ある日ある時の聖誕祭
魔界で雪が降る。 それは気候が一年を通して温暖な魔界では珍しい事。 こんな珍事が起きれば、魔界の住人の間では『すわ魔王夫婦が喧嘩して魔界が不安定になっているのか!?』、『もしや青姦を阻止しようとする教団の仕業か!?』等々と憶測が飛び回りお祭り騒ぎになるのだが、しかし今日この日だけは魔界の住人は乱痴気騒ぎをせずに、家の中で家族と過ごしつつも夫婦と恋人は静々と思い思いに各々の体位で繋がっている。 それは何故かと言えば、今日は年に一度のクリスマス。 この日ばかりは主神教の人々だけではなく、主神を毛嫌いする魔界の住人も、魔物といがみ合う教団の人々でさえ魔物との闘争を忘れて家族と過ごす。そんな奇跡のような日。 この雪もそんな日を盛り上げようと、バフォメット以下サバトの皆で行使する魔法で生み出した雪という名の地上の星。 そんな日の魔界でのとある一軒の民家の一室に、一人の男と一人のアリスが住んでいた。 「うわー、雪だよおにいちゃん!」 「そんなに窓際に張り付かなくても雪は見えるでしょ。ほら、窓に当てていたアリシアの手がもうこんなに冷たい。早くストーブの近くに来なさい」 「ぶぅ……アリシアが生まれて初めて見る雪だよ。もっとしっかり見たいーー!!」 おにいちゃんと呼ばれた男がアリシアと呼ばれたアリスを諭すが、当の彼女は可愛い顔を不満の表情で歪ませながら男に向かって駄々をこねた。 本来ならばこの男。アリシアのおねだりを甘んじて受け入れるタイプの人物なのだが、しかし今日は何故か我が侭を言うアリシアに何かを含んでいるような笑顔をアリシアに向けている。 「アリシアがそんなに我が侭ばっかり言っているなら、サンタさんは家には来ないだろうなー……」 明らかにわざとらしい口調で独り言を装いつつ、男は少し大きめな声でそう呟いた。 演技力皆無の男のその仕草は、普通の子供でも演技だと見破れるほどのものだったが、しかし純真を絵に描いて額縁に押し込んだような存在であるアリシアは、その男の言葉に愕然として顔色も真っ青になってしまう。 「どどど、どうしよう、サンタさんが家にだけに来なかったらやだよぅ……」 今にも泣き出しそうなそのアリシアの様子に、男は口の端に浮かびそうになる笑いを押し殺しつつ、至極真面目な顔付きを作ってアリシアの肩に両手を乗せた。 「いまからサンタさんに一生懸命に謝れば、まだ間に合うかもしれない。僕も一緒に謝るから、さぁ手を祈りの形に組んでごらん」 「――サンタさん。アリシアはいまワガママを言いました。だけどもう絶対にワガママは言いません。嫌いなニンジンも食べます。おにいちゃんのご本の時間も邪魔しません……」 「サンタさん、アリシアは自分の行いを悔いる事の出来るとっても良い子です。ですからどうか今宵は家にも足をお運び下さい……」 必死に手を組み目を瞑り、サンタに向かって自分の行いを懺悔するアリシアの様子を見た男は、愛おしさから出てくる柔らかな笑みを浮かべつつも、その口からはサンタに向かってアリシアの弁護の言葉を紡ぐ。 「……もうおにいちゃんを起こすときにフライングボディーアタックをしません。あとは、あとは……」 しばらく続いたアリシアの懺悔だったが、本来純真無垢である彼女にそんなに懺悔するような事があるわけもなく、可愛らしく小首を右左に傾けながらまだ懺悔していない事が無いかを考えているようだった。 そんなアリシアの様子を見た男は安心させようとするかのように、アリシアの頭をゆっくりと優しく撫でた。 「アリシアがこんなに謝ったんだ。きっとサンタさんもアリシアが良い子だって分かってくれたよ」 「本当に?本当に?」 「大丈夫、僕が保障するよ」 頭を撫でても不安そうな顔を止めないアリシアを、男はそっと腕で抱き寄せて軽く抱きしめた。 アリシアは大好きな男の腕に抱かれて、その大好きな匂いを嗅いで安心したのか、恥かしさからか少し朱が差した頬を嬉しそうに緩ませ、ついでに尻尾を犬のように左右に振って喜びを表しつつ、男の体温を感じることに専念している様子。 「さて、サンタさんに謝った事だし、豪華な夕食を作るとしますか。もちろん良い子のアリシアも手伝ってくれるよね?」 「う、うん。ガンバル!」 今まで余り食事の手伝いをしたことの無かったアリシアは気後れしながらも、そう男に向かって力強く答えると、二人そろって台所へと向かって歩いていった。 さて、こんなクリスマスの日。 違う場所で、他の時間軸の、異なる次元の魔物は如何過ごしているのだろうか? |
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