【第一章・親魔物領のヴァルキリー=z
ホシト・ミツルギには、小さかった頃の記憶がない。
覚えている一番古い光景は、爆発しながら墜落していく飛行船と、そこから虚空へ放り出された自分自身。
「うわうわうわうわうわあぁああああああ〜っ!!」
耳を打つ気流の轟音と、勝手にぐるぐる回り続ける身体、視界の中で何度も入れ替わる大空と大地に、自分が凄まじい勢いで落ちていることを……死≠本能的に悟る。
嫌だ。怖い。まだ死にたくない。涙、鼻水、よだれ、涙、鼻水、よだれ、涙、鼻水、涙、涙、涙、──
だが次の瞬間、ホシトの視界は突然真っ白な光に覆われて、その意識は輝きに包まれるように溶けていき…………
そのあと彼は怪我ひとつない状態で、眼下に見えた草原に倒れ伏しているところを発見された。
反魔寄りの中立国ハイレムで起こった、のちに「飛行船ハイレンヒメル号爆発墜落事件」と呼ばれる航空事故。父親を含めた試験飛行の乗組員全員が死亡した中、唯一の生存者となったホシトだったが、高空から落下したにもかかわらず無傷で生還したことを、周囲から奇異、そして疑惑の目で見られることとなった。
おかしい。怪しい。絶対何かあるに違いない。
そうだ、ただの子どもに奇跡が起きるはずがないっ。
主神教団の異端審問にかけられる前に、親族たちの伝手で(厄介払いも兼ねて)彼らの手の届かない親魔物都市サラサイラ・シティにある、このワールスファンデル学院に編入させられたのが一年前。それから月日が経ち、再び同じ季節が巡ってきた頃に、ヴァルキリーへの変身能力がいきなり発現したのである。男なのに。
「おそらく空から落ちていく時に、受肉前のヴァルキリーと偶然に接触して、彼女がこちらの世界での身体を構成するのにホシトくんが巻き込まれ……いえ、取り込まれてしまったんじゃないかしら? あるいはあなたを助けるために、意図的にそうした可能性もあるわね──」
変身の秘密を知る唯一の人物、魔物娘教師のユーチェンは、以前ホシトにそう説明した。しかし「知の神獣」と呼ばれる白澤である彼女をもってしても、天使顕現の仕組みに関しては伝え聞いたもの以上の知識はなく、推測の域を出ないようだ。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「ホシト先輩っ」
「お、おう」
朝のワールスファンデル学院、高等部の教室。
聞き慣れた声に顔を上げると、小柄な銀髪の少年がトレードマークのポニーテールを揺らしながら、とてとてと駆け寄ってきた。
「おはようございます、ホシト先輩!」
「お──おはよう、ソーヤ」
同じ制服を着ているのに、やっぱり中等部の生徒にしか見えない。
にこにこ笑顔を見せる彼、ソーヤにつられてホシトもぎこちなく笑みを浮かべると、
「あ、あのさ、前から言ってるけど、同じ教室なんだから『先輩』ってのは、ちょっと──」
「でも、ホシト先輩は僕より先にこの学院にいたし、歳もひとつ上だし」
「ま、まあ確かにそうなんだけど、さ……」
同じ途中編入生のよしみで、いろいろと世話を焼いていたら、いつの間にか「先輩」と慕われるようになっていた。
普段と変わらない、いつものやり取り。
だけどホシトは昨日、ステラの──ヴァルキリーの姿でソーヤを助けて、女の子≠ニして初めて彼と言葉を交わした。いきなり正体がバレるとは思わないが、内心のドキドキを顔に出さないようにするので正直いっぱいいっぱいだ……
「そ、そうだホシト先輩! 僕、昨日会ったんです、噂の赤いヴァルキリーに!」
「あ、そ……そう、なんだ」
……なんて思っていたら、のっけからきた。
目をキラキラさせながら、嬉しそうに身を乗り出してくるソーヤ。ホシトは曖昧に応えると、目を泳がせて横を向く。「あー、と、ところでさソーヤ、今度のジパングフェスタだけど──」
「紅のヴァルキリーに会ったんだって? いつ? 何処で?」
「マジか? 噂だけだと思ってたけど、ホントにこの街にいたんだ」
「でもそれってさ、主神教団軍が攻めてくる前触れなんじゃ──」
「んなわけねーだろ。最近の受肉した天使は教団の魔物排斥・殲滅派と距離置いてるって、ユーチェン先生も授業で言ってたし」
話題を変えようとしたら、教室にいた耳ざとい連中が男子も女子もわらわらと二人のまわりに集まってきた。なお、女子のうちの何人かは頭の上のケモ耳をぴこぴこさせたり、制服のスカートの裾からとび出た尻尾をふりふりさせたり、腰に生えた翼をぱたぱたさせたりしている……ここが人魔共生校だという触れ込みは伊達ではない。
「で、どんな娘(こ)だったの? くわしく聞かせてよソーヤくん」
「え、えっと……か、彼女は──ステラさんは……その、キラキラした金髪で、サファイアみたいに澄んだ青い目で、背が高くてスラリとしてて、綺麗で、かっこよくて、力が強くて、でもちょっと可愛くて…………えっと、えっと、その……と、とにかくステキな女の子でしたっ!」
「…………」
転入初日以来の質問責めにあたふたしながらも、ソーヤは律儀に答えを返した。ホシトはその隣で、お尻がむずむずするような居心地の悪さをおぼえ、半笑いを浮かべつつ口の端を引きつらせる。
「名前まで聞き出せたのか! すげえぞソーヤ」
「ステラっていうのかその戦天使。……オレも会ってみてえっ」
「ガウウ……ヴァルキリー、戦いたイ。オトコ襲えばソイツ来るカ?」
「はいはいノザちゃんクールダウンして。……で、名前の他には? 住んでるとことか、普段何してるかとか、趣味とか夜の過ごし方とか──」
物騒なことを口走る褐色肌で片ツノのサキュバス種──アマゾネスのノザを押しのけ、小柄なリス尻尾娘──ラタトスクのメリアが手帳片手に割って入ってきた。
「……あ、でも紅の戦天使に会ったってことは、ソーヤくん、魔物娘の誰かに襲われてたってこと?」
「そ、それは……」
ラタトスク娘の指摘に、言葉を濁して目をそらすソーヤ。つられるようにその視線を追ったホシトは、手足に包帯を巻いて頬に絆創膏を貼った双子のオーク娘──ペトラとパメラが離れた席からこちらをちらちらとうかがっているのに気づいた。
「やめとけ。勘違いされて、また追いかけ回されるぜ、ソーヤ」
「う、うん……」
バツが悪そうに目をそらす彼女たち。心苦しさをおぼえて声をかけようと立ちかけた級友を、やんわりとたしなめる。
「こっちに来てまだ日が浅いこともあるだろうけど……もうちょい用心しとかないと、いつか『とにかく即ハメ! 愛はあとからついてくる!』なんて考えの連中に、性的に喰われ≠ソまうかもしれないぞ」
「うう……」
全く、優し過ぎるのも考えものだよな……胸中でそうつぶやきながら、ホシトは半ば脅かすように忠告を重ねた。しかし先程ステラのことを話題にしていた時とは逆に、意気消沈してしまったソーヤを見かねて付け加える。「──ま、まあ、ここにいる魔物娘みんながみんなそうじゃないけどさ」
「え……?」
その言葉に、ソーヤは一瞬きょとんとした表情を浮かべると、
「それと同じこと、昨日ステラさんにも言われた」
「あ……」
し、しまったああぁっ! フォローするつもりが、余計なひと言になってしまった。
「ど、どうしたんですか、ホシト先輩?」
「ウウ……ホシト、変だゾ」
「あれ? 何、顔赤くしてんのよあんた?」
「…………」
口にやりかけた手をあわてて誤魔化すように振り回し、自身の奇行に再度半笑いを浮かべる。
ソーヤたちはそんなホシトを訝しげに見つめて、揃って首を傾げた。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
放課後、ホシトは高等部主任教師のユーチェンに呼ばれて、彼女の研究室を訪れていた。
応接用のテーブルやソファの上に置かれた本や書類を横に寄せ、空いたところに腰を下ろす。
部屋のあちこちにも本棚に入りきらなかった本や書類のファイル、小包の箱などがところ狭しと積み上げられていて、雑然とした印象を受ける。
「呼び立ててゴメンなさいね。ホシトくんには、いつも大変なことしてもらっているのに」
「い、いえ、俺の方こそ、先生にずっとお世話になりっぱなしだし……」
出されたお茶に口を近づけ、ふーふー息を吹きかけて冷まそうとする。
テーブルを挟んで向かい側に座る白澤先生は、そんな猫舌なホシトに眼鏡の奥の目を細めて微笑んだ。
水牛を思わせる双角、シルクのようなクセのないミルク色の髪、毛先がカールした長めの尻尾と蹄状の足。
そしてミノタウロス種特有の、大きな胸の膨らみ。
ホシトの親族たちが頼みにし、彼をここ親魔物領サラサイラ・シティのワールスファンデル学院へと招いたのは、他ならぬ彼女──ユーチェンなのである。
「な……なんですか?」
じっと見つめられ、ホシトは顔を上げて目を瞬かせた。
「ふふっ、ちょっと思い出してたの……ホシトくんが初めてヴァルキリーになったときのこと。ドレスアーマー姿のあなたが涙目でここにとび込んできて、『先生助けて! わたし……わたし、女の子になっちゃったあぁ!』って──」
「お願いですから忘れてください、先生」
顔を赤くしながらも、憮然とした口調で言い返す。
変身すると言葉遣いや仕草、感じ方まで女の子らしくなってしまうのは、ユーチェン曰く「剣技や飛行能力の制御など、ヴァルキリーとしての技能がマインドセットされる際に生じる副次的なもの」なのだとか。
元の男子の姿に戻ったホシトが、その度に恥ずかしさで悶絶しているのは言うまでもない。空へのトラウマを払拭できているのは、ありがたいと思うが。
「…………」
もし、これ(男なのに女体化してヴァルキリー)が主神様の御心なのだとしたら、不敬ではあるが「何考えとんねん」とツッコミのひとつも入れたくなる。もっともステラ(ホシト)の頭の中に、その声が聞こえてきたことは一度もない……
「前にも言ったけど、魔物娘が大勢いるここへ来たことが、変身能力発現のトリガーになったんじゃないかな? もしあのままハイレムに留まってこの力に目覚めなかったら、行き場のない神力を溜め込み過ぎて、最悪身体が崩壊していたかもしれないわね」
「怖いこと言わないでください」
自分が内側から爆発して木っ端微塵になるのを想像し、二の腕をかき抱いて青ざめるホシト。
ユーチェンはくすくす笑いながら、話を続ける。
「定期的に変身すれば余分な力を放出できるから、その点は心配ないわよ。……他に困ってることはないかしら?」
「いえ、と、特には──」
女の子の姿でオナニーするのが癖になってしまいました、とは流石に言えなかった。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
人魔共生を理念に掲げるワールスファンデル学院だが、当の魔物娘の中にはここを学びの場ではなく、男の狩り場だと勘違いしている者もいる。
「けど、この地は魔界ではなくて親魔物領。ヒトと共に日常を暮らす以上、魔物娘もある程度の節度や良識を持って生活しなければならないわ。でないと、いつしかヒトはかつてのように私たちを恐れ怖がり、排斥しようとするでしょうね……」
そんなユーチェン先生の憂いを晴らすべく、ホシトがヴァルキリー・ステラとして、魔物娘生徒に襲われている男子を助けるというヴィジランテ活動を始めだして間もない頃──
「あらあらお膝が真っ赤っ赤。転んじゃったのルルトくん? でも大丈夫、お姉さんの治癒魔法で痛いの痛いのとんでけ〜ってしてあ・げ・る♡ ……あ、そうだ、ほ──他のところもケガしてないか調べるから、お、お、おおおおおズボンぬぬぬ脱ぎ脱ぎししししましょうねええええひでぶっ!」
「止めんかこのショタコーンっ! この子怯えてるじゃないかっ。……ねえルルトくん、心配しなくてもアタシがちゃ〜んと家まで連れてってあ・げ・る♥ でもちょ〜っとだけお姉さんのお部屋に寄り道していこうか? 大丈夫よぉ最初は痛いかもしれないけど〜、すぐに気持ちよくなって〜それなしでいられなくあべしっ!」
「は、離れなさいよこの駄〜肉エロフっ! ていうか何、年端もいかない子にSM趣味植え付けようとしてるのよっ!?」
「お、お前こそっ、いくら種族的に童貞しか受け入れられないからって、精通もまだの子に言い寄るなんていろいろとばし過ぎだろがっ!?」
「あなたたち、『目クソ鼻クソを笑う』ってジパングのことわざ知ってるかしら?」
「「誰っ!?」」
路地裏で幼年部の男子児童ルルト・ファロットを取り合っていた高等部生徒二人──ユニコーン娘のフィーネとダークエルフ娘のベネッタは、突然割って入ってきた涼やかな声にあわてて同時に振り向いた。
「天使さま? ……たっ、助けてっ!」
魔物娘二人の間に挟まれていたルルトがその一瞬の隙を見て逃げ出し、現れた三人目の少女の腰にぎゅっとしがみつく。
ガーンという擬音が聞こえてきそうな表情を浮かべたフィーネとベネッタは次の瞬間、目の前に立つ少女──ステラの姿に驚き、目を見開いた。
「ばっ、ヴァルキリー!?」
「なんでっ!? ここ親魔物領だぞっ!」
蜂蜜色の長い髪、白磁の肌、湖水のように澄んだ蒼い瞳。
すらりとした長身を覆う、真紅のドレスアーマー。
腰の後ろから左右に広がる二対四枚の翼。
彼女は自分に抱きつくルルト少年の頭を優しく撫でて落ち着かせると、ユニコーン娘とダークエルフ娘に向き直り、ピシャリと言い放つ。
「二人ともこの子はあきらめて、さっさと寮に帰りなさい。そうすれば見逃してあげるわ」
「なっ?」「なん…だと…?」
ステラ(ホシト)はヴァルキリーとして魔物娘と対峙するとき、ふたつのルール──制約を自らに課している。
1.自分よりも年上の男性は、助けない。
親魔物領に住む以上、ヒトもまた魔物娘に歩み寄らなければいけない……というのはユーチェン先生の受け売り。いい年した大人が魔物娘に堕ちるのは、自己責任で。
……本音を言うと、そこまで範囲を広げたらぶっちゃけ身体がいくつあっても足りない(笑)。
2.こちらから先に、絶対手は出さない。
魔物娘と戦い、倒すことが目的ではない。
本性に忠実な一部の連中の軽はずみな行為で、学院の、ひいてはサラサイラ・シティに住むすべての魔物娘が偏見に晒されることがないように、あとから恥ずかしいのを我慢してやっているのだから。
「……引けないっ。早めにツバつけとかないと、貴重な童貞さんが絶滅してしまうっ!」
「アタシも引けないっ! ジパング由来の伝統的ショタ育成法、光源Gプロジェクトは誰にも邪魔させないっ!」
もっともそんな思いは、相手にナノいちミリも伝わっていないのだが。
眉を吊り上げ、カツカツと蹄音(つまおと)を立てて目の前の邪魔者を威嚇するフィーネ。その隣でベネッタは、腰に束ねていた鞭を手にしてひと振りする。
さらに怯えるルルトを背中にかばって、ステラは溜息を吐いた。
「せっかく話合いで穏便に済ませようとしたのに──」
「舐めないで! ……押し通るッ!」
額のツノから護りの力を解放して身体の前面に光のシールドを形成し、フィーネがケンタウロス種の瞬発力にまかせて突進してくる。ステラはあわててツヴァイヘンダーを鞘に収めたまま縦に構え、その体当たりを真っ正面から受け止めた。
「く……っ! 荒事向きじゃないって思ってたけどっ」
「わたしたちユニコーンは、結構アグレッシブなの……よっ!」
ぎしりっ。踏ん張った脚のグリーヴ(脛甲)が擦れて鈍い音を立てる。お嬢さま然とした見た目に油断した……と、両腕両足に力を込めながら舌打ちをするステラ。
次の瞬間、耳元でヒュンっと風切音が鳴った。
「アタシを忘れてもらっちゃ困るなあっ!」
「……! しまっ──」
意識が一瞬横にそれ、その手からツヴァイヘンダーが弾きとばされる。
「ちょっ、急にっ!? きゃあああああ〜っ!!」
どっぱああああああああ〜ん──っ!!
いきなり力の均衡が崩れて、ユニコーン娘は突進の勢いのまま路地の隅にあった防火用水槽に頭から突っ込んでしまった。
しかしステラも武器を失い、ベネッタが繰り出す鞭の連打をよける間もなくその身に受ける。
「あ……っ、……ぐっ!」
「ほらほらどうしたヴァルキリーっ! 手も足も出ないようねっ! それともアンタもMに目覚めたってかぁ〜?」
ブロッキングで、ひたすら攻撃をこらえるステラ。
加虐の悦びに酔いしれながら、なおも得物を振るうダークエルフ娘だったが、そこへずぶ濡れになったフィーネがあわてて声をかけた。
「ち、ちょっとベネッタ! ストップストップ! まずいって──」
「何だよフィーネっ? 今ノッてきたとこなんだから…………あ」
いきなり水を差されたベネッタだったが、彼女は次の瞬間、鞭を持つ手を振り上げたまま目を見開いて固まった。
その視線の先、両腕を顔の前に立てて耐えていた戦天使の肩越しに、真っ青な顔で瞬きもせずこちらを凝視するルルトの姿が。
「「…………」」
完っっ全にドン引きされていた……
──つ、つまりアイツは避けられなかったんじゃなく、あの子の盾になって避けなかった……?
ベネッタは鞭を取り落とし、その場に両膝と両手をつけてがっくりと項垂れた。「あ、アタシらの…………負けだ……」
「え? アタシら≠チて……わたしもなのっ?」
自分を指差しながら異議の声を上げるフィーネ。二人から戦意がなくなったのを見てとり、ステラはほっと息を吐いて構えを解いた。
その日の夕暮れ──
ワールスファンデル学院学生寮、三階北側の角にある部屋の開いた窓から、紅いドレスアーマーを身につけた蜂蜜色の髪の少女──ステラが中へするりと入ってきた。
いつもならヒト目のつかない場所で変身を解き、元のホシトの姿に戻ってからここに帰ってくるのだが……
はぁ、はぁ……
顔を赤らめ、肩を上下させ、何度も息を喘がせる。
下半身──おへそから下のうずうずした感じがおさまらない。フィーネとベネッタに襲われかけていたルルト少年を家へ送り届けたところまでは、まだなんとか我慢できていたのに。
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……
ステラはヴァルキリーの姿のまま、よろめきながら明かりの消えた部屋を横切ると、備え付けの机に寄りかかるように両手を置き、何かを我慢するかのように唇を噛んだ。
「んん……っ、くっ、き──キャス、ト、オフ……」
胸甲に右手を当てて絞り出すようにそう唱えると、腰の翼と着ていたドレスアーマーが光の粒子と化して霧散する。
飾り気のない灰色のハーフトップとショーツだけを身につけた姿になると、彼女は横にあったベッドにどさっと倒れ込んだ。
──よ、鎧がある、から、大丈夫……って、思って、た、けど……
相手に痛み以上の快感を与えると言われる、ダークエルフの鞭。それをしこたま浴びた身体は、性感がぐっと高まった状態……早い話が発情していた。
ステラはベッドの上で仰向けになり、しばらく震えながら息を弾ませていたが、やがて無意識のうちに両手を胸にやって、その膨らみをハーフトップの布地越しに揉み始めた。
「ん、んぁあん……っ!」
マシュマロみたいに柔らかく、それでいてしっかりした弾力が跳ね返ってくる、丸いふたつの膨らみ。手のひらに伝わるその感触と、そこから伝わる「触られた感覚」に、思わず声を上げてしまう。
はぁ、はぁ……んっ、んあぁ──、ふぁ……あっ、あぁ……
汗が染みたハーフトップをずり上げ、指を這わせて直にそこをこね回す。やがて、乳首の先が固く尖ったのを自覚して……
「……んっ!」
指先でそこに触れると、静電気のような、ぴりっとした刺激が背筋を駆け上がった。
ぅんっ! はぁ、はぁ……んっ、あぁん──
手が、指が、止まらない。円を描くように自分の乳房をこね回し、指の間に桜色の突起を挟んでくにくにともてあそぶ。
「んくっ、はあんっ、あっ、あんっ、あぁんっ!」
気持ちいい……おっぱい、乳首、気持ちいい……
その息づかいが、声が、表情が、甘くとろけたものへと変わっていく。
そしていつしか下腹部の奥が、だんだんと熱くなってきて──
くちゅり……股間にぬめっとしたものを感じた。
ショーツの股ぐら、クロッチの部分が湿り気を帯びてくる。
ステラはベッドの上で身体をくの字に曲げて、しばらく両脚をモジモジと内股に擦り合わせていたが……
──あ、あん……っ! だっ、だめっ……わたしっ、ほんとは男の子……なのにっ。
左手をそっとショーツの中、太腿の合わせ目へと忍ばせる。そうしている間もそこはじっとりと濡れだして、うずきがどんどん増していく。
んっ、あ……あぅんっ、あ、あぁん……
男の時より薄くなったアンダーヘアに覆われた、縦筋の割れ目。
はぁんっ……んっ、あ、ああ、あんっ、ああんっ──
男にはない敏感なその部分に指を這わすたびに、そこからぞくっとした気持ち良さが全身に伝わってくる。
彼女は開きかけた割れ目に沿って、何度も指を往復させた。
くちゅくちゅ……にゅぷ…………くちゅくちゅくちゅ……
「あ、ああんっ、んっ、いい……こ、ここ……い、いい──」
今までこんなことなかった。
もちろんステラ──いやホシトも男子なのだから、女の子の身体に対して関心や欲望なんかも当然持っている。実際、胸にできた二つの膨らみや、イチモツがなくなった股間を興味本位に弄ったことは一度や二度ではない。
しかしステラの姿になると感覚が女性的になることや、いき着くところまでいって元に戻れなくなったらどうしよう……という怖さもあって、これまで(変身した)自分の身体に深く踏み込んだ≠閧ヘしなかった、のだが。
「う……あ──」
身体をよじって壁にある姿見にちらっと目をやると、上気した表情を浮かべた蜂蜜色の髪の少女がベッドの上で、右手で胸を、下着の中に左手を入れてそこを夢中で愛撫している姿が映っている。
鏡の中のそれが今の自分自身の姿であることに、ステラは羞恥心と背徳感、そしてナルシズムめいた興奮をおぼえてさらに昂ぶっていく。
「あぁ……お腹の奥、熱い…………感じる……すごく感じるうぅ……っ!」
くちゅくちゅ……くちゅくちゅ……にゅぷ…………くちゅくちゅくちゅ……にゅぷ……くちゅくちゅくちゅ──
「……んぁああっ!!」
知らず知らずのうちにGスポットを刺激していたのか、愛液が止めどなく溢れてくる。
それでもひたすら気持ちよくなりたいという衝動に身を任せ、彼女は花弁のように開いてぐっしょり濡れた自身の秘裂に、細い指を差し入れた。
「ああっ! うはあああああああぁっ! ……んくっ、ん、はあああぁ──っ」
一瞬、頭の中がホワイトアウトした。
身体中のあちこちが、ぎゅっと収縮したかのような感覚。男子の刹那なそれと全く違う、波のように寄せ返す女性のオーガズム。
ステラは右手で胸を揉みしだき、左手の指を秘裂に抜き差しし続ける……
「あ、あぁ、ぅぅ……あ、はぁんっ! ……んんっ、……んはぁっ、あっ……ふぁ、あ、あ、あっ、…………ああああぁ〜んんっ!」
…………………………………………
絶頂の中に溶けていった全身の感覚が、ふわふわと浮き上がるように戻ってくる。
「わ、わたし……イッちゃった。女の子の身体で…………」
ベッドの上で仰向けになったまま、ステラは虚脱感と陶酔感を同時におぼえながら、自分の身体をいとおしげに抱きしめた。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
その日からずっと、ホシトはステラの、ヴァルキリーの姿でのひとりエッチ──自慰行為を続けている。
最初の頃は「魔物娘の淫気に当てられた」などと自分で自分に言い訳していたが、今では隣が空き部屋なのをいいことに、すっかり習慣化してしまっていた。
「本当に大丈夫なの?」
「は、はい……まあ──」
もちろんそのことは、目の前にいるユーチェンには内緒である。
だけど彼女はホシトの誤魔化したような返事に、胸の前で手を合わせ、にっこりと微笑んだ。
「よかった。あなたにはこれからも魔物娘生徒たちの抑止力≠ノなってもらわないといけないから……ねっ、ス・テ・ラ・ちゃん♪」
「せっ、先生が『やってくれないとみんなに言いふらす』なんて脅迫するから……っ」
……もしかすると、とうにお見通しなのかもしれない。
いきなり女の子ネーム(笑)をちゃん付けで呼ばれて、顔がさらに赤くなる。
あらそうだったっけ? なんてとぼけるユーチェンに、ホシトは抗議めいた視線を向けた。ちなみに「ステラ」という名前もホシト → 星 → Star → Stella といった連想で、この白澤先生が名付けたものだったりする。
to be continued...
覚えている一番古い光景は、爆発しながら墜落していく飛行船と、そこから虚空へ放り出された自分自身。
「うわうわうわうわうわあぁああああああ〜っ!!」
耳を打つ気流の轟音と、勝手にぐるぐる回り続ける身体、視界の中で何度も入れ替わる大空と大地に、自分が凄まじい勢いで落ちていることを……死≠本能的に悟る。
嫌だ。怖い。まだ死にたくない。涙、鼻水、よだれ、涙、鼻水、よだれ、涙、鼻水、涙、涙、涙、──
だが次の瞬間、ホシトの視界は突然真っ白な光に覆われて、その意識は輝きに包まれるように溶けていき…………
そのあと彼は怪我ひとつない状態で、眼下に見えた草原に倒れ伏しているところを発見された。
反魔寄りの中立国ハイレムで起こった、のちに「飛行船ハイレンヒメル号爆発墜落事件」と呼ばれる航空事故。父親を含めた試験飛行の乗組員全員が死亡した中、唯一の生存者となったホシトだったが、高空から落下したにもかかわらず無傷で生還したことを、周囲から奇異、そして疑惑の目で見られることとなった。
おかしい。怪しい。絶対何かあるに違いない。
そうだ、ただの子どもに奇跡が起きるはずがないっ。
主神教団の異端審問にかけられる前に、親族たちの伝手で(厄介払いも兼ねて)彼らの手の届かない親魔物都市サラサイラ・シティにある、このワールスファンデル学院に編入させられたのが一年前。それから月日が経ち、再び同じ季節が巡ってきた頃に、ヴァルキリーへの変身能力がいきなり発現したのである。男なのに。
「おそらく空から落ちていく時に、受肉前のヴァルキリーと偶然に接触して、彼女がこちらの世界での身体を構成するのにホシトくんが巻き込まれ……いえ、取り込まれてしまったんじゃないかしら? あるいはあなたを助けるために、意図的にそうした可能性もあるわね──」
変身の秘密を知る唯一の人物、魔物娘教師のユーチェンは、以前ホシトにそう説明した。しかし「知の神獣」と呼ばれる白澤である彼女をもってしても、天使顕現の仕組みに関しては伝え聞いたもの以上の知識はなく、推測の域を出ないようだ。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「ホシト先輩っ」
「お、おう」
朝のワールスファンデル学院、高等部の教室。
聞き慣れた声に顔を上げると、小柄な銀髪の少年がトレードマークのポニーテールを揺らしながら、とてとてと駆け寄ってきた。
「おはようございます、ホシト先輩!」
「お──おはよう、ソーヤ」
同じ制服を着ているのに、やっぱり中等部の生徒にしか見えない。
にこにこ笑顔を見せる彼、ソーヤにつられてホシトもぎこちなく笑みを浮かべると、
「あ、あのさ、前から言ってるけど、同じ教室なんだから『先輩』ってのは、ちょっと──」
「でも、ホシト先輩は僕より先にこの学院にいたし、歳もひとつ上だし」
「ま、まあ確かにそうなんだけど、さ……」
同じ途中編入生のよしみで、いろいろと世話を焼いていたら、いつの間にか「先輩」と慕われるようになっていた。
普段と変わらない、いつものやり取り。
だけどホシトは昨日、ステラの──ヴァルキリーの姿でソーヤを助けて、女の子≠ニして初めて彼と言葉を交わした。いきなり正体がバレるとは思わないが、内心のドキドキを顔に出さないようにするので正直いっぱいいっぱいだ……
「そ、そうだホシト先輩! 僕、昨日会ったんです、噂の赤いヴァルキリーに!」
「あ、そ……そう、なんだ」
……なんて思っていたら、のっけからきた。
目をキラキラさせながら、嬉しそうに身を乗り出してくるソーヤ。ホシトは曖昧に応えると、目を泳がせて横を向く。「あー、と、ところでさソーヤ、今度のジパングフェスタだけど──」
「紅のヴァルキリーに会ったんだって? いつ? 何処で?」
「マジか? 噂だけだと思ってたけど、ホントにこの街にいたんだ」
「でもそれってさ、主神教団軍が攻めてくる前触れなんじゃ──」
「んなわけねーだろ。最近の受肉した天使は教団の魔物排斥・殲滅派と距離置いてるって、ユーチェン先生も授業で言ってたし」
話題を変えようとしたら、教室にいた耳ざとい連中が男子も女子もわらわらと二人のまわりに集まってきた。なお、女子のうちの何人かは頭の上のケモ耳をぴこぴこさせたり、制服のスカートの裾からとび出た尻尾をふりふりさせたり、腰に生えた翼をぱたぱたさせたりしている……ここが人魔共生校だという触れ込みは伊達ではない。
「で、どんな娘(こ)だったの? くわしく聞かせてよソーヤくん」
「え、えっと……か、彼女は──ステラさんは……その、キラキラした金髪で、サファイアみたいに澄んだ青い目で、背が高くてスラリとしてて、綺麗で、かっこよくて、力が強くて、でもちょっと可愛くて…………えっと、えっと、その……と、とにかくステキな女の子でしたっ!」
「…………」
転入初日以来の質問責めにあたふたしながらも、ソーヤは律儀に答えを返した。ホシトはその隣で、お尻がむずむずするような居心地の悪さをおぼえ、半笑いを浮かべつつ口の端を引きつらせる。
「名前まで聞き出せたのか! すげえぞソーヤ」
「ステラっていうのかその戦天使。……オレも会ってみてえっ」
「ガウウ……ヴァルキリー、戦いたイ。オトコ襲えばソイツ来るカ?」
「はいはいノザちゃんクールダウンして。……で、名前の他には? 住んでるとことか、普段何してるかとか、趣味とか夜の過ごし方とか──」
物騒なことを口走る褐色肌で片ツノのサキュバス種──アマゾネスのノザを押しのけ、小柄なリス尻尾娘──ラタトスクのメリアが手帳片手に割って入ってきた。
「……あ、でも紅の戦天使に会ったってことは、ソーヤくん、魔物娘の誰かに襲われてたってこと?」
「そ、それは……」
ラタトスク娘の指摘に、言葉を濁して目をそらすソーヤ。つられるようにその視線を追ったホシトは、手足に包帯を巻いて頬に絆創膏を貼った双子のオーク娘──ペトラとパメラが離れた席からこちらをちらちらとうかがっているのに気づいた。
「やめとけ。勘違いされて、また追いかけ回されるぜ、ソーヤ」
「う、うん……」
バツが悪そうに目をそらす彼女たち。心苦しさをおぼえて声をかけようと立ちかけた級友を、やんわりとたしなめる。
「こっちに来てまだ日が浅いこともあるだろうけど……もうちょい用心しとかないと、いつか『とにかく即ハメ! 愛はあとからついてくる!』なんて考えの連中に、性的に喰われ≠ソまうかもしれないぞ」
「うう……」
全く、優し過ぎるのも考えものだよな……胸中でそうつぶやきながら、ホシトは半ば脅かすように忠告を重ねた。しかし先程ステラのことを話題にしていた時とは逆に、意気消沈してしまったソーヤを見かねて付け加える。「──ま、まあ、ここにいる魔物娘みんながみんなそうじゃないけどさ」
「え……?」
その言葉に、ソーヤは一瞬きょとんとした表情を浮かべると、
「それと同じこと、昨日ステラさんにも言われた」
「あ……」
し、しまったああぁっ! フォローするつもりが、余計なひと言になってしまった。
「ど、どうしたんですか、ホシト先輩?」
「ウウ……ホシト、変だゾ」
「あれ? 何、顔赤くしてんのよあんた?」
「…………」
口にやりかけた手をあわてて誤魔化すように振り回し、自身の奇行に再度半笑いを浮かべる。
ソーヤたちはそんなホシトを訝しげに見つめて、揃って首を傾げた。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
放課後、ホシトは高等部主任教師のユーチェンに呼ばれて、彼女の研究室を訪れていた。
応接用のテーブルやソファの上に置かれた本や書類を横に寄せ、空いたところに腰を下ろす。
部屋のあちこちにも本棚に入りきらなかった本や書類のファイル、小包の箱などがところ狭しと積み上げられていて、雑然とした印象を受ける。
「呼び立ててゴメンなさいね。ホシトくんには、いつも大変なことしてもらっているのに」
「い、いえ、俺の方こそ、先生にずっとお世話になりっぱなしだし……」
出されたお茶に口を近づけ、ふーふー息を吹きかけて冷まそうとする。
テーブルを挟んで向かい側に座る白澤先生は、そんな猫舌なホシトに眼鏡の奥の目を細めて微笑んだ。
水牛を思わせる双角、シルクのようなクセのないミルク色の髪、毛先がカールした長めの尻尾と蹄状の足。
そしてミノタウロス種特有の、大きな胸の膨らみ。
ホシトの親族たちが頼みにし、彼をここ親魔物領サラサイラ・シティのワールスファンデル学院へと招いたのは、他ならぬ彼女──ユーチェンなのである。
「な……なんですか?」
じっと見つめられ、ホシトは顔を上げて目を瞬かせた。
「ふふっ、ちょっと思い出してたの……ホシトくんが初めてヴァルキリーになったときのこと。ドレスアーマー姿のあなたが涙目でここにとび込んできて、『先生助けて! わたし……わたし、女の子になっちゃったあぁ!』って──」
「お願いですから忘れてください、先生」
顔を赤くしながらも、憮然とした口調で言い返す。
変身すると言葉遣いや仕草、感じ方まで女の子らしくなってしまうのは、ユーチェン曰く「剣技や飛行能力の制御など、ヴァルキリーとしての技能がマインドセットされる際に生じる副次的なもの」なのだとか。
元の男子の姿に戻ったホシトが、その度に恥ずかしさで悶絶しているのは言うまでもない。空へのトラウマを払拭できているのは、ありがたいと思うが。
「…………」
もし、これ(男なのに女体化してヴァルキリー)が主神様の御心なのだとしたら、不敬ではあるが「何考えとんねん」とツッコミのひとつも入れたくなる。もっともステラ(ホシト)の頭の中に、その声が聞こえてきたことは一度もない……
「前にも言ったけど、魔物娘が大勢いるここへ来たことが、変身能力発現のトリガーになったんじゃないかな? もしあのままハイレムに留まってこの力に目覚めなかったら、行き場のない神力を溜め込み過ぎて、最悪身体が崩壊していたかもしれないわね」
「怖いこと言わないでください」
自分が内側から爆発して木っ端微塵になるのを想像し、二の腕をかき抱いて青ざめるホシト。
ユーチェンはくすくす笑いながら、話を続ける。
「定期的に変身すれば余分な力を放出できるから、その点は心配ないわよ。……他に困ってることはないかしら?」
「いえ、と、特には──」
女の子の姿でオナニーするのが癖になってしまいました、とは流石に言えなかった。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
人魔共生を理念に掲げるワールスファンデル学院だが、当の魔物娘の中にはここを学びの場ではなく、男の狩り場だと勘違いしている者もいる。
「けど、この地は魔界ではなくて親魔物領。ヒトと共に日常を暮らす以上、魔物娘もある程度の節度や良識を持って生活しなければならないわ。でないと、いつしかヒトはかつてのように私たちを恐れ怖がり、排斥しようとするでしょうね……」
そんなユーチェン先生の憂いを晴らすべく、ホシトがヴァルキリー・ステラとして、魔物娘生徒に襲われている男子を助けるというヴィジランテ活動を始めだして間もない頃──
「あらあらお膝が真っ赤っ赤。転んじゃったのルルトくん? でも大丈夫、お姉さんの治癒魔法で痛いの痛いのとんでけ〜ってしてあ・げ・る♡ ……あ、そうだ、ほ──他のところもケガしてないか調べるから、お、お、おおおおおズボンぬぬぬ脱ぎ脱ぎししししましょうねええええひでぶっ!」
「止めんかこのショタコーンっ! この子怯えてるじゃないかっ。……ねえルルトくん、心配しなくてもアタシがちゃ〜んと家まで連れてってあ・げ・る♥ でもちょ〜っとだけお姉さんのお部屋に寄り道していこうか? 大丈夫よぉ最初は痛いかもしれないけど〜、すぐに気持ちよくなって〜それなしでいられなくあべしっ!」
「は、離れなさいよこの駄〜肉エロフっ! ていうか何、年端もいかない子にSM趣味植え付けようとしてるのよっ!?」
「お、お前こそっ、いくら種族的に童貞しか受け入れられないからって、精通もまだの子に言い寄るなんていろいろとばし過ぎだろがっ!?」
「あなたたち、『目クソ鼻クソを笑う』ってジパングのことわざ知ってるかしら?」
「「誰っ!?」」
路地裏で幼年部の男子児童ルルト・ファロットを取り合っていた高等部生徒二人──ユニコーン娘のフィーネとダークエルフ娘のベネッタは、突然割って入ってきた涼やかな声にあわてて同時に振り向いた。
「天使さま? ……たっ、助けてっ!」
魔物娘二人の間に挟まれていたルルトがその一瞬の隙を見て逃げ出し、現れた三人目の少女の腰にぎゅっとしがみつく。
ガーンという擬音が聞こえてきそうな表情を浮かべたフィーネとベネッタは次の瞬間、目の前に立つ少女──ステラの姿に驚き、目を見開いた。
「ばっ、ヴァルキリー!?」
「なんでっ!? ここ親魔物領だぞっ!」
蜂蜜色の長い髪、白磁の肌、湖水のように澄んだ蒼い瞳。
すらりとした長身を覆う、真紅のドレスアーマー。
腰の後ろから左右に広がる二対四枚の翼。
彼女は自分に抱きつくルルト少年の頭を優しく撫でて落ち着かせると、ユニコーン娘とダークエルフ娘に向き直り、ピシャリと言い放つ。
「二人ともこの子はあきらめて、さっさと寮に帰りなさい。そうすれば見逃してあげるわ」
「なっ?」「なん…だと…?」
ステラ(ホシト)はヴァルキリーとして魔物娘と対峙するとき、ふたつのルール──制約を自らに課している。
1.自分よりも年上の男性は、助けない。
親魔物領に住む以上、ヒトもまた魔物娘に歩み寄らなければいけない……というのはユーチェン先生の受け売り。いい年した大人が魔物娘に堕ちるのは、自己責任で。
……本音を言うと、そこまで範囲を広げたらぶっちゃけ身体がいくつあっても足りない(笑)。
2.こちらから先に、絶対手は出さない。
魔物娘と戦い、倒すことが目的ではない。
本性に忠実な一部の連中の軽はずみな行為で、学院の、ひいてはサラサイラ・シティに住むすべての魔物娘が偏見に晒されることがないように、あとから恥ずかしいのを我慢してやっているのだから。
「……引けないっ。早めにツバつけとかないと、貴重な童貞さんが絶滅してしまうっ!」
「アタシも引けないっ! ジパング由来の伝統的ショタ育成法、光源Gプロジェクトは誰にも邪魔させないっ!」
もっともそんな思いは、相手にナノいちミリも伝わっていないのだが。
眉を吊り上げ、カツカツと蹄音(つまおと)を立てて目の前の邪魔者を威嚇するフィーネ。その隣でベネッタは、腰に束ねていた鞭を手にしてひと振りする。
さらに怯えるルルトを背中にかばって、ステラは溜息を吐いた。
「せっかく話合いで穏便に済ませようとしたのに──」
「舐めないで! ……押し通るッ!」
額のツノから護りの力を解放して身体の前面に光のシールドを形成し、フィーネがケンタウロス種の瞬発力にまかせて突進してくる。ステラはあわててツヴァイヘンダーを鞘に収めたまま縦に構え、その体当たりを真っ正面から受け止めた。
「く……っ! 荒事向きじゃないって思ってたけどっ」
「わたしたちユニコーンは、結構アグレッシブなの……よっ!」
ぎしりっ。踏ん張った脚のグリーヴ(脛甲)が擦れて鈍い音を立てる。お嬢さま然とした見た目に油断した……と、両腕両足に力を込めながら舌打ちをするステラ。
次の瞬間、耳元でヒュンっと風切音が鳴った。
「アタシを忘れてもらっちゃ困るなあっ!」
「……! しまっ──」
意識が一瞬横にそれ、その手からツヴァイヘンダーが弾きとばされる。
「ちょっ、急にっ!? きゃあああああ〜っ!!」
どっぱああああああああ〜ん──っ!!
いきなり力の均衡が崩れて、ユニコーン娘は突進の勢いのまま路地の隅にあった防火用水槽に頭から突っ込んでしまった。
しかしステラも武器を失い、ベネッタが繰り出す鞭の連打をよける間もなくその身に受ける。
「あ……っ、……ぐっ!」
「ほらほらどうしたヴァルキリーっ! 手も足も出ないようねっ! それともアンタもMに目覚めたってかぁ〜?」
ブロッキングで、ひたすら攻撃をこらえるステラ。
加虐の悦びに酔いしれながら、なおも得物を振るうダークエルフ娘だったが、そこへずぶ濡れになったフィーネがあわてて声をかけた。
「ち、ちょっとベネッタ! ストップストップ! まずいって──」
「何だよフィーネっ? 今ノッてきたとこなんだから…………あ」
いきなり水を差されたベネッタだったが、彼女は次の瞬間、鞭を持つ手を振り上げたまま目を見開いて固まった。
その視線の先、両腕を顔の前に立てて耐えていた戦天使の肩越しに、真っ青な顔で瞬きもせずこちらを凝視するルルトの姿が。
「「…………」」
完っっ全にドン引きされていた……
──つ、つまりアイツは避けられなかったんじゃなく、あの子の盾になって避けなかった……?
ベネッタは鞭を取り落とし、その場に両膝と両手をつけてがっくりと項垂れた。「あ、アタシらの…………負けだ……」
「え? アタシら≠チて……わたしもなのっ?」
自分を指差しながら異議の声を上げるフィーネ。二人から戦意がなくなったのを見てとり、ステラはほっと息を吐いて構えを解いた。
その日の夕暮れ──
ワールスファンデル学院学生寮、三階北側の角にある部屋の開いた窓から、紅いドレスアーマーを身につけた蜂蜜色の髪の少女──ステラが中へするりと入ってきた。
いつもならヒト目のつかない場所で変身を解き、元のホシトの姿に戻ってからここに帰ってくるのだが……
はぁ、はぁ……
顔を赤らめ、肩を上下させ、何度も息を喘がせる。
下半身──おへそから下のうずうずした感じがおさまらない。フィーネとベネッタに襲われかけていたルルト少年を家へ送り届けたところまでは、まだなんとか我慢できていたのに。
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……
ステラはヴァルキリーの姿のまま、よろめきながら明かりの消えた部屋を横切ると、備え付けの机に寄りかかるように両手を置き、何かを我慢するかのように唇を噛んだ。
「んん……っ、くっ、き──キャス、ト、オフ……」
胸甲に右手を当てて絞り出すようにそう唱えると、腰の翼と着ていたドレスアーマーが光の粒子と化して霧散する。
飾り気のない灰色のハーフトップとショーツだけを身につけた姿になると、彼女は横にあったベッドにどさっと倒れ込んだ。
──よ、鎧がある、から、大丈夫……って、思って、た、けど……
相手に痛み以上の快感を与えると言われる、ダークエルフの鞭。それをしこたま浴びた身体は、性感がぐっと高まった状態……早い話が発情していた。
ステラはベッドの上で仰向けになり、しばらく震えながら息を弾ませていたが、やがて無意識のうちに両手を胸にやって、その膨らみをハーフトップの布地越しに揉み始めた。
「ん、んぁあん……っ!」
マシュマロみたいに柔らかく、それでいてしっかりした弾力が跳ね返ってくる、丸いふたつの膨らみ。手のひらに伝わるその感触と、そこから伝わる「触られた感覚」に、思わず声を上げてしまう。
はぁ、はぁ……んっ、んあぁ──、ふぁ……あっ、あぁ……
汗が染みたハーフトップをずり上げ、指を這わせて直にそこをこね回す。やがて、乳首の先が固く尖ったのを自覚して……
「……んっ!」
指先でそこに触れると、静電気のような、ぴりっとした刺激が背筋を駆け上がった。
ぅんっ! はぁ、はぁ……んっ、あぁん──
手が、指が、止まらない。円を描くように自分の乳房をこね回し、指の間に桜色の突起を挟んでくにくにともてあそぶ。
「んくっ、はあんっ、あっ、あんっ、あぁんっ!」
気持ちいい……おっぱい、乳首、気持ちいい……
その息づかいが、声が、表情が、甘くとろけたものへと変わっていく。
そしていつしか下腹部の奥が、だんだんと熱くなってきて──
くちゅり……股間にぬめっとしたものを感じた。
ショーツの股ぐら、クロッチの部分が湿り気を帯びてくる。
ステラはベッドの上で身体をくの字に曲げて、しばらく両脚をモジモジと内股に擦り合わせていたが……
──あ、あん……っ! だっ、だめっ……わたしっ、ほんとは男の子……なのにっ。
左手をそっとショーツの中、太腿の合わせ目へと忍ばせる。そうしている間もそこはじっとりと濡れだして、うずきがどんどん増していく。
んっ、あ……あぅんっ、あ、あぁん……
男の時より薄くなったアンダーヘアに覆われた、縦筋の割れ目。
はぁんっ……んっ、あ、ああ、あんっ、ああんっ──
男にはない敏感なその部分に指を這わすたびに、そこからぞくっとした気持ち良さが全身に伝わってくる。
彼女は開きかけた割れ目に沿って、何度も指を往復させた。
くちゅくちゅ……にゅぷ…………くちゅくちゅくちゅ……
「あ、ああんっ、んっ、いい……こ、ここ……い、いい──」
今までこんなことなかった。
もちろんステラ──いやホシトも男子なのだから、女の子の身体に対して関心や欲望なんかも当然持っている。実際、胸にできた二つの膨らみや、イチモツがなくなった股間を興味本位に弄ったことは一度や二度ではない。
しかしステラの姿になると感覚が女性的になることや、いき着くところまでいって元に戻れなくなったらどうしよう……という怖さもあって、これまで(変身した)自分の身体に深く踏み込んだ≠閧ヘしなかった、のだが。
「う……あ──」
身体をよじって壁にある姿見にちらっと目をやると、上気した表情を浮かべた蜂蜜色の髪の少女がベッドの上で、右手で胸を、下着の中に左手を入れてそこを夢中で愛撫している姿が映っている。
鏡の中のそれが今の自分自身の姿であることに、ステラは羞恥心と背徳感、そしてナルシズムめいた興奮をおぼえてさらに昂ぶっていく。
「あぁ……お腹の奥、熱い…………感じる……すごく感じるうぅ……っ!」
くちゅくちゅ……くちゅくちゅ……にゅぷ…………くちゅくちゅくちゅ……にゅぷ……くちゅくちゅくちゅ──
「……んぁああっ!!」
知らず知らずのうちにGスポットを刺激していたのか、愛液が止めどなく溢れてくる。
それでもひたすら気持ちよくなりたいという衝動に身を任せ、彼女は花弁のように開いてぐっしょり濡れた自身の秘裂に、細い指を差し入れた。
「ああっ! うはあああああああぁっ! ……んくっ、ん、はあああぁ──っ」
一瞬、頭の中がホワイトアウトした。
身体中のあちこちが、ぎゅっと収縮したかのような感覚。男子の刹那なそれと全く違う、波のように寄せ返す女性のオーガズム。
ステラは右手で胸を揉みしだき、左手の指を秘裂に抜き差しし続ける……
「あ、あぁ、ぅぅ……あ、はぁんっ! ……んんっ、……んはぁっ、あっ……ふぁ、あ、あ、あっ、…………ああああぁ〜んんっ!」
…………………………………………
絶頂の中に溶けていった全身の感覚が、ふわふわと浮き上がるように戻ってくる。
「わ、わたし……イッちゃった。女の子の身体で…………」
ベッドの上で仰向けになったまま、ステラは虚脱感と陶酔感を同時におぼえながら、自分の身体をいとおしげに抱きしめた。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
その日からずっと、ホシトはステラの、ヴァルキリーの姿でのひとりエッチ──自慰行為を続けている。
最初の頃は「魔物娘の淫気に当てられた」などと自分で自分に言い訳していたが、今では隣が空き部屋なのをいいことに、すっかり習慣化してしまっていた。
「本当に大丈夫なの?」
「は、はい……まあ──」
もちろんそのことは、目の前にいるユーチェンには内緒である。
だけど彼女はホシトの誤魔化したような返事に、胸の前で手を合わせ、にっこりと微笑んだ。
「よかった。あなたにはこれからも魔物娘生徒たちの抑止力≠ノなってもらわないといけないから……ねっ、ス・テ・ラ・ちゃん♪」
「せっ、先生が『やってくれないとみんなに言いふらす』なんて脅迫するから……っ」
……もしかすると、とうにお見通しなのかもしれない。
いきなり女の子ネーム(笑)をちゃん付けで呼ばれて、顔がさらに赤くなる。
あらそうだったっけ? なんてとぼけるユーチェンに、ホシトは抗議めいた視線を向けた。ちなみに「ステラ」という名前もホシト → 星 → Star → Stella といった連想で、この白澤先生が名付けたものだったりする。
to be continued...
20/07/23 13:13更新 / MONDO
戻る
次へ