静かな夜はウォッカと共に…
「何にいたしましょうか?」
「…ウォッカ。ストレートで。」
初夏の少し冷えた風が、ジメッとした空気を柔らかくなでる夜。
駅前の賑やかな繁華街から少しはずれた小さなバー。
狭い店内には、若い顔とは不釣り合いな程、憂いを纏った男が1人だけ。
男は静かにグラスを拭いているサテュロスの店主に酒を注文する。
「かしこまりました。」
注文を聞いたサテュロスは慣れた手つきで綺麗に拭かれたグラスを用意し、酒を注ぐ。
「っ…ふぅ!」
男は、用意された酒を一気に喉へ流し込む。
割られていない冷やされたウォッカの爽やかな酸味とほのかな苦味が口に広がり、焼けるようなアルコールの熱さが喉を通り、胃へと下っていく。
「…マスター。もう1杯。」
「かしこまりました。」
注文を聞いたサテュロスは空になったグラスに酒を注ぐ。
「…っ!……ふぅ…。」
男は満たされたグラスを続けて一気に空ける。
その熱さが喉を通り抜けた後、小さく息を吐く。
「…ストレートもまた風情があって私は好きですが、やけ酒はあまり感心できませんね…。」
男の様子を見たサテュロスが口を開く。
それを聞いた男が応える。
「すまないな…。やけ酒のつもりは無いのだが、どうもそうなってしまうようだ…。」
「話を、聞きましょうか?」
「…いいのかい?」
「お構いなく。」
柔らかい表情は変えずに、優しく、サテュロスは男へと語りかける。
「………最近、妙に日常が辛くてな…。」
サテュロスの語りかけにゆっくりと口を開く男。
「朝起きて会社行って、1日めいいっぱい働いて。帰っても疲れて飯だけ食って寝て…。朝起きての繰り返し。」
「…。」
サテュロスはただ黙って、男の話に耳を傾ける。
男は続ける。
「休日がきても、やりたいことはないし…仕事の疲れもあってか寝てるだけだ…。こんな日常を送ってはや3年。なんだかな…。こんな日々がまだまだこれからも続くとなると、気が滅入ってしょうがなくてな…。」
サテュロスは静かにグラスを拭きながらも、表情を崩さずに男の話を伸子に聞き止める。
「…今の時代じゃあありきたりだが、豆腐メンタルな俺には結構キちまうんだよな…。………すまないな…ありきたりな愚痴で…。」
「いえいえ。」
男の話を静かに聞いていたサテュロスは優しい口調をそのままに続ける。
「人間…生きていれば辛い事は誰だってあります。それはどんな形か、期間か、それも人それぞれです。もちろん私のような魔物でも変わりません。同じ時代を生きているのですから。…ですが、いつかはわかるはずですよ。貴方が今なぜ頑張っているのか?何故そんな日常を続けているのか?」
「……。」
「貴方に…その気があるのであれば。」
男はサテュロスの話を聞き終えると、少し難しい顔ではあるが、少し憂いが晴れた様子で口を開く。
「……俺にその気があれば…か。」
「ふふ…貴方なら大丈夫ですよ。」
「そうか?」
「ええ。まだまだお若いのですし、これから色々あると思います。なにより、貴方からはこれから先を見つめる意思が感じられたので。」
「そうか…。」
男が応えると、サテュロスは空になった男のグラスにウォッカをそそぐ。
「……すまないな。んくっ…。ん?このウォッカ、さっきのと味が違うな。…うん、うまい。」
「ありがとうございます。ふふ…そのウォッカは、私が丹精込めて作った力作なんです。」
「そうなのか?」
「はい、特別ですよ?」
「そうか…ありがとう。」
「いえいえ。それと、特別ついでに…。」
サテュロスは頬を少し紅に染めながら笛を取り出し、言葉を紡ぐ。
「一曲。いいでしょうか…?」
「…お願いしてもいいか?」
「ありがとうございます。」
〜♪〜〜♪〜♪
男の了承を得たサテュロスは、演奏を始める。
落ち着いた、流まるで川のせせらぎの中で揺らめくような音色が店の中に流れていく。
「…。」
男はその綺麗な音色を、とてもゆったりとした気持ちで聴き続ける。
まるで、日々日常の疲れが一緒に流され、浄化されるように。
〜♪〜♪〜〜♪
男は聴き惚れた様子でサテュロスの演奏に耳を傾け続けた。
そしてそれは演奏が終わるその時まで続いた。
「…どうでした?下手ではありませんでしたか…?」
「上手かったよ…とても…。」
「よかった…ありがとうございます。」
「こちらこそ。すごく良かった。また聴きたいくらい。」
「ふふ、貴方でしたらいつでもきかせてあげますよ?」
「…ありがとう。」
男は酒によるものか、もしくはそれ以外によるものなのかわからない紅色に頬を染めて礼を言った。
「この後は、どうされますか?」
「特に用事はないよ。」
「なら…私と2人で過ごしませんか?」
「実は…俺もそうしたいと思ってた。」
「良かった…では少々お待ち下さい。」
サテュロスは心底嬉しそうな表情を見せると、店の入口に閉店を示す掛札をだす。
「お待たせしました。こちらへどうぞ。」
2人は、店の奥へと消えて行った…
しばらくすると艶やかな喘ぎ声が、静かな夜の風に乗って聞こえてくる…
そして、残されたグラスの中の氷のカランッ!という音が、バーの中に静かに響いたのだった…____
「…ウォッカ。ストレートで。」
初夏の少し冷えた風が、ジメッとした空気を柔らかくなでる夜。
駅前の賑やかな繁華街から少しはずれた小さなバー。
狭い店内には、若い顔とは不釣り合いな程、憂いを纏った男が1人だけ。
男は静かにグラスを拭いているサテュロスの店主に酒を注文する。
「かしこまりました。」
注文を聞いたサテュロスは慣れた手つきで綺麗に拭かれたグラスを用意し、酒を注ぐ。
「っ…ふぅ!」
男は、用意された酒を一気に喉へ流し込む。
割られていない冷やされたウォッカの爽やかな酸味とほのかな苦味が口に広がり、焼けるようなアルコールの熱さが喉を通り、胃へと下っていく。
「…マスター。もう1杯。」
「かしこまりました。」
注文を聞いたサテュロスは空になったグラスに酒を注ぐ。
「…っ!……ふぅ…。」
男は満たされたグラスを続けて一気に空ける。
その熱さが喉を通り抜けた後、小さく息を吐く。
「…ストレートもまた風情があって私は好きですが、やけ酒はあまり感心できませんね…。」
男の様子を見たサテュロスが口を開く。
それを聞いた男が応える。
「すまないな…。やけ酒のつもりは無いのだが、どうもそうなってしまうようだ…。」
「話を、聞きましょうか?」
「…いいのかい?」
「お構いなく。」
柔らかい表情は変えずに、優しく、サテュロスは男へと語りかける。
「………最近、妙に日常が辛くてな…。」
サテュロスの語りかけにゆっくりと口を開く男。
「朝起きて会社行って、1日めいいっぱい働いて。帰っても疲れて飯だけ食って寝て…。朝起きての繰り返し。」
「…。」
サテュロスはただ黙って、男の話に耳を傾ける。
男は続ける。
「休日がきても、やりたいことはないし…仕事の疲れもあってか寝てるだけだ…。こんな日常を送ってはや3年。なんだかな…。こんな日々がまだまだこれからも続くとなると、気が滅入ってしょうがなくてな…。」
サテュロスは静かにグラスを拭きながらも、表情を崩さずに男の話を伸子に聞き止める。
「…今の時代じゃあありきたりだが、豆腐メンタルな俺には結構キちまうんだよな…。………すまないな…ありきたりな愚痴で…。」
「いえいえ。」
男の話を静かに聞いていたサテュロスは優しい口調をそのままに続ける。
「人間…生きていれば辛い事は誰だってあります。それはどんな形か、期間か、それも人それぞれです。もちろん私のような魔物でも変わりません。同じ時代を生きているのですから。…ですが、いつかはわかるはずですよ。貴方が今なぜ頑張っているのか?何故そんな日常を続けているのか?」
「……。」
「貴方に…その気があるのであれば。」
男はサテュロスの話を聞き終えると、少し難しい顔ではあるが、少し憂いが晴れた様子で口を開く。
「……俺にその気があれば…か。」
「ふふ…貴方なら大丈夫ですよ。」
「そうか?」
「ええ。まだまだお若いのですし、これから色々あると思います。なにより、貴方からはこれから先を見つめる意思が感じられたので。」
「そうか…。」
男が応えると、サテュロスは空になった男のグラスにウォッカをそそぐ。
「……すまないな。んくっ…。ん?このウォッカ、さっきのと味が違うな。…うん、うまい。」
「ありがとうございます。ふふ…そのウォッカは、私が丹精込めて作った力作なんです。」
「そうなのか?」
「はい、特別ですよ?」
「そうか…ありがとう。」
「いえいえ。それと、特別ついでに…。」
サテュロスは頬を少し紅に染めながら笛を取り出し、言葉を紡ぐ。
「一曲。いいでしょうか…?」
「…お願いしてもいいか?」
「ありがとうございます。」
〜♪〜〜♪〜♪
男の了承を得たサテュロスは、演奏を始める。
落ち着いた、流まるで川のせせらぎの中で揺らめくような音色が店の中に流れていく。
「…。」
男はその綺麗な音色を、とてもゆったりとした気持ちで聴き続ける。
まるで、日々日常の疲れが一緒に流され、浄化されるように。
〜♪〜♪〜〜♪
男は聴き惚れた様子でサテュロスの演奏に耳を傾け続けた。
そしてそれは演奏が終わるその時まで続いた。
「…どうでした?下手ではありませんでしたか…?」
「上手かったよ…とても…。」
「よかった…ありがとうございます。」
「こちらこそ。すごく良かった。また聴きたいくらい。」
「ふふ、貴方でしたらいつでもきかせてあげますよ?」
「…ありがとう。」
男は酒によるものか、もしくはそれ以外によるものなのかわからない紅色に頬を染めて礼を言った。
「この後は、どうされますか?」
「特に用事はないよ。」
「なら…私と2人で過ごしませんか?」
「実は…俺もそうしたいと思ってた。」
「良かった…では少々お待ち下さい。」
サテュロスは心底嬉しそうな表情を見せると、店の入口に閉店を示す掛札をだす。
「お待たせしました。こちらへどうぞ。」
2人は、店の奥へと消えて行った…
しばらくすると艶やかな喘ぎ声が、静かな夜の風に乗って聞こえてくる…
そして、残されたグラスの中の氷のカランッ!という音が、バーの中に静かに響いたのだった…____
24/10/26 19:53更新 / 稲荷の伴侶