小さなサンタ(角付き)がやってきた(現代)
『じんぐるべ〜る、じんぐるべ〜る……』
テレビのCMからまたそんな音楽が聞こえた。
炬燵に足を突っ込んでカップ麺を啜りつつ、コンビニで買った唐揚げを箸で摘みながら、俺は何とはなしにカレンダーの日付を見てしまう。
今日は十二月二十四日。クリスマス――正確に言えば、クリスマス・イブ。
もっと正確に言うなら、キリストを信じる人が祈りを捧げる日であり、巷のリア充どもが『キャッキャ・ウフフ』『ギシギシ・アンアン』する日だ。
今日この日のために街のいたる場所にイルミネーションという名のLED電球が張り巡らされ、今日明日と二日にわたって幻想的な光景を生み出して恋人を迎え入れようとビカビカ光り輝いているし、各種飲食店は今日明日限定のメニューを売り出し、恋人と家族相手に金儲けに勤しんでいる。
だがそれは俺には関係の無い話。
俺はキリスト教の信徒では無いし、俺の家族は故郷に居るし、付き合っている恋人――それ以前に好きだと思える人も居ない一人身なのだ。
ちなみに俺と同じく恋人も居らず家族も遠くに居る友人連中は、今日から二日間に渡って行われる『クリスマスは中止になりました。だから皆で鍋を囲もう』という、もてない男同士でキムチ鍋を囲むというわけの判らないイベントに参加するらしいが、何故虚しくなりにわざわざ金を払ってまで参加するのか理解に苦しむ。
つまり俺にとって、今日明日はただの普通の日。
食べなれたカップ麺とコンビニの惣菜を食べながら、ぼーっとテレビなど見つつ一日を過ごすだけの、ごく普通の日。
『ピーン、ポーン』
そんな益体も無い事をつらつらと考えていると、唐突に間が抜けた音が出る我が家のチャイムが鳴った。
はて?友人連中は予定があったし、ヤマゾンの通販で注文したので配送途中のものは無いし、食事をしているのだから出前を頼んでいるわけはないし……
「はーい、どちらさん?」
がちゃりとドアノブを回して扉を押し開いて、誰がチャイムを鳴らしたのかを確認しようとするが、俺の視界の中には人影は無い。左右を見ても人影は無く、なんだ悪戯かと結論付けて扉を閉めようとした時、視界の下の隅に角がにょっきり生えている事に気が付いた。
俺に角の生えた知り合いは居るには居るが、全員今日明日と忙しいはずだがと視線を下げると、そこには見知らぬ小さい女性。
ショートカットの頭から筍の様に生えた角と、可愛らしい顔の横から生えているのは人間のものとは違う耳に、チャイムを押そうと伸びた手は毛皮に覆われた肉球付きの指が付いているし、そしてブーツっぽいモフモフの足。それらから察するに、この女性はバフォメットという珍しい種族の人だろう。
しかしその格好はバフォメット種族が好んで着る『紐ビキニアーマー&マント』ではなく、『普通の紐ビキニ&ファー付きマント』という一風変わったか服装をしていた。
しかもその着ている衣服が赤一色なのは何か意味があるのだろうか。
あれか、某カエル軍曹のように『赤いから三倍』という理論か?という事はこのバフォメットは他のバフォメットより何かが三倍という事か?
そんな事を考えていた俺の反応が鈍い事を察したのか、俺の目の前に居るバフォメットは俺の目を確りと見ると急にポーズを取り始めた。
右手は顔の横で横ピースを決めつつ、左手は俺にマントの裏地を見せようというかのように裾を掴んで拡げ、両足は可愛らしく内股に、腰はくびれを意識させるように軽く横に曲げる。
「聖なる夜に舞い降りた可憐な一輪の花。マジ狩るバフォメット、レフォールちゃんにゃりよ♪」
そして最後にウインクをしながら俺にそう言ってきた。
そのバフォメットの姿は、日曜日の八時位にヒーロータイムの裏番組らへんでやってそうな、変身少女モノを意識して居るように見える。
いやもしかしてこれが彼女の素なのだろうか。つまりは赤くて三倍なのは、頭のイカレ具合なのだろうか。
考える事も突っ込みどころも沢山あるのだが、とりあえず初対面でこういう突飛な行動に出る女性に対し、俺が言いたい事はただ一つ。
「……チェンジで」
とりあえず頭に何かが湧いていそうな手合いと係わり合いになるとろくな事に成らないので、俺は気に入らない女性に対しての最大限譲歩した言い方を模索した結果、そうバフォメットに告げて扉を閉めた。
視界から赤いバフォメットが消えたことで通常思考を取り戻した俺は、『きっと罰ゲームか何かなのだろうな、最近の○学生は危ない遊びをしているな。俺がもしロリコンだったらどうするのやら』と勝手に結論付けて炬燵に入り、テレビをザッピングして面白い番組が無いか探すことを始める。
『ぴーん、ぽーん』
しかしその行動はチャイムによって遮られる。
まあ薄々誰がチャイムを鳴らしているかは判っているので、出る必要も無いのだが、出なければ出ないで何されるか判らないし、と言い訳を心の中でしてから扉を開けた。
「はーい、どちらさま?」
やっぱり扉を開けて目に飛び込んできたのは、赤い紐ビキニを身に着けたバフォメットだった。
そのバフォメットは俺の顔を見るや否や、またあの変身し終わった少女が取る様なポーズをし始めた。
「聖夜に舞い降りる可憐な花。マジ狩る――」
「チェンジで」
俺はバフォメットに最後まで言わさずに、一方的に俺が告げて扉を閉めると、今度は炬燵へは向かわずにその場で少々待ってみた。
すると少しの間の後で、またチャイムが鳴った。
「はーい、どちら」
「マジ狩る――」
「いや、それはもういいから。それで、何か俺に用があるのか?無いなら帰ってくれ。割と真剣に」
俺のウンザリとした表情を察したのか、バフォメットは急に恥かしそうにマントの裾を両手で閉じ、俺の視界から彼女が来ている赤ビキニをマントで隠した。
そして何も言わずモジモジとし始めた。
なんだ小便でもしたいのか?それとも何だ、俺の顔が怖くて萎縮でもしていると言いたいのか?
そんな事を不機嫌顔も隠さずに考えていた俺の目の前で、バフォメットは寒そうに身震いした。
「えーっと、用件を言う前に、上がっても宜しいですか?流石に真冬でこの格好は寒いので……」
てっきりバフォメット特有の『〜じゃ』というロリババァ口調かと思っていたので、普通の言葉で話すものだから逆にビックリした。
そしてバフォメットの口から出てきたその提案に、俺は二度ビックリ。
「上がれって言いたいとこだが、見知らぬ魔物を家に上げるなって、ばっちゃに言われているんだけど?」
本当に祖母さんに言われている訳ではないが、見知らぬ魔物を家に上げるなって教えられているのは本当の事。ちなみにこれの頭に『自分の貞操が可愛ければ』という冠詞が付け加えられて教えられる人も多いらしい。
「そんな初対面だなんて、何時も私の事手伝ってくれたじゃないですか」
「俺にバフォメットの知り合いは居ないはずだが?」
俺のその一言になにやらを思い出したのか、バフォメットはマントの裏側をゴソゴソと探り始めた。
何を出すのかは知らないが、どうせなら早くして欲しい。冬の寒い夜に薄着で玄関に立っているだけでも、骨の芯まで寒さが染み渡るからな。
「じゃじゃーん。これを見たら私の事を思い出すでしょう」
どこぞのタヌキ型ロボットの真似をしながらバフォメットが取り出したのは、何の変哲も無い黒縁眼鏡。
それで思い出せと言われても。っと俺が考えていると、バフォメットはその眼鏡を自分の顔に掛けるが、それは明らかにサイズが合っておらず、バフォメット自身が手で押さえないと顔からずり落ちそうに成っている。
なにがしたいのかと俺は訝しんでいたのだが、俺の脳裏のどこかにそのバフォメットの眼鏡姿が引っかかった。
本当にこのバフォメットが言っていた通りに、俺は以前このバフォメットに会った事があったのかと、彼女の顔をまじまじと見ながら記憶の扉を開いていく。
彼女の発言から察するに、俺は彼女の仕事とやらを手伝った事がかなりの頻度あるらしいため、それに関連する記憶でなおかつ眼鏡の女性というカテゴリーを掘り返していく。
あれでもないこれでもないと記憶の戸棚をひっくり返していくと、ある一人の女性の存在に思い至った。
記憶の中にあるその女性顔立ちと、いま目の前にいるバフォメットの姿を見比べて、どこかなんとなくといった所に面影がある。
「黒瀬かお前?」
しかし断言できない俺は疑問口調でそうバフォメットに尋ねると、俺が名前と存在を思い出したと察したバフォメットは嬉しそうな笑顔になった。
「やっと思い出してくれました!」
「いやだってよ、俺が知っているのは人間の黒瀬だぞ。つーか何時、バフォメットになったお前?」
「それは長い話になるんですけど……」
そこで唐突に言葉を途切らせると、マントの前を絞めて大きく身震いする。
どうしたのかと思えば、こいつはおずおずと提案するような口調で言葉を放った
「本当に寒いから上がって良い?」
そう告げられて、俺はそこでバフォメットになった黒瀬の唇が真っ青になっている事に気が付いた。
知らぬ仲ではないので黒瀬の事を家に上げてやり、余りにも寒そうなので炬燵の中に押し込むと、俺は黒瀬の口からいままで起きた彼女の身の上話を牛乳を温めつつ聞いてやることにした。
それによるとだ、何時もの通りに大学の図書室で書庫整理のアルバイト――俺が手伝っていた仕事って言うのはこれの事――に精を出していた黒瀬は、たまたま大学に用事があって来ていた他校のバフォメットに素質を見初められ、つい先日晴れてバフォメットに転生したという事だ。
「しかし良くバフォメットになんぞ成ろうと思ったな」
俺は黒瀬の対面の場所から炬燵に足を潜り込ませつつ、暖めた牛乳が入った陶器のコップを置く。
黒瀬はそのコップを肉球付きの両手で包み込むように持ち、その暖かさで凍えた体を癒しつつも、彼女が体験した図書室での出来事を思い出しているのか、困ったような笑顔を浮かべていた。
「余りの剣幕に、断り辛くって」
そして恥じるようにコップの中のホットミルクに口を付ける。
そんな黒瀬の様子を見た俺は、またこいつの悪い癖が出たのかと、心の中だけで溜息を吐いた。
この黒瀬という女性は、人に何かを熱心に頼まれると嫌とはいえない性格で、それでこいつはかなり人生を損している。
俺と黒瀬が出合った時も、そのたのまれ事をこいつがしているときだった。
本の整理作業を押し付けられたこいつは、台に上って本棚の一番上の棚に返却された本を入れようとしている時に足を台から滑らせ、近くで資料に必要な本を物色していた俺に振ってきたのだ。
黒瀬に押しつぶされて死に掛けた俺は、立ち上がって一通り黒瀬に苦情を言ったのだが、黒瀬が泣き出しそうに成っているのを知ると、面倒ごとから逃げようとさっさと黒瀬が入れようとしていた場所に本を入れて立ち去った。
しかしその後俺が図書室に来ると、黒瀬はお礼だと言って俺の調べ物の手伝いをしてくれる事になり、タダで手伝われると居心地が悪い俺は、お返しにと本の整理を手伝って遣ったりした。
それからは俺はなんとは無しに図書室に用がある時は、しょうが無しに黒瀬の整理作業を手伝ってきたのだが。
まさかそんな黒瀬にバフォメットに成れるほどの素質があるとは……
「この海のリハクの目を持ってしても見抜けなんだ」
「??行き成りどうしたの??」
キョトンとしている黒瀬に、手を振って何でも無いという意思表示を返しながら、こっそりとバフォメットに変わってしまった知り合いの姿を見てしまう。
殆どの部分は典型的なバフォメット同様に、ヨウジョ体型に布面積の少ない服を巻きつけ、獣の手足を持っているし、頭の上には二本の角が伸びている。
しかしバフォメットに見えない部分もあり、髪型はショートで不気味な動物の頭骨を模した髪留めは無いし、顔付きもバフォメットの特徴とも言える何処か企んでいそうな表情ではなく、ホルスタウロスやワーシープの様な平和ボケしてそうな柔和なもの。
口調は先ほどの通りに、バフォメットが良く使う「〜じゃ」みたいなロリババァ口調ではなく、いままで黒瀬が俺に接して来た通りに敬語交じりの女口調だ。
本当にバフォメットかと疑った俺は、思わず幸せそうに暖かいミルクを飲んでいる黒瀬の頬に手を伸ばし、嫌がらせも含めて軽く摘んでやる。
「はにふるんでふか?」
「いや、引っ張ったら人間のお前がバリッと出てこないかと思って」
ぐにぐにと頬を軽く引っ張ってやると、『やめへくらはい〜』と間の抜けた言葉が黒瀬から出てくる。
ふむ、どうやら本当にこいつは黒瀬で、人間を止めてバフォメットに成ってしまったのかと、なぜか感慨深くなってしまう。
「そんでどうした。態々身の上話をしに俺の家に来たわけか?というか俺の家の場所なんか教えた覚えは無いぞ!?」
ぱっと手を黒瀬の頬から外した俺は、憮然とした態度を意図的に作った。
こういう態度を取ると、人の良い黒瀬は何でも正直に答えてしまうのだ。
現に今も俺の方に目を向けた黒瀬は、口元をコップで隠しながらも、その視線は俺の無言の圧力に負けて左右に泳いでいる。
「えーっと、家は私をバフォメットにして下さったバフォメット様が教えてくれました。この衣装もそのバフォメット様が見繕ってくださったもので……」
「それで俺に何の用だ?さては、一人身で空いている俺を襲いにでも来たのか」
俺が冗談でそう黒瀬の言葉尻を継ぐと、黒瀬は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
それは俺の冗談が性的な事だという事と黒瀬の性格とを差し引いても、余りにも黒瀬の顔は真っ赤に過ぎる。
……おいおいマジで俺を襲いに来たのかよ。
「……さて、じゃあ駅まで送って――」
俺はそう呟いて炬燵と黒瀬の魔手から抜け出ようとすると、黒瀬は肉球の手でもって俺の袖を掴んで俺が炬燵から脱出しようとするのを押し留める。その時ついでに潤ませた瞳での上目遣いも忘れないのは、黒瀬が魔物娘に変わってしまった証拠だと思うと、なぜか俺は物悲しい。
「私じゃ駄目ですか?」
そして黒瀬は俺の理性を崩そうという様に、そう小首を傾げて狙い済ましたかのようにそう呟いてきた。
ロリコンならそのままベッドイン確定のその仕草と言葉だが、普通趣味の人間である俺には効き目がイマイチな様で、庇護欲は書き立てられるものの性欲が起きる気配は全く無い。
「残念ながら、俺はロリコンじゃないんでね」
「そうですか……余りこの手は使いたくなかったのですが」
そう独り言のように呟いた黒瀬は、ギッと俺の方を睨みつけてきた。
初めて見た黒瀬の目付きだったが、バフォメットという存在なのにやっぱり何処か怖さが足りない――むしろ可愛らしく見えてきて、こう抱きしめたくなるような……
「はっ!もしや人をロリコンにさせる魔眼か!?」
俺は咄嗟に目を逸らし、隠秘学科の友人に教えてもらった抵抗法である、般若心経を心の中で唱えてその魔眼の力に対抗する。
すると段々と俺の心は落ち着きを取り戻し、やがて心の中に巣食っていた何者かが何処かへと立ち去るのを感じた。
「あうぅ……抵抗に成功されちゃいました……」
残念そうに呟く黒瀬に、俺は脅威が去った事を知りホッと安堵の溜息を吐く。
ありがとう隠秘学科の友人。今度ジュースを奢ってやろう。
「さてこれで諦めが付いただろう。駅まで送ってやるから家に帰れ」
もう手は無いだろうと高を括った俺は、胸を張ってそう黒瀬に言ってやった。
しかし黒瀬は俺の提案を聞いた途端、炬燵布団を両手で掴むと、俺の視線から逃れるように横を向いてしまう。
「……いやです」
そして黒瀬にしては珍しい事に、明確な拒否の言葉がその口から飛び出してきた。
余りの珍しさに、一瞬なにが起きたのか俺の脳が判断を放棄して停止したのだが、程なくして再起動に成功する。
「だからさ、諦めて……」
「いやです。絶対に、今日此処に泊まります」
今度はもっとハッキリとした物言いで、黒瀬は自分の意思を明確に俺に伝えてきた。
始めてみる黒瀬の様子に、俺はどうしたら良いのか混乱してしまって、何を言ったら良いのかも判らなくなってきてしまう。
その後俺は思いついた事を言って説得してみようとするものの、なぜか黒瀬はその度に意固地になって、絶対に俺の家に泊まると言い張ってしまう。
最終的には俺のほうが折れて、まぁ俺が手を出さなければ良い事だと無理やり納得する材料を見つけて、黒瀬を家に止める事になった。
「それでどうしてこうなった?」
今の俺と黒瀬の状態を言い表すとしたら、『同衾』という言葉がしっくり来る。
実際に俺の一つしかない布団の中で、俺と黒瀬は隣り合って寝ているのだから、むしろ同衾以外に言い表せる言葉の方が思い浮かばない。
しかも代えの衣服など持ってきていなかった黒瀬は、全裸の上に寝巻き代わりに着た俺のTシャツ一枚という、男性の憧れを体現したような格好。
確実にわざとやっているとしか思えないような、黒瀬には似つかわしくないような大胆な行為だった。
「どうしてって……好きな人と、クリスマス・イブ過ごしたって思うのが悪い事ですか?」
俺が横たわって茫然自失な様子をどう捉えたのか、黒瀬は布団の中で顔を俺の方に向けて、俺に聞こえるか聞こえないか位の小さな声で呟く。
その黒瀬の言葉は俺の混乱に拍車を掛けてくれた。
「好きな人って……はぃ?どういうこと??」
「むうーー!もしかして意地悪でそう言っているんですか!!もうこの際だからハッキリ言います。私はアナタの事が大好きです!愛してますぅ!!そうじゃなきゃ、同じ布団になんか寝ません!!」
耳元での大声による突然の愛の告白に、俺は一体どうしたら良いのか判らずに固まってしまう。
そんな俺に向きあいながら、黒瀬は寝ながらも肩を怒らせつつ再度口を開く。
「それで、私の告白に対する返事は?」
「あー、えー、うーーんと、ちょっと待て混乱している……」
言葉で黒瀬を押し留めながら、片手を額に当て視線を天上の板に向けながら、考える事に没頭する。
まず確認するのは自分の心の中での黒瀬が占める場所の把握。もし好きでもないのに、相手が告白してきたからと乗っかってしまっては、好きだと言ってくれた相手に対して申し訳ない。
しかしその点において、俺の回答は『好意を持っている』という曖昧なもの。好きかと聞かれれば好きだが、恋人になりたいのかといわれれば微妙な程度。
しかもそれは魔物になる前の黒瀬であり、魔物になりなにがしかの変化を得た黒瀬を俺はまだ良く知らない。
それらを総合して考えると、良く判らないという事になった。
だから俺は最低限の礼儀として、それを包み隠さず黒瀬に伝えた。
そんな俺の結論を聞いた黒瀬は、何処か呆れたような納得したような微妙な表情を浮かべた。
「本当に律儀というか、生真面目というか、へたれというか……」
「悪かったな。第一、俺はロリコン趣味じゃないからな、据え膳でも襲おうとは思え無い」
溜息交じりの黒瀬の言葉に対抗しようという見っとも無いプライドに突き動かされて、俺はそう減らず口を声に出してしまう。
その言葉を受けた黒瀬は暫し目を瞬かせた後、にやりと得物を目の前にした魔物特有の――もっと言ってしまえばバフォメットらしい狡猾さと淫靡さを含んだ笑みを浮かべた。
「それって私の体が幼女じゃなかったら食べるって事?もしかして、私に襲ってロリコンにして欲しいって事かなぁ?」
「な!何処をどう曲解したらそうなる!」
身の危険を感じた俺は布団から脱出しようとするが、黒瀬が俺の上に覆いかぶさり俺の肩を両手で押さえる方が一足早かった。
だが体格差は俺のほうが有利。跳ね飛ばしてやる!と意気込んでみるものの、俺はピンで留められた虫の様にその場から動けない。
ウワ、ヨウジョツヨイ!!
「ふふっ、逃さない。そもそも愛しい人の匂いがたっぷりと染み込んだ布団に包まれた魔物娘が、どうなってどうするかなんて子供でも知っていますよね〜♪」
「は、図ったな、○ャー!!」
まさかこんな所にまで赤くて三倍の御仁のネタが食い込んでくるなんて!?
「では、いただきまーす♪」
「や、やめ、むぐぐぅう!!?」
この日俺は角が二本付いたちっちゃなロリサンタに、童貞と女性に対する趣味を奪われた。
しかし代わりにそのサンタは、俺にロリコンの称号と可愛い彼女をプレゼントしてくれた。
テレビのCMからまたそんな音楽が聞こえた。
炬燵に足を突っ込んでカップ麺を啜りつつ、コンビニで買った唐揚げを箸で摘みながら、俺は何とはなしにカレンダーの日付を見てしまう。
今日は十二月二十四日。クリスマス――正確に言えば、クリスマス・イブ。
もっと正確に言うなら、キリストを信じる人が祈りを捧げる日であり、巷のリア充どもが『キャッキャ・ウフフ』『ギシギシ・アンアン』する日だ。
今日この日のために街のいたる場所にイルミネーションという名のLED電球が張り巡らされ、今日明日と二日にわたって幻想的な光景を生み出して恋人を迎え入れようとビカビカ光り輝いているし、各種飲食店は今日明日限定のメニューを売り出し、恋人と家族相手に金儲けに勤しんでいる。
だがそれは俺には関係の無い話。
俺はキリスト教の信徒では無いし、俺の家族は故郷に居るし、付き合っている恋人――それ以前に好きだと思える人も居ない一人身なのだ。
ちなみに俺と同じく恋人も居らず家族も遠くに居る友人連中は、今日から二日間に渡って行われる『クリスマスは中止になりました。だから皆で鍋を囲もう』という、もてない男同士でキムチ鍋を囲むというわけの判らないイベントに参加するらしいが、何故虚しくなりにわざわざ金を払ってまで参加するのか理解に苦しむ。
つまり俺にとって、今日明日はただの普通の日。
食べなれたカップ麺とコンビニの惣菜を食べながら、ぼーっとテレビなど見つつ一日を過ごすだけの、ごく普通の日。
『ピーン、ポーン』
そんな益体も無い事をつらつらと考えていると、唐突に間が抜けた音が出る我が家のチャイムが鳴った。
はて?友人連中は予定があったし、ヤマゾンの通販で注文したので配送途中のものは無いし、食事をしているのだから出前を頼んでいるわけはないし……
「はーい、どちらさん?」
がちゃりとドアノブを回して扉を押し開いて、誰がチャイムを鳴らしたのかを確認しようとするが、俺の視界の中には人影は無い。左右を見ても人影は無く、なんだ悪戯かと結論付けて扉を閉めようとした時、視界の下の隅に角がにょっきり生えている事に気が付いた。
俺に角の生えた知り合いは居るには居るが、全員今日明日と忙しいはずだがと視線を下げると、そこには見知らぬ小さい女性。
ショートカットの頭から筍の様に生えた角と、可愛らしい顔の横から生えているのは人間のものとは違う耳に、チャイムを押そうと伸びた手は毛皮に覆われた肉球付きの指が付いているし、そしてブーツっぽいモフモフの足。それらから察するに、この女性はバフォメットという珍しい種族の人だろう。
しかしその格好はバフォメット種族が好んで着る『紐ビキニアーマー&マント』ではなく、『普通の紐ビキニ&ファー付きマント』という一風変わったか服装をしていた。
しかもその着ている衣服が赤一色なのは何か意味があるのだろうか。
あれか、某カエル軍曹のように『赤いから三倍』という理論か?という事はこのバフォメットは他のバフォメットより何かが三倍という事か?
そんな事を考えていた俺の反応が鈍い事を察したのか、俺の目の前に居るバフォメットは俺の目を確りと見ると急にポーズを取り始めた。
右手は顔の横で横ピースを決めつつ、左手は俺にマントの裏地を見せようというかのように裾を掴んで拡げ、両足は可愛らしく内股に、腰はくびれを意識させるように軽く横に曲げる。
「聖なる夜に舞い降りた可憐な一輪の花。マジ狩るバフォメット、レフォールちゃんにゃりよ♪」
そして最後にウインクをしながら俺にそう言ってきた。
そのバフォメットの姿は、日曜日の八時位にヒーロータイムの裏番組らへんでやってそうな、変身少女モノを意識して居るように見える。
いやもしかしてこれが彼女の素なのだろうか。つまりは赤くて三倍なのは、頭のイカレ具合なのだろうか。
考える事も突っ込みどころも沢山あるのだが、とりあえず初対面でこういう突飛な行動に出る女性に対し、俺が言いたい事はただ一つ。
「……チェンジで」
とりあえず頭に何かが湧いていそうな手合いと係わり合いになるとろくな事に成らないので、俺は気に入らない女性に対しての最大限譲歩した言い方を模索した結果、そうバフォメットに告げて扉を閉めた。
視界から赤いバフォメットが消えたことで通常思考を取り戻した俺は、『きっと罰ゲームか何かなのだろうな、最近の○学生は危ない遊びをしているな。俺がもしロリコンだったらどうするのやら』と勝手に結論付けて炬燵に入り、テレビをザッピングして面白い番組が無いか探すことを始める。
『ぴーん、ぽーん』
しかしその行動はチャイムによって遮られる。
まあ薄々誰がチャイムを鳴らしているかは判っているので、出る必要も無いのだが、出なければ出ないで何されるか判らないし、と言い訳を心の中でしてから扉を開けた。
「はーい、どちらさま?」
やっぱり扉を開けて目に飛び込んできたのは、赤い紐ビキニを身に着けたバフォメットだった。
そのバフォメットは俺の顔を見るや否や、またあの変身し終わった少女が取る様なポーズをし始めた。
「聖夜に舞い降りる可憐な花。マジ狩る――」
「チェンジで」
俺はバフォメットに最後まで言わさずに、一方的に俺が告げて扉を閉めると、今度は炬燵へは向かわずにその場で少々待ってみた。
すると少しの間の後で、またチャイムが鳴った。
「はーい、どちら」
「マジ狩る――」
「いや、それはもういいから。それで、何か俺に用があるのか?無いなら帰ってくれ。割と真剣に」
俺のウンザリとした表情を察したのか、バフォメットは急に恥かしそうにマントの裾を両手で閉じ、俺の視界から彼女が来ている赤ビキニをマントで隠した。
そして何も言わずモジモジとし始めた。
なんだ小便でもしたいのか?それとも何だ、俺の顔が怖くて萎縮でもしていると言いたいのか?
そんな事を不機嫌顔も隠さずに考えていた俺の目の前で、バフォメットは寒そうに身震いした。
「えーっと、用件を言う前に、上がっても宜しいですか?流石に真冬でこの格好は寒いので……」
てっきりバフォメット特有の『〜じゃ』というロリババァ口調かと思っていたので、普通の言葉で話すものだから逆にビックリした。
そしてバフォメットの口から出てきたその提案に、俺は二度ビックリ。
「上がれって言いたいとこだが、見知らぬ魔物を家に上げるなって、ばっちゃに言われているんだけど?」
本当に祖母さんに言われている訳ではないが、見知らぬ魔物を家に上げるなって教えられているのは本当の事。ちなみにこれの頭に『自分の貞操が可愛ければ』という冠詞が付け加えられて教えられる人も多いらしい。
「そんな初対面だなんて、何時も私の事手伝ってくれたじゃないですか」
「俺にバフォメットの知り合いは居ないはずだが?」
俺のその一言になにやらを思い出したのか、バフォメットはマントの裏側をゴソゴソと探り始めた。
何を出すのかは知らないが、どうせなら早くして欲しい。冬の寒い夜に薄着で玄関に立っているだけでも、骨の芯まで寒さが染み渡るからな。
「じゃじゃーん。これを見たら私の事を思い出すでしょう」
どこぞのタヌキ型ロボットの真似をしながらバフォメットが取り出したのは、何の変哲も無い黒縁眼鏡。
それで思い出せと言われても。っと俺が考えていると、バフォメットはその眼鏡を自分の顔に掛けるが、それは明らかにサイズが合っておらず、バフォメット自身が手で押さえないと顔からずり落ちそうに成っている。
なにがしたいのかと俺は訝しんでいたのだが、俺の脳裏のどこかにそのバフォメットの眼鏡姿が引っかかった。
本当にこのバフォメットが言っていた通りに、俺は以前このバフォメットに会った事があったのかと、彼女の顔をまじまじと見ながら記憶の扉を開いていく。
彼女の発言から察するに、俺は彼女の仕事とやらを手伝った事がかなりの頻度あるらしいため、それに関連する記憶でなおかつ眼鏡の女性というカテゴリーを掘り返していく。
あれでもないこれでもないと記憶の戸棚をひっくり返していくと、ある一人の女性の存在に思い至った。
記憶の中にあるその女性顔立ちと、いま目の前にいるバフォメットの姿を見比べて、どこかなんとなくといった所に面影がある。
「黒瀬かお前?」
しかし断言できない俺は疑問口調でそうバフォメットに尋ねると、俺が名前と存在を思い出したと察したバフォメットは嬉しそうな笑顔になった。
「やっと思い出してくれました!」
「いやだってよ、俺が知っているのは人間の黒瀬だぞ。つーか何時、バフォメットになったお前?」
「それは長い話になるんですけど……」
そこで唐突に言葉を途切らせると、マントの前を絞めて大きく身震いする。
どうしたのかと思えば、こいつはおずおずと提案するような口調で言葉を放った
「本当に寒いから上がって良い?」
そう告げられて、俺はそこでバフォメットになった黒瀬の唇が真っ青になっている事に気が付いた。
知らぬ仲ではないので黒瀬の事を家に上げてやり、余りにも寒そうなので炬燵の中に押し込むと、俺は黒瀬の口からいままで起きた彼女の身の上話を牛乳を温めつつ聞いてやることにした。
それによるとだ、何時もの通りに大学の図書室で書庫整理のアルバイト――俺が手伝っていた仕事って言うのはこれの事――に精を出していた黒瀬は、たまたま大学に用事があって来ていた他校のバフォメットに素質を見初められ、つい先日晴れてバフォメットに転生したという事だ。
「しかし良くバフォメットになんぞ成ろうと思ったな」
俺は黒瀬の対面の場所から炬燵に足を潜り込ませつつ、暖めた牛乳が入った陶器のコップを置く。
黒瀬はそのコップを肉球付きの両手で包み込むように持ち、その暖かさで凍えた体を癒しつつも、彼女が体験した図書室での出来事を思い出しているのか、困ったような笑顔を浮かべていた。
「余りの剣幕に、断り辛くって」
そして恥じるようにコップの中のホットミルクに口を付ける。
そんな黒瀬の様子を見た俺は、またこいつの悪い癖が出たのかと、心の中だけで溜息を吐いた。
この黒瀬という女性は、人に何かを熱心に頼まれると嫌とはいえない性格で、それでこいつはかなり人生を損している。
俺と黒瀬が出合った時も、そのたのまれ事をこいつがしているときだった。
本の整理作業を押し付けられたこいつは、台に上って本棚の一番上の棚に返却された本を入れようとしている時に足を台から滑らせ、近くで資料に必要な本を物色していた俺に振ってきたのだ。
黒瀬に押しつぶされて死に掛けた俺は、立ち上がって一通り黒瀬に苦情を言ったのだが、黒瀬が泣き出しそうに成っているのを知ると、面倒ごとから逃げようとさっさと黒瀬が入れようとしていた場所に本を入れて立ち去った。
しかしその後俺が図書室に来ると、黒瀬はお礼だと言って俺の調べ物の手伝いをしてくれる事になり、タダで手伝われると居心地が悪い俺は、お返しにと本の整理を手伝って遣ったりした。
それからは俺はなんとは無しに図書室に用がある時は、しょうが無しに黒瀬の整理作業を手伝ってきたのだが。
まさかそんな黒瀬にバフォメットに成れるほどの素質があるとは……
「この海のリハクの目を持ってしても見抜けなんだ」
「??行き成りどうしたの??」
キョトンとしている黒瀬に、手を振って何でも無いという意思表示を返しながら、こっそりとバフォメットに変わってしまった知り合いの姿を見てしまう。
殆どの部分は典型的なバフォメット同様に、ヨウジョ体型に布面積の少ない服を巻きつけ、獣の手足を持っているし、頭の上には二本の角が伸びている。
しかしバフォメットに見えない部分もあり、髪型はショートで不気味な動物の頭骨を模した髪留めは無いし、顔付きもバフォメットの特徴とも言える何処か企んでいそうな表情ではなく、ホルスタウロスやワーシープの様な平和ボケしてそうな柔和なもの。
口調は先ほどの通りに、バフォメットが良く使う「〜じゃ」みたいなロリババァ口調ではなく、いままで黒瀬が俺に接して来た通りに敬語交じりの女口調だ。
本当にバフォメットかと疑った俺は、思わず幸せそうに暖かいミルクを飲んでいる黒瀬の頬に手を伸ばし、嫌がらせも含めて軽く摘んでやる。
「はにふるんでふか?」
「いや、引っ張ったら人間のお前がバリッと出てこないかと思って」
ぐにぐにと頬を軽く引っ張ってやると、『やめへくらはい〜』と間の抜けた言葉が黒瀬から出てくる。
ふむ、どうやら本当にこいつは黒瀬で、人間を止めてバフォメットに成ってしまったのかと、なぜか感慨深くなってしまう。
「そんでどうした。態々身の上話をしに俺の家に来たわけか?というか俺の家の場所なんか教えた覚えは無いぞ!?」
ぱっと手を黒瀬の頬から外した俺は、憮然とした態度を意図的に作った。
こういう態度を取ると、人の良い黒瀬は何でも正直に答えてしまうのだ。
現に今も俺の方に目を向けた黒瀬は、口元をコップで隠しながらも、その視線は俺の無言の圧力に負けて左右に泳いでいる。
「えーっと、家は私をバフォメットにして下さったバフォメット様が教えてくれました。この衣装もそのバフォメット様が見繕ってくださったもので……」
「それで俺に何の用だ?さては、一人身で空いている俺を襲いにでも来たのか」
俺が冗談でそう黒瀬の言葉尻を継ぐと、黒瀬は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
それは俺の冗談が性的な事だという事と黒瀬の性格とを差し引いても、余りにも黒瀬の顔は真っ赤に過ぎる。
……おいおいマジで俺を襲いに来たのかよ。
「……さて、じゃあ駅まで送って――」
俺はそう呟いて炬燵と黒瀬の魔手から抜け出ようとすると、黒瀬は肉球の手でもって俺の袖を掴んで俺が炬燵から脱出しようとするのを押し留める。その時ついでに潤ませた瞳での上目遣いも忘れないのは、黒瀬が魔物娘に変わってしまった証拠だと思うと、なぜか俺は物悲しい。
「私じゃ駄目ですか?」
そして黒瀬は俺の理性を崩そうという様に、そう小首を傾げて狙い済ましたかのようにそう呟いてきた。
ロリコンならそのままベッドイン確定のその仕草と言葉だが、普通趣味の人間である俺には効き目がイマイチな様で、庇護欲は書き立てられるものの性欲が起きる気配は全く無い。
「残念ながら、俺はロリコンじゃないんでね」
「そうですか……余りこの手は使いたくなかったのですが」
そう独り言のように呟いた黒瀬は、ギッと俺の方を睨みつけてきた。
初めて見た黒瀬の目付きだったが、バフォメットという存在なのにやっぱり何処か怖さが足りない――むしろ可愛らしく見えてきて、こう抱きしめたくなるような……
「はっ!もしや人をロリコンにさせる魔眼か!?」
俺は咄嗟に目を逸らし、隠秘学科の友人に教えてもらった抵抗法である、般若心経を心の中で唱えてその魔眼の力に対抗する。
すると段々と俺の心は落ち着きを取り戻し、やがて心の中に巣食っていた何者かが何処かへと立ち去るのを感じた。
「あうぅ……抵抗に成功されちゃいました……」
残念そうに呟く黒瀬に、俺は脅威が去った事を知りホッと安堵の溜息を吐く。
ありがとう隠秘学科の友人。今度ジュースを奢ってやろう。
「さてこれで諦めが付いただろう。駅まで送ってやるから家に帰れ」
もう手は無いだろうと高を括った俺は、胸を張ってそう黒瀬に言ってやった。
しかし黒瀬は俺の提案を聞いた途端、炬燵布団を両手で掴むと、俺の視線から逃れるように横を向いてしまう。
「……いやです」
そして黒瀬にしては珍しい事に、明確な拒否の言葉がその口から飛び出してきた。
余りの珍しさに、一瞬なにが起きたのか俺の脳が判断を放棄して停止したのだが、程なくして再起動に成功する。
「だからさ、諦めて……」
「いやです。絶対に、今日此処に泊まります」
今度はもっとハッキリとした物言いで、黒瀬は自分の意思を明確に俺に伝えてきた。
始めてみる黒瀬の様子に、俺はどうしたら良いのか混乱してしまって、何を言ったら良いのかも判らなくなってきてしまう。
その後俺は思いついた事を言って説得してみようとするものの、なぜか黒瀬はその度に意固地になって、絶対に俺の家に泊まると言い張ってしまう。
最終的には俺のほうが折れて、まぁ俺が手を出さなければ良い事だと無理やり納得する材料を見つけて、黒瀬を家に止める事になった。
「それでどうしてこうなった?」
今の俺と黒瀬の状態を言い表すとしたら、『同衾』という言葉がしっくり来る。
実際に俺の一つしかない布団の中で、俺と黒瀬は隣り合って寝ているのだから、むしろ同衾以外に言い表せる言葉の方が思い浮かばない。
しかも代えの衣服など持ってきていなかった黒瀬は、全裸の上に寝巻き代わりに着た俺のTシャツ一枚という、男性の憧れを体現したような格好。
確実にわざとやっているとしか思えないような、黒瀬には似つかわしくないような大胆な行為だった。
「どうしてって……好きな人と、クリスマス・イブ過ごしたって思うのが悪い事ですか?」
俺が横たわって茫然自失な様子をどう捉えたのか、黒瀬は布団の中で顔を俺の方に向けて、俺に聞こえるか聞こえないか位の小さな声で呟く。
その黒瀬の言葉は俺の混乱に拍車を掛けてくれた。
「好きな人って……はぃ?どういうこと??」
「むうーー!もしかして意地悪でそう言っているんですか!!もうこの際だからハッキリ言います。私はアナタの事が大好きです!愛してますぅ!!そうじゃなきゃ、同じ布団になんか寝ません!!」
耳元での大声による突然の愛の告白に、俺は一体どうしたら良いのか判らずに固まってしまう。
そんな俺に向きあいながら、黒瀬は寝ながらも肩を怒らせつつ再度口を開く。
「それで、私の告白に対する返事は?」
「あー、えー、うーーんと、ちょっと待て混乱している……」
言葉で黒瀬を押し留めながら、片手を額に当て視線を天上の板に向けながら、考える事に没頭する。
まず確認するのは自分の心の中での黒瀬が占める場所の把握。もし好きでもないのに、相手が告白してきたからと乗っかってしまっては、好きだと言ってくれた相手に対して申し訳ない。
しかしその点において、俺の回答は『好意を持っている』という曖昧なもの。好きかと聞かれれば好きだが、恋人になりたいのかといわれれば微妙な程度。
しかもそれは魔物になる前の黒瀬であり、魔物になりなにがしかの変化を得た黒瀬を俺はまだ良く知らない。
それらを総合して考えると、良く判らないという事になった。
だから俺は最低限の礼儀として、それを包み隠さず黒瀬に伝えた。
そんな俺の結論を聞いた黒瀬は、何処か呆れたような納得したような微妙な表情を浮かべた。
「本当に律儀というか、生真面目というか、へたれというか……」
「悪かったな。第一、俺はロリコン趣味じゃないからな、据え膳でも襲おうとは思え無い」
溜息交じりの黒瀬の言葉に対抗しようという見っとも無いプライドに突き動かされて、俺はそう減らず口を声に出してしまう。
その言葉を受けた黒瀬は暫し目を瞬かせた後、にやりと得物を目の前にした魔物特有の――もっと言ってしまえばバフォメットらしい狡猾さと淫靡さを含んだ笑みを浮かべた。
「それって私の体が幼女じゃなかったら食べるって事?もしかして、私に襲ってロリコンにして欲しいって事かなぁ?」
「な!何処をどう曲解したらそうなる!」
身の危険を感じた俺は布団から脱出しようとするが、黒瀬が俺の上に覆いかぶさり俺の肩を両手で押さえる方が一足早かった。
だが体格差は俺のほうが有利。跳ね飛ばしてやる!と意気込んでみるものの、俺はピンで留められた虫の様にその場から動けない。
ウワ、ヨウジョツヨイ!!
「ふふっ、逃さない。そもそも愛しい人の匂いがたっぷりと染み込んだ布団に包まれた魔物娘が、どうなってどうするかなんて子供でも知っていますよね〜♪」
「は、図ったな、○ャー!!」
まさかこんな所にまで赤くて三倍の御仁のネタが食い込んでくるなんて!?
「では、いただきまーす♪」
「や、やめ、むぐぐぅう!!?」
この日俺は角が二本付いたちっちゃなロリサンタに、童貞と女性に対する趣味を奪われた。
しかし代わりにそのサンタは、俺にロリコンの称号と可愛い彼女をプレゼントしてくれた。
11/12/25 22:01更新 / 中文字
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