強さを教えてくれた女
ガシャンッ!
痩せた体をした男子生徒が、飛び降り防止で設けられているフェンスに激突。
フェンスは音を立てて揺れ、振動が頭上に広がる茜空に共感を求める。
「や・・・やめて・・・・」
「あ?」
フェンスを背にした男子生徒はその場に座り込み、手で自らの萎縮した体を覆う。
そんな姿を見るだけで、俺は虫唾が走った。
「んだよっ、ナヨナヨしやがって!キモイんだよっ!!」
震える男子生徒を他所に、俺は罵倒を浴びせ続ける。
「いや、マジでキモイってお前。とりあえず立てや、なあ!!」
「・・・・・・・・ぃぁ」
本当にキモイ。
どうすればいいんだ?コレ。
・・・・学校に来れなくすんのが一番手っ取り早いか
「明日から学校来んなや。来たら本気で潰すからさ。」
「で、でも・・・・勉強・・・・・」
「ちっ」
思わず出た舌打ち。
気持ちを落ち着けようと茜空を仰ぐがどうやら無理っぽい。
あー、もういい
こいつ殴ったら全部修まるじゃん。
「今、俺すげぇムカついてるからさ。ちょっと殴られてみるか」
「や、やめて、ください・・・・」
「無理」
俺は拳を振り上げる。
夕日の温もりを受けながら、拳を真っ直ぐに男子生徒へと飛ばす。
パァァン・・・・
手応えはあった。
肉を叩いた感覚が確かに。
「は・・・?」
それでも俺は絶句した。
確かに殴った、殴ったのだが
「おい、大丈夫か?」
その相手は、先程から目前にいた男子生徒ではなかった。
俺の拳を受け止めている手は、明らかに男のゴツゴツした手ではなく
細くてしなやかな女の手。
茶髪のポニーテールに女子用の制服を着ていることから、女であることが一目瞭然だ。
女子は背後を振り返りながら、男子生徒と幾らか言葉を交わすと俺の方に向き直った。
「弱い者いじめとは、精が出るな」
「・・・・は?何、誰?」
「わたしは 水澄 凛(みすみ りん)。これからお前に仕置きをくれてやる者だ」
鋭い眼光が俺を威圧する。
だが、俺だってその程度では怯まない。
「仕置きって、何の筋合いがあって俺にそれをする権利があんたにあるわけ?」
正直頭にきていた。
急に出てきた女、そしてそいつは弱い奴を庇っている。
俺の一番嫌悪する行動を。
何で今日はこうも頭に来る日なんだ・・・
内心そんな事を考えていると
「・・・貴様、それが自らの過ちに許しを請うべき者の態度か!!」
「ぐっ・・・」
女子の眼光は鋭さを増し、発する言葉が大気を揺るがす。
俺は思わず口籠もった。
返す言葉が見つからなかったのではない、言葉を返すことに恐れを覚えたからだ。
「言え、なぜ彼を追いつめたか」
「・・・弱いからだよ。俺は弱い奴が嫌いなんだ」
「ほう」
「だから、そういう奴を庇おうとするお前みたいな奴はもっと嫌いだ」
「・・・なら、わたしが強ければ問題ないのだな?」
言っている意味がすぐに理解できなかった。
確かに
俺の拳を受け止めたり、覇気のこもった言葉を発する事から他の女子とは幾らか違うんだろう。
でも所詮女子。俺に敵うはずがない。
生来の腕っぷしの強さは、そこらのヤクザの上をいっているのだから。
「俺にとってはお前も弱いって」
「・・・・・・・。」
目の前の女子は顔を伏せると、そのまま構えを取った。
「もう仕置きだけでは済まさん」
「あ?」
「貴様を、本能のままに捻り潰す!!」
俺はその女子の怒った表情を見て、何とも言えない気持ちになった。
そしてこの気持ちが、後悔であった事に気付いたのは彼女が瞬いた直後の事だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
どさっ
俺の体が地面に叩き付けられる。
仰向けになった俺の体に、女子がすかさず跨った。
そして彼女は拳を振りかぶると、俺の顔面に向かって拳を飛ばす。
この時、俺の頭の中は未だ混濁としていた。
なぜ女子でありながらここまでの強さを兼ね備えているのか?
その答えが得られなかったから。
ぶわっ・・・・
顔面に突風が当たる。
目前には大きな影。
「勝負あったな、今日のところはこの辺にしておいてやろう」
その影が拳であることに気付いたのは、彼女の顔が避けた拳から見えた後の事だった。
「わたしはお前の上だ。わたしの目の黒いうちは他人を傷つけることは一切許さん」
いいな?と問いかけてくる女子の真っ直ぐな眼差し。
眩しいほどの真っ直ぐさに、俺が素直に納得できるはずもなく
「知らねぇよ、そんなの」
「まあいい。・・・そうだ、お前の名前を聞いておこう」
「は?」
「名前を聞いておけば、何かと便利だからな。何かと」
「・・・・・。」
「私は水澄。水澄 凛だ」
「自己紹介とか、マジでうぜぇ」
「名は?」
「・・・・・・白島 優(はくしま ゆう)」
「良い名だ」
水澄は柔らかく笑うと俺の上から降り、屋上の出入り口から出て行った。
「・・・・ホント、何なんだ?あいつ」
水澄 凛・・・・
俺を倒した・・・・・女
女に負けたことが予想以上にショックのようで、俺の体は日が暮れるまで動くことはなかった。
- 翌日 -
何だかんだ言いながら結局、水澄について色々と調べた。
どうやら昨日転校して来たらしい、しかも学年は一つ上。
まあ、今更学年など気にしちゃいないが
「3−2・・・・」
水澄がいるはずの教室の前まで来た。
既に放課後で、教室からはゾロゾロと生徒が出始めている。
すると
「優ではないか、どうした?」
昨日と変わらぬ立ち姿の水澄がそこにいた。
「負けたままじゃ格好つかねぇ」
「ふふ、そうか。よし、なら再び屋上へ行くとするか」
俺と水澄は肩を並べ、屋上へと向かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「今日も、わたしの勝ちだな」
「・・・・っ」
始まって早々に組み伏せられた俺は、為す術を無くしてしまった。
水澄は俺の抵抗が無くなったのを認め、手の力を緩める。
「・・・なんであんた、そんなに強いんだ?」
俺は率直に聴いてみることにした。
「なんで・・・・か。難しいことを言うのだな、優は」
「・・・・・・・。」
俺が次の言葉を待っているのに気付いたのか、頭を捻り必死に考えているようだ。
「強いて言うなら、お前の名前に近いのかも知れない」
「俺の、名前?」
優。優しい。
俺には分からなかった。
優しさと強さにどんな関係があるのかを。
「別にわたしは自分が優しい存在だと思っているわけではない。」
「・・・・・・?」
「ただ、私は求めているのだ。お前が強さを求めるように、優しさを」
俺が馬鹿だからだろうか、意味が把握できない。
ただ
「その優しさってのは、強さを手に入れた前提で求めるものなんじゃねぇの?」
そんな疑問が浮かんだ。
「確かに、そうなの、かも・・・しれない」
「・・・・・・・。」
水澄は再び口籠もり、頭を傾げ始める。
そんな姿に少しばかり罪悪感を感じつつあった。
「・・・・考える猶予をくれ、きっとお前の納得のいく答えをだしてみせるから」
「あ、ああ」
なんで
なんでそこまで
弱い俺のために親身になれるのか、理解できなかった。
単なる同情と言えばそうなのかも知れない。
でも、水澄のはなんか違う。
真剣さが伝わってきて、質問をした側が申し訳なくなるほどに心を揺さぶる。
「・・・・そうだ!」
水澄は何かを思いついたのか、不意に顔を上げて俺の目を見る。
「わたしと行動を共にすれば分かるのではないか?」
「え・・・」
「うん、それが良い!優、しばらくの間わたしと行動を共にしろ!」
「ば・・・勝手に決めっ」
「ん?・・・どうかしたか?」
「ぐっ・・・・」
有無を言わせぬ水澄の威圧に、気圧されてしまった。
「ちっ、ずりぃ・・・・」
「ふふ、明日から放課後等の自由な時間はわたしに付き合え」
「な・・・それじゃ、昼休みは・・・・」
「無論、こちらに来い」
「うっそ・・・・」
この瞬間、初めて俺は学校に来ることの憂鬱さを感じたのだった。
- 翌日 -
「ふふ、優!美味しいな!」
「つか、なんで俺はお前と飯食ってる訳?」
昼休み
水澄は当然のように俺と肩を並べ、飯を食べていた。
まるでこの構図・・・・付き合ってるみてぇじゃねぇか!
「なんだ、あーん・・・してほしいのか?」
「全然っ!!」
「じゃあ何だ?わたしをジロジロと見て」
「別にお前と居るのはカレカノやりてぇ訳じゃなくて、強さを知りたいだけだからな?!勘違いするなよ?!」
そんな俺の言葉にポカーンとしていた水澄も、次の瞬間には一人でうんうん頷きこちらを見る。
「優は、ツンデレなのだな?」
「ちげぇっ!!」
話の主導権は完全に水澄にあった。
・・・そんなことはどうでも良くて
特に何も無いまま、時間だけが過ぎていく。
と
パカパカン・・・・
「あ・・・・」
俺の前方で友人と弁当を食べていた女子が、中身ありきの状態で弁当箱を床に落とした。
箱は完全にひっくり返り、救いようのないくらいにぶちまけられている。
「水澄、もしかしてお前」
隣に視線を移す。
・・・・・・・・・いない。
再び前方に目をやる。
自らの弁当を手にし、女子に差し出す水澄
「わたしのをあげよう」
「で、でもこれは、先輩の」
「案ずるな、一食抜いたくらいで死にはしない。」
「それは・・・」
「わたしが食べて欲しいのだ、この想いを尊重してくれないか?」
「は、はい・・・///」
弁当を落とした子は顔を真っ赤にし、何度もお辞儀しながら友人と去っていった。
それに手を振って見送ると、水澄は再び俺の隣に座る。
「お節介な奴。なんつーか、それじゃあ親切の押し売りだろ」
「ふふ、確かに世一般でいえばそうだな」
「何が言いてぇんだよ」
「彼女は、嫌がっていたか?」
「さあ、見えなかったな」
「嫌がっているようであれば、わたしも強要は控えていた」
「・・・・・・・。」
「だがそれは遠慮しているだけだった、違うか?」
「だーかーら!何を俺に伝えたい訳?!」
「優しさは自己犠牲でなければならない。他人事として黙認するようではまだまだという事だ」
別に俺は優しさが欲しい訳じゃない、強さが欲しいだけだ。
だから関係ねぇよ、俺には。
ぐうぅ〜
「あ?」
「・・・・・・・。」
水澄と目が合う
「マジで?」
「い、言っただろう!優しさは自己犠牲だと!///」
「元も子もねぇな」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「優」
「・・・・・・・・・。」
「少し、その・・・・分けてくれないか?弁当」
「結局かよ」
俺は溜息を一つ吐くと、自分の弁当を水澄に手渡した。
「ん、やるよ」
「そんな、全部じゃなくても」
「俺はもう食わないし、ゴミになるよりマシだろ」
気恥ずかしくなった俺は、水澄に背を向け教室へと歩き始める。
「優しさポイント+1だ」
「いらねぇよ、そんなの」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
放課後、何もないと思いながらも俺は水澄の元へ向かった。
3年生が多く行き交う廊下。
そこに佇む俺。
普段なら何とも思わない行動が、いつにも増して恥ずかしく思える。
俺が水澄を意識しているとでもいいたいのだろうか?
・・・冗談じゃない。絶対無い、断言できる。
「優」
「・・・・・・。」
「どうした?難しい顔をして」
「・・・考え事だ」
俺がこいつを・・・・・?
そんな風に考えると、急にどう接したら良いか分からなくなってきた。
「まあいい、とりあえず帰ろう」
「・・・・・・。」
俺たちは玄関に向かって歩き始めた。
他愛もない言葉を交わす。
俺が喋るたびに水澄は嬉しそうに微笑み、話の内容を広げていった。
別に俺はおもしろい話をしている訳じゃない。
なのに水澄は笑う。それがなぜか、さっぱり理解できないでいると
「おい、止まれや。そこのポニーテール」
背後から声を掛けられる。
水澄だけが呼ばれたはずなのに、思わず俺も振り返った。
「さっきは随分お世話になったなぁ?」
「だれかと思えば、今朝のちょい悪軍団か」
「うるせぇ!!たっぷりと礼してやるよ」
不良っぽい男子は、従えていた男たちを前に出させる。
「当然の事をしたまでだ、礼などいらぬ」
「ボケかましてんじゃねぇよ!!」
「・・・・・・本気をだして、良いのか?」
「ひっ・・・」
水澄は低い声で相手を圧する。
正直、隣にいながら背筋が凍るような思いがした。
「お、おおおお、覚えてろよ、よよよぉぉぉぉぉ〜〜〜〜」
不良っぽい男子たちは、びびりながらさっさと退散していった。
「ふ、口ほどにもない奴らだ」
いや、あれは流石に恐いだろ。
「・・・・なんで、もう一度ボコらなかったんだ?」
水澄ならその程度のことを軽くやってのけるはずだ。
「知っているんだ、わたしは」
「・・・・・・・。」
「憎しみが憎しみしか生まないように、暴力は暴力しか生まないことを。」
「・・・俺なら、生まれた暴力を暴力でねじ伏せ続けるけどな」
「それも、一つの答えだ。だが、わたしはそれに虚しさを感じた。」
「・・・・・・・。」
「だから少しでも断ち切ろうと、暴力を避け和解の道を選ぶことにした。」
「・・・力を持ってるのに、よくわからねぇな」
「ふふ、今はそれでいい」
そう言ったときの水澄の顔はとても大人びて見えて
自分が本当に欲しているものは一体何か、考えずにはいれなかった。
強さか、力か。
そもそも、この二つの違いは何か・・・・
その答えすら、得ることが出来ないのに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
水澄と共に過ごし始めて数日。
俺は、自分の納得できる答えを見つけられずイライラしていた。
「大丈夫ですか?」
行く手の横断歩道には大きな荷物を持ったお年寄り。
水澄はいち早くそこに駆けつけ、荷物を持って共に横断歩道を渡った。
それから再び俺の元に帰ってくる。
「お年寄りには優しくしなくてはな」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「水澄」
「なんだ?」
「一緒にいるのは、今日で終わりだ」
「え・・・・」
水澄は動揺を隠せないようで、いつもの快活な表情が曇る。
「お前といても何もわからない、そう気付いた」
「そんな・・・」
「俺の勝手に付き合わせて悪かった、じゃあな」
「待て・・・」
俺は水澄の制止を聞かず、彼女に背を向けて歩き出す。
「優!!」
背後からの呼びかけに俺はゆっくりと立ち止まる。
「わたしはこの数日間、お前といて本当に充実していた!・・・もう少し、わたしの側に」
「・・・・・・・・。」
「いて、くれないか・・・・?」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・悪いけど、俺は全然楽しくなかった」
再び歩き出す。
背後で彼女がどんな気持ちで、どんな顔をしているのかは分からない。
それでも傷つけることが出来たのは確かだ。
これでいい。
こうすれば、きっと彼女も俺を嫌ってくれる。
中途半端に断るだけじゃ、相手に未練を残させてしまう。
これで、いいんだ。
夢中になって歩く。
いつの間にか、俺は川沿いをずっと歩いていた。
何を考える訳でもなく、ただ黙々と・・・・
「おい、白島」
急に呼び止められた。
声のする方に目を向けると、そこには柄の悪い大男と数人。
そしてウチの学生服を着た生徒が一人、拉致されていた。
「あんた、誰?」
「は?忘れたのかよ?高校の時タイマンでバトったじゃねぇか」
「??」
「2年上の!」
「ああ・・・・いたかもな、そんな奴」
「ちっ・・・でよぉ、こいつ賭けて一勝負しね?」
いかにもイジメられてそうな男子生徒が前に出された。
怯えた目がこちらに向けられる。
前の俺なら躊躇わず、この男子生徒をボコっただろう。
でも今はなぜかそんな気も起きない。
「別に、俺そいつ知らないし。好きにすれば?」
「んだよ、興味なしかよ」
わざわざこんな雑魚を相手にするのも面倒だし、知らない奴助けても意味ないし。
そんな思いを抱きながら、俺は再び歩き始めた。
俺に話しかけてくる奴は、大抵喧嘩したい奴ばかりだ。
なんでだろう。
日頃の行いが悪
(暴力は暴力しか生まない)
ピタッ・・・
(他人事として黙認するようではまだまだという事だ)
「・・・・っ」
このタイミングで、頭の中に水澄の言葉が蘇る。
なんだよ・・・・まさか、俺にまで優しさを強要するのかよ
(今はそれでいい)
今は、って・・・いつかこの意味を理解しなきゃダメってことじゃねぇか
どうすれば解るんだよ・・・
時が解決してくれるもんなのか?
知りてぇよ、お前の言いたい事を・・・
(優しさは自己犠牲でなければならない)
ドクン
「ん?どうした、白島」
「・・・・・・・・。」
「その目、やっとやる気になったか!」
優しさは、自己犠牲・・・・
「てめぇ・・・どういうつもりだ?」
「頼む、そいつを離してやってくれ」
俺、なにやってんだ?
はは、土下座とか。超かっこわりぃ・・・・
「俺に何してもいい。だから、そいつだけは離してやってくれ」
「・・・・・・・。」
湿った土の匂いが鼻孔に広がる。
「似合わねぇ格好・・・・してんじゃねぇよっ!!」
どこっ!
蹴り。
「ぐっ・・・・・ごほっ、ごはっ、はぁ、はぁ」
「どうだ?やる気になったか?」
「はぁ、離して、やってくれ・・・・・」
「まだ足りねえのかっ!!」
ぼくっ!
「がはっ!・・・・げほっ、げほっ、はっ」
血の味が口内に広がる。
「ほらっ、早く頭上げろや!」
「離して、やって」
「いつの間に腰が抜けちまったんだ?あん?!」
ばきっ、ごすっ、どごっ、ばこっ、ぼすんっ
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
「があ゛っっっっっ!!・・・・・くはっ、けはっ、んぐぅ、はぁ、はぁ」
痛ぇ、すごく痛ぇ・・・
優しさって・・・すごく痛ぇじゃねぇか・・・・
優しさって・・・すごく苦しいじゃねぇか・・・・
でも
優しさって・・・すげぇ、すげぇ強いじゃねぇか!
「逝っちまえやっ!!」
頭上から風を鈍く斬る音。
後頭部に急速に接近する気配。
そっか、そういうことか・・・・・俺が求めていたのも、優しさだったのか・・・・
ぱしっ
頭上で不思議な音が響く。
何かが何かと衝突、いや、受け止めたような音。
「最初から・・・・無茶をし過ぎだぞ・・・・」
聞き慣れた声に、思わず顔を上げる。
「水澄」
「『水澄』・・・ではないっ!なぜ最初から難しい相手に適用しようとする?!」
「俺の、勝手だ」
ぱしんっ
「・・・・っ」
突然、平手打ちを頬に受け放心状態になった。
ぎゅっ
「心配、するだろう・・・・」
「・・・・これも、優しさか・・・?」
「ああ、そうだ。わたしがお前だけに与える優しさだ」
俺を抱擁してくれる水澄は温かくて、その温かさからも優しさが感じられた。
「おい、そこ二人。俺を無視してんじぇねぇ!」
男が俺たちに向かってギャンギャン五月蠅く喚く。
「水澄」
「心配するな、男子生徒は無事助けた。思う存分やってこい」
俺は力を振り絞り立ち上がる。
「いいぜ、今からタイマンしてやる。まあ、どっちみちお前一人だけどな」
「うるせぇ!」
水澄が周囲にいた仲間をのしてしまい、立っているのは目の前の男だけだった。
「来いよ」
「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
拳を振りかざし突っ込んでくる男。
俺は拳をギリギリまで引きつけ、回転をかけながら放つ!
ぼごんっ!!
「ぶっ・・・」
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
顔面にヒットした拳を、俺は力任せに振り抜いた。
ズザザザザーーーーーー・・・・・
「はぁ、はぁ、はぁ」
男が地面を滑りながら気絶したのを確認すると、俺は膝から崩れ落ちた。
それを水澄が慌てて受け止めてくれる。
「ふふ、強さを理解した良い顔だ」
「まあな・・・・」
「・・・・・・優」
「?」
「優しさを実行すると決めたとき・・・わたしの言葉を疑わなかったのか?」
「は?」
「も、もしかしたら、わたしが口から出任せを言っていたかも知れないのだぞ?」
「・・・・・いや、そうは思わなかった」
「なぜ・・・?」
「・・・・・お前を、信じてたからな」
「・・・・・・・・っ!!!」
「何だかんだ言って、俺はお前を信じてた・・・・」
「・・・・・・・・・・・。」
川のせせらぎが二人の沈黙を際立たせる。
「お前はたった今、わたしより強くなった・・・・」
「・・・・は?」
「信じる強さ。それは未だわたしが手に入れられない強さなのだ」
「・・・・・・・。」
「それをお前は手にした。・・・・お前は強い」
「・・・・・まあな」
俺が水澄より強い?
本当なのだろうか?だとしたら俺は・・・・
「わたしを超えた優、今一度問う。これからも、わたしの側にいてくれないか?」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「ああ、一緒に探してやるよ。お前の信じる強さってやつをさ」
季節は夏。
これが俺に強さを教えてくれた女との出会いだった。
そんな彼女との日々は今も続いている。
この後に知ることになる、彼女が人間ではないという事実。
そんな事は、俺にとって他愛もない話しに過ぎなかった。
なぜなら
俺たちは共に探し当てたのだから
『愛する強さ』を。
11/03/28 18:48更新 / パっちゃん