読切小説
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やみ色の愛は貪欲に
「ふぅ……勇者の取り分けはこれで。はい。色々思う所はあるかも知れませんが、恨みっこ無しでお願い致します」

 レスカティエ侵攻の軍議。誰がどの男勇者の相手をするか……つまり、婿候補の割り当て。卓を囲むほぼ全ての女は、今だ未婚。私達は、一国を統べる主でもあり、齢百歳や二百歳をゆうに越え得る生娘であり、未だ見ぬ旦那様との蜜月を夢見る乙女でもある。
 レスカティエ侵攻。勇者、英雄……御眼鏡にかなう男と巡り合う、千載一遇の機会。いくら外面を取り繕ろおうとも、飢えた獣めいた、ぎらついた眼は隠せず。張り詰めた雰囲気の中で行われていたそれが、ようやく収拾を迎える。
 興奮冷めやらぬ面子をよそに、場を取り仕切る刑部狸のミドリは、既婚者特有の余裕を滲ませながら息をつく。

「くふふ。悪いのう、毒蛇よ。妾は真っ先に婿殿を迎えにゆくぞ」

 にんまりとした笑みを浮かべて話しかけてくるのは、宿敵たるファラオ。他の場所で出会っていたならば、牙を突き立て毒を流し込むのだけれど、お互いデルエラの友人として招かれているため、デルエラの顔を立てて停戦中だ。

「どういたしまして」

 会議の結果、私は男勇者に手を出さず、多くの女勇者を担当する手筈となった。勿論、貧乏クジを引いたわけではない。
 私が一人を諦めるだけで、多くの有能な女勇者をこちらの陣営に確保できる事になった。これは、長期的に見て国の繁栄に繋がる事に他ならない。
 そして、あのファラオをはじめとした各方面から、便宜を引き出す事にも成功した。精欲しさに子宮を空かせて待っている部下達に、より多くの男が行き渡ることになるだろう。そして、私の統べる楽園は、さらに快楽と愛に満ちていく。

ともかく……あの子達に報告すれば、大喜びに違いないわね。そもそも、琴線に触れる勇者が見つからなかったわけだし……良い取引だったわ。

「次は……勇者に匹敵する素質を持った人間について。
主神の加護こそ受けていませんが……貴女方や右腕が直接出向く必要、価値はあるかと」

そして、議題は次に移っていく。主神の加護を受けてはいないが、確かな才覚、能力を持つ人間。勇者となり得たかもしれない彼らの資料にも、既に目を通し終えていて。

「じゃあ、この子……ジェラルド・ラスフォボスは私に任せてくれるかしら」

勇者の資料にはあまり興味をそそるものはなかったけれど、この男の経歴には、興味を惹かれるものがあった。
魔界銀のサーベルを得物に各地の遺跡を踏破した冒険者。
レスカティエの中では、勇者に次ぐ強さを誇り、こと剣の技量そのものに掛けては、勇者に匹敵する。
それだけならばただの強い冒険者であり、剣士に違いはない。
しかし、彼はレスカティエに居を構えながらも、冒険者としての経験から魔物に友好的だという。勿論、魔物に友好的である事は、こちら側が知る事であって、レスカティエ側では露見していない。

「や、メレジェウト様はこちらが本命でしたか。道理で、男勇者に手を付けられなかった。
彼は魔物に友好的ですが、侵攻した時には抵抗してくると踏んでます。なので、このリストに入れたわけですが」

資料によれば、魔物の集落に討伐隊が差し向けられた時には、被害が出ないように影で尽力してくれているらしい。
そして、さらに興味を惹かれるのは、魔物に協力的ながらもレスカティエに住まうその理由。
レスカティエに住まう人間の女と恋に落ちながらも浮気され、嫉妬に狂った果てに、他の男の元に逃げられて。そして未だに、強く未練を抱いているからだとか。
未練に縛られた剣士。それが、ジェラルド・ラスフォボスという男らしい。

「嫉妬深い男には、嫉妬深い女がお似合い。そう思わない?」

嫉妬、執着。私達、蛇の魔物にとっては、共感を覚える感情。尤も、未だ男を知らない私は、真の意味で嫉妬や執着を知っているわけではないのだけれど……己がそういった女だという自覚はある。
もし旦那様を迎えたなら……身も心も絡め取って、一時たりとも離したくはない。そんな想いが、確かに渦巻いている。
だからこそ、この男には、蛇がお似合い。

「だから、少しお節介を焼くつもり」

元恋人を魔物に変えて、元鞘に戻してあげるのが一番。意中の男が居たならば、そうはいかないけども。
その時は、私が直々に捕まえてから、良い相手をあてがうべきかしら。腕利きを差し向けて、彼を捕まえた子のモノにしても良し。

「でも、あんまり美味しそうだったら……私が食べてしまおうかしら……ふふふ」

もし、私を満足させてくれそうな男ならば……私のモノに。
こればかりは、実際に見定めるまで、どうなるかは分からない。
しかし、伴侶が見つかるかも知れないという、その期待だけでも、心が沸き立ってしまう。

「なるほど。さて、皆様方……メレジェウト様がラスフォボス氏のお相手をするそうですが、異論は?」
「む……きっかり己の男も確保するつもりじゃったか。欲深い奴め。まあよい、妾は異存無いぞ。
妾の婿殿こそが、レスカティエで一番良い男なのじゃからな」
「いえいえ、私の未来の旦那様が一番素敵なのですよ?」

議題を先に進めようとする刑部狸をよそに、半ば唐突に己の相手を自慢し始めるファラオ。
そして、すかさず話に割って入るのは、独創的かつ淫らな罠に溢れたダンジョンを創る事で名高いエキドナのソフィア。ダンジョンの難度を高くし過ぎた結果、彼女もまた行き遅れ。

「はい。ストップ。まだ婿に迎えてもいないのにのろけ始めないでくださいな」

卓を囲む面々が口々に、自分の担当する男勇者こそが……と言い放ちそうになるが、素早くミドリが制止をかけ、流れを元に戻す。

「ともかく……他の方々も異存なしのご様子。
彼に関しては、実際に会ってみて感じた細かい事やら、彼の友人などから仕入れた仔細な情報やらがありますが、そちらに関しては会議の後で話させて頂きます」
「ええ、後で構わないわ。会議を進めましょう」

彼の過去や人となりについて、より細やかな事を知りたい、という気持ちはあるけど、一国の長として会議を優先しなければならない。

「それでは、次はゴーレム使い、"碧腕"のアーネストと、その師たる"プロフェッサー"、シュタイン氏について…………」

議題は次に流れ、会議は進んでいく。
人の上に立つ者としては褒められた事ではないけれど、会議が終わるのが待ち遠しい、という気持ちがあった。






「……さて、と」

レスカティエ侵攻会議が解散を迎えた後、かの剣士についてミドリから色々な事を訊いた。しかし、百聞は一見に如かず。
ジェラルド・ラスフォボスがどのような男であるか……それを見定めるには、直接会うのが一番。
そう考えた私は今、レスカティエ領内に潜入し、彼に会いに来ている。
玄室に忍び込み、ファラオに毒を注ぐ事が私の本分。目覚めを間近に控えたファラオを起こさず、確実に葬り去るための術は、しかと携えている。
私にとっては、人に化ける事も、レスカティエを覆う広域結界を、術者に気取られずにすり抜ける事も、そう難しい事ではなかった。







「此処、ね」

レスカティエ外縁部に位置する、庭付きの一軒家。男一人が暮らすには持て余すであろう広さ。本来は、家族で住まうために作られたであろうその家。
ミドリから訊いた情報によると彼はこの家に住まい、専ら裏庭で剣の鍛錬をしているらしい。
そして時折、王宮や練兵場に出向き勇者に手合わせを挑んでは……敗北しているのだとか。

「……」

裏庭の方から感じる気配は二つ。そして、勇者らしき強い魔力が一つ。魔力の持ち主を中心として、二つの結界が広がっているのが分かる。一つは、術者を包む密な結界。私でも崩すのには手を焼く程の、類稀な強度。もう一つは、レスカティエを包み込む広大な結界。
鉄壁の魔術師として名を馳せる勇者、スターヴもこの場にいるらしい。

「……二人きり、とはいかないわね」

とは言え、これは想定外の事態ではなく。
勇者スターヴが彼の鍛錬に協力している事は、ミドリから訊いていた話だ。
魔物の討伐に非協力的である二人は、お互い気の合う部分があるのかも知れない。
また、勇者スターヴは感知能力には長けておらず、人化の術を見破る事は出来ないとの報告がある。
つまり、接触しても正体が露見してしまうような事はない。

「素振りを観るよりは面白そうかしら……」

裏庭の方に回り込むと、植木の間から、剣士と魔術師の姿が見える。

「……面白いコト、してるわねぇ」

魔術師が操るのは、堅く練り上げられた結界の延長、流動する魔力の鞭。その動きは、ダークスライムの触手にも似ている。
それらは円形に剣士を取り囲み、包囲網を敷いていて。
無数の触手が、全方位から剣士へと襲い掛かっている最中だった。

「……」

あらゆる方向から殺到する触手を、剣士は紙一重で躱していく。避ける隙間も存在しない密度で触手が襲い掛かって来たならば、最小の動きで曲刀を振るい、触手を払い除け、受け流し、そうして出来た僅かな隙間に歩み込んでいく。
完全な死角から振るわれる鞭も、予備動作もなく繰り出される至近からの刺突も、不意を突かれる事なく、左腕の小盾でいなす。
降り注ぐ殴打を精密に掻い潜るその様は、雨の中、濡れずに踊っているかのよう。
洗練し尽くされ、最適解に近似された体捌き、予知能力と見紛うばかりの直感。思わず、その動きに見惚れてしまう。

「……あら」

そして剣士は、脚を払おうとする触手に跳び乗り、その勢いを活かして高く跳躍する。
跳躍するその軌道は大きく緩やかな円弧。触手の包囲網を、鮮やかに跳び越えていく。
宙を舞いながら、剣士は私の方へと振り向いて。その瞳が私を見据える。
どうやら、覗いていたのに気づかれたらしい。

「……ふふ」

憂いを帯び、深い哀しみを湛えた翡翠色の瞳。曇り淀んで、輝きは消え失せてしまっている。
ほんの一瞬だけ視線が交差した後、剣士はすぐさま、私の瞳から目を逸らしてしまう。
様々な負の感情が入り混じった視線。彼の心を理解するには、一瞬という時間は短過ぎて、多くのコトは分からない。
しかし、その心の奥底に渦巻く渇望は、はっきりと感じ取る事が出来る。
求められたい。必要とされたい。確かにこの男は、渇望している。愛し愛されるその相手を、切望している。
彼の哀しみ、その心情を想えば胸が痛む。
しかし、それ以上に……この曇った瞳は、宝石の原石に他ならず。
快楽と愛情を以って磨きあげた時、どれほどまでに素敵な、幸せな表情を見せてくれるのか。期待に、笑みが零れてしまう。

「……お見事」

此処が裏庭でなければ、家屋を跳び越えんばかりの跳躍。落下、そして着地。
脚を砕くはずの衝撃を回転運動へと受けながし、地を転がり、何事もなかったかのように立ち上がる。

「……何用かな?」
「ん、ラスボス公に来客ちゃん?」
「見られていた」

曲刀を鞘に納め、白手袋を嵌めた手で服についた土を払いながら、剣士が私の元へと近づいてくる。
続いて私に気づいた勇者の方は、魔力の触手を引っ込めその場に佇んだまま。静観するつもりだろうか。

「……貴方が、ジェラルド・ラスフォボスね?」
「如何にも。君は?」

剣こそ納めているものの、隙の無い立ち方。訝しむような表情。
そこには、取って食われるとでも思っているかのような、明らかな警戒の色がある。

「私はメレジェウト。貴方と、お話がしたくて。レスカティエ一の剣士と聞いてるわ」

己の名を晒す事に、躊躇いは無い。名を偽るのは好きではないし、この名に思い当たる事があっても、遥か遠い砂漠の女王がレスカティエに潜入しているなど、思いもしないだろう。

「生憎、鍛錬中なんだ。ただのお喋りなら、後にして……」
「おや、ラスフォボス卿に御用でしたか。なれば俺ちゃんは退散。鍛錬終わり」

私の誘いを素っ気なく突っぱねるジェラルドに対し、私から何かを察してくれた勇者スターヴ。思わぬ方向からの援護射撃。

「待たないか、スターヴ……!」
「後は若い二人でごゆっくり」

引き止めるジェラルドを無視し、柵を乗り越えていく勇者スターヴ。
魔力の触手を巧みに使い、魔術師らしからぬ逃げ足の早さで、何処かへと去っていく。上手くやれよ、と言わんばかり。

「あら、気が利く勇者サマで嬉しいわ」

堅いガードに逃げ足も速い勇者は、気を利かせて私たちを二人にしてくれた。
内心、ジェラルドの事を羨ましそうにしていたのが彼の声から感じ取れたが、いずれ彼にも、良い人が現れるに違いない。勇者ともなれば、魔界の王女の目に留まる事さえあるのだから。

「……はぁ」

取り残されたジェラルドは額に手をやると、これ見よがしに溜息をつく。
あからさまに私を煙たがる所作。

「……レスカティエ一の剣士、と言ったね。
確かに俺は、軍の大会に参加して優勝しているけど……それは勇者が参加していないからだ。
剣を得物としている人間の中で、俺の知る限り一番強いのはウィルマリナ・ノースクリムであるし……魔法を抜きにしても、それは俺ではなく他の勇者だ。
強い人間と話したいならば、王宮に出向くといい」

その声に、表情に滲み出ているのは、勇者を越えようとしながら越えられない悲哀、無力感。
心は草臥れて、疲れ切って、それでもまだ頑張り続けようとしている、そんな風に見える。
そして、強い人間と話したいならば……と続ける彼は、何処か拗ねているようで、母性本能を擽られてしまう。

「あら。ごめんなさい。でも、私は貴方とお話ししたいの」
「……何についてだい?」
「貴方がどんな人か、興味があるの。色々、聞かせて欲しいわ」

実際に会ってみて、この男、ジェラルドに対する興味は増すばかり。
いきなり現れて、興味がある、とは怪しい物言いだと自覚している。
けれども、この男には嘘を吐かず、正直に物を言うべきだと感じた。
言葉の節々から感じる猜疑心。疑り深い相手には、直球で攻めるべき。

「生憎……俺には、愛を誓った人が居て、ね」
「……ええ、知っているわ」

妻がいる、恋人がいるとは言わないその姿に漂う哀愁。
彼の想い人、かつて恋人だった女性は既に、とある商家の一人息子の下に嫁いでいるとミドリから聞いた。

「他の女性と私的な付き合いは持たない事にしている。
だから……帰ってくれないかい」
「一途なのねぇ……」

この男はまだ恋を諦めていない。諦めきれていない。そこにあるのは、妄執じみた未練。かつての恋人を取り戻そうと、もがいている。
忘れてしまえば楽になれるであろうのに、忘れようともしない。自分を傷つける程に歪んでしまった一途さ。魅了され、裏切られ、捨てられたが故の末路。
健気であり……哀れだ。仮に、私達魔物が伴侶を裏切ったならば……こんな男が出来上がるのかも知れない。勿論、私達が一度決めた相手を裏切るなどという事は、有り得ないけれども。

「ハハッ……ありがとう」

一途と言われ、彼は笑みを浮かべる。惚気けるかのように誇らしげな声。しかし、その目は暗く淀んだまま。
首に下げた、透き通った青い宝石のペンダント。それを大切そうに握りしめている。

「ふふ……好きよ、一途な男」

歪んでしまった一途さ。愛と快楽で、それをあるべき形に戻してあげたならば、どれだけの想いを返してくれるのだろうか。
己を捨てた相手に対しても一途であるなら、愛を注げば、もっと、もっと、一途な旦那様となってくれるに違いない。

「君に言われても意味が無いさ。そして、誰かに聞かれでもしたら、誤解を生む。そういう物言いはやめてくれないかい」
「あらあら、ごめんなさい」

無愛想に言い放つ中、瞳に僅かに揺らめく喜びの色。恐らくは本人も気づいていない、僅かな嬉しさ。
やはり、心の奥底では満更でもないと思っている。私はそれを見逃さない。

「俺は……清廉潔白でなきゃいけないんだ。
一途な男が好きだと言うなら、一途なままにさせてくれないかい。放っておいてくれ」

一途でありたい、あらねばならない。その想い自体は、素晴らしいものだと思う。
しかし、彼は、一途である事に自分の価値を見出しているように見える。
剣の道、その強さに価値を見出そうとも、勇者という壁に突き当る。
より稼ぎ、いい暮らしをさせてやる、という価値においても、商家である恋敵には勝てないのだろう。
男として、女を悦ばせるその自信もきっと、打ち砕かれてしまっている。
己の存在価値を見失ってしまい……縋ったのが、一途さであるのだろう。
だから、これは本当の一途さとは言えない。
愛情は……愛される人は勿論、愛する本人も幸せにする物。
一途に想う心もまた、彼を幸せにしなければならない。

「そうね、お暇しようかしら」

どうにも彼は頑なそうで、今はこれぐらいの接触が精一杯だと読める。
彼に会う機会は此処だけではない。週末の夜は、酒場でくだを巻いていると聞くから、此処は一旦退いて、もっと無防備な時に会うのが良さげに思える。

「……一つ」
「何かしら?」

立ち去ろうと背を向けた私に投げ掛けられる、棘のある声。
振り向けば、曲刀に手を掛けた彼の姿。

「要らぬ"お節介"を焼こうとは思わないことだね。
俺は"お見合い"だとかを望んでいないし……もし、あの人に手を出そうとするのであれば」

そう言って、彼は険しい表情で私を睨み付ける。
迂闊なことを言えば、すぐに斬り捨てると言わんばかり。
巧妙に化けたつもりだけれど、この男は私が魔物である事を見抜いていた。
その声には確信の色が満ちていて、当てずっぽうで言ったわけではないのだと分かる。
勇者にも劣らない、鋭い感覚。きっと、此処で私が嘘を言えば、見抜かれてしまうに違いない。

魔術師でもないのに、人化の術を見破るだなんて。
ああ……この鋭い感覚を責めてあげたら、どんな顔をするのかしら。

「お節介を焼くつもりだったけれど、気が変わったの」

やはり、知れば知るほど、この男は興味深い。
最初はお節介のつもりで彼に接触していたけれど……彼をもっと知りたい、という気持ちが、欲望がふつふつと湧き上がりつつある。
お節介ではなく、自分自身が抱く興味と欲望を満たすため。それが、今の私の行動原理になっていて。
だから、口から紡がれるこの言葉は、決して嘘ではない。

「なら、好きなようにするといいさ。最近、君達をよく見かけるけども……この国の事は嫌いだし……君達の在り方自体には、概ね好意的だ」

そう言い、彼は敵意を鞘に納める。
"お節介"の警告。つまり、彼の考えでは……私が他の魔物をあてがおうとしていた、という事になるのだろう。
もしくは、彼の未練を断ち切るために、彼の想い人を魔物にする……といった所だろうか。

「ふふ、ありがとう。ジェラルド」

ああ、人化の術も、嘘も見抜けるというのに。この男はまだ、私が抱くこの欲望に気づいていない。
夫にするに相応しい男か、期待を持って接しているのに……その心を、女心を見抜くことは出来ていない。
鋭敏なのに鈍感。なんとも可愛らしい。

「……ラスフォボスと呼んで貰おう。その呼び方は、君の物じゃない」

その名前を呼んだ途端、彼は険しくも哀しい目付きに戻る。
彼にとって、名前を呼ばれるのは特別な事らしい。
しかし、既にその呼び名は、誰のモノではない。彼はもう、誰のモノでもない。彼の旧い恋人は、彼を捨てたのだから。
だからこそ……彼は、彼を欲しいと思った女のモノ。
そして、恋人、家族にだけ許された"特別"。それは何であっても、独占欲を大いに満たしてくれる。
この男の在り方は、蛇である私には堪らない。

「ふふ……ごめんなさいね、ラスフォボス。さて、お暇させて貰うわ」
「ああ」

無愛想に返事をした彼は、裏庭の中へと戻っていく。しかし、私に背を向ける彼の姿から、一切の隙は感じられない。
私が彼を襲おうとすれば、即座に対応してくるに違いない。
一瞬で仕留められなければ騒ぎは避けられないし、数多の勇者を擁するこのレスカティエでそんな状況になれば、流石の私と言えども、無事に逃げ延びる事は難しいだろう。
転移魔法もあの勇者、スターヴの結界によって強く干渉されてしまい、役に立たない。
捕まえられるなら捕まえてしまいたいけれど、此処は我慢の時。
次の機会を心待ちに、改めて私はこの場を立ち去る。

うふふ……また、会いましょう、ジェラルド?







「……うふふ」

暗くなりきらないうちから喧騒の絶えない酒場。
ジェラルド・ラスフォボスが入り浸っているはずのその店に、足を踏み入れる。

酒場の隅の席に佇むのは、お目当ての男。ミルクの入ったジョッキを傾け、飲み干している。
聞く話によれば、彼は酒に滅法弱いらしい。だからか、ミルクを飲んでいるのに、顔が少し赤い。酒場に佇むだけで、酔いが回ってしまうのだろう。

「マスター、林檎酒とチーズ、それと、ミルクを頂けるかしら。一番いいのをお願い」

この酒場で、私の事を気に掛けるのは、たった一人、ジェラルドだけ。ジョッキを置いた彼は、訝しげな目でこちらの様子を伺っている。
恐らく、私がこの酒場に入る前から、私の存在に気づいている。

認識避けの術によって私は、人々に注目されず、記憶にも残らない。
私の存在そのものを隠蔽しているわけではないから、マスターは私の注文を受け付けてくれるし、人々が私に気付かずにぶつかったりする事もない。
尤も、この術で騙せるのは一般人だけだから、過信は出来ないのだけれど。

「ふふ……また、会ったわね」

注文の品を受け取った私は、彼の対面の席に座る。

「……今度は何の用だい」

多少、酔いが回っているみたいだけど、この男は相変わらず隙を見せない。
思いつめた表情。酒の場だとというのに、彼からは、愉しみの欠片も感じられない。
苦しみを和らげる、そのためだけに、彼はこの場に居る。

「お話しに来たの。独り酒、寂しいでしょう?」

そして、私は……彼の事を知りに、この場を訪れている。

「寂しさは言い訳にならない」

私の問いに、間を開けず応えるジェラルド。
間接的な肯定。その声には、押し殺せない寂しさが滲み出ていて。彼の言葉には確かな重みがある。
"寂しさは言い訳にならない"と、実体験を以って心に刻まれたのだと想像させる、言葉の重み。
それだけでなく、やり場のない怒り、恨みのような物も、彼の中に渦巻いている。

「だから……帰ってくれ。あの人以外の女性とは……」
「ふふ……頑な、ね。でも、私はそういうお話が聴きたいの」

傷心の中にあれども、彼は私の誘いを断ろうとする。悲痛な程の痩せ我慢。憐憫に私の心が痛む。
けれども、そんな所も、いじらしくて、素敵でならない。
身も蓋もない言い方をすれば、彼はとても可哀想な男で……そして、健気。それが、私の中の"女"を刺激する。

「あの人との事を語れ……とでも言うのかい?」
「そうね……馴れ初めでも惚気でも、いかに彼女を愛してるかでも、好きに語って頂戴」

私を拒もうとする彼の振る舞いにも、予想通り、付け入る隙があった。
まず、彼は心の奥底では、きっと、辛い過去を吐き出したがっている。
そして……彼は元々、惚気好きに違いない。愛している人が居ると言って憚らない辺り、そういうタイプの人間だ。そこが、彼の隙になる。
惚気という形を取らせてあげれば……例外的に話を聞かせてくれるはず。
話の中身がとても、惚気とは言えないモノになっていくとしても。

「……良いだろう。あの人との、事なら」
「ふふ、ありがとう」

結局、私の目論見通りに、ジェラルドは動いてくれた。
頑なに私を拒む部分は、彼の魅力的な所だ。
しかし、こうした傍の甘さもまた、私の目には魅力的に映る。
惚気好きであって、悪いコトなど何もなく……しっかりと愛を注いであげたなら、付け入る隙は存在しなくなるのだから。

「はい、ミルクのおかわり、どうぞ」
「受け取らないよ」
「あらあら……やっぱり、つれないのね」

彼のために注文したミルクを差し出すが、そっと押し返されてしまう。
つれない態度は、やっぱりいじらしくて、可愛らしい。

「ああ、それと……認識操作の魔法が掛かってるから、憚る必要はないわ」
「やはり、そういう事だったか」

認識操作の魔法は既に、彼を効果圏に収めている。実質的に、彼とは二人きりでお話が出来る。つまり、私達、魔物に関する話題を避ける必要は無い。
尤も、特別目を引くような行動をしてしまえば、この術の効果はなくなってしまうから……彼に襲い掛かれないのが、歯痒い。

「もう、四年前の事になる。
……あの人と出会ったのは、冒険者として、このレスカティエに訪れた時だ」

空のジョッキに視線を落とした彼は、ぽつぽつと昔話を語り始める。
昔を懐かしむかのような口ぶり。その目は、随分と遠くを見ている。戻れないと、諦観しているかのよう。

「その時の俺は、少し洒落た酒場に、情報収集のために入り浸っていてね。
……声を掛けて来たのは、彼女からだった。
有り体に言えば……彼女は俺の事を誘惑して来た。あの時の俺は本当に初心で……それはもう、狼狽してしまった。
あの人は、とても綺麗で、妖しくて、魅力的で、好色で……サキュバスじゃあないか、と疑ったぐらいさ」

目を閉じ、過去に思いを馳せるその表情は、見ているこちらが切なくなってしまう程。
彼の過去について、あらかたの情報は既に掴んでいる。けれども、人伝いに聞くのと、彼の口から聞くのでは、その重みは違う。

「……人間、だったのだけれどね」

ぽつりと呟く彼の声には、羨望が入り混じる。人と魔物の、仲睦まじい夫婦に対する羨みなのだろう。
魔物であって欲しかった、そうであれば、幸せなままでいられた、と言いたげに見える。

「最初のうちは、あの人の誘いを断っていたよ。
初めては、心に決めた人に捧げたかったから。けれど……あの人は大胆、でね。
柔らかくて良い匂いのする胸に、ぎゅっと抱き締められて、頭を撫でられて……誘惑に、段々心が揺らいでしまった。
何回か出会った後……結局、添い寝だけなら……と、あの人の誘いに乗ってしまって」
「あらあら……」

ジェラルドの目線は、私の後ろ側、遠くを見つめたまま。
けれども、私の胸に向かって、視線ともなんともつかない注目が注がれているのを感じる。

「おっぱい、大好きなのね……」

これ見よがしに、胸をテーブルの上に乗せ、持ち上げて。そこから横向きに頭を預け、自分で自分を乳枕。
テーブルと頬で自慢の爆乳を挟み込み、頬擦りして揺らしてみたり、むにゅむにゅと押し潰してみたり。
少しだけ大胆になって、彼を誘惑する。

すると、彼は目線を外しながらも、私の胸をまじまじと見つめて。視界の隅で私の胸を捉えて、逃さない。
懸命に目を逸らしているけど、私の胸をじろじろと視ている。とても物欲しそうな瞳で、じろじろと。
本人に自覚は無いのかも知れないけど、内心で、私の胸に抱かれたがっているのは間違いない。

「ハハッ……そうだね、大好きだよ。でも、あの人以外は眼中に無いさ」

眼中に無いと、虚ろな笑みを浮かべる彼。その言葉は、確固たる自信に満ちている。それは、一種の思い込み。
かつては本当に、他の女は彼の眼中に無かったのだと分かる。
けれども、彼には大切な物が……幸せが欠けてしまっている。
だからこそ彼は、私の胸を無意識に見ているのだろう。

「眼中に無い……うふふ、素敵」

彼に、たっぷりと愛情を注いであげたならば、欠けたモノを埋めてあげたならば……その時は本当に、他の女の事は眼中に無くなる。
無意識の目移りさえもしない、とっても一途な旦那様になってくれるはず。

「それにしても、今の義理堅さからは想像出来ない馴れ初めねぇ」
「それだけ、あの人が魅力的だったという事さ」

やはり、彼の言葉は何処か空虚。惚気話のような語り口も、心の底から出てくる物ではなく。既に、彼の本心は離れつつあるに違いない。

「ベッドの上に誘い込まれて……添い寝をする代わりに、私を愉しませて頂戴、初めてを頂戴、って。
……断れなかった、誘惑に抗えなかった。そして、俺は、あの人に初めてを捧げる事になったんだ」
「……」

初めてを捧げる……その言葉に、胸がざわつく。
私は、彼を幸せにする事が出来る。彼をこんな風にしてしまった女より、良い女であると断言出来る。女としての圧倒的な自信があった。
けれど……彼の初めては早い者勝ち。それが、私の心にざわめきをもたらす。

「ああ、凄かったよ……瞬殺だった。人の与えてくれる快楽だとは思えない程に、気持ち良くて、為されるがままで、何度も、何度も、搾り取られて……
たった一晩なのに、あの人が居なければどうにかなってしまいそうな予感がした。のめり込んでしまいそうだった。堕ちてしまった。
だから、つい、"責任取ってくれますよね………?"と、口にしていて。
そうしたら、あの人は……
"ちゃんと責任とってあげる……"って……そう、約束してくれたんだ」
「……そう」

ああ……この感情は、そう。嫉妬。
己の嫉妬深さというものは、何と無く、本能的に自覚していた。けれども、実際に、こんな気持ちを感じた事は初めてだった。
彼が童貞でない事、かつて恋人が居た事、それ自体は彼の魅力の元となっているのに。
彼の話を聞いていると、妬ましさが、こみ上げてくる。
妬ましさは、執着心の表れ。
この男が……ジェラルドが欲しい。身も心も、私の物にしてしまいたい。そんな気持ちが渦巻き始めていて。
彼に魅力を感じるだけではなく……女として惹かれつつあるのだと、気づく。

「ただ……これを機に悪い方に吹っ切れてしまった俺は、あの人と関係を持ちながらも、しばらく、女遊びに耽るようになるんだけど……
これは俺の人生の汚点だ。汚点だ……今でも、後悔している。
でも……あの人は随分多くの男女と関係があって……
あの時、俺はただの遊び相手の一人だったから……不貞ではなかった。
けど……何故、あの人以外と関係を持ってしまったのか、って、後悔、してる。
こんな事をしなければ、あの人は、まだ、俺の傍に居てくれたのかも知れないね」
「後悔してるなら、それでいいわ……ふふ」

そして、彼は目線を再び落とす。後悔の色が強く滲み出た声色、表情。まるで、懺悔をするかのよう。肩は僅かに震え、今にも泣き出しそう。
不貞でも浮気でも無いのに、相手も相手でおあいこだと言い訳はつくのに、彼は己を恥じて、後悔して、負い目を感じてしまっている。
それは、誠実さの裏返しでもあるし……彼は二度と、同じ轍を踏まないという事でもあって。また一つ、彼に惹かれてしまう。
この哀しい表情を、今すぐ快楽と幸福に塗り替えてしまいたい。

しかし、欲望を露わには出来ない。
彼の態度は未だ頑なで、犯される危険を感じたならば、手段を選ばずに私を拒むに違いない。
私の存在を教団に知らされては、レスカティエ侵攻にすら影響が出てしまう。
それでも、彼の事を知るたびに、口元が緩む。含み笑いを漏らしてしまう。欲望が、声に滲み出てしまいそうになる。

「……結局、あの人じゃなければダメだと、満たされないと解って。
あの人が、他の男に跨っているという事実に耐え難くなって。独り占めしたくて。
だから、まず、あの人に……"俺を独占してください"って頼んだんだ。"貴女のモノにしてください"、って。
あの人は……"あなたは私の物"と言ってくれた。そして、"ジェラルド以外の男は抱かない"とも、約束してくれて」
「素敵な口説き文句ね、私も言われたいわ、独占して欲しい、だなんて……」

相手を独り占めしたければ、先に己の全てを捧げて、独り占めされる。相手をモノにしたければ、相手のモノになる。
愛しい人になら、縛られて本望。それが、彼の考え方。
彼をモノにしたならば、当たり前のように、私に全てを捧げ……私の中に渦巻くこの欲望を、余すことなく受け止めてくれるに違いない。

「……ありがとう。
俺はあの人に身も心も捧げた。あの人の物になるのは、とても幸せだった。
愛しい人のために生きる。それは……とても幸せだった。盛大に結婚式を挙げようって約束もしたんだ。
幸せ……だった」

遥か遠くを見つめる彼の姿。過去の思い出に囚われてしまっている。
確かに、彼は幸せだったのだろう。けれど、今の彼に残されているのは、幸せの残滓でしかない。

「……三年ほど前になるかな。冒険者としての仕事が……予定の日数よりも随分と早く終わって。
早く帰ってこれて、あの人も喜ぶだろうな……そう思って、家のドアノブに手を掛けた時だった」

今まで以上に哀しい声色で、彼は呟き始める。

「喘ぎ声が、家の中から聴こえて。それは、微かな声だったけれど、俺には、あの人の声だと分かった。
……けれど、それは、俺が聴いた事の無いような声だったんだ。
嫌な予感がして、ドアノブを握る手が固まった」

血の色の引いた肌。震える声。苦しい過去を、吐露していく。

「……あの人じゃない女の声が、聴こえた。
"あの男じゃ満足出来ないんでしょう?"
って声が聞こえて……あの人は、否定、しなくて……
聞かなかった事には出来なかった。
家に、入ったら、ソファの上で、あの人と、他の女が絡み合っていた」

ああ、私なら、こんな思いはさせないというのに。恋人の精を受けて、満足出来ないだなんて、そんな事は絶対にあり得ないのに。

「あの人が、男女どちらでもいけるのは知ってた。
俺以外の男は抱かないと約束してくれた。けれども、女を相手にしないとは、約束してくれてなかったなって……そんな事が頭に過って。
約束してなかったからなのかな……俺は、怒れなかった。混乱したまま、寝室に逃げ込んだ」
「……」


彼を愛しているのなら、彼の哀しむ事、苦しむ事をしないのは当然の事。たとえ、約束していなくとも……恋人が傷つくような事をして良いはずがない。
けれども彼は……蔑ろにされてしまい、裏切りを感じたはずなのに……
約束していない、という理由だけで、当然に抱くはずの怒りを封じ込めてしまったという。
彼と、その古い恋人の関係は、対等ではなかったのだと、改めて知る。
それは、愛し合うと呼ぶには歪み過ぎた関係。

「寝室に逃げても、扉の向こうから二人の会話が、聴こえたんだ。
気が動転して、全ては聞き取れなかった、聞き取りたくもなかった、けど」
「"ごめんなさい、今日はもうダメ、ジェラルドの嫉妬で修羅場を作りたくないから"……
……物足り、なさそうに、あの人は言っていたさ……ハハッ……っ」

片手で目を覆いながら、彼は、嗚咽混じりの笑い声をあげる。まるで、壊れかけの泣き笑い。彼の頬を、涙が伝っていく。

「哀しくて、受け入れ難くて、吐き気が込み上げて来て……枕を抱きながらうずくまって。
そうしていたら、あの人が寝室にやって来たんだ」

嗚咽を呑み込みながらも、彼の涙は止まらない。

「"もう、そんなに怒ること無いじゃない"って……
俺は、哀しかった、のに……っ……」

三年前、と彼は語っていた。けれど、彼はついこの前の事のように、涙を流す。

「ハハッ……思い出す、だけで……吐き気がする………………」

比喩ではなく、本当に吐き出しそうな表情。涙を流してなお、蒼白な肌色。
彼の姿は、あまりにも悲痛で仕方ない。彼が哀しみ、苦しむ姿は、私の心をも苛む。悲しい話が好きというわけではないのだから。

しかし、彼の抱える苦しみ、哀しみを知る事は……彼の持つ魅力を知る事にも繋がって。それが、私の欲望を掻き立てる。
彼を引き寄せ、牙を突き立ててしまいたい。この苦悶に満ちた表情を私の毒で塗り替えてしまいたい。そんな衝動は、さらに強くなっていく。
けれども、今は手を出してはいけない。歯痒くて、仕方が無い。

「………………こんな話をするつもりはなかったのだけれど、ね。
でも、少し楽になった。ありがとう」
「あら……どういたしまして」

少しの沈黙を置いて、彼は涙を拭い、目元を片手で再び覆い隠す。
僅かながら、安息の色を帯びた声。楽になった、という彼の言葉に嘘はないのだろう。

「……ついでだ、もう少し、吐き出して構わないかな」
「ええ、勿論」

少しなりとも打ち解けたように思える言葉。しかし、彼は相変わらず、隙を見せてはくれない。

「……ありがとう」
「ふふ……礼には及ばないわよ」

泣き腫らした顔、力なく微笑みながらジェラルドは感謝の言葉を口にする。
さっきまでの虚ろな笑い方とは違う、心の篭った微笑み。
その弱々しさに胸を締め付けられながらも……素敵だと思ってしまう。この微笑みも、独り占めしたい。

「と……そんな事があって以来、男も女も嫉妬の対象さ。例え、些細な事でも。
あの人の笑顔を、独り占めしたかった。あの笑顔を、たった一人、俺だけに向けて欲しい……そう、思ってしまっていた」
「ふふ……嫉妬深いのは、悪い事じゃないわ」

彼の言葉に渦巻く、どろりとした感情。嫉妬、執着心、独占欲。
裏切られ、苦しみ、傷付いたが故に、彼はとても嫉妬深い。
人間は、嫉妬を、執着心を、独占欲を悪い物のように言う。
しかしそれらは、私にとっては歓迎すべき感情に他ならない。

彼は、古い恋人の思い出を、未だ未練の残るその想いを、私に聞かせているつもりなのだろう。
しかし私にとっては……彼がどれだけ私の夫に相応しいか、どれだけ素敵な旦那様になってくれるか……それを語ってくれているに等しい。
彼の言葉を聞いて、私が思い浮かべるのは……彼が私のモノになった時の光景。その深い想いの丈を、私が独り占めする光景。
今の彼は、誰のモノでもないのだから。

「悪い事ではない、か……それは、君達にとっての話に過ぎないさ。
……俺は、あの人を満足させようと、喜ばせようと、頑張った。あの人もまた……俺の事を愛してくれた。
けれども……不安は拭えなかった。
あの人の囁いてくれる愛が本物なのか、本物だとしても、それが変わりない物なのか……
あの人が誰かに奪われてしまわないか……不安で、ならなかったんだ」

一度の裏切りで、信頼は脆くも崩れ去ってしまう。彼が言っているのは、そういう事に他ならない。
愛を裏切られた人間がどうなってしまうか……彼は、それをその身で、心で知っている。
だからこそ……ジェラルドは、妻を絶対に裏切らない旦那様になってくれるのだと、確信めいた物を感じる。

「気が気でなくて、おかしくなりそうだった。……おかしくなっていたのかも知れない。
でも……明確に縛り付けるような事はしなかったつもりだ。
独り占めしたい、一緒にいて欲しいとは伝えたけど……
その上で、あの人が何かをしたいというなら……寂しさ、不安を圧し殺したさ」
「……魔物にしてしまおうとは思わなかったのかしら。
私達が、一度心に決めた男を、決して裏切らないという事、知らなかったわけでも、無いでしょう?」

彼が、昔の女を魔物にしてしまっていたならば……幸せに、相手を縛り付ける事が出来ていたというのに。彼は、その幸せを選ばなかった。それが疑問でならない。
彼も、昔の女も、二人とも幸せになれたはずだというのに。

尤も、彼がそれを選ばなかったおかげで……私は彼を、独り占めできる。
だから、彼のとった選択は、結果的には正しくはある。私が一番、彼を幸せに出来るのだから。

「……あの人を魔物にするのは容易い事だったよ。俺がインキュバスになる事だって、サキュバスの秘薬を手に入れる事だって、出来た。
でも……勝手に、自分の都合の良いように、恋人の存在を別のものに変えて、縛り付けて……それは、おこがましい事だと……俺の我儘に他ならない。
俺の心の安寧のために、彼女の在り方を捻じ曲げるなど、赦されるはずはないさ。
それは、あの人を否定する事にも繋がる。それは愛じゃなくて、エゴ、執着だ。
……魔物になって欲しいと、正直に言う事は出来なかった。今度こそあの人が離れて行ってしまうかもしれない。
かと言って、騙すような真似は、以ての外だ。
だから、魔物にはしなかった……いや、出来なかった」
「それが貴方の愛、かしら?」

ああ、彼は……己の欲望を圧し殺してしまっている。
相手の事を想うがあまり、拒まれることを恐れるがあまり……自分の幸せを蔑ろにしてしまっている。
半ば、強迫観念じみた物を感じてしまう程。これもまた、彼の傷跡に違いない。

「……愛とは何か、と言われると、未だ確固たる答えは見出せない。
けれど、あの人を愛しているが故の選択だったのは、確かさ」
「私なら、縛り付けて……自分だけしか見えないようにするわ」

本当に幸せになるためには……欲望に素直にならなくてはいけない。自分勝手なまでに、相手を求めなければいけない。
それは、私が本能で知っているコト。彼には、それが欠けてしまっている。欲望を圧し殺し、苦しみに耐え続けて、幸せになれるはずがないのに。

「……君とは意見が合わないようだね。それは愛じゃない、我儘だよ」
「我儘な愛があっちゃダメなのかしら?
でも……貴方の考え方は、とても素敵」


己の欲望を、我儘と言ってしまう彼のいじらしさが、堪らない。
彼はきっと……我儘を通す事と、愛する人の幸せが共存し得る事を知らない……もしくは信じられないだけなのだろう。
だから、彼は、相手の幸せだけを選んでしまう。自分の事を蔑ろにしてしまう。それが最善だと信じて。
その哀しい選択が、献身的な心が……私の心をときめかせる。

「君に言われても……ね」
「ふふ……本当、つれないわねぇ」

そう呟く彼の口元は、ほんの僅かに綻んでいる。きっとこれも、無自覚なのだろう。

「今思えば……あの人には、俺の姿は危険に映ってしまっていたのだろうね。
実際、俺は……あの人を家に閉じ込めてしまう、なんて事を考えては、振り払っていたんだから。
勿論、言葉には出しては言わなかった。それでも、透ける物はあったんだろう。
……見切りをつけられて当然だったのかも知れない」
「ある日、あの人が俺の元を去って……他の男の元に行ってしまったのは、ある意味当然だったとも言える。
つまるところ……あの人はあの人が幸せになるような選択をしたわけで……」

自嘲の言葉。相手を恨めず、行き場をなくした感情は、自責の念に向かっていて。
彼は、こんなにも魅力的なのに……自分を貶めてしまう。

「"いつでも、帰って来てください。ずっと、待っていますから"
……それだけ言って、引き止めるような事はしなかった。あの人の幸せを邪魔するのは、愛じゃない。
それでも……諦められないし、忘れられない。あの人に焦がれてしまう。俺は、変わらずあの人の物さ……ハハッ」

またもや、乾いた笑みを浮かべるジェラルド。喩えるならば、捨て犬のよう。
どこか自慢気な言葉。引き止めなかったのも、彼の矜持なのだろう。一途であろうとするのも……やはり、彼の矜持、意地。
きっと、彼は……"心変わりをする男"になりたくないのだろう。自分が裏切られ、"心変わり"に傷ついたから。"心変わり"する事を憎んでいる。
だから、本心では……自分を捨て、裏切った相手を恨んでいる。それを、認められないだけ。
彼の心は、感情は……意地、思想、プライドで雁字搦めにされてしまっている。

もう少しの辛抱よ……私が、アナタを縛る鎖を断ち切って……私の身体で、快楽で、もう一度縛り直してあげるわ。

「だから、あの人に相応しい男になろうとしたんだ。……夜の事だけは、どうにも……ならない、から……
旧魔王時代の遺跡から、命懸けで財宝を手に入れて。剣の腕を磨いたし、家の事は全部、完璧に出来るようにした。
料理だって、ちょっとした店が開けるぐらいになったつもりさ」

ああ、やっぱり彼は……男としての自信が無いのだろう。女相手に浮気をされ、挙句捨てられてしまい……自分に、男としての価値を見出だせなくなってしまっている。
だから、他のコトをひたすらに頑張ろうとしている。

彼の抱えている、夜の悩み……持久力はありそうだから……早漏、短小、包茎……他には、敏感過ぎて翻弄されてしまう……辺りかしら。
……うふふ、どれも、私達にとっては、堪らないご馳走だというのに。本当に、可愛いんだから。

「"何があっても、わたしを護ってくれる?"……そう、あの人は言ってくれた。
……俺は、誓ったんだ。
だから……あの人を護る事が出来るのは、俺だという事を証明しようとしている。
あの、商家の嫡男ではなく、この俺であると……
武術大会で優勝した時は、ちょっとした有名人にもなったよ。あの人の耳にも届いていたに違いない。
でも……あの人は、振り向いてくれなかった」
「だから、勇者に挑んでいるのね。加護も受けていない身で」

相手が戻ってくるのを待つ彼のやり方は……お世辞にも良い方法とは言えない。けれども……彼の自信は打ち砕かれ……心は傷つき、ヒビだらけ。
拒まれでもしてしまえば、脆くも壊れてしまいそう。
それでも、彼は、未だに頑張り続けている。あの広い裏庭で魅せてくれたあの動きは、死に物狂いの努力の上に成り立っているのだと、私には分かる。

壊れそうなその心は、私の情欲をそそる。傷ついてもなお、頑張るその心は……哀しくも、とても綺麗。たとえ、それが見当違いの努力であるかも知れないとしても。
だから……どうしようもなく、犯したく、貪りたくなってしまう。その傷痕をも、愛でてあげたい。

「ああ……この剣で、勇者を越える。
塩水と海の砂の、その狭間に土地を見つけるように……不可能を成し遂げたのなら。
その時こそは、俺が本当の恋人に……もう一度、幸せになれるって……
そう……信じても良い、だろう?」

勇者と彼の間には、主神の加護という壁がある。
幾ら技量を極め、凌駕したとしても……受け流す事も、避ける事も出来ない程の圧倒的な力を前にしては勝ち目が無い。
その事は、彼自身が一番知っているはず。
それでも、彼はその壁を乗り越えようとしていて……打ちひしがれ、傷ついても、また挑んで。

縋り付くかのような言葉。もう一度、幸せに。
それは、紛れもない、彼の本心の吐露。彼は、幸せを求めている。どうしようもない程に、渇望して、泣き叫んでいる。根っこの部分は、ただそれだけ。そのために、もがき続けている。
けれど、彼は、こうしなければ幸せになれない、と思い込みが激しく……それが、幸せを遠ざけてしまっている。愚かなまでの頑なさ。
それもまた、私を惹きつける。

「ねぇ……ジェラルド」

彼の質問には答えない。彼を裏切るような女の心は、私には分かりようも無い。

この男、ジェラルドには……私こそが相応しい。そして……私にもまた、彼こそが相応しい。
他の女には渡さない。彼は、私だけのモノ。独り占めして、思うがままに貪り尽くすのだから。
彼を一番幸せに出来るのは、この私。

「ラスフォボスだ」

語調も強く、ジェラルドは私を睨みつける。
ああ、彼の心を縛り付けている女が妬ましい。けれど、嫉妬もまた、私の心身を滾らせる。

「幸せになりたい?」

彼の不服を無視して、問いを投げ掛ける。彼の望みの、根本を突く質問。

「……俺の幸せは、あの人と一緒にいることだよ」
「ああ……やっぱり、そう言うのね、貴方」

望みの本質を突いてあげてもやはり、彼は頑な。意地を張り続けてしまっていて、重症と言う他なく。話すだけでは、到底埒が明かない。
もしかしたら、私の毒に浸してあげても、快楽漬けにしてあげても、まだ抗おうとするかも知れない。

だからこそ、彼は素敵。
簡単にモノにはならないからこそ……私の欲望を燃え上がらせ、手に入れる喜びも大きくなる。
私に抗おうとする彼の意地が、本当の愛と結びついたならば……裏切られる辛さを知っている事もあいまって、一途な事この上ない、最高の旦那様になってくれる。
嫉妬深さも、執念深さも、寂しがり屋なところも勿論、堪らなく魅力的。母性本能もたっぷりと擽られ、私の欲望を煽りに煽る。

そして何より……私はジェラルドをすっかり気に入ってしまった。理屈ではなく、本能的な部分で、彼を欲しいと思ってしまった。
食べてしまいたい。貪り尽くしてしまいたい。独り占めしたい。縛り付けてしまいたい。
彼の存在に、私の本能は、欲望は、狂おしい程に刺激されてしまっていた。

「うふふ……そろそろ、戻らなきゃ。これでも私、多忙なの」

勿論、彼とはもっと、お話していたい。
けれども、今は何より……彼を手に入れたい。
そのためには一度、部下達の元に戻って、レスカティエ侵攻の作戦を練り直さなければ。
私が相手をしなければいけない勇者は多く……彼女達の相手をしている間に、彼に逃げられてしまうわけにはいかない。
彼を足止めする算段が必要であるけど……彼をモノにするのは、他ならぬ私でなくてはならない。
既婚者に足止めを頼むのが一番安心ではあるけど、本国に居る彼女達を召集するのは手間である上、お楽しみの所を出向いて貰うのだから、誠意を持って対応しなければならない。
邪魔者が入る可能性をこれから、一つ一つ潰していく。何としてでも、彼を私のモノとする。

「……そうか」
「……お話出来て、良かったわ」

無自覚に寂しさを圧し殺した声。後ろ髪を引かれる想いで、席を立つ。
今すぐこの寂しさを塗り潰してしまいたいけど、他ならぬ彼が、それを拒もうとしてしまう。
手を出せない事が、本当に歯がゆくて仕方が無い。此処がレスカティエでさえなければ、彼に詰め寄っているのに。
あと何日も、このもどかしさに、待ち遠しさに耐えなければいけないと思うと、気が遠くなりそう。

「俺も……少しだけ、楽になった気がするよ。ありがとう」
「ふふ……また、会いましょう?ジェラルド……」

彼に背を向け、店を後にする。また会う時、その時は、私が彼を手にする時。
此処までの胸の高鳴りを感じたのは、生まれて初めての事。
彼をモノにしようとしている事が、この欲望が彼に知られてしまえば、彼を捕まえるのが困難になってしまう。
けれども、胸の高鳴りを、高揚を、求める物を見つけた悦びを隠しきれない。
今までになく、欲望に塗れた笑みを浮かべている事を、はっきりと自覚する。
彼に背を向けていなければ、全て、バレバレになってしまう程。

「……ラスフォボスだ」

不機嫌に、棘を生やしたジェラルドの声。しかし、その中から、ひた隠しの柔らかさを感じ取る事が出来て。
彼もまた、心の奥底では、私に惹かれている、満更ではないと思っている。
その事実に身体は火照り、子宮は狂おしく疼いてしまうのだった。

ああっ……アナタは私のモノよ、待っていなさい、ジェラルドっ……




「っ……」

背筋をぞくぞくと這っていく、異様な感覚。夢も見ない程の深い眠りから、急速に意識が引き戻される。
そして、それよりも早く、身体は一人でに動いていて。
目を覚ました時には、俺はベッドから飛び退き、身構えていた。

「……」

部屋に俺以外の気配はなく、敵意の放射も感じない。しかし、甘美なざわめきが、俺の身体を這い回る。
何かが迫ってきている。危うく、妖しい何かが。すぐそこまで。

「ぅ……」

壁に掛けた剣を手に取りながら、頭を抱える。夢見の悪さから逃れるために飲んでいた、深眠の魔法薬の効果がまだ残っているらしい。

「っ……ふぅ」

枕元に置いてある小瓶を手に取り、中身のポーションを一気に飲み干す。えぐみのある味が口の中に広がる。
しかし、魔法効果を打ち消すこのポーションのおかげで、眠気は綺麗に吹き飛んでくれた。

「……これは」

この街を覆いつつある異様な気配。ああ、間違いない。これは魔物のモノだ。
致命の悪寒ではない。本能的には心地良くすらあるが……そこに危険さを孕んでいる。人を、街を呑み込む魔性が、すぐそこまで。

「そういう……事か……」

数日前に出会った、メレジェウトという女を思い出す。強大な力を持つ魔物が、レスカティエに出入りしていた理由。そして、ここ最近のレスカティエで魔物を多く見かけた理由。狸の商人も、忙しない様子だった。
合点が行った。まさか、このレスカティエに攻め入ってくるとは。
俺の想像以上に、この国は内側から魔物に侵されていたらしい。

「ハハッ……!千載一遇じゃないか……!」

急いで、戦闘装備へと着替えていく。寝室には装備一式が、いつでも使える状態でまとめられていて。僅か数分で準備は終わる。
こんな事もあろうかと、備えておいた成果だ。

魔物の侵攻。それは、俺の力を、あの人に魅せつける絶好の機会。
あの人を護る騎士となり、立ち塞がるモノ全てを斬り捨てる。
あの人を護る事が出来るのは、他の男ではなく、この俺であると証明する。
きっと、あの人は振り向いてくれる。窮地を救ったならば、俺こそが、あの人の恋人に。
あの人の心を掴んで……そうしてから、あの人を魔物に変える。二度と、心変わりしないように。俺のエゴだとしても、もう、辛い想いは御免だ。

ああ、待っていてください、今すぐ、護りに行きますから……!




「これで……」

サーベルを背負い、投擲用のダガーを連ねたベルトを装着する。
魔界銀とミスリルの合金で作られた武具は、軽く、強靭。そして、殺傷力を持たない。心置き無く、振るう事が出来る。
しかし、俺の所持している物は高級な量産品でしかなく、膨大な魔力を持つ相手に対しては、有効打となり得ない。

だからこそ、旧魔王時代の短剣を携える。
戦乱の時代、殺意を持って研ぎ澄まされ、対魔呪印が刻まれた刃。
これでも、勇者の聖剣には遠く及ばない。
しかし、無防備な所に突き立てたならば、高位の魔物にも傷を負わせ得る。心臓を貫いたならば、その命を奪う事さえ出来る。
殺すための武器。使わずに済む事を祈りながら、短剣を腰に帯びる。
小型盾を腕に装着して、戦闘準備は万全。

「……よし」

最後に……あの人とお揃いだったペンダントを首にかけ、窓を開け放つ。夜風が心地良く、何処か甘ったるい。遠くからは、嬌声が微かに聴こえる。しかし、あの人の住む方角からはまだ聴こえない。
暗闇を照らす満月は、仄かに紅く、美しく輝いている。
あの人を再び迎えるに相応しい月夜。

窓枠に足をかけ、外へと跳び出した……その瞬間。

「――……!」

頬を刺すびりびりとした感覚。何者かが、その射線を俺に向けている。
飛来する、黒色の光弾。空中で身体を捻り、紙一重でかわす。そして、着地。

「狙撃……?」

飛来方向を振り向けば、遥か遠方の屋根に、二人の人影の姿が見える。
目を凝らすと、魔物と男の二人組。片割れは何処と無く目つきの悪いアヌビスで、慌てた様子。相方の男は、慌てるアヌビスを宥めている。
扇情的な黒衣に身を包み、煌びやかな銀の装飾で身を飾り立てたその姿は、娼婦よりも淫靡。
しかし、その淫らさは、傍らに居る男へ捧げる物なのだと分かる。
既婚者の魔物というのは、幾ら淫らな格好をしていても、ある種の貞淑さを振りまいている。
身も心も夫の物である、という事が、遠目に見るだけでもひしひしと伝わってくる。

「解せないな」

路地へと駆け込み、射線を遮りながら思考を巡らせる。
伴侶が居る魔物が、俺を狙ってきた?危険対象の排除……いや、マークされたなら、俺が魔物を殺さない事も知れているはずだ。

考えている時間も惜しい状況だというのに、厄介な事になった。あの人の元に、一刻も早く辿り着かなければならないのに。

「ちぃ」

耳を澄ませば、何かが地を這う音が、様々な方向から聴こえる。路地を這いながら、人間には不可能な速度で近づいてくる。
恐らく、音の主はラミアか何か。その数は、数人では済まない。数え切れない程の気配が押し寄せつつある。10人……いや、20人は堅い。そして既に……取り囲まれつつある。
人間の域を出ない俺の脚力では振り切れない。屋根伝いに街を駆け抜ければ振り切る事も可能だが、魔法による狙撃に曝される。

「っ……」

壁を蹴り、建物の屋根へとよじ登る。魔法による狙撃をかわしながら進むしかない。20人以上もの敵を相手にしては、時間を喰われ過ぎる。
屋根上へと登った瞬間、再び飛来する光弾。魔界銀のサーベルを抜き放ち、斬り払う。

「……」

先程、狙撃を仕掛けて来たアヌビスは、落ち着きを取り戻した様子。杖を構え、こちらに狙いを定めている。
横に立つ男もまた、魔術師らしい風貌。攻撃魔法ではなく、何やら別の魔法を行使しているらしい。
狙撃手の位置取りは、目的地と正反対。無視してあの人の元へ向かえば、背中を撃たれる。しかし、接敵して仕留めるには距離が遠過ぎる。

「なんだって言うんだ、全くっ……!」

男とアヌビスが幾つか言葉を交わすと、アヌビスは獰猛な笑みを浮かべて。明らかに、張り切っているという様子。尻尾をぶんぶん振りながら、規格外の速度で魔術弾を連射してくる。
仲睦まじい様子に、憧憬の念が込み上げるが、羨ましがる暇はない。
レスカティエの街上を、屋根伝いに駆け出す。敵に背を向けながらの全力疾走。
脳裏に光る警鐘、澄んで行く第六感に従い、背後から飛来する無数の魔弾を避ける。

一方的な射程とも言える距離を減衰せず飛来する魔力弾、それを連射すれば、あっという間に魔力切れを起こすはず。このまま撃ち切らせて……

「こいつらっ……」

そう目論んだ矢先、俺の行く手を阻むように、屋根上へと人影が這い上がってくる。
漆黒の踊り子衣装に身を包んだラミア達。揃いも揃って、悪女とも言える雰囲気を漂わせた、危険で妖艶な出で立ち。そして、その傍らには伴侶と思わしき男達。
それらが、各々の得物を構え、俺の進路を塞ぐように展開して行く。
夫婦と思わしき二人組は、魔術師と戦士の組でもあるらしい。それが、五組。
後方のアヌビス達を含めて、1対12、圧倒的な数的不利だ。
後方からも、蛇の這う音が近づいて来ている。完全包囲だけは避けなければいけない。
覚悟を決めた俺は、速度を落とさずにダガーを抜き放つ。

「っ……!」

扇状に展開した敵から、一斉射撃が降り注ぐ。
投げ槍、チャクラム、魔法弾による面攻撃。空隙を縫った所を刈り取りに来る、背後からの魔法狙撃。
すんでの所でかわしながら、魔界銀のダガーを投げ放つ。
狙いは、隙だらけの魔導師達。急所を貫く、直撃コース。短剣と言えど、一撃で行動不能だ。

数を減らして、このまま強行突破を……!

「っ……そこを退いて貰う……!」

しかし、伴侶の戦士達がすかさず射線に割り込んできて。
不可避を確信したダガーは、盾に防がれ、剣に斬り払われ、尻尾に叩き落とされていく。
敵の練度は高く、連携も取れている。だが、勇者クラスの化け物が相手でさえなければ、負けは無い。

一気に斬り伏せて、包囲網を突破さえすれば……!

魔界銀のサーベルを抜き放ち、敵へと突撃する。






「っ……貴様らァっ……!」

奴らと接敵して、十数分は既に経過した。俺は未だに、奴らの包囲網から抜け出せずにいる。
既に、魔物の侵攻が本格的に始まっているらしく、悲鳴と嬌声が辺りに響き渡っている。
早くこの場を切り抜けなければ、手遅れとなってしまうというのに。あの人を振り向かせる前に、魔物にされてしまえば、望みは完全に絶たれてしまうというのに。

夫婦と思わしき二人組は、互いの隙を完全に補い、カウンターを狙う余地すら与えてくれない。それが、何組も集まって俺を取り囲み、行く手を阻む。
確固たる信頼と、阿吽の呼吸の為せる、完璧な連携。この俺の剣技をもってしても切り崩せない、堅固な絆。羨望で涙が溢れそうな程に、強く結びついている。
その上、その能力、魔力も、並の魔物とは一線を画していて。魔力切れを見込んでいたアヌビスも、未だに息切れの様子なく、魔法弾での狙撃を継続してくる。
夫を得た魔物の強さという物は、俺の想像を遥かに超えていた。

「どうしてこうも、人の恋路を、邪魔してッ……!」

飛来する魔法弾をサーベルの腹で受け流し、後方の敵へ向けて軌道を逸らす。しかし、手応えは感じない。離れ業も、何度も繰り返せば見切られてしまう。
振り向き、魔法弾を防いでいたラミアの盾を蹴り上げる。崩れた態勢目掛けてダガーを投げるが、魔法壁によって阻まれる。残弾は残り僅か。
背後から突き出される槍を躱し、左右から振り下ろされる刃を、盾の上で滑らせる。
目の前に、隙を晒した相手が居る。だというのに、庇うような雷撃。斬り払って難を逃れるが、またもや攻めあぐねる。

伴侶を得た魔物が、なぜ俺の邪魔をする?なぜ、俺と、あの人を引き裂こうと……!
愛しあう喜びを知りながら、なぜ、俺の恋路の邪魔をッ……!

「ふふ……それは違うわ」

突如、聞き覚えのある声が宙に響く。メレジェウトと名乗った、あの女。妖しい声、捕食者としての絶対的な風格。本能が警鐘を鳴らしている。全身の産毛が逆立つ。

俺を取り囲んでいた魔物達、男達は……声を聴くなり、武器を納め、退いて行く。
何処か満足気で、微笑ましい物を見るかのような……そう、"ごゆっくり"とでも言わんばかりの表情。

「ッ……!」

目の前に展開される魔法陣。空間が歪んでいき、そこから、強大な力が通り抜けつつあるのを感じる。
奴をこの場に出現させてはいけない。
魔法陣を流れる魔力、その要点を貫こうと、全力の刺突を放つ。

「応援してくれているのよ。私達の恋路を。
ああ……会いたかったわ、ジェラルド。
アナタに早く会いたくて、急いで勇者を始末してきたのよ?」

しかし、時すでに遅く。魔法陣から突き出た右手が、サーベルを容易く受け止める。身に纏う魔力の膨大さに阻まれ、刃が通らない。

空間を通り抜けて現れたのは、一人の大蛇。毒々しくも艶めいた、紫色の肌。宵闇に溶け込みながらも妖しい光沢を放つ、闇色の蛇体。
俺の知識に間違いが無いのであれば……冥府の力を宿す蛇、アポピス。半神の身であるファラオをも侵す毒を持ち、一国を統べ得る強大な魔物。
まともに戦ったならば、勝ち目は万に一つもない。
俺が越えられなかった勇者ですら、恐らくこの女には敵わない。

「あら……あの子達、気が利き過ぎかしら。足止めのお礼を言う暇ぐらいは欲しかったわ。
でも……二人になれて、嬉しいわ」

辺りを見れば、部下と思わしき既婚者部隊は、既にこの場を離れていて。

獰猛な笑みを浮かべ、毒蛇は舌舐めずりする。
ぞっとする程の妖艶さ。獲物を狙う眼差し。

「くっ……」

どうやら俺は、この女に狙われてしまったらしい。
俺の想いを、この女は知っている。その上で、この女は俺をモノにしようと企んでいる。
絶望的な力の差を前に取り得る選択肢は、ただの一つ。全力での逃亡。俺は、あの人に操を立てたのだから。他の女に捕まる事など、あってはいけない。
包囲網は既に解かれた。奴に背を向け、レスカティエの街並みを疾走し始める。

「あぁっ……やっぱり逃げてしまうのね。
いいわ、駆け回るのは得意ではないけど……カラダで、捕まえてあげる」

駆け回るのが得意でない、という言葉が嘘に思える速度で、奴は追い縋ってくる。
此処が平地であれば、容易く追いつかれてしまうだろう。
しかし、此処はレスカティエの街中。一人に追い掛けられるだけなら、逃げ切る余地はある。

「逃げるアナタを追い掛けて……抵抗するアナタを組み伏せて……もがくアナタを縛り付けて……それも、愉しみにしていたの。
魔法で動きを封じて終わりにするには、勿体無いわ……うふふっ」

うっとりとした声が背後から迫る。
この女は、俺を捕まえるその過程をも、愉しもうとしている。

余裕と自信に満ちた物言い。この女にとって、俺を捕まえる事は確定事項なのだと思わせる程。
確かに、この女が本気になれば……避ける余地も、斬り裂く余地も無い大規模魔法で、俺を圧殺する事が出来る。本気を出された時、俺は、為す術もない。
圧倒的な力の差を前に、技術は意味を為さない。
技術は可能性を手繰り寄せるだけのもので、不可能を可能にはしてくれないのだから。

この女に、弄ばれている。掌の上で踊らされている。それでも……足掻き続けるしかない。

「貴様の恋路だ、それはっ……!」

吐き捨てながら、屋根から跳び降りる。眼前に迫る家屋の壁を蹴り、強引に方向転換、衝撃を殺しながら着地。大通りを横切り、細い路地裏へと逃げ込む。
これで撒けるならば有難いが、そうはいかないのだろう。

「うふふ……そんなにイイ匂いをさせて……何処に逃げても、バレバレなんだから」

案の定、路地裏に逃げ込んだぐらいでは、この女を撒く事は出来ず。
奴の視界から逃れども、正確に俺の位置を把握し、追い縋ってくる。

「っ……」

獲物との交わりに耽る魔物達の間をすり抜けながら、路地裏を駆け抜ける。襲われている男達もまた、快楽と幸福に浸されていて。その光景に、羨望を覚えてしまう。
あの女、メレジェウトに捕まってしまえば、俺もあんな風に、辛い事も忘れて幸せに……そんな考えが脳裏によぎるが、すぐに振り払う。
一瞬でもこんな事を考えてしまった己を恥じる。
不義など、あってはならないというのに、俺は……!

「よし、っ……」

狭い路地裏に、道を塞ぐ魔物達。蛇体の分だけ図体の大きいあの女の速度は、否が応にも落ちる。目論見通り。
それでも、距離を離す事なく食らいついてくる辺り、化け物じみた身体能力。逃げ切れる事が出来れば僥倖か。




「ちぃっ……!」

裏路地を疾走し続け、ついに、不幸な時が訪れてしまう。
走り込んだ先は袋小路。長い一本道の先は、行き止まり。
駆け上がるには、壁は高過ぎて。方向転換をしようものなら、すぐ後ろに迫る毒蛇に追いつかれてしまう。追い込まれるように、袋小路を進む。

「うふふっ、袋のネズミ……!さぁ、どうするのかしらっ……?」

一本道になった途端、縮まっていく彼我の距離。今にも、追いつかれてしまいそう。

「くっ……」

ポーチから鉤縄を取り出す。
しかし、これを使い、ただ壁を駆け上がるだけでは、間に合わない。奴との距離が近すぎる。

「追い詰めたわよっ……」

俺を抱きしめようと、両腕を広げ、背後から迫り来る毒蛇。眼前に迫る壁面。三方を壁に囲まれ、逃げ場は、たった一つ。
激突は恐れない。さらに加速し、壁へと突っ込む。

「っぅ……!」

全力で地面を蹴り付け、一歩目の跳躍。右手側の壁を足場に、二歩目。魔の抱擁をギリギリでかわす。
正面の壁を蹴り上がり、三歩目。高度を稼ぎながら、逆側の壁に流れ、向きを反転する。眼下には、抱擁を空振りしながら、俺を見上げる毒蛇の姿。
奴の頭上を越え、背後へと抜ける方向に、四歩目を蹴り出す。
三面を壁に囲まれた袋小路だからこそ出来る、壁走りによる反転。

「捕まえたっ……!」

宙に浮いた俺を絡め取ろうと、長大な蛇体が振るわれる。この瞬間を狙っていた、と言わんばかり。勝利を確信し、喜悦に満ちた、声、表情。
空中に足場は存在しない。後は、慣性に従い、落ちるだけ。軌道を変える事は、叶わない。

「まだ、だっ……」

しかし、まだ、手は残されている。
屋根へと鉤縄を放ち、引っ掛け、手繰り寄せる。
勿論、片腕で引く力だけでは、屋根へと登れはしない。俺を絡め取ろうとする蛇体の射程から、逃れる事も出来ない。
それでも、落下の軌道を、姿勢を、少しだけ変える事が出来る。それだけで、十分だった。

「とど、けぇっ……!」
「そんなっ……!?」

振るわれる蛇体の軌道に合わせ、五歩目を踏み出す。尻尾を踏み台に、さらに高く、跳び上がる。
左手を伸ばせば、間一髪で屋根の縁を掴む事が出来て。そのまま、勢いを殺さず、屋根の上へと登りきる。
神の加護も、英雄としての器も持たない人間の意地。勇者に匹敵する力を持つ相手には、所詮小細工の域を出ないが……それでも、足掻く。

「よ、しっ……」

鉤縄を手繰り寄せ、回収しながら、再び逃亡を開始する。
今の機動で、体力はもはや限界に近い。虚をついて逃れただけであるから、二回目は無い。着実に、追い詰められつつあるのを感じる。

「あぁっ……なんて、素敵なのかしら……!壁を走って、捕まえたと思ったのに、私を踏み台にするだなんてっ……
子宮が疼いちゃう……うふふっ……こんなの、初めてっ……
堪らないわぁ、ジェラルド……!」
「っ……」

俺を取り逃がしてなお、この女は悦びを露わにする。その声に満ちた欲望が、今もなお膨れ上がりつつあるのを感じ取る。
幾ら逃げ回れども、諦める様子は微塵も見せない。逃げれば逃げるほどに、強く執着してくる。まるで、欲望の権化。
捕まってしまえば最後、骨の髄まで徹底的に貪り尽くされてしまうだろう。勿論、その欲が収まるわけもなく。この女に囚われ、好きなだけ貪られてしまう生活が待っているに違いない。

嫌な想像のはずなのに、背筋に甘いざわめきがぞわぞわと走る。ぞくぞくしてしまう。
このレスカティエに充満しつつある魔界の空気に、アテられつつあるに違いない。でなければ、こんな事を考えるはずは……

「あれ、は……っ」

高台へと登った俺の視界に映る、とある豪邸。庭の広さも、建物の大きさも、その華美さも、俺の家とは比べ物にならない。

あの人は俺の元を去り、商家の嫡男を捕まえた。そして、"あの家"に嫁いで行った。
花嫁姿のあの人。その隣にいるのは、俺ではなかった。苦い思い出が蘇り、目眩が襲い掛かる。

どうやら、いつの間にか、目的地には近づけていたらしい。
後は、あの毒蛇さえ何とかしてしまえば、あの人に振り向いて貰える。
やはり……戦って、倒すしか無い。ああ、倒すならば、あの人の前で、俺の力を証明しよう。覚悟を決めよう。

そう決心し、屋根と屋根の間を跳び、邸宅へと近づいて行く。

「うふふ……今度こそ、逃がさないわよっ……」

路上には、早くも追いついて来た毒蛇の姿。屋根上までには登って来ていないものの、並走するまで、距離を詰められてしまう。

「くっ……」

先回りを避けようと、隣の屋根に跳び移ろうとした、その時。

「……っ」

大通りの遠方に見つけてしまった、二つの人影。一頭の馬に乗り、今まさに馬を走らせようとしている男女。
それは……俺が恋い焦がれる、"あの人"だった。
屋根の間を飛び移る一瞬でも、間違えるはずがない。
手綱を握るのは、忌まわしい恋敵。あの人は、奴の背中にしがみついていて。
その格好は、薄布で裸体を隠す、あられもない姿。夜の営みの最中から、慌てて逃げ出して来たのだろう。
俺には、その光景がはっきりと見えてしまっていた。
目を凝らさずとも、乱れた髪が、赤らんだ肌が、目に焼きつく。
観たくない光景が、はっきりと。

あの人が、他の男と交わっていただなんて、想像するだけで吐き気がするというのに。その、事後の姿を見る事など、とても堪えられなかった。
そして、あの人は俺から遠ざかっていく。あの男の背にしがみついて。
追い付く事の叶わない速さで、俺から離れていく。

「ぁ……っ」

認めたく無い現実。絶望感に、全身の力が抜ける。
目に焼き付いてしまった光景が、まるで走馬燈のように辛い記憶を呼び覚ます。
込み上げてくる猛烈な吐き気。吐き出す物はない。
頭がぐらつく。平衡感覚が揺らぐ、視界が歪む。
向かいの屋根が迫る。脚が動かない。

「っ……」

勢いよく、屋根へと倒れ込む。歪んだ視界が二転、三転。何度も、何度も、空が、紅い月が視界を横切る。
着地に失敗した結果、屋根の上を転がっているのは分かっている。けれど、心の痛みに塗り潰されて、身体は痛くない。
ひどく、惨めだ。

「ぁ……」

不意に、身体を支える物がなくなる。宙に投げ出される。視界に映る地面は、随分と遠い。受け身を取らなければ、当たりどころ次第で、死ぬ事が出来る。
受け身を取っても、この高さ、この姿勢なら、四肢の一つは犠牲になるだろうか。
思考がやけに冷静に回る。怖くもない。けれど、身体は動かない。

「ジェラルドっ……!?」

視界の端から、毒蛇が飛び込んでくる。両腕を広げ、俺の元へと滑り込んで。抱きとめようと、捕まえようとしてくる。

「……」

そうだ……こいつに捕まっちゃいけないんだった。
俺はあの人の物だと誓ったんだから……誓いを破っちゃ、ダメじゃないか。
誓いを守ってくれないのは、裏切られるのは、辛いから……そんな事をするような男になっちゃいけない。言った事は、守らなきゃ……
たとえ、裏切られたって……あの人が俺の物になってくれなくたって……ああ、それだけは、矜持だけは。

「このっ……!」

落下しながら、旧魔王時代の短剣を逆手で抜き放つ。
視界の端に映る毒蛇の、落ちる俺を捕まえようと駆け込むその姿は、無防備そのもの。
ガラ空きの胸を目掛け、短剣を突き立てようとする。殺すつもりはない。回避の余地は残す。あくまでも、拒絶の一撃。
心臓を貫かれるか、俺を捕まえるかの二択を迫る。

毒蛇の手から逃れたならば、ロクな受け身も取れずに地面に叩きつけられる事になるが、左腕を犠牲に着地すれば、逃げる余地は残る。
最後の最後まで、足掻き切ってみせる。

「っ……」

思考が圧縮されていく感覚。振り下ろした刃が胸に迫る光景が、ゆっくり、はっきりと見える。

奴とて手傷は負いたくないはず。俺を捕まえたいのであれば、わざわざ怪我をしてまで受け止めずとも、地面に叩きつけられて弱った所を捕まえればいいだけの事。
だからこそ……奴は必ず、これを避ける。突き出した刃は逸らさない。

しかし、予想に反して、この女は全く、避ける素振りを見せない。魔法による防御もない。ただただ、俺を受け止めようと、駆け込んでくる。

俺の手に握られた刃の、その先端が、奴の身体を覆う魔力の表面に到達する。対魔呪印が輝き、魔力の防護が切り裂かれて行く。
このまま俺が短剣を止めなければ、この女の心臓は貫かれる。
だというのに、この女は、妖しい笑みを浮かべ、俺を抱きしめようとして。

「ッ……!?」

不可解な、捨て身とも言える行動。心臓に刃を突き付けられても、この女は一歩も譲る事なく。
短剣の切っ先が肌に達する寸前で、俺は根負けしてしまう。
しかし、振り下ろした短剣を止めるにはもう遅い。認識から、身体を動かすまでの僅かな遅延。許されるのは、僅かな軌道変更のみ。

何故、避けないッ……!?

開け放たれた胸元、胸の谷間の根元から、縦方向、短剣が突き刺さって行く。
咄嗟に軌道を逸らし、心臓を貫く事だけは、致命傷だけは避けるが、それが限界。
身体はそれ以上の言うコトを聞いてくれない。
短剣から手が離れたのは、この女を深々と刺し抜いてしまった後だった。

「っ……捕まえたわっ……ふふっ」

そして、俺の身体は、意外な程に優しく受け止められる。高所からの落下にも関わらず、衝撃は完全に殺されて、怪我一つ負わずに済んだ。
すかさず巻きついて来た蛇体が、俺の身体を絡め取る。苦しさを感じない、不思議な拘束。

一瞬、苦痛に顔を顰めながらも、この女は、笑みを絶やさない。
短剣が突き刺さったままの胸元からは、赤黒い血が溢れ出しているというのに。

「怪我は……もう、傷だらけじゃない……今、治してあげる」

自分の傷には目もくれず、この女は、回復魔法を唱え始める。
蛇体と両腕による抱擁。そこから、暖かい何かが流れ込んで来て。
屋根を転がり、身体を打ち付けて出来た傷は、あっという間に塞がり、身体の痛みも完璧に消え去る。

「ふふ……これで良し」

慈愛に満ちた、満足気な微笑み。とても、血を流しつつある最中とは思えない。

「っ……なんで、避け、な……」

俺がその気になれば、心臓を貫かれていたというのに。
殺される危険をも冒し、怖気づく事なく俺を受け止めて。
心臓の傍を刺し抜かれてなお、俺の身体を気遣う。

命を刃に晒してまで、俺の事を助けずとも……俺はせいぜい、片腕を折るだけで済んだというのに。
自分の命と俺の左腕など、天秤に掛けるまでもないはずなのに。

「だって、アナタ……泣いてるじゃない。辛いモノを、見てしまったのかしら」

短剣を胸から引き抜いていくこの女。よりいっそう、血が溢れ出す。しかし、それを意に介する様子は無い。
短剣が引き抜かれた後の傷が、みるみるうちに癒えていく。驚異的な回復力。一瞬で、傷は塞がってしまう。
この程度の傷は傷に入らない、とでもいう事なのだろうか。それでも……短剣を突き立てた瞬間、この女の顔は確かに、苦痛に歪んだ。
身を貫かれる痛みと引き換えに、俺の事を助けたのは変わらない事実で。

それでも、何事も無いかのように振る舞うその所作は……俺の罪悪感を和らげようとしているようにさえ、見えてしまう。
泣く子をあやすように、頭を撫でられる。俺が何を見てしまったのかも、察してくれている。
そして、この女の言葉でようやく、自分が涙を流している事に気付く。
あの人の姿を、受け入れ難い光景を目の当たりにした時から、俺は泣いていたんだろう。

「同情、だとっ……?貴様のせい、だろう……!」

しかし、この女の優しさは、俺の感情を逆撫でする。
この女さえ居なければ、俺は、あの人を守る騎士となり、あの人を再び、振り向かせる事が出来たというのに。
三年間の努力も、想いも、全て、この女に踏み躙られてしまった。
この女にだけは、同情されたくなかった。

「私のせい?違うわ、ジェラルド。
アナタを傷つけているのは、私ではなくて……アナタを棄てた、"あの人"よ。
泣かせているのは、アナタを裏切った"あの人"」

罪悪感を微塵も感じさせない言葉。自分のしている事が正しいと確信しているよう。悪びれる様子は、どこにもない。
あまつさえ、悪いのは、俺の愛するあの人であるとまで言い出して。
まさに、怒りの炎に油を注がれた心地だった。

「……貴様ぁッ……!」

しかし、反論は思い浮かばない。
裏切られたのも事実で、棄てられたのも事実。責任を取ってくれるとも、俺の事を愛してくれると言ったのに、俺の物になってくれると言ったのに、あの人は、他の男の物になってしまった。
それを目の当たりにして、俺は泣いている。
この女の言葉は腹立たしくも、正しく。反論にもならない言葉を紡ぐのが、精一杯だった。
涙は溢れ出て、止まらない。止まる気配を見せない。嗚咽は怒りで押し込める。それでも、涙は溢れ出していく。

「でも……そうね。私がアナタを本気で捕まえてあげていれば……アナタはこんな思いをせずに済んだ。
そこは少し、浅はかだったわね。責められても仕方ないわ」

そして、この女は……"悪い女から救ってあげている"と、自分のしている事が、俺のためになる事だとでも言いたげ。

「ふざけるなッ……そんな、理由で……!」

善意のつもりだとしても、お節介を焼いたつもりだとしても……俺にとっては、完全に余計な行いでしかない。
たとえ、あの人が俺を傷つけようとも、俺はあの人に、戻って来て欲しいのだから。
この女のしている事は、俺の想いを無視した行いに他ならない。

「ふふふっ……そうねぇ……」
「っ……」

両手首を掴まれ、無理矢理に両手を掲げさせられる。そして、両手首を纏めて、蛇体の先端で縛られてしまう。頭の上で、両手を束ねられる姿勢。
脚もまた、蛇体にがっちりと縛り付けられていて。抵抗を試みても、簡単にねじ伏せられてしまう。
俺の手脚を拘束しながらも、この女、メレジェウトの両手は自由。
涙に歪む視界の中、血に塗れていた胸元は、いつの間にか綺麗になっていて。しかし、そこには確かに、傷の痕が残されている。

「アナタを助けた一番の理由、教えてあげる」

両頬に、この女の手が添えられる。息が吹きかかる程に、この女の顔が近づく。
危険な香りを漂わせた、ぞっとする程の妖しい美貌。見惚れてしまってはいけない。視線を逸らす。

「傷ついて、落ちてくるアナタを見て……どうしようもなく、抱き留めたくなってしまったの……うふふ」
「っぅ……」

耳元に触れる、唇の感触。耳腔を擽る、甘い吐息。うっとりとした声が、俺の耳を犯していく。
囁かれているだけなのに、ぞくぞくとした快感が、背筋を駆け抜ける。
答えになっていない答え。抱き留めたくなったから、抱き留める。理由など無い、と言わんばかり。
この女を動かすのは、理屈などでは無かった。単なる感情で、命を危険に晒して、俺を助けたらしい。

「あぁっ……可愛い声……とても、敏感なのね。泣き声なんかより、こんな声を聴きたいの。愉しませて貰うわ」
「……っ」

俺の手足を縛り上げたまま、この女は俺の後ろへと回り込んで来て。
うなじに、ひんやりとした感触。ぺたりと、手を触れられる。そして、つぅ……と指先が這っていく。
俺の反応を探るように、ゆっくり、ねっとりと、愛撫が始まる。
魔性の指遣いに、情けない声を漏らしそうになるが、必死に抑える。反応してしまえば、この女の思う壺だ。

「待て、答えろ、何故、俺なんだ……!」

こんな事を聞いても、どうにもならない。だが、訳もわからず理不尽に犯されるのは御免だ。
それに、お喋りに気を使ってくれるなら、時間稼ぎにはなる。

「うふふっ……聞かせてあげる。私が、アナタの何処に惹かれたのか」
「っ……やめ、ろっ……触るなっ……」

俺の目論見はお見通しなのか、この女は責め手を休めてくれない。
自分でも知らなかった性感帯が、次々と探り当てられて行く。
優しく、爪で引っかかれたり、指先で擦られたりするたびに、堪えようもなく、身体がビクついてしまう。
執拗にうなじを責め続けられたなら、それだけでイってしまいそうな程。こんな経験は、初めてだった。

「裏切られても、棄てられても、傷付けられても……アナタは、一途に、破られた誓いを守ろうとしている。健気なまでに、身も心も削って。
こんなに一途で、健気なイイ男……他には居ないもの」
「っ……なら、一途なままに、させっ……」

この女の言葉に、嘘の気配は感じられない。お世辞ではなく、本気で俺の事を褒めてくれている。
心の中に這い寄って来るような、甘い囁き。気を抜けば、すぐに心を許してしまいそう。
しかし、この女の言う事は矛盾している。一途な俺が好きだと言うのに、俺に、誓いを破るという烙印を押そうとしている。
一途な男が好きなら、誓いを破るような男は嫌いであろうのに。

「でも……今のアナタの一途さは、その在り方は……歪んでいるわ」
「歪んで、だとっ……」

澱む事の無い断言。俺の在り方を否定するその言葉からは、俺の事を案じる想いが伝わってくる。
性感帯を弄ばれると思いきや、背後から優しく抱きすくめられてしまって。
人恋しさを燻らせる、甘い感触。はちきれんばかりの豊乳が、背中に押し当てられる。
母性の抱擁に、心が揺さぶられていくのが分かる。

「一途でありたい、あらねばならない……そう自分に言い聞かせている時点で、無理をしているのよ。
本当の一途さは、そんな、辛く哀しい物ではないわ」
「それ、でも、俺はっ……」

またもや、この女の言葉に反論出来ない。一途であらなければならない……確かに俺は、そう思ってしまっていて。俺の心は、見透かされてしまっている。
しかし、それでも……無理をしているとしても、あの日に戻りたかった。幸せだった、あの日に。

「幸せと悦びの中で……アナタは本当に、一途な男になるの。
心の底から、真に一途な……最高の旦那様に」

優しく諭すようでありながらも、恍惚に艶めいた声。一際強く、抱き締められる。
母性の誘惑の中、再びぞくぞくとした感覚が蘇る。

「ああっ……こんなに素敵な男が、誰のモノでもないまま、私の前に現れるだなんて。モノにしない理由があって?」
「ふざけるな、っ……うぁ……」

服の中に手を差し入れられ、胸を弄られる。
誰のモノでもない。その言葉に、新たな胸の痛みが呼び起こされる。あの人は、俺をモノにしてくれなかった。離れないように繋ぎ止めるどころか、俺から離れていってしまった。
心臓の音を確かめるように押し当てられる掌。胸板を這い回る指先。胸を襲う甘美な快楽に、心の痛みが和らいでいく。
まるで、慰めるかのような愛撫。しかし、この女の声は高揚に満ちていて。痛む俺の心を案じながらも、この行為を愉しんでいる。

「それにアナタ……とても、私好み。
嫉妬深くて、執念深くて、寂しがり屋で……堪らないわぁ……。
アナタこそ、私に相応しい男。そして、アナタには私こそ相応しい」

あの人は、俺の嫉妬心を疎ましく思っていた。俺の嫉妬で、修羅場を作りたくないと。だから、抑え込もうとした。
なのに……この女は、嫉妬心を、この醜さを、否定しないどころか、好ましく思っていて。
肯定の言葉が、心を甘く、毒のように侵していく。

「そして何より、アナタは私の欲望を掻き立てるわ……
押し倒して、犯し尽くして、貪り尽くして、よがらせて、可愛い顔を、蕩けきった表情を見たくて、身も心も縛り付けて、独り占めしたくて、どうしようもないのよっ……
アナタが欲しくて欲しくて堪らないの、ジェラルドっ……アナタが欲しいから、アナタを手に入れる。
どうしても欲しい物は、何が何でも手に入れなきゃ……うふふっ……」
「っぅ……ぁっ……」

逃がさない、と改めて宣言するかのような、一際強い抱擁。
愛を囁くかのようにうっとりとした声。熱を帯びた息遣い。耳孔に押し当てられた唇から、直に注ぎ込まれる。
純粋なまでに底無しの欲望は、他の誰でもなく、俺に向けられていて。
ねっとりと絡みつくかのような色香に、呑み込まれてしまいそう。

「欲しいから手に入れる、だとっ……そんな理由でっ……」

欲しいから手に入れる。これ以上無いほどの、単純明快な動機。
欲望に忠実なその姿は、望みを叶える事が出来なかった俺にとっては羨ましくあり……それ故に、許し難かった。

「あら……これ以上の理由があって?」
「我儘だっ……貴様はっ……」

悪びれる様子はなく、欲望に従って当然だと言いたげ。
罪悪感も抱かず、あまりにも我儘で、自分本位。

「あら、あら……ワガママな女は嫌い?」
「自分だけ、幸せにっ……」

それどころか、我儘と言われて嬉しそうにさえしていて。
己の幸せのみを追い求める考えは、不義を生んで、想いを踏み躙って……誰かを、俺のような誰かを、哀しませるというのに。

「うふふっ……人を幸せにするワガママが、あってはダメなのかしら?」
「何、をっ……」

他人をも幸せにする我儘。世迷言のような言葉には、一片の躊躇いも感じられない。
誰かを想うなら、幸せを願うなら、我儘を、欲望を圧し殺さなければならないというのに。
自分の欲望を優先するその在り方は、献身とは、愛とは程遠いというのに。

「欲望を、思うがままに満たしながら……相手も幸せにする。同じ望みを、二人でワガママに貪って、幸せになるの。
相手の幸せが、自分の幸せ。自分の幸せは、相手の幸せ……
お互いに、心の赴くままに求め合う……そんな、ワガママな愛が、あってはいけなくて?」
「我儘な、愛……」

囁かれる言葉は、あまりにも甘く。"人を幸せにする我儘"という、この女の言葉の意味を理解する。
我儘な献身、欲望に忠実な愛情。もし、そんな物があったとすれば。
お互いが己の望みを叶え、我儘に、欲望のままに心を満たされて。
愛しい人が、欲望のままに愛情を注いでくれたなら、その愛に疑いの余地はないだろう。そこには、抑圧も嘘も無いのだから。
欲望のままに相手を愛せたならば、その愛には一点の曇りも無いだろう。愛する事で、自分も満たされるのだから。
それは……これ以上なく幸せな、理想の愛の形に違いない。

「それはただの、理想だ……」

それでも、この女が語るのは、ただ甘美なだけで、手の届かない理想に過ぎない。
こんな夢物語が成り立たない事を、俺は知っている。あの人の望みと俺の望みは、ぴったりと重なり合ってはくれなかったのだから。

「うふふ……アナタも同じ理想を持っている。やっぱり、私の見定めた通り」

幾ら俺が否定の言葉を重ねても、この女は、歓喜の声を絶やさない。
確かに、この女の語る理想は、俺にとっても理想に他ならなかった。

「貴様の欲望が、俺を幸せにするとでも言うのかッ……!?」

だが……この女の欲望と、俺の望みは重なり合ってなどいない。
俺の恋路を邪魔した挙句、拒絶する俺を無理矢理に犯そうとするなど……これをただの我儘だと言わずに、何と言えば良いのだろうか。

「うふふっ……そうよ、ジェラルド。私の欲望が、アナタを幸せにするの」

禍々しくも、自信に満ちた声。
この女は、欲望のままに俺を幸せに出来ると、本気で考えている。揺るぎない確信を得ている。
傲慢であると、邪悪であるという形容が似合う程の、自信の在り方。
有無を言わさない説得力に、呑み込まれそうに……信じそうになってしまうのを、振り払う。

「ふざ、けっ……ひぁっ……」

突然に、耳を這うぬるりとした感触。ちろちろと、耳孔の入り口を舐められてしまう。
声に犯されるのとは比べ物にならない、不意打ちの快楽。堪えるのも間に合わず、思わず声が出てしまう。
責め手が緩んできたと思った瞬間を狙って来るのだから、たちが悪い。

「私は本気よ、ジェラルドっ……
アナタを、骨の髄まで貪り尽くして……本当の悦びを教えてあげるわっ……
身も心も、私の虜にしてあげる。私に惚れさせてあげるっ……
んっ……ちゅぅっ……んふふっ、痕、つけちゃった……」
「俺は、そんな事っ……ぅぁっ……望んではっ……」

耳元に押し当てられていた唇が離れ、首筋に触れる。
探り当てられてしまった性感帯を覆う、魅惑の柔らかさ、熱烈な吸い付き。
唇が離れてなお、唇の甘い感触が、疼きとして首筋に残ってしまう。

「ふふっ……素直じゃないわね、本当……
いいわ、これは私の望みだもの。アナタが嫌と言っても、やめてあげない」
「っ、ぁっ、やめっ……」

首筋を這い回る、ぬるりとした感触。この女は器用な事に、喋りながら、その蛇舌を這わせて来て。
細く尖った舌先に、人外の細やかさで首筋を責め立てられてしまう。

「だーめ、やめてあげないっ……ほら、ココと……ココが良いのでしょう?」
「っ、ひぅっ……っ」

この女に掘り当てられてしまった、首筋の性感帯。多数あった弱点のうちの、ある二点。
その二つの弱点だけを、二股の舌に突つかれ、擽られ、嫐り回されて。
首筋を襲うのは、未知の快楽。ぞくぞくとした感覚が全身へと広がり、また首筋へと戻ってくる。まるで波紋のように巡る快楽に、身体を犯されてしまう。
そして、その責めは、段々と的確さを増して行く。性感帯の位置を、寸分たがわず把握されてしまう。

「あぁっ、やっぱり……ぴったりよ、ジェラルドっ……
アナタの性感帯、私の両牙とぴったりっ……それも、こんなに噛みつきやすい場所にっ……
うふふっ……運命、感じちゃう……」
「っ……まさ、かっ……」

喜悦に満ちた声。感極まったように、再びぎゅうぎゅうに抱き締められてしまう。
その言葉に、アポピスという魔物が、毒牙を携えている事を思い出す。執拗に首筋ばかりを責められた、その理由。
この女は、毒牙を突き立てるに相応しい場所を吟味していたに違いない。
魔物の毒は、快楽を伴う魔の毒。そんな物を、敏感な所へと直接に注がれてしまったなら……想像するだけで、戦慄に背筋が震える。

「うふふっ……その、まさか。
性感帯に、この快楽の牙を突き立てて……一滴残らず、私の毒を注いであげるわ、ジェラルド……」
「貴様っ……」

毒を注がれてしまったが最後、この女から逃れられなくなってしまう。そんな予感がして。
それでも、無為に暴れては、いたずらに体力を消耗するだけ。
逃げる機会を逃してはいけない。今はまだ、その時ではない。

「でも、その前に……場所を移しましょうか。二人きりでなきゃ。
アナタのとびきり可愛いカオも、声も……私が独り占めしたいの。他の誰にも見せたくないわ。
うふふっ……アナタもそうよね?ジェラルド……」

まるで、心臓に絡みついて来るかのように妖艶で、貪欲な囁き。
独占欲に満ちた言葉に共感を覚えながらも、それが疎ましい。

「二人きりよ、うふふっ……―――……」

毒蛇が呪文を唱え始める。辺りの景色が歪んでいく。
抱擁は変わらずキツいままだが、意識は呪文の詠唱に割かれているはず。
恐らくこれが、拘束を抜け出す最後の機会。
幸い、まだ服も武器も剥がれてはいない。拘束を抜け出し、不意をついたなら。魔界銀のサーベルで心臓を貫き、無力化出来るかもしれない。

「ぁ……」

しかし、俺の身体は既に、この女がもたらす快楽に蝕まれてしまっていて。
快楽に蝕まれた身体が、逃げる事を拒んでしまっている。逃げなければ気持ち良くなれると、理解してしまっている。
不意をついて暴れようにも、身体に力が入らない。

「……」

尻尾の先端に縛られた手首。痛みを感じさせないためか、緩やかに、隙間の生じた束縛。しかし、逃げようとした途端に、キツく締め上げて来る。
そこにつけ込んで、気取られないよう、静かに手首を引き抜こうとする。まるで、音を立てずに知恵の輪を解くような気分。だが、俺なら出来る。
片手で隙間を確保し、もう片手はその隙間をすり抜けていく。そのはずだった。

「――♪」
「っ……」

最初の、ほんの少しの動作。引き抜こうとした手首と尻尾が、微かに擦れただけ。
呪文の詠唱に集中していたならば気づくはずのない、僅かな刺激。しかし、この女は敏感に反応して。
ぎゅっ、と手首を締め直されてしまう。詠唱の言葉には、嗜虐的な響きが垣間見える。逃げようとした俺を捕まえて、ご満悦な様子。

「はな、せっ……」

程なくして、黒い靄のような帳が俺達を囲んで行き、目の前には、天蓋つきの大きなベッドが現れる。
空を見上げると、先程までと同じ紅い月。しかし、辺りは静寂に包まれ、俺達以外の音は何一つ聴こえない。
この女の作り出した空間に、囚われてしまった。

「……不意をつこうとしたのかしら?
たとえ呪文を唱えていても、意識はアナタに集中してるのに……うふふっ……
余所見をするような女と思われていたなんて、心外ね……」
「っ……ぁっ、き、さまっ……」

呪文を唱え終え、勝ち誇った声。鋭い爪が、首筋に添えられて。そして、その指先は背筋へと這い降りて行く。
背筋に触れる、ひんやりとした空気。鋭い爪に、服を切り裂かれている。
だというのに、この女の爪は、俺の身体には傷一つ負わせない。
それどころか、素肌を甘く引っ掻かれて、快楽に身悶えしてしまう。

「うふふっ……良いカラダ……さぁ、丸裸にしてあげる……」
「や、やめっ……ぁっ……」

這い回る爪先。身に纏っている物を切り裂かれ、剥ぎ取られていく。
武器も全て奪われ、上半身を丸裸に。
そしてついには、ズボンを切り裂かれ、下着を切り裂かれて……

「はぁん……いい、匂い……んふふっ……こんなに大きくなって……先走りをだらだら垂らして……」
「み、みるなっ……」

上も下もひん剥かれて、完全な丸裸。
この女から与えられる快感に、硬くそそり立ってしまっている俺のモノもまた、露わにされてしまって。
直接触れられてすらいないのに、今までにないほどの昂り。
心臓の鼓動に合わせて、びくびくと脈打つモノに、ねっとりとした視線が注がれる。
恍惚の声、舌舐めずりの音。被虐的な快楽がじんわりと湧き上がる。

「うふふ……毒を注ぎながら、じーっと見てあげる。私の毒で、さらに大きく育つ所……じっくり視姦してあげる……」

背後から、衣擦れの音。はらりと布が落ちていく。装飾品の鎖がじゃらじゃらと音を立てながら、足元に落ちて。

「はぁぁ……抱きしめるだけで蕩けちゃいそうっ……アナタの温もり、堪らないわぁ……」

絡みつくように回される細腕、押し当てられる、たわわな感触。
身体をぴったりと密着させる、熱烈な抱擁。蛇体もまた、俺の身体を包み込んでいく。
重なり合う人肌、熱い火照り。抱き締められるだけで、じんわりとした熱が俺の身体を蝕む。
温もりが、どうしようもなく心地良い。

「ほら、むにゅむにゅ、してあげるっ……んふふっ……」

背中へと、惜しげも無く擦り付けられる、魅惑の果実。しっとりと吸い付く、艶かしい肌触り。
全てを包み込むかのような優しい柔らかさが、ぷるん、とした弾力の中に詰め込まれていて。
その圧倒的な豊かさは、顔をうずめたなら、溺れてしまえそうな程。
形を変える柔らかさの中、二つの膨れ勃った先端が、背筋をなぞり、責め立てて来て。

「っ……ぁぁ……」

母性を主張しながらも、淫らにたわむ、魔性の豊乳。
背に擦り付けられるだけで、その感触を味わわされるだけで、抗い難い幸福感が込み上げて。
本能だけでなく心にも訴えかける、魔乳の誘惑。初めて、この女の前で恍惚の吐息を漏らしてしまう。

「幸せな声、出しちゃって……そんなに私のおっぱいを気に入ってくれるなんて、本当、女冥利に尽きるわ……」
「っ……ちがっ……」

この女に抱かれて幸福感を感じてしまう、己の節操の無さ。恥じるべきものであるとは分かっていても、気持ち良い物は気持ち良く、幸せな物は幸せで、俺にはどうしようもなく。
自己嫌悪との板挟みに、苛まれる。

「まだ……素直になれないのね。私の毒で、素直にしてあげるんだから……」
「やめ、ろ……」

悦びの中に憂いを孕んだ声。この女は、俺の辛さや苦しみを理解していて。
この女なりに、俺の事を気遣ってくれている。
自己嫌悪に陥る俺を慰めようとして……俺の抵抗をねじ伏せる。
その想いは、確かに本物なのかもしれない。

「私の毒は、アナタの身体に残り続けるの。決して消えず、一滴で何十人もの人間を魔物に変える、甘い猛毒……
アナタの身体を熱く犯して……敏感で、いやらしい、私の夫に相応しい身体に作り変えてあげるわ」

惑わされつつあるのか、高揚の囁きの中にも、優しさを感じてしまって。
より一層、この女の言葉が心地良く耳に響いていく。

「ねぇ、ジェラルド……アナタと出会ってからは、他の誰にも、一滴たりとも毒を注いでいないの。
アナタのために、たっぷり毒を溜め込んで……うふふっ……嬉しいでしょう?」
「嬉しく、なんかっ……」
「すぐに嬉しくなるわ……私の毒を味わえば、すぐに」

他の誰にも。俺のために。一途さを主張する甘美な言葉。
一途な想い。俺が渇望してやまなかった物。それでも、素直に嬉しいとは思えない。思ってはいけない。

「うふふっ……男にこの毒を注ぐのは、アナタが初めてよ、ジェラルド」
「……女には、ある、のか」

男に、と聞いて、つい口を出てしまった言葉。
言い終えてから、まるで嫉妬しているかのような物言いだと気付く。
胸に疼くこの不快感。これもまた、嫉妬しているかのよう。それも、女相手に。


「あぁんっ……女相手にも嫉妬してるのね、私を独り占めしたいのよね……嬉しいわぁ……」
「っ……ちがっ……」

嫉妬しているかのような、醜い言葉。それを受けてなお、この女は悦びに満ちた囁きを返してくる。
この女に独占欲を抱いている。そんなはずは無い。そんな事は、あってはいけない。

「安心して、ジェラルド。アナタの嫉妬深い所が大好きだけど……嫉妬させるのは嫌なの。
辛い想いはさせたくないし……何より……嫉妬する暇もない程、アナタを独り占めしたいわ。アナタ以外に構っていたら、アナタを独り占め出来ないじゃない」

嫉妬深い所が好き。しかし、嫉妬させたくはない。この女は、俺の醜い所を受け入れ、苦しみを理解してくれている。
嫉妬心を煽り、その様を見て悦ぶような女でもなく。そして、一途な独占欲に満ち溢れていて。
仮に、この女が恋人だったなら……その在り方には、文句のつけようも無い。掛け値なしの、良い女だ。

「うるさいっ……」

しかし、この女のモノになるわけにはいかない。
それはただ、都合の良い方へと流されていくだけで……断じて愛とは認められない。
ただの、情けない自己中心的な行いだ。

「だから……私の毒は一滴残らず、アナタに注いであげる。
お口がカラになるまで注いであげるのも、アナタが初めて……
うふふっ……きっと、凄いわよぉ……」
「っ……」

拘束が強まり、この女の両手に、顔をがっちりと捉えられてしまう。
甘い抱擁に蝕まれ、身体に力は入らず。
じたばたと暴れようとしても、いとも容易くねじ伏せられてしまう。
牙の狙いを性感帯に定めさせまいと、首を動かす事すら出来ない。
もはや、抗う術は残されていなかった。

「うふふっ……観念しなさい……?」
「ぅぁっ……」

舌舐めずりの音が、勝ち誇るかのように響く。
今一度、的を確かめるように、性感帯をちろちろと舌で擽られる。
ぞくぞくとした快楽に声が上擦る。直接に毒を注がれてしまえば、この比ではないというのに。

「さあ、身も心も、私の毒で染め尽くしてあげるわ、ジェラルドっ……」

どろどろに熱く爛れ、欲に塗れた宣言。染め尽くす。その言葉が、甘美に耳を犯す。

「あーん……」

ゆっくりと、毒蛇の口が開かれていくのが分かる。熱い吐息が、間近で性感帯を擽る。首の側面、噛み付くのにお誂え向きの場所。
猛毒の滴る牙が、すぐそこまで迫っている。逃れる事は、叶わない。

「っ……」

せめてもの抵抗として、歯を食いしばり、覚悟を決めて、快楽に備える。

「あむっ……」
「っぅぅ――!?」

一息に、深い噛み付き。一対の毒牙に、性感帯を寸分違わず刺し貫かれてしまう。
舌や爪で責められるのとは、とても比べ物にならない気持ち良さ。
快楽の楔を、深々と打ち込まれてしまったかのよう。被虐的な悦楽に、身も心も穿たれてしまう。
口から零れるのは、声にならない声。未曾有の快楽に、嬌声すらあげる事が出来ない。
快楽のあまり、身体が跳ね回ろうとするが、それもやはりねじ伏せられて。
たった一噛みで、絶頂寸前にまで追いやられてしまう。

「んふふっ……」
「っぁ……ぅぁっ……ぁぁ……」

牙から注がれる、アポピスの猛毒。どろどろに融けていくかのような快楽。
そして、直接に毒を注がれた性感帯は、より一層、敏感さを増してしまって。
深々と突き刺さる牙から受け取る快楽は、どんどん膨れ上がっていく。
早鐘を打つ心臓。その分だけ、注がれる毒は身体を駆け巡っていく。

「むぅ……ちゅぅっ……」
「ぅぁ、はぁぁ……」

噛み付き、毒を流し込みながらの、甘い吸い付き。毒に侵され敏感になった首筋を、柔らかい唇に食まれてしまう。
そして、猛毒が全身を蝕んでいく。まるで、内側から犯されているかのような、堪え難い快楽。
全身が甘く蕩けて、熱く火照っていく。

「んふ……ふふふっ……」
「ぁ、ぁっ……みる、なぁぁ……」

肉棒に集まっていく、狂おしい程の熱量。毒を注がれる前からはち切れんばかりだったモノが、ゆっくりとその大きさを増していく。
決して大きい方ではなかった俺のモノ。相手を満足させる事の出来なかったモノも、この女を悦ばせるために作り変えられていく。
その光景に注がれる、熱烈な視線。
今にも達してしまいそうな、はしたないモノを、まじまじと視姦されてしまう。
その視線もまた、ぞくぞくとした快楽となって、俺の身体を駆け巡って。

「っ……きさ、まぁ……」

敏感になっていく全身。密着する肌の温もりは、外側から俺の身体を蕩けさせていく。僅かな身動ぎさえも、吐息さえも、声さえも快楽となってしまう。
けれども、そのどれもが、俺を絶頂に押し上げるには足りず。もどかしさがこみ上げて、狂おしい。
媚毒は、未だ尽きる事なく注ぎ込まれつつあって。
俺が絶頂を迎えてしまわないように、毒を少しずつ注いでいるのだと気づく。
俺を拘束して、寸止めしている。俺の心を堕とすために、モノにするために。

「んふふぅ……」

期待と欲望に満ち溢れた含み笑い。捕食者の、背筋が逆立つような視線。
寸止めそのものが目的なのではないのだと気づく。単純に、精を漏らしてしまうのは勿体無い、と言いたげな様子。
俺を焦らす意図は、二の次。しかし、俺を焦らす事もしっかりと愉しんでいる。なんと、欲深い女なのだろうか。

「ぁぁ……うぁ……この、性悪女、め……」

焦らされているというのに、何故か、喜びがこみ上げてきてしまう。
俺がイきそうなのを見透かし、責めを僅かに緩める、その意地悪さが、心地良い。
俺の一挙一動が、僅かな震えすらも感じ取られてしまっている。何一つ、見逃してくれない。それを、愛おしくさえ感じてしまう。
猛毒に、心まで犯されつつあるのだろうか。

「れろぉ……ふふっ……」
「っ、ひぁ……」

細長い舌が蠢き、牙と肌の境目を、悪戯っぽく舐め回してくる。
尖った舌先で、触れるか触れないかの、微妙な力加減。もどかしささえも気持ち良い。
身体はすっかりとこの女に屈服してしまっている。
仮に今、拘束を解かれたとしても、この女から逃げる事は叶わず、僅かな抵抗すら出来ないだろう。
猛毒を注ぎ込まれ、俺の身体は、この女、メレジェウトのモノになってしまいつつある。
それもまた、悦びとなって俺の心を侵していく。

「ん……ふふ……すぅ……ふぅ……」

抵抗出来なくなってしまった所を再び、熱烈に抱き締められてしまう。
蛇体が、細腕が、指先が、身体に絡み付く。押し当てられる胸の感触は、より鮮明に。
深呼吸の音、うっとりとした吐息。走り、戦い疲れて汗まみれの身体、その匂いを吸い込んで、この女は愛おしげに息を吐く。

「ぁぁ……はぁっ……」

ふつふつと膨れ上がっていく、狂おしい情動。この女、メレジェウトから与えられる快楽を、切望してしまう。
このもどかしい寸止めから解放されたい。絶頂を迎えてしまいたい。けれど、ただそれだけではない。
寸止めされているから、この女が欲しいのではなく……もっと、根元の部分から、この女を求めてしまう。
底無しの欲望をぶつけられてしまいたい。心までをも貪り尽くされてしまいたい。骨の髄まで、この身を愛し尽くして欲しい。
この女が、メレジェウトが与えてくれるであろう、愛と欲望、そして快楽に満ちた幸せを、渇望してしまう。

「っ……うぁ……ぁぁ……」

辛い思い出を忘れてしまいたい。そして、幸せになりたい。溢れ出る欲望。
今の今まで、圧し殺し続けて来た感情だと気づいてしまう。
あの人に裏切られてから、ずっと気付かないフリをしていた。
あの人を信じる事が出来なくなってしまった。共に居ても苦しみを孕んでいた。
愛を信じさせてくれる、他の誰か……メレジェウトのような女性を求めていた。苦痛に満ちた未練から、救い出して欲しかった。
甘い猛毒が、俺の望みを、欲望を浮き彫りにしていく。望みを歪めるのではなく、ただただ、欲望に忠実に。幸せになりたい、という想いを掻き立てて。

「っ……ちが、う……」

しかし、これが自分の本心だとは認められない。認めてはいけない。認める訳にはいかない。
三年間、身も心も磨り潰してきた、その意味は。苦しみ、哀しみ、孤独に耐え、慰めも誘惑も拒んで、此処までやって来たというのに。
あの人を愛し続けると、誓いも立てた。誓いを破るなど、あってはいけない。
けれども、どうしようもなく、メレジェウトに身を委ねてしまいたい。

「んぅ……」
「ぁ、はぁぁ……」

そんな俺を見透かすように、彼女は俺を責め立てる。温もりを擦り込むような、ねっとりとした愛撫。
甘い快楽と幸福感が、抗う心を蕩けさせてくれる。
注ぎ込まれる猛毒もまた、身体を蕩けさせ、心を素直にしてくれる。
絶頂に至らない甘美な焦らしが、もどかしさが、それらを後押しして。
この先に待ち受けている交歓への期待を膨らませる。今すぐ、犯されてしまいたい。
そんな中、本心に抗い続ける事が叶うはずはなく。

「ぁぁ……メレジェウト……あ、ひぁ……」
「んふふっ……ふふふ……」

ついに、彼女の名前を呼んでしまう。物欲しげに、まるで、恋人の名前を呼ぶかのように。それを聴いて、メレジェウトは満足気。
もはや俺は、身も心もメレジェウトの虜になりつつあって。
抵抗を手放し、注ぎ込まれる甘美な猛毒を、悦びをもって享受してしまう。
溢れ出していたはずの涙は、いつの間にか止まっていて。胸を穿つ痛みも、空虚感も、何処かへと消えてしまっていた。





「んっ……ふふ……はぁん……もう、お口がカラカラよぉ……
一滴残らず、アナタに注いでしまったわ……嬉しいでしょう?ジェラルド……」
「っぁ……はぁ……うん……」

首筋から、快楽の牙が丁寧に引き抜かれる。名残惜しさに、切ない声が漏れる。牙が刺さっていたその場所は、疼いて融けてしまいそう。性感帯は、毒と牙にすっかりと開発されてしまった。

一滴残らず、というメレジェウトの言葉は、うっとりとしながらも誇らしげ。
頷いて、その言葉に応える。
この甘美な毒を独り占め出来た事実が、悦ばしい。それと同時に、今はこれ以上、毒を注いで貰えないのが残念でならない。
もっと、もっと、彼女の毒に染め上げられてしまいたいというのに。

「うふふ……すっかり、私の毒の虜になって ……とても素敵……
やっぱり、素直になった方が、幸せそうにしてる方が可愛いわぁ……」
「はぁ……」

魅惑の抱擁が解かれるとともに、俺の身体はメレジェウトに抱きかかえられてしまう。まるで、お姫様抱っこのように、優しく、丁寧に。
しかし、彼女のその瞳は、全てを呑み込んでしまいそうな貪欲さを湛えていて。妖しい金色の輝きに、心を奪われてしまう。
見つめ合う悦びに酔いしれながら、ベッドへと運ばれていく。

「はぁん……本当、美味しそうになって……うふふっ……食べてあげる、貪り尽くしてあげる……」

舌舐めずりをして、メレジェウトは俺をベッドへと降ろそうとして。
ああ、もうすぐ、食べられてしまう。貪り尽くされてしまう。
身体も、心も、それを望んでいる。

「ぁ……だめ、だ……
一途、でもダメだったのに……心変わり、する、ような男になったら……」

しかし、素直になった俺の心に、一抹の不安が残っていて。
一途に生きたつもりだったけども、あの人に裏切られた。俺にそれだけの価値が無かったから。心変わりをしたなら、メレジェウトを受け入れてしまったなら、一途さという価値さえも失ってしまう。
そんな男が、メレジェウトに相応しいのだろうか。愛されるに相応しい男なのだろうか。
素直になったからこそ、浮き彫りになった不安。縋るように、言葉を紡ぐ。

「ダメ、だなんて許さないわ……アナタは私のモノよ、ジェラルド。
何があっても、離さないわぁ……たとえ、アナタが私を拒んだとしても……うふふっ……絶対に、逃がさないんだから……」
「ぁ……」

独占欲を露わにした言葉。それは、独り占めして貰うだけの価値があるという事。
何があっても離さない。それは、俺の待ち望んでいた言葉。愛の誓いに等しい甘い響きが、頭の中をどろどろに犯す。
不安は全て、メレジェウトの欲望に呑みこまれていく。

「うふふっ……私には分かるわ、ジェラルド……
愛しい人に、理不尽なまでに求められて、必要とされて、貪り尽くされたいのよね?
雁字搦めに縛り付けられて、束縛される事で縛り付けて……安心したいのよね?
強引で、ワガママで、決して裏切る事のない愛が欲しいのよねっ……?」
「っ……あぁっ……だから……好きにして、愛してくれ、メレジェウト……」

ベッドに敷き詰められた蛇体の上に、そっと降ろされる。背を受け止めてくれるのは、すべすべの感触。
艶めく紫の唇から紡がれる言葉は、俺の望みそのもの。貪り尽くされたい。縛り付けられたい。我儘に愛し尽くされたい。裏切りの不安から解放されて、幸せに。
そんな俺の心を、誰よりも理解してくれている。
感極まった俺は、込み上げる愛しさのまま、頷きながら、彼女の名前を呼び、愛をねだる。

「はぁんっ……好きにして、だなんて……んふふっ……
最初からそのつもりなのに、本当……そそられちゃう」

嬉々としては応えるメレジェウト。彼女の嗜虐心に、火をつけてしまった。
蛇体は脚を絡め取り、大股開きの形を強いてくる。犯してもらう準備は、着々と進んで行く。

「ぁ……」

彼女が上で、俺が下。俺を見降ろし舌舐めずりをする彼女を、見上げる。
彼女の、メレジェウトの姿をしっかりと見るのは、これが初めて。その美しさに、改めて見惚れてしまう。

濡れているかのような色艶の、しっとりとたなびく黒髪。
捕食者と呼ぶに相応しい、勝気な吊り目。金色の瞳は、満月よりも眩い輝きで、俺を射抜く。縦長の瞳孔に揺らめく、蛇の執念深さ。
果実のように瑞々しい紫の肌は、火照りきって、赤らんでいる。
ひときわ色濃く艶やかな唇は、唾液にぬらつき、妖しく光を反射する。
唇の間から顔を出す蛇舌は、ちろちろと、誘うかのように蠢く。
絶世の美女、という言葉ではとても言い表せない、人外の美しさ。

「あぁっ……見惚れちゃって……アナタの視線も私のモノ……うふふっ」

顔立ちだけでなくその身体も、魔性の美を体現していて。視界に映るそのシルエットが、造形が、本能に訴えかけてくる。
たとえ、視界の中央に納めていなくとも。その曲線美は、あまりにも女らしい。肉付きはよいのに、芯は細く、しなやか。男好きする所にだけ、たっぷりと柔らかさを詰め込んだ、魔性の身体。
蛇体もまた例外ではなく、淫靡な女体として俺の目に映る。光沢を放つ闇色の鱗、しっとりと黒いむちむちの蛇腹に、欲情してしまう。

そして、彼女は一糸纏わず、俺の眼前に裸体を曝け出していて。華美な銀装飾で身を飾った彼女は、文句無しに美しかった。
しかし、身を包む物を全て脱ぎ捨てた彼女は、違った美しさを見せてくれる。
一人の女としての美しさ、淫らさ。それを目に焼き付けるのは、俺一人だけ。俺とメレジェウトは、二人きりなのだから。

「はぁぁ……」

何よりも俺の視線を惹きつけるのは、その豊かな胸。たわわと言う言葉では足りない程に実った、紫の果実。
見上げる身体のラインから、あまりにも大きく、飛び出さんばかりに突き出した爆乳。覗き込むようにしてやっと、お互いの顔を見る事が出来る程。
真下から見上げたなら、視界を覆い尽くしてしまうに違いない。そんな、圧倒的な迫力と奥行きが、俺の目を釘付けにする。

「あらあら……本当、おっぱいが大好きなのね……可愛いんだから」

重力に逆らい、垂れ下がる事のない見事な張り。それでいて、僅かな身じろぎ一つで、ぷるんと揺れ、むにゅりと形を変える柔らかさ。
流れるように美しい曲面を描くそれは、爆乳でありながら美乳。紫の肌は、妖しい艶を魅せつけて。
大きく緩やかな曲線は、先端に向かうにつれ、つんと尖っていく。そのシルエットは、溢れんばかりの母性は勿論の事、彼女の性格を象徴するかのような、攻撃的な淫らさを醸し出している。

「ぁぁ……」

理想の大きさの乳輪は、彼女の唇と同じ、艶やかで瑞々しい青色。
その先端は、彼女の興奮を代弁するかのように、挑発するかのように、ピンとしこり勃っていて。乳首につられた乳輪も、僅かにぷっくりと膨れている。
それはまさに、男を誘うための淫らな造形。口唇欲求を最大限に煽り立てられてしまう。吸い付きたくて、甘えたくて仕方が無い。
いつまでも見惚れ続けていられる、魔性の美しさ。見つめるだけで魅了されてしまう。心奪われてしまう。

「ほらぁ……触りなさい、愉しみなさい……?」

いやらしく腰をくねらせながら、メレジェウトは俺の両手を取る。そして、その胸へと引き寄せ、押し付けて。
強引に胸を触らせ、その感触を味わわせてくる。

「はぁぁ……メレジェウトのおっぱい……すごい……」

促されるがまま、メレジェウトの下乳を鷲掴みにする。
手のひらに伝わってくる、圧倒的な重量感。片手では包み切れず、たぷん、とこぼれ落ちてしまいそう。
鷲掴みにした指が沈み込んで、乳肉に優しく包まれてしまう程の、至福の柔らかさ。ただ柔らかいだけでなく、ぷるん、とした張りが指を押し返して来て。
指を滑らせたなら、すべすべしっとりの、吸い付くような肌触りを余す事なく味わう事が出来る。
しこり勃った乳首を指で摘めば、癖になる弾力が、欲情の丈を伝えてくれる。
そして何より、メレジェウトのおっぱいを触っているだけで、不安は何処かへ掻き消えてしまい、幸せで蕩けた気分になってしまう。
母性と淫らさの詰め込まれたメレジェウトのおっぱいは、俺の思い描いていた理想をも越える、魅惑のおっぱいで。

「ぁんっ……すっかり、私のおっぱいの虜ね……アナタの手も、私のモノ……本当、可愛いんだからぁ……」

メレジェウトの言葉通り、俺は彼女のおっぱいの虜。両手が勝手に動いてしまう程に、甘い感触。もはや、逃れる事は出来ない。
彼女の目論見通り、俺の両手は、おっぱいの魅力に囚われ、捕まえられてしまっていた。

「んふふ……ほらぁ……次はこっちを見なさい、ジェラルド……
アナタを食べたくて、食べたくて……こんなに濡れているのよ……?」

頬に添えられるメレジェウトの手。おっぱいから、強引に顔を背けさせられてしまう。
その先にあったのは、ぴっちりと閉じた秘裂。とろとろと、透明な液体が染み出して、蛇体までをも濡らしている。

「うふふ……綺麗でしょう……?」

鼻先が触れそうな程の距離。彼女は俺の眼前に、愛液の滴る秘所を近づけて来る。
艶やかな割れ目は、無毛ながらも肉厚で、成熟した魅力を放っている。ぬらぬらと月光を反射する様は、淫らな美しさを魅せつけてくれる。

「綺麗、だ……」

美術品のような割れ目に、視線を釘付けにされてしまって。
息を吸い込めば、むせかえる程の淫蜜の香りに、頭の中を犯されてしまう。身体を蝕む毒と合わさり、くらくらとして蕩けてしまいそう。
勿論、両手でおっぱいを楽しむ事も忘れていない。

「うふふ……私の初めて……しっかりと目に焼き付けなさい、ジェラルド……」

そして、メレジェウトは両手を秘裂に添えると、惜しげも無く割れ目を広げて見せて。
陰唇の内側は、人と同じ、綺麗なピンク色。ぷっくりと膨れたクリトリスが、淫らさを引き立てる。
露わになった膣口を狭めているのは、純潔を示す処女膜。その僅かな隙間からは、ごぽごぽと音を立てながら、甘い淫蜜が溢れ出している。
その奥では、無数の肉襞がひしめき、忙しなく蠢いていて。処女であるからこその、飢えに飢えた貪欲さを魅せつけてくれる。

「っ……」

処女膣に貪り尽くされてしまうという、甘美な期待。思わず、ごくりと生唾を飲んでしまう。
メレジェウトという、誰よりも素敵な女性の、初めての相手となれる事、彼女を独り占め出来る悦びに、心が打ち震える。

「ぁ……でも……俺は……」

しかし、俺がメレジェウトに初めてを捧げる事は叶わない。俺は彼女を独り占め出来るのに。彼女の過去に嫉妬する事もないというのに。
きっと、俺の過去は彼女を嫉妬させてしまう。それが、申し訳なくて仕方ない。
ああ、メレジェウトが、俺の初めての人だったならば、良かったのに。

「言わなくても分かるわ……私に童貞を食べられたかったのよね……?うふふ、嬉しい……」

言葉を紡ぐ前に、俺の言いたい事は見透かされてしまう。

「でも、アナタがそんな事を言おうとするせいで……余計に昔の女が妬ましくなってしまったわ……
そうよねぇ……アナタの童貞、昔の女に食べられてしまったのよねぇ……この美味しそうな唇だって……ああ、自分で言って、また妬ましくなっちゃう。
昔の女に嫉妬するだなんて、イケナイ事だけど……嫉妬する気持ち、分かるでしょう?」
「ぅ……」

嫉妬の言葉は、呑み込まれてしまいそうな程にどろりとしている。
メレジェウトの嫉妬深さは悦ばしく、その逆、実際に彼女を嫉妬させる事は、あってはならない事で。
嫉妬する事が如何に辛いかは、俺のこの身に刻み込まれている。忘れようとしても忘れられないその苦しみを、彼女に味わわせたくなど無い。

「もう……そんな顔はやめなさい。妬ましいからと言って、怒ってるわけでも、悲しかったり、辛かったりするわけでもないわ。
裏切られたわけではないんだから」

俺を見下ろす彼女の微笑みは、優しさと母性に満ち溢れていて。その瞳に哀しみの色も苦しみの色も見受けられず、嘘は無いと信じさせて、安心させてくれる。

「ただただ……アナタの事を貪り尽くしたいのよ、ジェラルド」

聖母のような微笑みが釣り上がり、獰猛な捕食者の表情が浮かび上がる。
獲物を目の前に勝ち誇り、どう味わってやろうかと思案する、強者にのみ許された愉悦。
ねっとりと響く声は、理不尽な程に俺の背筋をざわつかせる。
確かに彼女は深く嫉妬心を燃やしていて……それでいて、寸分の不安すら感じていない。
きっと彼女は、俺が彼女のモノになると、彼女のモノであり続けると確信しているのだろう。
その絶対的な自信があるからこそ、燃え上がる嫉妬心は、ただただ純粋に、欲望へと昇華されている。
彼女は、哀しみも辛さも抱えずに、嫉妬を欲情の糧としている。その姿は、とても美しく、魅力的で。彼女は、不安に打ち勝てる、とても強い女性なのだと分かる。

「メレジェウト……」

メレジェウトの持つ強さを魅せつけられ、より一層、彼女へと惹かれてしまう、心を囚われてしまう。
この身を捧げてすらいないのに、心は既に彼女のモノ。けれども、もっと、もっと、夢中にして欲しい。彼女だけの男にして欲しい。どこまでも、限りなく。

「私の身体で、アナタを滅茶苦茶にしてあげる。私が満足するまで、私だけしか見えないようになるまで、私の気が済むまで、徹底的に……犯し尽くしてあげる」

独占欲を露わにした言葉。情欲を溢れさせるその肢体。蛇体の拘束は、一際強くなる。

「さぁ……覚悟はいいかしら?ダメと言っても、やめてあげないけれど……」

ただの人間が受け容れるには、あまりにも膨大過ぎる彼女の欲望。普通であれば恐怖を覚えてしまうであろう程の貪欲さが、俺にとっては愛おしい。
たっぷりと毒を注いでもらったこの身体なら、彼女の欲望に応えられるという確信めいたモノがあって。
壊されてしまいそうな程の欲望を向けられても、そこにあるのは悦びだけ。

「あぁ……食べて……」

獰猛な笑みを浮かべる彼女に、甘えた声で応える。彼女の胸の甘美な感触に囚われ、両手は離せない。
猛毒の快楽に、淫靡な光景に、魅惑の感触に、甘い色香に、俺のモノはこれ以上なく硬く、腹に当たりそうな程に反り返り、張り詰めているのが分かる。
絶頂寸前の、切なさともどかしさ。それらが全て、メレジェウトが与えてくれる快楽に対する期待へと変わっていく。
彼女に毒を注がれ、素直になれた今なら分かる。彼女と出会うずっと前から、こうなる事を待ち望んでいたのだと。

「うふふ……丸呑みにしてあげる、しっかり見ておきなさいっ……ぁんっ、はぁんっ……!」
「ぁぁっ……!?」

舌なめずりをして、俺を見下ろすメレジェウト。俺のモノの根本を掴むと、まるで獲物に飛びつくかのように勢い良く、その腰を沈めて。
処女だというのに微塵も躊躇いはなく、彼女の秘裂が俺のモノの飲み込んでいくその様子に、釘付けになってしまう。
蜜の溢れ出る彼女のナカは何もかもが、今まで味わった事のない魔性の感触で。驚きに上擦った声をあげてしまう。
肉壷の内部は、肉棒がどろどろに融かされてしまいそうな程に熱く。彼女の処女膣は、あまりにも狭く、キツいというのに、張り詰めた俺のモノを滑らかに受け入れていく。
そして、ただキツいだけではなく、彼女の性格を体現するかのように、ぎゅうぎゅうに俺のモノを締め付けてくる。
その上、びっしりとひしめいた、形も大きさも様々な無数の肉襞が、亀頭を、裏筋を一瞬の間に容赦なく責め立てる。最後に、柔らかく弾力に満ちた天井が、愛おしげに尿道口を捉え、吸い付いてきて。

射精寸前まで焦らされた末での、人外の快楽。堪える余地も何もなく、挿入だけで、あっけなく射精へと導かれてしまう。

「あぁっ……精液っ、出てっ……子宮がとろけてっ、イっちゃうっ……!こんなの初めてっ、最高よぉ、ジェラルド……!
一番濃いのは全部っ、子宮に直接っ……あはっ……美味しいわぁ……!」
「っぁ、ぁぁぁ……」

過去に経験したものとは比べ物にならないほどの、膨大な射精感。快楽が膨れ上がって、膨れ上がって、爆発してしまったかのよう。
肉棒が暴れるかのように脈を打って、どくん、どくんと精液を吐き出していく。精を放つたび、メレジェウトはその身を震わせ、恍惚の声をあげて。
さらに強く締まる肉壷が、彼女の絶頂を教えてくれて。それだけでなく、射精の脈動に合わせて蠢く肉壷が、射精を促してくる。
いくら肉棒が跳ねようとも、彼女の最奥、子宮口は熱烈に尿道口へと吸い付いてきて。精液は一滴残らず吸い上げられてしまい、玉袋から彼女の子宮まで、直結されてしまったかのよう。
想像を絶する快楽に、されるがままに精液を搾り取られてしまう。

「ほらぁ、ほらぁ、奥でたっぷりキスしてあげるっ……一滴残らず吸い取ってあげるっ……!
こうして腰でぐりぐりしてあげるとっ……はぁんっ……凄いでしょうっ?私のカラダっ……!イきっぱなしにしてあげる……!」

彼女もまた、身体を跳ねさせ、確かに絶頂している。だというのに、少しも止まる様子はなく。
容赦なく腰を押し付け、さらに深く俺のモノを咥え込んできて。子宮口の甘く柔らかい感触を、敏感な亀頭にこれでもかと味わわされてしまう。
そして、腰をぐいぐいと捻られ、無数の肉襞に、肉棒全体を責め立てられて。ぷるぷるの子宮口もまた、亀頭に甘く吸い付きながらも、その表面を優しく擦っていく。
密着した接合部からは、彼女の陰唇の柔らかさをしっかりと味わう事が出来て。
極めつけに、彼女のナカにひしめく無数の肉襞が、細やかに蠢いて、肉棒全体を容赦なく舐め上げられてしまう。

「凄いっ、止まらなっ……ぁぁ……」

射精中の敏感な肉棒に擦り込まれる、魔性の快楽。絶頂の中にあるというのに、さらなる絶頂へと追いやられてしまう。
終わりが来るはずの射精は衰える事なく続き、快楽で頭の中が真っ白に染まったまま。彼女の言葉通りのイきっぱなしで、精液を捧げ続ける。
幾ら早漏とは言えど、明らかに異常な状態。だというのに、恐怖は欠片も感じず、ただただ気持ち良く、彼女と交わっている事が悦ばしい。
人の性交の域を越えて、メレジェウトに滅茶苦茶にされてしまっている。それが、倒錯的な悦楽を生み出していた。

「はぁんっ……あぁ……溜まってたの全部、飲み干しちゃったみたいねっ……
ねぇ、ジェラルドっ、どれだけ溜め込んでたのっ……?」
「ぁ、はぁっ、半年っ……ひぁっ……あぁ、出ないのに、でるぅっ……」

尿道を通る精液の圧が、不意に軽くなる。彼女の言葉に、溜めていた精液は全て吐き出してしまったのだと、理解させられる。
そんな中、玉袋は狂おしい程に熱くなり、懸命に精液を作り出していて。作った分はすぐさま、彼女の子宮へと搾り取られてしまう。
玉袋を空にされながらも、射精は続いていって。むしろ、溜め込んでいた分より濃さが落ちたせいで、射精の量は増えてしまっている。
玉袋を空にされ、それでも絶頂させられてしまう被虐感と、びゅるびゅると精液を放つ充足感。両立しないはずの二つが合わさった快楽は、法悦を極めていて。
なにより、空になっても求められてしまう事が、そしてそれに応えられる事が、嬉しくて、幸せで仕方がない。

「んふふっ……あんっ……半年モノの精液、凄いわぁっ……
とっても濃くてっ、子宮の中でべったり張り付いてっ、絡みついてっ……美味しいのも、気持ち良いのも中々消えなくてっ……あぁんっ……イきっぱなしよぉ……?」

見上げれば、至福に蕩けた笑みを浮かべる彼女。咥え込んだモノの、受け止めた精の感触を確かめるかのように、お腹に手を当てている。
陶酔の言葉はねっとりと響いて、思考をとろとろに掻き回されてしまう。
俺を見下ろす彼女は、あまりにも愉悦に、幸福に満ち溢れていて。心の底から、俺との交わりを愉しんでくれている。それは、他の誰よりも、と断言しても良い程。
彼女だけが見せてくれる至福の表情に、心を奪われてしまう。
メレジェウトが望むなら、こんな姿を見せてくれるなら、再び半年の我慢をしても良い。そう思えてしまう程に魅力的な、妖しい笑みを浮かべていた。

「でも、作りたての新鮮な精液も絶品なの……だから、我慢しないで沢山出しなさぁい?我慢なんて出来ないでしょうけどっ……
ほらぁ、動くわよっ……?勿論、アナタの精液は零さないわ……おちんちん、しっかり咥えて栓にしてあげるっ……」

ゆっくりと、彼女の腰が上に動き始める。
肉棒が引き抜かれようとすれば、逃がさない、と言わんばかりに無数の肉襞がざわめき立ち、カリ首に絡みついてきて。
肉壺全体が、肉棒を奥へ奥へと引きずりこもうと蠕動し、子宮口も、別離を拒むかのように、これ以上なく吸い付き、そして、ちゅぽん、と離れていく。
そのまま、ゆっくりと肉棒が引き抜かれていくが、熱烈なまでに締め付けてくる膣口に、カリ首を捕まえられてしまう。彼女の宣言通り、亀頭はしっかりと咥え込まれたまま。

「ひぁ、ぁっ、あぁ……!」

蜜壺の甘美な抵抗の中、無理矢理に肉棒が引き抜かれて行く快楽。腰砕けを通り越し、腰が融けてなくなってしまいそうな程。
仮の話、メレジェウトから逃れようとするなら、この快楽に抗いながら、自力で肉棒を彼女の肉壺から引き抜かなければならなくて。それもまた、あまりにも絶望的。
絶対に逃れられない。その事実に高揚し、安らぎさえ感じながら、彼女の膣内に精液を捧げる。

結合部に視線を戻せば、透明な愛液に幾筋か、破瓜の血が混ざっていて。それが、狂おしい程の独占欲を、大いに満たしてくれる。

「ぁんっ、はぁっ……あぁっ、私が育てたっ、私のためのおちんちんっ……太くてっ、硬くて、美味しくてっ、最高よっ……?
精液がおちんちんで擦り込まれてっ、一緒にナカで味わえて、堪らないわっ……!
あはっ……ナカで大きくなってるっ……アナタも堪らないのよねぇ?ジェラルドっ……!」

そして、彼女は腰を振り始める。まるで、踊り子のように軽快で、情熱的な動き。いやらしく、うねるように腰をくねらせながら、激しく腰を打ち付けてくる。
はちきれんばかりの爆乳は、下乳を鷲掴みにしたままにも関わらず、大きく弾んで。淫らな舞が、惜しげも無しに爆乳を強調し、魅せつけてくれる。
快楽を貪る蕩けた声と淫猥な水音は、彼女の踊りをより淫靡に演出していて。
獲物の興奮を煽り立て、精を搾り取る、貪欲ながらも美しい騎乗位。

「ぁ、ひぁ、ぁっ、はぁっ……!」

ただ最短距離を進むのでは無く、膣内を思う存分掻き回すように、抉るように、うねり、くねっていく、踊るような魔性の腰使い。それに合わせて、蜜壺までもが、うねり、くねって俺のモノを咥え込む。
まるで底なし沼のような距離を、たった一回の抽送で、たった一瞬の間で、途切れる事なく味わい続けるそれは、まさに極上の快楽。
道筋は無数で、与えてくれる快楽もまた無数。幾ら貪られても、抽送のたびに違った快楽を、慣れる事のない新鮮な快楽を味わい続ける事が出来て。
まるで噴水のような射精。あまりの気持ち良さに身を焦がされ、呂律が回らないどころか、もはや、返事も出来ない程。

「ぁんっ……返事も出来ないくせにっ、おっぱいだけはしっかり掴んでっ、本当っ、可愛いんだから……!」

鮮烈な快楽の中、シーツを掴む代わりに、メレジェウトのおっぱいを鷲掴みせずにはいられなくて。
絶頂に合わせ、しがみつくように揉みしだき、その感触を存分に味わう。
彼女のおっぱいは、とても片手には収まり切らず、彼女が腰を振り、淫らな舞を踊れば、たゆんたゆんと弾み、手のひらからこぼれ落ちそうになってしまっていて。
見上げるその眺めは、文句無しの絶景。下からおっぱいを支えて感じるのは、そのずっしりとした圧倒的な重量感。
両手で両乳房を挟み込み、鷲掴みに捕まえて、それでも、両手の間でおっぱいは揺れ弾む。
掌に不規則に押し付けられる、むにゅむにゅの柔らかさ。指が沈み込んで、呑み込まれてしまいそう。離れていく時は、ぷるん、とした張りを感じさせてくれる。その肌触りは、しっとりと吸い付きながら、あまりに艶やかで。
味わうのではなく、メレジェウトに味わわされる、おっぱいの至福の感触。ただ揉みしだくのとは違う、格別な気持ち良さがそこにあった。

「ほらぁ、ぁん、アナタの大好きなおっぱいよぉ……?」
「ぁ、はぁ、ぁぁっ……」

腰を振る勢いは緩めないまま、彼女はゆっくりと上体を倒し、覆い被さってきて。
瑞々しい紫の果実が揺れ弾む、魅惑の光景。それがどんどんと近づいてきて、視界を占領して行く。
重力に引かれながらも、垂れ下がる事はなく。それでいて、揺れ弾めば、いやらしくその形を変える。
そして、眼前、一番近くに映るのは、ぷっくりと膨れた、つやつやの乳首。
視界の中を行ったり来たりで、堪らず、視線は釘付け、目で追ってしまう。
そして、込み上げてくる口寂しさ。吸い付きたくて吸い付きたくて、どうしようもなくなってしまう。
妖しく艶めく青い突起に誘われ、あっという間に、メレジェウトのおっぱいを吸う事で、頭の中を一杯にされてしまって。

「うふふっ……私のおっぱい、たっぷり吸いなさいっ……?」
「はぁ、ぁっ、はぁ、むぅっ、ちゅぅっ……」

メレジェウトが身体を倒し、おっぱいを差し出してくれるのと同時に、おっぱいを引き寄せ、寄せあげて、両乳首をまとめて口に含み、思うがままに吸いつき、しゃぶりつく。
母乳が出ているわけではないのに、メレジェウトのおっぱいは、ほんのりと甘く。幾ら味わっても、全く飽きる事がない。

「ぁぁんっ、一生懸命で、欲張りなんだからぁ、可愛いわぁ、可愛いわっ、ジェラルドっ……!はぁ、ぁんっ、甘噛みだなんて、いやらしくて、甘えん坊さんねぇ、うふふっ……」
「っ……ちゅぅ、あむっ、んむっ……」

俺が吸い付いた事を確かめると、彼女はすぐさま抽送を再開し、快楽を貪り始めて。
たぷんたぷんと揺れて、口から離れようとするおっぱい。それを、懸命に捕まえて、無我夢中で吸い付く。吸い付きだけでは足りない時は、甘噛みで引き止める。
母乳が出るはずもないと分かっていても、乳搾りをするように、おっぱいを揉みしだかずにはいられない。

「ぁん、うふふっ……孕ませなきゃ、おっぱいは出ないわよぉ……?
ほらぁ、もっと、もっと出しなさいっ……?幾らでも孕んであげるんだから……!」

快楽を悦ぶメレジェウトの声は何処か優しく、母性を感じさせてくれて。
魔性の身体、卓越した性技で、おかしくなってしまいそうな程の快楽に浸されている。興奮と絶頂の真っ只中だというのに、穏やかさが同居していて。
まるで、心を洗われるかのような心地の中、精液を搾り取られてしまう。

「はぁんっ、あぁっ、最高よっ、ジェラルド……子宮いっぱいで幸せなのにっ、まだまだ欲しくなっちゃう……!
もっと、もっと、いっぱいにして貰うんだからっ……」

その言葉とともに、彼女は再び、深々と俺のモノを咥え込んできて。
そして、彼女の腰と俺の腰を抱き込むように、蛇体が絡みついてくる。

「ぁんっ……一番奥で捕まえたっ……うふふ、離さないわよぉ……?しっかり、子宮に栓をして貰うわ……」

絡みついた蛇体は、俺の肉棒をより深くまで押し込むように締め上げてきて。
これ以上ない程に深く、メレジェウトと繋がり合ったまま、強固に抑え込まれてしまう。
ダメ押しと言わんばかりに、脚にも蛇体が絡みついてきて、ぎちぎちに拘束されてしまう。

「ぁんっ……私のおっぱい美味しいのよねぇ……?良いわよぉ、もっと虜になりなさいっ、私に溺れなさいっ……」

深く、熱烈な挿入感。腰の動きは止まったものの、彼女の膣内は変わらず貪欲に蠢いていて。
深々と咥え込まれた肉棒は、まさに丸呑みされてしまったかのよう。子宮口がぐりぐりと、亀頭を押し潰さんばかりに押し付けられて、その感触を、今までに無い程の鮮明さで味わわされてしまう。
吸い付きも熱烈で、精液の出口である尿道口は、これ以上無い程に、しっかりと捕まえられてしまっていて。
じっくり、ねっとりとしゃぶり尽くされるかのような快楽で、イかされ続けてしまう。
そんな中、遠慮無しに乳首へと、乳房へと舌を這わせ、ほんのりと甘いおっぱいの味を、肌触りを思う存分に堪能する。

「はぁんっ、精液来てるっ……子宮が膨らんでっ……美味しいのも、気持ち良いのも、ぎゅぅぎゅうに詰め込まれて……あぁっ、格別よぉ、ジェラルド……
妊婦みたいになるまで……ボテ腹になるまで、子宮で精液、直飲みしてあげるっ……」

うっとりと蕩けたメレジェウトの声。満ち足りたようでありながらも、その声が孕む情欲の丈は膨れ上がり続け、底無しに俺を求めてくる。
物足りない、という負の感情は欠片も感じられず、ただひたすらに、俺の事を貪ってくれる。俺の事が欲しいと、声で、身体で示してくれる。
メレジェウトは間違いなく、俺との交わりに満足して、悦んでくれていて。その事実が、打ち砕かれていた男としての自信を取り戻させてくれる。
そして彼女の貪欲さは、たとえ満足しても、満たされても収まる事はなく。
底無しで純粋なその貪欲さもまた、求められる悦びで俺の心を癒し、幸せをもたらしてくれる。

「うふふっ……今から、ぎゅうぎゅうにしてあげるわっ……アナタは全部、私のモノなんだから……」
「っは……ぁ……ぁっ……」

執念深い言葉と共に、彼女は片腕でおっぱいを持ち上げる。
口元から魅惑の果実を取り上げられてしまい、思わず、口寂しさに切ない声が漏れる。
しかし、その切なさ以上に、彼女が何をしてくれるか、どれだけ気持ち良い事をしてくれるか、期待が膨らむ。

「おっぱい、こんなにべとべとにして……
ちゅぅっ……れろぉ……れるっ……んぅっ……はぁん、最高っ……一滴たりとも残さないわっ……」

妖しく微笑むと、メレジェウトはおっぱいを持ち上げ、自分の口元に寄せて。
そして、俺が散々舐め回した乳首に、乳輪に、乳房に、愛おしげに吸い付き、舐め回し始める。
魅せつけるかのように、いやらしく蠢く細い舌。俺の唾液はすっかりと舐め取られ、代わりに彼女の甘い唾液が塗りたくられて行く。
持ち上げられ、眼前にさらされた下乳は興奮に汗ばみ、蒸れていて。むわっとした熱気が漂ってくる。
恍惚としながら自分の乳房を吸い、舐め回すメレジェウトの姿は、とても淫靡で。自ら触るのにも劣らない程の興奮をもたらしてくれる。

「うふふっ……アナタの大好きなおっぱい、このまま乗せてあげるっ……」

おっぱいを持ち上げたまま、覆い被さるように上体を倒し、身体を密着させてくるメレジェウト。持ち上げていたおっぱいはそのまま、俺の視界を埋め尽くして。下乳の谷間に、顔をうずめさせられてしまう。

「むぅっ……んっ……ふぅ……」

頭ほどの大きさに実った、メレジェウトのおっぱい。その圧倒的な重量感を、顔面でたっぷりと味わう。それはまさに、おっぱいに押し潰されてしまいそうな程。その重みもまた、愛おしい。
自重だけでむにゅりと変形する、至福の柔らかさ。顔面を、いともたやすく包まれてしまう。懸命に谷間の空気を吸い込めば、甘酸っぱくも優しい、蒸れたおっぱいの匂い。母性と色香の混じり合った香りに、頭の中までもを犯されてしまう。

「さぁ、抱き締めてあげるわ……」

そして、彼女の長大な蛇体が、彼女ごと俺の身体を覆うように、しゅるしゅると隙間無く巻きついてきて。ぐるぐる巻きに、彼女の蛇体に包み込まれてしまう。
おっぱいごと頭を抱え込むかのように、彼女の腕が回され、手が添えられて。

「ほら、ぎゅうっ……私の身体に包まれながら、おっぱいに埋もれちゃいなさい……」

熱烈な抱擁。むっちりとした蛇腹の肉感が、鱗の滑らかな肌触りが、押し寄せて、ひしめいて。全身に与えられる、愛おしげな締め付け。
腰周りは特に強烈で、これ以上は無いと思っていたのに、さらに深く繋がり、呑み込まれてしまって。ぎちぎちに固定されてしまう。
柔らかさの詰まった女体もまた、締め付けの中、これ以上無い程に密着してきて。
彼女の身体に、縛り付けられてしまう。
そして、抱き抱えられた頭は、彼女の抱擁によって、谷間の中へと、おっぱいの間へと押し込まれてしまって。

「んむ……むぅ……」

隙間無く密着してくる、魅惑の乳肉。顔面を包まれるどころではなく、おっぱいに埋もれてしまう。
息継ぎをする隙間はなく、そこにあるのは、ただひたすらに愛しい感触のみ。
彼女の胸に熱烈に抱かれるそれは、もはや乳圧というべき感触。
押し寄せてくる柔らかさ、吸い付くような肌触りの前では、息継ぎ出来ない事など霞んでしまって。
彼女の抱擁から逃れる事など全く考えず、彼女に抱きついて。無我夢中で顔をぐりぐりと押し付ける。
抱擁の中で味わうおっぱいの感触はまた格別で。とろとろの夢見心地な幸せの中、メレジェウトのおっぱいに、身も心も溺れてしまう。

「あんっ……うふふっ……息が出来ないのに、自分から抱きついてきて……
私のおっぱいそんなに好きだなんて、嬉しいわぁ……
勿論、窒息させるつもりはないけど……ほら、息継ぎなさい?」
「ぁ……はぁっ……はぁ……」

心地良い酩酊感の中、くらくらと響く彼女の言葉。息が出来ない事さえも、気持ち良い。このまま、窒息してしまっても構わない。
しかし、彼女は抱き込む腕を緩め、今度はおっぱいで挟みこむようにして、息継ぎの猶予を作ってくれた。
彼女の言葉に素直に従い、胸の隙間の空気を吸い込む。今度は、甘い色香にくらくらとしてしまう。
見上げるようにすれば、俺の事をじぃっと見下ろす彼女の瞳。縦長の瞳孔は、視線を交わす度に俺の心を射抜いて。
メレジェウトに、愛しい人に食べられているのだと、貪られているのだと、どうしようもなく求められているのだという悦びを、さらなるモノにしてくれる。

「本当、幸せそうにして……見てるこっちまで幸せになっちゃう……
うふふっ……埋もれるのと、挟まれるの……どっちがイイ?
ほらぁ、挟んで、すりすりむにゅむにゅ……堪らないわよねぇ?」
「ぁ、はぁぁ……どっちも……どっちも好き……」

メレジェウトの手によって擦り合わせられるおっぱい。たぷんたぷんの双乳に顔を挟まれ、もみくちゃにされてしまう。
まさに、肉棒ではなく顔をパイズリされているかのよう。胸に抱かれ、顔をうずめるのと甲乙付け難い心地良さ。彼女のおっぱいは、抗えない魅力の塊で。甘えん坊にさせられてしまう。
至福の感触に、どうしようもなく緩んだ顔をしてしまっているのが自分でも分かる。
そして、男としてはあまりにも格好悪い、だらしないこの表情を、まじまじと彼女に見られてしまう。
それでも、彼女は幻滅するどころか、さらに深い欲望をもって、俺の事を見つめ返してくれる。
貪欲極まりない捕食者の笑みは、慈愛に満ちた母性の微笑みでもあって。

「うふふっ、どっちもイイのね……なら、これはどうかしら……?」

舌舐めずりと共に、首元へと押し付けられ、形を変えながら滑り込んでくる爆乳。そして再び、熱烈な抱擁。
首をおっぱいに挟まれ、その上で抱きすくめられてしまう。
メレジェウトのおっぱいは、俺の首を包み込むのに十分過ぎるほど、大きく、柔らかく。
首をおっぱいに埋もれさせたまま、谷間から彼女を見上げるように顔を出す、そんな体勢にさせられてしまう。
そして、駄目押しに巻きついてくる蛇体。二重の抱擁。

「っ……ふぁ、ぁぁ……」

それは、おっぱいに捕まえられてしまったと表現するのに相応しく。喉元からうなじまで、隙間無く埋もれてしまう。
母性溢れる至福の首輪がもたらしてくれるのは、甘く優しい締め付けと拘束感。
そして、彼女の牙を突き立てられ、直接に毒を注ぎ込まれたこの首は、その全てが性感帯と言える程に敏感。
胸に抱かれて甘やかされながらも、そこにあるのは、肉棒をパイズリされるのに匹敵する程の、蕩けるような快楽。
おっぱいに甘えながら、おっぱいにイかされてしまう幸福感は、法悦を極めていて。
恍惚に支配され、より大量の精を彼女のナカに放ちながら、情けない声を漏らしてしまっていた。

「うふふっ……敏感にしてあげたものねぇ、堪らないわよねぇ?
繋がりながら、おっぱいも愉しめて、見つめあえて、こんなに近くに……ぐるぐる巻きで、密着して……気に入ったでしょう?」
「ふぁ、ぁぁ……ぅん……」

自慢気で、勝ち誇ったメレジェウトの声。彼女の言葉通り、この体位は、これ以上ない程に魅力的。一発で心を掴まれてしまった。
これ以上ない程に深く繋がりながら、彼女の身体に包まれて、その温もりを全身で味わう事が出来て。そんな中、性感帯をおっぱいに埋もれ、甘やかされて。頷いて応えるだけでも、おっぱいの感触。彼女の表情にも見惚れっ放し。この体勢のまま、永遠に過ごしても構わないとさえ思えてしまう。

「そうよ、そんな顔が見たいの……もっと、もっと可愛くなっちゃいなさいっ……?
ほら、こうすれば、キスだって……ふふふっ……私達のカラダ、本当に相性が良いわね、ジェラルド……運命的なぐらい……」

尻尾の先端に、顎をくい、と傾けさせられると、メレジェウトの唇がすぐそこに。
繋がりながら、身体を密着させながら、おっぱいに甘えながら、それでもキスの出来る理想的な体格差。少しでも背丈が違っていたなら、キスをする事は叶わなくて。
彼女とぴったりである、それが嬉しくて仕方が無い。
そして、それを運命だと言う、彼女の乙女な一面もまた、愛おしい。

「勿論、キスをするのはアナタが初めて……うふふ、そんなに嬉しそうにして……」
「はぁ……ぁ、たべ、て……」

彼女の唇の、その純潔もまた、俺のモノ。お世辞にも高尚とは言えない喜びは彼女に筒抜け。嬉しそうにして居るらしい俺を見て、彼女もまた、嬉しそうに笑みを浮かべてくれる。
そして、そんな彼女を前にして、自然と、キスをねだる言葉が口から出てきて。

「あぁっ……また、美味しそうにおねだりするんだからぁ……お望み通り、こっちの口でも貪り尽くしてあげるっ……あむっ、ちゅぅぅっ……!」

おねだりの効果は覿面で、彼女の声の、絡みつくような欲望の響きは膨れ上がって。その瞳のぎらつきも、より一層激しく。既に俺の事を貪り尽くさんとしている膣内も、その蠢きの鮮烈さを増して。全身を包む蛇体の抱擁は、息苦しくも心地良く。
そして、勢い良く、唇を奪われてしまう。熱烈な吸い付きは、唇にキスマークが残ってしまうのではないかと思う程。逃がさない、離さないと宣言するかのように、長く、激しいキス。彼女の唇はとても熱く、柔らかく、唇が融け合ってしまいそうな気持ち良さを与えてくれる。

「はむっ……んぅっ……れるぅっ……ちゅるっ……ちゅぅっっ……」
「ぁ……ぁぁ……」

下唇を隙間無く挟み込む、ぷるぷるの感触。肉厚な彼女の唇に、あむあむと食まれてしまう。
唇の間に滑り込んでくるのは、ぬらついた、細長い柔肉。彼女の蛇舌にも、唾液を塗りたくるかのように舐め回されて。
唾液を味わう間も無しにすぐさま、甘い吸い付き。唾液まみれにされた下唇は、ちゅるん、と彼女の唇の間、その奥へと吸い込まれてしまう。
そして、捕らえられてしまった所に与えられるのは、執拗な口技。
ゆっくり、ねっとりと、唇の隅々まで這い回る蛇舌。二股になった先端は、細やかに蠢いて、唇の味を確かめるかのよう。
時折、少し強めに甘噛みされると、彼女に食べられてしまっているようで、ゾクゾクとした快楽が湧き上がって。
まるで、唇をじっくりと味わい尽くすかのような、執念深いキス。
下唇が解放されると、今度は上唇が食べられてしまって、同じように、たっぷりと味わわれてしまう。

「あむっ……はむっ……んっ……んふふっ……」
「んぅっ……むぅ……っ……」

両頬に添えられた彼女の手が、後頭部を支える彼女の尻尾が、がっしりと俺を捕らえて離さず。
両唇を蹂躙し尽くして、それでも彼女のキスは止まる事なく。
ついに、深く、熱烈に、食むようにしながら、強引に、それでも望む通りに、口を塞がれてしまう。
深く、隙間無く合わさった口から侵入してくるのは、待ちに待った彼女の蛇舌。
自分から舌を絡めようとする間も無く、彼女の舌に絡め取られてしまう。

「ちゅうっ……あむっ……じゅるうぅっ……」

唾液がたっぷりとまぶされた彼女の舌は、唇とはまた違う、肉の詰まった極上の柔らかさ。その長さと器用さを誇るかのように、俺の舌をぐるぐる巻きにしてきて。唾液を擦り込むかのように、にゅるにゅると蠢いて、責め立ててくる。
口の中に広がるのは、絡みつくかのような、ねっとりとした甘さ。
愛しい人の味を教え込まれて、癖になっていくのが分かる。もっと、もっと欲しいと、そう思ってしまう。
舌の付け根から先端まで、表も裏も一斉に責め立てられる快楽は、想像を絶していて。絶頂が、射精が、さらに加速していく。キスで、イかされてしまう。
愛情行為で迎える甘い絶頂。メレジェウトの事を、もっともっと好きにされて、深くまで墜とされていく。

「んっ……れるぅっ……ちゅぅっ……れろぉ……」

遠慮無しに這い回る、二股の舌先。頬の内側、口内の隅々まで、果ては歯茎の溝までが、その細やかな先端に、執拗に舐め尽くされてしまう。
まるで、口内を調べ尽くすかのような愛撫。蛇の舌でなければ絶対に届かないような所までもを、貪欲に。
蛇体に巻かれ、抱き合い、密着したこの体勢は、何もかもが彼女に筒抜けで。
弱点を責められた時の反応を、彼女が見逃す事は決してなく、感じやすい所は瞬く間に探り当てられ、重点的に責め立てられてしまう。

「っ、ふぅぅぅ……」

喉に達しかける程に奥、舌の根元。今まで誰にも触れられた事のない場所、触れる事すら出来ない場所。そんな所まで責められたのは、彼女が初めて。
そこにあったのは、彼女に発掘されたばかりの、自分でも知らなかった、口内で一番敏感な弱点。
その弱点を、二股の尖った舌先で、ちろちろと擽られ、つつき回され、擦り上げられ、あらゆる舌技で、執拗に責め立てられてしまって。
口内、舌だけでなく、喉までもへと広がり、痺れきって蕩けていく、そんな快楽。絡め取られた舌はだらりと弛緩して、口元はだらしなく緩み切って、彼女が求めるだらしない表情に。
そして、喉奥までもが、快楽のあまりに、とろとろに脱力してしまう。
声も出ず、恍惚の息だけが、ただただ、鼻を通って漏れていく。
甘美な毒に侵されていくかのような、至福の快楽を味わわされてしまう。

「んぅっ……ちゅるぅっ……ふぅっ……」

彼女の責めはそれだけでは終わらず、絡め取られた舌を、蛇舌でぎゅうぎゅうに締め付けられてしまう。此処からが本番と言いたげな、熱烈な締め付け。
身体だけでは飽き足らず、蛇舌でも繰り出される抱擁は、求められる悦びを倍増させてくれて。そのまま、彼女の口内へと向けて、舌を引きずり出されてしまう。
ぐるぐると巻きついた蛇舌の間に滑り込んでくるのは、彼女の肉感的な唇。容赦無く、舌を吸い出されてしまう。
彼女の口の中に吸い込まれたその先で待っていたのは、熱烈な歓迎。目一杯舌を引っ張られた挙句、甘噛みされ、舌で揉みくちゃにされてしまう。その強引さもまた、彼女の欲望の丈を表していて、心が満たされていく。
そして、彼女の口の中には、甘い唾液がたっぷりと溜め込まれていて。彼女の味に浸されながらのキスは、愛撫のたび、舌に彼女の味が染みついていくようで、ぞくぞくとした被支配感を与えてくれる。

「っ……んっ、くっ……」

吸い付きの合間、口伝いに流し込まれる、彼女の唾液。興奮のせいか、どろりと濃く、舌に絡みついてくる。果実とも糖蜜とも形容し難い、甘酸っぱい彼女の香りが鼻にまで抜けて、意識をくらつかせる。
次から次へと、溺れてしまいそうな程に注がれる彼女の唾液。幾ら味わっても飽きる事のない、甘美極まりない愛のエキスを、惜しげも無く飲み下していく。贅沢で、倒錯的。
そして、飲み下した後に訪れるのは、身体の中から染み渡っていくような、情欲の熱。毒を注がれ火照った身体が、温もりに抱かれて融かされた肌が、さらにメレジェウトのモノに相応しく、染め上げられていく。

「んふっ……ちゅうぅぅっ……じゅるぅっ、じゅるるるっ……んくっ……んっ……じゅるぅっ……」

彼女の唾液をたっぷりと飲まされた後、対価を頂くと言わんばかりに、じゅるじゅると淫猥な音を立てながら、唾液を吸い上げられてしまう。
そして彼女は、吸い上げた俺の唾液を飲み干して、また吸い上げて。幾ら吸われても、彼女の舌の感触に唾液が溢れ出てきて、それも全て彼女の口へと吸い尽くされていく。
唾液の交換、と言うには一方的に過ぎる程。飲ませてくれた分の何倍も吸い上げて、それでも彼女は止まる事なく。
美味しそうに目を細めた彼女の瞳には、新たな欲望の炎が燃え上がっていて。精液だけでなく唾液をも、下の口でも上の口でも俺の事を吸い尽くすつもりなのだと教えてくれる。

「じゅるっ……ふっ……じゅるうぅっ……んっ……ちゅぅ……」

どれほどの唾液を貪っても、精液を搾り取っても、彼女は飽きる素振りも、疲れた素振りも全く見せず。それどころか、瞳に映る欲望の色は、より一層深くなっていく。
全身を包む蛇体の拘束は緩む事なく、俺を縛り続けていて。彼女の身体を抱いた腕までもを巻き込んで、ぎちぎちに締め付けられて、身動き一つ取る事は出来ない。
頭もしっかりと尻尾の先に絡め取られて、頬に手を添えられ、彼女から、メレジェウトから逃れる事は絶対に敵わない。
これ以上ない程に深く繋がり、肉棒を咥え込まれたまま。精を求めて蠢く彼女の膣内は、この世のモノとは思えない程の快楽を与え続けてくれていて。終わらない絶頂の中、精を搾り取られていく。
主導権は完全に握られてしまい、彼女に貪り尽くされるがまま。彼女の底無しの欲望を、身も心も滅茶苦茶になってしまいそうな程にぶつけられてしまう。
しかし、そこにあるのは決して底無しの欲望だけではなく。
蛇体の拘束は、熱烈な愛の抱擁でもあって。全身を包む蛇体から、抱き合い密着した女体から伝わるのは、彼女の温もり。重ねた肌から染み込む温もりに、身体の芯までもを甘く蕩かされていく。
それだけでなく、母性溢れるおっぱいで敏感な首を包み込み、たっぷりと俺の事を甘やかしてくれる。
精を搾り取るその魔膣も、子宮も、ただ俺を犯すだけでなく、俺の子を孕もうとしているかのようで。未だに続く初めてのキスは、まるで終わりを惜しんでいるかのよう。
彼女の欲望には、貪欲さには、確かな愛情があって。だからこそ、もっと、もっと、求められたい、貪られたいと思えてしまう。
そして彼女は、貪る事を心の底から愉しんでいて。その表情は、俺と同じように、幸せに染まりきっている。
求められる悦びと、貪る悦び。俺とメレジェウトの欲望はぴったりと重なりあって。彼女の言葉通りの、お互いを満たし合い、幸せにしてくれる欲望。それは欲望でありながら愛情なのだと、心の底から実感する事が出来て。
抱きすくめられ、温もり漬けで、快楽漬けで、愛情漬け。このままでいたい。貪られ続けていたい。身を捧げ続けていたい。
欲望のまま、メレジェウトに、俺を幸せにしてくれる人に、幸せにしたい人に、愛しい人に、身も心も全てを委ねて、愛と欲望の淵へと堕ちていくのだった。




「ちゅぅぅっ……ぷは……はぁん……んふふ……お疲れサマ、ジェラルド……」

私の作り出した常夜の空間に太陽が登ることはなく、どれだけの時間が経ったのかも数えないまま、延々と交わりを続けていた。丸一日は確実、もしかしたら数日間も、何週間も。
そして、無限の精力を持つ愛しい旦那様にも、体力の限界は訪れて。
懸命に私に抱きつき、舌を差し出し、最後の最後まで意識を保ち、私との交わりを望んで頑張っていたジェラルドは、ついに疲れ果てて気絶してしまう。健気で、可愛らしくて、愛おしい。
勿論、力尽きるその瞬間まで、ジェラルドの事を貪り尽くしてあげて……ようやく、唇を解放し、膣の蠢きを収める。
あまりにも長く続けていた、初めてのキス。唇に、舌に、愛しい男の感触がたっぷりと染み付いて、えも知れない充足感をもたらしてくれる。
ジェラルドも同じように、私の感触に支配されている。他の女の感触など、もう思い出せないに違いない。
私の存在を刻み込んであげたこの唇は、お口は、私だけのモノ。そう思うと、さらに愛おしくて、可愛らしくて仕方が無い。

「幸せよ……とっても幸せ……愛してるわ、うふふ……」

気絶するまで貪り尽くしてあげた旦那様。寝息を立てて、安らかな表情。
幸せそのものな寝顔を見ているだけで、私も幸せ。
交わりの中で、ジェラルドの幸せは私の幸せにもなって……胸に抱くこの感情は間違いなく、愛なのだと断言出来る。

「はぁぁん……精液、いっぱい……大満足よ、ジェラルド……」

子宮の中を満たすのは、熱く甘美なジェラルドの精液。長い長い交わりの中、ジェラルドはイきっぱなしで射精しっぱなし。おかげで、子宮は精液で風船のように膨れあがって、妊婦のようになれた。
子宮を精液に押し広げられた分だけ、快楽も、味わいも膨れ上がっていて。まるで、悦楽の巨塊を孕んでしまったかのよう。
ボテ腹を自らジェラルドに擦り付け圧迫しても、それすら快感。精圧が高まれば高まるほど、甘美な味わいは鮮烈になるのだから、堪らない。
既に責めを終え、ジェラルドの絶頂は収まりつつあるというのに、私の絶頂は終わらない。
精液ボテの甘美な感覚は、それだけでイきっ放しになる程。精を吸収し終えるまでの間ずっと、ジェラルドの味を一番敏感な場所で感じ続けられるのだから、幸せで幸せで仕方が無い。
魔物として産まれてきて良かったと、心の底から思える。

「でも……まだまだ欲しいわ、アナタのコト……」

満足すれども身体の火照りは収まらず、底無しの欲望は今も沸き立って。
可愛い寝顔を見れば、イタズラしてしまいたい気持ちがこみ上げてくる。

「ちゅうぅっ……んふふ……私の印、たっぷりつけてあげるわぁ……ちゅうっ……んぅっ……」

少し痩せこけたジェラルドの頬っぺたに、熱いキス。唇を離せば、頬にくっきりと浮かぶ、私の印。
独占欲を満たされる光景に、どうしようもなく顔がにやけてしまう。
もっと沢山、私の印をつけて、私のモノに……欲望のまま、ジェラルドの顔にキスの雨を降らせていく。

「うふふ、ふふ、ふふふっ……起きたらまた頑張ってもらわなきゃね……?」

キスマークだらけのジェラルドを見つめながら、ふと思い浮かんだ考え。
それは、彼が眠っている今のうちに、次の交わりの準備をしておく事。
眠っている間、彼の知らないうちに、徹底的に焦らして、性感を高め切ってあげて……眠りから目覚めたばかりで、わけも分からないままの無防備な所を滅茶苦茶にしてあげるのだ。

目覚めた途端にイき狂うジェラルド……どんな声をあげるのかしら?それとも、声さえ出ない……?きっと、無我夢中で私にしがみついて、びゅるびゅる、びゅるびゅる、子宮を突くぐらいに激しく射精して……とっても情けなくて、はしたなくて、可愛くて愛くるしくて、幸せな顔を見せてくれて……
ああっ、想像するだけでイってしまいそうだわっ……

「愛してるわよぉ、ジェラルド……好き……大好き……」

眠っているジェラルドの耳元で、子守唄のように優しく、そしてねっとりと、愛の言葉を囁いて……夢の中まで、私の愛を刷り込んであげる。

「ほら……私のために、精液作って……?うふふ、良い子……気持ち良くしてあげるから、頑張りなさい……?」

尻尾の先端を結合部まで這わせ、可愛らしい玉袋を絡め取って。袋の中で、玉がゆっくり動いて、懸命に精液を作っているのが分かる。
男の大切な部分を包み込み、優しく揉み解してあげれば、その動きは活発に。
皮の表面を尻尾の先でつつっ……となぞり回してあげると、きゅっと縮こまって。
愛でてあげればあげる程、精液を作ろうと健気に頑張ってくれる。

「あらあら……よだれなんて垂らして……んっ、れろ……」

玉責めの快楽に、口を半開きに、端からよだれを垂らしているジェラルド。無防備で情けないその姿も、惚れてしまったからには可愛らしくて愛らしくて仕方が無く、本能を大いに刺激されてしまう。
美味しいよだれをしっかりと舐めとりながら、優しく玉責めを続けてあげれば、肉棒もびくびくと私のナカで跳ねて、射精の準備を始めていく。

「うふふ……お預けっ……後で滅茶苦茶にしてあげるから、たっぷり我慢して、精液溜め込みなさいっ……?」

膣内の動きを、肉襞の一つに渡るまでしっかりと操って、ジェラルドに与える快楽を絞り込む。
肉棒をゆったりと包み込んで、とろとろに蕩けさせるような、ぬるま湯の快楽で、決してイかせない。
イく寸前にまで、じわり、じわりと追い込むけれど、その先はお預け。
寸止めされて、ぴくぴくと切なそうに震える肉棒を、慰めるように優しく撫で回してあげると、先走りがだらだらと溢れ出してきて。
イかせて、と懇願する肉棒は、パンパンに張り詰めて、私のナカで僅かずつ、しかし確実に硬さを、大きさを増していく。
玉袋も、うにうにと可愛らしく蠢きを増して、今か今かと射精の時を待ち望み、精液を増産していって。濃厚な精液がぎゅっと詰まっているであろう、ぷりっぷりの感触へ。

「私も、我慢してるんだから……起きたら一緒に気持ち良くなりましょう……?」

幾ら味わっても飽きる事の無い、ジェラルドの肉棒。咥えただけで、甘い精の味がじくじくと染み込んできて、肉襞でしゃぶりつくしたなら、蕩けおちてしまいそうな程。
子宮に直接精液を注がれようものなら、全身に至福の味と快楽が広がって。心までもが愛しい男に染められていくそれは、女として最高の悦び。
ジェラルドの身体がイきたがっているのと同じように、私もまた、ジェラルドの射精を待ち望んでいて。
しかし、それ以上に私は、我慢の末に訪れるであろう、未知の快楽を渇望していた。

「うふふ……私のジェラルド……もっと、もっと、離れられないようにしてあげるんだから……」

気絶するまで貪り尽くして、それを嬉々として受け入れる。そんな彼は既に、骨の髄まで私のモノ。
しかし、この甘美な独占欲が収まる事はなく。どこまでも深く、私のモノにしてしまいたい。

「このまま、焦らしに焦らして、じっくりと私の温もりを、匂いを刷り込んで……全身の性感をしっかりと高めてあげて……子宮の中の精液がなくなったら、私も一緒に、イくのを我慢してあげるわ……うふふ……
そして、アナタが目覚めたら、首筋に噛み付くの……弱点にもう一度牙を突き立てて、今度は毒を一気に注ぎ込んで……それだけでおかしくなっちゃうわよねぇ……?
勿論、それだけじゃないわ……たっぷり我慢して出来上がった私のナカで、イきたくてイきたくてビクビクしっぱなしのアナタのおちんちん、ぐちゅぐちゅに搾り尽くして……
起きたばっかりの無防備で敏感で、心の準備も出来てないアナタに、焦らしプレイの一番美味しい所だけ味わわせて、私に染め上げてあげるわ……うふふ、ふふっ、ふふふ……」

母性をくすぐられつつも、嗜虐心をそそられてしまう可愛い寝顔。
何も知らないまま寝息を立てているジェラルドに、容赦ない快楽責めをねっとりと宣告する。
まだまだ眠りは深く、焦らされても反応するのは正直な肉棒と玉袋だけ。
表情は安らかそのもので、頭を撫でてあげれば、一段と落ち着いた様子。
これから先、どんな風に寝顔が変わっていくのか、愉しみで仕方が無い。
愛しい旦那様が傍にいる。彼がたとえ力尽き、眠ってしまっていても、数え切れない愉悦がそこにあって。
愛しさと欲望、そして幸せは、際限なく膨れ上がっていく。






―― あぁっ、はやくっ……好きなのよぉ、ジェラルド……アナタが欲しくて欲しくて堪らないわぁ……だから、はやく、起きなさいっ……
一緒にイきたいんだから、愛してるんだからぁ…… ――

「ぅ……ぁ……んぅ……ぁぁ……」

染み込むように反響する、柔らかな響き。その距離は、だんだん近くに。
温かくて、熱くて、気持ち良くて。そんな心地が、どんどんはっきりとしてくる。
意識を優しく抱き上げられながら、心地良い眠気に身を任せ、温もりを、柔らかさを、ぎゅっと抱き締める。
愛しい人の存在。穏やかで、心安らか。
愛に包まれた至福の微睡み。ぼんやりとしながらも、確かな幸福。

「ほらぁ、起きなさい……?」

頭を撫でる、しなやかな手のひらの感触。母性に満ちた手つき。甘やかしながらも、優しく目覚めを促してくれる。

「うふふ、ふふ……可愛いわぁ、ねぼすけさん……」
「ふぁ……」

重たい瞼をゆっくりと開けば、目の前には、愛しい人の微笑み。
愛に欲に満ちたその眼差しに、心を奪われる。金色の光に吸い込まれて、戻れない。視線一つで、心までもを縛り付けられてしまう。微睡みの醒めきらない中、ただただ、夢見心地に見惚れて。

「んふ……あむっ」

くい、と首を傾けられ、蛇眼の束縛から解放され、我に返ったその瞬間。

「ーーーッ!!??」

深々と首筋に突き立てられる毒牙。それを皮切りに、何かが弾けて、爆ぜた。

「んぅ……ふぅっ……!」
「ぁ―――――――」

鼓動に合わせて巡る快楽。カラダの内側を蝕まれ、犯され、どろどろに融かされていく。カラダの表面から芯まで、熱く灼き焦がされてもいて。
融けて灼けたカラダを包み込まれて、ぎゅうぎゅうに押し潰され、擦りあげられて、搾り尽くされる。
カラダ全てから湧き上がる、途方も無い絶頂感。全身でイかされて、
彼女と繋がったその場所には、狂おしい程の熱が蠢いている。
全身を襲う絶頂感が集まり、塊になり、膨れ上がって。
気がふれてしまいそうな程の、何もかも吹き飛ばしてしまうような、圧倒的な快楽の奔流。
繋がり包まれた彼女のナカは、俺の全てを呑み込もうとするかのような貪欲さで蠢いて。最奥へと、精を搾り取られていく。脈動のたびに、視界が霞んで、意識さえも塗り潰されていく。心までもが、魂までもが、彼女に吸い上げられていくかのよう。
たたただ、彼女から与えられる気持ち良さだけしか考えられない。
突然に与えられた、未知の快楽。何が起きているのかも分からないまま、息も出来ずに、ただ口をぱくぱくさせ、跳ねるように彼女へとしがみ付く。
気持ち良すぎて壊れてしまいそうなのに、そこには恐怖も不安もなく。戸惑いさえも幸せに変わり、頭の中を埋め尽くされて。
メレジェウトのくれる愛と快楽に呑み込まれ、溺れていく。




荒れ狂う快楽の波。鮮烈さのあまり、時間の感覚は灼き切れて、ただただ気持ち良い。
永遠とも一瞬とも分からない間、滅茶苦茶にされ続けて。不意に、快楽の波が引いて、落ち着いて、穏やかになっていく。

「っ……はぁ、ぁんっ……ステキぃ……最高よ、ジェラルドっ……
射精、激し過ぎて、精液が子宮の奥まで、びゅるびゅる突いてきて……張り付いちゃうぐらい濃いのが、たっぷりっ……あぁっ、幸せっ……」
「ーっ、はぁ……っ……」

甘く愛しい声が、心地良く、頭の中に響き渡る。意味は通り抜けていって、残されたのは幸福な反響。
何を言っているのか分からないけど、気持ち良くて、幸せ。

「んふふ、とっても可愛くて、いやらしいカオ……気持ち良すぎて、おかしくなっちゃったのかしら……?
たっぷり焦らして……私の毒、一気に注いであげたんだから……私色に染め上げられて、嬉しいわよねぇ……?」
「ぁ……っ、はぁぁ……ぁーっ……」

霞んだ視界を埋めるのは、愛しい人。表情も碌に分からないのに、暖かな感情は伝わって。見るのも、見られるのも、気持ち良い。

「あらあら……そんなにびくびくしてっ、そんなに悦んで……放心するぐらい良かっただなんてっ……うふふっ……
せっかく眠気を覚ましてあげたのに……お目覚めのキスが必要ねぇ……?
んっ……れろぉ……ちゅうっ……」

重なる唇、絡め取られる舌。甘く、優しく、蕩けるような感触。
何もかも快楽に吹き飛ばされてしまった、そんな所に、愛情たっぷりのキス。
朦朧としていた意識がゆっくりと戻るにつれて、注がれる愛情に埋め尽くされていく。

「んふ……あむぅ……ちゅ、ちゅるっ……」

放心の次は、甘い陶酔。余計な物は何一つなく、意識はメレジェウトのモノ。
快楽の余韻に身体はビクついて、身体の自由は利かずにされるがまま。
蛇舌が、蛇体が、蜜壺が絡み付き、優しく包み込んでくれて。慈しむような、甘い締め付け。
愛されれば愛される程、愛しさは膨れ上がって、頭の中を染め上げていく。

「ん……ちゅぅ……はふ……んふふっ……目は覚めたかしら、ジェラルド……」

最後に強く吸い付いて、しゅるりと舌が解かれ、離れていく。自由になった、舌と唇。名残惜しい。

「ぁ……はぁ……メレジェウト……すき……あいしてる……」

愛情たっぷりのキスに、もはや思考は愛しいメレジェウト一色。湧き上がる感情のまま、蕩けた舌で愛を告げる。
好きだと、愛していると言いたくて仕方がなくて、そうするしかなかった。

「うふふ、私もよっ……愛してるわ、ジェラルドっ……私が欲しいのはアナタだけ……
ずぅっと一緒……離したりなんかしないわ……アナタは私だけのモノで、私はアナタだけのモノなんだから……」

幸福を湛えた満面の笑み。果てしない愛と欲望と執着に、心奪われて。望むがままに俺を愛してくれる彼女の、その在り方が愛おしい。
隅々にまで毒の行き渡ったこの身体。芯まで快楽が灼き付いて、刻み込まれて、もはやメレジェウト無しではいられない。
メレジェウトの言葉通り、身も心も彼女だけのモノ。その事実が、誇らしくて、嬉しい。
そして、彼女と同じ執着は、嫉妬深さは、俺の中にも確かに渦巻いている。それを見透かすように、メレジェウトは俺のモノであると宣言してくれて。不安を拭ってくれる優しさもまた、彼女の魅力。惹きつけられて、離れられない。

「あぁっ……ありがとう……メレジェウトっ……」

快楽の靄が掛かっているというのに、不思議な程に澄み渡った心地。彼女の言葉に感謝の念が湧き上がってきて。彼女は、底なし沼のような苦しみから俺を救ってくれたのだと、今一度実感する。
必要とされなくなる事に対する不安も、奪われてしまう事への恐怖も、心を軋ませる孤独も、今となっては遥か遠い過去のモノに過ぎない。この幸せが崩れる事という確信が、此処にあって。今一度、愛おしさが込み上げて、溢れていく。

「おれは、メレジェウトのモノ、だから……」

壊れそうな程の快楽で目醒めさせられてなお、彼女のモノとなったこの身体は、心は、悦楽を求めていて。
欲望のまま、愛しい人へのおねだりを考える。
貪られたい。食べられたい。愛されたい。可愛がられたい。そんな想いを、欲望を言葉に。

「うふふ……骨の髄まで貪って、愛し尽くしてあげる……私のジェラルドだものっ……」
「ぁ、はぁ、ぁっ、あぁっ、メレジェウトっ、ああぁっ……」

しかし、欲望を言葉にする前に、彼女はそれを見透かして。もはや、おねだりの必要すらない。
妖艶な舌舐めずりと共に再開される、甘美な捕食。
二度も毒を注がれた身体は、さらに敏感さを増していて。全身を包み込み、絡み付き、擦り付けられる蛇体の感触だけでイかされてしまう。
容赦無く蠢き始めた魔性の肉壺は、交わり始めた時と比べて明らかに、ぴったりと馴染んで、緻密で、柔らかくて、とにかく気持ち良い。交われば交わる程、その気持ち良さを増していて。
底無しの欲望を持つ彼女が与えてくれるのは、天井知らずの快楽。毒を注がれる程、交わる程、気持ち良い。
貪られる事が俺の望みで、貪る事がメレジェウトの望み。欲望はぴったりと重なり合って、お互いがお互いを想うがままに満たし合う、理想の愛の形。尽きる事のない欲望は愛情そのもの。
明けない闇夜の中、二人きり。果てのない愛と快楽の淵に、どこまでも、どこまでも貪欲に堕ちていくのだった。





「ん……焼きあがるまでもう少しのようだね」

パイ生地の焼ける香ばしい匂いと、果実と糖蜜が焦げ始めていく甘い香り。
愛しい人に、自分の作った物を食べて貰いたい、その舌を喜ばせたい。愛ゆえに、料理というものは、心が躍る。焼き上がりが待ち遠しくて、仕方がない。
薪火のはぜる石窯の前、微かな兆候を嗅ぎ取り、背後にもたれかかる。

「ふふ……あの子もそろそろ帰ってくるはずだし、ちょうど良いんじゃないかしら」

身体を受け止めてくれるのは、一緒に料理を手伝ってくれる、愛しの妻メレジェウト。
蛇体を何重にも巻きつかせ、後ろから抱きしめてくれている。
石窯の熱で汗ばもうとも、御構い無し。料理の最中でも、俺に絡み付いて、決して離れない。
身体に浸透していく彼女の温もりの、その心地良さは何物にも代え難く。暑さでさえも、彼女が与えてくれるなら、心地良い。

「今日はお友達が来るのだったかな……焼き立てをご馳走出来ると良いのだけれど」
「ええ、そのはずよ」

外に遊びに出ている愛娘が、そろそろ帰ってくる頃合い。
あの子が今、何処で何をしているかは、俺とメレジェウトも詳しく知らない。
我が家の育児方針で、自由にさせると決めているのだ。
尤も、友達を家に招く時はあの子の方から伝えてくれるし、何処かでご馳走になるのでなければ、おやつ時にはしっかりと家に帰ってくる。
さらに今日は、友達を連れてくる日らしい。交わり疲れて昼に起きた時には、書き置きが用意されていた。
焼き上がりつつある虜の果実パイは、あの子のリクエスト。

「うん……もう少しゆっくりしていよう、メレジェウト」

ともかく、虜パイが焼きあがるのを待つのみ。
蛇体の抱擁の中、もぞもぞと動いてメレジェウトの方に向き直る。

「……あぁ、やっぱり素敵だ」

彼女が身に纏っているのは、自らの手で仕立てた特製エプロンのうちの一つ。
勿論、身に纏うのはエプロンただ一つだけ。紛う事ない裸エプロン姿。
純白の生地に控えめなフリルに、蛇をかたどった刺繍がワンポイント。
欲望と悪を表す名を持ち、悪女と言うに相応しい風貌の彼女と、いかにも新妻風なエプロンの組み合わせ。
似合っていないわけではない。むしろ、とても似合っていて……その上で、ギャップによる凄まじい破壊力。愛おしさに耐えられない。
そして、彼女の身体を隅々まで採寸した結果、おっぱいをぴったりと包み込む乳袋が実現。豊満さを極めたおっぱいの造形が、くっくりはっきり、ぱつんぱつんで現れる。
しかし胸元は、下乳に続くまで大胆に、ぱっくりと開けられていて。側面の半球のみを覆った、もはや横乳袋と言うべきデザイン。
先端にあしらったのは、出逢った時の姿を彷彿とさせる、魔界銀のニプレス。おっぱいが零れ出てしまわないよう、服と乳首を固定するための物であり、メレジェウトの持つ、妖しく危険な雰囲気を引き立ててくれる。
開いた胸元の縁は乳肉に食い込み、柔らかさを主張して、煽情的。
魅惑の谷間から放たれるのは、溢れんばかりの母性。淫らで、興奮を誘いながらも、それ以上に甘えたくなって、抗えない。
魔性と母性の両方を引き立てる、新妻風エプロン。欲望を詰め込んだ力作で、メレジェウトのお気に入りでもある。

「うふふ、ありがと……ほら、来なさい……?おっぱいむぎゅむぎゅしてあげる……」
「んむっ……むぅー……すー……んむぅ……」

誘われるがままにおっぱいへと飛び込めば、メレジェウトの熱烈な抱擁。おっぱいに挟まれるための、このエプロン。
挟まれて、谷間に顔をうずめて、埋もれて、包まれて。優しく、しかしがっちりと頭を抱き込まれてしまって。
身体に巻き付く蛇体も、俺の身体を包み込むよう、隙間無く。甘い拘束、そして抱擁。望み通り、おっぱいに囚われてしまう。

出産を経て、大きさをさらに増したメレジェウトのおっぱいは、ぷるんと張り詰めていて。
触れただけで、母乳がたっぷりと、はち切れんばかりに蓄えられている事が分かってしまう。母性の塊とも言える、魅惑の弾力。
抱き締められ、おっぱいに沈み込めば沈み込む程、至福の乳圧に押し潰されて。

胸の間の空気を吸い込めば、ほんのりと甘く優しい母乳の匂いと、魔性の色香が入り混じっていて。それらは相反する事なく、絡み合って、頭の中を犯していく。
くらついて、陶酔して、母性愛に絡め取られて堕ちて行く、そんな、メレジェウトのおっぱいの匂い。

「うふふ、私のジェラルドは本当に、筋金入りの甘えん坊さんねぇ……んふふ、ぎゅーっ……」
「んぅ……むぅ……んー……」

虜パイが焼きあがるまでは、あと10分も掛からないだろう。けれども、その僅かな時間を待つ時も、愛しい妻に甘えずにはいられない。
どれだけ甘えれば気が済む、というわけではなく、この欲望もまた底無し。隙さえあれば、ついつい甘えてしまう。こんなに甘えん坊になってしまったのは、間違いなくメレジェウトのせいだ。
幸せな結婚生活。愛しい妻の胸に抱かれ、満たされた時間は続く。




「あ……帰って来るわ」
「むぅ……んぅ……はぁ……」

突然、家の中、リビングの空間が揺らいでいく。
娘の帰ってくる兆候を感じ取った俺とメレジェウト。どちらからともなく、名残惜しげに、拘束と抱擁をほどいていく。
それでも、身動きが出来る程度に、メレジェウトは絡み付いて離れない。勿論、俺も離れようとはしない。

「ん……丁度良い時間のようだね……あともう少しで出来上がりだ」

「ふふ……匂いを嗅ぎつけてやってきた……って所かしら?」

メレジェウトの胸の匂いをたっぷり堪能し、夢見心地になった、その余韻に浸りながら、改めて深呼吸。石窯から漂う、香ばしい匂い。けれども、甘美な余韻は上書きされない。
石窯を横目で軽く覗いて、中身を確認。虜の果実にも焦げ目がついて、良い塩梅。あと数分待とう。

後ろから抱きすくめられ、上半身には蛇体が二巻き程。歩くのに支障はない範囲で、ぎゅっと密着。
今度は、後ろからおっぱいに挟み込んでくれて。誘惑されるがまま、頭を預け、身を委ねる。
リビングへと二人で歩を進めれば、おっぱいの揺れる感触が、その圧倒的な量感が、柔らかさが、直接後頭部に伝わってきて、なんとも幸せ。
たとえ娘が帰って来ても、メレジェウトのおっぱいが俺の定位置。欲望には、幸福には、抗えない。



「よいしょっ……ただいまっ、ママ、パパっ」

リビングの一角、何もない空間。突如として、鋭い切っ先が宙から突き出る。
闇色に染まりながらも、妖しい輝きを放つ曲刀。その刃が、空間を斬り裂いていく。
そして、空間の裂け目、虚空から降り立つアポピスの少女。
人間で言えば、10歳程の幼い顔立ち。しかし、大人びているだけでなく、妖艶な雰囲気さえ漂う、そんな危うさを持った少女。
俺とメレジェウトの間に生まれた愛娘、ヤシュメア。
その愛娘が、転移魔法を行使して帰って来たのだ。

「ふふ……おかえりなさい、ヤシュメア」
「おかえり。お友達も一緒のようだね?」

濡れ色の黒髪、切れ長の目元、年に不相応な程の胸の大きさ。母親譲りの場所は数え切れない程。
その姿は、メレジェウトにサバトのお試し幼化薬を飲ませた時によく似ていて。
けれども、その瞳は俺と同じ翠色。外はねの癖っ毛も、俺譲り。あまり自覚はないけれど、メレジェウトはヤシュメアの仕草が俺とよく似ているとよく言ってくれる。特に、髪をかきあげる仕草がそっくりらしい。
この世で一番愛しい女性と、自分の間に、血を受け継いで生まれてきた娘。可愛くて、可愛くて仕方がない。
ある意味夢のようで、それでも夢ではなくて。その姿を見ているだけで、父親としての幸せが込み上げてくる。

「ええ、パパ。マリカが来てるわ」
「お邪魔するぞ、ラスボス夫妻よ。今日もたっぷり惚気話を聞かせてもらうからの!」

愛娘に続いて現れたのは、錫杖を携えた快活な褐色肌の少女。
やたら古めいた言葉を操るその子は、隣国を統べるファラオの、その娘、隣国の第一王女であるネフェルマリカ。
ヤシュメアもまた、この国の女王の娘であり、王女と呼ばれる身分である。
とは言え、この二人は公的な場で仲良くなったわけではない。ヤシュメアがわざわざ隣国まで良い男を探しに行った時、偶然出会い、男の好みについて一悶着起こした末に意気投合したらしい。
自由にさせていたら、いつの間にか隣国の王女と親友に、ネフェルマリカちゃん曰く『まぶだち』になっているのだから、我が娘ながら大物だ。

「うふふ、いらっしゃい……」

旧魔王時代、ファラオを葬るために生み出されたと語っていたメレジェウト。今の魔王に代替わりし、いわゆる魔物娘となった後でも、彼女はファラオと対立していた。
彼女が生み出された理由を考えれば、それが血に刻まれた存在意義であったらしい。
しかし、今や彼女はファラオの事など心底どうでも良いらしく。ただただ一人の女であり、俺の妻であり、ヤシュメアの母親と公言してはばからない。
ファラオの娘ではなく、ただ愛娘の友達として、ネフェルマリカちゃんの事も歓迎している。
ヤシュメア自身もまた、そんなメレジェウトの教育の賜物か、アポピスという種族が持つファラオへの執着を無くしている。教育と言っても、ただ、俺とメレジェウトが愛し合う姿を見せていただけだが。

また、メレジェウトは、かつてはいがみ合っていたらしい隣国のファラオとも、今では母親同士で仲良くしているぐらいだ。
ただし、顔を合わせたならば、基本的には終わりの無い惚気や娘自慢合戦が始まるので、そういう意味ではある意味ファラオと対立しているのかもしれない。他者と比べて話をするのではなく、ただ純粋に素敵なところを自慢するだけだから、随分平和ではあるのだが。

「やあ……丁度良いタイミングだったね、虜パイが焼き上がる頃合いだ。あちらのテーブルで待っていてくれたまえ」
「本当?焼き立てだなんて」
「おお……それは朗報じゃな、早速手を洗ってくるぞ!」
「ふふふ……」

焼きたてと聞いて、目を輝かせる二人の少女達。大人びていても、やはり年相応に子供っぽく、微笑ましい。
それに、自分が作った料理を心待ちにしてくれている、というのは主夫冥利に尽きる。
メレジェウトと顔を見合わせ、笑みを交わす。すっかり、慈愛に満ちた母親の表情。自分もまた、父親らしい顔をしているのかもしれない。
愛しい人が傍にいて、愛娘は元気に友を作り、心配事もなく育ちつつある。
ありふれているようで、かつては狂おしい程に渇望していた光景。幸せな家庭が此処にはあった。




「さて……切り分けよう」

大皿の上には、こんがりと焼き目のついた虜パイ。石窯から取り出したばかり、熱々の出来立て。
ラスフォボス家に伝わるアップルパイのレシピをベースにアレンジを加え、妻と娘の好みにぴったり合わせた。
虜の実の花から作られた蜂蜜と、果汁を煮詰めて濾し、蜜状になるまで濃縮した虜蜜。
小ぶりな虜の果実をそれらの蜜でじっくりと漬け込んで、丹念に百幾層にも折り重ねて作られたパイ生地の皿に敷き詰めて、石窯でじっくりと、しかし大胆な火力で焼き上げる。虜の果実をふんだんに使った自慢の一品。
そのレシピを知るのは、俺とメレジェウトとヤシュメアのみ。きっと、愛娘ににとってはこれが『家庭の味』に違いない。勿論、俺とメレジェウトにとっても。

それを切り分けようと、ナイフを手に取る。特注の極薄刃は、刀身がしなる程。斬れ味が鋭く、家庭で使うには本来なら危なっかしい代物なのだが、魔界銀製なので安心安全。
愛用のサーベル一つあれば何かを切る時にはどうとでもなるにせよ、食卓に持ち込むには物騒に過ぎる。
サクサクのパイ生地を崩さずに綺麗に斬り分けるのもまた俺の仕事であり、日常における剣技のちょっとした応用だ。

「うむ。わらわは丸ごと一個でも平らげてみせるがの」
「マリカったら……ねぇパパ、今日は私に切り分けさせて?」

食い意地の張った事を言いながらも、ファラオの血を引く少女は艶めかしく舌舐めずり。
そして我が愛娘は、ナイフを持った俺の手にそっと触れながら、上目遣いでお願いしてくる。
二人の仕草は自然であり、誘惑の意思も感じられないながらも、人間の感覚で言うのであれば、遥かに歳不相応な蠱惑を孕んでいて。幼い少女に見えても、魔物は魔物なのだとしみじみ思う。
並みの男であれば、容易に籠絡出来るに違いない。
尤も、それはある種で客観的に見た感想であり……俺個人としては、娘達に男としての感情を抱くことは全くない。
俺が男として惹かれるのは、愛しの妻、メレジェウトたった一人だけ。それが揺るぐ事は無い。

「おや……ならばお手並み拝見、と行こうじゃないか」

ナイフを手渡し、行方を見守る。父親として、可愛い娘のお願いを断る理由は無い。
身に付けた技を俺達の前で、友達の前で披露したくて仕方ないのだろう。微笑ましくて仕方ない。
その技が、他ならぬ自分が教えたものなら尚更に。
それも、ヤシュメアの方から剣技を学びたいと言いだしてきて……今思い出しても、つい?が緩む思い出だ。
理想の旦那様を捕まえるため、そして護るため、というのもまた、父親としては喜ばしい理由だ。

「ほう……見ものじゃのう」
「ではでは……えいっ。はい、どうぞ……マリカ、パパ、ママっ」

ナイフを構え、素早く二閃。ただ鋭利に斬るだけではなく、食卓に相応しい優雅さ、美しさを兼ね備えた太刀筋。
微かな音を立てながら虜パイにT字の線が走り、3つに分かれる。
いつものように、半分が一つと、四分の一が二つ。2人前の大きさは、俺とメレジェウトが一緒に食べる分だ。
そのままヤシュメアは虜パイを各々の皿に取り分けて、自慢気に差し出してくれる。甲斐甲斐し良い姿。良妻の素質がある事は間違いない。

「ありがとう……流石だね、ヤシュメア」

虜パイの断面を見てみれば、サクサクのパイ生地の層も、虜の果実も殆ど潰れないまま、綺麗に両断されていて。
虜の果実の断面からは、熱々の果汁がとろりと流れ出して、一際濃厚な甘い香りを放っている。
普通ならば、ナイフを入れた部分の生地は潰れ、果汁は飛び散ってしまう所だ。無駄な力なく、ブレる事の無いナイフ捌きあってこその技。
まだまだ甘い部分はあるが、娘の歳を考えれば、末恐ろしい技量。
己の才能を、積み重ねてきた技を娘が受け継いでくれる。ああ、なんと素晴らしい事だろうか。
勿論、そうでなかったにしてもヤシュメアの愛しさは揺るぎ無い。たとえ、親馬鹿と言われようとも。

「うふふ……お見事。さて、冷めないうちに頂きましょう?」
「おお、やるのう……流石はメアちゃんじゃな。うむ、いただくとしようぞ。美しさに磨きをかけるのじゃ」
「ふふ、ありがと……さ、いただきまーすっ」

皆が皆、待ちきれなかったという表情で皿に向かう。
それもそのはず、虜の果実をふんだんに使ったこの虜パイは、より淫らに、より美しくなるための食事でもあるのだから。
愛しい妻は勿論、子供達も女磨きに余念が無いのは、やはり魔物の性なのだろう。

「はい、メレジェウト、あーん……」

虜パイを一口に切り分けて、愛しい妻の口元へと運ぶ。娘とその友達の目の前でもお構い無しに、
料理を美味しく作る事は勿論、美味しく食べて貰う事にも抜かりはない。夫として誇りを持っていると言ってもいいぐらいだ。
口移しも捨て難いが、サクサクのパイ生地が台無しになってしまうし、食べ終わる頃には昂りのままに寝室へと直行する事が想像に難くないので、今はやめておく。夕食後のデザートにこそ口移しが相応しいだろう。

「あーんっ……んむ……んぅーっ……とっても美味しいわぁ、ジェラルド……」

口を開けて、ぱくりとフォークを咥えるメレジェウト。一瞬だけ、口元に覗く牙。首筋が甘く疼く。
愛情をたっぷり込めて作った熱々の虜パイを頬張った彼女は、幸せそうな声を漏らしながら、満面の笑みを向けてくれる。
大人の魅力をたっぷりと携えた彼女が見せてくれる、年頃の女の子のような笑顔。美しく妖艶なだけでなく、可愛らしいメレジェウトの姿。いつ見ても、心を奪われてしまう。愛しさが溢れて、これだから料理はやめられない。

「はい、お返しっ……ふー、ふー、あーんっ……」

笑顔を絶やさないまま、身を寄せ、絡みついてくるメレジェウト。猫舌な俺のため、息を吹きかけて冷ましてから、お返しの虜パイを口元に運んでくれる。
まるで、娘とその友達にも、俺が彼女の物であると見せつけるかのよう。
尤も、見せつける相手が居なくとも、食べさせてくれる事には変わらないのだけれど。

「あーん……あむ……ん……はぁぁ……おいしいよ、メレジェウト……やはりメレジェウトに食べさせて貰うのが一番だね……」

内側、その断面からは熱くどろりとした乳白色の果汁を滴らせ、外側には濃縮された蜜がたっぷりと染み込み、その桃色を濃くした虜の果実。
虜パイを口にすれば、濃厚な甘みが幾つも舌に絡みついて、味覚を蕩けさせていく。
その香りもどろりと濃厚で、肺の中まで甘く染め上げられてしまいそうな程なのに、決してむせ返ることはない。
パイ生地の軽やかな食感は、良いアクセント。虜の果実と合わせて、虜パイの食感はサクサクで、どろどろで、とろとろで、ぷるぷる。
こんがりと焼きあがったその香ばしさが、熱され焦げてカラメル状になった蜜の苦味が、甘さをさらに引き立てて。
濃厚なのに決してくどくなく、後を引いて、とても一口では満足できない。まさに、虜味。
その調理を手伝ってくれたのは、他ならぬメレジェウト。愛しい妻の愛情までたっぷりと込められていて。
その上、『あーん』までしてくれるのだから、甘々尽くしで、心まで甘く蕩けてしまい、虜を通り越して幸せ味。もはや、恍惚とさえしてしまう。

「あらあら、お口についてるわよぉ……?ん、ちゅぅ……れろっ……ちゅぅぅっ……うふふ、綺麗になったわぁ……」
「ふぁ、ぁ……ありがとう、メレジェウト……ぁ、おいしい……」

両頬に添えられる、すべすべの手。濃紫の唇が、口の端めがけて迫ってきて。甘く、拭い取るようなキス。
それだけでは終わらず、ちろちろと這い回る、艶かしく濡れた感触。
唇を素早く、そしてくまなく舐め回され、味わわれてしまう。
別れ際に強く吸い付いて、メレジェウトは悪戯な笑み。
本当に口元が汚れていたのか、それはもう、俺には分からない。
唇に残されたのは、虜パイを食べた彼女の唾液。
それを舐め取れば、虜の果実の残り香に引き立てられた、彼女自身の仄かな甘みが舌を悦ばせてくれる。恍惚が上乗せされて、見つめ合ったまま戻れない。

「おお……甘味を食べる時はああやって迫るのか。やはり参考になるのう……
我が家では父上が堅物ときておるから……お目にかかれぬ光景じゃな。母上が王の力で命令すれば別じゃが、趣が違うからのう」
「ふふ……娘の私から見ても、うらやましくなっちゃうぐらい、ラブラブよね……」

羨望の視線が注がれるのを感じて、さらに悦びは増していく。それがたとえ、娘とその友達のものであっても、見られているのが、父親の威厳も何もない有様であっても。
俺がどれ程までにメレジェウトの事を愛していて、虜になっているのか、堕ちてしまっているのか。メレジェウトのモノである事を主張したくて、仕方がない。
交わり貪り合う秘め事は勿論、言葉の通り夫婦二人だけの秘密。彼女の裸体は、快楽に耽るその姿は、他の誰にも見せたくない。メレジェウトは、俺だけのモノだから。勿論、その逆も然り。
しかし、恋人同士の甘々で、愛情に溢れたスキンシップは、むしろ見せつけたい。メレジェウトとの仲を、たっぷり自慢するのだ。

「うむ……夫を陥落させて、デレデレに仕上げるのもまた、乙なものじゃな……」
「素直じゃないのも可愛いって言うけど、やっぱり素直な方が好きかしらね、私は……」

それに、娘達も魔物らしく、こういった事柄には興味津々だ。
ヤシュメアがいずれ独り立ちし、運命の相手と出逢って夫婦生活を営む、その時のお手本としても、俺とメレジェウトがいかに愛しあっているか、それを見せてあげる事は大切だ。
これもまた、魔界流の教育の一環だとメレジェウトは言う。
事実、ヤシュメアは母親譲りの頭の良さで、メレジェウトが俺にしてくれる色んな事を、しっかりと知識として蓄えているらしい。
耳年増、とも言うのだが、それもまた、魔界の美徳。メレジェウトのモノになってから、しばらくは馴染めなかったが……今はもう、娘が魔物らしく淫らに、立派に育ち、良い男を捕まえて幸せを謳歌してくれる事を心の底から願っているぐらいだ。

「はぁ、それにしても……美味じゃのう、美味じゃのう……美しさがこみ上げてくる気さえするぞ、この虜パイ」

パイ生地をサクサクと齧る音と、舌鼓を打つ幸せそうな声。ヤシュメアのお友達にも、お気に召してもらえているらしい。むしろ、彼女が一番食べ進んでいるような気さえする。

「「うふふ、美味しいでしょう?」」

そんな中、重なり響く、二人分の声。
低く艶めいて、ねっとりと絡みつく妖しい声質と、高く張りがありながらも、落ち着き大人びた、アンバランスさが蠱惑的な声質。
その声の主は、他ならぬ、愛しの妻と娘。
誇らしげで、自慢気で、愛情に満ちた言葉。
メレジェウトの手は、尻尾は、俺を労うように優しく頭を撫でてくれていて。

「あぁ……ヤシュメアぁ……メレジェウトっ……」

俺が唯一愛を注ぐ相手である妻と娘に、まるで合唱のように重なり合った声で自慢され、夫としての喜びと、父親としての喜びが同時に押し寄せてきて。
感極まって、嬉しさが重なり、目に涙さえ浮かべてしまう程。そして、頭の中では二人の声が何度もぐるぐると反響して。
家庭の中、ありふれた日常の最中。だというのに、ちょっとの拍子で幸せ漬けにされてしまうのだった。




「今もそうしておっぱいに頭を預けっぱなし、べったり甘えっぱなしで、可愛い可愛いと言われておる父君がじゃな、格好よい感じの思い出を聞きたいものじゃのう」
「あら、パパにだって格好良い所はあるのよ?確かに普段は可愛がられてるけど」
「ハハッ……メレジェウトは、それで良いと言ってくれるからね……」

テーブルを囲み、メレジェウトの惚気話の続く中。普段はあまり格好良くないと言外に言われているような、二人の言葉。
だが、それは大した事ではない。メレジェウトの寵愛を一身に受けられるなら、俺はそれで良いのだ。
ヤシュメアにとって良き父でありたいとは思うが、別にメレジェウト以外に格好を付けたいだとか、そういった気持ちは欠片もない。
だから、娘の前でも、そのお友達の前でも、甘える事は憚らない。
背後から抱きすくめられ、胸の谷間に埋もれて、頭を優しく撫でてもらって……そして、恥ずべき事もなく堂々としている。

「格好良い思い出ね……一杯あってどれを話すか悩んじゃうわ。
出会った時から格好良かったし、お料理している背中も格好良いわよ?
勿論、剣を構えている時も……最近執事服を着せたけど、あれも素敵だったわぁ……挙げればキリがないわよ?
でも、一番はやっぱり、ヤシュメアがお腹に居た時の話になるかしら」

愉しげに惚気続けてくれるメレジェウト。そんな彼女に、俺の身体は手慰みにされてしまっている。
俺の着るこの服についているのは、底の抜けたポケットとでも言うべきまさぐり穴。
しなやかな彼女の指が、吸い付くような掌が。服の上からではなく、内側で、肌と肌が直に触れ合う。それだけではなく、尻尾の先端も服の内側に滑り込んでいて。
胸板をぺたぺたと触られたり、撫で回されたり、指を這わされたり。尻尾を擦り付けられたり、巻きつかれたり。
そこに俺を責め立てる意図は存在しない。ただただ、身体を直に触れ合わせて、お互いの感触を確かめる。
そこにあるのは、心地良い温もり。少しだけ濃密なスキンシップ。俺は、メレジェウトは、常に触れ合っていたいのだ。
勿論、彼女がその気になれば……その時は、あっと言う間に滅茶苦茶にされてしまう。それもまた、愉しみの一つ。

「ん……ああ……あの話かな。アレは……確かに、誇るべき出来事だった」

愛しい妻の感触をたっぷりと味わう中で聴こえてくるのは、嬉しそうに俺の事を褒め称えてくれる惚気の声。
虜パイを食べ終わってから今まで休みなく。それも、彼女の唇は俺の頭のすぐ上。
延々と、間近で聴かせてくれるのは、愛の囁きにも等しい甘美な響き。
頭の中は既にどろどろに、甘々に融かされてしまっていて。今日も、メレジェウトに心を奪われっぱなし。

「あ、私の大好きな話っ」
「ほう、ヤシュメアちゃんのお墨付きとな。気になるのう!」

メレジェウトに向かい、興味の尽きる様子の無い子供達が微笑ましい。
ヤシュメアはこの話を何度もメレジェウトから、そして俺から聞いているにも関わらず、嬉しそうに笑う。

「ヤシュメアがお腹に居た時……身重の私につけ込むように、教団がこの国に攻めてきた事があったの」

そして、メレジェウトは話を始める。ヤシュメアを身篭った最中の思い出。

「いつもなら二人で迎えうつのだけれど……妊婦が戦いに出て、万一の事があってはいけないから。
俺だけが戦場に向かったのさ。メレジェウトとお腹の子……ヤシュメアを護るためにね」

ただの兵が幾ら集まろうとも、この国の軍にとってはさしたる問題ではない。ただ、この国の夫婦がどれだけ増えるか、という違いしかない。
ただし、教団の勇者が出てきた時は話が別となる。対抗出来る存在はこの国でも稀有だ。
だからこそ、メレジェウトの部下に任せておくわけにもいかなかった。
妻に、子に危害が及ぶ可能性があるのであれば、他者に任せず自らの手で排除する。それが一番確実な方法であり……男としての矜持でもある。
それに、妻の知り合いが死ぬ事になっても寝覚めが悪いし、家族友人以外に興味が無いなりに、世の中はなるべく幸せに回って欲しい。それが人の情というものだ。

「妻と子供を護るために、戦いに赴く愛しの旦那様……うふふ、乙女なら憧れるのではなくて?」
「これぞ男子の本懐……とも言わせてもらおうかな。離れるのは寂しかったけどね」

メレジェウトのモノとなったが、今も鍛錬は続けている。この剣を彼女に捧げるために。
それが実を結んだ出来事なのだから、やはり俺にとっても、改めて感慨深い物があった。
そして、こうしてメレジェウトが喜んでくれる事が何事にも代え難い。
この話をする時のメレジェウトは、いつにも増して嬉しそうに、幸せそうにしてくれている。
上機嫌に尻尾をくねらせ、抱きつきながらも全身をすりすりと擦り付けてきて、実に上機嫌だ。

「おお……確かに……護ってくれる旦那様、うむ、わらわも欲しいぞ……!」
「ふふ……本当、憧れちゃうわ……普段は甘えん坊なのに、いざという時は頼れる旦那様……パパとママみたいに愛し合う日々……」

片方は目を輝かせ、もう片方は?に手を当てうっとりと呟いて。二人とも、羨望の眼差しでメレジェウトを見ている。それだけ、メレジェウトの姿が幸せに映るのだろう。夫として誇らしい事だ。
子供相手にに幸せ自慢というのも些か大人気ないように思うが、魔物の感覚からすると別段そういう事も無いらしい。

「しかし、甘えん坊の主夫にしか見えぬのにのう……どうしてなかなか」
「可愛くて格好良いからって惚れちゃダメよ?ジェラルドは私だけのモノなんだから」
「くふふ、お熱いのう」
「ふふ、本当にね」

娘の友達の言葉に、すかさず所有権を主張するメレジェウト。
勿論、本気で取られるとも思っていないし、嫉妬しているわけでもなく、ネフェルマリカちゃんにその気が無いというのも分かりきっている。
なんせ、旦那候補としては論外とまで言われている。メレジェウト一筋であるが故に、幸せにしてくれる光景が全く想像出来ない、本能レベルで食指が動かない、王の力による誘惑も効かないだろう、との事だ。実に光栄。

つまる所メレジェウトはただ単に、何かにかこつけて、俺が彼女のモノである事を主張したいだけ、私のモノだと自慢したいだけなのだ。
そんな彼女の意図をちゃんと汲み取る辺り、子供達の方が大人な対応で、メレジェウトの方が大人気ないように見える。
それでも、惚れた相手ならばそんな所も微笑ましくて、愛おしい。見た目に沿わない可愛らしさがまた、堪らないのだ。

「それで、妊娠中はワケもなく心細くなっちゃったりするモノなのだけれど……それも相まって、あの時はこれ以上無いくらい、ジェラルドの事を頼もしく感じちゃったわぁ……うふふ。
勿論、離れるのは寂しくて寂しくて、どうにかなってしまいそうだったけれど……」

段々と、メレジェウトの語る声に熱が籠っていく。少しずつ早口に、言葉に速が乗ってきて。
身悶えするような動きのスキンシップ。抱きすくめられ、彼女の蛇体に囚われ、もみくちゃにされてしまう。

「始まったわね」
「うむ、始まったのう」

顔を見合わせて頷く子供達。お待ちかね、という様子。

「戦いの様子は、魔術を使ってしっかり見守っていたの。
うふふ……ジェラルドったら、剣技を極め過ぎて、衝撃波を出せちゃうのよ?
一閃で教団兵を薙ぎ払うジェラルドは、本当に格好良くて……不安も忘れて見惚れちゃった……
勇者との一騎打ちも、とっても素敵だったわぁ……
無駄の無い動きで相手の剣を躱して、懐に入って……鎧の隙間を縫って、一撃。
優雅で、圧倒的で……思い出すだけで濡れてきちゃうぐらい……」

甘ったるく熱を帯びた声に、うっとりとした響き。くねくねと身悶えしながら、俺の事をぎゅうぎゅうに抱き締める、その動き。
人間の感覚で言えば、とても一児の母とは思えず、有り体に言えば、年甲斐も無く。
胸に抱かれたまま首を傾け振り向けば、そこに見えるのはまさに、恋する乙女の眩しい笑顔。
惚気話を語り続けに続けて、その勢いは止まる気配を見せない。
彼女は、世界で自分が一番幸せな女であると確信している。
あらん限りの幸せを振り撒いて、振り撒いて。圧倒的なまでの、幸せの放射。
娘達はにこにことしながら聞き入って、聞いてるこちらまで幸せになる、と言いたげ。

「戦いが終わって、ジェラルドが帰って来た頃には……すっかり昂ぶっちゃって……うふふ。
数時間も離れていたから、身も心も餓え切っちゃって……妊娠中だったから尚更よねぇ。子宮が疼いて、もう、ジェラルドと愛し合う事だけしか考えられなかったわ……
ジェラルドをベッドに引き摺り込んで、汗ばんだ身体をたっぷり堪能したんだから……うふふ。
愛しい匂いに包まれて、ぎゅっと甘えて……甘えながら、ジェラルドを貪り尽くして、搾り尽くして。
主導権は私が握ってるのに、ジェラルドは私の存在をしっかり受け止めてくれて、安心させてくれて……うふふっ……
腕枕をして貰って、髪に手櫛を入れて貰って、ねっとり優しく愛を囁かれて……そんな中、まるで噴水みたいな勢いで精液がたっぷり……
大きくなったお腹が、精液でさらに膨らんで……それが愛しい娘の糧になるのだと思うと、いつにも増して嬉しくて……
途中で体位は変えて、色んな交わり方をしたけれど……寝ても起きても繋がりっ放し、交わりっぱなしで、ずうっと精液ボテ……うふふ……ヤシュメアを産むまでの間、何ヶ月もずっとよ。
ヤシュメアったら、お腹の中でもとっても元気だったの……これ以上無いぐらいに満たされながら育ったんだもの、当然よね。
産卵するだいぶ前から、卵が子宮の中でごとごと動いて、愛しい娘の存在を感じちゃって……堪らなかったわぁ……
うふふ……ボテ腹セックスは良かったわよぉ……?妻としても、母親としても、女の悦びを味わえるんだもの。女としての至福よ、うふふ。
それに、ジェラルドったら、私のおっぱいが張り始めた途端、母乳飲みたさにおっぱいを離さなくなっちゃったのよ?
おっぱいを撫で回したり、揉み解したり、搾ってきたり……乳首を摘まんで、こねくり回して、舐め回して、吸い付いて……
どうしたらおっぱいが出るようになるか、一生懸命に試行錯誤するジェラルド……とっても微笑ましくて、可愛くて……真剣で、ちょっと格好良かったわぁ……
沢山おっぱいを愛してくれて、ようやくおっぱいが出るようになったら、ジェラルドは甘えん坊に戻っちゃって……無我夢中で私のおっぱいに吸い付いて離れなかったの、ジェラルドったら……
んふふ……おっぱい飲んでる時のジェラルド、無防備で、赤ちゃんみたいなの。私の母性に、おっぱいに"堕ちた"って感じ、本当に堪らないわぁ……
母性本能を擽られるのも勿論だけど、滅茶苦茶に絞り尽くしてあげた時の、とろとろになった、だらしなくて緩みきった可愛い顔も合わせて、もう最高……」

幸福と愛に満ちた甘酸っぱい言葉が押し寄せてきて、頭の中は染め上げられて、犯されて。
今なお恋する乙女なメレジェウトはもう止まらない、止められない。



「ふぅ……沢山話して満足しちゃった……聞いてくれてありがとうね?」

心ゆくまでたっぷりと惚気話をし終えて、メレジェウトは満足気な様子。
その間、これでもかと褒め倒され、頭の蕩ける言葉を延々と聴かされていたのだから、それはもう夢見心地で。
惚気話が終わってようやく、まともな思考が戻って来る。それでも、頭の中は甘く靄が掛かったまま。

「うむ。おやつともどもご馳走様だったのじゃ。世には幸福が満ち溢れておる。今日もそれを、よーく知る事が出来たのじゃな。
幸せをたっぷりおすそ分けしてもらったぞ、くふふ。他人の恋話は蜜の味じゃ。ついでに別腹でもあるな。
はぁ、ボテ腹授乳セックス漬け……憧れるのぅ……わらわも未来の婿殿の子を孕んだ暁には……はぁ、夢が溢れるのう……」
「ふふ……ママのお話、何度聞いても飽きないわ……旦那様探し、頑張らなきゃ。
ああ、どうやって堕とすかもじっくり考えて……
やっぱり、ママみたいにおっぱいで堕としちゃうのが一番かしら、うふふ」

惚気話を聞いた子供達は、羨望の声をあげ、未だ見ぬ夫へと思いを馳せていて。その思いの丈というものは、成熟した魔物と何も変わらず。夢見がちながらも、欲望に塗れている。

「ロリ巨乳め、いいとこ取りをしよって……いずれ追い抜いてやるぞ、わらわは大器晩成型なのじゃ。毎日欠かさずホルミルクも飲んでおる」
「ふふ……まだまだ育ってるもの、追い抜かれるつもりはないわ」

子供には不釣り合いな大きさの胸を寄せ上げ、愛娘は自慢気に語る。自身の身体に確固たる自信を持っている辺りや、勝ち気な辺り、やっぱりメレジェウトに似たのだろう。

「おのれ、勝ち誇りおって……胸の大きさだけが魅力ではないのじゃぞ……」

身体の発育とか、女としての魅力について友達と言い合いをする。魔界では、これもある意味子供らしい風景で、微笑ましい。

「でも、おっぱいは大きい方が好きよね?パパ」
「俺はメレジェウトしか眼中にないよ」
「うふふ、ジェラルドったら……」

たまにこうして言い合いが軽く飛び火してくる事もあるが、そういう時は妻をいかに愛しているかを知らしめる事にしている。
答えになっていないかもしれないが、惚れた女が一番に決まっている。俺はメレジェウト一筋なのだ。

「ほれみろ。乳の大きさに関わらず、惚れさせたもの勝ちという事じゃ」

そんな俺の意図をしっかり汲み取ってくれる辺り、ネフェルマリカちゃんも中々出来る子ではあるのだが。

「でもメレジェウトのおっぱいは大きい方が好き……」

メレジェウトのおっぱい以外は眼中にないとしても、メレジェウトのおっぱいは大きい方が嬉しい。それは確固たる事実で。
ネフェルマリカちゃんには悪いのだが、事実は事実として伝えさせてもらう。おっぱいの前で嘘はつけない。
一般的な男は恐らく巨乳が好き、と言わないだけ優しいだろう、たぶん。

「おのれ、おのれぇ……!」
「ふふふ……」

悔しがるファラオの娘。如何にも子供らしい愛嬌がある。その様子を見て勝ち誇る愛娘も、やはり可愛らしい。
しかし、計算通りと言いたげな表情でもある。俺が質問にどう答えるか、予想がついていたのだろう。悪い子だ。でも可愛いから許そう。

「ふん……もうよい、このおっぱい一家め。貧乳好きもおるし、幼いが故の魅力というものもある。大人っぽいからといって調子に乗るでない。
ようは婿殿を虜に出来れば良いのじゃ、幸せに出来れば良いのじゃ。何よりもそれが肝要なのじゃ。
わらわの王の力の前では、どんな男もイチコロよ。喜んでわらわのモノとなるわ」

相手を幸せに出来れば良い。それは、俺とメレジェウトが到達した答えの一つ。
この歳にしてそう断言出来る辺り、やはりファラオの娘に相応しい物を持っていると思うのだが……なんにせよ、拗ねながら言っているので説得力が全くない。

「それなら私の毒だって負けてはいないわ……血の一滴まで私色に染め上げちゃうんだから」

王の力を話に持ち出せば、淫毒を以って張り合う。ある意味で、ファラオとアポピスらしいやり取りか。
単に、二人とも負けず嫌いな性格というのもあるのだろうが。

仮に……もし仮に、二人が同じ男に惚れたなら、競い合って凄まじい事になるに違いない。そんな事を、ふと考えてしまう。

「まあ、お互い肝心の相手がおらぬがのう……なんにせよ良い男を見つけねば、事は始まらぬ。そろそろ部屋で計画を練るとするかのう、メアちゃん」

そして、思い出したように男日照りの愚痴を言うと、子供達は部屋へと戻って行く。

「はぁ、そうよね……そちらの国も男日照りだものね……この辺りの勇者の情報は粗方調べ尽くしたけど、琴線に触れるものではなかったし……
手当たり次第に会って、直接見極めるには、手間が掛かり過ぎるものね」
「じゃのう……次は、埋もれた良い男がおらぬか調べる段階か。難航しそうじゃのう……」
「そうねぇ……マリカ」

男が見つからないなら探して、捕まえる。それも、最上級の資質を持った人間を。必要とあれば、国さえ陥す。
並大抵の魔物にはそう出来ない事だが、娘になら出来る。

ヤシュメアがお腹に居る時、俺とメレジェウトは四六時中交わりっぱなしだった。妊娠中に精を注げば注ぐほど、強く淫らな子が生まれるのだから、アポピスという種族も相まって、ヤシュメアの持つ魔力は一線を画している。
そして、せがまれるがままに技術や学問を教えれば、瞬く間に覚えていった。
魔法の才能も妻譲りで、困難とされる空間転移の魔法までをも容易く使いこなしている。
剣の才も俺から受け継いで、既にその技量は勇者に対しても通用する程。
そして、魔法と剣技を自在に組み合わせる卓越したセンス。俺とメレジェウトが教えた剣は、魔道は、娘の手によって新たな形へと発展しつつある。
魔法剣士。もはや、俺もメレジェウトも真似が出来ない領域。
俺とメレジェウトの愛の結晶は、正真正銘の天才だ。その親友もまた、娘に匹敵するだけの力を持ち合わせていて。
だからこそ、やりたいように男探しをやらせているのだった。

「ふふ……頑張ってね?」
「ん……孫をたのしみにしてるよ」

部屋へと向かう子供達を、二人で見送る。恐らく、愛娘が一人立ちする日はそう遠くないだろう。娘がその気になれば、明日からでも。
しかし、そこに不安は欠片もない。
ヤシュメアならば、どんな男に惚れたとしても幸せになるだろう。強引に、我儘に相手を愛し、幸福で染め上げて、自分を幸せにさせるに違いない。
メレジェウトが俺に幸せをもたらし、俺が今、メレジェウトを幸せにしているように。この子もきっと、そんな関係を築き上げるのだから。






「んぅ……そろそろ、お夕飯の……支度……」

娘達は部屋へと戻って、愛しい妻と二人きり。随分と話し込んでいたおかげで、程々にお腹の空いた頃合い。
夕食の支度をするには少し早いが、早く始めようとするに越したことはない。

「うふふ、お料理は後にしなさいな……」

絡みつきなおしてくる、柔らかな身体。ソファへと引きずりこまれて。眼前には、純白のフリルに彩られた魅惑の谷間。
何かに向かおうとする夫を、妻が意地悪に誘惑する。そんなシチュエーションが、夫婦揃って好物なのだ。だからこそ、料理は早め、早めに始めようとして。愉しみながらも、娘を空腹のまま放っておくような事にはしない。

「ほらっ……んっ……あぁんっ……」

ねっとり甘い囁きと共に、エプロンの胸元に細指が這う。いやらしい手つきに視線を惹きつけられる。
指先が向かうのは、たわわに実ったその先端。服を留める機能を兼ねた、魔界銀のニプレス。
メレジェウトは、魔力で吸着しているらしいそれをゆっくりと引っ張っていって。
釣られて形を変えていく、艶紫の果実。引っ張られてなお、その形は美しい。
そして、きゅぽん、と吸盤の外れる音、艶かしい喘ぎ声。ニプレスを外された双乳は、元の形に戻ろうとしてぷるんぷるんと揺れ弾む。留め具を失えば、半球しか覆わない服から自ずとまろび出ていって。
柔らかさと弾力を魅せつける、淫らな脱衣。俺の好みを隅々まで知り尽くした所作に、一瞬で心を奪われてしまう。

「んふふ、アナタのだぁい好きなおっぱいよぉ……?」

露わになる、至福の果実。誰よりも大好きなメレジェウトの、その中でも特に大好きなおっぱい。
初めて出逢ったあの日よりも、さらに大きく、美しく、柔らかく。欲望を受けて、たわわに実っている。
妊娠を経た今ではたっぷりと母乳を蓄え、見るからに張り詰めていて、今にもはち切れんばかり。

「ほぅら……召し上がれ?」

乳房を指先で弄びながら、その先端を強引に寄せ合わせ、擦り合わせて。
白い雫の滴る両乳首が、口元に差し出される。

「ぁ……いただきます……んむっ……」

ふんわりと漂ってくる、甘く優しい匂い。躊躇いは欠片もなく、誘われるがままに、母乳の源泉を口に含む。

メレジェウトのおっぱいは、何にも代え難い、一番の好物。母親となったメレジェウトは、迸る程の圧倒的な母性を湛えていて。
もはや俺は、その魅力に決して抗えないようになってしまっていた。
出会った頃も魅力的だったが、今はもっと魅力的。

男として、剣士としての矜持を胸にメレジェウトと手合わせをしようとも、誘惑一つでその胸に飛び込んでしまう程。娘の見ている前で、父親の威厳が掛かっていようとも。彼女がその気になるだけで、俺は容易く堕とされてしまう。

「ん……」
「ぁん、うふふ、甘えん坊さん……」

とても手に収まらない大きさ。半ば抱え込むように手を伸ばす。
横乳に手を添えれば、ぱつんぱつんと張り詰めた、極上の弾力。撫で回せば、しっとりと艶かしい、吸い付くような肌触り。毎日触り続けてきて、一時たりとも飽きを感じた事がない程。
固く膨れ勃った先端を舐め回せば、ほんのりと甘く、心安らぐ味。
じわじわと染み出してくる母乳を執拗に舐め取れば、メレジェウトは嬉しそうに身悶えしてくれる。

「はぁん……私のジェラルド……」

促されるまま、甘やかされるがまま、おっぱいへと吸い付く。
最初の一口を一気に飲み下すような事はしない。舌をねっとりと乳首に絡ませながら、ミルクを味覚に擦り込んで、じっくりゆっくりと味わう。
固く膨れた乳首の弾力もまた、病みつきになる心地良さ。口唇欲求を掻き立てられて、口を離せない。

「よしよし、いい子、いい子……好きなだけ飲みなさい……?」

頭を優しく撫で回してくれる彼女の手つきは、一児の母らしく、すっかり手馴れていて。
しかし、母性的でありながらも、母親ではなく妻として、恋人として甘やかしてくれる。
優しくも淫靡に、絡みつく指先。離れようとする事を許さない、執着の滲む手つき。魔性の手つきは、これ以上無く俺好み。すっかりと染め上げられてしまっている。分かりきっている事でも、それをふと自覚するたびに、恍惚感に見舞われて。
あまりの心地良さに、意識をとろんと持って行かれてしまいそう。心を洗われ、メレジェウト以外が押し流されていく。

「ぁん……んぅ……そうよ、おててで搾って……」

心の赴くままに、おっぱいを鷲掴み。しがみ付くように、ぎゅっと指に力を込める。
張りがあるのに、ふわふわむにゅむにゅ。相反する感触を備えた魅惑の柔乳肉。指が沈み込んで、埋もれて、呑み込まれて。
掌から零れ落ちてしまいそうな程の、圧倒的な量感。けれども掌に吸い付くかのようで、しっくりと手に馴染む。
愛せば愛する程、俺のために熟れて、実って、育ってくれる魅惑の果実。染み付いた手癖に任せて、思うがままに揉みしだいて、乳搾り。今日も、愛さずにはいられない。

「たっぷり飲んで……?」

とろとろと溢れ出すのは至福の飲み物。愛しい妻の、メレジェウトの味。その事実だけで、舌が蕩けていく。味覚を愛されてしまう。
優しい香りは母性そのもので、意識までもが包み込まれて、夢見心地。
決して飽きる事のない、愛の味。心を融かす程に甘美なそれは、彼女の持つもう一つの媚毒。
もはやメレジェウトのおっぱいが無ければ、喉の渇きは潤せない。それ程までに、心は彼女に蝕まれてしまっている。
彼女の愛を、こくり、こくりと飲み干していけば、身体に熱が灯り、鼓動は高鳴る。

「もっと、もっと、おっぱい離れ出来なくなっちゃいなさい……
んふふ……はぁんっ……もっと……もっとよ、ジェラルド……」

幼い頃に注がれた、母の無償の愛。それと似て非なる、欲望に塗れた母性愛。
こうして無防備に甘える事も、俺の望みであり、メレジェウトの望み通り。ぴったりと重なり合う欲望。独り善がりの恐怖は、もはや存在しない。

「アナタは、私のモノなんだから……」

幾度と無く毒牙を突き立てられ続けてきた、首筋の性感帯。愛しい猛毒を直に注がれ続けたその傷痕は、俺が彼女のモノである証。
そんな愛の刻印に、彼女の指先が優しく触れて、撫でられる。それだけで、途方も無い幸福感。
きっと、たっぷり甘やかされた後は、夜を待たずに"つまみ食い"されてしまう、そんな予感。
身体に刻み込まれたメレジェウトの貪欲さが、絶対的な安心をもたらしてくれる。
与える愛でありながらも、求め貪る愛。メレジェウトだけが与えてくれる、唯一無二の愛。欲望のままに生きる彼女は、求める事は勿論、与える事にも貪欲で。
搦め捕られた俺は、身も心もメレジェウトの所有物。そして、彼女は俺だけの物。
今日もまた妻の胸に抱かれ、蛇体に絡めとられ、温もりに包まれ、愛と快楽に溺れ堕ちて。
何一つ憂う事の無い、幸せに満ちた生活。身体を染め上げる猛毒のように、幸福は積み重なり続ける。
今日も、明日も、その先も、いつまでも。
15/03/03 00:04更新 / REID

■作者メッセージ
9万文字ぐらいの長文を読んで頂きありがとうございました。
お久しぶりです。10ヶ月くらいぶりです。生きています。ここにいます。

どん底に落ちた男が救われる系のシチュエーションが書きたかったのです。
あと、男女ともにヤンデレ気味な夫婦。共依存ばんざい。

アポピスさんの見た目も設定も本当にドストライクでして。
ええ、魅力が表現出来ていれば何よりです。いろいろありますが特におっぱい。おっぱい。

古代エジプト語で「メレウト」が「愛、望み」、ジェウトが「悪」らしいです。そんな感じの由来。
わるそうなおねーさんが一心に注いでくれる愛。いいですよね。

次はテンタクルさんかスキュラさんか、はたまたサキュバスさんか。

あ、誤字とかあったら感想欄やTwitterで教えてくれるとありがたいです……

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