連載小説
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青葉辞書 編集後記 メイドラゴンAfter
ピ・・・・ピ・・・・ピ・・・・ピ・・・・

規則正しい電子音が俺の鼓膜を打つ。
その音が段々大きくなってきたと思うと、光が俺の眼球を穿いた。
定まり始める焦点。
白い壁・・・・いや、天井か

「んん・・・・」

くぐもった声を漏らす。

「お目覚めですか?」

首を横に傾けると、白い世界に際立って温かな存在があった。

「なんか、今日は調子がいいよ」

「そうですか。もう少し待って下さいね、すぐ剥けますので」

果物ナイフを使って、器用にその皮を剥いているメイド服の女性。
動きに余裕があり、危なげなく剥き終える。

「先日、木原さんがお見舞いに来て下さったときの梨です」

そう言って、剥き終えた梨を乗せた器を最寄りのテーブルに置くと
椅子から立ち上がり、俺の上半身をゆっくりと起きあがらせてくれた。

「はい、あーん」

椅子に座り終えた彼女は、膝の上に乗せられた器から俺の口元に梨を一片寄せる

「あーむ・・・・んぐんぐ・・・」

口の中でシャクシャクと音がたち、瑞々しさが体全体に広がる。

「うま」

「そうですか。もう一つ、いかがですか?」

「ありがと」

その後も
お言葉に甘えて、とか言いながら
結局、剥いてもらった分を全て平らげてしまった。

「・・・・今回は、どれくらい寝てた?」

「二週間ほど」

「二週間・・・・そっか」

寝る時間が段々長くなっている。

「碧(みどり)たちは元気?」

「はい、3人とも元気です。今こちらに向かっている途中ですよ」

そりゃ楽しみだ。
やっぱり娘というのは可愛いもので、こんな何もなさそうな部屋でも一瞬で華やぐ。
何たって3人とも、言い方は悪いが”俺色”に手塩に掛けて染めたんだからな。

「元気ってことは、碧は相変わらずなんだな?」

「ええ。あの子、理想が高いですもの」

碧は去年早くも高校を卒業し、今は企業の正社員として働いている。
しっかり者だが天然な一面が見え隠れする長女。
そんな碧は最近結婚を視野に入れながら男を、何というか”品定め”しているらしい。

「なんたって、理想の男性があなた様ですから」

「はっはっは、俺の手に掛かればこんなもんよ」

素晴らしい。これこそ、俺の求めていた教育。
俺の、俺による、俺のための子育て

「じゃあ今秋に葵(あおい)が修学旅行で、樹音(じゅね)が来春受験か」

「ふふ、更に賑やかになりそうです」

「だね」

葵はもう高校2年生。最近気がかりなのが、葵に言い寄ってくる男が増えたということだ。
もともとおっとりの素質があって、それを伸ばした”生粋のおっとり”は周囲の男を魅了する。
聞いて驚くな?ここまで育てあげたのは俺だぞ?
樹音は中学3年生。
俺の周囲には既に「おしとやか天然・しっかり天然・おっとり天然」がいる訳で
どうしようか迷ったあげく、俺は気付いた。
いや、俺一人で「天然」を3人も相手出来ない・・・・
だから、突っ込める味方をつくる事にしたのだった。

「ふぅ・・・少し横になって、いい?」

「やはり、頭が・・・?」

「うん、またちょっと、痛み始めた・・・」

俺は補助を受けながら、上体を倒していく。
今日は・・・・一段と痛い、な・・・・

「寝てるとき、俺なんか口走ってた?」

「どうされましたか?急に」

「・・・・なんかこう、長い旅路をもう一度歩いたような夢を見た気がしたんだ」

とても長い、でもとても懐かしかったような・・・・

「涙を、流されていました」

涙か・・・・

「ならきっと、新君祭の日々の夢を見てたんだ」

「新君祭ですか、懐かしいですね」

「ああ」

俺たちを結び合わせてくれたあの大会。
今になれば、「あの時ああすればよかった」なんて思ったりする。
でも当時の俺は戸惑うことに精一杯で、逃避するのが限界だった。
そう考えると・・・・俺、成長したんだな・・・・

「そうだ、暇が出来たら・・・ここを見てよ」

俺は事前に紙に書いておいた、一つのURLを手渡す。

「これは?」

「まあ、日記のようなもん。新君祭後の色々な出来事について書いてあるからさ・・・」

本当に色々な事があった。
新君祭の後、青葉の両親に挨拶をしに行ったり
子供が生まれたり
千彰と蓮と再開することが出来たり
オリヴィエとの約束を果たすことが出来たり
そもそも、今こうして寝たきりになっているのも魔界へ行ったからというのもある。

ズキッ

「うっ・・・・」

「ご無理はなさらないでください」

「ああ・・・・」

頭に残る熱さの度合いがいつもより酷いな・・・

ガチャッ

「お?」

「父上!」「父様〜」「お父さん!」

娘達のご到着だ。

「そろそろ呼び方を統一してくれてもいいだろ?」

「起きていたんですね、ほっとしました」

「父様〜、いつものお願いします〜」

「いや葵姉、この前始めたばかりでしょ!」

本当に賑やかだ
俺が喋らなくても話がどんどん進んでいく。

「俺が起きると、いつもハーレムだな」

俺は近くに寄ってくる葵の頭を優しく撫でる。

「はぅ・・・父様、優しいです〜」

やばい、葵が可愛すぎる
ふと、嫁の方に目を向けると

「うっ・・・・」

怒っていた。
娘に手を出したらどうなるか解っていますか?みたいな顔。

「おいっ、葵!お前だけそれはずるいだろ!」

「そうだよ葵姉!・・・べ、別に、私がされたいって訳じゃ、ないけど・・・」

こんな会話を聞いていると、すごく和む。
本当はもっと遊んでやれれば嬉しいんだけどな・・・・

「ずるいといえば母上だ!父上と結婚とは羨ましい!」

「ふふ、あなたもいつか見つけられますよ」

「私〜、父様と結婚します〜」

「ねぇみんな、個室とはいっても病院なんだから静かにしようよぉ!」

そうだ樹音。自分の役割をよくわかっているじゃないか。
だが、まだまだ甘い

「樹音。静かにと言ってるわりには声が大きいぞ?」

「へ?」

「その事で他人に突っ込まれては元も子もない。」

「あ・・・そっか」

「でも立ち位置は悪くない、よく出来ました」

「あ、ありがとうございます!」

葵のえへへ〜と、樹音のえへへ〜を見ることが出来た。
あとは

「碧」

「はい?」

「おいで」

俺が手招きすると、碧はおずおずと近くに寄ってくる。

「父上・・・・・結婚して下さい」

「そんな、雰囲気たっぷりに言われてもな」

だめ、ですか?みたいな顔は本当に妻とそっくりだ。

「なんで、碧は俺が好きなんだ?」

「私の理想だからです。真面目で、恥ずかしがり屋で、でもやるときはやる人」

「そうか・・・・・でもそれは、俺のことをよく知っているからだよ。」

碧は何も言わず、首を傾げる

「お前達は、母さんに似てとても美しい。その美貌は人を選べる者の容姿だ」

「父上・・・・」

「見た目だけで人の本質は計れない。とにかく、好意をもってくれた相手と真剣に向き合え」

「はい」

「そしたらいつかは見えるさ、碧の理想がね」

「ありがとうございます」

「よしよし」

頭を撫でてやると、碧は気持ちよさそうに目を瞑り
終始されるがままの状態になっていた。

ズキン、ズキン

「う゛ぅ・・・・・」

ガタッ

「父上!」

「ぐっ・・・・ぁぁ・・・・・」

「母上、どうか父上のお側に!」

「そうですね」

頭が・・・割れ、る・・・・

ぎゅっ

「大樹様」

「・・・・とき、わ」

頭の痛みがひいていき、熱に変換されていく。

「あぁ・・・・楽になってきた、かな」

「そうですか」

室内が安堵感に包まれる
なんか、頭の中がポカポカして逆に心地良くなってきたな・・・・

「なんか、眠いわ・・・・」

「っ?!寝てはダメです!その眠気は恐らく・・・・」

ダメって・・・・
まあ、何となくわかるけどな。
今までは自分から寝てたけど、今度は何かの強制力が働いているような感じがするし

「俺も寝たくないけど・・・なんか・・・どんどん目蓋が・・・・」

「ダメです!私が許しません!!」

「はは、やっぱ青葉には敵わないね・・・・」

手が青葉の頭上に伸びる

ぽふ

「して欲しかっただろ・・・?」

「当たり前です」

手の感覚が次第に薄れてきた

「ああ・・・・碧、葵、樹音に変な男が付かないか心配だな・・・・」

「そんな男は、私と大樹様で追い払いましょう」

「頼んだよ・・・・」

「あなた様も一緒にです!」

ずる・・・・

手が青葉の頭からずれ落ちる。
その手を再び青葉が握ってくれる。
もう、温かいか分からないな・・・・

「青葉・・・・今までありがとう・・・・」

「いやです、聞きたくありません」

「はは、なら・・・・これからも、よろしく・・・・」

「はい、どこまでもお供致します」

なんか、懐かしい響きだ・・・
目を閉じる。
目蓋の裏に残る、一人佇む青葉の姿。
その姿を見ているだけで、自然と涙が溢れてくる。
もっと、望みを叶えてやるべきだった。
もっと、青葉のために生きるべきだった。
後悔が涙に混じってこぼれ落ちる。
これから起こるであろう青葉の苦悩や、その先にある娘の将来。
全部、俺は側で見届けられない。
胸は張り裂けんばかりに痛み、唇の震えが止まらない。
こんなところで・・・・寝てる場合じゃ、ないんだ・・・!

ぎゅうっ

「・・・・っ」

両肩をそれぞれ4ヵ所ずつ掴まれる感覚がする。

「父上・・・寝ても、大丈夫、です・・・」

「父様ならぁ・・・・また起きられますぅ・・・」

「お父さんには、まだまだ、勉、強・・・・・ぅ」

娘たちの上擦った声に涙腺が限界まで絞られ、涙が滝のように目尻から溢れる

「手の感覚、ないんですよね?ですから肩にさせていただきました」

青葉・・・・

「あなた様の側には私たちがいます。ですから、後悔などしないでください」

そうか・・・
あの日が終わっても尚、俺たちは繋がっているんだね。
じゃあ、このイメージも届くのかな・・・・

「はい、承りました」

よかった・・・・・・・・・

「母上、これは?」

「あなた方の父からのプレゼントですよ?」

「父様からのぉ?」

「・・・指輪」

どうか、指輪よ・・・・・俺が置き去る、彼女たちへの最後の想いを聴いてくれ・・・・




「俺は・・・お前たちを・・・・・最愛の妻、青葉を、・・・・・・・・・・・」










「・・・・・愛して、います・・・・・・・」










千彰。
約束したのに、ごめんな。
次の交差点まで辿り着けなかったよ・・・・
足が、もう動かないんだ。

お前はどこまで行った?
俺より前か?後ろか?
もしこの先、俺たちの目指した目的地に辿り着いたなら
俺のことを思い出して欲しい。

だからその時まで
お前が立ち止まっている俺の手を引きに来てくれるその時まで
俺はここで待つことにするよ。

・・・・・本当に、幸せだったよ。俺は








fin
11/03/01 19:15更新 / パっちゃん
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■作者メッセージ
ピーーーーーという電子音が私たちを貫きます。
今まで我慢していた涙が溢れ出しました。
この感情は形容しがたいもので
憂いと言われればそうかもしれませんし、憎悪と言われればそうなのかもしれません。
頭の中は悪感情で混沌とし、すぐにでも彼の後を追おうと机の上で光るナイフに目がいきます。
これで・・・いつまでも、彼と一緒に・・・・
しかし、ナイフを掴もうとした瞬間
自然と、私の手が止まりました。
眠る彼の側で泣きじゃくる、娘たちの姿を見たからです。
私がいなくなったら、娘たちは一体どうなるのでしょうか?
これから先、誰が彼女たちの未来を見届けるのでしょうか?
そう考えると、ナイフに伸びる手をもう一方の手で戒めていました。
きらっ
戒める手の薬指に光る彼からの最後の贈り物。
きっと彼が私を思い止まらせてくれたんだと、そう思うことにしました。
・・・・それにしても、不思議なものです
イメージはアンサーの意識から外れたとき、形を保てなくなるというのに・・・・
がちゃ
不意に病室のドアが開きます。
大樹様・・・交差点は、すぐそこ、でしたよ・・・・?
そこに立っていたのは
彼の幼馴染みにして、彼でした。


この後、根本大樹と青葉の子孫は繁栄し
やがてその血筋から、天地を覆うほどの竜を統べる者が現れる。
その者はペンドラゴン(竜王)の称号を得、長きに渡って王の位に座した。

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