山の社に住む巫女と出会う
登山というのは実にシンプルだ。登って、そして降りるだけ。
まぁ山に上るための連絡とか、山頂への道のりが険しいとか、山中に泊まる用意やそれに伴う食料などという雑多な事も在るには在るが、突き詰めてしまえば『山の頂へ登る』という一点だけの目的しかない。
そして俺はそんなシンプルな登山を一人で行うのが好きだ。
今日も今日とて、連休を利用した山中二泊三日の単独行――その初日の真っ最中。
何時もは藪漕ぎとか腰に刺した山鉈で木を切り払いながらの行軍になるのだが、今日はちょっと違っていて、いま俺は踏み固められた参道を歩いている。
それもこの山を所有している人に登山の許可を得ようとした時に、
「だったら、途中に社があるから様子見てくれない?いやー、最近ほったらかしにしちゃっててね〜」
という交換条件を出されてしまったからだった。
まあ俺としてもその社の場所でテントでも張れれば、一夜のキャンプ地を確保できると言うのは大きな利点になりうる事なので、安いものだと了承した。
と言うわけで、とりあえずはその社に向かって歩いているわけなのだ。
「す〜……は〜〜……」
考え事をしていた所為で乱れた呼吸を正そうと深呼吸してみると、都会の排ガスに汚れた肺が清められる気がするほどに清浄な空気が肺を満たし、鼻腔内には草木のあの青臭い様な独特な匂いが広がり心が落ち着く。周りを見渡すと、そこには木々が生い茂ってはいるものの誰かが剪定をしているのか、人が入り込まない山特有の生命に溢れた雑多な茂みではなく、どこか植林を思わせる程に木々がお互いに成長を阻害しない程度の間隔で生えている。
この状況を見ると、電話口ではほったらかしにしていたと言ってはいたが、そんなに長い期間ではなかったのだろうか。それとも話には出ては来なかったが、誰か他に管理している人でも居るのだろうか。
「とりあえずはその社とやらに行かなきゃな」
えっちらおっちらとゆるゆる山を登っていくと道の分かれ目に差し掛かり、その一方には小さめの石で出来た鳥居とそこから伸びる天然石を重ねて出来た石段が見えた。
「常識的に考えて、こっちが社に向かう道だよな」
俺は鳥居を潜り石段に脚を乗せ、社に向かうであろうこの石段を登り始めた。
これは俺の勝手な感想だが、天然石を使用しているために幅も高さもバラバラの石段を登るのは、山登りと言うより感覚的には川辺の岩場を跨いで上り行く方に近く自分のペースで歩けない。しかも階段の所々の石が軽く動くために、坂道を転がり落ちるのではないかと冷や冷やして心臓に悪い。
総合すると、色々な意味で地味にきつい。
それでも足元の石段に視線を落として注意しながら一歩一歩上っていけば、いつの間にか石段の終わりを示す鳥居と石像がもう間近に見えていた。
「いよっし、到着!」
最後の一段をジャンプして乗り越えると、思わずそう呟いてしまう。
時計を見ると午後の二時。登り始めたのが正午頃だったので、麓からここまで二時間も歩いていた事になる。
あまり高い場所へと歩いてきた感覚は無かったため、脳内でロードマップを思い描いてみると、この山をグルグルと回る様に参道が延びていたことに気が付いた。そのために、余計に時間が掛かったようだ。
こんな辺鄙な社には物好きな参拝者しか来ないよなと、火照った体を冷ますように疲れを口から追い出すように吐息を一つしてから、この場所をゆっくりと観察してみる。
鳥居の左右には風化で何か判別できなくなった二体の像が鎮座し、その二体の間を少し土が被さっている石畳の通路が伸びていて、その中ほどの左側には山の湧き水を利用していると思われる、絶えず水が流れるやや苔が生えた手水の場所が設けてあった。
とりあえず俺は礼儀としてその手水で手と口を清め、失礼かもしれないとは思ったが喉が渇いていたので、背嚢からステンのカップを取り出して流れ出ている水を中に入れた。
一応念の為に鼻と舌とで水の安全性を確かめた後、カップを呷った。
湧き水特有の冷たさが喉から胃まで駆け下りると、俺の体の火照りと渇きを消し去り、代わりに訪れたのは突き抜ける様な涼感。
「あ〜、美味い」
あまりの清々しさに思わず二杯目を入れ、寸の間を置かずにそれを飲み干してしまう。
飲み終わりぷはっと一息入れた時、ふと視線の先に何かがあるのに気が付き、恐る恐る近づくとそれは半透明の膜の様な物体。人差し指と親指で摘んで持ち上げると、それは全長で俺の胴を三回りもしても余りそうな大蛇の抜け殻だった。
「蛇の抜け殻は金運が上がるって言うけど、山の物は持ち出すのはちょっとな」
山の物を俗世へ持ち出すと災いが降りかかる――というのは山登りしている人なら一度は聞いたことがある都市(山?)伝説なのだが、俺は『鰯の頭も信心から』ということで気に留めている。
そんな訳で少し後ろ髪を引かれながらも、蛇の抜け殻を地面に下ろして俺は石畳の伸びる先へと歩いていく。
歩いているとやがて耳に水が落ちて空気を押しのける音と、頬に水が弾け散った事で巻き起こった水煙を感じた。
どうやらこの先に滝がある様で、社へ続いているはずのこの道もそこへと向かっているようだ。
久々に滝が見れるかもと、うきうきした足取りで小走りで音の方へ向かうと、そこには落差四メートル程の滝が俺の予想通りにあった。
「おぉ〜、ちゃんとした滝だ……」
「そこに居るのは誰ですか!」
思わぬ滝との出会いに惚けていた俺に、そんな女性と思わしき声が掛けられた。
視線を滝つぼとそこから伸びる川面に移してみると、そこには真っ白な髪を腰まで伸ばした美人が俺の方を向いていた。
しかし健全な男である俺はその女性の顔よりも、濡れた薄衣の服から浮き出るようにはっきり見えた、桜色のぽっちのある肌色の巨山ときゅっと締まった腰というパーフェクトなプロポーションに、目が釘付けになってしまう。
そんな俺の視線に気が付いたのか、その女性は片手で自分の体を抱くともう一つの手に青い炎を出現させた。
「この不埒者!!」
「うわぁ! ちょ、待て、悪かった!!」
咄嗟に伏せた俺の頭の上を女が手から発射されたあの青い炎が通り過ぎ、近くに在った木の幹へ激突した。
山火事がやばいという俺の脳裏を走った危惧は、その炎が木やその下にある枯葉に燃え移る事無く消え去った為に杞憂に終わり、ほっと胸を撫で下ろすのもつかの間、耳にがさりと草を掻き分ける音が響き顔を上げてみれば、先ほどの白髪の美女が髪と同じく深雪を思わせる白い額に青い癇癪筋をくっきりと浮かべて俺の方を見下ろしていた。
ちなみに、体の方には透けた薄絹の上に羽織を着ていて肌色の部分は窺い知る事が出来なかった。実に残念だ。
「少しお話よろしいですか?」
俺のそんなスケベ心を見透かしたのか、美女は手にあの青い炎を灯らせて、目が据わった笑顔を浮かべている。
とりあえず俺は命の危険を感じ、コクコクと頷いて返事をしてやった。
滝のすぐ近くに在った洞穴に脅される様に連れて来られた俺は、その中にあった社――というよりは掘建て小屋のような場所の中へと入れられた。
そして何時の間にやら薄絹の衣から巫女服のような物に着替えていた美女とちゃんと対面し、そこでようやく俺は目の前の美女が人間でない事に気が付いた。
いやほんと、どうやったら下半身が蛇というのを見落とす事が出来たのか、自分の事ながら不思議でしょうがない。
「それで、貴方はこの山に何しに来たのです?」
明らかに不審者を見る目つきで俺の方を睨む蛇女に、偶然にちょっとだけ肌色を見てしまった俺が悪いといえば悪いのだが、それにしてもあんまりじゃないかとカチンと来て、俺がこの山に登る経緯を嘘偽りの無く話してやることにした。
話の件が俺が連絡を取った女性の所になり、彼女が言った事をそのまま、ついでに声真似もつけてやってようやく納得したのか、幾分俺に向ける視線の圧力が弱まってくれた。
「は〜……本当にあの子は……」
一つ呟いて溜息を吐く蛇女だが、溜息を吐きたいのは俺の方だと声を大にして言いたい。あの青い炎が怖いから口に出さないけど。
そんな俺の憤然たる内心が伝わったのか、蛇女は居住まいを正して座り直すと、俺に向かって両手を地に着けて深々と頭を下げてきた。
「正式な登山者とは露知らず、ご無礼の数々、本当に申し訳御座いません。私はこの山の水神に仕えるしがない巫女で、山葵と申します」
「俺は陸奥武彦。まぁ、誤解が解けたのならそれで良いよ。俺の方も不注意で山葵さんに不愉快な思いさせちゃったし」
「そう仰って下さいますと、此方と致しましても救われた気が致します」
静々と頭を上げながら微笑みつつ俺にそう言う山葵さんだったが、次の瞬間には少しどこか幸薄そうな顔つきになり、心の底から漏れ出てくるような重々しい溜息を一つ吐いた。
それは白一色という容姿と見た目が美人ということもあり、硝子細工のような壊れ易そうな印象を俺に抱かせる。
しかしそれは見た目だけで判断すればという話。見ず知らずの人間に少し怒った位で炎を投げつけてくる程だから、実は結構根は図太いのかもしれない。
「随分苦労しているんだ」
「はい、それはもうあの子の所為で……それで、山登りという事でしたね」
山葵さんにそう呟かせるという、連絡を取った時に電話口の向こうに居た人物は一体どんなトラブルメイカーなのか気にはなったが、一応俺の目的は登山なので山葵さんの話題に乗っかる事にした。
「ええっと、この山を登って、山の稜線伝いに二つの山を越えて、向こう側の国道へ出る計画だね」
「は〜……本当にあの子ったら、陸奥様に何も伝えていないのね……」
俺が頭の中に入れていた地図とその道順を告げると、山葵さんは再度重々しく溜息を吐いた。
そんな山葵さんの様子に、俺は何か地図上に見落としをしていて、通れない道を山葵さんに告げてしまったのかと訝しんでしまう。
「まず陸奥様に告げておく事が御座います――が、その前に魔物娘はご存知で御座いましょうか?」
「地元では学校に通っている奴も居るし、山登りしていれば野生で暮らしているのに出くわした事もあるよ。ああ、あと俺の事は呼び捨てで良いよ。様付けされると小っ恥ずかしいし」
「では陸奥さんとお呼びします。知って居られるのならば話が早う御座います。この山は私の仕える水神様の領域で御座いまして、名義上管理しているのは陸奥さんがご連絡になったあの子で間違いは御座いませんが、実質管理をしているのは私で御座います」
まあそうだろうなと思う。
木々が手を加えられて整頓されている山の様子とか、お参りする人が少ないだろうに参道が踏み固められていたりと、山の管理者があの電話の人以外に居ないと説明がつかない事があった。
だがそれが俺の山登りに関して言うべき事とは思えない。実際に俺は此処まで無事に登れてきた訳だし。
「此処からが本題で御座います。陸奥さんが仰った行程にあった他の二つの山は私の管轄ではなく、そして人間の管理者も居ない土地なのです」
それの何が問題なのか俺には分からなかったが、山葵さんの話の中に『魔物娘』という単語が出てきたことから推測するとだ、登山者にあまり嬉しくない事実が浮かび上がってきてしまう。
「……ということはつまり」
「陸奥さんが思い至った通りに、その二つの山は魔物娘の巣窟で御座いまして、大変申し上げにくいのですが、陸奥さんが足を一歩踏み入れた瞬間に餌食にされるのは目に見えているかと」
「あちゃ〜、やっぱりか」
一般の登山者が入ってはならない山は数種類ある。
土地の権利者が入山を禁止している場所、宗教的な意味合いで重要となる場所、貴重な動植物が生息する場所、危険なガスが吹き出る場所などなど。
中でも『人間が』入山してはいけないのが、野生のままに日々を過ごす事を決めた魔物娘が生息する森がある山。
そういった山に一歩足を踏み入れたが最後、登山者はその魔物娘の生活圏に取り込まれ、二度と俗世の地を踏む事が出来なくなると云われている。
まあ稀に逃げ出すことに成功したり撃退に成功したりと、見事に生還する人も居るには居るが、これはプロ登山者やマタギの体験談という例外中の例外であり、一般人の俺にそれが出来るとは到底思えない。
前に俺が出くわした魔物娘は夫持ちで子がいなかったたから見逃された様なものだったしなと、思い返してみた。
「となると、今日はこの山の頂上に昇って一泊するとして、明日は下山して帰らなきゃいけないのか……」
「いえ、その、申し上げにくいのですけど、できれば今日中に下山して頂けると……」
「なんでここで行き成り、日帰り登山のお勧めぇ!?」
俺が思わずそう大声を上げてしまったものだから、山葵さんは恐縮したように縮こまってしまった。
いや別に山葵さんを威圧しようとしたわけではなくて、山葵さんが管理者のこの山は安全だと思っていたので、今すぐ帰れと言われるとは思っていなかったから思わず大声を発しただけで、恐縮して小さくなられてしまうと俺としても居たたまれなくなってしまう。
でも見ず知らずの俺にここまで親切にしてくれる山葵さんが今日帰れと言うには、それなりの理由があってのことなのだろう。
……そう納得しないとやっていられない。
「はぁ、しょうがない……帰るとしますかな」
「では途中まで見送りを」
そして二人並んで洞穴の出入り口まで来ると、滝が落ちる音で気が付かなかったが、外はかなりの大雨が降っている最中だった。
山の天気は変わり易いと言えども朝は晴れていたのだから、ここまで極端に変わる事は無いと思う。
ちらりと腕にはめた時計を見ると、午後の三時。日の入りが六時ごろと仮定してみると、下山にかけられる時間は三時間。
登りに二時間掛かったのだから、下山なら三時間もあれば余裕――などと考えるのは、山に登ったことの無い奴か登山の熟練者の意見だろう。
そもそも登山で危険なのは、登りより下りの行程なのだ。
ただでさえ登りで疲れているのに、足元の悪い山の下り坂で足を踏ん張りながら降りると、太腿の筋肉にダイレクトに負荷が掛かかる。そうすると急な斜面に足を取られて転んでしまったり、疲れで注意散漫になり道を踏み外したりする危険度が高くなるため、下りの途中では大事を取って休憩を随所に挟んだりすることがあるわけだ。
そんな危険が下りの行程にあるので、登山マナーとして道を譲る場合は下山者が優先になっていたりする。
それに加えて今は雨が降っているため、ぬかるんだ地面に注意しながら歩かなくてはならなくなり、余計に時間が掛かってしまう。
以上諸々を加味して思考すれば、どう考えても三時間程度で山を降り切るのには無理があるという計算になってしまう訳である。
そもそも、これだけの量の雨が降っているとなれば、それだけで山を歩くのは無謀極まりない行為。
大雨は日頃には無い場所に川が流れたり、何時もは通れる道の地面が緩んで崩れたりと、危険な状況を誘発する危険因子だ。
そんな事をつらつらと脳裏で考えつつ、まさかこんな雨の中を帰れとは言わないよねと、視線だけで山葵さんに問いかける。
山葵さんは俺の視線を受けたからか、この雨を一睨みした後で出会ってから三度目となる重々しい溜息を吐いた。
「しょうがありません。今日はここにお泊りになってください」
「本当に!?本気でありがとう」
思わず嬉しさから、山葵さんの手を握ってブンブンと上下に振ってしまう俺。
しかし山葵さんに次の瞬間には思いっきり俺の手を振り払らわれてしまい、あまりの勢いに俺の体がつんのめってしまう。
「いい、い、行き成り、手を握らないで下さいまし!」
両手を胸に掻き抱いて、俺に向かってそう言い放ってくる山葵さん。
これは見知って間もない女性の手を行き成り握るなんて馬鹿な行為をした俺が悪い――だが振り払う事は無いだろうと心の隅で思ってしまう。
「いえ、あの、別に陸奥さんを傷つけるつもりは無くてですね、行き成りだったので驚いたと申しますか」
俺の顔に傷ついた表情が出ていたのか、わたわたと弁明してくれる山葵さん。その言葉と山葵さんの顔が赤いことから察するに、実は男に免疫が無くて照れているのかもしれない。
とりあえず俺は気にしていないと告げておき、そして山葵さんに伴われて社へと戻った俺は背にある荷物を床に下ろした。
「じゃあ遠慮なくお世話になるとして。お返しにこの中で欲しいものがあればどうぞ。日持ちのする食料品とお菓子、お酒も少量ならあるよ」
用意してきた二泊三日分の糧食から、幾つかを無造作に選んで背嚢から取り出す。ラインナップは包装紙に包まれたチョコや飴などの携行食が数個に、焼き鳥缶詰め一つとお湯を入れるだけで出来上がるパック詰めの米。
俺はとりあえずそれらを山葵さんへと差し出してみる。
「それでは、お菓子を……」
俺の手からチョコを二個指先を使って取った山葵さんは、その内の一つを包装紙をさっと取り払った後に口に入れた。
「ああん♪ 久々に食べるお菓子は、甘くて美味しい〜♪」
やっぱり山葵さんも魔物とはいえ女性だから、甘いものには目が無いのだろう。
しかし甘味が久々という事は、神に仕える巫女さんだから禁欲生活をしているのか。それとも山中に住んでいる関係で、お菓子が手に入りにくいのか。
どちらにせよ一欠けらのチョコだけでここまで満面の笑顔になってしまうのだから、山葵さんが甘いお菓子に餓えている事は手に取るように分かってしまった。
「チョコだったら背嚢の中に袋であるけど欲しい? あとチョコに合う洋酒もあるけど、飲む?」
「本当ですか!?それではお言葉に甘えさせて頂きます」
俺のご機嫌伺いの言葉に、嬉々とした笑顔で俺の方に詰め寄ってくる山葵さん。
美人が迫ってくれば男の俺としては嬉しいものなのだけれど、得物を狙う目つきを爬虫類特有の縦長の瞳孔でやられると怖さの方が先立ってしまう。
そのため俺は笑顔を引きつらせながら、山葵さんにチョコの袋とコニャックというブランデーの入った350ml容量の魔法瓶を手渡した。
「甘いお菓子を食べながらお酒を飲めるなんて、私こんなに幸せで良いのでしょうか♪」
こんな事だけでこの世の絶頂期の様な顔をされてしまうと、逆に申し訳なく思えてしまう。
本当に苦労しているんだろうなと、山葵さんの笑顔に変な感想を心の中でもらした俺は、手に残った飴玉を剥いて口に放り込むと、調理が必要ない食べ物を背嚢から取り出していく。
焼き鳥缶二つに、栄養スティック(カレー味)一箱、シングルモルトの日本ウィスキーの入った小さな水筒を取り出し終え、さて食べるかという頃になって山葵さんを見てみると、お徳用の袋に入ったチョコの量が半分まで減っており、度数の高いブランデーをこの短い間にかなり飲んだのか頬が朱に染まっていた。
「それ焼き鳥ですか〜?ちょっと味見させてくださいな〜」
「ええ、どうぞ」
コニャックに焼き鳥が合うのかは疑問だったが、酔いで語尾が延び始めた山葵さんへ、焼き鳥缶の一つを開けて差し出す。
嬉しそうに受け取った山葵さんが、一片の鶏肉を手づかみで口の中に放った後、魔法瓶のカップに入ったコニャックを呷る。するとやはり合わなかったのか微妙な顔つきになると、口の中身を飲み下してから口直しのためにかチョコ一欠けらとカップに少し残ったコニャックを口の中に入れた。
「焼き鳥はやっぱり日本酒か焼酎ですね。陸奥さんも焼き鳥と洋酒を呑むのはやめたほうが良いですよ〜」
「これはそれとは違う種類の酒だから大丈夫だと思うけど……」
「むぅ、じゃあそっちも飲ませてくださいぃ〜」
俺の手からウィスキーの入った水筒を奪い取った山葵さんは手にあるカップになみなみと注ぐと、それを舌で舐めて味を確認した後で水であるかのように飲みつつ、ついでとばかりに焼き鳥を口に入れていく。
あんまり飲みなれている様子の無い洋酒なのに、山葵さんは気にした様子も無くぐいぐい呑んでいくけど大丈夫なのだろうか。
もしかしたら蛇の魔物娘である山葵さんは『うわばみ』なのかもしれないなと、軽くなってしまった水筒の中身を飲みつつ心の中だけで呟く。
「ぷはぁ……でも〜、よくよく見ると、陸奥さんって格好いいですね〜」
カップに入ったウィスキーを飲み干した山葵さんが、とろ〜んとした目つきで俺の顔をまじまじと見てきた。これは明らかに酔っている。
どうやら山葵さんは酒に強くて呷っていたわけではなく、ただ単に飲みなれない酒だったからペースが分からなかっただけらしい。
「またまたご冗談を。人でも魔物娘相手でも、俺がモテた試しはないよ」
「いいえ、こんな私にここまで良くして下さるのですから、陸奥さんはいい男に違いありません〜」
酔っ払いの相手をしなくて済むように、話を打ち切ろうとしたのだが完璧に失敗した。
しかし諦めたらそこで試合終了だと、籠球部の白髪悪魔も言っている。
「いや、俺は本当にふつーの何処にでもいるようなつまらない男だよ。山葵さんがいま感じているのは、お酒とチョコの所為で」
「ふふふっ、脱皮して体を駆け巡る欲情を持て余し、どうにか収めようと滝行をしていた私に、陸奥さんのようないい男が現れるなんて、これは日頃苦労している私に対しての水神様のご褒美に違いないですね〜」
なんかいま人(蛇?)の論理が酒で破綻していく瞬間を目の当たりにしたぞ。
そしてなんか『欲情』という、魔物娘が傍らにいる時限定で聞きたくは無い不吉な言葉が聞こえた。
そういえば手水の所で大蛇の抜け殻を見つけていたんだったな。蛇の魔物の特徴として、脱皮直後は発情して男に襲い掛かるのだったっけ。
更にはチョコレートは昔は媚薬として使用されていて、お酒も大昔に媚薬として用いられていたという過去があったな、そういえば。
……あれ?思い返すと、いまの俺はやばい状況に置かれていたりする?
「ふふっ、陸奥さ〜ん♪」
「うぉ!――ぐぇ……」
行き成り俺に飛びついてきた山葵さんに驚いたのも束の間、あっという間に全身を山葵さんの白い蛇の体で巻きつかれて締め上げられてしまう。
ぎしぎしと俺の関節が締め付けによって鳴り、肺の中に空気を取り込むのも一苦労な有様になってしまう。
「く、苦しい、放してくれ」
「駄目ですよ〜。陸奥さんはここで私に食べられてしまうのです〜♪」
口にコニャックとチョコを入れてもぐもぐと顎を動かした山葵さんは、そのまま俺に口付けをしてきた。
最初に口の中に感じたのは舌がアルコールに焼かれる感触。次に甘いチョコの味。最後に俺の口内に侵入してきて、俺の舌に絡みつく山葵さんの舌の熱さ。
そのまま数十秒間、チョコとコニャック満杯の俺の口内は山葵さんに弄られ味わわれ、俺の肺の中にある空気が全消費された頃にようやく山葵さんの口が俺から離された。
「陸奥さんのお口、おいひぃれふ」
俺の口の味を思い出すかのように、山葵さんは自分の口の周りを蛇特有の先割れ舌を扇情的に這わせているのを横目で見つつ、俺は口に入れられたチョコとコニャックに山葵さんの唾液のカクテルを胃の中に流し込む。
どうやら完全に俺に対して発情した山葵さんの捕食スイッチが入ってしまっている様だ。
一旦蛇の魔物がこうなってしまうと、目的の男――つまりは俺が山葵さんから逃げ出せる可能性はマイナス百%になる。
ちなみにマイナス百%というのは、この場から逃げられる可能性がゼロ%と、逃げられても地の果てまで追いかけられて捕まる可能性が百%という意味である。
「ほらぁ〜陸奥さん、もう一杯♪」
もう一度口の中にチョコとコニャックを詰めた口付けが俺にされる。
どうしてこうなった。俺の落ち度は何処にあった。
そもそも魔物娘に襲われますよと注意してくれた人が襲ってくるなど誰が予想できる。
と、口を蹂躙されるだけでやる事が無い俺が頭を働かせて考えても事態が好転するわけも無く、もうどうしようもないので俺は山葵さんに全面降伏をする事に決めた。
そうと決めれば、俺は腹を括って山葵さんにとあるお願いをしなくてはならない。
「ぷはっ……はぁ、はぁ……逃げないから、お願いだから放してくれ」
「むぅ〜……しょうがないですね〜。でも嘘吐いて逃げ出したら〜」
脅すように手にあの青い炎を灯らせる山葵さん。
そんな山葵さんの不安を取り除くように、今度は俺の方から山葵さんへ口付けをした。
「!!――あむっ……ちゅぅ……はぅんッ……」
俺の方からするとは思ってはいなかったのか、一瞬だけ硬直した山葵さんだったが、だが一呼吸も置かずに俺のキスを受け入れると舌を俺の舌と絡め始める。
俺の体に巻きついていた蛇の体は、不安が取り除かれたからかスルスルと離れ、自由に体を動かす事が出来るようになった俺は、キスは継続したまま開放された両手を使って山葵さんの頭から伸びる綺麗な白髪と尖った耳を撫でていく。
「ちゅ……もっと、ナデナデしてぇ……れるぅ……」
「んぅ……じゃあ、お言葉に応えて」
手櫛で頭皮を引っ掻くように漉きながら、もう片方の手で耳の起伏に指を這わせる。
俺の手つきがむず痒いのか、山葵さんの蛇と人間の体の境目のある腰が右に左へとゆっくりと振られていく。
「どうしたの、形の良いお尻が誘う様に揺れているよ」
「くすぐったいからですよ。誘ってなんか……」
「本当にそうなの?」
「うぅんッ!」
耳を撫でていた手をゆっくりと下ろして行き、袴の隙間から手を差し込んで細っそりとした腰を撫でてやると、俺の手の感触に山葵さんは体を震わせ、思わずといった感じで口から押し殺した声を出してしまう。
「可愛い声」
「も〜、陸奥さんたらぁ〜」
俺に攻撃されて本格的に魔物の本性が目覚めたのか、山葵さんの目の色が色欲一色に染まり、俺の方を熱っぽく見つめている。
このまま押し倒されるのも悪くはないが、流石に硬い木板の上に寝転がされるのは勘弁願いたいので、俺は山葵さんの腕の中から抜け出ると床に下ろしていた荷物の方へと歩み寄り、中身をあさり始める。
「陸奥さん、ねぇ〜、しましょうよぅ〜」
「ちょっと待って。山葵さんも固い床の上でするの嫌でしょっと」
俺の背にしな垂れかかってきた山葵さんを宥めながら、俺は荷物から寝袋を取り出す。
これの寝袋はファスナーが片側上下に走っているため、それを引き下ろすだけで簡易マットへ早変わりする事が出来るという優れものなのだ!――実際にこれをマット代わりにすると寝袋がもう一つ必要になるため、本当は欠陥品もいいところなのだけどね。
「ほらおいで、山葵さん」
「陸奥さ〜ん♪」
寝袋マットの上で俺が両手を開いて招きよせると、俺の腕の中へ向けて山葵さんがダイブしてきて、山葵さんに押し倒される形になってしまった。
しかしそんな嬉し恥ずかしな状態である俺の体を駆け巡ったのは、山葵さんのたゆんたゆんな乳房に顔を包まれた喜びではなく、体に突き刺さった俺の予想以上に大きな衝撃の方だった。
そういえば山葵さんの人間の体は出るところは出てて引っ込んでいるところは引っ込んでいるという体形だが、蛇の方は全長が五メートル程もあり一番太い部分が山葵さんの豊満な胸周り程もあるのだから、それに準じて体重があるのは自明の理だったのを失念していた。
「む〜。陸奥さんなんか、失礼な事考えてませんか〜?」
「いや――山葵さんのお乳が揉み応えありそうだな〜と」
体重の話題はどの種族でも禁句なのだなと心に留めて話をすり替えながら、心中を悟られないように体を起こしてお互い対面に座ると、山葵さんの左右の乳房を両手で救い上げるように持ちつつ、下乳から横乳にかける部分を揉み解すように手に多少強めに力を入れる。
すると巫女服越しだというのに、山葵さんの両乳房の柔らかさとハリが手に伝わってきて、もう俺はその感触だけで自制心の大半を持ってかれてしまった。
「ああん♪ 陸奥さんの手、厭らし過ぎます〜♪」
そんな嬉しそうな山葵さんの声に後押しされて、俺は更に力を強めに――山葵さんのおっぱいの芯を揉み溶かす様に手を動かしていく。
多少痛かったのか山葵さんは眉根を少しだけ寄せたが、俺の手が与える刺激になれるにしたがって、山葵さんの染み一つない真っ白な頬は段々と気持ちよさで朱色に染まり始め、吐息も熱と湿っぽさを含んできた。
しかし俺と山葵さんの体の間に隙間が開いているのが不満なのか、山葵さんの白蛇の体が控えめに俺の体に巻きつき、山葵さんへと引き寄せようとしてくる。
「ねぇ〜陸奥さん〜。キスぅ〜、キスしてください〜〜」
「山葵さんって、結構甘えん坊だったんだね」
仕方がないなと言外に呟くようにそう言葉に出して、唇を突き出した山葵さんへと顔を近づけ、あと数ミリで唇が触れるというところで俺は胸を揉んでいた手に更に力を入れた。
すると俺の予想通りに山葵さんの口が喘ぐように開かれ、俺はその上下に分かれた唇の下半分を啄ばむと、俺の上下の唇で挟み込んで擦り合わせるように愛撫する。
しかし山葵さんはそれでは足りなかったのだろう、頭を引いて唇を俺から離したあとで再度口全体を合わせる様なキスをし、長い先割れの舌を俺の口内に捻じ込んできた。
流石に魔物娘の本能に刻まれた口愛撫に俺の技術が通用するわけはなく、されるがままにされてしまうが、俺は胸の頂点部分へ向けて手を揉み動かして反撃とする。
やがて俺の手指が山葵さんの胸の頂点で巫女服を押し上げるようにして存在感を示している乳首へと達し、そこの部分を胸を揉んでいた時とは二段階弱い――といっても女性の体の中で三本の指に入るぐらい敏感な場所にしては強い程度の力で、ぎゅっと力をいれて揉む。
そうすると山葵さんは乳首に加えられた刺激に体を硬直し俺の口内を蹂躙するのが止んだのを見計らって、俺は山葵さんの舌から逃れるように唇を離した。
「あぅぁ……えへへ〜。陸奥さんのおくち〜、やっぱり美味しいです♪」
「そんなにキス好きなんだ」
「うん。キスされると、胸の奥がぽわぽわするので、大好きですよ〜♪」
飲んだ酒で溶けたのかそれとも俺の愛撫で蕩けたのかは判らないが、山葵さんは目じりと頬を緩ませて俺に微笑みかけてくれた。
思わず俺はその顔に見惚れてしまい、揉み飽きない胸を揉むのも忘れて見入ってしまう。
「でも、陸奥さんが私を気持ちよくしてくださっているのに、私が陸奥さんへキスするだけではいけませんよね〜」
しかし山葵さんがそんな言葉を吐いた瞬間、頬は緩んだままだったが目はまたあの得物を狙う目つきになったかと思ったら、俺は寝袋マットへと押し倒されてしまう。
そして山葵さんは蛇の体を俺の腹から胸にかけて這わせると、その重t――大きな白い体で俺を押さえ込んでしまった。
「えっと、山葵さん。これじゃあ俺が動けないんだけど!?」
「そのままの状態で大丈夫ですよ。私のお胸をこんなに気持ちよくしてくださったんですもの。お返ししなければ魔物娘の名折れです」
俺に胸の存在感をアピールするかのように、山葵さんは俺の目の前で寄せて持ち上げる。
くにゅっと歪みたゆんと揺れる山葵さんのおっぱいを衣服越しとはいえ眼前で見せられた俺は、そのド迫力に思わず生唾を飲み込んでしまう。
「うふふ、やっぱり陸奥さんはお胸がお好きなんですね〜♪ ほら陸奥さんの股間に手を這わせれば、陸奥さんの蛇さんが布越しだというのに手に熱いです」
「いや、それは、そのぅ……」
自分の性癖を女性に告げられるというのは倒錯的な悦びがあるが、それに増して恥ずかしいものなので、思わずうろたえてしまう。
そんな俺を見た山葵さんが意地悪するかのように『可愛い』と俺の耳元で告げてきたので、男が可愛いといわれても嬉しくないと心の中だけでこぼす。
「では、陸奥さんの蛇さんとご対面です」
かちゃかちゃと俺のベルトの止め具を外し、ズボンを膝まで一気にずり下ろされると、俺の一物は起き上がり小法師のように跳ね戻り、俺の下腹を打ち付けてぺちんと音を出した。
そんな元気な様子に面食らった様子の山葵さんだったが、あまり時を置かずに天を突くように聳え立つ俺の陰茎に熱のこもった視線をねっとりと絡みつかせ、口は極上のメインディッシュが目の前にあるかのように涎が垂れそうなほどに緩んでいた。
「立派なモノをお持ちですね」
「立派かなぁ?自信はないんだけど……」
高校生時代に興味本位でネットで調べた限りでは、俺の陰茎は標準サイズのプラス一センチぐらいだった気がするのだけど。
しかし俺のそんな言葉を聴いているのかいないのか、山葵さんはゆっくりと腕を動かして手を俺の股間に近づけると、大理石で作られた彫像のようにたおやかな指を伸ばして俺の陰茎に巻き付ける。
山葵さんの手の冷たさに驚いた俺の一物がびくりと震え、それを見た山葵さんは得物を狙うものから愛しい子供でも見るような目に変わると、痛みを与えないように気遣うように緩やかに俺の陰茎を扱き始めた。
「どうです陸奥さん。気持ち良いですか?」
「山葵さんの冷たい手が、上下するだけで、射精、しちゃいそうですよ」
自分でするのとは感触が違うためか、それとも魔物娘の魔性の賜物なのか、ただゆっくりと上下しているはずなのに一物は如実に射精へ向けて反応し、俺は思わず射精を堪えようと呼吸を繰り返して股間に走る性感を逃そうとする。
「我慢しなくてもいいんですよ。なんなら全部飲んであげちゃってもいいですからね〜♪」
「いや、そう言われても……」
このまま性感に任せて射精しようなら、顔を俺の股間に近づけて一物観察している山葵さんの白くて美しい髪から白くて端整な作りの顎まで、俺の吐き出すであろう白い液体で汚してしまう。
そんな事になってしまったら、流石に山葵さんに対して申し訳ない。
「もう、陸奥さんは意外と強情ですね。だったらこれならどうですか」
俺の射精に消極的な姿勢にぷくっと頬を膨らませた山葵さんは俺の股間から手を離し、何を思ったのか着ていた服を全部脱ぎ捨てて床に置いてしまった。
服越しにでも存在感が在った山葵さんの大きな胸の全貌が、俺の目の前で明らかになる。
重力に引っ張られ一度大きく下へと沈んだ二つの乳房が、今度は山葵さんの胸の筋肉と肌のハリによって戻されて上へと上がり、その慣性で乳房がたぷたぷと上下に小揺るぎする様は、俺の一物が痛みを感じるほどに隆起するという、俺の人生初のエレクト具合を見せたほどに衝撃的な光景だった。
「見るだけでこんなになってしまったら、こうしたらどうなるのでしょう〜♪」
「わぷっ」
寝転がされている俺の顔に山葵さんのその胸が押し付けられると、俺の目の前は完全にブラックアウトしてしまう。しかし蛇の魔物特有の生温く感じる体温と滑らかなシルク地に負けない滑らかさを持つ肌の感触が頬に感じ、鼻には山葵さんの甘い柑橘系の様な体臭が感じられることで、俺は山葵さんの存在を感じることが出来て目の前が闇だというのに不安感は全くなかった。
むしろ心地よい匂いと山葵さんの胸のあまりの気持ちよさに、性行為中だというのに思わず俺の意識がまどろんでしまう程だった。
しかし股間の一物からは、先ほどよりも限界を超えるほどに肥大した反動の痛みを俺に与え続けている。
「お気に召していただいた様で何よりです。では続きをしましょうね〜♪」
冷たい山葵さんの手が俺の一物に再度巻かれゆっくりと上下されるのを、目を柔肉で塞がれた俺は股間の触感だけで感じざるを得ない。すると山葵さんの指一本一本と、掌に刻まれた手相まで感じられてしまうほどに集中してしまい、うっかりすると射精しそうになってしまう。
呼吸で性感を逃そうとしても、山葵さんの芳しい体臭が鼻に舞い込むたびに股間が反応してしまい、逆効果にしかならない。
それでも俺は下腹に力を入れて何とか堪えていたのだが、鈴口から出てきた我慢汁が山葵さんの手に絡まり付いたのか、にちゃにちゃと粘つく音が俺の股間から発せられるに伴って、山葵さんの手の動きは俺の竿の部分ではなく亀頭の部分を重点的に攻め始める。
その脳髄に直接刺激を送られている様な感覚に腰が震え、段々と下腹に力を入れ続けるのが難しくなってくる。
「もうちょっとで出そうですね〜♪」
「むぐぅ〜……」
ゆるゆると高める動きだった山葵さんの手が、明らかに射精させる為の力強い動きへと変わったため、俺は山葵さんの胸に包まれて声が出せないというのに思わずくぐもった声を上げてしまう。
そんな俺の行為は山葵さんの何かの琴線に触れたのだろう、更に力強く――亀頭から根元までを激しく上下に俺の先走り汁で粘ついた手で扱いてきた。
ゆっくりとした動きでも我慢の上限だったのに、こんなに激しく力強くされれば堪えきれる訳はなく、尿道を駆け上ってくる精液を押し留める事も出来ず、そのまま鈴口から吐き出してしまう。
「ふふ、出てきましたね〜♪もっと出してもいいのですよ〜♪」
「ううぅー!!」
俺が精を吐き出しているにも関わらず、山葵さんは手で扱くのを止めようとはしてくれない。
射精で敏感になっている亀頭が山葵さんの手で擦られる度に俺の腰はその刺激に踊り狂い、そして俺の睾丸からは山葵さんの手の動きに合わせるかの様に精液が吐き出されていき、それに伴う快楽感が俺の体を支配していく。
だがやがて全ての精液を吐き出し終えたのか、山葵さんが力強く上下に扱こうともピタリと射精は止んだが、それに変わりに俺の腰から這い出てきたむず痒いような快感が背骨を駆け上ってきた。
「――――!!!」
「きゃッ」
それのむず痒さが俺の頭に到達した瞬間、俺の全身にあるあらゆる筋肉が硬直し、鈴口からは精とは違う何かが迸り外へと吐き出される。
そこから俺の脳内では射精時の様に数秒で終わるあっさりした絶頂とは違う、脳裏にべっとりとこびり付きながらも体を空中にふわふわ浮かべるような絶頂感が数十秒間も支配し続けた。
やがてその快感が脳から去ると、俺は体を制御する方法を忘れたかのように指一本動かす事が出来ず、口からも目からも体液を漏れだしながらぐったりと寝袋マットに体を預けてしまう。
「陸奥さん!?だ、大丈夫ですよね……」
「あうぁ――」
自分の行為で俺がこんな状態になったのを気に病んでいるのか、山葵さんは俺の顔を心配そうな顔色で覗き込んできていた。
射精とその後に体験した長々と続いた絶頂の所為か、頭の中はクリアーなのに体のあらゆる場所に力が入らない状態になっている俺は、エロ漫画でしか見たことのない何度も絶頂させられてビクビクする女性みたいだなと、思わずいまの状態を心の中で表現してしまう。
「陸奥さん……陸奥さん……」
俺の反応が乏しいためか、山葵さんは泣き出しそうな目つきになって俺を必死で揺すり始めた。
体を持ち上げるのも億劫だが、流石に女性を泣かしてまで我慢できないというほどではないので、必死に腕を持ち上げて山葵さんの頭に手を乗せて何度か撫でてあげた。
「だ、大丈夫。ちょっと、気持ちよすぎて、気を失いそうに、なった、だけだから」
動かし辛い口を動かして、俺自身自分に何が起きたのか分からないので嘘の弁解をすると、山葵さんは安堵した様子に変わった。
そして俺の体の上から蛇の体を退かせると、そのまま俺から離れようとする。
「無理をさせてしまったようですので、今日はこれで終わりに」
「駄目だよ。山葵さんは、満足してない、んでしょ」
しかし俺は山葵さんの腕を掴んで引きとめると、引っ張って俺の体の上に山葵さんの上半身を乗せるように抱きとめる。
そしてするりと手を山葵さんの股間に伸ばして割れ目をゆっくりと指でなぞる様に動かすと、それだけで俺の指は山葵さんの愛液でべとべとになってしまう。
「あんッ!――でも、その、陸奥さんはお疲れの様ですし……」
「気にしない、気にしない」
俺は山葵さんの耳元でそう呟くと、俺の一物がされたように山葵さんのクリトリスをゆっくりと愛撫し始める。
痛みを与えないように気をつけながら、人差し指で皮越しにゆっくりと円を描くように捏ねていく。
「んぅ! 駄目ですよぅ、ゆっくり体を休めなくて、はぁぅ!」
「少し休めば大丈夫。それよりここに集中してよ」
あんまり言い訳が良くない山葵さんにお仕置きの意味を込めて、クリトリスを弄る指にほんの少しだけ力を入れると、体に快感が走ったのか山葵さんの体がびくりと振るえ、蛇の体の方も連動して波打っていた。
その山葵さんの様子に気を良くした俺は、段々と硬くなってきたクリトリスに今度は指の腹で擦るような愛撫を開始する。
「ひゃぁぅ!」
「逃げちゃだめだよ」
性的刺激に腰を引いてしまった山葵さんの腰に腕を巻き、俺の体のほうへと引き寄せながら愛撫を続ける。
数分間ゆっくりと刺激し続けると、山葵さんの勃起したクリトリスの下半分の包皮が捲れて本体が現れたのを指で確認しつつ、俺はそこを重点的に攻めていく。
「んっ、ふぁ……ひぁ、くふッ……」
段々と山葵さんも俺の愛撫に乗ってきたのか、恍惚とした表情のまま口からは嬌声が漏れ出てきているし、体のほうも俺の指の動きに合わせて反応している。
俺の体の方は時間経過と共に段々と倦怠感が薄れ、ぎこちなく動かす事が出来るようになっている。
これならもう次に移行しても良いかな。
「あッ……」
俺が山葵さんの腰に回していた腕を解き股間に伸ばしていた手を離すと、山葵さんは途端に寂しそうな縋りつくような顔つきで俺の方を見つめてきた。
何もそんな顔しなくてもと俺は山葵さんの愛らしさに苦笑しつつ、ゆっくりと山葵さんを寝袋マットの上に横たえさせ、俺はその上に覆いかぶさるように体位を移す。
白い髪が扇状に広がり、全身がほんのりとピンク色に染まっている白い肌の上に、俺の吐き出した精液が山葵さんの手と横腹の一部を白に染め直していた。
そんな山葵さんの姿は神聖さと淫靡さの混在する一点の芸術作品のように美しく、俺の手の中に撮影機材があれば迷わず写真を撮っていると確信するほどに、浮世離れした美貌との倒錯感に見惚れてしまう。
しかし山葵さんの寂しさの中に期待するような表情が目の端に入ると、俺は心の中で喝を入れて自意識をハッキリさせてから山葵さんの耳元へ顔を寄せた。
「ねえ山葵さん」
「はぁぅッ!」
耳元でそう声をかけながら、手は再度山葵さんのクリトリスを弄り回す。
山葵さんも中途半端に止められて体が疼いていたのか、クリトリスに走る刺激に体をビクリと震わせている。
「このまま指でイカせて欲しい?それとも……」
開いている手で山葵さんの右手を取った俺は、そのまま俺の股間へと伸ばさせ、一度射精してあるとは思えないほどに隆起している陰茎を触らさせる。
俺は山葵さんの手の冷たさに陰茎が、山葵さんの手が俺の肉棒の熱に驚いたように一瞬の間だけ硬直する。
「これを挿入れて欲しい?」
「え!?」
俺の提案が予想外だったのか、山葵さんは快楽で上気して緩んだ中に少しだけ意外そうな色を含ませた様な顔つきになっていた。
「山葵さんはどっちが良い?」
「ど、どっちって――ひゃぅ!」
「答えがない場合はこのまま指でイカせるからね」
クリトリスを守っていた包皮を完全に脱がし、性刺激で起立している陰核を空気に触れさせる。そして俺はそれを人差し指と親指をつかって、軽く触れるような力加減でそっと摘む。
触れられ弄られる事に山葵さんの体は面白いように跳ね回り、蛇の方は床板を叩き割るかの勢いで振られているが、人の方は俺に組み敷かれたままいやいやをする様に体を揺する程度で済んでいるのは不思議な光景だった。
「どうするの?」
「えぁぅ……」
「続行って事で良いの?」
「ひゃぁあぅ!!」
軽めにギュッとクリトリスを抓ると山葵さんの背筋がピンと張り、次いでぐったりと全身の力を抜いてしまった。
焦らす様に寸前で止めるはずだったけど、流石にそう何もかも上手くはいかなかったようだ。
「いれ、てぇ……さい」
「ん?どうしたの山葵さん」
心の中で失敗を反省していた俺は山葵さんの言葉を聞き逃してしまったので山葵さんに聞き返したのだが、山葵さんは俺が意地悪をして聞き返してきたのだと勘違いしたのか、羞恥の表情を顔に刻みながらも俺に睨むようなお願いするような瞳を向けた後に口を開いた。
「陸奥さんの蛇さんを、私の此処に挿入れて下さい。下腹の奥が疼いて堪らないんです……」
山葵さんのその言葉に釣られて視線を山葵さんの股間へ向けるともうそこは大洪水の様な有様で、山葵さんの尻の下に位置している寝袋マットには愛液で出来たと思われる大きな染みを作られていた。
そんな山葵さんの様子を見て『此処って何処の事だ』と意地悪を言う気にはなれず、俺は大人しく山葵さんのお願いを聞いてあげることにする。
人間で言う太腿の部分からは蛇なので開脚させるのは無理だから、俺は山葵さんの体を跨いで脚を閉じた正常位のような形にしてから、俺の陰茎を山葵さんの濡れそぼった膣へくっ付けると、それだけで俺の亀頭に山葵さんの愛液が絡みつき、膣内へ引き込もうとするような吸引力を山葵さんの膣口から感じた。
「いくよ山葵さん」
「どうぞ、お入り下さい」
なんか性行為するのには合わない言い方だったけど、山葵さんから了承を得た俺は陰茎をゆっくりと山葵さんの膣内へと滑り込ませていく。
山葵さんの膣内はじっとりと濡れていたので挿入するのに不便はない。むしろ俺の一物を奥へ引っ張ろうとするかのように膣内が蠢き、その動きに任せるだけで俺の一物はどんどんと山葵さんの膣内へと飲み込まれていく。
「ああぁぅ――」
水田に足を突っ込んだときのような感覚を一物から感じつつ、性感で呻き声を上げる山葵さんへ根元まで押し込むと、ゴム製のボールを指で押したような感触が俺の亀頭の天辺に走る。
どうやら山葵さんの最奥――つまりは子宮口へ到達したようだ。
何の抵抗もなく此処まで来れてしまったことに少し拍子抜けした感じを覚えていた俺だったが、ふと視線を俺と山葵さんの結合部分へ向けると、そこは俺の一物によって醜く押し広げられ、更にはあふれ出した愛液に血の朱色が混ざっていた。
「山葵さん、血が出てますけど、大丈夫ですか!?」
「ふふ、陸奥さんたら可笑しなことを仰いますね。処女を失ったのですから、血が出るのは当然ではありませんか」
痛みを感じていないのかそれとも我慢しているのか、山葵さんは俺の肉棒に貫かれながらも俺に微笑みかけてくれていた。
それでもやっぱり俺は血の赤色が目に入ると、このまま行為を続けて良いものなのかと考えを巡らせてしまう。
「本当に陸奥さんはお優しい人ですね。そんな貴方だからこそ私は体を許したのですよ」
「――!」
そんな愛の告白のような言葉をこのタイミングでされるとは思わなかったので、俺は急に照れくさくなり山葵さんから視線をそらしてしまう。
しかし山葵さんは逸らした俺の頬を両手で挟むと、俺の顔を山葵さんの顔に向けさせる。あたかも俺の視線ですら逃したくないと言うかのように。
「ねぇ陸奥さん、動いてください。もっと私に陸奥さんを感じさせてください」
「――分かったよ山葵さん。でも痛かったりきつかったりしたら言ってよ」
俺は山葵さんに視線を固定されたまま腰をゆっくりと引き抜いていく。
一ミリ抜く度に山葵さんの膣内は俺の肉棒と離れることを嫌がる様に絡み付いて引き留めようとし、俺が亀頭部分だけを膣内に残して引き抜いてからは引き戻すかのように招き入れるかのように俺の肉棒に吸い付いてくる。
そして俺が再度押し込むように挿入していくと、今度は全ての襞が大歓迎の抱擁で迎え入れてくれた。
そんな一往復。たった一往復しただけで、俺が感じた性感は俺を腰砕けにするほどに甘く痺れるものだった。
「うっかりすると出ちゃいそうだ」
「陸奥さん、我慢しなくて良いって言いましたよね?」
俺がそう感想を零したのを聞いた山葵さんは、俺の顔を手で引き寄せて口付けしてきた。そして俺の頬に添えるようにあった山葵さんの手は、俺の首を撫でるとそこに巻きついてしっかりと俺を引き寄せてホールドする。
何をするつもりなのかと思っていたら、急に山葵さんの膣内が収縮して俺の肉棒を締め付け始めた。
ただでさえ射精しそうなのに、こんな締め付けを食らわされたら限界を突破してしまうと腰を引こうとするのだが、俺の腰を何かが押して逃さないようにしている。
何があるのだと後ろ手にそれを触ってみると、手に広がる滑々としながらもしっとりと張り付くような鱗の感触。つまりは山葵さんの尾っぽが、俺を山葵さんへと押し付けているものの正体だった。
目の前にある山葵さんの瞳に懇願するように視線を送ったが、山葵さんはそんな俺を無視するかのように俺の口内で舌同士を絡みつかせ、膣内の締め付けを更に強くしてくる。
これは俺が射精するまで放す事は無いなと何故か俺は冷静に判断すると、それに連動するかのように下腹から射精感が込み上げてきた。
「ンッ――!!」
「じゅる――ちゅぅ――♪♪」
俺は山葵さんに抱きしめられたまま腰を痙攣させて、山葵さんの膣内に鈴口から迸る液体を注ぎ込み、山葵さんは俺の口を吸いながら嬉しそうな顔つきで俺の射精する感触を味わいながらも、俺の一物が射精で躍動する度に山葵さんは膣内はぎゅっぎゅと締め付けて俺の射精の手伝いをしてくれる。
そんなこんなで俺の腰の痙攣も治まり一物の射精のための躍動も終わると、ようやく山葵さんは俺の顔から口を離し、膣の締め付けも多少緩めてくれた。
「いっぱい出ましたね♪私の子袋が陸奥さんの子種を味わえて喜んでますよ♪♪」
そう嬉しそうに下腹を撫でながら俺に告げてくる山葵さんを見ると、愛おしさや愛らしさに胸がいっぱいになる。
そして俺の節操の無い一物は、射精した直後だというのに硬さを取り戻していく。
「ふふっ。陸奥さんはまだまだお元気な様ですね」
「もう一回戦良い?」
「一回と言わず何度でもよろしいですよ。もっと私を愛してください。そして子種をいっぱい注いでください」
嬉しい山葵さんの要望に甘えて、俺は山葵さんの細い腰に手を回して引き寄せながら腰を動かすのを再開する。
射精した直後で達するまで余裕があるとはいえ、山葵さんの膣内を擦り上げていく度にその余裕が削られ落ちていく。
しかも俺が膣内を一往復する毎に、山葵さんの膣内は俺の一物へ快楽を与えるための最適化を繰り返し、最終的には俺と山葵さんとの境目が分からない程に溶け合ってしまったかと思うほどぴったりと適合していた。
「あぁん♪良いです、陸奥さん良いですぅ♪」
「はぁ――はぁ――」
そしてその適合された膣内に一物を滑らすと、最初に山葵さんの膣に入れた時に感じていたのとの違いが分かる。
最初の膣は俺の一物を引き込み射精させようというある意味でのわざとらしさがあったが、いま感じているのは一体化による安心感と幸福感、そして絞り取ろうとするのではなく一緒に高みに上ろうと誘導してくれるような優しい締め付け。
そんな山葵さんの膣内の変化と与えられる快楽に、俺はどんどんとのめり込んでいってしまう。
「はぅ、ふぁ!もっと、もっと強くして大丈夫ですから、もっと、もっとぉ♪♪」
「山葵さん――はぁはぁ、こうですか!」
ぱつぱつと山葵さんの下腹に俺の下腹を打ちつけながら、俺は山葵さんの要望に応えて腰を振る速度を速め、膣口から子宮口までの全ての道のりを雁首で耕していく。
子宮口に俺の亀頭がぶつかる度、膣内をぞろりと撫でられる度に山葵さんは甘く喘ぎ、俺の方はその喘ぎ声で蘇った獣性に支配されたかのような腰つきで山葵さんを蹂躙していく。
「ああん♪――あぅ、ふひゃぁ♪――♪♪」
「はぁ、はぁ――ふぅはぁ――」
やがてお互いに言葉を失い、喘ぎと呼吸がない交ぜになった声しか口から漏れ出なくなると、一際お互いの結合部分から発せられる音が耳に淫靡に響く。
ぐちゃにちゃと響き渡るその音に負けないように強く腰を振ろうとした時、俺の下腹が射精感で重くなる。
どうやら二回も精を出してあるというのに、もう次の射精への余裕はないようだった。
「山葵さん、もう、射精る」
「射精して♪膣内に――子袋をいっぱいにしてぇ♪♪」
「でも、山葵さんは……」
明らかに山葵さんの絶頂する場所は、いまの所よりもっと向こうにあるように俺には感じられた。
しかし俺のそんな危惧を振り払うかのように、山葵さんは俺の唇に慈愛に満ちた触れるだけのキスをして、俺の頬を指先で撫でた。
「本当に優しい人。でも気にしないで出していいんです。陸奥さんが気持ち良くなるだけで、私は幸せなんです」
その山葵さんの言葉に俺の胸につかえていた何かが取り払われたのを感じて、何を思ったのか俺は山葵さんに縋りつくと股間に感じていた精液の迸りを山葵さんの中へと開放した。
「山葵さンッ――!!」
「全部出してください♪陸奥さんの子種を全部♪♪」
ビクビクと震える一物から吐き出された精子は、ぴったりと鈴口と合わせられた子宮口の穴から飛び込み、山葵さんの奥にある赤ちゃんの為の小部屋に注ぎ込まれていく。
俺は射精時に感じる幸福感を更に感じようと山葵さんの胸に顔を埋めると、山葵さんは何も言わずに静かに俺の頭を撫でてくれた。
そのまま精を吐き出し終えるまで、幼子が母親に甘えているような体勢を続けていた俺だったが、射精し終えて頭の中がすっきりすると急に気恥ずかしくなり、慌てて山葵さんの胸と腕の中から逃げ出そうとしてしまう。
「もっと甘えて下さっていいんですよ」
しかし俺のそんな心情を知って知らずか、山葵さんは蛇の体を俺の胴に巻きつけて引き寄せ、再度その腕の中で抱きしめられて俺は動けなくされてしまった。
ふわふわの乳房に包まれるのは確かに幸せだが、しかしやっぱり恥ずかしさが勝ってしまう。
「いや、でも重いでしょうし」
「好いた男の重みは、女にとっては心地いいものですよ。それも愛した後なら格別です♪」
何とか逃げようと試みても、山葵さんは俺を放すつもりは無いのだろう、腕も蛇の体も膣でさえ俺を逃さないようにぎゅっと締め付けている。
そんなわけで俺は逃げるのを諦めて、大人しく山葵さんの胸の中で抱かれる事に決めた。
しかしふと今日出会ってからの事を思い出すと、一つ疑問が湧いた。
「山葵さん、お酒に酔っていたのは演技ですか?」
「いえ、最初は本当に酔っていましたし、体が疼いてしょうがないのも本当の事でした。でも陸奥さんが最初に精を放った頃には、もう素面みたいなものでしたけど」
そんな風に表情に茶目っ気を出しつつ告げた山葵さんを見た俺は、何もかもが山葵さんの掌の上のことだったように感じられてしまい、思わず山葵さんの胸の中で溜息を吐いて、逃避するように山葵さんの胸に深く顔を埋めてしまう。
そのまま山葵さんの胸の柔らかさを堪能する事に専念していた俺だったが、横腹になにかが触れたり離れたりを繰り返してくすぐったさを感じて、ちょっと顔を上げてそれを見てみると、不安そうにゆらゆらと揺れている山葵さんの蛇の尾っぽが俺の横腹に当たっているのが目に入る。
何か心配事でもあるのかと俺が視線を上げて山葵さんの顔を見ると、山葵さんは何処か寂しそうな顔色をしていた。
「ねぇ陸奥さん。本当に明日には帰ってしまうんですか?」
「人間社会の生活がありますし。それに帰れって言ったのは山葵さんの方じゃないですか」
「それは……そうですけど……」
俺のその一言で、更に山葵さんの尾っぽの揺らめきが大きくなった。
そんな山葵さんの様子を見た俺に、とある天啓に似た閃きが通り過ぎる。
「でも当初三日間の予定だったから、明日も明後日も暇な事には変わりは無いんですけどね」
「じゃぁ――」
そんな思わせ振りな俺の言動に山葵さんは見事に釣られて喜色満面な笑みを零し、俺の方も思わず嬉しくなり口が笑みの形に歪んでしまう。
「あと二日の間、ここに泊めて頂けますか?」
「はい。お世話させていただきます♪」
さてこれで俺はこの山にあと二日いる事になったわけだけど。
その二日間で山葵さんに骨抜きにされてこの山で暮らすことになるのか、それとも俺が山葵さんをこの山から連れ出して借りているアパートで同居するのか――そんな事はあとで考えれば良い話だな。
だって山葵さんは俺を放すつもりは無い様だし、俺の方も山葵さんを手放すつもりは無いのだから。
11/10/23 23:03更新 / 中文字