忠犬は耳かきが好き
「ただいまー」
「あっ、ご主人おかえりなさーい♥」
俺の名前は澤原 優(サワハラ ユウ)、どこにでもいる受験間近の高校三年生だ。
今走って出迎えに来てくれたのは元飼い犬のクー・シーのフィーナ、両親が仕事で居ないときは専ら魔物娘としての姿形をとっている。
「あー…今日も勉強疲れたぁ…」
教科書とか参考書とかでパンッパンになったカバンを階段脇に置き、だらしなくソファーに腰掛ける
「ご主人ダメですよー…ご主人の匂いが染みついた制服は大好きですけど、あんまり嗅いじゃうと理性が…」
「おっと・・・悪い悪い」
そうそう忘れるところだった、彼女は俺の汗ばんだ制服が大好物なのだ。以前面倒だから脱ぐのを後回しにしてゲームをしていたら色々と大変な目に遭ったのを思い出してそそくさと服を洗濯に回して普段着に着替える
「これでよし、と…んじゃ、今日も頼んでいいか?」
「はいっ!私のお膝は何時でもオッケーですよ」
そう言う彼女は既にソファーに座り、耳かき棒を持ってスタンバイしている・・・
一週間に一回か二回、彼女に俺の耳掃除をしてもらうのがちょっとした楽しみになっていた
「失礼するぜ」
「どうぞ♪」
そして彼女のふわっとした体毛へと頭を横たわらせる。ほんのりと甘い彼女の香りが鼻腔をくすぐって一気に幸せな気持ちになった・・・が、まだまだこれからだ
「そ・れ・で・は…」
彼女のモフっとした手が優しく頭を押さえ、耳元にちょっとこそばゆい感覚が伝わった、耳かき棒だろう
「行きますよ〜」
「ん、ドンとこい♪」
ゴソゴソという音がダイレクトに伝わってくる・・・が、そんな硬く乾いた音色とは裏腹に、耳から体の芯へ広がっていく感触は信じられないほど気持ちいい。
「あぁ〜・・・相変わらず上手ぇ、というか明らかに上達してってるんじゃないか?」
「いえいえ、まだまだ勉強中です」
彼女は俺がいない間に、耳掻きが上手な魔物娘たちから色々なアドバイスをもらっているらしい。最初のほうの時点で中々の手前だったのが少しずつではあるが確実に上達していっている。このままだと俺の耳が蕩けてしまうかのような耳かきになってしまうんじゃないか・・・とかどうとか思いながらも、今は彼女がじわじわと上手くなっていくのを楽しみにしている
「ご主人はいつも頑張ってますけど・・・ここ最近はもっと頑張ってると思います。だから私も、こうやってご主人のお役に立つのをもっともーっと頑
ばりたいんです」
「あぁ、なんちゅー健気さ…おっ、そこ気持ちいい」
自分でやるのと誰かにしてもらうのとでは雲泥の差ではあろうが、色々な方面から絶賛仕込まれまくっている彼女の場合は夢見心地になるほどだった…と、言いたい所だが、小魚の骨が喉に引っかかって何とも言い難い不快感が生まれるように、今日はそんな気持ちになり切れないモノを抱えて帰ってきてしまった。どうやらフィーナそれに感づいた様で…
「あの、ご主人・・・」
「あぁ、やっぱバレてるよな?…いいさ、どっちみち話そうとは思ってたし」
「前にも言ってたじゃないですか・・・相談には乗るって」
…話したところでどうにかなる問題じゃないのは分かってたが、それでも打ち明けた方がいいと俺は語り始める
「あのさ、前に中学校からのダチのクラスメイトの話したじゃん?頑張っても頑張っても全然報われない奴がいるってさ」
「はい、えっと・・・昌暉さん、でしたっけ?」
「そーそー、昌暉の事…そろそろ受験で俺も帰るの遅くなってるけどさ、昌暉と一緒に勉強してるんだよな」
「御一緒にお勉強を…」
「間近に見てきたから分かるけど滅茶苦茶に努力してんだよ、体壊しかねないレベルで人一倍…いや十倍くらいやってるのに、そこまでやってようやく半人前…」
アイツは…昌暉は表にこそ現れないが努力家だった。考えられる手段は全部尽くしていたはずなのにまったくもって効果の出ない現実を受け入れたくないのはアイツの口から直接聞いている、無論その努力が報われて俺と同じ大学へ入学できれば安泰だが…俺は少し、その点で思い悩んでいた
「でもなぁ」
「はい?」
そして思い切って話してみる、まぁフィーナだし大丈夫だろ
「最近俺さ、アイツが大学に受かってさ、それでアイツほんとに幸せになれんのかな…って思っちまう様になってきたんだわ」
あぁ、言っちまった。
改めて考えると最低なこと言ってるよな・・・と思う、他人の幸せなんて人それぞれなのに、俺が勝手にその良し悪しを決めて・・・だが彼女は、フィーナは俺を咎めようとする気を全く感じさせなかった。静かに、それでいて優しく俺の胸の内を聞いてくれている
「もっとさ・・・もっとあるんじゃないかって、アイツだけの幸せってモンが…アイツだけに許された幸せみたいなモノがさ・・・けど俺にはそれを見つけることなんて出来やしない、アイツの事一番わかってやれれるはずなのに、何もしてやれねぇのさ…」
例えるならそうだ、自分で耳掻きするのとよく似てる。
綿棒突っ込むにしろ、普通の耳かき棒使うにしろ、自分でやるには限度があった。どうやっても届かなかったり、痛かったり、果てには血が出たり…兎に角散々だ
「・・・大丈夫です」
すると静かだったフィーナが口を開いた。それと同時に耳かき棒がほんのり暖かくなった気がして・・・耳かき棒が伸びて、曲がった
「う、うおぉ!?」
思わず声が出る、多分魔法か何かだろうが味わったことのない感覚が耳から全身へと響いてゾクゾクがハイボルテージだ
「確かに幸せのカタチはヒトそれぞれ…それを掴むために生きていくというなら、報われないとダメですよね」
「お、おほ…ちょ、これヤバ…」
ビクンビクンと体が痙攣しながらも、フィーナの声はその体へと透き通るようにハッキリと聞き取れる。優しく甘い声色も相まって本当に気持ちが良すぎてどうにかなってしまいそうだ
「ご主人は優しいです、とても…とっても優しいヒトです…だからきっと、その願いは報われますよ」
「へ、へぇ…?」
どういう意味なんだと聞こうとしても、もう舌にすら力が全然入ってくれない
「早ければ…今夜にでも、それは叶いますから」
「あ、あぇ…」
溶けたキャラメルのような甘い、甘ったるいけどしつこすぎない絶妙な感覚に揉みくちゃにされて…逆に脳裏で余裕が生まれてさえいた
『アイツも・・・昌暉も、こんな幸せを手にできるって言うのか・・・』
・・・・・・・・・
・・・・・
・・・
「はい、おしまいです♪」
「ふえぇ…凄かったぜ」
暫くして至福の耳かきが終わる、名残惜しく感じながらも彼女の膝から離れた
そして先から気になっていたことを聞いてみる
「なぁフィーナ、昌暉が幸せになるのが今夜かもしれないってどういう意味さ?」
すると、可愛らしくクスリと笑ってから確かめるようにこっちを見てこう言った
「今日はお父様もお母様も帰りが遅いので・・・夜更かし、します?♥」
そしてその夜、あの奇跡が世界に訪れた。
「あっ、ご主人おかえりなさーい♥」
俺の名前は澤原 優(サワハラ ユウ)、どこにでもいる受験間近の高校三年生だ。
今走って出迎えに来てくれたのは元飼い犬のクー・シーのフィーナ、両親が仕事で居ないときは専ら魔物娘としての姿形をとっている。
「あー…今日も勉強疲れたぁ…」
教科書とか参考書とかでパンッパンになったカバンを階段脇に置き、だらしなくソファーに腰掛ける
「ご主人ダメですよー…ご主人の匂いが染みついた制服は大好きですけど、あんまり嗅いじゃうと理性が…」
「おっと・・・悪い悪い」
そうそう忘れるところだった、彼女は俺の汗ばんだ制服が大好物なのだ。以前面倒だから脱ぐのを後回しにしてゲームをしていたら色々と大変な目に遭ったのを思い出してそそくさと服を洗濯に回して普段着に着替える
「これでよし、と…んじゃ、今日も頼んでいいか?」
「はいっ!私のお膝は何時でもオッケーですよ」
そう言う彼女は既にソファーに座り、耳かき棒を持ってスタンバイしている・・・
一週間に一回か二回、彼女に俺の耳掃除をしてもらうのがちょっとした楽しみになっていた
「失礼するぜ」
「どうぞ♪」
そして彼女のふわっとした体毛へと頭を横たわらせる。ほんのりと甘い彼女の香りが鼻腔をくすぐって一気に幸せな気持ちになった・・・が、まだまだこれからだ
「そ・れ・で・は…」
彼女のモフっとした手が優しく頭を押さえ、耳元にちょっとこそばゆい感覚が伝わった、耳かき棒だろう
「行きますよ〜」
「ん、ドンとこい♪」
ゴソゴソという音がダイレクトに伝わってくる・・・が、そんな硬く乾いた音色とは裏腹に、耳から体の芯へ広がっていく感触は信じられないほど気持ちいい。
「あぁ〜・・・相変わらず上手ぇ、というか明らかに上達してってるんじゃないか?」
「いえいえ、まだまだ勉強中です」
彼女は俺がいない間に、耳掻きが上手な魔物娘たちから色々なアドバイスをもらっているらしい。最初のほうの時点で中々の手前だったのが少しずつではあるが確実に上達していっている。このままだと俺の耳が蕩けてしまうかのような耳かきになってしまうんじゃないか・・・とかどうとか思いながらも、今は彼女がじわじわと上手くなっていくのを楽しみにしている
「ご主人はいつも頑張ってますけど・・・ここ最近はもっと頑張ってると思います。だから私も、こうやってご主人のお役に立つのをもっともーっと頑
ばりたいんです」
「あぁ、なんちゅー健気さ…おっ、そこ気持ちいい」
自分でやるのと誰かにしてもらうのとでは雲泥の差ではあろうが、色々な方面から絶賛仕込まれまくっている彼女の場合は夢見心地になるほどだった…と、言いたい所だが、小魚の骨が喉に引っかかって何とも言い難い不快感が生まれるように、今日はそんな気持ちになり切れないモノを抱えて帰ってきてしまった。どうやらフィーナそれに感づいた様で…
「あの、ご主人・・・」
「あぁ、やっぱバレてるよな?…いいさ、どっちみち話そうとは思ってたし」
「前にも言ってたじゃないですか・・・相談には乗るって」
…話したところでどうにかなる問題じゃないのは分かってたが、それでも打ち明けた方がいいと俺は語り始める
「あのさ、前に中学校からのダチのクラスメイトの話したじゃん?頑張っても頑張っても全然報われない奴がいるってさ」
「はい、えっと・・・昌暉さん、でしたっけ?」
「そーそー、昌暉の事…そろそろ受験で俺も帰るの遅くなってるけどさ、昌暉と一緒に勉強してるんだよな」
「御一緒にお勉強を…」
「間近に見てきたから分かるけど滅茶苦茶に努力してんだよ、体壊しかねないレベルで人一倍…いや十倍くらいやってるのに、そこまでやってようやく半人前…」
アイツは…昌暉は表にこそ現れないが努力家だった。考えられる手段は全部尽くしていたはずなのにまったくもって効果の出ない現実を受け入れたくないのはアイツの口から直接聞いている、無論その努力が報われて俺と同じ大学へ入学できれば安泰だが…俺は少し、その点で思い悩んでいた
「でもなぁ」
「はい?」
そして思い切って話してみる、まぁフィーナだし大丈夫だろ
「最近俺さ、アイツが大学に受かってさ、それでアイツほんとに幸せになれんのかな…って思っちまう様になってきたんだわ」
あぁ、言っちまった。
改めて考えると最低なこと言ってるよな・・・と思う、他人の幸せなんて人それぞれなのに、俺が勝手にその良し悪しを決めて・・・だが彼女は、フィーナは俺を咎めようとする気を全く感じさせなかった。静かに、それでいて優しく俺の胸の内を聞いてくれている
「もっとさ・・・もっとあるんじゃないかって、アイツだけの幸せってモンが…アイツだけに許された幸せみたいなモノがさ・・・けど俺にはそれを見つけることなんて出来やしない、アイツの事一番わかってやれれるはずなのに、何もしてやれねぇのさ…」
例えるならそうだ、自分で耳掻きするのとよく似てる。
綿棒突っ込むにしろ、普通の耳かき棒使うにしろ、自分でやるには限度があった。どうやっても届かなかったり、痛かったり、果てには血が出たり…兎に角散々だ
「・・・大丈夫です」
すると静かだったフィーナが口を開いた。それと同時に耳かき棒がほんのり暖かくなった気がして・・・耳かき棒が伸びて、曲がった
「う、うおぉ!?」
思わず声が出る、多分魔法か何かだろうが味わったことのない感覚が耳から全身へと響いてゾクゾクがハイボルテージだ
「確かに幸せのカタチはヒトそれぞれ…それを掴むために生きていくというなら、報われないとダメですよね」
「お、おほ…ちょ、これヤバ…」
ビクンビクンと体が痙攣しながらも、フィーナの声はその体へと透き通るようにハッキリと聞き取れる。優しく甘い声色も相まって本当に気持ちが良すぎてどうにかなってしまいそうだ
「ご主人は優しいです、とても…とっても優しいヒトです…だからきっと、その願いは報われますよ」
「へ、へぇ…?」
どういう意味なんだと聞こうとしても、もう舌にすら力が全然入ってくれない
「早ければ…今夜にでも、それは叶いますから」
「あ、あぇ…」
溶けたキャラメルのような甘い、甘ったるいけどしつこすぎない絶妙な感覚に揉みくちゃにされて…逆に脳裏で余裕が生まれてさえいた
『アイツも・・・昌暉も、こんな幸せを手にできるって言うのか・・・』
・・・・・・・・・
・・・・・
・・・
「はい、おしまいです♪」
「ふえぇ…凄かったぜ」
暫くして至福の耳かきが終わる、名残惜しく感じながらも彼女の膝から離れた
そして先から気になっていたことを聞いてみる
「なぁフィーナ、昌暉が幸せになるのが今夜かもしれないってどういう意味さ?」
すると、可愛らしくクスリと笑ってから確かめるようにこっちを見てこう言った
「今日はお父様もお母様も帰りが遅いので・・・夜更かし、します?♥」
そしてその夜、あの奇跡が世界に訪れた。
18/03/27 12:59更新 / 前が見えねェ