
我が家のものはおろか、飲食店にも匹敵するそのクオリティに舌鼓を打った。
さて、麺の方はどうだろうか。まず、一本を箸でつまみ、すする。
おお、なんということだ。こちらも正真正銘“本物”だった。
歯で噛み切ろうとすると非力ながらわずかに歯を押し返そうとする、「もちっ」とした感触が伝わった。そして煮込むことによって八丁味噌の味が麺に浸透し、なめらかな旨味を引き出していた。
また、卵と絡めることによって、とろっとした風味を加えたまた違った旨味を堪能できる味となった。
そして、飲み込むとつるんとした喉越しが一種の快楽となって伝わった。
鶏肉は程よく煮込まれていた為に、火の通っていない生のところも無ければ、固い部分もなかった。こちらも汁の旨味が浸透し、ぷりっとした食感と相まって食べてしまうのも惜しい具材となった。
そしてネギはピリリッとした辛さが汁の旨味によって抑えられているものの、それがアクセントとなり、具材の味の幅を広げていた。
素っ気ない味わいのしいたけも、素朴でまろやかな味になっていた。
一言でいうなら「美味しい」であった。もしかすると、地元の名店を超える美味しさかもしれない。
最近、中々実家に帰省できず、この味が恋しくなっていた矢先であったので、この味を久々に味わえた喜びも相まって、俺は恍惚状態になっていた。
「そんな顔されると、私まで嬉しくなっちゃうわ」
俺は彼女の声で、はっと我に返った。あまりの美味さに周りが見えなくなることって本当にあるのだと驚きあきれていた。
「おかわり、いっぱいあるから、どんどん食べてね♪あとおひたしも食べてね」
「あっ、是非ともいただきます!」
ふと彼女の食べる様子を見ていみると、左手で銀の長髪をかき上げ、眼鏡を曇らせながらうどんを啜っていた。当然、メイド服のままである。
その姿に可愛いとか、萌えるという以前に、吹き出しそうになってしまった。
ラーメンをすするエルフとか、パフェを堪能する織田信長とか、まるで現代×異世界・異時代物のファンタジーの一場面にありそうな光景に思えたからだ。
結局、俺は3杯、彼女は2杯平らげてしまった。お腹の方も非常に満足している。
「ごちそうさまでした。いやぁ〜とっても美味しかったです。」
「お粗末さま♪私こそ助かったわ。」
「こんな美味しい料理を作れるなら、貴女の旦那さんになる人はとっても幸せでしょうね。」
口が滑った。ついつい自分の欲望がコンタミネーションした称賛の言葉を送ってしまった。
自分なんかがこんな料理を毎日振る舞ってもらえるなんて、夢のような話だ。
「ふふふ。お世辞でもうれしいわ♪」
彼女はその真意に気づかなかったようだった。しかし、逆に左手を頬に当てながらの愛嬌に溢れた笑みでこちらが悩殺されてしまった。
「あの……トイレ借りてもいいですか?」
「えぇ、廊下出て右よ。」
俺はそそくさとトイレに向かった。純粋に尿意を感じたのもあるが、この真意は自身を落ち着かせるためであった。
味噌煮込みうどんを完食してから、再び彼女のことしか考えられなくなっていた。
眼鏡っ娘でスマートな体型、プラチナブロンドの長髪美人。そしてメイド服がよく似合うコスプレ趣味の持ち主、更には手料理も美味しいと、映里奈さんはまさしく自分の理想の権化であった。
そんな彼女にときめくなというのは、シュワちゃんにステゴロで勝利しろと同じくらいの無理難題だった。
それに、初対面というのに家に上がらせてもらった上に手料理までもご馳走してもらったのだ。チャンスが無いという方がおかしい。
きっとこの後連絡先を交換して、お誘いを受けて、一緒にご飯食べたり、お買い物したり、映画見たりするデートをするんだろうなぁ。そしてお互い雰囲気が良くなったところでキスをして……それからその雰囲気のままホテルに行ってセッk……
いや、突然初対面の相手にコスプレを披露するような彼女だ。もしかしたらこれら全部すっとばして、この後、メイド服のまま、めちゃくちゃセックs……フヒヒ……
ベチン!
っと、俺は便座に腰掛けながら自分の両頬をひっぱたいた。今の俺、多分凄くキモい笑顔だったに違いない。
発想が童貞すぎるだろう。彼女の素性も全く分かってないというのに、関係を持つのは危険だろう。夢を見させるだけ見させておいて金を貢がせたら捨てるタイプの悪女かもしれない。もしくは一種の美人局―――――。
そもそも、あんな美人がモテないわけないし、俺のような何の取り柄もない男に惚れるわけ無いだろう。とにかく良からぬ可能性も考えておくべきだ。
俺は、先程までの彼女との一時と、先の妄想により、海綿体に集結していた血液を分散させるべく、トイレで落ち着こうとした。
一先ず、平生な心で彼女の所へ戻るために、いつものように、スマホを取り出し、何気なくLINEをチェックした。
……あれ?
LINEを開いた時、俺は異変に気がついた。それは母とのトークにあった。
◯月×日(昨日)
<今度帰ってきた時、
好きなもの作ってあげ
るから 19:22
<リクエストしてね。19:23
じゃあ俺の一番の
大好物で >
既読
19:25
<味噌煮込みうどん
でいい? 19:29
それでお願い>
既読
19:30
<了解(スタンプ)
19:32
こんなやり取りした覚えはない。そもそも、時間帯からして俺がスマホを落としたのを気がつく前であった。
この時間帯にスマホに触ったと考えられる一人しか居ない。そう、映里奈・ユーティライネン、彼女のみである。
しかも、このやりとりからして、彼女の用意していた夕飯が自分の大好物と一致したのは単なる偶然ではなかったことが明白である。何の目的があったかは知らないが、彼女への甘い期待が減退していくのを感じ、憤怒がこみ上げてきた。
俺はトイレを飛び出すと、居間に戻り、声を荒げて彼女に問いただした。
「ちょっと!どういうことですか!?頼んでも居ないのに代筆をするなんて!……ってあれ?」
だが肝心の彼女が見当たらない。隣室で着替えているのだろうか。けれども隣からも物音1つせず、それどころか彼女の気配すら消えているようだった。
「どこ行ったんだ……?」
辺りを見回したその時だった。
「ねぇ……好きなの……?」
「ひっ…………!」
突然、右の耳元で妖艶な女性の囁き声がし、背筋がゾクゾクと快楽にも似た寒気が走った。
それと同時に、俺は後ろからあすなろ抱きされていることに気がついた。
「な……何のことですか……映里奈さん?」
「好きなんでしょ?……メイドさん?」
その声に反応しながら俺は恐る恐る、顔を右へ傾けた。
俺を抱きすくめていたのは紛れもなく映里奈であった。まるで幽霊のように突然、俺の後ろに現れたのである。
ほのかに香る彼女の甘い匂いと背中に押し付けられた胸がじわりじわりと俺の理性を奪っていった。それをぐっと堪え、険しい声で彼女へ質した。
「……見たんですね?俺のスマホ」
「ごめんなさいね……嘘ついちゃった」
「どこまで見たんですか?」
「うーん。『写真』は全部見たかな?それとLINEとWebブラウザの履歴と◯indle……ぐらいかな?」
「見てほしくない所ばっかりじゃないですか……!」
彼女の口調に反省や罪悪感の色は微塵にも感じられなかった。むしろ、こちらをからかっているようだ。
「でも、私はみっくんのこと全然軽蔑したりしないわ。むしろ運命感じちゃったもの……」
「運命……?」
「そう、運命。私の事絶対好きになってくれる人とめぐり逢えた運命を…………ね?」
「な……何を根拠に!?」
彼女は俺を支点にくるりとポールダンスのように180度、俺の背中から回って正面に立った。
「例えば……その中、眼鏡っ娘のイラスト画像が専用フォルダには231枚、他のも含めると全部で547枚あったわ。みっくんが眼鏡フェチなのよーくわかったわ……だから、きっと眼鏡かけてる私の事きっと気に入ってくれると思ったんだけど……ね?」
彼女は俺の顎に手を添え、自分の目線と俺の目線を揃えた。彼女は妖艶な笑みを浮かべていた。俺は直ぐ様目線を反らしたが、それに合わせて彼女も顔を動かしてきた。
「それだけじゃないわ。メイドさんの画像が全部で459枚、バニーガールが273枚、軍服、ミリタリーが215枚……」
「……」
画像の正確な枚数は数えたことはないが、おおよそその程度の枚数だった。
「それに、筋肉娘やスポーツ少女のイラストが全部で232枚。それでもって私は……ほら!」
「ちょっ!うひゃあ!」
突然彼女は俺の右手を取ると、ワンピースではなくセパレートタイプだったメイド服の間にその手を突っ込ませ、腹を撫でさせた。俺は素っ頓狂な叫び声を上げてしまった。
「ほら、少し凸凹してるでしょ?私、こう見えて、武術を嗜んでいたから、筋肉には自信があるの。お姉様や妹たちと比べて、女らしくないってコンプレックス感じることもあったけど、あなたみたいな人がいるってわかって嬉しかったのよ」
「あわわわ……っとりゃ!」
俺は咄嗟に後ろに飛び退き、後ろのソファにへばりついた。こんな風にエロいシチュエーションに遭遇できたらと男諸君なら一度はあるだろう。
だが実際自分がそんな目に遭遇すると、喜びよりも恐怖のほうがずっと大きい。
俺は尻もちを付くようにその場に座り込んでしまった。
「ホント何なんですか!?そう言って、俺を誑かすつもりですか!?」
「ふぅん……?私の事……まだ好きじゃないのね?」
「そういう問題じゃないです!何なんですかこれは!?」
「だったら……まだ誰にも魅せたことの無い、とっておきの私をみせてあげようかな?」
「はい……!?」
きょとんとしている俺を他所に、彼女はその場で俯くと自身を抱きすくめるような姿勢で立ち止まった。
「ん……うん……んあぁ……」
まるで快楽によがるような甘い嬌声をあげた。すると彼女の足元に赤色の魔法陣のような文様が出現し、彼女は赤黒いオーラのうな光に包まれた。それと同時に風の無いのに彼女のメイド服はたなびき、銀髪が逆立たった。
唖然としながらそれを見ていると背中のあたりが膨れ上がり、バサッと空気を切り裂く音とともに、1対のコウモリのような雪のように純白な翼が出現し、にょろりとスペードマークのような形状の先端を持つ純白の尻尾が伸びてきた。
頭にはヤギのように太い漆黒の角が1対生え、耳もエルフのように尖った形状に変形し、眼鏡越しの瞳は赤く輝いていた。
「ふふふ……どうかしら?」
「あ……悪魔…………!?」
「ブッブー、25点」
「じゃあ何だ!?……!!まさか……サキュバス!!」
「うーん、50点」
「なら、あんたは一体……」
「正解は……淫魔、つまりサキュバスの中でも、魔王をお母様にもち、より強い力を持つ種族のリリムよ。自分で言うのも何だけど」
「魔王の……娘……だと!?」
「そう。私は魔王の第515女、エリナ。それが本当の私」
そう言うと彼女はファッションモデルのように腰を艶かしく、くねらせながらゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
俺はというとその信じがたい光景に脳の処理が追いつかず、身体もまともに動かせない状態だった。
「ななな何でこっちの世界に?」
「うーん、偶然こっちへの入り口が見かったんたんだけど、いきなりどっと雪崩込むのは危険だってことで、私たちが斥候としておくられてきたの。」
「目的は……まさかこの世界の男の精液を根こそぎ……!!」
「ううん。それだけはないから安心して。大昔はそうだったけど、お母様が世界を変えちゃった大丈夫よ♪」
「えっ……!?それってどういう……?」
「私の目的は、この世界をみんなが愛し合える素敵な世界に変えること、それから素敵な旦那さんをゲットすること……それだけだから♡」
「ひい!」
俺は混乱のあまり、両腕を伸ばし、顔を背けて拒絶するようなポーズを取ってしまった。
「何?私の事嫌い?それともスマホ覗かれたのそんなに嫌だった?」
ちらっと彼女の顔を見ると、もの悲しげな表情を浮かべていた。
「いや……ちょっと、これが現実なんてとっても受け入れられなくて……混乱してる…………それに……」
「それに?」
「本当に俺なんかでいいのかって、」
「じゃあ聞くけど、みっくんは私を初めて見た時、なんて思ったの?」
「か……かわいい人だなぁ……って……それで……」
「じゃあ決まり♡」
「〜〜〜!?」
混乱していたために本音を言ってしまったのが間違いだっか。言葉に詰まって全部言い終わる前に彼女は俺の唇を自らの唇で塞いできたのだった。
あっという間に彼女の舌が俺の口内を侵蝕し、俺の舌に絡めてきた。
彼女の手が俺の耳を抑え、くちゃくちゃと口内をかき回す音が直接脳内へとこだました。
2〜3分はあろうかという長い口づけの後エリナは漸く唇を離した。俺はその未体験の快楽ゆえに力んでいた体から、力が抜けてしまった。
「ふふふ……蕩けた顔してて……可愛い……」
力が抜け、口から混ざりあった唾液を垂らしている俺を他所に、彼女はご満悦な様子だ。
「ここでやってもいいけど、折角だからベッド行きましょ♡」
そう言うとエリナは、ご自慢の筋肉の力で俺をお姫様抱っこで抱えあげてしまった。そしてそのまま俺をベッドに横たえると俺の服を一気に脱がし始めた。
抵抗しようにもまだ力が入らない。
彼女は俺をバンザイの格好をさせると、俺の服を一気に脱がし、下半身もベルトを取るとパンツごと脱がしてしまった。
「あぁん♡やっぱり生で見るおちんぽって凄い……」
淫魔に襲われているという喜ばしいんだか、恐ろしいんだか分からないときにも俺の愚息は強くいきり立っていた。そのそそり立つ男性器を初めて目にした彼女は宝石を眺めるかのようにうっとりしていた。
あぁ何と情けない。例え眼の前にいるのが自分の好みをこれでもかと寄せ集めたような絶世の美女とはいえ、襲われていることに変わりないのだから。
「あぁっ!もう我慢出来ない!」
そう言うとエリナは着ていたメイド服を頭からすっぽりと脱ぎ捨てた。
そのままでも良かったのに、と心の片隅で思ってしまう自分に呆れつつ、全裸になった彼女に目をやると、そこには所々発達した筋肉で凹凸が付きながらも、くびれや胸の盛り上がりなど、女性の艶めかしさを両立させた美しい身体があった。
今はこんな風に感心している場合ではないのだが。
「もう、犯しちゃうから!」
「えっ、ちょっ……っぁあああ!!!」
エリナは服を脱ぎ捨てた直後に、俺の下半身へと腰を寄せると俺の一物へと一気に腰を降ろしてきた。
こうして、俺の童貞は呆気なく奪われてしまった。
「あん♡SEXっこんなにも気持ちいいのね!」
「ぐはぁっ!!」
初めてのSEXで彼女はすっかり興奮しきっているようで、激しく腰を振っている。
その鍛え上げられたであろう腹筋や大殿筋、大腿四頭筋から生み出されるその暴力的なグラインドで、俺はまともに言葉を繋ぐこともできなかった。
「ねぇみっくんは気持ちいい?」
「あっ……うっ……あぁ!!」
ご丁寧にPC筋も徹底的に鍛え上げているのだろう。彼女の膣は強く紐を引いた巾着袋の口のようにきゅうきゅうと俺の愚息を締め付けた。
そして膣内の軟襞がみちみちと密着し、絡みついてくる感覚が俺を襲った。
襲いかかる未経験の、至上の快楽で俺は女のようにひたすら喘ぐことしかできなかった。
「う〜ん喘いじゃって、可愛い♡ちゅう〜」
「んーっ!」
『可愛い』の一言に興奮を覚えたのと同時に、彼女が再び唇を重ねてきた。先程のファーストキス同様に、されども激しく、俺の口内をかき回した。
下半身から容赦なくせり上がってくる快楽に加え、ねちゃねちゃと直接脳内にこだまするような水音で俺の頭は快楽で塗りつぶされていった。
「っぷはっ……あぁ……もうダメ……イキ……そう……」
彼女が唇を離すと同時に俺は押し寄せる快楽に抗い、なんとか言葉をつないだ。
だが、エロ漫画の如く、素直に限界に近づいたことを言うべきではなかったと後悔させられることとなる。
「ダメ♡」
「!?」
エリナは自慢のPC筋で膣を狭め、俺の肉棒をキツく締め上げた。
「キミの口から言ってくれないと……イヤだなー」
「えっ……あがが……何をっ……うぐあっ!」
肉棒に柔肉がねちっこく絡まり、快楽を増幅させているのは相も変わらずだが、キツく締め上げているために、射精したくてもできなかった。
閾値を超えてもなお蓄積される暴力的な快楽を前に俺は苦痛で苦しみように悶ていた。
「私のことどう思ってるか……って、キミの口からしっかりと……ね♡」
「あぁー!おぉ……ぐあぁあ……」
これは正しい答えを言わないとダメなやつだ。そうしないといつまでもこのままかもしれない……。
滅茶苦茶になった頭の片隅で悟った俺はあの時の気持ちを素直にぶつけてみる。
「一目……惚れでした……あうぅ……」
「よろしい♡」
そう言うと彼女は膣の締め付けを緩めた。肉棒にかかっていた圧が一気に弱まったことで、俺の肉棒から壊れた蛇口のように白濁が吹き出した。
「あぁっ!……ぐぉああああああ!!!」
「はぁあああああ!!出てるうう〜!いっぱい出てるぅ〜!」
あまりの気持ちよさに目の前が真っ白になった。こんなの精通した頃以来だっただろうか。蓄えられ、せき止められた欲望が快楽が解き放たれることで生み出されす無限大の快楽――
その止めどない快楽と共に、俺は彼女の膣内へと大量の精液を解き放っていた。びゅくびゅくと脈動する俺のペニス。それに合わせるかのように彼女の膣も俺の白濁を残さず吸い取るかのようにひくひくと脈動しているのがペニスを通じて伝わってきた。
「もう……ムリ……」
「凄い……精液って……あったかくて……ベトベトで……」
恐らくこの世に生を受けて初めて味わったであろう快楽に俺の身体がついていける訳なく、彼女の喜悦の声を聞きながらそのまま意識を手放してしまった。
………………
……………
…………
………
……
…
「へぇ……こちらの世界と繋がるんですか……」
「そうよ。要するに私はその事前準備で来た斥候の一員ってわけ」
目を覚ますと俺はエリナの腕の中に抱かれていた。当然お互い全裸というTHE事後の絵面の状態である。
角、翼、尻尾が生えたままであり、どうやら本当に彼女は人間ではないようだ。
そのまま二回戦……!ということにはならずに済んだ。
布団の中でお互いに生まれたままの体を寄せ合いながら、彼女は自分のいた世界の話をしてくれた。
彼女の母親は世界を大きく変えた魔王であるということ。
『魔物娘』と呼ばれるこちらの言葉で言う『モンスター娘』が生息していること。
その魔物娘は絞り殺したり浮気したりしない、永遠に男性を愛してくれる存在であること。
等々魔物娘という存在に加え、
『教団』と呼ばれる敵対勢力との抗争に先行きが見えてきて、新たなる世界を開拓しにこちらの世界との出入り口を切り開く予定であること。
その目的はこちらの世界から不幸な人々をなくすこと。
その下準備のためにエリナ含む魔物娘が送り込まれ、潜伏していること。
というあちら側の情勢についても教えてくれた。
地球の歴史が大きく変わるかもしれない驚天動地の自体というよりも、俺は街中にモンスター娘が溢れかえるかもしれないという、願っても叶いそうになかった願望が実現されつつあることに、興奮と感動を覚えた。
それと魔物娘の性質上、もうエリナにハメられた時点で自分と彼女が切っても切れない関係になったということもこの時初めて知った。
「で、どうする、みっくん?続き、する?」
エリナはベッド脇に外したあった眼鏡を装着し、俺を誘ってきた。
俺が眼鏡フェチであることを知ってるが故の誘惑手段である。
体内全ての精液を吐き出したかのような射精感を味わったはずだったが、予想外に俺の息子は元気になっていた。
「今度は……優しく……お願いします……」
「よし♡」
この先世界はどう変わるのだろうか。
本当に世界中から不幸な人々がいなくなるのだろうか。
大きく変わるかもしれない世界に思いを馳せつつ、俺はエリナへと体を寄せるのであった。
………
……
…
あぁそれと今回の一件で得た教訓を言い忘れた。
みんなも気をつけたほうがいい。スマホにロックをかけないと、自分の性癖がバレて、それに漬け込んだ誘惑をして来るかもしれない。
魔物娘が来た世界ではこんなことがきっと何件も起こるだろう……
20/04/22 17:21更新 / 茶ック・海苔ス