孤独を埋めて
「この一対の短剣は、中々見ない類の品ですね…
それぞれ、麻痺と睡眠の魔法で『刃が構成されている』というものです。
『武器に魔法が掛かっている』というものならそれなりに見つかるのですが、
これは、なかなかお目にかかれる物ではありません。
銘は…睡眠の方が『セスタ』、麻痺の方が『アルジス』です」
そう言って、商店の主人は短剣を俺に渡す。
「つまり、この短剣で斬っても麻痺、もしくは眠るだけ という事で?」
「ええ、そうなります。
麻痺、もしくは睡眠の魔法を当てた時と同じ効果が得られるでしょう。
高位の魔物を相手にするので無ければ、十分過ぎるほどの強い魔力が込められております。
ただ、芸術的価値が有るわけでもないため、一対、金貨20枚で買い取りになります。
…そちらにとっても、悪い提案では無いと思いますが?」
「いや、これはダンジョンで使うよ。
で、あのルビーは、幾らで買い取ってくれるんだい?」
「査定させた結果ですが、あのルビーは、金貨100枚で買い取り、でどうでしょうか」
100か…
せっかく危険を冒して手に入れたお宝なんだ、言い値で売るのは勿体無いな。
「それで、ルビーなんだけど、150なら…手を打とうと思う」
とりあえずは、高めに吹っ掛ける。
ここから、妥協点を見つけよう。
「ふむ…
分かりました、150で手を打ちましょう」
少し考え、了承する主人。
畜生、150以上が適正か…もう少し高く吹っ掛けておくべきだったな。
手を打つと言った手前、さらに値を吊り上げるのも、みっとも無い。
「それでは、金貨の確認を」
カウンターの上に置かれた金貨袋。主人はその中身を広げ、
俺の前で金貨の枚数を数え、袋に入れ直していく。
「………150。 金貨150枚、確認して頂けたでしょうか?」
「確かに150枚だね、確認したよ」
「それでは、商談成立ですね。
あの洞窟の財宝を手に入れた暁には、是非とも、また来てもらいたいものです」
手に取った金貨袋からは、確かな重みを感じる。
「金庫の中身全部でも買い取れないようなお宝を手に入れてきてやりますよ」
金貨袋をバックパックに仕舞い、冗談めかした台詞を吐き、店を後にする。
…やっぱり、もっと高く吹っ掛けられたよなぁ。
まあ、アンダイス洞窟の財宝を手に入れれば、大した問題でも無いか。
「さて、後は情報収集か」
酒場に向かおう。
「お、美味そうなリンゴ。 よし、一個貰うよ」
道中、通りがかった市。
小腹が空いたので、銅貨2枚を払いリンゴを買う。
「いただきま…」
リンゴを齧ろうとしたその時、視線を感じ、手が止まる。
視線を感じる方向に振り向くと、6歳ほどの少女が俺を、いや、手に持ったリンゴを見つめていた。
少女が着ている服は、ところどころ擦り切れ、靴の紐は、千切れている。
これは放って置く訳にはいかないな。
「これ、食うかい?」
右手に持ったリンゴを、少女に差し出す。
「いいの…?」
戸惑いがちに尋ねられた。
「ああ、食べてくれ」
「…うんっ」
少し躊躇いながらもリンゴを受け取り、齧り始める少女。
両手でリンゴを持つ姿は、小動物みたいで微笑ましい。
「もう一つ、リンゴを貰おうかな」
もう一度リンゴを買い、今度は、自分が齧る。
うん、美味しい。
「美味しいか?」
「うん… ありがと、おにいちゃんっ」
「どういたしまして。 そうだな…家は何処だい? 送ってくよ」
「えっと… あれ…」
そう言って少女は、古びた、小さな教会を指差す。
近かったな。
「教会…?」
「うん、おねえちゃんたちとすんでるのっ」
『おねえちゃんたち』という言葉に引っかかるが、会話を続ける。
「そうか… よし、何人だ?」
「…?」
「何人で、住んでるんだ?」
「1,2,3,4,5,6… 6人っ」
リンゴを持ったまま、指折り数える少女。
意外と器用なのね。
「6つ、貰うよ」
銅貨12枚を店員に渡し、リンゴ6つを抱える。
「さて、行こうか」
教会を指差し、ゆっくりと歩き始める。
「…うんっ」
少女は頷き、俺の後ろについて来る。
「なぁ、『おねえちゃん』って、シスターかい?」
「うん、しすたーだよ。とってもやさしいの」
「ん、そうか」
程なくして、教会に着く。
「お姉ちゃん、ただいまっ」
教会の中に、少女が駆け込む。
とりあえず、門の前で待ってよう。
「おかえりなさい、サーシャ。 そのリンゴはどうしたのですか?」
さっきの女の子、どうやら名前はサーシャと言うらしい。
「えーとね、おにいちゃんがくれたの」
教会の中から聞こえる声。
「お兄ちゃん?」
「うん、こっちー」
サーシャに手を引かれ、修道服を纏った若い女性が教会から出てくる。
その修道服にも、ところどころ擦り切れた箇所が見つかる。
「この方ですか、サーシャ?」
「うん、リンゴをくれたの」
「すみませんっ! この子が迷惑をかけてしまって!」
いきなり謝りだすシスター。
「いや、リンゴぐらいで謝られても困るよ。
ほら、とりあえず君達の分、ちゃんと人数分あるから、持ってってよ」
食べかけのリンゴを口に咥え、空いた左手で右手に抱えたリンゴを指差す。
「…宜しいのでしょうか?」
じっとリンゴを見つめるシスター。
もしや、このシスターも空腹なのだろうか。
「…ん」
リンゴを咥えたまま、頷く。
「ご厚意、感謝します。
私は、この教会でこの子たちの面倒をみている、サラと申します」
そう言い、右手に抱えたリンゴを、シスターは受け取った。
「それじゃあ、俺は行くよ」
「すみません、レアードさん…
子供達の相手までしてもらって…」
教会の門の前。シスターに別れを告げる。
さて、やる事はやったし、さっさと宿屋に行って寝るとしようか。
「ああ、別に構わな…「おねえちゃん、これ…」
金貨袋を抱えたサーシャが、教会の中から出てきた。
隠す場所を間違えてしまったかな、コレは。
「どうしたのですか、サーシャ。
みんなとお昼寝していたのでは…
これ、金貨じゃないですか!?
なんでこんな物が…」
金貨袋をサーシャから受け取るシスター。
その声には、明らかな驚きの色が浮かんでいる。
「サーシャ、何処にあったのですか?」
「さいだんのうしろ〜」
「…あなたの物ですね?」
『祭壇の後ろ』と聞いた途端に、俺の方に向き直るシスター。
「まさか、そんな大層なもの、俺が持ってるとでも?
金貨150枚なんてお目に掛かった事すら… あぁっ」
早速、ボロを出してしまった。
…芝居、下手だなぁ、俺。
「あなたの物なんですね?」
「…それは、君たちの物だよ。
俺には、必要の無い物だ」
「…こんな大金、受け取れません。
あなたが命懸けの冒険で手に入れたのでしょう?
そんな大切な物を受け取る訳には、いきません」
金貨袋を腕に押し付けられる。
「命懸けで手に入れた金だからこそ、有意義に使いたいんだ。
家族が居ないってのはさ、子供には、辛過ぎる事なんだ。
だからせめて、これぐらいの事はしてやりたいんだ。
この金で、この子たちに腹一杯食わせてやって、新しい服も買ってやって…
そうしてもらいたいんだよ。
だから、受け取ってくれないか?」
放っておけないんだよな…被るんだ。
「しかし…」
「頼む、受け取ってくれ」
「……………………はい。
ありがとうございます…!」
「…………居場所が、帰る家が有る、家族がいるってのは、大切な事なんだ。
帰る家が無い、家族も居ない、誰も気にかけない。
世の中ってのは、不親切でさ。
何が言いたいって、彼らは本当に、君たちを、俺を気にしていないんだ。
だから、俺は君を立派だと思うよ。
あの子たちは君を本当の家族のように慕ってる。
君は、あの子たちに居場所を与えたんだ。
それじゃ、俺は行くよ。
どうか、達者で」
「この御恩は、忘れません…!
あなたに、幸有らん事を…」
「…まあ、俺の自己満足だよ。そんあ大層な事じゃあない」
教会に背を向け、歩き出す。
「…おにいちゃん、いっちゃうの?」
「ああ、サーシャちゃんも、元気でな」
「…ばいばい」
「ふぅ…」
酒場での情報収集を終え、宿屋のベッドに寝転がる。
おもむろに、枕を抱く。
とりあえず、情報の整理をしよう。
攻略対象のダンジョンは『アンダイス洞窟』。
ダンジョンの規模はかなり大きく、内部は枝分かれが多いが、高低差のある地形は皆無。
内部には松明が灯っている。
財宝が散らばっているが、一攫千金を狙えるような財宝は、最深部にしか無いかもしれない。
生息する魔物は多種多様。
アラクネ、ワーバット、スライム種、ローパー、おおなめくじ、ミノタウロス、メドゥーサ、ラミア…
「こんなところか」
高位の魔物と遭遇したとは聞かないが…
そもそも、遭って帰ってこれる事が稀か。
魔法を使う魔物はダークスライムぐらいだけ。
しかし、メドゥーサの石化も厄介だし
、魔力のこもったラミアの声も厄介だな…
ダークスライムは、他のスライムと同じように痺れ薬をぶっかけるとして、
他の魔物はあの短剣で無力化するのが妥当か…
とりあえず、優先度は
メドゥーサ・ラミア>ダークスライム>アラクネ>その他
か…
ダークスライムは、詠唱中に痺れ薬でどうにかなるだろう。
アラクネは…確か火に弱い。
万が一糸に捕まった場合を考えて、ファイアシードを持っていこう。
衝撃で爆発するアレなら、咄嗟の時にでも使えるだろうし、小さいから持ち運びも、投げつけることも容易だ。
そうだな、あとは…………
「朝か…」
体の疲れも眠気も無く、万全のコンディション。
そのはずなのに、何処か、何かが足りない気がする。
物心ついた頃から、今日まで。
…今更、どうこうなるものでも無いよな。
「さて、今回の装備は…」
バックパックの中身を床に広げる。
『セスタ』『アルジス』とナイフをベルトに装着。
小型カンテラ、携帯用の食料と水筒、コンパス、小型ハンマー、フック付きロープをポーチに。
ファイアシードを右ポケットに、痺れ薬の入った小ビンを左ポケットに。
残りを全部、バックパックに仕舞う。
「これで良し」
部屋を出て、宿屋の預かり所にバックパックを預ける。
軽い朝食を済ませ、水筒に水を分けてもらう。
「準備は…万全だな」
再度、ポーチの中身を確認。
宿屋を後に、そして街を、後にする。
門をくぐり、あの教会の子供達を思い出す。
居場所が有る、家族と呼べる人が居る。
俺には…
いや、やめよう。辛気臭いな。
ダンジョンへ向けて、歩を進めた。
「到着、か」
目の前には、大きく口を開けた洞窟。
魔物達によるものなのか、内部には灯りが灯っている。
幸い、道中魔物に遭遇する事は無かった。
「やるか」
呟き、洞窟の中へと歩を進める。
「存外、何も起きないな」
2つ目の分岐に差し掛かる。
洞窟に入ってから、一度も魔物と遭っていない。
この調子なら、楽勝…
いや、油断は禁物。
危険なのは、曲がり角と天井、そして背後。
気を引き締め―
「―ッ」
視線を感じ、後ろを振り向く。
何も、居ない。
…いや、少し離れた天井に、少女の形をした紫色の粘液が張り付いている。
ダークスライムか!
一歩後ろへ飛び退き、ポケットの痺れ薬入りの小瓶を取り出す。
「あらら…バレちゃったかぁ…
ねぇ、お兄さん。大人しく捕まってくれたら、たっぷり可愛がってあげるよぉ?」
音を立て、ダークスライムが地面に落ちる。
「悪いけど、そういう訳にもいかないのよね」
ダークスライムが先程まで居た場所、ダークスライムの真上を狙い、痺れ薬を投げつける。
音を立てて小瓶が割れ、中の痺れ薬がダークスライムに振りかかる。
「ひゃっ!? 何これぇ…体がジンジンして…動けないよぉ…」
薬に身体の自由を奪われ、ダークスライムが仰向けに倒れる。
「スライム相手だと、飲ませる必要もナイフに塗る必要も無いから便利、便利。
…とりあえず、こいつを試すか」
睡眠の短剣、セスタを鞘から抜き、ダークスライムに歩み寄る。
「え… そんな物騒なものしまってよぉ…」
目を潤ませて懇願するダークスライム。
「…おやすみ」
無視して、魔法の刃をダークスライムにあてがう。
それと同時に、ダークスライムの瞼は閉じ、寝息を立て始める。
「十分過ぎる効果だ」
ダークスライムが完全に眠ったのを確認。
「殺意は、無いんだよなぁ…」
今までにも、それなりに多くの魔物と出会ったが、殺意を持って襲いかかって来た奴は居なかった。
人間を捕まえようとしているのは確かだけど、
教会が言う「人を喰らう」ためでは無いよな。
人間を捕まえてどうするか…か。
「可愛がる」とか言ってたから…
愛玩動物的な扱いをされるんだろうか。
首輪とか付けられて。
…それは、御免被りたい。
捕まらないに越したことは無いな。
分岐を、右に進んでいく。
「行き止まり…?」
随分長い間歩いた先は、行き止まりだった。
後ろを振り返る。
歩いてきた道は、ただただ長い。
どうも、キナ臭いな。
近くの松明に注視し、風向きを測る。
…右か。
右側の壁面は、洞窟の中にしては不自然に平らになっている。
壁面を、手の甲で叩いてみると、乾いた、軽い音が返る。
「空洞…か。
当たりみたいだな、どうも」
ポーチからハンマーを取り出し、壁に打ち付けると、いとも容易く壁が崩れ落ちる。
崩れ落ちた壁の先には…広間とも言える、大きな空間が広がっていた。
空間のど真ん中には、不自然に木製の宝箱が置かれ、向こう側の壁には、扉が見える。
流石に、分かりやすいにも程があるだろう…。
一歩先の、広間の床をハンマーで叩き、足場を確認。
一歩踏み出し、天井を確認、バックステップ。
同様に左右を確認して、広間に魔物が居ないことを確認。
一応の安全を確認した上で、広間に入る。
地面に注視するが、不自然な点は見つからない。
「さて、如何な物か」
宝箱ごと持って帰る?いや、かさばり過ぎる。
かと言って、ロープで引き寄せてこの場で開けるのも、リスクが高い。
となれば、遠くから宝箱を開けたい。
見たところ耐久性は低そうだな… 壊すのが妥当か。
中身が宝飾品だったら…まあ、仕方ないな。
ハンマーをフック付きのロープに結び付ける。
「壊れてくれよ?」
ロープを振り回し、縦に、全力で宝箱に叩きつける。
遠心力で増幅された力によって、ハンマーが宝箱の上面に音を立ててめり込む。
次は、横ッ!
ハンマーを引き戻し、同じようにして、横薙ぎに叩きつけると、宝箱は砕け散り、中の財宝が顕になる。
中身は…エメラルドの指輪?
…これ以上傷を付ける訳にはいかない。多少危険だが、近づいて拾うしか無い、か。
ハンマーをポーチにしまい、細心の注意を以て、宝箱が有った場所に歩み寄る。
指輪を拾おうとしたその時。
足元が光り輝き、宝箱の有った位置を中心とした魔法陣が描かれ始めた。
「案の定かッ!」
指輪を拾い上げ、ポケットにしまいつつ、全力で疾走、魔法陣の範囲から脱出する。
後ろを振り向くと、完成された魔法陣から、魔物が現れていた。
「どぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
頭に生えた角、屈強な体躯、蹄の足。
ミノタウロスが、雄叫びを上げてこちらに突進してくる。
「っ!」
横っ飛びし、ミノタウロスの突進を回避。
程なくして、後方で壁面が砕ける音。
「あら、可愛い坊やね。私が頂こうかしら?」
体勢を立て直すと、再度光り輝く魔法陣から、半人半蛇の、妖艶な女性が現れ、こちらにゆっくりと這い寄って来ている。
2人目だと!?
「だっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
背後からの叫び声に振り向くと、またもミノタウロスが、地を踏み鳴らし、こちらに突撃してきている。
「弁えない、か」
紙一重で突進を避け、すれ違いざまに、セスタを背中に突き立てる。
…単調だ。
「やっぱりかぁ…」
勢いを失い、地面に倒れ込むミノタウルス。
次は…!
すぐさまラミアに向き直る。
「いらっしゃい、坊や…」
魔力のこもった、甘い声。
頭の奥が甘い痺れに襲われ、思考が蝕まれていく。
誘いに応じるように、おぼつかない足取りでラミアに近づき…
「…好みのタイプだったら、堕ちてたよ」
甘い痺れを振り払い、麻痺の刃を腹部に押し当てる。
「そん…な…」
ラミアが、身体を強張らせ、崩れ落ちる。
よし、これで終わり…いや、違う。
安堵の息をつく暇も無く、視界の隅で、光り輝く魔法陣。
「休ませろよ…!」
ポケットのファイアシードを全て掴み、全力で魔法陣が描いてある床に投げつける。
着弾と同時に、衝撃で爆ぜる、魔法植物の種。
床に描かれた魔法陣の一部を、床ごと削りとる。
削り取られ、不完全となった魔法陣は効力を失い、光は止んだ。
「さて、どうするか…」
一息つき、改めて部屋を見渡す。
ぐっすりと眠っているミノタウルスと、足元には麻痺したラミア。
「とりあえず、眠っておいて貰うか…」
動けないまま放っておくのも可哀相だしな。
「…殺さないのね」
足元から、か細い声。
ラミアと、目が合う。
「そっちだって、殺そうとしないだろう?
それじゃあ、おやすみ」
セスタを抜き放ち、ラミアの身体に押し当てる。
ゆっくりと瞼を閉じ、ラミアは眠りに落ちた。
それを確認して、向こうに見える扉に歩み寄る。
「さて、こんな罠があったぐらいだ。この先はどうなってるんだ…?」
扉に手をかけ、慎重に開く。
何も飛んで来ない事を確認し、扉の向こうへと進む。
「…居住空間だよな」
人工的に作られたであろう、石造りの部屋。
部屋の真中には木製のテーブルに、こちら側に椅子が一脚。
部屋の奥には、またもや扉。
この先に財宝が有れば万々歳だな。
いや、無いと困る。
バタン…
「っ!?」
不意に、後ろから聞こえる音。
振り返ると、扉が閉まっていた。
すぐさま扉に手をかけ、力を込めて引くが、ビクともしない。
「ハメられた…!?」
一歩後ろに飛び退き、助走、腰の捻りを最大限に生かし、全力の蹴りを扉に叩き込む。
「壊れろよ…!」
木製の扉を容易く壊すはずの蹴りは、木製の扉に受け止められていた。
「魔術で強化されてますから、壊れませんよ…」
諭すような、女性の声。
「誰だ?」
それに反応し、短剣を抜き放ち、後ろを振り向く。
目の前には、半人半蛇の女性。
青がかった肌、腰にかかるほどの緑の髪から伸びる二匹の蛇、額の紋様。そして、魔術の心得が無い俺にもはっきりと分かる、圧倒的な魔力。
それらが、先程のラミアとは別格の存在、エキドナであることを示していた。
ただし、手には何かお菓子の乗った皿。
…まずいことになった。
「私は、リーシャです。
ようこそ、レアードさん。やっぱり、来てくれたんですね…
アップルパイはどうですか?
疲れた時には甘い物、ですよ…」
微笑み、俺の名前を口にする。
優しいその微笑と眼差しに、警戒を解いてしまっていた事に気づき、すぐさま気を張り詰める。
何故、俺の名前を…
いや、そんな事は後だ。
「…扉を開けてくれないかな。
望みの物が有るというなら、それを渡して大人しく出て行くからさ」
いきなり襲いかかって来たわけじゃあない、交渉の余地が有るはずだ。
「レアードさんが望みですから…」
テーブルに皿を置きながら、答えるエキドナ。
「逃がす気は無い、と」
「はい…」
「…参った」
ポーチと、短剣、ナイフを地面に転がす。
エキドナ相手じゃ、勝算が無い。
この時点で既に命を握られているも同然。格が違いすぎる。
逃がしてくれないなら、潔く捕まろう。
「良かった…
無理矢理は、嫌いなんです…」
これで俺の冒険も終わりか…
まあ、潜っているんだ、捕まりもするさ。仕方が無い。
案外受け入れられるものなんだな、この状況。
…目の前の女性の、優しい笑みのせいだろうか。
「それでは、テーブルに…」
彼女に促されるままに、テーブルにつく。
八等分に切り分けられた小さめのアップルパイは、とても美味しそうだ。
………愛玩動物の割には丁重なもてなしだよなぁ。
何か良からぬ物が入ってる可能性は…
まあ、無いよな。
薬を盛らなくとも、俺なんか好きに出来る。
「冷めないうちに…
はい、あーん…」
アップルパイがフォークに刺され、俺の口元に運ばれる。
彼女は、相変わらず優しい眼差しで俺を見つめている。
「…いただきます」
愛玩動物というより、恋人同士みたいだな…
そういえば、『あーん』なんてされるのは初めてか…
まあ、大人しく食べておこう。
そんな事を考えながら、アップルパイを頬張る。
パイ生地のサクっとした食感。
リンゴの甘酸っぱい味と香りが口の中に広がる。
咀嚼し、飲み込むと、口の中には爽やかな後味。
「美味しいですか…?」
「…美味しい」
「自信作ですから…」
素直にそう告げると、心底嬉しそうに、彼女は笑う。
…素敵だ。
「それで、俺が望みとは、どういう意味で?」
口元に運ばれてくるアップルパイを食べ終え、尋ねる。
まさか、アップルパイを食べさせるのが望みだとは思えない。
何を目的に捕まえられたかは、やはり気になる。
「私は、強く、優しい人を夫にして、幸せな家庭を築くのが夢だったんです…」
尋ねに応じ、話し始める彼女。
夫…?
「…それは、人間の姿に化けて、市場にリンゴを買いに行った時。
女の子にリンゴを手渡す、レアードさんを見ました。
レアードさんの事が気になった私は、こっそりついていって…。
子供達と遊ぶレアードさん、教会に寄付するレアードさん…教会を去るレアードさん…。
それは、とても素敵で…。
その、優しくも寂しさを感じる眼を見て、
『孤独を埋めてあげたい』と思ったのです。
そう、私は、レアードさんに心を奪われてしまいました…
そして、ダンジョンの中でも、あなたは優しく、強くて…。
誰も傷つけること無く、ここまでたどり着いてくれましたね…。
より一層、レアードさんが好きになりました…。
レアードさん。
私の夫に、なってください。
一緒に暮らして、一緒に幸せに、なってください…」
うっとりとした表情で、ゆっくりと、言葉を紡ぐ彼女。
『夫』か…。
目の前に居る女性は、これ以上無い程の美人で。
その眼差しは、優しく。
身も心も包んでくれそうな、そんな魅力を感じる。
こんな女性が妻になってくれるのは、幸せなんだろうな、多分。
ただ、急ぎ過ぎている気はする。
ともかく、愛玩動物にされなくて良かった。
「…考えさせてくれ」
相手がいくら美人とはいえ、すぐに『夫になります』と言うわけにもいかない。
ましてや、魔物相手だ。
…拒否しても、実力行使されたらどうしようもないんだけどな。
うーん、実力行使されるのはやっぱり怖いんだよなぁ…
「そう、ですか…」
いつの間にか、俺の隣に居た彼女に
手を引かれ、椅子を立つ。
そのまま、手を引かれるままに、部屋の奥へ進み、扉の前。
「ともかく、家に帰りましょう…」
そう言い、彼女は扉を開ける。
「おお…」
扉の先には、財宝と、足元には魔法陣。
アレだけ有れば、金貨1000枚は余裕で越えるんじゃないだろうか…。
「………」
彼女が何か呪文らしきものを呟くと、魔法陣が輝き、視界が光のみで覆われる。
光が弱まっていくと、至って普通の寝室に居た。
部屋の中には、大きめのベッドが一つ。
「ここは…?」
「私の家、です」
窓を覗くと、外には人が歩いている。
そして、昨日泊まった宿屋の看板。
人に化けて、街に住んでいたのか。
「座ってください…」
彼女に促されて、ベッドに座る。
そして、当然のように、彼女も隣に座った。
「レアードさん…」
不意に、彼女に頭を抱かれる。
頭の右半分を包む、柔らかな胸の感触。
どこか、懐かしいような、そんな香り。
ゆっくりと規則的に鳴る、心臓の音。
段々と、心が落ち着いてくる。
「もう、独りではありませんよ…
私が傍に居ますから…
私が、居場所になりますから…」
心の奥底に染み込むような、彼女の声。
優しく、頭を撫でられる。
ベッドに倒れ込み、全身の力を抜き、身体を彼女に委ねる。
彼女の下半身が隙間なく巻きつき、全身を優しく包まれる。
伝わる温もり。
欠けていた何かが、満たされるような感覚。
彼女の優しく、柔らかな抱擁に、安心しきった俺は、心すらも委ねていた。
ただただ幸せで。暖かく。安心する。
これが、愛なんだろうか…
微睡みの中で、そんな事を、考えていた。
「ん…」
「おはようございます。
ぐっすり眠れましたか…?」
窓から差し込む朝日に目を覚ますと、優しい声。
眠る前と同じ体勢で、彼女に抱かれている。
いつも感じていたあの欠乏感は、もう、無い。
「うん…
でも、もう少しこうして…」
彼女の母性溢れる胸に、正面から顔を埋める。
魔物だって構わない。
もっと、彼女と居たい。
甘えたい。愛されたい。
そう思うようになっていた。
「甘えん坊さんですね、レアードさんは…
良いですよ、たっぷり甘えてください…」
そう言って、彼女は優しく頭を撫でてくれる。
何をするでもなく、ただ、ぼーっと…そうしていた。
「…お腹すいた」
「もう、お昼ですし、ご飯にしましょうか。
腕によりをかけて作りますよ…」
「ん、そうしてくれると助かるよ」
身体に巻きついていた彼女の下半身が解かれ、ベッドから降りる。
続けてベッドから降りた彼女について行き、部屋を出た。
「♪〜〜」
鼻歌を歌いながら料理をする彼女を、テーブルに座り、眺める。
エプロンを着た、彼女の後ろ姿には、惹かれるものがある。
「はい、出来ました。
レアードさんのために、美味しく作りましたよ…?」
テーブルに置かれた皿には、出来立てのオイルソースパスタ。
「ははは…
『レアードさんのため』なんて、照れるな。
…でも、誰かが自分のために何かをしてくれるって、やっぱり嬉しいよ。
それじゃあ、頂きます」
「はい、召し上がれ。
あ、食後にはアップルティーも用意してありますよ…」
フォークを手に取り、パスタに口に運ぶ。
「うん、美味い」
「愛情たっぷりですから…」
「ははは…」
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした…」
少し遅い昼食を終える。
「さて…」
何か、意味ありげな事を言うリーシャ。
「こっちです…」
手を引かれ、寝室に入る。
「レアードさん…」
不意に抱きすくめられ、そのままベッドに押し倒される。
「子供が、欲しいんです…」
潤んだ目、上気した肌。少し荒い息遣い。
腰布をたくし上げる彼女。
その下には、濡れそぼった秘所。
「あ…」
いきなりの彼女の誘惑に呆気に取られていると、
ズボンに彼女の手が伸びる。
「私じゃ、嫌ですか…?」
上目遣いで俺を見つめるリーシャ。
いつの間にかズボンは脱がされ、ペニスはどんどん膨らんでいる。
「嫌じゃ…ない
でも、俺で良いのか?」
彼女の目を見て、答える。
この人なら、大丈夫。そうだ。
優しく、俺を包みこんでくれる。
…大丈夫だ。
上着を脱ぐ。
「勿論です…
それでは、挿れますね…
いっぱい、気持ち良くしてあげますから…」
彼女も、腰布を取り払い、服を脱ぎ、共に、生まれたままの姿になる。
秘裂を指で押し拡げ、既に張り詰めていた肉棒をあてがう彼女。
そして、一気に腰が落とされ、肉棒が彼女の中へと入っていく。
「ああっ…!」
狭い、彼女の膣の中を突き進む快感は、少し、強すぎる。
「あ、初めてなのに痛くない…」
多少の驚きを浮かべ、彼女は呟く。
「え、初めて…?」
「はい…初めては愛する夫のために、ですから…
…レアードさんは、初めてですか?」
「…どうなんだろう。
実は、子供の時、娼婦に強姦されてね。
その時は未精通で、射精はしていないから、
初めてってことで勘弁してくれないかい?」
出来る限り、冗談めかして言う。
幼き日のトラウマ。
行く当てもなく、路地裏をさまよっていると、すれ違いざまに、
いきなり女性に押し倒され、訳も分からず犯された。
犯されている という事すら分からず、ただただ怖かった。
あれから数年は、女性とロクに話せなかったなぁ…
まあ、今となっては、生活に支障は出ない。
でも、やっぱり、こういう事をするのは怖かった。
怖かったけど…
今は、怖くない。
彼女なら、大丈夫だ。
俺を見つめる目は、こんなにも、優しく、暖かい。
「…大丈夫、ですか?」
「リーシャなら、大丈夫だよ。
あ、でも…やっぱり、抱きしめてくれると、安心する」
「そうですね…」
さらに彼女が腰を沈めると、肉棒が彼女の子宮口を突く。
「レアードさんが奥まで…
ぎゅってしてあげますね…」
繋がったまま、身体を倒し、俺を抱きしめる彼女。
それに合わせて、彼女を抱きしめる。
そして、そのまま半回転。
彼女に身体を預ける形になる。
いつの間にか、彼女の下半身が俺をしっかりと巻いていた。
「うん、落ち着く…」
生まれたままの姿で、繋がり、抱き合う。
直に、触れる、肌と肌。
全身に感じる、彼女の温もり、柔らかさが、優しさが、心地良い。
「それでは、気持ち良くなって下さい…」
彼女の膣が蠢き、亀頭を、カリを、ゆっくりと撫で回される。
狭く、締め付けが強いはずなのに、柔らかい。
「ぁ……」
快感に、息が漏れる。
「ふふ…気持良さそうで何よりです…
いっぱい、出して下さいね…」
「ああぁ……」
彼女の膣の中で俺はあっという間に果ててしまう。
射精の脈動に合わせて、膣壁は優しく肉棒を揉みしだき、
子宮口は一滴たりとも精液を逃さないように、亀頭に吸いついて離さない。
射精の快感が収まること無く続き、精液を漏れ出るように、止まること無く、
彼女の中に注ぎ込む。
休む間も無く、絶頂しているにも関わらず、
快感で狂いそうになるということはない。
感じるのは、射精の心地良さと、全身を包む彼女の温もり。
「ああ、レアードさんで中がいっぱいに…ん…」
彼女の唇が、俺の唇に触れる。
「ん…ちゅ…んむ… レアードさん…私、初めてなんですよ… ちゅ…」
間を置かず、ディープキス。
甘い、彼女の唾液に、腔内を撫でる細い舌。
それに朦朧としつつも応えて、彼女の腔内に舌を差し入れると、
彼女の舌の根元から中程までが巻きつき、優しく、しごきあげられる。
肉棒を、舌を、全身を、彼女に優しく包まれ、愛され、意識が蕩ける。
ただただ、幸せだった。
「ん…おはよう」
目を覚ますと、目の前には彼女の顔。
いつの間にか、眠っていたようだ。
「おはようございます…」
頭を撫でられ、心地良さについ、目を細める。
「…ずっと、一緒に居てほしい」
自然に、考えるまでもなく、言葉が出た。
「はい、いつまでも一緒です…
西の方に、魔物と人間が共存する貿易街があります。
その街で、ずっと、一緒に暮らしましょう」
「…そうしようか。
でも、今は、甘えさせてくれないかな…」
「はい…」
優しい微笑み。
そして、彼女の胸に抱かれる。
いつまでも、一緒で。
彼女が、俺の居場所で。
もう、独りじゃない。
俺の孤独な日々は、過ぎ去った。
それぞれ、麻痺と睡眠の魔法で『刃が構成されている』というものです。
『武器に魔法が掛かっている』というものならそれなりに見つかるのですが、
これは、なかなかお目にかかれる物ではありません。
銘は…睡眠の方が『セスタ』、麻痺の方が『アルジス』です」
そう言って、商店の主人は短剣を俺に渡す。
「つまり、この短剣で斬っても麻痺、もしくは眠るだけ という事で?」
「ええ、そうなります。
麻痺、もしくは睡眠の魔法を当てた時と同じ効果が得られるでしょう。
高位の魔物を相手にするので無ければ、十分過ぎるほどの強い魔力が込められております。
ただ、芸術的価値が有るわけでもないため、一対、金貨20枚で買い取りになります。
…そちらにとっても、悪い提案では無いと思いますが?」
「いや、これはダンジョンで使うよ。
で、あのルビーは、幾らで買い取ってくれるんだい?」
「査定させた結果ですが、あのルビーは、金貨100枚で買い取り、でどうでしょうか」
100か…
せっかく危険を冒して手に入れたお宝なんだ、言い値で売るのは勿体無いな。
「それで、ルビーなんだけど、150なら…手を打とうと思う」
とりあえずは、高めに吹っ掛ける。
ここから、妥協点を見つけよう。
「ふむ…
分かりました、150で手を打ちましょう」
少し考え、了承する主人。
畜生、150以上が適正か…もう少し高く吹っ掛けておくべきだったな。
手を打つと言った手前、さらに値を吊り上げるのも、みっとも無い。
「それでは、金貨の確認を」
カウンターの上に置かれた金貨袋。主人はその中身を広げ、
俺の前で金貨の枚数を数え、袋に入れ直していく。
「………150。 金貨150枚、確認して頂けたでしょうか?」
「確かに150枚だね、確認したよ」
「それでは、商談成立ですね。
あの洞窟の財宝を手に入れた暁には、是非とも、また来てもらいたいものです」
手に取った金貨袋からは、確かな重みを感じる。
「金庫の中身全部でも買い取れないようなお宝を手に入れてきてやりますよ」
金貨袋をバックパックに仕舞い、冗談めかした台詞を吐き、店を後にする。
…やっぱり、もっと高く吹っ掛けられたよなぁ。
まあ、アンダイス洞窟の財宝を手に入れれば、大した問題でも無いか。
「さて、後は情報収集か」
酒場に向かおう。
「お、美味そうなリンゴ。 よし、一個貰うよ」
道中、通りがかった市。
小腹が空いたので、銅貨2枚を払いリンゴを買う。
「いただきま…」
リンゴを齧ろうとしたその時、視線を感じ、手が止まる。
視線を感じる方向に振り向くと、6歳ほどの少女が俺を、いや、手に持ったリンゴを見つめていた。
少女が着ている服は、ところどころ擦り切れ、靴の紐は、千切れている。
これは放って置く訳にはいかないな。
「これ、食うかい?」
右手に持ったリンゴを、少女に差し出す。
「いいの…?」
戸惑いがちに尋ねられた。
「ああ、食べてくれ」
「…うんっ」
少し躊躇いながらもリンゴを受け取り、齧り始める少女。
両手でリンゴを持つ姿は、小動物みたいで微笑ましい。
「もう一つ、リンゴを貰おうかな」
もう一度リンゴを買い、今度は、自分が齧る。
うん、美味しい。
「美味しいか?」
「うん… ありがと、おにいちゃんっ」
「どういたしまして。 そうだな…家は何処だい? 送ってくよ」
「えっと… あれ…」
そう言って少女は、古びた、小さな教会を指差す。
近かったな。
「教会…?」
「うん、おねえちゃんたちとすんでるのっ」
『おねえちゃんたち』という言葉に引っかかるが、会話を続ける。
「そうか… よし、何人だ?」
「…?」
「何人で、住んでるんだ?」
「1,2,3,4,5,6… 6人っ」
リンゴを持ったまま、指折り数える少女。
意外と器用なのね。
「6つ、貰うよ」
銅貨12枚を店員に渡し、リンゴ6つを抱える。
「さて、行こうか」
教会を指差し、ゆっくりと歩き始める。
「…うんっ」
少女は頷き、俺の後ろについて来る。
「なぁ、『おねえちゃん』って、シスターかい?」
「うん、しすたーだよ。とってもやさしいの」
「ん、そうか」
程なくして、教会に着く。
「お姉ちゃん、ただいまっ」
教会の中に、少女が駆け込む。
とりあえず、門の前で待ってよう。
「おかえりなさい、サーシャ。 そのリンゴはどうしたのですか?」
さっきの女の子、どうやら名前はサーシャと言うらしい。
「えーとね、おにいちゃんがくれたの」
教会の中から聞こえる声。
「お兄ちゃん?」
「うん、こっちー」
サーシャに手を引かれ、修道服を纏った若い女性が教会から出てくる。
その修道服にも、ところどころ擦り切れた箇所が見つかる。
「この方ですか、サーシャ?」
「うん、リンゴをくれたの」
「すみませんっ! この子が迷惑をかけてしまって!」
いきなり謝りだすシスター。
「いや、リンゴぐらいで謝られても困るよ。
ほら、とりあえず君達の分、ちゃんと人数分あるから、持ってってよ」
食べかけのリンゴを口に咥え、空いた左手で右手に抱えたリンゴを指差す。
「…宜しいのでしょうか?」
じっとリンゴを見つめるシスター。
もしや、このシスターも空腹なのだろうか。
「…ん」
リンゴを咥えたまま、頷く。
「ご厚意、感謝します。
私は、この教会でこの子たちの面倒をみている、サラと申します」
そう言い、右手に抱えたリンゴを、シスターは受け取った。
「それじゃあ、俺は行くよ」
「すみません、レアードさん…
子供達の相手までしてもらって…」
教会の門の前。シスターに別れを告げる。
さて、やる事はやったし、さっさと宿屋に行って寝るとしようか。
「ああ、別に構わな…「おねえちゃん、これ…」
金貨袋を抱えたサーシャが、教会の中から出てきた。
隠す場所を間違えてしまったかな、コレは。
「どうしたのですか、サーシャ。
みんなとお昼寝していたのでは…
これ、金貨じゃないですか!?
なんでこんな物が…」
金貨袋をサーシャから受け取るシスター。
その声には、明らかな驚きの色が浮かんでいる。
「サーシャ、何処にあったのですか?」
「さいだんのうしろ〜」
「…あなたの物ですね?」
『祭壇の後ろ』と聞いた途端に、俺の方に向き直るシスター。
「まさか、そんな大層なもの、俺が持ってるとでも?
金貨150枚なんてお目に掛かった事すら… あぁっ」
早速、ボロを出してしまった。
…芝居、下手だなぁ、俺。
「あなたの物なんですね?」
「…それは、君たちの物だよ。
俺には、必要の無い物だ」
「…こんな大金、受け取れません。
あなたが命懸けの冒険で手に入れたのでしょう?
そんな大切な物を受け取る訳には、いきません」
金貨袋を腕に押し付けられる。
「命懸けで手に入れた金だからこそ、有意義に使いたいんだ。
家族が居ないってのはさ、子供には、辛過ぎる事なんだ。
だからせめて、これぐらいの事はしてやりたいんだ。
この金で、この子たちに腹一杯食わせてやって、新しい服も買ってやって…
そうしてもらいたいんだよ。
だから、受け取ってくれないか?」
放っておけないんだよな…被るんだ。
「しかし…」
「頼む、受け取ってくれ」
「……………………はい。
ありがとうございます…!」
「…………居場所が、帰る家が有る、家族がいるってのは、大切な事なんだ。
帰る家が無い、家族も居ない、誰も気にかけない。
世の中ってのは、不親切でさ。
何が言いたいって、彼らは本当に、君たちを、俺を気にしていないんだ。
だから、俺は君を立派だと思うよ。
あの子たちは君を本当の家族のように慕ってる。
君は、あの子たちに居場所を与えたんだ。
それじゃ、俺は行くよ。
どうか、達者で」
「この御恩は、忘れません…!
あなたに、幸有らん事を…」
「…まあ、俺の自己満足だよ。そんあ大層な事じゃあない」
教会に背を向け、歩き出す。
「…おにいちゃん、いっちゃうの?」
「ああ、サーシャちゃんも、元気でな」
「…ばいばい」
「ふぅ…」
酒場での情報収集を終え、宿屋のベッドに寝転がる。
おもむろに、枕を抱く。
とりあえず、情報の整理をしよう。
攻略対象のダンジョンは『アンダイス洞窟』。
ダンジョンの規模はかなり大きく、内部は枝分かれが多いが、高低差のある地形は皆無。
内部には松明が灯っている。
財宝が散らばっているが、一攫千金を狙えるような財宝は、最深部にしか無いかもしれない。
生息する魔物は多種多様。
アラクネ、ワーバット、スライム種、ローパー、おおなめくじ、ミノタウロス、メドゥーサ、ラミア…
「こんなところか」
高位の魔物と遭遇したとは聞かないが…
そもそも、遭って帰ってこれる事が稀か。
魔法を使う魔物はダークスライムぐらいだけ。
しかし、メドゥーサの石化も厄介だし
、魔力のこもったラミアの声も厄介だな…
ダークスライムは、他のスライムと同じように痺れ薬をぶっかけるとして、
他の魔物はあの短剣で無力化するのが妥当か…
とりあえず、優先度は
メドゥーサ・ラミア>ダークスライム>アラクネ>その他
か…
ダークスライムは、詠唱中に痺れ薬でどうにかなるだろう。
アラクネは…確か火に弱い。
万が一糸に捕まった場合を考えて、ファイアシードを持っていこう。
衝撃で爆発するアレなら、咄嗟の時にでも使えるだろうし、小さいから持ち運びも、投げつけることも容易だ。
そうだな、あとは…………
「朝か…」
体の疲れも眠気も無く、万全のコンディション。
そのはずなのに、何処か、何かが足りない気がする。
物心ついた頃から、今日まで。
…今更、どうこうなるものでも無いよな。
「さて、今回の装備は…」
バックパックの中身を床に広げる。
『セスタ』『アルジス』とナイフをベルトに装着。
小型カンテラ、携帯用の食料と水筒、コンパス、小型ハンマー、フック付きロープをポーチに。
ファイアシードを右ポケットに、痺れ薬の入った小ビンを左ポケットに。
残りを全部、バックパックに仕舞う。
「これで良し」
部屋を出て、宿屋の預かり所にバックパックを預ける。
軽い朝食を済ませ、水筒に水を分けてもらう。
「準備は…万全だな」
再度、ポーチの中身を確認。
宿屋を後に、そして街を、後にする。
門をくぐり、あの教会の子供達を思い出す。
居場所が有る、家族と呼べる人が居る。
俺には…
いや、やめよう。辛気臭いな。
ダンジョンへ向けて、歩を進めた。
「到着、か」
目の前には、大きく口を開けた洞窟。
魔物達によるものなのか、内部には灯りが灯っている。
幸い、道中魔物に遭遇する事は無かった。
「やるか」
呟き、洞窟の中へと歩を進める。
「存外、何も起きないな」
2つ目の分岐に差し掛かる。
洞窟に入ってから、一度も魔物と遭っていない。
この調子なら、楽勝…
いや、油断は禁物。
危険なのは、曲がり角と天井、そして背後。
気を引き締め―
「―ッ」
視線を感じ、後ろを振り向く。
何も、居ない。
…いや、少し離れた天井に、少女の形をした紫色の粘液が張り付いている。
ダークスライムか!
一歩後ろへ飛び退き、ポケットの痺れ薬入りの小瓶を取り出す。
「あらら…バレちゃったかぁ…
ねぇ、お兄さん。大人しく捕まってくれたら、たっぷり可愛がってあげるよぉ?」
音を立て、ダークスライムが地面に落ちる。
「悪いけど、そういう訳にもいかないのよね」
ダークスライムが先程まで居た場所、ダークスライムの真上を狙い、痺れ薬を投げつける。
音を立てて小瓶が割れ、中の痺れ薬がダークスライムに振りかかる。
「ひゃっ!? 何これぇ…体がジンジンして…動けないよぉ…」
薬に身体の自由を奪われ、ダークスライムが仰向けに倒れる。
「スライム相手だと、飲ませる必要もナイフに塗る必要も無いから便利、便利。
…とりあえず、こいつを試すか」
睡眠の短剣、セスタを鞘から抜き、ダークスライムに歩み寄る。
「え… そんな物騒なものしまってよぉ…」
目を潤ませて懇願するダークスライム。
「…おやすみ」
無視して、魔法の刃をダークスライムにあてがう。
それと同時に、ダークスライムの瞼は閉じ、寝息を立て始める。
「十分過ぎる効果だ」
ダークスライムが完全に眠ったのを確認。
「殺意は、無いんだよなぁ…」
今までにも、それなりに多くの魔物と出会ったが、殺意を持って襲いかかって来た奴は居なかった。
人間を捕まえようとしているのは確かだけど、
教会が言う「人を喰らう」ためでは無いよな。
人間を捕まえてどうするか…か。
「可愛がる」とか言ってたから…
愛玩動物的な扱いをされるんだろうか。
首輪とか付けられて。
…それは、御免被りたい。
捕まらないに越したことは無いな。
分岐を、右に進んでいく。
「行き止まり…?」
随分長い間歩いた先は、行き止まりだった。
後ろを振り返る。
歩いてきた道は、ただただ長い。
どうも、キナ臭いな。
近くの松明に注視し、風向きを測る。
…右か。
右側の壁面は、洞窟の中にしては不自然に平らになっている。
壁面を、手の甲で叩いてみると、乾いた、軽い音が返る。
「空洞…か。
当たりみたいだな、どうも」
ポーチからハンマーを取り出し、壁に打ち付けると、いとも容易く壁が崩れ落ちる。
崩れ落ちた壁の先には…広間とも言える、大きな空間が広がっていた。
空間のど真ん中には、不自然に木製の宝箱が置かれ、向こう側の壁には、扉が見える。
流石に、分かりやすいにも程があるだろう…。
一歩先の、広間の床をハンマーで叩き、足場を確認。
一歩踏み出し、天井を確認、バックステップ。
同様に左右を確認して、広間に魔物が居ないことを確認。
一応の安全を確認した上で、広間に入る。
地面に注視するが、不自然な点は見つからない。
「さて、如何な物か」
宝箱ごと持って帰る?いや、かさばり過ぎる。
かと言って、ロープで引き寄せてこの場で開けるのも、リスクが高い。
となれば、遠くから宝箱を開けたい。
見たところ耐久性は低そうだな… 壊すのが妥当か。
中身が宝飾品だったら…まあ、仕方ないな。
ハンマーをフック付きのロープに結び付ける。
「壊れてくれよ?」
ロープを振り回し、縦に、全力で宝箱に叩きつける。
遠心力で増幅された力によって、ハンマーが宝箱の上面に音を立ててめり込む。
次は、横ッ!
ハンマーを引き戻し、同じようにして、横薙ぎに叩きつけると、宝箱は砕け散り、中の財宝が顕になる。
中身は…エメラルドの指輪?
…これ以上傷を付ける訳にはいかない。多少危険だが、近づいて拾うしか無い、か。
ハンマーをポーチにしまい、細心の注意を以て、宝箱が有った場所に歩み寄る。
指輪を拾おうとしたその時。
足元が光り輝き、宝箱の有った位置を中心とした魔法陣が描かれ始めた。
「案の定かッ!」
指輪を拾い上げ、ポケットにしまいつつ、全力で疾走、魔法陣の範囲から脱出する。
後ろを振り向くと、完成された魔法陣から、魔物が現れていた。
「どぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
頭に生えた角、屈強な体躯、蹄の足。
ミノタウロスが、雄叫びを上げてこちらに突進してくる。
「っ!」
横っ飛びし、ミノタウロスの突進を回避。
程なくして、後方で壁面が砕ける音。
「あら、可愛い坊やね。私が頂こうかしら?」
体勢を立て直すと、再度光り輝く魔法陣から、半人半蛇の、妖艶な女性が現れ、こちらにゆっくりと這い寄って来ている。
2人目だと!?
「だっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
背後からの叫び声に振り向くと、またもミノタウロスが、地を踏み鳴らし、こちらに突撃してきている。
「弁えない、か」
紙一重で突進を避け、すれ違いざまに、セスタを背中に突き立てる。
…単調だ。
「やっぱりかぁ…」
勢いを失い、地面に倒れ込むミノタウルス。
次は…!
すぐさまラミアに向き直る。
「いらっしゃい、坊や…」
魔力のこもった、甘い声。
頭の奥が甘い痺れに襲われ、思考が蝕まれていく。
誘いに応じるように、おぼつかない足取りでラミアに近づき…
「…好みのタイプだったら、堕ちてたよ」
甘い痺れを振り払い、麻痺の刃を腹部に押し当てる。
「そん…な…」
ラミアが、身体を強張らせ、崩れ落ちる。
よし、これで終わり…いや、違う。
安堵の息をつく暇も無く、視界の隅で、光り輝く魔法陣。
「休ませろよ…!」
ポケットのファイアシードを全て掴み、全力で魔法陣が描いてある床に投げつける。
着弾と同時に、衝撃で爆ぜる、魔法植物の種。
床に描かれた魔法陣の一部を、床ごと削りとる。
削り取られ、不完全となった魔法陣は効力を失い、光は止んだ。
「さて、どうするか…」
一息つき、改めて部屋を見渡す。
ぐっすりと眠っているミノタウルスと、足元には麻痺したラミア。
「とりあえず、眠っておいて貰うか…」
動けないまま放っておくのも可哀相だしな。
「…殺さないのね」
足元から、か細い声。
ラミアと、目が合う。
「そっちだって、殺そうとしないだろう?
それじゃあ、おやすみ」
セスタを抜き放ち、ラミアの身体に押し当てる。
ゆっくりと瞼を閉じ、ラミアは眠りに落ちた。
それを確認して、向こうに見える扉に歩み寄る。
「さて、こんな罠があったぐらいだ。この先はどうなってるんだ…?」
扉に手をかけ、慎重に開く。
何も飛んで来ない事を確認し、扉の向こうへと進む。
「…居住空間だよな」
人工的に作られたであろう、石造りの部屋。
部屋の真中には木製のテーブルに、こちら側に椅子が一脚。
部屋の奥には、またもや扉。
この先に財宝が有れば万々歳だな。
いや、無いと困る。
バタン…
「っ!?」
不意に、後ろから聞こえる音。
振り返ると、扉が閉まっていた。
すぐさま扉に手をかけ、力を込めて引くが、ビクともしない。
「ハメられた…!?」
一歩後ろに飛び退き、助走、腰の捻りを最大限に生かし、全力の蹴りを扉に叩き込む。
「壊れろよ…!」
木製の扉を容易く壊すはずの蹴りは、木製の扉に受け止められていた。
「魔術で強化されてますから、壊れませんよ…」
諭すような、女性の声。
「誰だ?」
それに反応し、短剣を抜き放ち、後ろを振り向く。
目の前には、半人半蛇の女性。
青がかった肌、腰にかかるほどの緑の髪から伸びる二匹の蛇、額の紋様。そして、魔術の心得が無い俺にもはっきりと分かる、圧倒的な魔力。
それらが、先程のラミアとは別格の存在、エキドナであることを示していた。
ただし、手には何かお菓子の乗った皿。
…まずいことになった。
「私は、リーシャです。
ようこそ、レアードさん。やっぱり、来てくれたんですね…
アップルパイはどうですか?
疲れた時には甘い物、ですよ…」
微笑み、俺の名前を口にする。
優しいその微笑と眼差しに、警戒を解いてしまっていた事に気づき、すぐさま気を張り詰める。
何故、俺の名前を…
いや、そんな事は後だ。
「…扉を開けてくれないかな。
望みの物が有るというなら、それを渡して大人しく出て行くからさ」
いきなり襲いかかって来たわけじゃあない、交渉の余地が有るはずだ。
「レアードさんが望みですから…」
テーブルに皿を置きながら、答えるエキドナ。
「逃がす気は無い、と」
「はい…」
「…参った」
ポーチと、短剣、ナイフを地面に転がす。
エキドナ相手じゃ、勝算が無い。
この時点で既に命を握られているも同然。格が違いすぎる。
逃がしてくれないなら、潔く捕まろう。
「良かった…
無理矢理は、嫌いなんです…」
これで俺の冒険も終わりか…
まあ、潜っているんだ、捕まりもするさ。仕方が無い。
案外受け入れられるものなんだな、この状況。
…目の前の女性の、優しい笑みのせいだろうか。
「それでは、テーブルに…」
彼女に促されるままに、テーブルにつく。
八等分に切り分けられた小さめのアップルパイは、とても美味しそうだ。
………愛玩動物の割には丁重なもてなしだよなぁ。
何か良からぬ物が入ってる可能性は…
まあ、無いよな。
薬を盛らなくとも、俺なんか好きに出来る。
「冷めないうちに…
はい、あーん…」
アップルパイがフォークに刺され、俺の口元に運ばれる。
彼女は、相変わらず優しい眼差しで俺を見つめている。
「…いただきます」
愛玩動物というより、恋人同士みたいだな…
そういえば、『あーん』なんてされるのは初めてか…
まあ、大人しく食べておこう。
そんな事を考えながら、アップルパイを頬張る。
パイ生地のサクっとした食感。
リンゴの甘酸っぱい味と香りが口の中に広がる。
咀嚼し、飲み込むと、口の中には爽やかな後味。
「美味しいですか…?」
「…美味しい」
「自信作ですから…」
素直にそう告げると、心底嬉しそうに、彼女は笑う。
…素敵だ。
「それで、俺が望みとは、どういう意味で?」
口元に運ばれてくるアップルパイを食べ終え、尋ねる。
まさか、アップルパイを食べさせるのが望みだとは思えない。
何を目的に捕まえられたかは、やはり気になる。
「私は、強く、優しい人を夫にして、幸せな家庭を築くのが夢だったんです…」
尋ねに応じ、話し始める彼女。
夫…?
「…それは、人間の姿に化けて、市場にリンゴを買いに行った時。
女の子にリンゴを手渡す、レアードさんを見ました。
レアードさんの事が気になった私は、こっそりついていって…。
子供達と遊ぶレアードさん、教会に寄付するレアードさん…教会を去るレアードさん…。
それは、とても素敵で…。
その、優しくも寂しさを感じる眼を見て、
『孤独を埋めてあげたい』と思ったのです。
そう、私は、レアードさんに心を奪われてしまいました…
そして、ダンジョンの中でも、あなたは優しく、強くて…。
誰も傷つけること無く、ここまでたどり着いてくれましたね…。
より一層、レアードさんが好きになりました…。
レアードさん。
私の夫に、なってください。
一緒に暮らして、一緒に幸せに、なってください…」
うっとりとした表情で、ゆっくりと、言葉を紡ぐ彼女。
『夫』か…。
目の前に居る女性は、これ以上無い程の美人で。
その眼差しは、優しく。
身も心も包んでくれそうな、そんな魅力を感じる。
こんな女性が妻になってくれるのは、幸せなんだろうな、多分。
ただ、急ぎ過ぎている気はする。
ともかく、愛玩動物にされなくて良かった。
「…考えさせてくれ」
相手がいくら美人とはいえ、すぐに『夫になります』と言うわけにもいかない。
ましてや、魔物相手だ。
…拒否しても、実力行使されたらどうしようもないんだけどな。
うーん、実力行使されるのはやっぱり怖いんだよなぁ…
「そう、ですか…」
いつの間にか、俺の隣に居た彼女に
手を引かれ、椅子を立つ。
そのまま、手を引かれるままに、部屋の奥へ進み、扉の前。
「ともかく、家に帰りましょう…」
そう言い、彼女は扉を開ける。
「おお…」
扉の先には、財宝と、足元には魔法陣。
アレだけ有れば、金貨1000枚は余裕で越えるんじゃないだろうか…。
「………」
彼女が何か呪文らしきものを呟くと、魔法陣が輝き、視界が光のみで覆われる。
光が弱まっていくと、至って普通の寝室に居た。
部屋の中には、大きめのベッドが一つ。
「ここは…?」
「私の家、です」
窓を覗くと、外には人が歩いている。
そして、昨日泊まった宿屋の看板。
人に化けて、街に住んでいたのか。
「座ってください…」
彼女に促されて、ベッドに座る。
そして、当然のように、彼女も隣に座った。
「レアードさん…」
不意に、彼女に頭を抱かれる。
頭の右半分を包む、柔らかな胸の感触。
どこか、懐かしいような、そんな香り。
ゆっくりと規則的に鳴る、心臓の音。
段々と、心が落ち着いてくる。
「もう、独りではありませんよ…
私が傍に居ますから…
私が、居場所になりますから…」
心の奥底に染み込むような、彼女の声。
優しく、頭を撫でられる。
ベッドに倒れ込み、全身の力を抜き、身体を彼女に委ねる。
彼女の下半身が隙間なく巻きつき、全身を優しく包まれる。
伝わる温もり。
欠けていた何かが、満たされるような感覚。
彼女の優しく、柔らかな抱擁に、安心しきった俺は、心すらも委ねていた。
ただただ幸せで。暖かく。安心する。
これが、愛なんだろうか…
微睡みの中で、そんな事を、考えていた。
「ん…」
「おはようございます。
ぐっすり眠れましたか…?」
窓から差し込む朝日に目を覚ますと、優しい声。
眠る前と同じ体勢で、彼女に抱かれている。
いつも感じていたあの欠乏感は、もう、無い。
「うん…
でも、もう少しこうして…」
彼女の母性溢れる胸に、正面から顔を埋める。
魔物だって構わない。
もっと、彼女と居たい。
甘えたい。愛されたい。
そう思うようになっていた。
「甘えん坊さんですね、レアードさんは…
良いですよ、たっぷり甘えてください…」
そう言って、彼女は優しく頭を撫でてくれる。
何をするでもなく、ただ、ぼーっと…そうしていた。
「…お腹すいた」
「もう、お昼ですし、ご飯にしましょうか。
腕によりをかけて作りますよ…」
「ん、そうしてくれると助かるよ」
身体に巻きついていた彼女の下半身が解かれ、ベッドから降りる。
続けてベッドから降りた彼女について行き、部屋を出た。
「♪〜〜」
鼻歌を歌いながら料理をする彼女を、テーブルに座り、眺める。
エプロンを着た、彼女の後ろ姿には、惹かれるものがある。
「はい、出来ました。
レアードさんのために、美味しく作りましたよ…?」
テーブルに置かれた皿には、出来立てのオイルソースパスタ。
「ははは…
『レアードさんのため』なんて、照れるな。
…でも、誰かが自分のために何かをしてくれるって、やっぱり嬉しいよ。
それじゃあ、頂きます」
「はい、召し上がれ。
あ、食後にはアップルティーも用意してありますよ…」
フォークを手に取り、パスタに口に運ぶ。
「うん、美味い」
「愛情たっぷりですから…」
「ははは…」
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした…」
少し遅い昼食を終える。
「さて…」
何か、意味ありげな事を言うリーシャ。
「こっちです…」
手を引かれ、寝室に入る。
「レアードさん…」
不意に抱きすくめられ、そのままベッドに押し倒される。
「子供が、欲しいんです…」
潤んだ目、上気した肌。少し荒い息遣い。
腰布をたくし上げる彼女。
その下には、濡れそぼった秘所。
「あ…」
いきなりの彼女の誘惑に呆気に取られていると、
ズボンに彼女の手が伸びる。
「私じゃ、嫌ですか…?」
上目遣いで俺を見つめるリーシャ。
いつの間にかズボンは脱がされ、ペニスはどんどん膨らんでいる。
「嫌じゃ…ない
でも、俺で良いのか?」
彼女の目を見て、答える。
この人なら、大丈夫。そうだ。
優しく、俺を包みこんでくれる。
…大丈夫だ。
上着を脱ぐ。
「勿論です…
それでは、挿れますね…
いっぱい、気持ち良くしてあげますから…」
彼女も、腰布を取り払い、服を脱ぎ、共に、生まれたままの姿になる。
秘裂を指で押し拡げ、既に張り詰めていた肉棒をあてがう彼女。
そして、一気に腰が落とされ、肉棒が彼女の中へと入っていく。
「ああっ…!」
狭い、彼女の膣の中を突き進む快感は、少し、強すぎる。
「あ、初めてなのに痛くない…」
多少の驚きを浮かべ、彼女は呟く。
「え、初めて…?」
「はい…初めては愛する夫のために、ですから…
…レアードさんは、初めてですか?」
「…どうなんだろう。
実は、子供の時、娼婦に強姦されてね。
その時は未精通で、射精はしていないから、
初めてってことで勘弁してくれないかい?」
出来る限り、冗談めかして言う。
幼き日のトラウマ。
行く当てもなく、路地裏をさまよっていると、すれ違いざまに、
いきなり女性に押し倒され、訳も分からず犯された。
犯されている という事すら分からず、ただただ怖かった。
あれから数年は、女性とロクに話せなかったなぁ…
まあ、今となっては、生活に支障は出ない。
でも、やっぱり、こういう事をするのは怖かった。
怖かったけど…
今は、怖くない。
彼女なら、大丈夫だ。
俺を見つめる目は、こんなにも、優しく、暖かい。
「…大丈夫、ですか?」
「リーシャなら、大丈夫だよ。
あ、でも…やっぱり、抱きしめてくれると、安心する」
「そうですね…」
さらに彼女が腰を沈めると、肉棒が彼女の子宮口を突く。
「レアードさんが奥まで…
ぎゅってしてあげますね…」
繋がったまま、身体を倒し、俺を抱きしめる彼女。
それに合わせて、彼女を抱きしめる。
そして、そのまま半回転。
彼女に身体を預ける形になる。
いつの間にか、彼女の下半身が俺をしっかりと巻いていた。
「うん、落ち着く…」
生まれたままの姿で、繋がり、抱き合う。
直に、触れる、肌と肌。
全身に感じる、彼女の温もり、柔らかさが、優しさが、心地良い。
「それでは、気持ち良くなって下さい…」
彼女の膣が蠢き、亀頭を、カリを、ゆっくりと撫で回される。
狭く、締め付けが強いはずなのに、柔らかい。
「ぁ……」
快感に、息が漏れる。
「ふふ…気持良さそうで何よりです…
いっぱい、出して下さいね…」
「ああぁ……」
彼女の膣の中で俺はあっという間に果ててしまう。
射精の脈動に合わせて、膣壁は優しく肉棒を揉みしだき、
子宮口は一滴たりとも精液を逃さないように、亀頭に吸いついて離さない。
射精の快感が収まること無く続き、精液を漏れ出るように、止まること無く、
彼女の中に注ぎ込む。
休む間も無く、絶頂しているにも関わらず、
快感で狂いそうになるということはない。
感じるのは、射精の心地良さと、全身を包む彼女の温もり。
「ああ、レアードさんで中がいっぱいに…ん…」
彼女の唇が、俺の唇に触れる。
「ん…ちゅ…んむ… レアードさん…私、初めてなんですよ… ちゅ…」
間を置かず、ディープキス。
甘い、彼女の唾液に、腔内を撫でる細い舌。
それに朦朧としつつも応えて、彼女の腔内に舌を差し入れると、
彼女の舌の根元から中程までが巻きつき、優しく、しごきあげられる。
肉棒を、舌を、全身を、彼女に優しく包まれ、愛され、意識が蕩ける。
ただただ、幸せだった。
「ん…おはよう」
目を覚ますと、目の前には彼女の顔。
いつの間にか、眠っていたようだ。
「おはようございます…」
頭を撫でられ、心地良さについ、目を細める。
「…ずっと、一緒に居てほしい」
自然に、考えるまでもなく、言葉が出た。
「はい、いつまでも一緒です…
西の方に、魔物と人間が共存する貿易街があります。
その街で、ずっと、一緒に暮らしましょう」
「…そうしようか。
でも、今は、甘えさせてくれないかな…」
「はい…」
優しい微笑み。
そして、彼女の胸に抱かれる。
いつまでも、一緒で。
彼女が、俺の居場所で。
もう、独りじゃない。
俺の孤独な日々は、過ぎ去った。
11/08/15 01:45更新 / REID