読切小説
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押し掛け女房な王女様
「キャサリン様、ご報告があります」

「あら、スミレじゃない……入って頂戴。一週間ぶりの報告……好きな人が出来た、とか?」

執務室のドアをノックする音。私を呼ぶ、馴染みの部下の声。
反魔物派である隣国の内情調査、それと私の花婿候補捜しその他諸々に向かわせていた、クノイチのスミレだ。

「失礼します。いえ、未だそのような殿方には」

「あら、残念……で、報告って何なのかしら?」

今まで働いてくれたスミレに、そろそろ暗殺任務を与えても良い頃合いなのだけれど、肝心の相手をどうするかが悩ましい。

好みのタイプを聞き出して、それに合った旦那様を当てがってあげたいところだけれど……その手の話に関してはスミレは口が堅いし……うーん、やっぱり、彼女自身が運命の人を見つけるのを待つしかないのかしら。

「かの都市国家が勇者を迎え入れた、との情報を掴みました。
男魔導師であり、陥落したレスカティエ教国からの逃亡者であるそうです」

「男勇者……!ふふふ……詳しく聞かせて頂戴」

数多いる男の中、誰が運命の人かは分からないし、勇者と呼ばれる男達に代表されるような、強くて有能で沢山の精を持つ男である事は、婿捜しにおける絶対的な基準ではないのだけれど……"男勇者"という言葉には、堪らなく魅力的な響きを感じてしまう。
魔王であるママとパパの馴れ初め話は、子供の頃からの憧れ。
パパとママのような夫婦になる事は、私が数多抱く理想の夫婦生活像のうちの一つだもの。

「了解しました。
勇者の名はスターヴ。姓を持たない事から、恐らくは平民の出自かと思われます。
勇者としての働きですが……都市を覆うほどの結界を維持しながら、国境内の魔物を単身追い払っている模様。
あくまでも私達魔物を追い払おうとするだけであり、極力危害を加えないため、反魔物感情の強い都市の上層部とは早くも険悪な関係にあるようです。
また、レスカティエにおいても同様の振る舞いをしていた、と。
なお、結界は外側からの侵入を防ぐ物であり、都市から出る事自体は容易でしたが、再侵入が困難であると予想されたため、独断で数日程情報を集めていました。
尤も、キャサリン様の障害になる程の強固さは持ち合わせていませんでしたが」

淡々と勇者様の情報を報告するスミレ。クノイチに伝わる『個人の感情や本心は、真に愛する夫にのみ見せるべきものである』という教えは、素敵な考えだと思う。
未来の旦那様に悦んで貰うべく、私もその教えに倣ってみようとしたけど……具合が悪いのかと方々から心配された、なんて事もあったわね。

「追い払うだけ……ふふふ、随分優しい勇者様ね。どんな人なのかしら……興味が湧いてきたわ」

デルエラ姉さんの指揮する軍勢から逃げ延びるという事は、相当な力を持った勇者様のはず。
その上かつてのレスカティエは、二番目に強大な教団国家だったというのに、その中で私達を傷付けない事を選ぶだなんて。そんな事をすれば、どんどん立場が悪くなっていくであろうのに。
ああ、どんな理由があるのかしら。スターヴ……どんな男なのかしら。
きっと、戦いを好まない優しくて穏やかな人に違いないわ。

「外見から判断される年齢は二十代後半、体型は痩せ型で身長は150程……
似顔絵を用意してあります。ご覧になりますか?」

「似顔絵まであるの?流石ね……!
見せて頂戴、今すぐ……!」

何処からともなく巻物を取り出すスミレ。こんな事もあろうかと、という言葉が似合う行い。私が彼に興味を持つ事を見越して似顔絵や彼の情報を用意したに違いない。
毎度のように思うけれど、本当、良いお嫁さんになるわね……未だ相手が見つかってないのを除けば。

「……」

スミレは片膝をつき、巻物の紐をしゅるりと解くと、広げた巻物を私に見えるように掲げる。

「あら、あら……こう、穏やかで、紳士的な男性を想像してたのだけれど……目つき、悪いわね。それに、なんというか……幸薄そうで、虚弱そう……
でも、中々可愛らしいかも」

墨の濃淡で巻物に描かれていたのは、白髪交じりでボサついた髪、三白眼に眼鏡の男性。線は細くて、簡単に押し倒せてしまえそうな雰囲気を漂わせている。
少し前の私が抱いていたイメージとは掛け離れた顔立ち。
絵に描かれているのは、悪くて意地悪な魔法使い、嫌味な眼鏡という印象で、少なくとも善人面ではない。
けれども、戦いや誰かを傷つける事を好まない、と聞いた後だと、なんだかこの人相も可愛らしく思えてしまう。

「如何なされますか?」

「そうね……フローリアにでもお願いして誘い出してみましょう。
話を聞く限りはとても魅力的だけど……実際に会ってみないと運命の人かどうか分からないもの。
運命の人だったら、私の旦那様になって貰って……そうじゃなくても、貰い手は沢山居るから捕まえちゃいましょう。
勿論貴女が気に入ったなら、貴女が暗殺しちゃってもいいと思うわよ?」

人相と行動のギャップもあいまって、話に聞くだけで、この勇者スターヴという男に興味をそそられてしまう。
気が向いたら隣国に侵攻してみようかと思いながら何十年も経っている私が、明日にでも事を起こそうとするぐらいに。

尤も、実際に会うまではどこまで行っても、興味アリ止まりなのだけれど。

「……御命令とあらば」

「命令じゃないのだけれど……
ともかく、帰ってゆっくり休んでくれて構わないわよ。お仕事、お疲れ様。
後の指示は、とりあえず彼と出会ってからにするわね」

「……了解しました。それでは失礼します」

勇者様を娶れるチャンスを仄めかしても表情一つ変えないスミレに半ば感心しつつ、しばらくの休暇を言い渡す。
スミレが一礼を終えた次の瞬間には、彼女は部屋からその姿を消していて。
閉め切った執務室の中、私一人だけになる。

「…………うふふっ……会うのが楽しみ……ムラムラしてきちゃった……」

切なさに疼く身体を独り鎮め続け、待ち望み恋い焦がれるのは運命の人。物心ついた時から、
何処までも私を夢中にさせて、愛と欲望を燃え上がらせてくれるような、そんな運命の人に、ついに巡り会えるかも知れない。
かも知れない、ただそれだけなのに、期待に身体が疼き火照ってしまう。
物心ついた時から惹かれ続けているけれど、未だ姿も定まらない"運命の人"に想いを馳せながら、私は自分の服の下をまさぐり始めるのだった。






「……あー、君達、早く帰りなさいな。此処はうちの領土だから」

「退く気はない……と言ったらどうするつもりだ?」

睨み合いに近い状態。目の前のデュラハンと思わしき魔物の騎士は、身の丈程もある大剣を構えて臨戦体勢だ。
国境を越えてくる魔物の一団があると報告を受けてやって来たら、そこそこの大物。
おまけに女騎士の背後には、100か200程の魔物達が控えている。
尤も、数が数で相手をするのが面倒だったり、人間で無いとは言え、女の姿をした相手を痛めつけるのが気乗りしないだけであって、この程度では俺の脅威になりはしないんだけどもさ。

「えー……帰ってくださいよ。そっちが攻め入ってこなきゃ平和なんだからさ。こちらは出兵をやめたんだからさ」

騎士の一団が攻め入ってくるような事は、今までなかったと聞いている。
恨みやら何やらを買わないように、定期出兵も止めさせて、魔物が入って来られないように結界も張って。
今のこの国は、お隣の親魔領に対してきっぱり不干渉を決め込んでいる。
関わる気はもう無いのだから放っておいてくれれば良いのに、勇者である俺がやって来た事で兵力が以前より充実している事は明らかだというのに。
出兵をやめさせた途端に兵を差し向けてくるとは、何とも政事という物は難しい。

「そうだな……出兵が止まってしまったからな」

「うん?やめさせたのは俺だけど。何か問題?」

不満気な目つきでこちらを睨むデュラハン。
出兵をやめさせた事が大層不満な様子だが、戦いが無いに越した事はないだろうに。

「貴様のせいか……!
ただでさえ男日照りの街に、男が来なくなったのだぞ……そのせいで我らが騎士団の士気は駄々落ちだ!
貴様らが攻めて来るのを皆、心待ちにしていたというのに!」

「お、おう……?
戦いで哀しい犠牲者が出る事が無くなったのにその言い草は酷いじゃない」

突然に怒り始めるデュラハン。何というか、半ば八つ当たりじみた理由で怒られている。仲間の仇であるとかならば、まだ理解は出来なくも無いが、これはもはや理不尽というかなんというか。
そこまでして男が欲しいのか、こいつらは。

「犠牲など存在していない……!
攻め入って来た部隊に対しては毎回完全勝利を収めている。敵味方双方、一人の死者も出さずに、だ。
勿論、捕らえた男達は丁重に扱っている。最初こそ抵抗するが、一ヶ月もすれば夫婦生活を、幸せを謳歌しているぞ」

「あぁ……そんなに一方的だったのね……涙が出るよ」

定期出兵はこいつらにとって良いカモだったらしい。一人も犠牲を出さずに……というのは、レスカティエの惨状を目の当たりにした俺でも流石に予想外だ。殆どの兵が武器を取る前に無力化されたレスカティエ陥落とは違い、武装した兵士を相手にして犠牲を出さないのだから。上の人間が思考停止気味の突撃指令を好むにせよ、あまりにも一方的過ぎる。

ともかく……あの出兵は、男に飢えた魔物達を鎮める生贄として機能してたのだろう、多分。上の人間にそんな意図は無かったにせよ。
そして、俺がその生贄を捧げるのを止めさせてしまった、という所だろうか。

「貴様と話していてもラチがあかぬな。このフローリア・アセンディアが貴様を倒し、部下達に花婿を授けてみせる!
覚悟を決めろ勇者スターヴ!いざ尋常に、勝負ッ!」

唐突に、大剣を振りかざして見栄を切り始めるデュラハン。
勇者と戦う理由が部下にあてがう男のためとは、本当、どれだけ魔物は男に飢えているんだか。

「……マジ?」

「マジだ!」

「俺を殺す気は?」

「あるわけなかろう、貴様も大事な婿候補だ!部下達に娶らせる!
勿論この剣は魔界銀製で非殺傷な代物だ、痛みも無い。安心して斬られるが良い」

殺す気は無いと断言するし、大真面目にこんな事を言う辺り、やはり魔物と言う生き物は悪い生き物じゃあないんだろうけども。実際の所、この国に辿り着く前に通った親魔物領では、人と魔物が仲睦まじく幸せそうに暮らしていたわけだし。

「帰るつもりは?」

「あるわけなかろう!」

「……今なら飴ちゃんあげるけど」

デュラハン程度に負けはないにせよ、厄介な事には変わりない。
それに、方向性は兎も角として、こいつら魔物は俺達人間に対して友好的なのだから。そういう相手を痛めつけるのはかなり後味が悪い。美人ぞろいだから尚更だ。仮に泣かせでもしたら、罪悪感が酷い事になるだろう。

帰って欲しい、というのは紛れもない本心だけれど、あくまで真剣味を捨て、飄々と接して、底を見せないように振る舞う。
"傷付けたくない"ではなくて、"傷付けられない"と思われたらそこに付け込まれて面倒な事になってしまうからだ。

「貴様……我らを愚弄する気か……!?」

結果、目の前のデュラハンは逆上する事となる。おちょくるような言動を繰り返せばそうもなろう。
ただ、相手の顔色を伺って舐められるよりは幾分マシだ。

「……分かった分かった、帰ってくれないならさっさと来いよ」

負けて捕虜になったら、後ろに控えている魔物達の誰かに無理矢理犯されるのだと思うと、やはり良い気はしない。
美人なら誰でも良いわけじゃあないし、無理矢理は論外だ。誘惑されて、その気になるように仕向けられるのも御免こうむりたい。他の人がそうなる分には、お幸せにと言うけども。

結局、力を示して追い払うしかないらしい。
軽く意識を巡らせ、自身を護る魔力にさらなる強度を与え、透明な球殻状に展開する。
刃が通らないと分かれば、力の差という物も理解するだろう。

「おのれ、その余裕を後悔させてやる……行くぞ!」

「うん?」

質量を無視しているかのような速度で振り下ろされる大剣の一撃。それを、魔力の鎧を用いて微動だにせず受け止める。
超高密度に圧縮された魔力を身に纏い、意のままに操る。継ぎ目無く自身を包む鉄壁の盾。結界性を持ち、物理干渉と魔法は勿論の事、魔物の魔力による侵食や魅力の視線など、俺の拒む物を全て弾き、遮断する。
勿論、光を拒まなければ視界を遮る事も無い。
守りに特化されたこの力があるからこそ、デュラハンごときでは俺の相手にはならない。
リリムのような化け物クラスが出て来たなら話は別、だが。

「っ……硬っ……」

渾身の一撃を受け止められ、デュラハンの表情に焦りが見える。流石にこれで勝ち目が無いと悟ってくれただろうか。

「悪いね、これでもレスカティエじゃあ、こと守りに掛けちゃ右に出る者なしと言われていたわけよ。陰ながらにな。
当代最強と言われたウィルマリナ・ノースクリムですら俺の守りを貫く事は出来なかった……そして、レスカティエが陥落した今でも俺は無事でいる。そういうことだ、諦めなさい」

実際の所、ウィルマリナ・ノースクリムがどうの、というのはいわゆる御前試合の場であったため、彼女の本気を受け止めたわけでも無い。嘘は言っていないが。
もう片方も嘘は言っていないが、事実は割と情けない。
俺がレスカティエに張っていた広域結界を紙のように破った第四王女デルエラ。
あんな化け物が居たんじゃ勝ち目が無いと、速やかに脱出を決めたのが事の真相だ。

「くっ……しかし私は退かぬぞ!」

しかしモノは言い様で、俺の言う事を真に受けてくれたのか、目の前のデュラハンはたじろぐ。

「諦め悪っ……そこらの魔物は勝ち目無いって逃げてくんだけどなぁ……
痛い目見なきゃ分からないのかしら」

魔力の一部を操り、流動する魔力の鞭を、幾つもこれ見よがしに形作る。
自身から離れるに従って性能が低下したり、あまり多くの魔力を回すと防御が疎かになるという欠点があるにせよ、不得手で碌に修練もしていない攻撃魔法を詠唱するよりは遥かに強力な攻撃手段だ。
形状変化による応用性も高く、捕縛にも使える。

「……まるで触手だな」

真面目な顔で間の抜けた感想を漏らすデュラハン。さきほど斬りかかって来たばかりなのにこんな事を言うのは、魔物の性という奴なのだろうか。

「酷い感想……触手なんかと一緒にするなよ。串刺しになりたくなければ、さっさとお家に帰るよろし。
……あ、性的な意味じゃないからね?」

鞭の先端を槍のように尖らせて威嚇。
串刺し、という言葉を真面目に性的に受け取りそうなので一応の念押し。

「家に帰れ、だと……ふざけるな!我々は家に帰っても一人なのだぞ!未婚なのだぞ!」

「あ……怒る所そこなんだ」

何処か哀愁の漂う剣幕で怒るデュラハン。
彼女をはじめとして、この場に居る魔物達は皆、行き遅れなのだろうかと余計な事を考えてしまう。

「ええい……刃が通らぬのであれば、斬れるまで斬るのみ!」

再び大剣を振りかぶり、斬りかかってくるデュラハン。
嵐のように繰り出される斬撃は全て障壁に阻まれ俺には届かないが、最早全く目で追う事が出来ない程だ。

「ああもう、流石に鬱陶しいよフローリアちゃん……!」

刃が届く事がないとは言え、延々と斬りかかられるのは決して気分の良い物ではない。
魔力の鞭を操り、目の前の敵を追い払おうとする。

「っ……貴様っ、反撃かぁ!」

「反撃して何が悪いの……!」

「どうした、その程度の攻撃が私に当たるとでも!」

「怪我させない様にしてやってんだから、意を汲んで帰って頂戴って……!」

しかし、幾ら魔力の鞭を振り回そうとも、最小限の動きでかわされてしまう。
怪我をさせないように、というのは出任せであり、実際の所はこの女騎士の動きを追いきれていないだけだ。
そこらの魔物と戦うなら不足は無いこの攻撃方法だが、流石に手練れが相手となると攻めあぐねてしまう。

他の魔物が近くに来ているなら、人質にでもして引き下がらせようと思うが、射程外ではどうしようもない。
相手が疲れ果てるまでこんな事を続けるのは御免だけども、こちらに攻め手が無い事を悟られるのも癪だ。
無駄と分かりつつも攻撃の手を緩めず、この状況をどう打開すべきか考えを巡らせる。




「よし……そろそろご対面といこうかしら……」

大きな水晶の中に映し出されているのは、フローリアと勇者スターヴの俯瞰像。顔がよく見えないのが残念だけれども、その分、実際に会ってみる時の楽しみがひとつ増える。
空間転移魔法の応用で、彼等の会話もばっちり聴き取りながら、二人のやりとりを眺めてみたけれど……戦いを好まないというのは本当らしい。
フローリアが痺れを切らして斬りかかってからは応戦しているけど、 避けられるような反撃しかしていない。

「ふふふ……面白い人」

しかし、どんな男かと思ったら、こんな飄々とした話し方をするだなんて、予想していなかったわ。
変に格好つけるような、何処かぎこちないような、ちぐはぐな印象も受けるけど……ともかく、一度会ってみなきゃ分からないもの。
あの余裕が本物なら頼れる素敵な人で……虚勢ならそれはそれで可愛らしい。どっちに転んでも美味しいわね。

「うふふっ、今、会いにいくわ……」

私の十八番である転移魔法を無詠唱で発動させ、目の前に現れた魔法陣に飛び込む。
ああ、水晶越しではなしに直接見る彼の姿からは、何を感じるのかしら。












「はい、その勝負はそこで終わりよ。ご苦労様、フローリア」

「はっ……了解しました、キャサリン様」

私が転移し降り立ったのは、埒のあかない戦いを繰り広げていた二人の間。
私の出現を察知していたフローリアは、戦いをやめ、既に私の背後に控えている。
そんな彼女の方を振り向き、労いの言葉を掛けてから、改めて目の前の勇者に向き直る。

「おいおい……魔界の王女様だなんて……」

「うふふ……」

飄々とした話し方の中に混じる動揺の響き。私の姿に魅了されたわけではなくて、純粋に驚いているかのよう。
綻びの出た余裕。やはり、虚勢なのかしら。
そんな事を考えながら、まじまじと彼の姿を眺めていく。

小柄な身体に猫背な姿勢。身に纏うローブのせいで身体つきはよくわからないけれども、小さな手、細く節立った指を見るに、きっと痩せ型。
土色の髪は白髪が混じり、ボサボサに傷んでいて。見た目としては25歳ぐらいかしら。
病弱そうで幸薄そうな顔付きと、不敵な笑み、表情はなんとも言えないアンバランスさを醸し出していて。

目の前の彼は、高濃度の魔力……つまり、私達魔物にとっては最大のご馳走である"精"に他ならないそれによって練られた障壁を纏い、身を守っている。
ただし、精は高度な魔力操作と術式の下、薄皮一枚の厚さにまで圧縮されていて、とても強固な結晶のような状態になっていて。その結果、魔力の壁から甘美な匂いは全く漂ってこない。
幾ら精がご馳走と言えども、あんな形にされたら食べられないわ。
舐めても溶けないぐらい、物凄く硬いお砂糖の壁に隠れてるみたい。

「俺みたいな賎民に……やんごとなきお方が何の用があるってのかしら」

「まずは自己紹介をするわね……私は第六十九王女の……」

理由は分からないけれども、目の前の勇者は、おもむろにメガネを外し始める。
その瞳は、最後にじっくりと見つめようと思っていたのだけれど、外されていく眼鏡に視線がつい誘われてしまって。ふと、目と目が合う。

「……はぁぁんっ」

憂いを帯び、暗い輝きを放つ瞳。傷つき疲れ、猜疑心に苛まれた、そんな目。
見つめあった瞬間に、どくん、と心臓が高鳴って。

取り繕われた表情の裏側は、寂しそう。きっと、暗い過去があったのだと分かる。
しかし、それに庇護欲を熱烈に掻き立てられてしまう。守ってあげたい。目一杯、甘えさせてあげたい。ぎゅっと抱き締めて愛で倒したい。
強固な殻に守られ隠された、壊れ物のような中身。それがまた、いじらしくて愛らしく思えてしまう。
取り繕ったような不敵な笑みを、幸福に蕩けきった笑顔にしてあげたい。
それはもちろん、他ならぬ私の手で。お互いにぬくもりを感じながら、甘く、深く、求めあって、交わりあって。そして、熱く滾る精を沢山、沢山、中に出してもらうの。

見つめあっただけで湧き上がる欲望。
それは、"まだ見ぬ運命の人"ではなく、目の前の男に対してのモノ。
あらゆる性感帯がぞくぞくと甘く疼き始めて。最奥のそのまた奥、子宮にどろりとした熱が宿る。

急速に火照り始める身体に身をよじり、声を漏らしながら、この人となら共に幸せになれるという確信めいたモノを感じる。
目の前の男は、ただひたすらに、私の目に魅力的に映って。理由、論理などというものはなく、ただ、ただ、惹かれてしまう。
幸せにしてあげたい。幸せにして欲しい。

ああっ、間違いないわ……スターヴ……この人が、私の運命の人……!

「……え?」

驚きの声を漏らす、私の運命の人。眼鏡を取ったせいで私の様子がよくわからないのだろう。何事か、といった様子で目を細めている。
そんな様子がまた可愛らしくて、堪らない。些細な仕草が、私の欲望を掻き立てる。

「っ……うふふっ……ダーリンのお嫁さんになる、キャサリンよ」

魔界の王女である事なんかより大事な自己紹介。運命の人を見つけたからには、お嫁さんになる他ない。嬉し恥ずかしな、ダーリンという呼び方も、とてもしっくり来る。

彼の身を守る魔力の殻は、魅了の力も防いでいるみたいだけど、そんな事は些細な問題で。
今すぐにでも押し倒して、思うがままに愛で倒して、甘美な精を味わいたい。そして、身も心もすっかり魅了して、私だけの旦那様に。

「……えっ、待って、もう一回言って。聞き間違いだと思うから」

「ダーリンのぉ……お嫁さぁん……アナタが私の、運命の人……うふふ」

狼狽するダーリンに歩み寄りながら、ねっとりと甘く言葉を紡ぐ。
もっと、もっと、ダーリンの近くに。
最初はどうしようかしら……いきなり情熱的にキスをするのもいいけど、まずはぎゅっと抱き締めて、身体中を優しく撫でてあげて……ああ、でも、やっぱり、いきなり服を脱がして、そのまま頂いちゃうのも……

「っ……よーし、それ以上近づくんじゃあないぞ、近づいたら敵意があると見做す」

「あら、あら……敵意なんて無いのに……でも、そういう所も可愛くて素敵っ……」

そう言いながら、ダーリンはゆっくり後ずさっていって。
フローリアの相手をしていた時とは違って、焦りと警戒の色が見える。
彼我の実力差を理解しているのか、近づいたら攻撃する、と言うのは口だけらしく、実際に攻撃して来る気配は無い。
自分より弱い相手には強気なのに、私を前にしてすっかり弱気なのは、勇者としては情けないと言わざるを得ないけど、そんな所にも惹かれてしまう。やっぱり、可愛らしくて仕方が無い。

「よし、分かった、交渉に応じよう。何が望みなんだあんたは……」

「うふふっ……それなら……」

後ずさるダーリンとの距離はどんどん縮まっていって。どこか愛嬌のある顔がよく見えるようになる。意地悪そうな三白眼と弱気な言動のギャップには、上の口からも下の口からも垂涎モノ。

そして、私の望む事はただ一つ。

「私と愛し合いましょうっ……?」

たった一人の運命の人と、淫らに愛し合い、求め合い、二人仲睦まじく幸福に過ごす事。
目の前の運命の人をただ眺めて居るだけでも幸せな気分になれるけれど、それだけでは物足りない。至上の幸せは、やはり愛し合ってこそのもので。

もはや辛抱堪らなくなってしまった私に、返答を待つ気は全く無くて。
翼を広げ、一気にダーリンとの距離を詰める。今すぐ抱き締めてしまいたいけど、魔力の壁がそうさせてくれなくて。
私達の身体を隔てるだけでなく、魅了をも阻むそれに手を触れる。
私達の仲を邪魔する壁を溶かそうと、指先に魔力を集中させ、障壁を侵し始めたその時。

「っ……!」

「あっ……」

ダーリンの瞳に、怯えの色が混じって。微かに身体を強張らせる。
私に向けられる恐怖の感情。それが胸に突き刺さり、鈍い痛みとなる。
私が見たいのは、こんな表情ではなくて。
半ば反射的に、壁を引き裂こうとする手を止め、身体の後ろに隠す。
パパやママに怒られた時の比ではない罪悪感が私を苛む。
好きな人に嫌われたくないという乙女心、好きな人を怯えさせたく無いという母性。
ああ、今すぐ襲いかかってしまいたいのに。こんな顔をされたら、襲えないじゃない。

「あぁっ、そんな顔、しないで……
怖がらせるつもりはなかったの……私は本当に、貴方と愛し合いたいだけで……ごめんなさい……」

「ハハッ……強姦されなくて安心したよ」

怖がらせてしまったことを謝る頃には、ダーリンはけろっとした表情で居て。それでも、さっき見せた怯えは本当なのだと思う。

「ダーリン……改めて、お願いするわ。私と愛し合いましょう……?セックスしましょう?結婚しましょう?
怖い事はしないから……ね?」

無理矢理がダメな以上、単刀直入にお願いするしか無くて。
身体はこれまでなく火照っているのに、もどかしくて仕方ない。

「いや……初対面なんだけど」

「一目惚れ……しちゃったの。ダメ……かしら?」

「……セックスも結婚も愛し合うのもお断りします」

目一杯、媚びを売った声を出して、上目遣いをしてみても。眼鏡を外した彼には私の事がよく見えていないし、そもそもそっぽを向かれてしまう。
声に幾ら魅了の魔力を込めても、彼が身に纏う魔力の壁に阻まれてしまう。
魅了の魔力も何もなしに、声だけで彼をその気にさせなければいけない。彼が私に強い警戒心を持っていて、怯えさせてしまった直後なのもあって、それは一朝一夕に出来る事ではなさそうで。
それに、彼がその気になれば、私の声そのものを遮断する事も可能なはずで。私が自分を慰める声を聴かせてあげようかと思ったけれど、話も聞いてくれない状態になると、それはそれで遠回りにしかならない。
恋は障害があるほど燃え上がるとはいうけども、あまりにももどかしくて切ない。

「そ、それじゃあ、愛し合う事を、セックスを、結婚を前提に、付き合って……」

「ダメ」

「じゃ、じゃあ……お友達から……結婚を前提に」

「……早く部下を引き連れて帰りなさい、そして二度と来なさんな」

今すぐ事に及ぶのがダメなら、まずは彼氏彼女やお友達の関係になって、デートを重ねて彼にその気になって貰おうと思ったけれど、それも断られてしまう。
そして、最後には帰れとあしらわれてしまって。

無理矢理犯すのを私が躊躇った途端、彼は強気になってしまった。足元を見る強かな所もまた素敵なのだけれど、これでは困ってしまう。

「そんなっ……いくらダーリンの言う事でも、それは出来ないわ……お友達にもなってくれないのなら……取りつく島も無いというのなら……心は痛むけど……」

「はぁ。分かった、分かった。お友達になってやるから、今すぐ帰るよろし……部下と一緒にね。あと、うちに侵攻したりもナシ。勿論、一度帰ってからすぐやってくるのも無しで」

「お友達……うふふっ……約束よ?」

仕方無く、実力行使を仄めかすと、ダーリンはあっさりと交渉に応じてくれて。脅すようで申し訳ないけれども。それ以上に、彼の歩み寄りを得られたのが嬉しい。どうせあの国に今すぐ侵攻する気もなかったことだし。

「はい、はい。お友達。それで満足?」

「えぇ……だって、ゆくゆくは恋人に、夫婦になるんだもの……」

お友達。それは、恋人、夫婦の前段階。
お友達になるという事は、共に過ごす時間を作ってくれるという事。
そうなってしまえばこちらのモノ。私の想いの丈を余す事無く語る事も出来るし、来るべきダーリンとの出会いのために勉強したお料理や家事を披露する事も出来る。それで沢山、沢山ダーリンを笑顔にしてあげられる。
同じ時間を過ごせば、私の魅力を知らしめる機会は幾らでもあるし、一緒にお出かけとなれば、それは念願のデートだもの。
ああ、私の転移魔法でどんな場所に連れていってあげるか、今から決めておかないと……

「……さて、約束通り帰ろうか。今すぐ、と俺は言ったからな」

私にそっぽを向いたまま、冷たく言い放つダーリン。そっぽを向いた姿は拗ねてるようで可愛い。

「むぅ……名残惜しいけど、約束だものね」

お友達になってくれると言われたからには、約束通り、部下達と自分が帰還するための転移魔法陣を開き始める。
想い人を前に、今すぐ帰らなければいけないのは寂しいけれど、約束は守らないと。
愛というモノは信頼の上に成り立つ。だから、ダーリンとの約束は些細な事でも破るつもりはないし、お友達になってくれるというダーリンの言葉を信じる。きっと、明日になればちゃんと会ってくれるに違いない。

それに……たとえ逃げられても、身を隠されても、地球の裏側に居たとしても、その気になればすぐに会いに行けるのだから、焦る必要はないわ。

「また明日、会いに来るわね、愛してるわ、ダーリンっ」

「はいはい」

部下の子達を纏めて送り返した後、ダーリンに向き直ってウィンクと投げキッスをプレゼントする。尤も、彼はこちらを向いていないのだけれど、彼に愛情表現をする事自体が楽しくて幸せで仕方ない。
愛してる、の言葉を、彼は興味なさげにあしらう。けれど、その声には、満更でもない響きが混じっていたような気がして。

「あむっ……はぁんっ……うふふっ……愛してるわ」

障壁を侵そうとした際、指先で微かに掬い取る事の出来たダーリンの魔力、すなわち精。
指先をぱっくり咥えると、ほんのりと蕩けそうな味がほんの少しだけ口の中に広がり、消えていく。物足りない。
けれど、甘い疼きとともに、身体中の感覚がダーリンに対して敏感に研ぎ澄まされていくのが分かる。
これでもう、ダーリンが何処に居たってその存在を感じ取り、探し当てて飛んでいく事が出来る。

そして、もう一度だけ愛の言葉を残して、私は魔法陣をくぐるのだった。











「はぁ……」

散らかった自室の中、ベッドに寝転がり天井を仰ぐ。

ああ、全く、リリムとは。あんな大物が出てくるなんて聞いてない。
信じ難い事に一目惚れまでされてしまったらしい。
あちらの気まぐれか、お友達になる、という条件で今日の所は引き下がってくれたにせよ、由々しき問題だ。
俺に奴を退けるだけの力がない以上、あちらがその気を失うまでひたすら誘惑に耐えるしかないのだろう。

「……打つ手がないな」

家に何重にも結界を張り巡らせた上で転移・探知魔法に対する妨害を行う……という事も出来るが、相手が悪過ぎる。
相手は、詠唱無しで百人規模の転移魔法を使用するような馬鹿げた魔力の持ち主だ。
妨害を物ともせず、無理矢理転移してくる事は想像に難くない。
下手に妨害すれば、あちらの機嫌を損ねかねないし……逃げても同じく。
そもそも、俺が逃げたとしても結界を張ったとしても、確実に俺の元にやってくる算段があったから、今日の所は引き返したのだろう。
となれば、結局、足掻いても無駄そうだ。

「お友達……か」

レスカティエの貧民街に居た時も、魔導学院に居た頃も、主神の加護を得て、勇者となってからも。友人と言えるような人間は居なかったように思える。
貧民街では食い物と寝床の奪い合い。魔道学院じゃお高く止まった良家の人間からは蔑まれ、勇者となってからは、殺すのを拒んで爪弾き者。

ああ、剣の鍛錬に付き合ってやったあいつは、一応友人と呼べるのかも知れない。哀れな男だったけど、レスカティエ陥落の折で恋人とヨリを戻せたのか、それとも他の魔物に捕まって未練を吹っ切れたのか、それともまた悪い女に捕まったのか。
どちらにせよ、もう会う事も無いだろうけども。

「…………」

『愛してるわ』の言葉が、やけに耳に残る。
一目惚れまでは馬鹿馬鹿しいと思いながらもまだあり得るとして、好きを通り越して『愛してる』だ。到底そんな事があり得るとは思えない。
どう考えても虚言である、というのが普通の感性だし、冷静な判断だろう。あの言葉が信用に値しないのは確かだ。
これを真に受ける、なんてのはあまりにも都合が良過ぎる。

けれども、もし本当であったら……あのはち切れんばかりの胸に甘えたり、むちむちの太ももに膝枕をしてもらったり……

「……これだから魔物は」

ふと我に返り、頭に浮かんだ考えを振り払う。
いきなり出て来て、愛してるだなんてどう考えても不自然なのに。疑うべきなのに。
気が付けば、そんな事は忘れて願望に浸りたくなってしまう。
疑うべき事を疑わせないだけの魅力。これだから魔物は嫌いだ。正常な判断力を奪っていく。そんな、都合の良い話がそうそうあるわけでもないのに。
魔物と人間の夫婦が幸せに暮らす様は見てきたにせよ、俺がそうなれる確証もないんだ。
だから、愛してるだなんて、信じられない。
骨抜きにされて、そのまま言いなりになんてのは御免だ。

「はぁ……」

さっさと眠って余計な考えから解放されたいけど、どうにも眠気はこみ上げてこない。
あのリリム、キャサリンの事ばかり頭に浮かんできてしょうがない。
魅了の魔力は防いで、姿を見たのも一目だけで、眼鏡を外して直視しないようにしていたのに。一目見ただけの姿が、甘ったるい声が脳裏に焼き付いて、どうしようもない。
魅了の魔力を遮断していなかったら、恐らく一目見ただけでこちらが虜にされていたに違いない。

案外、虜になってしまえばそれはそれで幸せなのかも知れない……嫌な事も全部忘れてただただ夢中に……

……ああ、またこんな事を考えて。これだから魔物は好きになれないんだ。










「ぅ……」

結界が捉える異物感。意識が心地良い微睡みから引き戻される。
身体を覆う魔力、結界の密度を反射的に高めながら瞼を開く。
何かが、俺の家に侵入してきたらしい。

「あぁんっ……起こすつもりはなかったの、ごめんなさいね?
ああ、でも、寝ぼけ顏もとっても可愛いわ……」

甘ったるい声が聞こえてくるのは、耳元から。空間の歪みを感じたのも、俺の傍から。
そして、俺の傍には、昨日のリリムと思わしき人影があって。
その姿はぼやけて見えるが、俺の布団に同衾しているのは確か。
どうやら、添い寝するようなこのポジションを狙って、ピンポイントで転移してきたらしい。

「ぁー……まだ、ねるから、かえれ…………」

惰眠を貪る邪魔をされ、本来ならかなりの苛立ちを覚えるであろうこの状況。
しかしどうした事か、このリリム相手だと、あまり怒る気になれない。
どちらにせよ、眠い事には変わりないけども。

「はいっ……私の胸でぐっすり眠ってね、ダーリンっ」

不意に、頭を抱き込まれる。横向きで、胸に頭を埋めるような体勢。
尤も、この身を覆う魔力の壁によって、俺とリリムの身体が直接触れる事は無く、胸の感触も温もりも、このリリムの匂いだとかも遮断されるわけで、殊更心地良いわけでもない。

「はなせ……」

ただ、このリリムに身体を預けてしまうのはとても心地良いに違いない。抱き締められただけで骨抜きになってしまう程なのだろう。
魔力の壁を解いて思う存分に胸に甘えたいという衝動に駆られるが、ぐっと堪える。
そんな事をすれば、あっさり身も心も虜にされてしまうに違いない。
こんな得体の知れない女に支配されるのは御免だ。

「だぁめっ……うふふ」

「はなせぇ……」

リリムから逃れるために、ごろごろ寝返りを打とうとする。しかし、気が付けば脚まで絡められ、非力な俺にはどうしようもなくなってしまう。
魔術による実力行使で引き剥がそうにも、あちらの方が強いのだから困る。
下手に本気で抵抗して、相手がなりふり構わず犯しにくるようになっては本末転倒だ。

「離さないわよぉ……」

「……ああもう」

自分の貞操を狙っている相手が傍に居て、ぐっすり眠れというのは無理な話……のはずなのだけど、このリリムに対してはどうにも、警戒心だとか、そういったものが湧き上がってこない。
本能的に根ざす部分が、この女を受け入れているとでも言うべきなのだろうか。こうして半ば無理矢理に抱かれていても、安心すら感じてしまう。

「……起こすなよ」

不思議な事に、貞操を虎視眈々と狙われているこの状況でもぐっすり眠れそうで。そして、俺は未だ寝足りない。
それなら、もういっそのこと素直に二度寝してしまっても問題無いだろう。

どうせ、離れろと言っても離れないだろうし、逃げられもしない。
眠ろうが眠らなかろうが、あちらはその気になれば俺を犯す事が出来るし、眠ったからといって魔力壁の強度が落ちるわけでも無い。
寝かせてくれるなら素直に寝よう。そうしよう。

「うふふ……折角ダーリンの寝顔を見るチャンスなのに、起こすわけないじゃない」

俺の頭を撫でるリリム。魔力壁に阻まれて直接触れられるわけでもなく、魔力壁の硬質な触感は触ってて楽しいものでも無いだろうに、それでも御構い無しだ。

「……じゃあ、寝てる間は大人しく静かにすると、眠りの邪魔をしないと約束してくれたら寝る。
あと、寝顔見たいならこの体勢じゃダメでしょ、離して。寝てる間に体勢変えられると安眠妨害だし」

「うふふ……約束するわ。あ、そうね、一旦離すわね」

たかが口約束、守るも守らないもこの女次第と分かりながらも、安眠のための約束を取り付ける。
昨日は一応、約束通りに引き下がってくれたわけだし。

そして、上手い事言い包められてくれたリリムは、その胸から俺を解放し、絡めた脚をほどき、抱きつき直そうと俺の身体から離れる。

「うん。約束は破るなよ」

その隙を見計らい、楕円体の結界で自分を包む。
これで、再び抱き付いたり、脚を絡めたりする事は出来なくなった。すぐそこにリリムが居る事に変わりは無いにせよ、薄皮一枚隔てて抱きつかれているよりは幾分ましだ。
そして、寝顔をじっくり見られるのは当然恥ずかしいので、結界を通る光をすべて遮断して。
これで俺は、真っ黒な殻の中に篭り、無防備な姿をあの女に晒す事もなくなるわけだ。

これで邪魔も入らずぐっすり眠れる。なんとなく、あしらい方が分かってきた気もする。出し抜いてやった気分だ。

「あぁん、そんなぁ……」

リリムの残念そうな声。勝手に押しかけてきたあちらの身勝手だというのに、こちらが悪い事をしているような気分になってしまう。
やはり魔物というものは卑怯だ。

「むぅ……そっちがその気なら……ダーリンの匂いが染み付いたこの枕を余す事なく堪能……
あぁん、でも、大人しく、静かになんて出来ないわ……
添い寝……ううん、流石にそんな風に籠られたら添い寝じゃあないわよね……膝枕にもならないし……」

「じゃ、俺は寝るから。約束通り……黙って静かに大人しく、安眠妨害しないようにしてなさいね」

あれでもないこれでもない、と唸るリリムを横に、目を閉じて眠りにつこうとする。

「はぁい……おやすみなさい、ダーリン……」

まるでお預けを食らった犬のようにしょんぼりとした様子で、おやすみなさいの挨拶。
それを境に、俺の傍からは、かすかな呼吸音のみが聞こえるようになって。

「……」

すぐ隣に人の存在を感じる。それも、昨日出会ったばかりで、あまつさえ俺の貞操を付け狙っている。
本来落ち着くはずが無いというのに。
どうした事か、俺の意識はすんなりと微睡みに落ちて行った。










「ん……ぅぅ……ぁー……」

「うふふ……おはよう、ダーリン」

呻き声をあげながら起床。浅い眠りから醒めると、耳元で甘ったるい声。
好意の塊のように聴こえる声色。そう聴こえるだけで、実際そうであるかは甚だ疑問だけど。

「……なんだ……いたのか」

「寝顔が見れなかったから、寝息を聴いてたの……ぐっすり眠れたみたいね」

「寝息って……何が楽しいの」

上半身を起こしながら、結界を解除すれば、待ってましたと言わんばかりにリリムに抱きつかれる。
尤も、結界を解除したからと言って、体表を覆う魔力壁があるから、直接触れられる事はない。

「うふふ……可愛い寝息だったわ、ダーリン」

「左様ですか」

寝息を聴いて何が楽しいのかと思うが、このリリムは弾んだ声で囁いてくる。

「ええ、とても可愛かったわぁ……」

「……」

眼鏡無しのぼやけた視界には、頬に手を当てるリリムの姿。
うっとりと、記憶を反芻するように呟くその様は、霞んでいても妖艶だ。
しかし、寝顔はともかく寝息で此処まで喜ぶのは流石に度が過ぎていないか、と冷ややかな目線を送る。
本来ドン引きすべき所なのかも知れないが、心の底から嫌悪感出来ないのは、この女の厄介な所なのだろう。

「あぁん、冷ややかな目も素敵っ」

「……はぁ」

わざとらしいぐらいに、過剰とも言えるほどに好意的な反応。
にも関わらず、気味の悪さというモノが込み上げて来ない。
全くと言って良い程に、裏側が見えて来ない。
気味の悪さが無い、という事が一周回って、俺の理性に気味の悪さを訴えかける。
理性に基づいた、思い込みに近い、ある種仮想的な嫌悪感。
それが、俺に溜息を漏らさせる。

「さ……もうお昼だし、ご飯にしましょう?
食べたいモノ、何でも作ってあげるわ」

「……お前が作るの?」

「愛情たっぷり手料理よ?」

「変なモノ入れたら食べないけど」

魔物の料理というモノはどうにも信用し難い。
親魔物領で飯を食べた時には、メニューに書いても無いのに、平然と魔界産の食材を使われた記憶がある。
結界に引っ掛かったから食べなかったものの、そんなモノをまともに食べたなら、間違い無く店員の餌食になっていただろう。

「……まといの野菜は?」

「ダメ」

「……タケリダケ」

「ダメ。エロい事したくなるモノは全部ダメ」

やはり魔界産の食材を使うつもりだったのか、と呆れながら釘を刺す。

「……ホルスタウロスミルクは?」

「ん……変に魔力が入ってなければ。俺も好きだよホル乳、此処じゃ禁制品だがさ」

ホルスタウロスのミルクは、やはり普通の牛乳と比べて格別に濃厚で、甘みまで感じられて実に美味しい。
ヨーグルトだとかチーズも美味しいが、残念ながら此処では禁制品だ。
魔物を徹底的に排斥するが、ホル乳だけ流入するだとか、都合の良い事はそうそう無い。

「あらあら、勇者様なのに」

「此処に来るまで、幾らか親魔物領を経由して来たんだ」

レスカティエ陥落を逃げ延びた俺は、親魔物領に身を寄せる事になった。
元々魔物に危害を加えない主義だったのが幸いしたのか、デルエラ配下の追っ手が来る事は無かった。放置しても危険は無いと判断されたのだろう。
日頃魔物を傷つけなかった甲斐があったモノだとしみじみ思い出す。

「ああ……道理で。でも、何故勇者を続けてるの?
素敵なお嫁さん、選り取り見取りだったでしょうに」

「魔物は好きじゃないの」

結局、親魔物領での暮らしを体験する事になった俺だけど、やはり魔物というモノは好きになれなかった。

「あら……何処が気に入らないの?」

「獲物を見るような目で見られるんじゃ落ち着かないでしょう。油断も隙もあったものじゃあない」

きっと、男日照りだったのだろう。何処に行っても飢えた眼差しで見られるんじゃ、堪ったモノでは無い。
既婚らしき魔物が、揃いも揃って幸せそうに夫と街を歩いていれば、そうもなろうか、とは思うけど。

そして、奴らは男を捕まえる事に特化した生き物だ。そこらの下級の魔物でさえも、人を虜にする。
魅力というモノは、人を支配する力に他ならず。
何かしら男を惹きつける魅力を持つ、魔物というモノは。俺にとって、例外なく警戒対象だ。
勿論、目の前のリリムなんかはこれ以上無く警戒する必要がある。

「私は獲物じゃなくて、愛の眼差しで見てるわよ、ダーリンっ」

「はいはい」

確かに、こいつが俺に向ける視線は、他の魔物が俺に向けてきた視線とは異質なように感じる。
それが愛の眼差しであると信じるかはまた別だが。

「それで……リクエスト、して欲しいな。ダーリンの食べたいモノ、何でも作っちゃうんだから」

「ん……じゃあジパング料理」

何でも、と言われたので、取り敢えず無理難題を吹っかけてみる。
どうせ、手料理と言っても大したモノは……特に異国の料理なんかは作れやしないだろう。
そもそも手料理を作る材料自体が我が家には無い。道具も無い。
息をするように転移魔法を乱発出来るにせよ、買い物には時間が掛かるだろう。異国の調味料となれば尚更だ。
まともに作ると言うなら、厄介払いが出来るに違いない。


「うふふ……得意分野よ。腕によりをかけて作っちゃうわ」

「……作れるの?」

ジパングの女性とは対極に位置するであろうこの女。にも関わらず、得意分野がジパング料理。
意外な返答。こいつは一体なんなんだ、と驚きを隠せない。
そして、二つ返事で請け負うとは。俺の家にジパングの調味料があるとでも思っているのだろうか。

「ええ、バッチリ。ジパングに行って習って来たんだもの。
花嫁修行にケ百年……そう、それはすべてダーリンのためだったんだわ。
私はダーリンを愛するために生まれて来たんだと思うの……だから当然、花嫁修行もダーリンのためなのよ」

「……はいはい。御託は良いからお腹減ったな」

相変わらずの、御花畑な頭の中身を披露してくれるこの女。
ケ百年の何を花嫁修行してたんだ、だとか、色々とツッコミたい所はあるが、藪蛇になるのが見え透いているのでぐっと堪える。駄々甘い論理を延々囁かれてはどうにかなってしまいそうだ。
お腹を空かせたと言い、買い物、台所へと厄介払いを目論む。

「あぁっ……待っててダーリンっ、今すぐ作ってくるわ……!」

「うん。じゃあ俺は此処で待ってるから、頑張ってね」

「うふふ……頑張ってって言われちゃった……うふふ……」

空腹宣言に、即刻、いそいそと部屋を後にするリリム。
翼をぱたぱたとはためかせ、まるで犬のようにぶんぶんと尻尾を振っている。ただ尻尾をぶんぶんと振るだけではなく、うねうねとくねらせているのが淫魔らしく、艶かしい。

「……はぁ」

そして、ぼやけた視界に映る、後ろ姿。色白な肌の面積はやたら多く、眼鏡を掛けていなくても、目のやり場に困る。
アレにこれから付き纏われるとは、どうしたモノか。
露出の少ない格好の方が好みだと言えば何とかなるのだろうか。
今も簡単に厄介払い出来たし、案外ちょろい女なのかもしれない。
そんな事を考えながら、再びベッドに寝転がる。
何故か頭の中には、あの女のエプロン姿が浮かぶ。それも、裸エプロン。
あいつの姿をまじまじと見た事は無いせいで、ぼんやりとしたイメージであるが、振り払おうとしても、なかなか離れない。

「……反則だよなぁ、それ」

そんな中、台所の方で、転移魔法によって生じたであろう、多数の空間の歪みを感じる。
多分、最初から買い物に行く気など毛頭なかったに違いない。
調理器具から食材に調味料、何から何まで、転移魔法で引っ張り出してくるつもりなのだろう。
買い物にまで足止めするのには失敗したけど、どちらにせよ調理中はゆっくりしてられるし、美味い飯にあり付ければそれはそれで結果オーライ。
本当にジパング料理が出てくるのか、変な創作料理が出て来ないか一抹の不安はあるにせよ。

「……」

ジパング料理。不意に、裸エプロンのイメージの代わりに、ジパングのエプロンである『割烹着』という奴を着た奴の姿が頭に浮かぶ。それも何故か、全裸に割烹着。



「はい、召し上がれっ。うふふ……今日はもう、会心の出来なんだから……ダーリンへの愛のおかげで、とっても調子が良かったの」

「……確かにそれっぽいね」

食卓に並んでいるのは、見た事のない料理。オムライスだとかはともかく、まともなジパング料理を食べた事が無いからわからないにせよ、確かにそれっぽい雰囲気を漂わせている。灰釉薬の陶食器、漆塗りの茶碗のおかげかも知れないが。
俺のおかげで料理が上手く行ったとかいう妄言は聞き流しておく。

「うふふ……おふくろの味って奴よ?」

「いや、君のお母様はジパング生まれじゃないでしょ……」

皿を一つ一つ手に取り、目元に近づけて料理をまじまじと見る。
眼鏡をかけて見た方が手っ取り早いが、そういうわけにもいかない。割烹着だかエプロンだか分からないにせよ、この女の姿は魅力的に過ぎる。うっかり直視したら悩殺コースだ。裸割烹着でもないし、胸の谷間を露出するような際どい代物でも無いのは救いか。

「あら、ママの事を"お義母様"だなんて……早くもその気になってくれたの?」

「義理の母って意味じゃないよ。
で……青魚に……ジャガイモじゃない芋だな。で、これが味噌汁って奴で……そう、これがジパングの主食、米」

長方形の長皿に盛られた焼き魚。芋の煮物からは、ジャガイモのほくほくした様子は感じられない。色合いも少し灰色っぽいし、知らない芋だ。
漆塗りの食器では味噌汁が湯気を立てている。茶碗に盛られた白米は、粒立っているのが見てわかるほどにふっくらと炊き上げられていて。湯呑みにも淹れたての緑茶。
なんというか、俺が思い描いていたジパングの家庭料理そのまんまだ。しかも美味そう。

「とりあえず食って見ないことには分からぬ、と……」

「ふふ、頂きます」

誰かの手料理を食べるなんて事が今までにあったか?そもそも、誰かと一緒に飯を食べる事自体が酷く久しい。
そんな事を考えながら、箸の横に置かれたフォークに手を伸ばす。
目の前のリリムも食卓につき、両手を合わせる。
流石は魔界の王女というべきか、その所作は優美で上品だ。
それも、貴族だとか王族だとか上流階級の、俺が大嫌いでならない嫌味ったらしさが全く無い。
ただ手を合わせるだけなのに、変に魅入ってしまう物がある。

「ん……んん……ん……?」

「里芋、お気に召すかしら……?」

とりあえず、芋の煮物を突き刺そうとするが、やけにフォークが滑る。
なんとか口に運んでみると、芋の表面はぬめっていて。咀嚼すると、なんとも言えない粘った感触。つい、疑問符がこぼれる。

「……ぬめって、粘りがあって……なんだこの芋。
不思議な食感だ……けど、美味い」

どうにも味わったことのない食感だけど、しっかりと煮汁が染みていて、旨みたっぷりだ。じっくりと手間を掛けて煮込んだのだろう。

「うふふ、ありがとうっ」

「……魚もなんだこれ。綺麗に身がほぐれるのな……」

焼き魚にフォークを通せば、その身は綺麗にほぐれて。何かの下処理をした様子も無く、ただ絶妙な焼き加減。
器用に箸を操る目の前のリリムに倣い、ほぐした身をご飯と一緒に口に運ぶ。

「ええ、そうよ……ご飯が進むでしょう?」

「…………ん……っ……」

口の中に広がる、肉のそれとは違う脂味。適度な塩味が魚の旨味を引き立てる。身は締まっているのに綺麗にほぐれ、皮は焼き立て、パリパリの香ばしさ。
魚だけでは少し重たすぎるのだろうけど、ほかほかの白米がいい具合に重たさを薄めてくれている。
そして、半ば反射的に、咀嚼し、味わい、そしてぐいぐいと米を呑み込む。喉につかえそうだと思えども、嚥下するのをやめられない。焼き魚と共に米をかっこむ。
ご飯が進む。なんと的確な表現か。これがジパング料理というものなのか、と一人納得する。普段少食なはずが、あっという間にご飯を平らげてしまいそうになる。

「うふふ……そんなに焦って食べないの。喉につかえちゃうわ。
ほら、お味噌汁も美味しいんだから……」

「ん……んく…………ふぅ…………はぁ。」

リリムに促されるがままにご飯を運ぶ手を止め、湯気を立てる茶碗に口をつける。
風味豊か、旨味たっぷりだが、決してくどくはなく、調和の取れた味わい。
フォークで具を掬い口に運ぶと、またもやぬめった感触。キノコの類なのだろう。不思議と心地良い触感。
味噌汁に浮く白い塊……確か豆腐とか言う具が、また味に緩急をつけてくれて、しっかり火の通ったネギの甘みも堪らない。
具材をかきこみながら、食欲のままに味噌汁を一気に飲み干す。
茶碗から口を離せば、自然と溜息がこぼれ、確かな満足感。身体が暖まり、心地良い。

「…………素朴なのか豊かなのか分からないけど……美味いな……」

わけも分からず、どこかしんみりとした気持ちになりながら呟く。つい、素が出てしまった気もする。
温かい味だ。そんな気がする。

「素朴なぐらいが飽きないものよ。毎日食べる味だもの……
あ、ジパングではプロポーズとして、毎日味噌汁を作ってくれ、って言葉があるの。
毎日作ってあげちゃうわよ、うふふ……」

味噌汁を飲み干した俺を見てか、リリムはご機嫌な様子。
人が食うのを見て何がそんなに楽しいやら。

「……はいはい」

毎日飲みたい味だとは思いつつも、下手にそう言うと言質を取られそうなのでやめておく。
余計な事を言って藪蛇になるのも面倒だから、適当に返事をしてあしらう。

「うふふっ……」

まるで俺の心を見透かしているかのように、嬉しそうな含み笑いを絶やさないリリム。
そして、じぃっと視線を俺に注いでくる。まるで、俺が食事を再開するのを待っているかのように。

「……人が食ってるとこ、じろじろ見るなってママに教わらなかった?」

妙な気恥ずかしさを押し殺しながら台詞を吐き捨て、残りのご飯を口に運ぶ。
じろじろ見られるのは癪だけど、冷める前に食べなきゃ勿体無い。










「はぁ……食べた。食べた」

「ご馳走様でした。
お昼からご飯三杯も食べてくれるなんてお嫁さん冥利に尽きるわぁ……うふふ」

久々に、たらふく食事を摂った。結局、食べる所はジロジロ見られっぱなしだったが、小食な俺がこんなに食べたのは本当にいつぶりだろうか。
ともかく、満腹感故の身体の重たさが妙に心地いい。
ただ腹を膨らませるだけじゃなく、味わいだとか、味覚を満たすだとか、そういった意味を含めての満腹。
多分、人生で二番目ぐらいに美味かったように思える。
魔導学院に拾われ、初めて料理と言えるモノを食ったあの時の感動には及ぶべくもないけど……流石に酷か。

「……うん。美味かった。美味かった。けど……これだけ美味いんだ。
どうせ、さぞかしいい食材を使ってるのではなくて?
平らげといてなんだけど、俺は上流階級って奴が嫌いでね……下賤の者の暮らしなんて分かっちゃいないんだ、奴らはね」

しっかり平らげてから文句を言うのはフェアじゃないと分かっているが、この女に遠慮をしてたらすぐあちらのペースに持っていかれる。
こいつに対する振る舞いは、無理矢理犯されそうにならない限りは理不尽なくらいで良い。それで愛想を尽かしてくれるか、化けの皮が剥がれるなら万々歳。

こいつ自身に変な嫌味ったらしさは無いにせよ、魔界の王女様という大層な肩書きが気に入らないのも事実だ。
飢えて死にそうになる、なんて事から最も遠い存在。上流階級の人間は、貧民に目をくれる事はしない。
俺が飢えていたその時にも、こいつは優雅に花嫁修業をしてたらしい。そんな奴に俺の何が分かる?

八つ当たりだと自覚しながらも、文句を飛ばす。

「あらあら……高級食材と間違うなんて……ありがとっ……
そんなにお気に召してくれたのね……うふふ……嬉しいわ、ダーリンっ」

「……おいおい、魔界の王女様にとっては高級食材じゃなくても、俺みたいな下賤の人間にとっちゃ……」

嫌味で理不尽な俺の言動にも、不快な素振り一つすら見せずに、調子良い返事。にこにこと、嬉しそうに、幸せそうに。正直、毒気が抜かれそうで仕方なく。
高級食材じゃないと宣うが、アレで普通の食材を使ってたら、一流の料理人として食っていけるどころじゃない。料理に関して全くの素人である俺にだってそんなことは分かる。

「新鮮な物は選んだけど……銅貨で買い物を済ませたわ。
素材に頼らず、無理せず手に入るもので、毎日美味しい料理を作る。それが良妻というものだもの」

「いやいや……嘘はいけない。いけない」

銅貨で買い物。それは正真正銘、普通の食材を使っている事で。
本当であれば、いくら料理上手にも程が有る。あれだけ美味くて高級食材じゃないとは何事だろうか。

「うふふ……ダーリンに嘘をつくわけないじゃない。
百年以上花嫁修業をしているのだから、これぐらいは出来なきゃ、ね?」

「……マジ?」

人の嘘というものにはそれなりに敏感なつもりの俺だけど、誤魔化してるような素振りは微塵も伺えず。
ありふれた食材であれだけの料理を作ってみせた事が信じられず、驚きを隠せない。

「うふっ……本当よ。
魔界産の食材を使った、手間暇掛けた本気のお料理も、ダーリンに食べてもらいたいわ……うふふ」

高級食材を使ってないのかと、聞き返せば聞き返すほど、どんどん嬉しそうになっていくこの女。くねくねと身悶えを始めたのを見て、これ以上追求しても、こいつを喜ばせるだけだと理解する。
本当に普通の食材で作ったのだと思うことにしよう。


「……あー、はいはい」

本気の料理など要らない、と突っぱねるべきだと思いながらも、はっきりと断れない。
魔界産の食材は実際に美味だと聞いているし、それにこの女の腕が合わされば……それに魔界出身なのだから恐らくは一番の得意分野になるであろうわけで……それはもう人間の住む領域では辿り着けない味なのではないかと思ってしまう。
内心、本気の料理を食べたくて食べたくて仕方ないからこそ、はっきりと拒絶出来ない。
ただし、食べたらあの女と交わるハメになる以上、目の前に出されて食べるつもりもない。

「うふふ……今日の晩御飯にでもどうかしら?」

「いや、今日はいい……あー、それと…………」

「それと……?」

隙あらば俺と交わる事に繋げて来ようとするリリムに曖昧な返事を返し、文句を続けようとするが、こいつの料理に、どうにも非の打ち所が思い当たらない。
俺が文句をつける事まで予想して、あえて普通の食材を使ったのかとも思える。

「あー……うん、味が薄かった…………かも知れないな」

結局、文句を無理矢理捻り出し、かなり曖昧な事を挙げる事になる。
ほんの僅か、味が濃い方が好みかもしれない。かも知れない。たった、それだけ。

「うふふ……ありがとっ。次からは濃い目にするわ。ほんのちょっとだけ、ね」

「ありがとって何だ……」

些細な味付けに文句を言われたというのに、リリムはまたもや感謝を述べて。
本当、こいつに対して何を言えば文句に、嫌味になるのか分かったものじゃない。
しかも、俺はただ、味付けが薄いかも知れない、と言っただけに過ぎない。ほんの僅かだけ濃く……とは口にしていないのに、それを読み取られてしまった事に気づく。
魔術も何も無しに、俺の心が見透かされている。
気味が悪いと感じなければいけないのに、何故かそれに心地良さを感じてしまう。ああ、こいつは一体なんなんだ。

「うふふ……これでダーリン好みの味付けに近づけるな、って思うと、嬉しくて。
あぁっ……こうしてダーリン好みになっていって……そして、その味が、私達の子供にとっての、おふくろの味になるんだわ……
ダーリンにとっては……お嫁さんの味かしら、うふふっ。
それとも家族の味って言うべきかしら……?」

「……はいはい、左様ですか」

家族の味。魔導学院の誰かが、母親の作るシチューの話を誇らしげにしてたのを聞いて、陰ながら妬ましく、そして羨ましく思った事を思い出す。

貧民街で育ち、親の顔も知らない俺でも。家族の味というものを知る事が出来るのだとしたら。その時に俺は、どんな思いを抱くんだろうか。










「……なぁ。人の部屋掃除してて楽しい?」

食後の満腹感と眠気のままにベッドに転がりながら、天井を仰ぐ。
視界の外では、散らかった俺の部屋を、リリムが鼻歌交じりに掃除している。
『二人の愛の巣だもの。綺麗にしないと』との事らしい。

「愛する人のために何かするのって、とっても幸せな事よ……?」

「はぁ……じゃあ、なんで俺なんかを愛してるって……俺のどこに惚れたって言うんだ」

何の躊躇いもなく、聞いてるこっちが恥ずかしくなるような事を宣うリリム。
何でもかんでも愛に結び付けるその思考の中身は一体どうなってるんだか。
これで一目惚れなんだから、本当にどうかしてやがる。
そもそも、俺なんかの何処に惚れたのかが判りやしない。
顔が良いわけでもなく、目付きも悪けりゃ姿勢も悪い。捻くれた性格だという自覚もある。
子供の頃にろくに飯を食えなかったせいで、今までずっと虚弱体質だ。
この貧相な身体に、淫魔が好むような性的魅力なんて欠片も無いだろうに。

「好きだから好きで、愛しいから愛するの」

「……理由になってないぞ」

一見、何も考えていないような、理由になっていない理由。
しかし、それ故に文句のつけようがなくて。
何か適当な理由さえ聞き出せば……例えば俺が美味しそうだったから、と言ってきたならば。
『美味しそうなら他の男でも良いだろう。それは俺を好きって事なの?』という切り口で、文句を言って。そこからこの女の化けの皮を剥いでやれるというのに。

「理由なんてないわ。
理由に当てはまれば、他の男でも良いだなんて……愛ってそういうモノじゃないでしょう?
強いて理由をつけるなら……貴方だから……貴方が大好きで、愛しいのよ、ダーリンっ」

「……ごもっとも。
美味しそうなら誰でも良いのか、ってお話だしな」

俺が文句を言おうとしていたのと同じ切り口。やはり、俺の心が見透かされているかのよう。結局俺は、この女の言葉に言い包められてしまう。

そして内心、少しだけ安堵している自分に気付く。
この女に化けの皮などというものがなく、本当に、真に俺の事を愛してくれていたら……と思っている節があって。
その可能性が潰えてしまわなかった事に、安堵している。
そんな事を考えてる時点で、既にこいつの思う壺なんだろうな、とも思う。

「美味しそう、ね……うふふ、今の私にとって、美味しそうに見えるのは……ダーリンだけよ?」

「俺だけ、ねぇ」

俺以外の男は眼中に無い、と言いたいのだろうが、やはりどうにも信じ難い。
仮に、俺に一目惚れしたというのが本当だとして。一目惚れなんかするような女が、他に目移りしないわけがないだろうに。

「ええ、勿論……ダーリンの事を一目見たあの時から……私はダーリンだけのモノ。
私にとっての"男"はダーリンだけ、愛するのもダーリンだけ、なんだから……」

「俺だけ、ねぇ……」

「ええ、貴方だけ、よ。ダーリンっ」

耳に甘い、都合のいい言葉。感性だけに身を任せたならば、この女の言葉は真実味を帯びて聴こえてくる。
溢れ出る愛情、恋慕、濁りない好意が凝縮された声色。
魔法的な影響を全て遮断しても、頭がくらくらしそうになる程の甘い声。
無尽蔵、無償の愛情を余す事なく注がれていると感じてしまうような、そんな声。

「……はいはい、そうですか」

それでも、俺は感じた事を信じはしない。絶対に何か裏があると、俺の理性が警鐘を鳴らす。
仮に裏がなかったとしても……こいつがずっと俺の事を愛し続けてくれるなんて確証はない。
こいつ無しじゃ生きられない程に虜にされた後、飽きられて捨てられる、なんて哀れな末路は御免だ。









「……ふぅ」

日が落ち辺りが暗くなった頃。
リリムの手によって片付けられた小綺麗な部屋を、蝋燭が照らしている。
あいつの作った夕食……霧の大陸の料理に舌鼓を打った後、台所で片付けをするリリムを置いて、部屋に戻ってきたのだった。

「……今日はこいつを」

本棚から読みかけの書物を取り出し、ベッドに寝転がる。

「……ああもう、あの女のせいで、不便で仕方ない」

あの女の、露出度の高い格好を直視しないよう、眼鏡を外しているけど、そのせいで本が読みづらくて仕方ない。料理を食べる時もだけど、何かを見る時に顔をかなり近づける必要がある。

「……」

この国の魔道学院から取り寄せた、結界魔法に関する論文集。こんなものを読んでもあのリリムをどうにか出来るとは思っていない。書物を読み耽り、没頭するという事に意味がある。
そうしている間は、心にある種の平穏が訪れるし、適度に頭を使えば寝付きもよくなる。
ページを捲り、鼻先が触れそうな程、顔を書物に近づけ、不便ながらも書物を読み始める。







「お片付け、終わったわよ、ダーリンっ……って、本を読む時ぐらいは眼鏡をした方がいいと思うの。
そんなに顔を近づけて読むだなんて、そんなに目が悪かったの?」

静寂を破るのは意気揚々と部屋にやってくるリリムの声。
料理の後片付けも非常識な程に手早く、殆ど本を読み進めていないというのに、早くも戻ってきたらしい。

「……お前がそんな破廉恥な格好をしているから、眼鏡をかけられないんだろう」

ベッドにうつ伏せ、読書を継続しつつ、背後から聞こえる声に応える。
勿論、振り向いてやったりする事は無い。リリムを視界に収めないようにし、淡々と、そして嫌味っぽく応答する。

「あらあら……そういう初心な所、とても可愛くて素敵だわ……うふふっ。
ダーリンなら、好きなだけ見てくれていいのに……見たいんでしょう?」

「……どういたしまして。いや、見ない、見ない」

何でもかんでも俺の事を褒めようして、隙あらば、誘うような言葉を投げ掛けてくるこの女。
その声にもやはり天性の魅力がある。
可愛いという言葉は男としてはあまり嬉しくない、そのはずなのだけど。甘く耳に響いて、とてもいい気分にされてしまいそうになる。誘う言葉も、気を抜けばあっさり心をもっていかれてしまいそう。
身を包む魔力・結界で魅了を遮断してこれなのだから、まともにこの声を聞いてしまったら、決して抗えない。

「うふふ、見たいのは否定しないのね。ありがと、ダーリンっ。
でも、ダーリンに見て欲しくてこの格好をしてるのに……ちゃんと見てくれてないと意味がないわ。
結局、私の顔もしっかり見てくれていないもの……」

「……じゃあその格好をやめて、普通の服を着ようじゃないか」

何はともあれ、この女の格好は非常に扇情的でならない。いつ、この爆乳がこぼれ出ないか心配になってしまう程の布面積の少なさ。
眼鏡無しでぼやけた視界に対しても破壊力が抜群だ。
上手い事、交換条件をつけるなりしてちゃんとした服に着替えさせたい。

「そうしたら、眼鏡をかけて、ちゃんと私の姿を見てくれる?」

「……人間基準での、貞淑な格好。下着をつけないだとかは無しで。透けるのも無し。そしたら考えてやる」

あくまでも、確約はしない。断る余地を残した交渉。尤も、これを使って断り過ぎると、無理矢理犯されそうだから乱用は出来ないのだけれども。

「……うふふ、貞淑な格好が好みなら、喜んで」

「分かった、そういう事にしといて」

出来得る限り、素っ気なく応対しているというのに、当のリリムはなんとも嬉しそうな声。
俺の好みだと言えば、大抵の言う事は聞くんじゃないかと思えてくるけど……
そうしてこちらの要求を通すのは、有る意味こいつにエサをやっているような物に思えてくる。
やはり、自分から、俺の好みだからどうしろと言うのはやめておこう。

「それではお待ちかね……生着替えのお時間よ、だぁりんっ……」

「ストップ。この部屋で脱ぐな」

「うふふ……もう脱いでしまったわ」

甘ったるい声に混じり、微かに聞こえる、衣擦れの音。
しまった、と思いつつ制止するが、手遅れだったらしい。

「……脱いだ服は仕舞おう、な?」

真後ろには、服を脱ぎ捨てたリリムがいる。その事実だけが、想像を、興奮を掻き立てる。
まともに姿を見たこともないというのに。美しく淫らで、豊熟したリリムの裸体が脳裏に鮮明に浮かんでしまう。はち切れんばかりの胸。むっちりと肉のたくさんついた太もも、重量感たっぷりのお尻。
勿論、腰回りはきゅっと引き締まっていて、全身には贅肉一つ見つからない。

内心、振り向きたくて仕方が無い。眼鏡を掛け、この女の裸体をしっかりと目に焼き付けてしまいたい。きっと、想像なんかよりもっと、もっと魅力的だ。

しかし、それはこの女の虜になる道を選ぶということに他ならない。
しっかりと自分を律し、平然を装いながら、リリムに先手を打たれないように釘を刺す。

「あぁん、脱ぎたてをプレゼントするつもりだったのにぃ」

「油断も隙も無い……さっさと服を着ろ。余計な事はするなよ」

背後で、ぱさりと布が落とされる音。たったそれだけの事が、どうしようもなく想像を掻き立てる。
早い所服を着せないと危険だ。本当に。

「はぁい……ねぇ、ダーリン……下着はどんな色が好き……?
黒?白?それともピンクや赤、紫……ああ、透け透けなモノだって……」

「……黒。透けてない奴。地味なのでいい」

甘いリリムの語り掛け。頭の中に浮かんでは消えていく、リリムの色んな下着姿。
いつの間にか俺は、どんな下着が似合うかを考えて始めてしまっていて。
すぐさま我に返り、落ち着いて無難な代物を要求する。
勝手に下着を選ばせると、どんなに過激な代物を着るか分かったものじゃあない。

「うふふ、黒が好きなのね……はぁ、ぁん……
ダーリンの事を想ってぐちゃぐちゃなのに……下着だなんて……うふふ……ぴったり張り付いて…………」

「はいはい、いちいち報告しなさんな」

下着がリリムの脚に通され、擦れる音が聞こえる。それと同時に、艶かしい声。
ぴったりと張り付いた黒の下着。すじまでくっきりと形が浮き出て。うっすらと生え、整えられた銀の陰毛が透けて見える。そんな光景が脳裏に浮かんでしまう。

なんとかして誘惑をやめさせなければいけない、と思えども、リリム相手に実力行使など無謀でしかなく。やめろ、やめろと無力な声をあげる事ぐらいしか出来ない。

「うふふ……恥ずかしがり屋さんね……かーわいいっ」

「……シャワーでも浴びてこい。俺を一人にしろ」

この女の虜になってはいけない、だとかそういう事とは別に、内心この状況を恥ずかしく思っている部分は少なからずある。
しかし、そういった感情を表に出さず、飄々と、平然と、何食わぬ顔でいる事は俺の得意技だったはずだ。勿論、今もそう振舞っているつもりだ。
にも関わらず、この女は的確に俺の図星を突いてくる。
まるで、手玉に取られているかのよう。けれども、不愉快ではない。図星を突かれて、手玉に取られて。それを心地良く感じてしまう。
そして、心地良く感じてしまっている事に恐れを感じる。

ともかく、こいつとこれ以上一緒に居るのはまずい。なんとか追い払って、服を着させないと。

「じゃあ一緒に……」

「ダメ。あんまりゴネると、結界に閉じ籠ってお前を無視するので悪しからず」

「むぅ……そこまで言うなら大人しくするわ……」

「物分かりがよくて何より。ほら、さっさと此処から出ていけ」

閉じ籠って無視する、という事を駆け引きに持ち出すと、不満気ながらも大人しくなるリリム。
素っ気ない態度を好意的に受け取るのはなんとも厄介だけど……構ってやらないのが堪える、という事には可愛げがある。ちょろい女じゃないか。実際は俺が手玉に取られてるのだけれど。

「仕方ないわ……こうなったら、ダーリンの家のお風呂場を心ゆくまで堪能しちゃうんだから」

「程々に。戻って来る時はちゃんと服を着なさいね」

お風呂場へと向かっていくリリムの足音。閉まる扉の音を聞きながら、釘を差し直す。

「……」

自分一人だけになった部屋。静かな空間。
気がつけば、虚弱体質ゆえに性的不能気味だった俺の股間が、久方振りに元気になっていて。
込み上げるむらむらとした感覚を持て余しながら、再び読書に赴く。








「ただいまっ、ダーリン……」

「早かったな」

ドアを開ける音、上機嫌な声。
女性の風呂は長いという知識があったけど、どうやらそういうわけでもなかったらしい。
普段の俺が身体を洗って、頭を洗って、それより少し長いだけの時間で部屋に戻ってきた。

「少しでもダーリンと一緒に居たいから、急いで身体を綺麗にしてきたの。
準備万端よ……うふふ」

「はいはい」

誘う言葉を適当にあしらいながら、横目でちらりとリリムの姿を確認する。
相変わらず眼鏡無しでは細部はよくわからないが、露出控えめのワンピース型の寝間着を着ている。ネグリジェという奴だろうか。
とりあえずは、俺の言うことを聞いてまともな格好をしてくれたらしい。

「ね、ダーリン……ちゃんとお洋服着てきたから……私の事、見てくれる?」

「考えるとしか言ってないなぁ」

「あぁん、焦らさないで……もう……何がお望みなのかしら」

「……よし。その、ダーリンって呼び方もやめて貰おう。
そうしたら、ちゃんと眼鏡を掛けてお前の事を見てやる」

恋人、想い人をダーリンと呼ぶような女は、二十年生きてきてこの女が初めてだ。
伝聞ですら聞いた事が無いぐらいに小っ恥ずかしい呼び方。
いつやめさせるか図りかねていたけど、ちょうどいい機会だろう。

「そんなぁ……愛情たっぷり、嬉し恥ずかしの呼び方なのに……
やっぱり恥ずかしがり屋さんね、スターヴは……これでいいかしら?
スターヴ……やっぱり、素敵な響き。ダーリンと呼ぶのもイイけど、名前で呼ぶのも負けず劣らずイイわね、うふふ。
うふふ……スターヴっ」

「……ダーリンなんで呼ばれて恥ずかしくないわけがないだろう」

落胆した素振りを見せるや否や、すぐに気を取り直して俺の名前を呼び始めるリリム。

名前を連呼されるのは、ダーリン呼ばわりとは別の方向でマズい破壊力がある事に気付かされてしまう。予想外な程に、甘い響き。

ダーリン呼ばわりのような、破滅的な程の甘ったるさはない。しかし、俺はダーリンではない、と意識を逸らして逃げる余地がなくなってしまった。

スターヴと呼ばれた時、それは間違いなく俺の事で。どれだけ意識を逸らそうとしても、意識を逸らしきれない。今までずっと呼ばれ続けてきた己の名前には、どうしても反応してしまう。
結果、リリムの言葉に込められた好意、愛情らしきものを受け流せない。
ダーリン呼ばわりが乱れ撃ちだとすれば、名前を呼ばれるのは、まるで狙い撃ちされているよう。
こんな調子で一晩中、延々と俺の名前を囁かれでもしたら、これはこれで頭がどうにかなってしまいそうだ。

「ふふ……名前で呼ばれるのも好きなのね。
さ……名前で呼ぶから、早くこっちを向いて?スターヴっ」

「……はい、はい」

ポケットから眼鏡を取り出し、布団を引き寄せて下半身に被せ、半勃ちの股間を隠す。身体を起こし、ベッドのふちに腰掛ける。
そして、どれだけ美人でも狼狽しないよう、見惚れないよう、心の中で覚悟を決めて……眼鏡を掛ける。

「うふふ……よーく見てっ……」

僅かに宙に浮きながら、リリムは見せつけるようにポーズを取って。

鮮明になったシルエットは、まさに魔性。
ゆったりとしたワンピース型のネグリジェの中に収められているのは、はち切れんばかりの大きさを誇る豊満な胸。
ホルスタウロスですら敵わないかもしれない程の、まさに爆乳と言うべきサイズ。こうしてしっかりと目の当たりにすると、もはや圧倒的、とすら思えてしまう。
ネグリジェ自体は俺の要求通り、決して扇情的なデザインではない。ピンク色のシンプルな、装飾の少ないもので、生地が透けているというわけでもない。
胸の下を絞って強調している……という事もなく、大きく突き出した胸から、まるでカーテンのように生地が垂れ下がっている。
腰のラインはすっかり隠れてしまっているが、まるで妊婦服のようなその趣きに惹きつけられてしまう。
しかも、胸の大きさ分だけ前裾が引っ張り上げられてしまって、まるで軽くたくし上げたかのような色気を醸し出している。

「ほら、後ろも見てっ……」

くるりと背を向け、軽く前屈みになってお尻を突き出すポーズ。
癖っ毛をさらりと横に分けると、そこに見えるのは翼と尻尾の付け根。
翼と尻尾を出すため、背中が空いた作りになっていて、最小限の面積ながらも肌が見えている。
ゆらゆらと揺れ、誘うようにくねる、艶かしい質感の尻尾。個体差があるのか、サキュバスに比べて細めで、その先端もは、丸みを帯びた小さなハート型。
翼は上機嫌そうにぱたぱたと軽くはためいて可愛らしい。
そして、やはり目を引くのは突き出したお尻。
ゆったりとした服にも関わらず、巨尻の肉感的なラインが浮き出てしまっている。
隠し切れない程に豊満な身体。
見ているだけだというのに、匂いは遮断しているというのに、色香が薫ってくるのを感じてしまう。

「うふふ……おっぱいに……ふとももに……」

再びこちらに振り向くと、今度は胸のラインを強調するよう、その両手で胸下の生地を絞り始める。
浮き出る下乳の形、ぱつん、と服の中に押し込められた胸の豊満さ。着衣が故の淫らさ。
そして、布を絞った分、さらに足りなくなる前裾の丈。
本来は膝下の丈であろうその裾が、今や下着が見えそうで見えない程にまで引き上げられてしまっていて。
露わになるのは、シミ一つ無い色白く澄んだ肌、むっちりとした太もも。
圧倒的な肉付きにも関わらず、決してだらしない事はなく。引き締まっているというのに、見るからに柔らかい。
きめ細かい、という言葉ではとても言い表せない程になめらかな肌艶。
そして、そのむっちりとした太ももが、もじもじと内股で擦り合わされている。
太ももの肉が、むにっと形を変えるその様は、否応無しに視線を吸い込む。

「うふふ、そろそろ、私の目も見て……?」

すっ、と近づけられるリリムの顔。
完璧に整った輪郭。顔立ちそのものは、可愛らしいというよりは、ただひたすらに美しく、抜け目が無い。
ただし、切れ長の目は、とろんと目尻を垂れ下げて。
口元は幸せそうに、にへらと緩み、色白の頬は上気して紅い。
ぷるんとした唇の動きは、物欲しげで誘っているよう。
その造形が魔性であれば、その表情も魔性のそれで。
美しさ、可愛らしさ、愛らしさ、妖しさ……女の様々な魅力に満ちている。
真っ直ぐに俺だけを見つめる深紅の瞳。吸い込まれて、惹き込まれてしまう。
熱に満ちた眼差し。見つめあっているだけで注がれる恋慕、欲情、愛情。頭がとろとろになってしまいそう。

「あぁん、見惚れちゃって……
私は身も心もスターヴのモノなんだから……この身体、好きなようにシていいのよ……?
それとも、好きな事、シて欲しい……?」

全てが男を惹きつける、その肢体、顔立ち、声、表情。
想起されるのは、魔性の快楽。男としての至上の悦び。目の前にいるのは、それを与えてくれる存在。
ただ、拒む事をやめる、それだけ。たったそれだけの事で、全て蕩けるような至福を味わう事が出来る。望む事を口にすれば、さらなる悦びが。

「…………っ……」

「あぁん……目を逸らさないで……」

手放しかけた思考。すんでの所で踏みとどまり、首を振ってリリムの姿を視界から外す。
気がつけば心臓が苦しいぐらいにばくばくと音を立てていて、股間のモノは今までになく大きく膨らんでいる。
思考と身体を苛む、ムラムラとした衝動。ここ半年は御無沙汰だったせいか、今すぐ出したくて出したくて仕方が無い。

リリムの姿に見惚れている所から、なんとか正気に戻ったけれども、今の状況で迫り続けられたら、とても拒み切れる気がしない。

「シャワーを浴びてくる……!ついてくるなよ。きたら、丸一日はお前の事を無視するからな……!」

ピンクの靄が抜け切っていない頭をなんとか働かせ、逃げの一手を打つ。
半ばよろめきながら部屋の出口へと逃げ込もうとする。
無視するからな、としか言えないのが悔しいが、どうにもならない。

とにかく、早い所、出して楽になりたい。半年も溜まっている状況でこの女を相手にするのは無理だ。

「あぁっ、待って、スターヴ……せっかく溜めた精液を無駄にしちゃうなんて、そんな勿体無い事は駄目っ……!
ちゃんと私のナカに、それがダメならお口で、あぁん、お口もダメなら手でシてあげるからぁ……
私がヌいてあげるのがダメなら、器に出しておいてくれるだけでもいいからっ……」

「離せ、この色情魔っ……」

逃げようとしたその次の瞬間には、回り込んだリリムに抱き付かれ、止められてしまう。
一発抜いて落ち着きを取り戻そうという俺の目論見はあっさり見抜かれてしまっていて。
なんとも情けない気分になりながらも、身を包む結界を広げてリリムを引き剥がそうとするが、まるで万力のように俺を捕らえて離れない。

「貴方の瞳を見たあの時から、貴方の精液が欲しくて欲しくて、身体が疼いて切なくて、仕方ないの……
それなのに、貴方が溜めに溜めた精液を捨てられちゃったら……
他のどんな食べ物にも代え難い、最高の御馳走を捨てられちゃうなんて……そんな事は見過ごせないわ」

「ああもう、離せ……」

「じゃあ、せーえき無駄にしないって約束してくれる?」

もがく俺に対して一方的に話しかけてくるリリム。
冗談で言っているのではなく、あくまでも真剣味を帯びた声色。
ここでもし俺が提案を飲まなかったり、約束を破ったりしてしまえば、否応無しに犯されてしまう。そんな凄みを感じる。
まるで、精液を無駄にしない事が死活問題と言わんばかりだ。

「分かった、器に出すから……」

無理矢理に犯す事をチラつかせられると、リリムの要求を飲まざるを得ない。
結局、この女はその気になれば俺をいつでも好きなように出来るのだから。
詰まる所、俺に根本的な拒否権というものはなくて。ただ、この女の手のひらの上で踊らされているだけに過ぎないのだった。

「ありがとう、愛してるわ、スターヴ……!
はい、グラスっ。
私の事を想いながら、たっぷり出してね、うふふっ……ふふ……」

無邪気に喜ぶ声、熱烈な抱擁。
そして、リリムはおもむろに胸元に手を突っ込むと、そこからワイングラスを取り出して。期待に満ちた眼差しを向けながら、俺の手にそれを握らせる。

「分かった、分かったから……大人しくここで待ってろ、いいな?」

ワイングラスを受け取りながら、ようやくリリムを引き剥がす。
これから自分を慰める事がバレバレな挙句、出した精液までこの女に飲ませなければいけないとは。それも、グラスに一旦注いで。
なんという羞恥だろうか、と内心思いつつも、それ以外の選択肢は残されていない。
一発抜かなければ、こいつの誘惑に耐え切れない。精液を捧げなければ、無理矢理犯されてしまう。
何故こんなことに、と嘆きながら、そそくさと浴室へと急ぐのだった。



「ふぅ…………」

射精後の猛烈な倦怠感に苛まれながら、股間を洗い直し終える。
水のかからない位置に置いたグラスの中身はわざわざ見ない。
虚弱体質のせいで、出してから数日はずっと、げっそりとした心地で過ごさなければならないのが憂鬱だ。
出した後は頭が冴えるとか宣う奴らも居たような気がするけど、少なくとも俺は別だ。
頭が重くて重くて仕方ないし、鈍い眠気がこみ上げ始めている。
そもそも俺は元々不能気味で、勃つ事自体が稀だ。だから半年もご無沙汰をしていたし、半年前は夢精だ。
だから自慰なんて事は滅多にしなかった。

「はぁ」

今までとは比べ物にならないほど気持ちいい射精だった。

リリムの姿、表情が脳裏に焼き付いてしまっていて。
不能気味だったのが嘘のように興奮してしまっていた。
放つ精液が、リリムに飲まれてしまうのだと思うと、興奮はさらに高まって。
リリムの肢体を、痴態を想像しながらするのがこんなに良い物だとは夢にも思わなかった。精通の時よりも遥かに気持ちよかった。
自慰なんてただ体力を消費するだけで馬鹿馬鹿しいと思っていたのに、癖になってしまいそうだった。

「ぁー…………」

射精後の倦怠感に呻き声をあげる。

リリムの事をオカズにしながらするだけでこんなに気持ちいいのだから、リリムと交わるのはどれほどまでにきもちいいのだろうか。
それこそ本当に比べ物にならないほどだろう。

身体は確かに鎮まったが、リリムに対する物欲しさは収まらず。前にもましてリリムの事が頭から離れなくなり、交わりを求める気持ちは膨れ上がってしまう。

「……」

視線を落とせば、股間には粗末な代物。
勃ったとしても、短小・包茎・柔らかい と散々なモノだ。
そのくせ、さっきは恐ろしいぐらい早く果ててしまった。
目も当てられない早漏っぷり。勃ちにくいだけで無駄に敏感なのだから困る。
インキュバスになれば精力絶倫になるとは言うが、そもそも一回出すだけで体力的の限界だ。
それに、最初から精力絶倫の奴がインキュバスになった方がより絶倫になるだろうし。


淫魔の中の淫魔であるあの女が、こんなモノで満足するのだろうか。満足するようには到底思えない。
アレだけ俺に好意をぶつけてきていても、きっとこの粗末なモノを見せたら幻滅するに違いない。
幻滅しないにせよ、満足させられなかったらそれはもう、男として惨めだ。

そして……魔物は浮気をしない、一度決めた相手を愛し続ける、とは聞くが、やはり信じ難い。
俺に満足出来なかったら、やはり他の男を探しに行くのではないか、と疑う事をやめられない。

悶々とした気持ちで、浴室を後にする。









「……ただいま。グラスは浴室においてあるから。俺はもう寝る……」

「おかえりなさいっ……あら、随分お疲れね」

部屋に戻ると、待ちきれなかった、というようにリリムは俺の腕に抱きついてきて。
その姿から目を逸らしながら、のろのろとベッドに進み、倒れ込む。
既に倦怠感に身体は支配されていて、まぶたも重くて仕方が無い。
今日一日、この女の相手をしていた疲れも吹き出して来たんだろう。
今すぐ寝たい。今すぐに。

「お前のせいだ……」

「うふふ、ありがとっ。そんなに興奮してくれるなんてっ」

一緒にベッドに倒れこんできては、上機嫌な返事をするリリム。
非難がましい俺の呻きを褒め言葉とするあたり、やはりこいつの頭はピンクの御花畑に違いない。

「褒めてない。寝る」

布団を手繰り寄せて被り、枕を抱きながら横たわる。
リリムを抱き枕にした方が心地良くて暖かいんだろう、と考えてしまうが、その考えを振り払う。

「そう……疲れちゃったなら仕方ないわ。ゆっくり休んで、明日に備えて、ね?
いけない、せっかく出してくれたんだから、新鮮なうちに飲まないと……うふふ……スターヴのせーえき……
ふふふ、おやすみなさい、スターヴっ……私も精液を堪能したら一緒に寝るから……少しだけ待っててね?」

ぐったりとする俺を気遣いながらも、残念そうにするリリム。しかし、次の瞬間には、俺の出した精液の事を考えてか、うっとりと呟き始める。
そしておやすみの言葉は、優しく諭すような、母性を感じる声色。
俺の頭を一撫ですると、リリムはグラスの精液を求めて部屋を後にする。

「……」

一人となった部屋。静かで、音はない。
これが当たり前だというのに、何故か寂しく。
早くリリムが戻ってこないか、と考えてしまっている俺が居て。
何を考えているんだ、これじゃ思う壺じゃないか、と自分で自分を嗤う。
寂しいながらも、疲れのせいで、意識はすぐに闇の中へと溶けていった。










「ん……美味い」

「うふふ……ありがと」

三時のおやつのケーキに舌鼓を打ちながら、テーブルを囲む。
程よい甘さのチョコレートケーキ。口当たりはしっとりと滑らかで、これもそこら辺の店より美味しい代物だ。
少食だというのにも関わらず、一切れでは物足りないぐらいである。

「飽きずに作るな、本当」

「飽きるわけなんてないわ、スターヴが美味しそうに食べてくれるんだもの……」

この女、キャサリンが押し掛けてきてから早一週間ほど。
初日こそ翻弄されていたものの、魔性の美貌にも随分と慣れてきた。
相変わらず、目を合わせるとあっさり心奪われてしまいそうだし、一緒に過ごしているとムラムラして敵わないにせよ。
だいぶ落ち着いてこの女の相手をする事が出来るようになったと思う。

「よくもまあ……」

また、家事炊事洗濯、身の回りの事をこの女にすべて任せる事にもすっかり慣れ切ってしまった。
埃っぽく散らかりきっていた家の中は今や、整理整頓が行き届き清潔な空間に。
シワだらけだったシャツやらローブは一枚一枚丁寧にアイロンがけされていてタンスの中。
流石に下着を管理されるのは抵抗があったが、これも慣れてしまった。数枚ぐらい下着をくすねられても気付かない程度には管理を任せてしまっている。

料理の食材やら何やらもこの女が調達しているため、今の俺は間違いなくヒモだ。
食いぶちを稼ぐこともせず、世話を焼かれてはご飯を食わせて貰っている。
している事と言えば、適当にこの女の相手をする事と、趣味の読書ぐらいのものだ。
完全なヒモ状態にも関わらず、飽きる事も幻滅する事もなく、この女は俺の世話を焼く。
これで裏が無いのなら、余程の物好きと言わざるを得ないだろう。

「……だから、ジロジロ見るなよ」

「うふふっ……」

この女が押し掛けて来てからは、食事もおやつも口に入るものは全部、この女の作ったものだ。手料理しか食べていない。
それも毎日毎日違う料理やお菓子を嬉々として作る。一週間経つが、そのレパートリーは全く枯渇する気配を見せない。
普通の家庭料理は勿論、ジパング料理や霧の大陸の料理をはじめとして、色んな地方特有の料理。世界を回ったと豪語していた。
一日三食に三時と夜のおやつ。一年間ぐらいは余裕で違う料理を出し続けられるのではないだろうか。
そして何より、この女の作る食べ物は文句無しに美味く……この一週間で早くも俺の好みを把握している。
これ以上に充実した食生活は到底考えられない程だ。

文句を付けるところがあるとすれば、食べている所をジロジロ見られるぐらいのもので。

「……」

正直な所、この女の手料理にすっかり胃袋を掴まれてしまったと思う。
食に拘る性分では無いつもりだけど、もうこの女の手料理以外を食べようという気にはとてもならない。
この女の目論見通りだとは分かっていても……結局、今日もこうしてこの女の手料理を食べてしまっている。
目の前に出された料理を捨てるなんて勿体無い事は出来ない。ただ、それを差し引いても抗えていない自覚がある。
ああ、美味しい。


「……ね、スターヴ。貴方はなぜ魔物が嫌いなのかしら。
人と魔物が幸せに暮らしているところ、見てきたんでしょう?」

俺達二人の会話は大抵、あちら側が話を切り出す形で始まる。

「ん、そうだな……魔物というのは魅力的で……魅力、っていうのは。
人を魅了し、支配し、依存させる力だと思ってるわけだよ、俺は」

「うふふっ……魅力的に思ってくれているのね」

魔物が魅力的な存在である事は、否定しない。
実際、そこらの人間より遥かに美人であるわけだ。
特に目の前に居るこの女は、人間だけでなく他の魔物とも比べ様もないぐらいに魅力的で美しく、淫らで……外見だけでなくその内面も、強く惹かれる物がある。
それはもう、俺が出会った中で一番の"イイ女"だし、これ以上の女性に巡り会えるとも思えないぐらいだ。

「……自由意思のお話をしようか」

「自由意思……?」

「例えば……麻薬に依存した人間というのを例に挙げよう。
そいつらは、自己資金で麻薬を買い、自分の意思で麻薬をやって、楽しんでるって言う」

「麻薬なんかより私達魔物に夢中になるべきだわ、その人達」

人が真面目な話をしている時も、何処かズレた返事を返すリリム。これで真面目な顔をしているのだから、やはり浮世離れしているというか。
確かに麻薬よりは魔物に夢中になった方が幾らか健全だと思うにせよ。

「で……そいつらは、自分の意思で、自由意思で、自己責任で麻薬をやってると言いながら。
その時点で、麻薬をやめるって選択肢を失ってるわけだよ。
やめたいって時にはやめられなくなってる」

官憲の手の入らない貧民街で生きたなら、そうやった人間を幾らは見るものだ。神の名の下に統治された大国レスカティエであったとしても。

「……魔物に魅入られた人間は、それと何が違うっていうんだか。
お前達は麻薬のようなものなのさ。だから俺は遠ざける」

斜に構えた言い方かもしれないが、こいつら魔物は、快楽、美しさ、あらゆる魅力で男を魅了し、支配し、己の都合のいいように操っている。
自身に都合のいいように、インキュバスへと存在を捻じ曲げる。

たとえ、共に暮らす人間が幸せだったとしても、その本質が利己的である事に変わりはない。
勿論、人間も利己的な存在に違いないが、此処まで人を魅了する力は持っていない。魔物よりは安全だ。

「そんな難しいことは考えないで……幸せならそれでいいんじゃないかしら?
私達魔物の夫になった男はみんな……そう、みんな、幸福の中にあったでしょう?」

何の躊躇いもなく、自信満々に同意を求めてくるこの女。
この女、キャサリンは……魔物という存在が男を不幸せにする事は無い、と心の中から信じて疑っていない。真っ直ぐな眼差しが、そう確信させる。

「ああ。皆……幸せそうにしていたよ。そうだ、幸せならそれで良し。その通りだ。
その幸せがずっと続くならそれでいいだろう。ずっと幸せで、それで万事めでたしさ」

リリムの瞳に見惚れる前に目線を逸らし、反論を紡ぎ始める。

「ええ、それはとっても素敵な事だわ。ずっと、ずっと、幸せに愛し合って、添い遂げて……永遠の愛、とっても、素敵」

さっきとはうって変わって、うっとりとした声色。
しかしそれは、永遠の愛を夢見る乙女の呟きとは到底言い難い。
手の届かない物を夢見るそれではなく、まるで掴み取る最中であり、確信に満ちた恍惚の声。

「しかし……お前達魔物が愛想を尽かす事だってありえるだろう?
そうなれば最後、哀れな男の出来上がりだ」

魔物に、この女に、身も心も魅了され、幸せに支配される事。俺が拒んでいるのはそれ自体ではない。
幸せになれるのなら、この身体も、この心も捧げたって構わない。支配されてもいい。その上で幸せならば、それでいい。

問題は、俺が恐れているのは……この女の気分次第でいとも容易く幸せから叩き落とされる事だ。
今はこうして、俺に熱烈な感情を向けてくれているかもしれないが……
俺に愛想を尽かしたり、もっと気に入る男が現れたり……そんな事が起きない確証は無い。

「私が貴方に愛想を尽かすなんて事は、絶対に無いわ。断言してあげる。
いつになっても、何があっても、よ」

リリムは再び真剣な表情に戻ると、真摯な眼差しで、誓うように言葉を紡いでいく。

「だから……その言葉を、俺は信じられないわけだ。
永遠の愛なんて信じられない」

その真摯な言葉も、俺にとっては気休めにしかならない。

「俺が欲しいのは約束とか、保証じゃない。証明だよ。
そして、その証明は無理だ。この先、心変わりしないだなんて。
信じる信じないじゃない、信じられないのさ。
だから、お前のモノになるつもりはない」

もし仮に、この女……キャサリンが、本当に俺の事を求めていて、好意に満ち溢れて、真に俺の事を愛してくれているとしても。
それはあくまでも今現在の話であり、この先どうなるかなんて、証明は不可能だ。未来の事は分かり得ない。
そして俺には、永遠に心を繋ぎとめておける自信なんてモノも無い。
いつかは飽きられるだろうし、俺よりいい男なんて幾らでも転がっていて、この女の魅力なら、どんな男も選り取り見取りだ。

「うふふ……信じられないなら、信じられるようにしてあげる」

「……どうやって?」

信じられたなら、疑う事をやめられたなら。目の前の幸福を我慢する必要は無いというのに。幸せに、この女のモノになれるというのに。
そんな考えがよぎる最中、投げ掛けられる言葉。

「それはもちろん……愛、よ。
私の愛をスターヴにたくさん、たくさん注いで……私の事を信じられるようになるまで……
勿論、信じられるようになっても、それでも注いじゃうわ、ふふっ……」

信じられるものなら信じたい。そう思ってしまった俺の心。
信じさせてあげる、というキャサリンの言葉は、まるで俺の心を見透かしたかのよう。
いや、きっと、実際に見透かされている。
望んでいた言葉を受けて、心臓が一際大きく、どくんと高鳴る。心を掴まれる、とはこんな心地なのだろう。

「…………愛って、答えになってねぇよ、それ」

信じさせてくれる。その甘い言葉に、どうしようもなく期待を抱いてしまった。








「嗚呼、今も私は恋の中、アナタに惹かれて落ち続けているの……♪」

「……」

上機嫌な歌を聴き流しながら、書物に視線を落とす。
視界の外では、リリムが洗濯物を畳んでいる所だ。
家事を全部丸投げしているが、今日に至るまで、嫌な素振りを見せた事は全く無い。それどころか、いつもこうして上機嫌。

「はぁん……いいニオイ……」

「……やめろ」

うっとりとした声に視線を向けると、リリムは俺の洋服、下着を抱えられるだけ抱え、顔を埋めていて。
すーはーと息を吸い込み、匂いを堪能している。
堂々と変態的なその行動は、見ているこちらが恥ずかしい。
使用直後ではなく、洗濯済みなのが救いだろうか。

「もう、いけずぅ……本当はアナタを直接堪能したいのよ?そこをガマンしてるのにぃ」

「その仕草もやめろ」

もじもじと内股をすり合わせる仕草。随分見慣れたが、見慣れたからといってドキドキしないわけではない。
いくら露出控えめの服を着せても、扇情的な仕草には変わらず。
その服の内側で、どんな痴態が広がっているのか。否が応にも想像してしまう。
結局、寝ている時と抜いた直後ぐらいしか股間が休まらない……そんな生活が続いていた。
多分、一発抜いただけでぐったりするような精力の無さがなければ、とうに我慢が効かなくなっていただろう。

「……」

さらに、俺を悩ませるのは性欲だけではなく。
こうも一緒に過ごしていると、やはり情という物が湧いてきてしまう。
そもそも、今まで女と縁のない生活を送って来た上に童貞なのだ、俺は。
正直、幾ら頑張っても外面を取り繕っても、女に対する耐性の無さだとかはどうにもなりはしない。元々、人恋しくて仕方ない。
散々散々、私はアナタのモノ、などと言われもすれば、独占欲という感情も膨らむ。
拒んでおきながら自分勝手にも程があるが、正直、この女を、キャサリンを手放したくない。離れてほしくない。
俺に愛想を尽かして、他の男の元に……なんて事は想像しただけで吐き気がするぐらいだ。

「……あら、また考え事?」

「……」

そして、俺の頭を悩ませる事。訊くべきか訊かぬべきか。
正直、これを訊くのは随分と下衆な行いであるように思える。
そもそもこんな事を訊いても何にもならない。

俺の前に男は居たのか。こんな風に接してくれたのは俺が初めてなんだろうか。

淫魔相手に夢を見過ぎだろうという自覚はある。
相手が処女か否かを気にするなど、男としての度量があまりにも小さすぎるし、過去にまで独占欲を遡らせるなど、馬鹿げているという自覚もある。
過去に男が居たら、余計この女を信じられなくなるだけだろうし、そもそも正直に答える質問でもあるまいし。
だけど、気になって仕方ない。ここ数日、そんな事ばかりが頭に浮かんでいる。

こんな事を訊いて、愛想を尽かされでもしたら、俺はどうすれば……
いや、それはそれで目論見通りのはずだ。だから躊躇う必要はない。いずれ愛想を尽かされる、それが早くなるだけの話だ。

「……どうせ、男なんて選り取り見取りだったろ。何人誑かして来たんだか」

半ば拗ねるような、卑屈な言い方。否定して欲しいのが見え見えで、我ながらみっともない。

「あらあら……勿論、スターヴが初恋の人よ?うふふっ……」

「……こういう事言ったらいい顔しないと思ったんだけどな」

対するこの女は、満面の笑みで俺の問いに答える。後ろめたい事など、何もないかのよう。
むしろ、俺の質問を受けて嬉しそうだ。過去の男性関係を探っている、疑っているのが見え見えなのに。

「だって、こういう事を訊くって事は……独占欲があるって事でしょう?私の事を知りたいって事でしょう?嬉しいに決まっているわ」

「……」

独占欲。やはり、見透かされている。
俺の醜い感情は筒抜けで、それでもやはり、この女は俺に対して愛想を尽かさない。今のところは。

「うふふ、否定しないのね……そんなところも大好きっ……
安心してスターヴ、キスだってまだなんだから……私が初めてを捧げるのは貴方よ、スターヴ……」

「……信用ならないな」

俺が初めての男。それを聞いて、安心している俺がいる。
大好きと言われて、やはり嬉しい。
キャサリンの魅惑の身体を、至福の快楽を、蕩けるような愛情を知るであろうのはただ俺一人だけ。俺だけのものに出来る。
ああ、あまりにも都合が良い。信じるには都合がよすぎる。
けれど、信じてしまいたい。これ以上の相手など巡り会えないだろう。

「あら、本当よ?それもただの処女じゃないんだから……
この指で、貴方のために徹底開発済み……感度も締まりもスゴイわよぉ……?」

自分の身を抱く仕草をしながら、誇らしげな様子。
そして、キャサリンの言葉を聞いて、否が応にも想像してしまう。

自分を慰めるキャサリンの姿。俺の上に跨り快楽を貪る、蕩けた表情。そして、魔性の身体に精液を搾り取られる快楽。きっと精液が垂れ流しになるぐらい気持ち良くて……

そんな事ばかり、振り払っても振り払ってもしつこく頭に浮かぶ。昨日抜いたばかりだと言うのに、早くも股間が疼き始める。まだ、倦怠感も抜け切らずにげっそりしてるのに。

「……それ、自分の指で処女喪失してるんじゃないか」

こんな話をつつけばつつく程、キャサリンの淫らな言葉に欲望が募っていく。黙っているのが正解なのだろうけど、こいつと過ごす事に慣れてしまったせいで、黙りっ放しも正直寂しくて、つい、会話を続けてしまう。

「処女膜の有無が処女を処女たらしめているわけではないわ」

そしてキャサリンは、珍しく真面目な顔になって語り始める。

「……」

なんというか、何と言えば良いのか分からない。何が言いたいのか分からない。いや、多分、自分は処女だと主張したいんだろうけど。

「スターヴ、貴方が処女に求めるモノは何……?」

何故か、妙にキリッとした目付き。

「んー…………他の誰かに穢されていない事?」

処女の何たるかを問われても、正直なんとも言えないけれど、とりあえず、キャサリンがそうだったら良いな、という意味で答えを返す。

「その通りよ、スターヴ……処女を処女たらしめているのはその処女性。
私は未だ、誰の味も知らない、誰にも犯されていない……だから処女と言えるわ……!」

テンション高め、誇らしげに力説。堂々と、自信たっぷりな様子。

「……なるほど。
確かに膜があれば良いってモノじゃないな。
嫉妬もしたくないし、比べられたくもない」

意外とまともな事を言ったので感心し、頷く。
幾ら処女膜が残ってようが、他の男のモノを咥えたりしてただとか、そういう事も嫌なのだから。
至極納得の行く理論ではある。処女のどうこうを言うのであれば、処女膜の有無とかじゃなくて、俺が初めての男である事が大事だ。嫉妬する対象がいなければそれでいい。

「うふふ、可愛いわね、本当に……
スターヴが初めてなんだから、そんな心配はしなくていいのよ……?
嫉妬なんてさせないわ。比べる相手もいないし、そもそも、比べようがないぐらいに、貴方は素敵だもの……」

「はいはい、ありがとう」

可愛いと言われて、顔に熱が集まるのが分かる。前は話半分で聞き流せていたのに。最近はどうしても、真に受けてしまう。
男の嫉妬なんて醜い感情を見せて、それを可愛いなんて言われて。安心したり、嬉しかったり。こいつの思う壺だっていうのに。

「うふふ……淫乱な処女……お好きでしょう?」

「……嫌いじゃない」

確信めいた言い方、自信満々に問いを投げかけてくるキャサリン。
淫乱で、それで誰にも穢されていない処女だなんて、そんなのは男の妄想の中だけに留めておくべき存在だ。
妄想の中に留めておくべきだからこそ、ある種の理想形であって……当然、好きに決まっている。俺だって所詮男なんだから。

ただ、図星を突かれると、素直にはいと言うわけにもいかない。たとえ見え透いていても。
内心そう思うのと、言葉にして認めるのとでは重みが違うのだから。言葉に出して認めていては、すぐに耐え切れなくなる。

「好き?」

「嫌いじゃない」

「好きじゃない……?」

「嫌いじゃない…………
ああ、もう、この話はこれで終わり。終わりにするぞ。続けたら篭る。いいな」

素直に認めないでいると、キャサリンは上目遣いに追撃を仕掛けてきて。これはまずいと思い、無理矢理に話を打ち切る。
この手を持ち出すのは事実上の敗北宣言に違いない。
しかし、延々と好きかどうか尋ねられたら、色々と耐えられなくなってしまいそうだから仕方ない。

「うふふっ……本当、可愛いんだから……」

男なら、誰もが虜になるであろう魔性の微笑み。それを前にしては、敗北感すら心地よく思えてしまう。
たとえ弄ばれていたとしても……それでも構わない。そんな考えが、頭にこびりついて離れなくなり始めていた。








「……なあ、本当に俺なんかで良いの?お前。
お前なら、俺より良い男なんて選り取り見取りだろ」

「もう……またそんな事言って。
貴方が一番素敵だって言ってるじゃない」

やけに月の綺麗な夜。ベッドに腰掛けながら、女々しい問いを口にする。
横に並んで座り、俺に向かってしなだれかかるキャサリンは、当然だ、と言わんばかりに答えて。
艶をたっぷりと含んだ魔性の声で紡がれる甘い言葉。魅了の魔力を遮断しても、ひどく俺の心を揺さぶる。

俺よりいい男が……と言えば、俺以上の男は居ない、と返ってくる。
答えを予想できる問い。意味が無いのに、口にしてしまう。

「何処が」

「だから……好きなものは好きなの。大好きなんだから。好きな事に理由は要らない。そうでしょう?」

この問いも前に投げ掛けた。そして、同じような言葉が返って来た。

「貧民街育ちで親の顔すら知らない男を、魔界のお姫様なんて高貴なお方が。それは哀れみじゃないのか?」

この問いは確か、初めてだ。でも、キャサリンならばきっと、哀れみじゃないと言うに違いない。

「守ってあげたい、幸せにしてあげたい……そう思っちゃダメなのかしら?
哀れみじゃなくて、庇護欲……そう、欲望……アナタが欲しいの、スターヴ」

予想通りの答え。

「じゃあ、俺を幸せにしたらその欲望は満足するのか」

「うふふ……幸せにしたら、もっと、もっと、幸せにしたくなるわ」

「……こんな奴を相手に」

「こんな奴、だなんて……私を夢中にさせるのは貴方だけなのに」

俺が後ろ向きな事を口にすれば、それを打ち消して余りあるぐらいに前向きな言葉が返ってきて。

「……子供の頃に碌に飯を食えなかったせいかは知らんが、こんな貧弱な身体つきで。
顔は老け顔だし、そのくせ身長は子供のように低い。これだけ痩せこけて。女のお前より手足は細くて、そこらの子供と力比べをしたって負けるだろう。
栄養失調の子供が、大人にならずに歳だけ食ったような見た目で。魅力のカケラもない。
中身だって、ロクなもんじゃあない」

「そんな事言って……とっても可愛いのに。見た目も、中身も」

「不釣り合いだろ、俺と、お前」

後ろ向きな事ばかり口にしても、返ってくる好意の波に呑まれそうになってしまうのに。
俺の事を好きだと言う口実を与えてしまうだけなのに、やはり黙れない。

「……ねぇ、スターヴ」

「……なんだ」

「うふふ……愛してるわ……」

一瞬神妙な面持ちになったかと思うと、キャサリンは正面から俺に抱きついてきて。そして、魔力の壁という薄皮一枚のみ離れた耳元で、ねっとりとした愛の囁き。

「っ……いきなりなんだ……話の腰を折るな」

背筋を駆け抜けるぞわぞわとした感覚。まるで声に愛撫されているかのよう。不意打ち気味な囁きに、思わずだじろいでしまう。


「だって……愛してるって言って欲しそうな顔をしてたんだもの。
そうやって、自分の嫌いな所を並べ立てて……その上で、愛してるって……そう言われたいのよね……?
素直じゃないんだから……でも、そんな所も大好きっ……」

「ぅっ…………」

続く言葉が、俺の心臓を鷲掴みにする。目を背けていた部分が、的確に指摘されてしまう。
キャサリンに好きだと、愛していると言ってもらいたくて、褒めてもらいたくて、後ろ向きな事を口にしていた。そう指摘されて、全く反論出来ない。

「うふふ、ほら、続けて……?どんな所を好きと言って欲しいの……?」

「…………」

自覚させられてしまった、好きだと、愛してると言ってもらいたい気持ち。
筒抜けで、恥ずかしくて、何も言えないまま、抱きしめられるがまま。

「ああっ……お耳まで真っ赤になっちゃって……恥ずかしがり屋さんな所も堪らないわ……」

「……」

ここで何か言えば、それは好きだと言って欲しい、愛してるとと言って欲しいというおねだりになってしまう。
だから、何も言えない。

「うふふっ……何も言わないなら、ほら……キスの音、沢山聞かせてあ・げ・るっ……」

「やめっ……」

そして、俺が何も言えなくなったのを良い事に、キャサリンは畳み掛けるように迫ってくる。
俺がおねだり出来ない分を補うかのように、より甘く、より過激に愛情を表現してこようとする。

「やめろ、だなんて……して欲しいくせに。
はむっ、ちゅぅっ……じゅるっ……ちゅるぅっ……」

「っぅ……ぁ……」

両腕だけでなく、その翼をも使った抱擁は、しっかりと俺の身体を捕らえて離さない。逃げられない。
そして、耳に送り込まれる淫らなキスの音。音に耳を犯されるような心地を覚えながらも、愛情を感じてしまう。音だけで気持ち良い。

「うふふ……音だけで感じちゃう?
唇が、舌が、直接触れたら……もっと気持ちいいわよぉ……?」

「ぅぅ……はなれろっ……」

情けない声をあげながらも誘惑の声に抗い、キャサリンの抱擁を振り解こうとするが、非力な俺の力では逃れる事が出来ない。

「うふふっ……そう言って、本当に離れると寂しがっちゃう所も大好きっ……」

「う、うるさいっ……」

身に纏っている結界の領域を広げて、キャサリンを弾き飛ばせば……と考えつくものの、それを実行するには躊躇ってしまう。
この抱擁も、囁かれ続ける甘い言葉も、手放してしまうにはあまりにも惜しい。そしてキャサリンの言うとおり、離れてしまったら寂しい。そう思ってしまう自分がいて。
結局、抵抗になっていない見せかけだけの抵抗を続けてしまう。

「否定しないのねっ、うふふ……
それで、貴方のカラダのお話だけど……華奢な身体ってそそられちゃうわぁ……優しく包み込んであげたくなっちゃう……
あぁん、それと……唇とか、お耳とか、鎖骨だとかは勿論だけど……その喉仏、しゃぶり尽くしてあげたいわ……勿論、全身しゃぶり尽くしたいけども……」

「っ……」

うっとりと、欲望に満ちた声。それは、俺の身体に魅力を感じてくれていることの表れ。それを聞いて、喜びと興奮が胸にこみ上げてきてしまう。

「あぁっ、でも、優しく撫で撫でしてあげるのもいいわぁ……」

「おだてたって何も出な……」

「うふふ、嘘はダメよぉ……?美味しい精液、出してくれるじゃない……私をオカズに毎日、毎日っ……
もう、貴方の味を身体が覚えちゃって……スターヴ専用になっちゃってるのよ……?」

「っ……ほんの少ししか出ないだろ」

毎晩、毎晩、溢れそうな性欲をコントロールするために自分を慰めて。グラスに精液を出して。それをキャサリンが飲んで。
その末に、俺専用の身体になった、と喜々として囁くキャサリン。
本当にキャサリンが俺だけのモノになっているなら……と、甘美な想像が頭を埋め尽くしかけるが、何とかそれを振り払う。

「私とセックスしてインキュバスになっちゃえば……好きなだけ射精し放題、気持ち良くなり放題よ……?」

「……知ってる。でも、もともと絶倫の奴がインキュバスになった方がもっと絶倫だろう。
大きさとか、硬さとかだって……」

苦し紛れで余裕がなくなったせいでまたもや、後ろ向きな言葉を発してしまう。それは結局、おねだりに違いないというのに。

「だから、持続力とか大きさとか硬さとかの前に……貴方じゃなきゃダメなの」

「でも、どうせ……短小包茎よりは大きい方がいいんだろ。早漏よりはそうじゃない方が……」

そして、返ってくるのは心地良い言葉。俺の欲しがっている言葉。
さっき図星を突かれたばっかりなのに、また同じような事を繰り返してしまう。
いじけるような言い方をしてしまっている辺り、もはや完全におねだり状態で。
短小包茎、早漏な所も大好きだと言って欲しい。そう白状してしまっていた。

「あぁんっ……短小包茎で早漏なのねっ……?うふふ、ふふっ……」

耳元で響くのは、極上の獲物を見つけたかのような、舌舐めずりの音。欲望に満ちた含み笑い。

「な、なんだよ……短小包茎早漏で悪いか……」

キャサリンが短小包茎早漏を悪いと思っていない事は今の反応で分かった。しかし、こうやって短小包茎早漏を気にしている素振りをすれば、その分沢山、好きだと言って貰える。
事実、短小包茎で早漏なのは気にしているわけであって。

「うふっ……悪い事なんて無いわ、スターヴ……小さいのはとっても可愛いし、小さい分だけ敏感だって言われているもの……
それに……育てる愉しみがあるじゃない……
元が小さい方が、私の手で大きくした方が……私のモノ、って感じがして堪らないわぁ……
皮かむりだって……うふふ……剥いてあげる愉しみが……
普段刺激から守られてるだけあってとっても敏感で、それにきっと、蒸れてとってもえっちな匂いが……はぁん、想像しただけで子宮がきゅんきゅんしちゃうっ……
堪え性が無いのだって、美味しい精液をたくさんたくさん出してくれるんだから、イイ事なのに……枯れる事なんて無いんだから……ずうっと射精しっぱなしでいいのよ……?
うふふ、ふふふっ……愉しみだわっ……」

今まで以上に興奮した様子で語り始めるキャサリン。畳み掛けるように、押し寄せるように耳元で囁き続けてくる。

「っ……ものずき、だな、ほんとう……」

引け目に思っていた部分にぶつけられる好意の塊。興奮とともに安堵を覚える。
そして、魔性の声で褒め続けられれば、好きだと、大好きだと囁かれ続ければ、その喜びは抑えきれない程になってしまって。もはや、頭の中は甘く蕩けてしまいそう。
キャサリンの愛を一身に受けたいという欲望だけでなく、愛おしさすら込み上げてきて。
口元が緩んでいるのが分かるけど、どうにもならない。だらしない顔をしているのだろうけど、見られてしまってもいい気がしてしまう。


「だから……物好きなんじゃなくて、貴方が好きなのよ、うふふっ」

そして、甘い追い討ちの言葉に、またもやくらりとしてしまう。

「それで、ね、スターヴ……」

「な……なんだ」

「……貴方に触れて……貴方の温もりを感じたいの。……ダメ、かしら?」

「っ……うぅ……」

ここぞとばかりに繰り出される、潤んだ目、上目遣いのおねだり。
甘い囁きに蕩けた思考に、いじらしい声が響き渡る。
俺もまた、キャサリンの温もりを感じたくて仕方がない。
しかし、そんな事をしてしまえば、確実にキャサリンの虜になってしまうだろう。未だキャサリンは俺に触れた事が無いというのに……こんなにも俺の事を魅了するのだから。
このおねだりを呑むという事は、俺の身も心も全てをキャサリンに捧げてしまう事に他ならない。
そうだと分かっていても、キャサリンを拒む事はできなくて。
僅かに残った理性を振り絞り、必死に口をつぐむ。

「手を繋ぐだけでいいの……お願い……変なことはしないから……ね?」

「う……じゃ、じゃあ……それだけ、だぞ……」

手を繋ぐだけ。たったそれだけ。だから、きっと大丈夫。手を繋ぐだけで、身も心も魅了されてしまうわけがない。
手を繋ぐだけで我慢すれば大丈夫。
そんな、甘い考えにあっさりと流されてしまって。

「本当っ……?うふふ、ふふっ……やったぁ、ついに……うふふっ……」

「ほ、ほら……繋げよ」

キャサリンは、いつにもまして幸せそうに身をよじり、笑顔を見せつけてくれて。
手を繋いでやると言っただけで、こんなにも喜んでくれる。その事実に、俺もまた喜びが込み上げてくる。

そして、期待に胸を躍らせながら、左手を包む魔力の壁を消し去る。
直接、誰かに触れられるのは、温もりを感じるのは、魔導の才能に目覚めて以来だろうか。その前についても、よく覚えていないけど。
そんな事を頭の片隅によぎらせながら、左手をキャサリンに差し出す。

「……じゃあ……うふふっ……ぎゅーっ……」

キャサリンの右手が、俺の左手に正面から近づいて。
細く、しなやかで、ピンと伸びたキャサリンの白い指。それが、俺の指の間にすっと差し込まれて。解けないように、優しく握り込まれる。恋人繋ぎ。

「ぁ……」

握り合わされた手から伝わってくるのは、蕩けそうな甘い熱、キャサリンの身体の火照り。
その肌は、さらさらと滑らかなのに、吸い付くような手触りで。掌の柔らかさに、夢中でキャサリンの手を握り返してしまう。
そして、なんとも形容し難い感覚が、握られた手を通じて身体中に広がっていく。
優しくて、温かくて、気持ち良くて、安心する何か。興奮の中にありながらも、穏やかな気持ちに俺を導いてくれて。
手を繋ぐ、たったそれだけで、心が満たされて、幸せな心地になってしまう。

「はぁん、スターヴの手、あったかくて気持ちいいわぁ……愛しい人の温もりって、素敵……もう、病み付きになっちゃう……
それに、うふふっ、恋人つなぎ……しちゃった……ぎゅっ、ぎゅっ、ぎゅーっ……うふふ、幸せぇ……」

「ぁっ……うん、あったかい……」

「ね、スターヴも、気持ちいい……?」

「きもち、いい……」

何度も、何度も、繋いだ手をキャサリンに握り込まれる。キャサリンの指が、手の甲を撫でる。
たったそれだけで、繋いだ左手は抗い難い心地良さに襲われ、脱力しまう。
手を握られる、それだけで快楽を感じてしまう。
リリムであるキャサリンの身体とその技巧は、俺の予想を遥かに越えるモノで。
しかしそれは、恐れを感じさせるモノではなく、むしろ、恐怖や不安を溶かし尽くしてくれるような、優しいモノだった。

「うふふっ……イイでしょう……?こうして触れあって、温もりを感じあって……
でも、まだ物足りないの……
ねぇ、スターヴ……手を繋ぐだけじゃなく、抱き締めさせて欲しいわ……」

手を握り合うだけじゃなくて、もっと、沢山身体を触れ合わせて、キャサリンの温もりを、柔らかさを感じたい。気持ち良くなりたい。
手を握るだけでこんなにも気持ちいいのだから、抱き合えば、もっと気持ち良くなれる。幸せを感じられる。
そんな俺の心を見透かすような、再度のおねだり。
理性が遠く離れた場所で、手を握るだけで我慢しろと警鐘を鳴らす。このままでは、身も心も全て捧げる事になると。
しかし既に、全てを捧げる事への恐怖は薄れ始めていて。キャサリンのモノになってしまいたい。そんな想いが思考を支配し始めていた。

「貴方の頭をぎゅーっとして、おっぱいで受け止めたいの……
それで、むにゅむにゅしたり、頬擦りしてもらったりして欲しくて……
お願い、スターヴ……私に甘えて……?」

キャサリンが俺におねだりしてくるのは、俺がしたくて、して欲しくて仕方のない事。
清楚な服の下でも圧倒的な存在感を示しているあの豊満な胸に抱き付いて、顔を埋めて、思いっきり甘えたい。頬擦りしたい、胸の匂いを吸い込みたい、頭をなでてもらいたい。

「あぁ……しかたないなぁ……」

だから、本当ならば、俺がキャサリンにおねだりしなければいけない。好きなだけ甘えさせてくれ、と。それはやはり恥ずかしいし、ちっぽけな自尊心も傷ついてしまう。
しかし、こうしてキャサリンからお願いされるなら、キャサリンのためという大義名分が出来て。自尊心が傷つく事も無く、思う存分甘えられる。
頭の中はキャサリンへの期待で一杯で、思考も取り留めないのに、何故かそんな事には気が付いて。大義名分を与えてくれる、俺のちっぽけな自尊心を守ろうとしてくれるその優しさに、愛おしさが込み上げてしまう。

「うふふ、ありがとっ……さあ……来てっ……」

ベッドから立ち上がると、キャサリンは両手を広げ、俺を待ち構える。
繋いだ手が離れてしまい、名残惜しいが、今はそれ以上に期待が大きい。
あとは、他者を拒む魔力の壁を消してしまって、その胸に頭を預けるだけ。
丁度、立って向かい合うと、俺の頭の高さにキャサリンの胸が来て。改めて見ると、その大きさはやはり圧巻物。

「ん……」

「ぁんっ……うふふ……」

身体を覆う魔力の壁、その全てを消し去りながら、キャサリンの胸に頭を預ける。
そして、キャサリンの背中に手を回しぎゅっと抱きついて、柔らかく豊満な胸に顔をうずめる。
キャサリンもまた、その両腕で俺の頭を抱きしめ、両翼で俺の背を包み込み、その尻尾で俺の身体を抱き寄せてくれる。

「ん、ふふ……さ、深呼吸して……?」

こうして誰かと抱き合うのは、覚えている限りは初めての事。それは、渇望しながらも未経験だった感覚。
キャサリンの抱擁は、甘く、優しく、柔らかく、母性と愛情に満ち溢れていた。
肉付きの良いキャサリンの身体。服に隔てられながらも、密着するように、俺の身体をしっかりと受け止めてくれる。抱きつけば、抱き締められれば、女体の柔らかさをどこまでも感じられてしまう。どうしようもなく惹きつけられてしまう感触だ。
そして、伝わるキャサリンの温もりは、俺の身体に染み渡っていく。
ただ、服越しに触れているだけ。体温を感じるだけ。それだけなのに、まるで融け落ちそうな気持ち良さが身体に広がっていく。

たわわと言うには過ぎた程に実った果実。母性の象徴であるその豊乳。
うずめた顔に押し付けられる、魔性の感触。ふにゅりと、どこまでも沈み込んでいきそうな程に柔らかいのに、むにゅむにゅと確かな反発を感じさせてくれる。そして、俺の顔はふんわりと包み込まれてしまって。
本来ならば相反するはずの感触。それらを同時に味わう事の出来るキャサリンの胸は、男を虜にする至上の魔乳だった。

「っ……すぅ……はぁぁ……ぁぁ……」

そして、キャサリンに促されるがまま、息を深く吸い込む。
火照り上気した肌、服越しに芳るのは、濃密な色香。そして、顔を包むキャサリンの魔乳、その匂い。
花の香りでもなく、蜜の香りでもなく、ただ、ただ、"女"の香りとしか形容できないキャサリンの甘く淫らな匂い。
たった一回吸い込むだけで、くらくらと陶酔してしまう程。
心地良さに酩酊してしまい、身体からは力が抜けていく。気持ちいい。頭の中に桃色の霧が掛かっていく。
期待と欲望に覆われた思考のままに、キャサリンの匂いを胸いっぱいに吸いこむ。

そして、キャサリンの匂いはただ淫らなだけではなく。満ち溢れているのは、慈愛、母性、優しさ。
甘えても良い、信じてもいい。安心を、安らぎをもたらしてくれる。
キャサリンが俺を裏切る事は決して無い。ただ、ただ、俺の事を幸せにしてくれる。本能で、身体で理解する。
キャサリンへの疑念、不安はすっかりと塗り潰されて。もはや、キャサリンを拒む理由は消え去ってしまった。

「うふふ……しあわせっ……」

母でもあり、妻でもある、俺の欲しいモノを全て埋めてくれる、そんな深い愛情。それは決して絶える事が無いと確信する。
たとえ何があろうと、キャサリンは俺の事を愛し続けてくれる。俺だけの女であり続けてくれる。
俺を傷つける事も決して無い。俺の心を見透かし、理解してくれるから、俺が本当に嫌がるような事はしない。裏切られる事は無い。
そして、俺を傷つける全てから、その愛で俺を護ってくれる。

「おれも、しあわせ……」

キャサリンに抱き締められる。たったそれだけで、俺の心は愛に包まれ、全ての不安は何処かへと消え去って。
心の赴くまま、キャサリンの胸に頬擦りし始め、だらしない声で返事をする。それが、幸せで仕方ない。


「はぁんっ、初めて幸せって言ってくれたぁ……
うふふ……アナタの幸せは私の幸せなの……だから……幸せなコト、沢山しちゃうっ……」

「ぁっ……ぁ……はぁぁ……」

身震いし、身悶えし、一際強い抱擁を返してくれるキャサリン。そして、頬擦りする俺の頭を撫でられる。
生まれて初めて頭を撫でられ感じるのは、心を満たす心地良さと、身体中に広がる快楽。
脱力、弛緩する身体を、キャサリンがしっかりと抱きとめてくれる。

「うふふ、ずっと前から、スターヴの頭、撫で撫でしたかったのよぉ……気持ちいい……?」

「ぁぅ……きもち、いい……」

抱き締められ、頭を撫でられる。たったそれだけ。
しかし、淫魔の中の淫魔であるキャサリンの手にかかれば、本来は性的な快楽を伴わない事ですら、愛撫となってしまう。
直接触られてすらいないのに、いつの間にか股間からは熱いモノが込み上げていて。快楽はどんどん膨れ上がり、発射寸前。

「あぁんっ……気持ち良くなってくれて嬉しいわっ……
だから……我慢しないで……?」

キャサリンは、そんな俺のことをすっかりお見通しで。
嬉々としながら、あくまでも優しく、慈しむように。母が子を愛するかのような、穏やかな所作で頭を愛撫される。

「ぁ、あ……ぁぁ……っ」

母性溢れる抱擁の中、キャサリンの匂いを胸いっぱいに吸い込みながら、キャサリンの胸に頬擦りしながら、頭を撫でられ絶頂を迎えてしまう。
身体は弛緩しているのに、肉棒だけは、どくん、どくんと、ゆっくり精液を吐き出し、下着を汚していく。
肉棒には全く触れられていないというのに、自分でするのとは比べ物にならないほど気持ちいい。いつもならすぐに終わってしまう脈動も、快楽に比例するように長く続いて。
そして何より、キャサリンが与えてくれるのは、ただ気持ちいいだけの絶頂ではなく。
その声、言葉、仕草、身体の火照り、愛撫、抱擁……キャサリンのありとあらゆる全てから、愛情が注がれて。
その愛情で、心までもが絶頂してしまう。キャサリンに身も心もイかされてしまう。
そこにあるのは、まさに幸せの絶頂と言うべきものだった。

「はぁんっ……イかせちゃったっ……んふふっ……すごく、ドキドキしちゃうっ……ほら……私のドキドキ、聴いてっ……?
こんなにドキドキするほど、貴方の事が欲しいのっ……大好きなの、愛してるのよぉ……」

「むぅ……っ」

玉袋が空になるほどの射精を終え、その余韻の中、目一杯に抱き締められる。頭を半ばまで爆乳にうずめながら、キャサリンの胸に耳を押し当てる形。
聴こえてくるのは、キャサリンの鼓動、心臓の音。それは、壊れてしまいそうな程に早く。圧倒的な肉感を持つその豊乳越しでも、はっきりと鼓動が感じられる程に、強く、激しい。
そこにあるのは、人間の身であれば狂ってしまう程の欲望、興奮、欲情。それが、他ならぬ俺に向けられている。
そして、それだけの欲望、興奮を前にしても、恐怖や不安は微塵もこみ上げてこない。ただ、ただ、それを受け止めるのが待ち遠しい。安心すらしてしまう。

「うふふ……スターヴもドキドキしてくれてるのね、嬉しいっ……」

しゅるりと、尻尾が服の内側に潜り込んできて、その先端が胸板に押し当てられる。俺の鼓動も、興奮の、期待の丈も、キャサリンに筒抜けになってしまう。
すべすべとした心地良い肌触りに、ゆっくりと胸板を撫で回される。甘く蕩けるような快楽がじわじわと広がっていき、鼓動はさらに激しくなっていく。それもまた、筒抜けだ。

「ね、スターヴ……」

熱烈な抱擁から解放されるや否や、キャサリンの両手に頬を捕らえられてしまって。くい、と顔を上向けさせられる。
眼に映るのは、その白い肌を赤く火照らせたキャサリンの顔。いまや、魅了の魔力を阻む物は何も無く。眼鏡を外していても、その表情まで鮮明に見る事の出来る距離。
今に至るまで、直接この目でキャサリンの姿を見ていない。魅力の魔力を防ぐための結界を通して、キャサリンの姿を見てきた。
それでも、俺はキャサリンに惹かれてしまっていた。
そして今、初めて、淫魔の中の淫魔であるキャサリンと、無防備に、間近で、向かい合ってしまった。

月の光を受け妖しく煌めく純白の髪は、癖っ毛混じり。くるりと内向いた髪の房は、美しいだけでなく愛らしい。
透き通るように白くも、生気に満ちた健康的な肌。ふっくらとしたその頬は興奮で朱に染まり、上気して。エルフのように尖ったその耳は、どこかしなだれていて、えも知れない色気を放っている。
唇は、果実のように瑞々しく、艷やかな紅色。見るだけで、それが極上の感触をもたらしてくれると確信出来る。
切れ長で、理知的な印象を感じさせる目元、その赤い瞳は、何よりも深い輝きを湛えている。
キャサリンを構成する全ての要素は、まさに理想そのもので。それが、完璧な均整の上で美貌を形作っている。
それは、男の本能を掌握する造形で。"女"の完成形の一つだった。

「私の事、欲しい……?好き……?」

口づけを誘うような唇の動きで、問いが紡がれていく。微かな吐息が、俺の唇を撫でる。
キャサリンの声が、頭の中を満たしていく。理性は溶けて、ほどけて、ただ素直に、求めるがままに。キャサリンの声に心を委ねていく。

「愛してる……?」

すっと細められ、幸福感に蕩け垂れ下がった目元。愛情と欲情、期待の入り混じったその眼差し。想いの丈を感じ取れば感じ取るほど、渇望してしまう。
そして、キャサリンの瞳は、俺の瞳を覗き込んできて。
視線は深い赤に吸い込まれ、囚われてしまう。目を逸らせない。逸らしたくない。見つめ合っていたい。
心の奥底まで覗き込まれるような感覚。見つめられるだけでも、ぞくぞくとした快楽に背筋が震える。

「ぁ…………」

キャサリンの美貌に見惚れ、その瞳に魅入られて、ただただ虜になってしまう。
キャサリンの事が欲しいと、好きだと、愛おしいと伝えたいのに、言葉が出ない。

「はぁんっ、見惚れちゃうぐらい、私を想ってくれてるのね……」

それでもキャサリンは、俺の想いを感じ取ってくれる。目と目だけで通じ合える。

「んふふ……キス、してもいいわよね?両想いだもの……
んっ……はむっ……ちゅぅぅ……」

返答を待たずして、熱烈な口づけ。触れ合った唇から感じる甘い快楽。魅惑の感触。気持ち良さに全身が弛緩して、まるで、口から力を吸い取られて行くかのよう。
唇を重ねるだけで骨抜きにされてしまう。

「んぅっ……れるっ……」

吐息の漏れる隙間もなく、熱烈に吸い付いた唇。その間から、にゅるりと侵入してくる甘い塊。
自由自在に口内を這いまわるキャサリンの舌。歯茎、頬の内側と、ゆっくりと味わわれていく。キャサリンの舌に内側まで愛でられ、頬が融け落ちてしまいそう。

「んふ……あむっ……ちゅるっ……ちゅぅぅっ……」

「ふぁ、ぁぁ……っ」

キスの快楽をねだるように、堪らず舌を突き出す。それを迎えてくれたのは、キャサリンの唇。
魅惑の感触に舌を挟み込まれ、そのまま、キャサリンの口内へと吸い込まれてしまう。
舌を目一杯引っ張り出されたその先に待ち構えていたのは、極上の糖蜜であるキャサリンの唾液をまぶされた、熱く柔らかいキャサリンの舌。それが、俺の舌を包み込むように絡みついてきて。
舌を甘い唾液に浸されながら、吸われ、食まれ、絡め取られる。様々なキスの快楽を同時に味わわされて、舌の芯まで甘く痺れ、蕩けてしまう。

「っ……ぁぁ……」

そして、キスの快楽に呼応するかのように、熱く込み上げてくる迸り。頭を撫でられ暴発したばかりなのに、今度はキスをするだけで絶頂を迎えてしまう。
しかし、もはやこれ以上吐き出すモノはなく、ただただ肉棒が脈動するだけ。不完全な、もどかしい空の絶頂に切なさが込み上げる。

「んむっ……あむっ……ちゅぷ……れるっ……」

空絶頂のもどかしさに苛まれる俺の舌を解放すると、キャサリンは再び唇を深く重ね合わせてきて。
上から下へと重力に任せ、キャサリンの口から流れ込んでくる、どろりと濃厚な蜂蜜状の液体。膨大な魔力の混ぜ込まれたキャサリンの唾液。
先程まで味わわされていたキャサリンの味は、蜜のように濃厚ながらも、ふわりと優しく溶けていく、そんな甘美な味わい。ほんの少しだけ物足りなくて、だからこそ、永遠に味わっていたくなる、魅惑の味。
対して今、味わわされているのは、ただただひたすらに濃縮された甘美さ、キャサリンの味。
むせ返ってしまいそうな程に濃厚だというのに、癖になってしまう、病みつきになってしまう。味覚、嗅覚は勿論、思考まで甘く染め上げられてしまう。

「っ……んく……っ」

流れ込んでくる特濃の甘露を、一口飲み下す。
ほんの一口に練り込まれた魔力の量ですら、勇者である俺のそれさえ上回って。
身体がキャサリンの魔力に満たされ、熱く融けてしまう程に火照り、キャサリンと愛し合うための身体へと作り変えられて行く。
枯れ果てたはずの精液が急速に作られ、肉棒はかつてない程に硬く滾る。
全身はさらに敏感さを増しながら、より多くの快楽を受け入れられるように、もっと深くキャサリンを感じられるように。

「っ……っく、ん、ごくっ……っ……」

溺れてしまいそうな程に流し込まれる蜜。それを悦んで飲み干していく。
絡め取られた舌も、触れ合う唇は魔力に犯され蕩けきってしまっていて。またもやキスの快楽に絶頂。
今度は、もどかしい空射精などではなく、確かな放出感とともにイかされてしまう。
漏らしてしまった分を補うよう、次から次へとキャサリンの唾液を嚥下して。その魔力を糧としながら、また精液を漏らす。
キスだけで何度も何度もイかされながら、キャサリンに相応しい、インキュバスの身体になっていく。


「ぷは、はぁんっ……うふ、ふふっ……初めてのキスを、旦那様に捧げるっ……子供の頃からの夢……叶えちゃったっ……」

「っは……ぁ……」

キャサリンに与えられる蜜を全て飲み干すと、唇が離れていって。名残惜しさに、目を開く。
射精、キスの余韻、身体を犯す魔力に半ば放心状態。視界を埋めるのは、恍惚とした表情のキャサリン。
その眼差しは、悦んでいるのは、愉しんでいるのは俺だけでない事を教えてくれる。キャサリンもまた、俺と同じかそれ以上の幸せを感じてくれている。
一緒に幸せになってくれる。それが、堪らなく愛おしい。

「うふふ、スターヴったらぁ……キスだけであんなにイっちゃって、おパンツの中にご馳走たっぷり……
一滴残らず頂いちゃうんだから……ほら、私の特製魔力ベッドにご招待っ……」

不意に身体が、ふわりと宙に浮き上がる。
息をするように放たれた浮揚魔法。背中から軟着陸したのは、黒色の魔力溜まり。ベッドの形をとったそれは、まるでスライムのような流動性を持って、俺の背を受け止めてくれる。

「ああっ……こんなに窮屈そうにして……んふふ、今、お外に出してあげちゃうっ……」

「ぁ……っ」

キャサリンの視線が注がれるのは、股間に張られた小さなテント。布地には、放たれた精液で染みが出来ている。
それを見たキャサリンは、期待に満ちた眼差しで、俺の寝間着に手を掛けて。
ズボンを下着を纏めて、するりと脱ぎ剥がされてしまう。

「はぁんっ、かわいいぃっ……!
んふふふ、素敵よぉ……スターヴのおちんちん、とってもイイわぁ……
せーえきもたっぷりついて、あぁっ、なんて美味しそうなのかしらぁ……」

キャサリンの眼前に露わにされた肉棒。インキュバスとなって多少は立派になったけども、相変わらずの短小包茎。漏らした精液はべっとりと張り付いていて、見るに耐えない代物。
だというのに、キャサリンは目を輝かせながら俺のモノを見つめ、うっとりとした声をあげて。
男のプライドを砕きかねない、可愛いという言葉も、キャサリンの口から紡がれれば、至上の褒め言葉になってしまう。

「んふふ……まずは、おパンツに出してくれたせーえきから、いただいちゃうわね……
うふふ、これからはグラス入りを少しずつ、ゆっくり味わう必要なんて無くて……好きなだけ直飲みだって出来るのよねぇ、んふふふ……なんて素晴らしいのかしらぁ……」

キャサリンの手の中、裏返される俺の下着。そこには、俺の玉袋の大きさ以上の量、人間ではあり得ない量の精液がべっとりと付着していた。

「あーんっ……ん、くっ……はぁぁんっ……やっぱり、スターヴのせーえき、最高よぉ……」

キャサリンは大量の精液を指先でごっそりと掬い取り、それを口に運ぶ。
そして、それをこくりと飲み下して、ぶるりと身震いし、まるで達しそうな程に悦楽に満ちた声をあげる。
恍惚とした表情を隠すことはせず、悩ましい吐息を吹きかけてきて。
俺の精液をどれほどまでに甘美に感じてくれているか。それを魅せつけようとしてくる。
その淫らな姿に、俺はすっかり釘付けになってしまう。

「んふっ……一滴残らずおパンツをしゃぶっちゃうぐらい、大好きぃ……
れろぉ……れるっ……じゅるっ……じゅうぅっ……!」

うっとりとしながら俺の下着に舌を這わせ、精液を舐めとり、その横顔を見せつけてくるキャサリン。
横目で見つめられると、またもやその瞳に魅入られてしまう。
精液をひとしきり舐め取ると、今度は精液が付着していた所を口に含み、美味しそうにしゃぶりつき始めて。
目の前で繰り広げられる変態的な光景。でも、そんな所もキャサリンの魅力で、愛おしく感じてしまう。

「はぁん……美味しかったぁ……
うふふ……次は、アナタのカラダ、お掃除しちゃうわっ……
ほら……れろぉっ…………」

「ひぁっ……」

下着から精液をしゃぶり取り終えたキャサリンが次に目を向けたのは、精液でべっとりと汚れた俺の股間。
精液が汚しているのは肉棒だけでなく、玉袋やお腹にまで及んでいて。
まずは肉棒から離れたお腹から、精液を舐め取られてしまう。
お腹を舐められる事はおろか、他人に触られた事も当然なく。おまけに、キャサリンの魔力を注ぎ込まれて、身体中の敏感さは増していて。
たった一舐めで甘い快楽が走り、甲高く情けない声をあげながら、身体をビクつかせてしまう。
お掃除中だというのに、またもや精液を放ち、身体を汚してしまいそうになってしまう。

「んふふっ……可愛いっ……優しくしてあげるわね……はむ……ちゅぅ……」

「はぅ、ぁぁ……」

上目遣いに、優しい微笑みを向けてくれるキャサリン。
俺がイってしまわないよう、今度はゆっくりと、丁寧に精液を舐めしゃぶり取っていく。
声が漏れてしまう程の、確かな快楽。けれども、すぐに絶頂を迎えてしまう事はない。じっくりと性感が高められ、ゆっくりと射精へと近づいて行く。
キャサリンの手にかかれば、俺をイかせるのもイかせないのも自由自在だった。

「あぁん、スターヴのタマタマ、せーえき作ろうと動いてるっ……んふふ、キスしてあげるから頑張ってぇ……?
あーむっ……ちゅぅ……ちゅ……」

「はぁ、ぁひ、あぁ……」

お腹、肉棒の根元までを掃除したキャサリンが次に狙いを定めたのは、精液を作り出そうと懸命に働いている玉袋。
小さな俺の玉袋は、大きく口を開けたキャサリンに、容易く頬張られてしまう。
まるでキスをするかのように、玉袋を優しく吸われるそれの快楽は、まさに腰砕け。手加減されているのに、あっという間に達してしまいそう。

「じゅるっ……ぷは……んふふっ……きゅっ、って縮こまって、せーえき出そうとしてるっ……」

「っ……ぁぁ……」

絶頂を迎えてしまう直前、キャサリンの口から玉袋が解放される。
思いがけない寸止めに、切ない声が漏れる。
息を吹きかけられるだけで達してしまいそうなほどに高められた性感。射精への秒読みが終わる瞬間での停滞。
そして何より、何度も何度もイかされてきたけども、未だに肉棒そのものには全く触れて貰えないまま。そんな中の寸止め。

「はぁんっ……おちんちんもビクビクして、食べてほしそうにしてるわぁ……」

寸止めの最中、キャサリンの言葉に導かれ、湧き上がる欲望。
キャサリンに、おちんちんをぱっくりと食べて欲しい。
そんな衝動が頭の中を埋め尽くしていく。

「んふふっ……あーむっ……」

食べられたい。そう、思考が染め上げられた瞬間。それは現実に。
俺の肉棒はキャサリンの口に、根元までぱっくりと食べられてしまっていて。

「じゅるっ、じゅっ、ちゅううぅっ……!」

熱くぬめり、ねっとりとした極上の粘膜に、肉棒を隙間無く包まれ、熱烈に吸い付かれる。
その間を割って入るように、舌が縦横無尽に這いまわり、竿を舐め回して行って。
口の奥、喉との境目は肉棒の先端を締め付け、まるで丸呑みしようとするかのように、奥へ奥へと蠕動する。

「ひぁ、ぁ、ぁ、ぁぁ……」

「じゅるっ、んくっ……んぅっ……ちゅぅっ……」

寸止めされていた肉棒。お口に食べられたい、という欲望を叶えてくれた歓喜。与えられる魔性の口技。
そこに待っていたのは、未知の快楽。腰砕けを通り越して、どろどろに溶けて、キャサリンの口に吸い上げられていくような感覚。
肉棒は跳ねるように脈動して、精液が勢い良く尿道を通り抜ける。そして、放たれた精液はそのまま、キャサリンの喉に呑み込まれていく。
熱烈な吸い付きに射精を促され、まるで、玉袋から直接精液を吸い出されているかのよう。
そして、いつもなら両手で数えられる程で終わってしまうはずの射精の脈動。それは、すぐには衰えず。
さっきまでの小刻みな絶頂とは違った、長く濃密な一回の絶頂。途切れる事なくこみ上げる快楽は、決して人の身では味わえない物だった。






「んくっ……じゅるぅっ……ぷはぁっ……直飲み、さいこぉっ……とぉっても濃厚で、たぁっぷり……」

「はぁ、ぁ………」

終わらないかと思ってしまう程の絶頂も、ついには終わりを迎えて。
最後の一滴、尿道に残った分までを余すこと無く飲み干され、肉棒が解放される。

「んふふっ……皮かむりのカワイイおちんちんを剥き剥き……
敏感なおちんちんの、敏感なトコロを、私のお口で丸裸に……はぁんっ、楽しみにしてたんだからぁ……」

「っ……」

一旦解放されども、変わらず肉棒に注がれる熱烈な視線。
未だに皮を被ったままの俺のモノを、微笑ましげに、愛おしげに見つめるキャサリン。
興奮を露わに紡がれる言葉。これ見よがしな舌舐めずり。
思わず、生唾を飲んでしまう。

「んふふ、剥き剥きしちゃうわよぉっ……ちゅ……」

「はひぃ……」

亀頭の先端、尿道口。辛うじて包皮に覆われていないその場所が、キャサリンの唇に包まれる。
大量の精液を吐き出し終えた直後の尿道口は、とても敏感で。
それを労わるような、甘く優しい吸い付き。快楽に、緩み切った声が漏れる。

「れろぉっ……れるぅ、ちゅぅ……」

「ぁっ……ぁぁ……でるぅ……」

唇と肉棒の間を這い出てきたのは、艶かしくぬらついた、キャサリンの舌。
その舌先が、包皮と肉棒の間に滑り込んで。包皮を少しだけずり下げながら、そのまま、ゆっくりと一周。
包皮の内側と、過保護なまでに守られていた亀頭。その両方で感じる魅惑の舌先。
その快楽は筆舌に尽くし難く、一瞬で絶頂に追いやられてしまう。

「んっ、ちゅぅっ……んくっ……れろぉ……」

「ぁ、ぁっ……」

尿道口から溢れ出す精液は、キャサリンの口へと吸い出されていって。それを美味しそうに飲み下しながら、キャサリンは舌を動かし続ける。
絶頂の最中も、ゆっくりと剥かれていく包茎。皮を剥かれた分だけ、亀頭はキャサリンの唇に挟まれ、口内へと収められていく。

「れろぉ……んっ……んふふっ……ちゅぅ……っ」

皮を剥きながらも含み笑いを漏らし、恍惚とした表情のキャサリン。この包皮剥きを、心の底から愉しんでくれている事が伝わってきて。包茎に生まれてよかったと、そう思えてしまう程。

「はむ……ちゅぅ……れろっ……んぅ……」

そしてついに、キャサリンの舌はカリ首にまで迫って。まるで、舌先でカリ首をほじくるかのようにしながら、皮を剥き終えていく。

「んむっ……」

舌先でほじくるだけでは飽き足らないのか、キャサリンの唇は、カリ首を覆うように滑り込んできて。結果、剥き出しにされた敏感な亀頭は、キャサリンの口内にすっぽりと収められてしまう。

「ちゅぅぅぅぅぅっ……」

亀頭全体を包み込む、熱烈なキス。カリ首に食い込むのは、ぷるぷるの唇。吸い付きながらも、あむあむとカリ首を責め立ててくる。

舌の根元は、尿道口に覆い被さってきて。残りの部分は、ねっとりと亀頭全体に絡みついてくる。
溢れ出る精液は、キャサリンの舌にしっかりと受け止められて。射精中の尿道口から、出したての精液を直に舐め取られてしまう。
舌の根元で舐め取られた精液は、すぐには飲み下されず、全てキャサリンの口の中。
溜め込まれていく精液を舌全体に擦り込むように、キャサリンの舌先、舌の腹が、俺の亀頭を舐め回していって。
絶頂中の亀頭に与えられる魅惑の口技。亀頭を、精液を、その両方を、キャサリンの舌に味わわれてしまう。

「ひぁ、ぁ、あぅ……」

極上の弾力に包まれたカリ首は、蕩けるような甘い快楽に支配され、延々と精液を舐め取り続けられる尿道口はまるで灼けるように気持ちイイ。カリ首から尿道口までの間、絡み付く舌に感じさせられるのは、俺自身を味わわれている実感。それは、心を悦ばせる。
キャサリンの口から与えられる多様な快楽に、絶頂は加速し、俺はさらに大量の精をキャサリンに捧げていくのだった。








「むぅっ……じゅるっ……」

「はぅ…………」

大量射精が終わるとようやく、キャサリンはその口から俺の肉棒を解放する。
精魂尽き果ててしまいそうな射精を経ても、変わらず俺の肉棒は硬くそそり立ったまま。
絶頂が終わってもなお、肉棒がビクビクと痙攣してしまっている。

「んふふぅ……」

とろん、とした表情で俺を見下ろすのは、ぷっくりと頬を膨らませたキャサリン。
まるで小動物のように愛らしく……そして、淫ら。その頬の中身は、俺の放った精液。
こんなにも大量の精液を放てる身体にしてもらえたのだという悦びがあった。

「んっ、んくっ、んくっ……んふ、んくっ……」

そして、キャサリンは頬張った精液を、一気に飲み干していく。
喉がこくりと動くたびに、ぴくりと身体を震わせ、身悶えし、その表情はさらに淫蕩に。
その姿に見惚れて、声も出ない。

「くちゅっ……んくっ……あぁん……スターヴの匂いで、味で、頭がくらくらしちゃう……」

口の中に残った精液までしっかりと味わい尽くし、ようやく、キャサリンは口を開く。

「んふふっ……私のお口、気に入ってくれた……?」

「うん……だから、もっと、食べて……」

二度の大量射精を経た俺は、すっかりとキャサリンの口技に魅せられてしまって。頭の中は、キャサリンの口に気持ち良くしてもらう事で一杯に。恥も、男としてのプライドも忘れて、すかさずキャサリンにおねだりしてしまう。

「あら、あらぁ……おねだりしちゃうぐらい気に入ってくれるなんて……
でも、気持ち良くなりたいのなら……もっとイイ所があるわよぉ……?
んふふ……お口に夢中で、忘れちゃってたのよね?」

「ぁ……」

「んふふっ、気づいてくれたぁ……」

おねだりすると、キャサリンは嬉しそうに目を細める。そして、諭すような口調で、重要な事を思い出させてくれた。
これはまだ前戯でしかなく、本当に気持ちいいのはこの先。

「子作り……しましょうっ……?」

「っ……あぁっ……しようっ……」

子作り。キャサリンの唇に紡がれ、溢れんばかりの愛情を込められたその言葉。
その甘美な響きに魅せられ、期待は爆発的に膨れ上がる。
感極まり、キャサリンの目を見つめながら、首を縦に振る。

「んふふ、んふ、ふふっ……やったぁ……んふ、スターヴと子作りせっくす…… んふふふ……
えへへ……らぶらぶせっくすしちゃうのね……んふふぅ……」

頬に手を当て、緩みきった顔で、うっとりと呟き始めるキャサリン。蕩けた含み笑いは、もはや駄々漏れと言っていいほど。
どれほどまでに、俺とのセックスを楽しみにしてくれていたのか。その欲望は、計り知れない。
他の女にこれ程までの欲望を抱かれても恐怖しか覚えないだろうのに、キャサリンだけは特別で。こんなにも深く求められているのだと、悦びを感じてしまう。

「さ……ぬぎぬぎ、させてあ・げ・るっ……」

「あっ……」

背を預けていた魔力溜まりが、俺の背を押し上げていく。それは形を変えて背もたれとなり、脱力した俺の身体を支える。
そして、万歳をさせられながら、シャツを脱がされる。ついに、丸裸にされてしまう。

「あぁん、くっきりした鎖骨とか……浮いた肋骨……むしゃぶりつきたいわっ……
それに……スターヴったら、今までずぅっと、魔法でカラダを包んで、守ってきたんだものね……
まるで包茎おちんちんみたいに、守られた分だけ敏感肌になっちゃって……いやらしいっ……
んふふ……スターヴのカラダ……とっても素敵よぉ……?」

「ひぁ……ぁぁっ……」

丸裸になった俺に注がれる、ねっとりとした視線。頭のてっぺんから爪先まで、じっくりと舐めまわすかのように見られていく。
キャサリンの視線を感じる、たったそれだけで、視線を注がれた場所が火照り、ぞわぞわとした快楽に襲われてしまう。
そして、露わにされた胸板を、尻尾の先端でつつっ……となぞられる。俺の敏感さを確かめるかのような尻尾の動き。堪らず、快楽に上擦った声をあげてしまう。

「次は私が脱ぐ番……あぁん、やっと、私のカラダを見てもらえるのね……」

キャサリンが身につけているのは、ピンクのネグリジェ。翼と尻尾の邪魔とならないように、背中側で紐を結んで着るデザイン。

胸板を離れた尻尾が、元の位置に戻ったかと思うと、ピンクのネグリジェが、はらり、とその場に落ちる。
紐を解く一動作だけで脱ぎ捨てる事が出来る、そんな服をキャサリンは身に纏っていたのだった。

「んふふ、アナタの言うとおりの、黒の下着……地味めな方が良いのよねぇ……?」

まず、目を惹きつけられるのはその豊満な胸。母性の塊。
出会ったばかりの頃の俺が言った事を未だに覚えていたのか、黒色の、地味めなデザインのブラジャーに、その豊乳が押し込められていて。
乳肉に下着が食い込む様子は、その柔らかさを存分に魅せつけてくれる。

「んふふっ……アナタの大好きなおっぱいよぉ……?
陥没ちくび……アナタに吸ってもらいたくて、うずうずしちゃってるぅ……」

ブラジャーのホックが外されると、解放された爆乳がぷるん、と躍り出る。
白く艶めいた果実の大きさは、キャサリンの頭ほど。幾らキャサリンが小顔と言えども、まさに規格外。
そして、支えを失ったはずの柔肉は、その圧倒的な大きさにも関わらず、垂れ下がることはない。重力に逆らい、その美しい形を保ったまま。はち切れんばかりの張りを見せ付けてくれる。

キャサリンが指差すその先端は、綺麗な桜色。そこにあるはずの突起は乳輪に埋没している。
何事も包み隠そうとしないキャサリンには似付かわしくない、慎ましやかなその乳首。しかし、乳輪はぷっくりと膨れ、埋没しながらも乳首が勃起している事を主張している。
それはまるで、引っ張り出して欲しいと誘っているかのようで。陥没乳首を吸い出したい衝動に駆られてしまう。

「はぁん……次は、ココよ、ココぉ……ほら、よぉく見て……?」

膝立ちだったキャサリンが、ふわりと宙に浮き上がる。
両脚を抱き抱え、胸を挟み込んで寄せあげる姿勢。
隠すべき場所を見せつける淫らな体勢。だというのに、気品すら感じてしまう。

「もう、下着なんかじゃ意味がなくて……フタをしないと……アナタが好きで、止まらないの……」

そして、キャサリンの尻尾が示すその先、秘所を覆い隠していたのは、ピンク色、ハート型の前貼り。水分を通さないであろうその素材は、くっきりと筋が浮かぶ程に、食い込むかのように、隙間無くぴっちりと秘所に張り付いている。

「アナタを想うだけで濡れ濡れでぇ……
せーえき飲む度にイっちゃって、たくさん、あふれて……
でも、しっかりフタをしちゃったからぁ……んふふっ……」

キャサリンの言葉に想起されるのは、前貼りの先で繰り広げられている痴態。股間からとろとろと愛液を垂らすキャサリンの様子が脳裏に浮かぶ。
そして、キスの時、精液を飲み下す時の身震いは、絶頂していたのだと教えられる。
それは、キャサリンも俺に負けず劣らず、沢山の絶頂を繰り返してきたというコトに他ならなかった。

「子宮のナカまで、愛のエキスでいっぱいなのぉっ……
とろとろで、ぐちゅぐちゅで、たぷたぷでぇ……」

「っ……」

幾度もの絶頂で溢れ出た愛液。それが前貼りにせき止められ、膣内に溜まっている。いや、膣内にとどまらず、子宮をも満たす大量の愛液が、キャサリンのナカに。
それを知らされた時、俺は思わず生唾を呑んでしまっていて。
膣口から溢れ出る、極上の愛蜜。むしゃぶりついて、思う存分味わい、飲み干す。
そんな光景が、頭によぎる。

「んふふっ……子作りの前に……私の処女液、飲んで欲しくなっちゃった……だめかしら……?」

「あぁ……しかたない、なぁ……」

すかさず投げ掛けられる、甘いおねだり。俺がシたい事を先回り。
キャサリンのため、という大義名分を与えられると、恥ずかしい事をするのに、何の抵抗もなくなってしまう。それが、シたい事であるなら尚更。

「ありがとっ、スターヴ……じゃあ……えいっ……」

「ぁっ……」

背もたれになっていた魔力が、平たいベッドに戻る。
仰向けになった俺の頭を跨いで、キャサリンは膝立ちに。
視界にそびえ立つ、むちむちの太もも。前貼りに覆われた秘裂が、さっきよりも近くに。肉感的な桃尻がせり出している光景は、真下から見上げる爆乳は、まさに圧巻。あまりにも胸が大き過ぎて、見上げるとキャサリンの顔が隠れてしまう程。

「はぁん、味わわれちゃうのね、私……嬉し恥ずかしいわぁっ……」

ゆっくりと、鼻先にまで近づいてくる秘裂。太股に、頭が挟まれていく。

「んふふ……前貼り、剥がしちゃうわね……」

「ぁ……」

ハート型の前貼りに、キャサリンの指が触れる。
すると、あれだけぴっちりと張り付いていた前貼りが、ぺろりと剥がれていって。
露わにされた、キャサリンの秘所。前貼りが剥がされるとともに、蒸れた甘い香りが漂う。
ぴっちりと閉じたスジからは、勃起し膨れたクリトリスが顔を出している。
下の毛はクリトリスよりも上側、恥丘にだけ生え揃っていて。代わりに、スジの周りは完全な無毛。産毛一つすら見当たらず、つるつるの、ぷにぷに。むしゃぶりつくのに邪魔なものは、何もない。

「んふふ……私の愛を、召し上がれっ……」

「んむっ……っ……」

見惚れる暇もなく、愛液が滴り落ちるよりも早く、肉の花弁が口元に押し付けられる。それを、大きく口を開けて受け止める。
顔に跨られてしまったにも関わらず、重苦しさは全く感じない。まるでキスをするかのように、キャサリンは体重を掛けてくれる。
代わりに、肉厚の太股がぎゅうぎゅうに顔を挟み込んできて。
内腿にたっぷりとついた、魅惑の柔肉。
もはや、挟まれるどころではなく、むちむちでむにむにの太股の柔らかさに、半ば埋もれて、包まれて、囚われてしまう。

そして、眼前に迫っているのはキャサリンの恥丘。
ふっくらと張り出したその緩やかな隆起は、髪と同じく白銀の恥毛に覆われていて。成熟した大人の身体特有の淫靡さを醸し出す。
そして、恥毛は綺麗なハート型に剃り整えられていて。
キャサリンらしく、淫魔らしく、淫らで、可愛らしい愛情表現。俺に見せるためだけの、愛の象徴。
視界一杯、透き通った肌の上に白銀で描かれたハートマークに、興奮と愛おしさは膨れ上がっていく。

「はぁんっ、ぁんっ、ぺろぺろ、されちゃうだなんてぇっ……すてきぃっ……」

「っ……んぅっ……っ……」

押し付けられた秘裂に、衝動の赴くままに舌を差し入れる。
陰唇を割って入ると、蜜の源泉、膣の入り口はきゅっと締まり、閉じられている。
そこを一舐めすると、キャサリンは身を震わせ、喘ぎ声をあげる。確かに、感じてくれている。
そして、一舐めされた膣口は、途端に綻んで。
堰き止める物を失った愛液が、処女蜜が、膣口から零れ落ち、どろりと流れ込んでくる。
まるで、洪水のような蜜の奔流。

「っ……んぐっ、んくっ、っ、ぅ……」

口の中を満たすのは、舌にまとわりつく、濃厚な甘美さ。
今までに味わった、どんな砂糖菓子よりも甘いというのに、微塵もくどさは感じられない。
飽きる事の無い甘酸っぱさ。それを、とことん煮詰めていったかのような、魔の糖蜜。
舌が、味覚が犯されるかのよう。甘美さにじくじくと痺れた頬は、まさに融け落ちてしまいそう。
快楽を伴った、この世の物とは思えない程の味わい。それを、口一杯に受け止めて、喉を鳴らして飲み下す。喉の奥まで、甘く爛れてしまう。

そして、むせ返りそうな程に濃密な色香、キャサリンの香りが、口の中に、鼻腔に広がって、頭の中まで染み込んでいく。
男の本能を芯から揺さぶる淫らな香り。恍惚感は、目眩のように思考を揺らしていって。興奮と陶酔の中、無我夢中に蜜を貪る。

「あぁんっ、おしりも、揉んでくれるなんてぇ……とろけちゃうっ……」

「っ……ふぅ、じゅるっ……っ」

手持ち無沙汰だった両手でキャサリンの桃尻を鷲掴みにして、鷲掴みにした尻肉を支えに、自分からキャサリンの秘所に口を寄せ、しゃぶりつき、蜜を啜る。
尻肉を思うがままに揉みしだけば、またもやキャサリンは悦楽の声をあげてくれる。
密に詰まり、弾力に満ちた柔肉は、手に余るほどの豊満さ。きゅっ、と引き締まっているのに、指に力を込めれば、むにゅり、と柔らかく沈み込んで、指が埋もれてしまいそう。
指の力を抜けば、ぷるん、と指を押し返して、その弾力を味わわせてくれる。
極上の揉み心地に、心を奪われてしまう。

「あ、はぁんっ、ぁぁっ、しゃぶりついちゃ、あんっ、また、イっちゃうぅっ……」

「じゅるぅ、っ、んっ、く……っ」

キャサリンがびくん、と震えると同時に、一際勢い良く、蜜が溢れ出してきて。膣口に挿し入れた舌先が、きゅっと締め付けられる。
確かな絶頂の手応え。イかせたという実感。この手で、直接キャサリンを悦ばせるコトが出来た。溢れる蜜の甘美さは、また格別。

「ぁん、んふ、ふふっ……ふとももで、すりすり、むにむにっ……
ぁ、はぁっ、んっ……スターヴのほっぺたで、ふともも、感じちゃうのっ……」

キャサリンの太股が、両脚を擦り合わせるように動き始めて。
しっかりと挟み込まれていた俺の頭は、キャサリンの太股の間で、揉みくちゃに。
それはさながら、頬擦りをさせられているかのようで。
むちむちとした柔らかさと、すべすべの肌触り。極上の感触を、余すコトなく頬に刷り込まれてしまう。
頬の内側は、愛蜜の甘美さに甘く痺れ、爛れきっていて。頬の外側は、太股の熱烈な愛撫が。
内と外から、キャサリンを味わわされ、俺の頬は、まさに蕩け、融け落ちそうになってしまっていた。

「っ、んっ、んむっ、じゅぅ……っ、んくっ……」

前貼りに堰き止められ、溜め込まれていた分を余さず飲み干しても、キャサリンの愛蜜は、絶える事なく溢れ出す。舐めとっても、しゃぶりついても、どれだけ味わっても、終わりはなく。永遠に味わい続けていたいとも思ってしまう。
飲み下した蜜は、甘い熱を帯びながら、身体に染み渡っていく。インキュバスにして貰った時のように、身体が火照り、滾っていく。キャサリンの事が、欲しくて、欲しくて、仕方ない。
身体の内側からも、キャサリンの虜になっていく。

「あぁんっ、もう、そんなに、っ、夢中に、なってくれてぇ……っ、しあわせぇっ……」

顔に跨られ、愛蜜を貪りながら、桃尻を揉みしだいて。太股に揉みくちゃにされながら、恥丘のハートマークに魅入る。
そして、キャサリンの悦ぶ声に耳を傾ける。
キャサリンに夢中で、心の底からの虜。他のコトは頭の中からすっかりと抜け落ち、興奮の、情欲の丈は膨れ上がっていく。
狂おしい程の興奮は、欲情は快楽に変わり、身体を駆け巡る。

「でもっ……だぁめっ……」

「っは………ぇ……?」

快楽が頂点に達しようとしたその時。不意に離れていく、蜜の源泉。顔を挟み込んでくれていた太股からも解放されてしまう。桃尻を愉しんでいた指も、キャサリンの両手に絡め取られ、引き離されてしまう。
突然のお預けに、切なさと戸惑いの声が漏れる。

「んふっ……夢中になり過ぎて……子作りするコト、忘れちゃった……?
夢中になってくれるのは嬉しいけど……せーえき、ナカに出してくれなきゃ、だめなんだからぁっ……」

「ぁ……っ……」

キャサリンの言葉に、最初の目的をすっかり忘れてしまっていた事を気づかされる。
興奮と陶酔のあまり、自分が絶頂を迎えようとしている自覚さえも失ってしまっていた。
あのままでは、精液を漏らしながらも、延々とキャサリンの蜜を味わい続けてしまっていただろう。それはそれで捨て難いけども、やはり、キャサリンのナカで、淫魔の中の淫魔の膣で、これ以上ないほどの快楽を味わい、そして果ててしまいたい。

「あぁんっ、ごめんねっ……寸止めしちゃって……
いま、きもちよくしてあげるからっ……ね?」

「っ……ぁ……はぁっ……」

射精目前での寸止め。蜜に蕩けきった思考。
気づかされた、膣内射精の欲望は、期待は、言葉も出ない程の狂おしさで燃え上がっていく。

「んふ、ふふっ……子作りせっくすぅ、らぶらぶせっくすぅ……ぁあん……」

キャサリンも、同じか俺以上に、子作りを、愛の交歓を待ち望んでいて。
熱の篭った声をあげ、いやらしく身悶えしながらも、俺の上体を引き起こしてくれる。
俺の上に膝立ちに跨ると、触れるか触れないかの距離まで、その腰が降りてくる。
そして、狙いを定めるように、ゆっくりと腰を前後させて……

「んふ、ふふふっ……いただきまぁすっ……」

「っ……」

ついに、キャサリンの腰が、勢い良く沈められる。

肉棒の先端が秘裂に触れた、その瞬間。挿入すら始まっていない時に、俺は絶頂を迎えてしまっていて。
吸い付くように強烈な締め付けにも関わらず、何も抵抗がないかのようなスムーズさで、ずぶずぶと肉棒が呑み込まれていく。
無数の肉襞が、絶頂に追い討ちをかけるように、肉棒の表面を撫でていき、快楽をより高く押し上げていく。
最後に、最奥の弾力に満ちたクッションが、肉棒の先端を受け止めてくれて。それだけでなく、熱烈な吸い付きで歓迎してくれる。
それは、一瞬の出来事に他ならず。
絶頂から射精が始まり、精液を吐き出すその瞬間には既に、肉棒はキャサリンの魔膣に包み込まれ、最奥にまで呑み込まれていた。

「はぁんっ……!あ、あっ、ぁぁっ……!
せーえき、でて、っ、ぁん……!」

「っむぅ……っ……」

挿入と同時、ぎゅっと抱きすくめられ、露わになった魔乳の、その谷間に頭を挟み込まれ、息が出来る僅かな隙間を残して、埋もれさせられてしまう。
背中は翼に抱き込まれ、腰には尻尾が巻き付いてきて。
熱烈な抱擁の中、キャサリンの胎内に精液を放っていく。
頭が真っ白になる程の射精快楽。暴れるかのように肉棒が脈動し、まるで噴水のように、精液が肉棒を通り抜けていく。

「ぁん、すごぃっ、ナカでおおきくなってぇっ……
んっ、んぁっ、びゅるびゅるっ、あつくてぇ、はぁんっ、あぁっ……
おいしくてぇ、きもちよくてぇっ、イきっぱなしになっちゃうぅっ……」

脈動の一回一回、精液を吐き出すたびに、キャサリンは嬌声をあげ、びくびくと身体を震わせる。
膣内は射精の脈動に合わせて蠕動し、精液を搾り出され、射精感はさらに膨れ上がる。
肉棒を締め付ける、断続的な痙攣は絶頂の証。
嵐のように膣内はうねり、くねって、無数の肉襞に肉棒を擦り上げられてしまう。
精を受け、貪欲に蠢き続ける魔膣。
キャサリンの魔膣、至上の名器に与えられる鮮烈な快楽に、思考も、身体も、俺の全てが染め上げられてしまう程。意識さえも快楽に呑み込まれて、手放してしまいそう。
ただただ快楽に浸されながら、精を捧げ続ける。




「んふふっ……やぁっと、気持ちよさにカラダがなじんできたわぁ……
イきっぱなしなのにぃ……自由自在なんだからぁ……」

キャサリンに与えられる快楽。全てを押し流す奔流だっそたの快楽が、少しづつその性質を変えていく。
嵐のように激しく、貪欲だった魔膣の蠢きは緩やかになっていき、噴水のような射精も、徐々に勢いが弱まっていく。
無意識と隣り合っていた意識も、ゆっくりと戻ってくる。

「激しくイってるスターヴも、とってもカワイイけどっ……せーえきも沢山、出してもらえるけど……んっ……ふふっ……
やっぱり、あまあま子作りしたいのぉっ……
だからぁ……こうして、おちんちん、とろとろにしてあげるぅっ……」

先ほどまでとは打って変わり、キャサリンの膣内が、優しく絡みついてくる。
蜜壺はゆったり、ねっとりとうねり、隙間なく密着した肉襞に、肉棒を撫で回される。
まるで抱擁されているかのような、甘い締め付け。短小な俺のモノにも関わらず、まるでぴったり。
キャサリンもまた、絶え間ない絶頂を味わっていて、きゅぅ、きゅぅ、と膣内が痙攣して、まるで肉棒を揉みしだかれるかのよう。
そして、膣口から子宮口まで、肉棒を包み込む全てが一体となって、キスをされているかのような吸い付きをもたらしてくれる。
肉厚の子宮口は、膣のうねりとともに、慈しむかのように亀頭を撫で回してくれる。それでいて、尿道口から吸い付いて離れず、一滴たりとも零さずに精液を呑み干していってくれる。

「ぎゅっ、ぎゅっ、ちゅぅ、ちゅう、なで、なでっ……
ぜぇんぶまとめて、甘ぁく、おちんちんを愛しちゃうんだからぁ……」

「ぁぁぁ……はぁぁぁぁ……」

抱擁され、キスをされ、撫でられる。キャサリンの魔膣からもたらされるのは、至福の快楽。
溢れる精液は止まらず、常に絶頂の最中。
しかし、精液が垂れ流しになってしまう程の快楽だというのに、安らぎすら感じてしまう。
欲望に熱く融けていくのではなく、甘く優しく、温もりに蕩けていく、そんな快楽。
精液を搾り尽くされるのではなく、肉棒を愛し尽くされる。
キャサリンの言葉通り、甘々で、愛情に溢れた交わり。
あらゆる不安は溶け消えて、心が安らぎに蕩けていく。
快楽と安らぎが同居した愛の注ぎ方。恍惚とし、陶酔し、もはや夢見心地。
全てを吹き飛ばすような快楽はなくとも、全てを包み込んでくれるような愛情を、幸福を感じてしまう。

「んふふぅっ……ほらぁ……スターヴのだいすきなおっぱいよぉ……?
揉んじゃう……?舐めちゃう……?吸っちゃう……?んふ、ぁんっ……アナタの好きなようにシて欲しいわっ……
私のカラダは、スターヴ専用だものぉ……」

「ぁっ……あぁっ……んむっ……んぅ……」

胸の谷間から解放され、改めて、キャサリンのおっぱいを魅せつけられる。
眼前に突きつけられる、陥没乳首。視界一杯に広がる、魅惑の谷間。
もう一度、谷間に顔をうずめてしまうのも良い。けれど、視線を奪うのは、桜色の陥没乳首。
乳輪の中に埋もれた乳首を外に出してしまいたい。そして、思う存分吸い付きたい。そう思わせる、不思議な魔力があった。

安らぎに満ちた快楽が身体の自由を奪うことはなく、俺は、思うがままに、キャサリンの乳房に吸い付く事が出来て。
それだけでは飽き足らず、もう片方の乳房を両手で鷲掴みにする。
片手は勿論、両手を使っても、掌から零れ落ちそうな程の、圧巻の爆乳。先端を口に含み、残りを両手で包もうとしたとしても、まだ持て余してしまうだろう。そんな代物が二つも並んでいて。
ずっしりと重いのに、むにゅむにゅで、ふわふわの感触。鷲掴みにした指が、どこまでも沈み込んでいきそうな程の、極上の柔らかさ。手に吸い付くような肌触りとあいまって、一度揉み始めると、指が勝手に動いてしまう。それほどまでに心地良い。

「はぁん、ぁんっ、両方なんてぇっ………あぁん、ぺろぺろ、もみもみ、感じちゃうぅ……ぁ、はぁっ、ちくび、いじいじっ、イイっ」

乳房にしゃぶりつき、その魅惑の感触を、口で、舌で、思う存分に味わいながら、ぐりぐりと顔面を押し付ける。
大きくたわみ、その形を変えながらも、キャサリンのおっぱいは、むにゅりと顔を受け止めてくれて。片乳だけでも、窒息出来てしまえそう。
そして、もう片方を揉みしだきながら、陥没乳首を弄り回す。
乳輪を撫で回したり、指の腹で擦ってみたり、陥没した部分ごと、乳首を摘まんで、こねくり回したり。
そのどれに対しても、キャサリンは艶かしい吐息を漏らす。
肉棒を包み込んで愛してくれる蜜壺は、キャサリンの感じ具合を教えてくれる。

「ぁん、陥没ちくびっ、そんな、ほじほじされたらぁ、びんかんなのっ……あっ、はぁ、びんびんに勃っちゃうぅっ」

乳輪に埋もれながらも、キャサリンの陥没乳首は確かに固くなっていて。
指先で触れ、ぴっちりと閉じていた陥没の割れ目が開いている事に気づく。
おもむろに、小指の先を割れ目にあてがうと、陥没しながらも膨れ勃った乳首の感触。
そのまま、ほじくるようにぐりぐりと刺激すると、乳首はさらに固さを増し、ぷっくりと膨れていく。
ついには、割れ目から乳首の先端が顔を出すようになって。
隠れていた乳首が完全に露わになるまで、あともう少し。

「ぁ、あんっ、くりくりして、押し出すなんてぇ、はぁ、ぁん、出ちゃうっ……」

トドメに、陥没乳首の根元を摘み、くりくりと、乳首を押し出すようにこねくり回す。
すると、陥没していた乳首がついに、完全に顔を出して。

「はぁん、もう片方も、あっ、んっ、敏感ちくびっ、吸い出されちゃうぅっ……」

そして、同時にもう片方の乳首に吸い付き、陥没乳首を吸い出して。
吸い出す瞬間、一際強く、肉棒が締め付けられる。キャサリンの言葉通り、陥没乳首の中身は、とても敏感。

「ぁぁんっ……ぁ、あはぁっ……外に出ちゃったぁ……」

「っ……はぁ…………」

一旦、乳房から口を離し、露わになった両乳首をまじまじと見つめる。
剥き出しになった乳首は、ぴん、と張り詰めていて。普段隠れているせいか、乳輪よりも色素が薄く、朱色がかっている。
その大きさは、小さ過ぎず、大き過ぎず。乳輪と乳房とのバランスも、完璧な均整。
綺麗な半球を描くその突起は、どこか物欲しげに、吸って欲しそうなようにさえ見えてしまって。

「ぁむっ……っ……」

誘われるがまま、乳房を手繰り寄せ、両乳首をまとめて口に含む。
甘えるように吸い付いて、唇から受け取る快感に目を瞑る。
そして、両手で柔肉の感触を思うがままに堪能する。
物心ついたときから抱いていた、母性への憧れ。飢え渇いた心が満たされていく。

「ぁ、はぁんっ、ぁ、あぁっ、まとめて吸うなんて、敏感なのにぃっ……ぁはっ、おまけに、揉まれちゃうぅ……
もう、欲張りさんになっちゃってっ、嬉しいわぁっ……」

淫らで恍惚としたキャサリンの嬌声。赤ん坊のように甘える俺を、嬉々として受け入れてくれる、確かな母性。
興奮を煽りながらも、安心を与えてくれる。

「んっ、んふふっ……もうっ、アナタのお口、気持ちよすぎて、もう、自分で吸うなんて考えられないっ……
はぁんっ、ちくび、とけちゃうぅっ……おっぱいでもイきっぱなしよぉっ……」

乳首を吸う度、舌で転がす度。キャサリンを気持ちよくすればする程、至福の蜜壺は、きゅんきゅんと、甘い締め付けを返してくれて、肉棒はより一層、とろとろの快楽に浸されてしまう。
こんなにも感じてくれているキャサリンが、そして、感じた快楽の分だけ、さらに俺を気持ちよくしてくれるキャサリンが、愛おしくて仕方ない。
キャサリンに甘えながらも、一緒に気持ちよくなれている事にもまた、悦びを感じる。

「ぁん、はぁっ、そんなにいっぱい吸われたらぁ、おっぱい出るようになっちゃうかもぉっ……」

「っ……ちゅぅぅっ……」

おっぱいが出る。とろとろの夢見心地でも、その言葉の意味はすぐに分かって。
キャサリンの母乳、母性の味への思慕がふつふつと湧き上がっていく。
甘いミルクへの期待を胸に、より強く、熱烈に、乳首に吸い付く。

「はぁぁぁんっ……もぅ、張り切っちゃってぇ……そんなに、私のおっぱい飲みたいのねぇっ……?」

「っ……ぁむ……」

キャサリンの言葉を肯定する代わりに、乳首を優しく甘噛みし、固くしこった感触を愉しむ。
キャサリンの母乳を味わい満足するまで、乳首から口を離すつもりはなくなってしまっていた。

「ひゃぅんっ……ぁはっ、甘えんぼさんなんだからぁ……でも、そんなところもだいすきぃっ……
あっ、んっ、んふふっ、私も、おっぱい出るようにしてほしいのぉ、おっぱい飲んでほしいのぉ……だから、がんばって……ねっ……?」

キャサリンのおねだり、そして応援。それは、湧き上がる欲望を後押ししてくれて。
優しい抱擁と蕩ける快楽の中、さらなる母性を求める俺は、一生懸命に乳首へと吸い付き、搾り出すように胸を揉みしだき、愛のミルクを吸い出そうと奮闘するのだった。




「ぁ、あぁん、はぁんっ……おっぱい、とろとろぉ……あぁぁ……」

時間が過ぎるのも忘れ、キャサリンの胸に吸い付き続けていた、その時。口内に広がる、微かな甘み。
その出処を確かめるため、すかさず乳首をねぶり回せば、じわじわと母乳が滲み出し始めていて。
舐めとるだけの量では、仄かな味では我慢出来ず、もっと、もっと、と一際強く、乳首に吸い付く。

「ぁぁん……ぁ、あはぁ……そんな、つよく吸って、あっ、んふっ……ふぁぁぁぁ……
おっぱい、でてるぅ……でちゃったぁ……」

法悦に満ちた、恍惚とした声を漏らすキャサリン。少し前までの嬌声とは違う、甘く弛緩した声。感じてくれているのは、新たな快楽。それはきっと、授乳の快感に違いなく。
滲み出るようだった母乳は勢いを増しし、とろとろと流れ出してきて。母乳を吸い出そうとすればするほど、キャサリンの声は蕩けに蕩けていく。

「あんっ、はぁぁ……んふふぅ……わたしのおっぱい、おいしいっ……?」

舌を包み込んでくれるのは、優しい甘さ。濃厚なのに、ふんわりと溶けていく。欲望を掻き立てる蜜とは違った、心を満たしてくれる、そんな甘さ。
身も心も、一分の陰りもなく安心させてくれる。赤ん坊のように、無防備になってしまう。
母性愛をたっぷりと携えたその味わいは、まさに至福の味。
それは、美味しいという言葉では到底言い表せなくて。
ただ、ただ、夢中でキャサリンの母乳を味わう。

「ふぁぁぁん……うれしいぃ………また、アナタ好みになっちゃったぁ……ありがとっ……
んふ……一生懸命がんばったものねぇ……よし、よし、なで、なで……んふふぅ…………」

母乳を吸い出そうと一生懸命だった俺を労うように、キャサリンは、ゆっくりと優しく、頭を撫でてくれる。それだけでなく、すべすべの翼も抱擁とともに、すりすりと背中を撫でてくれる。
キャサリンの母乳を吸い出した、という達成感が、愛情に満ちた労いの言葉が、頑張りを認めてくれた事が、撫でられる快楽を格別なものにしてくれる。ただ頭を、背を撫でられるだけでは味わえない至福の愛撫。
母乳の味とあいまって、俺の心は、幸せ漬け。
ゆっくり目を開いてみれば、キャサリンの慈愛に満ちた眼差し。蕩けきった表情を浮かべながら、しっかりと俺のことを見つめ、見守ってくれている。
キャサリンの与えてくれる溢れんばかりの愛に包まれ、抱かれながら、母性を味わい、深くも穏やかな快楽に身を委ねる。そして、どくどく、どくどくと、絶え間ない射精で、キャサリンに愛を注ぎ返していくのだった。








「っ……は……ぁ……」

無限の精力を持つインキュバスの身体。しかし、無限の体力を持っているわけではなく。
キャサリンと交わり射精し続けながら、抱かれながら、頭を撫でられながら、甘い母乳を味わい続けていた。けれども、瞼は重く、心地良い疲労感が全身に広がりきってしまっていて。
ついに力尽き、唇を乳首から離してしまう。

「んぅ……ふふ……おねむかしら……?」

「ぅ、ん……」

仰向けになったキャサリンに身体を預け、抱き留められながら繋がる体位。キャサリンが肉のベッドになってくれている、と言うのが相応しい状態。
華奢な身体の上に、たっぷりとついた柔肉。身体を、体重を預け、密着したとしても、全くもって硬さは感じられず。極上の女体はただただ柔らかく、俺の身体を受け止めてくれている。

「たっぷり、せーえき出してぇ……たくさん、おっぱい飲んでくれたものね……
んふふぅ……もう、きもちよくて、とろとろになっちゃったぁ……」

翼に抱擁され、優しく頭を撫でられるのは、変わらないまま。おまけに抱擁に合わせ、がっしりと脚を絡めてくれてむちむちのカニバサミに腰を抱かれ、優しく捕まえられる姿勢。
肉棒はキャサリンの最奥、一番気持ちいい所にしっかりと咥え込まれたまま。キャサリンの魔膣は、交わり始めた時よりもずっと、俺のモノにぴったり。そして、俺の弱点は既に、すっかりと調べあげられてしまっている。
交われば交わるほど、キャサリンのナカはどんどん具合がよくなって、底の見えない快楽に、ずぶずぶと沈み込んでいくかのよう。

「んふふ……わたしの肉布団で、おっぱいまくらで、しっぽおしゃぶりで、ぐっすり眠ってね……?
おやすみなさぁい、スターヴ……」

くったりと力尽きた俺を、キャサリンはその胸に優しく抱き込んでくれる。
そして、下乳の方からは、尻尾の先端が谷間に割って入り、口寂しくなった所にやってきて。

「っ…………」

魅惑の乳枕と、尻尾のおしゃぶり。このまま、キャサリンに甘えながら眠りについてしまいたい。
そんな考えに抗い、力を振り絞り、谷間から抜け出す。
眠ってしまう前に、キャサリンへと伝えたい言葉がある。キャサリンへの想い故に、甘美な誘惑を振り払う事が出来て。
キャサリンの顔を、その眼を、しっかりと見つめる。
溢れんばかりの愛に満ちた、優しい眼差し。その愛に、応えたい。

「きゃさりん……」

キャサリンが俺の名前を呼んでくれる時のようにはいかないし、やり方も分からないけど、ありったけの愛おしさを込めようとしながら、愛しい人の名を、初めて呼ぶ。

「あん、んふ、ふふ……ぇへへ……やったぁ……はじめて、キャサリンって呼ばれちゃっ……」

名前を呼ぶ、たったそれだけの事で、キャサリンはその表情を綻ばせて。
眩しい笑顔を見せてくれるその様は、恋に、愛にときめく乙女。淫らな純情。
その笑顔が、愛おしくて仕方が無い。

「あい、してる」

そして、愛しさに身を任せ、声を振り絞り、愛の言葉を口にする。
キャサリンなら、言葉にしなくても、俺の気持ちを分かってくれる。それでも、言葉にしてはっきりと、自分からこの想いを、愛していると伝えたかった。

「はあぁぁぁぁんっ♥︎」

愛の言葉に対する返答は、甘く蕩け、幸せに満ちた嬌声。法悦に恍惚とした、歓喜の、幸福の極みと言うべきとろとろの表情。

「ぁ、あはぁっ……あ、あいしてりゅ、ってぇ……
ふぁ、ぁん、らめぇ、うれしすぎて、イっちゃぁぁぁ……ぇへ、ぇへへ、しあわせすぎて、イきすぎぃ……
あいしてりゅって、いってっ……くれたぁ……ぁぁぁんっ……」

どれだけキスをしても、どれだけ愛液を貪ろうとも、どれだけ母乳を吸い出そうとしても、どれだけ精液を注ぎ込んでも。深く悦び、感じ、絶頂を迎えながらも、決して乱れる事は無かったというのに。
びくん、びくん、と身体を大きく跳ねさせ、呂律は回らず、まるでうわ言のような言葉。
絶頂に乱れ悶える程、愛の言葉一つでキャサリンは悦んでくれて。それ程までに、俺の事を想い続けてくれていたのだと、教えてくれる。

「ぁ、ぁぁぁぁぁぁ……」

歓喜の絶頂を迎えたキャサリンの魔膣は、さらにも増して愛おしげに、肉棒に絡みつき、吸い付き、締め付けてきて。
蕩けそう、ではなく、肉棒が蕩けてしまったとしか思えない程の快楽。とろとろになるはずが無いのに、とろとろに蕩けてしまっているとしか、感じられない。これ以上は、想像すら出来ない程の快楽。キャサリンの魔膣に、愛し尽くされる。

「んふ、ふふっ……わたしも、あいしてりゅぅ……だいしゅきぃ……あいしてるわよぉ、スターヴぅ……
すきぃ、すきぃっ、だいすきぃっ……ぁぁぁっ、しあわせぇ……」

たった一言、伝えた愛。それに感極まったキャサリンは、全身全霊をもって、溢れんばかりの愛情を注ぎ返してくれる。
紡ぐ言葉、その身体、動作、与えてくれる快楽、キャサリンの全てから、計り知れない程の愛情が迸っていて。
身も心も、キャサリンの愛に浸され、包まれ、幸福の中。
しかし、体力は既に限界を越えてしまっていて、今度こそ力尽き、その胸に埋もれてしまう。
そんな俺を、キャサリンは抱き締め直してくれて。
顔を受け止められ、谷間に挟み込まれ、乳肉に包まれ、埋もれてしまって。胸に埋もれながらも、決して窒息してしまう事はない、絶妙な力加減の抱擁。谷間に漂う甘い空気を吸い込み、息をする。
そして、咥える物がなくなって寂しい口に、改めて尻尾の先端を咥える。
キャサリンの尻尾の先端は随分と小ぶりで、ちょうど、ぱっくりと咥えられる大きさ。丸みを帯びたハート型はしゃぶり易く。つやつやの舌触りで、甘噛みすれば、ぷにぷにの、艶かしく癖になる噛み心地。そして、尻尾の先端は、舌をすりすりと愛撫してくれて。甘い母乳は出ないけども、その胸を吸うのと甲乙付け難い程に、口寂しさを、口唇欲求を満たしてくれる。
俺を胸に抱きながらも、その手は、慈愛に満ちた手つきで頭を撫でてくれて。その大きな翼は、抱擁の最中、とん、とん、と規則的に背中を優しく叩き、まるで母親のように俺を甘えさせて、寝かしつけようとしてくれる。
繰り返される愛の言葉は、淫蕩ながらも、優しい子守唄のように聴こえて。
この先もずっと、ずっと、変わる事なく……いや、これ以上に愛し続けてくれる。そんな確信が心の中にあって。
快楽に満ちながらも、穏やか。あらゆる不安を払拭してくれる愛情に包まれた、安らかで幸せな眠りの淵に、俺の意識は溶けていくのだった。








「うふふ……はい、とっても似合ってるわよ、だーりんっ……」

「ん……ありがとう……は、ハニー……ああ、もう、やっぱり恥ずかしいな……」

「うふふ、かーわいいっ……」

甲斐甲斐しく礼装を着せてくれるキャサリン。襟周りもしっかりと、丁寧に正してくれる。
まるで新婚夫婦のような、傍目から見て恥ずかしく仕方のない呼び名。しかし、癖になってしまう、幸せな恥ずかしさ。

「……なぁ、キャサリンの親御さんって……つまりは両陛下なわけだよなぁ」

勇者時代も着る事のなかった礼装を着ている理由。それは、キャサリンの両親、つまりは魔王陛下とその夫に……俺の義理の両親になる二人に挨拶するため。結婚式の日取りや準備に関する相談だとか、大きな目的が幾つもある。なんせ、恋人の両親に会いに行くのだから。
キャサリンは、何時ものローブ姿で構わないと言ってくれたが、俺の方が畏れ多く、しっかりと正装をして出向く事となった。
純粋に、愛しい人の両親に敬意を払いたい気持ちもあるし……そうでなくとも、魔王夫妻相手に普段着で出向く度胸は持ち合わせていない。

「私にとってはパパとママ、よ?
スターヴにとっても、お義父さんだし、お義母さんじゃない、うふふ」

どうにも、キャサリンは自分や両親の立場にあまり頓着が無い。この街がキャサリンの部下らしき魔物達の手で陥落した時も、キャサリンと俺は夢中で愛し合っていた。気がついたら街が陥落していたぐらいに。それぐらいには、魔王の娘であるとか、部下を率いる立場であるとかには無頓着だ。いや、無頓着になったのかも知れない。勿論、そんな所も魅力的で、愛おしくて仕方がないわけだけど。

そして、まだ結婚式を挙げてもいないのに、キャサリンの中では既に、魔王夫妻は俺の義理の両親になっている。
キャサリン曰く、『愛し合う二人は夫婦なの。たとえ結婚式を挙げていなくても、私達は愛し合う夫婦なのよ……!』との事。
その理屈に納得は行くけど、勝手にお義父さんと呼ぶのも、俺としては失礼な気がする。

「今から会いに行って……『娘さんを僕にください』……か……魔王夫妻相手に……肝が冷えるどころじゃあ、ない」

娘さんを僕にください。こんな言葉を言う時が来るとは夢にも……思っていた。キャサリンと会ってから、考えるようになった。

しかし、それを言う相手は、魔王の夫。切り捨てられる事だとかは無いと信じているが、自分より強い相手というものが極端に苦手なのはどうしようもない。
魔力の殻に閉じ籠り、身の安全を完全確保した環境でしか他者と関わってこなかったせいだろう。

「『僕にください』だなんて……私はもう、身も心もスターヴのモノで、スターヴのお嫁さんなんだから……
『僕のモノです』って言ってくれなきゃ、だーめっ……
あぁん、でも、『娘さんは頂いた』みたいに、こう、颯爽とお姫様を攫うような言い方も、ス・テ・キ……」

俺の言葉を甘く訂正するその声、俺の後ろでくねくねと身悶えしている姿が目に浮かぶかのよう。
キャサリンにとって、俺のモノである事は、俺に独占される事は譲れない事らしく。事あるごとに強調しようとしたり、誇らしげだったり。

「それは……マズい、だろ。お父上、人間最強なのに、もし怒らせでもしたら」

キャサリンは俺のモノ。そう主張してくれるのは嬉しいのだけれど、それを父親に向かって、というのは、かなり酷な話だ。なんせ相手は人間最強の父親。
娘さんは僕のモノです、と言うなど、神をも恐れぬ所業と言っても過言ではない。

「もう……こんなに幸せな私を見て、パパとママが怒るわけないじゃない。パパは頑固だけど、ね」

珍しく、呆れ気味なキャサリン。本気で、両親が怒らないと思って居るらしく、その声には確信めいた物を、信頼を感じる。そして、両親の事を話す時、キャサリンは楽しそうで、誇らしげ。きっと、そこにあるのは親子の絆。惜しみない愛情を注がれて育ったのだろう。
親の顔も知らずに育った俺は、そんなキャサリンを妬ましく思っていた。しかし、それは昔の事。今の俺は、キャサリンの愛で身も心も満たされていて。
信頼出来る両親が居る、という事は羨ましいけど、妬ましさは感じない。
羨ましいと思った分は……後でたっぷりと甘えさせて貰おう。

「それに……私はパパとママのモノじゃなくて、だーりんのモノなんだから。……アナタも、そう思ってくれてるんでしょう?」

「……ああ、キャサリンは俺のモノだ。誰にも渡さないし、離さない。誰がなんと言おうと……たとえ両陛下や神が相手でも」

キャサリンの問いかけにすらすらと言葉になる、素直な気持ち。これもキャサリンのおかげで、昔の自分が嘘のように、すっかりと自分に正直になった。正直になってしまい、こんな歯の浮くような台詞も、淀みなく。

「はぁん……ありがとっ……私も、なにがあっても離れないし、離さないわよ……」

「ぁー……また、恥ずかしい事を言ってしまった。
お前のせいだ。お前が魅力的すぎるのが悪い……ああ、もう、まただ」

そして、言葉を放ち終えてようやく、その内容の恥ずかしさに気づく。
けれど、その恥ずかしさは何処か心地良く、誇らしい。
キャサリンがよく口にする、『嬉し恥ずかし』という奴なのだと思う。想いを口にすればキャサリンが喜んでくれるのだから、それだけで嬉しくて仕方が無い。
恥ずかしくてもつい、赤裸々に想いを告げてしまう。
こんな調子でキャサリンの親御さんに会えば、延々と惚気話をしてしまいそうだ。

「うふふ……それを、パパとママの前でも言って欲しいの……ダメ?」

そして、そんな俺に追い打ちをかけるように、後ろからぎゅっと抱きすくめられてしまう。
絡め取るような抱擁に、頬を撫でる指。後頭部にむにゅむにゅと押し当てられる、愛しい胸の感触。
そして、耳元で囁かれる、甘いお願い。

「ぁ……だめなわけ、ないだろ」

こうやってお願いされると、愛しい妻の望みを断る、などという考えは露ほどにも浮かばず。その願いを叶えたいと、心の底から思えてしまう。愛しい妻のために何かをするのは、とても気持ち良く、幸せな事で。それは、すっかりとキャサリンに魅了されてしまったと事に違いない。
昔の俺であれば、キャサリンに支配されている、いずれ飽きられ、愛想を尽かされる、とでも言うのだろう。
身体を重ね、その胸に抱かれ、愛を注がれた今の俺には分かる。
俺がキャサリンに抱くこの感情に嘘偽りはない。ただただ愛しく、心安らかで、幸せで。
また、キャサリンが俺に抱いてくれる感情もまた、嘘偽りない本当の物。
キャサリンが俺を裏切る事は絶対に無い。その愛情はとめどなく溢れ続けて、決して心変わりする事は無い。そう、確信出来る。

「うふふ……嬉しいわっ……」

「……言う。キャサリンは俺のモノだって、お義父さんとお義母さんに言う。俺のお嫁さんだって、妻だって。俺が幸せにするって言う。キャサリンの全部が好きだってコトも、どれだけ愛してるかってコトも、全部言う」

甘美な抱擁とおねだりに、羞恥心はすっと消えていって。本音が、キャサリンへの愛おしさがだだ漏れになってしまう。それも、キャサリンの夫として誇らしい。
すっかり素直にされきって、惚気のスイッチを入れられてしまっていた。

「あぁんっ、とってもス・テ・キ……それじゃあ早速……しゅっぱーつっ……うふふ、たっぷり愛を語って、ね?」

ご満悦なキャサリンは、早速、転移の魔法陣を足元に展開していく。
そして、念を押すように、再度のお願い。

「んふふ……ちゅぅっ……」

そして、頬に触れる唇の感触。短く離れていくも、愛おしげな吸い付き。魅惑のお願いを、さらに上乗せされてしまう。

「っ……あぁっ……沢山語ってやる。俺たちがどれだけ幸せに愛し合ってるか、しっかり知ってもらわないとなっ……」

頬にキスされ、とても幸せで舞い上がった気分。不安も緊張もすっかり忘れてしまって。そんな中、魔法陣の光が俺達を包んで行く。
そうして俺達は、俺達夫婦がいかに愛し合っているか、どれ程までに幸せかを伝えるため、お義父さんとお義母さんの待つ魔王城へ、意気揚々と出向くのだった。
14/05/10 22:20更新 / REID

■作者メッセージ
お久しぶりです。7ヶ月ぶりの投稿です。生きてます。
今回は脳内ピンクのリリム様。淫魔の中の淫魔、魔物娘の中の魔物娘らしく描けてたら良いなぁ、とか。
押し掛け女房はいいものです。

次はアポピスさんかラミアさんか、スキュラさんか……
年内に投稿できたらいいなぁ

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