読切小説
[TOP]
魔物娘との学園ラブコメの冒頭っぽいもの
「母さん!父さんとのセックスは僕を起こしてからって言ったよね!もう7時半じゃん!」

 雷鳴のように階段を激しく踏み鳴らして駆け下りてくるなり、雄二は居間でいちゃつく両親に向かって叫んだ。その髪は鳥の巣のように寝ぐせで乱れ、シャツのボタンをかう位置が無茶苦茶、ベルトが閉まっていない故、腰下までずり下がったズボンのウエスト上部からパンツが顔を覗かせていた。

「あら〜ごめんねゆーじ。お父さんの朝勃ち見ていたら我慢できなくなっちゃったのよ〜」

 ソファーの背もたれからひょっこりと彼の母が顔と湿った尻尾を覗かせた。その顔は熟したリンゴのように紅潮しており、小さく息切れしていた。恐らく背もたれの背後にある彼女の身体は一糸まとわぬ姿で、その下には彼女に敷かれた父がいるはずだ。

「文句言うな雄二、これはサキュバスである母さんにとって大事な食事なんだぞ。お前も彼女が出来たらわかるさ」
「だからって大事な息子を放っておく?今日遅刻したらペナルティなんだよ!!」

 彼の予想通り、背もたれの後ろから父の声がした。どうやら起きてくるなり、母に朝勃起を見られ、興奮した彼女に押し倒されたようだった。

「あぁん、待ってねユージ、今ご飯作ってあげるから……まず抜かなきゃ……」
「もう間に合わないからいいよ!母さん!このパン食べてくから!」
「あらそう?じゃあおでこに行ってきますのキスを……」
「ああもう!父さんにしといて!!じゃ、行ってきます!」

 そう言い残すと雄二は片手に菓子パンを持ちながら、家を飛び出した。後にはソファーの上で合体したままの両親が残された。

「あの年ならもう彼女いてもおかしくないのにな」
「大丈夫よ、ゆーじはいい子よ。あなたに似てイケメンだし。今にきっと可愛らしくて素敵な彼女ちゃんを連れてくるわ」
「そうだな、心優しい所はお前似だ。俺たちが心配するまでもないな。それより続きをしようか?」
「じゃ、ユージの言ったとおり、あなたに行ってきますのキスの分、たっぷりしてあげるわね♡……んちゅ……」

 雄二が飛び出し、静寂に包まれた家の中では口づけの湿った水音だけが響き渡っていた。



「全く……あれが少し前まで離婚寸前まで冷え込んでいた夫婦なんて思えないよ……あっみゆきおばさん!おはようございまーす!今日もキレイですね!先週いただいたウナギおいしかったですよ!」
「あら、ゆうくん、おはよう。車とケンタウロス属には気を付けるのよー…………あぁ、旦那さんはあんなおりこうな子がいいかしら♡」

 家の前を掃除していたところを雄二とすれ違い、挨拶を交わしたのはお隣に住むみゆきという女性だった。怒りという感情を知らなそうな落ち着いた雰囲気、未亡人の様な儚げな色気を持つ彼女だが、見かけによらず未婚である。だがそんな彼女の下半身は雄二とは異なり二本の脚ではなく、胴より続く長い尾が伸びており、その先端には鰭があり、ウナギを連想させる造形だった。それもそのはず、彼女は人間ではなく、鰻女郎と呼ばれる魔物である。
 彼の母親も、形こそは人間に近いものの、頭にはヤギのような角、背中には蝙蝠のような一対の翼、うろこのないトカゲのように伸び、先端にはトランプのスペードのようにくびれた尻尾を生やした、男性の精を糧とするサキュバスであった。最も、すべてのサキュバス含む、魔物がそうだが、自身の伴侶となった男以外から精を搾り取ることはない。

 パンを咥え、制服を整えながら走る間にも雄二は何人もの獣耳、鱗肌、不定形の身体、無機物の外骨格、頭足類の脚、節足動物や奇蹄目や蛇の下半身、背中の翼……を持った異形の女性たちとすれ違い、追い抜き追い越されていた。だがそんな魔物の女性たちに、雄二は目もくれることもなく走り続けていた。そう、これが彼らにとっての日常だからである。



 今から数年前、異世界へ繋がる門とともに魔物の大軍勢が現れ、この世界の全人類へと宣戦布告した。大混乱に陥った各国は武力を以てこれを迎え撃つも、魔法を伴う圧倒的力の前になすすべもなく敗北し、瞬く間に征服されてしまった。征服された人類は誰もが魔物による圧政が始まるものと恐れていた。が、そんなことはなく、彼らは人類に友好的に接しこの世界へと溶け込んでいった。
 その一方で異世界よりこの世界へと大量の魔力を流し込み、この世の理を大きく変えてしまった。人間の男性は、姿はそのままに、強靭な肉体と精力を持った生物、インキュバスへとつくりかえられ、人間の女性はサキュバス、ラミア、マーメイド、ハーピィ、ケンタウロスといった、異形の器官を持つ生物、魔物娘へとつくりかえられた。
 おまけにこの魔力、エネルギー保存の法則を無視して無尽蔵に増え続けるという、自然の摂理を根底から覆す恐るべきエネルギー元でもあった。それにより詳細は省くが、国際紛争・環境問題・貧困・格差・疫病……ありとあらゆる地球上・人類の問題のほぼ全てを一瞬にして過去のものへと変えてしまった。
 そしてすべての魔物娘は男性の精、つまり精液を糧とするサキュバスの性質を全員持ち合わせていた。そのため、人々の倫理観も大きく変わり、特に性に関しては開放的なものへと変わった。また、争いよりも性愛を好む性格により、犯罪発生率もほぼ0になり、世界は平和なものになった。更には彼女たちが精を摂取するのは生涯一人の男性のみである性質から浮気や不倫といった痴情のもつれとも人類は無縁のものとなった。

 この大変化によって、大混乱が発生しなかったわけではなかったが、数年で収まり、今や地球上の誰もがこれを当たり前のものとして享受している。

 ちなみに雄二にとって最も身近な変化は、異世界侵略前は離婚調停寸前までに冷え切っていた仲だった両親が、今や熱愛中のバカップル以上に熱く、他人の目も気にせず所構わず交わり出す、発情期のウサギ並みに盛ったおしどり夫婦へと変わったことだった。



「おーい待って!ちょっと!」

 食べかけの菓子パンを持った手を振りながら雄二はバスへと駆けていった。
100メートル先のバス停には既にバスが到着し、乗客の乗降も済んであとは発車するのみだった。ところが彼のアピールが効いたのか、バスは一向に発車しなかった。それでもいつ発車するかわからない不安から雄二はスピードを落とすことなく走り続け、空いた乗り口からバスへと転がり込んだ。そんな雄二を見たバスの乗客はたちは微笑ましい光景を見た時のように、笑みを浮かべている者が大半で怒った様子の者は一人もいなかった。その多くはやはり異形の身体を持った女性だった。

「よぉユージ!まーたパパンとママンの喘ぎ声で寝不足かい?」
「ハァハァ……三割くらい合ってる……それより……ハァハァ……待っててくれてありがとう、リカさん」
「おう、また一つ貸しだぞ。お待たせしましたー、発車しまーす」

 バスの運転手が顔見知りで融通を利かせて待ってくれたことにより、雄二はなんとか乗り遅れずに済んだ。彼女はリカ。雄二の近所に住んでおり、年は離れていたが彼とはよく遊んだ幼馴染だ。今は所帯持ちでバスの運転手をしている。そんな彼女は闇より深い漆黒の体毛も持ち、イヌ科の耳、尻尾、肉球のついた手足を持った魔物娘、ヘルハウンドだ。

「聞いてくれよナァ?昨日アタシの奴隷がさー」
「ちゃんと前見て運転してくださいよ」
「アタシに内緒でタケリダケなんか取り寄せやがってよ、そいつの効果でアタシを屈服させようと画策してやがったんだ。だからよ……」
「まーたDVしたんですか?」
「ちげぇよ!主従関係を再確認させてやったんだよ!アタシに逆らうとどうなるかを一晩中叩き込んでやったぜ!」
「はぁ……そうすかー」

 リカは昨晩の自分の旦那(奴隷)との情事を幼馴染である雄二に話すことを日課としている。最初は恥ずかしくて聞き流していた雄二だったが、今では慣れて、呆れながらも耳を傾けるようになった。
 ヘルハウンドは凶暴な性格で男性を屈服させることを好む傾向が強いと言われている。彼女も例外ではなく、毎日自分の旦那(奴隷)をいかに屈服させたかを毎朝自慢している。彼女がヘルハウンドになったのは、元々男勝りで気が強く、近所のガキ大将的存在だったリカの性格と、ヘルハウンドの性質と相性が良かったからだろう。そんなことを考えながら雄二は話を聞いていた。
 車窓から外を眺めると、サキュバスやら天使属やらハーピィやらの翼持ちの種族が空を飛び回っていった。路上を見ると走るときは軽車両扱いになるケンタウロス属の女性が路側帯を颯爽と駆けていった。ビルの谷に目を向けると、アラクネ属の女性が糸を巧みに操って、アメコミのヒーローのように駆けて行った。クノイチとワーキャットだろうか。高い跳躍力を駆使して屋根の上を飛び回る影も見えた。高い身体能力または特殊な能力、彼女たちみたいな能力の一つでもあれば、今朝のように遅刻して焦ることもなかったのに、と雄二はぼんやりと考えていた。

「今朝だってさ、アイツのポークビッツに貞操帯つけて放置してやったぜ!で、このバス片づけたら、今度は首輪と貞操帯一丁で近所を散……」
「ああッ!リカさん前!」
「やべッ!!」
 
 けたましいブレーキ音を鳴らし、バスが急停車した。雄二含む乗客が大きく揺さぶられ、雄二はバランスを崩し、尻もちをついた。だが幸いなことにそれ以上の大事にはならなかった。その上バスの前に飛び出した彼女とも衝突せずに済んだ。

「ちょっと!気をつけなさいな!わたくしの食パンが落ちてしまったじゃないの!」
「てめぇ!横断歩道渡りやがれボケ!!」
「ファッキューですわ!あぁ、また今日も幼気な童貞少年と出会えるおまじないが不発でしたわ……」

 そう言い残して落とした食パンを再び咥え、バスに向かって中指を立てながら一人のユニコーンが去っていった。

「あいつ……おめぇん所の生徒じゃね?」
「あぁ、魔界からの留学生、ミネーアさんだね……あの人の日本観、考証がおかしい昔のハリウッド映画以上に変なんだよ……」

 混乱が落ち着いてからはゲートの向こう、異世界との交流も進み、彼女のような異世界出身の留学生も珍しくなくなった。しかし。ミネーアのように、こちらの世界に対する偏見(と言っても笑い話になるような斜め上のもの)を持っている者が今なお少なくない。
 ミネーアの場合、年号が二つ以上前の日本の少女漫画の描写を、童貞の少年と出会えるおまじないだとずっと勘違いしており、留学当日以来、毎日実践していた。
そんなハプニングに見舞われながらもバスは無事。高校の最寄りバス停へと到着した。

「ありがとうおかげで間に合いそうだよ」
「おう達者でな―」

 と言ったものの、まだ油断はできなかった。ここから校門までは、走っても門限にギリギリ間に合うかどうかの距離である。そして校門の前にはもう一つの関門があった。それは、

「よっしゃ間に合っt……」
「そこでストップじゃ!」

 子供のように甲高い声に呼び止められ、雄二は門の直前で思わず急ブレーキをかけてしまった。足元に目を遣るとそこにはその声の持ち主に相応しい、低身長の人影があった。

「貴様、これで10度目じゃぞ?今度こそペナルティとしてワシのサバトに入ってもらうからな?」
「いやセーフですよサッチー先生。まだHRまで5分もあるし。それに今日は運が悪くてですね……」
「えーい御託などき聞きとうないわ!門限は5分前と決まっておるのじゃ!」

 説教を受けているというよりも駄々をこねる児童の相手をしているようだと困惑した雄二であった。黄色い声で雄二を𠮟りつける紺のとんがり帽子をかぶった彼女はこの高校の教師である祥子、通称サッチー先生である。教師とは不釣り合いな幼い見た目をしているのは、彼女が「魔女」と呼ばれる魔物娘だからである。魔女とはサバトと呼ばれる教団に入信した人間の女性がバフォメットの加護を受けて魔物化した姿である。サバトのほぼ全てが「永遠の若さ」と共に「幼女の背徳と魅力」を教義として掲げているため、魔女はみんなちんちくりんな幼女体型となる。
 因みに祥子の場合、「永遠の若さ」という謳い文句に釣られ、入信した過去がある。また、勘の鋭い人は名前と口調で察したであろうが、実は雄二の4倍長く生きている。そして独身。

「だってですよ、僕はサキュバスやハーピィみたいに空を飛べないんですよ?それでも全力で走って来たのにこの仕打ちですよ?ひどくないですか?それに今日なんかバスの前にユニコーンが飛び出してきて……」
「言い訳無用!貴様がどんな過程を積もうと遅刻10回の結果が全てじゃ!だから今日こそペナルティじゃ!」
「だったら、清掃活動とか反省文とかもっと罪に向き合わせて更生させる建設的なペナルティをですね……」
「サバトこそ他の何にも代えがたい、最も建設的な更生活動じゃ!ほーらここにサインをじゃな……」

 自身の所属するサバトの男性信者の入会数が芳しくない祥子は生徒指導の職権を濫用して男性校則違反者を強引にサバトに勧誘することを日課としている。最もこんな方法ではかえって逆効果ではあるのだが。
 ペン、それに魔法陣やルーン文字らしき古代語がびっしり書かれた契約書を持ってにじり寄るサッチー先生をどう凌ごうと雄二が思考を巡らせながらもたじろいでいたその時だった。

「ごめんあそばせ!今日もセーフ!セーフですわ!!」

 そう叫びながら先ほどバスに轢かれそうになったユニコーン、ミネーアがその馬体の筋肉が織りなす跳躍力で颯爽と校門を飛び越えていった。

「わあっ!って、こぉらあ!!遅刻したならわしの指導を……」

 サッチー先生がミネーアに気を取られた僅かな隙をついて、雄二も持ち前の体力で門を素早くよじ登り、そのまま乗り越えていった。

「じゃ、僕も失礼しますね〜サッチー先生〜」
「こんの〜!!わしは絶対諦めんからな!サバトの新規会員を獲得するまでな!」

 門の下からぴょこぴょこと幾度も跳ねるサッチー先生を背に、雄二は校舎へと走り去って行った。



「全く、僕はロリコンじゃないのに……」

 殆どの生徒が教室に入り、ひと気の少ない廊下を雄二は走っていた。「廊下を走ってはいけない」学校教育を受けたことある人なら誰もが聞いたことがあるルールであるだろう。そして、それを破った故、その理由を身を以て知った者もいるだろう。この直後雄二もその理由思いを知ることになる。

「ッ……のわっ……!?」
「あわわ……何!?」

 曲がり角で何かに躓いた雄二は顔から盛大に転んだ。教室まであと10mのところだった。

「イテテ……」
「だ、大丈夫ですか……お怪我は」
「あぁ大丈夫、丈夫なことだけが僕の取り柄だから」
「ご、ごめんなさい……私の身体のせいで……」
「身体?ああなるほど」

 やおら面を上げた雄二は声の主を見てその理由を理解した。目の前にいたのは長髪で陰気な印象の女性。だが彼女の頭頂部には一対の触覚がついていた。そしてその下半身は一対の歩肢がついた体節がいくつも連なった構造、つまり百足と同じ下半身を持っていた。彼女もまた「大百足」と呼ばれる魔物娘である。

「ごめんなさい……朝からこんな目に遭わせて」
「何言ってんの、悪いのは僕さ、君に足引っ掛けちゃってさ……その……ごめん」
「気を使わなくて結構です。朝から不快だったでしょう……」
「……?どうして?」

 10:0で悪いのは自分であるはずなのに、謝られた雄二はきょとんとしていた。

「だって百足ですよ?こんな気持ち悪いものを見るだけでも嫌なのに、そのせいで痛い目に遭わされるなんて……こんなに気分悪くなる朝はないでしょう?」

 彼女は自分が不快害虫と同じ部位を持っていることにコンプレックスを抱いているようだった。魔物娘は基本自尊心の強い者が殆どであるが、彼女のようなパターンも、魔物の存在が明らかになって比較的日が浅いこちらの世界では珍しくない。

「いや全然?カッコいいじゃん。僕は好きだよ百足」
「…………え?」
「あの武田信玄が旗印に使うくらいだよ。それくらい昔から人気なんだよ。確かに嚙まれたら痛いし、家の中で見かけたらびっくりするけど、君はそんなことしないでしょ?気分悪くなんてならないよ」

雄二にとっては彼女の身体の形状など全く問題にならなかった。むしろ田舎育ちでムカデを見慣れていたこともあり肯定感もあった。

「えっ……あぅ……その……えぇ……?」
「確かにムカデ嫌いな人もいるだろうけどさ、僕みたいに平気な人もいるんだからさ、そう内気にならなくていいんじゃないかな?」
「え……!?へ……!?あの……!?」

 雄二のように全肯定させることには慣れていないのか、彼女は困惑した様子で言葉を詰まらせていた。

「♪キーンコーンカーンコーン」

 HRのチャイムが鳴り響いた。このチャイム終了時までに一度も教室に入室しなかった場合は遅刻扱いとなる。

「あっ!ヤベェ!!遅刻だ!!ごめん先行くね!!おっとっ!!言い忘れてた!!僕は9組の雄二!!じゃ!!」
「あっ待って!!…………私は真宮子……」

 そう言い残すと雄二は真宮子の話を最後まで聞かずに脱兎のごとく教室へと駆けこんだ。

「……カッコいいって……好きって言われちゃった……男の人に…………えへ…………えへへへへ……」

 廊下に一人残された真宮子が不気味に笑っていたことに雄二が気づく由もなかった。

「おっしゃー!!ぎりぎりセー……ッいっ痛たあ!!!」
 
 雄二が勢いよく教室の戸を開けた刹那、バシンと竹刀ではたかれたかのような痛快な打撃音が教室に響き渡った。

「バカ者、今日もギリギリではないか。これで連続10日だぞ」
「シグリア先生……加減ってものを……」

 出席簿で雄二の後頭部を背後から叩いたのは、背中に純白の翼を二対生やし、フォックス型の眼鏡をかけた金髪の女性、シグリアだった。雄二の所属、9組の担任である。彼女の種属はヴァルキリー、天使属の一種である。天使属は、魔王の眷属である魔物たちとは異なり、主神の眷属であったため、魔物娘との分類は度々議論の的になるのだが、長くなるので割愛。

「私からの罰だ、今日の部活、お前だけ居残り、私とスパーリング5Rだ」
「5Rって……殺す気ですか!?体罰、アカハラですよ!?」
「昔流行った言葉を並べれば許されるとでも思ったか。サバト入会とは違って建設的なペナルティなだけありがたく思え。ほら、さっさと席に着け」
「聞いてたんですか……校門のやり取り……」

 高低差のない冷淡な口調でシグリアに捲し立てられ、委縮した雄二はしぶしぶ自席に着いた。
 シグリアは雄二の所属するボクシング部の顧問でもある。というのも彼女は戦乙女の名に恥じず、有翼人型部門で優勝経験もある優れたボクサーでもあるからだ。彼女の練習は過酷そのものと評判で、とりわけ試合形式のスパーリングでは一切の手加減も加えず、徹底的に相手を打ちのめすことから部員たちには恐れられている。しかし、教師としての担当教科は何故か歴史。ちなみに独身。

「早速だが今日は明君から重大な報告がある。明君、説明して」
「はい、僕、この土日でいろいろありまして……」

 明は雄二の友達の一人であった。彼の報告が何かと気にはなったが、ここまでのドタバタですっかり疲れていた雄二は意識をぼんやりとさせながら、耳を傾けていた。

「女の子……アルプになりました」
「「「えええええええええええええええ〜!!!!!」」」
「…………は?」

 ワンテンポ遅れて驚いた雄二だったが、明の口から発せられた言葉を飲み込めず、口を開けたまま固まってしまった。明の席の方を見ると確かにサキュバス同様、頭に角を生やし、学ランとズボンの間から翼と尻尾がはみ出していた明の姿があった。

「実は、今でずっと登志夫君のことを友達以上に、恋愛対象として好意を抱いていたんです。だけど、今の関係が崩れるのが怖くてなかなか言い出せなかったんです。けれども自分の本心に嘘をつき続けることはできなくて、おととい登志夫君に告白したんです。そしたら、彼が僕を受け入れて、あまりにも嬉しくて、で気が付いたら、体も女の子になってたんです……その……先週までとは性別が違いますけど、いつも通りみんなと過ごせたらいいかなと思ってますので、よろしくお願いします。」

 明が話し終えると同時にクラスメイトから拍手喝采が巻き起こった。

「おめでとう!明君、じゃなかった、今日から明ちゃんって呼べばいいかな?」
「ブラのつけ方わかる?私が教えてあげよっか?」
「先週までついてたチンポについて、アタシたちに詳しく教えてくれよな!?」
「元男から見て、登志夫のチンポはどうだった?気持ちよかったか?」
「ねぇねぇ!アルプ化ってどんな感じなの?おチンチンどんな感じで消えたの!?」
「よぉ登志夫!明の出来立てマンコはどんなだったー?」
「うるせーな!プライベートに突っ込んでくんな!!」

 からかい交じりの歓声に包まれ、教室は賑やかになる。ばつが悪くなった登志夫は払いのけるような素振りで怒鳴っていたがどこか嬉しそうな照れ笑いを浮かべていた。明は無言で俯きながらも嬉しそうに微笑んでいった。

「というわけだ、女子は明君に女子の日常生活のアドバイスをしてやってくれ。男子は明君を女子として扱い、節度ある接し方を心掛けるように。私からは以上だ」

 そう言い残してシグリアは教室を後にした。それでも二人への祝福の嵐は止まなかった。

「にしてもこのクラスの童貞はあと一人だけになっちまったなぁ……なぁ雄二!!」
「あはは……だな……」
 
とばっちりを食らった雄二は口の両端を吊り上がらさせて不気味な作り笑いをするのが精一杯だった。


「…………」
1限目は移動教室ではなかったために、雄二は少しでも疲労を回復しようと机の上に突っ伏していった。

「まーたギリギリだったな?雄二?」
「おはよう雄二君。今日も寝坊?」
「おう……ヴァージンズ3がこんな形で瓦解するなんてな、想定の範囲外だったぜ」
 
 雄二の前に現れたのは今朝の主役2人だった。ちなみにヴァージンズ3とは、よくつるむ雄二、登志夫、明の3人がクラス内で数少ない彼女なし童貞だったことから勝手に名乗り始めたものである。よく非モテのオタクが桃園の誓いみたいなノリでくだらないことを生涯突き通そうと誓い合うものと同じである。

「ごめん、君には言っとくべきだったね」
「いやいいさ、誰だって隠したい秘密の1つや2つあるもんさ。それに僕だって2人の幸せを願ってる。」
「お前ホント良いやつだよな、それなのに何で彼女ができないんだ?」
「こっちが知りたいね。お前らのアドバイスは参考にならなそうだから聞かないけど」
「ひでぇなぁ、これも今の恋愛の形の一つだぜ?あ、もしよ、どうしても彼女ができなかったらよ、アルプ化して俺の2人目の彼女になるってのもいいぜ?」
「登志夫君!!」

 2人目の彼女を良しとする登志夫の態度に明が大声で怒った。明の声は男にしては高めで中性的だったが、先週までより艶がかかり、より女声に近いものになっていた。

「冗談だよ」
「いくら友でもお前のチンポしゃぶるのはごめんだぜ」
「雄二君も!!」

 雄二のジョークにムキになって両腕をぶんぶんと振ってる明を見て、たとえ元男でもこんな愛嬌のある彼女ならいいかもな、と少し羨ましく思っていた。

「ちょっと!今日も遅刻ってどういうこと!?」
「げ……範子……」

 明と登志夫の間に割って入って机を叩いたのは雄二の幼稚園以来、この高校の生徒で唯一の同年の幼馴染、範子であった。

「あんたね!むっかしから言ってるけどもっと余裕を持って行動したら!?」
「これでもしようとしたさ!!でも今日は父さんと母さんが……」
「この歳で親に起こしてもらってるの!?幼稚園児じゃないんだから、いい加減自分で起きなさい!!」
「うるせー!!お前は母さんでもないくせにガミガミ言うな!!」
「言うわよ!あんたがなんかしでかすとね!!悪い噂が私んとこまできて私まで恥かくのよ!!」
「「「「「シャーッ!!!」」」」」

 複数頭の蛇の頭が彼女の髪の合間から雄二を威嚇した。彼女は髪の一部が蛇の頭、下半身は蛇体の魔物娘、メドゥーサであった。
 この二人は幼少の頃からずっと仲が悪く、何かと理由を見つけては口論になっていた。それは範子が魔物娘になった後もずっと変わらずこんな調子だった。

「こっちは朝のごたごたで疲れたから休んでたのに何邪魔してくれたんだ!?おかげでもう始業の時間だぞ!!」
「あんたが規則正しい生活していたら済む話でしょ!?いい?もし今度また遅刻したら、遅刻しないようにその姿勢のまま魔眼でその足固めて、その席から立てないようにするから!!いい!?」
「つまらんことに使うなアホ女!!とっととあっち行け!!」
 
 雄二がそう吐き捨てると範子は「フン」とだけ漏らし、蛇体を返して自席へ戻っていった。
 明と登志夫の2人は口論が飛び火することを恐れてか、口論の間にいつの間にか席に戻っていた。

 1限の授業が始まるまであと1分。雄二はふと窓の外を見た。そこにあるのは見慣れたビルや家が立ち並ぶ街並。地平線の遥かかなたまで広がる群青の空。いつ見てもほとんど変わらぬ風景だった。

「はぁ……俺の青春……どうなることやら……」

そんな見慣れた光景を見ながら自分の青春の行く末を案じてため息をつく雄二の1日はまだ始まったばかりだ。
20/12/24 22:31更新 / 茶ック・海苔ス

■作者メッセージ
問題:主人公が攻略可能なルートはいくつあるでしょう?


Q 今まで何してた?
A これ作ってた。 :https://www.nicovideo.jp/series/145756?ref=pc_watch_description_series

Q 主人公の名前何で雄二?
A BTTFのリバイバル上映見たせいで執筆途中で主人公の声が三ツ矢雄二で再生されたから

Q どのルート攻略したい?
A 圧倒的シグリア先生

I'm back!
モン医者にハマってラノベや小説読むようになってから執筆意欲が出てきたので戻ってきました。
これはそのリハビリを兼ねた作品です。書いてるうちにアイデアが沸いたり語彙力がちょっとだけ戻ってきたりと効果はあったと思います。

また次回作でお会いしましょう。来年もよろしくお願いします。
それでは皆さん、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33