少し乙女なドラゴン嫁
「………宝が欲しい」
人里から離れた洞窟の奥…私の住処。
自分の周りに散らばる、金、銀、ミスリル、宝石、装飾品を眺めて、言葉がこぼれる。
金も、銀も、ミスリルも…美しく輝く…が、それだけに過ぎない。
宝石は……これも、美しく光を反射し、私を惹きつけるが…やはりそれだけでは物足りない。
宝飾品はどうか?
精巧な技術により、金、銀、ミスリルと、宝石を組み合わせ…紋様を掘り込んだ、一級品の物だ。
確かに、美しい。文句のつけようが無い程に美しいはずなのだが…そう、きらびやか過ぎるのだ。
人間の、権力の誇示…そんな醜い意図が見えて…悪趣味で…美しさを損ねている。
納得のいかない事に、本能はそれを『宝』で有ると感じている…が、私の理性では、これは宝とするに足らない物だ。
しかし、不満を覚えつつも、結局集めてしまう辺り…本能には逆らえないのだろう。
だから、せめて…納得のいく物を手に入れよう。
こんな悪趣味な物では無く…もっと洗練された物をだ。
方法は…そうだ、造らせればいいだろう。
材料は此処に幾らでも有る、心配は要らない。
近くに街が有ったはずだ…確か、貿易によって栄えている…そこに向かおう。
人間や魔物が集まる所に行くのは、あまり気乗りしないが…他に手段もあるまい。
街に着いたら、出来るだけ早く、腕の良い男を見つけて、納得のいく物を造らせるか。
近くに有る貴金属の塊や、大粒の宝石の中から、特に質が良いと思われるものを選び取って、適当な袋に入れる。
そして、それを持って、洞窟の外に歩み出て、翼を広げる。
「―――」
短い呪文を紡いで、洞窟の入口に、侵入者を拒む魔術をかけて…
「…行こう」
誰に向かってでもなく呟いて、翼を羽ばたかせて、宙に浮かび、そして、街に向かった。
「んー…今日はお客さんが来ない、な…」
時間は昼過ぎ、適度に膨れた腹と、暖かな日差しからくる眠気を堪えながら、
のんびりと、しかし、手は抜かずににネックレスの図面を引く。
この街に店を構えてから、半年……なかなか業績が奮わない。
もっとも……採算度外視でやっているような物だから当然と言えば当然か。
食っていければそれでいいしな………
カランカラン………
おっと…お客さんだ…
店の扉を開く音に、顔を上げて、扉のほうを向くと…
「…ドラゴンか?珍しいな…」
人間と比べて大きいその手足は、硬質な艶を持つ深緑色の鱗に覆われ、4本の指の先には鋭い爪が生えている。
背中には、今は畳まれているが、鱗と同じ色をした翼。
蛇のような尻尾は、床に触れないように、控え目に、ゆっくりと、くねっていて、何処か妖しく感じる。
鱗に覆われていない部分は、艶めかしい肌が覗いていて、肉付きのいい健康的な太股に、一瞬、視線が止まってしまう。
じろじろ見るのもどうか、視線を外した先は、またもや鱗の無い、色気を感じさせる腹部。
再び視線を上に逸らすと、今度は、鱗に覆われながらも、確かな存在感を持つ、大きめの胸。
鎖骨の辺りには、鱗に縁取られた宝玉。
結果として、彼女の身体を這うような視線の動きになってしまった。
そして……それに気づいたのか、俺の台詞に気を悪くしたのか…それとも此処に入った時からか…
すぐに彼女の顔に視線を移すと、不愉快そうな表情を浮かべて、俺を見ている。
ミスリルのように美しい、銀の長髪。その間からは、やや後方に向かった角が伸びている。
顔の側面からは、明らかに人間のものとは違う、鱗と同じ色の、異形の耳が見える。
そして、俺を見据えているのは、少し細く、切れ長の、眉と共に吊り上がった目。
全体的に引き締まった印象を受けるその顔は、間違いなく、文句無しの美人ではあるが、
不愉快そうな表情と相まって、近寄り難く思われそうだ。
実際、他人を近づける振る舞いをするようには見えない。
「……………貴様が店主か?」
彼女のルビーのように紅い瞳と…眼が合った。
口を開くと、低めの、凛とした…しかし、高圧的な声が発せられる。
「ああ………そうだ」
まあ…珍しい客ではあるが、お客さんはお客さん、それだけだ。
「…………」
いつもと変わり無い口調で俺が返答を返すと、彼女は、何事も無かったかのように眼を離して、店に置いてある商品を見渡し始める。
無論、どれも満足のいく出来の作品だ。
「………」
さてと……図面の続きを書こう。
「ふむ…なるほど…」
なにやら呟く声に、視線を紙面からドラゴンへと戻すと、彼女は顔を近づけて、熱心に作品を眺めている。
その表情は、先程までの不愉快そうな物ではなく魅入っている…とも取れるその様子は、造り手としては、嬉しい光景だ。
「…………」
しばし彼女を眺めた後、再び紙面に向かって、ネックレスのデザインを考え始める。
翡翠をはめ込んだ、金のネックレス…アラクネのシエラに依頼を受けた、オーダーメイド品だ。
依頼通り、蜘蛛の巣の意匠を持たせて…そして、飾り過ぎない、シンプルな形状を……
「…まずは合格だ。とりあえずは評価してやろう、貴様」
しばらくして、突然に、上の方から彼女の声。
紙面から目を離して、声の方向、上を向くと…俺が椅子に座っているため、丁度見下ろされる形で、彼女の顔が見える。
「ん…?」
一応は褒められてはいると分かるが、その態度は、気分が良くなる物ではない。
明らかに、見下されている。
……まあ、だからと言って怒るつもりも無い。
ドラゴンは、多分こんなモノなんだろう。
「…これで、何か造らせてやろう。貴様の感性のままに造って私に寄越せ。余った金は好きにするが良い
ただし…くだらぬ物を造った場合は許さん」
そう言うと、彼女は袋から何かを取り出し、無造作に、カウンターの上に置く。
「ふむ…好きに造らせてくれるのか。気前は良いな」
ポロッと口からこぼれる本音。
カウンターの上に置かれたのは、大粒のサファイアと、1つの金塊。
どちらも、一目見た限りでは、随分質の良い物に見える。
流石はドラゴンと言ったところか……良い物を持っている。
「気前は…? 貴様、何が言いたい」
眉を吊り上げ、俺を見下ろしたままに…その紅い双眸が俺を見据える。
魔法の心得が無い唯の人間の俺でも、彼女の身体から発せられている魔力が感じ取れる。
それ程に強大な魔力を持つ相手が目の前に居る事を、彼女が地上の王者、ドラゴンである事を再認識する。
…まあ、この程度で怒って力を振るうような、頭の悪い種族では無いだろうから、問題ないか。
「ん…人を見下すのは良くないぞ」
これぐらい言っても、別に殴りかかってこないだろう
間違った事を言っている訳でもない。
「………人間風情が、私に指図か?」
やや語調を強めて、そして、俺を見下ろすその視線からは、相変わらず、俺を見下している事が感じられる。
まあ、俺の作品、技術自体を見下しているわけでは無さそうだ、別に良いか。
さて…そうだな…何を作るか…
ふと視線を動かすと、深緑色の鱗に覆われた、大きな手が目に入る。
腕輪…腕輪にしよう…となると…この緑には…銀の方が映えるな…
「いや……忠告だ。…ああ、それと…何を作るかは決まった。金ではなく銀を使いたいが、構わないか?」
他人を見下しても、波風を立てる原因にしかならないだろうに…まあ、俺の言い方も言い方といえばそうなんだけどな。
そんな言葉を心の隅に置いて、思いついたアイデアを提案してみる。
とりあえず、余計な話はここまでにしよう。
「……良い物を造るなら、それで構わん。これを使え」
先程までのやりとりは、彼女の中でも、ひとまず何処かに置かれたらしく、
ある程度不機嫌さを抑えた声が聞こえ、視界の中央に映る大きな手が、もう片方の手に持たれている袋から、銀の塊を取り出し、金塊と取り替える。
やはりこの銀塊も、一目見た限りでは良質なものだ。
「それは良かった……ああ、寸法を測る。少し、手を出してくれ」
となれば、早速、寸法を測ろう。
上着のポケットから寸法を測るための道具を取り出して、彼女を促す。
「……」
右手が前に出されたのを確認してから彼女を見上げると、『不本意だが、仕方無い』といった感じの表情で、俺を見ていた。
特にそれを気にするでもなく、手早く計測を済ませようとする。
鱗に覆われた手に触れると、硬質そうな外見とは裏腹に、存外、優しい手触りというか、すべすべしていて、撫でたら気持ち良さそうだ。
そして、やはり、見れば見るほど、綺麗な緑色をしている。
此処に銀の腕輪が装着されるのを想像すると………ああ、やはり映える。間違いは無い。
「…これでよし」
計測を終えて、彼女の腕から手を離す。
つい、鱗に覆われていない、露出した肩に目が行ってしまうが、すぐに視線を外す。
男の性だ、しかも魔物相手となれば、仕方無い、仕方無い。
「…腕輪か」
前に出していた手を元に戻して、彼女が呟く。
「そうだ…意匠もこちら側の自由だな…?本来なら…何度か打ち合わせをするものだが…」
一応、確認は取っておこう。
「二度言わねば分からぬか?」
確認を取る言葉に、またもや不愉快そうに、声が返ってくる。
「了解……それで、期日は?」
まあ、気にせずに期日だ、期日。
「…一ヶ月後までに仕上げろ」
「一ヶ月…了解した」
「…それでは、一ヶ月後に取りに来る」
彼女が、もう此処に用は無いと言わんかのように、振り向き、出口に向かっていく。
「ん…俺はエイヴ・エーカー…名前は?」
ああ、なにか忘れていると思ったら、名前を聞き忘れていたよ。
「………イスティル」
振り向きもせず、それだけ答え、扉を開けて、彼女は店を出て行く。
イメージ通りというべきか、中々不愛想だったな、ドラゴンという種族は。
「『イスティル:一ヶ月』と…………それじゃ、お仕事再開だ」
それを見届けてから、予定表を書きなおす。
まあ、まずは……直近の依頼から仕上げていこう。
「さて…あまり住処を空けておくわけにもいかん」
店を出てすぐさま、翼を広げて、街を飛び立つ。
眼下に広がる建物は小さくなっていき、青い海が視界に入る。
街の上空に留まっていると、吹き抜ける潮風が心地いい。
エイヴ・エーカー…気に障る男だったが…少し凄んだ程度で媚びへつらうような輩でも、敵わぬのに私に刃を向ける愚か者でも無いだけ良いか。
職人としては、店の品を見る限り、一流だった。重要なのはそこだ。
嫌味の無いシンプルな形状に、複雑過ぎない幾何学模様とモチーフを巧みに融合させた、美しい意匠。
そしてそれを正確に実現する、確かな技術。
使う宝石は、どれも一級品。
明らかに一流の品だが、値段分の金貨と、品そのものの重量が、殆ど変わらない。
相場というものはよく分からないが、破格の値段で売っているのは確かだろう。
店が潰れていない以上、最低限の儲けはあるはずだが…
…あの男の事など気にしても無駄か。
良い品を作る事は確かであるはずだ…一ヶ月後を待てばいい。
しかし……私が着けるとは一言も言っていなかったはずなのだがな…
どうやらあの男は、私に合わせて作るつもりだ。
……折角だから、着けてやるとしようか。
「それじゃあ、アタシは行くよ、新しい服と一緒に、旦那にお披露目……ああ、楽しみだねぇ」
「…今後ともご贔屓に…旦那さんの感想も、今度聞かせてくれよ」
「言われなくても、次の服に合う物を依頼しにくるついでに惚気けるつもりさね。…そう言えば、この店に、ドラゴンが入っていったって話を聞いたけど、本当なのかい?」
「惚気を聞きたいとは言っていないんだが…ああ、一週間ほど前に、依頼に来たな…今日からそれにとりかかる予定だ」
「へぇ…ドラゴンのお客様ねぇ…珍しいじゃないか…おっと、行かないとね……アンタも頑張りなよ」
「言われなくても、仕事だけはしっかりこなすさ」
「さてと…」
残った仕事は、イスティル…彼女の腕輪か。
自由に……そうだな、やはり、彼女に似合うものを作るのが一番だろう。
装飾品というものは、身につけた人物の魅力を引き立てる物だ。
飾っておいて嬉しいコレクションでは無い。
そうだな…鱗のような文様を入れて…そして…中心から、流れるように線を…
紙を机に置き、ペンを手に取り、図面を引き始める。
「…………」
今日であれから1ヶ月が経った…そして今、私は、あの店の前に立っている。
時間は、街の人間や魔物共が、活動しだす、朝。
街行く通行人が、ちらちらと私を見ているのが不愉快だ。
「…約束の期日だ」
果たして…あの男は、どんな物を作ったのだろうか…
久々に何かに期待した、そんな気がしながら、『営業中』の札がかかった扉を開け、店の中に入る。
「…ふぉう」
店に入ると、あの男、エイヴ・エーカーは、サンドイッチを咥えていた。
そして、私を見るなり、空いている片手を上げて、サンドイッチを咥えたまま…恐らくは、『よう』と言ったのだろう。
……営業中では無かったのか?
「…貴様、仕事はどうした」
営業時間中に、平気でサンドイッチを食べてのんびりしている……こんな男に、仕事を任せていたのかと思うと、良い気分ではない。
これで、期待はずれな物を出したならば、容赦はしない。
「んっ…………品は…ちゃんと出来ているから…食べ終わるまで少し待ってくれ…ああ、食べるか?」
サンドイッチを飲み込んで、喋り始め、次のサンドイッチを皿から手に取り、さらにもう片方の手で、
皿の上に1つ残ったサンドイッチを取って、私に向かって差し出す。
「食事などいい、早く品を見せろ」
カウンターへ歩み寄り、催促の意味で、手を前に出す。
…一ヶ月待ったのだ、早くしろ。
「……………」
目の前の男は、黙ってサンドイッチを咥えて、私の手のひらにもう1つのサンドイッチを押し付けた。
…私を愚弄しているのか?この男は。
そうは思いながらも、手に渡されたサンドイッチに目が行く。
薄く切った柔らかいパンに、肉厚のベーコン、そして、みずみずしいトマトとレタス。
……美味しそうではあるな。
「…………」
少し力を振るえば、このような男など、簡単に従わせられるが…無闇に力を振るうのは好かぬ。
それに、空を飛んで、小腹が空いていないわけでもない。
食べろというなら、食べてやろう、仕方無い。
そちらの方が、早く品を受け取れそうでもある。
黙ってサンドイッチを受け取り、一口齧る。
ベーコンの旨味と、塩味、そして、トマトの酸味と、レタスの食感。
パンに挟んでいるだけだが、確かに美味しい。
…なるほど、変わる物だな。
料理など、食べた事も無かったが…人間が考えた物にしては評価できる。
「…御馳走様…さて、品だな…」
気がつくと、目の前の男は、いつの間にか私より先にサンドイッチを平らげていた。
そして、手を拭い、手袋をはめて、カウンターの奥から、1つの箱を持ってくる。
「んっ……んくっ…ようやくか…」
こちらも、サンドイッチの最後の欠片を飲み込んで、手を払い、
簡単な清掃の魔術を瞬時に使い、念の為に、手から腕までを綺麗にしておく。
………まあ、簡素ではあるが、悪くない食事ではあった。
「…ご期待に添えていれば良いんだがね」
そう言って、男が箱から取り出すのは、サファイアが嵌め込まれた、銀の腕輪。
「バングル」と呼ばれる形の物だ。
私の腕に合った大きさで、鱗のような1つの文様の中心に、サファイアが輝いている。
そして、文様の中心からは、腕輪の端に向かって、
それぞれ2本の、美しく絡みあう線が掘りこまれている
「それじゃ、腕を出してくれ…」
そう言うと、目の前の男は、腕輪を、私の腕に近づけてくる。
「…………」
黙って腕を出してやると、鱗が薄く、細い二の腕の側面から、腕輪を装着させてきて、
意匠が手の甲側に来るように回し、腕輪の径と丁度になる、手首の位置まで、腕輪を降ろし、
そして、手を離す。
腕輪は、確かな輝きを持って、私の腕に馴染んでいた。
窮屈さも、緩さも感じない、正に丁度と言うべき大きさである。
「よし…ぴったりと。うん、これで良い、調整の必要は無いな」
「…ふむ。…確かに、丁度の大きさだ。……なるほど、悪くないな、これは」
本能がこれを求めるのは勿論だが……
確かな、洗練された美しさが、この腕輪に有る。
…装飾品を身につけるのも、存外良いものだと、初めて知った。
確かな美しさが、私の元に有る。それが、誇らしいというべきか。
「…よし、思ったとおり、似合っている」
一歩引いて、私を少し眺めて、満足気な一言。
「似合って……いる……か」
似合っている。
……こういった事を言われたのは…初めてだ。
人間如きに言われても…それでも…悪い気分ではない。
「ん、ああ、それと…これは返す。既に俺の取り分は頂いてある」
気がつくと、男は続けて、銀の塊を渡してきた。
残った銀はくれてやると言ったのだが…律儀な男だ。
「貴様が持っていろ。次に作る時の材料として使え」
銀を使う都度に渡すのも面倒だ、此処に置いていけばいいだろう。
「うい、分かった…」
「次は…」
何が、良いだろうか……?
金の髪飾り…いや、エメラルドと銀の首飾りもいいな…
また、別の素材で腕輪を作らせるのも…いや、まずは別の装身具を作らせるべきか…
そうだな……時間は十分にあるが…
一度、良い物を手にしたせいか…どうも、欲が湧いてしまうな…
さて、どれから作らせるか…
「次は…?」
「よし、ネックレスを作れ…銀と、エメラルド…」
悩んだ末に、まずは首飾りを作らせる事にする。
今度は……私も意匠について打ち合わせをしよう。
「了解…期日は?」
「期日は………3週間後。……1週間後に、意匠の打ち合わせに来てやろう。
無論……早く仕上げるに越したことは無い」
「モチーフについて、何か指定は?」
「…私を満足させるものを作れば、それで構わん。……貴様に任せよう」
「了解………」
「さて、私は帰る。一週間後には、しっかりと意匠を決めておくのだな」
「ん……もう帰るのか」
「あまり、住処を空けておくわけにもいかん……分からぬか?」
「ああ、なるほど。作り手としては、一度、そちらのコレクションも見てみたいな」
軽い笑みを浮かべて、そう言うこの男に、若干の馴れ馴れしさを感じる。
「……貴様に見せる筋合いは無い」
何故貴様に見せてやらねばならんのだ……まったく。
人間風情が、弁えろ。
「うーん…それは残念だ」
目の前の男が、少しだけ、落ち込んだような気がしなくもない。
「勝手に残念がっているがいい…」
だが、いちいち構うのも面倒だ。
早いところ、帰るとしよう。
「それじゃ、またな…」
男は軽く手を振って、私を見送る。
「…ああ」
こういうやりとりは悪くない……いや、私は何を考えている。
たかが人間、取るに足らない。
心地良さを感じるなど、あり得ない。
気のせいだろう。
「………」
……調子が狂うな。
まあ、いい。とにかく帰ろう。
「ふう…」
季節は秋になり、風は寒くなりだした。
そんな朝、今日も、作業の進行の確認に店を訪れる。
あの男と出会った頃は、期日に取りに行けば良いと思っていたが…
何処まで作業が進んだかは、気になってしまうものだ。
それに…出来上がったら、すぐに受け取りたい。その権利も、私には有る。
しかし、最初は、1つの品を作り上げる間に、1回程度だったが……
気がつけば、1ヶ月前には、一週間に1度…最近は、2、3日に一回は訪れている。
住処に居るよりは、装飾品が作られていく過程を見ている方が、退屈しないのは当然であるからな…
「……休業?」
店に入ろうとする前に、扉に掛けられた『本日休業』の札が目に入る。
「ふむ…」
扉に鍵は掛かっていない。どうやら家に居るようだ。
早く作り上げろと言ったはずだが…仕事をしてもらわねば困るな。
此処は一つ、文句を言ってやるとしよう。
「エイヴ、何をしている、早く仕上げろと何度私に言わせるつもりだ……!」
『本日休業』の札などには構わず、扉を開け、店に入る。
バタンと扉を閉め、店の中を見渡すが…どうやら此処には居ない。
作業場の方は…いや、休業の札がかかっているからには、別の所…
有り得るのは…カウンターの奥の私室か。
「お…イスティルか…悪いが、今日は用事が有るんだな、これが」
私の声を聞いてか、カウンターの奥の扉を開けて、チーズを片手に、エイヴが出てくる。
その服装はいつもの作業服ではなく、青藍染めの厚手のズボンに、白地のシャツ。
結局…何処か、いつもの作業服と似た雰囲気である。ズボンのせいだろうか。
…ともかく…仕事をしていないのは感心できないな。
「何の用事だ?私は待っているのだぞ?」
「ベッドを新調するんだ。注文していた物が出来上がってな…ワーシープの羊毛ベッドだ。
もふもふで心地良い睡眠が約束される逸品だ。
あ、そうだ、ホルスタウロスのチーズとミルクはどうだ?
ジェイクもレアードも、嫁さんが嫁さんだから、一緒に食べる相手が居なくてなぁ…」
上機嫌に、用事について語り、チーズを勧めてきた。
ジェイク、レアード…たまに此処に遊びに来ている、エイヴの友人だ。
確か、二人ともラミア属の妻が居て…ホルスタウロスのミルクを飲んだ という事で、酷く怒られた事があると、エイヴが言っていたな…
気にせず、良質な牛乳として考えれば良い物を……まったく、呆れた話だ。
「…そんな事より、早く仕事をしろと言っている」
「今日は、新調したベッドをゆっくり楽しむ予定なんだ…明日にしてくれ。
明日の夜までには仕上がるから…」
そう言って、目の前の男はチーズを食べる。
ちゃんと仕事をしているか見に来たら、この体たらくである。
少し睨みを利かせてみるが、やはりこの男は、気にした様子がない。
一度痛い目に合わせれば分かるのであろうが…それも興冷めだ。
……まったく、面倒な男である。
「なら……その後で仕事をしろ。それと、チーズは一緒に食べてやろう」
やはり、後で仕事をさせるほうが懸命だ…早くこの男が用事を終わらせる事を願おう。
チーズは、勧められたからには、食べてやるとしよう。
エイヴの私室に入り、牛乳瓶とチーズが置かれたテーブルにつく。
しかし…ベッドか。
洞窟で暮らす私にとっては不要な物だが…やはり、有った方が心地良く眠れるのだろうか。
「ふむ……これは美味い。………確か、精力増強の効果も有るのだったか?
まあ、貴様には関係の無い事か」
チーズを口に運び、そう言って、鼻で笑ってやる。
チーズは、口の中であっさりと溶けて、濃厚な旨みを広がらせる。
臭みは少なく、癖の無い味だ。
わざわざ勧めてきただけはあるようだ。
しかし、二十歳を超えているだろうに…客との付き合いはあれど、女の影は見えない…まったく、寂しい男である。
「…一言余計だ。というか、お前さんが此処に来るようになってから、
さらに出会いがなくなった気がするんだが…」
眉を潜めて、牛乳を飲み干すエイヴ。
良い気味だ。
「それは私の知った事ではないな…ともかく……行くなら、早くベッドを新調しに行くぞ。
……そして、仕事をするのだな。
んっ…んくっ……ふむ、これもなかなか………」
牛乳瓶を開けて、牛乳を一気に飲み干す。
普通の牛乳よりも甘く、濃厚で…しかし、柔らかい口当たりで、すんなりと喉を通り、胃に落ちていく。
飲み干し終えると、仄かな甘味が、口に残る。
そして、汚れた口元を、清掃の魔術を瞬時に唱えて、手で拭う。
「これを食べたら行くつもりだよ……その言い方だと、ついてくるのか?イスティル」
少し意外そうに、目の前の男は、私に質問を投げかける。
「……此処で待っていても暇だ。それに、私がついていないと、貴様、寄り道するだろう」
わざわざ、それなりの時間をかけて此処に来ているのだ、何もせずに住処に戻るだけでは、単なる時間の浪費にしかならない。
…まあ、エイヴと一緒に居るのは…それなりに楽しいわけであるし、一緒に出かけてやるとしよう。
「ついていても寄り道するつもりだが……」
「……ともかく、私もついていくぞ」
「だから、今日は…のんびり街を回ったり、美味い物を食べたり…
ああ、それと、そろそろ冬服も買うかどうするか…まあ、そういう予定なんだ。
それで、ベッドを受け取って、ゆっくり寝て過ごす。分かったか?
休む時はしっかり休む、遊ぶ時はしっかり遊ぶ。万全の状態で仕事をするために、必要なことだ。
無理して仕事をしても、良い物は出来ない」
牛乳を飲み干し、チーズを平らげ終えたこの男は、何やら予定を語りながら、部屋を出て行く。
「…もういい、貴様の好きにしろ」
どうやら、休むと決めたからには、私の言う事を聞く気は無いようだ。
まあ、確かに無理をしても、良い物は出来ないのだろうが…
何故このような男に、人間に、私は譲歩しているのだ…ああ、納得行かない。
妙な脱力感を覚えながら、エイヴの後を歩く。
「さて、と…それじゃあ行こうか。
安心してくれ、明日からはちゃんと仕事をする」
「だから、今日から仕事をしろと言っている」
「それは嫌だ。何人たりとも俺の休みを邪魔はさせない。
これはいいものを作るために必要な休息でも有るわけだよ」
不毛な言い合い…だが、どうしてだろうか、悪い気はしない。
色々と不満な点はあるが…何故か、この男を嫌いにはなれないのだ。
むしろ、妙な心地良さすら…不思議なものだ。
「そうそう、確か、この店のピザが美味いらしい……よし、まずは此処で昼飯としよう」
「ふむ、そうか…」
結局、このエイヴに任せるがままに街を歩き、小さなピザ屋に辿り着くことになった。
街中を歩くと、魔物や人間共が奇異の目で私を見てきて不愉快だが……
どうやら、その視線は、私だけではなく、エイヴにも注がれているようだ。
もう何ヶ月も経ったせいか、すっかり忘れていたが…
ドラゴンである私と平然と会話をするこの男の存在も、十分に珍しいのだろう。
「い、いらっしゃいませー!」
エイヴと共に店に入ると、ウェイトレスの格好をした、快活そうなハーピーが私たちを出迎える。
私を見て一瞬戸惑ったかのような素振りを見せたが、すぐに撮り直して、挨拶をしてきた。
「それでは、こちらにどうぞー!」
「ん、どうも……」
そう言って軽く会釈するエイヴとともに、促されるままに、席につく。
「それでは、注文が決まったら、またお呼び下さい!」
店の中は、明るく洒落た雰囲気になっていて、人の入りもなかなか多く、ハーピーは、すぐに厨房の方へと向かってしまう。
どうやら、他にウェイトレスは居ないようだ。
そして、店内を見渡すと…他の席は、皆、魔物と人間の二人組で…あからさまに、恋仲だったり、夫婦である。
街中の人間や魔物共とは違い、私達が入ってきても、何ら気にした様子が無く、二人だけの世界に入っている。
奇異の視線に晒されないのはありがたいが…どう見ても、私達が場違いだ。
どう見ても…私達が場違いだ。
「お…これなんか良さそうだ」
それに気づいているのか、気づいていないのか…特に気にした様子も無く、目の前の男は注文を選ぶ。
選んだのは、ハムとチーズと魚介のピザ。
「ふむ…私は……これにしよう」
トマトソースとチーズとバジルのピザ。
スタンダードゆえにオススメらしい。
「注文はお決まりになりましたかー?あ、こちらはサービスになります!」
丁度良いタイミングで、先程のハーピーがこちらに向かってくる。
そして、テーブルの上に、葡萄のジュースを置くが…それには、花の茎を加工したと思わしき、二つの管が差してある。
どういう事なのだ?これは…
「あ…別にそういう訳ではないんだ。とりあえず、注文は、これと、これと…あと、ジュースをもう一つ」
苦笑いして、ハーピーに注文を言うエイヴ。
この男は、『サービス』の意味が分っているようだが…
「…どういう意味だ?エイヴ」
「あ、てっきり恋人なのかと…ともかく、注文、承りました!」
しまった といった表情で、ハーピーは注文を受けるなりすぐに、トコトコと歩いて厨房に戻って行く。
空を飛ぶ種族のせいか、地を歩くその姿は、微妙な危なっかしさを漂わせている。
…この仕事、向いていないのではないだろうか?
しかし…
「恋人…?」
私とエイヴが恋人…恋人に見えたというのか…?
何を言っているのだ、あのハーピーは…
そして、ふと視界に、別のテーブルでイチャついている夫婦が、…飲み物を一緒に管から吸っているのが見える。
あんな恥ずかしい事を、エイヴと…?
有り得ん、絶対に有り得ん…
「…に見えたらしいな」
苦笑いをしたまま、こちらを見てくるエイヴ。
その表情は、ほんの少しだけ照れの色が混じっているように見えなくも……
もしかして、この男、私とああいう事をする気で此処に…?
私をそういう相手だと見て…私に気が有って…所謂デートのつもりだったというのか…?
いや、まさか、そんな事は…でも、少し照れているような、そんな気もするが…
「どうした?」
そして、エイヴの声に、ふと我に帰る。
「…なんでもない」
一瞬の間を置いて、取り繕うように言葉を発する。
…落ち着け私。
何を動揺している。
流石にあり得ない事を考えすぎだ…
この男が、私に気が有るわけがない…いや、そもそも、人間など私はどうでも…
恋人に見えたのか…私とエイヴが…いや待て、また思考が変な所に向かっている。
落ち着け…人間などどうでもいい…
「そうか。それじゃ…まったり待とうかね。
しかし、場違いな所に来てしまったな…ハハ」
とは言うが、特に気にした様子もなく、エイヴは、背もたれに体重をかけて、軽く笑う。
「全くだ…何処を見ても目に毒ではないか…」
周りには、食べ物を食べさせあっていたり、男の膝の上に魔物が座っていたり、酷い輩になると、口移しで食べさせていたり…
普通に食事を楽しんでいる者も居るが…どちらにせよ、非常に甘ったるい空気を漂わせている。
そんな物を見せつけられて、愉快でいられるわけはない。
「そうか?俺は、羨ましいと思うが、ああいうのは」
「羨ましい?アレがか……?」
「幸せそうじゃないか、みんな」
「…まあ、そうではあるが………」
…なんだ、この男は…やはり、ああいう事がしたいのか…?
そして…相手は、誰なのだろうか?誰でもいいのか…誰かが居るのか…
それとも……私…なのだろうか。
そこまで考えて、ふと我に帰る。
…何故、私はまた、こんな事を考えているんだ…何故、こんな男を気にして…
もう、いっその事…聞いてしまえばいいか…ああでも、何故だろう、聞いたら負けのような、そんな気がしてしまう。
「…何か言いたそうな顔だ、どうした?」
妙に勘が良いな、この男は…
なんで、こういう時に…
「…何でもない」
もどかしさを感じながらも、結局、この男にそれを訊ねる事は出来なかった、
…何だったのだ、この感覚は…
何故、こんな簡単な事が訊けない…
「お待たせしましたー!お飲み物になりまーす!」
一瞬、微妙な空気が流れたと思いきや、それを吹き飛ばす快活な声。
先程のハーピーは、笑顔と共に、テーブルにジュースを置く。
「どうも」
そう言って、エイヴは、テーブルに置かれたジュースに口をつける。
私の手元には、サービスとして置かれた、もう1つのジュース。
花の茎が2つ差してあって、邪魔でしかない。
…まあ、ピザが来るまで待とう。
特に言葉を交わすことも無く、私はグラスを傾けた。
「お待たせしましたー!ピザになります!」
しばらく待つと、あのハーピーが、ピザを運んできて、テーブルに置く。
香ばしい匂いが、私たちの鼻をくすぐる。
そして、ハーピーはすぐにパタパタと厨房へと戻っていった。
…案外、羽は散らないものである。
「おっ…これは美味そうだ……」
そして、目の前に運ばれてきたピザを見て、指先で喉仏を撫でながら、エイヴは呟く。
…思えば、何かを待っている時、この男はいつも喉仏を撫でている気がする。
変な癖だ…やはり無意識なのだろうか。
しかし、だいぶ喉仏が出ているな…
などと、エイヴを眺めていて思う。
「ふむ…確かに美味しそうだ」
そして、目の前に置かれているピザは、熱々で、焦げたチーズの匂いが香ばしい。
「それじゃ、冷めないうちに食べようか…頂きます。んー…美味い、美味い…!
ハムとチーズ、合うな、これは…ああ、後でそっちも1口欲しい…」
早速エイヴは、ピザをナイフとフォークで切り分けて食べ始める。
店を見渡すと、手づかみで食べている輩も居るが、この男は笑みを浮かべながら、器用に、そしてそこそこ上品に、ピザを食べていく。
「…仕方の無い奴だ」
まったく…美味しそうに食べるものだ。
最初に会った時は無愛想な奴だと思ったが、意外と表情豊かであったりする、この男。
そう思いながら、私もピザを食べる。
生地は柔らかくもちもちとしていて、チーズの旨味とトマトの酸味が調和して、非常に美味しい。
…味はなかなかだ。思えば…エイヴの勧める物で、不味かった物は無い。
この男の舌は案外、確かなのかも知れない。
ピザを一切れ、ナイフで切りだして、エイヴの皿に乗せてやる。
「ん、どうも…おお…こっちもなかなか美味い…」
するとエイヴは、すぐにその一切れを口に運び、美味しそうに咀嚼する。
その姿が、妙にに微笑ましい。
「…そうか」
…何故なのだろうか。
釈然としないが、悪い気分でも無い。
「どうだ?イスティル。こっちも美味いぞ」
いつの間にか、最後の一切れを残してピザを平らげていたエイヴ。
その最後の一切れを、フォークに刺して、私の口元に差し出してきた。
「…食べてやろう」
それだけ言って、生ハムの乗ったピザを咥える。
チーズと生ハム、両方の濃い旨みが口の中に広がる。だが、くどすぎない。
なるほど、エイヴが好きそうな味だ。
エイヴに食べさせられる形になったが…周りから見たら恋人に見えたのだろうか?
人間など、どうでも良いはず…なのだが…何故…なのだろうか。
気にならないはずの事が、やけに気になりながらも、ピザを飲み込み、最後の一切れを口に運ぶ。
「…さて、ご馳走様。うん、美味かったな」
「………んっ…ご馳走様だ。…ああ、美味しかった」
…思えば、こういった美味しい食事というものも、エイヴに会うまでは知らなかった。
そう言ってエイヴは両手を合わせ、席を立つ。
最後の一切れを飲み込み、私もそれに続く。
エイヴが手慣れた様子で会計を済ませて、店を出た。
「それじゃ、ベッドを受け取りに行くか」
前には、服の入った袋を抱えたエイヴ。
服を買うかどうするか などと言いつつ、服屋に向かうときは即断だった。
「…やっとか。まったく、これだけ私を連れ回すとは」
どうせいつも、作業着のくせに、わざわざ服を買って…
しかも、また服屋で恋人だのなんだのと、アラクネにからかわれて…
「どうも、注文した品を受け取りに来たんだが……」
落ち着いた店の外装、上品な装飾の扉を開けて、店に入っていくエイヴに続く。
「……ふむ」
「あら、いらっしゃい…へえ……ドラゴンと一緒に…噂の男って、貴方だったのね」
店に入る私達を迎えたのは、金髪で、露出過多な服装、そして肉付きの良い肢体…そんなサキュバスだ。
「「噂?」」
そして、何の偶然か、同時に返答する私達。
「息ぴったり…やっぱり恋人かしら?『ある男の家に、ドラゴンが通っている』なんて噂を聴いたのだけれど」
何を思ったか、目を細めて、じぃっ…とこちらを見つめてきた。
ニヤニヤとして…そんなにおかしいか。
「いや…単なるお得意様だ」
「何を言っている…そんな訳がないだろう」
「お得意様? あ、ベッドはあちらに有るわ。要望通り、枕からシーツまで、ワーシープの羊毛をふんだんに使った、極上のベッドよ…当店の品は全て一級品…是非、此処で確かめてみては?」
そう言って、サキュバスは店の奥を指差す。
「お…ご対面か…そうだな、持って帰る前に少しだけ堪能しよう」
そう言って、嬉々としてエイヴはベッドの方に歩いて行く。
「はぁ…程々に済ませるのだな」
まったく、早く済ませて帰りたいというのに…この男は…
だが、結局、仕事をするかしないかはこの男次第なのだから、どうにもならない…
私に出来るのは、これみよがしにため息をつく事だけである。
「あ、待って…素敵な腕輪…よく似合っているわ」
エイヴを追いかけようとしたその時、後ろから私を呼び止める声。
あのサキュバスである。
「ああ、あの男に作らせた物だ。美しいだろう?」
私の集めた財宝の中で、特に気に入っているこの腕輪…そう、初めてエイヴに作らせた物である。
愛用品としての地位を確立しているそれを褒められると、悪い気はしない。
「ふふふ…惚気かしら?お熱いわね…あんな事言ってたけど…彼、貴女のモノなんでしょう?」
目の前のサキュバスは、ニヤニヤとした表情をさらに強め…その言葉には、何処か余裕を、妙な自信を感じさせる。
「……だから、そういう関係ではないと言っている」
「ふふっ……本当に違うの…?」
再び目を細めて、じぃっ…とこちらを見つめてくる。
「…だから、違うと言っているだろう」
「なら、彼、貰っちゃおうかしら…貴女のモノじゃないなら問題ないわよね?」
これ見よがしに舌なめずりをして…ニヤニヤと私を見つめて…
一拍置いて、サキュバスは翼を広げてベッドの方に、すっ…と飛んで行く。
その視線は、しっかりとエイヴと捉えていて、淫らな捕食者の笑みを浮かべていて…
「なっ…!?待て、貴様…!」
それは…駄目だ…!
それを見て、感じたのは、不安、焦燥感、危機感…それらがないまぜになったような、耐え難く、強烈な不快感。
半ば反射的に声を上げ、サキュバスを呼び止める。
「ええ、待ってあげる」
そう言うと、すっとその場に止まり、こちらに向き直る。
さっきまでの様子は嘘のように、けろっとした表情。
「え…?」
あまりにも早いその変り身に、呆気に取られてしまう。
「冗談よ、冗談。間に受けちゃって…そんなに彼が取られたくなかったのね…ふふふ…」
面白いものを見た といわんばかりに、ニヤニヤと、再びこちらを見てくる。
「っ……」
悔しいが…図星を指されて、反論ができない。
エイヴを取られたくないと思ったのは、事実なのだ。
「ほら、取られたくないって分かったなら…ね?」
そう言って、ウィンク。
「…煩い」
あっさりとこの女の思惑に乗せられた…不愉快だ。
だが、エイヴを取られたくないのは…やはり事実で…
「ふふ…素直じゃないわね……」
諭すような様子のサキュバス。
…このような魔物如きに。
「…………」
不愉快だが、これ以上何かを言っても逆効果だろう…黙って歩を進め、エイヴの元に向かう。
「っはー…もふもふだな……幸せだ……」
そして、肝心のエイヴは…ベッドに倒れてごろごろと転がっていた。
私の気持ちも知らずに。
「…まったく…行くぞ、エイヴ」
「ん…あぁ…分かった…」
眠たげに身体を起こし、目を擦る…それだけなのに、やけに気になってしまう。
「…ベッドは私が運んでやろう。感謝しろ」
とにかく早く帰ってしまいたい。
そう思い、ベッドを運んでやるとする。
「ん、ああ……そうだな。ありがとう」
「…早く帰るぞ」
呑気な声をあげるこの男と共に、ベッドを運ぶ準備を始めた。
「ふう……捗ったよ、流石はドラゴンだ」
結局、家までベッドを運んだ上に、寝室への設置、古いベッドを空き部屋に運ぶまで…
エイヴに頼まれるがままに手伝ってしまった。
「…ここまで手伝ってやったのだ、その分は仕事をして返してもらおう」
「…明日からじゃダメか?今日は思う存分もっふもふ…」
そう言って、ベッドに倒れ込むエイヴ。
「…勝手にするがいい。…その代わり、仕事を遅らせるな」
幸せそうに枕を抱いて、ベッドに転がる姿を見ていると、あまり強く言う気にもなれず、結局引き下がってしまう。
「それじゃ…おやすみ…はぁ…本当にもっふもふだな…天国だ…」
私が居ようとお構いなしに、布団を被って、ごろごろごろごろ。
私が折角来てやっているというのに、放っておいて寝るとは…
それに、こんなに無防備で…
私の事を信用しているからこういう事をするのか…それともなんとも思っていないのか…
それとも…襲われても良いと思って、こんなに無防備で居るのだろうか。
「…………」
思い出される、今日の出来事。
サキュバスがエイヴを襲おうとした…正確には演技だが…その時感じた、耐え難い不快感。
あの時私は…エイヴを取られたくないと思った。
…それはやはり、エイヴが大切という事で…
ごろごろと、子供のように転がっているエイヴを見ていると、なんとも言えない暖かさのようなものが胸の内に広がって…
ああ、これが愛しさと言う物なのか。
眼を閉じ、エイヴと会ってからの事を思い出す。
最初は、宝飾品のために、この街に出てきて…いや、あの頃から、寂しかったのかも知れない。
そして、エイヴと出会って…私に敵意を持つでもなく、媚びへつらうわけでもなく、対等に接してきて…
仕事の様子を見るためと言っていたが…本当は、一人が寂しくて…エイヴに会いに行って…
会えば会うほどに、孤独に耐えられなくなって…その代わりに、エイヴの傍が、居心地のいい場所になっていって…
私の住処に有るどんな物を眺めているよりも…満たされた気分にしてくれて…
気づけば、どんな財宝よりも大切で…手放したく無い存在になっていた。
今まで気づかなかった…いや、気づかないフリをしていた…
そう、私は…エイヴの事が…大切で、愛しくて堪らなかったのだ。
今すぐ住処にエイヴを連れ帰ってしまいたい、そんな気持ちが沸き上がってくる。
いや、それでは駄目だ…エイヴが丹誠込めて作った品も、私の宝物で…それに、その作業をしているエイヴも好きなのだ。
引き締まった表情、真剣な眼差し、節くれだった指…そんな、職人としての顔も、大切にしたい。もっと、もっと、私のために、作り続けさせたい。そして、似合っていると…いや、綺麗だと、そう言わせたい。
此処を私の住処として、誰にも渡さないように、エイヴを常に傍に置いて…宝飾品を作るエイヴを眺めて…一緒に美味しい物を食べて…
たまには、街中に出かけて…そして、夜は、エイヴを思う存分に…そんな生活を送るのだ。
「……」
目を開けると、いつの間にか、エイヴは寝息を立てていて。
「……おやすみ」
その無防備極まりない姿を見ると…
エイヴに覆い被さり、唇を奪い、貪って…襲い…私だけの物にしたい衝動が込み上げてくる。
ああ、衝動のままに襲いかかってしまいたいが…落ち着いて、それを抑えこむ。
まだ、その時ではない…折角の初めてなのだから。
エイヴが眠っている時ではなく、ちゃんと起きている時に…正面からエイヴの唇を奪って…
そう、それからだ…気が済むまで、私の好きなように…エイヴを犯すのは。
だから…もう少しだけ、我慢だ。
眠っているエイヴを抱きしめたいが…きっと我慢できなくなってしまう。
「…そうだな」
住処に残してきた財宝を、此処の空室に移そう。
あれだけ有れば、当分、エイヴに作らせる宝物の材料には事欠かない。勿論、生活にも。
そうしてしまえば後は…何の心配もなく、思う存分エイヴを…
「フフ…行ってくるぞ、エイヴ」
そう思うと、思わず笑みを浮かべてしまう。
少し名残り惜しく感じながらも、寝室を出て…そして、家を後にする。
「ああ…忘れてはいけないな……――」
家の前から飛び立たとうとするその時に、大切な事を思い出す。
エイヴを奪われないように…しっかり鍵をしておかねばならない。
万が一だが、他の女に襲われない確証は持てないからな…
数語呪文を唱えて、他の者が入れないように、魔法をかけておく。
さあ、これで安心だ…行くとしよう。
翼を広げ、洞窟へと向かって飛び立つ。
まるで、世界が変わったかのように…見慣れた空が、海が、やけに綺麗に見えた。
「…これで良し」
少し前までは、何も無い空き部屋だった場所…
そこに、一面に敷き詰められた財宝を眺めて、呟く。
少し疲れたが、魔術を使い、一気に全部を運び出したおかげで、一往復するだけで済んだ。
私がこれまで集めてきた金、銀、ミスリル塊…様々な宝石。
これを使って、次は何を作らせようか…ああ、明日には髪飾りが出来上がるのだったな…楽しみだ…
髪飾りを私に着けて…そして「似合っている」…そう言うエイヴを想像するだけで、待ち遠しくて堪らない。
…ああ、そうだ。エイヴを物にする前に…もう1つ…いや、1組だけ作らせる物が有った…指輪だ。
指輪を作らせねばならない…すっかり忘れていた。
1組のミスリルの指輪…鋼より硬く…そして、金や銀よりも美しく…変わること無く、永遠に輝き続ける。
それを、私の薬指…指が4本しかないから人間で言う小指の一つ隣を薬指だという事にしよう。
私の薬指に嵌めさせた後…私がもう片方を、エイヴの薬指に嵌めてやって…
『永遠に私の物だ』と、その証だと、エイヴに言ってやろう。
指輪を交わして…それから、初めてを、エイヴと…。
今すぐ襲ってしまいたいが…こんなに魅力的な案が有るのだ…今すぐ襲ってしまっては勿体無い…後少しだけ、後少しだけ、我慢だ…。
「……ふう」
部屋の片隅に置かれたベッド…今日の朝まで、エイヴが使っていたそれに、寝転がる。
「はぁ………」
そして、エイヴがしていたように、ぎゅっと枕を抱いて、ベッドに潜り込む。
私が此処に来る前…今日の朝から干していたのだろうか、ふかふかで…暖かい匂いがして…そして、微かに…だが、確実に…エイヴの匂いがして…それに包まれる。
それは、私に高揚と安心とともに、多幸感をもたらす匂いで…何故だか分からないが…それがエイヴの匂いであると、確信めいた物があり…まるでエイヴに包まれているかのようで…
「っー………」
そして、赴くままに、枕に顔を押し付けて、大きく息を吸い込むと…また別の匂い。
これもエイヴのものだという確信があるが…甘い匂いなのだ。干されて随分と薄くなっているのに…その甘い匂いは、はっきりと意識に残る。
そのまま、吸い込んだ甘い匂いは身体中に広がっていって…全身が、ほんのりと、心地いい熱を帯び始めてくる。
これが一体なんなのかは分からない…ああ、だが、堪らない…もっと…もっとだ…
「ーっ…はぁ……」
衝動のままに、何度も、何度も、エイヴの枕に顔を埋めたまま、息を吸い込む。
身体中に、少しずつ、甘い匂いが満ちていく、心地いい熱が点っていく…のだが…それは、高まっていくわけではなく…
ふわふわとした軽いもののままで、止まってしまう。
確かに心地良く…幸せなのだが…これでは物足りない。
もっと、もっとこの感覚を強く味わいたい、そう思う。
そして、それにはエイヴが必要であると、エイヴが欲しいと…エイヴを襲い…犯せと…本能が告げている。
それは、抗い難い…いや、抗えない欲求。
幾ら我慢をしようとしても…エイヴを求めてしまう。
指輪を作らせるまで我慢するのは…より素敵で…幸せな形でエイヴを襲いたいというだけで、本能から来るこの衝動に抗えてなどいないのだ。
今すぐにエイヴの寝室に向かって、眠っているエイヴを、衝動のままに犯してしまいたい。
折角の「初めて」は、もっと素敵で…幸せで…気持ち良い交わりでありたい。
その2つの欲望の板挟みになり、悶々としながら…意識はゆっくりと闇に薄れていったのだった。
「んー…瞬殺だったな…」
ベッドに転がっていたと思ったら…いつの間にか、朝になっていた。
太陽が登り始め…辺りが明るくなりつつある、そんな早朝。
あのまま寝ていたんだな、俺…
流石にイスティルは…帰ったか。
ベッドから出て、ぐっと伸びをする。
いつもより思考は鮮明で、身体も軽い。
寝起き特有の倦怠感は全く無く、清々しい目覚め。
うん、いい買い物をした…奮発した甲斐が有った。
「う……」
そして、目覚めから一拍置いて襲いかかる、空腹感。
出かけた後、晩飯も食べずに寝たんだよな、俺……当然か。
「飯、飯………」
部屋の隅にある作業服に、手早く着替え…腹を満たす物を求めて、寝室を出て、階段を降り…台所に向かう。
「…これだけか」
台所には…肉も野菜もなく、あるのは堅いパンと牛乳のみ。
「仕方ない………頂きます」
パンを薄く切り、適当な皿に牛乳を注いで、パンを浸して、柔らかくしてから、口に運ぶ。
我ながら…お粗末な朝食だ。正直、あまり美味しくない。鮮度が足りない。
買出しを怠ったせいだな…これも、一人暮らしの宿命というかなんというか。
多分、嫁さんが居る男ってのは、無縁なんだろうな…こういうのは。
こう、朝起きてきたら、台所に嫁さんが居て…料理してて…それで、少し待てば、美味い飯が出てきて…
それを食べて、談笑しながら、朝の時間を過ごして…うん、羨ましいことこの上ない。
実際どうなのかは知らないが、彼奴等はいつも幸せそうだし、多分朝も幸せに過ごしてるんだろう…
それに比べて俺は…
美味くもない、粗末な食事…それを、独りで食べている。
美味くないのはまだ良いが…独り、なぁ。
イスティルが居る事に慣れたせいだろうか…その落差か、やけに孤独が身にしみる。
昼飯までには来るかな…あいつさん。
結局、居ないと寂しいわけだ、うん。
まあ、とりあえずこれを食べたら、髪飾りの仕上げだ…
朝早くから作業をすれば…調子も良いし、昼飯前には終わるかも知れない…
あいつさん、楽しみにしてたしな…仕事をしろと急かすという事はそうなんだろう。
…楽しみにしているとストレートに言ってくれた方が嬉しいし、やる気も出るんだが…
まあ、ベッドを運ぶのを手伝ってくれた事もある、出来るだけ早く仕上げてやるかな。
よし…今日も、頑張って仕事だ。
手早くパンを飲み込み、胃に落としこんで、工房へと向かう。
「…………」
手の中に有るのは、完成間近の、小さな金の髪飾り。正確には、金とミスリルの合金で出来ている。金だけでは強度面に不安が有るからだ。
だが、イスティルのあの綺麗な銀髪の美しさに埋もれないためには、あくまでも金の輝きが欲しかった。そのためには、出来るだけミスリルの比率を落とす必要があり…そうすると、強度面と重さに問題が出る。
それを克服するために出来るだけ薄く…しかし、強度を保つように加工した。
他の金属に比べて重い金を使いながらも、長時間着用するため、出来るだけ軽く…しかし、強度を保つ。
それはある意味、必然と言うべき、洗練された、シンプルなデザインとなった。
一条の金の輝き。それは、間違いなく、あの銀髪の美しさを引き立てるはずだ。
さあ…あとは、粗い部分が無いか探して…
「…なんだ、まだ完成していないのか」
不意に、背後から聞き慣れた声。
俺の作業を見るときに、いつもイスティルが座っている位置…いつも通りの方向からの声だ。
「お、イスティル…いつの間に家に入ってきたんだ?」
いつもなら聞こえるはずの、ドアベルが鳴る音。
それが聞こえないことに疑問を覚えながら、声のした方に振り向く。
「ふぁぁ…んぅ…昨日からずっと…だ」
振り向くと…案の定イスティルは、定位置とも言える、背もたれのない簡素な木製の椅子に座り、脚を組んでいて…眠たげに欠伸をする。
その気の抜けた声、目元にうっすらと滲む涙、乱れた髪…
綺麗だな と常日頃思っていたけど…今のその姿は、可愛らしくもあり…そして色っぽく、艶かしい。
そして、やはり俺は男で、イスティルを「女」と見ているわけで…欲望を刺激され、否が応にも、心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
そして、その口から続けて出てきた言葉。
それは、昨日、イスティルが此処に泊まったという事で。
「ずっとってお前さん…あの部屋にいたのか」
朝起きてから、俺が行っていない部屋は一つ、使わなくなったベッドを運んだ空き部屋だ。
「ああ、そうだ。毎日毎日、此処まで足を運ぶのも面倒になった…今日からはあの部屋で寝泊まりするぞ。
ベッドというものは、なかなか良い物であったぞ。エイヴ、貴様がこだわるのも分かる…何も無しで寝るのとは大違いだ」
「んー…あぁ…構わない…が…」
当然のように放たれた、同棲宣言。
なんというか…これは…
自意識過剰でなければ、誘われて…るのか…?
いや、あちらからしたら単に、仕事の監視のために、俺の家に居座るというだけの事なのかも知れない…
それに、結局今の今まで俺はイスティルに襲われもしていないんだ。
ドラゴンがこんな周りくどいことをするのか…?
その気になれば、俺を好きなように出来るだけの力があるわけで…
そういう相手と見られているなら…既に彼女の住処に連れ去られているはずだよな、やはり。
男として見られてなかったら哀しいな…
まあ、それでも…多分、好意は持ってくれているんだろう。そうでなければ、仕事の進み具合や、作業過程を見にきて、わざわざ毎日顔を合わせる事もしない。
それは、嬉しい事だ…
「そうか…それで、後どれぐらいで出来上がるのだ?」
待ちきれない といったようすで、歩み寄ってきて、俺の手元を覗き込む。
この仕草も何処か子供っぽくて、可愛い。
「粗が無いかをもう一度見て…そこを直して完成だ」
「粗…と言われても、何処をどう見ても完成品のようにしか見えないのだが…
まあ、そのこだわりが有ってこそ、良い物が作れるのだろう…評価しているぞ」
そう言い、椅子を尻尾で引き寄せて、俺の横に座る。
何処となく…今日のイスティルは雰囲気が柔らかいというか…
「ん…それはありがとう。…ああ、此処が歪んでいる。分かるか?ほんの少しだけ…」
いつもは俺の後ろに居るのに…今は、俺の隣に並ぶ様に、椅子を置いて、座っている。
少し身体を傾ければ、イスティルに体重を預けられる…そんな近い距離。
耳を澄ませば、イスティルの息遣いが聞こえて…
そして、息を吸えば、女性特有の匂いというか…他に喩えが見つからない良い匂いが、鼻腔をくすぐる。
「女」を意識してしまうこの状況に内心、興奮するのを抑えながら、今さっき発見したばかりの、髪飾りの彫刻の、わずかな線の歪みを指差す。
「…確かに、ほんの少し…歪んで…いる…のか?」
見せてみたはいいが、どうやら、よく分からないらしい。
「…直してみると、印象が変わるんだ、これが」
イスティルに見えるようにしながら、早速、歪んでいる部分を手直しする。
歪みのせいで、髪飾りに生じていた、僅かな違和感。
それは取り除かれて…正に完成品と言うべき物となった。
よし…完成だ。
「…なるほど、確かに、雰囲気が変わった…完成、なのだな?」
完成させる瞬間を見せた事は、これが初めてだったが…どうやら彼女も納得したみたいだ。
「………………完成…だな。うん、我ながら、非の打ち所が無い出来だ」
念のため、もう一度細部までじっくりと眺めて、これ以上手直しする箇所が無いかを探し…
完成を確信する。
「…自画自賛をしてどうする。…ともかく、早く、私にそれをだな…」
「ああ、そうだな………」
隣に座るイスティルの方に向き直り、左手に完成したばかりの髪飾りを持ち、右手を伸ばし、
彼女の耳の上辺りから、美しい銀髪を一房、手に取る。
さらさらとした、心地いい感触。髪から漂う、甘い香り。
「………」
そして、彼女と目が合う。
いつも吊り上がっているはずの眉は、今はそうでもなく、その眼光も威圧感を伴う物ではなくて、優しさを感じられる気がする。
固く結ばれていたはずの口元も、僅かに緩んでいて。
目が合った瞬間、確かに俺は、イスティルに見惚れてしまっていて…一瞬、動きと視線が止まってしまう。
「………これで、良し…………」
気恥ずかしさに、顔に血液が集まるのを感じながらも、右手に取った美しい銀髪の根元に、仕上げたばかりの、金の髪飾りをすっと差し込む。
「エイヴ…綺麗…か?」
すっと髪飾りを撫でて…伏し目がちにこちらを見つめて…
今まで見た事のない…女らしい表情で…イスティルは言う。
「あ…ああ…綺麗…だ…」
ほんのりと朱が差した頬、血色の良い艶やかな唇。
髪と同じ銀色の、澄んだ瞳は、僅かに潤んでいるような気がする。
銀髪の、ミスリルの如き輝きを、先程身に着けさせてやった髪飾りの輝きが引き立てている。
文句無しに美しいその姿に、今度は、一瞬どころではなく、完全に彼女から目が離せないでいて…
心臓が、全身に血液を送る音が、はっきりと聴こえる。
そして、なんとか声を絞り出して…正直な感想を述べる。
「ふふ…そうか、そうか…綺麗か…」
イスティルは俺の言葉を聞いてか、満足気に微笑んで、髪をかきあげる。
微笑むその姿は、さっきまでよりもっと綺麗で、魅力的で…
やはり視線は離せず、見惚れっぱなしになってしまう。
初めて笑った…それだけ嬉しかったのか?
綺麗と言われて…?
「さて…次は指輪を作れ、エイヴ。
まだ、昼食まで少し時間が有る…
早く採寸を済ませてしまうぞ」
そして、イスティルは上機嫌な様子で、作業机の上の採寸道具を手に取り、俺に押し付けてくる。
「あ、ああ……指輪、か…」
採寸道具を受け取った俺に差し出されたのは、左手の、親指から数えて3本目の指。
中指なのか、薬指なのか…指が4本しか無いせいて、どちらかは分からないが…ともかく、すべすべした感触が心地良い。
鱗のはずなのに、まるで柔肌の様だ。
そんな事を考えながら、測り終えると、今度は、4本目の指…恐らく小指を差し出してきて、右手で、その爪先を指差す。
彼女の指の中で一番小さいとは言え、人間のそれに比べて明らかに大きく…指差された爪先は、人間の指と同じぐらいの太さだ。
「ミスリルの指輪を二つだ、分かったな?エイヴ」
いつもの命令口調。
しかしそこには、前までの威圧感は無い。
むしろ、俺を応援してくれているような感じさえ受ける。
「…了解。さてと…そろそろ昼飯にしようか と言いたいんだけど、買い出しに行くのを忘れていて…食べる物が無い。
何か食べに行くか?帰りに食料も買い込んでおくが」
指から手を離して、道具を作業机の上に片付けて、椅子から立ちあがる。
「それで構わないぞ、エイヴ。
ああ、食料は多めに買い込め。私が防腐の魔法をかけてやろう。作り終えるまで家を出る必要が無いぐらいに買い込んでも問題無いぞ」
そう言って、俺の横に並ぶ。
「あまり多く買い過ぎても、持って帰るのが大変だろう…」
「こうすればいい。私がこの程度の魔術も使えないと思っていたのか?」
彼女が指先で宙をなぞると、そこに魔方陣が現れ…そのまま指を机の上に向けると、机の上の物が宙に浮かび上がる。
「そう言えばお前さん、凄かったんだよな」
詠唱も無く、いとも容易く魔法を行使するその姿に、改めて、目の前の存在が、力だけでなく高い知能、魔力を備えたドラゴンで有る事を認識する。
「そう言えば とはなんだ と言いたいが…
貴様のような人間とは格が違うのだ」
そう言ってイスティルが手を振ると、浮かび上がった道具は元の位置に戻る。
見下すような言葉。
しかし、その表情は得意気であり、負の感情は感じられない。
忘れがちだけど、イスティルが本気になれば、本当に好き勝手出来るんだよな…
とは言え、根は温厚なんだろう。
文句は言えども、手は決して出さない。
結局、俺に合わせてくれているし、この前みたいに、俺を手伝ったりしてくれたりもする。
うん、良い奴だよな。
などと思いつつ、工房部屋を出ると…
昨日は後ろを歩いていたのに…今日は隣に並んで、イスティルはついてくる。
「それじゃあ、行こうか。何か食べたい物は?」
いきなりこうなった理由はよくわからないが…
良い事だ。
「美味しい物なら、何でも構わないぞ、エイヴ」
そう言ってこちらを向いて微笑むイスティルを見ると、やはりドキッとしてしまう。
…何が有ったんだろうなあ。
昨日までとは別人のようだ。
「…そうだな、今日は…んー…何処にしようか」
こうして横に並ぶと、デートみたいだな、と思いながら、イスティルと一緒に家を後にした。
「これ、これ…これが好きなんだよ、俺は」
結局、行きつけの店で食事をする事にした俺達。
目の前に運ばれてきたのは、いつも頼んでいるオイルソースパスタ。
まあ、「いつもの」 と言って出てくる訳でも無いわけだが、うん。
なんの変哲もない味だが、シンプルに美味い。それに安い。量も十分。
別に自分でも作れるが、やはりプロが作る物だから、
こちらの方が美味い。当然と言えば当然だけども。
一人で飯を食べに出る時はいつもお世話になっていた一品だ。
「これが貴様の好物か…ふむ…」
そして、イスティルの前にも、同じ皿。
『貴様と同じで構わない』らしく、二人で同じ料理を注文した。
「それじゃあ、頂きます」
手を合わせてから、フォークを持ち、パスタを口に運ぶ。
オリーブオイルの香り、それにピリッと唐辛子が効いていて、食欲をそそられる。
パスタそのものも、ほどよい茹で加減で、しっかりと小麦の味がする。
「うむ…美味しいな、エイヴ」
四本の指で器用にフォークを持ってパスタを食べるイスティル。
昨日までは仏頂面で食事をしてしたのに、今日は少し頬を綻ばせている。
…きっと、この食事を楽しんでくれているんだろう。
「だろ?シンプルだけど、確かに美味いんだ」
そんな姿を見ていると、こちらも気分が良くなって来て、自然に口元が緩んでしまう。
心なしか、食べ慣れたこのパスタも、いつもより美味い。
「………っ」
そう思いながら、イスティルの方を向いて、手元を見ずにパスタを口に運んでいると、
ガリッという、歯で何かを噛み潰した感触。
一瞬置いて、舌に、口内に広がっていく辛さ…
添え物の、丸々一個の唐辛子を噛み潰したのだと気づく。
「…?どうした、エイヴ」
俺の様子に気づいてか、こちらを怪訝に見つめてきた。
流石に口から吐き出す訳にもいかず、急いで噛まずに呑み込む。
しかし、そもそも噛み潰した時点で手遅れで…
「っ…うぅっ…!か、辛っ…!」
遅れて襲いかかって来る辛さ…それは、どんどん強くなっていって…辛さを通り越して、舌が、口内が、喉が痛い。
眼からは涙が溢れて、涙目どころではなくなって…
「だ、大丈夫かっ?どうしたのだエイヴ?」
イスティルが、辛さに涙を流す俺を、心配そうに覗き込んでくる。
「っ…んっ…んっ…!」
慌ててコップの水を口に含むが、焼け石に水で、口内を襲う焼けるような痛みは変わる事が無い。
「はぁっ…唐辛子っ…噛んだっ…舌が痛いっ…」
コップの水を飲み干して、辛さに痛さにヒィヒィ言いながら、今置かれている状況を告げる。
「まったく…何をしているのだ…心配させるな」
それを聞いてイスティルは、呆れと安堵の混ざったような表示をして、俺を見つめてくる。
『心配させるな』か…少し大げさだけど…心配してくれたのか…うん、やっぱり優しいんだろうな。
「心配してくれてっ…ありがとう…ダメだっ…やっぱり辛いっ…」
ただ、いくら心配してくれても、辛い物は辛く…
相変わらずの状態で…
そうだ、魔術ならなんとか…!
「…先に言っておくが、痛み止めの魔術は覚えていないぞ、必要が無かったからな」
そう思った瞬間、先回りの言葉。
どうやら考える事はお見通しらしい。
「そんなぁっ…」
イスティルにも打つ手はどうやら無いようで…
辛さが引くまで、俺はただ待つ事しかできなかった。
「…ご馳走様でした」
辛さが有る程度引いた、しかし、まだ口内はヒリヒリとしている、そんな頃。
パスタを食べ終えて、両手を合わせる。
「うむ、美味しかったぞ」
結局あの後、俺が食べ始めるまで待ってくれたせいか…殆ど同時に、イスティルも食べ終える。
妙に気を遣ってくれるんだよな…
「んー…まだ舌がヒリヒリする…」
「手元を見ずに食べるからだ…」
「そりゃあそうだが…まあいい、次は買い出しだな」
「ああ、そうだ…昨日食べたチーズは美味しかったぞ、買っておけ」
「あれがお好みか、それじゃあ、奮発しようか」
会計を済ませて、店を出て…隣を歩くイスティルと、他愛の無い…しかし、昨日までの不毛なやり取りとは違った会話をしながら、市場の方に歩く。
仕事を無闇に急かす事もしなくなったし、喜んで買い物や食事に付き合ってくれるようになった…
やはり、好意を持たれてるのか…?
自意識過剰じゃ無ければ…だが。
でも、こんな急に、なあ…
まあ、良いか…悪い変化じゃないんだ、今深く考える事も無い。
考えるなら、夜にじっくりと…で良いだろう。
「ただいま、と…」
買い物袋を小脇に抱えて、鍵をかけ忘れていた扉を開ける。
「中に誰も居ないのに、何を言っているのだ…」
横には、沢山の袋を宙に浮かせたイスティル。
指先には、魔方陣が展開されていて、淡い光を放っている。
「まあ、染み付いた癖だ。
…一人暮らしなのに言うと哀しくなるが。
おかえり って返って来ないと、確かに『何を言ってるんだろう』と思う」
「ふむ…そうなのか」
他愛の無い会話をしながら、イスティルとともに、食料を持って台所に向かい、掘り下げられた食料庫に、一週間分を越える食料を置いていく。
「これで全部か。こんなに買い溜めたのは初めてだ」
目の前には、満杯になった食料庫。
一人暮らしの俺には縁の無かった光景だ。
「さて…――― これで当分は腐らないで保つぞ」
「お、ありがとう…助かる」
そして、隣でイスティルが何か数語呪文を唱えると、光の粉のような物が食料に降りかかり、すっと溶けるように消える。
これがどうやら、防腐の魔法らしい。
魔法の才能の無い俺には、全然縁の無い物だから…これだけで本当に腐らなくなるのだろうかと、心配になりつつも、凄く便利なものだと感心する。
まあ、イスティルが凄いだけで、普通の魔法使いはもう少し手間をかけて唱えるのかも知れないが…どちらにせよ、羨ましい力だ。
「食料調達は済ませた、さあ、次は意匠決めだな、出来上がるのを楽しみにしているぞ、エイヴ」
「…よし、やるか」
そう言って、一足先に工房に向かおうとするイスティル。
『楽しみにしている』…
そうだという事は分かってはいたけど、実際に言葉で伝えられると、職人冥利に尽きるというか…嬉しいし、やる気が出て来る。
現金だけど、仕方無いよな…
そんな事を思いながら、イスティルに追いつき、工房に向かった。
「さて…どうするか」
羊皮紙とペンの用意された作業机につく。
「ふむ…貴様が最も美しいと思うようにしろ。
最も似合うように…最も綺麗に…最も魅力的に、な」
そして、椅子を持ってきてやはり隣に座るイスティル。
「…俺が?」
俺から見て…?
まあ、確かに、装飾品という物は、誰かから見られる事を前提にしているから、なんら間違った主張では無いんだが
「そうだ、貴様の感性で良い…その代わり、全力を尽くすのだぞ」
「それは、言われなくとも。いつだってより良いものを作ろうとしているつもりだ。最高の作品を作りあげてやるさ」
「その意気だ…さて、私は此処で見ているぞ」
「ん、そうか…そうだな、もう少し、指を見せてくれ」
いつもは頭に焼きつけた像でイメージを固めるが…
折角相手が此処に居るのだから、実物を見るに越した事は無いだろう。
流石に相手が既婚者だったり恋人が居たりすると、あまりまじまじと見ていられないが…良いものを作るために、そういった不快な思いをさせては本末転倒な訳だし。
イスティルにはそういった心配が無いから、遠慮せず頼める。受け入れられるかは別だが、今日のイスティルなら、いいと言ってくれそうだ。
「ふむ…気が済むまで見るがいいぞ」
案の定、手を差し出してくれた。
前までは、あまり長く見ていると顔を顰めたものだけど…今日はどうやら、その心配は無さそうだ。
「ん…ありがとう」
目の前に差し出された、イスティルの手をとる。
人間のそれとはかけはなれた、異形の形。
人間の頭ぐらいならば、難なく鷲掴みに出来るだろうその大きさ。
何物も寄せ付けないような強度を誇る鱗。
そして、簡単に肉や骨を斬り裂き、断つ事が出来るだろう、鋭い爪。
だが、それに恐ろしさは感じない。
緑の鱗は艶やかに光を反射して、その大きな手の指先は、女性らしく、すっと揃えられている。
そして、外見とは裏腹の、手から伝わる、すべすべとした、柔肌のような、しかし何処か硬質さも持ち合わせた、独特の心地良い感触。
イスティルの手は…女らしくもあるが…こうして手をとるだけで、不思議な安心感が湧いてくる、そんな優しい力強さも兼ね備えた手だ。
心底、綺麗だと、そう思う。
「………」
手全体から、その三本目の指に視界を、意識を絞りこみ…集中して、鱗の大きさ、向き、ほんの僅かな色合いの違いまで、隅から隅まで、その特徴を探し出す。
「……」
しばらくして、頭の中での試行錯誤の末に、突然に湧き上がる指輪のイメージ。
イスティルの指の美しさと指輪の美しさが調和している光景が、確かによぎる。
イスティルの手を離し、ペンを持ち、閃きと形容しても差し支えないそれを、風化しないうちに羊皮紙に書き留めていく。
精密に、忠実に、しかし、早く。
「…………ふう」
最後の一線を引き、羊皮紙からペンを離し、ペン立てに戻し、息をつく。緊張の糸が切れたのを自覚するや否や、急速に、疲労が襲い掛かる。
目の前には、書き上がった指輪の図面。
文句無し…いや、会心の出来だ。
しかし、まだ、まだ、突き詰める部分が有るはずだが…
かなり疲れた…今日は終いかな…
「…やっと終わったのか、エイヴ。
しかし、私が話しかけても気づかないとは…余程集中していたのだな。もう、陽が傾いているぞ」
「え…?」
不意に横から聴こえる声。
ついさっきまで、イスティルが完全に意識の外だった事に気づく。
そして、言われたとおり、辺りは暗くなり始めている。
つまり、相当な時間、俺は集中していたという事で。
それは当然、疲れるわけだ。
それに、その間、ペンを持っている時以外は、ずっとイスティルの手をとっていたから…
ずっと、付き合っていてくれたのか。
「本当に、気が済むまで見ていたな…」
「…済まない」
許可は取ったとはいえ、流石に時間が時間だ。
彫金をするのでも、図面を書くのでもなく、目に見える事は殆ど何もしないままだったから、相当退屈したはずだ。
「私が良いと言ったのだぞ?何を謝っている。
…うむ、良い意匠だ。気に入ったぞ、エイヴ」
が、俺の予想とは裏腹に、イスティルは意にも介していないようで、上機嫌に、羊皮紙を眺めている。
「そう、か…今日は此処で切り上げて、飯に、しよう…ああ、まだその図面は未完成だ。まだ突き詰める」
何故今日は、不満の一つも言わないんだろうか…
やっぱり気になるが…駄目だ…疲れて頭が回らないし、腹も減った…
道具を手早く片付け、工房を出て、台所に向かう。
「ふむ…そうだな、食事にするぞ。お疲れ様だ」
やはり、隣には当たり前のようにイスティルが並んで。
『お疲れ様』
そういわれるだけで、頑張った甲斐があったとおもえるんだ、やっぱり俺って、思っていたより単純なんだな…
「それじゃ…明日に備えて寝る。おやすみ」
イスティルにおやすみを言って、ベッドに寝転がる。
二人で飯を食べ、片付けも終わり、風呂も済ませ…
つい先程まで、イスティルと話をしていたが、そろそろ眠気が限界だ。
イスティルが集めた宝を持ってきているらしいから、見せてもらおうかとも思ったが…気力が足りない。
「…おやすみ。私も寝るとしよう」
俺に背を向けて、イスティルは部屋を出て行く。
「……」
それを見送ってから、布団を被り、枕を抱く。
どちらもふかふかで、布団は心地良く身体を包み込んでくれて、枕は柔らかい反発を感じさせながら、頭と腕を受け止めてくれる。
そして、絶妙な温かさ。
ワーシープの魔力が無くも、眠気を誘うというのに、ワーシープの魔力が、さらに抗い難い眠気をもたらしてくる。
いつまで、こうなんだろうな…
やっぱり、好かれてるように思えるし…
そうならいつか、イスティルに…
その時に俺はどうすれば…
居ないと寂しいし、美人だとは思うし、一緒に居るのは悪くないが…
惚れているんだろうか、俺は…
イスティルの事が好きは好きだが…惚れてるとか、愛してるかと言われれば、断言出来ないよなあ…
あー…中途半端だな………
どう、するか……どう、すれば……
………………
思考はすぐに微睡みに塗り替えられ、抗い難く、心地良い眠りへと、意識は落ちていった。
「………」
念入りに、いや、執拗とも言える程に突き詰め、修正し、完璧に仕上がった、二つの指輪。
ミスリルのその輝きは、銀色でありながら、銀の輝きと比べて遥かに澄んでいる。
鋼を越える強度は、加工こそ難しいものの形状を保証してくれて、精密な彫刻を施すことが出来た。
金や銀では、ちょっと何かにぶつけただけで歪んでしまう部分も、ミスリルならその心配は無い。
さらに、金や銀よりも軽く、指に嵌めてもその重さを全く感じる事は無いだろう。
そして、イスティルの手を隅から隅まで眺めた末に閃いた意匠は、まるで身体の一部分かのように、その指に馴染むはずだ。
女性らしさ、優しさ、強さ…
イスティルの手、指から感じた物を、余す事なく表現力した意匠は、今まででに作ったどんな作品よりも、彼女に似合い、美しさを引きたて、魅力的に見せるだろう。
そして、その意匠を、寸分の歪みもなく、忠実に刻み込めたという確信。
最高傑作だと、断言出来る。
「………完成、か」
…結局、イスティルとの、この微妙な関係をどうするかについては、何も決まらずに、完成を迎えてしまった。
イスティルが、好意を含んだ目で俺を見ている事には、気づいていた。
それに気づいた上で、今までで一番、この仕事に打ち込んでいたのは確かだった。
朝起きて、朝飯を食べ、仕事をして…昼飯を食べて…仕事をして…晩飯を食べて、風呂を済ませて、疲れてベッドに転がったらいつの間にか寝ていて…
それだけの生活なのに、充実を感じていた。
それはやはり、イスティルが傍に居たからだ。
仕事だという意識の前に…イスティルの喜ぶ顔が見たかった。
ただ、この感情が一過性で無いとは断言出来ないのも確かで…
単に、此処まで近しくなって、好意を向けられた女性が他に居なかったから
と言われて、否定しきる事は出来ない。
だから、まだ、俺は…結局、現状維持を選ぶしかない。
中途半端な気持ちでは、イスティルの好意に応えてやれない。応えてはいけない。
「ふふ…やっと完成か…早く、私に…」
俺の胸中を知ってか知らずか、期待に満ちた目で俺を見つめ、左手を差し出すイスティル。
その頬はほんのりと朱が差している。
「………あ、ああ」
好意を向けられている相手に、中途半端な気持ちでこういう事をするのはよくないとわかっていても、
その期待を裏切る事は出来ず…
薬指かどうかは分からないが、その4本の指のうち、親指と思わしき所から3本目の指に、あくまでもいつものように、指輪を嵌めてやる。
「こちらは…貴様の物だ、エイヴ。左手を出せ…私が嵌めてやろう…ふふふ…」
もう片方の、小さな指輪を俺の手から取り上げる。
それは丁度、俺の薬指と同じ大きさ。
「…いや、それは…早すぎる…まだ、整理が…」
それはつまり…結婚指輪として、この2つの指輪を作らせたという事だ。
爪の部分に着ける指輪 という事で、違和感は感じていたし、丁度薬指の大きさだったから、もしかしたら…とは思っていたが…
だからと言って、イスティルにそれを問えるはずもなく、その考えが合っているとも限らないから、結局、言われるがままに作ってしまった。
予期してなかった訳では無いが、やはり決心はついておらず、情けない反応を返すしかない。
「早すぎる?これだけ待たせておいて…仕方の無い男だな…気づいていたのだろう?」
一歩、歩み寄ってくるイスティル。
何時の間にか、背後には尻尾が回り込んでいて…
腰を抱き寄せられる。
「っ…あ…」
眼前には、妖しげに笑みを浮かべるイスティル。
尻尾はがっちりと俺の腰を捕らえて、離さない。
「ふふ…もう離さないぞ…」
そして彼女は舌舐めずりをし、俺の左手首を掴み、俺の視界の中心まで引っ張る。
半ば反射的に腕を強張らせるが、彼女の力の前では抵抗にすらならない。
「あ………」
そして、もう片方の手で、俺の左手の薬指に、ゆっくりと指輪を嵌めさせていく。
早鐘を打つ心臓。
甘い吐息が、思考をくらつかせる。
左手越しのイスティルの眼光に射竦められ、身体の力が抜けているわけでも、硬直しているわけでも、魔術をかけられているわけでもないのに、身体を動かす事が出来ない。
何の抵抗も出来ないまま、嵌められていく指輪から、目が離せず、ただただ、見つめるしかない。
「証だ…私の宝物であるという事の、な…
ああ…似合っているぞ、エイヴ…」
俺と、イスティルの指で輝く一対の指輪。
それに視線をやって、彼女は満足気にそして、うっとりと微笑む。
「…………」
予想していなかったわけでは無いが、何を話せば良いかすら分からないこの状況に、黙り込んだまま、吸い込まれるようにイスティルの瞳を見つめていた。
「さて…部屋に行くぞ…床の上では痛いだろう?」
イスティルの両腕が背中に回り、尻尾とともに、俺をぎゅっと抱きしめる。
柔らかく大きな胸が、服と鱗越しに胸板に押し当てられ、その形を変えているのが分かる。
心臓の鼓動が伝わりそうな程、密着した距離。
いや、心臓の鼓動は筒抜けている。
そう確信出来るぐらいに、激しく心臓は脈を打ち続けている。
「あ…う……」
いつもは落ち着いている自負が有る自分だが、こうやって剥き出しの好意をぶつけられ、行動にまで移されるとなると、話は別だ。
そんな経験など皆無だというのに、落ち着いていられるはずがない。
「ふふふ………」
顔に血液が集まり、狼狽える俺を見て、微笑み続けるイスティル。
そして、不意に、視界がぐるりと回った。
いとも容易く、イスティルは俺を抱き上げる。
しかし、その抱き上げ方は、これ以上なく丁寧で、まったく俺に負担を感じさせない。
宝物を扱うかのような、繊細な手つきだ。
思わずそれに安心感を覚えてしまい、身体の力が抜ける。
そして、それに気を良くしたイスティルは、部屋の外に向かって足早に歩き始めた。
「エイヴ…私の事は…好きか?」
エイヴを連れてきたのは、今では私の住処となった元空き部屋。
床には今まで集めた財宝。棚には、今までにエイヴに作らせた宝物が飾ってある。
抱き抱えたエイヴを、ベットにそっと降ろして、そして、上から覆い被さるようにして、ゆっくりと押し倒す。
先程まで作業をしていたせいか、少し汗臭いエイヴ。
だが、その汗の匂いも、堪らなく魅力的で、肌から感じる体温とともに、私の身体を火照らせる。
部屋に運ぶまでの間、ずっと顔を赤くして黙り込んでいたエイヴ。
その可愛らしく庇護欲を掻き立てられる姿も良いが、やはり、何か喋って欲しい。
私に興奮しているという事は、見れば分かるが…
それでも、まだまだ、知りたい事は有るのだ。
そう、特に…私をどう思っているか。
これだけは、聞いておきたい。
「…嫌いじゃ…ない」
私の問いに、エイヴは恥ずかしそうに顔を逸らして、ぼそりと呟く。
普段のエイヴからは予想もつかないその仕草は、可愛らしいとしか言いようが無い。
だが…不満なのは…その答えだ。
私は素直に好きと言って欲しいのに、この後に及んで意地を張って…本当に仕方の無い男だ。
「好き、か?」
両手で挟み込むように、しっかりと頭を固定して、こちらを向かせて、眼を見て、もう一度、問い掛ける。
頬は、思っていたより柔らかく、ふにふにとしている。
「…好き…んむぅ!?」
そして、エイヴはしっかりとわたしの眼を見据えて…待ち望んだ言葉を口にして…
余計な言葉が後に続かないうちに、頭を抱き、その唇を奪い、塞ぐ。
「んっ…ちゅ、れるっ……はぁっ……ん…んむっ……」
突然のキスに、目を見開いて、身体を強張らせるエイヴ。
それに構わず、衝動のままに、舌を差し入れる。
エイヴの枕から微かに感じたあの甘い匂いが、エイヴの唾液から今度ははっきりと感じられる。
そして、匂いだけでなく、蜜のように甘い味が、舌から伝わり、全身に染み渡り、さらに身体を火照らせる。
下腹部には、ドロドロとした熱が溜まっていき、恐らくは子宮であろう場所を、堪らなく甘く疼かせる。
ああっ…これが…精の味…エイヴの味っ…
もっと、もっと…私に…!
それが精の味で有る事を本能的に理解して、さらに、さらにと、逃げるように動くエイヴの舌を絡め取り、咥内を隅々まで舐め回し、舌伝いに唾液を注ぎ込み、そして、エイヴの唾液を啜り、味わう。
「んっ…ふぅっ…んぅっ…はぁっ…」
無我夢中でエイヴを貪り続けていると、エイヴが徐々に、強張った身体を弛緩させていくのが分かる。
同時に、私の舌から逃げようする動きも、徐々に小さくなっていって…
エイヴの表情は、どんどん熱っぽい物に変わっていく。
そして、
私のキスを受け入れていくその姿を見ていると、さらに、エイヴが欲しくなって…より激しく、執拗に舌を絡めていく。
「っちゅ…じゅるっ…はっ…んむっ…れるっ……」
一瞬だったような、とても長かったような、そんな間、エイヴの口をひたすらに貪り続けていると…
ついに、エイヴは一切の抵抗をやめて、私の為すがままになる。
その四肢はぐったりと脱力していて、私の舌から逃げる事もなく、とろんとした眼で、私を見つめてくる。
反り返った肉棒が、服越しに、私のお腹とエイヴのお腹の間に挟まれていて、脈を打っている。
「はぁっ…エイヴっ…やっと、観念したのだな…」
名残惜しさを感じながらもエイヴの唇を離して、身体を起こす。
子宮は、我慢出来ないぐらいに疼いていて、自分でも弄ったりした事のない秘所からは、どろどろと、透明な液体が溢れ出していて、太股伝いにエイヴの服を汚していた。
あぁ…早く…犯したい…!
犯して…私だけの物に…!
キスをやめて、エイヴを犯したい衝動に支配された私にとって、服を脱がす時間すらも惜しく…
エイヴを傷つけないように注意しながら、どろどろに汚れ、テントが張られたエイヴのズボンに手をかけ、爪で切り裂く。
「……ぁ……ぁっ…………」
裂かれたズボンの中から肉棒が現れ、エイヴが小さく声をあげる。
初めて目の当たりにするそれは、私が思っていた物より長く、太く、大きく…真っ赤に充血して、青筋が浮かんでいて、先端からはだらだらと透明な液を垂れ流していて…グロテスクなはずなのに、とても愛おしい。
そして、濃厚な精の香りを放っていて、それだけで蕩けてしまいそうになる。
後は…これを私の中に…
「ふふふ……しっかり見ておくのだな……」
肉棒の上に膝立ちになり、エイヴを見おろしながら、右手で優しく肉棒の根元を握る。
根元を握られただけで、肉棒はびくびくと震えて、まるで喜んでいるようだ。
そして、胸と秘所を覆い隠している邪魔な鱗を、魔力によって消し去る。
空気に触れただけで疼き始め、勃った乳首、だらだらと涎を垂らし、肉棒を呑み込むのを心待ちにしている秘所…それらを、惜しむ事なく、エイヴに見せつける。
「はぁ…ぁぁ…イス……ティル……」
エイヴは、荒い息を吐きながら、私の秘所に視線を釘付けにされている。
私の裸にエイヴが見蕩れている。
それだけで、疼きはさらに増して行き、秘所から溢れる粘液もより多くなっていく。
そして、肉棒に向かって、一気に腰を落とす。
「はぁっ、あっ……!あぁぁ…はぁぁん…!?」
入り口を塞ぐ膜を突き破られ、小さな痛みが走る。
今まで、戦いでも傷を負った事の無い私は、痛みという物に無縁で…思わず声をあげてしまう。
そして、勢いのままに、誰にも許した事のないその場所に、ずぶずぶと肉棒は突き進んでいく。
閉じたそこを押し広げ、奥に奥に。
膣は私が意識するまでもなく、ぎゅっと肉棒を締め付け、絡みつき…だが、それでも肉棒は私の奥に突き進んでいく。
膣を押し広げられ、絡みつき、締め付けの中を強引に進まれ、膣壁を思いっ切り擦られ、今まで味わった事のない、快楽の電流が全身を駆け巡り、腰砕けになってしまう。
痛みは既に快感によって消し去られていた。
「あ、あぁ……!はぁぁぁ……」
エイヴも快楽を感じているのは同じようで、喘ぎ声をあげながら、結合部に魅入っている。
肉棒は私の中でびくびくと跳ねて、それがまた私に快楽をもたらす。
「あっ、ぁぁぁぁぁっ!!!」
そして、腰砕けになった私を支える力は無く、すとんと、体重を乗せて、さらに勢いよく、肉棒の上に腰を落とす事になり…
肉棒が、私の中の最奥に突き刺さる。
突き抜けるような衝撃とともに、全身に、
雷に打たれたかのような快楽が走る。
視界が霞み、背は大きく反り、四肢はびくびくと跳ねて、口の端から唾液が零れる。
涙を流しそうなほどの、激しい快楽。
それに呼応して、膣壁は肉棒に蠢き、絡みつき、これ以上なく強く締め付ける。
「っ…あ、イスティルっ…出るぅっ……!」
エイヴが喘ぎそう言うのが聞こえると、肉棒が最奥のさらに奥に向かって、どくどくと脈動し、何かを送り出し…
それが奥の奥、子宮に注ぎ込まれた瞬間に、さらなる快感が弾ける。
「ふぁ、ぁぁ、はぁぁぁん!?」
それは、熱く、子宮をどろどろに溶かすような快感で…
そして、甘く蕩ける濃厚な精の味、香りを、子宮で感じて…
快感、味、香り全てが、全身に広がっていき、私の全てを、先程までとは比べ物にならないくらいの至上の幸福感、充足感とともに、甘く蕩けさせていく。
「あっ、ぅあ…気持ちいいっ……!?」
霞んだ視界の中でも、快感に表情を歪めるエイヴの顔は、はっきりと見る事が出来て、それが愛しくて、愛しくて、堪らない。
肉棒は脈動をやめることなく、私に精を注ぎ込み続けていて、この甘美な感覚を終わらせない。
「ふぁ、はぁっ…エイヴぅ…」
決して受ける快感が弱まったわけではないが、快感に慣れてきて、思考が回り始め、徐々に身体が動かせるようになってきた。
私が今味わっている感覚が『絶頂』だという事を理解して、エイヴの上半身を覆う服を爪で切り裂き、裸に剥き、そのまま、身体を倒して、エイヴを抱きしめて、胸を押し付ける。
肌と肌で、直に伝わるエイヴの体温。それもまた、私を蕩けさせる。
そして、エイヴの胸板に、ぴんと勃った乳首が擦れるだけで、びりびりとした快感が私を襲う。
「あ、痛くっ…無いかっ…?は、ぁあっ…」
喘ぎ、悶えながらも、私の事を気遣ってくれるエイヴ。
気が付けば、結合部からは、僅かに血の混じった粘液が流れ出していた。
そんな些細な事でも私の事を心配してくれるという事が嬉しくて仕方が無い。
それだけでなくエイヴは、適度に筋肉のついた男らしいその腕で、私の背中に手を回し、しがみつくように、私に抱きついてくる。
快感を堪えるかのようなその姿も、愛しくて堪らない。
「気持ちいいっ、気持ちいいぞ、エイヴっ…!」
エイヴを抱き起こし、向かい合ったまま繋がり、抱き合う姿勢になる。
胸を擦り付けると、さらに甘い痺れが胸から身体に広がる。
そして、そのまま、エイヴの腰に脚を回し、さらに密着し、深く繋がれるように、腰同士を押し付ける。
さらに奥に押し付けられた肉棒は、子宮に、その精を一滴たりとも余す事なく注ぎ込んでくれている。
そして、さらに貪欲に精を求め、膣内を自分の意思で蠢かせ、ぎゅっと締めつける。
「くっ、あ、うぁぁぁ……」
快感に喘ぐその声。
蕩けた表情、口元から溢れる涎。
私にしがみつく力は、さらに強くなる。
エイヴの胸板との擦れもその分強くなって、快感はどんどん上乗せされていく。
男らしい容貌をしているはずのエイヴの情けない姿は、私だけが知っているエイヴの姿で。
それは、私の独占欲を満たし、確かな満足感をもたらしてくれる。
そして、私の中で肉棒はさらにその大きさ、硬さを増して、強く脈動し、子宮を精で満たしていく。
「はぁっ…エイヴは私のモノだ…全部、私にっ…!」
ただひたすらに、肉棒を締め付け、膣壁を蠢かせ、絡ませ、吸い付かせ、胸を擦り付け、快感を、そして、精を貪り続ける。
そして、エイヴの喘ぎ声に耳を傾け、その蕩けた表情を目に焼き付け、優しく、そして強く、両手両脚、そして尻尾で、エイヴを抱き締める。
「あ、はぁ、うぁ、ぁぁぁぁ………」
一際大量に精が注ぎ込まれたと思ったその時、続く精が注ぎ込まれて来ない事に気づく。
精を注がれ、全てが満たされるようなあの甘美な快感が失われ、絶頂も収まってしまう。
肉棒はびくびくと脈動を続けているが、そこからは精が放たれていないのだ。
そして、エイヴの蕩けた顔にも、苦悶の色が混じっている。
「んっ…はぁ…もう、終わったのか…?」
永遠に続くかのように錯覚していたが、気が付けば、ほんの一分にも満たない時間しか、精を注がれていなかった。
物足りなくも、名残惜しくもあるが、エイヴが全ての精を注ぎ終えた事を理解して、膣の動きをやめて、エイヴの肉棒を休ませてやる。
このままエイヴを犯し続ける事も出来るが、快感の中でとは言え、苦悶の混じった顔は見たくない。
「もう…出ない………」
掠れそうな、疲れきった声で言うエイヴ。
手足もぐったりと脱力していて、私が支えてやらなければ、後ろに倒れこんでしまうだろう。
その弱々しい姿も、やはり愛しく、再び抱きしめなおしてしまう。
「ふふふ…こんなになるまで出してくれて…幸せだぞ、エイヴ」
子宮には、エイヴが注いでくれた精が未だに残っていて、私を甘く蕩けさせ続けていて、大事な精が零れないように、最奥は、今も肉棒にしっかりと押し付けている。
そして、肉棒が最奥から離れないように注意しながら、体位を変え、エイヴを受け止める形に、ベッドに倒れ込む。
胸板からかかるエイヴの体重によって、胸が押し潰されて、それがまた気持ち良い。
胸越しに伝わるエイヴの鼓動は、私の心を安らがせてくれる。
「あ、ああ……」
私に身体を預けて、エイヴは目を閉じる。
それを抱き締めて、片手で頭を、尻尾で背中を撫でてやる。
「んっ…ちゅ………」
そして、エイヴが眠ってしまう前に、労いを込めて、優しくその唇にキスをしてやり、舌をそっと絡める。
「ん……」
エイヴも控え目に、自分から舌を絡ませてきた。
甘えるように、ゆっくりと。
私の舌に、その舌で唾液を塗り込み、私の舌から唾液を舐め取り…
私が舌を止めると、催促するように、舌を突き出してくる。
エイヴから私を求めるその行動。
それには、エイヴの愛が確かにこもっていて…
精を注がれ絶頂し続けていた時よりも、幸せな気分に浸る。
そしてそのまま、キスをし続けていると、次第にエイヴの舌の動きが緩慢になっていき…やがて止まる。
唇を離すと、エイヴは安らかに寝息を立て始めて…
子供のような寝顔を眺め、寝息に聞き入り、エイヴの体温を、肌触りを、その匂いを、膣に収められた肉棒の感触を、子宮に注がれた精の甘く熱く蕩ける感覚を、しっかりと味わいながら、眠りへとついた。
「ん……」
ぼんやりとした意識、視界。頭を、何かに撫でられている。
頬の辺りに感じる、柔らかい感触。
それに顔を押し付けると、ふにゅりと沈み込んで、甘く優しい匂いとともに、心地良く受け止めてくれた。
そして、抱きついている物から感じる、すべすべした肌触りと、安心感をもたらす温度。
「ふふ…おはよう、エイヴ」
頭の上の辺りから聞こえる声。
それは、頭の中を殆ど素通りしていくが、その優しい響きだけは、しっかりと感じられる。
「んぅ………」
微睡みの中、ぎゅっと抱きつきながら、甘えるように頬を摺り寄せる。
息を吸うと、甘い匂いが胸いっぱいに広がって、ふわふわとした幸福感をもたらしてくれる。
「寝ぼけているのか……?仕方の無い奴だな……ほら、起きろ……」
嬉しそうな声が聞こえて、また頭を撫でられる。
そして、ゆっくりと身体が揺すられて、意識が徐々にはっきりとしてくる。
「ん………?」
重たい頭を動かして、頭上の方に視線をやると……顎を引いて、こちらを見つめ、微笑むイスティル。
気がつけば、俺が甘えているのは、イスティルの胸で…
しかも、二人とも裸で抱き合っていた。
思い出す、昨夜の出来事。
ベッドに運ばれて、強引に押し倒されて…
抵抗する事を考えられなくなるぐらいまで、熱烈にキスをされて…
そして、イスティルの中で、あっという間に、
出なくなるまで搾り取られて…
イスティルがこの家に泊まるようになる前からずっと溜まっていたせいか、ずっとイかされっぱなしで…
もう一人じゃイけないぐらい、気持ちよかったな…
それで、確か…また、キスをしながら寝たんだ。
あの時にはもう、求められるのが嬉しくて、イスティルが愛しくてしょうがなくなっていたな…
「おはよう、エイヴ…まったく、こんなに涎塗れにして……」
「あ……おは…よう」
そう言われ、口の端を手で拭われて、涎を垂らして寝ていた事を知る。
急いで胸から顔を離し、重い身体を起こすが、イスティルの胸の谷間には、べっとりと涎が溜まっていた。
罪悪感と、恥ずかしさに、声が詰まる。
「ん………んくっ………ちゅ……」
だが、イスティルは不快そうな素振りは見せず、上半身を起こしながら、涎を指先を揃えて掬い取る。
そして、上を向き、口を開けて、見せつけるように舌を突き出し、指先から舌へと、掬い取った涎を流し込んで、喉を鳴らして、美味しいそうに目を細めて飲み込む。
指先に残った涎も、念入りに舐めとり、胸を拭い、再び涎を舐めとる。
「あ………」
普通ならば涎塗れにされて怒るだろうのに、怒るどころか、イスティルは嬉しそうにしていて。
それは俺にとって嬉しく、そして、とても淫靡だ。
その淫靡な光景を見せつけられ、完全に目を奪われてしまう。
しかも、昨夜、空になるまで搾られたはずだというのに、股間の欲望の象徴はむくりと起き上がり、あっという間に、ガチガチに張り詰めてしまう。
「ふふ…一足先に朝食にさせてもらうぞ」
「え…あっ………」
それを目にしたイスティルは、ニヤリと笑い、詰め寄ってきて、昨日のように、俺を押し倒す。
しかし、昨日と違って、押し倒した後に、一度身体を起こして、俺の脚に手をかけて、大きく脚を広げさせる。
情けない格好にさせられ、羞恥心を煽られるが、イスティルに見つめられるだけで、それを受け入れてしまう。
「いただきます……んっ…ちゅ…れるっ……」
そのままイスティルは、身体を倒し、胸の谷間に肉棒を挟む。
優しく、そして柔らかい感覚に肉棒が包まれるが、その先端は、胸の谷間から突き出てしまう。
丁度、亀頭の先端は、イスティルの眼前にあり…
待っていたと言わんばかりに、イスティルは亀頭の先端にキスをし、舌を這わせ始める。
「っ…あ、うぁ…」
根元は柔らかく包まれ、先端は舌に擦られ、唇に吸われる。
違った快感を同時に与えられるだけでも堪らないのに、時折、舌が裏筋や尿道口を擦るのだから、声を抑えきれるわけがなく、肉棒もビクビクと跳ね、じわじわと射精へと追いやられていく。
「ほら…貴様の好きな胸だぞ…あんなに甘えていたものな…気持ち良いだろう…?
ん…ちゅ…ちゅ…ふふ…此処が弱いのだな…?」
上目遣いに俺を見つめてくるイスティル。
それは媚びるような眼差しではなく、捕食者とその獲物という立場を分からせるかのような、鋭い光が込められている。
しかし、それ以上に深い愛情が込められていて、その鋭い光と合まって、背筋をゾクゾクと震わせる。
そしてイスティルは、上機嫌に左右の乳房を手で寄せ動かして、肉棒を上下に擦り上げ、揉みくちゃにしてくる。
それだけでなく、俺の反応から、裏筋と尿道口が弱い事を見抜いて、裏筋と尿道口に交互にキスを降らせる。
「あ、ぁ、もう…!」
左右の乳房から与えられる不規則な刺激、弱点を吸われる快感。
俺を射抜く眼差しが、それをさらに増幅して…
あっという間に、射精寸前まで追いやられてしまい、腰に熱い痺れが込み上げて、肉棒の先からはだらだらと先走りが流れ出すが、それもイスティルの唇に吸われていく。
「ほぅら、とどめだ…ちゅ…あむっ…じゅるっ…!」
俺が達しそうなのに気づいたイスティルは、ぎゅっと乳房を寄せて、肉棒を一気に挟み込んで締め付ける。
そして、亀頭をすっぽりと口で咥えて、カリを唇で締め付け、じゅるじゅると音を立てて吸い上げながら、舌で裏筋を執拗に責め立てる。
「は、うぁ、ぁぁぁぁぁ…!」
温かい胸の締め付けに、ドロドロの唾液に塗れた、溶けそうな程に熱い咥内。弱点である裏筋を責め立てられ、強制的に腰砕けにされてしまう。
一気に叩き込まれる快楽に、堪える間も無く、腰に込み上げる痺れは限界に達し、弾ける。
そして、玉袋からイスティルの口に吸い上げられているかのように、肉棒から精を放って…
思考を焼き尽くされるような、鮮烈な快感に翻弄され、呻き声をあげる。
「んっ…じゅるっ……んっ…ん…くっ……ちゅっ…はぁっ……
美味しいぞ、エイヴぅ……」
射精を終えた後も、愛おしげに肉棒を吸い上げ続けるイスティル。
そうして尿道に残っている精液も残らず吸い出した上で、ゆっくりとそれを全て飲み込んで…
亀頭を綺麗に舐め回し、亀頭の先端にキスをして、
身体を起こして、俺に覆い被さり直して、蕩けた顔で、俺を愛しげに見つめてくる。
「はぁっ…あ……」
射精後の敏感な亀頭を柔らかな舌が這い、またもや快感に声が漏れる。
射精を終えて、急に襲いかかる、身体の重さ、疲労感。
だが、目の前のイスティルのその表情を見ていると、この疲れも、何処か心地良い。
「…もう一回、と思ったのだが、随分疲れているようだな。
ゆっくり休め…また後で、だ」
横に並んで寝転がるイスティル。
俺を抱き寄せて、腕枕をしてくれる。
「ん……あ、あぁ……」
素直に腕枕されながら、改めて部屋の中を見渡す。
破かれた俺の作業着が散らばっている。勿体無い。
次に目に入るのは、ベッド近くの棚。
連れて来られるなり押し倒されたせいで気づかなかったが、俺が今までにイスティルに作った品が大切に並べられている。
そして、床には、今までイスティルが集めてきたであろう、数々の宝飾品。
中には、貴族や王族が身につけるような品までもが、価値の無い物のように、床に乱雑に投げ捨てられている。
…愛されてるな、俺。
視界に入るイスティルの手。
そこには、最初にイスティルに作った、銀の腕輪。
思い返せば、イスティルはいつもこれを身につけていたといた。
そうだというのに、今も、新品と見紛うぐらいに輝いている。
棚の品も同様に、しっかりと手入れが行き届いている。
…職人冥利に尽きるな、本当に。
宝飾品をあんな状態にしておくのは感心出来ないとは言え、自分の作品がこれ以上無く大切に扱われている事に、嬉しさが込み上げ、そして、さらにまた、イスティルが愛しくなった。
「…柔らかい」
そして、腕枕を抜けて、イスティルの胸に抱きつく。
俺を柔らかく受け止めてくれるそこに、真正面から顔を埋めて、深呼吸。
やはり、甘くて優しく匂いが身体中に染み渡る。
「…ふふ、存外甘えん坊なのだな、貴様は」
嬉しそうに俺を抱き締めてくれるイスティル。
その大きな両手は、俺を安心させてくれる。
触れ合う肌と肌とで感じる温もり。
幸福感の中、ゆっくりと時間は過ぎていく。
「…そろそろ、飯にしようか」
日は高くなり、昼に差し掛かる頃。
あれだけ出す物を出して、昨日の晩から何も食べて居ない。
流石にそろそろ空腹感が、幸福感を上回り始めてきた。
名残惜しさを感じながらも、イスティルに抱きつくのをやめて、身体を起こして、ベッドの縁に座る。
…服、着て来ないと。
「…よし、今日は私が作ってやるとしよう」
隣に座り、そう言うイスティル。
「…作れるのか?」
今までイスティルが料理をしていた事など見た事も無いし聞いた事も無い俺としては、やはり不安だ。
「手順ぐらい、見て覚えている」
自信満々な様子のイスティル。
「…なら、任せようかな」
…大丈夫なんだろうか。
でも、手料理か。
…楽しみだな、味はともかく。
「ふふ…」
楽しげな様子で台所に向かうイスティル。
尻尾も楽しげに左右に振れていて、微笑ましい。
そして、俺が料理をする時に使っているエプロンを着ていて…新妻と言った感じのその様子は、見ていて幸せだ。
いや、新妻…なのか、実際。
実質、アレは求婚のような物だもんな…
ああ、尻尾が揺れて…可愛い。
肝心の料理の方は、包丁などの使い方が不安だったが、包丁などを使わずに、爪の一閃で綺麗に材料を切り刻んでいく姿を見て、杞憂だという事が分かった。
手順の方も、自信満々だっただけあって、完璧だ。
むしろ、俺より手際よく調理を進めている気すらする。
そして、火の扱いは…
「……っ」
イスティルの口から放たれる炎。
まさかのブレス。
あっという間に、鍋の水が熱湯に変わる。
鍋が溶けていない事を見るに火力調整は出来ているようだ。
肉とか、直火焼きにしそうだな…
でも、美味しそうだな、それも…
などと考えながら、イスティルが料理をする光景を眺める。
いつものイスティルからは想像し難いその姿はとても魅力的で、待つのが全然苦にならないどころか、ずっと眺めていたいとさえ思ってしまう。
「…出来たぞ、エイヴ」
満面の笑みを浮かべて、イスティルは、食卓で待つ俺の前に、昼食を運んでくる。
いつか食べて、唐辛子を噛み潰した覚えのある、好物のオイルソースパスタだ。
「おお、美味そうだ」
目の前に置かれたそれは、とても美味しそうに仕上がっている。
しかも、大皿に盛られていて、食べ切れるか分からないぐらいの量だ。
料理の様子をずっと眺めていたが、味も期待出来そうだ。
「冷めないうちに食べるのだぞ……いただきます」
俺の真横に椅子をぴったりとつけて座るイスティル。
よく見れば、手にはフォークを二つ持っている。
そして、その片方を俺に渡す。
「いただきます」
二人で一つの皿…熱々の新婚夫婦じゃないか、まるで。
嬉しいのだけど、少し恥ずかしい。
そんな思いを抱きながら、パスタを口に運ぼうとするが…
「………美味しいか?」
じっとこちらを見ているイスティルと目が合う。
少し不安気に、味の感想を尋ねてくる。
…まだ食べてないのに聞かれてもな。
どうしようも無いんだ。
イスティルらしくない、抜けたその行動に笑みで返して、パスタを口に運ぶ。
「…美味い」
肝心の味は、いや、味云々の前に、『美味い』と、そう感じた。
味自体も、俺の作る物よりも、美味く仕上がっているのだが、そういう次元の話ではなく、とにかく美味い。
イスティルが作ってくれたというだけで、此処まで美味く感じるのかと、驚きを隠せない。
愛は最高の調味料とは、よく言ったものだな、と思ってしまう。
「ふふ…そうだろう?ほら、もっと食べろ…」
満面の笑みに戻ったイスティルは、尻尾を左右に揺らしながら、身体を寄せて来て、俺の口元に、パスタを運んでくる。
「ああ……ん……んくっ……美味い」
俺がそれを食べると、ようやくイスティルは、パスタを自分の口に運び始める。
…そんなに俺に食べてもらいたかったのか。
可愛いな、うん…
美人で、強くて、なのに可愛くて、料理も上手くて…
それで、あんなに俺の事を大切にしてくれて、求めてくれて…甘えさせてくれて…
夜も、あんなに気持ち良くしてくれて…
こんな素敵な嫁さんが出来て…なんて幸せ者なんだろうか、俺は。
そんな事を考え、イスティルを眺めながらパスタを食べる。
きっと、表情は緩み切っているだろう。
「そうやって余所見をしていると、また唐辛子を噛むのだぞ」
嬉しそうにしながらも、忠告するイスティル。
「だいじょ…ぶ…あ…
っ…辛っ……!」
そして、忠告の直後に、ガリっと何かを噛み潰した感触。
覚えのあるそれに、背筋に冷や汗が流れる。
口の中で被害が拡散する前に、一気に飲み込んでしまうが、やはり、時既に遅しで舌が焼ける様に辛い。痛い。
「本当に噛んだのか…まあ良い…もし噛んだらこうしてやろうと思っていたのだ……んっ……れるっ…じゅるっ…」
前とは違い、落ち着いた様子のイスティル。
不敵な笑みを浮かべ、そう言うと、正面から俺を抱きしめてきて、そのまま唇を重ねて、舌を絡める濃厚なキスをしてくる。
「っ…んっ……」
甘い唾液の味が舌に広がるが、それでもまだまだ辛さは
引かず、助けを求めるようにイスティルに抱きついて、舌を突き出す。
「んっ…れるっ…はぁっ…れろぉっ…」
そうすると、唾液を塗りこむのかのようにイスティルの舌は俺の焼けるような舌に絡みついてくる。
舌を絡められているうちに、だんだんと辛さは気にならなくなっていき、甘い唾液の味が口の中を覆い、蕩けるようなキスの快感が意識を埋めていく。
そのままキスを続けていると、完全に辛さは気にならなくなって…
イスティルの唇を、舌を、唾液を貪る事に夢中になっていた。
そして、何時の間にか、服の下で肉棒はガチガチに硬くなっていて…
「ぷはぁっ…ふふ、こんなに硬くして…デザートにさせてもらうぞ…」
それに気づいたイスティルは、キスをやめて、その身体を覆う鱗を、魔力によって消し去り、裸にエプロンという格好になる。
そして、服越しに肉棒を撫でた後、服の中に手を突っ込んで、肉棒を引っ張り出して、服を脱がしていく。
「はあっ……はぁっ………あ、ああ………」
息を整え、その言葉に頷く時には、裸に剥かれていて…
椅子に座る俺と抱き合いながら繋がる形になるように、正面から跨ったイスティルは、肉棒を秘所に当てがって…
そして、また俺は、イスティルに気持ち良くされるのだった。
人里から離れた洞窟の奥…私の住処。
自分の周りに散らばる、金、銀、ミスリル、宝石、装飾品を眺めて、言葉がこぼれる。
金も、銀も、ミスリルも…美しく輝く…が、それだけに過ぎない。
宝石は……これも、美しく光を反射し、私を惹きつけるが…やはりそれだけでは物足りない。
宝飾品はどうか?
精巧な技術により、金、銀、ミスリルと、宝石を組み合わせ…紋様を掘り込んだ、一級品の物だ。
確かに、美しい。文句のつけようが無い程に美しいはずなのだが…そう、きらびやか過ぎるのだ。
人間の、権力の誇示…そんな醜い意図が見えて…悪趣味で…美しさを損ねている。
納得のいかない事に、本能はそれを『宝』で有ると感じている…が、私の理性では、これは宝とするに足らない物だ。
しかし、不満を覚えつつも、結局集めてしまう辺り…本能には逆らえないのだろう。
だから、せめて…納得のいく物を手に入れよう。
こんな悪趣味な物では無く…もっと洗練された物をだ。
方法は…そうだ、造らせればいいだろう。
材料は此処に幾らでも有る、心配は要らない。
近くに街が有ったはずだ…確か、貿易によって栄えている…そこに向かおう。
人間や魔物が集まる所に行くのは、あまり気乗りしないが…他に手段もあるまい。
街に着いたら、出来るだけ早く、腕の良い男を見つけて、納得のいく物を造らせるか。
近くに有る貴金属の塊や、大粒の宝石の中から、特に質が良いと思われるものを選び取って、適当な袋に入れる。
そして、それを持って、洞窟の外に歩み出て、翼を広げる。
「―――」
短い呪文を紡いで、洞窟の入口に、侵入者を拒む魔術をかけて…
「…行こう」
誰に向かってでもなく呟いて、翼を羽ばたかせて、宙に浮かび、そして、街に向かった。
「んー…今日はお客さんが来ない、な…」
時間は昼過ぎ、適度に膨れた腹と、暖かな日差しからくる眠気を堪えながら、
のんびりと、しかし、手は抜かずににネックレスの図面を引く。
この街に店を構えてから、半年……なかなか業績が奮わない。
もっとも……採算度外視でやっているような物だから当然と言えば当然か。
食っていければそれでいいしな………
カランカラン………
おっと…お客さんだ…
店の扉を開く音に、顔を上げて、扉のほうを向くと…
「…ドラゴンか?珍しいな…」
人間と比べて大きいその手足は、硬質な艶を持つ深緑色の鱗に覆われ、4本の指の先には鋭い爪が生えている。
背中には、今は畳まれているが、鱗と同じ色をした翼。
蛇のような尻尾は、床に触れないように、控え目に、ゆっくりと、くねっていて、何処か妖しく感じる。
鱗に覆われていない部分は、艶めかしい肌が覗いていて、肉付きのいい健康的な太股に、一瞬、視線が止まってしまう。
じろじろ見るのもどうか、視線を外した先は、またもや鱗の無い、色気を感じさせる腹部。
再び視線を上に逸らすと、今度は、鱗に覆われながらも、確かな存在感を持つ、大きめの胸。
鎖骨の辺りには、鱗に縁取られた宝玉。
結果として、彼女の身体を這うような視線の動きになってしまった。
そして……それに気づいたのか、俺の台詞に気を悪くしたのか…それとも此処に入った時からか…
すぐに彼女の顔に視線を移すと、不愉快そうな表情を浮かべて、俺を見ている。
ミスリルのように美しい、銀の長髪。その間からは、やや後方に向かった角が伸びている。
顔の側面からは、明らかに人間のものとは違う、鱗と同じ色の、異形の耳が見える。
そして、俺を見据えているのは、少し細く、切れ長の、眉と共に吊り上がった目。
全体的に引き締まった印象を受けるその顔は、間違いなく、文句無しの美人ではあるが、
不愉快そうな表情と相まって、近寄り難く思われそうだ。
実際、他人を近づける振る舞いをするようには見えない。
「……………貴様が店主か?」
彼女のルビーのように紅い瞳と…眼が合った。
口を開くと、低めの、凛とした…しかし、高圧的な声が発せられる。
「ああ………そうだ」
まあ…珍しい客ではあるが、お客さんはお客さん、それだけだ。
「…………」
いつもと変わり無い口調で俺が返答を返すと、彼女は、何事も無かったかのように眼を離して、店に置いてある商品を見渡し始める。
無論、どれも満足のいく出来の作品だ。
「………」
さてと……図面の続きを書こう。
「ふむ…なるほど…」
なにやら呟く声に、視線を紙面からドラゴンへと戻すと、彼女は顔を近づけて、熱心に作品を眺めている。
その表情は、先程までの不愉快そうな物ではなく魅入っている…とも取れるその様子は、造り手としては、嬉しい光景だ。
「…………」
しばし彼女を眺めた後、再び紙面に向かって、ネックレスのデザインを考え始める。
翡翠をはめ込んだ、金のネックレス…アラクネのシエラに依頼を受けた、オーダーメイド品だ。
依頼通り、蜘蛛の巣の意匠を持たせて…そして、飾り過ぎない、シンプルな形状を……
「…まずは合格だ。とりあえずは評価してやろう、貴様」
しばらくして、突然に、上の方から彼女の声。
紙面から目を離して、声の方向、上を向くと…俺が椅子に座っているため、丁度見下ろされる形で、彼女の顔が見える。
「ん…?」
一応は褒められてはいると分かるが、その態度は、気分が良くなる物ではない。
明らかに、見下されている。
……まあ、だからと言って怒るつもりも無い。
ドラゴンは、多分こんなモノなんだろう。
「…これで、何か造らせてやろう。貴様の感性のままに造って私に寄越せ。余った金は好きにするが良い
ただし…くだらぬ物を造った場合は許さん」
そう言うと、彼女は袋から何かを取り出し、無造作に、カウンターの上に置く。
「ふむ…好きに造らせてくれるのか。気前は良いな」
ポロッと口からこぼれる本音。
カウンターの上に置かれたのは、大粒のサファイアと、1つの金塊。
どちらも、一目見た限りでは、随分質の良い物に見える。
流石はドラゴンと言ったところか……良い物を持っている。
「気前は…? 貴様、何が言いたい」
眉を吊り上げ、俺を見下ろしたままに…その紅い双眸が俺を見据える。
魔法の心得が無い唯の人間の俺でも、彼女の身体から発せられている魔力が感じ取れる。
それ程に強大な魔力を持つ相手が目の前に居る事を、彼女が地上の王者、ドラゴンである事を再認識する。
…まあ、この程度で怒って力を振るうような、頭の悪い種族では無いだろうから、問題ないか。
「ん…人を見下すのは良くないぞ」
これぐらい言っても、別に殴りかかってこないだろう
間違った事を言っている訳でもない。
「………人間風情が、私に指図か?」
やや語調を強めて、そして、俺を見下ろすその視線からは、相変わらず、俺を見下している事が感じられる。
まあ、俺の作品、技術自体を見下しているわけでは無さそうだ、別に良いか。
さて…そうだな…何を作るか…
ふと視線を動かすと、深緑色の鱗に覆われた、大きな手が目に入る。
腕輪…腕輪にしよう…となると…この緑には…銀の方が映えるな…
「いや……忠告だ。…ああ、それと…何を作るかは決まった。金ではなく銀を使いたいが、構わないか?」
他人を見下しても、波風を立てる原因にしかならないだろうに…まあ、俺の言い方も言い方といえばそうなんだけどな。
そんな言葉を心の隅に置いて、思いついたアイデアを提案してみる。
とりあえず、余計な話はここまでにしよう。
「……良い物を造るなら、それで構わん。これを使え」
先程までのやりとりは、彼女の中でも、ひとまず何処かに置かれたらしく、
ある程度不機嫌さを抑えた声が聞こえ、視界の中央に映る大きな手が、もう片方の手に持たれている袋から、銀の塊を取り出し、金塊と取り替える。
やはりこの銀塊も、一目見た限りでは良質なものだ。
「それは良かった……ああ、寸法を測る。少し、手を出してくれ」
となれば、早速、寸法を測ろう。
上着のポケットから寸法を測るための道具を取り出して、彼女を促す。
「……」
右手が前に出されたのを確認してから彼女を見上げると、『不本意だが、仕方無い』といった感じの表情で、俺を見ていた。
特にそれを気にするでもなく、手早く計測を済ませようとする。
鱗に覆われた手に触れると、硬質そうな外見とは裏腹に、存外、優しい手触りというか、すべすべしていて、撫でたら気持ち良さそうだ。
そして、やはり、見れば見るほど、綺麗な緑色をしている。
此処に銀の腕輪が装着されるのを想像すると………ああ、やはり映える。間違いは無い。
「…これでよし」
計測を終えて、彼女の腕から手を離す。
つい、鱗に覆われていない、露出した肩に目が行ってしまうが、すぐに視線を外す。
男の性だ、しかも魔物相手となれば、仕方無い、仕方無い。
「…腕輪か」
前に出していた手を元に戻して、彼女が呟く。
「そうだ…意匠もこちら側の自由だな…?本来なら…何度か打ち合わせをするものだが…」
一応、確認は取っておこう。
「二度言わねば分からぬか?」
確認を取る言葉に、またもや不愉快そうに、声が返ってくる。
「了解……それで、期日は?」
まあ、気にせずに期日だ、期日。
「…一ヶ月後までに仕上げろ」
「一ヶ月…了解した」
「…それでは、一ヶ月後に取りに来る」
彼女が、もう此処に用は無いと言わんかのように、振り向き、出口に向かっていく。
「ん…俺はエイヴ・エーカー…名前は?」
ああ、なにか忘れていると思ったら、名前を聞き忘れていたよ。
「………イスティル」
振り向きもせず、それだけ答え、扉を開けて、彼女は店を出て行く。
イメージ通りというべきか、中々不愛想だったな、ドラゴンという種族は。
「『イスティル:一ヶ月』と…………それじゃ、お仕事再開だ」
それを見届けてから、予定表を書きなおす。
まあ、まずは……直近の依頼から仕上げていこう。
「さて…あまり住処を空けておくわけにもいかん」
店を出てすぐさま、翼を広げて、街を飛び立つ。
眼下に広がる建物は小さくなっていき、青い海が視界に入る。
街の上空に留まっていると、吹き抜ける潮風が心地いい。
エイヴ・エーカー…気に障る男だったが…少し凄んだ程度で媚びへつらうような輩でも、敵わぬのに私に刃を向ける愚か者でも無いだけ良いか。
職人としては、店の品を見る限り、一流だった。重要なのはそこだ。
嫌味の無いシンプルな形状に、複雑過ぎない幾何学模様とモチーフを巧みに融合させた、美しい意匠。
そしてそれを正確に実現する、確かな技術。
使う宝石は、どれも一級品。
明らかに一流の品だが、値段分の金貨と、品そのものの重量が、殆ど変わらない。
相場というものはよく分からないが、破格の値段で売っているのは確かだろう。
店が潰れていない以上、最低限の儲けはあるはずだが…
…あの男の事など気にしても無駄か。
良い品を作る事は確かであるはずだ…一ヶ月後を待てばいい。
しかし……私が着けるとは一言も言っていなかったはずなのだがな…
どうやらあの男は、私に合わせて作るつもりだ。
……折角だから、着けてやるとしようか。
「それじゃあ、アタシは行くよ、新しい服と一緒に、旦那にお披露目……ああ、楽しみだねぇ」
「…今後ともご贔屓に…旦那さんの感想も、今度聞かせてくれよ」
「言われなくても、次の服に合う物を依頼しにくるついでに惚気けるつもりさね。…そう言えば、この店に、ドラゴンが入っていったって話を聞いたけど、本当なのかい?」
「惚気を聞きたいとは言っていないんだが…ああ、一週間ほど前に、依頼に来たな…今日からそれにとりかかる予定だ」
「へぇ…ドラゴンのお客様ねぇ…珍しいじゃないか…おっと、行かないとね……アンタも頑張りなよ」
「言われなくても、仕事だけはしっかりこなすさ」
「さてと…」
残った仕事は、イスティル…彼女の腕輪か。
自由に……そうだな、やはり、彼女に似合うものを作るのが一番だろう。
装飾品というものは、身につけた人物の魅力を引き立てる物だ。
飾っておいて嬉しいコレクションでは無い。
そうだな…鱗のような文様を入れて…そして…中心から、流れるように線を…
紙を机に置き、ペンを手に取り、図面を引き始める。
「…………」
今日であれから1ヶ月が経った…そして今、私は、あの店の前に立っている。
時間は、街の人間や魔物共が、活動しだす、朝。
街行く通行人が、ちらちらと私を見ているのが不愉快だ。
「…約束の期日だ」
果たして…あの男は、どんな物を作ったのだろうか…
久々に何かに期待した、そんな気がしながら、『営業中』の札がかかった扉を開け、店の中に入る。
「…ふぉう」
店に入ると、あの男、エイヴ・エーカーは、サンドイッチを咥えていた。
そして、私を見るなり、空いている片手を上げて、サンドイッチを咥えたまま…恐らくは、『よう』と言ったのだろう。
……営業中では無かったのか?
「…貴様、仕事はどうした」
営業時間中に、平気でサンドイッチを食べてのんびりしている……こんな男に、仕事を任せていたのかと思うと、良い気分ではない。
これで、期待はずれな物を出したならば、容赦はしない。
「んっ…………品は…ちゃんと出来ているから…食べ終わるまで少し待ってくれ…ああ、食べるか?」
サンドイッチを飲み込んで、喋り始め、次のサンドイッチを皿から手に取り、さらにもう片方の手で、
皿の上に1つ残ったサンドイッチを取って、私に向かって差し出す。
「食事などいい、早く品を見せろ」
カウンターへ歩み寄り、催促の意味で、手を前に出す。
…一ヶ月待ったのだ、早くしろ。
「……………」
目の前の男は、黙ってサンドイッチを咥えて、私の手のひらにもう1つのサンドイッチを押し付けた。
…私を愚弄しているのか?この男は。
そうは思いながらも、手に渡されたサンドイッチに目が行く。
薄く切った柔らかいパンに、肉厚のベーコン、そして、みずみずしいトマトとレタス。
……美味しそうではあるな。
「…………」
少し力を振るえば、このような男など、簡単に従わせられるが…無闇に力を振るうのは好かぬ。
それに、空を飛んで、小腹が空いていないわけでもない。
食べろというなら、食べてやろう、仕方無い。
そちらの方が、早く品を受け取れそうでもある。
黙ってサンドイッチを受け取り、一口齧る。
ベーコンの旨味と、塩味、そして、トマトの酸味と、レタスの食感。
パンに挟んでいるだけだが、確かに美味しい。
…なるほど、変わる物だな。
料理など、食べた事も無かったが…人間が考えた物にしては評価できる。
「…御馳走様…さて、品だな…」
気がつくと、目の前の男は、いつの間にか私より先にサンドイッチを平らげていた。
そして、手を拭い、手袋をはめて、カウンターの奥から、1つの箱を持ってくる。
「んっ……んくっ…ようやくか…」
こちらも、サンドイッチの最後の欠片を飲み込んで、手を払い、
簡単な清掃の魔術を瞬時に使い、念の為に、手から腕までを綺麗にしておく。
………まあ、簡素ではあるが、悪くない食事ではあった。
「…ご期待に添えていれば良いんだがね」
そう言って、男が箱から取り出すのは、サファイアが嵌め込まれた、銀の腕輪。
「バングル」と呼ばれる形の物だ。
私の腕に合った大きさで、鱗のような1つの文様の中心に、サファイアが輝いている。
そして、文様の中心からは、腕輪の端に向かって、
それぞれ2本の、美しく絡みあう線が掘りこまれている
「それじゃ、腕を出してくれ…」
そう言うと、目の前の男は、腕輪を、私の腕に近づけてくる。
「…………」
黙って腕を出してやると、鱗が薄く、細い二の腕の側面から、腕輪を装着させてきて、
意匠が手の甲側に来るように回し、腕輪の径と丁度になる、手首の位置まで、腕輪を降ろし、
そして、手を離す。
腕輪は、確かな輝きを持って、私の腕に馴染んでいた。
窮屈さも、緩さも感じない、正に丁度と言うべき大きさである。
「よし…ぴったりと。うん、これで良い、調整の必要は無いな」
「…ふむ。…確かに、丁度の大きさだ。……なるほど、悪くないな、これは」
本能がこれを求めるのは勿論だが……
確かな、洗練された美しさが、この腕輪に有る。
…装飾品を身につけるのも、存外良いものだと、初めて知った。
確かな美しさが、私の元に有る。それが、誇らしいというべきか。
「…よし、思ったとおり、似合っている」
一歩引いて、私を少し眺めて、満足気な一言。
「似合って……いる……か」
似合っている。
……こういった事を言われたのは…初めてだ。
人間如きに言われても…それでも…悪い気分ではない。
「ん、ああ、それと…これは返す。既に俺の取り分は頂いてある」
気がつくと、男は続けて、銀の塊を渡してきた。
残った銀はくれてやると言ったのだが…律儀な男だ。
「貴様が持っていろ。次に作る時の材料として使え」
銀を使う都度に渡すのも面倒だ、此処に置いていけばいいだろう。
「うい、分かった…」
「次は…」
何が、良いだろうか……?
金の髪飾り…いや、エメラルドと銀の首飾りもいいな…
また、別の素材で腕輪を作らせるのも…いや、まずは別の装身具を作らせるべきか…
そうだな……時間は十分にあるが…
一度、良い物を手にしたせいか…どうも、欲が湧いてしまうな…
さて、どれから作らせるか…
「次は…?」
「よし、ネックレスを作れ…銀と、エメラルド…」
悩んだ末に、まずは首飾りを作らせる事にする。
今度は……私も意匠について打ち合わせをしよう。
「了解…期日は?」
「期日は………3週間後。……1週間後に、意匠の打ち合わせに来てやろう。
無論……早く仕上げるに越したことは無い」
「モチーフについて、何か指定は?」
「…私を満足させるものを作れば、それで構わん。……貴様に任せよう」
「了解………」
「さて、私は帰る。一週間後には、しっかりと意匠を決めておくのだな」
「ん……もう帰るのか」
「あまり、住処を空けておくわけにもいかん……分からぬか?」
「ああ、なるほど。作り手としては、一度、そちらのコレクションも見てみたいな」
軽い笑みを浮かべて、そう言うこの男に、若干の馴れ馴れしさを感じる。
「……貴様に見せる筋合いは無い」
何故貴様に見せてやらねばならんのだ……まったく。
人間風情が、弁えろ。
「うーん…それは残念だ」
目の前の男が、少しだけ、落ち込んだような気がしなくもない。
「勝手に残念がっているがいい…」
だが、いちいち構うのも面倒だ。
早いところ、帰るとしよう。
「それじゃ、またな…」
男は軽く手を振って、私を見送る。
「…ああ」
こういうやりとりは悪くない……いや、私は何を考えている。
たかが人間、取るに足らない。
心地良さを感じるなど、あり得ない。
気のせいだろう。
「………」
……調子が狂うな。
まあ、いい。とにかく帰ろう。
「ふう…」
季節は秋になり、風は寒くなりだした。
そんな朝、今日も、作業の進行の確認に店を訪れる。
あの男と出会った頃は、期日に取りに行けば良いと思っていたが…
何処まで作業が進んだかは、気になってしまうものだ。
それに…出来上がったら、すぐに受け取りたい。その権利も、私には有る。
しかし、最初は、1つの品を作り上げる間に、1回程度だったが……
気がつけば、1ヶ月前には、一週間に1度…最近は、2、3日に一回は訪れている。
住処に居るよりは、装飾品が作られていく過程を見ている方が、退屈しないのは当然であるからな…
「……休業?」
店に入ろうとする前に、扉に掛けられた『本日休業』の札が目に入る。
「ふむ…」
扉に鍵は掛かっていない。どうやら家に居るようだ。
早く作り上げろと言ったはずだが…仕事をしてもらわねば困るな。
此処は一つ、文句を言ってやるとしよう。
「エイヴ、何をしている、早く仕上げろと何度私に言わせるつもりだ……!」
『本日休業』の札などには構わず、扉を開け、店に入る。
バタンと扉を閉め、店の中を見渡すが…どうやら此処には居ない。
作業場の方は…いや、休業の札がかかっているからには、別の所…
有り得るのは…カウンターの奥の私室か。
「お…イスティルか…悪いが、今日は用事が有るんだな、これが」
私の声を聞いてか、カウンターの奥の扉を開けて、チーズを片手に、エイヴが出てくる。
その服装はいつもの作業服ではなく、青藍染めの厚手のズボンに、白地のシャツ。
結局…何処か、いつもの作業服と似た雰囲気である。ズボンのせいだろうか。
…ともかく…仕事をしていないのは感心できないな。
「何の用事だ?私は待っているのだぞ?」
「ベッドを新調するんだ。注文していた物が出来上がってな…ワーシープの羊毛ベッドだ。
もふもふで心地良い睡眠が約束される逸品だ。
あ、そうだ、ホルスタウロスのチーズとミルクはどうだ?
ジェイクもレアードも、嫁さんが嫁さんだから、一緒に食べる相手が居なくてなぁ…」
上機嫌に、用事について語り、チーズを勧めてきた。
ジェイク、レアード…たまに此処に遊びに来ている、エイヴの友人だ。
確か、二人ともラミア属の妻が居て…ホルスタウロスのミルクを飲んだ という事で、酷く怒られた事があると、エイヴが言っていたな…
気にせず、良質な牛乳として考えれば良い物を……まったく、呆れた話だ。
「…そんな事より、早く仕事をしろと言っている」
「今日は、新調したベッドをゆっくり楽しむ予定なんだ…明日にしてくれ。
明日の夜までには仕上がるから…」
そう言って、目の前の男はチーズを食べる。
ちゃんと仕事をしているか見に来たら、この体たらくである。
少し睨みを利かせてみるが、やはりこの男は、気にした様子がない。
一度痛い目に合わせれば分かるのであろうが…それも興冷めだ。
……まったく、面倒な男である。
「なら……その後で仕事をしろ。それと、チーズは一緒に食べてやろう」
やはり、後で仕事をさせるほうが懸命だ…早くこの男が用事を終わらせる事を願おう。
チーズは、勧められたからには、食べてやるとしよう。
エイヴの私室に入り、牛乳瓶とチーズが置かれたテーブルにつく。
しかし…ベッドか。
洞窟で暮らす私にとっては不要な物だが…やはり、有った方が心地良く眠れるのだろうか。
「ふむ……これは美味い。………確か、精力増強の効果も有るのだったか?
まあ、貴様には関係の無い事か」
チーズを口に運び、そう言って、鼻で笑ってやる。
チーズは、口の中であっさりと溶けて、濃厚な旨みを広がらせる。
臭みは少なく、癖の無い味だ。
わざわざ勧めてきただけはあるようだ。
しかし、二十歳を超えているだろうに…客との付き合いはあれど、女の影は見えない…まったく、寂しい男である。
「…一言余計だ。というか、お前さんが此処に来るようになってから、
さらに出会いがなくなった気がするんだが…」
眉を潜めて、牛乳を飲み干すエイヴ。
良い気味だ。
「それは私の知った事ではないな…ともかく……行くなら、早くベッドを新調しに行くぞ。
……そして、仕事をするのだな。
んっ…んくっ……ふむ、これもなかなか………」
牛乳瓶を開けて、牛乳を一気に飲み干す。
普通の牛乳よりも甘く、濃厚で…しかし、柔らかい口当たりで、すんなりと喉を通り、胃に落ちていく。
飲み干し終えると、仄かな甘味が、口に残る。
そして、汚れた口元を、清掃の魔術を瞬時に唱えて、手で拭う。
「これを食べたら行くつもりだよ……その言い方だと、ついてくるのか?イスティル」
少し意外そうに、目の前の男は、私に質問を投げかける。
「……此処で待っていても暇だ。それに、私がついていないと、貴様、寄り道するだろう」
わざわざ、それなりの時間をかけて此処に来ているのだ、何もせずに住処に戻るだけでは、単なる時間の浪費にしかならない。
…まあ、エイヴと一緒に居るのは…それなりに楽しいわけであるし、一緒に出かけてやるとしよう。
「ついていても寄り道するつもりだが……」
「……ともかく、私もついていくぞ」
「だから、今日は…のんびり街を回ったり、美味い物を食べたり…
ああ、それと、そろそろ冬服も買うかどうするか…まあ、そういう予定なんだ。
それで、ベッドを受け取って、ゆっくり寝て過ごす。分かったか?
休む時はしっかり休む、遊ぶ時はしっかり遊ぶ。万全の状態で仕事をするために、必要なことだ。
無理して仕事をしても、良い物は出来ない」
牛乳を飲み干し、チーズを平らげ終えたこの男は、何やら予定を語りながら、部屋を出て行く。
「…もういい、貴様の好きにしろ」
どうやら、休むと決めたからには、私の言う事を聞く気は無いようだ。
まあ、確かに無理をしても、良い物は出来ないのだろうが…
何故このような男に、人間に、私は譲歩しているのだ…ああ、納得行かない。
妙な脱力感を覚えながら、エイヴの後を歩く。
「さて、と…それじゃあ行こうか。
安心してくれ、明日からはちゃんと仕事をする」
「だから、今日から仕事をしろと言っている」
「それは嫌だ。何人たりとも俺の休みを邪魔はさせない。
これはいいものを作るために必要な休息でも有るわけだよ」
不毛な言い合い…だが、どうしてだろうか、悪い気はしない。
色々と不満な点はあるが…何故か、この男を嫌いにはなれないのだ。
むしろ、妙な心地良さすら…不思議なものだ。
「そうそう、確か、この店のピザが美味いらしい……よし、まずは此処で昼飯としよう」
「ふむ、そうか…」
結局、このエイヴに任せるがままに街を歩き、小さなピザ屋に辿り着くことになった。
街中を歩くと、魔物や人間共が奇異の目で私を見てきて不愉快だが……
どうやら、その視線は、私だけではなく、エイヴにも注がれているようだ。
もう何ヶ月も経ったせいか、すっかり忘れていたが…
ドラゴンである私と平然と会話をするこの男の存在も、十分に珍しいのだろう。
「い、いらっしゃいませー!」
エイヴと共に店に入ると、ウェイトレスの格好をした、快活そうなハーピーが私たちを出迎える。
私を見て一瞬戸惑ったかのような素振りを見せたが、すぐに撮り直して、挨拶をしてきた。
「それでは、こちらにどうぞー!」
「ん、どうも……」
そう言って軽く会釈するエイヴとともに、促されるままに、席につく。
「それでは、注文が決まったら、またお呼び下さい!」
店の中は、明るく洒落た雰囲気になっていて、人の入りもなかなか多く、ハーピーは、すぐに厨房の方へと向かってしまう。
どうやら、他にウェイトレスは居ないようだ。
そして、店内を見渡すと…他の席は、皆、魔物と人間の二人組で…あからさまに、恋仲だったり、夫婦である。
街中の人間や魔物共とは違い、私達が入ってきても、何ら気にした様子が無く、二人だけの世界に入っている。
奇異の視線に晒されないのはありがたいが…どう見ても、私達が場違いだ。
どう見ても…私達が場違いだ。
「お…これなんか良さそうだ」
それに気づいているのか、気づいていないのか…特に気にした様子も無く、目の前の男は注文を選ぶ。
選んだのは、ハムとチーズと魚介のピザ。
「ふむ…私は……これにしよう」
トマトソースとチーズとバジルのピザ。
スタンダードゆえにオススメらしい。
「注文はお決まりになりましたかー?あ、こちらはサービスになります!」
丁度良いタイミングで、先程のハーピーがこちらに向かってくる。
そして、テーブルの上に、葡萄のジュースを置くが…それには、花の茎を加工したと思わしき、二つの管が差してある。
どういう事なのだ?これは…
「あ…別にそういう訳ではないんだ。とりあえず、注文は、これと、これと…あと、ジュースをもう一つ」
苦笑いして、ハーピーに注文を言うエイヴ。
この男は、『サービス』の意味が分っているようだが…
「…どういう意味だ?エイヴ」
「あ、てっきり恋人なのかと…ともかく、注文、承りました!」
しまった といった表情で、ハーピーは注文を受けるなりすぐに、トコトコと歩いて厨房に戻って行く。
空を飛ぶ種族のせいか、地を歩くその姿は、微妙な危なっかしさを漂わせている。
…この仕事、向いていないのではないだろうか?
しかし…
「恋人…?」
私とエイヴが恋人…恋人に見えたというのか…?
何を言っているのだ、あのハーピーは…
そして、ふと視界に、別のテーブルでイチャついている夫婦が、…飲み物を一緒に管から吸っているのが見える。
あんな恥ずかしい事を、エイヴと…?
有り得ん、絶対に有り得ん…
「…に見えたらしいな」
苦笑いをしたまま、こちらを見てくるエイヴ。
その表情は、ほんの少しだけ照れの色が混じっているように見えなくも……
もしかして、この男、私とああいう事をする気で此処に…?
私をそういう相手だと見て…私に気が有って…所謂デートのつもりだったというのか…?
いや、まさか、そんな事は…でも、少し照れているような、そんな気もするが…
「どうした?」
そして、エイヴの声に、ふと我に帰る。
「…なんでもない」
一瞬の間を置いて、取り繕うように言葉を発する。
…落ち着け私。
何を動揺している。
流石にあり得ない事を考えすぎだ…
この男が、私に気が有るわけがない…いや、そもそも、人間など私はどうでも…
恋人に見えたのか…私とエイヴが…いや待て、また思考が変な所に向かっている。
落ち着け…人間などどうでもいい…
「そうか。それじゃ…まったり待とうかね。
しかし、場違いな所に来てしまったな…ハハ」
とは言うが、特に気にした様子もなく、エイヴは、背もたれに体重をかけて、軽く笑う。
「全くだ…何処を見ても目に毒ではないか…」
周りには、食べ物を食べさせあっていたり、男の膝の上に魔物が座っていたり、酷い輩になると、口移しで食べさせていたり…
普通に食事を楽しんでいる者も居るが…どちらにせよ、非常に甘ったるい空気を漂わせている。
そんな物を見せつけられて、愉快でいられるわけはない。
「そうか?俺は、羨ましいと思うが、ああいうのは」
「羨ましい?アレがか……?」
「幸せそうじゃないか、みんな」
「…まあ、そうではあるが………」
…なんだ、この男は…やはり、ああいう事がしたいのか…?
そして…相手は、誰なのだろうか?誰でもいいのか…誰かが居るのか…
それとも……私…なのだろうか。
そこまで考えて、ふと我に帰る。
…何故、私はまた、こんな事を考えているんだ…何故、こんな男を気にして…
もう、いっその事…聞いてしまえばいいか…ああでも、何故だろう、聞いたら負けのような、そんな気がしてしまう。
「…何か言いたそうな顔だ、どうした?」
妙に勘が良いな、この男は…
なんで、こういう時に…
「…何でもない」
もどかしさを感じながらも、結局、この男にそれを訊ねる事は出来なかった、
…何だったのだ、この感覚は…
何故、こんな簡単な事が訊けない…
「お待たせしましたー!お飲み物になりまーす!」
一瞬、微妙な空気が流れたと思いきや、それを吹き飛ばす快活な声。
先程のハーピーは、笑顔と共に、テーブルにジュースを置く。
「どうも」
そう言って、エイヴは、テーブルに置かれたジュースに口をつける。
私の手元には、サービスとして置かれた、もう1つのジュース。
花の茎が2つ差してあって、邪魔でしかない。
…まあ、ピザが来るまで待とう。
特に言葉を交わすことも無く、私はグラスを傾けた。
「お待たせしましたー!ピザになります!」
しばらく待つと、あのハーピーが、ピザを運んできて、テーブルに置く。
香ばしい匂いが、私たちの鼻をくすぐる。
そして、ハーピーはすぐにパタパタと厨房へと戻っていった。
…案外、羽は散らないものである。
「おっ…これは美味そうだ……」
そして、目の前に運ばれてきたピザを見て、指先で喉仏を撫でながら、エイヴは呟く。
…思えば、何かを待っている時、この男はいつも喉仏を撫でている気がする。
変な癖だ…やはり無意識なのだろうか。
しかし、だいぶ喉仏が出ているな…
などと、エイヴを眺めていて思う。
「ふむ…確かに美味しそうだ」
そして、目の前に置かれているピザは、熱々で、焦げたチーズの匂いが香ばしい。
「それじゃ、冷めないうちに食べようか…頂きます。んー…美味い、美味い…!
ハムとチーズ、合うな、これは…ああ、後でそっちも1口欲しい…」
早速エイヴは、ピザをナイフとフォークで切り分けて食べ始める。
店を見渡すと、手づかみで食べている輩も居るが、この男は笑みを浮かべながら、器用に、そしてそこそこ上品に、ピザを食べていく。
「…仕方の無い奴だ」
まったく…美味しそうに食べるものだ。
最初に会った時は無愛想な奴だと思ったが、意外と表情豊かであったりする、この男。
そう思いながら、私もピザを食べる。
生地は柔らかくもちもちとしていて、チーズの旨味とトマトの酸味が調和して、非常に美味しい。
…味はなかなかだ。思えば…エイヴの勧める物で、不味かった物は無い。
この男の舌は案外、確かなのかも知れない。
ピザを一切れ、ナイフで切りだして、エイヴの皿に乗せてやる。
「ん、どうも…おお…こっちもなかなか美味い…」
するとエイヴは、すぐにその一切れを口に運び、美味しそうに咀嚼する。
その姿が、妙にに微笑ましい。
「…そうか」
…何故なのだろうか。
釈然としないが、悪い気分でも無い。
「どうだ?イスティル。こっちも美味いぞ」
いつの間にか、最後の一切れを残してピザを平らげていたエイヴ。
その最後の一切れを、フォークに刺して、私の口元に差し出してきた。
「…食べてやろう」
それだけ言って、生ハムの乗ったピザを咥える。
チーズと生ハム、両方の濃い旨みが口の中に広がる。だが、くどすぎない。
なるほど、エイヴが好きそうな味だ。
エイヴに食べさせられる形になったが…周りから見たら恋人に見えたのだろうか?
人間など、どうでも良いはず…なのだが…何故…なのだろうか。
気にならないはずの事が、やけに気になりながらも、ピザを飲み込み、最後の一切れを口に運ぶ。
「…さて、ご馳走様。うん、美味かったな」
「………んっ…ご馳走様だ。…ああ、美味しかった」
…思えば、こういった美味しい食事というものも、エイヴに会うまでは知らなかった。
そう言ってエイヴは両手を合わせ、席を立つ。
最後の一切れを飲み込み、私もそれに続く。
エイヴが手慣れた様子で会計を済ませて、店を出た。
「それじゃ、ベッドを受け取りに行くか」
前には、服の入った袋を抱えたエイヴ。
服を買うかどうするか などと言いつつ、服屋に向かうときは即断だった。
「…やっとか。まったく、これだけ私を連れ回すとは」
どうせいつも、作業着のくせに、わざわざ服を買って…
しかも、また服屋で恋人だのなんだのと、アラクネにからかわれて…
「どうも、注文した品を受け取りに来たんだが……」
落ち着いた店の外装、上品な装飾の扉を開けて、店に入っていくエイヴに続く。
「……ふむ」
「あら、いらっしゃい…へえ……ドラゴンと一緒に…噂の男って、貴方だったのね」
店に入る私達を迎えたのは、金髪で、露出過多な服装、そして肉付きの良い肢体…そんなサキュバスだ。
「「噂?」」
そして、何の偶然か、同時に返答する私達。
「息ぴったり…やっぱり恋人かしら?『ある男の家に、ドラゴンが通っている』なんて噂を聴いたのだけれど」
何を思ったか、目を細めて、じぃっ…とこちらを見つめてきた。
ニヤニヤとして…そんなにおかしいか。
「いや…単なるお得意様だ」
「何を言っている…そんな訳がないだろう」
「お得意様? あ、ベッドはあちらに有るわ。要望通り、枕からシーツまで、ワーシープの羊毛をふんだんに使った、極上のベッドよ…当店の品は全て一級品…是非、此処で確かめてみては?」
そう言って、サキュバスは店の奥を指差す。
「お…ご対面か…そうだな、持って帰る前に少しだけ堪能しよう」
そう言って、嬉々としてエイヴはベッドの方に歩いて行く。
「はぁ…程々に済ませるのだな」
まったく、早く済ませて帰りたいというのに…この男は…
だが、結局、仕事をするかしないかはこの男次第なのだから、どうにもならない…
私に出来るのは、これみよがしにため息をつく事だけである。
「あ、待って…素敵な腕輪…よく似合っているわ」
エイヴを追いかけようとしたその時、後ろから私を呼び止める声。
あのサキュバスである。
「ああ、あの男に作らせた物だ。美しいだろう?」
私の集めた財宝の中で、特に気に入っているこの腕輪…そう、初めてエイヴに作らせた物である。
愛用品としての地位を確立しているそれを褒められると、悪い気はしない。
「ふふふ…惚気かしら?お熱いわね…あんな事言ってたけど…彼、貴女のモノなんでしょう?」
目の前のサキュバスは、ニヤニヤとした表情をさらに強め…その言葉には、何処か余裕を、妙な自信を感じさせる。
「……だから、そういう関係ではないと言っている」
「ふふっ……本当に違うの…?」
再び目を細めて、じぃっ…とこちらを見つめてくる。
「…だから、違うと言っているだろう」
「なら、彼、貰っちゃおうかしら…貴女のモノじゃないなら問題ないわよね?」
これ見よがしに舌なめずりをして…ニヤニヤと私を見つめて…
一拍置いて、サキュバスは翼を広げてベッドの方に、すっ…と飛んで行く。
その視線は、しっかりとエイヴと捉えていて、淫らな捕食者の笑みを浮かべていて…
「なっ…!?待て、貴様…!」
それは…駄目だ…!
それを見て、感じたのは、不安、焦燥感、危機感…それらがないまぜになったような、耐え難く、強烈な不快感。
半ば反射的に声を上げ、サキュバスを呼び止める。
「ええ、待ってあげる」
そう言うと、すっとその場に止まり、こちらに向き直る。
さっきまでの様子は嘘のように、けろっとした表情。
「え…?」
あまりにも早いその変り身に、呆気に取られてしまう。
「冗談よ、冗談。間に受けちゃって…そんなに彼が取られたくなかったのね…ふふふ…」
面白いものを見た といわんばかりに、ニヤニヤと、再びこちらを見てくる。
「っ……」
悔しいが…図星を指されて、反論ができない。
エイヴを取られたくないと思ったのは、事実なのだ。
「ほら、取られたくないって分かったなら…ね?」
そう言って、ウィンク。
「…煩い」
あっさりとこの女の思惑に乗せられた…不愉快だ。
だが、エイヴを取られたくないのは…やはり事実で…
「ふふ…素直じゃないわね……」
諭すような様子のサキュバス。
…このような魔物如きに。
「…………」
不愉快だが、これ以上何かを言っても逆効果だろう…黙って歩を進め、エイヴの元に向かう。
「っはー…もふもふだな……幸せだ……」
そして、肝心のエイヴは…ベッドに倒れてごろごろと転がっていた。
私の気持ちも知らずに。
「…まったく…行くぞ、エイヴ」
「ん…あぁ…分かった…」
眠たげに身体を起こし、目を擦る…それだけなのに、やけに気になってしまう。
「…ベッドは私が運んでやろう。感謝しろ」
とにかく早く帰ってしまいたい。
そう思い、ベッドを運んでやるとする。
「ん、ああ……そうだな。ありがとう」
「…早く帰るぞ」
呑気な声をあげるこの男と共に、ベッドを運ぶ準備を始めた。
「ふう……捗ったよ、流石はドラゴンだ」
結局、家までベッドを運んだ上に、寝室への設置、古いベッドを空き部屋に運ぶまで…
エイヴに頼まれるがままに手伝ってしまった。
「…ここまで手伝ってやったのだ、その分は仕事をして返してもらおう」
「…明日からじゃダメか?今日は思う存分もっふもふ…」
そう言って、ベッドに倒れ込むエイヴ。
「…勝手にするがいい。…その代わり、仕事を遅らせるな」
幸せそうに枕を抱いて、ベッドに転がる姿を見ていると、あまり強く言う気にもなれず、結局引き下がってしまう。
「それじゃ…おやすみ…はぁ…本当にもっふもふだな…天国だ…」
私が居ようとお構いなしに、布団を被って、ごろごろごろごろ。
私が折角来てやっているというのに、放っておいて寝るとは…
それに、こんなに無防備で…
私の事を信用しているからこういう事をするのか…それともなんとも思っていないのか…
それとも…襲われても良いと思って、こんなに無防備で居るのだろうか。
「…………」
思い出される、今日の出来事。
サキュバスがエイヴを襲おうとした…正確には演技だが…その時感じた、耐え難い不快感。
あの時私は…エイヴを取られたくないと思った。
…それはやはり、エイヴが大切という事で…
ごろごろと、子供のように転がっているエイヴを見ていると、なんとも言えない暖かさのようなものが胸の内に広がって…
ああ、これが愛しさと言う物なのか。
眼を閉じ、エイヴと会ってからの事を思い出す。
最初は、宝飾品のために、この街に出てきて…いや、あの頃から、寂しかったのかも知れない。
そして、エイヴと出会って…私に敵意を持つでもなく、媚びへつらうわけでもなく、対等に接してきて…
仕事の様子を見るためと言っていたが…本当は、一人が寂しくて…エイヴに会いに行って…
会えば会うほどに、孤独に耐えられなくなって…その代わりに、エイヴの傍が、居心地のいい場所になっていって…
私の住処に有るどんな物を眺めているよりも…満たされた気分にしてくれて…
気づけば、どんな財宝よりも大切で…手放したく無い存在になっていた。
今まで気づかなかった…いや、気づかないフリをしていた…
そう、私は…エイヴの事が…大切で、愛しくて堪らなかったのだ。
今すぐ住処にエイヴを連れ帰ってしまいたい、そんな気持ちが沸き上がってくる。
いや、それでは駄目だ…エイヴが丹誠込めて作った品も、私の宝物で…それに、その作業をしているエイヴも好きなのだ。
引き締まった表情、真剣な眼差し、節くれだった指…そんな、職人としての顔も、大切にしたい。もっと、もっと、私のために、作り続けさせたい。そして、似合っていると…いや、綺麗だと、そう言わせたい。
此処を私の住処として、誰にも渡さないように、エイヴを常に傍に置いて…宝飾品を作るエイヴを眺めて…一緒に美味しい物を食べて…
たまには、街中に出かけて…そして、夜は、エイヴを思う存分に…そんな生活を送るのだ。
「……」
目を開けると、いつの間にか、エイヴは寝息を立てていて。
「……おやすみ」
その無防備極まりない姿を見ると…
エイヴに覆い被さり、唇を奪い、貪って…襲い…私だけの物にしたい衝動が込み上げてくる。
ああ、衝動のままに襲いかかってしまいたいが…落ち着いて、それを抑えこむ。
まだ、その時ではない…折角の初めてなのだから。
エイヴが眠っている時ではなく、ちゃんと起きている時に…正面からエイヴの唇を奪って…
そう、それからだ…気が済むまで、私の好きなように…エイヴを犯すのは。
だから…もう少しだけ、我慢だ。
眠っているエイヴを抱きしめたいが…きっと我慢できなくなってしまう。
「…そうだな」
住処に残してきた財宝を、此処の空室に移そう。
あれだけ有れば、当分、エイヴに作らせる宝物の材料には事欠かない。勿論、生活にも。
そうしてしまえば後は…何の心配もなく、思う存分エイヴを…
「フフ…行ってくるぞ、エイヴ」
そう思うと、思わず笑みを浮かべてしまう。
少し名残り惜しく感じながらも、寝室を出て…そして、家を後にする。
「ああ…忘れてはいけないな……――」
家の前から飛び立たとうとするその時に、大切な事を思い出す。
エイヴを奪われないように…しっかり鍵をしておかねばならない。
万が一だが、他の女に襲われない確証は持てないからな…
数語呪文を唱えて、他の者が入れないように、魔法をかけておく。
さあ、これで安心だ…行くとしよう。
翼を広げ、洞窟へと向かって飛び立つ。
まるで、世界が変わったかのように…見慣れた空が、海が、やけに綺麗に見えた。
「…これで良し」
少し前までは、何も無い空き部屋だった場所…
そこに、一面に敷き詰められた財宝を眺めて、呟く。
少し疲れたが、魔術を使い、一気に全部を運び出したおかげで、一往復するだけで済んだ。
私がこれまで集めてきた金、銀、ミスリル塊…様々な宝石。
これを使って、次は何を作らせようか…ああ、明日には髪飾りが出来上がるのだったな…楽しみだ…
髪飾りを私に着けて…そして「似合っている」…そう言うエイヴを想像するだけで、待ち遠しくて堪らない。
…ああ、そうだ。エイヴを物にする前に…もう1つ…いや、1組だけ作らせる物が有った…指輪だ。
指輪を作らせねばならない…すっかり忘れていた。
1組のミスリルの指輪…鋼より硬く…そして、金や銀よりも美しく…変わること無く、永遠に輝き続ける。
それを、私の薬指…指が4本しかないから人間で言う小指の一つ隣を薬指だという事にしよう。
私の薬指に嵌めさせた後…私がもう片方を、エイヴの薬指に嵌めてやって…
『永遠に私の物だ』と、その証だと、エイヴに言ってやろう。
指輪を交わして…それから、初めてを、エイヴと…。
今すぐ襲ってしまいたいが…こんなに魅力的な案が有るのだ…今すぐ襲ってしまっては勿体無い…後少しだけ、後少しだけ、我慢だ…。
「……ふう」
部屋の片隅に置かれたベッド…今日の朝まで、エイヴが使っていたそれに、寝転がる。
「はぁ………」
そして、エイヴがしていたように、ぎゅっと枕を抱いて、ベッドに潜り込む。
私が此処に来る前…今日の朝から干していたのだろうか、ふかふかで…暖かい匂いがして…そして、微かに…だが、確実に…エイヴの匂いがして…それに包まれる。
それは、私に高揚と安心とともに、多幸感をもたらす匂いで…何故だか分からないが…それがエイヴの匂いであると、確信めいた物があり…まるでエイヴに包まれているかのようで…
「っー………」
そして、赴くままに、枕に顔を押し付けて、大きく息を吸い込むと…また別の匂い。
これもエイヴのものだという確信があるが…甘い匂いなのだ。干されて随分と薄くなっているのに…その甘い匂いは、はっきりと意識に残る。
そのまま、吸い込んだ甘い匂いは身体中に広がっていって…全身が、ほんのりと、心地いい熱を帯び始めてくる。
これが一体なんなのかは分からない…ああ、だが、堪らない…もっと…もっとだ…
「ーっ…はぁ……」
衝動のままに、何度も、何度も、エイヴの枕に顔を埋めたまま、息を吸い込む。
身体中に、少しずつ、甘い匂いが満ちていく、心地いい熱が点っていく…のだが…それは、高まっていくわけではなく…
ふわふわとした軽いもののままで、止まってしまう。
確かに心地良く…幸せなのだが…これでは物足りない。
もっと、もっとこの感覚を強く味わいたい、そう思う。
そして、それにはエイヴが必要であると、エイヴが欲しいと…エイヴを襲い…犯せと…本能が告げている。
それは、抗い難い…いや、抗えない欲求。
幾ら我慢をしようとしても…エイヴを求めてしまう。
指輪を作らせるまで我慢するのは…より素敵で…幸せな形でエイヴを襲いたいというだけで、本能から来るこの衝動に抗えてなどいないのだ。
今すぐにエイヴの寝室に向かって、眠っているエイヴを、衝動のままに犯してしまいたい。
折角の「初めて」は、もっと素敵で…幸せで…気持ち良い交わりでありたい。
その2つの欲望の板挟みになり、悶々としながら…意識はゆっくりと闇に薄れていったのだった。
「んー…瞬殺だったな…」
ベッドに転がっていたと思ったら…いつの間にか、朝になっていた。
太陽が登り始め…辺りが明るくなりつつある、そんな早朝。
あのまま寝ていたんだな、俺…
流石にイスティルは…帰ったか。
ベッドから出て、ぐっと伸びをする。
いつもより思考は鮮明で、身体も軽い。
寝起き特有の倦怠感は全く無く、清々しい目覚め。
うん、いい買い物をした…奮発した甲斐が有った。
「う……」
そして、目覚めから一拍置いて襲いかかる、空腹感。
出かけた後、晩飯も食べずに寝たんだよな、俺……当然か。
「飯、飯………」
部屋の隅にある作業服に、手早く着替え…腹を満たす物を求めて、寝室を出て、階段を降り…台所に向かう。
「…これだけか」
台所には…肉も野菜もなく、あるのは堅いパンと牛乳のみ。
「仕方ない………頂きます」
パンを薄く切り、適当な皿に牛乳を注いで、パンを浸して、柔らかくしてから、口に運ぶ。
我ながら…お粗末な朝食だ。正直、あまり美味しくない。鮮度が足りない。
買出しを怠ったせいだな…これも、一人暮らしの宿命というかなんというか。
多分、嫁さんが居る男ってのは、無縁なんだろうな…こういうのは。
こう、朝起きてきたら、台所に嫁さんが居て…料理してて…それで、少し待てば、美味い飯が出てきて…
それを食べて、談笑しながら、朝の時間を過ごして…うん、羨ましいことこの上ない。
実際どうなのかは知らないが、彼奴等はいつも幸せそうだし、多分朝も幸せに過ごしてるんだろう…
それに比べて俺は…
美味くもない、粗末な食事…それを、独りで食べている。
美味くないのはまだ良いが…独り、なぁ。
イスティルが居る事に慣れたせいだろうか…その落差か、やけに孤独が身にしみる。
昼飯までには来るかな…あいつさん。
結局、居ないと寂しいわけだ、うん。
まあ、とりあえずこれを食べたら、髪飾りの仕上げだ…
朝早くから作業をすれば…調子も良いし、昼飯前には終わるかも知れない…
あいつさん、楽しみにしてたしな…仕事をしろと急かすという事はそうなんだろう。
…楽しみにしているとストレートに言ってくれた方が嬉しいし、やる気も出るんだが…
まあ、ベッドを運ぶのを手伝ってくれた事もある、出来るだけ早く仕上げてやるかな。
よし…今日も、頑張って仕事だ。
手早くパンを飲み込み、胃に落としこんで、工房へと向かう。
「…………」
手の中に有るのは、完成間近の、小さな金の髪飾り。正確には、金とミスリルの合金で出来ている。金だけでは強度面に不安が有るからだ。
だが、イスティルのあの綺麗な銀髪の美しさに埋もれないためには、あくまでも金の輝きが欲しかった。そのためには、出来るだけミスリルの比率を落とす必要があり…そうすると、強度面と重さに問題が出る。
それを克服するために出来るだけ薄く…しかし、強度を保つように加工した。
他の金属に比べて重い金を使いながらも、長時間着用するため、出来るだけ軽く…しかし、強度を保つ。
それはある意味、必然と言うべき、洗練された、シンプルなデザインとなった。
一条の金の輝き。それは、間違いなく、あの銀髪の美しさを引き立てるはずだ。
さあ…あとは、粗い部分が無いか探して…
「…なんだ、まだ完成していないのか」
不意に、背後から聞き慣れた声。
俺の作業を見るときに、いつもイスティルが座っている位置…いつも通りの方向からの声だ。
「お、イスティル…いつの間に家に入ってきたんだ?」
いつもなら聞こえるはずの、ドアベルが鳴る音。
それが聞こえないことに疑問を覚えながら、声のした方に振り向く。
「ふぁぁ…んぅ…昨日からずっと…だ」
振り向くと…案の定イスティルは、定位置とも言える、背もたれのない簡素な木製の椅子に座り、脚を組んでいて…眠たげに欠伸をする。
その気の抜けた声、目元にうっすらと滲む涙、乱れた髪…
綺麗だな と常日頃思っていたけど…今のその姿は、可愛らしくもあり…そして色っぽく、艶かしい。
そして、やはり俺は男で、イスティルを「女」と見ているわけで…欲望を刺激され、否が応にも、心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
そして、その口から続けて出てきた言葉。
それは、昨日、イスティルが此処に泊まったという事で。
「ずっとってお前さん…あの部屋にいたのか」
朝起きてから、俺が行っていない部屋は一つ、使わなくなったベッドを運んだ空き部屋だ。
「ああ、そうだ。毎日毎日、此処まで足を運ぶのも面倒になった…今日からはあの部屋で寝泊まりするぞ。
ベッドというものは、なかなか良い物であったぞ。エイヴ、貴様がこだわるのも分かる…何も無しで寝るのとは大違いだ」
「んー…あぁ…構わない…が…」
当然のように放たれた、同棲宣言。
なんというか…これは…
自意識過剰でなければ、誘われて…るのか…?
いや、あちらからしたら単に、仕事の監視のために、俺の家に居座るというだけの事なのかも知れない…
それに、結局今の今まで俺はイスティルに襲われもしていないんだ。
ドラゴンがこんな周りくどいことをするのか…?
その気になれば、俺を好きなように出来るだけの力があるわけで…
そういう相手と見られているなら…既に彼女の住処に連れ去られているはずだよな、やはり。
男として見られてなかったら哀しいな…
まあ、それでも…多分、好意は持ってくれているんだろう。そうでなければ、仕事の進み具合や、作業過程を見にきて、わざわざ毎日顔を合わせる事もしない。
それは、嬉しい事だ…
「そうか…それで、後どれぐらいで出来上がるのだ?」
待ちきれない といったようすで、歩み寄ってきて、俺の手元を覗き込む。
この仕草も何処か子供っぽくて、可愛い。
「粗が無いかをもう一度見て…そこを直して完成だ」
「粗…と言われても、何処をどう見ても完成品のようにしか見えないのだが…
まあ、そのこだわりが有ってこそ、良い物が作れるのだろう…評価しているぞ」
そう言い、椅子を尻尾で引き寄せて、俺の横に座る。
何処となく…今日のイスティルは雰囲気が柔らかいというか…
「ん…それはありがとう。…ああ、此処が歪んでいる。分かるか?ほんの少しだけ…」
いつもは俺の後ろに居るのに…今は、俺の隣に並ぶ様に、椅子を置いて、座っている。
少し身体を傾ければ、イスティルに体重を預けられる…そんな近い距離。
耳を澄ませば、イスティルの息遣いが聞こえて…
そして、息を吸えば、女性特有の匂いというか…他に喩えが見つからない良い匂いが、鼻腔をくすぐる。
「女」を意識してしまうこの状況に内心、興奮するのを抑えながら、今さっき発見したばかりの、髪飾りの彫刻の、わずかな線の歪みを指差す。
「…確かに、ほんの少し…歪んで…いる…のか?」
見せてみたはいいが、どうやら、よく分からないらしい。
「…直してみると、印象が変わるんだ、これが」
イスティルに見えるようにしながら、早速、歪んでいる部分を手直しする。
歪みのせいで、髪飾りに生じていた、僅かな違和感。
それは取り除かれて…正に完成品と言うべき物となった。
よし…完成だ。
「…なるほど、確かに、雰囲気が変わった…完成、なのだな?」
完成させる瞬間を見せた事は、これが初めてだったが…どうやら彼女も納得したみたいだ。
「………………完成…だな。うん、我ながら、非の打ち所が無い出来だ」
念のため、もう一度細部までじっくりと眺めて、これ以上手直しする箇所が無いかを探し…
完成を確信する。
「…自画自賛をしてどうする。…ともかく、早く、私にそれをだな…」
「ああ、そうだな………」
隣に座るイスティルの方に向き直り、左手に完成したばかりの髪飾りを持ち、右手を伸ばし、
彼女の耳の上辺りから、美しい銀髪を一房、手に取る。
さらさらとした、心地いい感触。髪から漂う、甘い香り。
「………」
そして、彼女と目が合う。
いつも吊り上がっているはずの眉は、今はそうでもなく、その眼光も威圧感を伴う物ではなくて、優しさを感じられる気がする。
固く結ばれていたはずの口元も、僅かに緩んでいて。
目が合った瞬間、確かに俺は、イスティルに見惚れてしまっていて…一瞬、動きと視線が止まってしまう。
「………これで、良し…………」
気恥ずかしさに、顔に血液が集まるのを感じながらも、右手に取った美しい銀髪の根元に、仕上げたばかりの、金の髪飾りをすっと差し込む。
「エイヴ…綺麗…か?」
すっと髪飾りを撫でて…伏し目がちにこちらを見つめて…
今まで見た事のない…女らしい表情で…イスティルは言う。
「あ…ああ…綺麗…だ…」
ほんのりと朱が差した頬、血色の良い艶やかな唇。
髪と同じ銀色の、澄んだ瞳は、僅かに潤んでいるような気がする。
銀髪の、ミスリルの如き輝きを、先程身に着けさせてやった髪飾りの輝きが引き立てている。
文句無しに美しいその姿に、今度は、一瞬どころではなく、完全に彼女から目が離せないでいて…
心臓が、全身に血液を送る音が、はっきりと聴こえる。
そして、なんとか声を絞り出して…正直な感想を述べる。
「ふふ…そうか、そうか…綺麗か…」
イスティルは俺の言葉を聞いてか、満足気に微笑んで、髪をかきあげる。
微笑むその姿は、さっきまでよりもっと綺麗で、魅力的で…
やはり視線は離せず、見惚れっぱなしになってしまう。
初めて笑った…それだけ嬉しかったのか?
綺麗と言われて…?
「さて…次は指輪を作れ、エイヴ。
まだ、昼食まで少し時間が有る…
早く採寸を済ませてしまうぞ」
そして、イスティルは上機嫌な様子で、作業机の上の採寸道具を手に取り、俺に押し付けてくる。
「あ、ああ……指輪、か…」
採寸道具を受け取った俺に差し出されたのは、左手の、親指から数えて3本目の指。
中指なのか、薬指なのか…指が4本しか無いせいて、どちらかは分からないが…ともかく、すべすべした感触が心地良い。
鱗のはずなのに、まるで柔肌の様だ。
そんな事を考えながら、測り終えると、今度は、4本目の指…恐らく小指を差し出してきて、右手で、その爪先を指差す。
彼女の指の中で一番小さいとは言え、人間のそれに比べて明らかに大きく…指差された爪先は、人間の指と同じぐらいの太さだ。
「ミスリルの指輪を二つだ、分かったな?エイヴ」
いつもの命令口調。
しかしそこには、前までの威圧感は無い。
むしろ、俺を応援してくれているような感じさえ受ける。
「…了解。さてと…そろそろ昼飯にしようか と言いたいんだけど、買い出しに行くのを忘れていて…食べる物が無い。
何か食べに行くか?帰りに食料も買い込んでおくが」
指から手を離して、道具を作業机の上に片付けて、椅子から立ちあがる。
「それで構わないぞ、エイヴ。
ああ、食料は多めに買い込め。私が防腐の魔法をかけてやろう。作り終えるまで家を出る必要が無いぐらいに買い込んでも問題無いぞ」
そう言って、俺の横に並ぶ。
「あまり多く買い過ぎても、持って帰るのが大変だろう…」
「こうすればいい。私がこの程度の魔術も使えないと思っていたのか?」
彼女が指先で宙をなぞると、そこに魔方陣が現れ…そのまま指を机の上に向けると、机の上の物が宙に浮かび上がる。
「そう言えばお前さん、凄かったんだよな」
詠唱も無く、いとも容易く魔法を行使するその姿に、改めて、目の前の存在が、力だけでなく高い知能、魔力を備えたドラゴンで有る事を認識する。
「そう言えば とはなんだ と言いたいが…
貴様のような人間とは格が違うのだ」
そう言ってイスティルが手を振ると、浮かび上がった道具は元の位置に戻る。
見下すような言葉。
しかし、その表情は得意気であり、負の感情は感じられない。
忘れがちだけど、イスティルが本気になれば、本当に好き勝手出来るんだよな…
とは言え、根は温厚なんだろう。
文句は言えども、手は決して出さない。
結局、俺に合わせてくれているし、この前みたいに、俺を手伝ったりしてくれたりもする。
うん、良い奴だよな。
などと思いつつ、工房部屋を出ると…
昨日は後ろを歩いていたのに…今日は隣に並んで、イスティルはついてくる。
「それじゃあ、行こうか。何か食べたい物は?」
いきなりこうなった理由はよくわからないが…
良い事だ。
「美味しい物なら、何でも構わないぞ、エイヴ」
そう言ってこちらを向いて微笑むイスティルを見ると、やはりドキッとしてしまう。
…何が有ったんだろうなあ。
昨日までとは別人のようだ。
「…そうだな、今日は…んー…何処にしようか」
こうして横に並ぶと、デートみたいだな、と思いながら、イスティルと一緒に家を後にした。
「これ、これ…これが好きなんだよ、俺は」
結局、行きつけの店で食事をする事にした俺達。
目の前に運ばれてきたのは、いつも頼んでいるオイルソースパスタ。
まあ、「いつもの」 と言って出てくる訳でも無いわけだが、うん。
なんの変哲もない味だが、シンプルに美味い。それに安い。量も十分。
別に自分でも作れるが、やはりプロが作る物だから、
こちらの方が美味い。当然と言えば当然だけども。
一人で飯を食べに出る時はいつもお世話になっていた一品だ。
「これが貴様の好物か…ふむ…」
そして、イスティルの前にも、同じ皿。
『貴様と同じで構わない』らしく、二人で同じ料理を注文した。
「それじゃあ、頂きます」
手を合わせてから、フォークを持ち、パスタを口に運ぶ。
オリーブオイルの香り、それにピリッと唐辛子が効いていて、食欲をそそられる。
パスタそのものも、ほどよい茹で加減で、しっかりと小麦の味がする。
「うむ…美味しいな、エイヴ」
四本の指で器用にフォークを持ってパスタを食べるイスティル。
昨日までは仏頂面で食事をしてしたのに、今日は少し頬を綻ばせている。
…きっと、この食事を楽しんでくれているんだろう。
「だろ?シンプルだけど、確かに美味いんだ」
そんな姿を見ていると、こちらも気分が良くなって来て、自然に口元が緩んでしまう。
心なしか、食べ慣れたこのパスタも、いつもより美味い。
「………っ」
そう思いながら、イスティルの方を向いて、手元を見ずにパスタを口に運んでいると、
ガリッという、歯で何かを噛み潰した感触。
一瞬置いて、舌に、口内に広がっていく辛さ…
添え物の、丸々一個の唐辛子を噛み潰したのだと気づく。
「…?どうした、エイヴ」
俺の様子に気づいてか、こちらを怪訝に見つめてきた。
流石に口から吐き出す訳にもいかず、急いで噛まずに呑み込む。
しかし、そもそも噛み潰した時点で手遅れで…
「っ…うぅっ…!か、辛っ…!」
遅れて襲いかかって来る辛さ…それは、どんどん強くなっていって…辛さを通り越して、舌が、口内が、喉が痛い。
眼からは涙が溢れて、涙目どころではなくなって…
「だ、大丈夫かっ?どうしたのだエイヴ?」
イスティルが、辛さに涙を流す俺を、心配そうに覗き込んでくる。
「っ…んっ…んっ…!」
慌ててコップの水を口に含むが、焼け石に水で、口内を襲う焼けるような痛みは変わる事が無い。
「はぁっ…唐辛子っ…噛んだっ…舌が痛いっ…」
コップの水を飲み干して、辛さに痛さにヒィヒィ言いながら、今置かれている状況を告げる。
「まったく…何をしているのだ…心配させるな」
それを聞いてイスティルは、呆れと安堵の混ざったような表示をして、俺を見つめてくる。
『心配させるな』か…少し大げさだけど…心配してくれたのか…うん、やっぱり優しいんだろうな。
「心配してくれてっ…ありがとう…ダメだっ…やっぱり辛いっ…」
ただ、いくら心配してくれても、辛い物は辛く…
相変わらずの状態で…
そうだ、魔術ならなんとか…!
「…先に言っておくが、痛み止めの魔術は覚えていないぞ、必要が無かったからな」
そう思った瞬間、先回りの言葉。
どうやら考える事はお見通しらしい。
「そんなぁっ…」
イスティルにも打つ手はどうやら無いようで…
辛さが引くまで、俺はただ待つ事しかできなかった。
「…ご馳走様でした」
辛さが有る程度引いた、しかし、まだ口内はヒリヒリとしている、そんな頃。
パスタを食べ終えて、両手を合わせる。
「うむ、美味しかったぞ」
結局あの後、俺が食べ始めるまで待ってくれたせいか…殆ど同時に、イスティルも食べ終える。
妙に気を遣ってくれるんだよな…
「んー…まだ舌がヒリヒリする…」
「手元を見ずに食べるからだ…」
「そりゃあそうだが…まあいい、次は買い出しだな」
「ああ、そうだ…昨日食べたチーズは美味しかったぞ、買っておけ」
「あれがお好みか、それじゃあ、奮発しようか」
会計を済ませて、店を出て…隣を歩くイスティルと、他愛の無い…しかし、昨日までの不毛なやり取りとは違った会話をしながら、市場の方に歩く。
仕事を無闇に急かす事もしなくなったし、喜んで買い物や食事に付き合ってくれるようになった…
やはり、好意を持たれてるのか…?
自意識過剰じゃ無ければ…だが。
でも、こんな急に、なあ…
まあ、良いか…悪い変化じゃないんだ、今深く考える事も無い。
考えるなら、夜にじっくりと…で良いだろう。
「ただいま、と…」
買い物袋を小脇に抱えて、鍵をかけ忘れていた扉を開ける。
「中に誰も居ないのに、何を言っているのだ…」
横には、沢山の袋を宙に浮かせたイスティル。
指先には、魔方陣が展開されていて、淡い光を放っている。
「まあ、染み付いた癖だ。
…一人暮らしなのに言うと哀しくなるが。
おかえり って返って来ないと、確かに『何を言ってるんだろう』と思う」
「ふむ…そうなのか」
他愛の無い会話をしながら、イスティルとともに、食料を持って台所に向かい、掘り下げられた食料庫に、一週間分を越える食料を置いていく。
「これで全部か。こんなに買い溜めたのは初めてだ」
目の前には、満杯になった食料庫。
一人暮らしの俺には縁の無かった光景だ。
「さて…――― これで当分は腐らないで保つぞ」
「お、ありがとう…助かる」
そして、隣でイスティルが何か数語呪文を唱えると、光の粉のような物が食料に降りかかり、すっと溶けるように消える。
これがどうやら、防腐の魔法らしい。
魔法の才能の無い俺には、全然縁の無い物だから…これだけで本当に腐らなくなるのだろうかと、心配になりつつも、凄く便利なものだと感心する。
まあ、イスティルが凄いだけで、普通の魔法使いはもう少し手間をかけて唱えるのかも知れないが…どちらにせよ、羨ましい力だ。
「食料調達は済ませた、さあ、次は意匠決めだな、出来上がるのを楽しみにしているぞ、エイヴ」
「…よし、やるか」
そう言って、一足先に工房に向かおうとするイスティル。
『楽しみにしている』…
そうだという事は分かってはいたけど、実際に言葉で伝えられると、職人冥利に尽きるというか…嬉しいし、やる気が出て来る。
現金だけど、仕方無いよな…
そんな事を思いながら、イスティルに追いつき、工房に向かった。
「さて…どうするか」
羊皮紙とペンの用意された作業机につく。
「ふむ…貴様が最も美しいと思うようにしろ。
最も似合うように…最も綺麗に…最も魅力的に、な」
そして、椅子を持ってきてやはり隣に座るイスティル。
「…俺が?」
俺から見て…?
まあ、確かに、装飾品という物は、誰かから見られる事を前提にしているから、なんら間違った主張では無いんだが
「そうだ、貴様の感性で良い…その代わり、全力を尽くすのだぞ」
「それは、言われなくとも。いつだってより良いものを作ろうとしているつもりだ。最高の作品を作りあげてやるさ」
「その意気だ…さて、私は此処で見ているぞ」
「ん、そうか…そうだな、もう少し、指を見せてくれ」
いつもは頭に焼きつけた像でイメージを固めるが…
折角相手が此処に居るのだから、実物を見るに越した事は無いだろう。
流石に相手が既婚者だったり恋人が居たりすると、あまりまじまじと見ていられないが…良いものを作るために、そういった不快な思いをさせては本末転倒な訳だし。
イスティルにはそういった心配が無いから、遠慮せず頼める。受け入れられるかは別だが、今日のイスティルなら、いいと言ってくれそうだ。
「ふむ…気が済むまで見るがいいぞ」
案の定、手を差し出してくれた。
前までは、あまり長く見ていると顔を顰めたものだけど…今日はどうやら、その心配は無さそうだ。
「ん…ありがとう」
目の前に差し出された、イスティルの手をとる。
人間のそれとはかけはなれた、異形の形。
人間の頭ぐらいならば、難なく鷲掴みに出来るだろうその大きさ。
何物も寄せ付けないような強度を誇る鱗。
そして、簡単に肉や骨を斬り裂き、断つ事が出来るだろう、鋭い爪。
だが、それに恐ろしさは感じない。
緑の鱗は艶やかに光を反射して、その大きな手の指先は、女性らしく、すっと揃えられている。
そして、外見とは裏腹の、手から伝わる、すべすべとした、柔肌のような、しかし何処か硬質さも持ち合わせた、独特の心地良い感触。
イスティルの手は…女らしくもあるが…こうして手をとるだけで、不思議な安心感が湧いてくる、そんな優しい力強さも兼ね備えた手だ。
心底、綺麗だと、そう思う。
「………」
手全体から、その三本目の指に視界を、意識を絞りこみ…集中して、鱗の大きさ、向き、ほんの僅かな色合いの違いまで、隅から隅まで、その特徴を探し出す。
「……」
しばらくして、頭の中での試行錯誤の末に、突然に湧き上がる指輪のイメージ。
イスティルの指の美しさと指輪の美しさが調和している光景が、確かによぎる。
イスティルの手を離し、ペンを持ち、閃きと形容しても差し支えないそれを、風化しないうちに羊皮紙に書き留めていく。
精密に、忠実に、しかし、早く。
「…………ふう」
最後の一線を引き、羊皮紙からペンを離し、ペン立てに戻し、息をつく。緊張の糸が切れたのを自覚するや否や、急速に、疲労が襲い掛かる。
目の前には、書き上がった指輪の図面。
文句無し…いや、会心の出来だ。
しかし、まだ、まだ、突き詰める部分が有るはずだが…
かなり疲れた…今日は終いかな…
「…やっと終わったのか、エイヴ。
しかし、私が話しかけても気づかないとは…余程集中していたのだな。もう、陽が傾いているぞ」
「え…?」
不意に横から聴こえる声。
ついさっきまで、イスティルが完全に意識の外だった事に気づく。
そして、言われたとおり、辺りは暗くなり始めている。
つまり、相当な時間、俺は集中していたという事で。
それは当然、疲れるわけだ。
それに、その間、ペンを持っている時以外は、ずっとイスティルの手をとっていたから…
ずっと、付き合っていてくれたのか。
「本当に、気が済むまで見ていたな…」
「…済まない」
許可は取ったとはいえ、流石に時間が時間だ。
彫金をするのでも、図面を書くのでもなく、目に見える事は殆ど何もしないままだったから、相当退屈したはずだ。
「私が良いと言ったのだぞ?何を謝っている。
…うむ、良い意匠だ。気に入ったぞ、エイヴ」
が、俺の予想とは裏腹に、イスティルは意にも介していないようで、上機嫌に、羊皮紙を眺めている。
「そう、か…今日は此処で切り上げて、飯に、しよう…ああ、まだその図面は未完成だ。まだ突き詰める」
何故今日は、不満の一つも言わないんだろうか…
やっぱり気になるが…駄目だ…疲れて頭が回らないし、腹も減った…
道具を手早く片付け、工房を出て、台所に向かう。
「ふむ…そうだな、食事にするぞ。お疲れ様だ」
やはり、隣には当たり前のようにイスティルが並んで。
『お疲れ様』
そういわれるだけで、頑張った甲斐があったとおもえるんだ、やっぱり俺って、思っていたより単純なんだな…
「それじゃ…明日に備えて寝る。おやすみ」
イスティルにおやすみを言って、ベッドに寝転がる。
二人で飯を食べ、片付けも終わり、風呂も済ませ…
つい先程まで、イスティルと話をしていたが、そろそろ眠気が限界だ。
イスティルが集めた宝を持ってきているらしいから、見せてもらおうかとも思ったが…気力が足りない。
「…おやすみ。私も寝るとしよう」
俺に背を向けて、イスティルは部屋を出て行く。
「……」
それを見送ってから、布団を被り、枕を抱く。
どちらもふかふかで、布団は心地良く身体を包み込んでくれて、枕は柔らかい反発を感じさせながら、頭と腕を受け止めてくれる。
そして、絶妙な温かさ。
ワーシープの魔力が無くも、眠気を誘うというのに、ワーシープの魔力が、さらに抗い難い眠気をもたらしてくる。
いつまで、こうなんだろうな…
やっぱり、好かれてるように思えるし…
そうならいつか、イスティルに…
その時に俺はどうすれば…
居ないと寂しいし、美人だとは思うし、一緒に居るのは悪くないが…
惚れているんだろうか、俺は…
イスティルの事が好きは好きだが…惚れてるとか、愛してるかと言われれば、断言出来ないよなあ…
あー…中途半端だな………
どう、するか……どう、すれば……
………………
思考はすぐに微睡みに塗り替えられ、抗い難く、心地良い眠りへと、意識は落ちていった。
「………」
念入りに、いや、執拗とも言える程に突き詰め、修正し、完璧に仕上がった、二つの指輪。
ミスリルのその輝きは、銀色でありながら、銀の輝きと比べて遥かに澄んでいる。
鋼を越える強度は、加工こそ難しいものの形状を保証してくれて、精密な彫刻を施すことが出来た。
金や銀では、ちょっと何かにぶつけただけで歪んでしまう部分も、ミスリルならその心配は無い。
さらに、金や銀よりも軽く、指に嵌めてもその重さを全く感じる事は無いだろう。
そして、イスティルの手を隅から隅まで眺めた末に閃いた意匠は、まるで身体の一部分かのように、その指に馴染むはずだ。
女性らしさ、優しさ、強さ…
イスティルの手、指から感じた物を、余す事なく表現力した意匠は、今まででに作ったどんな作品よりも、彼女に似合い、美しさを引きたて、魅力的に見せるだろう。
そして、その意匠を、寸分の歪みもなく、忠実に刻み込めたという確信。
最高傑作だと、断言出来る。
「………完成、か」
…結局、イスティルとの、この微妙な関係をどうするかについては、何も決まらずに、完成を迎えてしまった。
イスティルが、好意を含んだ目で俺を見ている事には、気づいていた。
それに気づいた上で、今までで一番、この仕事に打ち込んでいたのは確かだった。
朝起きて、朝飯を食べ、仕事をして…昼飯を食べて…仕事をして…晩飯を食べて、風呂を済ませて、疲れてベッドに転がったらいつの間にか寝ていて…
それだけの生活なのに、充実を感じていた。
それはやはり、イスティルが傍に居たからだ。
仕事だという意識の前に…イスティルの喜ぶ顔が見たかった。
ただ、この感情が一過性で無いとは断言出来ないのも確かで…
単に、此処まで近しくなって、好意を向けられた女性が他に居なかったから
と言われて、否定しきる事は出来ない。
だから、まだ、俺は…結局、現状維持を選ぶしかない。
中途半端な気持ちでは、イスティルの好意に応えてやれない。応えてはいけない。
「ふふ…やっと完成か…早く、私に…」
俺の胸中を知ってか知らずか、期待に満ちた目で俺を見つめ、左手を差し出すイスティル。
その頬はほんのりと朱が差している。
「………あ、ああ」
好意を向けられている相手に、中途半端な気持ちでこういう事をするのはよくないとわかっていても、
その期待を裏切る事は出来ず…
薬指かどうかは分からないが、その4本の指のうち、親指と思わしき所から3本目の指に、あくまでもいつものように、指輪を嵌めてやる。
「こちらは…貴様の物だ、エイヴ。左手を出せ…私が嵌めてやろう…ふふふ…」
もう片方の、小さな指輪を俺の手から取り上げる。
それは丁度、俺の薬指と同じ大きさ。
「…いや、それは…早すぎる…まだ、整理が…」
それはつまり…結婚指輪として、この2つの指輪を作らせたという事だ。
爪の部分に着ける指輪 という事で、違和感は感じていたし、丁度薬指の大きさだったから、もしかしたら…とは思っていたが…
だからと言って、イスティルにそれを問えるはずもなく、その考えが合っているとも限らないから、結局、言われるがままに作ってしまった。
予期してなかった訳では無いが、やはり決心はついておらず、情けない反応を返すしかない。
「早すぎる?これだけ待たせておいて…仕方の無い男だな…気づいていたのだろう?」
一歩、歩み寄ってくるイスティル。
何時の間にか、背後には尻尾が回り込んでいて…
腰を抱き寄せられる。
「っ…あ…」
眼前には、妖しげに笑みを浮かべるイスティル。
尻尾はがっちりと俺の腰を捕らえて、離さない。
「ふふ…もう離さないぞ…」
そして彼女は舌舐めずりをし、俺の左手首を掴み、俺の視界の中心まで引っ張る。
半ば反射的に腕を強張らせるが、彼女の力の前では抵抗にすらならない。
「あ………」
そして、もう片方の手で、俺の左手の薬指に、ゆっくりと指輪を嵌めさせていく。
早鐘を打つ心臓。
甘い吐息が、思考をくらつかせる。
左手越しのイスティルの眼光に射竦められ、身体の力が抜けているわけでも、硬直しているわけでも、魔術をかけられているわけでもないのに、身体を動かす事が出来ない。
何の抵抗も出来ないまま、嵌められていく指輪から、目が離せず、ただただ、見つめるしかない。
「証だ…私の宝物であるという事の、な…
ああ…似合っているぞ、エイヴ…」
俺と、イスティルの指で輝く一対の指輪。
それに視線をやって、彼女は満足気にそして、うっとりと微笑む。
「…………」
予想していなかったわけでは無いが、何を話せば良いかすら分からないこの状況に、黙り込んだまま、吸い込まれるようにイスティルの瞳を見つめていた。
「さて…部屋に行くぞ…床の上では痛いだろう?」
イスティルの両腕が背中に回り、尻尾とともに、俺をぎゅっと抱きしめる。
柔らかく大きな胸が、服と鱗越しに胸板に押し当てられ、その形を変えているのが分かる。
心臓の鼓動が伝わりそうな程、密着した距離。
いや、心臓の鼓動は筒抜けている。
そう確信出来るぐらいに、激しく心臓は脈を打ち続けている。
「あ…う……」
いつもは落ち着いている自負が有る自分だが、こうやって剥き出しの好意をぶつけられ、行動にまで移されるとなると、話は別だ。
そんな経験など皆無だというのに、落ち着いていられるはずがない。
「ふふふ………」
顔に血液が集まり、狼狽える俺を見て、微笑み続けるイスティル。
そして、不意に、視界がぐるりと回った。
いとも容易く、イスティルは俺を抱き上げる。
しかし、その抱き上げ方は、これ以上なく丁寧で、まったく俺に負担を感じさせない。
宝物を扱うかのような、繊細な手つきだ。
思わずそれに安心感を覚えてしまい、身体の力が抜ける。
そして、それに気を良くしたイスティルは、部屋の外に向かって足早に歩き始めた。
「エイヴ…私の事は…好きか?」
エイヴを連れてきたのは、今では私の住処となった元空き部屋。
床には今まで集めた財宝。棚には、今までにエイヴに作らせた宝物が飾ってある。
抱き抱えたエイヴを、ベットにそっと降ろして、そして、上から覆い被さるようにして、ゆっくりと押し倒す。
先程まで作業をしていたせいか、少し汗臭いエイヴ。
だが、その汗の匂いも、堪らなく魅力的で、肌から感じる体温とともに、私の身体を火照らせる。
部屋に運ぶまでの間、ずっと顔を赤くして黙り込んでいたエイヴ。
その可愛らしく庇護欲を掻き立てられる姿も良いが、やはり、何か喋って欲しい。
私に興奮しているという事は、見れば分かるが…
それでも、まだまだ、知りたい事は有るのだ。
そう、特に…私をどう思っているか。
これだけは、聞いておきたい。
「…嫌いじゃ…ない」
私の問いに、エイヴは恥ずかしそうに顔を逸らして、ぼそりと呟く。
普段のエイヴからは予想もつかないその仕草は、可愛らしいとしか言いようが無い。
だが…不満なのは…その答えだ。
私は素直に好きと言って欲しいのに、この後に及んで意地を張って…本当に仕方の無い男だ。
「好き、か?」
両手で挟み込むように、しっかりと頭を固定して、こちらを向かせて、眼を見て、もう一度、問い掛ける。
頬は、思っていたより柔らかく、ふにふにとしている。
「…好き…んむぅ!?」
そして、エイヴはしっかりとわたしの眼を見据えて…待ち望んだ言葉を口にして…
余計な言葉が後に続かないうちに、頭を抱き、その唇を奪い、塞ぐ。
「んっ…ちゅ、れるっ……はぁっ……ん…んむっ……」
突然のキスに、目を見開いて、身体を強張らせるエイヴ。
それに構わず、衝動のままに、舌を差し入れる。
エイヴの枕から微かに感じたあの甘い匂いが、エイヴの唾液から今度ははっきりと感じられる。
そして、匂いだけでなく、蜜のように甘い味が、舌から伝わり、全身に染み渡り、さらに身体を火照らせる。
下腹部には、ドロドロとした熱が溜まっていき、恐らくは子宮であろう場所を、堪らなく甘く疼かせる。
ああっ…これが…精の味…エイヴの味っ…
もっと、もっと…私に…!
それが精の味で有る事を本能的に理解して、さらに、さらにと、逃げるように動くエイヴの舌を絡め取り、咥内を隅々まで舐め回し、舌伝いに唾液を注ぎ込み、そして、エイヴの唾液を啜り、味わう。
「んっ…ふぅっ…んぅっ…はぁっ…」
無我夢中でエイヴを貪り続けていると、エイヴが徐々に、強張った身体を弛緩させていくのが分かる。
同時に、私の舌から逃げようする動きも、徐々に小さくなっていって…
エイヴの表情は、どんどん熱っぽい物に変わっていく。
そして、
私のキスを受け入れていくその姿を見ていると、さらに、エイヴが欲しくなって…より激しく、執拗に舌を絡めていく。
「っちゅ…じゅるっ…はっ…んむっ…れるっ……」
一瞬だったような、とても長かったような、そんな間、エイヴの口をひたすらに貪り続けていると…
ついに、エイヴは一切の抵抗をやめて、私の為すがままになる。
その四肢はぐったりと脱力していて、私の舌から逃げる事もなく、とろんとした眼で、私を見つめてくる。
反り返った肉棒が、服越しに、私のお腹とエイヴのお腹の間に挟まれていて、脈を打っている。
「はぁっ…エイヴっ…やっと、観念したのだな…」
名残惜しさを感じながらもエイヴの唇を離して、身体を起こす。
子宮は、我慢出来ないぐらいに疼いていて、自分でも弄ったりした事のない秘所からは、どろどろと、透明な液体が溢れ出していて、太股伝いにエイヴの服を汚していた。
あぁ…早く…犯したい…!
犯して…私だけの物に…!
キスをやめて、エイヴを犯したい衝動に支配された私にとって、服を脱がす時間すらも惜しく…
エイヴを傷つけないように注意しながら、どろどろに汚れ、テントが張られたエイヴのズボンに手をかけ、爪で切り裂く。
「……ぁ……ぁっ…………」
裂かれたズボンの中から肉棒が現れ、エイヴが小さく声をあげる。
初めて目の当たりにするそれは、私が思っていた物より長く、太く、大きく…真っ赤に充血して、青筋が浮かんでいて、先端からはだらだらと透明な液を垂れ流していて…グロテスクなはずなのに、とても愛おしい。
そして、濃厚な精の香りを放っていて、それだけで蕩けてしまいそうになる。
後は…これを私の中に…
「ふふふ……しっかり見ておくのだな……」
肉棒の上に膝立ちになり、エイヴを見おろしながら、右手で優しく肉棒の根元を握る。
根元を握られただけで、肉棒はびくびくと震えて、まるで喜んでいるようだ。
そして、胸と秘所を覆い隠している邪魔な鱗を、魔力によって消し去る。
空気に触れただけで疼き始め、勃った乳首、だらだらと涎を垂らし、肉棒を呑み込むのを心待ちにしている秘所…それらを、惜しむ事なく、エイヴに見せつける。
「はぁ…ぁぁ…イス……ティル……」
エイヴは、荒い息を吐きながら、私の秘所に視線を釘付けにされている。
私の裸にエイヴが見蕩れている。
それだけで、疼きはさらに増して行き、秘所から溢れる粘液もより多くなっていく。
そして、肉棒に向かって、一気に腰を落とす。
「はぁっ、あっ……!あぁぁ…はぁぁん…!?」
入り口を塞ぐ膜を突き破られ、小さな痛みが走る。
今まで、戦いでも傷を負った事の無い私は、痛みという物に無縁で…思わず声をあげてしまう。
そして、勢いのままに、誰にも許した事のないその場所に、ずぶずぶと肉棒は突き進んでいく。
閉じたそこを押し広げ、奥に奥に。
膣は私が意識するまでもなく、ぎゅっと肉棒を締め付け、絡みつき…だが、それでも肉棒は私の奥に突き進んでいく。
膣を押し広げられ、絡みつき、締め付けの中を強引に進まれ、膣壁を思いっ切り擦られ、今まで味わった事のない、快楽の電流が全身を駆け巡り、腰砕けになってしまう。
痛みは既に快感によって消し去られていた。
「あ、あぁ……!はぁぁぁ……」
エイヴも快楽を感じているのは同じようで、喘ぎ声をあげながら、結合部に魅入っている。
肉棒は私の中でびくびくと跳ねて、それがまた私に快楽をもたらす。
「あっ、ぁぁぁぁぁっ!!!」
そして、腰砕けになった私を支える力は無く、すとんと、体重を乗せて、さらに勢いよく、肉棒の上に腰を落とす事になり…
肉棒が、私の中の最奥に突き刺さる。
突き抜けるような衝撃とともに、全身に、
雷に打たれたかのような快楽が走る。
視界が霞み、背は大きく反り、四肢はびくびくと跳ねて、口の端から唾液が零れる。
涙を流しそうなほどの、激しい快楽。
それに呼応して、膣壁は肉棒に蠢き、絡みつき、これ以上なく強く締め付ける。
「っ…あ、イスティルっ…出るぅっ……!」
エイヴが喘ぎそう言うのが聞こえると、肉棒が最奥のさらに奥に向かって、どくどくと脈動し、何かを送り出し…
それが奥の奥、子宮に注ぎ込まれた瞬間に、さらなる快感が弾ける。
「ふぁ、ぁぁ、はぁぁぁん!?」
それは、熱く、子宮をどろどろに溶かすような快感で…
そして、甘く蕩ける濃厚な精の味、香りを、子宮で感じて…
快感、味、香り全てが、全身に広がっていき、私の全てを、先程までとは比べ物にならないくらいの至上の幸福感、充足感とともに、甘く蕩けさせていく。
「あっ、ぅあ…気持ちいいっ……!?」
霞んだ視界の中でも、快感に表情を歪めるエイヴの顔は、はっきりと見る事が出来て、それが愛しくて、愛しくて、堪らない。
肉棒は脈動をやめることなく、私に精を注ぎ込み続けていて、この甘美な感覚を終わらせない。
「ふぁ、はぁっ…エイヴぅ…」
決して受ける快感が弱まったわけではないが、快感に慣れてきて、思考が回り始め、徐々に身体が動かせるようになってきた。
私が今味わっている感覚が『絶頂』だという事を理解して、エイヴの上半身を覆う服を爪で切り裂き、裸に剥き、そのまま、身体を倒して、エイヴを抱きしめて、胸を押し付ける。
肌と肌で、直に伝わるエイヴの体温。それもまた、私を蕩けさせる。
そして、エイヴの胸板に、ぴんと勃った乳首が擦れるだけで、びりびりとした快感が私を襲う。
「あ、痛くっ…無いかっ…?は、ぁあっ…」
喘ぎ、悶えながらも、私の事を気遣ってくれるエイヴ。
気が付けば、結合部からは、僅かに血の混じった粘液が流れ出していた。
そんな些細な事でも私の事を心配してくれるという事が嬉しくて仕方が無い。
それだけでなくエイヴは、適度に筋肉のついた男らしいその腕で、私の背中に手を回し、しがみつくように、私に抱きついてくる。
快感を堪えるかのようなその姿も、愛しくて堪らない。
「気持ちいいっ、気持ちいいぞ、エイヴっ…!」
エイヴを抱き起こし、向かい合ったまま繋がり、抱き合う姿勢になる。
胸を擦り付けると、さらに甘い痺れが胸から身体に広がる。
そして、そのまま、エイヴの腰に脚を回し、さらに密着し、深く繋がれるように、腰同士を押し付ける。
さらに奥に押し付けられた肉棒は、子宮に、その精を一滴たりとも余す事なく注ぎ込んでくれている。
そして、さらに貪欲に精を求め、膣内を自分の意思で蠢かせ、ぎゅっと締めつける。
「くっ、あ、うぁぁぁ……」
快感に喘ぐその声。
蕩けた表情、口元から溢れる涎。
私にしがみつく力は、さらに強くなる。
エイヴの胸板との擦れもその分強くなって、快感はどんどん上乗せされていく。
男らしい容貌をしているはずのエイヴの情けない姿は、私だけが知っているエイヴの姿で。
それは、私の独占欲を満たし、確かな満足感をもたらしてくれる。
そして、私の中で肉棒はさらにその大きさ、硬さを増して、強く脈動し、子宮を精で満たしていく。
「はぁっ…エイヴは私のモノだ…全部、私にっ…!」
ただひたすらに、肉棒を締め付け、膣壁を蠢かせ、絡ませ、吸い付かせ、胸を擦り付け、快感を、そして、精を貪り続ける。
そして、エイヴの喘ぎ声に耳を傾け、その蕩けた表情を目に焼き付け、優しく、そして強く、両手両脚、そして尻尾で、エイヴを抱き締める。
「あ、はぁ、うぁ、ぁぁぁぁ………」
一際大量に精が注ぎ込まれたと思ったその時、続く精が注ぎ込まれて来ない事に気づく。
精を注がれ、全てが満たされるようなあの甘美な快感が失われ、絶頂も収まってしまう。
肉棒はびくびくと脈動を続けているが、そこからは精が放たれていないのだ。
そして、エイヴの蕩けた顔にも、苦悶の色が混じっている。
「んっ…はぁ…もう、終わったのか…?」
永遠に続くかのように錯覚していたが、気が付けば、ほんの一分にも満たない時間しか、精を注がれていなかった。
物足りなくも、名残惜しくもあるが、エイヴが全ての精を注ぎ終えた事を理解して、膣の動きをやめて、エイヴの肉棒を休ませてやる。
このままエイヴを犯し続ける事も出来るが、快感の中でとは言え、苦悶の混じった顔は見たくない。
「もう…出ない………」
掠れそうな、疲れきった声で言うエイヴ。
手足もぐったりと脱力していて、私が支えてやらなければ、後ろに倒れこんでしまうだろう。
その弱々しい姿も、やはり愛しく、再び抱きしめなおしてしまう。
「ふふふ…こんなになるまで出してくれて…幸せだぞ、エイヴ」
子宮には、エイヴが注いでくれた精が未だに残っていて、私を甘く蕩けさせ続けていて、大事な精が零れないように、最奥は、今も肉棒にしっかりと押し付けている。
そして、肉棒が最奥から離れないように注意しながら、体位を変え、エイヴを受け止める形に、ベッドに倒れ込む。
胸板からかかるエイヴの体重によって、胸が押し潰されて、それがまた気持ち良い。
胸越しに伝わるエイヴの鼓動は、私の心を安らがせてくれる。
「あ、ああ……」
私に身体を預けて、エイヴは目を閉じる。
それを抱き締めて、片手で頭を、尻尾で背中を撫でてやる。
「んっ…ちゅ………」
そして、エイヴが眠ってしまう前に、労いを込めて、優しくその唇にキスをしてやり、舌をそっと絡める。
「ん……」
エイヴも控え目に、自分から舌を絡ませてきた。
甘えるように、ゆっくりと。
私の舌に、その舌で唾液を塗り込み、私の舌から唾液を舐め取り…
私が舌を止めると、催促するように、舌を突き出してくる。
エイヴから私を求めるその行動。
それには、エイヴの愛が確かにこもっていて…
精を注がれ絶頂し続けていた時よりも、幸せな気分に浸る。
そしてそのまま、キスをし続けていると、次第にエイヴの舌の動きが緩慢になっていき…やがて止まる。
唇を離すと、エイヴは安らかに寝息を立て始めて…
子供のような寝顔を眺め、寝息に聞き入り、エイヴの体温を、肌触りを、その匂いを、膣に収められた肉棒の感触を、子宮に注がれた精の甘く熱く蕩ける感覚を、しっかりと味わいながら、眠りへとついた。
「ん……」
ぼんやりとした意識、視界。頭を、何かに撫でられている。
頬の辺りに感じる、柔らかい感触。
それに顔を押し付けると、ふにゅりと沈み込んで、甘く優しい匂いとともに、心地良く受け止めてくれた。
そして、抱きついている物から感じる、すべすべした肌触りと、安心感をもたらす温度。
「ふふ…おはよう、エイヴ」
頭の上の辺りから聞こえる声。
それは、頭の中を殆ど素通りしていくが、その優しい響きだけは、しっかりと感じられる。
「んぅ………」
微睡みの中、ぎゅっと抱きつきながら、甘えるように頬を摺り寄せる。
息を吸うと、甘い匂いが胸いっぱいに広がって、ふわふわとした幸福感をもたらしてくれる。
「寝ぼけているのか……?仕方の無い奴だな……ほら、起きろ……」
嬉しそうな声が聞こえて、また頭を撫でられる。
そして、ゆっくりと身体が揺すられて、意識が徐々にはっきりとしてくる。
「ん………?」
重たい頭を動かして、頭上の方に視線をやると……顎を引いて、こちらを見つめ、微笑むイスティル。
気がつけば、俺が甘えているのは、イスティルの胸で…
しかも、二人とも裸で抱き合っていた。
思い出す、昨夜の出来事。
ベッドに運ばれて、強引に押し倒されて…
抵抗する事を考えられなくなるぐらいまで、熱烈にキスをされて…
そして、イスティルの中で、あっという間に、
出なくなるまで搾り取られて…
イスティルがこの家に泊まるようになる前からずっと溜まっていたせいか、ずっとイかされっぱなしで…
もう一人じゃイけないぐらい、気持ちよかったな…
それで、確か…また、キスをしながら寝たんだ。
あの時にはもう、求められるのが嬉しくて、イスティルが愛しくてしょうがなくなっていたな…
「おはよう、エイヴ…まったく、こんなに涎塗れにして……」
「あ……おは…よう」
そう言われ、口の端を手で拭われて、涎を垂らして寝ていた事を知る。
急いで胸から顔を離し、重い身体を起こすが、イスティルの胸の谷間には、べっとりと涎が溜まっていた。
罪悪感と、恥ずかしさに、声が詰まる。
「ん………んくっ………ちゅ……」
だが、イスティルは不快そうな素振りは見せず、上半身を起こしながら、涎を指先を揃えて掬い取る。
そして、上を向き、口を開けて、見せつけるように舌を突き出し、指先から舌へと、掬い取った涎を流し込んで、喉を鳴らして、美味しいそうに目を細めて飲み込む。
指先に残った涎も、念入りに舐めとり、胸を拭い、再び涎を舐めとる。
「あ………」
普通ならば涎塗れにされて怒るだろうのに、怒るどころか、イスティルは嬉しそうにしていて。
それは俺にとって嬉しく、そして、とても淫靡だ。
その淫靡な光景を見せつけられ、完全に目を奪われてしまう。
しかも、昨夜、空になるまで搾られたはずだというのに、股間の欲望の象徴はむくりと起き上がり、あっという間に、ガチガチに張り詰めてしまう。
「ふふ…一足先に朝食にさせてもらうぞ」
「え…あっ………」
それを目にしたイスティルは、ニヤリと笑い、詰め寄ってきて、昨日のように、俺を押し倒す。
しかし、昨日と違って、押し倒した後に、一度身体を起こして、俺の脚に手をかけて、大きく脚を広げさせる。
情けない格好にさせられ、羞恥心を煽られるが、イスティルに見つめられるだけで、それを受け入れてしまう。
「いただきます……んっ…ちゅ…れるっ……」
そのままイスティルは、身体を倒し、胸の谷間に肉棒を挟む。
優しく、そして柔らかい感覚に肉棒が包まれるが、その先端は、胸の谷間から突き出てしまう。
丁度、亀頭の先端は、イスティルの眼前にあり…
待っていたと言わんばかりに、イスティルは亀頭の先端にキスをし、舌を這わせ始める。
「っ…あ、うぁ…」
根元は柔らかく包まれ、先端は舌に擦られ、唇に吸われる。
違った快感を同時に与えられるだけでも堪らないのに、時折、舌が裏筋や尿道口を擦るのだから、声を抑えきれるわけがなく、肉棒もビクビクと跳ね、じわじわと射精へと追いやられていく。
「ほら…貴様の好きな胸だぞ…あんなに甘えていたものな…気持ち良いだろう…?
ん…ちゅ…ちゅ…ふふ…此処が弱いのだな…?」
上目遣いに俺を見つめてくるイスティル。
それは媚びるような眼差しではなく、捕食者とその獲物という立場を分からせるかのような、鋭い光が込められている。
しかし、それ以上に深い愛情が込められていて、その鋭い光と合まって、背筋をゾクゾクと震わせる。
そしてイスティルは、上機嫌に左右の乳房を手で寄せ動かして、肉棒を上下に擦り上げ、揉みくちゃにしてくる。
それだけでなく、俺の反応から、裏筋と尿道口が弱い事を見抜いて、裏筋と尿道口に交互にキスを降らせる。
「あ、ぁ、もう…!」
左右の乳房から与えられる不規則な刺激、弱点を吸われる快感。
俺を射抜く眼差しが、それをさらに増幅して…
あっという間に、射精寸前まで追いやられてしまい、腰に熱い痺れが込み上げて、肉棒の先からはだらだらと先走りが流れ出すが、それもイスティルの唇に吸われていく。
「ほぅら、とどめだ…ちゅ…あむっ…じゅるっ…!」
俺が達しそうなのに気づいたイスティルは、ぎゅっと乳房を寄せて、肉棒を一気に挟み込んで締め付ける。
そして、亀頭をすっぽりと口で咥えて、カリを唇で締め付け、じゅるじゅると音を立てて吸い上げながら、舌で裏筋を執拗に責め立てる。
「は、うぁ、ぁぁぁぁぁ…!」
温かい胸の締め付けに、ドロドロの唾液に塗れた、溶けそうな程に熱い咥内。弱点である裏筋を責め立てられ、強制的に腰砕けにされてしまう。
一気に叩き込まれる快楽に、堪える間も無く、腰に込み上げる痺れは限界に達し、弾ける。
そして、玉袋からイスティルの口に吸い上げられているかのように、肉棒から精を放って…
思考を焼き尽くされるような、鮮烈な快感に翻弄され、呻き声をあげる。
「んっ…じゅるっ……んっ…ん…くっ……ちゅっ…はぁっ……
美味しいぞ、エイヴぅ……」
射精を終えた後も、愛おしげに肉棒を吸い上げ続けるイスティル。
そうして尿道に残っている精液も残らず吸い出した上で、ゆっくりとそれを全て飲み込んで…
亀頭を綺麗に舐め回し、亀頭の先端にキスをして、
身体を起こして、俺に覆い被さり直して、蕩けた顔で、俺を愛しげに見つめてくる。
「はぁっ…あ……」
射精後の敏感な亀頭を柔らかな舌が這い、またもや快感に声が漏れる。
射精を終えて、急に襲いかかる、身体の重さ、疲労感。
だが、目の前のイスティルのその表情を見ていると、この疲れも、何処か心地良い。
「…もう一回、と思ったのだが、随分疲れているようだな。
ゆっくり休め…また後で、だ」
横に並んで寝転がるイスティル。
俺を抱き寄せて、腕枕をしてくれる。
「ん……あ、あぁ……」
素直に腕枕されながら、改めて部屋の中を見渡す。
破かれた俺の作業着が散らばっている。勿体無い。
次に目に入るのは、ベッド近くの棚。
連れて来られるなり押し倒されたせいで気づかなかったが、俺が今までにイスティルに作った品が大切に並べられている。
そして、床には、今までイスティルが集めてきたであろう、数々の宝飾品。
中には、貴族や王族が身につけるような品までもが、価値の無い物のように、床に乱雑に投げ捨てられている。
…愛されてるな、俺。
視界に入るイスティルの手。
そこには、最初にイスティルに作った、銀の腕輪。
思い返せば、イスティルはいつもこれを身につけていたといた。
そうだというのに、今も、新品と見紛うぐらいに輝いている。
棚の品も同様に、しっかりと手入れが行き届いている。
…職人冥利に尽きるな、本当に。
宝飾品をあんな状態にしておくのは感心出来ないとは言え、自分の作品がこれ以上無く大切に扱われている事に、嬉しさが込み上げ、そして、さらにまた、イスティルが愛しくなった。
「…柔らかい」
そして、腕枕を抜けて、イスティルの胸に抱きつく。
俺を柔らかく受け止めてくれるそこに、真正面から顔を埋めて、深呼吸。
やはり、甘くて優しく匂いが身体中に染み渡る。
「…ふふ、存外甘えん坊なのだな、貴様は」
嬉しそうに俺を抱き締めてくれるイスティル。
その大きな両手は、俺を安心させてくれる。
触れ合う肌と肌とで感じる温もり。
幸福感の中、ゆっくりと時間は過ぎていく。
「…そろそろ、飯にしようか」
日は高くなり、昼に差し掛かる頃。
あれだけ出す物を出して、昨日の晩から何も食べて居ない。
流石にそろそろ空腹感が、幸福感を上回り始めてきた。
名残惜しさを感じながらも、イスティルに抱きつくのをやめて、身体を起こして、ベッドの縁に座る。
…服、着て来ないと。
「…よし、今日は私が作ってやるとしよう」
隣に座り、そう言うイスティル。
「…作れるのか?」
今までイスティルが料理をしていた事など見た事も無いし聞いた事も無い俺としては、やはり不安だ。
「手順ぐらい、見て覚えている」
自信満々な様子のイスティル。
「…なら、任せようかな」
…大丈夫なんだろうか。
でも、手料理か。
…楽しみだな、味はともかく。
「ふふ…」
楽しげな様子で台所に向かうイスティル。
尻尾も楽しげに左右に振れていて、微笑ましい。
そして、俺が料理をする時に使っているエプロンを着ていて…新妻と言った感じのその様子は、見ていて幸せだ。
いや、新妻…なのか、実際。
実質、アレは求婚のような物だもんな…
ああ、尻尾が揺れて…可愛い。
肝心の料理の方は、包丁などの使い方が不安だったが、包丁などを使わずに、爪の一閃で綺麗に材料を切り刻んでいく姿を見て、杞憂だという事が分かった。
手順の方も、自信満々だっただけあって、完璧だ。
むしろ、俺より手際よく調理を進めている気すらする。
そして、火の扱いは…
「……っ」
イスティルの口から放たれる炎。
まさかのブレス。
あっという間に、鍋の水が熱湯に変わる。
鍋が溶けていない事を見るに火力調整は出来ているようだ。
肉とか、直火焼きにしそうだな…
でも、美味しそうだな、それも…
などと考えながら、イスティルが料理をする光景を眺める。
いつものイスティルからは想像し難いその姿はとても魅力的で、待つのが全然苦にならないどころか、ずっと眺めていたいとさえ思ってしまう。
「…出来たぞ、エイヴ」
満面の笑みを浮かべて、イスティルは、食卓で待つ俺の前に、昼食を運んでくる。
いつか食べて、唐辛子を噛み潰した覚えのある、好物のオイルソースパスタだ。
「おお、美味そうだ」
目の前に置かれたそれは、とても美味しそうに仕上がっている。
しかも、大皿に盛られていて、食べ切れるか分からないぐらいの量だ。
料理の様子をずっと眺めていたが、味も期待出来そうだ。
「冷めないうちに食べるのだぞ……いただきます」
俺の真横に椅子をぴったりとつけて座るイスティル。
よく見れば、手にはフォークを二つ持っている。
そして、その片方を俺に渡す。
「いただきます」
二人で一つの皿…熱々の新婚夫婦じゃないか、まるで。
嬉しいのだけど、少し恥ずかしい。
そんな思いを抱きながら、パスタを口に運ぼうとするが…
「………美味しいか?」
じっとこちらを見ているイスティルと目が合う。
少し不安気に、味の感想を尋ねてくる。
…まだ食べてないのに聞かれてもな。
どうしようも無いんだ。
イスティルらしくない、抜けたその行動に笑みで返して、パスタを口に運ぶ。
「…美味い」
肝心の味は、いや、味云々の前に、『美味い』と、そう感じた。
味自体も、俺の作る物よりも、美味く仕上がっているのだが、そういう次元の話ではなく、とにかく美味い。
イスティルが作ってくれたというだけで、此処まで美味く感じるのかと、驚きを隠せない。
愛は最高の調味料とは、よく言ったものだな、と思ってしまう。
「ふふ…そうだろう?ほら、もっと食べろ…」
満面の笑みに戻ったイスティルは、尻尾を左右に揺らしながら、身体を寄せて来て、俺の口元に、パスタを運んでくる。
「ああ……ん……んくっ……美味い」
俺がそれを食べると、ようやくイスティルは、パスタを自分の口に運び始める。
…そんなに俺に食べてもらいたかったのか。
可愛いな、うん…
美人で、強くて、なのに可愛くて、料理も上手くて…
それで、あんなに俺の事を大切にしてくれて、求めてくれて…甘えさせてくれて…
夜も、あんなに気持ち良くしてくれて…
こんな素敵な嫁さんが出来て…なんて幸せ者なんだろうか、俺は。
そんな事を考え、イスティルを眺めながらパスタを食べる。
きっと、表情は緩み切っているだろう。
「そうやって余所見をしていると、また唐辛子を噛むのだぞ」
嬉しそうにしながらも、忠告するイスティル。
「だいじょ…ぶ…あ…
っ…辛っ……!」
そして、忠告の直後に、ガリっと何かを噛み潰した感触。
覚えのあるそれに、背筋に冷や汗が流れる。
口の中で被害が拡散する前に、一気に飲み込んでしまうが、やはり、時既に遅しで舌が焼ける様に辛い。痛い。
「本当に噛んだのか…まあ良い…もし噛んだらこうしてやろうと思っていたのだ……んっ……れるっ…じゅるっ…」
前とは違い、落ち着いた様子のイスティル。
不敵な笑みを浮かべ、そう言うと、正面から俺を抱きしめてきて、そのまま唇を重ねて、舌を絡める濃厚なキスをしてくる。
「っ…んっ……」
甘い唾液の味が舌に広がるが、それでもまだまだ辛さは
引かず、助けを求めるようにイスティルに抱きついて、舌を突き出す。
「んっ…れるっ…はぁっ…れろぉっ…」
そうすると、唾液を塗りこむのかのようにイスティルの舌は俺の焼けるような舌に絡みついてくる。
舌を絡められているうちに、だんだんと辛さは気にならなくなっていき、甘い唾液の味が口の中を覆い、蕩けるようなキスの快感が意識を埋めていく。
そのままキスを続けていると、完全に辛さは気にならなくなって…
イスティルの唇を、舌を、唾液を貪る事に夢中になっていた。
そして、何時の間にか、服の下で肉棒はガチガチに硬くなっていて…
「ぷはぁっ…ふふ、こんなに硬くして…デザートにさせてもらうぞ…」
それに気づいたイスティルは、キスをやめて、その身体を覆う鱗を、魔力によって消し去り、裸にエプロンという格好になる。
そして、服越しに肉棒を撫でた後、服の中に手を突っ込んで、肉棒を引っ張り出して、服を脱がしていく。
「はあっ……はぁっ………あ、ああ………」
息を整え、その言葉に頷く時には、裸に剥かれていて…
椅子に座る俺と抱き合いながら繋がる形になるように、正面から跨ったイスティルは、肉棒を秘所に当てがって…
そして、また俺は、イスティルに気持ち良くされるのだった。
12/02/16 21:08更新 / REID