大筆神社のくりすます（ジパング）
とあるジパングの一地方。
そこでは師走の月末に差しかかろうと言うこの時期、どこもかしこも冬支度と年末年始の支度で大忙し。
その中でもとある神社の神主は、彼が崇め奉る稲荷神の言いつけの為に、ただでさえ年末年始の参拝客の準備で忙しいのに、東奔西走する羽目になっていた。
「神主さん如何しなさったんで？そんなに息も絶え絶えで、しかも小さなモミの木なんか抱えて」
「す、すいません、はぁはぁ、お、大きな鳥在りますか？に、鶏とか、雉とかで、良いんですけど？」
「鳥？在るには在るが、縁起物にしちゃぁ酉はまだ先ですぜ？」
「縁起物では、なくてですね……なんか、稲荷神が、はぁ、何処かで何かを聞いたらしくて、取り合えず直ぐに買って来いと仰せになられましてね」
「ああ、なるほど。稲荷様の何時もの『思い付き』ですか。相変わらずご苦労ですな」
そう店主は呟きながらその店一番の大きな雉を神主に渡し、神主は代金を支払うとまた何処かへ駆けて行った。
方々を駆け巡りようやく稲荷神の言いつけ通りの物を買い揃えた神主は、自分の住処である神社へと背と脇に抱えた荷物と疲労で重い足を引きずりながら、えっちらおっちらと歩みを進め、ようやく玄関まで辿り着くと敷居を跨いで中に入った。
「只今帰りました。言い付けられた物を全て手に入れて参りました」
そう神主が玄関口で声を上げると、ぱたぱたと可愛らしい足音が廊下の向こうから玄関へと近づいてきた。
その足音の正体は、人間で言うところの十代に成ったばかりの姿をした、二つの三角耳を頂く栗毛の髪をおかっぱ状に切りそろえ、体には膝上ほどまでの柄の少ない着物を身に着け、お尻からは筆のような尻尾を一本だけ生やした狐の物の怪。
その狐は神主の姿を視界に捉えるなり、廊下を走る速度を上げて神主へと向かって走り出した。
「お帰りなさいませ、お父様！」
そして神主の懐へと向かって飛びついてきた。
神主は慌てて脇に抱えているのを床に落すと、飛びついてきた狐の物の怪の体を受け止める。
「おおっと――廊下を走ったら危ないからやめような、登米波根」
「御免なさいお父様。でも、とめはねはお父様が帰ってきて嬉しかったのです」
「私も帰ってきて直ぐに登米波根の顔を見れて嬉しいよ」
どうやらこの物の怪――登米波根と書いて『とめはね』と読む変わった名前の狐娘はこの神主の娘のようで、神主の腕に抱かれた登米波根は飼い犬が主に甘えるかのように体を摺り寄せて甘えている。
甘えられている神主の方はというと、片手で娘の頭を撫でてやりつつ、視線は落してしまった荷物の方へと向けられていた。
落したものは全て壊れ物ではないため大事は無いが、それでも神が欲する物を床に落すのは良いことではない。
そんな事を神主が考えていると、何時の間にやらとめはねの背後に人影が。
「お帰りなさい、御前さん。それと登米波根はもう気が済んだでしょう、離れなさい」
その人影も一人の狐の物の怪――夜の闇をそのまま糸にしたような黒髪を腰下まで伸ばしているが、前髪は眉の上で綺麗に切り揃えられており、涼やかで色白な顔立ちも相まって、何処かの貴族の令嬢のような気品を纏っている。体つきは胸も尻も男が放っては置かない程の立派さで、神代の住人が身に着けていそうなゆったりとした衣服で身を包んでいるのにもかかわらず、その曲線美は見た者全てに思わず生唾を飲み込むことを強制させる迫力を備えている。そしてその見事な尻から伸びるのは、合計九本の筆のようにふんわりと膨らんだ尻尾。それら全ても髪と同じく筆を墨に浸したかのように真っ黒でありながら、艶と滑らかさは見た目においてですら生糸でも霞むほど。
そんなこの世の全ての女性らしい美を詰め込んで出来たように見えるこのお方。
このお方こそこの神社――大筆神社が奉る稲荷神であり、神主の奥方でとめはねの実の母親でもある須美江様。
「……はぁぃ」
そんな母親であり神でもある須美江様にやんわりと窘められた登米波根は、しぶしぶといった感じで神主の腕から離れると、神主が床に落した荷物の片方を手に抱えると須美江の横に立つ。
「須美江様。ご所望の品々、恙無く入手して参りました」
「ご苦労様です。……と言いたい所ですけど、相変わらず御前さんのその口調は直らない様ですね」
神主から差し出された荷物を受け取りつつも、呆れからくる溜息を薄いながらも艶やかで瑞々しい唇から吐いてしまう須美江様。
「もう結婚して子供が出来て何年経つとお思いですか？」
「それはそのぅ……三つ子の魂百までと申しましょうか、幼き頃に培った習慣は覆したく……」
そう何を隠そうこの二人、実は夫婦なのである。
しかし夫である神主は夫婦の間柄になったのにも関わらず、子供をこさえたのにも関わらず、相変わらず須美江様の事を神として見ている節があり、それが一番如実に現れているのが彼の口調に他ならない。
だがしかし、この神主も須美江様を妻と――ひいては一人の女と見るときも実はあり。一つは彼が怒り心頭し須美江様と言い争いをする時、そしてもう一つは……
「褥を共にする時は、あんなにも男らしい口調で私を攻め立てて下さいますのに」
いま須美江様が仰ったように、須美江様を神主が布団の中で抱く時は、この神主とは別人かと思うほどの口調と腰使いで、須美江様をこれでもかというほどに攻め立てるのである。
それこそ須美江様がその光景を思い出し、頬を朱に染めながらも下腹の子袋が疼いてしまう程の変わりようである。
「お母様、玄関口で長話は止めて、さっさと準備しましょうよ」
「そうね、折角御前さんが方々へ買いに走って下さったのだから、腕によりを掛けましょうね」
そう言うや否や、須美江様は神主の持っていた荷物を両手で軽々と持ち上げると、登米波根を伴ってそのままどこかへと向かって歩いていく。
持ち運ぶだけで神主が息も絶え絶えになってしまった程の重量を、軽々とその細腕で持ち上げるその姿に、神主は自分の妻が人間で無い事を再確認し、そして須美江様への憧憬の念を募らせる結果になるのだった。
果てさて、何をするのかも判らずに方々へ買い物に走った神主は、須美江様にその品々の用向きを聞いたのだが、須美江様の『汗だくじゃない。じゃぁ、出来上がるまでお風呂にでも入ってきて』というありがたいお言葉を受け、只今入浴の真っ最中。
とりあえずこの風呂に入る前に、神主は須美江様から異国の友人から聞いた催しに必要な品物という事だけは聞く事が出来たのと、源泉掛け流しの湯の効能で疑問や心配事などを洗い流す事が出来、ようやく人心地付いてゆったりと檜風呂に浸かっていた。
するとからりと引き戸の開く音が、神主の耳に聞こえた。
「お父様、お着替えをお持ち致しました」
「有難う、登米波根。そこに置いておいて」
そう娘の登米波根に告げた神主は、そのままゆっくりと湯船に浸かっていたのだが、湯殿と脱衣所を仕切る引き戸がからりと引き放たれると、少し驚いた様子でそちらへと目を向けた。
するとそこには手に手ぬぐいを持った素っ裸の登米波根の姿。まあもっとも、湯殿に服を着てはいるほうが稀ではある。
「お父様、とめはねもご一緒していいですか？」
「別に良いが、須美江様の手伝いはいいのかい？」
「途中まではお手伝いしてましたが、なにやらとめはねにも詳細は秘密にしたいらしく、追い出されてしまいました」
そう神主の問いに答えた登米波根は、神主の浸かっている湯船の近くまで歩み寄ると、傍らに在った桶でお湯を掬い、そしてその湯を自分の体に浴びせかけた。
肩口から登米波根の体に降り立ったお湯は、登米波根の前面と背面に分かれる。
前面の湯は起伏が少ないながらもほのかに見える膨らみの胸を滑り、わき腹や臍を滑るように流れ落ちると、やがて登米波根の股間から床へと流れ去る。
背面の湯も脂肪の少ない登米波根の背中を滑らかに流れると、小さく可愛らしいお尻に存在する尻尾に邪魔されながらも、やがて尻肉から床へと流れ去った。
二度三度と桶で水を掬い、自分の体に浴びせかけた登米波根は、最後に自分の尾っぽに湯を掛けながら、筆に水を含ませるかのように軽く揉みながら湯を毛の根元へと染み込ませてゆく。
やがて尻尾の全てにお湯を行き渡らせた登米波根は、ようやく神主が浸かっている湯船へとほっそりとした足を付け、続いてその成長途中の体をゆっくりと水面下へと浸していく。
「はぁぅ〜〜〜」
湯の温かさが両肩まで浸かった登米波根の全身を優しく包み込むと、登米波根の口から思わずといった感じで吐息が漏れ出てきた。
「もうすっかりと湯船に入るのが上手になったな。数年前まで登米波根は風呂嫌いで、風呂に入れるのにも一苦労だったのが嘘みたいだ」
「とめはねも何時までも子供ではありません。一人で湯に入れます」
昔の事を持ち出した神主に少しムッとした様子の登米波根だったが、しかし神主へ体を密着させると不機嫌な様子は何処かへと吹き飛んで言ってしまい、その代わりに登米波根の顔には喜びの表情が出ていた。
そんな登米波根の頭を神主は撫でると、登米波根はもっと甘えるように神主の胸元へと顔を寄せて、神主の心音を頭の上にある狐耳で聞こうとしているかのようにぴったりと顔をくっ付けた。
「しかし相変わらず登米波根はそれが好きだな。何か面白い音でも聞こえるのか？」
「はい、お父様の力強い心音が聞こえてきます。とめはねはこの音が大好きなのです」
トクトクと湯の温度で促進された血行が波打つ音が登米波根の耳朶を打つ。
その規則正しい音に登米波根は安心する様で、うっとりとした表情を浮かべてその音に聞き惚れている。
この時の暗黙の了解として、神主は彼の胸板に当たっていない方の耳を片手でそっと閉じてやり、より一層心音が聞こえ易いようにしてやるのが常であり、今日もその通りにしてやった。
そのまま少しばかりの時間が流れ、登米羽根が神主の胸板から耳を離すと、神主も耳を閉じていた手を滑らせて登米波根の頭を撫でつつ、手を登米波根の頭の上から離した。
そして二人はのぼせない様にと、隣りあわせで湯船の縁に腰を掛けた。
湯から上がった二人の肌は程よく赤く色づき、特に母親から受け継いだ色白さを持つ登米波根は、幼い肢体ながらも男性なら思わず目を釘付けになってしまうほどに、色づいた体は扇情的に映えていた。
そこで登米波根は湯気でしっとりと濡れた前髪が視界に入ったのか、気に入らなさそうに前髪を弄り始めた。
「とめはねも、お母様の様に黒い毛並みが良かったです」
「どうしてだい？」
「だってお父様はお母様のあの黒い毛並みがお気に入りのようですし……」
「登米波根の毛並みも綺麗だと思うけどなあ。そのお日様を思わせる栗色の毛並みは、黒い毛並みとは違い見た目からして暖かそうで、気に入っているんだけどなあ」
神主は登米波根の機嫌を取ろうとそう言っている訳ではなく、本心からそう思っているような口調で登米波根に語りかけた。
登米波根の方も神主が本心からそう言っていると実感したからか、本当に嬉しそうな笑顔を神主に見せた。
「そうそう知ってますか、お父様。とめはね、つい先日初潮が来たのですよ」
「ああ知っているとも。その日の夕飯にはお赤飯が出たからな、よく覚えている」
先ほどまで毛並みの事について語っていたのに、どうして初潮の話になるのかと訝しんだ神主だったが、登米波根が娘と言えども度を越して体を密着させて来ると、それがどういう意味を表しているのかを神主は察した。
「とめはね、お父様の子供を身籠れる様になったのです。ですから……」
神主は登米波根に最後まで言わせないようにその唇に人差し指で蓋をすると、ゆっくりとその人差し指を動かしていく。
唇から顎先へ、そして喉元を通り鎖骨を撫でると、そのまま順調に下り登米波根の左乳房へと到達する。
「あッ――アん♪」
神主の人差し指が乳房の頂点にある乳首を先で捏ね繰り回すと、登米波根の口から歓喜と性感が交じり合った様な声が漏れ、湯殿の壁に反響して消えていく。
だが神主の人差し指はその場を蹂躙することに専念し続け、それから一向に先へ進もうとはしない為、焦れた登米波根は薄らと蜜が流れる自分の股間に思わず手を伸ばす。
「駄目だよ登米波根。これは登米波根が本当に男を受け入れられる体に成ったか確かめているんだから」
「そんな――ふぁひん♪」
その登米波根の伸ばした手は神主の左手に押さえられてしまい、自分の股間を弄り回す事が出来なくなってしまった。
しかし神主は容赦なく人差し指だけで登米波根の左乳房を弄ぶ事を続け、やがて登米羽根の乳首は左側だけが痛々しいほどに勃起していた。
「さて、じゃぁ今度は口でして上げよう」
「まってお父様、なんか怖い……」
「問答無用」
ゆっくりと神主の口が登米波根の胸へと近づき、やがて神主の舌先が登米波根の勃起した乳首へと触れると、登米波根の乳首から発せられた感覚刺激はいままで彼女が得たどんなモノより衝撃的だった。
「嫌！！」
乳首から全身へと走った余りに強い衝撃に、思わずドンと神主の胸板を両手で押して遠のけた登米波根だったが、押した当人の登米波根でさえ自分が神主を押した事が理解できない様子だった。
「ほらね、登米波根の体はまだ契りは早いって言っているよ」
「え？……どういうことですか？？」
きょとんとする登米波根に、神主は彼女の頭を二度三度と神をかき回すかのように強く撫で回すと、登米波根を伴って湯船に体を沈めて、登米波根の未熟な体に施した彼女に不必要な快楽の波を追い払った。
「物の怪や妖怪の類は男を受け入れられるような体に成ると、積極的に男を受け入れようとする。しかし受け入れる準備が出来る前では逆に、性交で体を壊す恐れから回避するために、男を拒否する事があるらしい。いまの登米波根の様に」
「じゃあ……」
「まだ登米波根は性交するのは早いって事だ」
「そんなぁ……お父様との子供が身籠れると思ったのに……」
しょんぼりとする登米波根に、神主は安心させるかのように登米波根をかき抱いて、彼女の耳を彼自身の胸板へと押し付ける。
最初は拒否反応なのかビクリと体を硬直させた登米波根だったが、その耳に大好きな父親の鼓動の音が聞こえると、段々と体の硬直が解けて心も落ち着いていったようだった。
「ゆっくりと焦らず大人になれば良いさ。まだまだ時間はたっぷり有るんだから」
今日の事を登米波根が気に病まない様にと、神主は登米波根の頭をゆっくりと慈愛に満ちた手つきで撫でていく。
そのままお互いにのぼせる寸前までその状態を続けていたものの、流石にもう十分だと判断したのか、神主は自分の腕の中にいる登米波根を離し、そして向き直る。
「さて流石に長湯に過ぎた。早く上がらないと須美江様の雷が落ちる」
おちゃらけながらそう言った神主の様子に登米波根はクスリと笑うと、二人仲良く湯船から出て脱衣所へと向かい、肌に付いた水分を手ぬぐいで拭い去った後に衣服を着ると、仲良く手をつないで須美江様が用意をし終わったであろう一室へと向けて歩き出した。
さて須美江様が用意したジパングでは見たことの無い料理の数々に、部屋の中に持ち込まれた色取り取りの装飾が施されたモミの木。そして部屋中の至る場所にある蝋燭に炎が灯り、暗い部屋の中を明るく照らしている。
見慣れない料理と見慣れない部屋の光景に、神主は困惑の色を深めながら眺めると、これが何であるかという思考を放棄して須美江様へと尋ねた。
「これは『くりすます』という異国の催しで。冬至の日の近くの寒い日に、家族や愛しい人と一緒に家の中で過ごし、鳥の丸焼きや牛肉の塊煮などの豪華な食事と洋菓子などを一緒に食べあう日だと、私の知り合いである大陸から来た妖怪が教えてくれたの。どう、素敵じゃない？」
そう神主の疑問に答えた須美江様は、懐から扇子を取り出して拡げると、モミの木へ向かって一度二度と大きくゆっくりと空気を撫でるように仰ぐ。
するとモミの木の周りに青、赤、黄の三色の炎が幾つも灯り、それが明滅している様はなんとも傾いた（かぶいた）光景である。
「なんと言いましょうか、モミの木や蝋燭が作る雅な趣と、丸焼きなどという野暮な料理がチグハグで珍妙な催しですね」
「ふふん、そうでしょう。私も之を聞いたときは、なんて変で面白そうな催しだと思ったもの。さ、早速料理を食べましょう」
「あ、とめはねは丸焼きの足の部分が食べたいです！」
それから三人は須美江様が用意なされた料理の数々を楽しみながら胃袋へと押し込むと、大陸から来た友人に教えてもらったという不思議な曲調の歌を歌い合った。
それは確かに須美江様のご友人の言ったとおりに、大変に楽しい催し物になったようで、三人はそれぞれ楽しそうな表情になっていた。
「さて。食事も歌も済みましたし、これでこの催しは終わりということで宜しいのですか？」
「御前さんと私の場合は之でお終いなのだけれど。でも、登米波根はまだ続きがあるの」
「とめはねが何かをするんですか？」
急に話題を振られた登米波根は、驚きながらも須美江様の次の言葉に期待しているのか、その尻尾が犬のように左右に大きく振られている。
そんな歳相応な登米波根の様子に、愛らしさから零れ出た笑みを浮かべた須美江様は、登米波根に向かって気取った口調を作る。
「何でも『さたん』なる者が居て、『くりすます』の夜に良い娘が枕元に足袋を吊り下げておくと、誰の目にも留まらない早業で、どんな結界も物ともせずに中へ入り込んで、その足袋の中に贈り物して去っていくらしいの。しかもその贈り物は、世界に二つと無いようなモノとのこと」
「そ、それは大変です。とめはねは今すぐ足袋を用意して床につきます。お父様お母様、お休みなさいませ」
登米波根は須美江様のその言葉を聞くや否や、バタバタと足音を立てて走り去っていってしまった。
そんな登米羽根の慌しい様子に、神主も須美江様も顔を見合わせて小さく笑い合う。
「あの子もまだまだ子供ね。こんな与太話信じるなんて」
「確かにそうで御座いますね」
そして二人は一頻り笑い合う。
しかし二人の間に笑い声が絶えると、須美江様の瞳がすぅっと細められた。
「御前さんの体からあの子の匂いがする。もしかしてあの子と湯殿で性交したの？」
「性交はしていません。ただ少し登米波根の成長を確かめただけで御座います」
蛇に睨まれた蛙の様になってしまった神主は、口早に須美江様へ弁明をする。
「別に御前さんが実の子を手篭めにしようと私は構わないの。御前さんは私一人が独占するにはいい男過ぎるもの……ただ、夫婦の間に隠し事は無いって約束しましたわね？」
「一切の嘘偽りは申しておりません」
じぃっと須美江様は神主の顔を見つめていたが、神主の表情からは嘘の兆候は見受けられない。
「判ったわ、信じてあげる……だけど、性交もしていない子の匂いが体に付いているのは不味いから、私の匂いで上書きしてあげる。嫌だとは言わないわね？」
須美江様が手に持った扇子を一振りすると、全ての蝋燭の炎とモミの木に灯っていた狐火がもろともに消え去り、この部屋の中は真っ暗闇になる。
「そんなことを申し上げるはずがありません。なんと申しましても――俺が愛しているのは、須美江だけだからな」
「あん♪やっぱり、夜の御前さんは素敵♪♪」
そして二人の影は重なり合うと、程なくしてその一つになった影から二つの獣の嬌声が放たれた。
そして明くる日、布団の中で精根尽き果てて気を失った神主と、その隣に満足そうな寝顔の須美江様の元へ向かい、
「た、大変ですお父様！お母様！」
「ふあぁ……おはよう登米波根。今日も元気一杯ね」
「ぐぅぅ……どうしたんだい、登米波根」
登米波根の大声で起こされた二人は、須美江様は凛とした様子で起き抜け、神主は多少の疲れを見せて重そうな体を無理やり起こした。
「お父様、お母様見てください！とめはねの尻尾が二本になってます！きっとこれは、さたんさんの素敵な贈り物に違いありません！！」
確かにその尾っぽを見ると、昨日までは一本だったのに二本のふさふさの狐尻尾が伸びていた。
須美江様は登米波根に気が付かれない様な素早さで、神主に視線だけで『昨日あの子に射精したの？』と問いただし、神主は視線だけで『そんなわけ無いじゃないか』と答える。
登米波根の二つ目の尻尾が本当にサンタのクリスマスの贈り物なのかどうなのか、それは当のサンタにしかわからない事だった。
そこでは師走の月末に差しかかろうと言うこの時期、どこもかしこも冬支度と年末年始の支度で大忙し。
その中でもとある神社の神主は、彼が崇め奉る稲荷神の言いつけの為に、ただでさえ年末年始の参拝客の準備で忙しいのに、東奔西走する羽目になっていた。
「神主さん如何しなさったんで？そんなに息も絶え絶えで、しかも小さなモミの木なんか抱えて」
「す、すいません、はぁはぁ、お、大きな鳥在りますか？に、鶏とか、雉とかで、良いんですけど？」
「鳥？在るには在るが、縁起物にしちゃぁ酉はまだ先ですぜ？」
「縁起物では、なくてですね……なんか、稲荷神が、はぁ、何処かで何かを聞いたらしくて、取り合えず直ぐに買って来いと仰せになられましてね」
「ああ、なるほど。稲荷様の何時もの『思い付き』ですか。相変わらずご苦労ですな」
そう店主は呟きながらその店一番の大きな雉を神主に渡し、神主は代金を支払うとまた何処かへ駆けて行った。
方々を駆け巡りようやく稲荷神の言いつけ通りの物を買い揃えた神主は、自分の住処である神社へと背と脇に抱えた荷物と疲労で重い足を引きずりながら、えっちらおっちらと歩みを進め、ようやく玄関まで辿り着くと敷居を跨いで中に入った。
「只今帰りました。言い付けられた物を全て手に入れて参りました」
そう神主が玄関口で声を上げると、ぱたぱたと可愛らしい足音が廊下の向こうから玄関へと近づいてきた。
その足音の正体は、人間で言うところの十代に成ったばかりの姿をした、二つの三角耳を頂く栗毛の髪をおかっぱ状に切りそろえ、体には膝上ほどまでの柄の少ない着物を身に着け、お尻からは筆のような尻尾を一本だけ生やした狐の物の怪。
その狐は神主の姿を視界に捉えるなり、廊下を走る速度を上げて神主へと向かって走り出した。
「お帰りなさいませ、お父様！」
そして神主の懐へと向かって飛びついてきた。
神主は慌てて脇に抱えているのを床に落すと、飛びついてきた狐の物の怪の体を受け止める。
「おおっと――廊下を走ったら危ないからやめような、登米波根」
「御免なさいお父様。でも、とめはねはお父様が帰ってきて嬉しかったのです」
「私も帰ってきて直ぐに登米波根の顔を見れて嬉しいよ」
どうやらこの物の怪――登米波根と書いて『とめはね』と読む変わった名前の狐娘はこの神主の娘のようで、神主の腕に抱かれた登米波根は飼い犬が主に甘えるかのように体を摺り寄せて甘えている。
甘えられている神主の方はというと、片手で娘の頭を撫でてやりつつ、視線は落してしまった荷物の方へと向けられていた。
落したものは全て壊れ物ではないため大事は無いが、それでも神が欲する物を床に落すのは良いことではない。
そんな事を神主が考えていると、何時の間にやらとめはねの背後に人影が。
「お帰りなさい、御前さん。それと登米波根はもう気が済んだでしょう、離れなさい」
その人影も一人の狐の物の怪――夜の闇をそのまま糸にしたような黒髪を腰下まで伸ばしているが、前髪は眉の上で綺麗に切り揃えられており、涼やかで色白な顔立ちも相まって、何処かの貴族の令嬢のような気品を纏っている。体つきは胸も尻も男が放っては置かない程の立派さで、神代の住人が身に着けていそうなゆったりとした衣服で身を包んでいるのにもかかわらず、その曲線美は見た者全てに思わず生唾を飲み込むことを強制させる迫力を備えている。そしてその見事な尻から伸びるのは、合計九本の筆のようにふんわりと膨らんだ尻尾。それら全ても髪と同じく筆を墨に浸したかのように真っ黒でありながら、艶と滑らかさは見た目においてですら生糸でも霞むほど。
そんなこの世の全ての女性らしい美を詰め込んで出来たように見えるこのお方。
このお方こそこの神社――大筆神社が奉る稲荷神であり、神主の奥方でとめはねの実の母親でもある須美江様。
「……はぁぃ」
そんな母親であり神でもある須美江様にやんわりと窘められた登米波根は、しぶしぶといった感じで神主の腕から離れると、神主が床に落した荷物の片方を手に抱えると須美江の横に立つ。
「須美江様。ご所望の品々、恙無く入手して参りました」
「ご苦労様です。……と言いたい所ですけど、相変わらず御前さんのその口調は直らない様ですね」
神主から差し出された荷物を受け取りつつも、呆れからくる溜息を薄いながらも艶やかで瑞々しい唇から吐いてしまう須美江様。
「もう結婚して子供が出来て何年経つとお思いですか？」
「それはそのぅ……三つ子の魂百までと申しましょうか、幼き頃に培った習慣は覆したく……」
そう何を隠そうこの二人、実は夫婦なのである。
しかし夫である神主は夫婦の間柄になったのにも関わらず、子供をこさえたのにも関わらず、相変わらず須美江様の事を神として見ている節があり、それが一番如実に現れているのが彼の口調に他ならない。
だがしかし、この神主も須美江様を妻と――ひいては一人の女と見るときも実はあり。一つは彼が怒り心頭し須美江様と言い争いをする時、そしてもう一つは……
「褥を共にする時は、あんなにも男らしい口調で私を攻め立てて下さいますのに」
いま須美江様が仰ったように、須美江様を神主が布団の中で抱く時は、この神主とは別人かと思うほどの口調と腰使いで、須美江様をこれでもかというほどに攻め立てるのである。
それこそ須美江様がその光景を思い出し、頬を朱に染めながらも下腹の子袋が疼いてしまう程の変わりようである。
「お母様、玄関口で長話は止めて、さっさと準備しましょうよ」
「そうね、折角御前さんが方々へ買いに走って下さったのだから、腕によりを掛けましょうね」
そう言うや否や、須美江様は神主の持っていた荷物を両手で軽々と持ち上げると、登米波根を伴ってそのままどこかへと向かって歩いていく。
持ち運ぶだけで神主が息も絶え絶えになってしまった程の重量を、軽々とその細腕で持ち上げるその姿に、神主は自分の妻が人間で無い事を再確認し、そして須美江様への憧憬の念を募らせる結果になるのだった。
果てさて、何をするのかも判らずに方々へ買い物に走った神主は、須美江様にその品々の用向きを聞いたのだが、須美江様の『汗だくじゃない。じゃぁ、出来上がるまでお風呂にでも入ってきて』というありがたいお言葉を受け、只今入浴の真っ最中。
とりあえずこの風呂に入る前に、神主は須美江様から異国の友人から聞いた催しに必要な品物という事だけは聞く事が出来たのと、源泉掛け流しの湯の効能で疑問や心配事などを洗い流す事が出来、ようやく人心地付いてゆったりと檜風呂に浸かっていた。
するとからりと引き戸の開く音が、神主の耳に聞こえた。
「お父様、お着替えをお持ち致しました」
「有難う、登米波根。そこに置いておいて」
そう娘の登米波根に告げた神主は、そのままゆっくりと湯船に浸かっていたのだが、湯殿と脱衣所を仕切る引き戸がからりと引き放たれると、少し驚いた様子でそちらへと目を向けた。
するとそこには手に手ぬぐいを持った素っ裸の登米波根の姿。まあもっとも、湯殿に服を着てはいるほうが稀ではある。
「お父様、とめはねもご一緒していいですか？」
「別に良いが、須美江様の手伝いはいいのかい？」
「途中まではお手伝いしてましたが、なにやらとめはねにも詳細は秘密にしたいらしく、追い出されてしまいました」
そう神主の問いに答えた登米波根は、神主の浸かっている湯船の近くまで歩み寄ると、傍らに在った桶でお湯を掬い、そしてその湯を自分の体に浴びせかけた。
肩口から登米波根の体に降り立ったお湯は、登米波根の前面と背面に分かれる。
前面の湯は起伏が少ないながらもほのかに見える膨らみの胸を滑り、わき腹や臍を滑るように流れ落ちると、やがて登米波根の股間から床へと流れ去る。
背面の湯も脂肪の少ない登米波根の背中を滑らかに流れると、小さく可愛らしいお尻に存在する尻尾に邪魔されながらも、やがて尻肉から床へと流れ去った。
二度三度と桶で水を掬い、自分の体に浴びせかけた登米波根は、最後に自分の尾っぽに湯を掛けながら、筆に水を含ませるかのように軽く揉みながら湯を毛の根元へと染み込ませてゆく。
やがて尻尾の全てにお湯を行き渡らせた登米波根は、ようやく神主が浸かっている湯船へとほっそりとした足を付け、続いてその成長途中の体をゆっくりと水面下へと浸していく。
「はぁぅ〜〜〜」
湯の温かさが両肩まで浸かった登米波根の全身を優しく包み込むと、登米波根の口から思わずといった感じで吐息が漏れ出てきた。
「もうすっかりと湯船に入るのが上手になったな。数年前まで登米波根は風呂嫌いで、風呂に入れるのにも一苦労だったのが嘘みたいだ」
「とめはねも何時までも子供ではありません。一人で湯に入れます」
昔の事を持ち出した神主に少しムッとした様子の登米波根だったが、しかし神主へ体を密着させると不機嫌な様子は何処かへと吹き飛んで言ってしまい、その代わりに登米波根の顔には喜びの表情が出ていた。
そんな登米波根の頭を神主は撫でると、登米波根はもっと甘えるように神主の胸元へと顔を寄せて、神主の心音を頭の上にある狐耳で聞こうとしているかのようにぴったりと顔をくっ付けた。
「しかし相変わらず登米波根はそれが好きだな。何か面白い音でも聞こえるのか？」
「はい、お父様の力強い心音が聞こえてきます。とめはねはこの音が大好きなのです」
トクトクと湯の温度で促進された血行が波打つ音が登米波根の耳朶を打つ。
その規則正しい音に登米波根は安心する様で、うっとりとした表情を浮かべてその音に聞き惚れている。
この時の暗黙の了解として、神主は彼の胸板に当たっていない方の耳を片手でそっと閉じてやり、より一層心音が聞こえ易いようにしてやるのが常であり、今日もその通りにしてやった。
そのまま少しばかりの時間が流れ、登米羽根が神主の胸板から耳を離すと、神主も耳を閉じていた手を滑らせて登米波根の頭を撫でつつ、手を登米波根の頭の上から離した。
そして二人はのぼせない様にと、隣りあわせで湯船の縁に腰を掛けた。
湯から上がった二人の肌は程よく赤く色づき、特に母親から受け継いだ色白さを持つ登米波根は、幼い肢体ながらも男性なら思わず目を釘付けになってしまうほどに、色づいた体は扇情的に映えていた。
そこで登米波根は湯気でしっとりと濡れた前髪が視界に入ったのか、気に入らなさそうに前髪を弄り始めた。
「とめはねも、お母様の様に黒い毛並みが良かったです」
「どうしてだい？」
「だってお父様はお母様のあの黒い毛並みがお気に入りのようですし……」
「登米波根の毛並みも綺麗だと思うけどなあ。そのお日様を思わせる栗色の毛並みは、黒い毛並みとは違い見た目からして暖かそうで、気に入っているんだけどなあ」
神主は登米波根の機嫌を取ろうとそう言っている訳ではなく、本心からそう思っているような口調で登米波根に語りかけた。
登米波根の方も神主が本心からそう言っていると実感したからか、本当に嬉しそうな笑顔を神主に見せた。
「そうそう知ってますか、お父様。とめはね、つい先日初潮が来たのですよ」
「ああ知っているとも。その日の夕飯にはお赤飯が出たからな、よく覚えている」
先ほどまで毛並みの事について語っていたのに、どうして初潮の話になるのかと訝しんだ神主だったが、登米波根が娘と言えども度を越して体を密着させて来ると、それがどういう意味を表しているのかを神主は察した。
「とめはね、お父様の子供を身籠れる様になったのです。ですから……」
神主は登米波根に最後まで言わせないようにその唇に人差し指で蓋をすると、ゆっくりとその人差し指を動かしていく。
唇から顎先へ、そして喉元を通り鎖骨を撫でると、そのまま順調に下り登米波根の左乳房へと到達する。
「あッ――アん♪」
神主の人差し指が乳房の頂点にある乳首を先で捏ね繰り回すと、登米波根の口から歓喜と性感が交じり合った様な声が漏れ、湯殿の壁に反響して消えていく。
だが神主の人差し指はその場を蹂躙することに専念し続け、それから一向に先へ進もうとはしない為、焦れた登米波根は薄らと蜜が流れる自分の股間に思わず手を伸ばす。
「駄目だよ登米波根。これは登米波根が本当に男を受け入れられる体に成ったか確かめているんだから」
「そんな――ふぁひん♪」
その登米波根の伸ばした手は神主の左手に押さえられてしまい、自分の股間を弄り回す事が出来なくなってしまった。
しかし神主は容赦なく人差し指だけで登米波根の左乳房を弄ぶ事を続け、やがて登米羽根の乳首は左側だけが痛々しいほどに勃起していた。
「さて、じゃぁ今度は口でして上げよう」
「まってお父様、なんか怖い……」
「問答無用」
ゆっくりと神主の口が登米波根の胸へと近づき、やがて神主の舌先が登米波根の勃起した乳首へと触れると、登米波根の乳首から発せられた感覚刺激はいままで彼女が得たどんなモノより衝撃的だった。
「嫌！！」
乳首から全身へと走った余りに強い衝撃に、思わずドンと神主の胸板を両手で押して遠のけた登米波根だったが、押した当人の登米波根でさえ自分が神主を押した事が理解できない様子だった。
「ほらね、登米波根の体はまだ契りは早いって言っているよ」
「え？……どういうことですか？？」
きょとんとする登米波根に、神主は彼女の頭を二度三度と神をかき回すかのように強く撫で回すと、登米波根を伴って湯船に体を沈めて、登米波根の未熟な体に施した彼女に不必要な快楽の波を追い払った。
「物の怪や妖怪の類は男を受け入れられるような体に成ると、積極的に男を受け入れようとする。しかし受け入れる準備が出来る前では逆に、性交で体を壊す恐れから回避するために、男を拒否する事があるらしい。いまの登米波根の様に」
「じゃあ……」
「まだ登米波根は性交するのは早いって事だ」
「そんなぁ……お父様との子供が身籠れると思ったのに……」
しょんぼりとする登米波根に、神主は安心させるかのように登米波根をかき抱いて、彼女の耳を彼自身の胸板へと押し付ける。
最初は拒否反応なのかビクリと体を硬直させた登米波根だったが、その耳に大好きな父親の鼓動の音が聞こえると、段々と体の硬直が解けて心も落ち着いていったようだった。
「ゆっくりと焦らず大人になれば良いさ。まだまだ時間はたっぷり有るんだから」
今日の事を登米波根が気に病まない様にと、神主は登米波根の頭をゆっくりと慈愛に満ちた手つきで撫でていく。
そのままお互いにのぼせる寸前までその状態を続けていたものの、流石にもう十分だと判断したのか、神主は自分の腕の中にいる登米波根を離し、そして向き直る。
「さて流石に長湯に過ぎた。早く上がらないと須美江様の雷が落ちる」
おちゃらけながらそう言った神主の様子に登米波根はクスリと笑うと、二人仲良く湯船から出て脱衣所へと向かい、肌に付いた水分を手ぬぐいで拭い去った後に衣服を着ると、仲良く手をつないで須美江様が用意をし終わったであろう一室へと向けて歩き出した。
さて須美江様が用意したジパングでは見たことの無い料理の数々に、部屋の中に持ち込まれた色取り取りの装飾が施されたモミの木。そして部屋中の至る場所にある蝋燭に炎が灯り、暗い部屋の中を明るく照らしている。
見慣れない料理と見慣れない部屋の光景に、神主は困惑の色を深めながら眺めると、これが何であるかという思考を放棄して須美江様へと尋ねた。
「これは『くりすます』という異国の催しで。冬至の日の近くの寒い日に、家族や愛しい人と一緒に家の中で過ごし、鳥の丸焼きや牛肉の塊煮などの豪華な食事と洋菓子などを一緒に食べあう日だと、私の知り合いである大陸から来た妖怪が教えてくれたの。どう、素敵じゃない？」
そう神主の疑問に答えた須美江様は、懐から扇子を取り出して拡げると、モミの木へ向かって一度二度と大きくゆっくりと空気を撫でるように仰ぐ。
するとモミの木の周りに青、赤、黄の三色の炎が幾つも灯り、それが明滅している様はなんとも傾いた（かぶいた）光景である。
「なんと言いましょうか、モミの木や蝋燭が作る雅な趣と、丸焼きなどという野暮な料理がチグハグで珍妙な催しですね」
「ふふん、そうでしょう。私も之を聞いたときは、なんて変で面白そうな催しだと思ったもの。さ、早速料理を食べましょう」
「あ、とめはねは丸焼きの足の部分が食べたいです！」
それから三人は須美江様が用意なされた料理の数々を楽しみながら胃袋へと押し込むと、大陸から来た友人に教えてもらったという不思議な曲調の歌を歌い合った。
それは確かに須美江様のご友人の言ったとおりに、大変に楽しい催し物になったようで、三人はそれぞれ楽しそうな表情になっていた。
「さて。食事も歌も済みましたし、これでこの催しは終わりということで宜しいのですか？」
「御前さんと私の場合は之でお終いなのだけれど。でも、登米波根はまだ続きがあるの」
「とめはねが何かをするんですか？」
急に話題を振られた登米波根は、驚きながらも須美江様の次の言葉に期待しているのか、その尻尾が犬のように左右に大きく振られている。
そんな歳相応な登米波根の様子に、愛らしさから零れ出た笑みを浮かべた須美江様は、登米波根に向かって気取った口調を作る。
「何でも『さたん』なる者が居て、『くりすます』の夜に良い娘が枕元に足袋を吊り下げておくと、誰の目にも留まらない早業で、どんな結界も物ともせずに中へ入り込んで、その足袋の中に贈り物して去っていくらしいの。しかもその贈り物は、世界に二つと無いようなモノとのこと」
「そ、それは大変です。とめはねは今すぐ足袋を用意して床につきます。お父様お母様、お休みなさいませ」
登米波根は須美江様のその言葉を聞くや否や、バタバタと足音を立てて走り去っていってしまった。
そんな登米羽根の慌しい様子に、神主も須美江様も顔を見合わせて小さく笑い合う。
「あの子もまだまだ子供ね。こんな与太話信じるなんて」
「確かにそうで御座いますね」
そして二人は一頻り笑い合う。
しかし二人の間に笑い声が絶えると、須美江様の瞳がすぅっと細められた。
「御前さんの体からあの子の匂いがする。もしかしてあの子と湯殿で性交したの？」
「性交はしていません。ただ少し登米波根の成長を確かめただけで御座います」
蛇に睨まれた蛙の様になってしまった神主は、口早に須美江様へ弁明をする。
「別に御前さんが実の子を手篭めにしようと私は構わないの。御前さんは私一人が独占するにはいい男過ぎるもの……ただ、夫婦の間に隠し事は無いって約束しましたわね？」
「一切の嘘偽りは申しておりません」
じぃっと須美江様は神主の顔を見つめていたが、神主の表情からは嘘の兆候は見受けられない。
「判ったわ、信じてあげる……だけど、性交もしていない子の匂いが体に付いているのは不味いから、私の匂いで上書きしてあげる。嫌だとは言わないわね？」
須美江様が手に持った扇子を一振りすると、全ての蝋燭の炎とモミの木に灯っていた狐火がもろともに消え去り、この部屋の中は真っ暗闇になる。
「そんなことを申し上げるはずがありません。なんと申しましても――俺が愛しているのは、須美江だけだからな」
「あん♪やっぱり、夜の御前さんは素敵♪♪」
そして二人の影は重なり合うと、程なくしてその一つになった影から二つの獣の嬌声が放たれた。
そして明くる日、布団の中で精根尽き果てて気を失った神主と、その隣に満足そうな寝顔の須美江様の元へ向かい、
「た、大変ですお父様！お母様！」
「ふあぁ……おはよう登米波根。今日も元気一杯ね」
「ぐぅぅ……どうしたんだい、登米波根」
登米波根の大声で起こされた二人は、須美江様は凛とした様子で起き抜け、神主は多少の疲れを見せて重そうな体を無理やり起こした。
「お父様、お母様見てください！とめはねの尻尾が二本になってます！きっとこれは、さたんさんの素敵な贈り物に違いありません！！」
確かにその尾っぽを見ると、昨日までは一本だったのに二本のふさふさの狐尻尾が伸びていた。
須美江様は登米波根に気が付かれない様な素早さで、神主に視線だけで『昨日あの子に射精したの？』と問いただし、神主は視線だけで『そんなわけ無いじゃないか』と答える。
登米波根の二つ目の尻尾が本当にサンタのクリスマスの贈り物なのかどうなのか、それは当のサンタにしかわからない事だった。
11/12/25 21:58更新 / 中文字
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