お前らの物語
外套を頭から被った一人の男が、あまり整備されていない街道を歩いていた。
辺りには人間の世界では見た事もない植物が生い茂り、男に食べて欲しそうな様々な果実が鈴なりに付いていた。
それを見て、やおら男は懐から一冊の本を取り出すとページを捲り、その植物と同じ絵が描かれている場所を開き、その果実が何であるかを確認した後で一つもぐと、しゃくりと齧り付く。
その果実から溢れ出る果汁を飲み下して喉を潤すと、再度街道上を歩き出す。
男が手の果実を食べ終える程の時間が経った頃、遥か先に一つの場所が見えた。
その土地の名前は『ポローヴェ』という。
かつては貧困という代名詞となっていた場所であり、今では一人の魔物によって魔界に沈んだとされる場所。
それを遠くに見ながら、男は再度懐から本を取り出すと、ぱらぱらと捲り、とある人物の描かれているページを開いて立ち止まった。
やがて男の顔が笑みの形になる。
いや、笑みというだけでは少々の御幣がある。
ニタニタとかニヤニヤといった感じの、見るものが見たら嫌悪感を覚えるような、そんな笑顔が男――肥満体形で脂ぎった顔面に浮かんでいた。
「ﾃﾞｭﾌﾌﾌ。待っててね、スピリカちゅわ〜ん。僕が旦那様になってあげるからね〜〜〜」
スリスリと紙の上の絵に頬擦りをかましたこの男は、自分の心の声を気持ち悪い口調で口に出す。
誰もいない街道上なので、聞きとがめる者がいないとて、その仕草は気色悪く映る事この上ない。
しかし何処にも人の目というものはあるもので、それは人がいないはずの街道でも当てはまる訳で。
「おっと、ちょっと待ちなよ。サプリエート・スピリカ嬢を嫁にするのは俺だぜ？」
「ﾃﾞｭﾌ!?だ、誰だ！」
声のした方へ視線を向けると、大きな木の枝の上に盗賊風の身なりの男が座っていた。
彼の手にもまた、肥満男の持っていたと同じ本があった。
木の枝からすたりと街道へと飛び降りてニヤリと笑う盗賊男に、肥満男は怒り心頭な表情で詰め寄っていく。
「だ、誰がスピリカちゅわんを嫁にするだって！！？す、スピリカちゅわんの旦那さんになるのは――」
「それは、この俺様の事どぅあ！！」
街道の脇の茂みから飛び出てきたのは、筋骨隆々の上半身裸の男。
彼もまた手に一冊の本を大事そうに持っている。
「まってーくださーーーーーい！！偉大な精霊術師のスピリカ様に相応しいのは、同じく魔術に造詣が深い僕しかいません」
杖を持った、まだ年若い少年が、睨み合う三者の間に入り込み、出来る限りの力一杯の声を張り上げる。
彼もまた、一冊の本を大事そうに抱えていた。
「まてまてまて！」
「そうだ、何を勝手な事を言っている」
「「「「「サプリエートさんを嫁に出来るのは、この俺だ！！――なんだと貴様らぁ！！！」」」」」
更には肥満男が歩いてきた街道から、勢い良く走りこんできたのは、冒険者のような服装をした一団。
彼らは自分の主張を声高に叫んだ後で、お互いに仲間割れを始めた。
「ちょっとまったー！」「待ちや、コラ！！」「待つのデース！」「勝手な事を言うなや！！」「スピリカ様をちゃん付けとは、死すべき！」「いやむしろ、畏敬と親しみを込めて、サプリエート様と呼ぶべきだろう！」「彼女の夜の寂しさを紛らわせられるのは、絶倫である我輩しかいない！」「サプリエートさんのために鍛え上げた、このフィンガーテクを持ってすれば、肉棒など不要！」「甘いわ。我が魔法薬の前には、全てが霞む！」
その後もぞろぞろと、あちらこちらから男たちが街道のその一点に集まっていく。数はおよそにして五十人ほど。
しかしどの誰も彼もが、手に一冊の本を持っていた。
その本には、デカデカと箔押しで『魔界自然紀行』と書かれていた。
全員の手にそれがあることを確認した肥満体形の男は、厭らしい笑みを浮かべつつ、男たちに話しかける。
「ﾃﾞｭﾌﾌ。つまりは此処にいる皆、スピリカちゅわんの夫になるべく集まった訳ﾃﾞｭﾌ？」
「なんだ、肥満な男よ、お前もか」
「え、なんだお前もかよ。お前は違うよな。ひょろいし？」
「ちょ、待つでゴザル。我輩もそのために来たのでゴザルよ！？」
その後も、お前もか、お前もかと言葉が続き、やがて一通りの全ての男たちの意図を確認した後、急にお互いに黙り込んでしまう。
なにせ此処にいる全員が、目的がサプリエート・スピリカの夫になる事なのだ。誰かが出し抜こうとしないか、確認するためにも、彼らは黙ってしまう。
しかしそんな駆け引きとは無縁な思考回路なのか、上半身裸の筋肉男は急にガハハと余裕の笑い声を上げる。
「おいお前ら、鏡見た事あるのか。そんなナリでスピリカさんを嫁に出来ると思っているのか？」
「な、ナリは関係ないでしょー？」
「いやいや。此処は魔界だぞ。ナヨナヨとした奴や、肥満な奴なんて、別の魔物娘に攫われるのが落ちだと言いたいのだろう」
「そうだ。それに引き換え、見てみろ、この俺様の鍛え上げられた筋肉を！この筋肉の前には、どんな魔物娘であろうと無力！！」
「ほぅ。それはいい事を聞いた。活きの良い雄ならこちらも大歓迎だ」
「そうだな、大歓迎だろうな……え？」
女性の物と思われる声がして、数人の男が声の下方向へと目を向けると、筋肉を自慢するようにポーズを決める筋肉男の直ぐ横に、こちらも負けずに筋骨逞しい女性――身に纏った衣服と刺青から察するに、アマゾネスがいつの間にか立っていた。
するとアマゾネスはやおら手を振り上げると、筋肉男の脇腹へと拳を付きたてた。
「フンス！！」
「ぐほぅ！！――何を行き成り、痛いではないか！」
「ほほぅ。これを耐えるか。それこそ我が夫に相応しい！！フンスゥ！！」
「ゲビョフヴ！！」
二発目はかなり良いところに入ったのか、筋肉男は白目を剥いて倒れてしまう。
それをアマゾネスはホクホク顔で担ぐと、そのまま街道脇の森の中へと歩き去っていく。
あっという間の出来事に呆気に取られていた男たちは、今この状況になって此処が魔界で在ることを自覚した。
「お、おい。お前らこれってやばくないか？」
「あ、ああ。もしこんな調子がポローヴェまで続くなら、お前らはたどり着けないんじゃないか？」
「おいおい。お前らは駄目かもしれないが、俺の健脚舐めるなよ。ポローヴェまでなら、全速力で走っていけるぜ」
「お、おいお前ちょっと待て。一人だけで集団から離れると、フラグが――」
「じゃあな。俺は一人で行かせて貰うぜ！」
そう言い放った健康そうな男は、言葉通りに全速力で街道を走り始める。
しかし走り始めて直ぐ、男たちの集団から目に見える場所で、真横の茂みから飛び出てきたマンティスのタックルを食らい、そのまま反対の茂みへと連れ去られてしまった。
やがて遠くの方から、先ほどの男の声と女の喘ぐ声が小さく聞こえてきた。
思わず男の集団全員が、合唱して男の冥福を祈る。
「さて、彼は必要な犠牲だったと判断して、これから如何するよお前ら」
「おいおい。ここまで来て引き返すなんてのは無しだぜ。俺はサプリエートさんに会うまでは返れないからな」
「そうだな。第一、引き換えしたら引き換えしたで、それはまた違うフラグが――」
フラグと言いかけた男が、その場から一瞬にして消えた。
一体何が起きたのかと見渡す男たちに、上空から影が差す。
見上げると、先ほど言いかけていた男がブラックハーピーの足に捕らえられ、遠くの空へと飛び去っていくのが見えた。
「お、おい。これってもしかして、何かまずい事を喋ったら消えるシステムか？」
「そ、そうだな。死亡フラグっぽい何かを立てると、消える様な感じだな」
「じゃあお前ら、これから喋らない方が良いんじゃないか？」
「…………」
一番最初に黙り込んだ中肉中背の男が、近くで木に擬態していたドリアードに、無言のまま取り込まれてしまった。
しばらくすると、風も無いのにドリアードの木がゆさゆさと揺れ始め、くぐもった喘ぎ声が其処から出始めた。
「お、おいお前ら。黙っていても駄目じゃないか」
「お前、俺らの所為にするなよ。だから頭の弱そうな奴は」
「何だとコラ！いい度胸だ、其処でいっちょ揉んでやる！」
「なめんなよコラ！こちとら地元じゃ敵無しだったんだぞ！」
そう言いつつ列を離れた二人は、運悪く近くに飛んできたハニービーの群れに仲良く捕まり、そのまま巣があるであろう方向へと連れ去られてしまった。
その運ぶ途中で、ちらりとその群れの数人が男たちの集団を見て、思わずといった感じで舌なめずりをしたのを、男たちの数人が見ていた。
「お、おい。これやばいんじゃないか？」
「そ、そうだな。だが下手な事を喋らず、集団で居ればなぜか攫われないみたいだから、此処はとりあえず全員でまとまって移動ってことで。お前らそれで良いよな？」
「異議なし」
「問題は無いな。ポローヴェに付くまでの同盟という事で」
そうしてそろそろと回りに居るであろう魔物娘を刺激しないように、男たちは移動を開始した。
しかし団体行動を練習したわけでもない、寄せ集めの男たちでは、まともにまとまって移動できる訳も無く、集団からはじき出される様にして出てしまう男が何人も出てきてしまう。
するとそんな男を狙って、茂みから様々な魔物娘が飛び出てくる。
「精力旺盛そうな男ゲットー！」
「ぐあー！！」
精力自慢の男に脇から伸びてきた蔓が巻き付くやいなや、木の陰にいたアルラウネの花弁の中へと引っ張られ、仕舞い込まれてしまう。
「あはは〜。おじちゃんこっちへ来なよ〜♪」
「あはは〜。待て待て〜〜」
紳士そうな男が、漂っていたケセランパサランの粉を吸い込み、幸せそうな笑顔でケセランパサランを追って行く。
「うおおおー！待て！犯させろ！！」
「ひぁあああああーー！！！」
喉の渇きを潤そうと、実を取ろうとした痩せぎすな男は、影で集団をこっそり見ていたコカトリスを見つけてしまう。彼女のフェロモンに当てられた男は、雄たけびを上げて逃げ回る彼女を犯そうと追いかける。
「くそう。緊張しながら歩くと、かなり喉が渇くな……」
「はい。お水だよ」
「ああ、有難う。ゴクゴク。ぷはー生き返った――ｱﾊﾞﾊﾞﾊﾞﾊﾞ」
いつの間にか集団の中に入り込んでいたゴブリンに、痺れ薬入りの水を飲まされて、何の特徴も無い男が地面へとひっくり返る。
むろんゴブリンはすぐさま、その痺れている男の肉棒へと跨って腰を降り始める。
「な、何なんだ一体。俺は俺は、ただサプリエート様に会いたいだけなのに！！」
「うふふ。だれか私の事を呼んだかしら？」
「え、サプリエート様。サプリエート様だ！！！」
「もう、如何したのかしら。こんなに甘えちゃって。そんなに私に会いたかったの？」
極限状態で出会ったためか、出てきたサプリエート・スピリカに迷い無く飛び込んだ剣士風の男。それを笑顔で受け入れるサプリエート。
だが周りで見ていた男たちは違和感を覚えた。彼女へ抱く印象が、自分の持っていたものとかけ離れているためだ。
そしてその違和感を元に、男たちは察する。このサプリエートはドッペルゲンガーであると。
しかし幸せそうな笑顔である剣士風の男に残酷な現実を告げる事無く、お幸せにと男たちの集団はポローヴェへと突き進む。
段々と集団の大きさが小さくなっていく中、また一人の男が集団から外れようとしていた。
「ﾃﾞｭﾌ、ﾃﾞｭﾌ……」
「お、おいお前、大丈夫か？」
「ﾃﾞｭﾌﾃﾞｭﾌ。体力の限界ﾃﾞｭﾌ」
それは肥満体形の男だった。
彼は持ち前の体の重さから、もう集団の中に居られる程の体力は残っていなかった。
しかし肥満男は顔面蒼白ながらも、なぜか笑みを浮かべていた。
「ﾃﾞｭﾌﾃﾞｭﾌ……ぼ、僕の代わり、皆は、スピリカちゅわんに、会って、夫になってくれ」
「お、おい。もう直ぐだ。もう直ぐそこがポローヴェだぞ。諦めるな！」
「いいんﾃﾞｭﾌ。ぼ、僕は、此処で、魔物娘の多くを引き付けるﾃﾞｭﾌ。だから皆は、早くポローヴェに。ﾃﾞｭﾌﾃﾞｭﾌ」
「……ああそうかよ。お前の犠牲は無駄にしねーよ。じゃあなデブのお前。楽しかったぜ」
「ﾃﾞｭﾌﾃﾞｭﾌ。僕はデブじゃなくてぽっちゃりﾃﾞｭﾌ」
とうとう完全に集団から外れた肥満男は、其処で足を止めると振り返り、そして一瞬で全裸になると叫ぶ。
「ﾃﾞｭﾌ！僕のお嫁さんに成りたい人、全員妻にしてやるﾃﾞｭﾌ！だから、この指とーまれ！！」
「「「「「はーーーーい！！！」」」」
よくもそんなに近くの茂みに居たと言うほどに、十数人の様々な種族の魔物娘が肥満男の差し出した指を掴もうと駆け寄っていく。
一人の男に多数のほぼ全裸の魔物娘が群がる様子を、集団に残る男たちはぞっとしながらも、これでポローヴェにたどり着く算段がたったと安心した。
「ははっ。しかし魔物娘ってのは、本当に容姿とかは気にしないんだな。あいつでさえ、あんなに嫁に成りたいっていうのが多いんだから」
「そうだな。人間の世界じゃあ、あいつは相手にされないだろうな。脂ぎっているし、デブだし禿げだし、体臭きつそうだしな」
「そんな他人を貶める様なことを言う子は、調教が必要ね」
意見に賛同して、少々きつい物言いをしていた傭兵風の男の首に鞭が巻きつくと、無理矢理集団の輪から引きずり出した。
「あんなにいい男に向かって暴言吐くなんて、本当に悪い子ねあなた。これは調教しがいがありそうだわ」
「い、嫌だ！よりにもよってダークエルフだなんて！！」
「あら、種族的偏見を持っているなんて、ますますの逸材ね。徹底的に心の底から調教しないと。ああ、想像するだけで楽しそうだわ」
「た、助けてくれー！！」
ダークエルフに捕らえられた男は哀れな事に、茂みの向こうに連れて行かれると『ヒギィ！』と、名状しがたい悲鳴を上げて消えていった。
「もう直ぐだ。ポローヴェの柵が見えてきたぞ！」
魔界に沈んだために防備に金を掛けずとも良いとはいえ、過去に貧困の代名詞であっただけあり、国を守るのは壁ではなく、杭に木の板を貼り付けただけの柵の囲い。
在りし日のポローヴェの貧困振りが目に見えるようである。
「よっしゃあ、俺が一番乗りだー！」
「お前、ちょっと待て。集団から離れると！！」
その忠告が彼の耳に届く前に、ポローヴェの門の前にいた何かを、集団から離れた町人風の男が踏みつけた。
それは硬くもあり柔らかくもある何かで。知らずにベッドのマットを踏んだような感触。
恐る恐る下を見た男の視線の先、紫色の水溜りのようなものがあった。
「あぁ〜〜ん。コアを直接足で愛撫してくるなんて、この変態さん♪でもそう言うの大歓迎だわ！！」
「今のは事故でーーー！！！」
形を変えて男を捕まえたダークスライムは、そのまま男の衣服を溶かした後、すぐさま男根を咥え込んで腰を上下に降り始めた。
それを横目に、生き残っている男集団がポローヴェの中へと走り込む。
ポローヴェの町中にたどり着いたのは、十人。
集まったときの五十人ほどから考えると、かなり少ない数になっていた。
「よし。街中の魔物娘は、本によれば大体が旦那持ちだ。もう集団じゃなくても大丈夫だろう」
「ならお前らとの共闘は此処で終わりだな。じゃあなお前ら。スピリカ様と夫婦になっても恨むなよ！」
「お前らも、サプリエートさんと俺が結婚しても、妬むなよ！」
そう口々に言い合いながら、男たちは一人一人別行動で町の中を掛けていく。
とある大きな一軒の家がサプリエート・スピリカの自宅であると予想を立てた戦士風の男は、勢い良く扉を開けた。
「こんちわー。スピリカ様のご自宅は此処ですか？」
「違うわよ。サプリエートちゃんの家は、この町の高台にある一軒屋よ」
「そうか。それは邪魔をしたな申し訳ない」
彼を出迎えてくれたのは、ラミアだった。
その直ぐそばに夫らしき男性も見えるため、夫持ちだと安心した戦士風の男は、礼を言って立ち去ろうとする。
「ちょっと待って。あなたいい体してるじゃない。ちょっと娘に会ってみない？」
「いえ、先を急ぐので」
「まあまあ、娘が気に入れば、お前も家の一員になるんだ。今のうちから知り合っておいて損は無いだろう？」
「いえ、ですから……」
家の奥の扉が開くと、其処には年若い――いっそ幼女と言えるような小さなラミアが、不思議そうな顔で戦士風の男を見上げたいた。
最初は恐る恐る彼を見ていた幼いラミアだったが、ぽっと頬を赤く染めると、恥ずかしそうに父親の背中へと隠れてしまう。
「ははっ。どうやら気に入ったようだね。という事で」
「はい。あなたは私の娘のお婿さんに決定よ♪」
「そ、そんな……」
「なにか、私の娘に不満でも？」
「い、いえいえ。これから、よろしく、お願いします」
「うむ。判ればよろしい」
泣く泣く戦士風の男は、サプリエート・スピリカの事を諦め、まだ幼いラミアの婚約者になることを了承した。
その後、町へ散り散りになった男たちの末路は、大体先ほどの男と同じで。尋ねた家の娘を宛がわれたり、町を徘徊していた一人身の魔物に捕まったりと、誰一人としてサプリエート・スピリカの住む、高台にある一軒家へとたどり着くものは居なかった。
「うむ。今回も無事、サプリエートに夫は出来なかったようじゃな」
そんな彼らの様子を望遠鏡で覗いている影があった。
小さな背丈、薄い胸に、可愛らしい小尻。ぴこぴこと動くヤギのような耳と、ふわふわだが小さい尻尾を揺らして、満足そうに呟くのは。魔法使い最高峰の存在であるバフォメット。
「しかしバフォ様も悪ですよね。スピリカ様の本が売れるからといって、男たちを寄せ付けないようにするだなんて」
「心外じゃな。サプリエートの本を刷って、さらには愛神の加護をおまけに付けて、彼女目当ての男をポローヴェまで出来るだけ魔物娘に襲われないようにしてやっておるんじゃよ。十分サプリエートに旦那を宛がってやろうとしておるじゃろうに。集まったあいつらでは、サプリエートまでには届かなかったというだけじゃよ」
「でも実際、スピリカ様に旦那が出来なくてご満悦じゃありません？」
「そりゃぁ、我のお兄ちゃんが出来る前に、サプリエートに旦那が出来たら、面白くないのは当然じゃろ？」
「底意地悪いですね、バフォ様」
くつくつと人が悪そうに笑うバフォメットに、呆れたように側に居た魔女は溜息交じりに呟く。
「ほうほう。言うではないか。なら、お前が確保した、その魔術師の小僧をサプリエートに送ってやれ。喜ぶぞ？」
「嫌ですよ。この子は、私のお兄ちゃんにするんですから」
「むぐぅ〜〜！」
口には猿轡、体は縄でぐるぐる巻きにされているのは、サプリエートに求婚に来た魔術師の少年だった。
「お前も良い性格しとるよな」
「バフォ様ほどじゃありませんよ。さて、では私はお兄ちゃんと、これからしっぽりと……」
「行け行け。この裏切りもん」
「バフォ様も早くお兄ちゃんを手に入れてはどうです？」
このぅと魔力をぶつける素振りを見せて、魔女を退散させる。
そしてふぅっと溜息を吐き出すと、魔物娘に捕まった男たちがちゃんと妻と愛し合っているかをざっと確認した後で、もう一度溜息を吐いた。
「はぁ……一人身同士、サプリエートと今後に出す本の打ち合わせでもするかのぅ」
足元に転移陣を魔力で描くと、バフォメットはその場から立ち消えた。
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男たちが頑張っていたその頃、一方のサプリエート・スピリカはというと。
「あん♪ いい、いいわぁ♪ 貴方のおちんちんが、奥をぐりぐりぃってぇ♪」
魔力の触手をまだ見ぬ未来の夫に照らして、自分の体の奥底を抉っていた。
しかし口では淫語を話し、股からはどろどろと愛液をたらしながらも、机上の原稿の上でペンを握った手は休む事無く、次の出版物のための文字を書いていく。
「駄目なの。だめなのぉ……奥ぐりぐりしながら、クリトリス弄ったらいっちゃうのぉ♪」
細い触手がサプリエート・スピリカのクリトリスの甘皮を剥き、露になった勃起クリトリスを無遠慮に弄り回す。
触手が撫でる度に、体の各部分がビクリと反応する中でも、手は文字を書き続ける。いや、一層早く文字が原稿に刻まれていく。
「ああんぅ……そんなぁ、焦らさないで。もうちょっとでいけるのにぃ……」
眉を悩ましげに歪ませながら、腰をくねらせて触手の当たる場所を調整しつつ、わざと自分で快楽のツボを外す。
そうやって快感を極限まで高めていく。
高まれば高まるほどに、ペンを握る手の動きは早さをましていき、書かれる内容もより具体的かつ情緒的に成っていく。
しかしそんな風に焦らして高めても、やがては限界が来る。
触手で弄っているといっても、それもあくまで自分の意思で操っているだけで、自慰行為と大差は無い。
そのため予定調和的な気分を拭えないままで、サプリエート・スピリカは手をペンから離すと、自分のクリトリスを直接自分の手で抓り上げる。
「きたきた、いくいくいくぅううぅうううう！！！！」
ビクビクと体が絶頂で跳ね回る中、更に高いところへと行こうと触手を自分の中で高速移動させる。
しかし波が引いていく。高めれば高めたほどに、絶頂した快楽感が勢いそのままで引いていく。
どうにか長く留めようとするものの、その努力は徒労に終わってしまう。
「はふぅ……」
全身を倦怠感に浸らせながら、サプリエート・スピリカの心は喘ぐ。
取材のために見た男女の交わりにおいて、魔物娘はこの程度の快楽では終わらなかった事を思い出し、心の奥底に渇きを感じる。
「ああ。早く旦那様が欲しい……」
それは渇望。
自分に知識があるから、それがどんなに良いものかを判っているから、それがあればどんなに気持ちよくなれるかを実感として知らないから、一層欲しくてたまらなくなる。
「お前たちも、欲しいわよね？」
彼女の周りに浮かぶ、彼女の契約精霊たちも、まだ見ぬ障害の伴侶を思い浮かべつつ、サプリエート・スピリカの触手に身を任せている。
「なんで、高望みしているわけでもないし、こんなに本を出して頑張っているのに、旦那様は現れないのかしら……」
そう呟きながら、再度快楽を得るために、そして原稿作業を続けるために、サプリエート・スピリカは自分の秘所を弄り始める。
今度はどれほどの高さまで焦らす事が出来るかを試そうと、そうやって原稿を進めようと心に決めながら。
12/09/15 19:31更新 / 中文字