【序章・彼女≠フヒメゴト】
「ぶひひっ、ソーヤくぅん見〜っけ♪」
「ひ……っ!」
横合いから聞こえてきた声に、名前を呼ばれた少年──汗だくになりながら胸を押さえて息を継いでいたソーヤ・フォレストは、一転その顔を引きつらせて後ろを振り向いた。
後頭部で束ねたクセのない銀髪が、尻尾のように跳ねる。
同年代の男子と比べて低い身長。騎士団の略礼服を模した高等部の制服を身につけているが、童顔とも相まっていささか頼りなげな印象を受ける。
「わざわざこんなヒト気のないとこに逃げ込むなんてぇ♪」
「これはもう、襲ってくださ〜いって言ってるようなモンだよね〜っ♪」
「あ……く、くそっ──」
反対側、そして正面からも嬉しそうな、それでいてサディスティックな笑い声が響く。
時刻は夕暮れ時。旧校舎裏の廃材置き場。三方向を囲まれて、ソーヤは塀際まで追い詰められた……
「ま、どう足掻いたってアタシらの鼻撒くのは無理だっつーの♪」
「んじゃ約束通りぃ、捕まえられたソーヤくんはぁ……ウチらの肉バイブになることけって〜いっ♪」
「な……!?」
同じ教室の女子生徒ペトラとパメラが、愛嬌のある顔に意地の悪い笑みを浮かべてゆっくりと近づいてくる。双子だけあってその表情も、胸とお尻の大きさも鏡に映したようにそっくりだった。
レイヤーボブにした髪の中から垂れ下がった大きめの耳、ルーズに着崩した制服の、短くしたスカートの裾から見えるブタの尻尾……ふたりはオークと呼ばれる獣人型の魔物娘である。
「そ……そんな、約束、し、してない、ぞ──」
精一杯虚勢を張って言い返しながらも、あとずさるソーヤ。まだ勝手が分からない校内を逃げ回って、やっとあきらめてくれたのかと安心していたら……いや、獲物をいたぶるように、彼女たちにワザとこの場所に追い込まれたのかもしれない。
ここは親魔物領サラサイラ・シティにある、ワールスファンデル学院。
人魔共生校だと聞いてはいたが、まさか転入早々、魔物娘に目をつけられてしまうとは。
「ククク、いいねぇいいねぇその強がりなトコも……けぇ〜ど」
腕を組み、ソーヤを値踏みするかのように睨めつけ舌舐めずりする三人目──上級生のカーリィは、イノシシの特徴を持つ銀髪褐色肌の獣人娘ハイオーク。ペトラとパメラのパイセン≠セ。
襟のリボンを外してはだけたブラウスの胸元はオーク娘たちよりさらに大きく、貞操その他諸々が絶賛大ピンチであるにもかかわらず、ソーヤの目はその深い谷間に吸い寄せられてしまう。
カーリィは愉悦めいた笑みを濃くすると、顎をしゃくった。
「ほ〜ら、そこに立派なテントおっ立ててちゃね〜♪」
「……!!」
彼女たちが垂れ流すフェロモンじみた香気。加えてむちっとしつつもメリハリのあるその身体。それに当てられて無意識のうちに勃起して(させられて?)たのだろうか。まあ単なる「疲れマラ」かもしれないが。
「おーおー、これはまた」「ソーヤくんってばぁ、やっぱMぅ〜?」
「ち、違っ──」
ニヤニヤと嗤う三人のイヤらしい視線を受け、顔を赤らめ反射的に前を押さえて腰を引く。
一度でも魔物娘と身体を交えたら、一生そこから抜け出すことはできない……怯えるソーヤに嗜虐心をさらに刺激され、ペトラたちは互いに横目で目配せし合うと、
「「「いっせいのーでっ、いっただきま〜ぶひいぃぃっ!?」」」
「うわぁああっ!?」
目にハートマークを浮かべてとび掛かった次の瞬間、オーク娘二人とハイオーク娘はいきなり放たれた目も眩むような光と、次いで巻き起こった旋風に後ろへと吹き飛ばされた。
尻餅をつき、反射的に腕で顔を覆ったソーヤがおそるおそる振り仰ぐと、目の前にひとりの少女が、彼を守るかのように背中を向けて仁王立ちしていた。
緩くウェーブのかかった、蜂蜜色をした長い髪。
ひっくり返ったオーク娘たちとは真逆の、アスリートを思わせる引き締まった、それでいて柔らかさを兼ね備えた身体つき。
その身にまとうは真紅のドレスアーマー。そして腰から広がった、二対四枚の白き翼──
「大丈夫?」
「……え?」
涼やかな声が、戸惑うソーヤの耳に響く。
振り向いたその横顔は、怜悧な彫刻を思わせる美しさ。しかし口元に浮かんだ微笑みと、湖水のように澄んだ蒼い瞳からは、優しさと強い意志が感じられた。
「ば──ヴァルキリー、だとっ?」
首を振って身を起こしたハイオーク娘カーリィが、驚愕に顔をこわばらせてつぶやく。
ヴァルキリー。優れた武勇と気高い精神を備えた天界の戦士。勇者や英雄を育て導くために、人界に受肉し顕現するとされる。
今、光とともに出現した彼女は、まさにその戦天使であった。
「……あっ! こ、コイツっすよぉカーリィさんっ! 最近ウチのガッコや街に現れてぇ、魔物娘を片っ端からボコってるって奴ぅ!」
「ヒト聞きの悪いこと言わないで。わたしは同意も節操もなしに男の子を襲おうとした連中に、お灸をすえているだけよ」
座り込んだまま指を差し、声を裏返らせるパメラ。そんなオーク娘にドレスアーマー姿の戦天使は、両の腰に手を当てたまま首を傾げて応えた。
青く光る耳飾りが揺れて、かすかに音を立てる。
「ざっけんなっテメエ! 何の権利があってアタシらの自由恋愛邪魔してくれちゃってんのさっ!」
「ここ親魔物領だぞっ! 主神のイヌがエラそーに、しゃしゃり出てくんじゃねえよっ!」
余裕ぶったその態度に、ペトラとカーリィもいきり立つ。
男狩りもとい自由恋愛(違)に割って入ってきた彼女を、憎々しげに睨みつける三人組。だが、ヴァルキリーはそんな視線に臆することなく、フンと鼻を鳴らして肩をすくめた。
「親魔物領だからこそ、よ」
「ああん?」「何言ってるんだぁ?」「意味わかんねー」
親魔物領に住む男性が、皆々魔物娘との関係を希望しているわけじゃない。よしんばそうだとしても、サーチアンドセックス即マリッジなどというジェットコースターみたいな急展開恋愛についていけない者だっている。
しかし彼女らオーク種のように、原種の特性を色濃く残し、その本能に忠実な者がいるのもまた事実。
いつの間にか石槌──オークハンマーを手にして立ち上がり、ペトラたちは眼前の戦天使に向かってそれを構えた。魔界銀製武器と同じように殺傷能力はないが、ぶん殴られたらアヘ顔浮かべて違う意味で昇天≠オてしまう代物だ。
「……あと言っとくけど、わたしは主神のイヌなんかじゃないわよ」
「四の五のウルせえんだよっ! ヤっちまえええっ!!」
「「うおりゃあああっ!!」」
カーリィの雄叫びを合図に、ペトラとパメラ──双子オーク娘が得物を振りかぶり襲いかかる。だが、赤い鎧のヴァルキリーは時間差で繰り出された左右からの挟撃を、まるで舞い踊るかのように見切ってかわすと、これまたいつの間にか手にしていた刃落ちのツヴァイへンダー(両手持ち剣)で、二人の手首を打ち据えた。
「あぐっ!」「……がっ!」
ハンマーを取り落とし、痛みに手首を押さえて涙目になるペトラたち。戦天使の少女は無力化した二人に背を向けると、ドサクサ紛れに後ろに回ってソーヤをかっ攫おうとしたハイオーク娘の首筋に、手刀を叩き込んだ。
「ぶぎぃっ!」
だらしないドヤ顔を浮かべながら少年の手首をつかみかけていたカーリィは、白目を剥いてその鼻先で昏倒する。
あっさり倒された自分たちのパイセンの姿に、ペトラとパメラは瞬時に戦意を喪失した。
「かっ……カーリィさんがヤられたっ!?」「に……逃げるんだよおぉっ!!」
「ちょっと! 彼女もいっしょに連れてってあげなさい、よっ!」
尻に帆かけて逃げ出すオーク娘二人に向かって、気絶したハイオーク娘の首根っこを片手でつかんでその身体を投げつける。「ぶぎいいいい〜っ!」と甲高い悲鳴を上げてもつれ合いながら転倒する彼女たちを見やると、ヴァルキリーは胸の前でパンパンと手を払った。
頑丈さとしぶとさが取り得のオーク種である。あれくらいシメておかないと、おそらく懲りずにまたソーヤを追い回すだろう……
「あ、あの──」
「ひゃい?」
立ち上がったその当人が、おずおずと呼びかけてきた。彼女は何故かビクッと肩を強張らせ、声を裏返す。
「あのっ、た、助けてくれて、その、あ……ありがとう」
「あ、え、えっと……」
くりっとした大きな目と細い眉、筋の通った小さな鼻。
丸っこい顔の輪郭と、柔らかそうな頬。
そして下手すると中等部の生徒と見間違えそうな、華奢で小柄な身体つき……なるほど女子目線で見たら、ちょっかいかけたくなる気持ちもわからなくもない。
「えっと、その……き、気をつけなさい。この学院の魔物娘みんながみんなそうじゃないけど、隙を見せたらあの手の連中が、ま、また君を狙ってくる、から──」
青緑色の瞳に見つめられたからか、はたまた彼につい馬鹿力を披露してしまったからか、紅の戦天使は顔を赤らめ誤魔化すように目をそらすと、腰の翼を広げてふわりと宙に浮き上がった。
「あの、あなたは……?」
「わたしはステラ。……また何処かで会いましょう、ソーヤ・フォレストくん」
振り向いてそう応じると、ステラと名乗ったヴァルキリーは光の粒子をきらめかせ、空のかなたへ飛び去っていった。
「な、なんで僕の名前を──?」
ソーヤの問いかけは一陣の風に掻き消され、答えは返ってこなかった。
魔物が魔物娘となり、その有り様を一変させてから幾星霜。技術が魔導を駆逐し始め、同時に魔導が技術を取り込もうともし始めた、
そんな時代の、とある親魔物領でのお話──
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
ワールスファンデル学院学生寮の一室。夜の帳が下りた頃、ひとりの少女がベッドの上でうつ伏せになり、自らの身体を慰めていた。
はぁ、はぁ、はぁ……あ、ん、んんっ──
蜂蜜色の髪と白磁の肌、均整のとれたプロポーション。それは夕刻、オーク娘たちからソーヤ少年を救ったヴァルキリー、ステラであった。
ん……、う、うぅん……っ!
彼女は身につけていた紅いドレスアーマーを脱ぎ、飾り気のない灰色のハーフトップとショーツだけを身につけた姿で、
んっ、あ……あぅんっ、あ、あぁん──っ!
……その胸の膨らみに、右手の指を這わせて揉みしだき、
あ、んぁっ、……だ、だめぇ──
……空いた左手をショーツの中に入れ、そこにある縦筋に沿って指先を動かし続けていた。
ふぁ……あっ、あぁ……
ぷるん、ぷるんと双球が弾み、彼女の息がそれに合わせて上がっていく。
くちゅくちゅと音を立てて秘所が濡れ、半開きの口から艶めかしい声が漏れる。
その細くしなやかな指先が固く尖った乳首やクリトリスに触れるたびに、身体がぴくんと震える……
「あぁんっ! ……だ、だめっ、わたしっ……、……なの、に──っ」
しかし言葉と裏腹に、ステラの右手はハーフトップをまくり上げてなおも乳房をこね回し、左手の指先は肉襞の奥へと挿し入れられる。そこは勝手にひくひく動いて指を招き入れ、彼女は仰向けになると、無意識のうちに背筋を反り返し、腰を浮かせた。
もっと、もっと……身体の奥が、さらなる快感をむさぼりたいと求める。
くちゅくちゅ……ちゅぷ…………くちゅ……くちゅ…………くちゅ……くちゅくちゅ……
──ああっ、だ、だめぇ…………でも、でも、気持ちいい……
ショーツも、ベッドのシーツもすでに愛液でぐっしょり。それでもひたすら指を動かし、秘所を刺激し続ける。
身体中が、ぎゅっと絞られるような感覚。畳んでいた腰の翼が、欲情の高ぶりに合わせるかのように大きく広がった。
そして──
「んあぁっ! ああ……っ、く、くる──っ! ……あ、ぅうんっ、あ、あぁ、あ……あああぁ〜んんっ! …………」
下腹部から快感の固まりがこみ上げてきて、それはあっという間にステラの意識を飲み込んでいく。
絶頂を感じたその瞬間、彼女は身体の中を駆け抜けるような気持ち良さと、うっとりするようなときめきに包まれて…………
…………………………………………
……………………
…………
……
……ああ、またやっちゃった──
全身を弛緩させてオーガズムの余韻に浸っていたステラは、やがてのろのろと身を起こし、ふらつきながらベッドから降りた。
「あ、やだ……」
汗と愛液で濡れそぼった下着に顔をしかめ、それらを剥ぎ取るように脱ぎ捨てる。ベッドには浄化の魔法が付与されているから、放っておいても大丈夫……なはず。
「…………」
全裸のまま、壁に掛けられた姿見の前に立つ。
鏡に映った蜂蜜色の髪の少女は、綺麗な曲線を描く乳房と未だ濡れたままの女性器を名残惜しそうに撫でると、大きく溜め息を吐いて短くつぶやいた。
「……レリース(変身解除)」
びくんっ……と背中を強張らせた次の瞬間、ステラの姿が変わり始めた。
乳首がツンと立った胸の膨らみが潰されるように低く、平らになっていく。
ウェストのくびれが横に広がり、あべこべにお尻の幅が狭まって……
「ん、んんっ……」
肌の色が濃さを増し、髪の色も黒く染まって長さも短くなり、少女らしく丸みを帯びた肩や手足のラインが、固く無骨なものに変化して、
「ん……んんぁっ──」
顔つきや声も、別人のものと化していく……
「……うぉあ、ん……ぅあ、うっ──」
そしてクリトリスが尿道を取り込んで肥大化し、イチモツ──男性器として股間から押し出される。睾丸を包み込んだ小陰唇が陰嚢に転じて根元からぶら下がり、膣口はそれと入れ替わるように消失してしまう。
戦天使の少女は、本来の姿である黒髪黒目の少年へと戻った。
「ううっ……俺、ま、またステラの姿で、ひとりエッチ、しちまった……」
ステラ──いや、ワールスファンデル学院高等部の男子学生ホシト・ミツルギは、その場に立ち尽くしたまま、気恥ずかしさと後ろめたさがないまぜになった表情を浮かべて、鏡の中の自分にそうつぶやいた。
……全裸のままで(笑)。
to be continued...
「ひ……っ!」
横合いから聞こえてきた声に、名前を呼ばれた少年──汗だくになりながら胸を押さえて息を継いでいたソーヤ・フォレストは、一転その顔を引きつらせて後ろを振り向いた。
後頭部で束ねたクセのない銀髪が、尻尾のように跳ねる。
同年代の男子と比べて低い身長。騎士団の略礼服を模した高等部の制服を身につけているが、童顔とも相まっていささか頼りなげな印象を受ける。
「わざわざこんなヒト気のないとこに逃げ込むなんてぇ♪」
「これはもう、襲ってくださ〜いって言ってるようなモンだよね〜っ♪」
「あ……く、くそっ──」
反対側、そして正面からも嬉しそうな、それでいてサディスティックな笑い声が響く。
時刻は夕暮れ時。旧校舎裏の廃材置き場。三方向を囲まれて、ソーヤは塀際まで追い詰められた……
「ま、どう足掻いたってアタシらの鼻撒くのは無理だっつーの♪」
「んじゃ約束通りぃ、捕まえられたソーヤくんはぁ……ウチらの肉バイブになることけって〜いっ♪」
「な……!?」
同じ教室の女子生徒ペトラとパメラが、愛嬌のある顔に意地の悪い笑みを浮かべてゆっくりと近づいてくる。双子だけあってその表情も、胸とお尻の大きさも鏡に映したようにそっくりだった。
レイヤーボブにした髪の中から垂れ下がった大きめの耳、ルーズに着崩した制服の、短くしたスカートの裾から見えるブタの尻尾……ふたりはオークと呼ばれる獣人型の魔物娘である。
「そ……そんな、約束、し、してない、ぞ──」
精一杯虚勢を張って言い返しながらも、あとずさるソーヤ。まだ勝手が分からない校内を逃げ回って、やっとあきらめてくれたのかと安心していたら……いや、獲物をいたぶるように、彼女たちにワザとこの場所に追い込まれたのかもしれない。
ここは親魔物領サラサイラ・シティにある、ワールスファンデル学院。
人魔共生校だと聞いてはいたが、まさか転入早々、魔物娘に目をつけられてしまうとは。
「ククク、いいねぇいいねぇその強がりなトコも……けぇ〜ど」
腕を組み、ソーヤを値踏みするかのように睨めつけ舌舐めずりする三人目──上級生のカーリィは、イノシシの特徴を持つ銀髪褐色肌の獣人娘ハイオーク。ペトラとパメラのパイセン≠セ。
襟のリボンを外してはだけたブラウスの胸元はオーク娘たちよりさらに大きく、貞操その他諸々が絶賛大ピンチであるにもかかわらず、ソーヤの目はその深い谷間に吸い寄せられてしまう。
カーリィは愉悦めいた笑みを濃くすると、顎をしゃくった。
「ほ〜ら、そこに立派なテントおっ立ててちゃね〜♪」
「……!!」
彼女たちが垂れ流すフェロモンじみた香気。加えてむちっとしつつもメリハリのあるその身体。それに当てられて無意識のうちに勃起して(させられて?)たのだろうか。まあ単なる「疲れマラ」かもしれないが。
「おーおー、これはまた」「ソーヤくんってばぁ、やっぱMぅ〜?」
「ち、違っ──」
ニヤニヤと嗤う三人のイヤらしい視線を受け、顔を赤らめ反射的に前を押さえて腰を引く。
一度でも魔物娘と身体を交えたら、一生そこから抜け出すことはできない……怯えるソーヤに嗜虐心をさらに刺激され、ペトラたちは互いに横目で目配せし合うと、
「「「いっせいのーでっ、いっただきま〜ぶひいぃぃっ!?」」」
「うわぁああっ!?」
目にハートマークを浮かべてとび掛かった次の瞬間、オーク娘二人とハイオーク娘はいきなり放たれた目も眩むような光と、次いで巻き起こった旋風に後ろへと吹き飛ばされた。
尻餅をつき、反射的に腕で顔を覆ったソーヤがおそるおそる振り仰ぐと、目の前にひとりの少女が、彼を守るかのように背中を向けて仁王立ちしていた。
緩くウェーブのかかった、蜂蜜色をした長い髪。
ひっくり返ったオーク娘たちとは真逆の、アスリートを思わせる引き締まった、それでいて柔らかさを兼ね備えた身体つき。
その身にまとうは真紅のドレスアーマー。そして腰から広がった、二対四枚の白き翼──
「大丈夫?」
「……え?」
涼やかな声が、戸惑うソーヤの耳に響く。
振り向いたその横顔は、怜悧な彫刻を思わせる美しさ。しかし口元に浮かんだ微笑みと、湖水のように澄んだ蒼い瞳からは、優しさと強い意志が感じられた。
「ば──ヴァルキリー、だとっ?」
首を振って身を起こしたハイオーク娘カーリィが、驚愕に顔をこわばらせてつぶやく。
ヴァルキリー。優れた武勇と気高い精神を備えた天界の戦士。勇者や英雄を育て導くために、人界に受肉し顕現するとされる。
今、光とともに出現した彼女は、まさにその戦天使であった。
「……あっ! こ、コイツっすよぉカーリィさんっ! 最近ウチのガッコや街に現れてぇ、魔物娘を片っ端からボコってるって奴ぅ!」
「ヒト聞きの悪いこと言わないで。わたしは同意も節操もなしに男の子を襲おうとした連中に、お灸をすえているだけよ」
座り込んだまま指を差し、声を裏返らせるパメラ。そんなオーク娘にドレスアーマー姿の戦天使は、両の腰に手を当てたまま首を傾げて応えた。
青く光る耳飾りが揺れて、かすかに音を立てる。
「ざっけんなっテメエ! 何の権利があってアタシらの自由恋愛邪魔してくれちゃってんのさっ!」
「ここ親魔物領だぞっ! 主神のイヌがエラそーに、しゃしゃり出てくんじゃねえよっ!」
余裕ぶったその態度に、ペトラとカーリィもいきり立つ。
男狩りもとい自由恋愛(違)に割って入ってきた彼女を、憎々しげに睨みつける三人組。だが、ヴァルキリーはそんな視線に臆することなく、フンと鼻を鳴らして肩をすくめた。
「親魔物領だからこそ、よ」
「ああん?」「何言ってるんだぁ?」「意味わかんねー」
親魔物領に住む男性が、皆々魔物娘との関係を希望しているわけじゃない。よしんばそうだとしても、サーチアンドセックス即マリッジなどというジェットコースターみたいな急展開恋愛についていけない者だっている。
しかし彼女らオーク種のように、原種の特性を色濃く残し、その本能に忠実な者がいるのもまた事実。
いつの間にか石槌──オークハンマーを手にして立ち上がり、ペトラたちは眼前の戦天使に向かってそれを構えた。魔界銀製武器と同じように殺傷能力はないが、ぶん殴られたらアヘ顔浮かべて違う意味で昇天≠オてしまう代物だ。
「……あと言っとくけど、わたしは主神のイヌなんかじゃないわよ」
「四の五のウルせえんだよっ! ヤっちまえええっ!!」
「「うおりゃあああっ!!」」
カーリィの雄叫びを合図に、ペトラとパメラ──双子オーク娘が得物を振りかぶり襲いかかる。だが、赤い鎧のヴァルキリーは時間差で繰り出された左右からの挟撃を、まるで舞い踊るかのように見切ってかわすと、これまたいつの間にか手にしていた刃落ちのツヴァイへンダー(両手持ち剣)で、二人の手首を打ち据えた。
「あぐっ!」「……がっ!」
ハンマーを取り落とし、痛みに手首を押さえて涙目になるペトラたち。戦天使の少女は無力化した二人に背を向けると、ドサクサ紛れに後ろに回ってソーヤをかっ攫おうとしたハイオーク娘の首筋に、手刀を叩き込んだ。
「ぶぎぃっ!」
だらしないドヤ顔を浮かべながら少年の手首をつかみかけていたカーリィは、白目を剥いてその鼻先で昏倒する。
あっさり倒された自分たちのパイセンの姿に、ペトラとパメラは瞬時に戦意を喪失した。
「かっ……カーリィさんがヤられたっ!?」「に……逃げるんだよおぉっ!!」
「ちょっと! 彼女もいっしょに連れてってあげなさい、よっ!」
尻に帆かけて逃げ出すオーク娘二人に向かって、気絶したハイオーク娘の首根っこを片手でつかんでその身体を投げつける。「ぶぎいいいい〜っ!」と甲高い悲鳴を上げてもつれ合いながら転倒する彼女たちを見やると、ヴァルキリーは胸の前でパンパンと手を払った。
頑丈さとしぶとさが取り得のオーク種である。あれくらいシメておかないと、おそらく懲りずにまたソーヤを追い回すだろう……
「あ、あの──」
「ひゃい?」
立ち上がったその当人が、おずおずと呼びかけてきた。彼女は何故かビクッと肩を強張らせ、声を裏返す。
「あのっ、た、助けてくれて、その、あ……ありがとう」
「あ、え、えっと……」
くりっとした大きな目と細い眉、筋の通った小さな鼻。
丸っこい顔の輪郭と、柔らかそうな頬。
そして下手すると中等部の生徒と見間違えそうな、華奢で小柄な身体つき……なるほど女子目線で見たら、ちょっかいかけたくなる気持ちもわからなくもない。
「えっと、その……き、気をつけなさい。この学院の魔物娘みんながみんなそうじゃないけど、隙を見せたらあの手の連中が、ま、また君を狙ってくる、から──」
青緑色の瞳に見つめられたからか、はたまた彼につい馬鹿力を披露してしまったからか、紅の戦天使は顔を赤らめ誤魔化すように目をそらすと、腰の翼を広げてふわりと宙に浮き上がった。
「あの、あなたは……?」
「わたしはステラ。……また何処かで会いましょう、ソーヤ・フォレストくん」
振り向いてそう応じると、ステラと名乗ったヴァルキリーは光の粒子をきらめかせ、空のかなたへ飛び去っていった。
「な、なんで僕の名前を──?」
ソーヤの問いかけは一陣の風に掻き消され、答えは返ってこなかった。
魔物が魔物娘となり、その有り様を一変させてから幾星霜。技術が魔導を駆逐し始め、同時に魔導が技術を取り込もうともし始めた、
そんな時代の、とある親魔物領でのお話──
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
ワールスファンデル学院学生寮の一室。夜の帳が下りた頃、ひとりの少女がベッドの上でうつ伏せになり、自らの身体を慰めていた。
はぁ、はぁ、はぁ……あ、ん、んんっ──
蜂蜜色の髪と白磁の肌、均整のとれたプロポーション。それは夕刻、オーク娘たちからソーヤ少年を救ったヴァルキリー、ステラであった。
ん……、う、うぅん……っ!
彼女は身につけていた紅いドレスアーマーを脱ぎ、飾り気のない灰色のハーフトップとショーツだけを身につけた姿で、
んっ、あ……あぅんっ、あ、あぁん──っ!
……その胸の膨らみに、右手の指を這わせて揉みしだき、
あ、んぁっ、……だ、だめぇ──
……空いた左手をショーツの中に入れ、そこにある縦筋に沿って指先を動かし続けていた。
ふぁ……あっ、あぁ……
ぷるん、ぷるんと双球が弾み、彼女の息がそれに合わせて上がっていく。
くちゅくちゅと音を立てて秘所が濡れ、半開きの口から艶めかしい声が漏れる。
その細くしなやかな指先が固く尖った乳首やクリトリスに触れるたびに、身体がぴくんと震える……
「あぁんっ! ……だ、だめっ、わたしっ……、……なの、に──っ」
しかし言葉と裏腹に、ステラの右手はハーフトップをまくり上げてなおも乳房をこね回し、左手の指先は肉襞の奥へと挿し入れられる。そこは勝手にひくひく動いて指を招き入れ、彼女は仰向けになると、無意識のうちに背筋を反り返し、腰を浮かせた。
もっと、もっと……身体の奥が、さらなる快感をむさぼりたいと求める。
くちゅくちゅ……ちゅぷ…………くちゅ……くちゅ…………くちゅ……くちゅくちゅ……
──ああっ、だ、だめぇ…………でも、でも、気持ちいい……
ショーツも、ベッドのシーツもすでに愛液でぐっしょり。それでもひたすら指を動かし、秘所を刺激し続ける。
身体中が、ぎゅっと絞られるような感覚。畳んでいた腰の翼が、欲情の高ぶりに合わせるかのように大きく広がった。
そして──
「んあぁっ! ああ……っ、く、くる──っ! ……あ、ぅうんっ、あ、あぁ、あ……あああぁ〜んんっ! …………」
下腹部から快感の固まりがこみ上げてきて、それはあっという間にステラの意識を飲み込んでいく。
絶頂を感じたその瞬間、彼女は身体の中を駆け抜けるような気持ち良さと、うっとりするようなときめきに包まれて…………
…………………………………………
……………………
…………
……
……ああ、またやっちゃった──
全身を弛緩させてオーガズムの余韻に浸っていたステラは、やがてのろのろと身を起こし、ふらつきながらベッドから降りた。
「あ、やだ……」
汗と愛液で濡れそぼった下着に顔をしかめ、それらを剥ぎ取るように脱ぎ捨てる。ベッドには浄化の魔法が付与されているから、放っておいても大丈夫……なはず。
「…………」
全裸のまま、壁に掛けられた姿見の前に立つ。
鏡に映った蜂蜜色の髪の少女は、綺麗な曲線を描く乳房と未だ濡れたままの女性器を名残惜しそうに撫でると、大きく溜め息を吐いて短くつぶやいた。
「……レリース(変身解除)」
びくんっ……と背中を強張らせた次の瞬間、ステラの姿が変わり始めた。
乳首がツンと立った胸の膨らみが潰されるように低く、平らになっていく。
ウェストのくびれが横に広がり、あべこべにお尻の幅が狭まって……
「ん、んんっ……」
肌の色が濃さを増し、髪の色も黒く染まって長さも短くなり、少女らしく丸みを帯びた肩や手足のラインが、固く無骨なものに変化して、
「ん……んんぁっ──」
顔つきや声も、別人のものと化していく……
「……うぉあ、ん……ぅあ、うっ──」
そしてクリトリスが尿道を取り込んで肥大化し、イチモツ──男性器として股間から押し出される。睾丸を包み込んだ小陰唇が陰嚢に転じて根元からぶら下がり、膣口はそれと入れ替わるように消失してしまう。
戦天使の少女は、本来の姿である黒髪黒目の少年へと戻った。
「ううっ……俺、ま、またステラの姿で、ひとりエッチ、しちまった……」
ステラ──いや、ワールスファンデル学院高等部の男子学生ホシト・ミツルギは、その場に立ち尽くしたまま、気恥ずかしさと後ろめたさがないまぜになった表情を浮かべて、鏡の中の自分にそうつぶやいた。
……全裸のままで(笑)。
to be continued...
20/08/11 23:09更新 / MONDO
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