バフォメットの義母(かあ)さん
ーーーなんだ……?
暗い、暗い場所で目が覚めた。
辺りは高い木で囲まれ、その中に一本の道が通っている。
その道の中を、ゆっくりと動くーー小さな影
遠くに、誰かがいる。
ーーー子ども……か?
近づいて確かめればいいのだが、何故か体は動かない。
どうしようもないので、暫くその小さな影を眺めていると、だんだんと影の正体が見えてきた。
ーーー男の子?どうしてこんなところに……
そこに居たのは少年だった。それも、まだ4.5歳程の少年……。
夜、月も出ていないので、この森と道は闇で覆われている。
当然、俺はこの子どもの事を知らない。それに、俺は善人じゃないから助けたいとも思わない。ただ……
ーーー…なんだ?この冷たい感じ……
心臓が掴まれ、そのまま潰されそうな程、胸が痛い。
ーーーうっ……!く、苦しい……!
今度は押し潰される感覚、まるで重い何かにのしかかられたような……
それと呼応してか、道にいた子どもも、しゃがみ込んでしまった。両手には、羽根の髪飾りを持っていた……
____________
「これ、これっ!起きんか!」
「うっ!お、重っ!?」
あまりの痛みに飛び起きると、そこにはいつもの部屋があった。夢だったのか……。
「むっ、レディに向かって「重い」とはどういうことじゃ!」
そう言ったのは、俺の腹の辺りに座っていた誰か……もちろん面識はある。というか、長い付き合いだ。
外見は金髪の少女だが、人間ではない。頭に羊の角が生えているーーーバフォメットだ。
俺が呼吸を整えていると、俺を夢から引き剥がしたバフォメットは、不機嫌そうな顔で俺を見ていた。っていうか……
「なんで俺の部屋にいるんだよっ!?」
「下から声をかけても全く起きんかった誰かさんを、ワシ自らが起こしに来てやったんじゃ!」
「そっか、悪かった…じゃなくて!」
俺が言いたいのはそこじゃない。問題はそのバフォメットが……
「なんで俺の上に乗る必要があるんだよっ!」
何気に寝巻きの下に手をかけてるし!
当の本人は悪びれる様子もなく、意地の悪い笑顔を作って俺に言った。
「折角起こすんじゃから、何か特別な演出が欲しいと思っての」
「いらないっての!あと脱がそうとするなっ!」
寝巻きにかけていた右手が動き出そうとする前に、素早く掴んで服から遠ざける。
「まったく……いけずじゃのぉ……」
「子どもに手を出す親がどこにいるんだよ……」
はぁ……起きた瞬間からこの漫才か…まあ、いつも通りだけど……。
さっきさらっと言ってのけたが、このバフォメットは俺の母さんだ。
……いや、正確には「義母(かあ)さん」って言うべきかな。
「……ところで、どんな夢を見ておったのじゃ?かなりうなされていたようじゃか……」
「う〜ん……暗い場所にいたってのは覚えてんだけど……」
……ってかうなされたのはアンタが乗ってからだと思うんだけど……。
「そうか……まっ、辛いことは忘れるのが一番じゃ!それよりも早く着替えて下りてくるんじゃぞ?朝飯が冷めてしまうからの!」
俺が二つ返事で返すと、義母さんは俺の部屋から出ていった。
俺たちが暮らしているのは「親魔物領」に属する小さな町「ライオコット」そこの一角にある二階建ての家だ。
ここは魔界に近く、さらに言えば「反魔物領」からもそう遠くはないので、安全とは言えないが、そのどちらからも見えない仕組みになっている。
何故見えないのか。それは、俺の義母さん……バフォメットの「メノット」が作った魔法具の力がはたらいてるからだ。
メノットは変わったバフォメットだ。ライオコットは小さな町だが、人の数も魔物の数もそこそこいる。当然独身の人間や魔物もいる。だが、少なくともこの町で「黒ミサ」を開いたところは見たことがない。
一人で外に出掛けるとき、こっそり後をつけたことがある。何回も……そのことごとくが、買い物だったり、酒場に行ったり等々……もしかしたら俺がつけてたことを知ってたのかもしれないけど、力の強いバフォメットなら捕まえるチャンスくらいいくらでもあった筈だ。
つまり、可能な限り自分の目で確かめた結果、黒ミサを開いていないって事が分かったわけだ。
ちなみに、俺は「サバト」に入信してることになってる。……決して俺がロリコンだからじゃないぞ?
サバトって言っても、布教活動とか、幼女の体は云々っていう意味が分からない説教をしたりとかじゃなく、主に魔法具や薬の研究をしてる機関だ。この「普通とは違うサバト」もメノットが作った組織で、俺はそこで働いてる。
……っていっても、材料の買い出しとか、掃除とか、主に雑用だけどな。
そうこうしている間に着替え終わった。さてと、早いとこ一階に……
「おわっと!忘れるところだった…」
ちょっと急ぎすぎたか。俺はドアに向かってた足を止めて振り返る。声に出した通り、忘れ物をしたからだ。
「いつもの場所に……あった!」
探すほど複雑なところには隠してない。机の上に置いてある1つの小箱。その小箱の中には、「小さな羽根の髪飾り」が入っている。
俺はその髪飾りを着けた。女装の趣味があるとかじゃなくて、これを着けると落ち着くからだ。
「おーい!何をしとるんじゃ!早く下りてこーい!」
「あぁ!今行くって!」
着替えに時間をかけすぎたせいか、下からのメノットの声が俺を急かす。
俺は部屋を飛び出し急いで階段をかけ下り、大きめの木のテーブルの備え付けのイスに腰掛けた。
テーブルの上にはサンドイッチが5個程乗っているバスケットと、ガラスコップに入ったミルク。そして、木の器に入ったスープがきっちり並べられている。朝食としては悪くない。けど……
「またこのセットかよ……」
俺はボソリと呟いた…。
そうだ。この「サンドイッチ」「ミルク」「スープ」の三点セットは前にもあったのだ。
この家には俺とメノットの二人しかいない。だから毎日交代で朝食と夕食を作ってる(ちなみに昼は研究機関で食べている)。
「むっ……」
俺の呟きが聞こえたのか、メノットが頬を膨らませて俺の方を見た。
「仕方無いじゃろう!ワシはまだ子供なんじゃ、複雑な料理は出来んっ!」
「これで5回目だろ!…ったく、124年も生きてるのにーーあぶねっ!?」
こ、こいつ……顔めがけてフォークを投げてきたぞ!しかも目の辺りにっ!これ掴めなかったらどう責任取るつもりだったんだよ!?
「……チッ」
今舌打ちしたよな!舌打ちしましたよね!?
「さあ、さっさと食べて、研究機関に行くぞ?」ニコニコ
「……はい」
ダメだ……これ以上言ったら後ろに隠してる鎌まで飛んでくる…!これは大人しくしてた方がいいな。うん。
ちなみに、さっき俺が言った「124年生きてる」ってのは本当の話だ……多分。
何で分かったかっていうと、メノットの誕生日パーティがきっかけだ。
パーティ当日に作られたケーキに、大量のロウソクが刺さってたところから、俺の好奇心が動き出し、黙々と数えていった。
それで、その時の本数が「124本」だったわけだ。
数え終わってから、メノットと付き合いの長い魔女に、「何でこんなにロウソクがあるんだ?」って聞いたら……
「誕生日ケーキの上には、『年の数だけ』ロウソクをつけるんですよ!」
…っと、自信満々に答えた。
それで、俺はそれが真実かどうか確かめるために、メノットが火を消し終わる前に
「なあ、ケーキに刺さってるロウソク、124本あったんだけど…何でなんだ?」
魔女から聞いた話を出さず、メノットに聞いたんだ。そしたら……
「なっ……!そ、それはぁそのぉ……ね、願いの数だけロウソクをつけているんじゃよ!本当じゃ!年の数だけあるとか、そんなことは談じてないぞっ!?」
……こんな反応が返ってきたから、メノットが124歳だってのが分かったんだ。
それと同時に、嘘をつくのが下手なバフォメットだってことも分かったけどな。
「ごちそうさまー」
そんなことを考えてるうちに、朝食を食べ終え、出かける準備をする。
「む?もう行くのか?」
「…昨日の夜に新しい医薬品の材料を集めてから研究所に行けって言ったのは誰だよ……」
「おぉ!そうじゃったな!」
「忘れるなよっ!」
こんな言い合いをしながらも、準備はしっかりとする。メノットから教わったことだけど、まずは集中して作業することを覚えて欲しいもんだ。
「行ってきまーす!」
「先に研究室で待っておるぞ〜!」
メノットはそう言いながら、手を振っていた。
16/05/06 18:09更新 / 鞘笛
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