アイツを気にするカオリさん
荷物を整え、校門からやっと学校の外へ出た頃にはもうすっかり日が落ちてしまっていた。
半ば無理やり追い出された二人は歩道を横並びになって歩いて(うち一人は這って)いた。
そこにはやはり少し緊張した空気も流れている、そりゃあそうだ、ラミア種は度合いは違えどどの子も基本嫉妬深く、執念深く、愛情深い種族なのだ。
そんなラミア種の友達が、目の前でいきなり告白して、さらにさらっと振られてしまったところを目撃した訳だから、これはもう一大事というか、彼女にとってはもう大事に至っているのではと心配というか、むしろこれから一大事を起こしてしまうのではないかと言うか、友達を信じていない訳では決して無いけれども、やはり少し怖いのだ。
魔物娘が持つ愛は計り知れない。
種族は違えど同じ魔物娘としてそれだけは誰よりも自覚しているつもりもあって、その恐怖は時を重ねる度どんどんと深くなっていくのだ。
少女は今度は目を泳がせるのではなく、この場にいるのが気不味いとまるで伝えるように顔を伏せ、視線を下へ向け俯いている。
一応注釈しておくと、彼女らは別に仲が悪い訳では無い。
「ただ、その、多分、ラミア種の恋愛に関しては他者を寄せ付けないすーぱーばりあが貼ってあるというか、もう、誰だってこうなりますよ。」、とは彼女の心の声談である。
しかし気になる。
友達の色恋沙汰が気になってしまうのはもう年頃の女の子の性である。
きっと突っ込まれたくはないだろうし、聞いたところでどうしようもないだろうし、もしかして睨まれでもしたら石になってしまうのでは?
なんて、そこまで怯えているけれど、気になるものは気になる。
心の中の天使と悪魔がそれぞれ「聞いてあげたら相手もスッキリするかもよ」、「気になって眠れなくなるぞ、聞いちゃえよ」と繰り返し呟いている。
…満場一致だ!
ええいままよ!聞いてしまえ!
「なっ、な、何回も、告白しての…?」
噛んだ。
いや、噛んだけれど、この雰囲気の中聞けた自分に今はは最大限の賞賛を送ってあげたい。
よく頑張った、私!
「3桁はいっていないはずですよぉ。」
少女は肩透かしをくらったような気分になった。
それは彼女の返答が、思ったよりも普通の声色だったからだ。
思ったよりもというか、普段と何ら変わりないと言って差し支えないだろう。
これまでの空気は勝手に自分が追い詰められて行っていただけなのだろうか?
さっきまで怖気付いていた自分が馬鹿みたいに思えるほど、本当に普通だった。
よく考えれば歩く(這う)速度も変わっていない。
別に思いつめた表情をしているわけでもない。
むしろ通行人にどちらがより自殺しそうか、と客観的アンケートを取れば得票するのは明らかに少女の方だった。
少女はとりあえずほっとして、返答に対する思考を始める。
…ん?という事はやっぱり何回も告白している?
もしかしてその都度振られてる?
少女は精一杯頭を働かせ、この友達が一体どういう状況に身を置いているのかを理解しようとした。
理解が終わる前に、というか、きっと一生かかっても終わらなかったであろうローディングの最中に、彼女からの助け舟とも言える返答が続く。
「30回くらいですかねぇ、先生は16回と仰っていましたけれど、鈍感にも程があると思うんです。」
未遂も含めたら50くらい、と、彼女は自分の所有している服の数を思い出して数えているみたいな、軽い口調で言ってのけた。
えぇ!?50ぅ!?
流石に呑み込んだけれど、少女は声を大にしてそう言いたかった。
少女は多感な魔物娘にも関わらず、告白は愚か恋の一つも無経験なのだから、近しい友人がそんなことになっていると知って、驚愕するのも無理はない。
驚愕の中には少しばかりの尊敬と、さらに少しばかりの敗北感も存在した。
でもその答えでなんとなくは理解した。
彼女がもう長い間恋をしていて、幾度となくアタックをして、もう既に幾度となく振られてしまっている事。
それでも尚諦めていないこと。
こうなった魔物娘は止まらないと本能的に知覚した。
けれども、少女の中で先生の声がフラッシュバックする。
『俺にはもう嫁がいるぞ』、と。
いやいやいや、どう考えてもこのままではカオリちゃんの部が悪すぎるだろう、というか、叶ったとしてもかなわなかったとしても必ず誰か不幸になる人が出るじゃないか。
もうとっくに理解が追い付かずにのぼせ上がった頭で尚も必死に考えていた。
諦めさせた方が良いのでは、でもそのための説得を私では出来ないのでは、そんな勇気も無いし、そんな力もない。というか、それがどんな顛末を迎えようとそれは彼女の生き方で、口を出すのは御法度なのではないか、それでも大好きな先生や友達が傷付いていくであろうことをみすみす見逃すのも苦しい。
いよいよ本当に爆発しかけた所へ、またも彼女が助け舟と言える声を発した。
「ユウキちゃんは、先生の奥さん、見たことがありますかぁ?」
「……へっ?」
そう言えば、無い。
いや、深い関わりでもないし、私生活を覗きみることも無いし、ケータイを覗いたりした訳でもないのだけれど、確かに無い。
「じ、実在しないって言いたいの…?」
「いいえ、先生はそんな幻覚を見るような人では無いですよぉ。」
「じゃあ、どういう…」
「多分ですねぇ…。」
ーーーーーーーーーーーー
「ただいま。」
男…、もとい先程まで先生と呼ばれていた男性が、扉を開けて靴を脱ぐ。
質素な雰囲気の、贅沢の文字が似合わないその玄関に綺麗に靴を並べ、居間へと歩いて行く。
「今日も生徒に告白されちゃってさ、ははは、困るよな。そりゃ、俺もあんだけ可愛い子に告白されて悪い気分じゃぁねぇんだけど。」
浮かれた様子で口角を釣り上げ、へらへらと語りかける彼。
スーツを脱いでハンガーへかけ、カバンは床へ投げ出して、カーペットに座り込んだ。
「えぇ? なんだよ、妬いてんのか? 冗談だよ、別の所なんて行く訳ないだろ?告白されたってその都度ちゃんと断ってるよ。だってなぁ、言わせんなよ。俺にはさ…。」
彼は視線をそちらへ向け、微笑んだ。
手を伸ばし、その笑顔に触れる。
「お前だけなんだから。」
その微笑みのまま棚の上に置かれた、一枚の写真に、彼は吐息混じりにそう言った。
半ば無理やり追い出された二人は歩道を横並びになって歩いて(うち一人は這って)いた。
そこにはやはり少し緊張した空気も流れている、そりゃあそうだ、ラミア種は度合いは違えどどの子も基本嫉妬深く、執念深く、愛情深い種族なのだ。
そんなラミア種の友達が、目の前でいきなり告白して、さらにさらっと振られてしまったところを目撃した訳だから、これはもう一大事というか、彼女にとってはもう大事に至っているのではと心配というか、むしろこれから一大事を起こしてしまうのではないかと言うか、友達を信じていない訳では決して無いけれども、やはり少し怖いのだ。
魔物娘が持つ愛は計り知れない。
種族は違えど同じ魔物娘としてそれだけは誰よりも自覚しているつもりもあって、その恐怖は時を重ねる度どんどんと深くなっていくのだ。
少女は今度は目を泳がせるのではなく、この場にいるのが気不味いとまるで伝えるように顔を伏せ、視線を下へ向け俯いている。
一応注釈しておくと、彼女らは別に仲が悪い訳では無い。
「ただ、その、多分、ラミア種の恋愛に関しては他者を寄せ付けないすーぱーばりあが貼ってあるというか、もう、誰だってこうなりますよ。」、とは彼女の心の声談である。
しかし気になる。
友達の色恋沙汰が気になってしまうのはもう年頃の女の子の性である。
きっと突っ込まれたくはないだろうし、聞いたところでどうしようもないだろうし、もしかして睨まれでもしたら石になってしまうのでは?
なんて、そこまで怯えているけれど、気になるものは気になる。
心の中の天使と悪魔がそれぞれ「聞いてあげたら相手もスッキリするかもよ」、「気になって眠れなくなるぞ、聞いちゃえよ」と繰り返し呟いている。
…満場一致だ!
ええいままよ!聞いてしまえ!
「なっ、な、何回も、告白しての…?」
噛んだ。
いや、噛んだけれど、この雰囲気の中聞けた自分に今はは最大限の賞賛を送ってあげたい。
よく頑張った、私!
「3桁はいっていないはずですよぉ。」
少女は肩透かしをくらったような気分になった。
それは彼女の返答が、思ったよりも普通の声色だったからだ。
思ったよりもというか、普段と何ら変わりないと言って差し支えないだろう。
これまでの空気は勝手に自分が追い詰められて行っていただけなのだろうか?
さっきまで怖気付いていた自分が馬鹿みたいに思えるほど、本当に普通だった。
よく考えれば歩く(這う)速度も変わっていない。
別に思いつめた表情をしているわけでもない。
むしろ通行人にどちらがより自殺しそうか、と客観的アンケートを取れば得票するのは明らかに少女の方だった。
少女はとりあえずほっとして、返答に対する思考を始める。
…ん?という事はやっぱり何回も告白している?
もしかしてその都度振られてる?
少女は精一杯頭を働かせ、この友達が一体どういう状況に身を置いているのかを理解しようとした。
理解が終わる前に、というか、きっと一生かかっても終わらなかったであろうローディングの最中に、彼女からの助け舟とも言える返答が続く。
「30回くらいですかねぇ、先生は16回と仰っていましたけれど、鈍感にも程があると思うんです。」
未遂も含めたら50くらい、と、彼女は自分の所有している服の数を思い出して数えているみたいな、軽い口調で言ってのけた。
えぇ!?50ぅ!?
流石に呑み込んだけれど、少女は声を大にしてそう言いたかった。
少女は多感な魔物娘にも関わらず、告白は愚か恋の一つも無経験なのだから、近しい友人がそんなことになっていると知って、驚愕するのも無理はない。
驚愕の中には少しばかりの尊敬と、さらに少しばかりの敗北感も存在した。
でもその答えでなんとなくは理解した。
彼女がもう長い間恋をしていて、幾度となくアタックをして、もう既に幾度となく振られてしまっている事。
それでも尚諦めていないこと。
こうなった魔物娘は止まらないと本能的に知覚した。
けれども、少女の中で先生の声がフラッシュバックする。
『俺にはもう嫁がいるぞ』、と。
いやいやいや、どう考えてもこのままではカオリちゃんの部が悪すぎるだろう、というか、叶ったとしてもかなわなかったとしても必ず誰か不幸になる人が出るじゃないか。
もうとっくに理解が追い付かずにのぼせ上がった頭で尚も必死に考えていた。
諦めさせた方が良いのでは、でもそのための説得を私では出来ないのでは、そんな勇気も無いし、そんな力もない。というか、それがどんな顛末を迎えようとそれは彼女の生き方で、口を出すのは御法度なのではないか、それでも大好きな先生や友達が傷付いていくであろうことをみすみす見逃すのも苦しい。
いよいよ本当に爆発しかけた所へ、またも彼女が助け舟と言える声を発した。
「ユウキちゃんは、先生の奥さん、見たことがありますかぁ?」
「……へっ?」
そう言えば、無い。
いや、深い関わりでもないし、私生活を覗きみることも無いし、ケータイを覗いたりした訳でもないのだけれど、確かに無い。
「じ、実在しないって言いたいの…?」
「いいえ、先生はそんな幻覚を見るような人では無いですよぉ。」
「じゃあ、どういう…」
「多分ですねぇ…。」
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「ただいま。」
男…、もとい先程まで先生と呼ばれていた男性が、扉を開けて靴を脱ぐ。
質素な雰囲気の、贅沢の文字が似合わないその玄関に綺麗に靴を並べ、居間へと歩いて行く。
「今日も生徒に告白されちゃってさ、ははは、困るよな。そりゃ、俺もあんだけ可愛い子に告白されて悪い気分じゃぁねぇんだけど。」
浮かれた様子で口角を釣り上げ、へらへらと語りかける彼。
スーツを脱いでハンガーへかけ、カバンは床へ投げ出して、カーペットに座り込んだ。
「えぇ? なんだよ、妬いてんのか? 冗談だよ、別の所なんて行く訳ないだろ?告白されたってその都度ちゃんと断ってるよ。だってなぁ、言わせんなよ。俺にはさ…。」
彼は視線をそちらへ向け、微笑んだ。
手を伸ばし、その笑顔に触れる。
「お前だけなんだから。」
その微笑みのまま棚の上に置かれた、一枚の写真に、彼は吐息混じりにそう言った。
17/06/14 05:39更新 / みゅぅんさん
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