獲物を求めたのは、虎か狩人か
リットは狩人である。
日々野山を駆け回っては、野草木の実を収集し、野鳥を弓矢で落とし、小動物を罠に掛け、野獣に鉈を振り下ろして狩る。
草と実は骨で出汁を取ったスープに、新鮮な内臓は焼いて食べ、肉は塩や燻しで保存食。皮をなめして防寒具を、羽は自作の矢の矢羽に。必要以外は袋に入れて持ち、町で引き換えに生活必需品を手に入れる。
もっとも金を稼ぎたい訳でもないため、飽くまで生活に必要な範疇に収めるのを忘れては居ない。
父親と母親が、ふらりと山の中へと消えてからは、一人でそんな暮らしをしている。
不自由は無いとは言えない。しかし満足していないとも言えない。そんな生活。
なのでこの日も何時も通りに、張った罠に獲物が掛かっていないか巡回しながら、眼に入った動植物を獲っていく。
あくせくと働いている気分は無い。見慣れた自宅の庭を散策する感覚で、リットは森を獣道を生じさせない様に気をつけて歩いていく。
しかし今日はあまり獲物が無く、何時もより若干遠く――といってもほんの歩いて一時間ほどの森の奥へと足を運ぶ。
するとやがて遠くの方からずしずしと重たい足音。
それを聞いて、リットは首をかしげている。
明らかに足音が大きいのもそうだが、足音の調子が外れているのが気に掛かったようだ。
駆け足のような足音かと思いきや、行き成り大きく足を踏みつけて止まったような音。その場で地団駄を踏んだような連続する音に、木にでもぶつかったのか、時折生木が折れる湿った音が聞こえたりもする。
何が起きているのか訝しがりながら、リットは茂みに身を隠すように中腰になると、手の弓に矢を番えて、そろりそろりと音のする方へと歩みを進める。
気配を消しながら歩く事数分。生い茂る木々の隙間の遠い先で、小山ほどもありそうな茶色い毛皮を持つ丸い獣が、地響きと共に地面へと倒れ落ちるのが見えた。
初めて見る大きな獣に眼を丸くし、続いてその巨獣がずりずりと人の歩く早さで遠のいていくのを、驚愕の瞳で見つめる。
恐らくは巨獣を仕留めた何者かが持ち運んでいるのだろうが、人間業では無いとリットは感じていた。
しかし魔物娘の仕業とも思えない。
付近の山に居るのは、アラクネやマンティスなどの昆虫系種族は多いものの、アルラウネやゴブリン程度の、対処さえ知っていれば危険が少ない魔物娘たちだけのはず。巨獣を引き摺るほどの膂力の持ち主など、精々ゴブリンから変化したホブゴブリンぐらいしか、リットに心当たりは無い。
なら新しい魔物娘が住み着いたのかと、リットは素早いながらもなるべく音を立て無い様に、巨獣を回り込むように移動する。
やがて遠目に巨獣を引き摺るモノが見えた。
艶やかな茶色い毛並みに、黒い毛筋が混ざったその見た目。下半身から伸びる尻尾は、獲物を捕まえたからか、意気揚々と天を突いている。そして毛で覆われた足には、黒い肉球が見て取れた。
上半身は位置関係で巨獣に隠れて見えはしなかったものの、その特徴的な毛並みに、リットはそれがなんなのかを理解した。
虎だ。
この付近では滅多に見れない虎だった。
前にリットが見たのは、敷物にされた毛皮だけだったが。その美しい毛並みを見間違えるわけは無い。
そして虎だと分かったリットは如何するかと思案する。
虎の引き摺っている巨獣が手に入れば、一年程は肉に困らない。そしてあの虎の毛並みの美しさは、今この時を逃せば手に入らないのではと、リットの狩人の魂を揺さぶる。
そしてリットは、毛並みの魅了に負けた様に、矢筒から自前の矢を二本取り出すと、一本を弓に番える。狙いは虎の後ろ足の太ももの部分。致命傷にはならないが、そこに一矢入れれば襲い掛かられても逃走されても、二の矢が間に合うと判断した。
巨獣を引き摺るために、地面に下ろした虎の足がぐっと力を入れたのを見計らって、リットは一の矢を放った。そしてその矢が当たるかどうかを見るのを待たずに、二の矢を番えて引き始める。
虎にしてみたら巨獣の影からの不意の一撃。矢の風切り音に気が付いたとて、踏ん張った足では逃げるのに一呼吸必要。
誰しもがこの光景を見たら、矢が当たると確信するだろう。
当のリットも、二の矢を番えながら、機動力の落ちる虎の急所を確実に狙える位置へと進もうと、一歩足を踏み出している所だ。
しかしその矢が当たる寸前、地面を蹴った虎の足が翻り、肉球の付いた足の裏で、矢を上から踏みつけて地面へと押し付ける。ぺきりと矢が折れる音が間抜けに響く。
四速歩行の虎では、構造上ありえない動きと素早さ。リットはその光景が信じられない様に、矢を番えたままポカンと見てしまう。
「ん?――おっと、獲物を横取りしようって積もりかな?」
矢を足で踏みつける芸当をした当人が困惑するような声を漏らした後で、ひょっこりと巨獣の影から顔を出し、矢を放とうとしたままのリットの方へと視線を向けてきた。
「すまない。虎だと思っていた。まさかワーキャットだとは思わなかった」
そう弁明するリットが見たのは、虎縞模様の毛並み手足に持ち、頭の上には三角形の獣耳が付いた、薄っすらと浮かび上がった筋肉の筋すら美しい魔物娘。
確かにワーキャットと似た特徴を持つ彼女は、そうリットに言われて露骨に嫌そうな顔つきになる。
「おいおい。ワーキャットと一緒にしないでくれ。寧ろ、虎が正解」
「……どういうことだ?」
困惑するリットを見て、その魔物娘は巨獣の頭の上に飛び乗ると、足を肩幅に広げ偉そうに胸を張る。すると鍛えられた胸筋の上に乗った、形の良い乳房がぷるりと揺れた。
「此は人虎の一人、名をユエという。一角の武人である」
騎士が一騎打ちの際に行うような名乗りを、リットに向かって放つ。
しかしその自己紹介に、リットは困惑顔である。
「人虎?……その姿を見るに、魔物娘だと分かるが。そんな種族は聞いた事が無いな」
「山奥にひっそりと住む、武人の魔物ゆえ。種族的に人と交わるのは、必要最小限に留めているので、知らないでも無理からぬ」
「それはそれは失礼した。矢を射掛けた事も合わせ、謝罪する」
此れはお詫びのしるしだと、今日罠に掛かっていた獲物を取り出して掲げる。
しかしその様子を見ていたユエは、その獲物と彼女の足に踏みつけられている矢を順にチラリと見る。そして獲物を見つけた猫化動物特有の、鼻の頭に皺を寄せる笑みを浮べる。
「詫びならば、そんな物よりも、此の頼みを聞いては貰えぬ?」
魔物娘相手のお願いと聞いて、何かいやな予感を抱いた様子のリット。しかし知らぬとはいえ、迷惑を掛けた相手に、用件を聞かず詫び無しで逃げるというのも、礼を失していると判断したのだろう。多少引きつりのある表情で、おずおずと首を縦に一回振る。
「ならば。その弓矢を、此に射掛けて貰う」
「……あんたに、矢を射ろと?」
「此の修行のため。協力してくれ」
相変わらず巨獣の頭の上に乗ったままで、偉そうに胸を踏ん反り返しながらの言葉に、リットは少々面食らった様子だ。
全ての魔物娘の求めるもの――つまりは伴侶――を知っているリットにとっては、ユエの要望は二つの意味でありえなく感じる事だろう。
心の声が聞こえるのだとしたら、『体を求めてくるかと思いきや、射った矢を求めるとは』と言った感じだろう。
「……まあそれで納得するのなら、別に構わないが」
「そうかそうか。では――」
「待て、いま直ぐにか?」
「何か不都合でもある?」
二人の距離はおおよそ直線で三十メートル程。魔物娘――特に俊敏性に優れる獣人型にとってみたら、数秒で距離を詰められる程の間しか空いていない。
はっきり言ってしまえば、もうそれは狩人の勝負する土俵では無い。が、逆に距離を大目に取ったとしても、今度は矢が進む時間が必要になり、それは相手が避ける時間を与える事。
どちらにせよ、待ち伏せが主体の狩人にとっては条件が悪い。
「せめてこちらが矢を番えるぐらいは待って欲しいのだが」
「ふむ。ならば早く準備する」
ならばと言うわけでは無いだろうが。今にも飛び掛ってきそうなユエを見ながら、リットは弓を肩に掛け、右手で矢筒から三本の矢を取り出す。その先端にある矢じりを、左手で抜いた鉈で飛ばして平たくする。そして殺傷能力を削った弓を、片手で持ったまま、左手は鉈を仕舞い弓を握る。
そして漸く、一つ目の矢を弓に番えてきりきりと引き絞り始める。
だまかまだか準備できたかとユエの視線の問い掛けに、リットは静かに首を上下に振る事で応える。
「いざ!」
掛け声と共に、巨獣の頭から飛び降りるユエ。その着地点、足が地を踏んだ瞬間に届く事を狙い、リットの弓矢が放たれる。
木々の間を抜ける矢が進む先に、飛び降りた体重を支える、ユエの鍛えられた太腿。
当たれば矢じりが無いとて、青痣は必至の威力と速さの矢。
しかしユエはニヤリと口元を歪めて、地に足が付いた瞬間には横に一歩分飛び、矢を紙一重でかわす。そして上体を沈めて、リットへと素早く近寄ってくる。
一矢で仕留められなかった事、的が屈んで小さくなった事、そして弓を命一杯引く時間が無い事が合わさり。リットは四割程弓を引いて、矢を速射する。しかもユエの豊満な胸の谷間へと吸い込まれる様に、矢が進んでいく。
まさかこの短時間で矢が飛んでくるとは思って居なかったのか、ユエは多少縦長の瞳孔を持つ眼を見開く。恐らく大きく避けると、リットの三の矢が間に合うと判断したのだろう。ユエは悔しそうな表情を浮べつつ、モフモフの左手から虎特有の鋭く太い爪を出すと、矢を切り払う。
五つに分断された矢が、ユエの横を通り過ぎ、ユエは更にリットに近づく。もう弓を引く時間は無い。半秒もあればユエはリットに手が届くだろう。
しかしその半秒の猶予を、リットは前に足を踏み出す事で四半秒に縮める愚挙に出る。更には、右手に握りこんだままの残り一つの矢を、ユエへと突き出す。
まさかそんな手を打ってくるとは思っていなかったのだろう、ユエは慌てた様子でリットの矢を握っている手を払おうとして、自分の左手の爪が出たままだった事に気付き止める。このままでは爪で、リットを切り裂いてしまう恐れがあるために。
このままでは矢が腹に当たると言う所で、意地でも当てられるかと言う気構えを見せたユエは、矢の進む先にある腹を無理矢理曲げて避ける。
今度はリットがそんな馬鹿なと言う表情を浮べ、ユエはしてやったりと言った顔を浮べ。そのまま二人は衝突してもつれ合いながら、地面へと倒れ込む。
その結果、何が如何なってそうなったかは分からないものの、リットがユエを押し倒すような体勢になり、手は豊満な胸を揉み、二人の唇が合わさった状態になっていた。
「…………」
「…………」
そのまま至近距離で、いま一体何が起きているのか分かっていない表情で、二人はお互いの瞳を見つめあいながら、数秒の時間が音も無く過ぎていく。
やがて最初に我に帰ったユエの顔が、突如熱病に襲われたかのように真っ赤に染まると、ドンっと力任せにリットを突き飛ばし、ざざっと下草を鳴らしながら飛び退る。
リットの方は突き飛ばされた衝撃で正気に返り、唇と片手に残るユエの感触を確かめるかの様に、視線がその二つの場所を行き来している。
「えっと……あの……」
「……うぅぅ」
何を言ったら良いのか困惑するリットに、唇にもふもふの手を当てながら、ぺたりと地面の上に女の子座りでへたり込むユエ。
そんな気まずい空気を押し流すかのように、一陣の風が優しく二人の間を吹き通っていく。
「……って」
ざざっと鳴った葉や草で、ユエの呟くような大きさの言葉の大半が隠れてしまう。
何を言われたのだろうと、少々困惑した様子のリットを、ユエは涙目になった瞳で見ながら、もう一度、今度ははっきりとした口調で、リットに向かって言い放つ。
「此の唇を奪った責任を取って!」
「責任って……夫婦になれってことか?」
なんとも魔物娘だというのに生娘っぽい仕草と言葉を受けて、思わずといった感じでリットの口から言葉が漏れる。
夫婦という言葉を受けて、ユエは思いっきり力強く首を上下に何度も振る。
本気で言っているのかを疑うように見るものの、ユエの瞳はかなり真剣身を帯びている。寧ろ、貰ってくれなければ奪ってやると言いたげである。
これは退路が無いと、傍目から見ても分かる。それはリットも同じなのだろう。
「あーー……これから宜しく頼む」
「ふんッ!夫婦になったからと、此の身を好きに出来ると思うな!」
全く魔物娘らしからぬ言い草の宣言をしたユエを、リットは不思議な動物を見るような目つきで見つめていた。
二人が夫婦に半強制的になってから、実に二ヶ月もの時間が流れる。
リットは森の中の住処から毎日狩りに出かけ、ユエはその家の前で毎日鍛錬をする日々を送っていた。
その間の二人にあった夫婦らしい行為は、リットが他の魔物娘に襲われない様にと、ユエが抱きつきながらの頬擦りで匂い付けをするというものだけ。肉体的――派的に粘膜的接触は、今の所一度としてありはしない。
魔物娘と夫婦に成ったら、一体どれだけ身体を求められるのかと、戦々恐々とした様子で暫し共同生活を送っていたリットは。この一ヶ月ほどは、そういうのに興味の無い変な魔物娘なのだろうと、勝手に納得した様子で、二人の関係を受け入れているように見えた。
ユエの方も、唇を奪われた勢いで夫婦になったものの、夫婦生活の充実よりも鍛錬の方に重きを置いている様だ。その証拠に家の周りにある木には、手作りの武術の訓練器具が括り付けられている。
今日も今日とて、リットはユエに頬擦りで匂い付けをされた後で狩りに行き、調子良く野鳥三羽と兎二羽に鹿を一頭仕留めて、いまだ日が高いうちに帰ってきたリットは、ふと家の様子に違和感を覚えて首を傾げた。
「ん?……ああ、ユエが鍛錬していないのか」
何時もは日が暮れるまで鍛錬しているユエの姿が見えないのだ。
しかしリットは休憩しているのだろうとでも思ったのか、勝手に納得したような表情を浮べ、獲物を解体するべく作業小屋の木の扉を開け様として、家の中から変な声と音が聞こえた事で手を止めた。
「んッ……ぅんッ……あッ……」
ユエらしき押し殺したような艶やかな声と、何か木の擦れるようなギッギッっという音が、扉の向こうから微かに聞こえる。
「まさか……」
男でも連れ込んで居るのかと思ったのか、少し憮然とした表情になったリットは、静かに作業小屋の中に獲物を置くと、狩りで鍛えた忍び足を駆使して移動し、住処の木窓からこっそりと中を覗き込む。
「んッ、ふッぅ!……んぅ、あッ!」
そこに居るのは勿論ユエだった。ただし一人だけ。男の陰も形も無い。
では相手は何かと言うと、リットが何時も座っている四脚椅子の一本の脚。
床に横倒した椅子の滑らかにヤスリ掛けされた脚に、下着を脱いだ股間の割れ目に押し付けて、腰を前後に振っているのだ。
鍛えられた割れた腹筋と、しなやかに盛り上がった背筋が、腰を動かす度に躍動する様は、健康さに裏打ちされた煽情性に溢れている。
「ふぁぁ、あッ!んッ、スンスン、はぁはぁ、んッア!」
「おいおい……」
しかも、昨日遅くに帰った為に洗って無かったリットの上半身の上着に、時折鼻をつけて匂いを嗅ぐ事までしている。
何て物を見てしまったんだと頭を抱えるリットの股間は、ユエの痴態を見た影響で膨らみ始めていた。それは二ヶ月もの間、いい歳の男が処理していないのだから、しょうがないと言えばしょうがない事ではある。しかもユエは、人間基準にすれば絶世の美女だ。その痴態ともなれば、金を払ってでも見たい輩は両手足の指では利かないだろう。
しかしリットは、待ち伏せを主体とする狩人らしく忍耐力が高いのか、ユエの嬌声と痴態を楽しむ事が出来る位置に居ると言うのに、困ったような表情を浮べるに留まっていた。
「……よし、見なかった事にする」
誰にも聞こえない様な小声で呟き、こっそりと木窓から退散する。
そして何も知らない見ていないと呪文を呟きながら、リットは作業小屋の扉を静かに開けた。
「さて解体作業を……」
しようかと、リットが作業小屋の中に向けると。今日仕留めてきた獲物のうちの一つ――兎の一羽が、乗せた台の上から落ちそうになっているのが見えた。
「くッ!?」
このまま落ちたとしても、恐らくユエは気が付かないだろうが、万が一の可能性を考慮したのか、リットは大慌てで落ちそうな兎を静かに手で押し留めると、他の獲物も台の上から落ちないようにと、配置を変えていく。
「ふぅ……危ない危ない」
額に浮かんだ冷や汗を拭いながら、さて解体するかとでも言いたげに腕まくりしたリット。
しかし開けたままの作業小屋の扉が、風に煽られてバタンと大きな音を森に響かせて閉まった。
その瞬間に、狩人としての勘が何かを告げたのか、リットの背筋が震えた。
同時に住処の方から、バタバタと大きな音が鳴り響き、その音は作業小屋の方へと続いていく。
そして閉まったときと同じぐらいに大きな音を立てて、作業小屋の扉が開かれると、そこにはマタタビを嗅いだ猫のような、発情しきった瞳と緩んだ口元を隠す事無く、喉をゴロゴロと鳴らすユエの姿があった。
「……ただ今、ユエ」
彼女の股間から流れ落ちる、糸を引きながら落ちる透明な液体を視界に入れないように顔を背けながら、リットは帰宅の挨拶をする。
その言葉が聞こえたのか、だがそうは見えない様子で、ユエはゆらりとリットに近づくと、彼の顔を豊満ながらハリのある乳房の谷間に押し込んだ。
「待て、ユエ。苦しいんだが?」
その胸の柔らかな弾力の所為か、それとも薄っすらとかいた汗に湿った肌から登る臭いに反応したのか、リットの膨らみかけだった股間の布地が、外からあからさまに分かるほどに、大きく膨らんでいた。
「りっとぉ〜〜、りっとぉ〜〜……ゴロゴロ」
困惑した様子のままのリットとは違い、ユエは甘えたように言葉を呟き、ゴロゴロと喉を鳴らしながら、リットの首筋に甘噛みをしていく。
「ま、待った。こういう事はしないので、痛ッたた!」
ざらざらとした舌で首筋を舐め上げられて、思わずリットはそう言葉を零してしまう。
その反応に気を良くした様子のユエは、リットの頬も舐め上げる。抱き締めている手の爪が、我慢出来ない様子で伸び、リットの背中をチクチクと刺す。
「ちょっと待てって!」
「ぐるぐる、りっとぉ〜、んむッちゅ〜」
「むうぅうう!?」
背に回していた手を、今度はリットの頭をがっしりと掴む様にし、しかも逃げられない様に頭皮に軽く爪を立て、顔へと引き付けながらユエはキスをする。
呻くリットの事など気にしないとばかりに、ユエの力強い舌がリットの歯をこじ開けて、口内へと入っていく。
リットの口の中がユエのざらざらの舌で血だらけになるのかと思いきや、そんな事は無く、滑りながらも引っ付いてくる様な舌の感触が、リットの口の中を縦横無尽に駆け巡る。
「んぅ、ちゅぅぅ、ちゅぅ、くちゅれろ。ふふっ、りっとぉ〜、んあむ、れろぉちゅ、くちゅ……」
一通りリットの口の中を味わってから唇を離し、ぺろりと唇を舌で濡らした後で、愛しそうにリットの名前を呟きながら、ユエは再度唇を合わせる。
今度は口の中を味わいつつも、口内を愛撫するようなネットリとした舌使いで動かしながら、リットの反応を眼で確かめながら、ユエは喉をゴロゴロと鳴らす。
やがてリットの舌を舌で絡め取った所で、ユエの手はリットの頭から離れ、今度は彼の服の中を弄るように動かし始める。
「むぅうぅう!!」
「ちゅれろちゅちゅ、れろくちゅん……」
ユエの掌の動きを肌で感じたリットが抗議の声を上げるものの、ユエは猫化動物特有の知らん顔を浮べて、手も下も唇も動かすのを止めようとはしない。
やがてリットのズボンの前合わせを器用に片手で外し、その中へとユエの手は侵入していく。
「んッ!?……んふぅ〜〜」
その中にある熱い棒の感触を手に感じたのか、ユエは一瞬驚いたような様子を見せた後、蕩ける様な笑みを唇を合わせたまま浮べる。
そして柔らかな肉球を用いて、優しく優しくズボンの中でリットの一物を撫で上げていく。
「んむぅ!んんむ、むぅ……」
止めろと言いたくても、口を塞がれている為に声は出せず。しかし股間の刺激を耐える為に、段々とリットの声は小さくなっていく。
ゆっくりと、決して達せさせない様に気を付けながら、リットの一物を愛撫し続けるユエ。
やがて、リットの一物が我慢できないように震え出した所で、一物からの先走りの透明な体液がべっとりと付いた、毛と肉球で覆われた手をユエはゆっくりと引き出す。
「ちゅぅ、はぁん……りっとの、スン、りっとのぉ……ぺちゃぺちゃ」
口を一吸いしてから離したユエは、今度は手をべったりと濡らすそれの匂いが堪らないのか、もう片方の手はリットを逃がさないようにしたまま、匂いを嗅ぎつつ舐め始める。
もうその時点で、ユエの晒したままの股間とその下の床は、小便を撒き散らしたかのように濡れ、作業小屋に差し込む光を照り返して、淫靡な光を振り撒いている。
「ぺちゃぺちゃ、ちゅちゅ……はぁはぁ、ねぇ、りっとぉ〜〜」
肉球の間の毛に絡まった先走り液ですら舐め取り終わると、今度は両手をリットの首に回し掛け、おねだりする様に彼の太腿に自分の股間を押し付け始める。
濡れた股間の湿り気がズボンに移り、じんわりと太腿全体を濡らすと、やがてにちゃにちゃと粘つく水音が作業小屋に響き始める。
そんな挑発するような腰使いをしなくても、魔物娘らしく押し倒せばいいのにと思えるのだが、何かユエの中に一定の尺度があるのか、こすり付けおねだりをしながら、リットから手を出すように仕向けている。
発射寸前の陰茎を股間に抱えるリットだが、傍目から見ると艶かしく肢体を動かすユエに淫欲に溺れるという以前に、ユエのこの豹変振りに困惑した様子で、どうしたらいいか迷っているようだ。
そんな煮え切らない態度に、ユエは段々と欲望が煮詰まってきたのか、両手をリットから離し代わりに尻尾を胴に巻きつけると、彼の目の前で地面に手を付ける開脚の立位体前屈の状態になる。
「りっとぉ〜、りっとぉ〜〜」
そしてピッチリと閉じながらも、しとどに濡れた股間を見せ付けて誘う様に、腰を揺ら揺らと動かしている。
「……はぁ、ちょっと待てって」
ここまでされて据え膳を食わないという選択肢は無いと判断したのか、それとも爆発寸前の陰茎にいい加減我慢が限界だったのか、リットは自分からズボンを脱ぎ捨てると、片手はユエの腰に添え、もう一方は自分の陰茎を動かして彼女の膣口へと向かわせる。
「あッん!はやくぅ、はやくぅ、りっとぉ〜〜」
くちゅりと合わさった場所がなった瞬間、切なそうにユエはリットの名を呼び、早く早くと言葉だけでなく腰使いでも急かし始める。
「後悔、すんなよッ!」
「くおおぉぉぉんぅ〜〜〜!!」
揺れる腰を片手で制しつつ、腰を前に突き出して膣口に沿えた陰茎を膣中へと押し込む。
濡れていて抵抗無く一気に陰茎の根元まで入った時、ユエの口から虎の鳴き声に似た嬌声が漏れ、更にはリットの陰茎を膣肉がギチギチと締め上げる。
「行き成り、そんなに締め付けたら、くぅ!!」
「ひゃはん!出てる、もう出ちゃってるぅ!!」
爆発寸前で止められていたということもあるが、ユエの膣肉の締め付けの凄さに、リットは耐え切れずに射精してしまう。
ユエの締め付けを物ともしない、びくびくと動く陰茎から吐き出された白濁とした液体は、子宮の口を外しながらも膣内を染め上げていく。
リットは射精感から、ユエは挿入感と熱い液体の感触に、お互いに身体を震わせている。
「はぁはぁ、ふぅ〜……」
「んふぁ、んぅぁ……ねえ、リット。何満足そうに溜息付いてる?」
「ユエ、正気に戻ったのか?」
「正気って何。此は何時も通りだ」
前屈から身体を起こしつつ、横に振り返りながらユエはリットの顔を見る。
しかし明らかにその表情は何時もとは違い、明らかに発情しきった雌の顔になっている。
「あ〜っと、ユエ?」
「発情期なんだ。だから手伝え。そして責任取れ」
「いやちょっと」
「いいから、ホラ。手首を掴む……うん。それで、こう腰を動かすぅううぅぅう!!!」
理不尽な事を言っているのに気が付いていないのか。リットに肉棒で後ろから刺し貫かれたまま、無理矢理に彼に自分の手首を取らせたユエは、尻尾を使ってリットの腰を無理矢理動かすと、連動して動いたリットの肉棒に膣内を抉られて、ユエの声と腰はビクビクと震えた。
なまじ言葉が通じるようになって、より一層正気では無い様子のユエを眼にし、リットは眉を寄せて困ったような表情を浮べる。しかしもうこうなっては後に引けないと理解したのか、ユエの求め通りに手首を掴んで引き寄せながら、腰を突き出し始める。
「あん、あんぅ、そう、それそれが良いの。もっと強く、もっと激しくぅう!」
「ならもうちょっと、緩めてくれ」
鍛え上げられたユエの筋肉が、リットから受け取る快楽に反応してぎゅうぎゅうと肉棒を締め付けて、リットの腰使いを阻害する。
それでも痛いくらいに怒張したリットの陰茎は、締め付ける膣肉を押し分け押し入り、下がり始めたユエの子宮の口へと頭を付ける。
「おぉぉ!きたぁ、しきゅうにきたぁぁあ!もっと、ゴンゴンしてぇ、もっとぐりぐりしてぇ!!」
「なら、これでどうだ!」
握っているユエの手首を引いて、ユエの上体を軽く逸らさせると、良い位置に子宮の口と陰茎の頭が当たり始める。
「キス、きすしてるぅ!ちゅっちゅって、しきゅうがぁ!!もっと虐めて、もっと強くぅ!!」
「うっさい黙ってろ!」
腰を思いっきり突き出し、お互いの身体がパンと鳴る中に、ユエの子宮にぶつかりくぐもった音が混じる。
繋がっている部分から体液が滴り落ち、作業小屋の床をびしゃびしゃに濡らしていく。
そして腹の奥を押し込まれる反動か、何時の間にやらユエは壁際まで歩いていて、額を壁に押し付けながら、リットの行為を甘く受け入れている。
「しゅごい、しゅごいのぉ!頭を壁につけると、もっと強く刺激がぁああ!」
「ふうううぅ!ぐうぅうううう!」
パツパツと鳴りながら身体が合わさる快楽に、ユエは堪らない様子で、リットの代わりにか壁に頭をこすり付けている。
リットは口から戦闘中の獣のようなうめき声を上げつつ、求めに応じて激しく腰を突き出して、子宮を亀頭でゴンゴンと叩き続ける。
「しきゅう、ごりごりだめぇ、もうだめぇ、でちゃう、なんかでちゃううっぅう!!だしてだしてだして、こだね、こだねえええぇ!!噛んで、首すじぃ、あとが残るくらいにぃいいいい!」
「こっちも、限界だ!!がぁぶぅ!!」
なぜユエが噛めと言っているのか分かった様子の無いままに、リットは彼女の首筋を後ろから吸血鬼かのように力いっぱい噛み締める。人間同士なら頚動脈を噛み切ってしまうような力強さでも、人間以上の耐久力を誇る魔物娘――その中でもさらに強靭な獣人相手には、薄っすらと血が浮かぶ程度だ。
「いだいぃいいい!!だめぇ、だめ、きちゃうきちゃう、でちゃう、いくうぅうううう゛ぅう゛ぅううう!!」
「うぅうううううう゛う゛!!!」
首筋を噛まれた事が最後の一押しになったのか、ユエは背と脚をピンと伸ばし、二人が合わさった部分からぷしゃっと潮を吹きながら絶頂する。
リットの方は首筋を噛んだまま、ユエの手首を力いっぱい握り締めつつ、ぴったりと合わさった子宮の口へ鈴口を付け、その中へと白濁した液体を二度目だというのに一度目以上に大量に吐き出す。
お互いにビクビクと腰を震わせて、頂点に達した喜びを全身に味わいながら、ユエは下腹の温かさに、リットは締め付ける気持ち良さに、その頂点から降りれないまま余韻を楽しむ。
やがてユエの下腹が軽くぽっこりする程度に精液を吐き出したリットが、首筋から口を離すと彼の唾液が伸びて、首筋に浮かんだ血の玉との架け橋が出来上がり、やがて小屋に入った弱い風で切れてしまう。
ユエはめい一杯力が入っていた背筋から段々と力が抜け、やがてぐったりとした様子で頭が地面へと下がっていく。それに合わせてか、リットの脚から力が抜けて、ゆっくりと床へと座り込もうとしはじめる。
そうしてどちらとも無く同時に、愛液に濡れた床に座り込むと、荒い息を吐き出して、動悸を整え始める。
「はぁはぁ……絶対、んっ、これ、妊娠確定だ」
「はぁ……んッ、魔物娘が、はぁ、んッ、そう簡単に妊娠するもんか」
「責任、はぁ、取って、んはぁ……」
「分かってるし、勿論、ふぅ、取るさ……」
飲み物が無いため、お互いに自分の少量の唾液で喉を潤しながら、言葉を交わす。
やがて呼吸が落ち着き、お互いに自分の今の状態――まだ繋がったままの、背面座位の上体であると確認する。
「まだ、発情期の疼きが止まらない。手伝え」
「ただ単に、オマエが好きモノになったってだけだろ?」
「いいから、腰触れ。気持ちよくしろ。子種出せ」
「そっちが上なんだから……いや判った、満足するまで相手してやろうじゃないか」
そうお互いに言い合いながら、第二回戦が始まった。
だが伴侶を手に入れた発情期の虎がそれで満足出来るはずも無く、場所を住処のベッドに移して、合計八回戦を戦う事になろうとは、今この時の二人には知る由も無い事である。
13/09/07 10:24更新 / 中文字