連載小説
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プロローグ
「う……ううん……っ」

眩しい光が、カーテンの僅かな隙間から射し込む。目蓋を刺激する柔らかな温かさに意識を覚醒させ、毛布にくるまっていた少年はむくりと眠たげに瞳を擦りながら起き上がった。

歳は、十代前半といったところだろうか。短いプラチナゴールドの金髪には艶があり、筋肉のついていない小柄な体格と幼い顔立ちは、年齢よりも彼の見た目を若く見せていた。

彼の名はマルク。この店の男娼であり、約一年ほど前からこの店で働いている。

ベッドから這い出て、カーテンを開く。目覚めたばかりの瞳に、朝の日差しは殺人的刺激だ。思わず目を細めながら、マルクは街並みの遥か向こうに見える禍々しくも壮大な城を見つめていた。

店があるのは、魔王城城下町にある繁華街のど真ん中。多くのサキュバスや観光に来た様々な魔物達で賑わうこの街では、至る所で愛し合う夫婦の艶やかな嬌声が響いており、年がら年中、それが止むことはない。

しかし、まだ運命の伴侶に出会えていない者、または観光客や商品の仕入れに訪れた商人に一夜限りのパートナーとして相手をするために、マルク達のような男娼は必要とされているのである。

もっとも、ここの女主人であるサキュバス、クラウディアには、別の目的があるのだが。

「さて、と……今日も頑張らないと」

とにかく、開店時間までに支度をしなければ。久しぶりに昨晩は休みを貰えたが、この街は朝でも関係なく客は入る。

まずは冷たいシャワーで頭に残る微睡みをすっきりさせ、バスタオルで身体を拭きながら部屋に戻る。その時、部屋の扉がノックもなく突然開かれた。

「おはようさん、マルク!朝飯と替えのシーツ、持ってきたぜ」

「あっ、ありがとうございます、アークさん」

シーツが満載した銀色のワゴンを押しながら現れたのは、背の高い短い金髪の好青年。マルクは差し出されたトーストとスープの乗ったトレイと真新しい真っ白なシーツを受け取った。

彼の名はアーク。見た目は十代後半の若者だが、クラウディアの夫であり、他の従業員と共に店の雑務を担当している。

夫婦でこんな仕事をしている彼だが、前の職業はなんと勇者。妻のクラウディアとはこの街を攻める教団と魔王軍の戦いの中で出会ったのだそうで、彼ら夫婦とはそこそこ付き合いの長いマルクは事あるごとに運命の職場結婚だったと、のろけ話を聞かされるのだが―――多分、意味が違うというのは野暮だから敢えて口にしないが。

「ありがとうございます、アークさん。今日もよろしくお願いします」

「おうよ。お前も今日は頑張れよ。お前目当ての客が今日も予約でいっぱ―――」

「アークさぁあああ――――――んっ!」

直後、アークの姿が当然消え失せた。廊下に顔を覗かせると、倒れた彼にしがみつく一人のサキュバスの姿があった。

ウェーブの掛かった紫色の長い髪に、胸元の大きく開いた黒色のドレスがよく似合う。先端がハート型の尻尾をふりふりと振りながら、どこか危険なところを打ったらしい白目を向いたアークの首に抱きついている。

「アークさんったらヒドイじゃない!お目覚めのチューも無しに一人で先に行っちゃうなんて!」

「あ、あの〜……おはようございます、クラウディアさん」

そのまま扉を閉めてしまおうかと思ったマルクだったが、ここで無視も出来まい。恐る恐る声を掛けると、瞳に涙を浮かべた美女、クラウディアが振り返った。

彼女こそ、この男娼館の店主であるサキュバス、クラウディアである。既に夫のいる人妻とはいえ、その美しい容姿は、様々な魔物娘達と肌を合わせたマルクも胸の高鳴りを隠せないほどであった。

「あら、おはようマルクちゃん。ねぇマルクちゃん聞いて!アークさんったら、私を置いて先にお店に行っちゃったのよ!もう信じられないと思わない!?」

「は、はぁ……」

苦笑いを浮かべながら、チラリとマルクは床で目を回すアークを一瞥。これでは、どちらがヒドイかわからない。いつの間にか、部屋から他の男娼や従業員のサキュバス達が顔を覗かせていた。

「もうっ、こうなったら愛の再構築ね!とことん気持ちよくして搾ってあげたら、アークさんも私のことを放っておけなくなるはず!……五十回くらい搾れば十分かしら」

マルクは、アークに向かって静かに手を合わせた。いくらインキュバス化しているとはいえ、彼女の本気の責めはキツイはず。彼が仕事場に復帰するのは、おそらく夕方頃になるかもしれない。

アークの襟首を掴み、引きずりながらクラウディアは自分達の部屋に戻っていく。その時、ふと足を止めたクラウディアがマルクを振り返った。

「そうそう、マルクちゃん。お客さんで気になる子が来たら、すぐに私に言うのよ?その時は私、背中を押してあげるから!」

「あ、あはは……ありがとうございます、クラウディアさん。ほどほどにしてあげてくださいね」

乾いた笑みを浮かべながら、クラウディアの背中を見送るマルク。部屋に戻ったところで扉に背中を預け、重い溜め息をついた。

ここで働いている男娼は皆、戦争で親を亡くした孤児や、何らかの理由で帰る家と家族を亡くした若者ばかりが働いている。クラウディアは時々そういった子供達を連れ帰って来ては客を取らせ、その客が気に入れば男娼を伴侶として身請けするのである。

もちろん、そこには男娼の意見が第一に反映される。とどのつまり、この店は男娼館でもあれば、一種のお見合いの場を提供しているのである。

だが、マルクは誰かに身請けされるつもりは毛頭無かった。路頭に迷っていた自分に手を差し伸べてくれた、クラウディアとアークに対する恩を返すため。そのためならば、この身体が動く限り、近くに居てその役に立ちたかったのだ。

「…もっと、二人の役に立つんだ。それが、僕の唯一の役割なんだから」

決心を改めて固めるように、マルクは密かに拳を握りしめてそう呟くのだったーーー
15/07/04 18:53更新 / Phantom
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